2018年8月7日火曜日

「貿易戦争に勝利」とのトランプ氏の主張は「希望的観測」=中国紙―【私の論評】トランプ大統領がうつけものでないことに賭けてみる価値は十分にある(゚д゚)!

「貿易戦争に勝利」とのトランプ氏の主張は「希望的観測」=中国紙

米国と中国の国旗

中国の国営英字紙チャイナ・デイリーは社説で、中国株の下落が貿易戦争での米国側の勝利を表しているとのトランプ米大統領の主張について「希望的観測」だと一蹴した。

中国の国営メディアはこれまで米国の政策への直接的な批判を控えてきたが、トランプ氏に対する攻撃的な姿勢を徐々に強めている。

人民日報海外版は6日の論説で、トランプ氏が脅迫や威嚇のドラマを演じていると批判した。

トランプ米大統領は4日、ツイッターで「関税は誰もが予想していたよりはるかに効果を上げている。中国の株式市場は過去4カ月で27%下落した」と述べた。

チャイナ・デイリーはこれに対し、米政府による関税発動の前から中国株は下落していたと指摘。中国株の下落は企業債務削減に向けた中国政府の取り組みが一因との見方を示した。

また、6月の米貿易赤字が前月比7.3%増の463億ドルと4カ月ぶりに増加しており、「関税がはるかに効果を上げている」とのトランプ氏の主張を根底から否定していると指摘した。

チャイナ・デイリーはしばしば、中国政府が国際社会に対してメッセージを発信する際に使われる。

人民日報海外版に掲載された別の論説では、中国商務省系シンクタンクの研究員が、中国は貿易摩擦を乗り切るのに十分な強さと回復力を備えていると主張。「貿易摩擦が複雑化し、国内市場に依存する状況下においても、中国が世界経済や産業システムにおける主導的地位を強化し続けることができると信じる理由がある」と述べた。

【私の論評】トランプ大統領がうつけものでないことに賭けてみる価値は十分にある(゚д゚)!

中国のチャイナ・デイリーが上記のような内容の報道をするということは、中国側は内心ではかなり脅威に感じているということです。

中国ではトランプ氏が脅迫や威嚇のドラマを演じていると報道されていますが、米国内でも、連日トランプは狂人だ、精神病だ、米国大統領としてあるまじき言動で、米国を潰してしまいそうだ。弾劾も考えるべきだと連日のテレビやTwitterで批判されています。

最近トランプがヨーロッパへ訪問した時の各国でのトランプの言動は更に混乱を巻き起こし、批判を浴びました。トランプは米国の知識人からも厳しい批判の矢を受けています。しかしトランプ自身は全く気にしていません。一体トランプの本心はどこにあるのでしょうか。



これまでの戦後のブレトンウッズ体制、GATT、WTO、IMFなどの国際的な仕組みは、米国が世界の中で圧倒的な経済力を持つことを前提にしてつくられたものでした。つまり米国の他国に比較して圧倒的に巨大な経済力をもとに、他国を自分の陣営に固定するために、多くの資本を投下し、金を使ってきたのです。

世界の警察の役も多大の金がかかっていました。米国は、自分の経済力の衰退で、それが従来ほどには出来なくなってきました。トランプは、今の仕組みは他の国のために米国が大枚を払わされ続ける仕組みになっていて、それを変えなければならないと本気で思っているようです。このような考えの上考えでトランプは多大な批判を受けるような発言をしているのです。

つまり、米国の衰退、グローバル化の行き過ぎが、これまでの国際経済の仕組みでは旨く行かず、その「制度疲労」を何とか修復しなければならない時がすで来ており、これをトランプが、「アメリカ・ファースト」と言いながら、変えようとしているのでしょう。


EU自身もその経済的・政治的に構造的な欠陥持っているのですが、誰もそれを正そうとしていません。

近年の技術的、経済的な土台の変化の中で、こうした世界的な経済社会の制度疲労が起こっていて、それを修復しなければならない時に来ているのです。そしてグローバル化の行き過ぎを是正しなければならないのです。

米国自身の「制御装置」の破壊の修復も含めて、これをトランプは模索していると考えられます。これに関して誰が正しい、誰が間違いなどということがまだはっきりわからない段階で、トランプ大統領は、本能的に動物的感覚で、何とか修正しようとしているように見えます。その方向性を、いろいろの利害関係者に暴言に近い本音で脅しをかけ、その反応を見ながら探っているというのが実体であると考えられます。

トランプ大統領は、暴言のように、利己的にみえるように直言します。しかも土建屋的な第六感で動き、相手の出方によってはすぐ前言を翻して、引き下がるか、訂正することもありません。

土建屋の「押して駄目なら引いてみろ」を地で行っているようです。彼は中国の習近平とは異なり失う面子など持っていません。こうしたトランプ大統領の動きは、意外に新しい道を探す良い探索、交渉の方法なのかもしれません。

これまでこのような振る舞いをする大統領はいませんでした。しかし現在のように前例が全く役に立たない、制度疲労した混乱の時代において、これを是正するには、こうした言動が有効なのかもしれません。

これからは古い産業が衰退し、世界はハイテク、サイエンスの開発競争になります。特に中国がこの方向で国を挙げて推し進めていることに、危惧したトランプ大統領はハイテク覇権戦争に挑んでいます。

そこでトランプ大統領は、特に中国がIP(知的所有権)を無視していることに対して、中国を攻撃しているのです。これは、単なる関税戦争、貿易摩擦戦争でありません。関税の引き上げはその暴言の一部であり、関税の引き上げは米国自身も損をすることはトランプ大統領自身もよく分かっていると思います。

1989年のベルリンの壁の崩壊で、米国の敵であったソ連が崩壊しましたが、最近ロシアが、自分の生き残りのために、ヨーロッパのあちこちで戦争屋のような動きをしています。

そのために国際社会が混乱してしまい、難民、テロが生まれています。しかしトランプは、これまでのように単にロシアを叩くのではなく、ロシアと北朝鮮を米国の対中国戦略の舞台に引き込もうとしているように見えます。

トランプ大統領はこれまで土建屋ビジネスで儲けてトランプタワーを建てたのですが、米国の悪質金融資本家の儲けに比べると、トランプ大統領の儲けはごみのようなものです。そのため彼は基本的には悪質金融資本とは一線を画しているようです。

悪質金融資本家はグローバル化を使ってぼろ儲けをしてきました。そうして現在は、グローバル化の行き過ぎを是正しなければならない時です。これは保護主義ではありません。トランプは保護主義が経済をだめにするということぐらい学校で学んできた筈です。

そもそも、貿易赤字自体が悪であるという考え方が間違いであることや、基軸通貨国の経常収支が赤字になりがちであることの理由など知っていると思います。仮に知らなかったにしても、大統領の座についてから、彼のブレーンらに聴いていると思います。

トランプ大統領は「国民中間層を救う」ということで大統領になりました。一部のエリート、金融資本家による金権政治で国民の富が収奪されたのですが、その国民大衆の貧困を救済するというのです。金権政治のエリート層に立ち向かうには、彼らを油断させるため、うつけものをよそう必要があったようです。

トランプ大統領は、米国が世界で突出した経済力を持っていないことを前提として、中国の覇権主義を廃して、米国を頂点とする新たな世界経済の新しい秩序を再び造ろうとしているようです。重要なことはグローバル化の行き過ぎでの是正です。

日米ともに過去には内需を拡大したときが安定成長した

しかも戦争屋の仕掛けを排除することです。うつけもののトランプがそれを実現しようとしているのでしょうか。それならわれわれもトランプを応援しなければならないです。ただし、トランプ大統領が本物ののうつけものである可能性もありますが、それでも誰かが、現在の世界経済の仕組みをここで見たように変えていかなければならないことには変わりありません。

このまま、手をこまねいていては、間違いなく世界の半分は、中国が中国の価値観により、新たな新秩序を確立してしまうかもしれません。それは、世界の半分が闇になることを意味します。ただし、運が良かったことに、中国は現在の段階において、米国を頂点とする世界秩序に対して挑戦するとはっきりと公表しました。

これが、中国が「能ある鷹は爪を隠す」方式で、覇権願法など露ほどもなく、中国は経済発展すれば、民主化、政治と経済の分離、法治国家化をなしとげ、先進国と似たような体制になると期待させつつ、経済を拡張し、資金をたくわえ20年後あたりにいきなり、覇権主義を露わにしたとしたら、さすがの米国も太刀打ちできなかったかもしれません。

しかし、現実ではそうではありませんでした。今の段階であれば、十分に中国をまともな体制にするか、あるいは米国を頂点とする戦後秩序に対して、永遠に抗えないほど、中国経済を弱体化すすることができます。

こうしたことを考えると、トランプ大統領がうつけものでないことに賭けてみる価値は十分にあると考えます。

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2018年8月6日月曜日

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【瀕死の習中国】中国国有企業の「負債はケタ違い」 衝撃の欧米リポート

習近平とトランプ

 米中貿易戦争の勃発を奇貨として、国有企業の整理を断行するタイミングを得たと判断した中国共産党は、お荷物だったゾンビ企業をバッサバッサと切り捨てる政策に切り替えた。

 香港を拠点にするアジアタイムズによると、国有企業の負債総額はGDP(国内総生産)の159%に達した(2017年末速報)。すでに約2100社の倒産が伝えられた。

 ゾンビ企業の名前の通り、生き残りは難しいが死んでもお化けとなる。OECD(経済協力開発機構)報告に従うと、中国における国有企業は約5万1000社、29兆2000億ドル(約3263兆1000億円)の売り上げを誇り、従業員は2000万人以上と見積もられている。

 マッキンゼー報告はもっと衝撃的だった。

 2007年から14年までの間に、中国の国有企業の負債は3・4兆ドル(約379兆9500億円)から、12兆5000億ドル(約1396兆8750億円)に急膨張していた。

 「中国の負債総額のうちの60%が国有企業のものである」(ディニー・マクマホン著『中国負債の万里の長城』、本邦未訳、ヒュートン・ミフィリン社、ロンドン)。

 中国当局がいま打ち出している対策と手口は債務を株式化し、貸借対照表の帳面上を粉飾することだ。負債を資産に移し替えると帳面上、負債が資産になるという手品の一種だ。ただし、中央銀行は「この手口をゾンビ企業には適用しない」としている。

 すでに石炭と鉄鋼産業において大量のレイオフが実施されているが、19年度までに、あと600万人の国有企業従業員を解雇し、そのための失業手当を230億ドル(約2兆5730億円)と見積もっている。しかし、中国がもっとも懸念するのは社会的擾乱の発生である。

 「一帯一路」(シルクロード経済ベルト=BRI)構想は、まさにこのような過剰在庫と失業を処理するために、外国へプロジェクトを無理矢理に運び、在庫処分と失業者の輸出を断行することである。

 筆者が数年前から指摘してきたことだが、最近、米国シンクタンク「ブルッキングス研究所」も同様な分析をするようになった。

 現に、中国の甘言に乗って、BRIプロジェクトを推進している国々のうちで、89%が融資をしている中国企業の受注であり、7・6%が当該国の企業、3・4%が外国企業受注でしかない。

 「旧東欧諸国でも、この中国の借金の罠に落ちようとしている国々が目立つ」と、中独蜜月時代を終えたドイツの「メルカトル中国問題研究所」の報告も発表している。

 中国は最大最悪の経済危機に直面したのである。 =おわり

 ■宮崎正弘(みやざき・まさひろ) 評論家、ジャーナリスト。1946年、金沢市生まれ。早大中退。「日本学生新聞」編集長、貿易会社社長を経て、論壇へ。国際政治、経済の舞台裏を独自の情報で解析する評論やルポルタージュに定評があり、同時に中国ウォッチャーの第一人者として健筆を振るう。著書に『アメリカの「反中」は本気だ!』(ビジネス社)、『習近平の死角』(扶桑社)など多数。

【私の論評】米中貿易戦争にほとんど悪影響を受けない現在の日本の構造上の強み(゚д゚)!

中国当局が打出した、企業の巨大債務への対策である、債務を株式化も実はあまりうまくはいっていないようです。

中国政府は2016年10月、世界最大級に膨らんだ中国企業の債務削減の一環としてデット・エクイティ・スワップ(債務の株式化)プログラムの指針を公表しました。当初の狙いは健全な企業が有利子負債を減らすために同プログラムを利用し、肥大化した企業は排除するというものでした。

ナティクシスによれば、昨年4-6月(第2四半期)に株式に転換された債務はこれまでで最大で、プログラム開始後の累計は7760億元(約12兆7200億円)規模に達していました。


ところが、同プログラムは常に当初の狙い通りに実施されてきたわけではありません。中国国務院は昨年10月、赤字続きながら存続している「ゾンビ企業」はこの制度に参加しないとの見通しを示していましたが、ナティクシスの推計では昨年4-6月期のスワップの55%は過剰生産に悩まされている石炭・鉄鋼業界で行われました。


格付け会社フィッチ・レーティングスは、「ゾンビ」の明確な定義がないことが一つの問題だと指摘。BNPパリバ・アセット・マネジメントの大中華圏担当シニアエコノミストの羅念慈氏は、経営状態の悪い企業が債務の株式化を救済を受ける手段と見なしているため同プログラムに引き付けられていると述べました。

スワップの増加はリスクが個人投資家に移りつつあるとの懸念も引き起こしています。ファンドがそうした株式を高利回りの資産運用商品である理財商品に組み入れているためです。ナティクシスのチーフエコノミスト、アリシア・ガルシアエレロ氏(香港在勤)は「家計が打撃を受けつつある」と指摘しました。

このようなことを実施しても、結局家計につけがまわってくるということです。これでは、何の解決にもなりません。

以上が昨年の状況です。昨年は米国から貿易戦争を挑まれていまれていない中でこの状況ですから、貿易戦争が始まってからはさらにとんでもない状況にあることは間違いないでしょう。

さらに、このブログにも掲載してきたように一帯一路も、失敗です。この状況の打開は、習近平はおろか、中国共産党の幹部の誰一人不可能でしょう。

さて、このような状況の中日本はどうなるかといえば、悪いことばかりではありません。まずは3日のブルームバーグ・ニュースの報道によれば、
2日連続の下落により中国の株式時価総額は6兆900億ドル(約676兆円)となりましたが、日本は6兆1700億ドル(約685兆円)となりました。
日本の株式時価総額は中国を越え、世界第二の株式市場となり、米国の31兆ドル(約3441兆円)に次ぐ規模となりました。中国の株式時価総額は、2014年に日本を超え、2015年6月には10兆ドル(約1100兆円)の過去最高を記録していた。
と伝えました。 これからも、この傾向は続くことでしょう。

さて、株価だけに限らず、米中による制裁・報復の間隙を縫って日本が「漁夫の利」を得るという見方もあります。

第一は、日本の自動車と自動車部品めぐる漁夫の利です。中国は対米貿易摩擦への対応策として7月1日から25%だった自動車関税を15%へ、8%~25%だった自動車部品の関税を一律6%へ引き下げまし。この中国の輸入関税引き下げで日本車は競争優位にある自動車部品を含め最も恩恵を受けることになります。

第二は、中国の対米輸出品に対する日本からの代替輸出の増加です。制裁対象の自動車、機械・機械部品、半導体・電気機械、医療機器などの中には米国が輸入先を中国から日本へ切り替える製品・部品が出てくる可能性があります。中国進出企業が自社製品を日本や韓国など関税率の低い第3国を経由して迂回輸出する場合もあり得ます。

第三は、中国による知的財産侵害は米国企業だけではなく日本企業にも及んでいます。中国が米国の制裁に屈し、外資企業の知的財産保護や現地進出企業に対する出資比率の上限緩和・撤廃に踏み切れば、そのメリットは日本企業にも及ぶことになります。

こうした日本企業の漁夫の利を評価してか、日経平均株価は米国の対中制裁発動の後、回復に転じています。鉄鋼・アルミの制裁、最終500億ドルの対中制裁の日本経済への影響は軽微だとする判断も背後にあるのでしょう。何しろ、日本の鉄鋼・アルミ製品は高品質なので、たとえ関税をかけられたにしても、米国は輸入をやめるわけにはいかず、損をするのは米国企業や国民だからです。

しかし、こうした漁夫の利はわずかなものであり、米中貿易戦争が激しさを増す中で、日本の優位性、摩擦・為替抵抗力の強まりを示す数々の証拠が浮上しています。また日本の国際分業上の優位性が際立ってきています。

まずは、トランプ政権による鉄アルミ関税免除に日本が排除されましたが、その影響は小さなものです。先にも述べたように、日本の供給する高級鋼材は他では代替が効かないからです。

次に中国による対日急接近が目立ってきています。8年ぶりの日中経済対話再開の理由は日本の技術が必須だからです。中国産業の急速なハイテクシフトにより中・韓,中・台は完全に競合し、中国とドイツも競合色を強めているなかで日本は競合の少ないハイテク分野に特化しており、日中は基本的に補完関係にあります。


また、国際分業においてハイテクニッチの高技術分野は日本企業の独占度が高いです。故に円高抵抗力も強まり、企業の高収益が続いています。

さらに、日米は米国にとっても理想的相互補完分業関係にあるといえます。日本は経済の基幹部分を大きく米国に開放、依存しています。インターネット、スマホ、航空機、先端軍事品、MPUなど半導体、金融などは日本市場において米国企業が圧倒的プレゼンスを持っています。

また米国国債を1兆ドル以上購入し,米国への資本供給に協力しています。1990年当時の日米摩擦勃発時とは全く異なる状況です。米国が求めるFTA見直しで韓国は全面屈服しましたが、日本は米に追随する必要はありません。

米国が日本に対して開放を求める牛肉、自動車における市場において、日本には非がないからです。牛肉はTPP離脱により米国が自らの競争力を低くしてしまいました。自動車は日本関税ゼロ、米国2.5%(小型トラックは25%)と日本の方が低く、問題は日本における米国車のブランド力劣化にあります。

確かに日本の対米貿易黒字は689億ドルと大きいですが対中国赤字の5分の1に過ぎません。

最後に、日本以外の経常黒字国は大幅な貿易黒字が原因ですが、日本だけは経常黒字の大半は所得収支の黒字であり、貿易黒字はごく小さいです。所得収支黒字は現地で雇用を生むので歓迎されるはずで、貿易黒字は現地で雇用を奪うので非難されることになります。

円高下で実現した日本のグローバル・サプライチェーンにより、日本は海外で著しく雇用を生む国になっており、それが所得収支の大幅黒字に現れています。故に日本はもはや貿易摩擦の対象にはなりえない国といえます。日本が貿易摩擦フリー化、為替変動フリー化していることがうかがえます。

上記の事柄は、日本の国際分業上の特質を如実に示しています。日本は競合のないニッチ高技術高品質分野に特化していて、さらにグローバル・サプライチェーンを確立させ海外雇用に大きく寄与しているのです。

トヨタの米国ケンタッキー工場

この国際分業上の特質は日本企業のビジネスモデルの大転換によって支えられています。かつての日本企業のビジネスモデルは,ナンバーワン志向でした。1980年代までの日本は導入技術と価格競争力により、世界の製造業主要分野においてナンバーワンの地位を獲得しました。

“Japan as number one”の時代です。しかしこのモデルは米国による日本叩き、超円高、韓国などアジア諸国企業の模倣と追撃により、完全に崩れました。かつて日本が支配した液晶、パソコン、携帯電話、半導体、テレビというデジタルの中枢分野では、日本企業のプレゼンスは、今は皆無です。

では日本の企業は一体どこで生き延び収益を上げているのかといえば、それはハイテク分野の周辺と基盤の分野です。

デジタルが機能するには半導体など中枢分野だけでなく、半導体が処理する情報の入力部分のセンサーそこで下された結論をアクションに繋げる部分のアクチュエーター(モーター)などのインターフェースが必要になります。

また中枢分野の製造工程を支えるには、素材、部品、装置などの基盤が必要不可欠です。日本は一番市場が大きいエレクトロニクス本体、中枢では負けたものの、周辺と基盤で見事に生きのびています。また円高に対応しグローバル・サプライチェーンを充実させ、輸出から現地生産へと転換させてきました。

世界的なIoT(モノのインターネット)関連投資、つまりあらゆるものがネットにつながる時代に向けたインフラストラクチャー構築がいよいよ本格化しています。加えて中国がハイテク爆投資に邁進しているのですが、ハイテクブームにおいて日本は極めて有利なポジションに立っています。

新たなイノベーションに必要な周辺技術、基盤技術のほぼ全てを兼ね備えている産業構造を持つ国は日本だけです。中国、韓国、台湾、ドイツはハイテクそのものには投資していながら、その周辺や基盤技術の多くを日本に依存しています。

日本のエレクトロニクス企業群は、このイノベーションブームの到来に際して、最も適切なソリューションを世界の顧客に提案・提供できるという唯一無二の強みを持っているのです。

こうしたことから日本企業の収益力は飛躍的に高まっています。直近の企業収益は、営業利益対GDP比12.2%で過去最高となっています。また日銀短観による製造業大企業の経常利益率は、2018年度は8.52%と予想され、それはバブル景気のピーク1989年度(5.75%)、リーマンショック直前のピーク2006年度(6.76%)を大きく上回るものです。

企業のビジネスモデルの大転換→国際分業上の優位性獲得→企業収益向上、という一連のプロセスは、日本の大復活を予想させるものです。

こうした構造上の強みがあれば、米中貿易戦争などが過激になったにしても、日本はほとんど影響を受けないでしょう。

今後、貿易戦争で中国はかなり弱体化し、日本は強化され、株価だけではなく、様々な点で逆転現象が続くことになります。

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2018年8月5日日曜日

中小企業の深刻な人手不足が示す、日本経済の「現時点」―【私の論評】直近の経済指標をみれば、企業経営者が先行き不安になるのも当然!政府・日銀はこれを払拭せよ(゚д゚)!

中小企業の深刻な人手不足が示す、日本経済の「現時点」

景気回復。このチャンスをどう生かすか

ドクターZ

日本の99.7%は中小企業

アベノミクスが5年半以上継続中の日本経済において、中小企業の「人手不足」が深刻化しているという。

その現状を厚生労働省の加藤勝信大臣に訴えたのは、日本商工会議所(日商)の三村明夫会頭である。年々深刻化する人手不足や、若者の流出による地方の疲弊を理由に、中小企業に対する政策的な配慮を求めたのだ。

日本商工会議所(日商)の三村明夫会頭

中小企業の声を取りまとめ、代弁するのが日商の最大の役割であるが、どれほど窮地に立たされているのか、なかなか実感しづらいものがある。

そもそも中小企業とはなにか。

中小企業基本法において、製造業は資本金3億円以下または従業員数300人以下、卸売業は資本金1億円以下または従業員数100人以下、サービス業は資本金5000万円以下または従業員数100人以下、小売業は資本金5000万円以下または従業員数50人以下などと定められている。

その合計数は日本企業の99・7%にあたる380万社にのぼる。日商はこのうち約125万社の中小企業を傘下に従えているのだ。

中小企業とひとくちにいっても多種多様だが、たしかに人手不足で困っているところもあるだろう。ただし、これは景気が回復したことによる「嬉しい悲鳴」で、不況で仕事がなく、それでも人を解雇できない状況に立たされているのとはまったく次元が異なる。

成長がなによりの薬

むろん、失業率が改善していることは日本経済にとって好材料だ。だからあえて苦言を呈せば、中小企業はこのタイミングで賃上げを図り、人材を確保するほかない。20年以上続いたデフレを言い訳にして、労働者に負担を強いるのはもはや限界だろう。

もっとも、中小企業の経営者のこうした弱音は何度も飛び出してきている。特に高度経済成長期には、中小企業は大企業に人材を取られ、大企業からの下請けでも十分な利益が上げられないと悲観した。

だが、日本経済の成長とともにこうした声は小さくなった。要するに、成長がなによりの薬なのだ。

もちろん、下請けという関係性は、どうしても大企業が有利になりがちなので、政府には下請法などの法運用をしっかり行う必要がある。もっとも、最近ではインターネットでの営業など、大きな資本を持たない中小企業でもうまく立ち回る術は増えてきている。人手や資金不足を嘆く前に、考えることはたくさんあるだろう。

これからの時代、大企業ではAI・ロボット化が加速度的に進み、大量の労働力は必要とされなくなっていく。だからこそ、優秀な人材が中小企業に回るチャンスも増えていくだろう。機械化された雇用環境より、中小企業ならではのフェイス・トゥ・フェイスに新たな商機を見いだす人もいるかもしれない。

要するに、いつの時代も同じであるが、チャンスを生かすも殺すも経営者次第である。マクロ経済の調子が良ければ、ミクロ経済で勝者になるのは、中小企業でも難しくない。

もちろん日商の三村会頭はそうした事情を十分に承知しているだろうが、それでも上手く対応できない経営者のために言い訳を述べたのだろう。中小企業の経営者たちのもう少しの努力があれば、デフレ脱却は近いはずなのだが。

『週刊現代』2018年8月11日号より

【私の論評】直近の経済指標をみれば、企業経営者が先行き不安になるのも当然!政府・日銀はこれを払拭せよ(゚д゚)!

茂木敏充経済再生担当相

茂木敏充経済再生担当相は3日、2018年度の年次経済財政報告(経済財政白書)を閣議に提出しました。12年末から約5年半に及ぶ景気回復は「戦後最長に迫る」と評価し、持続に向け、経済の実力を示す「潜在成長率」の引き上げが課題だとしました。経済成長の制約となる人手不足の悪影響が一部の産業で表れていると警戒し、社会人教育や技術革新による生産性向上が重要だと説きました。

米国発の貿易摩擦や原油高を注意点に挙げつつも、総じて政策運営の成果を強調する内容でした。

確かに、経済の長期トレンドをみれば、そのような状況であるともいえます。それは、以下のグラフをみても明らかです。


一方短期のトレンドをみてみると以下のような状況です。




名目、実質GDPともに1月―3月期は、対前期比でマイナス成長です。


これらの数値をみれば、雇用は劇的に改善はしていますが、肝心の経済はそうではないことがわかります。このような状況では、中小企業経営者は景気は良くならないのに人手不足感は強く感じるということになるのは当然のことです。

消費者物価指数も6月では対前年比はプラスにはなっていますが、伸び率はわずか0.8%です。

これは、まともな人が見れば、デフレ一歩手前であり、何か世界情勢が変わったりすれば、デフレに舞い戻る危険すらあると受け取るのが当然と思います。

このような状況であるにもかかわらず、来年10月には消費税が現状の8%から10%にあげられるかもしれません。

これを考えると、中小企業が先行き不安になるのは当然のことです。このブログでは、お隣韓国では金融緩和をせずに最低賃金を上げたために、雇用状況がかなり悪くなったことを掲載しました。

日本では、金融緩和をしている(金融緩和策は雇用対策でもあります)のでそのようなことはなく、雇用は良くなっています。特に、若年層の雇用は劇的に良くなっています。

ところが一方日本では、消費税を2014年4月から8%に増税しました。そのため個人消費がかなり落ち込み、来年10月からの消費税を10%にするということも決まっていることもあり、それが消費を押し下げている可能性もあり、GDPは伸びていないどころか、一歩間違うとデフレに舞い戻る危険すらあります。

お隣韓国では、金融緩和しないまま最低賃金をあげたため、雇用状況は悪くなり、特に若年層の雇用は最悪の状態にあります。ただし、増税はしていないので、GDPの伸びは日本よりは大きいです。日本は、未だに韓国よりもGDPの伸び率が低い状態です。

このような状況では、まともな企業経営者であれば、誰もが先行きに不安を感じるのは当然のことです。この状況で、積極的な設備投資や人材獲得、賃上げに積極的になれないのは無理もないと思います。

現状では、人手不足だからこそ、人材獲得・育成に幾分力を入れ、他に関しては未だ様子見をするというのが、まともな経営者の姿勢であると考えられます。

この不安を払拭するには、政府は10%増税を少なくと2年は先延ばしにし、日銀は物価目標を達成するために、再度強力な追加金融緩和をすることを宣言し、実施すべきです。

日商の三村明夫会頭も、労務の主務官庁である厚生労働省に人手不足がどうのこうのと訴えるのではなく、政府や日銀に対してもっと景気を良くするように、消費増税などの緊縮財政はやめて、積極財政を推進するように、さらに日銀には、物価目標を一日でもはやく達成するように、訴えるべきなのです。

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2018年8月4日土曜日

文科省汚職の「もう一つの真実」 黙る左派マスコミ…ダブルスタンダード「ここに極まれり」―【私の論評】悪しき忖度を除去し、良き忖度を助長することが官僚組織を改革する(゚д゚)!

文科省汚職の「もう一つの真実」 黙る左派マスコミ…ダブルスタンダード「ここに極まれり」

長谷川幸洋「ニュースの核心」

文科省の腐敗は底なしだ=東京・霞が関

文部科学省の汚職が止まらない。息子の医学部合格と引き換えに、国の補助金給付で便宜を図っていた前科学技術・学術政策局長にはあきれたが、次に逮捕された前国際統括官(局長級)には、もっと驚かされた。

 一部報道によると、高級風俗店や高級クラブで接待漬けだったという。「いまどき、そんな絵に描いたような汚職とは」と、びっくりする。

 本人たちが刑事責任を問われるのは当然として、事件の本質はむしろ「本人たちに『後ろめたさ』があったかどうか」ではないか。もしもあったなら、まだ救いはある。組織の腐敗というより、本人たちの甘さが問われるからだ。

 だが、事態は深刻だ。本人たちは「これくらいは当然だ」と思っていたフシがある。

 なぜ、そうみるか。

 最初に逮捕され、受託収賄罪で起訴された前科学技術・学術政策局長については、贈賄側との会話を録音した音声が報じられた。流出元は不明だが、これを聞くと裏口入学を依頼して恥じ入る様子もない。実に平然としているのだ。

 前統括官に至っては、風俗店に行く途中で「ヤバイ」と思わなかったのだろうか。女性関係の接待はカネの受け渡しなどと違って、第3者が介在するから、完全に自分の弱みになってしまう。

 言い換えれば、この2人は贈賄側と「毒を喰らわば皿までも」、ズブズブの関係だったのだ。

 さて、局長級が2人も捕まったとなると、これはもう特異な2人の事件とは言えない。文科省という組織にこそ根本的な問題がある。

 そこで思い出すのは、あの前川喜平前文科事務次官である。よく知られているように、前川氏は天下り問題で次官を辞職した人物だ。文科省の報告書を読むと、前川氏は官房長、文部科学審議官時代を通じて、一貫して天下り斡旋(あっせん)に深く関わっていた。

 天下り斡旋も贈収賄も、根本にある違法性は同じである。天下りは再就職できれば、見返りに相手企業や団体に便宜を図る。一方、贈収賄は相手から金銭やサービスを得て、あるいは裏口入学を認めてもらって、見返りに補助金給付や契約で利益を与える。

 天下り斡旋は、まさに「文科省ぐるみ」だった。そんな組織の腐敗体質が、そのまま今回の汚職事件の底流にある、とみて間違いない。

 首相官邸は「モリカケ問題」で政権批判を繰り返してきた前川氏に加えて、今回の連続汚職事件で文科省には怒り心頭だ。折から、人事シーズンである。文科省は解体的出直しを迫られるに違いない。この際、中枢幹部はごっそり他省庁と入れ替えてはどうか。

 「霞が関ブローカー」といわれた贈賄側のコンサルタント会社元役員は、野党議員2人と懇意にしていたという。うち1人については、元役員に「政策顧問」という肩書を与え、ブローカーはその名刺を永田町や霞が関で持ち歩いていた、と報じられた。

 野党議員に説明責任が求められるのは当然だが、左派系マスコミが野党議員との関係を報じないのは、どういう訳か。前川氏を「政権追及のスター」扱いする一方、野党に都合の悪い話は一切、目をつぶる。

 正義を掲げる彼らのダブルスタンダード(二重基準)も「ここに極まれり」になってきた。文科省汚職の「もう一つの真実」である。

 ■長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ) ジャーナリスト。1953年、千葉県生まれ。慶大経済卒、ジョンズホプキンス大学大学院(SAIS)修了。政治や経済、外交・安全保障の問題について、独自情報に基づく解説に定評がある。政府の規制改革推進会議委員などの公職も務める。著書『日本国の正体 政治家・官僚・メディア-本当の権力者は誰か』(講談社)で山本七平賞受賞。最新刊に『ケント&幸洋の大放言!』(ビジネス社)がある。

【私の論評】悪しき忖度を除去し、良き忖度を助長することが官僚組織を改革する(゚д゚)!

さて、官僚の腐敗がまたぞろ頭をもたげてきています。これに関して、ブログ冒頭の長谷川氏の記事では、左派系マスコミと野党議員のダブルスタンダードの問題をあげています。確かにこうした側面があるのは事実です。こうしたダブルスタンダードが存在すること自体が問題の本質を覆い隠しています。

それは、さておき、官僚の腐敗ということになれば、官僚人事に問題はないのかということになると思います。

経営学の大家ドラッカー氏は人事に関して次のように語っています。
 貢献させたいのならば、貢献する人たちに報いなければならない。つまるところ、企業の精神は、どのような人たちを昇進させるかによって決まる。(『創造する経営者』)
ドラッカー氏は、組織において真に力のあるコントロール手段は、人事の意思決定、特に昇進の決定だといいます

それは組織が信じているもの、望んでいるもの、大事にしているものを明らかにします。

人事は、いかなる言葉よりも雄弁に語り、いかなる数字よりも明確に真意を明らかにします。

組織内の全員が、息を潜めて人事を見ています。小さな人事の意味まで理解しています。意味のないものにまで意味を付けます。組織の構成員は、この組織では、本当は何をすれば良いのか、それとも上司気に入られることが大事なのかを嗅ぎ分けます。これって、最近良く聴きますが、「忖度」そのものです。

そうです。組織において良い意味での「忖度」は本当は重要なのです。いくら言葉で「何をせよ、これをせよ」と力強く幹部が説いたとしても、実際の人事でその「何をして、これをした」人が昇進・昇格、昇格などされて報いられていなければ、誰も幹部の言うことなど聴かなくなるのです。

そんなことよりも、いかなる組織の構成員も、実際に行われた人事をみて、その人事で報われた人物が何について熱心に行ったのかをみて、その組織の本当の価値観を知るのです。

仮に幹部の語っている価値観と、人事によって示された価値感が同じだった場合でも、人事の結果のほうが、幹部の語ることや、他の情報などのコントロール手段よりもさらに大きな影響力を持つのです。だからこそ、人事こそ組織のなかで最大のコントロール手段であるといわれるのです。

 “業績への貢献”を企業の精神とするためには、誤ると致命的になりかねない“重要な昇進”の決定において、真摯さとともに、経済的な業績を上げる能力を重視しなければならないです。これは、直接的に経済的な業績ではなく「国民の幸福を増進する」能力とでもすれば、政府という組織でも、同じことです。

致命的になりかねない“重要な昇進”とは、明日のトップマネジメントが選び出される母集団への昇進のことです。それは、組織のピラミッドが急激に狭くなる段階への昇進の決定です。

そこから先の人事は状況が決定していきます。しかし、そこへの人事は、もっぱら組織としての価値観に基づいて行なわれるべきなのです。
 重要な地位を補充するにあたっては、目標と成果に対する貢献の実績、証明済みの能力、全体のために働く意欲を重視し、報いなければならない。(『創造する経営者』)
では、政府における官僚の致命的になりかねない"重要な昇進"を決定するのはどの機関になるかといえば、それは内閣人事局です。そうして、この内閣人事局が官僚の「忖度」を有無として問題を指摘するむきもあります。ただし、上記で指摘したように良い意味での「忖度」は組織にとって必要不可欠なものでもあります。だから、ここでは単に「忖度」とするのではなく、「悪しき忖度」とします。


内閣人事局は、平成26年の第186回国会(常会)において可決・成立した国家公務員法等の一部を改正する法律において規定され、同年5月に設立された国家公務員の人事制度を所管する機関です。

「人事」とその組織名に付いてはいますが、民間企業の人事部のように一括採用を行うわけではなく(採用試験は人事院、採用は各府省)、国家公務員の人事制度の根幹である国家公務員法を所管して制度の企画立案を行う他、幹部公務員の人事の一元的管理や、公務員の給与制度、行政機関の組織や定員管理といったことを担っています。

簡単に言えば、各府省の幹部人事、それに組織やその在り方、職員の数をどうするのか、給与の在り方をどうするのかといったことを一手に引き受け、担っている「強大な権限」を持つ組織ということです。

少し補足すると、まず幹部人事。この幹部というのは本省の部長や審議官以上の、指定職と言われる官職のことで、上は事務次官クラスや長官まで。その人事をどうするかをこの内閣人事局が担っているのです。

また、政策の企画立案、そして執行には予算とともに人と組織が不可欠ですが、国の行政機関については、組織や組織の定員は法令で定められていて、簡単に部や課といった組織を作ることもできなければ、人を増やすこともできません。

新しい組織を作る場合や定員を増やす場合は、根拠となる法令の改正によって手当てすることになりますが、その前提として内閣人事局による査定を経なければならず、ここで認められなければ、そもそも新しい組織を作ることも定員を増やすこともできません。

内閣人事局は「人と組織の主計局」と言ってもいい側面も持っているのです。

また、内閣人事局はゼロからいきなりできた組織というわけではありません。その前身は、人事院の一部、総務省行政管理局の査定(組織や定員の管理)部門、人事・恩給局の旧人事局関係部門であり、幹部人事に関する事務等が新たに設けられてはいるものの、基本的にはこれらが統合されてできたと言って良いです。

別の言い方をすれば、分散していた国家公務員人事制度に関する組織および権限を、一つの組織に集中させ、強化したということです。

これだけ読むと、単に役人が権限を強化しただけで、官邸への「悪しき忖度」とはなんら関係ないかのように思われてしまうかもしれません。

ところが「悪しき忖度」、それも過剰な「悪しき忖度」を生む原因とされているのは、内閣人事局と内閣、特に内閣総理大臣や官房長官との関係のようです。

幹部職員となるためには内閣総理大臣による適格性審査を経ることとされており、その結果、幹部職員として必要な「標準職務遂行能力」を有していると判断されれば、幹部候補者名簿に掲載されます。

この名簿から各府省の幹部が任命されることになります。「適格性審査」は随時行われるので、場合によっては幹部候補者名簿から外されるということも起こりえます。

こうした内閣総理大臣の権限は内閣官房長官に委任することができます。各府省の人事権者は各大臣ですが、幹部職員の人事については内閣総理大臣および内閣官房長官と協議した上で行うこととされており、幹部人事は大臣の一存で決められない仕組みになっています。

このように国家公務員の幹部人事については、微に入り細に入りと言っていいほど、内閣総理大臣や内閣官房長官が関与するようになっています。

そして、こうした事務を司るのが内閣人事局なのですが、彼らが内閣総理大臣や内閣官房長官の意を汲み取って、ある意味「忖度」して業務を進めることはあったとしても、内閣人事局という「組織の存在自体」が幹部職員を含む国家公務員における「悪しき忖度」を生んでいるというのは、こうした仕組みを正しく押さえた上で考えれば、「議論の飛躍」です。

むしろ問題とすべきは、内閣人事局という組織そのものではなく、国家公務員の幹部職員人事における内閣総理大臣等の「権限の在り方」であり、幹部職員の「位置付け」でしょう。

そもそも、組織の名称や在り方はともかく、国家公務員人事制度を担当する部局や行政機関の機構・定員の査定を担当する部局を、一つにまとめようという動きは過去に何度かありました。それが紆余曲折を経てなんとかカタチになったのが内閣人事局なのです。

国家公務員の立場からすると、指定職への昇任を考えれば、そのためには幹部候補者名簿に掲載されることが必要となれば、その判断をする内閣総理大臣や官房長官の目を気にするというのはある種当然のことである。

ただし、国家公務員が「上の目」を気にするというのは今に始まった話ではなく、昔からある話で、「公務員の習性」のようなものです。民間企業でも当然のことです。さらに「悪しき忖度」を気にするあまり、良い意味で「忖度」まで否定されるようでは、そもそも組織が成り立ちません。

現状での幹部職員人事への内閣総理大臣等の関与は、そうした「公務員の習性」を逆手に取ったものと言えるかもしれないですが、標準職務遂行能力なるものをメルクマールとして、「幹部職員として職責を担うのにふさわしいか否か」の判断まで内閣総理大臣の権限に係らしめるのは、「やりすぎである」との批判は免れえないでしょう。

もっとも、内閣人事局の設置を含む国家公務員制度改革は、元々は内閣としての政策の企画立案から執行までを効率的に行うのみならず、その効果を最大限発揮させることを企図して検討が進められてきたものであり、国家公務員の幹部職員人事について、内閣総理大臣がある程度強い権限を持つことについては、否定されるべきものではありません。

一方で、内閣とのある種の一体性を考えるのであれば、幹部職員はこれまでどおりの一般職ではなく、身分保障のない、各府省の人事から切り離された「特別職」とすべきであり、そうなれば職員自らがリスクを取ってその職に就くことになるため、「悪しき忖度」による弊害の生じる余地は限りなく小さくなるはずです。

韓国で生まれ、生後3日で道端に捨てられ孤児となり、その後
フランス人夫婦の養女となってパリにわたり、エリート官僚、
大臣にまで登りつめたフルール・ペルラン氏

実際、例えばフランスの大臣官房の幹部職員はそうですし、日本でも、これまでに退路を絶って政務の総理秘書官や大臣秘書官(いずれも特別職)に自ら転じた例はあります。

さらに、フランスには事務次官は存在しません。アメリカなどでも次官はますが、次官補などに対して序列で一位だというだけです。中国の官僚機構でもそうです。日本のように、大臣が会長であるのに対して社長だというような事務次官は普通ありません。人事などは総務局長が担当しています。

フランスでは、大臣の手足になるのは、大臣官房です。いわば補佐官室で、官房長は首席補佐官というべき存在で、大臣の代理人です。政治任命なので、経歴は問わないのですが、普通は官僚出身者です。

その省の官僚が多いですが、他省庁からも来ることがあります。とくに、フランスではマクロンのような財政監察院、フィリップ首相のような国務院、オランド前大統領のような会計検査院というグランコールと呼ばれる三つの組織の人間がスーパー・キャリア官僚となっており、官房長の供給源になっています。

そして、官房のメンバーは10人くらいからなりますが、だいたい、官僚が半分強といったところです。

局長などは、大臣が官房長の補佐を受けて任命しますが、大統領や首相の助言もされます。実務能力がないと困るのは大臣なので、それほど極端な政治任命がされることはありません。

野党や大臣の政敵に近い幹部はどうするかといえば、中枢から離れたポストに待避します。それが省内ということもありますし、外郭団体のこともあります。ただし、降格や肩たたきで辞職を強いられることはありません。

このようなシステムのお陰で、野党のブレーンとなっている官僚も多いし、それが、円滑な政権交代を可能にしています。このような官房(補佐官)システムは地方自治体にあっても適用可能だと思います。

いずれにしても、幹部職員は特別職とするのが妥当であると考えます。そうして、幹部職員を特別職とすることを含む国家公務員法の改正案を立案し、国会に提出したのはかつての民主党です。

しかし、日本の国家公務員の幹部職員の人事制度では幹部職員は一般職であり、これまでの人事に内閣総理大臣等が強く関与するようになっただけのような形であれば、今後の自らの人事、処遇を懸念して、過剰な「悪しき忖度」や「悪しき忖度」による弊害が生じることも十分あり得ることです。

それにしても、「特定の組織」を悪者に仕立て上げるというのは世の常のようなところもありますが、つまるところ、「内閣人事局悪玉論」は的外れで、元凶ではないということであり、そこだけをあげつらっても国家公務員の「悪しき忖度」問題、過剰な「悪しき忖度」による弊害は解決しないでしょう。

そもそも、それらを完全になくすことは不可能です。それに良い意味での「忖度」までなくしてしまえば、そもそも組織は成り立たず本末転倒です。そうした前提に立って、現実的な視点から「悪しき忖度」による弊害が極力起こらないようにするためには、主要な幹部職員の特別職化や、特別職である幹部職員の人事を対象にした内閣総理大臣の権限の在り方の適正化等、国家公務員制度自体の見直しを考えるべきでしょう。



ドラッカー氏は人事の手続きについて以下のように語っています。
人事に関する手順は、多くはない。しかも簡単である。仕事の内容を考える、候補者を複数用意する、実績から強みを知る、一緒に働いたことのある者に聞く、仕事の内容を理解させる。(『プロフェッショナルの原点』)
第一は、仕事の内容を徹底的に検討することです。仕事の求めるものが明らかでなくては、人事は失敗して当然です。しかも、同じポストでも、要求される仕事は、時とともに変わっていきます。仕事が変われば、求められる人材も異なるものとなります。

第二は、候補者を複数用意することです。人事において重要なことは、適材適所です。ありがたいことに、人間は多種多様です。したがって、適所に適材を持ってくるには、候補者は複数用意しておかなければならないです。異なる仕事は異なる人材を要求します。

第三は、候補者それぞれの強みを知ることです。それぞれの強みをそれぞれの実績から知らなければならないです。その強みは、仕事が求めているものであるかをチェックする。何事かを成し遂げられるのは、強みによってでなのです。

第四は、一緒に働いたことのある者から、直接話を聞くことです。しかも数人から聞かなければならないです。人は人の評価において客観的にはなれないことを知らなければならないです。それぞれの人が、それぞれの人に、それぞれの印象を持つものです。

第五は、このようにして人事に万全を尽くした後において行なうべきことです。すなわち、本人に仕事の内容を理解させることです。仕事の内容を理解したことを確認することなく、人事の失敗を本人のせいにしてはならないのです。

具体的には、何が求められていると思うかを聞きます。3ヵ月後にはそれを書き出させます。新しいポストの要求するものを考えさせないことが、昇進人事の最大の失敗の原因でです。ドラッカーは、「新しい仕事が新しいやり方を要求しているということは、ほとんどの者にとって、自明の理ではない」といいます。
追従や立ち回りのうまい者が昇進するのであれば、組織そのものが業績のあがらない追従の世界となる。人事に全力を尽くさないトップは、業績を損なうリスクを冒すだけでなく、組織そのものへの敬意を損なう。(『プロフェッショナルの原点』)
私自身は、内閣人事局が「悪しき忖度」を誘発しているという見方は全く間違いだと思います。それよりも、内閣人事局は長年公務員改革の要として重要な組織として設立されたのですから、良い意味での「忖度」を助長し、ドラッカーのいうところの、人事の手順がスムーズにできるように、官庁組織を変えていくべきでしょう。

特に、すべての官庁において、すべての官庁がが本来の官邸の統治部分に直接かかわるのは禁忌とすべきです。さらにすべての官庁において、外部の利害関係者と直接折衝をする部門と、企画を立案する部門はしっかりと分離すべきです。これを同一にするのは、政府に限らず、あらゆる組織において腐敗の源となります。

これなしに、腐敗した官僚を批判したとしても、一時は収まるかもしれませんが、ときが経てばまた同じような問題が繰り返し起こるようになるだけです。

左派系マスコミと野党議員は本来こうしたことを主張するべきであって、ダブルスタンダードで、政府批判をするだけでは、何の解決にもなりません。

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2018年8月3日金曜日

【瀕死の習中国】トランプ氏の戦略は「同盟関係の組み替え」か… すべては“中国を追い込む”ため―【私の論評】中国成敗を最優先課題にした決断力こそ企業経営者出身のトランプ氏の真骨頂(゚д゚)!

【瀕死の習中国】トランプ氏の戦略は「同盟関係の組み替え」か… すべては“中国を追い込む”ため
 
プーチン大統領(左)とトランプ大統領(右)

 ドナルド・トランプ米大統領が仕掛けた米中貿易戦争によって、新局面が拓(ひら)かれた。

 中国株は2年前の最低値に接近しつつあり、人民元は下落を続けている。対照的に米国株が上昇し、米国ドルが強くなった。原油相場は高値圏に突入した。米中の金利差が縮小したため、中国から外貨がウォール街に還流している。一方で、金価格が下落している。

 市場は微妙なかたちで、世界情勢を反映するのである。

 リベラルな欧米のメディアは相変わらずトランプ批判を続け、フィンランドの首都ヘルシンキにおける米露首脳会談(7月16日)は「大失敗だった」と興奮気味である。

 筆者は、トランプ氏の戦略は、究極的に中国を追い込むことにあり、そのために「同盟関係の組み替え」を行っていると判断している。

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と会い、体制を保証する示唆を与え、「核実験・ミサイル発射実験の停止」を約束させて、完全非核化まで制裁を解除しないと言明した。北朝鮮の中国離れを引き起こすのが初回会談の目的だった。

 そのことが分かっているからこそ、中国の習近平国家主席は、正恩氏を3回も呼びつけて、真意を執拗(しつよう)に確かめざるを得なかった。

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領との首脳会談も、長期的戦略で解釈すれば「ロシアの孤立を救い、対中封じ込め戦略の仲間に迎えよう」とする努力なのである。

 カナダでのG7(先進7カ国)首脳会議で、「ロシアのG8復帰」と「制裁解除」をほのめかしていたように、トランプ氏はプーチン氏を次はホワイトハウスに招待すると持ち上げた。

 しかも、ヘルシンキの米露首脳会談では、戦略的核兵器削減交渉の継続で合意している。

 米国政府がもっとも懸念するのは、軍事技術の向上につながる知的財産権の守秘だ。中国による米国ハイテク企業への買収阻止にある。このトランプ氏の考え方は、ロシアにも伝播した。ドイツでも、親中派のメルケル政権のスタンス替えを引き起こした。

 ドイツ政府は、中国煙台市台海集団が狙った、独精密機械メーカー「ライフェルト・メタル・スピニング」の買収を却下する見通しになった。

 このような欧米の変化を、北京は見逃さなかった。

 中国はあれほど激越だった米国批判を抑制し、異様な静けさである。あまつさえ、トランプ氏が批判した「中国製造2025」計画は口にも出さなくなった。「対米交渉のキーパーソン」の地位も、習氏の子飼いの部下、劉鶴副首相から取り上げる動きも表面化している。

 ■宮崎正弘(みやざき・まさひろ) 評論家、ジャーナリスト。1946年、金沢市生まれ。早大中退。「日本学生新聞」編集長、貿易会社社長を経て、論壇へ。国際政治、経済の舞台裏を独自の情報で解析する評論やルポルタージュに定評があり、同時に中国ウォッチャーの第一人者として健筆を振るう。著書に『アメリカの「反中」は本気だ!』(ビジネス社)、『習近平の死角』(扶桑社)など多数。

【私の論評】中国成敗を最優先課題にした決断力こそ企業経営者出身のトランプ氏の真骨頂(゚д゚)!

さて上の宮崎氏の見方、私は正しいものと思います。トランプ氏の戦略は、究極的に中国を追い込むことという見方は特に正しいと思います。

トランプ大統領あるいは、トランプ政権の当面の最大の敵は中国なのです。その理由は簡単です。経済力・軍事力など総合的に判断して、今後米国の敵になりそうなのは、中国だけです。それは以下のグラフをご覧いただければ、十分おわかりいただけるものと思います。

世界の名目GDPランキング(USD、2015年)


世界の名目GDPシェア(%、2015年)

米国は未だに軍事力でも、経済力でも世界一です。その次の経済力ではEUが続くわけですが、これは多くの国々の集合体です。意思決定にもかなり時間がかかりますし、軍事的にも多国籍軍ということですし、NATOを構成していることから米国の敵ではありません。

GDPではその次に中国が続くわけですが、この中国も多民族国家であり、本来中国は一つの国などではなく、各省が一つの国といっても良いくらいの人口を抱えています。その中国は近年、経済を伸ばし、軍事力も急速に伸ばしています。

経済的には、個人あたりのGDPでみれば、日米や、EUと比較しても未だに格段に低いですし、軍事的にみてもまだまだ発展途上にある段階です。とはいいながら、この多民族国家を中国共産党政権が統治をしています。現状のままであれば、20年後くらいには、確実に経済的にも、軍事的にも米国を脅かす存在になります。

日本は、米国の最大の同盟国であり、覇権国家として米国に挑戦しようなどということは、すくなくても今後20年間はないと見て良いです。

さて、次にロシアですが、ロシアについては日本では超大国などとみられていますが、実体はそうではありません。

ロシアは大量の核兵器を保有する核大国ではありますが、もはや経済大国ではありません。ロシアの名目国内総生産(GDP)は1兆5270億ドル(約171兆円)、世界12位にすぎないです。中国の約8分の1にとどまり、韓国さえ若干下回っています。

韓国といえば、韓国のGDPは東京都のそれと同程度です。ロシアのGDPはそれを若干下回るというのですから、どの程度の規模かお分かりになると思います。さらには、人口も1億4千万人であり、これは日本より2千万人多い程度であり、中国などとは比較の対象にもなりません。

輸出産業はといえば、石油と天然ガスなど1次産品が大半を占め、経済は長期低迷を続けています。

ロシアはかつてのソ連をイメージして、超大国の1つに数えられがちですが、実態は汚職と不況、格差拡大にのたうち回っている中進国なのです。そんな国だから、米国に真正面から対決して、世界の覇権を握ろうなどという気はありません。

そんなことよりも、国内の経済を立て直し、さらには台頭する隣国の中国への備えをどうするかというのが最大の課題でしょう。

それに最近は、プーチンのロシア国内での支持率は急速に落ちています。ロシア連邦議会の最大勢力を誇る与党・統一ロシアの人気は、プーチンあってのものでした。ところが、サッカー・ワールドカップ(W杯)の開幕直前に年金受給開始年齢を引き上げる改革案を発表し、急いでそれを可決しようとする議会の動きが伝わると、あらゆる世論調査で統一ロシアとプーチンに対する支持率は急降下しました。
全ロシア世論調査センター(WCIOM)によれば、最新のデータでは、政府の改革案を最も強く推した統一ロシアへの支持率は、37%にまで下落。2011年に記録した史上最低の34.4%に非常に近いです。
プーチン政権に対する支持率低下はさらに激しく、31.1%でした。別の国営調査機関や独立系のレベダ・センターによる調査も、同じような結果になっています。なぜこのようなことになるかといえば、当然のことながら、経済がうまくいっていないからです。
このようなことから、ロシアが世界の覇権国家を目指すというのは当面無理な話です。
では、北朝鮮はどうかといえば、核はあるものの、もともと米国の覇権に挑戦する能力がないことは明白です。そんなことより、米朝交渉は米中関係と連動しているとみるべきです。北朝鮮は米国が中国と本格的な貿易戦争に突入したのを見て、米国に対して強気に出ているようです。
しかし米国からみれば、北朝鮮問題は中国問題の従属関数であり、派生問題に過ぎないです。北朝鮮を片付けようと思えば、中国を本格的片付けなければならず、中国を片付けずに北朝鮮を片付けることはできないとみていることでしょう。
そうなると、米国にとって経済的・軍事的にも20年後あたりに脅威になるのは、中国のみということになります。

そうして、その中国は数年前から、強力な覇権国家目指していることを隠さず公にするようになりました。さらに、最近はっきりと覇権国家を目指すことを公言しました。

それについては、このブログでも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
中国がこれまでの国際秩序を塗り替えると表明―【私の論評】中華思想に突き動かされる中国に先進国は振り回されるべきではない(゚д゚)!
ドナルド・トランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席
詳細は、この記事をご覧いただくものとして、一部を引用します。
 中国の習近平国家主席が、グローバルな統治体制を主導して、中国中心の新たな国際秩序を構築していくことを宣言した。この宣言は、米国のトランプ政権の「中国の野望阻止」の政策と正面衝突することになる。米中両国の理念の対立がついにグローバルな規模にまで高まり、明確な衝突の形をとってきたといえる。 
 習近平氏のこの宣言は、中国共産党機関紙の人民日報(6月24日付)で報道された。同報道によると、習近平氏は6月22日、23日の両日、北京で開かれた外交政策に関する重要会議「中央外事工作会議」で演説して、この構想を発表したという。
米国による「中国は年来の国際秩序に挑戦し、米国側とは異なる価値観に基づく、新たな国際秩序を築こうとしている」という指摘に対し、まさにその通りだと応じたのである。米国と中国はますます対立を険しくしてきた。
トランプ政権としては、こうした中国の野望を打ち砕くように動くのは当然といえば当然です。そうして、中国の態度は一言でいえば、思い上がりの身の丈知らずというところだと思います。

ここまで、野望を露わにすると、米国にとっても対中国戦略がかなりやりやすくなります。今から10年前あたりに、米国が中国に対峙して、本格的な貿易戦争などをはじめたら、中国はもとより他の多くの国々から反発をくらったことでしょう。しかし、今ならそのようなことはありません。

中国のこの宣言は20年はやすぎたと思います。先ほども述べたように、20年後なら中国は覇権国家を目指すことができた可能性もありますが、現在では全く無理であるにもかかわらず、覇権国家を目指す野望を明らかにしたため、その芽は完璧に米国によって摘み取られようとしているのです。20年後であれば、また違ったことになっていたかもしれません。

米国、特にトランプ政権にとっては、北朝鮮問題もクリミアの問題も、小さなものに過ぎず、本命は中国なのです。中国こそが、米国にとっての安全保証上、そうして経済上の最大の脅威なのです。この問題が解決すれば、他の問題などおのずと解決するか、解決するための労力も少なくてすみます。
そうして、本命の中国への対決へとトランプ政権はシフトしたとみるべきです。要するに、中国成敗を最優先としたのです。
ロシアと対峙し、EUと対峙し、北と対峙しつつ、中国と対峙するようなことをしていては、すべてが虻蜂取らずの結果に終わるのは目に見えています。トランプ以前の大統領は結局そのようなことをして、何も達成できなかったのだと思います。
中国成敗を最優先課題として、これに成功すれば、北朝鮮の問題など自ずから解決するでしょうし、ロシアも中国を成敗した世界の覇者米国に挑むことはないでしょう。そんなことをすれば、ロシアも成敗されてしまいかねません。他の国々も同様です。
トランプ大統領は実業家出身です。実業家は限られた資源の中で、優先順位をはっきりつけて、物事に取り組まない限り成功は覚束きません。米国は軍事的に強大で、富める国ではありますが、その米国でさえ、限界はあります。
経営学の大家ドラッカー氏は優先順位と劣後順位について以下のように述べています。
いかに単純化し組織化しても、なすべきことは利用しうる資源よりも多く残る。機会は実現のための手段よりも多い。したがって優先順位を決定しなければ何事も行えない。(『創造する経営者』)
誰にとっても優先順位の決定は難しくはありません。難しいのは劣後順位の決定。つまり、なすべきでないことの決定です。一度延期したものを復活させることは、いかにそれが望ましく見えても失敗というべきです。このことが劣後順位の決定をためらわせるのです。
優先順位の分析については多くのことがいえます。しかしドラッカーは、優先順位と劣後順位に関して重要なことは、分析ではなく勇気だといいます。彼は優先順位の決定についていくつかの原則を挙げています。そしてそのいずれもが、分析ではなく勇気にかかわる原則です。
 第一が、「過去ではなく未来を選ぶこと」である。 
 第二が、「問題ではなく機会に焦点を合わせること」である。
 第三が、「横並びでなく独自性を持つこと」である。
 第四が、「無難なものではなく変革をもたらすものに照準を当てること」である。
容易に成功しそうなものを選ぶようでは大きな成果はあげられない。膨大な注釈の集まりは生み出せるだろうが、自らの名を冠した法則や思想を生み出すことはできない。大きな業績をあげる者は、機会を中心に優先順位を決め、他の要素は決定要因ではなく制約要因にすぎないと見る。(『経営者の条件』)
長い間経営者をしていると、ドラッカーの考え方に近づいていくというところがあります。トランプ氏も長い間経営者をしてきた経験から、多数の失敗や成功を積み重ね、ドラッカーの考え方に近い考え方になっているのではないかと思います。
トランプ大統領にとっては、米国を頂点とする戦後秩序に挑戦して、少なくと世界の半分を中国を頂点とする新秩序につくりかえようとする中国に対処することが最優先の課題なのだと思います。
中国の体制を変えるか、弱体化させることを最優先に考えており、他のロシアや北朝鮮の問題などはそれを達成する上での制約要因とみているのです。
米国の未来を考え、機会に焦点をあわせ、独自性を持ち、変革をもたらすには、中国を成敗することこそ最優先課題にしなければならないと決断したのです。
さすが、民間企業の経営者出身のトランプ大統領です。他の元々政治家出身の大統領とは違います。中国成敗が成功しなければ、トランプ大統領は未だ大きな成果をだしたとはいえないと思いますが、この成敗はいまのところ成功しそうな勢いです。
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2018年8月2日木曜日

世界が反緊縮を必要とする理由―【私の論評】日本の左派・左翼は韓国で枝野経済理論が実行され大失敗した事実を真摯に受け止めよ(゚д゚)!

世界が反緊縮を必要とする理由

ケイザイを読み解く野口旭

『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学』表紙
写真はブログ管理人挿入 以下同じ


<現在の世界経済を貫く経済政策上の基本的な対抗軸は、もはや政治イデオロギーにおける右や左ではなく、「緊縮vs反緊縮」である...>

経済論壇の一部ではいま、本年の4月に出版された『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学』(ブレイディみかこ・松尾匡・北田暁大、亜紀書房)が話題になっているようである。

ただし、ネット上の書評などをぱらぱらと見てみると、その受け取られ方は必ずしも好意的なものばかりではない。むしろ、この本に関する書評や論評に関して言えば、長々と書き連ねているものほど辛辣な内容で埋め尽くされていることが多い。そして、そうした執拗な批判の書き手は、明らかに右派ではなくて左派である。

同書がこのように、左派的な読者の一部から強い反発を受けている理由は明白である。それは要するに、同書が、左派的な人々が蛇蝎のように嫌っている現在の安部政権の経済政策すなわちアベノミクスを、「金融緩和プラス拡張財政」というその骨格的な部分において肯定しているからである。

松尾匡氏

もちろん、同書の3人の著者はいずれも左派を自認する論者であるから、アベノミクスの一部を是認してはいても、安部政権そのものを支持しているわけではない。というよりも、少なくともその政治的なスタンスとしては、この3人の論者は明らかに「アベ政治を許さない」と叫んでいる側に近い。

にもかかわらず本書が反安倍を掲げる左派から目の敵にされているのは、「じゃぶじゃぶの金融緩和で株価を引き上げただけ」、「悪性インフレやハイパーインフレの種を撒いた」、「財政バラマキによる将来世代へのツケ回し」、「財政規律を失わせて財政破綻を招き寄せている」といった、これまでの左派による定番のアベノミクス批判が的外れであることを指摘し、それらを容赦なく切り捨ていているからである。

さらには、アベノミクスが発動されて以降、経済状況とりわけ人々の生活に直結する雇用状況が民主党政権以前と比べて明確に改善しているという、左派の人々にとっては受け入れ難い事実を事実として指摘し、安部政権への特に若い世代から高い支持がこうした雇用改善に基づくものであることを冷静に分析しているからである。

アベノミクスの把握と評価をめぐるこうした左派における「分断」は、現在の世界経済を貫く経済政策上の基本的な対抗軸が、もはや政治イデオロギーにおける右や左ではなく、「緊縮vs反緊縮」であることを示唆している。同書の著者たちはもちろん、人々にいま必要とされているのは反緊縮政策であること、そして左派こそがその反緊縮の中核を担うべきことを主張する。

しかしながら、アベノミクスに対する左派からの反応の多くは、上の定番的批判が示すように、要するに「緊縮の側からのアベノミクス批判」の左派的形態にすぎない。同書はその問題性を、あえて左派の内部から提起しているのである。

緊縮から反緊縮へ

マクロ経済政策における反緊縮とは、「赤字財政を可能な限り許容しつつ金融緩和を進めること」と定義できるであろう。要するに「金融緩和プラス拡張財政」である。ただし、不況期には財政赤字を許容すべきという赤字財政主義それ自体は、ケインズ主義の伝統的な政策指針であり、目新しい点はまったくない。近年における反緊縮主義が旧来の赤字財政主義と異なるのは、その赤字財政が必ず金融緩和とセットになっているという点にある。この「金融緩和に裏付けられた赤字財政」というマクロ経済政策のあり方が「反緊縮」と呼ばれているのは、それがとりもなおさず、2010年頃から世界的に浸透し始めた経済政策における緊縮(Austerity)へのアンチテーゼとして提起されていたからである。

2008年9月のリーマン・ショックを契機として「百年に一度の世界経済危機」が生じたとき、各国政策当局はまず、景気対策の定石通り、財政拡張政策と金融緩和政策によってそれに対応しようとした。そして、それらの政策によって、世界は少なくともかつての世界大恐慌のような経済的大惨事の再発を防ぐことには成功した。とはいえ、2009年頃の各国の経済収縮はきわめて深刻であり、多くの国が政府財政の急激な悪化に直面した。

そこに生じたのが、2010年5月のギリシャ・ショックであり、それに続く欧州債務危機であった。それを契機として、各国の財政スタンスは、拡張から緊縮へと、まさに急転回することになる。とりわけ、債務危機の震源である欧州では、各国に対して財政規律の確保を強く求めるドイツの主導の下で、厳格な財政引き締め、すなわち増税あるいは歳出削減が実行された。その結果、ギリシャ、スペイン、ポルトガルなどの南欧の債務危機国では、経済が急激に縮小し、若年層の失業率が50%近くあるいはそれを超えるまでにいたった。

アメリカでは、ティーパーティーと呼ばれる草の根保守派が、政府財政赤字の拡大を問題視し、「アメリカ経済が低迷しているのは財政赤字のせいだ」といったプロパガンダを始めた。そして、それに後押しされた共和党が、政府債務の上限引き上げ拒否という議会戦術に打って出た。それはその後、強制歳出削減に伴う「財政の崖」と呼ばれる一大騒動をもたらした。

その状況は日本でも同様であった。2009年9月に発足した民主党政権は、少なくともその政権獲得当初は「消費税増税は当面は行わない」ことを明言していた。しかし、2010年春にギリシャ・ショックが生じて以降は、消費税増税問題が与野党を巻き込む最大の政策的争点となった。未だに喉に刺さったトゲのごとく日本経済に痛みを与え続けている、民主党・野田佳彦政権下の2012年夏に成立した「消費税引き上げの三党合意」は、その帰結である。

反緊縮とは要するに、こうした形で世界的に推し進められていった財政緊縮への政策的アンチテーゼである。そこで金融政策の役割に改めて焦点が当てられるようになったのは、金融緩和は赤字財政主義を貫徹するためにも必要不可欠であることが、まさにこの財政危機から財政緊縮にいたる経緯の中で明らかになったためである。

金融政策は「財政の足かせ」を緩めるのに役立つ

そもそも、赤字財政主義は、それ自体としてはきわめて脆弱なのである。不況下には財政赤字を拡大すべきとはいっても、実際に赤字が拡大すれば「財政危機懸念」が生じるのは避けられないし、その懸念がやがては現実の危機に転じる可能性も否定はできない。それがまさに、多くの国が「不況下の緊縮財政」という最悪の選択を行うにいたった理由である。

しかし、金融政策は、そのような政策選択に追い込まれるのを避ける大きな手助けとなる。そこには少なくとも、以下の三つのチャネルがある。

第一は、中央銀行による国債購入を通じた国債市場の安定化である。中央銀行が行う金融緩和とは、一般的には国債等の資産を購入して自国通貨を供給することである。不況期には通常、税収の減少や景気対策のための財政支出によって政府財政が悪化し、国債の発行が増加する。それは時には、国債市場の攪乱要因となり、国債の価格下落と金利上昇をもたらす。しかし、中央銀行が不況期に国債購入を通じた金融緩和を行えば、国債金利は低位に保たれ、市場の攪乱は自ずと抑制される。

第二は、中央銀行の国債保有拡大による政府の国債利払い費の縮小である。政府が国債を発行して財政赤字を賄えば、当然ながら民間の国債保有者に対して金利を支払い続けなければならない。しかしながら、その国債を中央銀行が民間から買い入れた場合には、政府はその分の金利支払いを免れることができる。というのは、政府が中央銀行に支払った国債保有分の金利は、国庫納付金などとして再び政府に戻ってくるからである。したがって、中央銀行が国債保有を拡大すればするほど、政府の国債利払い費は縮小する。債務とは金利を支払ってこそ債務なのであるから、中央銀行が保有している国債に関しては、政府債務が事実上存在しないに等しい。これがいわゆる通貨発行益(シニョレッジ)である。

そして第三は、金融緩和を通じた景気回復による財政の改善である。金融緩和は一般に、金利や為替の低下を通じて雇用、所得、そして企業収益を改善させる。税収は基本的に所得や企業収益に依存するものであるから、その所得と企業収益の改善は、自ずと不況によって減少していた税収の改善に結びつく。

つまり、金融政策が自由度を持つということは、「政府の財政収支制約」を一時的にせよ大きく緩和できることを意味する。ギリシャをはじめとする欧州各国に債務危機が発生したのは、まさしく統一通貨ユーロという「足かせ」に縛られて自国のための独自の金融政策が実行できなかったためである。仮にこれら欧州の債務危機国がユーロには加入せずにそれぞれの通貨を保持していたならば、債務危機を当初から免れていた可能性は十分ある。

財務省出身の政治家であり、政権交替直後の民主党・鳩山由起夫政権で財務大臣を務めた藤井裕久は、2016年8月14日付けの日本経済新聞(電子版)インタビューで、「カネをばらまくだけ」のアベノミクスはいずれ破綻すると述べたのちに、以下のように発言している。

藤井裕久

黒田(東彦日銀総裁)も(金融政策の限界を)分かっていると言わざるを得ない。これは、書いたっていいや。大蔵省に本当の幹部達の集まりがある、あるんだよ。僕は、黒田にこう言った。「君、分かっているじゃないか。財政を健全にしろと良いことを言ってくれている。だけど、君、ばらまいていたら、健全化にはならないんだよ。だって、(間接的に)国債買うんだろと。健全になるわけないんだよ」と、ひとつ言いました。

この藤井の発言は、その意図はどうであれ、「金融政策は財政制約の緩和に役立つ」という重要な真理を含んでいる。ただ、反緊縮の側がそれを肯定的に捉えるのに対して、典型的な緊縮論者である藤井は、それをアプリオリに悪と考えているわけである。

緊縮を打ち負かしたオルト・ライト・ケインズ主義

上掲『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』では、欧州で拡大しつつある反緊縮に向けた政治潮流の現状がつぶさに紹介されている。そこで興味深いのは、反緊縮の担い手は必ずしも左派とは限らないという事実である。実例として挙げられているは、2010年に成立したハンガリーのオルバーン政権である。その経済政策である「オルバノミクス」は、金融緩和と財政支出の組み合わせであり、まさしく反緊縮そのものである。しかしながら、この政権それ自体は、民族主義的かつ復古主義的な特質を持つ、まごうことなき右派であった。

ハンガリーのオルバーン・ビクトル首相

同様のことはおそらく、アメリカのトランプ政権に関しても言える。筆者は以前のコラム「オルト・ライト・ケインズ主義の特質と問題点」(2017年02月28日付)において、トランプ政権の経済観は、旧来の保守派の経済観、すなわちティーパーティーも含む共和党主流派が奉じてきた「小さな政府」を標榜する新自由主義におけるそれとは対極的であり、本質としてはむしろケインズ主義の方に近いことを指摘し、それを「オルト・ライト・ケインズ主義」と名付けた。実際、トランプが大統領選挙時から一貫して訴え続けてきた「減税や公共投資といった財政政策を用いてアメリカの労働者の雇用を増加させる」という政策手法は、アメリカの保守派が葬り去ろうとしてきた旧来のケインズ主義そのものであった。

トランプが打ち出したこの拡張財政政策に対する専門家からの反応は、当初はきわめて冷笑的なものであった。専門家の多くは、「リーマン・ショックの直後に行うならともかく、アメリカ経済がほぼ完全雇用に近づいた今になって行う拡張財政政策は、恩恵よりもむしろ景気過熱と高インフレをもたらす可能性が高い」と考えたのである。

ところが結果として見れば、正しかったのは彼ら専門家ではなく、トランプの方であった。というのは、2018年第2四半期の経済成長率が4%を超えたことが示すように、トランプ政権が2017年末に行った減税政策は、人々に明らかな恩恵をもたらしているからである。他方で、それによってアメリカ経済が過熱したとかインフレが加速したという徴候はほとんど見られていない。トランプ政権がその粗暴な政策運営に対する内外からの数多くの批判にもかかわらず、国内では依然として一定の支持基盤を確保しているのは、こうした経済面での実績によるところが大きい。

「世界的貯蓄過剰2.0」の世界にどう対応するのか

これまでのところ、その担い手が右派か左派かにはかかわらず、人々に苦難を強いてきたのはほぼ常に緊縮であり、人々の救いとなってきたのは反緊縮であった。しかしながら、これはあくまでも反緊縮側の見方である。緊縮の側からすれば、そのような評価はまったく受け入れ難いものであろう。というのは、「緊縮は確かに苦しいが、財政破綻やハイパーインフレといった将来における惨禍を防ぐためには現在の緊縮を甘受するしかない」というのが、藤井裕久元財務大臣に代表される緊縮論者たちの強固な信念だからである。

緊縮論者のこうした考え方は、確かに一定の歴史的な根拠を持っている。多くの国がこれまで財政破綻や悪性の高インフレに見舞われてきたが、その背後にはほぼ常に、放漫な財政政策や過度な金融緩和政策があった。

1960年代末から始まったアメリカの高インフレや、1970年代初頭の日本の「狂乱物価」が示すように、金融緩和や財政拡張の行き過ぎによる経済的混乱は、少なくとも1980年代前半までは、先進諸国においても決して珍しいものではなかった。つまり、その時代には確かに「財政と金融の健全な運営」がマクロ経済政策における正しい指針だったのである。

ところが、近年の世界経済においては、状況はまったく異なる。「景気過熱による高インフレ」なるものは、少なくとも先進諸国の間では、1990年代以降はほぼ存在していない。リマーン・ショック以降は逆に、日本のようなデフレにはならないにしても、多くの国が「低すぎるインフレ率」に悩まされるようになった。また、異例の金融緩和を実行しても景気が過熱する徴候はまったく現れず、逆に早まった財政緊縮は必ず深刻な経済低迷というしっぺ返しをもたらした。世界経済にはこの間、いったい何が起こったのであろうか。

一つの仮説は、筆者が秘かに「世界的貯蓄過剰2.0」と名付けているものである。世界的貯蓄過剰仮説とは、FRB理事時代のベン・バーナンキが、2005年の講演「世界的貯蓄過剰とアメリカの経常収支赤字」で提起したものである。バーナンキはそこで、1990年代末から顕在化し始めた中国に代表される新興諸国の貯蓄過剰が、世界全体のマクロ・バランスを大きく変えつつあることを指摘した。リマーン・ショック後に生じている世界経済のマクロ状況は、その世界的貯蓄過剰の新段階という意味で「2.0」なのである。

各国経済のマクロ・バランスにおける「貯蓄過剰」とは、国内需要に対する供給の過剰を意味する。実際、中国などにおいてはこれまで、生産や所得の高い伸びに国内需要の伸びが追いつかないために、結果としてより多くの貯蓄が経常収支黒字となって海外に流出してきたのである。

このように、供給側の制約が世界的にますます緩くなってくれば、世界需要がよほど急速に拡大しない限り、供給の天井には達しない。供給制約の現れとしての高インフレや高金利が近年の先進諸国ではほとんど生じなくなったのは、そのためである。

この「長期需要不足」の世界は、ローレンス・サマーズが「長期停滞論」で描き出した世界にきわめて近い。その世界では、財政拡張や金融緩和を相当に大胆に行っても、景気過熱やインフレは起きにくい。というよりもむしろ、財政や金融の支えがない限り、十分な経済成長を維持することができない。ひとたびその支えを外してしまえば、経済はたちまち需要不足による「停滞」に陥ってしまうからである。それが、供給の天井が低かった古い時代には必要とされていた緊縮が現在はむしろ災いとなり、逆に、その担い手が右派であれ左派であれ、世界各国で反緊縮が必要とされる理由なのである。

野口旭氏プロフィール



1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)等、著書多数。

【私の論評】日本の左派・左翼は韓国で枝野経済理論が実行され大失敗した現実を真摯に受け止めよ(゚д゚)!

ブログ冒頭の野口旭氏の記事にもある通り、アベノミクスに対する左派からの反応の多くは、要するに「緊縮の側からのアベノミクス批判」の左派的形態に過ぎないものです。

昨年野党第一党となった、立憲民主党の枝野幸男代表も結局のところ、経済理論はアベノミクスに反対すると言っているに過ぎないようずて。実際枝野氏は、安倍晋三政権に対抗するとして、経済政策を訴えています。

枝野氏

枝野氏は、安倍政権政権のキャッチフレーズ「成長なくして分配なし」を逆転させ、低所得者層への再分配を主張し、法人税率の引き上げにも言及しています。果たして実効性はどこまであるのでしょうか。

 「日本の中だけ見ると、バブルが崩壊してから(景気は)悪くなっている。社会は下から支えて押し上げる。消費不況を脱出するには、底上げを図らないといけない」

枝野氏は昨年12月13日、文化放送のラジオ番組に生出演し、低所得者層の賃上げに取り組む考えを示しました。

枝野氏は12日のロイター通信のインタビューでも、「分配なくして成長なし。内需の拡大のためには適正な分配が先行しなければならない」といい、次のように主張しました。

 「(自民党の)所得税の改革は、本当の富裕層の増税にならず、中間層の増税になっている。何より、企業の内部留保を吐き出させなければだめ。単純に法人税を大幅に増税すればいい」

この野党第1党のリーダーが説く経済政策は有効なのでしょうか。

これは、残念ながら経済の仕組みをまるで分かっていないとしか言いようがないです。成長があって分配できるのであって、『初めに分配ありき』などということはありえないです。経済が成長しないのに分配をすれば、雇用が激減するか、被用者一人あたりの賃金を減らすしか方法はありません。

法人税率引き上げ案も、それを実行したとしても企業に内部留保を吐き出させること直結することにはならないです。そもそも、企業の内部留保は現金のように、すぐに出せる形で積み上がっているわけではありません。

そもそも、欧米やアジア諸国が法人税の増税に慎重ななかで、日本だけが引き上げれば、国際競争では不利になります。現時点で単純な企業いじめをしても得られるところは何もないです。

さて、このように私ごときが、枝野氏の経済政策を批判したとしても、説得力はないかもしれません、激しく批判すれば、左派や左翼の方々からは、ネトウヨなどと謗られるだに終わるかもしれません。

ところが、枝野氏の主張するような経済政策は韓国ですでに実施されて、その結果は大失敗です。私は、もし私の主張が左派や左翼の方々に反対されたとしたら、以下のことを反証としてあげたいと思います。

ご存知のとおり、韓国の文在寅政権はかなりリベラル寄りの政権で、経済政策を財閥優遇から、労働者に直接恩恵をもたらす政策に舵を切りました。目玉は次の3つです。

1)福祉・雇用に財政支出を傾斜配分(2018年度予算15兆ウォンのうち4割程度を配分)

2)公務員数の増加(5年で81万人の雇用増が目標)

3)最低賃金の引き上げ(2020年までに1万ウォンまで引き上げる)

韓国の1~3月期の実質国内総生産(GDP)は前期比1.0%増加していますが、内容は半導体関連の輸出とそれに伴う設備投資のみに頼った形であり、国内消費は低調なままで、総じてよくない状態です。

韓国では、不況期の景気下支えを主に公共投資によって行ってきましたが、文政権ではこれを一気に削減し、雇用・福祉関連支出への配分が大幅に拡大されました。

またそれまでは概ね7%程度の増加であった最低賃金を、2018年には前年比+16.4%の大幅に引き上げ、今後も目標である1万ウォンを目指して同程度の引き上げが予想されます。また同時に法人税の22%から25%への引き上げや、週労働時間の短縮の要請も行っています。

その結果、どうなったでしょうか。韓国の今年3月の完全失業率は4.0%と上昇し、雇用環境は悪化しています。ちなみに、4%という失業率は韓国でも、リーマンショック後に1回あっただけという悪さです。

特に、15歳から29歳までの若年失業率は9.7%にも上っています。人件費の上昇により、企業が採用を抑制し始めたのです。

韓国の中央銀行(Bank of Korea)は、昨年11月に利上げを行い(1.25%→1.50%)、金融政策は緊縮気味です。その結果、韓国の通貨ウォンは、対ドルで5%強も上昇しました。

韓国は輸出主導の経済構造です。輸出依存度はGDP比で55%弱であり(日本は15%弱)、通貨高は経済に直接悪影響を与えます。

緊縮気味の金融政策は、先に述べた雇用・福祉重視政策と相まり、財閥企業の海外移転(国内空洞化)を促しており、雇用環境は、今後、ますます悪化することが予想されます。

枝野経済理論を韓国で実行した文在寅韓国大統領

文政権と日本の左翼政党・メディアと共通しているのが、理念先行で、実際の経済の波及経路や効果などの検証がほとんどないということです。また、マクロ経済をどうやら、ミクロ的な視点でのみ語り、「労働者の利益を上げるためには企業から奪ってくるしかない」という視野狭窄を起こしています。

マクロ経済は、「特にデフレや不況に陥っているときは、まずは積極財政と、金融緩和でまずは全体のパイ(GDP)を増やしてから、次に分配(企業、労働者、政府)を考える」というのが基本ですが、個々のプレイヤーの分配のみを考えているので、結果的に全体のパイが縮小するという愚を犯しているのです。

枝野理論は、韓国で似たような政策が実行されて、大失敗しました。これについては、日本の報道機関は、韓国で雇用や経済が悪くなったことを伝えるばかりで、韓国の文在寅による経済政策が、枝野理論と同じく、金融緩和抜きで分配を強化したにもかかわらず、結局雇用が激減して大失敗したということは報道しません。

一方で、安倍政権の経済政策「アベノミクス」や、先の衆院選で掲げた、2019年10月の消費税率10%引き上げはどうかといえば、教育や防衛の予算など『未来への投資』が十分でなく、国民は不安を感じています。

増税に関しては、過去には増税に反対した野党も存在はしましたが、それは残念ながら、経済を理解しているというよりは、選挙対策のために反対したというに過ぎないものばかりでした。まともな経済理論にのつとった上で、増税に反対したことはありませんでした。

今後、安倍政権は増税などせずに、アベノミクスをさらに加速すべきです。消費税率10%引き上げは消費意欲をさらに減退させるだけです。『緊縮政策は政権を短命にする』というのが世界の潮流です。撤回すべきです。

野党をはじめとする、左派や左翼の方々は、枝野氏の経済理論が、韓国で現実に実行され、大失敗しているという現実を真摯に受け止めるべきです。

ブログ冒頭の野口旭氏が語るように、世界各国で反緊縮が必要とされる理由を理解すべきです。それは、左派・左翼に限りません、与党の政治家達や保守層もしっかり認識せず、安易に緊縮政策を採用したり、それを支持するようなことをしてしまえば、日本経済は再び長期停滞にみまわれ、それこそ「失われた20年」どこか、本来は招く必要もないし、招く必然性もない「失われた100年」を自ら招いてしまうことになるかもしれません。

その時には、日本にも文在寅のような政治家が跋扈して、政権を掌握するかもしれません。

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2018年8月1日水曜日

米中貿易戦争、中国に“勝ち目”なし…国際社会「一帯一路、既に失敗」 習近平体制、いよいよ黄信号 ―【私の論評】貿易戦争の過程で、台湾問題で中国に揺さぶりをかける米国(゚д゚)!

米中貿易戦争、中国に“勝ち目”なし…国際社会「一帯一路、既に失敗」 習近平体制、いよいよ黄信号 

高橋洋一 日本の解き方

7月25日新興5カ国(BRICS)首脳会議に
おいて「貿易戦争に勝者なし」と演説した習近平

 米トランプ政権が中国に仕掛けている貿易戦争が習近平政権に打撃を与えている。習政権の肝いりの政策である「一帯一路」や、アジアインフラ投資銀行(AIIB)、「中国製造2025」などはもくろみ通りに進むのか。

 本コラムでも指摘したが、この争いは中国に勝ち目がない。関税引き上げは、自由な資本主義国間では百害あって一利なしだが、対社会主義国では政治的には意味があるためだ。

 そもそもモノの取引の自由化は互いの利益になるが、その前提としてヒトやカネの自由化が必要だ。ところが、社会主義国ではその体制維持のためにヒトとモノの自由化は制限される。となると、モノの自由化は社会主義国のいいとこ取りになることもありうる。中国は実際、自国への投資を制限しつつ、資本主義国への投資を自由に行い、その結果、投資とともに見返りに技術を導入していた。技術面での内外非対称的な対応が経済成長を後押ししてきた。

 ところが、トランプ政権が関税引き上げという思わぬ手を使ったことで、習政権が対応に苦慮しているのが実情だ。

 最近、中国国内でも、習批判が出ているようだ。これは今後の経済成長を疑問視することと同じで、トランプ政権の対中貿易戦争のこれまでの成果と関係なしとはいえない。

 トランプ政権が対中強硬路線を打ち出してきたのは、前のオバマ政権が対中融和的であったのと好対照だ。トランプ大統領は生粋のビジネスマンであり、自由資本主義者である。社会主義的な覇権主義の中国とは基本的な価値観が合わないのだろう。

 米国は貿易戦争を中国だけに猛烈に仕掛けており、欧州連合(EU)や日本には今のところ厳しい対応はない。これは、やはりトランプ流の中国包囲網であろう。

 一方、中国の対外的な覇権主義を象徴するのが、AIIBを通じた一帯一路構想だ。以前に本コラムで、その無謀性や失敗になる可能性を指摘したが、当時のマスコミは「バスに乗り遅れるな」の大合唱だった。

 その後の展開をみると、パキスタンの地下鉄建設などで一帯一路は既に失敗だったと国際社会から評価されている。

 「中国製造2025」は、国内向けの産業政策である。中国製造業の2049年までの発展計画を3段階で表し、その第1段階として「25年までに世界の製造強国入り」することを掲げている。第2段階は、35年に「世界の製造強国陣営の中位に位置させる」。第3段階は、45年には「製造強国のトップになる」というものだ。



 ある程度の工業化がないと、1人あたり国内総生産(GDP)1万ドルの壁を突破するのは難しいというのが、これまでの発展理論であるが、中国は今その壁にぶち当たっている。

 貿易摩擦によって輸出主導経済が崩れると、中国の経済発展に行き詰まりが出て、「中国製造2025」の達成も危うくなる。

 これも、習体制にとっての黄色信号だといえるだろう。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】貿易戦争の過程で、台湾問題で中国に揺さぶりをかける米国(゚д゚)!

中国が貿易戦争に勝てる見込みは全くありません。かといって、これで習近平体制がすぐに潰れるかといえば、その可能性は小さいです。

何しろ中国は自由自在に統計改竄できる国なので、実体は苦しく破綻状態になったにしても表には出にくいからです。

旧ソ連は70年間も騙し続けました。中国も同じで破綻と分かるのは実際に体制崩壊した時でしょう。それまではピンピンにみせかけたゾンビ状態を続けることでしょう。

中国のゾンビ「キョンシー」

米ブルームバーグ通信は7月31日、米政権が2000億ドル(約22兆2000億円)相当の中国製品に追加関税を課す制裁について、関税の税率を10%から25%に引き上げる検討をしていると報じました。貿易問題で対立する中国政府への圧力を、制裁強化によって一段と強める狙いがあるといいます。

ブルームバーグは同日、米中両国が対立緩和に向けて協議の再開を模索しているとも伝えました。2000億ドル相当の輸入品を対象とする対中制裁の強化検討は、協議の席に戻るよう中国に迫る狙いがあるとしています。

トランプ米政権は中国の知的財産侵害に対抗するため、計500億ドル相当に25%の追加関税を課す制裁を表明。7月上旬にまず340億ドル分を発動し、今月にも残り160億ドル分を実施する可能性があります。

米政権はさらに2000億ドル相当に10%を課す制裁を準備中でした。同通信によると、税率25%への引き上げは最終決定されていません。

協議再開に向けた動きをめぐっては、ムニューシン米財務長官と中国の劉鶴副首相が非公式な意見交換を継続していますが、具体的な日程や協議の形式は固まっていないといいます。

米中間ですでに貿易戦争が勃発しました、米中間の通商摩擦はもはや言葉遊びをしていられる段階を過ぎています。

さて、今後米中の対立はどうなっていくのでしょうか。今後の展開として、米国が台湾問題で中国に揺さぶりをかける可能性が大いにあります。

2018年7月13日、米国海軍のイージス駆逐艦2隻が先月、台湾海峡を通過しました。米艦の通過は11年ぶりのことです。独立志向の台湾・蔡英文政権への軍事的圧力を強める中国をけん制する狙いとみられ、中国は「受け入れられない」と反発しています。米中間で激しさを増す貿易戦争とも重なり、「台湾海峡も波高し」という状況です。

台湾国防部によると、航行したのはイージス駆逐艦マスティン(排水量9200トン)とベンフォールド(同8900トン)。いずれも米第7艦隊の母港・神奈川県横須賀基地に配備されています。

台湾海峡を通過したとされる米イージス艦「マステイン」

2隻は7日午前、台湾海峡に南から進入して北東へ向かいました。米国側は2隻が海峡を通過する前に通知。台湾軍は規定に基づき周辺海域と上空を統制し、戦闘機と軍艦を派遣して同行監視しました。米国が艦船を台湾海峡に送ったのは公式的には2007年以来。台湾メディアによると、昨年7月に中国海軍の空母「遼寧」が台湾海峡を航行した際にも米艦船が追跡したとの情報がありますが、公表されていません。

台湾総統府の報道官は7日夜、「台湾はかねてから台湾海峡と地域の平和・安定を重視している。台湾は国際社会の責任ある一員として今後も両岸(台湾と中国)の現状維持に努め、アジア太平洋地域の平和と繁栄、発展を確保していきたい」とコメント。外交部の報道官は台湾への軍事圧力を強める中国を念頭に、「絶えず高まる軍事的脅威に対応するため、国防への投資を加速して防衛能力を強化する」としています。

台湾を中国の一部と見なす「一つの中国」原則を認めない蔡政権に対して中国側は最近、台湾周辺で戦闘機や爆撃機の訓練を繰り返すなどの軍事的威嚇を続けています。今回は米艦船の航行を公表することで、米軍が南シナ海で行っている「航行の自由作戦」と同様に、中国に米軍の存在感を改めて誇示した形です。

さらに2隻の台湾海峡通過は、米国が膨大な貿易赤字を理由に中国に対する高関税措置に踏み切るなど、米中間の摩擦がますます高まっている時期とも重複しています。香港メディアは「トランプ政権をタカ派が掌握し、米議会の与野党ともに中国に対して強硬な立場を前に出している」とし、「米国は今後、外交軍事手段を強化し、台湾問題と東シナ海、南シナ海問題への介入を強化するだろう」との見方を示しています。

これに対して、中国側はどう反応・対応するでしょうか。様々な考え方をするでしょうが、どれも外れると思います。

何やら中国は勘違いをしているようです。トランプ政権による対中国貿易戦争の目的は、中国をまともな相手とみなして、中国市場の開放や、人民元の完全な変動相場制への移行などで終了するようなものではないです。

先日もこのブログで指摘したように、典型的なピューリタニズムの原理に基づき行動する典型的な米国の保守層に属するトランプ氏はもともと、中国とは価値観を共有することはできません。

トランプ氏にとっては、ピューリタニズム的な勤勉が報われるような社会にしたいとこですが、それを邪魔するのが、中国なのです。中国による、知的財産権の侵害はもとより、中国の現体制下における米国との貿易は、そもそも米国の勤労者にとって不利益をもたらすものであるというのが、トランプ大統領の考えです。

そんな中国の体制を変更させるか、変更できないというのなら、二度と米国を頂点とする戦後秩序に対する挑戦をできないくらいまでに、中国の経済を弱体化させることです。

習近平や中国の共産党幹部は、米国の保守層に息づくピューリタニズムの原理を全く理解できません。米国の連中も自分たちと五十歩百歩であり、綺麗事のベールを剥げば、結局拝金主義に塗れた連中に違いなく、どこかで気脈を通じることができるに違いないと考えていることでしょう。

実際、クリントン夫妻など、気脈を通じやすい人物が米国にも多数存在することは確かです。しかし、それがすべてでもありませんし、大部分でもありません。米国の人口のおそらく半分は占めるであろう、保守層の中にはピューリタニズムの原理が息づいています。そうして、トランプ大統領はその代表格であります。

習近平がこれを無視して、トランプ氏をただの金持ち爺さんくらいに思うと、とんでもない目にあうこことになります。そうして、実際にとんでもないことになりつつあるのです。

トランプ氏は中国が民主化、政治と経済の分離、法治国家化をある程度すすめるというような大胆な構造改革を行わない限り、次の段階では台湾問題で中国に揺さぶりをかけるのは必至です。

中国は、今後米国に貿易戦争で負け、台湾で負け、東シナ海で負け、尖閣で負け、さらに南シナ海で負け、世界中で負け、数十年後に気がついたときには図体が大きいだけの、国際的には何の影響力もない凡庸なアジアの独裁国家に成り果てていることでしょう。

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