2016年9月21日水曜日

【歴史戦】独フライブルク市への慰安婦像設置断念 韓国水原市が発表 日本側が「圧力」と批判―【私の論評】フライブルクに慰安婦像は場違い、あまりにセンスが悪すぎ(゚д゚)!



韓国京畿道・水原市が、ドイツ南西部にある姉妹都市のフライブルク市で計画していた慰安婦像の設置が、独側の拒否で実現不可能となった。水原市が21日、発表した。

水原市は報道資料で、「フライブルク市から『日本側の反対で平和の少女像(慰安婦像)の設置が難しくなった』という公式書簡を受け取った」と明らかにした。書簡は21日午前(日本時間同)に届いたという。

水原市の廉泰英市長は「(慰安婦像設置の)推進委員会など地域と緊密に議論し、フライブルク市に遺憾の意を示す公式見解を伝える」とした。

韓国の慰安婦像
水原市は欧州では初の慰安婦像設置を目指し、今年5月、フライブルク市長に像の共同設置を呼びかけ、7月に像設置受け入れの返事があったという。国連の世界人権宣言の記念日に当たる12月10日にフライブルク市中心部に両市共同で設置し、記念式典を行う予定だった。

フライブルク市は愛媛県松山市とも姉妹都市関係にある。韓国メディアは、慰安婦像設置の撤回に日本側からフライブルク市への「圧力」など妨害があったと批判的に伝えている。水原市は松山市に対し、抗議書簡を送る計画だという。


【私の論評】フライブルクに慰安婦像は場違い、あまりにセンスが悪すぎ(゚д゚)!

ドイツ南西部フライブルク市による慰安婦像の設置計画をめぐり、同市と姉妹都市関係にある愛媛県松山市が両市の交流に影響が出る恐れがあるなどとして懸念を伝えたことが今月15日に報道されていました。フライブルク市は松山市側の懸念について精査していました。

松山市によると、市関係者が事実関係の確認のためフライブルク市担当者と最近面会したそうです。韓国内の報道を踏まえ、提案は女性の権利保護の目的だけでなく、日韓の戦後処理をめぐる政治問題を背景としている可能性があることなどを伝えました。

松山市の担当者は「事情を把握せずに設置を進めれば、日独関係や両市の交流に支障が出る恐れがあるとの懸念を伝えた」としたそうです。

フライブルク市側は松山市から「説明」を受けたことを認めた上、その内容を「現在検討している」と説明。計画については「日本による人権侵害への批判を目的としたものでは一切ない」とも強調していました。

結局のところ、フライブルク市が拒否したということです。ところで、フライブルク市とはどのような都市であるかを以下に簡単に説明します。ちなみに、私は一度この都市を訪れたことがあります。

歴史が息づくフライブルク市
フライブルク市の正式名称は、フライブルク・イム・ブライスガウ(標準ドイツ語:Freiburg im Breisgau, アレマン語:Friburg im Brisgau)です。ドイツ連邦共和国南西部、バーデン=ヴュルテンベルク州の郡独立市です。単にフライブルクと呼ばれることも多く、以下ではこれを用います。

環境保護で先進的な取り組みをしている都市であり、日本では「環境首都フライブルク」と紹介されることが多いです。大学都市でもあり、アルベルト・ルートヴィヒ大学フライブルク(フライブルク大学)や教育大学・音楽大学が所在し、学生や教職員などが多く居住しています。また、外国人へのドイツ語教育機関であるゲーテ・インスティトゥートがあります。
「フライブルク」という名の都市はドイツ語圏の各地に存在し、スイスの都市フリブール(ドイツ語の正式名はフライブルク・イム・ユヒトラント (Freiburg im Üechtland))などが知られていますが、単に「フライブルク」と呼ぶ場合、日本では主にフライブルク・イム・ブライスガウを指すことが多いです。

フライブルクは1945年から1952年4月25日のバーデン=ヴュルテンベルク州設立までの間、バーデン州(ドイツ語版)の州都でした。ドイツ最南の主要都市であるフライブルクは、フライブルク行政管区、南部オーバーライン地域連合、ブライスガウ・ホッホシュヴァルツヴァルト郡の官庁所在地です。なお、フライブルクはこの郡に囲まれていますが、属してはいません。

ドライザム川(ドイツ語版)に沿って広がるフライブルク市の現在の人口は約23万人で、バーデン=ヴュルテンベルク州内ではシュトゥットガルト、マンハイム、カールスルーエに次いで4番目に多いです。フライブルク市とブライスガウ=ホッホシュヴァルツヴァルト郡(ドイツ語版)、エメンディンゲン(ドイツ語版)市で構成されるフライブルク経済圏の人口は合計で約63万人に達します。フライブルクは約600万人の人口を擁するオーバーライン3ヶ国都市圏の一角でもあります。

大聖堂と「ベッヒレ」と呼ばれる水路(共にフライブルクの象徴である)のある旧市街には、年間300万人以上の観光客が訪れます。

1457年に設立されたアルベルト・ルートヴィヒ大学フライブルク(フライブルク大学)の存在により、フライブルクはドイツの古典的な大学都市の一つに数えられています。
シュロスベルクの展望台からの眺め
これだけ歴史が古く伝統が培われているフライブルクです。そうして、フライブルクの環境保全対策はきわめて広範囲、かつ多角的に進められています。環境に対しては住民の意識も非常に高く、環境問題に取り組むNGOも多数あり、フライブルクでは行政と住民・企業が一体となって環境対策に取り組んでいます。、フライブルクにおける環境対策の代表的な事例をご紹介いたします。

フライブルクの交通対策
v_taiksaku_traffic.jpgフライブルクの交通対策には4つの重要なプログラムがあります。例えばガソリン車の排出ガスを抑制するため、車を使わない「地域環境定期券」の導入と低公害交通機関の整備、市街地に車を乗り入れさせない「PARK & RIDE」方式の制定、自転車交通の促進など。いずれも空気汚染の抑制、市民の快適な生活空間の確保をめざすのみならず、地球規模で進む環境破壊に対処していこうという具体策となっています。


フライブルクの環境都市政策
v_taiksaku_toshi.jpg効果的な緑化対策、日本のような乱開発を許さない、自然と調和した居住地開発、景観保全政策等、フライブルクの環境配慮に基づいた総ての環境都市づくりが様々な局面で実施されています。
フライブルクのゴミ・廃棄物処理対策
garb_thumb.jpgフライブルク市の廃棄物管理は、廃棄物の抑制、廃棄物の再利用、そして埋め立てのみならず最終処分される廃棄物からの有害物質の抑制について積極的に様々なシステムを施行しています。同時にごみに関するフライブルク市民の意識も非常に高い物があります。
フライブルクのエネルギー利用対策
v_taiksaku_energy.jpgドイツで最も温暖で、年間日照時間が1800時間を超えるフライブルク市では、ソーラーエネルギーになどの再生可能エネルギーに力をいれています。また、省エネ住宅基準などの省エネルギープログラム、コージェネレーション技術によるエネルギー効率の向上などのエネルギー対策も重要な環境保全政策として行なわれています。

フライブルクの森林保全政策
v_taiksaku_forest.jpgシュバルツヴァルト(黒い森/ドイツ中南部を縦断する森林地帯)の南端に位置するフライブルクは、豊かな自然に恵まれているだけに森林環境の重要性をよく理解しています。また、フライブルク市では市の面積の40%以上が自然保護区域もしくは景観保全区域に指定されており、自然環境保全と住環境の両立という意味でも住民と行政の合議によるバランスの取れた整備と開発が進められています。


フライブルクの農業(安全な食と農)
v_nougyou.jpgフライブルク市の西側はライン河の流れる平野で肥沃な農業地帯であり、特に穀物、野菜、果物(特に白アスパラやワインが有名)が収穫されます。山岳地では酪農も行われています。またフライブルクはドイツの有機農業の代表的地域としての歴史も長いのです。周辺には、耕地の25%が有機農業の村もあります。
フライブルク・河川の環境
v_river.jpgフライブルクの市内を流れるベッヘレと呼ばれる小川はドライザム川からひいてあり、中世の用水としての役目を果たしていましたが、現在は景観対策として町の空間に欠かせないものとなっています。町の中心部から離れた川の流域では住民参加の「小川の里親制度」として市民の環境活動も含めて保全を図っています。また、ドライザム川の流れは、町の中心から西に30kmのあたりでライン河の本流に流れ込んでいるため、ライン河自体の環境対策も各国間の課題として取り組まれているだけでなく、また地域レベルとしても自治体、NGOの活動の対象となっています。


住民参加
v_jumin.jpg環境対策の多くは住民の力によります。
  • ごみの対策も受益者負担の原則にのっとって行政の役割とは別に住民のモチベーションが重要となります。例:ごみ料金の選択、リサイクルセンターへの再生ごみの持込など。
  • 都市計画 ― フライブルク市の新興団地は、住民サイドの発想・アイディアを重視し、その多くを取り入れています。
  • 再生エネルギーの住民参加型活動として、ソーラーパネルや風力発電のグループ型投資などを行っています。



フライブルクのエコ建築
v_eco_kenchiku.jpgこの地域の環境意識の流れは建築部門にも及び、住居建造物、オフィスビル、メッセ会場など様々な環境に適応した建築物が建てられています。断熱材などの資材や機密性の問題、健康に害を与えずごみの排出の少ない建築素材・設計が開発されています。
フライブルクの環境経済
v_kankyo_keizai.jpg環境政策と経済政策は相対するものとして考えられがちですが、フライブルクでは環境政策の実施に伴う成果としてのクリーンな町づくりが経済立地としてのソフト基盤となり、経済効果をもたらしています。
例:ソーラーエネルギーの中心的存在としての職場創出、エコ・ツーリズムの促進など

フライブルクの環境ツーリズム
v_kankyo_tourizm.jpg環境都市としての様々な社会システムに興味深い事例があることで、そうした視察ツアーもツーリズムとして大切な環境経済要素となっています。学生や他都市からの訪問客、国内外の専門家グループが各専門分野の視察を目的に訪れます。
フライブルク・その他の対策
v_tsonota.jpgフライブルク市では子供たちに早くから環境意識を醸成するため、学校教育のカリキュラムの中にも多様な環境授業・野外活動が盛り込まれています。また、日本と同じく高齢化社会を迎えるにあたり、徹底した医療行政、老人福祉政策が推進されています。
公共施設の環境広報活動
v_publiity.jpgフライブルク市の環境局とフライブルク周辺の代表的エネルギー企業Badenova社(フライブルク市が30%以上出資)が共同で「ソーラー圏フライブルク」を広報センターとして開設しています。


このような都市フライブルクに、どう考えても韓国の慰安婦像は似合いません。なんというか、京都のど真ん中にニュヨークの自由の女神像を建てるようなものです。本当に場違いです。建てるにしても、慰安婦像ではなく、過去のすべての戦争で犠牲になった女性に関するモニュメントのようなもので、町並みに調和するようなものなら理解できますが、あの慰安婦像では、どう考えても調和しません。

あまりにセンスが悪すぎです。フライブルク市側は、このようなことも考えのではないでしょうか。あのような像は、韓国にこそふさわしいです。

それに、慰安婦問題に関しては、昨年の暮に、日韓合意に至っています。韓国側は、この韓国合意を守る意思はまるでないようですが、日本としては、日韓合意に至ったことを海外に向けて発信しています。

ドイツや、フライブル市にも、この情報は伝わっています。韓国の独りよがりな、プロパガンダに何も考えずに乗ってしまうような、都市や国はもうないということです。フライブルクのようなまともな都市が増えるにつれて、既存の慰安婦像を設置したような、都市など赤っ恥をかくだけです。

政府同士が、合意しているのに、韓国の一都市である、水原市がこのような振る舞いをすることについて、論理的にものを考えるドイツ人の都市であるフライブルクの当局者もさぞ困惑したことでしょう。

フライブルク市の今回の措置は、本当に妥当なものでした。

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2016年9月20日火曜日

都内の朝鮮大学校「日米を壊滅できる力整える」 金正恩氏に手紙、在校生に決起指示―【私の論評】金正恩自身も恐怖に苛まされている(゚д゚)!

都内の朝鮮大学校「日米を壊滅できる力整える」 金正恩氏に手紙、在校生に決起指示


 朝鮮大学校(東京都小平市)が5月、日米壊滅を目指す手紙を北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長に送っていたことが19日、分かった。朝大関係者が明らかにした。朝大の張炳泰(チャンビョンテ)学長が、朝鮮総連の許宗萬(ホジョンマン)議長から指示を受け、米国圧殺運動の展開を在校生に指示していたことも判明。手紙や指示には金委員長を称賛する文言があふれており、日本政府は朝大の反日・反米教育が加速化する可能性が高いとみて動向監視を強めている。

朝大の張炳泰(チャンビョンテ)学長
写真はブログ管理人挿入 以下同じ
関係者によると、手紙は5月28日、朝大で開かれた創立60周年記念行事で金委員長に送る忠誠文として読み上げられ、「大学内で米日帝国主義を壊滅できる力をより一層徹底的に整える」と明記。日米敵視教育を積極的に推し進める考えを表明した。

 また、金委員長に対しては「資本主義の狂風が襲い掛かっても、平然とした態度でいられる度胸を育ててくれた」「くれぐれも体を大切に過ごされるようお祈り申し上げる」などと忠誠を示している。

 一方、張氏は7月下旬、都内で開催された総連幹部会議に出席。許氏は「米国の孤立圧殺を展開中だ。金正恩元帥さまを最高尊厳として推戴(すいたい)し、民族教育事業の革新を引き起こすため総決起しろ」と指示した。これを受け、張氏は許氏の指示を朝大の幹部会議を通じて在校生に伝達した。

さらに張氏は8月、朝大教育学部など3学部の在校生約60人を「短期研修」の名目で北朝鮮に派遣した。金委員長に対する崇拝の念を北朝鮮当局からの指導を通じて、醸成させることが目的とみられる。張氏は北朝鮮の国会議員にあたる最高人民会議代議員も兼務しており、今後も金委員長を偶像化する教育を推進するとみられる。

 朝大は産経新聞の取材に対し、「担当者がいない」としている。

【私の論評】日本では報じられないが、金正恩自身も恐怖に苛まされている(゚д゚)!

朝鮮大学校(張炳泰学長、朴英植理事長)は1956年4月10日の創立から60年をむかえ、これまで1万7000余人(学部卒業生総数1万5951人)の卒業生を輩出しました。この創立記念の時に読まれた忠誠文の内容がブログ冒頭の記事の内容のものだったというのですから、驚きです。

朝鮮という国は、独裁国家であり、全人民に独裁者への忠誠が求められるわけですから、忠誠文を記念行事で読み上げたり、手紙として出すこと自体は当たり前といえば、当たり前なのでしょうが、それにしても過激です。

しかし、これにはそうしなければならない背景もあるのでしょう。たとえば、朝鮮からは以下のような情報も伝わってきています。
金正恩氏が「ブチ切れて拳銃乱射」の仰天情報 
北朝鮮で、エリートたちの亡命が相次いでいる。先月下旬、極秘裏に韓国入りしたとされる駐英大使館の太永浩(テ・ヨンホ)公使夫妻は、一説に「北朝鮮の貴族」とも言うべき抗日パルチザンの血筋だとされる。 
韓国の中央日報によると、太公使の父は、故金日成主席が抗日パルチザン活動を行っていた時代に伝令兵を勤め、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の大将まで上り詰めた太炳烈(テ・ビョンリョル)氏だという。
 美女脱北でも公開処刑 
これには「事実でない」とする声もあるが、英国に10年間も駐在した太公使が、体制から全幅の信頼を置かれていたエリートであることは間違いない。そして彼のほかに、複数の外交官や党官僚が脱北の道を選んでいるのは事実だ。
こうした現状に、金正恩党委員長がブチ切れないはずはない。 
聯合ニュースによれば、正恩氏は国家安全保衛部(秘密警察)に「検閲団」を組織させ、中国をはじめとする海外各地に急派。逃走を未然に防ぐべく躍起になっているという。
一方、聯合はこうも伝えた。
「消息筋によると、海外駐在の北朝鮮公館職員の間では近ごろ、金委員長が北朝鮮エリート層の相次ぐ脱北・亡命に激怒し、軍に指示して脱北を防げなかった人民保安省(警察)や国家安全保衛部の関係者を残忍に銃殺させたとするうわさが公然の秘密として広がっている」
これと同様のうわさは、4月に発生した北朝鮮レストラン従業員らの集団脱北を巡ってももたらされていた。 
集団脱北をした北朝鮮レストランの従業員の写真
(参考記事:金正恩氏、美人ウェイトレスの集団脱北で「公開処刑」を指示か) 
意に沿わない幹部らをことごく残忍な方法で処刑してきた正恩氏ならば、大いにありうることだろう。 
(参考記事:「家族もろとも銃殺」「機関銃で粉々に」…残忍さを増す北朝鮮の粛清現場を衛星画像が確認

 処刑前の動画公開 
そして実は、聯合は正恩氏の最近の「ブチ切れ」ぶりについて、もうひとつのうわさを伝えている。なぜか日本語版ウェブサイトでは削除されているのだが、記事のハングル版原文には次のような一説がある。 
「米国が自分を人権犯罪者扱いしていると言って激怒し、拳銃に実弾を装填して辺りに乱射した」
あくまでうわさだが、事実ならば正気の沙汰ではない。もっとも、正恩氏は昨年、スッポン養殖工場を視察して支配人の職務怠慢にブチ切れ、彼を処刑にした際、その直前の動画をテレビで放映させていた。 
(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導

自分の怒りの強さを、周囲に思い知らせなければ気が済まない性質なのかもしれない。 
しかし、そんなことをすればするほど、脱北の連鎖は止まらなくなると思うのだが。
北朝鮮のトップがこの有様ですから、朝鮮大学校の学長の張炳泰氏もいつどのようなことで、トップの逆鱗に触れないとも限りません。保身のためにも過激な内容の手紙を金正恩氏に送ったのでしょう。

それにしても、金正恩氏がなぜこのようなことになるかについては、ここ日本ではあまり報道されないので、日本ではあまり理解する人は少ないでしょう。

実は、金正恩氏自身も恐怖にさいなまされているのです。それについては、このブログにも掲載したことがあります。
米がICBM試射、北朝鮮への警告メッセージ―【私の論評】核の暴走をやめない金正恩を米国が斬首するかもしれないこれだけの理由(゚д゚)!
ミサイルサイロの中のミニットマンⅢ
この記事では日本ではほとんど報道されていない、米国による北朝鮮への警告としての弾道弾発射のニュースを掲載しました。

詳細は、この記事をごらんいただくものとして、以下に一部この記事から引用します。
このニュース日本では、全く報道されていません。北朝鮮の日本海へのミサイル発射の3時間後、米空軍が太平洋にこの発射テストをしました。これは、北朝鮮が日本EEZ内の日本海にミサイル3発を発射した事への警告です。オバマ米大統領は発射直後に「挑発は一層の圧力とより深い孤立を招くと北朝鮮は知るべきだ」と語ったそうです。
さらに、この記事の結論部分を掲載します。
こうした、正恩氏の暴走を止めるための手段として、米国によるミニットマンⅢの発射は企図され実行されたのです。そうして、これからも金正恩が核の暴走をやめないかぎり、米国もこの方針を改めることなく、継続することでしょう。

この傾向は、米側ももはや変わらず、金正恩が死ぬか、北朝鮮の体制が変わらない限り続くものと踏んでいるものと思われます。

だからこそ、米軍は韓国に金正恩斬首部隊を常駐させているのです。私は、条件が揃えば、米軍は本当に金正恩を斬首するつもりだと思っています。

そんな馬鹿なと考える人は、一つ忘れていることがあります。それは、アメリカはあのオサマ・ビンラディンを殺害しているという事実です。あれは、あくまで殺害であって、暗殺ではありません。事実米国は、殺害を公にしています。

しかも、核保有国でもあるパキスタンの領内でこれをやってのけています。オサマ・ビンラディン暗殺には、最初のとりかかりから含めるとアメリカは7年以上の年月をかけて実行しています。私は、すでに米国は金正恩斬首に向けて動いていると思います。そのことは、金正恩氏も知っていると思います。だからこそ、なおさら「核の暴走」をやめることができないのです。
米国は、オサマ・ビンラディンはもとより、リビアのカダフィ大佐、イラクのフセイン大統領も斬首しています。

オサマ・ビンラディン
カダフィ大佐
フセイン大統領
さらに、米国の軍人は、北朝鮮への先制攻撃の可能性も示唆しています。それについては、以下の記事をご覧になって下さい。
「金正恩の出方しだいで先制攻撃も」米軍元トップが表明
詳細はこの記事をご覧いただくものとして、以下に一部のみ掲載します。
米軍の制服組の元トップが、北朝鮮への「先制攻撃も選択肢のひとつ」との意見を表明した。 
オバマ政権で最初の統合参謀本部議長を務めたマイケル・マレン氏は16日、米シンクタンク・外交評議会(CFR)がワシントンDCで開いた討論会で「もし、北朝鮮が米国を攻撃できる能力を手に入れそうになり、米国を脅迫するのであれば、自衛的な側面から北朝鮮に対して先制攻撃を行うことができる」「理論的には(ミサイルの)発射台や以前に発射が行われた場所を除去(破壊)することは可能だ。米国には十分に(軍事的な)対応を行う能力がある」などと発言。
マイク・グレン・マレン 統合参謀本部議長就任時 2007年

この米シンクタンクは、イラク戦争(2003年3月)開戦の半年も前に、その勃発と戦闘の経過を詳細に予測していました。以来、「影のCIA」などと呼ばれているのですが、実際に国防総省やCIAと強いパートナーシップを結び、情報活動の一端を担っているようです。このシンクタンクにおける発言は北朝鮮も無視するわけにはいかないでしょう。

斬首作戦あり、ICBMの発射あり、先制攻撃の可能性もありで、金正恩が核ミサイル連発しても、アメリカはそれに一切ひるむことなく、妥協せずに次々と対抗策を打ち出してきます。ひところのオバマ大統領の及び腰路線とは全く正反対です。

このままだと、金正恩氏個人の生命が危険にさらされるだけではなく、北朝鮮そのものも危ういです。

金正恩氏の苦悩は想像を絶するものでしょう。いつ、空から自分めがけて、空から斬首部隊が降ってくるかわかりません。ドローンに攻撃されるかもしれません。国そのものもいつ軍事的に米軍の攻撃をうけるかわかりません。そうして、いつ自分の部下が裏切り行為にうってでるかもしれないと疑心暗鬼になっていると思います。米国が本気になって軍事的に挑戦してきた場合、北朝鮮には為す術がありません。

日本は、残念ながら軍事的にはできることは限られています。しかし、日本でも実行できることはあります。

たとえば、東京都内の朝鮮学校に対する補助金支給を凍結している東京都の小池百合子知事が、停止を継続する方針を示しました。都のホームページ(HP)から、削除されていた朝鮮学校が在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の強い影響下にあると結論づけた都調査報告書についても、小池氏の指示で再び掲載されました。

拉致被害者の家族や支援者からは、朝鮮大学校や朝鮮総連に対しても厳しい態度を取るよう求める意見が上がっています。朝鮮総連をめぐっては数々の疑惑が指摘されています。

このような締め付けをする方法は他にもいろいろあるはずです。いくら、自分の保身のためとはいいながら、「日米を壊滅できる力整える」などと、金正恩氏に手紙を送付したり在校生に決起指示をするような学長が存在する朝鮮大学校をそのまま放置しておいて良いはずがありません。

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在韓米軍、「金正恩斬首」の特殊部隊を配備―【私の論評】戦争に傾く混迷の2016年以降の世界を日本はどう生き抜くのか(゚д゚)!




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2016年9月19日月曜日

豊洲盛り土問題の真相〜マスコミには高校化学の知識もないのか…―【私の論評】豊洲は安全、早期に移転しないと意味がなくなる(゚д゚)!

豊洲盛り土問題の真相〜マスコミには高校化学の知識もないのか…


豊洲新市場
 やはり豊洲に移転すべき

先々週(9月5日)の本コラム「築地市場は一刻も早く移転せよ! 都民のことを思うなら答えは一つだ」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49645)で、サンク・コスト論から「豊洲新市場に早期に移転すべき」と書いた。

そのロジックは次のとおりだ。

「今の時点で豊洲市場はほぼ完成形なので、仮に追加対応するためにコストは少ない。その一方、その便益は、対処が可能であれば、4000億円程度と大きいことは間違いない。これを平たく言えば、豊洲が欠陥で使い物にならないのでない限り、今の築地に比べると安全・衛生的なので、移転中止せずに早く移転したほうがいい」

ところが、先々週の本コラムの後に、一部で盛り土をしていなかったことが発覚し、マスコミで大きな話題になった。9月10日、小池都知事の緊急記者会見である。これには、豊洲移転の推進派からも懸念が出てきた。

先週のテレビ各局は豊洲盛り土問題を連日報道した。今までの説明と違うだろ、という話だ。そこで、現代ビジネス編集部からも、新たな問題の発覚をうけて、あらためて筆者の見解をうかがいたいと連絡があった。

結論をいえば、基本は移転すべきで変更なしだ。技術的・経済的な観点からはやはりすぐに移転を決断すべきである。ただし、話がかなりこじれたので、政治的には説得の時間が必要になる。移転にはちょっと時間を要するだろう。

 有識者会議の意味
筆者としても、盛り土問題を事前に知らなかったので、早速、各種資料を見てみた。

豊洲市場に関わる問題は歴史があるので、資料には困らない。東京都サイト(http://www.shijou.metro.tokyo.jp/toyosu/)を見ればいい。その中で、特に、豊洲市場に関する会議資料(http://www.shijou.metro.tokyo.jp/toyosu/siryou/)は疑問点をほぼ網羅している。

筆者は、役人時代の経験から、こうした歴史のこじれた問題のときには、各種審議会を使って、役人が「勝手にやっていない」という足跡を残すことを知っている。

各種審議会は、有識者の見識を聞くためのものではなく、役人がやりたいことを公開し、そこに参加した有識者を役人意見の応援団にするためにものだ。

はっきりいえば、各種審議会はスタート時に方向がほぼ出来ていて(筆者の場合には1年後の報告書も8割方出来ていた)、そのために審議会委員を人選する。この方式は悪いことでない。メリットとしてはディスクロージャーがよくなる。

豊洲問題について、「豊洲新市場予定地における土壌汚染対策等に関する専門家会議」と「豊洲新市場予定地の土壌汚染対策工事に関する技術会議」がある。その議事録はサイトで公開されていて、豊洲問題のディスクロージャーはなかなかのレベルである。

それらの議事録を読むと、有識者とされている方々は、都役人から声をかけられたが、あまり本質的な意見をいわずに、都官僚がぐいぐいと議事を引っ張っているのがよくわかる。豊洲の会議の有識者はほぼ役人のいうとおりに振る舞った人々である。

ところが、急に盛り土問題が出てきて、自分は知らなかったという有識者が続出である。

技術会議の資料を見れば、建物の下で盛り土をしなかったことは明らかだ。技術会議のメンバーは、出席していたか、欠席でも資料は後日送付され、場合によっては都役人が説明にくるはずなのに、今になって知らなかったというのは見苦しい。

もっとも役所の委員なんてそんなもので、知らない間に役所が事を進めていくのはよくあることだ。逆にいえば、盛り土がなかったことを問題視する有識者はそうした会議に呼ばれるはずない。

筆者はこれまでそうした審議会方式を批判してきた。もっとも、批判するのは役人主導で間違ったことをやった場合だけである。今回の事例では、役人主導でやった盛り土はそれほど間違っていない。というか、いい方法だとすら思えてくる。

 むしろまともな案ではないか?

初めて盛り土問題の報道を見たときの感想は、これは地下ピットだな、しかもやけに天井までの空間が広い、というものだ。

ワンフロアも作れるくらいの地下ピットがなぜ必要なのかはにわかに理解できなかったが、万が一、地下の汚染が出てきた時に対処するためのアローワンス(余裕地帯)なのかというのが直感的に思ったことだ。

18日の日本テレビの真相報道バンキシャを見ていたら、当時の都幹部の話として「将来土壌汚染が確認されたら、パワーシャベルなどの重機を入れて対応するもの」という証言が紹介されていた。

常識的に考えても、すべてに盛り土して、その上に建物を建てたら、くい打ちは盛り土分を考慮して深く打たなければならない。しかも豊洲のように大きな建物では、地下ピットは配管管理などで必要なものだ。豊洲で盛り土の上に地下ピットを作ったら、想定以上の高さになって、耐震設計上コストが高くなるだろう。

どうせ地下ピットは必要、しかも大きな空間にして将来の汚染問題に対処可能、地下に埋めることで耐震上も安全、盛り土も節約できる、しかも汚染土壌対策では有害土壌除去で厚めのコンクリートカバーで対応、ということであれば、一石何鳥にもなって安全上もコスト上も悪い話ではない。

ここまでの話は、あくまで技術的・経済的な論点である。筆者は、それらの観点から見れば、盛り土なしで地下ピットはむしろまともな案だと考える。
現時点では安全性の問題なし

ただし、地下ピットはいい案であるが、もし、たまり水や地下空間で汚染物質が基準値以上に出てきたら、これは単に手抜き・欠陥工事になってしまう。

そうなれば、追加コストがべらぼうにかかってしまう。逆に、今後モニタリングする必要があるが、汚染物質が基準値以内であれば、実施段階でのいい計画変更になる。

現時点では、たまり水の東京都など調査によれば、安全性の問題なしと出た(http://www.shijou.metro.tokyo.jp/press/2016/0917.html)。


マスコミは、基準値の4割もの猛毒のヒ素が出たと報道するが、これはミネラルウォーターの基準(下図http://minekyo.net/files/lib/1/25/201501281444336650.pdf)よりも低い数字だ。



筆者は、この話を、9月17日のTOKYO MX『週刊リテラシー』で話した。

しかし、強アルカリだと危険を煽る共産党の御用機関になったのかと見間違うほど、マスコミはそのポイントを取り上げた。

高校の化学知識があれば、コンクリートには水酸化カルシウムがあり強アルカリで、鉄筋を錆から守るので、鉄筋コンクリートが強いことを知っているはずだ。もしコンクリートが強アルカリでなければ、中の鉄筋は錆びて、建物が崩壊してしまう。

こうしたこともマスコミは報道しない。このような報道姿勢は、原発報道とよく似ている。煽るような学者を登場させて、おどろおどろしく語る。いずれにしても、現時点では、地下ピットは手抜き・欠陥ではなく、いい意味での計画変更という程度だ。

   問題は「風評被害」

問題は、地下ピット案をどのように政治家や世間に知らせたかである。これは手続き問題であるが、政治的には重要であり、都官僚幹部の仕事である。

世間に知らせる最低限のことは行っている。豊洲の各種会議の資料や議事録はすでに公開されているからだ。ただし、大きな話では、あたかもすべてに盛り土が行われてきたかのような説明になっている。ここには明らかに問題がある。

あとは、都のトップなどがどこまで把握していたかだ。これについては、石原・元都知事の意見が迷走している。15日には地下ピットについて「報告を受けていた」と答えたが、その後、「報告受けたことない」と一転させている。

小池都知事の発言は、ローキー(控えめ)で、情報公開し、意思決定プロセスを解明するとしかいっていない。選挙中、豊洲問題は一度立ち止まって考えるとして、8月31日に11月に予定されていた移転を延期するといい、これは公約どおりだ。いつまでの延期なのか、中止になるかは一切語っていない。

小池都知事は今後、誰が決めたかのをすっきりさせなければいけない。ただし、地下ピットそのものが悪手ではないので、連絡の手続き面での問題にとどまるべきだろう。

むしろ問題は風評被害である。

マスコミは、連日、豊洲問題を扱っている。上に述べたようにその報道はかなり偏向している。そのためなのか、豊洲の評判はがた落ちで、豊洲の高級タワー・マンションで風評被害の危機に直面している。中国人の爆買いの反動もあるのだが、オリンピックと豊洲市場で売り出した物件は風評被害を受けているかもしれない。

せっかく地下ピットは十分な空間があるので、たまり水や地下空間で汚染物質について、モニタリングをして都民に公開すればいいではないか。原発事故後に各地で行われている放射線量測定モニタリングは、住民不安の解消に役立った。その上で、安全確認ができたら、早く移転を決定すべきである。

マスコミも、これだけ反原発もののような突っ込んだ報道ばかりであるが、これからのたまり水や地下空間の調査で何も出てこないと、急速に都政に関心を失う可能性がある。

そのとき、小池都政は正念場である。都議会が一気に小池都政に手向かってくるかもしれない。それに備えて、小池都政は、例えば東京を金融都市にするというようなまともな長期ビジョンを用意し、小池新党などで政治勢力を確保する必要がある。

もちろん、豊洲問題と平行して、手続き面での都幹部官僚の処分、それにより重要な問題であるが、築地市場での談合疑惑の解明も進めるべきだろう。

【私の論評】豊洲は安全、早期に移転しないと意味がなくなる(゚д゚)!

築地は豊洲より圧倒的に危険です。移転延期して、数年後に移転ということにでもなれば、せっかくの豊洲市場の社会的意義もなくなります。そもそも、現在では、魚介類の少量が減っています。

最近では、独自の物流センターや、築地市場を通さない直取引も増えています。こちら札幌ですが、札幌では一昔前、良い食材はすべて築地に持って行かれので、築地から仕入れこともあるとあるレスラン経営者が語ったことを覚えていますが、いまはそうでもないようです。札幌でも結構良い食材が入るそうです。

これを無視して、延期が長期化すれば、豊洲新市場そのものが必要なくなるかもれしません。早期に移転すべきです。

豊洲の盛り土問題については、以前もこのブログに掲載したことがありますが、この記事今から振り返ると、マスコミの煽りに煽られてしまったところもあったと思います。謙虚に反省して、本日はこの記事を掲載することに決めました。

ただし、盛り土をせずに、コンクリートのピットにすることに意思決定したのは、誰かということが未だ明らかになっておらず、これに関して前回の記事で、地方自治体の意思決定は一般の人が思っているよりはかなりいい加減であることを、他の事例も示して、強調しました。

そうして、東京都や小池都知事には、このようなことを排除すべきであり、そうすることにより、全国の他の自治体のいい加減さを排除するための先駆けになっていただきたいという主張をしました。その主張には、現在でもいささかも変わりはありません。

ブログ冒頭の記事をみてもわかる通り、現在の豊洲市場はかなり安全です。現在の築地市場と比較すると、豊洲のほうがはるかに安全です。


以下に、築地市場の危険性について掲載します。

そもそも、築地市場から豊洲新市場に移転する最大の理由は、築地市場の限度をはるかに超えた老朽化にあります。

そうして、築地には上の表を見ても分かる通り、アスベストの問題もあります。このアスベストは今ではかなり危険であり、肺がんの原因になるという指摘がされています。

1935年に開場された築地市場ですが、老朽化や過密化が指摘されており、このままだと、天井が落ちて犠牲者が出る事故が多発することにもなりかねません。特に、大きな地震が発生したときなど非常に危険です。

そんなところに観光客が大勢集まっているのですから、最悪な場合には市場間家者だけではなく、外国から来た観光客を含めた大惨事になりかねません。

さらに、交通事故も多発しています。これは元々築地市場がトラック物流を想定していない設計になっているからです。築地市場が開場された1935年頃の物流の中心は列車でした。その為築地市場は列車での運搬を想定して造られています。

上は、築地市場の模式図ですが、市場が扇形になっていることがわかります。その理由は、列車が接する部分を広くして荷物の搬入をしやすくする為です。

しかし、時代はトラックの物流が主流になり、築地市場も対応に追われましたが、改築増築だけでは、トラックに適した施設にするには限度がありました。そのために、築地市場内での交通事故が多発しているのです。


築地市場には衛生面でも問題があります。よくテレビなどで、マグロのセリが放送されたりします。下の写真のようなものです。


床に大量に並べられたマグロがダイナミックで、活気にあふれています。しかし、一歩引いて冷静に考えると違和感があります。

これをマグロではなく、ほかの食品で考えて見てください。たとえば卵焼きが床に並べられているとします。そこに土足の人達が、セリをおこなっているわけです。

皆さんは、その卵焼き、食べられますか?もちろん卵焼きの表面を削って食べても
洗ってもらっても構いません。

マグロだって皮を剥ぎますから床に並べられたものだって、食べられなくはないはです。しかし、正直いえば、私はその卵焼きは食べられません。きっとそう思われる方も多いのではないかと思います。

では、なぜマグロは良くって、卵焼きは駄目なのでしょうか。両者とも人の口に入る食品です。マグロだけが、例外というはずはありません。ちなみに、以下は札幌中央卸売市場です。マグロは台の上に置いてあります。


これが、築地市場を取り巻く衛生管理上の問題なのです。こういうやり方を止めようという事で、豊洲市場では新たに設備を一新し、運用しようとしているのです。

そもそも、水はね防止の為、魚介類のような食品も例外なく床から60cm離して保管するよう、厚生労働省が指針を出しています。ましてやマグロは生で食べることが多い食材です。
しっかりした衛生管理が必要です。

安全性の観点から言えば、今回の移転延期は「科学的根拠のある判断」ではなく、「根拠は無いけどなんとなく不安」という空気によるものとしか考えられません。

他にも、そもそもこの記事で示したように「誰が豊洲市場の建物の地下を盛り土ではなくコンクリートの空洞にする決定をしたのか未だに曖昧」であることや、「移転費用の増大」や「情報公開の不足」などが主な延期理由として挙げられていますが、「盛り土しない意思決定」や「不透明なカネの流れ」などは移転後でも十分に追及できるはずです。

むしろ移転を前提にして色々な手配を行なってる業者にもキャンセルフィーを払ったり莫大な経費がかかることになり、延期の方がはるかにコストが掛かるのでないでしょうか。

やはり、ここはなるべく早く移転すべきです。様々な問題や不都合は、それからでも十分に追求したり是正したりできるはずです。

【関連図書】

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2016年9月18日日曜日

結婚と出産・子育てへの最も高いハードル、いずれもやはり「経済的理由」だったと判明―【私の論評】少子化と経済は、自殺者の増減と同じく大いに関係あり!まずは、経済を良くせよ(゚д゚)!


少子化の大きな原因はやはり経済的理由でした。詳細は以下から。

昨日から話題になっている厚生労働省の出生動向基本調査。これは国立社会保障・人口問題研究所がおおよそ5年ごとに行っている調査で、独身者と夫婦に対して異性との交際や結婚、出産や子育てなどについての実態や意識を調べるもの。

その中で、結婚意思のある未婚者に、1年以内に結婚するとしたら何か障害となることがあるかをたずねたところ、男女とも最も多かったのが「結婚資金」(男性 43.3%、女性 41.9%)となりました。水準はどちらも5年前の前回調査とほぼ同じです。また、2000年以降の調査ではハードルとして「職業や仕事上の問題」を障害に挙げる人が増えています。


図表Ⅰ-1-9 調査別にみた、各「結婚の障害」を選択した未婚者の割合

図表はブログ管理人挿入 以下同じ

また、夫婦が実際に持つつもりの子供の数が理想的な子供の数を下回っている現状に対し、夫婦が理想の子ども数を持たない理由についても「子育てや教育にお金がかかりすぎる」という経済的な理由が56.3%と過半数に達しトップの回答となっています。この傾向は妻の年齢が35歳未満の若い層では8割前後に達しています。

ここから読み取れるのは、結婚の意思のある若者にとって経済的な理由がハードルとなっていると共に、結婚した夫婦にとっても子育てや教育がお金の掛かりすぎるものであるということ。「若者の結婚離れ」や「若者の出産離れ」の背景には「お金の若者離れ」という現実が重くのしかかります。

逆に言えば、若者にお金がしっかりと回るようになれば、意志のある若者にとって結婚や出産・子育てへのハードルは低くなるということ。育児休暇や保育制度の充実はもちろん、そこに至るまでの段階の若者への経済面でのバックアップが少子化対策として有効であると言えそうです。

また、この調査では独身の男女のうち、「異性の交際相手がいない」と答えた男性が69.8%(前回61.4%)、女性で59.1%(同49.5%)と大幅増加しているというショッキングな数字が出ています。性体験のない独身男女も男性42%、女性の44.2%とどちらも前回調査より増加しています。

異性との交際には最低でもデートの時間と多少のお金が必要になるもの。ブラック企業で低賃金で長時間労働をしている場合はどちらも満足に捻出できない可能性が少なからず存在しています。この5年間で男女ともに10ポイント前後も交際相手がいない人が増えているということを考えると、何らかの相関関係は疑ってみてもよいのかも知れません。

2015年の調査で恋愛結婚が87.7%にも上ることを考えれば、恋愛→結婚→出産・子育てという流れはやはり王道と言えるもの。独身の若者が恋愛のできるような時間とお金を持ち、結婚を考えるだけの資金を貯められ、育児や教育に掛かる多大な費用や諸コストを保障する制度があればこそ、少子化に歯止めを掛けることができるのではないでしょうか?

(pdf)第 15 回出生動向基本調査 結果の概要

「交際相手いない」男性7割、女性6割 過去最高を更新 :日本経済新聞

独身男性7割「交際相手いない」「性経験なし」も増加 – 産経ニュース

【私の論評】少子化と経済は、自殺者の増減と同じく大いに関係あり!まずは、経済を良くせよ(゚д゚)!

上の調査は、多くの人々にとってショッキングであると思います。それにしても、上のブログの記事、結論は「独身の若者が恋愛のできるような時間とお金を持ち、結婚を考えるだけの資金を貯められ、育児や教育に掛かる多大な費用や諸コストを保障する制度があればこそ、少子化に歯止めを掛けることができるのではないでしょうか?」です。

結婚する若者に対してそのための、資金を貯められ、費用やコストを保障する制度があれば、少子化に本当に歯止めがかけられるのでしょうか。

制度とはなんでしょうか。政府がこの若者たちを対象に補助金制度などをもうけるということでしょうか。あるいは、学費や子育てにお金がかからないようにするということでしょうか。

残念ながら、私はこれも必要でしょうが、これだけでは少子化には歯止めがかからないと思います。

なぜこのようなことになってしまったのかといえば、やはりあまりにも長い間デフレが放置されたからでしょう。さらに、平成14年4月から導入された8%増税も影を落としていると思います。

せっかく、平成13年4月から、日銀が、金融緩和政策をとってその効果が数字上に明らかに出ていたのに、平成14年に増税してから、金融緩和の効果が相殺されて、経済はほとんど伸びませんでした。ただし、金融緩和は継続していたので、雇用はかなり改善されました。

高卒、大卒の就職率は数十年ぶりに良くなりました。金融緩和と雇用とは密接に結びついている、当たり前のことが実証された形になりました。

私は、少子高齢化に関しても、やはり金融政策と関係があるものと思います。過去の日本のように、20年近くも、デフレでは、やはり上記のように、経済が結婚と出産・子育てへの最も高いハードルになってしまい、少子高齢化につながるものと思います。

私は、以前少子高齢化とデフレには当然密接な関係があるものと考え、人口減などのグラフと、デフレとの関係を示すものがあるに違いないと思い、いろいろと調べてみましたが、これに関してはいろいろ複雑なことがからみ合っていて、単純な相関関係はありませんでした。

考えれば、生まれたばかりの子どもが、大人になってから、子どもを生むようになるまでには、20年後の時を経てからです。単純に相関関係がはっきりわかるような客観的データはなかなか見つかるものではなかったので、そのようなものは現在もみあたりません。

しかし、自殺者とデフレの関係は完璧に相関関係があります。日本がデフレに入った直後から、それまでは二万人台であった年間の自殺者数が、三万人台に増えました。ところが、デフレの深刻さが減衰した頃からは、また二万人台に戻っています。無論、これには政府の自殺対策による効果もあったとは思われますが、一番は、デフレが深刻さが低減したことによるのが最も大きかったと思います。

自殺者数に関しては、このブログでも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
【正論】「欲ない、夢ない、やる気ない」……現代日本の最大の危機はこの「3Y」にある 作家・堺屋太一―【私の論評】団塊の世代以上の世代には想像もつかない現代の若者の窮状(゚д゚)!
堺屋太一氏
詳細はこの記事をご覧いただくものとして、この記事では「団塊の世代」という言葉の生みの親でもある堺屋太一氏が、現代の若者が、「欲ない、夢ない、やる気ない」のいわゆる「3Y」に陥っており、現代日本の最大の危機はこの「3Y」にあるという発言について、現在の若者が3Yになる原因を追求してみました。

その大きな原因の一つが、デフレであると結論づけました。その論拠の一つして、自殺者数の推移をあげました。以下にこの記事から、一部を引用いします。
ところで、自殺者数と景気は相関が高いことが知られていますが、この数年間の経済状況の改善と、さらに自殺対策にここ数年経費を増加させていく方針を採用していることもあり最近は自殺者数が減っています。類似の事例はホームレス対策にもいえ、ホームレス数は景気要因に関わらず対策費の増加に合わせて減少しています。 
自殺者数の減少については、マクロ(景気)とミクロ(自殺対策関連予算の増加スタンス)の両方が功を奏していると考えられます。 
自殺対策関連予算の推移はまとまったデータがないので拾い集めてみると
平成19年 247億円 平成20年 144億円 平成21年 136億 平成22年 140億 平成23年 150億 平成24年 326億 平成25年 340億 平成26年 361億 となってます。


そうして、この記事では以下の書籍を紹介しました。

経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策

この書籍に関して説明し部分をこの記事から引用します。
この書籍には、経済政策と死者数と間の相関を調べた内容が記載されています。

さて、日本では、現在アベノミクスの是非が話題になっています。世界中どこでも、不況に陥ると経済政策をどのようにするべきか、議論されます。しかし、結局のところ、どのような政策がいいのでしょう。そして、その決断を、イデオロギーや経済理論だけを頼りに行って、本当に良いのでしょうか。 
世界規模の不況に陥ったとき、国ごとに経済政策は異なり、それによって国民の運命も異なる方向に動かされてきました。公衆衛生学者と疫学者である本書の著者は、そのことを利用して政策の優劣を比較しました。つまり、過去の各国の政策選択とその結果のデータを、世界恐慌からソ連崩壊後の不況、アジア通貨危機、そしてサブプライム危機後の大不況まで調査し、比較したのです。 
比較の指標は、国民の生死です。政策の違いによって、国の死者数は増えたのか減ったのか、健康状態や平均寿命などがどう変化したかを比較しました。経済政策は、国の借金返済や構造改革、景気刺激など、さまざまな目的で行われますが、そもそも国民に死を強いるようでは元も子もありません。結果はどうだったのでしょうか。 
著者らの研究によれば、不況下で危険な「緊縮政策」を選択した影響で増加する死亡数は、まさに驚くべきものです。最も悲惨なのは、ソ連崩壊後のロシアで、1990年代に経済政策の失敗により数百万人の男性が死んだ(主に自殺とアルコール関連の死亡)と考えられるといいます。
このロシアの例をみてもわかるように、経済政策が悪ければ、自殺者は増えます。反対に、経済政策が良ければ、自殺者は減ります。やはり、自殺するしないに経済的理由は大いに関係があるのです。

日本でも、深刻なデフレに突入した途端に自殺者が三万人台に増えたということで、これは、ロシアだけでなく、日本にも当てはまっているのははっきりしています。

当然のことながら、少子化も国の経済政策に大きく左右されると思います。ただし、国の経済対策が悪くなったからといって、すぐに人口減になるわけではありません。子どもが生まれて、その子どもが大人になり結婚して子どもをもうけるようになるには、少なくとも20年前後の時を経てからです。しかも、高齢化という問題もあります。他の事象ともからまって、少子化と経済の関係が単純にはっきりわかるようなデータはありません。

しかし、ブログ冒頭の記事でもわかるように、結婚と出産・子育てへの最も高いハードルは、経済的な問題であることから、やはり政府の経済対策なども大きくからんでいると考えるのが妥当です。

特に、デフレがあまり長期にわたって続くと、若い世代は将来に希望を持てなくなります。逆に、ハイパーインフレはもちろん駄目ですが、緩やかなインフレで、緩やかに経済成長していれば、若者は希望が持てます。

考えてみてください、デフレの時代は希望がありませんが、緩やかなインフレで、緩やかに経済毎年数%ずつ経済成長しているとしたら、物価は上がるものの、給料も物価スライド分よりも少しだけは、あがるとしたらどうなりますか。

1年2年では、物価や給料が上がったにしても、ほんの数%ですから、実際の生活者の視点からすれば、誤差に過ぎませんが。20年たつと、給料は二倍くらいになります。物価スライド分を考慮しても、1.5倍くらいにはなるのです。

これは、今の日本では夢のような話ですが、数十年前の日本では当たり前のことでした。誰もが、自分の給料は少しずつながらあがっていくだろうと思っていました。

そうして、それは、同じ会社で同じ職位に20年間とどまっていてもそうなるのです。少し頑張って、職位が上になったり、給料の高いところに転職したりすれば、2倍、3倍、4倍というのも決して夢ではありません。さらに、努力する人にはもっと給料があがる場合だってあり得るのです。こういう状況なら若者も希望が持てます。

このように将来に希望が持てれば、今貧乏であっても、子どもが大きくなるにしたがって、給料が上がることが見込めるので、結婚しようとか、子育てしようという機運が高まるのは当然のことです。

しかし、これがデフレでは、同じ会社に同じ職位に20年間とどまっていたとしたら、給料があがることは絶対にあり得ません。それどころか、ほんの少しずつですが、給料が下がります。20年も、同じ職位にとどまっていたら、下手をすると給料は半分になっているかもしれません。給料をあげるなら、努力に努力を重ねて激烈な競争に勝ち抜いて、なるべく上の職位につくしかありません。それどころか、いつリストラされないとも限りません。こんな状況では、若者は結婚しようとか、子育てしようという気になれないのは当然のことです。これが、少子化に長期的に結びつくのは明らかです。

なお、少子化の問題というと、すぐにフランスの例がだされたりします。以下にフランスが実施している出産・子育て支援の内容を掲載します。

1. 妊娠・出産手当(妊娠5ヶ月~出産)・・・すべての費用について保険適用 
2. 乳幼児手当(妊娠5ヶ月~生後3歳)・・・子ども1人あたり約23,000円/月 
3. 家族手当・・・子ども2人で約16,000円/月。1人増す毎に約20600円/月追加(20歳までの支給) 
4. 家族手当補足・・・子ども3人以上の1人ごとに約15,000円/月 
5. 新学期手当(小学生~)・・・約29,000円/年 
6. 産後の母親の運動療法・・・保険全額支給 
7. 双子もしくは子ども3人以上など・・・家事代行格安派遣(1~2度/週) 
8. 片親手当・・・子ども1人で約76,000円、1人増えるごとに約19,000円/月
これは、確かに良い政策だとは思います。しかし、日本で現在この制度を導入したからといって、フランスのようにすぐに少子化が改善されるとは思えません。フランスがこのような制度を導入して成功した頃には、無論フランス経済はデフレではありませんでした。日本とは異なり、緩やかに成長していました。

この制度があったにしても、今の結婚適齢期の男女はすっかりデフレ脳になっていて、将来に希望をもてません。将来に希望の持てない、若者たちに対して、このような手厚い支援をしたとしても、すぐに効果がでるどころか、ほんの少し良くはなるかもしれませんが、すぐにもとに戻ってしまいます。

なぜなら、日本は、まだデフレから完璧に脱却しきっていないからです。デフレから脱却して、緩やかなインフレになり、多くの人々が緩やかなインフレはこれからもしばらく続くだろうと、認識するようにならないと、少子化の傾向は継続することになります。

そうして、上記の制度を導入することを条件に、増税ということにでもなれば、若者はますます将来に希望が持てなくなり、この制度が導入されたとしても、少子化は緩和されるどころかさらに促進されることになります。

日銀は未だ物価目標を達成していません。まずは、この物価目標を達成した上で、その状態がしばらく続くと多くの人が認識するようになるまで緩和を続けなければなりません。

それと同時に、フランスの例のような手厚い支援をするようにすれば、それでも5年、10年してからようやっと少子高齢化が緩和され、人口が増えるようになることでしょう。

無論、経済がまともになったして、支援策を充実したとしても、個々の様々な問題は存在し続けるとは思います。しかし、マクロ的にみれば、そのような事例は少数で確実に少子化傾向に歯止めがかかります。個々の問題は、経済の問題ではなく、その他のカウンセリングなどの対策によって救済されるべきものです。

いずれにせよ、経済が緩やかにでも成長するようになっていなければ、少子高齢化問題は、解消しません。

黒田総裁は会談後「次回(9月20、21日)の金融政策決定会合で(金融政策の)総括的な検証をするとしていますが、物価目標も達成できない現在、マイナス金利などの質的緩和の深掘りなどではなく、追加金融緩和を実施すべきです。そうでなければ、直接その影響が見えないかもしれませんが、少子化問題にも少なからず悪影響を及ばすことになります。

【関連記事】




2016年9月17日土曜日

「尖閣は台湾のもの?」“二重国籍”蓮舫新代表が知っておくべき日本と台湾の対立点―【私の論評】南京・尖閣問題で台湾は決して親日ではない(゚д゚)!


民進党代表決定の名前を呼ばれる直前にハンカチで目頭を押さえる 蓮舫新代表=9月15日
■二重国籍の問題点とは?

  「二重国籍」という批判を浴びながらも蓮舫参議院議員は民進党の新代表に就任した。「生まれてからずっと日本人」という意識を持つという蓮舫氏からすれば、不本意だろうが、二重国籍が問題視される理由の一つは、「利益相反」の問題があるからだ。

たしかに台湾には親日的な方が多い。東日本大震災のあとなどに温かい支援をしてくれたことへの感謝の念を日本人は忘れてはいけない。

しかし一方で、日本と台湾には対立点も存在する。

尖閣諸島である。

台湾は、戦後のある時期から「尖閣諸島は我々のものだ」と主張をしており、今もその立場を変えていない。

尖閣問題というと、対中国(中華人民共和国)のことを想定しがちだが、台湾もまたこの問題に絡んでいるのだ。

彼らはいかなる主張をしているのか。

それはどのくらいの「無理筋」なのか。

公文書研究の第一人者である有馬哲夫氏が、第一次資料をもとに歴史問題の真実を解き明かした新著『歴史問題の正解』の「第11章 尖閣諸島は間違いなく日本の領土である」から一部を抜粋、引用してみよう。

***

■尖閣諸島問題の起源

考資料:[出典]防衛省のレポート「尖閣諸島について」(2015年3月)

アメリカは、沖縄を日本に復帰させるにあたって次の二つの選択を求められた。尖閣諸島を沖縄の一部と認め、日本に復帰させるのか、それとも沖縄の一部とは認めず、保留し、帰属のことは日本と台湾の間の議論に任せるのか。ここにおいて、尖閣諸島の議論は、沖縄復帰と直接的に結びついていた。

テレビなどでは、尖閣諸島が1895年から日本領とされて、所有者もいることをしばしば指摘し、それをもって尖閣諸島が日本の領土だと報じている。

だが、日本は第二次世界大戦に敗れてポツダム宣言を受諾し、さらにサンフランシスコ講和条約によって沖縄をアメリカの統治に委ねたのだから、沖縄復帰のときに、これらの島々が日本に復帰させるべき領土とされていなければ、それ以前の領有や所有の実態は、あまり意味を持たない。それは、ポツダム宣言によって日本が放棄させられた千島列島(ただし北方四島は除く)などの場合と同じだ。

したがって尖閣諸島をめぐる議論は、やはり沖縄復帰に関するものとして考えるべきである。そして、以下で見ていく文書の内容からしても、日本―アメリカ―台湾の間のものだったといえる。たしかに、中国も日本とアメリカが沖縄復帰で合意したあとの1970年12月3日になって初めて尖閣諸島の領有権を主張しているが、これについてはアメリカはなんら考慮に値する根拠が挙げられていないと判断している。したがって、台湾の主張を退けることができれば、「尖閣諸島は台湾のものであり、台湾は中国のもので、したがって尖閣諸島は中国のものだ」という中国の三段論法も退けることができる。

■歴史無視の主張

歴史問題の正解 (新潮新書)


そこで、まず、台湾側が沖縄復帰のときにアメリカ側に対してどんな申し入れを行っていたのか、その主張の根拠がどのようなものだったかを見てみよう。

台湾はアメリカに対しどのような根拠でこのような申し入れをおこなったのか。それを示すのが1971年3月15日に駐米の台湾大使がアメリカ国務省に赴き、口頭で台湾の尖閣諸島に対する要求を伝えたうえで渡した文書(尖閣文書)だ。以下はその要旨である。

(1)15世紀の明の時代から琉球に冊封使を送っているが、その使節団の旅行記にとくに釣魚台(魚釣島)、黄尾嶼(久場島)、赤尾嶼(大正島)の3島のことが詳しく記されている。その記述によれば、これらの島々は台湾と琉球の境界線と考えられてきた。

(2)釣魚台列嶼(尖閣諸島のこと)の地質学的構造は台湾のものと似ていて、地理的にも台湾と隣接している。だが、沖縄からは200マイル以上も離れている。

(3)釣魚台列嶼(尖閣諸島)は、長年に渡って台湾漁民の漁場だった。彼らはこれらの島を、嵐を避けるためや船や漁具を修理するために使ってきた。

(4)日本政府は釣魚台列嶼(尖閣諸島)を1894年以前(つまり日清戦争以前)には沖縄県に編入していなかった。この編入は日清戦争のあと中国による台湾と澎湖島の割譲の結果起こっている。

第二次世界大戦の終結後、サンフランシスコ講和条約によって、釣魚台列嶼(尖閣諸島)もアメリカの軍事的占領下に入った。中華民国政府は、この地域の安全保障への配慮から、これまでアメリカの軍事的占領に異議を唱えなかった。だが、これは釣魚台列嶼(尖閣諸島)が琉球の一部であることを中華民国政府が黙認したと解釈されるべきではない。

これら歴史、地質、地理、使用実態、国際法上の理由により、釣魚台列嶼(尖閣諸島)は台湾と関係が深く、台湾に付属する、あるいは帰属するものとして扱われるべきである。

1972年にアメリカによる琉球諸島の占領が終結するにあたり、アメリカ政府は中華民国の釣魚台列嶼(尖閣諸島)に対する主権を尊重し、これらの島々を中華民国のために留保すべきである。

以上が、台湾がアメリカ政府に対して行った申し入れの要約である。筆者は、主旨を歪めるような夾雑物は一切入れていないし、日本側にとって不利な点を隠すこともしていない。したがって、この内容が理にかなっていないとすれば、台湾の領有権の主張そのものが理にかなっていないことになる。そして、この要約からも、これまで政府関係者やマスコミから私たちが知らされていた以上におかしなことを台湾が述べていたことがわかる。

■台湾の主張のどこがおかしいか

(1)冊封使の旅行記にしばしば登場し、彼らによって沖縄と台湾の境界線の島々だと考えられていたからといって、尖閣諸島が台湾の一部であるということにはならない。統治とも実効支配ともなんら関係がないからだ。

(2)大陸棚条約などを意識したものだろうが、1895年以降日本が領有していた歴史的事実がある以上、地質学的に台湾に近似していても、地理的に台湾に近くても、それは主権とは関係のない議論だといわざるを得ない。

(3)島々で嵐を避けたり、船や漁具を修理したりしたから(アメリカの沖縄統治時代のことをいっていると思われる)といってそれが実効支配の実績とはならない。そもそも、日本はそれを不法行為として取り締まるよう琉球列島アメリカ民政府に再三要求している。

(4)日清戦争を終結させた下関条約には、尖閣諸島を日本に割譲するとは記されていない。もし、割譲したのなら、カイロ宣言の条項(日本は台湾と澎湖島を中華民国に返還する)を履行すべしとしたポツダム宣言第8条に基づき、日本は尖閣諸島を、中華民国(つまり現在の台湾)に返還しなければならないが、そうではなかった。

尖閣諸島は日本が清から台湾の一部として割譲を受けて沖縄県に編入されたのではなく、日清戦争以前から実効支配していたものを日清戦争と同じ時期に沖縄県に編入したのに過ぎない。

***

同書では、より細かい日、米、台の主張について検討されているが、ここでは割愛する。

結論からいえば、当然のことながら、アメリカはこうした主張を相手にしなかった。

1970年9月10日、アメリカ国務省のスポークスマンは、記者団の質問に答える形で、「佐藤・ニクソン合意に沿って尖閣諸島を日本に復帰させる」と言明している。

また、ヒラリー・クリントン国務長官が「改めてはっきりいいたい。尖閣諸島は日米安全保障条約第5条の範囲に入る。日本国民を守る義務を重視している」と述べたのも記憶に新しいところだ(2010年10月27日)

蓮舫氏が、彼女に懐疑的な目を向ける人たちから信頼を得るには、こうした歴史問題の「正解」を学んだうえで、高い説明能力を活用して主張していくのは有効な手となりうるだろう。ただし、それは彼女に向けられている「経歴詐称」という批判に対してはあまり意味を持たないかもしれないが。

【私の論評】南京・尖閣問題で台湾は決して親日ではない(゚д゚)!

ブログ冒頭の記事に掲載されている台湾の主張は、台湾の蔡英文・民進党政権になっても基本的に引き継がれているものです。ブログ冒頭の記事にも掲載されているように、確かに台湾には親日的な人も多いことは事実です。しかし、台湾と日本とは利益が相反しているのも事実です。

昨年の台湾で挙行された「対日戦争勝利パレード」
台湾は昨年は大々的に「対日戦争勝利パレード」を挙行しました。中華人民共和国も、「抗日戦争勝利軍事パレード」を行ったことはこのブログにも掲載したことがあります。

そうして、その記事の中では、現在の中華人民共和国は日本と一度も戦争をしたことなどなく、戦争したのは、後に台湾に逃げ込んた、蒋介石率いる中華民国の国民党軍であることを示し、そもそも中華人民共和国が「抗日戦争勝利軍事パレード」を催すこと自体が噴飯ものであることを掲載しました。

そうして、台湾による「対日戦争勝利パレード」を台湾が挙行するのも、同じく噴飯ものと言って良いです。なぜなら、中華民国の国民党軍は、日本と戦争して負け続けていました。その日本は、大東亜戦争に破れ日本軍は中国大陸からも、台湾からも退きました。

その後、国民党軍は、毛沢東率いる共産党軍と戦うことになったのですが、これに惨敗して台湾に逃れました。だから、台湾も「対日戦争勝利パレード」を祝うこと事態が、全くおかしなことなのです。

この記事では、中華人民共和国が、わざわざ噴飯ものの「抗日戦争勝利軍事パレード」を挙行するのは、中国共産党政府の統治の正当性が脆弱なので、歴史を修正して、日本を悪者に仕立て、人民の怒りを日本に向けて、自分たちの統治の正当性を強調するためであることを掲載しました。

台湾における軍事パレードも似たようものであり、国民党軍は一度も日本軍に勝利をしたことなどありません。現実は、日本軍に負け、中国共産党軍に負け、台湾に逃れたのであり、断じて日本と戦争をして勝ったわけではありません。

結局のところ、台湾も中華人民共和国と同じく、日本を悪者に仕立てて、統治の正当性を高めるためにこのような軍事パレードを挙行するのです。

蒋介石が率いた中華民国国民党軍

蔡英文総統は、本省人だからなのでしょうか、今年は大々的な「軍事パレード」はなかったようです。台湾では9月3日が、軍人節です。政府が同日を休日として対日勝利を祝ったことが起源です。1946年に抗日戦争勝利記念日に定められた後、1955年に現在の軍人節に改称されています。

ちなみに、本省人とは戦前から台湾に移住して住んでいる人達の事です。本省人には2種類あり、福建系(ほとんど)と客家系(少数)にわかれます。本省人(福建)は台湾語を話し、本省人(客家)は客家語を話します。

台湾は日本などとは異なり、多民族国家です。本省人の他に、外省人とは戦後に中国大陸からやってきて台湾に移住した人達のことです。

当時中国大陸で国民党と共産党の内戦があり、国民党は負けたので台湾に逃れました。元々は大陸に戻るつもりでしたが、大陸の中国共産党政府が強大になったため、その機会はなくなり、今でもその子孫も含めて台湾に残っています。彼らは、中国語を話し、台湾語は話せません。本省人と外省人の他に、元々台湾に住んでいた現地人もいます。

毛沢東の紅軍、後に人民解放軍と改名
台湾といえばネット等では「親日的」とされるのが常ですが、すべての人がそうではなく、特に外省人などは大陸中国に近い反日的な人間も多いです。また、本省人や現地人の中には、親日的な人も多いようですが、心からそう思っている訳ではなく一種の処世術でそうしている人も多いようです。しかし、そうはいっても、ある一定数の親日的な人々は確実に存在します。また、日本に無関心な人も多いです。これは、否定できません。

現在の台湾は国連に加盟しておらず国家として承認しているのはごく少数に留まっています。戦後すぐに急速な経済成長を遂げた台湾に対して、中国は大躍進・文化大革命の相次ぐ失敗で荒廃しいました。

そのため、中国人が海峡を渡って台湾に亡命する事も多かったものです。ところが、80年代にニクソン訪中をきっかけに急速な経済成長が始まり、あっという間に台湾を抜き去りました。とはいっても、それは全体のGDPだけの話ではあります。

日本、台湾、中国の一人あたりGDPは以下のような状況です。(単位:USドル)
日本   32,485.55 
台湾   22,287.56 
中国    7,989.72
それにしても、国全体では大陸中国は、台湾を圧倒するようになりました。それまで日本に好意的では無かった台湾が急に「親日的」になったのは、この頃からであり、苦境を乗り切るための国家戦略とも取れます。これは、大陸中国の脅威もありやむを得ないことであったかもしれません。

80年代以前の台湾は韓国や大陸中国と同じく、従軍慰安婦や日本の侵略を非難していました。ただし、その当時の反日活動は、今日の韓国や大陸中国のように、執拗で質の悪いものではありませんでしたが、当時は大陸中国も、韓国も、台湾も反日的であったのは事実です。

台湾には大きく分けて台湾独立を志向する政党と、中国による台湾統一を志向する政党、台湾による中国統一を志向する政党が存在します。

国民の考えもほぼこの3通りに集約されています。

1945年から1989年まで台湾を乗っ取っていた軍事独裁政権は台湾による中国統一を目指していましたが、最早これは非現実的です。

1989年から台湾では野党の存在が認められ、政権交代が起きるようになりました。独裁政権から民主的な制度に移行し、政治が混乱しました。同じようなことは、フィリピン、韓国でも発生しました。

台湾では、国民党の単独政権が終わってから、ネコの目のように政権がクルクル変わり、その度に極度に混乱しました。これは、皆さんがご存知の、日本における民主党の整形交代以上のものでした。

1990年代を通じて国民党の力は衰えていき、2000年の総統選挙では民進党の陳水扁が当選し、一党支配が終わりました。

民進党は台湾独立を掲げる左派政党で人気が高かったのですが、政権掌握後の政治腐敗から2008年総統選挙で負け在野しました。

代わって返り咲いたのが「中国との統一」を掲げる国民党でしたが、「中国に統一される事」を志向していました。今年は政権交代があって、5月20日に蔡英文主席率いる民進党政権が発足したのです。

蔡英文総統
台湾による中国統一、あるいは台湾独立派が政権に就いている間、日本との関係を重視する姿勢が見られました。

中国と台湾は人口比で約60倍もあり、経済力は20倍なのでアメリカの後ろ盾と、日本の支援が絶対必要である。

だが台湾が中国に統一され「祖国復帰」を果たすなら、中国と敵対する日本は敵であり、アメリカも敵ということになります。

統一を志向する国民党の政権の時代は、このように微妙で不安定な立場にあり、常に言動が揺れ動いていました。

例えば台湾は、対立している筈の中国が創設した「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)に真っ先に参加を表明して断られていました。

なお台湾は日本が創設した「アジア開発銀行」(ADB)には1966年の発足時から加盟しています。

民進党の前の国民党政権の馬英九総統は中国の習近平政権に近い立場を取っており、結びつきを深めようとしていました。

中国は過去には日中戦争や日華事変で台湾軍(中華民国軍)が果たした役割りを絶対に認めませんでしたが、馬英九政権のときには「中国軍の一部として」認めるようになっていました。これは、先に述べたように、歴史の修正であり、全くの詭弁なのですが、台湾が果たした抗日戦争を評価したのです。

しかし、台湾は中国への対抗意識からこの論法を受け入れず、日本軍と第二次大戦で戦ったのは台湾軍であると鼓舞していました。

昨年の軍事パレードには戦闘機に日本軍機を撃墜した事を示す、撃墜マークを描いた機体を並べて対日戦勝パレードを開催しました。

そうして、日本と台湾には決して親密になれない理由があります。それは現在も大陸中国と台湾が「30万人(100万人とも言っている)の南京市民が犠牲になった」と主張する南京事件があるからです。

『南京事件』は当時の新聞に、国民党軍(現在の台湾軍)が南京を去るとき8万人の市民を犠牲にした、と記載しています。南京虐殺の真実は、南京では通常の戦闘ではなく、異常な戦闘が行われたということです。

なぜ、異常な戦闘になったかといえば、国民党政府軍軍事委員長・蒋介石が戦いの途中で麾下の数万の兵士を置き去りにして高級将校とともに南京から逃げたからです。この時蒋は督戦隊を残して逃亡しています。

督戦隊とは、逃げる兵士を撃ち殺す部隊のことです。そのため、南京市内の国民党軍兵士は逃げるに逃げられなかったのです。

1937年(昭和12年)12月13日に日本軍は南京城に入城しました。当時毛沢東の共産党軍は南京にはおらず、大陸中国の奥地を逃げまわっていました。日本軍は開城を勧告したが応じなかったというか、司令官も存在せず督戦隊が存在したので、国民党軍兵士は降伏することができませんせんでしたので攻城戦となりました。

そうして、日本軍に包囲され、指揮官を失い、逃げ道を失った彼らは、投降するより軍服を脱ぎ捨てて便衣を着て民間人になりすましたのです。南京入した日本軍は、脱ぎ捨てられたおびたたしい数の国民党軍の軍服を発見しました。

日本軍は当惑しました。南京市内には一般市民がいる。彼らと便衣を着て、一般市民になりすましている便衣兵とを見分けるのは難しいです。

結局当時の中支那方面軍司令官の松井石根大将は、便衣兵の掃蕩作戦を行わざるを得ませんでした。そうして、掃蕩した便衣兵の中には、一般中国人が含まれていた可能性は否定できません。ただし、この人数が20万人〜30万人というのは、虚構にすぎません。

日本軍の南京入場
松井石根大将は、この事件のため戦後に極東軍事裁判において死刑になっています。しかし、この事件の大元の責任者である、蒋介石と高級将校たちには、いっさい何の罪にも問われていません。

南京に蒋介石が残っていたら、あるい蒋介石ではなくとも、高級将校が一人でも残っていて、日本軍に降伏していたら、あるいは南京の国民党軍がはやめに全員が南京から逃れていたら事態は混乱せず、日本軍が便衣兵を処刑する必要もなかったはずです。

この所業は、どこの国においても、とんでもない敵前逃亡です。国民党としては、この事実を隠蔽したかったのでしょう。すべての責任を日本軍押し付け「日本軍による市民大量虐殺」という虚構を作り出し、今に至っています。

これが南京事件です、後に台湾に逃げ込んだ蒋介石や国民党軍の幹部としては、南京の敵前逃亡を台湾の国民に知られてしまえば、それこそ統治の正当性が疑われしまいます。たでから、自分たちの卑怯な敵前逃亡を有耶無耶にするため、南京大虐殺という虚妄を作り出し、自分たちの所業を隠蔽したのです。

現在の外省人で、特に国民党関係者や国民党だった人々を先祖に持つ人達は、このような事実を明るみだされるのは、自分たちにとって都合が悪いのでしょう。結局、大陸中国と同じく「南京大虐殺」という虚妄を虚妄とは認めません。

そして現在まで台湾、中国ともに「日本軍が南京事件を起こした最高責任者」という歴史の修正を改めようとはしていません。日本が台湾を国家として正式に認めない本当の理由は、おそらくこの辺にあると思います。

重ねて言いますが、台湾に親日派の人が大勢いることは事実です。しかし、そうではない人も大勢いるというのも事実です。

さて、先に述べたように、台湾では今年は政権交代があって、5月20日に蔡英文総統率いる民進党政権が発足しました。

しかしながら、この政権も、尖閣は台湾領であるとする主張は変えていません。それに、南京虐殺に関しても、その主張は今でも大陸中国と変わりません。

ブログ冒頭の記事と同じく、台湾には、尖閣の領有と南京虐殺に関しては、日本と「利益が相反」する層が少なからず存在するのは間違いありません。それも、一般国民だけではなく、国会議員、司法関係、その他枢要な地位にある人々の中にも存在するのです。

このような国である、台湾籍を持った蓮舫氏が日本の野党第一党である、民進党の代表になったのです。

これは、本当に信じがたい出来事です。利益相反する外国籍を持っていることがはっきりわかっているのに何の対処もせず蓮舫氏を代表に選んでしまった民進党。危機管理能力ゼロの謗りは免れません。

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