2021年9月14日火曜日

日本、東南アジアでテロ攻撃の可能性があるとして在住邦人に警告―【私の論評】アフガンで多くのテロ集団等が拮抗し長い間膠着状態となり、テロが世界中で蔓延する可能性は十分にある(゚д゚)!

日本、東南アジアでテロ攻撃の可能性があるとして在住邦人に警告


東京:外務省は13日、テロ攻撃の可能性があるとして、東南アジア6か国にある宗教施設や混雑した場所に近づかないよう邦人に警告した。

外務省によると、「自爆テロなどのリスクが高まっている」という情報があったという。

この警告はインドネシア、フィリピン、シンガポール、マレーシア、タイ、ミャンマーに住む邦人に向けたものだ。

このうちの数か国では、そのような脅威について何も知らず、また情報源についても日本側から伝えられていないため困惑している。

タイ外務省のTanee Sangrat報道官は、日本はこの件に関する情報源を明かさず、日本大使館も「タイに限った話ではない」こと以外に何も把握していないと述べた。

キサナ・ファサンナチャロエン警察副報道官は、タイの治安当局は、脅威の可能性について何の情報も得ていないと述べた。

同じく、フィリピン外務省も脅威が高まっているという情報について何も知らないと述べた。一方、インドネシア外務省のテウク・ファイザシャ報道官は、現地の邦人に警告が出されたこと自体を否定した。

この短い警告文の中で、日本は自国民に対し、現地のニュースや情報に注意し、「当分の間」は警戒するよう促しているが、具体的な期間やその他の詳細については触れていない。

日本の外務省は、情報源の開示や他の国々との共有に応じていない。

今回の注意喚起は関連する国々の大使館に出され、邦人に伝えられたという。

【私の論評】アフガンで多くのテロ集団等が拮抗し長い間膠着状態となり、テロが世界中で蔓延する可能性は十分にある(゚д゚)!

そのようなことを述べれば、カントリーリスクを疑われ、投資などを控えられたり、外国の企業が撤退するおそれもあります。よほど目前に明らかに、脅威が迫っている場合を除いて、いずれの国でも、テロの脅威など喧伝しないのが、国益にかなった行動といえます。

しかし、本当にテロの脅威が高まっていないと思っているとしたら、あまりにインテリジェンス能力に乏しいといわざるをえません。

なぜなら、私のような素人でさえ、国際的なテロの危険を感じるからです。それも、単なる不安などではなく、様々な情報をあたれば、その危険をひしひしと感じるからです。

世界に衝撃を与えた米同時テロから11日で20年となりました。米国は8月末でアフガニスタン戦争に幕を引きましたが、テロとの戦いに終わりは見えません。

2001年9月11日、国際テロ組織アルカイダ所属のテロリストが民間機を乗っ取り、ニューヨークの世界貿易センタービルに突っ込みました。その後のアフガン戦争は、テロ組織を根絶やしにするはずでした。

ハイジャックされた航空機が衝突し、炎上する世界貿易センタービル(ニューヨーク、2001年9月11日)

しかし20年に及ぶ戦争で米国は疲弊。イスラム主義組織タリバンの復権を許し、最終局面ではIS系勢力の自爆テロを受けました。投げ出したかのような撤収の失態も新たなリスクになりかねないです。

アフガン南部カンダハル。1日のタリバンの軍事パレードでは、米製ヘリコプター「ブラックホーク」が旋回しました。ドローンや軍用車両「ハンビー」、自動小銃M16。米国が旧政府軍に提供した武器がタリバンの手に渡りました。同国には約20のテロ組織があるとされ、アルカイダなどに流れる懸念さえあります。

テロの脅威は「アフガンをはるかに超え、世界中に転移している」(バイデン米大統領)。米国務長官が指定する外国テロ組織は70を超え20年で約2.5倍に増加しました。


米ブラウン大によれば、米国は対テロで18~20年に7カ国でドローンを含む空爆を実施し、79カ国で現地治安部隊などを訓練しました。

タリバンの勝利で、各地のテロ組織は勢いづいています。アルカイダ幹部はタリバン復権について「歴史的勝利だ」と称賛し、米への再攻撃を辞さない構えをみせています。

テロ組織の活動も20年で大きく進化しています。

「暗号資産(仮想通貨)の寄付集めを含む洗練されたサイバー技術だ」。米司法省は20年8月、アルカイダやISなどのテロ組織から数百万ドルの仮想通貨を押収したと発表しました。

米連邦捜査局(FBI)のレイ長官は6月、ランサムウエア(身代金要求型ウイルス)攻撃の脅威は、同時テロ並みだと危機感も示しました。今後、多くのテロ組織がサイバー空間での活動を本格化させる懸念が高まっています。

アルカイダや「イスラム国」を支持する武装勢力は東南アジア、南アジア、中東、アフリカなど各地にあります。それらの活動は基本的には地域的なものですが、数としては限定されるものの、これまでも現地にある欧米権益などはテロの標的になってきました。

昨今のアフガニスタン情勢が各地の武装勢力の士気を高め、テロ活動がエスカレートすることへの懸念の声も聞かれます。

たとえば、インドネシアでは歴史的にアルカイダと関係があるイスラム過激派「ジェマーイスラミア(JI)」や「イスラム国」を支持する「ジェマ・アンシャルット・ダウラ(JAD)」が活動しており、インドネシアの治安当局はネット監視を含め警戒を強めています。

新華社通信(8月20日報道)によると、インドネシアでは8月中旬に国内11州でテロ組織への一斉摘発が行われ、インドネシア独立記念日(17日)にテロを計画していた容疑で計53人を逮捕され、うち50人がJIのメンバー、3人がJADのメンバーだったといいます。

 ロイター通信(8月29日報道)によると、マレーシアではタリバンがカブールで最近拘束した「イスラム国ホラサン州」の戦闘員6人のうち2人がマレーシア人だったということで、政府はこの件で警戒を強めています。

また、英国の情報機関は7月、アフガニスタン情勢が悪化すれば、イスラム過激思想の影響を受ける英国人がアフガニスタンに渡り現地のテロ組織に参加し、帰国後、国内でテロを実行する恐れがあるだけでなく、アルカイダなどは自らの勝利と認識してネット上での広報活動を活発化させ、国内に潜む過激派分子が刺激を受け単独でテロを起こす危険性があるとの認識を示しました。

 今日、アフガニスタン情勢が直接的に、グローバルなテロリスクになっているわけではありません。しかし、アフガニスタンが再び内戦の模様を呈し、第2次タリバン政権と諸外国の関係構築が上手くいなかければ、中長期的にはこういったリスクが現実を帯びてきます。

アフガニスタンのイスラム主義組織タリバンは7日、暫定政権の主要閣僚を発表し、最高指導者アクンザダ師が声明で「すべてはイスラム法(シャリア)によって統治される」と宣言しました。首都カブール制圧後は穏健路線を掲げ、あらゆる勢力による「包括的な政府の樹立」を主張していましたが、強権統治時代からの幹部らが独占する体制となりました。

統治の基盤固めを急ぐタリバンは、国民に経済復興などへの参加を呼び掛け、国際社会に支援を要請しました。ただ、米政府は一部閣僚の所属組織やこれまでの活動に懸念を示しており、国内外の「タリバン政権の承認」は難航必至です。

現地メディアなどによると、閣僚ら33人が任命され、複数ポストは調整中。将来の国家体制を決める暫定政権だといい、首相のモハメド・ハッサン・アフンド師をはじめ、国連の制裁対象者や、米国が国際テロ組織に指定するグループ幹部らが名を連ねました。

タリバンの母体のパシュトゥン人が大半を占め、現段階で女性やガニ前政権のメンバーらは含まれていません。


2001年に崩壊した旧タリバン政権時代、厳格なイスラム法の実践を監督した「勧善懲悪省」も復活しました。女性の権利や娯楽が厳しく制限された当時、暴力的な取り締まりを行い、市民に恐れられました。

首相のアフンド師は「厳格な宗教指導者」とされ、旧政権で副首相などを務めました。バーミヤン巨大石仏の破壊を認める立場にあったとされています。

国際テロ組織アルカイダや、過激派組織「イスラム国」(IS)との関係を指摘されるタリバン最強硬派「ハッカニ・ネットワーク」からは、シラジュディン・ハッカニ指導者が内相に就任した他、幹部数人が閣僚に任命されました。アクンザダ師は政府の上位で意思決定する「評議会」(シューラ)を主導します。

暫定政権の発足を前に、派閥の主導権争いが伝えられました。タリバンの内情に詳しいパキスタン人専門家は「亀裂が深まるのを避けるため、ポストをすべて分け合った結果、排他的な政府となった」とみています。

これでは、第2次タリバン政権と諸外国の関係構築が上手くいくことはありません。そうして、アフガニスタンは内戦状態になるでしょう。

タリバン、旧アフガニスタンの軍の残党、アルカイダなどのいくつもの武装集団などが拮抗し、長い間膠着状態となり、紛争が継続されることになるでしょう。そうなれば、テロが世界中でエスカレートする可能性は十分にあります。

東南アジアでのテロは、その前哨戦になる可能性もあります。

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野党の地味な「大問題」…自民党総裁選「三候補」誰になっても、あまり変わらないワケ

「過大評価」河野氏、「過小評価」高市氏

 先週、河野太郎氏が自民党総裁選(19日告示、29日投開票)に出馬を表明し、岸田文雄氏、高市早苗氏と候補者が3名出そろった。19日の告示まで時間があるが、この3名が主軸になるだろう。  

いうまでもなく、自民党総裁選での有権者は自民党員だ。筆者は自民党員でもないので、総裁を選ぶ資格もないので、まったく部外者であり、テキトーな評論家と変わりない。

  とはいえ、「まずどうなるか」は誰でも興味があろう。新聞でも世論調査を行っている。

  例えば、9月11日の日経新聞である。この調査は、「日経リサーチが全国の18歳以上の男女に携帯電話も含めて乱数番号(RDD)方式による電話で実施し984件の回答を得た。回答率は43.3%だった」と書かれており、その方法では、先週本コラムで指摘した記事の調査よりは多少信頼できる。


  もっとも、自民党総裁選の有権者は自民党員であるので、自民支持層を調査しても正確なランダムサンプリングになっていない。自民党員名簿でもない限り、まともな調査は出来ないだろう。

  しばしば言われることに、自民党員は保守系のコアな支持層が自民支持層より多いということだ。ということは、河野氏の31%は多少過大評価、高市氏の12%は多少過小評価の可能性がある。 

 いずれにしても大胆にこの数字を元に考えてみよう。現時点で石破茂氏の出馬の可能性は少なく、もし出馬しないと河野氏に回る可能性があるとしても、河野、石破氏の自民支持層の44%は自民党党員ベースで過大評価になる。

  一方、岸田氏と高市氏の自民党支持層の30%は自民党員ベースで過小評価になる。となると、岸田氏と高市氏の自民党員ベースで過半数を超える可能性もあるので、今の時点で、河野氏が優位とはいえない。つまるところ、結果を予想できないという凡庸な中間結論になる。

世論調査はあてにならない

 自民支持層に限った世論調査としても、実際に投票するのは自民党員であるので、両者の差は必ず認識していないとマズい。まして、一般人に対する世論調査から、自民党総裁選を予測するのは無理だろう。

  ここで述べていることは、自民党員(含む国会議員)による総裁選では、一般人に対する世論調査は当てにならないという指摘だけだ。そうしたマスコミ調査で、河野氏が優勢といっても、それはどうかなと指摘しただけだ。

  しかし、そうした指摘をすると、河野推しではなく、他候補推しといわれる可能性もあったので、先週の本コラムでは、週刊誌の河野氏パワハラ報道も批判した。元国家公務員からみて、人事権をもたない他省庁大臣はパワハラ対象でもないし、公務員のルールとしては他省庁大臣と意見が違えば、自省の大臣に報告するだけで、週刊誌にリークするのはおかしいと書いただけだ。

  これに対して、筆者は「河野推しなのか」とも、週刊誌関係者から言われた。話のロジックから言っても、河野推しとは無関係で、公務員の在り方から問題といっただけだ。

  筆者は、もともと他人の批判をすることは少ない。もともと、価値観も基づいた発言はしないのをモットーとしているので、他人と事実認識で違いがあればいうが、価値観の違いで議論することはまずない。

  しかし、幸いなことに、今回の自民党総裁選では、靖国参拝も争点になっており、見応えのあるやりとりも少なくなく、これらを紹介することはできる。 

 9月12日フジテレビ「日曜報道」において、高市早苗氏が出演し、靖国参拝について堂々と持論を述べていた。橋下徹氏が、「中国に進出している日系企業は不利益を被っても、靖国に行くか」と言われても、「そうですね」と応じた。

  同時に、中国からの日系企業の回帰策や同盟国の理解を得るための努力という靖国参拝のための環境整備も主張していた。この点については、橋下氏のいう環境整備を否定しており、両者の政治スタンスの差が良く出ていた。

評価が分かれる三者の政策

 高市氏は、靖国参拝を外交問題にしないといっていたが、それは多くの人が賛成だろう。ただし、1972年の日中共同声明以来の長い外交経緯もあるので、高市氏にはそうした過去もクリアするほどの期待もしたい。

  筆者の個人的な経験でも、靖国参拝について内政干渉するなと中国にいうと、日本政府が中国政府へ持っている対外債権(円借款)の棒引きを要求されると噂されていた。そんなものを高市氏にぶっ飛ばしてもらいたいくらいだ。

  最後に、総裁選の3候補者の政策比較をしてみよう。いちおう出そろったが、やや不完全ながら、次表のとおりだ。
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  3人を評して、岸田氏は「標準人」、高市氏は日本版「鉄の女」、河野氏は「奇変人」と、ある番組で筆者は言った。

  そして、自民党内での政治スタンスについては、岸田氏は「中庸」、高市氏は「やや右より」、河野氏は「やや左より」だ。もっとも、自民党内なので、広い意味での「保守」ではある。

  自民党内のスタンスは幅広いが、やや右寄りが多いので、高市氏は右よりに見えるだろう。いみじくも、「鉄の女」のとおりブレずに自民党内のコアな保守に人気がある。そうしたコアの保守からみれば、河野氏は「保守」ではないとなるが、一方、柔軟に持論を軌道修正し、広いボリュームゾーンに手を伸ばしている。

  こうした「ブレないこと」と「柔軟な軌道修正」が今後の総裁選でどのような効果になるのか、気になるポイントだ。

  3候補の政策をみても、特に酷いというものはあまり見当たらず、価値観によって評価のわかれるものばかりだ。

「三候補」誰でもいい?

 経済政策は比較的価値観の差異が少ないが、それでも岸田氏の分配重視は価値観の違いがでてくるところだ。高市氏の投資・成長戦略も、官が中心のようであるので、ここも価値観が分かれる。 

 今の経済情勢では、岸田氏や高市氏は相当規模の経済対策をしそうであるので、大きな差はない。一方、河野氏は、出馬声明が遅れたからなのか、マクロ経済政策への言及があまり明確になっていないが、民間経済中心の改革指向であるのは、岸田、高市の両氏とは異なっている。 

 アベノミクスは、もともと(1)マクロの金融政策、(2)マクロの財政政策、(3)ミクロの成長戦略から成り立っている。この三つの組み合わせは世界標準なので、誰も否定していないが、三者で力点の置き場所は少し違っている。

  総裁選はまだ始まっていないが、これから各種マスコミにでて、いろいろと揉まれるはずだ。過去の総裁選では、思わぬ失言が命取りになったこともある。良くも悪くも、自民党総裁選だ。

  この自民党総裁選にやきもきしているのは野党だろう。総裁選が盛り上がるほど、自民党の支持率は落ちない。しかも、新型コロナの新規感染者数はさがるので、総裁選にも各候補は専念できる。 

 そして、総裁選後に、衆院解散が見えている。そうなると、野党の出番がなくなる。菅首相退陣で新候補者による総裁選のストーリーを考えた知恵者が自民党にいたわけだ。その知恵者にとっては、三候補の誰でもいいのだろう。

髙橋 洋一(経済学者)

【私の論評】経済対策では高市氏も欠点があるが、岸田氏は駄目、河野氏は破滅的!来年・再来年も考えるなら高市氏か(゚д゚)!

衆院解散と、その後の自民党政権の維持だけを考えた場合、確かに3候補のうち確かに誰が総裁になったとしても、その目的は達成できそうです。

総裁選後に、衆院解散ということになれば、野党の出番はなくなりますし、補正予算は衆院選後の国会においてなされることなるでしょう。そうなると、総裁選においては、各候補が大型経済予算を公約とするのは目に見えており、衆院選で勝利となれば、大型経済対策が実行されることになり、これに対してさすがの財務省も緊縮財政を主導することはできいないでしょう。

経済的にも、当面は誰が総理大臣になっても当面は、経済が順調に回復することが見込まれます。市場関係者は、それを敏感に感じ取ったとみえて、菅総理総裁選不出馬が決まってから株価も上がっています。

ただ、誰が総裁になってもこの状況は変わらないでしょうが、来年、再来年ということなれば、話は違ってきます。まともな経済対策を実行する総理であれば、来年、再来年も期待できます。

これを占うには、やはり3候補の経済対策を吟味する必要があります。

高市早苗氏

このブログでも以前取り上げたように、高市氏は、2%インフレ実現まではプライマリーバランス健全化を凍結するとして、拡張的な財政政策を行う考えを明言しています。岸田氏等とは異なり、経済の正常化と完全雇用実現の為に財政政策が有効な手段と、ある程度は認識しているようです。

一方、9日の記者会見では言及しなかったのですが、大企業の現金保有に対する1〜2%課税(1~2兆円の増収)、炭素税の導入、金融所得税30%への増税、を行う考えが一部メディアで報じられています。これらの新たな増税政策と、プライマリーバランス健全化凍結の整合性は曖昧といわざるをえません。

拡張的な財政政策を徹底するならば、米国のトランプ前政権が行った減税政策が手段の一つですが、それは全く高市氏の念頭にはないとみられます。増税と歳出拡大を同時並行で行えば、マクロ安定化政策としての財政政策の効果は大きく低下します。

企業の現金保有への課税が、設備投資や賃金に企業が支出を促すと考えているのかもしれないですが、課税強化で企業行動を締め付ける対応が妥当であるようには思えないです。脱デフレを実現することによって企業経営者が抱いているデフレ期待を完全に払拭することが、企業の支出性向を高める確実な方法です。

新たな増税を行いながら、2%インフレと経済正常化を後押しする財政政策が実現できるのかは、甚だ疑問です。仮に、産業政策によって権益者に対して政府歳出を行うために増税することが政治目的になっているのであれば、「拡張的な財政政策」というのは看板倒れの政策になるリスクがあります。

ただ、高市氏は「ニューアベノミクス」を掲げており、安倍前首相の支持を得たと一部で報道されています。経済成長を最優先させるマクロ安定化政策に対する理解を深めつつ、保守的な経済官僚や既得権益としっかり対峙できる経済閣僚が登用されれば、「ニューアベノミクス」が機能する可能性は残るでしょう。


一方岸田氏は、6月11日に経済政策を検討する議員連盟を設立、これに、安倍晋三前首相と麻生太郎財務相が最高顧問に就任しています。岸田氏が、安倍前首相らの経済政策の路線に歩み寄り、またアベノミクスの生みの親として著名な山本幸三議員が、この議連を支えています。

こうした政治活動を通じて、岸田氏は「アベノミクスによって私たちの経済は大きく変化した」と、安倍・菅政権の経済政策に対して一定の評価を行ってはいます。

一方、「これからは成長の果実を多くの人々に享受してもらうかが大変重要になってくる」とも述べており、河野氏と同様に再分配政策を重視しているとみられます。河野氏もそうなのかもしれないですが、本音では経済成長はもう十分であると考えている可能性があります。

岸田氏は9月4日に、「国債を財源に今必要とされるものには思い切って財政出動しなければいけない」「当面、消費増税にさわることは考えていない」と発言した。新型コロナという非常事態に財政支出を拡大するのは、菅政権を含めどこの国も行っている対応だし、具体策はこれまでの対応の延長が多いです。

消費増税については、当面は考えていないとのことですが、新型コロナが収束すれば、「新たな感染症対策のため」にという理由を掲げて増税政策に転じるのではないでしょうか。つまり、どの程度の大きさの拡張的財政政策を、いつまで続けるのかが明確ではないし、デフレの完全克服と2%インフレ目標実現のために、財政政策の後押しが有効な手段とは認識していないように見えます。

ただ、先に述べたように、岸田氏の経済ブレーンとして山本幸三議員の役割は強まっているとみられ、安倍・麻生派の議員とも一定の関係を持っています。閣僚人事などが現実路線で行われれば、安倍・菅政権と同様にマクロ安定化政策が継続される可能性はあります。

河野氏

最後に河野氏について述べます。河野氏による最新著作『日本を前に進める』(PHP新書)から、河野氏の経済政策についての考え方を探ってみます。同書の冒頭で「一九九三年から二〇一八年の四半世紀のG7各国の一人当たりGDPの伸びを見ると、(中略)日本だけが伸びていないことがわかります」と日本経済の長期停滞が続いてきたことに言及しています。

一人当たりGDPの動きはGDP成長率でほぼ規定されるので、肝心の実質GDPを高めるための処方箋が重要になります。長期デフレの問題をまだ克服していない日本では、金融財政政策によるマクロ安定化政策がGDPを最も動かす具体策になりますが、同書を読む限り金融財政政策についての言及は見当たりません。

この理由は、(1)マクロ安定化政策を重視した安倍・菅路線に対する対抗意識がある、(2)国民経済に責任を持つ政治家に必要な基本的経済理論を理解していない、のいずれかが考えられます。

同書から推察すると、河野氏が抱いている日本の課題である、エネルギー関連などの規制、社会保障制度、教育制度、デジタル化の遅れ、などの問題を「前に進める」ことで経済の長期停滞は克服できる、と考えているのかもしれません。

また同書では、「株主重視の経営が求められるようになったことが賃金のあり方に変化をもたらした、という研究もあります。メインバンクとして企業を支えてきた都銀や地銀の株式保有割合が低下し、機関投資家や外国人株主の割合が高まってきています。企業統治のあり方、経済のグローバル化、競争の国際化が、経営者を賃上げに対して慎重にさせています」と書かれています。

市場経済・自由競争によって、企業と家計の分配が偏っているとの認識を持っているとみられ、経済成長を高めることよりも分配政策を重視している可能性が高いです。分配政策に関しては、韓国の文政権において、金融緩和策などせずに、機械的に最低賃金を上げ、雇用が激減して大失敗したという事例がありました。

枝野氏のように野党の幹部の中にも、分配政策に傾倒する人が多いです。こういうひとたちは、韓国の経済政策の失敗を参考にしてもらいたいものです。

ただ、こうした認識は、日本における所得格差についての一面的な見方が影響していると考えられます。日本の所得格差は、デフレを伴う長期経済停滞によって、中低所得者の所得水準が低下したことで拡大した部分が大きいものでした。それ故に、金融緩和が強化されデフレが和らいだため、2012年をピークに相対的貧困率は低下しています。

経済安定化政策を徹底することで所得格差拡大を縮小させた、という事実に対する理解が十分ではない恐れがあり、所得分配のみに傾斜する政策対応はとても危ういようにみえます。財政金融政策に対する河野氏の認識が今後明らかになるにつれ、日本の経済政策が「アベノミクス以前に逆戻り」するとの外国人投資家などの疑念が高まってもおかしくないでしょう。

以上の分析からすると、経済政策という観点からすると、高市氏、岸田氏、河野氏という順番で、まともであるといえます。

来年、再来年も視野にいれると、高市氏を総裁に選ぶべきです。ただ、増税を主張しているということで、いただけないところもあるのですが、それにしても、2%物価目標を達成するまでは、プライマリーバランス健全化を凍結すると名言しているところは、評価できます。

高市氏には増減などやめて、増税すべきと考えた対象には増税せずに据え置き、その他の対象は減税するという具合に改めていただきたいと思います。できれば、消費税減税をし、それだけではなく、幅広く減税をすべきです。当面実施すべきは、増税ではなく減税です。

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2021年9月12日日曜日

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2021年9月11日土曜日

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英空母「クイーン・エリザベス」が東京湾・浦賀水道で護衛艦「いせ」と並進、『防衛百景』の現場を見に行く:英海軍・海上自衛隊


「クイーンエリザベス」(左手前)と並走する「いせ」(右奥)

2021年9月4日、英空母「クイーン・エリザベス」が初来航し、横須賀の米海軍基地へ入港したのはご存知のとおり。同空母は欧州からインド洋、南シナ海、東シナ海と「不安定の弧」と呼ばれたユーラシア大陸辺縁海域・地域を西から辿り、日本へ到達した。 


長い航海の目的はインド太平洋地域の平和と安定のために英国の関与意志を示すものだと言われている。相手は中国だ。日本来航の前に、同空母打撃群は各国軍との共同訓練を重ねており、新たな防衛協力体制を見せることは覇権主義的海洋進出を続ける中国を牽制する狙いがあるとみられている。

9月6日には岸信夫防衛大臣が横須賀に接岸中の同空母を視察し、今回の派遣行動には英国の強い意志を感じるとのコメントを発信している。横須賀入港期間中にはこうした政治的・軍事的な活動に専念、乗組員は新型コロナ感染症拡大防止対策のため上陸はせず、次の予定へ向けそのまま出港するとされた。これは同じく横須賀へ入港していた英補給艦「タイドスプリング」やオランダ海軍フリゲート艦「エファーツェン」も同様。前述のように来航前にも日本近海で多国間共同訓練を行なっていたが、来航後には日英米蘭加共同訓練「PACIFIC CROWN 21」が予定されていた。 

そして「クイーン・エリザベス」は予定を一日早めた9月8日に横須賀港の米海軍基地を離れ、14時には浦賀水道の航路入口へ差し掛かる。観音崎から遠望していると、同空母の異形さが際立った。暗色に見えた塗装も日光を受けると独特の白灰色が浮かび上がる。英国近海の海と空に溶け込む迷彩色なのだろう。

スキージャンプ方式の艦首を持つ飛行甲板にはSTOVL(短距離離陸垂直着陸)能力を持つステルス戦闘機F-35Bを複数駐機させている。艦載機を載せずに出入港することの多い米海軍空母の出港とはまた違う様相で興味深い。

 横須賀港外で沖止めしていた海上自衛隊護衛艦「いせ」が「クイーン・エリザベス」を待ち受け、航路上で接近し、2隻は並進し始める。上空には哨戒ヘリが滞空しており、おそらく2隻並んだ姿を撮影していると思われた。多国間共同訓練でよく行なわれる「フォトセッション」と呼ばれるものだろう、共同訓練の広報写真を撮影しているはずだ。これを中国も見ることになる。

しかし平日の午後2時である。航路の混み合う時間帯だ。そして「クイーン・エリザベス」の満載排水量は約6万7700t、「いせ」は約1万9000t。2隻の巨大船の周囲を多数・多種多様な船舶が行き交う光景は凄まじさを感じた。航路の安全航行を担当する海上保安庁と東京湾海上交通センターの確かな仕事ぶりを連想した。と同時に、巨大船の通航にも怯まず航行する民航船や遊漁船なども頼もしい。ちなみに通航量で見ると東京湾中央航路は、東京港や横浜港等へ出入港する船舶が1⽇あたり約500隻航⾏する世界有数の海上交通過密海域だという。 

その後「クイーン・エリザベス」は航路を南下し東京湾を出て、関東地方東方の沖合で行なわれた共同訓練に参加したという。

 ●英空母「クイーン・エリザベス」スペック 基準排水量:約4万5000t 満載排水量:約6万7700t 全長:284m 最大幅:73m 乗員:約670名、航空要員約600名、司令部要員約90名 主機:統合電気推進(ガスタービン発電機×2、ディーゼル発電機×4) 最高速力:約26kt(約48km/h) 武装:CIWS×3、単装機銃×4、多銃身機銃など 搭載機:F-35×約40、EH-101(AW-101)ヘリ×6など ◎日英米蘭加共同訓練「PACIFIC CROWN 21」参加部隊 

●英空母打撃群:英空母「クイーン・エリザベス」、英駆逐艦「ディフェンダー」、英補給艦「タイドスプリング」、英補給艦「フォートビクトリア」、 蘭フリゲート艦「エファーツェン」、 加フリゲート艦「ウィニペグ」、英F-35B、米F-35B ●海上自衛隊:護衛艦「いせ」、「いずも」、搭載航空機(SH-60J/K)、MCH-101 ●航空自衛隊:F-35A、E-767 ●訓練項目:戦術運動、通信訓練、発着艦訓練など

【私の論評】中露にとって未だに米英空母打撃群は脅威!だからこそ、英国は空母打撃群を派遣した(゚д゚)!

先日、このブログで以下のようなことを掲載しました。

現在、世界各国が持っている海軍の船は、実は2種類しかありません。1つは空母などの水上艦艇、もう1つが潜水艦です。水上艦艇はすべて、いざ戦争が起こったら、ターゲットでしかありません。

船が浮かんでいる時点で、レーダーなどで、どこで動いているのか存在がわかってしまいます。そこを対艦ミサイルなどで撃たれてしまったら、空母だろうと何であろうと1発で撃沈です。しかし、潜水艦はなかなか見つからないので、その意味では現代の海戦においては潜水艦が本当の戦力なのです。

そういう観点から見ると、中国はたくさんの水上艦艇を所有していますが、潜水艦そのもや対潜戦闘などの能力、水面より下の戦力は弱いです。一方日米は、水面より下の戦力においては圧倒的に強いです。

この原則は、英国海軍にもあてはまります。本当の戦力は、英国海軍でも潜水艦なのです。では、今回の英国空母打撃群にも潜水艦が随伴していたのでしょうか。

やはり、随伴していました。英海軍の原子力潜水艦1隻が2021年8月11日(水)、韓国の釜山に入港しました。

姿を見せたのはイギリス海軍のアスチュート級攻撃型原子力潜水艦で、艦名は不明であるものの、西太平洋を航行中のイギリス空母「クイーン・エリザベス」を中心とした空母打撃群(CSG21)に付き添っている潜水艦ではないかと見られています。

アスチュート級攻撃型原潜

 「クイーン・エリザベス」空母打撃群を構成する艦の中に潜水艦は含まれていないものの、常に随伴していたようで、7月上旬に同空母打撃群がスエズ運河を抜け紅海(インド洋)に入った際には、空母打撃群の構成艦であるフリゲート「リッチモンド」が、同行していた船として、アスチュート級原子力潜水艦の艦影を公式Twitter(ツイッター)に上げていました。

 今回、釜山に入港したアスチュート級原子力潜水艦が、7月にフリゲート「リッチモンド」が公開した原潜と同じ船かは不明ですが、イギリス海軍の原子力潜水艦が極東に来航することは、なかなかありません。

 なお、イギリス原潜が入港した釜山にはアメリカ海軍の基地があり、在韓米海軍の司令部が置かれています。ここは排水量10万トンを越えるアメリカ海軍の原子力空母も接岸可能な広さを有しています。

英空母打撃群は、英国のポーツマスを出港し、スエズ運河、インド洋を経て、日本に入港しました。その間インド洋までは、アスチュート級攻撃型原子力潜水艦が随伴していたわけですが、8月11日には韓国の釜山に、入港しています。

これは何を意味するのでしょうか。現在英空母打撃群の脅威となるのは、中露のみです。中露と比較すれば、世界トップクラスの日米には劣るとはいえども、英国の対潜哨戒能力は、中露よりもはるかに優れおり、英空母打撃群が中露に対応するには、空母打撃群の対潜戦闘能力と、攻撃型潜水艦1隻で十分と判断したのでしょう。

実際、英空母打撃群が、英国を出発してから、日本に入港するまで、まったく平穏無事であったというわけではありません。実際、こ2つの出来事がありました。

6月23日、ロシア国防省は黒海でイギリス海軍の駆逐艦「ディフェンダー」に対し、国境警備隊の巡視船による警告射撃およびロシア軍のSu-24攻撃機で警告爆撃を実施したと発表しました。

ロシア国防省によると、本日11時52分に「ディフェンダー」は黒海の北西部でロシアの国境を越えた。(クリミア半島)フィオレント岬の付近3kmの領海に入った。
領海侵犯が発生した場合の武器の使用について事前に警告されていたが、イギリス艦はこれに反応しなかった。12時6分と12時8分に、ロシア国境警備隊(FSB所属)の巡視船が警告射撃を行った。
午後12時19分、黒海艦隊のSu-24M攻撃機が警告爆撃を行い、駆逐艦の進路上に4発のOFAB-250爆弾を投下した。
午後12時23分、誘導ミサイル駆逐艦ディフェンダーは、黒海艦隊とFSBの国境警備隊の共同行動によりロシア連邦の領海の国境を離れた
(元はロシア語の記事を和訳 
出典:ЧФ совместно с ФСБ остановил нарушение российской границы эсминцем Великобритании (黒海艦隊はFSB(連邦保安局)と共同で、イギリスの駆逐艦によるロシア国境侵犯を阻止した):ロシア軍広報TVズヴェズダ
イギリス海軍の駆逐艦「ディフェンダー」とオランダ海軍のフリゲート「エファーツェン」の2隻は、極東に向けて遠征作戦を実施中のイギリス海軍の空母クイーン・エリザベスを中心とする空母打撃群CSG21の参加艦艇で、2隻はロシアを牽制する目的で一時的に分派されボスポラス海峡を通過し(モントルー条約で空母は通れない)、黒海に入ってウクライナのオデッサに寄港した後に、ロシアが占領し実効支配しているクリミア半島付近で行動中でした。

これは今年の春にロシア軍がウクライナ国境に大戦力を集結させて開戦の危機を煽っていた挑発行為への対抗策で(現在は国境線の戦力は撤収済み)、本来はCSG21の行動計画には無かった黒海での対ロシア牽制作戦が急きょ組み込まれたものです。

6月14日、ボスポラス海峡を通過し黒海に向かう英駆逐艦「ディフェンダー」(左)と蘭フリゲート「エファーツェン」(右)

また当初はイギリス海軍の護衛艦艇2隻を派遣する方針でしたが、直前になって1隻はオランダ艦と入れ替えになっています。これは2014年にウクライナ東部で起きたマレーシア航空17便撃墜事件(親ロシア武装勢力の地対空ミサイルによる犯行とされる)での犠牲者にオランダ人が多いことが関係しているのかもしれません。

CSG21の作戦計画とは別に行動していたアメリカ海軍の駆逐艦「ラブーン」も先行して黒海に入っており、米英蘭の3隻の軍艦が黒海でのロシア牽制作戦を実施中でした。その最中にロシア軍は我慢がならなかったのか、これまで過去にも行ってきた攻撃機による接近飛行での威嚇だけでは済ませず、大胆にも警告爆撃という非常に強い行動を示してきたのです。

なおイギリス当局はロシア側から警告射撃を受けた事実を否定しています。イギリス側はクリミア半島をロシア領と認めておらずウクライナ領扱いした上で「ウクライナの領海を無害通航した(つまり領海内に入った事実は認めている)」と述べています。そしてロシア軍は実弾演習していただけで英駆逐艦への警告射撃も警告爆撃も無かったという見解を提示しました。

これは射撃と爆撃はあったが、英艦への警告とは認められていないという意味になります。
HMSディフェンダーへの威嚇射撃は行われていません。

イギリス海軍の艦船は、国際法に則ってウクライナの領海を無害通航しています。

(元は英語の記事を和訳)

出典:Ministry of Defence Press Office (英国防省広報) Twitter
ロシア軍は黒海で砲撃演習を行っており、その活動を海事関係者に事前に知らせていたと信じています。

HMSディフェンダーに向けられた射撃はなく、彼女の進路に爆弾が投下されたという主張も認められていません。

(元は英語の記事を和訳)

出典:Ministry of Defence Press Office (英国防省広報) Twitter
※)英語では船のことを女性に例えます。

仮にロシア側の主張が正しい場合でも、領海内であろうと無害通航権があるので、英駆逐艦が敵対行動をしておらず単純に領海に入っただけであるならば、ロシア側の警告射撃および警告爆撃は国連海洋法条約では認められない行為です。

英空母打撃群CSG21の黒海での対ロシア牽制作戦は、ロシアの過剰な反応により緊張状態をもたらすことになりました。

英空母打撃群が日本に入港するまでに公表されている出来事で大きなものは、空母打撃群を追尾している中国潜水艦を発見したことです。

英空母クイーン・エリザベスを中心とする空母打撃群は7月末に南シナ海に入り軍事演習を実施して8月6日に米海軍のグアム基地に入港したのですが、南シナ海を離れて太平洋に入った際に23型フリゲートのリッチモンド(F239)とケント(F78)が2隻の中国海軍の商級(Type093)攻撃型原潜が空母打撃群を追尾してくるのを発見、さらに水中から空母打撃群を護衛しているアスチュート級攻撃型原潜が別の商級攻撃型原潜を発見したと英国メディアが報じました。

発見した中国海軍の攻撃型原潜に対して英海軍がどのように対処したのかは不明ですが、元英海軍のクリス・パリー少将(フォークランド紛争でアルゼンチン海軍の潜水艦を座礁に追い込んだ経験をもつ)は英国メディアの取材に対して「今回のニュースはイラクやアフガニスタンで著しく低下した対潜水艦戦能力が回復して本来の任務が遂行できるようになったことを示しており良いニュースだ」と述べています。

元英海軍のクリス・パリー少将

さらに、この海域は、対潜哨戒能力が世界トップクラスの日米潜水艦が、定期的に巡航(公表されていないが、軍事筋の常識)しており、これは英空母打撃群だけが発見したのではなく、日米も当然発見していたことでしょう。ただ、日米の発見は、当たり前ですが、英軍による発見はニュースパリューがあるので、公表したのでしょう。

以上から推察すると、英国の空母打撃群は、中露に対しては十分な対潜戦闘能力を持っており、中露両軍の艦艇から十分に防御できるし、これを護衛する攻撃型原潜は1隻で十分と考えているということです。

さらに、南シナ海、東シナ海およびその他の日本領海などでは、日米の潜水艦隊が守備しているため、空母打撃群から潜水艦を離脱させ、韓国に寄港させても、全く問題がないと考えているということです。というより、中国に対して、日米英の連携や日米の海戦能力の高さを見せつけたとも考えられます。

冒頭で、本当の戦力は、英国海軍でも潜水艦であると述べましたが、これは日米英等の対潜哨戒能力が高く、攻撃力の高い攻撃型原潜を持つ英米等、ステルス性の高い潜水艦を持つ日本等、海戦能力の高い国にはあてはまりますが、対潜哨戒能力が低く、低いステルス性しかない潜水艦しかもたないため海戦能力の低い中国にはあてはまりません。ロシアも同じです。

中露にとっては、未だに米英の空母打撃群は脅威なのです。だからこそ、英国は空母打撃群を日本に派遣したのです。

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2021年9月10日金曜日

米国の同盟関係弱体化ではないアフガン撤退―【私の論評】米は無論、中露も変えられないアフガン情勢(゚д゚)!

米国の同盟関係弱体化ではないアフガン撤退

岡崎研究所

 チャタムハウス(王立国際問題研究所)所長のロビン・ニブリットが、米国のアフガニスタンの挫折によって米国による安全保障のコミットメントの信頼性が揺らいでいるという議論は的外れであるとの論説を、8月19日付のForeign Affairs(電子版)に寄稿している

 この論説が書かれた理由は論説内でも説明されているが、カブールの劇的な陥落と避けられたはずの混乱という米国の挫折を見て、バイデン政権であれ何であれ、一体米国の政権による安全保障のコミットメ ントは信頼出来るのかという問題が欧州で提起されたことにある。


 例えば、フィナンシャル・タイムズ紙のギデオン・ラックマンは、米国の失態は「米国は衰退しつつある、米国による安全の保証は信頼出来ない」という中国の二つの主要なメッセージに正しく符号すると論じている。

 英国の元外交官(キャメロン首相の安全保障担当補佐官)ピーター・リケッツは、「NATOは米国の一方的な決定に完全に出し抜かれた」「アフガン作戦は何時かは終わらねばならなかったが、……終結の方法は屈辱的でNATOに害をなすものであった」と述べ、「9.11」当時のNATO事務総長ジョージ・ロバートソンは、「入るのも出るのも一緒(in together, out together)というNATOの原則がトランプおよびバイデンの双方に捨てられたようである」と述べている。

 ニブリットの論説は苛立つ欧州側に頭を冷やすように促すとともに、バイデン政権がアフガニスタンの失態に懲りて及び腰になることを怖れてか、引き続き欧州と共に戦略目標を追及するよう説いている。一方、ニブリットは、バイデン政権を批判することも躊躇していない。欧州の当局者が適切に米国から協議を受けたとは思っていないことを指摘している。

 「9.11」の事態にNATOは集団防衛を規定するNATO条約5条を発動して米国を支持したのであるから、撤退にあたってNATOと協議すべきはけだし当然である。バイデン政権は協議を遂げたと述べているが、欧州としては既成事実(fait accompli)の押し付けと感じたに違いない。英国のベン・ウォレス国防相が米国抜きで有志の欧州諸国と残留することを模索したが、米国抜きでは安全を確保し得ず、涙を呑んだという一件はこの辺りの事情を物語っている。

 2001年10月7日、英軍は米軍と共にアフガニスタンに進攻したのであるから、英国は特にねんごろに協議にあずかる立場にあったはずである。8月18日の下院でジョンソン首相は与野党の激しい批判に晒された。

 テリーザ・メイ前首相は「我々のインテリジェンスはそれ程お粗末なのか、アフガン政府についての我々の理解はそれ程 弱いのか、現場の状況の我々の知識はそれ程不足なのか?それとも、 米国に付き従わねばならないと感じ神頼みで夜には何とかなると希望しただけなのか?」と批判した。
 
「台湾への衝撃」も的外れ

 米国による安全保障のコミットメントの信頼性が揺らいでいるという議論は的外れだとするニブリットの論説の指摘は首肯出来るものである。特に、アフガニスタン撤退は中国に戦略的焦点を絞る努力の反映であることが強調されるべきであろう。

 8月16日付の環球時報は、ワシントンがカブールの政権を見捨てたことは台湾島にも特に衝撃を与えたと述べ、「これが台湾の将来の命運の或る種の前兆か?」と述べている。この種の議論の片棒を担ぐことに利益はないと言うべきであろう。

【私の論評】米は無論、中露も変えられないアフガン情勢(゚д゚)!

米国民は米軍のアフガン撤退を概ね歓迎していますが、バイデン政権の対応ぶりには、安全保障の専門家たちから、厳しい批判や疑問が投げかけられています。アフガンからの米軍撤退は、トランプ政権下の2020年2月のカタール合意から始まっています。

それによれば、タリバンが国内でテロ活動を許さないことなどを条件に、今年5月までに米軍を完全撤退するということでした。

後を継いだバイデン政権は、タリバンに課していた条件を事実上撤廃する代わりに、撤退期限を数か月延長したという経緯があります。バイデンは、タリバンの急拡大を阻止する何らかの手を打つべきではないかと性急な撤退を戒める声にも耳を貸しませんでした。バイデン政権の対応の是非を検討することは無意味ではないと思います。

しかし、カブール政府の崩壊は早晩避けられなかったことです。米国が支持してきたカルザイ、ガニの歴代政権は、汚職にまみれ、統治能力が全く不十分でした。アフガンでは部族主義がはびこり、彼らの目まぐるしい合従連衡が統治を極めて困難にしているという事情もあります。

米軍はアフガンの政府軍に支援を施し、強力な軍を造ったと主張してきたましたが、実態はそれとはかけ離れた姿でした。BBCの報道によれば、記録上はアフガン治安部隊は30万以上を擁することになっていたのですが、名前だけの「幽霊兵」も多く、アフガニスタン復興特別監察官(SIGAR)の米連邦議会への最新報告は、「実際の兵力のデータは正確性が疑わしい」と指摘していたといいます。

アフガニスタン治安部隊


そもそもアフガンでの戦争は、2001年の9・11テロを受け、実行犯であるアルカイダを当時のタリバン政権が支援したことに対する自衛権の発動として開始されたものです。テロを根絶し、罰し、裁くことが目的でした。それがいつの間にか、テロの温床にしてはいけないという錦の御旗の下、アフガンの国造りが戦争目的に変わってしまった結果、泥沼化したのです。

なお、ブリンケン国務長官は、アフガンでの戦争はビンラーディンを殺害するなどテロに対する戦争としては成功したのであり、今後5年、10年も米軍を留めおくことは米国の国益に反する、という趣旨のことをCNNの番組で述べています。


今回の「陥落劇」は、ベトナム戦争でのサイゴン陥落を想起させるとしてセンセーショナルに報道されています。米国衰退論、米国の撤退を中国などが埋めることへの懸念、同盟国を見捨てたことによる米国への信認の低下などが、喧しく指摘されることになるでしょう。しかし、こうした議論のすべてが適切であるのか、疑問です。

陥落直前にサイゴンを脱出し、空母ミッドウェイに到着した南ベトナム市民

まず、米国史上最長となる不毛な戦争に終止符を打った。カブール陥落という米国にとり不面目で衝撃的な幕引きを迎えたにもかかわらず、米国がアフガンから手を引き、大国との競争、とりわけ中国との対立に集中する意思を表明し、そういう態勢を目指すことを示すことができたことの意義は重視されるべきです。


サイゴン陥落を想起させるといいますが、フィナンシャルタイムズ紙コラムニストのギデオン・ラックマンがカブール政権崩壊直前の8月13日付け同紙掲載の論説‘Joe Biden’s credibility has been shredded in Afghanistan’で指摘する通り、サイゴン陥落の14年後に冷戦に勝利したのは米国です。

そうして、昨日も述べたように「サイゴン陥落は米国時代の終わり」と嘯いていた旧ソ連でしたが、15年後に崩壊したのは自らでした。

中国は確かに「一帯一路」にアフガンを取り込もうとしています。中国・パキスタン経済回廊(CPEC)のアフガンへの延長を模索しているらしいです。これは地政学的に重要なことです。

7月末には、王毅外相が天津でタリバンの共同創設者アブドゥル・ガニ・バラダルら幹部と会談しています。この際、米軍のアフガン撤収について米国の失敗を言い立て、中国はアフガンの主権独立と領土安全の尊重や内政不干渉を徹底するとして、来るべきタリバン政権に中国を売り込んでいる。

中国のアフガンへの関与についても、前出のラックマンの論説が参考になります。ラックマンによれば、一つには、中国による新疆ウイグルのムスリム弾圧へのタリバン側の反応がどうなるのか頭痛の種になるといいます。

もう一つは、混沌としたアフガンに軍事的に介入すべきか、それとも自助努力に任せるかという、「古典的な超大国のジレンマ」に陥ることだといいます。これは米国が陥ったジレンマに他ならないです。アフガンの部族主義にも直面するでしょう。中国にとりプラスになるかマイナスになるか、現段階で判断するのは時期尚早です。

ただ、昨日も述べたように、米軍が長年アフガニスタンの治安を担ってきたことで、中国をはじめ近隣諸国はその恩恵に浴してきたのですが、その安全装置が突然なくなってしまったのです。

アフガニスタンの隣国である中国にとって、将来の戦略的利益よりも、タリバンの突然の復権による安全保障上の課題のほうがはるかに大きいのではないでしょうか。

仮に中国がパキスタン、タリバン政権下のアフガンと「一帯一路」を推進することになれば、これはパキスタンおよび中国と敵対するインドの警戒、インドとの対立を招くことになります。新たな地政学的局面を迎えると言ってよいです。

こうなった場合、無論米国はインドを支援するでしょう。日米英印のQuad諸国も、インドの安全保障のため、インドを支援するでしょう。インドはインド太平洋戦略の柱の一つである重要な大国です。アフガン情勢は今後ともとりわけ地政学側面から注視していく必要があります。

国連はタリバンがデモ参加者に対して実弾を使用していると報告、その他にも様々なタリバンの暴力についての報告がなされています。タリバンは所詮、単なるテロリストであり、烏合の衆であり統治能力などありません。

早晩、様々な勢力のうちの一つになり、これらの勢力が拮抗して、再び紛争になるのは目に見えています。そうして、新たな秩序が形成されることになります。米国のアフガン撤退は、その序盤に過ぎないのです。

そうして、米軍も長年かかってもできなかったように、中露もアフガン情勢を変えることはできません。

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2021年9月9日木曜日

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かつてテロ組織が無視していた中国が、いまやアメリカに変わる攻撃対象に


<中国人を標的にした襲撃が相次いでいる。大国の地位と新植民地主義への反発以外にも、テロ組織には中国を狙う別の目的が>

2018年11月にはパキスタン最大の都市カラチにある中国総領事館が襲撃を受けた


スーパーヒーローの責任はスーパーに重い。かの「スパイダーマン」はそう言っていた。そのとおり。だがスーパー大国には、スーパーな敵意や憎悪も向けられる。

  アメリカ人なら痛いほど知っているこの教訓を、今度は中国が学ぶ番だ。数年前から、パキスタンでは中国人や中国の権益が絡む施設に対するテロ攻撃が繰り返されている。パキスタン・タリバン運動(TTP)のようなイスラム過激派や、バルチスタン州やシンド州の分離独立派の犯行とみられる。

 この8月20日にも、バルチスタン解放軍(BLA)が南西部グワダルで中国人の乗る車両を攻撃する事件が起きた。BLAは2018年11月に最大都市カラチの中国総領事館を襲撃したことで知られる。

中国が今後、世界中で直面するであろう現実の縮図。それが今のパキスタンだ。中国が国際社会での存在感を増せば増すほど、テロ組織の標的となりやすい。中国がアフガニスタンのタリバンに急接近しているのも、あの国が再びテロの温床となるのを防ぎたいからだろう。しかし歴史を振り返れば、中国の思惑どおりにいく保証はない。

2001年9月11日のアメリカ本土同時多発テロ以前にも、中国は当時のタリバン政権と協議し、アフガニスタンに潜むウイグル系の反体制グループへの対処を求めたが、タリバン側が何らかの手を打った形跡はない。 

中国政府が最近タリバンと結んだとされる新たな合意の内容は不明だが、イスラム教徒のウイグル人をタリバンが摘発するとは考えにくい。むしろ、この地域における中国の権益の保護を求めた可能性が高い。

■中国人労働者はイスラム法を守るか

首都カブールだけでなく、今のアフガニスタンには大勢の中国人労働者や商人がいる。しかし彼らが厳格なイスラム法(シャリーア)を理解し、順守するとは思えない。その場合、タリバンは中国人の命を守ってくれるだろうか。今や超大国となった中国を敵視するテロリストの脅威を封じてくれるだろうか。 

グワダルでの8月20日の襲撃の前月にも、カイバル・パクトゥンクワ州のダス水力発電所で中国人技術者9人が襲撃され、死亡する事件が起きている。直後にはカラチで中国人2人が別のバルチスタン分離独立派に銃撃された。

 3月にはシンド州の分離主義組織に中国人1人が銃撃されて負傷。昨年12月にも同様の事件が2件起きている。さらに今年4月には、バルチスタン州で駐パキスタン中国大使がTTPに襲撃され、間一髪で難を逃れる事件も起きた。

■大国化したことで目立つ存在に

こうした襲撃で犯行声明を出す集団の主張は多岐にわたり、この地域で中国の置かれた立場の複雑さを浮き彫りにしている。

 一連の攻撃で最も衝撃的だったのはダスでの襲撃事件だ。中国筋は、攻撃したのはTTPの協力を得た東トルキスタンイスラム運動(ETIM)との見方を示している。 

ETIMの実体は定かでないが、トルキスタンイスラム党(TIP)を自称する組織と重なっていると推定される。パキスタンと中国はインドを非難する声明も出したが、これは毎度のこと。パキスタンで何かが起きれば必ずインドが悪者にされる。

 中国政府はアフガニスタンのタリバンにもクギを刺したようだ。7月に中国を訪問したタリバン幹部に対し、王毅(ワン・イー)国務委員兼外相はETIM/TIPと完全に手を切り、「中国の国家安全保障に対する直接的な脅威」である同組織に対処するよう求めている。

 中国側は詳細を明らかにしていないが、アフガニスタンでタリバンが政権を握る事態を想定し、タリバン政権承認の交換条件としてテロリスト排除を求めたとみられる。

 中国政府は、タリバン政権成立後にアフガニスタンの国内情勢が不安定化し、その隙を突いてETIMが台頭することを強く懸念している。その脅威は国境を接する新疆ウイグル自治区に直結するからだ。タリバン側はETIMの脅威を抑制すると中国側に約束したようだが、中国政府がその言葉をどこまで信用しているかは分からない。

 いずれにせよ、パキスタンで中国人や中国の投資案件を狙ったテロが急増している事態は、米軍のアフガニスタン撤退を背景に、あの地域で中国を敵視する武装勢力が勢いづいてきた証拠だ。 

中国としては、タリバン新政権と良好な関係を築くことにより、テロの脅威を少しでも減らしたいところだ。しかし問題の根は深く、とてもタリバン指導部の手には負えないだろう。

 かつてのイスラム過激派は中国の存在を大して意識していなかった。あの国際テロ組織「アルカイダ」の創設者ウサマ・ビンラディンでさえ9.11テロ以前の段階では、アメリカに対する敵意という共通項を持つ中国は自分たちにとって戦略的な同盟国になり得ると発言していた。当時はまだ、中国も途上国の仲間とみられていた。

 だが今の中国は世界第2位の経済大国で、アフガニスタン周辺地域で最も目立つ存在になりつつある。当然、中国に対する認識は変わり、緊張も高まる。 それが最も顕著に見られるのがパキスタンだ。中国とパキスタンは友好関係にあり、戦略的なパートナーでもあるが、パキスタンで発生する中国人に対するテロ攻撃は、どの国よりも突出して多い。

■高まるウイグルへの注目

状況は今後、もっと深刻になるだろう。アフガニスタンからのテロ輸出を防いでいた米軍が撤退した以上、中国は自力で自国民の命と自国の利権を守らねばならない。 

中国は従来も、アフガニスタンの南北に位置するパキスタンやタジキスタンで、軍事基地の建設や兵力増強を支援してきた。タジキスタンには中国軍の基地も置いた。アフガニスタン北部のバダフシャン州でも政府軍の基地を建設したが、これはタリバンに乗っ取られたものと思われる。

 決して大規模な活動ではないが、全ては米軍の駐留下で行われた。米軍が治安を守り、武装勢力を抑止し、必要とあれば中国人を標的とする攻撃を防いでもきた。18年2月にはバダフシャン州で米軍が、タリバンやETIMのものとされる複数の軍事施設を攻撃している。

今後は、そうはいかない。イスラム過激派の怒りを一身に引き受けてきたアメリカはもういない。これからはイスラム過激派とも民族主義的な反政府勢力とも、直接に対峙しなければならない。 

パキスタンのシンド州やバルチスタン州で分離独立を目指す少数民族系の武装勢力は、中国を21世紀の「新植民地主義国」と見なしている。中央政府と組んで自分たちの資源を奪い、今でさえ悲惨な社会・経済状況をさらに悪化させている元凶、それが中国だと考えている。 

カラチでの中国人襲撃について名乗りを上げたバルチスタン解放戦線は犯行声明で、「中国は開発の名の下にパキスタンと結託し、われらの資源を奪い、われらを抹殺しようとしている」と糾弾した。

ジハード(聖戦)の旗を掲げるイスラム過激派は従来、アメリカと西欧諸国を主たる敵対勢力と見なしてきた。中国の存在は、あまり気にしていなかった。しかし新疆ウイグル自治区におけるウイグル人(基本的にイスラム教徒だ)に対する迫害が伝えられるにつれ、彼らの論調にも中国非難が増え始めた。

そうした論客の代表格が、例えばミャンマー系のイスラム法学者アブザル・アルブルミだ。

激烈にして巧みな説教者として知られるアルブルミは15年以降、米軍のアフガニスタン撤退後には中国が新たな植民地主義勢力として台頭すると警告してきた。支持者向けのある声明では「イスラム戦士よ、次なる敵は中国だ。あの国は日々、イスラム教徒と戦うための武器を開発している」と主張していた。

 別のビデオでも、「アフガニスタンではタリバンが勝利した......次なる標的は中国になる」と言い放っている。

■中国人の資産は格好のソフトターゲット

中国による少数民族弾圧を許すなというアルブルミの主張は、ミャンマーの仏教徒系軍事政権によるイスラム教徒(ロヒンギャ)弾圧などの事例と合わせ、アジア各地に潜むイスラム聖戦士の目を中国に向けさせている。 

もちろん、新疆ウイグル自治区におけるイスラム教徒弾圧の問題は以前から知られていた。しかし、特にイスラム過激派の目を引くことはなかった。目の前にいるアメリカという「悪魔」をたたくほうが先決だったからだ。 

その状況が今、どう変わったかは定かでない。しかしウイグル人の状況に対する注目度は確実に上がっている。イスラム聖戦派のウェブサイトでも、最近はウイグル人による抵抗の「大義」が頻繁に取り上げられている。 

当然、国境を接するパキスタン政府も神経をとがらせている。中国と友好的な関係にある同国のイムラン・カーン首相は、中国の政策を支持せざるを得ない。しかしパキスタン国内にいるイスラム過激派の思いは違う。 

彼らが中国の領土内に侵入し、そこでテロ攻撃を実行することは難しいだろう。だがパキスタン国内では、中国・パキスタン経済回廊(CPEC)と呼ばれる大規模な道路建設事業が進んでいる。中国政府の掲げる「一帯一路」構想の一環だが、これはテロリストの格好の標的となる。

 CPECは中国の新疆ウイグル自治区からパキスタン南西部のグワダル港を結ぶものだが、ほかにも中国主導の大規模インフラ建設計画はある。当然、パキスタンにやって来る中国人のビジネスマンも増える。テロリストから見れば、願ってもないチャンスだ。

パキスタンにいるテロ集団の思想は、必ずしも同じではない。だが敵はいる。今まではアメリカだったが、これからは中国だ。中国政府の好むと好まざるを問わず、パキスタン国内や周辺諸国で暮らす中国人や中国系の資産は、テロリストにとって格好のソフトターゲットになる。

 中国は本気で21世紀版のシルクロードを建設するつもりだ。そうなればパキスタンだけでなく、アフガニスタンを含む周辺諸国でも中国企業の存在感が増し、現地で働く人を対象にする中国系の商人も増える。そして、その全てがテロの対象となる。 

テロリストが目指すのは、自分の命と引き換えに自分の政治的なメッセージを拡散することだ。自爆という派手なパフォーマンスは、そのための手段。派手にやれば、それだけ新たな仲間も増えるし、資金も入ってくる。 

アメリカが尻尾を巻いて逃げ出した今、権力の空白を利用して利権の拡大を図る中国に、テロリストが目を向けるのは当然のことだ。世界で2番目のスーパーリッチな国となった以上、中国はそのスーパーな責任を引き受けるしかない。そこに含まれる壮絶なリスクも含めて。

【私の論評】中国がアフガンで英国、旧ソ連、米国と同様の失敗を繰り返すのは時間の問題(゚д゚)!

CNNは4日、「中国がタリバンに向け求愛しアフガン内のウイグル人が命の脅威を感じている」と伝えました。BBCによると、シルクロードを通じてアフガンにやってきた「中国難民」とその2世は2000人と推定されます。主に宗教迫害を避けてきたウイグル族とムスリム少数民族、そしてその子孫です。

中国の王毅外相(右)と、タリバン幹部のバラダル師=7月28日、中国天津市)


中国は自国西部新疆地域に集まって住むウイグル人を弾圧しています。中国にいるウイグル人は1200万人ほどですが、米国務省によるとこのうち最大200万人が中国の「再教育」拘禁施設に入った経験があったり、現在も閉じ込められています。

今年初めにBBCが伝えたところによると、元収監者は「施設で政治的洗脳、強制労働、拷問、深刻な性的虐待を経験または目撃した」と暴露しました。中国は「ウイグル収容所」と関連し、極端主義とテロリズムを根絶するために設計された「職業訓練センター」だとして人権侵害容疑を強く否定してきました。

CNNは「中国はこの数年間に海外のウイグル人を新疆に送還しようと努力していてタリバンと中国政府の密着がウイグル人の懸念をもたらしている」と伝えました。6月に発表されたウイグル人権プロジェクト報告書によると、1997年以降に各国からウイグル人が中国に送還された事例は少なくとも395件に達するといいます。

BBCもアフガン内ウイグル人の恐れは根拠がないものではないと伝えました。マザリシャリフに住むあるウイグル人家族の家長は「私たちの身分証にはウイグル人と明確に記載されている」として10日にわたり家にとどまっている理由を説明しました。アフガン内ウイグル人の多くは数十年前に親が中国を離れた移民第2世代ですが、身分証には依然として「ウイグル」または「中国難民」と書かれているといいます。

日本のテレビに中国による弾圧を証言するウイグル人女性

政治的に大きな代償を払うことを覚悟してでもアフガニスタンという長年の不良資産を「損切り」したのは、米国政府がインド太平洋地域に本格的に関与しようとする意思の表れです。米軍が長年アフガニスタンの治安を担ってきたことで、中国をはじめ近隣諸国はその恩恵に浴してきたのですが、その安全装置が突然なくなってしまったのです。

アフガニスタンの隣国である中国にとって、将来の戦略的利益よりも、タリバンの突然の復権による安全保障上の課題のほうがはるかに大きいのではないでしょうか。

中国国内の世論は当初「米国の敗走」を嘲笑するムードが支配していましたが、その後「タリバン警戒論」が噴出し始めています。中国政府は7月28日、タリバンのナンバー2であるバラダル氏を招き、その関係の良好さをアピールしていますが、アフガニスタンに潜在する東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)を名乗る武装グループの動向に神経を尖らせていることは間違いないです。

国内の弾圧を逃れてタリバンの下にやってきた中国新疆ウイグル自治区の若者の数は約3500人、内戦が続くシリアなどでも実戦経験を磨いているといわれています。米国政府は2002年にETIMをテロ組織に指定しましたが、昨年その指定を解除しています。

ETIMのメンバーがアフガニスタンとの国境をくぐり抜けて国内でテロを行うことを恐れる中国政府は、タリバンから「ETIMとの関係を絶ち、同勢力が新疆ウイグル自治区に戻ることを阻止する」との言質を取っていますが、タリバンがその約束を守ることができるとは思えません。

タリバンは当初強硬姿勢を控え、より穏健なイメージの構築に努めていましたが、徐々にその本性をあらわし始めています。タリバンにとって誤算だったのは、アフガニスタン政府の約90億ドルの外貨準備を手に入れることができなかったことです。同国の外貨準備の大半は海外の口座に預託されており、タリバンがアクセスできるのは全体の0.2パーセント以下にすぎないといいます。

勝利に貢献した兵士への恩賞に事欠くばかりか、政府が銀行に十分なドルを供給できないことから、通貨アフガニが急落、食品価格などが高騰する事態になりつつあります。資金不足のなかでタリバン兵が、麻薬の原料であるケシの栽培に走り、住民への略奪や暴行を本格化させれば、再び国際社会から見放されてしまうでしょう。

そもそもアフガニスタンには近代的な意味での「国」が成立する政治風土がありません。戦国時代の日本のように諸勢力が分立する状態にあり、外部から強力に支援して中央政府をつくったとしても国全体を統治できないことは米国の20年に及ぶ統治が教えてくれています。

「テロリストにとって反米というスローガンはもはや時代後れである」との指摘もあります。アラブ首長国連邦(UAE)などのアラブ諸国とイスラエルとの間で国交が樹立した現在、「反米」はアラブの富豪からテロ活動資金を引き出せる「錦の御旗」ではなくなっています。

かつてのようにタリバンがアフガニスタンを制圧したからといって、ただちにテロリストが米国に押し寄せるわけではないのです。

面子を捨て実をとるであろう米国がタリバンと秘密裏に和解するようなことになれば、アフガニスタンに潜在するテロリストを恐れなければならないのは中国
ということになります。

タリバンの首脳部は中国の意向に従うそぶりを示していますが、中国で生活するウイグル人たちへの圧政を看過すれば、イスラム原理主義を標榜する存在意義があやうくなります。イスラム教の教義には、イスラム教の教えを世界に広めよというものがあります。世界と無論中国も含んでいます。

そうして、烏合の衆であるタリバンの中央の指令が末端まで徹底されるという保証もありません。

ETIMの旗

米ホワイトハウスは17日、アフガニスタン政府に支援した武器などの相当数がタリバンの手に渡ったことを認めました。カネに困ったタリバン兵が最新鋭の米国製兵器をETIMのメンバーに横流しすれば、中国にとって最凶のテロリストが誕生することになるでしょう。

中国人民解放軍は18日から、タジキスタン領内で同国軍と共にアフガニスタンからのテロリスト潜入を防ぐための軍事演習を開始しました。タジキスタンにはロシア軍が駐留しており、中国の軍隊が同国内で演習を行うのは極めて異例のことです。中国が「混乱の矢面に立たされている」という危機意識を持っていることの証左でしょう。

「サイゴン陥落は米国時代の終わり」と嘯いていた旧ソ連でしたが、15年後に崩壊したのは自らでした。「『大国の墓場』であるアフガニスタンに派兵しない」とする中国ですが、中国が新疆ウイグル自治区において、ウイグル人への弾圧をやめない限り、英国、旧ソ連、米国と同様の失敗を繰り返すのは時間の問題でしょう。


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2021年9月8日水曜日

中国によるアフガン進出を左右するパキスタン情勢―【私の論評】米軍のアフガン撤退は、米国の東アジアへの関与を強めることになり、日本は大歓迎すべき(゚д゚)!

中国によるアフガン進出を左右するパキスタン情勢

岡崎研究所

 8月30日(日本時間31日)、米中央軍のマッケンジー司令官は、米軍のアフガニスタンからの撤退が完了した旨を述べた。2001年9月11日の米国同時多発テロをきっかけに、アフガニスタンに介入した米軍及びNATO諸国軍だったが、20年にわたる軍事行動や民主化運動が正式に幕を閉じることになった。

 8月15日のタリバンによるカブール陥落前後から、米軍始めNATO諸国は、自国民及び協力アフガン人を退避させる行動をしてきたが、その間も、カブールが混乱状況にあったのみならず、26日にはカブール国際空港周辺で大規模な自爆テロが発生した。「IS-K」と名乗るISの一派が犯行声明を出した。

 今後、タリバン政権が支配するアフガニスタンは再びテロの温床になってしまうのだろうか。


 この8月の国連安全保障理事会では、今年4月からの間にタリバン、アルカイダやISILなど20のグループによってアフガニスタンの34の内31の地区で計5500回にわたる攻撃が行われていたことが報告された。

 今年初めの米国議会では、バーンズCIA長官が、現在はアルカイダやISILは米国本土を攻撃する力はないが、米軍が撤退すると、情報を収集し、必要な対応策をとるのが難しくなるのは事実であると警告した。今後、いかに正確な情報を早く収集し、危険を察知した場合にいかに早急に行動を起こせるかの体制をどのように築けるかが課題となる。トランプの合意、バイデンの撤退は、この体制を築くのをより困難にしたかもしれない。

 アフガニスタンは、6か国(中国、イラン、パキスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン)と国境を接している。既に、タリバンに積極的にアプローチしている中国は、米軍撤退後、アフガニスタンにさらなる影響力を行使するのだろうか。

 米軍のアフガニスタンからの撤退は、中国対策に集中するためという目的もある。しかし、中東でも米軍の縮小が中国の存在感を増しているように、アフガニスタンからの米軍撤退が逆にアフガニスタンから中東にいたるまで中国が勢力を伸ばす結果になることも懸念されている。

 中国は米軍の存在がアフガニスタンにもたらしていた一定の治安を利用し、着々と投資機会を探り、タリバンとの関係を築いてきた。すでに石油や天然ガス開発に投資してきたが、米軍撤退後は経済支援の代償にリチウムやコバルトなど産業資源の開拓権利を狙っている。

 また、アフガニスタンは、中国が主導する「一帯一路構想(BRI)」で、中央アジアから中東、欧州を結ぶ要所である。BRI最大のプロジェクトである中国・パキスタン経済回路とカブールをつなぐ道路建設計画もあり、資源開発やインフラ整備が実現すれば中国の覇権の動脈となるBRIは大きく前進する。

 中国が米軍撤退の恩恵をうけるかは、ウイグル分離派組織である東トルキスタン・イスラム運動が活性化するか、そしてアフガニスタンやパキスタン内の治安にかかっているといえる。

パキスタンの動きにも注視を

 アフガニスタンと南の国境を接するのがパキスタンである。2011年にウサマビン・ラディンは、パキスタンに隠れていたところを米軍の特殊部隊によって殺害された。かつて米国がテロ対策を「AFPAK政策」と呼び、アフガニスタンとパキスタンを重視したのは、両国がテロの温床にならないように安定した国家になってほしいとの願望からだった。

 実は、そのパキスタンは、アフガニスタン以上に将来の不安を抱えていると見ることも出来る。Chayesらアフガニスタンの専門家によれば、タリバンはそもそもパキスタンの軍と軍統合情報局(ISI)が作ったものである。

 ソ連のアフガニスタン撤退後、西側からの豊富な武器を持った部族間の衝突が続きアフガニスタンは内戦状態だった。パキスタンはパシュトゥンの中でもイスラム原理主義者を支援し、アフガニスタンの内戦、特に国境沿いを鎮静化することで、パキスタン軍がカシミールでのインドとの戦いに専念することが可能になると計算した。

 パキスタン政府や軍、ISIはこれまでアフガニスタン・タリバンとパキスタン・タリバンを分けるような発言をしてきたが、両者は同じコインの表裏であるとされ、米国のアフガニスタン撤退でタリバンがアフガニスタンで勢力を得れば、パキスタン・タリバンも勢いを復活させ、再び北西部を中心にパキスタン情勢をさらに不安定にする危険がある。

 米国がアフガニスタンから撤退した後、タリバンやイスラム組織が再びアメリカ国内でテロを起こす可能性はゼロとは言えない。しかし、アフガニスタンやイラクでの「永遠の戦争」を忘れたく、新型コロナウイルスで精神的・経済的に疲弊し、分断が改善されないアメリカでは、首都ワシントン以外では、撤退騒動もアフガニスタンも比較的早く忘れられるかもしれない。それは、最近のバイデン政権への支持率低下の理由が、アフガニスタン撤退以上に、コロナや経済政策に向けられている点からもわかる。

【私の論評】米軍のアフガン撤退は、米国の東アジアへの関与を強めることになり、日本は大歓迎すべき(゚д゚)!

米軍によるアフガニスタン撤退に関しては、日本ではマイナス面ばかりが報道されていますが、本当にそれだけなのでしょうか。私自身はそうは、思いません。これについては、以前このブログにも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します

米軍アフガン撤収 タリバン攻勢に歯止めを―【私の論評】米国は、中国を弱体化させる方向で、対アフガニスタン政策を見直しつつある(゚д゚)!

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、この記事の結論部分を少し長いですが、以下に引用します。

ソ連のアフガニスタン侵攻に米国など西側諸国が反発し、70年代の緊張緩和(デタント)が終わって新冷戦といわれる対立に戻りました。これを機にソ連の権威が大きく揺らいで、ソ連崩壊の基点となりました。 

当時はソ連のアフガニスタン侵攻の理由は明確にはされず、諸説あったが、現在では次の2点とされています。

まず第一は、共産政権の維持のためです。アフガニスタンのアミン軍事政権が独裁化し、ソ連系の共産主義者排除を図ったことへの危機感をもちました。ソ連が直接介入に踏み切った口実は、1978年に締結した両国の善隣友好条約であり、またかつてチェコ事件(1968年)に介入したときに打ち出したブレジネフ=ドクトリン(制限主権論)でした。

第二位は、イスラーム民族運動の抑圧のためです。同年、隣国イランでイラン革命が勃発、イスラーム民族運動が活発になっており、イスラーム政権が成立すると、他のソ連邦内のイスラーム系諸民族にソ連からの離脱運動が強まる恐れがありました。

現在の中国も似たような状況に追い込まれることは、十分に考えられます。アフガニスタンのイスラーム過激派などに呼応して新疆ウイグル自治区の独立運動が起きる可能性もあります。

それに影響されて、チベット自治区、モンゴル自治区も独立運動が起きる可能性もあります。そうなると、中国はかつてのソ連や、米国のようにアフガニスタンに軍事介入をすることも予想されます。そうなれば、かつてのソ連や米国のように、中国の介入も泥沼化して、軍事的にも経済的にも衰退し、体制崩壊につながる可能性もあります。

意外と、トランプ氏はそのことを見越していたのかもしれません。米軍がこれ以上アフガニスタンに駐留をし続けていても、勝利を得られる確証は全くないのは確実ですし、そのために米軍将兵を犠牲にし続けることは得策ではないと考えたのでしょう。

さら、米軍アフガニスタン撤退を決めたトランプ氏は、中国と対峙を最優先にすべきであると考え、米軍のアフガニスタン撤退後には、その時々で中国に敵対し、中国を衰退させる方向に向かわせる勢力に支援をすることに切り替えたのでしょう。バイデン氏もそれを引き継いだのでしょう。誰が考えても、米軍がアフガニスタンに駐留し続けることは得策ではありません。

今後米国は、中国を弱体化させる方向で、対アフガニスタン政策を見直すことになると思います。その先駆けが、米軍のアフガニスタン撤退です。

まさに、このようなことが起きようとしています。そもそも、米国内では、中国に対する関心や、敵愾心は高まりつつありますが、アフガンほの関心は薄れています。

2001年9月11日、米同時多発テロが起きた直後、米国には感情があふれていました。怒り、恐怖、悲しみが渦巻き、報道番組でニュースキャスターが「テロリストの反米憎悪の根深さ」を語るうちに泣き崩れる場面もありました。

米国同時多発テロ

それが合図のようにむき出しの感情というブームが世界に広がりました。その頃を境に控えめさや上品は死語となり、人々はネット、SNSで聞くに耐えない言葉で互いを非難するのが日常となりました。

それから20年、米国人は「感情」をどこかに置き忘れたのか、すっかり冷めきっています。アフガニスタンからの米軍撤退を歓迎も批判もせず、「まだいたのか」と無関心のままの人が少なくないです。

これは、徐々に冷めていったようです。米ギャラップ社の世論調査によると、2002年には93%がアフガンへの軍事介入は失敗ではなかったと答えています。介入直後、「イスラム世界の民主化」といったスローガンが語られた頃のことです。

ところが、介入への支持率は年々下がり、国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンが米軍の手で殺害されてから1年後の2012年には、66%がアフガンでの軍事介入に反対しまし。そして、トランプ前大統領による「アメリカ・ファースト」政策で、アフガン内政への関心がますます遠のき、バイデン政権も特段の抵抗もなく撤退政策を引き継ぎました。

「世界に民主主義を」という大義も「テロの温床を叩く」という実利もアフガン介入で叶うことはありませんでした。USAトゥデイの8月下旬の調査では、「アフガンが再びテロリストのベースになるか」との問いに、米国人の73%がとイエスと答えています。

20年前にすでに、この戦争が米国の屈辱的な敗北に終わり、いずれタリバンが復権すると見る人は結構いました。言えるのは、この失敗、災難から米国人が何かを学んだとはとても思えないことです。

米国は今、かつての英国やソ連と同じ『帝国の末路』というシナリオに乗り、悲惨な状態へと向かいました。軍による海外での愚行は国民の分断をあおり続けるでしょう。過去20年の失策で唯一利を得たのは、軍産複合体だけです。この国でも外国でも庶民は何も得ていないです。

国の失敗に落胆もせず、感情的にもなれない状態に今の米国はあるのでしょうか。だとすれば、アフガンはほどなく話題にもならず、忘れられていくでしょう。アフガン撤退は、ベトナム戦争での敗退のように、米国を悩ますこともなく、ただ忘れ去られることになるでしょう。

米軍が置いて行った武器・装備で重武装したタリバン部隊の兵士ら

今後、主要国では中国が最も早くタリバン政権を承認する可能性が高く、おそらくロシアもほぼ同時に承認に踏み切るでしょう。

米国は、地下深くの岩石層から天然ガスを採取することに成功した「シェール革命」によって、中東原油に依存する必要がなくなったこともあり、同エリアからの撤退を加速し、その資源を対中競争につぎ込む戦略に転換しました。

中国はその後、米国撤退後の空白を埋める形で、中東での影響力を急速に拡大しています。

アフガン再建で今後注目されるのは、中ロ主導の上海協力機構(SCO)の役割です。

SCOには中央アジア諸国に加え、インドとパキスタンも加わり、アフガニスタンもオブザーバー参加しています。テロを封じ込め、地域の安定化を図る本来の機能が発揮できるかどうかが問われます。

SCOは大まかに言って、以下のような3つの課題を抱えています。
  • ソ連崩壊後の新たな国境管理
  • テロリズム・分離主義・過激主義(三悪)への共同対処
  • 石油・天然ガスなど資源協力
SCOはアフガン情勢をめぐり、7月14日の外相会議に続いて、9月10日にタジキスタンで首脳会議を開く予定です。

インドのモディ政権がこの首脳会議で、アフガン問題で主導権を握りつつある中ロにどう対応するかも注目されます。日米主導のインド太平洋戦略の中核を担う日米豪印4カ国首脳会合(Quad、クアッド)の命運を握るのもインドだからです。

中国やロシアが米国撤退後の空白を埋める形でアフガンに関与を強めたとしても、何も得ることはなく、経済的にも得られるものはほとんどなく、常にテロなどの脅威にさらされることになるでしょう。

それでも、ロシアはアフガン侵攻の失敗からアフガンへの深入りはしないでしょうが、そのような経験のない中国は今後深入りし、米国が経験した様々な苦い体験をすることになるでしょう。

いずれにしても、これを契機に、中露は中東に深入りしていく可能性が高いです。そうして、米国はアジアへの関与を強めていくことでしょう。

以下は、米国のリムランドの3大戦略地域を示すものです。


オバマまでの米国は、リムランド対応として、西ヨーロッパ:中東:東アジアに3:5:2の割合で、力を注いできました。アフガニスタン撤退を機に、この割合を最終的には3:2:5の割合にもっていくことでしょう。

そのほうが米国にとって良いことです。なぜなら、石油産油国になった米国にとって中東はさほど重要ではないですし、中国と対峙する現在の米国にとっては、東アジアに注力するのは、当然のことです。

そもそも、経済的にも西ヨーロッパはある程度大きな部分を占めますし、東アジア中国と日本が存在し、経済的にも大きな部分を占めています。

中東は、GDPでみれは、ほんとうにとるに足らない地域です。サウジアラビアを富裕な国とみなす人も多いですが、実態はどうなのかといえば、日本の福岡県のGDPとあまり変わりありません。中東全域をあわせても、GDPはさほどではないのです。

アフガニスタンに至っては、タリバンは無論のこと、他の勢力がとって変わったとしても、まともな経済対策などできる見込みはなく、今後数十年にわたって、取るに足らないものになるでしょう。

それでも、従来は石油という資源により、中東は重要拠点とみなされてきたのですが、石油産油国となった現在の米国はそうではありません。

このようなことから、米国のアフガン撤退も必然的なものだったといえます。ここに割いてきた注力を東アジアに振り向けるのは当然のことです。

ただ、米国としてはアフガンの失敗の経験をネガティブにだけ捉えるのではなく、今後の対中国戦略に役立てるべきです。アフガニスタンの泥沼に中国がはまり込み、なかなか抜け出せない状況にもっていくべきです。これにより、米国にとってアフガン撤退は一挙両得になる可能性もあります。

そうして、このような見方をすれば、日本にとっては、米国のアフガン撤退はネガティブなものではなく、大歓迎すべきものです。東アジアに米国が注力でき、米国撤退後の空白を埋める形で、中国がアフガンに介入すれば、中国の力が分散されるからです。

日本にとっては、中東の石油は未だ生命線であり、中東をおろそかにすることはできませんが、米国が東アジアに注力することは、大歓迎です。

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