2019年11月22日金曜日

政府、赤字国債3年ぶり増発へ 10兆補正求める与党も容認見込み―【私の論評】マイナス金利の現時点で、赤字国債発行をためらうな!発行しまくって100兆円基金を創設せよ(゚д゚)!

政府、赤字国債3年ぶり増発へ 10兆補正求める与党も容認見込み


 政府は22日、策定中の令和元年度補正予算案で赤字国債を発行する方向で調整に入った。与党からは、災害復旧や景気の下ぶれリスクなどに対応するため、10兆円規模の財政支出を求める声が強まっており、国債を発行して歳入不足を補う。年度途中で国債を増発すれば3年ぶりとなるが、与党も容認する見込みだ。
 安倍晋三首相は経済対策の策定を指示しており、補正予算案と2年度予算案で必要経費を手当てする。具体的には、台風災害からの復旧・復興▽大規模災害に備えたインフラ整備▽日米貿易協定の発効に向けた国内の農業対策▽来年の東京五輪後に備えた経済活性化策-などが挙がっている。
 与党内では大型補正を求める声が相次いでいる。
 自民党の世耕弘成参院幹事長は22日の記者会見で、補正予算について、国の直接の財政支出である「真水」で10兆円、事業費で20兆円規模が必要だとの認識を示した。さらに、中小企業のIT化支援などの施策を挙げ、「未来への投資はたくさんある。(赤字国債の)発行を躊躇(ちゅうちょ)すべきではない」と強調した。
 自民党の二階俊博、公明党の斉藤鉄夫両幹事長も20日、補正予算は真水で10兆円を求めることで一致。自民党は26日に岸田文雄政調会長のもとで経済対策の要望をとりまとめる予定だ。
 政府の元年度税収は企業業績の悪化などを受け、当初の見通しを下回る可能性がある。このため、補正予算は建設国債などと合わせ、赤字国債で歳入不足を補う方向になった。
【私の論評】マイナス金利の現時点で、赤字国債発行をためらうな!発行しまくって100兆円基金を創設せよ(゚д゚)!
日本では、赤字国債というと、「将来世代へのつけ」とドヤ顔で語る、愚か者が、政治家や官僚、識者といわれる人まで大勢います。嘆かわしいことです。行政の根幹部分ともいえる、財政についてこれほど理解度が低い人々が、政治家、官僚、識者であるいう日本は本当に不幸な国かもしれません。


このブログでは、過去もこれは間違いということを掲載してきましたが、本日もその理論について掲載します。

政府が財政支出を行い、それを税ではなく赤字国債の発行で賄うとします。つまり、政府が債務を持つとします。そして、政府はその債務を、将来のある時点に、税によって返済するとします。
このような単純な想定で考えた場合、増税が先延ばしされればされるほど、財政支出から便益を受ける世代と、それを税によって負担する世代が引き離されてしまうことになってしまいます。これが、通説的な意味での「政府債務の将来世代負担」です。
経済をモデル化する一つの枠組みに、若年と老年といった年齢層が異なる複数の世代が各時点で重複して存在しているという「世代重複モデル」と呼ばれるものがあります。政府債務の将来世代負担論は、この枠組みを用いるのが最も考えやすいです。
そこで、仮に老年世代の寿命が尽きたあとに増税が行われるとすれば、彼らは税という「負担」をまったく負うことなく、財政支出の便益だけを享受できることになります。そうして、その税負担はすべてそれ以降の若年世代が負うことになります。
つまり、世代重複モデル的に考えた場合には、増税が先になればなるほど「現在および将来の若い世代」の負担が増えます。それは要するに、老年の残り寿命が若年のそれよりも短いからです。
老年は、その残り寿命が短ければ短いほど、自らは税負担を免れ、それをより若い世代に押し付ける可能性が強まります。その意味で、この政府債務の将来世代負担論は、「老年世代の食い逃げ」論とも言い換えることができます。
こうした通説的な政府債務の将来世代負担論に対しては、よく知られた反論が存在します。それは、初期ケインジアンを代表する経済学者の一人であったアバ・ラーナーによる、政府債務将来世代負担への否定論であす("The Burden of the National Debt," in Lloyd A. Metzler et al. eds., Income, Employment and Public Policy, Essays in Honour of Alvin Hanson, 1948, W. W. Norton)。

このラーナーの議論の結論は、「国債が海外において消化される場合には、その負担は将来世代に転嫁されるのですが、国債が国内で消化される場合には、負担の将来世代への転嫁は存在しない」というものでした。ラーナーによれば、租税の徴収と国債の償還が一国内で完結している場合には、それは単に国内での所得移転にすぎないというのです。ラーナーはそれについて、以下のように述べています。
もしわれわれの子供たちや孫たちが政府債務の返済をしなければならないとしても、その支払いを受けるのは子供たちや孫たちであって、それ以外の誰でもない。彼らをすべてひとまとまりにして考えた場合には、彼らは国債の償還によってより豊かになっているわけでもなければ、債務の支払いによってより貧しくなっているわけでもないのである(上掲書p.256)。
このラーナーの議論には、いくつか注意すべきポイントが存在します。第一に、ここで言われている「将来世代」は、世代重複モデル的な把握ではなく、将来のある時点に存在する人々を老若含めてひとまとまりにしたものとして考えられているのです。

つまり、「1950年生まれ世代」とか「2000年生まれ世代」という区分ではなく、「1950年に生存していた世代」とか「2000年に生存していた世代」といったような世代区分が想定されているのです。

第二に、ラーナーの議論における「負担」は、単に税負担を意味するのではなく、「国民全体の消費可能性の減少」として考えられています。ラーナーは、赤字財政政策の結果としての「負担」は、上の意味での将来世代の経済厚生あるいは消費可能性が全体として低下した場合においてのみ生じると考えます。そこでの焦点は、将来世代の所得や支出が現世代の選択によって低下させられているのか否かです。

たとえば、戦争の費用を国債発行で賄い、その国債をすべて自国民が購入したとします。その場合、現世代の国民は国債購入のために自らの支出を切り詰めるという「負担」を既に被っているので、将来世代の国民が支出を切り詰める必要はないです。

将来世代は単に、戦費負担を一時的に引き受けてくれた国債保有者への見返りとして、増税による国債償還という形で、より大きな所得の分け前を提供すればよいのです。それは、純粋に国内的な所得分配問題です。

それに対して、戦費が外債の発行によって賄われる場合には、現世代は戦争だからといって支出を切り詰める必要はないです。戦争のための支出は、現世代の国民の耐乏によってではなく、その時代の他国民の耐乏によって実現されているからです。ただし、将来世代はその見返りとして、増税によって自らの支出を切り詰めて他国民に債務を返済する必要があります。

つまり、将来世代の消費可能性は、現世代が国債を購入してその支出を自ら負担するのか、国債を購入せずに海外からの借り入れに頼るのかによって異なります。前者の場合には将来世代の負担は発生しないのですが、後者の場合にはそれが発生します。これが、ラーナーが明らかにした「負担」問題の本質です。

このラーナーの議論は、政府債務負担問題についてのありがちな誤解を払拭する上では、大きな意義を持っています。人々はしばしば、赤字財政によって生じる政府債務に関して、家計が持つ債務と同じように「将来の可処分所得がその分だけ減ってしまう」かのように考えがちです。それは、財政赤字が外債によって賄われている場合にはその通りですが、自国の国債によって賄われている場合にはそうとはいえません。

というのは、人々の消費可能性は常にその時点での生産と所得のみによって制約されているのであり、政府債務や税負担の大きさとは基本的に無関係だからです。政府債務がどれだけ大きくても、それが国内で完結している限り、必ずそれと同じだけの債権保有者が存在するのですから、その債務は一国全体ではすべてネットアウトされるのです。


他方で、このラーナーの議論には、一つの大きな問題点が存在します。それは、「赤字国債の発行が将来時点における一国の消費可能性そのものを縮小させる」可能性を十分に考慮していない点です。

一般には、政府がその支出を赤字国債の発行によって賄えば、資本市場が逼迫して金利が上昇するか、対外借り入れが増加して経常収支赤字が拡大するか、あるいはその両方が生じます。


1980年前半にアメリカのロナルド・レーガン政権は、レーガノミクスの名の下に大規模な所得減税政策を行ったのですが、その時に生じたのが、この金利上昇と経常収支赤字の拡大でした。

金利の上昇とは民間投資がクラウディングアウトされたことを意味し、それは一国の将来の生産可能性が縮小したことを意味しますから、一国の将来の消費可能性はその分だけ縮小します。また、外債に関する上の議論から明らかなように、一国の対外借り入れの増加とは、将来世代の負担そのものです。

ただし、赤字国債の発行が民間投資減少や経常収支赤字拡大をもたらすその程度は、経済が完全雇用にあるか不完全雇用にあるかで大きく異なります。所得の拡大余地が存在しない完全雇用経済では、国債発行によって政府が民間需要を奪えば、それは即座に民間投資のクラウディングアウトや海外からの借り入れ増加につながります。

しかし、ケインズ的な財政乗数モデル(45度線モデル)が示すように、不完全雇用経済では、国債発行による政府支出の増加によって所得それ自体が拡大するため、貯蓄も同時に拡大します。その結果、金利上昇や経常収支赤字拡大は完全雇用時よりも抑制されます。

財政定数モデル

つまり、赤字財政政策による「将来世代の負担」の程度は、不完全雇用時は完全雇用時よりも小さくなります。その意味で、「赤字国債発行による将来世代への負担転嫁は存在しない」というラーナー命題がより高い妥当性を持つのは、財政赤字拡大がそれほど大きな投資減少や対外借り入れ拡大に結びつかないような不完全雇用経済においてなのです。

ラーナーの議論の最も重要なポイントは、「将来の世代の経済厚生にとって重要なのは、将来において十分な生産と所得が存在することであり、政府債務の多寡ではない」という点にあります。仮に早期の増税によってより若い世代が負う税負担が多少減ったとしても、それによって生産と所得それ自体が減ってしまっては、まったく本末転倒なのです。そして、「失われた20年」とも言われるバブル崩壊後の日本経済においては、まさしくその本末転倒が生じていたのです。


日本経済の長期デフレ化をもたらした一つの大きな契機は、橋本龍太郎政権が行った1997年の消費税増税でした。そして、それ以降の長期デフレ不況の中で最も痛めつけられてきたのは、ロスト・ジェネレーションとも呼ばれている、その当時の若年層でした。そのツケはきわめて大きく、それは単に彼ら世代の勤労意欲や技能形成の毀損には留まらず、日本の少子化といった問題にまで及んでいます。

結果としては、この早まった消費税増税は、若い世代の所得稼得能力を将来にわたって阻害しただけでなく、デフレ不況の長期化による政府財政の悪化をもたらし、将来世代が負うことになる税負担をより一層増やしてしまったのです。


つまり、「将来世代の負担軽減」を旗印に行われた消費税増税は、皮肉にも彼ら世代に対して、所得稼得能力の毀損と税負担の増加という二重の負担を押し付けるものとなってしまったのです。

この1990年代後半以降の日本経済は、恒常的なデフレと高失業の状態にありました。つまり、一貫して不完全雇用の状態にあった。そして、小渕恵三政権時のような大規模な赤字財政政策が実行された時期においてさえ、国債金利はきわめて低く保たれ、大きな経常収支黒字が維持され続けてきました。これは、赤字財政による将来世代への負担転嫁は存在しないというラーナー命題が、ほぼ字義通りに当てはまっていたことを意味しています。

それとは逆に、日本で行われた不況下の増税は、若い世代が将来的に負う負担を減らすのではなく、むしろそれを増やしてきまし。それは、不況下の増税がとりわけ若い世代の雇用と所得に大きな影響を及ぼすものである以上、まったく当然のことでした。

結局のところ、経済が不完全雇用である限り、職からはじき出されがちな若い世代の雇用の確保の方が、彼らへの多少の税負担軽減よりもはるかに優先度が高いということになるのです。

ラーナーの理論は無論現在の日本にもあてはまっています。しかし、政府は数度にわたり増税を行い、とうとう10%増税まで実行してしまいました。本来は、増税などせずに、証国債を発行すべきだったのです。

小渕恵三政権時のような大規模な赤字財政政策が実行された時期においてさえ、国債金利はきわめて低かったのですが、現在国債の金利はマイナスです。

金利がマイナスということは、政府が国債でお金を借りると、将来つけを払わなくて良いどころか、余分にお金がもらえるということです。この機会を利用して国債がゼロになるまで、無制限でどんどん発行すべきときなのです。それについては、このブログでも以前掲載したことがあります。
残り3週間!「消費増税で日本沈没」を防ぐ仰天の経済政策がこれだ―【私の論評】消費税増税は財務省の日本国民に対する重大な背信行為(゚д゚)!

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、一部のみ以下に引用します。
財務省がゼロ金利まで国債無制限発行に乗り出せば、日銀の金融緩和効果はさらに高められる。しかも、得た財源で景気対策を行えば、まさに財政・金融一体政策となり、目先の消費増税ショックを回避できる可能性も出てくる。しかも、金利正常化で金融機関支援にもなる。 
逆にいえば、こうした「美味しい」金利環境を財務省が見過ごし、金利ゼロまでの無制限国債発行を行わないとすれば、それは彼らが増税しか頭にない「無能官庁」であることの証明といえる。
上では、ラーナーの理論を詳細に印してきましたが、このようなことを全く知らなくても、国債の金利がマイナスであるということは、国債を発行しまくれば、確実に政府は儲けられることになるのは明らかです。 金利がゼロになるくらいまで発行し続ければ良いのです。高橋洋一の試算によれば、金利がゼロを超えないで発行できるのは、103兆円だとしています。

にもかかわらず、たった10兆円など、本当に微々たるものです。このチャンスを生かし切るためには、もっともっと国債を発行すべきなのです。




私は、高橋洋一氏に大賛成です。国債の金利がマイナスなのですから、どんどん発行して、10兆円などとチマチマしたことをせずに、それこそ100兆円の基金でも設けて、それを用いて、景気対策、自然災害対策、安全保証、貧困対策などをどんどん実行しまくれば良いのです。

そうすれば、日本の令和年間は平成年間のようにデフレではなくなり、緩やかなインフレで、成長が期待できます。たとえ、そのようなことをしても、将来の世代につけを回すことには絶対にならないのですから、このチャンスをみすみす逃す手はないのです。

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2019年11月21日木曜日

米中冷戦、そろそろ「詰みつつある」といえる理由―【私の論評】中共は少子高齢化に対応可能な制度設計や、産業構造に転換できなければ、やがて倒れる(゚д゚)!

米中冷戦、そろそろ「詰みつつある」といえる理由
中国当局はどう出るつもりか


制裁関税撤廃」のメリット

世界の株式市場を混乱させている米中問題だが、現状は米中ともに制裁関税の緩和、ないしは撤廃に向けて妥協点を探る展開のようだ。もっとも、「交渉ゲーム」は騙し合いの側面もあるので、両国がすんなりと妥協点をみいだすわけではないだろうが。

確かに、この「制裁関税の撤廃」は米中双方にメリットがある。

米国側からみれば、中国は農産物等の一次産品の輸出先として無視できないくらい大きな国である。日米貿易協定によって日本が米国からの農産物の輸入を多少増やしたところで中国向け輸出の減少はカバーできない。

なによりトランプ大統領にとっては、来年の大統領選に向けて、農産物の輸出を回復させなければ、共和党の支持基盤である中西部、南部の得票を落とすことにもなりかねない。



一方、中国にとっても米国が重要な輸出相手であることは言うまでもない。だが、より深刻なのは、米国からの輸入の激減である。

現在、中国では、生産者物価の低下と消費者物価の上昇という「インフレ率の分断」が発生している。9月時点で中国の生産者物価は前年比で1.2%の低下となっている。中国の生産者物価は月を追う毎に低下幅が拡大しているが、この生産者物価の低下は主に製品輸出の減少による製造業部門の需要低迷によるものである。

一方、消費者物価は9月時点で前年比3%の上昇となっており、上昇幅はじりじりと拡大している。この消費者物価の上昇は食品価格の高騰によるものである(食品価各は9月時点で前年比11.2%の上昇)。

豚コレラの影響で豚肉の供給が激減していることに加え、代替品需要として鶏肉等の価格が高騰していることが主因とされているが、米国からの輸入依存度が高い飼料の高騰も影響を与えている可能性が高い。

中国には雇用統計が存在しないため推測の域を出ないが、生産者物価の低下は企業のマージンの減少へと波及し、これは、最終的に雇用調整から中国国民の所得環境を悪化させるだろう。

つまり、このままでは、中国経済は、所得環境の悪化と同時に生活コストの上昇に見舞われる懸念がある。そして、これは、消費の減速を通じて、さらなる景気悪化につながると考えられる。

2019年7-9月期の中国の実質GDP成長率は前年比で6.0%まで減速している。「6%成長」といえば、一見、高成長のように思えるが、1人当たりGDPの水準が低い新興国がこの程度の成長率を実現するのはむしろ当たり前のことだ。

逆に新興国の段階で成長率があまりに低い国では社会不安の増大から治安が悪化し、政治体制も不安定化する。中国の政策当局は、長年7%成長を「死守すべき最低限の防衛ライン」とみなしてきたといわれているが、これは、実質経済成長率が7%を下回ってくると国民が日々の生活に不満を持ち、治安悪化などの社会不安が高まる懸念が増大するという意味である。

中国は当局による情報統制が強固なので、社会不安や暴動などが中国全土でどの程度発生しているか、実態は定かではないが、中国事情に詳しい論者の中には各地でかなりの数の暴動が起こっているとする人も少なからず存在する。

それが事実であれば、このまま中国の経済成長率の減速が止まらなければ、中国経済の先行きが心配という話どころか、統治システムの維持も難しくなってしまうかもしれない。その意味でも、制裁関税の撤廃は、むしろ中国側にこそ大きなメリットがあると考える。


米国の経済政策が大きく変わった

だが、この動きは必ずしも、「米中融和」を意味するものではないと思われる。

10月4日にワシントンで行われたペンス副大統領の演説は、『米国は貿易などの経済に限らず安全保障分野においても中国に対して「断固として立ち向かう」』と対中強硬姿勢を維持する内容であった。

これは、米中問題が、これまでの「通商問題」から「安全保障問題」へと、より次元の高いレベルに引き上げられたことを意味する。

政府間の交渉には通常、法的な根拠があるが、米中問題は、「通商法(スーパー301条がその代表例)」から「国防権限法」へその根拠が変わったのかもしれない。

「国防権限法(NDAA)」とは、米国防省の年間予算を規定するために年度毎に策定される法律である。名称が示す通り、「国防」という観点から制定される法律だが、2019年の国防権限法では、その中で「輸出管理改革法(ECRA)」が新たに制定され、AI、量子コンピューター、次世代暗号技術等の最先端の情報技術を「新興技術」、もしくは「基盤的技術」と定義し、他国との取引(輸出)に規制が課せられることとなった。

ECRAは既存の技術の輸出に関する規制であるが、これに加え、同時に制定された「外国投資審査現代化法(FIRRMA)」では、この「新興技術」「基盤的技術」に対する他国からの対米投資規制も強化された。

これは、外国による、米国国内で現在開発中の技術への規制である。いいかえれば、米国(ベンチャー)企業への出資、もしくは、M&Aを通じた最先端技術の獲得を事実上停止させる法律である。

今後、少子高齢化がこれまで経験しなかったスピードで進む可能性が高いといわれている中国において、先端技術の取り込みによって産業構造を転換させると同時に生産性を引き上げることは必須事項ともいえる。当然、技術の取り込み先として米国を想定していた中国だが、それが「国防権限法」によってほぼ不可能となった。

このように、「国防権限法」は中国を意識して制定されたことは明らかであるが、重要なのは、輸出や投資といった経済政策に属する案件が「国防法」という安全保障政策に関わる法律によって規定された点である。

これは、経済政策という枠組みからみた場合、大きな変化である。


「中国製造2025」失敗の可能性も

トランプ政権が成立して以降、トランプ政権を支持する軍関係者らの間では「DIME」という言葉が使われている。

「DIME」とは、「Diplomacy(外交)、Intelligence(防諜)、Military(軍事)、and Economy(経済)」の略語であり、経済政策を外交、情報収集活動、安全保障政策と一体化して考える政策アプローチのことである。

これまで経済政策といえば、金融政策や財政政策(公共投資や減税)を用いた景気対策や規制緩和が主で、国防や安全保障政策とは独立していた。そのため、学界での経済政策の国際協調の議論も、お互いの国の「経済厚生」を如何に高めることができるかという観点から議論されてきた。

そして、その結論は、変動相場制の下では、各国が独立して自由に経済政策を実施することが経済厚生上、最適であるという結論になっていた(この分野で世界的な業績を上げられているのが内閣府参与の浜田宏一イェール大学名誉教授である)。

だが、「DIME」のアプローチでは、輸出規制や投資規制によって、自国経済の将来の成長にとって重要な産業や国益上、重要な産業は積極的に保護育成していこうという考え方が採用される。そして、さらに、そこに「安全保障」という観点が加味される。

この「DIME」だが、まだほとんど研究対象として議論されていないように思われるし、筆者が検索する限り、該当するような論文もない(もっとも国防や安全保障が絡んでくると論文の良し悪しで評価すべきものではないかもしれないが)。

以上より、今後、米国は、この「国防権限法」の対象外である品目については、制裁関税を撤廃していくことになるだろう。そして、これによって、現在の中国経済の窮状は、少しは緩和されるかもしれない。

だが、それは目先の、ごく短期的な観点での議論である。むしろ、中長期的にみれば、「国防権限法」が機能するということは、そのまま「中国製造2025」の失敗の可能性が高まることを意味する。中国にとって「中国製造2025」の失敗は、将来の低成長局面入りを意味する。下手をすると、「低所得国の罠」に陥ることになる懸念もある。

筆者の個人的な見解をいわせてもらえば、中国は覇権を取るといった野望を捨て、思い切って対外開放路線に転換することで、国内に外資企業を多く取り込んだほうが、サービス業を中心に雇用の確保と所得の安定的増加につながるため、将来の安定成長に寄与するように思える。

中国当局の出方が注目される。


【私の論評】中共は少子高齢化に対応可能な制度設計や、産業構造に転換できなければ、やがて倒れる(゚д゚)!

冒頭の記事では、中国の将来に関して、主に経済について語られています。少子高齢化についても一部は語られていますが、「今後、少子高齢化がこれまで経験しなかったスピードで進む可能性が高いといわれてい」と語られているのみです。

そのため、以下には中国の少子高齢化の実体について掲載しようと思います。

中国の人口は年内に14億人に達する見込みです。当面は人口増が続きますが、国連の推計によると、2027年ごろにはインドに逆転され、世界一の座を明け渡すことになります。2028年の14億4200万人をピークに減少に転じる見通しで、そこからは「苦難の時代」に直面すると予想されています。




中国は古くから「人口統計マニア」の国です。最初に全国的な戸籍が作られたのは前漢の末期、西暦2年にさかのぼります。「人口5959万4978人、戸数1223万3062戸」と一桁まで記録されています。人口の増減は税収に直結し、政治の善しあしを表す指標とみられていたため、歴代王朝は常に人口を調査したのです。


それから長い間、人口が1億人を超えることはなかったのですが、近世の清王朝になると爆発的に増えました。歴代王朝の中でも領土が広大で、トウモロコシやサツマイモなどの外来作物の普及などが影響したようで、1840年のアヘン戦争時には人口4億人に達しました。

そして中華人民共和国が誕生した1949年では5億4000万人。その後の70年間でさらに8億人以上も増えたのですが、それでも1979年から始めた「一人っ子政策」により人口を抑制しました。


この「一人っ子政策」が中国政府は「4億人以上の人口抑制効果があった」と説明しています。一昨日には、このブログでこの「一人っ子政策」は、民衆レベルでどのように実行されたのかをドキュメントした映画「一人っ子の国」を紹介させていただきました。この映画「一人っ子の国」で中国は自国国民に対して、想像を絶する、人権侵害をしていたという戦慄の事実が明らかにされています。

その一人っ子政策も2015年に廃止され、翌年からすべての夫婦に2人までの出産を認めました。社会の中核を担う生産年齢人口(15-65歳)が減少に転じたためです。高齢化も急速に進み、2017年の65歳以上の高齢者は1億5847万人となり、人口の11%に達しました。

それでも出生率が急激に向上するという見方は少ないです。一人っ子政策が浸透し、各家庭は1人の子どもに小さい頃から家庭教師をつけ、多くの習い事をさせ、大学生になれば海外留学させるなど、高学歴で良い就職先を手に入れるため、収入のほとんどを子どもにつぎ込んでいます。苛烈な競争社会の中、2人目、3人目の出産は難しい状況です。

また、社会の都市化が進み、若者の高学歴化が進む中、先進国と同じように男女とも結婚年齢が上がってきています。初婚年齢は男性が28歳近く、女性が26歳近くになり、今後も晩婚化が進みます。結婚しない若者も増え、離婚率も高まっています。

「男余り」も深刻です。出生人口の性別割合は人種に関係なく、自然な状態では女を100とすると男は105前後となります。男の若年死亡率が高いため、成人したときに男女の数が対等になるよう「神の見えざる手」がはたらいているともいわれます。しかし、中国では一人っ子政策を始めてから男児の出産が異常に増えました。

労働力や老後の生活保障の担い手として男子を求め、妊娠しても女児と分かると中絶したり、遺棄する家庭が続出しました。中国の産婦人科では赤ちゃんの性別を出産するまで原則教えないのですが、違法な超音波検査が横行しており、妊娠中に性別を調べることは難しくないです。

男女の性別比率は女が100に対し、男は120にまで増えました。最近は100対110ほどになったのですが、結婚適齢期の男性はすでに女性より数千万人多いです。経済力で劣る農村部にしわ寄せが来ることになります。

国連の人口予測では、2035年に中国の65歳以上の高齢化率は21%を超え、「超高齢化社会」が到来します。「未富先老」(豊かになる前に老いを迎えること)が懸念されています。

中国政府はこうした問題を指摘されるまでもなく理解しています。中国メディアによると、早ければ2020年には「二人っ子政策」も廃止し、産児制限を完全撤廃するとみられています。今後もさまざまな出産奨励策を打ち出していくでしょう。

ただし、冒頭の安達 誠司氏の記事にもあるとおり、少子高齢化が進む中国では、先端技術の取り込みによって産業構造を転換させると同時に生産性を引き上げることは必須事項ともいえるわけですが、技術の取り込み先(はっきりいえばコピー先)として米国を想定していた中国ですが、それが「国防権限法」によってほぼ不可能となったわけです。

2049年10月1日、中国は建国100周年を迎えます。

ところが、その頃の中国が祝賀ムード一色に染まっているとは思えません。なぜなら、中国の人口学者たちも警鐘を鳴らしていることですが、このまま進めば中国は2050年頃、人類が体験したことのない未曾有の高齢化社会を迎えるからです。


『世界人口予測2017年版』によれば、2049年の中国の人口は13億7096億人で、2050年は13億6445億人。これは、2011年の中国の人口13億6748万人、及び2012年の13億7519万人と同水準です。

ところが、2010年代の現在と、2050年頃とでは、中国の人口構成はまったく異なるのです。

『世界人口予測2015年版』によれば、2015年時点での中国の人口構成は、0歳から14歳までが17.2%、15歳から59歳までが67.6%、60歳以上が15.2%、そして80歳以上が1.6%です。

それが2050年になると、激変するのです。

0歳から14歳までが13.5%、15歳から59歳までが50.0%、60歳以上が36.5%、80歳以上が8.9%なのです。

これを人数で表せば、2050年の中国の60歳以上の人口は、4億9802万人です。そうして80歳以上の人口は、1億2143万人です。



私が中国で、こうした未来図を初めて想い描いたのは、2011年の5月のことでした。このとき、私はこのブログではじめて中国の少子高齢化について掲載しました。
この記事では、ユニセフの「2009年中国人口サンプル調査」によると、中国の青少年人口は00年の2億2800万人から09年には1億8000万人と大きく減少したこと、全人口に占める比率は00年の18%から13%へと急落していることを掲載しました。

その後もいくつも中国の少子高齢化についての記事をこのブログに掲載しました。これにより、日本が直面している少子高齢化の波が、やがて中国をも襲うのだということが理解できました。

しかも、日本の10倍以上の規模をもってです。

そうして、中国社会の高齢化が、日本社会の高齢化と決定的に異なる点が、二つあります。

まずは、高齢化社会を迎えた時の「社会の状態」です。日本の場合は、先進国になってから高齢社会を迎えました。

日本の65歳人口が14%を超えたのは1995年ですが、それから5年後の2000年には、介護保険法を施行しました。また、日本の2000年の一人当たりGDPは、3万8533ドルもありました。

いわば高齢社会を迎えるにあたって、社会的なインフラが整備できていたのです。

ところが、中国の一人当たりのGDPは、2018年にようやく約1万ドルとなる程度です。65歳以上人口が14%を超える2028年まで、残り10年を切りました。

中国で流行語になっている「未富先老」(豊かにならないうちに先に高齢化を迎える)、もしくは「未備先老」(制度が整備されないうちに先に高齢化を迎える)の状況が、近未来に確実に起こってくるのです。

日本とのもう一つの違いは、中国の高齢社会の規模が、日本とは比較にならないほど巨大なことです。

中国がこれまで6回行った全国人口調査によれば、特に21世紀に入ってから、65歳以上の人口が、人数、比率ともに、着実に増え続けていることが分かります。

そして、2050年には、総人口の23.3%、3億1791万人が65歳以上となります。

23.3%という数字は、日本の2010年の65歳以上人口の割合23.1%と、ほぼ同じです。

2050年の中国は、80歳以上の人口も総人口の8.9%にあたる1億2143万人と、現在の日本の総人口に匹敵する数に上るのです。


にもかかわらず、中国では日本の「介護保険法」あたるような法律が、いまだ施行されていないのです。
2050年頃に、60歳以上の人口が5億人に達する中国は、大きな困難を強いられることは間違いないです。
製造業やサービス業の人手不足、税収不足、投資不足……。それらはまさに、現在の日本が直面している問題です。
経済統計学が専門の陳暁毅広西財経学院副教授は、『人口年齢構造の変動が市民の消費に与える影響の研究』(中国社会科学出版社刊、2017年)で、今後、中国が持続的な経済発展をしていくには、「老年市場」を開拓していくしかないと結論づけています。
政府は、子供が親の面倒を見ないのは中国の伝統に反するという価値観をもとに、高齢者扶養の問題のほとんどすべてを家族に負わせる一方で、長年かけて中国の最大のセーフティネットである大家族制を破壊しました。

ここに生じる矛盾のつけを払うのは本来、政府、共産党政権であるはずが、地方政府の財政は破たん寸前。高齢者への社会保障整備が充実されていくという期待も少ないです。

戦慄のドキュメンタリー「一人っ子の国」のポスター

先日も、このブログに掲載した「一人子政策」における、中国共産党の人権蹂躙はまた繰り返されるかもしれません。一部都市では2人以上の子供を産んだ夫婦に対して奨励金を出す人口増加政策をすでに実施していますが、これがやがて、子供を産まない女性や1人しか産まない女性に対する罰金に代わっていくことの懸念。あるいは老人の迫害が容認されるような時代の到来の懸念があります。

すでに中共は、民族弾圧、宗教弾圧、言論弾圧など党主導の組織的な深刻な人権問題を起こしていますが、そこに最近の香港弾圧が加わり、将来そこに老人や女性の尊厳をさらに無視するような政策的管理が加わる懸念があるのです。
 
その時、中国人民は、どんな行動を起こすのでしょうか。高度経済成長のなかで隠れていた課題が、成長率が鈍化するにつれ、顕在化していきます。

平等を建前とするのが本来の共産主義です。今の中国は、国家資本主義とも呼べるいびつな体制です。かつて貧しい時代には等しく貧しかった社会が、経済成長が進むにつれ、格差を内包してきたのですが、それなりに全体が成長していて格差は表面的ではありませんでした。

ただし、建国以来毎年2万件暴動がおこってきたといわれ、2010年あたりからは、毎年10万人ともいわれていますので、表面にはっきり出てこなかっただけで、人民の格差等に関する中共する憤怒のマグマは大爆発の寸前にあっものとみられます。

ただし、中共はこれらを、城管、公安警察(日本の警察にあたる)、人民解放軍等で弾圧して鎮圧するとともに、日本を悪者にしたて、人民の憤怒のマグマを自分たちに向けてではなく、日本に向けて噴出させようとしました。

ところが、この官製反日ですら、できない状況になりました。2012年頃から、反日デモを官製で実行させたり、あるいは放置しておくと、必ず後で反政府デモになるという事態が頻発したのです。そのため、2012年あたりから、中共は、反日デモを実行させないように、方針を変更しました。そのため、あれだけ隆盛を誇った、反日デモが中国ではみられなくなりました。

この間、社会保障制度を充実させねばならなかった共産主義ですが、中国共産党は未達のまま今日を迎え、しかもいまだ制度化は進まず、個人の義務として人民に押し付けています。

毛沢東の独裁政治への回帰を目指す習近平。習近平は、毛沢東独裁体制の崩壊を繰り返すのでしょうか。
しかも、習近平には、政敵の不正を暴き追放した実績はあるものの、それは、誰の眼にもあきらかな権力闘争に過ぎません。

習近平には、毛沢東や、鄧小平の様な、はっきりとした功績はありません。強権で弾圧する方向の今の習近平独裁政治体制が、低成長時代に移行する中で、しかも少子高齢化に対応できない状況をいつまでも続けられるとは考えられません。

今後、習近平政権が倒れるのは、時間の問題として、中国共産党も、少子高齢化に対応できるような、まともな制度設計や、高齢化社会に適応した産業構造に転換できなければ、倒れることになるでしょう。

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2019年11月20日水曜日

香港人権法案、米上院が全会一致で可決 中国が反発―【私の論評】かつてのソ連のように、米国の敵となった中国に香港での選択肢はなくなった(゚д゚)!

香港人権法案、米上院が全会一致で可決 中国が反発

米上院は19日、中国が香港に高度の自治を保障する「一国二制度」を守っているかどうか米政府に毎年検証を求める「香港人権・民主主義法案」を全会一致で可決した。

香港香港理工大学に立てこもるデモ隊に対する賛同の意を表すため、スマートフォンを
     掲げる人々の意を表すため、スマートフォンを掲げる人々
下院では既に可決されており、今後上下両院の調整を経た上で、トランプ大統領に送付される。

上院はまた、香港警察に催涙ガスや催涙スプレー、ゴム弾、スタンガンなど特定の軍用品を輸出することを禁じる法案も全会一致で可決した。

ホワイトハウスはトランプ大統領が香港人権法案に署名する意向かどうかをまだ明らかにしていない。ある米政府当局者は最近、決定はまだ下されていないと述べたほか、トランプ氏側近には対中通商交渉への悪影響を懸念する向きと、人権や香港問題を巡り中国に明確な態度を示すべきと主張する向きがあるため、激しい議論が交わされるだろうと予想した。

共和党のルビオ上院議員は「香港の人々は何が待ち構えているかを分かっている。自治権と自由を損なおうとする着実な動きがあることを理解している」と述べた。

法案は、香港への優遇措置継続の是非を判断するため、一国二制度に基づく高度な自治を維持しているかどうか、米国務長官に毎年検証することを義務付ける内容となっている。

民主党のシューマー上院院内総務は「習近平国家主席に対してわれわれはメッセージを送った。あなたの自由を弾圧する行為は、香港であれ、中国北西部であれ、どこであれ容認されない。自由を妨害し、香港の人々、若者や年配者、抗議を行っている人々に対してこんなに残虐な行為を行えば、あなたは偉大な指導者ではなく、中国も偉大な国にはなれない」と強調した。


<中国は反発>

中国外務省は20日、同法案の上院可決を非難し、国家の主権と安全保障を守るために必要な措置を取ると表明した。

外務省は声明で、米政府は香港と中国の問題への介入をやめ、香港関連法案の成立を阻止する必要があると主張した。

外務省報道官は声明で「事実と真実を無視している。ダブルスタンダードが適用されており、香港情勢をはじめとする中国の内政に露骨に干渉している」と表明。

「国際法と国際関係に関する基本的な規範に深刻に違反している。中国は非難し、断固として反対する」と述べた。

米国が香港情勢など中国の内政への介入を直ちに中止しなければ「悪い結果が跳ね返ってくるだろう」とも述べた。

ポンペオ米国務長官は18日、米政府は香港情勢を深く懸念しているとし、香港当局に対し市民の懸念に対応するための明確な措置を打ち出すよう呼び掛けた

【私の論評】かつてのソ連のように、米国の敵となった中国に香港での選択肢はなくなった(゚д゚)!

これからの香港情勢に決定的な影響を与えるのは、米国の「香港人権・民主主義法案」です。

「香港人権法案」の発端は香港政府の「逃亡犯条例」改正案にあり、条例の施行によって香港の自由や人権、自治が侵害され、米国を含む他国の香港における安全や利益が脅かされるから、何とかしないといけないという背景がありました。

ところが、9月4日に香港政府が条例の完全撤回を発表しました。「香港人権法案」が立脚する基盤がこれで崩れたわけですから、米国も法案を取り下げるのが筋ではないか、という理屈ですが、米国はそう思っていないようです。

言ってみれば、このたびの動乱を目の当たりにした国際社会はすでに香港に対する信頼を失ったのです。今後もいつそういう恐ろしいことになるか分からないので、何かしらの担保がないとみんなが安心できません。だから、「香港人権法案」はやはり必要だ、という文脈になっているのです。


法案のベースとなっているのは、「米国・香港政策法」(United States–Hong Kong Policy Act、合衆国法典第22編第66条 22 U.S.C.§66)です。「香港政策法」は香港の扱い方を規定する法律として、1992年に米国議会を通過し、1997年7月1日、香港が中国に返還されると同時に効力が発生しました。

この「香港政策法」をベースとし昨今の情況を盛り込んで作り上げた「香港人権法案」は米国議会の超党派議員が共同提出した法案で、ナンシー・ペロシ下院議長(民主党)の支持も得られ、いわゆる共和・民主の与野党合意事項として注目されています。

結論からいうと、たとえ、トランプ大統領が来年(2020年)の選挙で落ち、民主党の誰かが新大統領になり、政権交代になったとしても、「香港人権法」だけはしっかり継承し、いわゆる対中強硬路線を踏襲せざるを得ないのです。

トランプ氏の落選を切望している中国に冷水をかけ、諦めさせる必殺の法律なのです。では、「香港人権法案」とはどういうものなのでしょうか。以下に、要点だけ抜粋して紹介します。

まず、香港返還後の高度な自治を保障する「中英連合声明」の担保という意味合いがあります。声明は国際条約同等とされる地位を有している以上、中国だけでなく、国際社会が香港の自治を認めなければならないです。

なぜならば、香港は世界屈指の国際都市であり、いろいろな国が香港に事業を展開し資産を保有しており、米国民だけでも8万人以上居住しているのですから、全員の利益が絡んでいるからであるのです。

香港返還式典 1997年6月30日

次に、香港の特別待遇の問題に関連するものです。社会制度の異なる中国本土と違って香港は西側自由社会の一員として、植民地時代から法の支配や自由経済といった分野でいずれも国際基準に達していたことから、「香港政策法」の下で米国は香港に通商や投資、出入国、海運等の諸方面において特別待遇を提供するという約束がなされました。

しかし「香港政策法」には不備がありました。つまり、香港が特別待遇を受ける際に、十分な自治が与えられているかどうかを判断する基準が明確ではなかったのです。中国は香港をコントロールしながらも、米国が香港に付与した特別待遇を濫用・悪用していないか、これを監督し、牽制する機能が必要だったのです。「香港人権法案」には「香港政策法」の強化版としてこの機能が盛り込まれました。

さらに、上記の監督・監査権に加え、罰則も用意されました。香港の自治権の毀損が認められた場合、米国は香港に与えてきた特別待遇を打ち切ることができるようになります。

香港の人権や民主・自治を侵害した者に対して、米国における資産を凍結したり、米国入国を拒否したり制裁することも可能になります。この制裁措置の意義が非常に大きいのです。たとえば、今回のような市民抗議活動に対して当局が武力を動員して鎮圧したりすると、その関係する当局者らが制裁対象とされる可能性が出てきます。

「香港人権法案」の下で、米国国務長官は香港が「中英連合声明」や「基本法」、「国際人権規約」等に基づき、人権や自由ないし自治をきちんと保障しているかどうか、人権侵害で制裁対象となる人物がいるかどうかを検証し、毎年レポートにまとめて米国議会に提出しなければならなくなります。

分かりやすくいえば、香港は上場企業のようなもので、経営の透明性が必要であり、それを検証する監査役を米国が引き受け、毎年監査報告書を作成し、開示し、そこで国際社会の信頼を得るということです。

中国がこの法案に激しく反発している理由としては、これで香港独立の機運が高まるのではないかという懸念が挙げられています。米国は、それは違うと反論するでしょう。民主と人権はいずれも一国二制度、基本法によって保障されている権利なのですから、これらについて国際社会の監督を受け、問題なく太鼓判を押されれば、逆に香港の信頼度の向上につながるのではないかという論理です。

詰まるところ、香港は国際都市であり、オープン、透明でなければ、国際社会は困ります。もし、中国がどうしても独自のルールで香港をコントロールし、「私物化」するのであれば、やがて香港が中国の一地方都市と何ら変わりのない存在になります。

そうした状況になって、中国が一方的に香港は自由だと主張しても、誰も信用しません。ましてや米国が特別待遇を与え続けるなど、そんな虫のいい話はありません。

9月3日付けのワシントン・ポストは、マルコ・ルビオ上院議員(共和党)の「中国は香港で本性露呈、米国は傍観できぬ(China is showing its true nature in Hong Kong. The U.S. must not watch from the sidelines)」と題した寄稿を掲載しました。その一節を以下に抜粋します。
香港の特殊な地位に注目してほしい。それはつまり、独立関税区域として開放的な国際金融システムや、米ドルペッグ制(連動制)の香港ドルがあって、北京はこれらの仕組みを利用して利益を得ていることだ。だから、米国は行政的に外交的にこれらの条件を制限しなければならない。さらに、マグニツキー法を生かす方法もある。人権侵害にかかわる当局者の個人を制裁することだ。マグニツキー法は外国の個人や組織を制裁することを認めている。
マグニツキー法という枠組みがあるなか、香港にフォーカスした「香港人権法案」で条件を具体化し、監督・監査機能と罰則を強化するという緻密なアプローチです。

もっと驚いたことに、ナンシー・ペロシ下院議長(民主党)だけでなく、民主党上院議員のチャック・シューマー氏まで法案賛成に回っています。

氏は9月5日、翌週に開かれる議会で「香港人権法」の審議と議決を目指すことは民主党議員にとって最優先任務の1つであるとし、「香港市民が言論の自由をはじめ、その他基本的権利を行使するにあたって、われわれは中国共産党の取った行動に対して姿勢を示さないといけない。これは大変重要なことだ。われわれは習主席に、『米国議会は香港市民側に立っている』という姿勢を示す必要がある」と述べました(9月4日付けボイス・オブ・アメリカ)。

ペロシ下院議長とシューマー上院議員といえば、誰もが知っている通り、トランプ大統領の2大天敵です。この2大天敵が対中姿勢、殊に香港問題においてはトランプ大統領側に立っているだけでなく、ある意味でトランプ氏よりも強硬姿勢を示しているのです。

ペロシ下院議長(左)とシューマー上院議員(右)

中国にとってもはや選択肢は残されていません。「香港人権法」が可決されたため
、中国は苦境に陥るでしよう。

このブログでも以前、この法律について述べたことがあります。以下にその結論部分を掲載します。
そもそも、トランプ大統領の意図など全く別にして、習近平国家主席が中国の誇りであるべき自由都市、そして、台湾に安心をもたらす自治政府の一例である香港に不必要なダメージを与えようとしているのなら、米国は中国政府を信用することなどできません。 
これは、トランプ大統領の意思がどうのこうのと言う前に、米国の意思であることを理解すべきと思います。
 はっきり言えば、トランプ政権がどうのこうのということは別にして、中国はかつてのソ連のような米国の敵となったということです。

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2019年11月19日火曜日

日米貿易協定承認案が衆院通過―【私の論評】日米FTAが「沢尻エリカ問題」よりもニュースバリューがない理由はこれだ(゚д゚)!

日米貿易協定承認案が衆院通過

日米貿易協定承認案が賛成多数で可決された衆院本会議=19日午後 

衆院は19日の本会議で、今国会の最重要課題となっている日米貿易協定の承認案を与党などの賛成多数で可決した。承認案は米国産農産物への関税を撤廃・削減する一方、米国が日本車への追加関税を課さないことなどを確認する内容で、日米両政府は来年1月1日の発効を目指している。

 日米貿易協定では、米国の牛肉や豚肉、小麦、乳製品の一部などで現在の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)並みに関税を引き下げる。米側は日本車への追加関税や数量規制を発動しないことを約束した。

 政府・与党は当初、衆院通過後30日で自然承認される憲法の衆院優越規定と12月9日までの今国会会期を念頭に、今月8日の衆院通過を目指していた。しかし、閣僚の相次ぐ辞任などの影響で衆院外務委員会での審議が停滞し、予定よりも衆院通過がずれ込んだ。

 承認案をめぐる与野党の攻防の舞台は参院に移るが、会期末までに参院外務防衛委員会で審議できる日数は限られており、政府・与党は会期内の承認に向けて万全を尽くす考えだ。

【私の論評】日米FTAが「沢尻エリカ問題」よりもニュースバリューがない理由はこれだ(゚д゚)!

このニュース「桜を見る会」や「沢尻事件」に埋没してしまい、テレビ・新聞などではほとんど報道されませんでしたが、これは重要なニュースであることには違いありません。

沢尻エリカ

ただし、ここまで埋没したのには、それなりの理由があります。それは、日米はこの協定を結ぶまでもなく、もともと貿易をしており、さらには新たな貿易協定を結ぼうとしたのは、米国のほうからだからです。

それ以前に、米国からはオバマ時代にTPPを提案してきたのですが、トランプ氏が離脱を決めました。

そうして、新たに日米FTAを結ぼうと提案してきたのは、トランプ大統領のほうです。日本から言い出したことではありません。

米国が自分の言い分だけを言い立てて、日米FTAの交渉を困難なものにしてしまえば、日本側としては断れば良いだけです。断った上で、TPPへの加入を提案すれば良いだけです。

トランプ政権としては、このような対応をされれば、TPPに入るか入らないかの選択をするしかなくなります。米国にとってだけ、都合の良い日米FTAを強要するようなことはできません。どうしても、日米FTAでなければ嫌だというのなら、日本にとっては新たな貿易協定を結ばず、今まで通り貿易をすれば良いだけです。

まさに、現在日本は世界の自由貿易をリードしていると行っても良い状況です。以前から、このブログで日本が世界の貿易をリードしていると主張してきており、半信半疑の人もいたかもしませんが、今回の日米FTAが「さくら」「沢尻」でかき消されるほどの出来事になっていること自体が、日本が世界の自由貿易をリードしていることの証左であると考えます。

もし、そうでなければ、直近のテレビでは、TPPの時にTPP芸人(TPPで日本が絶望的に不利なると手中していた人々のこと)が大勢出てきたように、FTA芸人がテレビなどを連日賑わせていたことでしょう。

現在テレビ・新聞報道には、ほぼFTA芸人はでていませんが、サイトでは多少見かけます。そもそも、国会でFTAがほとんど扱われないということが、事実を物語っているようです。そうでなければ、蓮舫さん等が、国会で「FTAがー、FTAがー」とー金切り声をあげているはずです。

本日国会を通った、日米FTAは、米FTAのうちの一部分をなすものなので交渉は今後も継続されるものです。いわゆる「為替条項」「ISD条項」といったものは今回は入っていません。

さらに、これらの条項が今後取り入れられたとしても、「財政政策が不可能になる」可能性は限りなくゼロに近く、「公的医療保険が廃止される」可能性も明確な根拠がありません。

とはいいながら、日米FTAは、域内の人口を合わせると、4億人を超える規模ですし、さらには、自由貿易圏内では、第一と第二位の大きな経済国を含む経済的には、大きな協定ですので、以下のその概要を掲載しておきます。

日米間で協議・会合が行われてきた日米貿易協定が2019年10月7日ワシントンDCにて署名されました(両国の国内手続完了通知後30日、または別途合意する日に発効)。年明けにも発効される見込みであり、世界のGDPの3割を占める経済大国である両国間の貿易協定として大きな経済効果がもたらされます。

デジタル貿易に関する協定を除き、日米貿易協定の内容としては現状物品貿易に限定されたもので、他のFTAと比べてサービス等は含みません。日米貿易協定の内容については各方面から発表されており、すでにご存じの内容を含みますが、本ブログでも改めて協定内容を確認していきます。

品目の税率について

品目の税率について、日本と米国それぞれ関税撤廃・引き下げする品目を定めています。

(1) 日本への輸入

日米貿易協定においては、農林水産品に係る日本側の関税について、TPPの範囲内となるよう税率が設定されました。例を挙げると、牛肉、豚肉、ホエイ、チーズなどになります。

TPPとの違いとしましては、コメは本協定から除外されており、日本のコメ農業界保護がとられました。また、脱脂粉乳・バターなど、TPPで関税割当枠が設定された品目について、新たな米国枠を設けないことになりました。

日米貿易協定では、取り決めがされた品目のうち、即時撤廃のもの、段階的関税撤廃・引き下げのものがありますが、そのほとんどは段階的関税撤廃・引き下げとなります。ただし、牛肉、豚肉、ホエイ等の特定の農産品に対し、輸入合計数量が一定の発動水準を超えた場合はセーフガード措置をとることができます。

また、グリセリン、ペプトン、ステアリン酸など化学製品についても関税引き下げされています。

鉄鋼製品、卑金属製品など有税工業品については、日本側は譲許していません。

(2) 米国への輸入

日本からの米国の乗用自動車の輸入については、現状の関税2.5%となりました。ただし、自動車・自動車部品について、米国譲許表にさらなる交渉による関税撤廃の取り組みがされることが明記されており、今後交渉される余地は残されています。また、首相大統領間の確認として日米貿易協定の履行中は米国通商拡大法232条の自動車・自動車部品への追加関税がされないこととされています。

日本が米国に輸出するその他工業製品では、幅広い品目で関税が撤廃・引き下げされることになります。

例えば、高性能機械・部品等として・マシニングセンタ、工具、旋盤、鍛造機、ゴム・プラスチック加工機械、鉄製のねじ、ボルト等や、日本企業による米国現地事業が必要とする関連資機材(エアコン部品、鉄道部品等)、今後市場規模が大きくなる可能性のある先端技術の品目(3Dプリンタ)、そのほかカラーテレビなどが関税即時撤廃・引き下げとなります。これらの品目について、今後関税無税となっていくものも多いため、工業製品を扱う日本企業についてはビジネスチャンスといえます。

原産地規則

日米貿易協定は原産地規則について規定しています(日本においては協定附属書Ⅰ、米国は協定附属書Ⅱによりそれぞれ規定されています)。関税撤廃や引き下げの恩恵を受けるため、この原産地規則上、日本原産または米国原産と認められなければなりません。

それぞれの附属書において、原産地規則の細かな定義付けがされていますが、実質的変更基準を満たす産品として、関税分類変更基準が両国でとられています。いずれかの類の非原産材料からの生産または産品が該当する類、項もしくは号への、他の類からの変更(CC)や、同様にいずれかの項から他の項への変更(CTH)、いずれかの号から他の号への変更(CTSH)がそれぞれの品目別に定められています。

この実質的変更基準を満たすかどうか判断するため、産品や一次材料のHSコードを都度確認し確定していく作業が重要です。また、原産地についての申告内容が正しいことを担保するため、根拠資料を保管しておくことも大切です。

その他、関税分類変更基準を満たさない非原産材料を含む場合であっても、酪農調製品など一部の例外を除き、全ての当該非原産材料の価額が当該産品の価額の10パーセントを越えず、他の要件を満たす場合は当該産品を原産品とする僅少の規定がされています。

今後の動向・企業への影響について


日米貿易協定の内容としては現状物品貿易に限定されたものであり、また譲許された品目については日本向けについては主に農産品、米国では主に工業品であり、すべての品目をカバーしていません。

インドタイFTAのように、アーリーハーベスト(あらかじめ交渉項目が本妥結に至る枠組みを決めたうえで、先行して自由化を進める品目を決めていくもの)の制度は設けてられていないため、将来的にさらに取り決めがされていくか不透明なところがあります。一般最恵国待遇(MFN税率)の例外としてGATT24条により、FTAを結ぶことが認められていますが、FTAといえるためには構成地域の原産の産品の構成地域間における実質上のすべての貿易について廃止がされることが要求されています。

日米貿易協定上、将来の関税削減に向けた交渉を予期される記載 (日本へ向けた農産品、米国へ向けた自動車及び自動車部品の関税削減のための交渉) がありますし、それ以外の品目についても交渉により、さらなる関税撤廃・引下げが行われていくのか注目されます。

以上のような今後の日米交渉の動向に目を向けつつ、米国が主要マーケットである多くの日系企業にとって、グローバルサプライチェーンの構築について、改めて検討していくことが有益です。原産地規則やコンプライアンス体制も考慮しつつ、日米貿易協定で関税が引き下げられた工業製品について、海外原産から日本原産へシフトしたサプライチェーンへの変更を検討したり、自動車・自動車部品について、当面追加関税のされない日本原産を主として米国へ輸出する体制を構築することも考えられます。以上は例示にすぎませんが、適用可能な関税プランニングを適切に見極め、実行することが関税削減ひいてはコスト削減につながります。

(日米貿易協定)税率引き下げ例

日本への輸入
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米国への輸入
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現在、「沢尻」問題を、「桜疑惑」を隠蔽するために、安倍政権が画策したなどという、突拍子もないことを言う人がネットを賑わしているようですが、さすがにTPPのときのように、「FTA隠し」と騒ぐ人はほとんどいないようです。

桜を見る会

それは、そのようなことをしても、マスコミ等が取り上げないからです。そうして、これはマスコミの報道の自由などというものではなく、ニュースバリューが少ないからにすぎません。

それにしても、「沢尻問題」はまだわかるような気がしますが、「桜を見る会」が問題となり、日米FTAがニュースにならないというのも、なんだかなぁと思ってしまいます。

ただし、TPPの時のように、多くの人々に無用な心配をさせることがなかったということは、良かったのかもしれません。

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2019年11月18日月曜日

【映画】「一人っ子の国 (原題 – One Child Nation)」が中国共産党の正体と中国社会の闇を詳かにする―【私の論評】一人っ子政策は、民衆レベルでどのように実行されたのか?戦慄の事実(゚д゚)!




中国共産党が人口抑制策として、1979年から「一人っ子政策」を行ってきたことはあまりに有名だ。その効果が発揮され、中国の少子高齢化が急速に進んできたため、2015年にはこの政策を廃止し、2016年に「二人っ子政策」へと転換している。

また、何十年も実施してきた「一人っ子政策」の弊害として、中国では女性の数が圧倒的に少なく、結婚できいない男性が3000万人にも上ると報じられている

中国人口のアンバランスな男女比が原因で、今後30年内に、約3000万人の男性が数の上で結婚相手がいない状況に置かれると中国主要メディアが報じた。中国人男性の結婚難はすでに深刻な社会問題となっているが、今後も多くの「剰男」(余った男性、売れ残った男性)が出続けるとの見通しに、多くのネットユーザーの関心が集まった。 
 中国共産党機関紙、人民日報(電子版)がバレンタインデーを前にした13日、最近の人口に関する政府の計画や統計などを基に報じた。 
 それによると、2015年末の時点の中国の男性人口は7億414万人、女性人口は6億7048万人で、男性が女性より3366万人多かった。 
 男女別の出生比は、113・51(女児100に対して男児が113・51)。国際的にこの値は通常103~107とされるが、中国のケースは、これを軽く上回っている。
 別の統計によれば、80年代生まれの未婚の男女の比率は女性100に対して男性が136。70年代生まれでは女性100に対して男性が206と著しくバランスを欠いていた。 
 いびつな男女構成比は、1980年代半ばから見られるようになったとされる。1979年から36年間にわたって続いた「一人っ子政策」が大きく関わっているのは間違いない。−産経ニュース(2017.2.24)
しかし、「一人っ子政策」については聞いたことがあっても、そして中国で男女の人口比がいびつな状態であるというニュースを読んでも、それがどのように具体的に起きたのか、日本人そして世界のほとんどの人たちは知らない。

この疑問に答えたドキュメンタリー映画『一人っ子の国 (原題 – One Child Nation)』が、中国人映画監督のナンフー・ワンとジアリン・チャンによって制作された。監督の1人であるナンフー・ワンは、中国からアメリカに移住し、そこで男児を出産したことをきっかけに、母国中国で行われてきた「一人っ子政策」に興味を抱いたと映画の中で語っている。

中国で「一人っ子政策」が厳格に守られてきたのは、避妊具が普及していたからではない。また、男児が女児をはるかに上回る比率で生まれたのは、産み分けが行われたからでも早期の堕胎が行われたからでもない。「一人っ子政策」を厳格に守らせるため、そして人民の間では男児を強く望むあまり、ありとあらゆる非人道的な行為が行われてきた。この映画は、中国社会そして中国共産党の闇を白日の下にさらしている。

さらにこの映画が明らかにしている衝撃的な事実は、中国の孤児を引き取って養子にしてきた欧米人の多くが、実は中国による壮大な人身売買ビジネスに「多額の手数料を払う顧客」という形で加担してしまっていたということだ。

「不幸にも親から見捨てられた中国人孤児の里親になる」という良心から行なっていた行為が、実は中国国内で赤子を無理やり両親から引き剥がすという人身売買に加担する行為だったことをこの映画は明らかにしている。

とある孤児院は、中国人孤児を引き取りに来た欧米の里親のほとんどに対して、「この子は段ボール箱に入れられて捨てられていたのです」という同じ作り話を何十年も続けていたと、実際に中国人孤児を引き取ったアメリカ人男性が映画の中で語っている。彼はアメリカ人の里親に引き取られた中国人孤児について追跡調査を行なっており、孤児たちとその中国人の母親たちのDNAのデータベースを構築し彼らを引き合わせる活動を行なっている人物。

この映画はアマゾン・プライムが配信している

【映画の予告編】





(あいにく日本語字幕がついた予告編は見当たらなかった)


【私の論評】一人っ子政策は、民衆レベルでどのように実行されたのか?戦慄の事実(゚д゚)!

この映画、かなり背筋が寒くなる映画でした。はっきり言って、スティーブン・キングのホラー小説など霞んでしまうくらいの、恐ろしさでした。

これは、ドキュメンタリー映画なのですが。この『ワン・チャイルド・ネイション』、…邦題は「一人っ子の国」ですが、これは中国のことです。この映画は一般に封切りされたのかどうかはわかりませんが、現在アマゾンプライムでご覧になることができます。


このドキュメンタリー映画の監督は中国の田舎で生まれて後に、米国の大学を卒業して、現在はドキュメンタリー映画の作成をされている、1985年生まれのワン・ナンフー(Wang Nanfu)さんという人が作成したものです。

この映画の作成にあたり、この方は1人で中国に行って。自分でカメラを持ってたった1人で撮影をしたものをもとにドキュメンタリー映画を作成しているのてす。

この映画は、たった1人で撮影せずに、普通のドキュメンタリー映画として撮影されていたとしたら、その内容が中国当局の知るところとなり、絶対日の目をみなかったと思います。


この映画では、ワン・ナンフーさんに子供が生まれます。その赤ん坊が2ヶ月になったころ、その子連れて、米国から中国の田舎の親戚に見せに行くのです。

そうして、中国で自分が生まれた頃の話を聞いて回るんですが、そのワン監督が生まれた頃、ちょうど中国では一人っ子政策をずっと続けていたのです。

このドキュメンタリー映画は、ワンさん自身は、当時一人っ子政策がどのように実施していたのかということは、知りませんから、それを聞いて回るっていう内容なのです。ご自身の母親や祖父などに、聞いて回るという粗筋なのです。

中国の「一人っ子政策」推進のポスター

中国の一人っ子政策は、1980年から2015年までの35年間実施されました。中国の一人っ子政策そのものは、多くの人が聞いて知っていることですが、実際にどのようにして実行されていたのかを知っている人は少ないと思います。

映画の中で、ワンさんは、それを具体的に実行した人たちである、彼女の母親、祖父等に聞いて回っているのです。ちなみに、彼女の父親はすでに亡くなっています。

このドキュメンタリーの撮影では対象者を緊張をさせないように、通常のドキュメンタリーのスタッフである、照明係や、音声係などの人員はあえて使わずに、彼女自身が民生用のホームビデオのカメラで撮影しているのです。

映画の中で、ワンさんは、それで「私が生まれたときは、どうだった?」という質問をしてまわると、「女の子だから困った」って言われたのです。

ワンさんは、「ナンフー」っていう名前なのですが、「ワン・ナンフー」を漢字で書くと「王男栿」なのですが、これはつまり、「男の大黒柱がほしかった」ということでそのような名前にしたそうです。
ワンさんが生まれたのは都市部ではなく田舎でしたから(都市部と田舎では戸籍も異なる)、お金を支払って。あとは1人目が生まれた後に5年たてばもう1人、生んでも良いということになっていたそうです。田舎は農家多いですから、人手がないと農家の運営が大変だからっていうことで、特別な措置が取られていたようです。

その後ワンさんには弟が生まれたそうですが、祖父の話を聞いていたら、弟以外にも「女の子が生まれたが捨てた」っていう話が出てきたのです。

そこでワンさんが、「どうして?」って聞くと、「女の子が2人、生まれたりしたら、男の子を持てないから」という返事をしたというのです。

中国は韓国や日本と同じで男が家を継いでいくっていう、考え方があります。中国は特にその名字の問題がありね名字は夫婦別姓で女性の方が結婚をしても名字がもらえないのです。そういう差別があります。

ワンさんが、「どうして捨てたのか?」と母親に尋ねると、おじいさんに、「『捨てないと村八分にされるから、非国民になるから、捨ててくれ。もしあなたがその女の子を捨てないなら、私が殺すか、私が自殺する』という風にプレッシャーをかけられた」というのです。

つまり、男の子が生まれないと後も継げないから。自分自身が女性なのに、「男が生まれないから悲しい」って言うのです。

そうして、男である弟が生まれるまで、女の子ば殺し続けられたということなのです。

このワンさんは、地域のお産婆さんに会いに行くシーンもありました。ワンさんが自分を取り上げたお産婆さんに「覚えてますか?」と聞くと、「覚えているよ」と応えていました。

さらに、ワンさんが「何人ぐらい取り上げたんですか?」と聞くと「それは覚えてないけども、5万人殺したことは覚えている」って言われのです。

では、実際にどういうことが行われていたかというのは写真も残っていて今でも見ることができます。当時は、不妊手術ゃ中絶が国家によって奨励されていましたから、写真に撮って記録していたのです。

しかし、無論多くの女性にとつて、これは嫌なことでした。どんな子でも育てたいから、拒否しようとすると、産科でその場で縛り付けて強制的に手術をしちゃうなどのことが行われていたのです。

子供が、1人生まれて、2人生まれて、3人目は生まれないようにする手術とか、強制中絶とか、それを写真に撮って国家が奨励していたのです。言ってみれば、地獄のような世界だったのです。これが、ついこの間2015年あたりまでまで横行していたということです。

ドキュメンタリー映画には、カメラマンが1人、出てきます。その人は1980年代ジャーナリスティックなアート写真を撮っていて。中国ではその当時、ゴミがそこら中に捨てられていて。産業廃棄物とかの不法投棄がひどかったんです。


その実態を撮影しようとして、ゴミ捨て場の写真を撮っていたら、そこに人形みたいなものがあることに気がついて、よく見たら普通に出生した赤ん坊の死体だったというのです。

そのカメラマンは、さらに、いろんなゴミ捨て場を撮って回ったのですが。そこいら中のゴミ捨て場に、赤ん坊の死体が遺棄されていたというのです。

一人子政策を実行したがため、中国社会ではこのような酷いことがまかり通っていたのでする。また、子供が生まれたことを隠している人もいました。妊娠を隠していたり、子供が生まれたことを隠して、匿っていたりする親とかもいたのですが、官憲がその家に強制的に入って、子供をさらっていくなどのことが行われていました。。

ワン監督はそういうことを聞いて回るんですが。何でみんながそのような悍ましいとを話してくれるかっていうと、当時ははそれが国家に奨励されていたことで、そのことをしていたことは誇りと思っているようです。

これは、到底信じがたい話かもしれません。2012年『アクト・オブ・キリング』というインドネシアを題材としたドキュメンタリー映画がありました。あれはインドネシアで共産党員の人たちとか、中国系の人たちを虐殺した当事者たちにインタビューをしていくっていう筋でした。

当時インドネシアでは100万人以上が殺されました。ちょうどデヴィ夫人がインドネシアにいた頃に重なります。映画の中のインタビューて殺した人たちは国家の英雄になっていましたから、最初は自慢げに話していました。

中国を題材としたこのドキュメンタリー映画でも、このようなシーンがありました。中国計画出産協会という組織があり、そこが不妊手術や強制中絶を実施した主体です。そこで金賞をもらって表彰を受けた人で、それこそ10万人等というおびただしい数の処理をしたという女の人が出てきます。その女の人が、「勲章をもらって褒められたことをいまでも誇りに思う」って語るのです。

そのため多くの人は、残虐行為を悪びれずに語るのですが。ただ言いながら、だんだんと自分のやったことに耐えられなくなってくるようです。先にでてきた、お産婆さんはもう本当に罪の意識でいまも手が震えると語っています。

いまは中絶等は全部やめて、不妊治療の相談役をやっているそうです。「罪滅ぼしをしているんだ」ってその人は語っています。80歳ぐらいのお産婆さんなのですが、「私は子供が好きで産婆を始めたのに、なんでこんなことをさせられたんだ」というのです。

さらに、当時は中絶だけではなく、女の子が生まれると、カゴに入れて路上に放置というようなことが行われていたそうです。

その頃は中国の田舎に行くと、路上にいっぱいカゴがあって、そこいら中に赤ん坊が放置されているような状態だったそうです。そのまま餓死したり、動物に食われちゃったりするんです。それが、2015年までの、中国なのです。


40年間で道に捨てられてた35人もの子供を拾い救ってきた女性

このようなことが横行していたのは、政府が奨励をしていたからです。当時は、1958年から61年に毛沢東が「大躍進」という名前の工業とか農業の改革をやって大失敗ばかりで、3000万人から7000万人が餓死するという事態が起こったので、このまま人口が増えれば中国人が大勢餓死をしてしまうという危機感がありました。


だから政府が人口を減らそうとしたので。ただし、これ自体はもともとは、中国の考え方ではなく、18世紀のイギリスでロバート・マルサスという人が「このままだと食料がどんどんと足りなくなって餓死者が出るから人口自体を減らせ」ということを提唱したことがあったのです。

これは、本来なら実際の農産物などの生産量を増やせば済むことなのですが、いまだにそのマルサス主義が時々、噴出することがあります。「人口を減らせ!」っていう考え方はは、それが中国で噴出したのですが、最近も「人口を半分に減らせ!」みたいな人がいました。これは、映画『アベンジャーズ』の中にでてくるサノスという宇宙の帝王です。

しかし、時々こういう考えが現実世界に噴出することがあるのです。「経済が落ち込んでいるから人口を減らせば良い」などという形で出てくることがあるのです。そうして、堅実に中国はそれを徹底的に実施して、実際にその1980年から2015年までの35年間に4億人の人口を抑制したとしているのです。

中国の一人っ子政策の時代にう待たれた年代の人々は圧倒的に男性が多いです。男性は女性よりも3000万人以上多いと言われています。そのため、3結婚ができない男性が増えています。

この映画には、道端に捨てられている赤ん坊を見て「これはひどい」と思った人がいて、その子たちを拾って回って都会の孤児院に売っていた人も出てきます。

中国では孤児院が1992年ぐらいから外国に養子縁組をして、というかはっきり言うと赤ん坊を売り始めたのです。10万人以上が中国から米国等に売られていったそうです。

その金額もかなり高いものでした。値段はまちまちでしたけども、それが中国という国自体の大きな収入にもなっていたのです。

ところが、道端で拾った赤ん坊を孤児院に売っている人たちは結局、逮捕をさたのです。家業としてやっていたようですが、これらのトビとが10年ぐらいの刑を受けたりしているのです。この映画の中にもそのような人が出てきてインタビューを受けているのです。しかし、彼らは赤ん坊を助けていたのに、刑務所に入れられて、一方で赤ん坊を殺していた人たちは国家から奨励されていたのです。

この映画、このように、すさまじい内容でした。この監督は本当にカメラ1台で中国国内をインタビューして回っていました。ただ、下手すると中国当局に拘束をされるかもしれないいうことで、いつもGPSを携行していて、ニューヨークにいた共同監督が彼女の居場所を常にサーチしながら、拉致されたり拘禁されたりしていないかどうかを調べながら撮影したとされています。

この映画では、当時の中国当局がどのくらいのプロパガンダをやっていたかもわかります。当時は、子供を減らすということがどれだけ国にとって貢献をすることなのかっていうことを徹底的にテレビやドラマ、CM、芝居、歌などありとあらゆる形で政府がプロパガンダをしていました。そうして、多くの人々が完全に洗脳されたことも明らかにしています。

その結果、いまどうなっているのかというと、先日上海に行った人が聞いたのですが、1人小さい子が歩いていると、その後ろに6人ついていく光景を見たそうです。お父さんとお母さんとそれぞれの祖父母が。6人の親と祖父母の面倒をその1人が見るっていうことです。ね。

子供のときには、「小皇帝」などといわれ、可愛がられているのでしょうが、他の6人が高齢化したら、それを1人で介護しなければならなくなるということです。中国はすでに超高齢化社会に突入をしていて、中国という国自体の存続も非常に危うくなっています。


現在の中国はもうギリギリになって2人っ子政策を始めているのですが、もう遅すぎるかもしれません。一人っ子政策で、殺された子供たちとは一体何だったのでしょうか。それでも、当時母親だった人たちは、「私たちは間違っていない。政府に言われた通りにやっていたんだ。他にどうしようもなかった。それが正しいことだと思わされていたし、思っていた」って答えるのです。

このドキュメンタリー映画で、自分の小さな子、赤ちゃんをその監督は中国に連れて行きます。その子たちを見たインタビューをされる相手はみんな、「ああ、かわいい、かわいい!」って本当に子供を愛する普通の人たちなのです。

本当に善男善女の素晴らしい国民たちだからこそ、あのようなことをしてしまったのかもしれません。彼らは中国では模範的な人民であり、愛国者なのです。良い人たちなのです。

素晴らしい人たちだからこそ、政府が狂った時には全部恐ろしいことをやってしまうのです。ナチスドイツの時代では「良い国民、素晴らしい人」と言われていた人たちはユダヤ人を密告する人たちでした。ユダヤ人をかばう人たちは非国民と言われたのです。

いつまでたっても、世界中どこでもそんなことを繰り返し続けているのです。本当に、恐ろしい映画でしたね。見終わった後には、すぐには立てなくなるくらい衝撃を受けました。

以下に、TEDでナンフー・ワンさんが、中国の一人っ子政策について語っている動画を掲載します。これも是非ご覧になってください。TEDのサイトからご覧になると、日本語のスクリプトもごらんになることができます。




この映画、たった1人の女性が、がこの映画を撮影しているというところが、圧巻です。彼女は「中国を出て、米国に留学をするまでこんなことだとはまるで思わなかった。外に出てみないとわからない」って言っていました。

プロパガンダの対象にされているということは、日々淡々と送っているだけでは認識できないのです。『ワン・チャイルド・ネイション』、すさまじい映画でしたが、日本でもおアマゾンプライムでご覧になることができます。ご覧になっていない方は、是非ご覧になってください。


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