2021年10月16日土曜日

マスコミは「台湾有事」の空騒ぎを止めよ。軍事アナリストが警告する最悪シナリオ―【私の論評】なぜ日米は従来極秘だった、自国や中国の潜水艦の行動を意図的に公表するのか(゚д゚)!

マスコミは「台湾有事」の空騒ぎを止めよ。軍事アナリストが警告する最悪シナリオ


先日掲載の「中国空軍149機の『台湾侵入』は本気の警告。火に油を注いだ米国の動きとは」でもお伝えしたとおり、連日のように航空機を台湾の防空識別圏に侵入させ、さらには上陸作戦を意識した訓練の様子を公開するなど、エスカレートする一方の中国による「示威行動」。このような状況を受け、日本のメディアの中には「台湾有事」が迫っているかのように伝える動きも見られますが、いたずらに反感を煽ることを危険視し、ジャーナリズムとしてしっかり検証すべきことがあると説くのは、軍事アナリストの小川和久さん。小川さんは今回、自身が主宰するメルマガ『NEWSを疑え!』で、中国軍の戦力やインフラが整っていないと見られる今こそ日米台の連携強化が必要との見方を示すとともに、台湾内部からの崩壊を狙う動きに警戒すべきと訴えています。

マスコミは「台湾有事」で空騒ぎするなかれ

報道しているマスコミ自身が驚くかも知れませんが、台湾をめぐる中国の軍事的動向は家庭の主婦の間でも危機感を持って受け止められているようです。最近は、新聞・テレビだけでなくネットの情報も家庭に入り込んでいます。それを見て、友人の娘さんなどが私に「大丈夫でしょうか」と心配顔で聞いてくることもあります。

それはそうでしょう。10月1日から4日の動きを見ても、台湾の防空識別圏に侵入した中国軍の航空機について、「延べ38機、過去最大」(1日)、「延べ39機、過去最大」(2日)、「延べ56機、過去最大」(4日)と立て続けに大きく報じられれば、誰だって心配になろうともいうものです。

同じとき、台湾の邱国正国防部長は立法院(国会)で次のように答弁しました。「2025年以降、中国が全面的な台湾侵攻の能力を持つ」。この発言は、今年3月の上院軍事委員会におけるデービッドソン米インド太平洋軍司令官の「脅威は今後10年間で、実際には6年で明白になる」という発言と重なり、いかにもリアリティがあるように聞こえてきます。

また、10月4日の読売新聞は第3面をつぶして中国軍の動向を「中国『米艦への攻撃能力』誇示」と伝えました。まるで台湾に対して中国が攻撃を仕掛けそうではありませんか。

ここでジャーナリズムの役割が問われます。そうしたおどろおどろしい情報がどれほどリアリティを持っているか、それを検証するのがジャーナリズムの使命だからです。

まず、台湾の防空識別圏への中国機の進入はいくつかの目的を持った示威行動だとは指摘されてきました。10月1日の中国の国慶節(建国記念日)を踏まえた国威発揚、台湾のTPP(環太平洋経済連携協定)加盟申請への牽制、南西諸島周辺での空母3隻を含む日米豪カナダ、ニュージーランド、オランダによる過去最大の合同演習への牽制、といったところをにらんでの動きであることは間違いないでしょう。

中国機の動きについては、戦闘機、爆撃機、早期警戒管制機、空中給油機による編成から、実際に台湾侵攻の能力を備えたとの解説も飛び出しました。航行の自由作戦で台湾海峡を通る米国などの艦船を攻撃できる空域での飛行を繰り返し、これを牽制しているとの見方も示されました。このどれもが中国の狙いに含まれているのは事実でしょう。

しかし、台湾の邱国防部長や3月のデービッドソン米インド太平洋軍司令官の発言は、世論喚起や海軍への予算獲得を意識したものでしかありません。中国側には台湾海峡上空で航空優勢(制空権)をとる能力がなく、1度に100万人規模の上陸部隊が必要な台湾への上陸侵攻作戦についても、輸送する船舶が決定的に不足しており、1度に1万人しか出せないのです。そしてなによりも、データ中継用の人工衛星などの軍事インフラが未整備のままなのです。

3月のデービッドソン海軍大将の発言について米軍トップのミリー統合参謀本部議長は6月17日、上院歳出委員会で全面的に否定しています。

「中国が台湾全体を掌握する軍事作戦を遂行するだけの本当の能力を持つまでには、まだ道のりは長い」

「(中国による台湾の武力統一が)近い将来、起きる可能性は低い」

「中国には現時点で(武力統一するという)意図や動機もほとんどないし、理由もない」

だからといって安心してよいという訳ではありません。手段を選ばないハイブリッド戦で台湾を内部から崩壊させる動きにも注意が必要です。それを防ぐには、台湾と日米などの連携強化と抑止力の向上が不可欠です。

そういう中で、読売新聞の記事なども中国が進めている取り組みを詳細に紹介することで読者の中国への反感を煽り、警戒心をくすぐるだけでなく、軍事インフラの整備が遅れている問題などを報道しなければなりませんでした。

空騒ぎは、間違った方向に世論を煽り立て、世論に押された政治が国を誤らせかねないことは歴史が教えているとおりです。着実に防衛力整備と同盟関係の強化を進めるうえで、空騒ぎは百害あって一利なしであることを忘れてはなりません。(小川和久)

小川和久この著者の記事一覧

地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

【私の論評】なぜ日米は従来極秘だった、自国や中国の潜水艦の行動を意図的に公表するのか(゚д゚)!

上の記事は、概ね正しくさらにはマスコミの空騒ぎを諌めている点でも好ましいものだと思います。

ただ残念ながら、日米と中国の対潜戦闘能力(ASW)が、中国よりも圧倒的に優れていることが述べられていません。日本のいわゆる軍事評論家にはなぜかこのような人が多いです。それには、それなりの事情があるのでしょうが、少し残念です。

日米には両方とも、中国よりも桁違いに高い対潜哨戒能力があります。さらに、米国は攻撃力が中国のそれよりもはるかに攻撃力の高い攻撃型原潜艦隊がありますし、日本はステルス性(静寂性)に優れた潜水艦があり、これは中国の対潜哨戒の能力では発見するのはかなり難しいです。

以前もこのブログで述べましたが、現代の海戦における艦艇には二つしかありません。一つはイージス艦や空母、その他の艦艇であり、これは水上に浮かんでいます。水上に浮かんでいる艦艇は、すぐに発見され、攻撃され撃沈されます。現代においては、水上に浮かぶ艦艇は、ミサイルなどの標的にすぎないのです。

ところが、水中に潜む潜水艦は発見しにくく、すぐには撃沈されません。現代の海戦における本当の戦力は、水中に潜む潜水艦なのです。現代海戦においては、潜水艦
に対する対潜戦闘力(Anti-submarine warfare:ASW)の強いほうが、強いのです。

こうしたこともあり、海戦能力は日米が中国にはるかに勝っており、中国海軍が日米に海戦を挑んだ場合、中国にはとても太刀打ちできません。そうして、これは尖閣諸島などに対する中国示威行動についても同じことがいえます。対潜戦闘能力がかなり低い中国は、米国なしの日本だけとも海戦を挑めば壊滅的な被害を被ることになるでしょう。

このあたりについては、このブログでは何度か解説してきましたので、その詳細についてはここでは解説しません。これを知りたい方は、この記事の下のほうの【関連記事】のところに、その記事のリンクを貼っておきますので、是非ご覧になってください。

上の記事にもある、デービッドソン米インド太平洋軍司令官の発言や米軍制服トップの、ミリー統合参謀本部議長発言についても、その発言についてこのブログで何度か解説しましたので、これもここでは解説しません。これも【関連記事】のところでリンク貼っておきますので、興味のある方は是非ご覧になってくだい。

上の記事で、ミリー大将の語る「中国が台湾全体を掌握する軍事作戦を遂行するだけの本当の能力を持つまでには、まだ道のりは長い、(中国による台湾の武力統一が)近い将来、起きる可能性は低い。中国には現時点で(武力統一するという)意図や動機もほとんどないし、理由もない」というのは、先程も述べたように海戦能力が低い中国が、日米に海戦を挑めば、崩壊するのは必定ですから、事実と言って良いです。

この発言には裏付けがあるのです。ただ、その裏付けのうちの一つであるはずの、対潜戦闘能力に、関しては具体的には説明していません。これは、潜水艦の行動は秘密にするのが、昔からの慣行だからでしょう。潜水艦の長所はその隠密性です。昔から、各国の海軍は潜水艦の行動を公にすることはありませんでした。

潜水艦の行動を公にすれば、当然のことながら、敵対国はそれに対しての備えができます。そもそも、特定に海域に潜水艦がいるかいないかがわかるだけでも、対処の仕方が違ってきます。わざわざ、特定の海域で潜水艦が行動をしているかいないかを教えることは、わざわざ敵に塩を送るようなものです。

そうして、いずれの国でも敵潜水艦を発見したことを公表することも、滅多には公表しません。これも潜水艦を発見したことを公表してしまえば、こちらがわの対潜哨戒能力がどの程度なのか、敵側に知られてしまう可能性があるからです。これも敵に塩を送ることになってしまいかねないので、わざわざ公表しないのが普通です。

実際、上記事にもある、デービッドソン米インド太平洋軍司令官の発言や米軍制服トップの、ミリー統合参謀本部議長発言にも潜水艦の行動や、対潜戦闘能力(AWS)については何も語っていません。

しかし、日米も最近では自国潜水艦の行動や、中国潜水艦の発見を公表しています。

昨年西太平洋における潜水艦群の動きが公表されています。これは、艦隊司令部のあるハワイ州ホノルルの新聞が同司令部からの非公式な通告を受けて5月下旬に報道しました。

太平洋艦隊所属の潜水艦の少なくとも7隻が西太平洋に出動中であることが同司令部から明らかにされました。

その任務は「自由で開かれたインド太平洋」構想に沿っての「有事対応作戦」とされています。この構想の主眼は中国のインド太平洋での軍事膨張を抑えることだとされるため、この潜水艦出動も中国が覇権を目指す南シナ海や東シナ海での展開が主目的とみられます。

同報道によると、太平洋艦隊所属でグアム島基地を拠点とする攻撃型潜水艦(SSN)4隻をはじめ、サンディエゴ基地、ハワイ基地を拠点とする戦略ミサイル原子力潜水艦(SSBN)など少なくとも合計7隻の潜水艦が5月下旬の時点で西太平洋に展開して、臨戦態勢の航海や訓練を実施しているとされました。

その主要目的は中国の軍事膨張への抑止能力の健在を明示するとともに、太平洋艦隊所属の空母「セオドア・ルーズベルト」の乗組員に新型コロナウイルス感染者が多数、発生して、グアム島基地で活動停止となったことから生まれる太平洋艦隊の有事即応能力への疑問を払拭することにあるとされました。

米軍の潜水艦の行動の公表といえば、つい最近もありました。それは米海軍の世界最大級の攻撃型原子力潜水艦「コネティカット」が南シナ海で物体に衝突した事故の公表です。

今回の事故では、潜水艦の種別、具体的な潜水艦名、負傷者数のほか、さらにご丁寧に、7日の事故の後に、コネティカットが8日、自力で米領グアムの海軍基地にたどり着いたことまで公表しています。

メンテナンス中のシーウルフ級攻撃型原潜 西側諸国においては最大級の原潜

日本も潜水艦の行動を公表しています。

海上自衛隊は南シナ海からインド洋にかけての海域で行っている訓練に、潜水艦を追加で参加させると発表しました。中国が海洋進出を強めるこの海域への潜水艦の派遣を事前に公表するのは異例の対応で、専門家は中国海軍の出方を伺うねらいがあると指摘しています。

海上自衛隊は昨年12月7日から1か月余りの日程で、最大の護衛艦「かが」などを南シナ海からインド洋にかけての海域に派遣し、各国の海軍などと共同訓練を行うことを公表しました。

海上自衛隊は同年同月15日、この訓練に潜水艦1隻を追加で参加させると発表しました。

訓練の詳しい内容は明らかにされていませんが、防衛省関係者によりますと、海中に潜って航行する潜水艦を相手に見立てて追尾する、「対潜水艦」の訓練などを南シナ海で行う予定だということでした。

通常なら、このような公表はしません。これによって、わざわざ特定の海域で潜水艦が訓練することを公表すれば、中国の対潜哨戒機や哨戒艦、潜水艦などによって、潜水艦の行動が知られてしまうおそれもあります。音紋を再確認されたり、あるいは新規に音紋を採取されたりするおそれもあります。

海自の「そうりゅう型」潜水艦

さらに、同年6月18日から20日にかけて、鹿児島県の奄美大島の周辺で、外国の潜水艦が、浮上しないまま日本の領海のすぐ外側にある接続水域を航行したのを海上自衛隊が確認しましました。防衛省関係者によりますと、収集した情報から中国海軍の潜水艦とみられるということを公表しています。

防衛省は今年9月12日、鹿児島県・奄美大島の東側の接続水域で、10日午前に潜水艦が潜ったまま北西に向けて航行したのを確認したと発表しました。潜水艦が接続水域に入る前、近くを中国のミサイル駆逐艦1隻が航行していたことなどから、潜水艦は中国のものと推定しています。12日午前には、同県・横当島の西南西で接続水域の外側を航行し、東シナ海を西に向かいました。領海侵入はありませんでした。

このように、日米は最近相次いで、自国潜水艦の行動や、中国の潜水艦の行動を探知したことを公表しています。このようなことは従来はありませんでした。

これらが、なぜなされたのかといえば、当然のことながら、中国に対する牽制でしょう。そうして、その牽制の中には、日米が中国と海戦を行うことになった場合、中国に全く勝ち目はないことを警告することも含まれているでしょう。

台湾有事があったとしても、世界トップの対潜戦闘力(ASW)を有する米国は、台湾付近に潜む中国の潜水艦をすべて排除し、数隻の攻撃型原潜数隻で、台湾を包囲してしまえば、中国の艦艇は、台湾に近づくことができなくなります。

仮に、人民解放軍が台湾に上陸できたとしても、潜水艦の包囲を中国海軍は突破できず、人民解放軍は補給が途絶えて、お手上げになります。

尖閣についても、仮に米軍の応援がなかったにしても、日本が単独で、尖閣付近を日本の潜水艦数隻で包囲してしまえば、中国の艦艇や航空機は尖閣に近づくことはできなくなります。

それでも、多数の犠牲を払っても、中国人民解放軍や、海上民兵を尖閣諸島に上陸させても、中国海軍にはこの包囲網を解くことはできず、やはり補給ができなくなり、お手上げになります。

日本には、憲法上の問題があるとか、法律の整備がなされていないので、尖閣有事に日本政府は迅速に対応できないかもしれません、中国海軍が尖閣に上陸しても、日本ではモタモタして、国会審議をすることになるかもしれません。

しかし、その後であったにしても対処できれば、中国の海戦能力が低くく、日本側は高いと言う事実には変わりがないので、日本側が潜水艦数隻で尖閣諸島を包囲すれば、中国側はこれを突破できず、補給が途絶えて、尖閣諸島に上陸した部隊はお手上げになってしまいます。

無理に補給しようと、艦艇や航空機を台湾や尖閣に近づければ、日米は警告を発するでしょう。その警告を破っても侵入すれば、魚雷やミサイルで至近距離から攻撃され、多大な犠牲者を出すだけになります。

尖閣も台湾も中国が軍事力を用いて、侵攻しようにも、できないというのが現実なのです。

しかし、日本ではマスコミなどは、とにかく台湾危機や尖閣危機を煽り、台湾や尖閣諸島が明日にも中国によって軍事侵攻をされてしまうように報道します。

しかし、実際はどうなのかといえば、そもそも中国は台湾や尖閣諸島に武力侵攻できないことは理解しているので、威嚇や脅しをするためにそのようなことをしているのです。

もし、本当に中国に台湾や尖閣に侵攻できる軍事力があれば、示威行動などせず、台湾や尖閣などに領土的野心などないように装い、日米を油断させて、ある日突然侵攻するという方式をとるでしょう。わざわざ、予告してから侵攻するなどという愚かな真似はしないでしょう。

そうして、軍事力では台湾にも尖閣諸島に侵攻できない中国がどうするかといえば、示威行動を頻繁に行い、台湾や日本に脅威を与えることともに、手段を選ばないハイブリッド戦で台湾や日本を内部から崩壊させる動きをすることです。

ハイブリッド戦の考え方

先にも述べたように、日米が従来の慣習を破って、自国の潜水艦の動きを公表したり、中国の潜水艦の動きを公表するのは、海戦能力の低い中国に対して、軍事力で日米に挑んでも、勝ち目がないことを再認識させるとともに、日米国内で、海戦においては、中国には勝ち目がないこを認識してもらうという意図もあると思います。

世界の多くのまともな軍事アナリストらにとっては、以上で述べたことは、周知の事実でしょう。ただ潜水艦の行動を表に出してしまい国益を損なうことがないように、政府や軍の動きなどを見ながら、慎重に公表などする姿勢を変えていないのでしょう。

潜水艦の行動などを公表した側からすれば、本来はいわゆる軍事評論家やマスコミなどが対応して、自国の国益を損なわない程度に、様々な報道をしてもらいたいと期待しているのでしようが、なかなかそうはならないようです。しかし、台湾や尖閣などの中国による軍事侵攻を煽るだけというのでは問題です。上で述べたような観点からの報道もしてほしいものです。

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2021年10月15日金曜日

台湾のTPP加盟後押しは日本の「喫緊の課題」―【私の論評】1993年以降の世界貿易の変化を反映したTPP協定の規定をWTOが採用すれば、中国は香港をWTOに加入させるか、世界から孤立するしかなくなる(゚д゚)!

台湾のTPP加盟後押しは日本の「喫緊の課題」

岡崎研究所

 9月16日の中国に続き、台湾は9月22日にTPP(環太平洋経済連携協定)への加盟申請を行った。中国は、台湾が加盟申請したことに対し、ただちに、「台湾は中国の不可分の一部であり、もし台湾が中国との『統一』を拒否し続けるならば、中国は台湾に侵攻する」と威嚇した。この言い方は台湾についての中国の最近の常套句そのものである。

 TPPへの加盟資格は、11の現メンバー国が賛成することであり、現段階では、11カ国が中台双方の申請に対し、如何なる対応を取ることになるのか明白ではない。中国がいずれかの加盟国に対し台湾の加盟に反対するよう呼び掛けたり圧力をかけることは、いかにもありそうなことである。

 TPPの加盟申請について議論をする時には、約20年前の世界貿易機関(WTO)加盟のことが想い起こされる。WTOへは中国、台湾がほぼ同時期に加盟することが認められた(中国は2001年12月、台湾は2002年1月)。

 中国としては、今日の中国の経済力、軍事力から見て、20年前のケースは今回のTPPのケースには当てはまらない、と言いたいところなのだろう。台湾に対する、中国からの威圧は最近特に強まっており、中国は「報復」と称して、輸入を禁止したり、軍事力を見せつけるために、台湾周辺海域を軍機が威嚇飛行を行ったりしている。

 台湾外交部(外務省)は、中国からの非難に対し、台湾は台湾であり、中華人民共和国の一部ではないと述べ、中華人民共和国は一日たりとも台湾を統治したことはない、と反論した。そして、台湾の人民が選んだ政府だけが、台湾を代表して国際機関や地域経済連携協定に参加できると牽制した。

 それに加え、台湾としては、今日の中国の貿易体制がはたしてTPPの要求する高いレベルの条件を満たすことが出来るのか、強い疑念を抱かざるを得ないとして、中国に反撃した。なお、蔡英文総統は台湾としてはTPPの「すべてのルールを受け入れる用意がある」と述べている。

 日本は、これまで高度の経済力、技術力をもち、民主主義の価値観を共有する台湾を、日本にとっての「重要なパートナー」として位置づけ、台湾がTPPに加盟することを支持するとの立場を維持してきた。茂木敏充外相は台湾の加盟申請の発表に対し、直ちに「歓迎」の意を表明したが、その際、「中国の加盟にとっては、高いレベルの条件を満たすだけの用意が出来ているかどうかしっかり見極める必要がある」旨発言している。

 今年は日本がTPPの議長国の年にあたっており、日本としてアジア太平洋における台湾の占める位置を考えた際、台湾のTPP加盟を支持・歓迎するのは当然であろう。日本が台湾のTPP加盟を実現するよう主導することは日本にとっての「喫緊の課題」である。

中台ともに短期間で結論は出ない

 トランプ政権下でTPPを離脱した米国がTPPに復帰することは、日本を含め、メンバー国の等しく期待するところである。バイデン政権は、中国、台湾の加盟申請については、民主主義の価値を共有する台湾の加盟を支持する、と述べた。他方、中国の加盟については、「非市場的な貿易慣行」を持つ、として、中国が加盟のハードルを簡単に超えられないのではないか、との疑いをもっているようである。

 最近、米国の主導する「クアッド(QUAD)」や「AUKUS」というアジア・太平洋地域の新しい安全保障の枠組みがその活動を開始した。このような環境下で、アジア太平洋全体の経済、安全保障を考えるとき、米国がTPPに出来るだけ早期に復帰することが望まれることはいうまでもない。しかし、バイデン政権としては、これまでのところ、米国のTPPへの復帰については、沈黙を守っている。

 中国の貿易慣行、国営企業に対する優遇措置、知的財産権の処理などを勘案すれば、TPPの高いレベルの条件を満たすことは極めて難しく、中国の加盟申請が簡単に認められることは想定しがたい。今回の中台双方の申請には、多くの難問があり、今後行われるであろう各メンバー国による具体的交渉のことを考えれば、短時間に結論の出るようなものではないかもしれない。

 しかし、TPP加入を長年の課題としてきた蔡英文政権にとっては、中国と対比される形で、基本的価値を守り、ルールや秩序を維持する台湾の役割が世界に再認識される上で、一つの好機到来と考えているかもしれない。

【私の論評】1993年以降の世界貿易の変化を反映したTPP協定の規定をWTOが採用すれば、中国は香港をWTOに加入させるか、世界から孤立するしかなくなる(゚д゚)!

上の記事では「中国がいずれかの加盟国に対し台湾の加盟に反対するよう呼び掛けたり圧力をかけることは、いかにもありそうなことである」としていますが、それは現実に起こっています。

それは、チリです。茂木敏充外相は15日の記者会見で中国の環太平洋経済連携協定(TPP)加盟を支持したチリに不快感を示しました。「他人のことよりも自分の国内手続きをしっかり進めてほしい。非常に遅れている」と語りました。チリは国内手続きが進んでおらず、まだTPPを批准していません。

茂木敏充外相

中国外務省はチリの支持を取り付けたと発表していました。TPP加盟には全ての参加国の同意が必要となります。チリのほかにマレーシアなどが中国を歓迎するとし、オーストラリアやカナダなどは慎重な姿勢です。

自民党は衆院選の公約に台湾のTPP加盟申請を「歓迎する」と盛り込みました。中国については触れていません。

中国は現在のままであれば、上の記事にもあるように、到底TPPに加入することなどできません。にもかかわらず、加入の意思を示すのは、まずは台湾に圧力をかけることです。そうして、二番目には、あわよくばTPPに加入して、TPPを自分の都合の良いようにつくりかえてしまうという魂胆でしょう。

WTOの規則も守らない中国を、TPPに加入させるなどもってのほかです。それについては、以前のこのブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
中国がTPP正式申請も…加入できないこれだけの理由 貿易摩擦、領有権問題などなど門前払いの可能性―【私の論評】英国は加入でき、中国はできないTPPは、世界に中国の異質性をさらに印象づけることに(゚д゚)!

習近平

詳細は、この記事をご覧いただくものとして以下に一部を引用します。
"
2018年、米国通商代表部(USTR)は「中国のWTO加盟支持は誤りだった」と する年次報告書を出しています。その趣旨を以下に掲載します。
中国は、2001年にWTOに加盟後、加盟議定 書に定められた条項で要求されるように、 WTOの義務に従うために何百もの法律や規制 などを改正する予定であった。 
米国の政策立案 者は、中国の加盟議定書に定められた条項が、 開放的で市場主義的な政策に基づいており、無 差別、市場アクセス、相互性、公平性、透明性 の原則に立脚した国際貿易体制と両立しない既 存の国家主導の政策と慣行を解体することを望 んだ。 
しかし、その希望は失われた。中国は現在、 国家主導経済のままであり、米国や他の貿易相 手国は、中国の貿易体制に深刻な問題に直面し 続けている。一方、中国はWTO加盟国として の承認を、国際貿易の支配的プレーヤーにするために利用してきた。これらの事実を踏まえ て、中国の開放的な市場指向の貿易体制が確保 されないことが証明された以上、米国が中国の WTOへの加盟を支持したことが誤りだったこ とは明らかである。
中国はWTO加盟国として の承認を、国際貿易の支配的プレーヤーにするために利用してきました。もし、仮にTPPに入れたとしても、TPPを同じように利用するだけです。
"
TPP加入国は、WTOの愚を繰り返すべきではないです。上の記事では、TPP加入に関しては「中台ともに短期間で結論は出ない」などとしていますが、もう結論はでています。

中国は入れないし、台湾はTPPの約束事を守れるように国内の法律等を変える努力をすれば加入できます。

日本としては、このブログにも書いたようにTPPを大いに発展させ、1993年以降の世界貿易の変化を反映したTPP協定の規定をWTOに採用するように働き掛けることができます。これには、EUも賛成するでしょう。 

TPPのルールを世界のルールにするのです。単なる先進国だけの提案ではなく、アジア太平洋地域の途上国も合意したTPPの協定をWTOに持ち込むことには中国も反対できないでしょう。

TPPのルールがWTOのルールとなれば、中国は中共を解体してもTPPルールを含む新WTOに入るか、新WTOには入らず、内にこもることになります。内にこもった場合は、中国を待つ将来は、図体が大きいだけのアジアの凡庸な独裁国家に成り果てることになります。その時には他国に対する影響力はほとんどなくなっているでしょう。


いずれにせよ、TPPは加盟国だけではなく世界にとって、有用な協定になる可能性が高まってきたのは事実です。日本は、TPPのルールを世界の自由貿易のルールとするべくこれからも努力すべきです。

そうして、TPPの加盟諸国ができることがあります。それは、中国にTPP加入できるチャンスを与えることです。中国が間接的にでも、TPPに加入できるとすれば、すれば、香港の一国二制度を復活して、香港を元の状態に戻し、その上で香港をTPPに加入させることです。

中国が間接的にでも、TPPに加盟したいなら、このくらいしか方法はないでしょう。そうして、香港がTPPに加入できたとしても、その後中国がまた香港の「一国二制度」を廃止する動きにでれば、すぐにでも加入を取り消すようにすべきです。

しかし、そもそも中国はこの条件を飲んで香港を加盟させるようなことはしないでしょう。

1993年以降の世界貿易の変化を反映したTPP協定の規定をWTOに採用することができれば、中国をWTOから脱退させることも視野に入ります。

そうなれば、中国の選択肢は香港の「一国二制度」を復活させ、香港をWTOに加入させるか、世界から孤立するか、二つに一つしかなくなります。日本は、台湾、英国、カナダ、オーストラリア等の国々とともに、強力に推進すべきです。

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2021年10月14日木曜日

EUでも立ちはだかるアフターコロナの財政規律の壁―【私の論評】インフレになりにくくなった現在世界では、財政赤字を恐れて投資をしないことのほうがはるかに危険(゚д゚)!

EUでも立ちはだかるアフターコロナの財政規律の壁

岡崎研究所

 EUは昨年3月、パンデミックに対処するために加盟国に自由な財政出動を認めることとして「安定・成長協定」を中核とするEUの財政規律の適用を一時的に停止した。「安定・成長協定」は、次のように定めている。公的債務はGDP比60%を超えてはならない。そして財政赤字はGDP比3%を超えてはならない。これに違反すると、政府は健全財政に立ち戻る計画を作らねばならない。


 ようやくパンデミックを徐々に抑え込み、復興への歩みを進める段階に至って「平時」に復帰後の財政規律のあり方が俎上に上るに至っている。9月10日の非公式の財務相会合で意見交換が行われたが、2023年から「平時」に復することを睨んで、来年中には成案を得るべく、今年中には欧州委員会がその案を提案する模様である。

 「安定・成長協定」は、その硬直性が成長を阻害していると非難の対象とされ、あるいは過去の危機を経て実情に合致しないことにもなって来ているので、全般的な見直しの好機とも言い得よう。

 しかし、見直しは、エコノミスト誌9月18日号の記事の表現を借りれば「塹壕戦」が予想されている。ジェンティローニ欧州委員(経済担当、元イタリア首相)は「安定・成長協定」の実質的な改定を狙っているようであるが、オランダ、オーストリアなどの倹約家の諸国は、如何なる改革も財政の持続性を害してはならず、公的債務の削減目標は維持されるべしとの立場である。

 彼等は「安定・成長協定」の改善に賛成だと言うが、それは規制を簡素化し、透明性を高め、一貫性のある適用を求めるというものらしい。しかし、ユーロ圏の公的債務のGDP比は19年の83.9%から20年には98%に上昇した。20年に60%以下に抑え得たのはルクセンブルク、オランダ、アイルランドの3カ国しかない(ドイツは69.8%、フランスは115.7%)。

 この目標を今後も掲げ続けるのは冗談としか思えず、恐らく欧州委員会もこの目標は有名無実化しているとの認識であろう。他方、財政赤字3%目標につては、欧州委員会はこれを維持することが望ましいと考えているとの観測があるが、ユーロ圏の財政赤字のGDP比は19年の0.6%が20年には7.2%に膨張した。

 見直しの議論にはEUの復興基金による復興の進捗状況、とりわけ、イタリアの巨額の計画の進展如何が影響を持つであろう。見直しの結果は、原則的なルールを変更すること(それがEU条約の改正を伴う必要があるのか否かは分からない)と環境政策のような一定の分野での財政支出を公的債務と財政赤字との関係で特別扱いすること、双方の組み合わせになるのではないかと思われる。

EUはいかに新たなルールを作るのか

 EUは、緑の変革とデジタル化を中核に据えたパンデミックからの復興を目指しており、これらの分野の投資を切り出して特別扱いとすることに加盟国間で大きな困難はないのかも知れない。もっとも、それは対象となる投資の規模にもよるであろう。

 ジョセフ・スティグリッツ教授は、9月22日付けフィナンシャル・タイムズ紙掲載の論説‘Europe should not return to pre-pandemic fiscal rules’で、EUがパンデミック前のルールに立ち戻ることは間違いであり、公的債務のGDP比を減らすには投資で分母を増やすべきだとして、より柔軟で思慮深い財政運営を求めている。

 それはその通りなのだが、公的債務と財政赤字を規制する「収斂基準」はユーロを創設にするに当たり、ユーロ圏を通じて加盟国の協調した行動を確保し、出来るだけ均質な経済体質を作り、それによりユーロの価値を維持することを意図したものである。したがって、柔軟性は持たせつつも、加盟国の野放図な財政運営を規制する明確なルールの維持は避け得ないのであろう。

【私の論評】インフレになりにくくなった現在世界では、財政赤字を恐れて投資をしないことのほうがはるかに危険(゚д゚)!

財政赤字を忌避し続けるEUの姿勢は全く理解できません。財政赤字よりも経済成長することを目指すべきです。その中でも特に雇用を重視すべきです。財政黒字になったとしても、雇用が毀損されれば、無意味です。まずは、何が何でも雇用を重視すべきです。

経済政策において、財政黒字になることは良いことではなく、むしろ悪いことです。特に財政黒字になっても、雇用が悪化するようなことでもあれば、それは、政府がまともな経済政策を実施していないことの証です。それは、経済政策の失敗です。

財政赤字が、巨額の財政赤字は金利と物価の急騰を引き起すとか、将来世代への付け回しになると、真剣に考える愚かな政治家や官僚がいますが、それも全くの間違いです。それは、以前もこのブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
高橋洋一の霞ヶ関ウォッチ コロナ追加経済対策、批判的な報道は「まともだという証明」―【私の論評】ノーベル経済学賞受賞サミュエルソンが理論で示し、トランプが実証してみせた 「財政赤字=将来世代へのつけ」の大嘘(゚д゚)!


昨年までは、米国はトランプ政権でしたが、このトランプ氏選挙戦では財政赤字を減らすと公言していたのですが、実際に行ったのは、財政赤字削減など無視して、どんどん赤字を増やしていきました。そうして、コロナ禍対策においては、さらに赤字に拍車をかけました。それは、上のグラフをご覧いただけば一目瞭然です。

詳細はこの記事をご覧いただくものとして一部を以下に引用します。

トランプ氏は企業や富裕層に対して大幅減税を行う一方で、軍事支出を拡大し、高齢者向けの公的医療保険「メディケア」をはじめとする社会保障支出のカットも阻止し、財政赤字を数兆ドルと過去最悪の規模に膨らませました。新型コロナの緊急対策も、財政悪化に拍車をかけています。

これまでの常識に従うなら、このような巨額の財政赤字は金利と物価の急騰を引き起こし、民間投資に悪影響を及ぼすはずでした。しかし、現実にそのようなことは起こっていません。トランプ氏は財政赤字を正当化する上で、きわめて大きな役割を果たしたといえます。

米国では連邦政府に対して債務の拡大にもっと寛容になるべきだと訴える経済学者や金融関係者が増えています。とりわけ現在のような低金利時代には、インフラ、医療、教育、雇用創出のための投資は借金を行ってでも進める価値がある、という主張です。

このような巨額の財政赤字は金利と物価の急騰を引き起すこともなく、結局将来世代へのつけともならないでしょう。
そうして、現在でも米国経済にはそのような徴候は微塵も見られません。トランプ氏の政策は、米国人の財政赤字に対する考え方を根底から変えてしまったかもしれません。そうして、それは良いことです。

一方、サミュエルソン氏は赤字国債の発行は、将来世代へのつけにはならないとしています。これについても、この記事から引用します。
20世紀を代表する経済学者の一人であるポール・サミュエルソンは、たとえば戦時費用のすべてが増税ではなく赤字国債の発行によって賄われるという極端なケースにおいてさえ、その負担は基本的に将来世代ではなく現世代が負うしかないことを指摘しています。 

20世紀を代表する経済学者の一人であるポール・サミュエルソン

なぜかといえば、戦争のためには大砲や弾薬が必要なのですが、それを将来世代に生産させてタイムマシーンで現在に持ってくることはできないからです。その大砲や弾薬を得るためには、現世代が消費を削減し、消費財の生産に用いられていた資源を大砲や弾薬の生産に転用する以外にはありません。 
将来世代への負担転嫁が可能なのは、大砲や弾薬の生産が消費の削減によってではなく「資本ストックの食い潰し」によって可能な場合に限られるのです。 
このサミュエルソンの議論は、感染拡大防止にかかわる政府の支援策に関しても、まったく同様に当てはまります。政府が休業補償や定額給付のすべてを赤字財政のみによって行ったとしても、それが資本市場を逼迫させ、金利を上昇させ、民間投資をクラウド・アウトさせない限り、赤字財政そのものによって将来負担が生じることはありません。

しかし、サミュエルソンのこの主張も、当たり前といえば当たり前です。サミュエルソンは、あまりにも当たり前のことをわからない人が多いので、このような主張をしたのでしょう。国債は政府の借金です。政府はどこから借金をしているかといえば、国債を購入する機関投資家や個人投資家からなどです。

誰が当面のつけを払っているかといえば、これらの投資家が払っているのです。これら投資家は、国債に支払った資金が手元にあれば、事業をしたり投資したりできますが、それで国債を購入してしまえば、それができなくなるのです。

しかし、国債の償還によって、投資家は元金と金利を受け取ることができるのです。愚かな人は、これが将来世代への付けになると考えているのでしょうが、それは完璧な間違いです。

政府がよほど無意味な投資でもしない限り、公共工事や他の事業が行われ、それが富を生み出し、税金として政府に戻ってくることになります。

公共工事で堤防をつくったら、何にも富を生み出すことはないではないかと言う人もいるかもしれません。そうでしょうか。堤防をつくって安全になれば、そこには住人が増えます。住人が増えれば、商店や病院ができます。工場ができたり、住民サービスの様々な施設ができて、税収が増えることになります。

無論、そうなるまではかなりの時間がかかり、個人がそのようなことをしても損失だけで、何も富を生み出すことはできないかもしれません。しかし、政府は長い間待つことができます。そうして、出来上がった堤防は将来世代も使うことができるのです。

それに、あまりにも当たり前すぎて、わざわざ述べるべきかどうか迷うところですが、堤防をつくるために、政府が支出して土木会社などにお金を払い工事を実施すれば、その工事に携わる人たちは、それで収入を得て消費や投資をしたり、さらには税金を払うことになります。政府は、税収を得ることできます。これが、家計や個人とは大きな違いです。政府が何かつくったり消費すれば、そのお金がそっくり消えてしまうわけではないのです。

そうして政府は国が崩壊することでもない限り、不死身と言っても良い存在です。これは、個人や企業などとは大きな違いです。個人の寿命は数十年、企業の寿命は日経が昔調べた資料によれば、30年です。これは、今から考えると、会社というより、一事業の寿命は30年というほうが正しいかもしれません。しかし、現在のコーポレート化された組織であっても、不死身ではありません。

だから、国債を発行して政府は様々な事業を行うことができるのです。というより、国民のためにそうしなければならないのです。ただ、無制限にそのような事はできないです。もし、無制限にそのようなことをして不都合が生じた場合、インフレになります。

この場合は、心配する必要はありますが、財政赤字自体を心配する必要はありません。インフレにさえならなければ、政府は財政破綻の心配などせずとも、財政赤字状態を100年でも200年でも、継続することできます。 

ただしインフレになり、それに対処できなければ、政府は信用を失い、財政破綻の可能性もでてきます。そうなると、インフレを心配する人もでてくるでしょう。

しかし、今の世界は、よほどのことがない限りインフレになりにくい状況になっています。これについても、以前このブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。

世界が反緊縮を必要とする理由―【私の論評】日本の左派・左翼は韓国で枝野経済理論が実行され大失敗した事実を真摯に受け止めよ(゚д゚)!

野口旭氏

 詳細はこの記事をご覧いただものとして、この記事において、野口旭氏は、現在世界がインフレになりにくい状況を以下のように述べています。

一つの仮説は、筆者が秘かに「世界的貯蓄過剰2.0」と名付けているものである。世界的貯蓄過剰仮説とは、FRB理事時代のベン・バーナンキが、2005年の講演「世界的貯蓄過剰とアメリカの経常収支赤字」で提起したものである。バーナンキはそこで、1990年代末から顕在化し始めた中国に代表される新興諸国の貯蓄過剰が、世界全体のマクロ・バランスを大きく変えつつあることを指摘した。リマーン・ショック後に生じている世界経済のマクロ状況は、その世界的貯蓄過剰の新段階という意味で「2.0」なのである。

各国経済のマクロ・バランスにおける「貯蓄過剰」とは、国内需要に対する供給の過剰を意味する。実際、中国などにおいてはこれまで、生産や所得の高い伸びに国内需要の伸びが追いつかないために、結果としてより多くの貯蓄が経常収支黒字となって海外に流出してきたのである。

このように、供給側の制約が世界的にますます緩くなってくれば、世界需要がよほど急速に拡大しない限り、供給の天井には達しない。供給制約の現れとしての高インフレや高金利が近年の先進諸国ではほとんど生じなくなったのは、そのためである。

この「長期需要不足」の世界は、ローレンス・サマーズが「長期停滞論」で描き出した世界にきわめて近い。その世界では、財政拡張や金融緩和を相当に大胆に行っても、景気過熱やインフレは起きにくい。というよりもむしろ、財政や金融の支えがない限り、十分な経済成長を維持することができない。ひとたびその支えを外してしまえば、経済はたちまち需要不足による「停滞」に陥ってしまうからである。それが、供給の天井が低かった古い時代には必要とされていた緊縮が現在はむしろ災いとなり、逆に、その担い手が右派であれ左派であれ、世界各国で反緊縮が必要とされる理由なのである。

インフレになりにくい現在の世界では、財政赤字を恐れて、投資をしないことのほうが、経済運営においてはるかに危険なことなのです。 

ジョセフ・スティグリッツ教授は、EUがパンデミック前のルールに立ち戻ることは間違いであり、公的債務のGDP比を減らすには投資で分母を増やすべきだとして、より柔軟で思慮深い財政運営を求めていますが、これは全く正しいです。

公的債務と財政赤字を規制する「収斂基準」を撤廃すべきです、そうでないと経済で行き詰まるときが必ずやってきます。もし、どうしてもできないというのなら、EUそのものを解体して、各々国が各々の国の財政政策や金融政策ができるようにすべきでしょう。

無論解体といっても、文化的なつながりやミクロ経済的な連携は保ったまま、緩やかな解体なども考えられます。そうしたことをも視野位入れて、「収斂基準」を撤廃すべきです。このような時代遅れな基準が存在する限り、EUはいずれ経済で行き詰まり、いますぐということではないですが、いずれ必ず崩壊することになります。

EUも投資で分母を増やすべきですが、その他の国々もそうです。特に先進国ではそうです。日本も例外ではありません。

世界がこのような状況にあり、日本も世界経済から遊離して存在しているわけではなく、例外ではないのですから、昨日もこの記事で述べたように、矢野康治財務事務次官が、月刊誌「文芸春秋」11月号への寄稿で、「このままでは国家財政は破綻する」として、財政再建の重要性を訴えたことは、全くの間違いというか、全くの方向違いというか、私からいわせると、幼稚極まりない議論なのです。

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2021年10月13日水曜日

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【日本の解き方】財務次官「バラマキ」寄稿の論理破綻 高橋洋一氏が一刀両断 会計学・金融工学に基づく事実 降水確率零%で台風に備えるくらい滑稽 

矢野康治

 岸田文雄首相は14日に衆院を解散する。19日公示、31日投開票の衆院選ではコロナ禍で落ち込んだ経済再生が争点となり、各党は公約で大規模な経済対策を打ち出している。こうした動きを真っ向から批判するのが財務省の矢野康治事務次官が月刊誌「文芸春秋」11月号に寄稿した「バラマキ批判」論文だ。高市早苗政調会長が不快感を示す一方、鈴木俊一財務相は容認するなど政府・与党内でも反応が分かれるが、矢野次官の「財政破綻論」は正しいのか。元財務官僚の高橋洋一氏が一刀両断した。

 矢野康治財務事務次官が、月刊誌「文芸春秋」11月号への寄稿で、「このままでは国家財政は破綻する」として、財政再建の重要性を訴えた。

 鈴木俊一財務相は8日の記者会見で「個人的な思いをつづったと書いてある。中身は問題だと思わない」と説明した。麻生太郎前財務相からは了解を得ているという。

 岸田文雄首相は10日のフジテレビ番組で、「いろんな議論はあっていいが、いったん方向が決まったら関係者はしっかりと協力してもらわなければならない」とクギを刺した。自民党の高市早苗政調会長は同日のNHK番組で「大変失礼な言い方だ」と不快感を示した。

 矢野氏は「単に事実関係を説明するだけでなく、知識と経験に基づき国家国民のため、社会正義のためにどうすべきか、政治家が最善の判断を下せるよう、自らの意見を述べてサポートしなければなりません」と書いている。

 意見を述べるのは自由だが、その前提が間違っていては話にならない。間違った前提から出てくる意見は、有害以外の何物でもない。

 まず会計学から問題を指摘する。矢野氏が財政危機の証拠としてデータで示すのは、「ワニの口」と称する一般会計収支の不均衡と債務残高の大きさだ。

 全ての政府関係予算が含まれている包括的な財務諸表は小泉純一郎政権以降、毎年公表されている。この財務諸表は、しっかりした会計基準でグループ決算が示されているが、矢野氏が寄稿で提示したデータは、会社の一部門の収支とバランスシート(貸借対照表)の右側の負債だけしかないようなものだ。

 ただし、財務省が公表している連結ベースの財務諸表については日銀が含まれていないという問題もある。日銀は金融政策では政府から独立しているが、会計的には連結対象なので、財務分析では連結すべきものだ。

 日銀を連結した場合、資産1500兆円、負債は国債1500兆円と銀行券500兆円となる。銀行券は無利子無償還なので、形式的には負債だが実質的な負債ではないので、日本の財政が危機ではないのは、会計の基本を知っていれば明らかだ。

 金融工学からも問題がある。直近の日本国債の5年CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)は0・00188%なので、大学院レベルの金融工学知識を使えば、日本の5年以内の破綻確率は0%にも満たないことが分かる。これは、バランスシートからみた破綻の考察とも整合的だ。

 このような状況で日本財政が破綻する恐れがあるというのは、降水確率零%の予報のとき、今日は台風が来るので外出は控えろというのと同じくらい、筆者には滑稽に思える。

 以上は、本コラムの読者であればおなじみだが、会計学や金融工学に基づく事実で、ノーベル賞学者らとも同じ世界標準のものだ。

 世界の誰とも対等に議論できるように正しい学問の知識を持つことが重要だ。財政が破綻しているのではなく、無知から出てくる財政破綻論や緊縮論こそ、もう破綻している。 (元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】「親ガチャ」より酷い日本の「財務省ガチャ」状況は一日も速く是正すべき(゚д゚)!


現内閣の基本方針を真っ向から否定する、矢野財務次官の檄文には驚きました。コロナ対策の各種給付金をバラまき合戦と断じ、国民はそれを望んでいないと勝手に決めつけ、マクロ経済学の基本を無視してひたすら家計の類推で論じています。国家財政を家計と同次元に見るこの論点には、驚きはしましたが、なにやら、あまりの低次元に矢野氏に対する哀れみすら感じました。

家計と、一国政府の財政は全く異なります。家計においては、できないことが政府にはできます。国債を発行したり、政府の一下部機関である、日銀は貨幣を発行することができます。これを同次元に述べるのは完璧な誤りです。

以下に日銀と政府連結のバランスシートをあげます。これは、高橋洋一氏が作成したものです。

上の高橋洋一氏の記事にもあるように、このバランスシートからみれば、銀行券が無利子無償還なので形式負債ですが実質負債でないので、日本の財政が危機でないのは、会計の基本を知っていれば明らかです。

矢野氏の議論は、財政は、国民の為にあることを無視する、稀に見る暴論です。

矢野次官の檄文には財界トップの支持者が多いですが、彼らも矢野氏と同じくマクロとミクロの違いを理解していません。これだけの財政赤字を出して初めて、現在の540兆円のGDPを維持しているのです。それは企業が巨額の貯蓄超過に陥っているからです。財政赤字を減らせば国民の所得は減ります。それが貯蓄と投資が常に等しくなるマクロ経済の基本です。

緊縮財政発言を経済同友会会長が正しいとして擁護しているというニュースが流れました。全く信じられないです。彼らは平成の30年間の景気後退を緊縮財政と日銀の金融引締のせいとは思っていないようです。一体何のせいだと思っているのでしょうか。

経済同友会桜田幹事

多くの政治家や官僚にとっては短期で個人の生活を考える限りにおいてはデフレはそう悪いものではないのかもしれません。物価が下がるほどには給料は下がらないからであり。実質ベースアップがあるようなものなのかもしれません。

また景気が悪いと一般の方からの頼まれ事も多くなり、権勢を振るう機会があり利権も生ずるのでしょう。彼らには、「公」の精神なるものはないでしょう。

国民経済が発展するのとともに、自分たちも発展していきたいなどという気持ちは彼らにはないのでしょう。そのためには、マクロ政策では、雇用こそ最も重要であるという考えもないのでしょう。本当に、クズです。

最近「親ガチャ」という言葉がはやっています。これは、親は選べず、人生は家庭環境次第で決まってしまう。こんな人生観をカプセル玩具の販売機に例えた「親ガチャ」という言葉です。若者を中心に賛同の声がある一方、「本人の努力が足りないから」と批判する声もあります。

「努力すれば何でもできる」というのは、明らかな間違いだと思います。そうして、国民は選挙で政治家を選ぶことはできまずか、財務省の役人を選ぶことはできません。

財政政策は、本来政府が目標を決めて、財務省の官僚は、それに従い専門家的な立場から様々な方法を選ぶというのが本筋です。ところが、現状では財務省の官僚が、あたかも大きな政治組織のように動き、財務政策の目標にまで大きな影響を及ぼしているというのが実態です。矢野氏の寄稿もその一環として行われたものです。

これは、国民からすれば日本は「財務省ガチャ」状態にあると言っても良いのではないでしょうか。無論デフレになっても、努力する人はいて、成功する人もいます。しかし、デフレは経済の病気であり、それも重大な病気です。どんな場合でも一刻もはやく是正すべきものです。デフレを景気の悪化などのようにみなすのは大きな間違いです。

これを放置しておけば、経済は悪化しますし、雇用もかなり悪化します。2012年あたりまでは、雇用は最悪でした。その後安倍政権が成立して、直後は積極財政、異次元の金融緩和政策がとられ、雇用は回復しました。

その後、安倍政権のときに結局、安倍総理自体は二度も増税を延期したのですが、結局財務省ガチャに抗えず二度も増税してしまったため、現状でも日本はデフレから完璧に脱却したとは言い難いです。ただ、最近はイールドカープコントロールにより緩和は手控え傾向ながらも日銀は緩和自体は続けているので、雇用は良い状況が続いてはいます。

さらに、日本では雇用調整助成金が功を奏して、コロナ禍において先進国では最も失業率が少小さいです。このこと自体は誇るべきことです。

しかし矢野氏の主張する通りの経済政策を実行すれば、また日本経済はデフレスパイラルに陥り、とんでもないことになるのは明らかです。雇用状況も従来のような酷い状況に戻ることになるでしょう。あの雇用の酷い状況を、また若者に味合わせるべきではありません。

デフレになっても、努力して成功する人もいますが、そういう人たちはまともな企業に就職できて、経済的にも技能的にもある程度基盤をつくることができた人でしょう。デフレが亢進すれば、就職もままならなくなり、スタートラインにすら立てなくなる人が大勢出ることになります。そういう人たちは、自分で自分の運命を切り開くこともできないのです。これは、「親ガチャ」よりも酷いかもしれません。

日本の「財務省ガチャ」状況は、一刻もはやく是正すべきです。岸田氏は一刻もはやく、矢野氏を更迭すべきです。



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2021年10月12日火曜日

米仏関係修復がAUKUSとインド・太平洋の安定に寄与する―【私の論評】日本こそが、米豪と仏の関係修復に積極的に動ける!安倍晋三氏を日仏関係担当特使に(゚д゚)!

米仏関係修復がAUKUSとインド・太平洋の安定に寄与する

岡崎研究所

 9月15日に米豪英3か国が発表した新たな安全保障連携(AUKUS)に対するフランスや EUの反発が今後の国際情勢にどう影響るのかが注目されるところである。

 9月23日付の仏Le Monde紙の社説は、9月22日のバイデン・マクロン電話会談により、とりあえず米仏間の関係修復の道筋ができたことは評価するが、今後の実行が大事であると論じている。



 フランスとEUが米国との同盟関係の現実について認識したことは確かであるが、これによりインド・太平洋戦略やNATOについて大きな影響が生ずるわけではなく、むしろ雨降って地固まる効果も期待できるのではないかとも思われる。他方、Le Mondeの社説は、仏豪関係はそうはいかないし、仏英関係もぎくしゃくすることを示唆している。

 そもそも豪州の潜水艦調達契約は、2015年に、当初は日本からの調達がほぼ確実であったのが、親日的なアボット首相の退陣等もあって、フランスに巻き返されたもので、その立役者が仏国防大臣で、現外務大臣のル・ドリアンであった。当時は、この契約の地政学的重要性よりも単に日仏独が競う大型商談として注目されていたもので、豪政府がフランスからの調達に決めたのも、国内の雇用や産業振興に最も有利であることが決め手であって、安全保障上の考慮からすれば日本製に決めるべきものであった。

 しかし、フランスの提案は、仏製原潜の原子炉部分をディーゼルに置き換えるという前例のない構想であり、コミットした現地での調達・生産比率も実際には満たせる見込みは無く、加えてコストが当初の予定から大幅に膨らみ、莫大な維持費もかかることが明らかとなった。

 計画の進捗も既に9カ月遅れ、更に納入時期が遅れれば豪州の現有潜水艦がすべて耐用年数を過ぎてしまうという状況であった。今年初め頃には、日本サイドでは、契約が破棄されて再び日本にチャンスが来るかもしれないとの期待も生まれていたほどである。

 この間、中国の海洋進出や豪中関係の悪化により、広大なEEZを保有する豪州としては12隻の原潜を有する中国に対抗する上で、AUKUSによる原潜の導入が不可欠の選択となっていた。豪州の対応は仏側に不満を伝えていただけという不器用なものではあったが、予めフランスと事前協議を行えば AUKUS 交渉も表沙汰となり、このタイミングで仏側の納得を得ることはできなかったであろう。

AUKUSはクアッドとともに必然的な選択

 いずれにせよ、契約破棄はフランスにとって寝耳に水の話ではないはずであるが、仏太平洋戦略の柱としての意味を持ち始めていたこの契約が反故にされ、メンツを重んずるフランス人にとって収まらないのは事実であろう。特にル・ドリアン外相が契約獲得の立役者であったこと、マクロンが大統領選挙を来年に控えていること、EUがそのインド・太平洋戦略を公表しその果たす役割を強調しようとした矢先であったことなどが、予想以上の反発を招いている背景にある。

 しかし、冷静に考えれば、AUKUSは豪州の安全保障にとり必然的な選択であり、フランスやEUがその役割を代替できる立場でもなく、米国との関係を決定的に悪化させるわけにもいかない現実を受け入れざるを得ない。従って、フランスの強い反発は、豪州からできる限りの違約金を要求し或いは、米国から信頼回復の対価としての何らかの譲歩を得ることを期待しているのだと見る向きもあろう。

 AUKUSも「クアッド」(日米豪印)も米国のインド・太平洋へのコミットを示すものとして歓迎されるものである。バイデンがフランスとの関係を修復し、NATOに関連するEU諸国への配慮を従来以上に行うのであればそれはそれで結構なことではないかと思う。仮にマクロンが大統領に来年再選されれば、メルケル無きEUにおいてその存在感を増すという意味でもマクロンとの関係を修復しておくことは米国にとり好ましいだろう。

 太平洋に海外領土を持つフランスは、インド・太平洋でのプレゼンスを維持する必要もあり、当面豪州との関係回復は難しいので、例えばインドや日本など他のパートナーとの連携の模索を行うか、いずれはAUKUSとの連携も必要となってくるであろう。

 日本としても、フランスやEUが中国の力による現状変更を認めないとの立場を共有している以上、関係国に対し早期の関係修復を強く期待しているといった関心を伝えておくことが望ましいだろう。

【私の論評】日本こそが、米豪と仏の関係修復に積極的に動ける!安倍晋三氏を日仏関係担当特使に(゚д゚)!

仏米関係は、これまで単純であった試しは一度もありません。常に複雑なものでした。イギリス、ドイツ、イタリア、スペイン、また日本も、歴史上一度は、米国と戦争を戦った経験をがあります。

しかし、仏は米国と一度として戦争を行ったことはないです。にも拘わらず、仏は「反米主義」の最も激しい国とされます。仏米関係は、友情、ライバル心、連帯、嫌悪など複雑な感情が混じりあったものです。ド・ゴールが1966年に米国と対峙し、NATOの軍事機構から脱退して以来、仏は世界において反米国家のレッテルを貼られました。

フランスは北大西洋条約機構(NATO)結成(1948年)時の加盟国で本部もパリに置かれていたのですが、1958年大統領に就任したド=ゴールは、米英の核独占を批判し、対等な立場を確保しようとしてフランスの核実験を進めました。

ド・ゴール

米英がそれに対して批判的な態度を取ると、ド=ゴールはNATOの運営が米国主導であることに反発し、59年の地中海艦隊の撤収に始まり、次第にNATOと一線を画するようになりました。

ついにド=ゴールは1966年5月、NATOの軍事部門からの脱退を表明し、フランス軍すべてを撤退させ、フランス領土内のNATO基地すべてを解体しました。ただし、NATOの理事会、政治委員会、経済委員会、防空警戒管制システムなどには残りました。

ド=ゴールの意図は、NATOを政治同盟として位置づけ、共同行動については主体的に判断するという自主外交の姿勢を示すところにあったようです。

つまりド=ゴールはフランスのNATO脱退に踏み切ったが、北大西洋条約からは離脱しなかった。「政治的には同盟、軍事的には独立」という姿勢をとった、ということができる。

2009年3月、サルコジ大統領は、フランスを43年ぶりにNATO軍事機構に完全復帰させることを決定しました。この決定にNATO各国は歓迎の意志を表明したのですが、国内ではフランス外交の独自性が失われるのではないか、という反対論が根強かったのです。

サルコジ

事前の世論調査では賛成58%で反対38%を上回っており、現実にはボスニア、コソボ、アフガニスタンではフランス軍はNATOの軍事行動に参加しており、実態はNATO復帰の実態と変わりがありませんでした。

結局、国民議会では「政府信任」投票が行われ与党の賛成によって4月4日に正式に完全復帰しました。2009年のこの日はNATO創設60周年の記念日でした。フランスはNATOに復帰したのですが、肝心のアメリカが2017年にトランプ政権が登場、自国第一主義を掲げNATOから距離を置く姿勢を示しフランスのマクロン大統領はイライラを隠せませんでした。

マクロンは国立行政学院卒業のエリートとして財務省に入り、その後ロスチャイルド銀行に入って投資家として成功しました。その若さと行動力を期待され、オランド大統領のもとでヴァルス内閣の経済・産業・デジタル大臣に就任した。一時は社会党に属したが、それに縛られない規制緩和や財政拡大路線をとったので閣内でも批判されるようになり、独自の政党「前進!」を結成し、中道改革路線を明確にしました。

大統領就任後、党名を「共和国前進」に改称し、与党として総選挙でも勝利し、若さも相俟って人気も高まりました。

しかしマクロン政権の「改革路線」は既存の労働組合や貧困層からは強く反発されました。2018年11月からガソリン燃料税引き上げを図ったところ、トラック運転手による抗議活動から「黄色いベスト運動」といわれた激しいデモが起こり、一時は暴動に発展しました。

それに対してマクロンは柔軟な姿勢を見せ、燃料税引き上げを断念、広範な国民との対話を重ね、2019年4月には低所得者などへの所得税削減と年金の増額を約束しました。一時は退陣も近いかと思われたが、反マクロン運動はその後沈静化しました。

外交ではEU維持を掲げイギリスのEU離脱やトランプの「アメリカ第一」主義には抵抗する姿勢を明らかにし、トランプのイラン核合意離脱には強く反対しました。一方では移民制限や徴兵制の復活案など、保守派ウケする対策も打ち出しています。右派、EU懐疑派も依然として根強く、若い大統領がフランスの舵取りをどのように行うのか、注目されています。

マクロン大統領は昨年11月7日、米国メディアが大統領選挙でのジョー・バイデン氏の勝利確実を伝えるとすぐに、「米国民は自国の大統領を選出した。ジョー・バイデンとカマラ・ハリスよ、おめでとう。今日の課題を乗り越えていくためにわれわれがやるべきことはたくさんある。共にがんばろう」とツイートし、バイデン氏に祝意を表明しました。

フランスのメディア報道では、バイデン氏の勝利確実は主に好意的に伝えられていましたが、トランプ政権下で傷ついた米欧・米仏関係の修復には懐疑的な見方も多いです。ジャン=イブ・ル・ドリアン欧州・外務相は11月7日、国営テレビ局フランス2のインタビューで、この4年間の世界的な変化に応じた、米欧・米仏間の新たな関係構築の必要性を訴えました。ル・ドリアン外相は「欧州は米欧関係の補佐役ではない。欧州は米国との関係で主権を主張すべきだ」としました。

ル・ドリアン外相は11月5日、ラジオ局ヨーロッパ1のインタビューでも、「この4年間で変わったことは、欧州が安全保障、防衛、戦略的自治の面で主権を確立し、世界の強国としての自覚を持ち始めたことだ」と述べ、もはやトランプ政権以前の欧州ではないことを強調していました。

米国との通商関係でも、フランスは欧州主権を基盤にした関係構築を目指していくものとみられる。ブリュノ・ル・メール経済・財務・復興相は昨年11月4日、ラジオ・クラシックのインタビューで「もう長いこと、米国は欧州の友好的なパートナーではない。米国と欧州の関係は、米国による制裁措置が示すように対決型に移行した。米国にとっては、中国との関係が最優先だ。EUは米国と中国に対抗するため、経済、政治、技術上の主権を強化することを続けるべきだ。それは、われわれが2017年からマクロン大統領とともに主張してきたことだ」と述べました。

他方、11月8日付の「ル・フィガロ」紙などが報じたように、当地メディアでは、多国間主義を掲げるバイデン氏の大統領就任による、米国の国際場裏への復帰が、トランプ大統領に対抗して強まったEU加盟国間の結束を緩め、マクロン大統領が主張する欧州主権の実現を困難にする可能性がある、と指摘する声も出ていました。

マクロン

こうした状況にあった米仏関係でしたが、豪州の潜水艦調達契約ならびにAUKUSの設置が公表されたのです。フランスにとっては、まさに不意打ちでした。

しかし、この問題については「米仏対立」ばかりに目を奪われると本質を見失うかもしれません。見落としてはならないのは「核大国」米国の現状です。 米国は原子力発電所の国内での新設はもちろん、輸出もできない手詰まり状態に直面しています。

今回の原潜技術供与により、オーストラリア原潜向けに発電所用の小型原子炉を「輸出」できる展望が開け、手詰まり状態から脱出する道筋が見えてきました。それは原子力関連の技術維持にも役立ちます。

米国の国益にとって決定的な突破口であり、原子力産業と軍産複合体にとっては「光明」とも言えます。 原潜向けの小型原子炉は、発電所に使われる「加圧水型原子炉(PWR)」とほぼ同じもので技術的な差はありません。

米国は部品を現地に運んで組み立てる「小型モジュール炉(SMR)」を開発中で、オーストラリア南部アデレードで組み立てるとみられます。 ルドリアン仏外相が「予測もつかない決定はトランプと同じ」と非難したように、トランプ前大統領の同盟軽視路線を批判し、再構築を進める方針を強調してきたバイデン大統領も、結局は国益優先の内向き外交から脱していないということになります。

バイデン大統領が今回切った新たなカードを台湾は、大歓迎しています。 李喜明・元台湾軍参謀総長は英紙フィナンシャル・タイムズ(9月16日付)に、「原子力潜水艦によってオーストラリアは初めて戦略的な抑止力と攻撃能力を持つ」と述べ、潜水艦の展開先として「台湾に近い西太平洋の深海」をあげつつ、「トマホークミサイルが加わると、オーストラリアのこぶしは中国本土まで届く」と指摘しています。

中国にとってはまさに「脅威」です。 中国共産党は抗日戦争の際など大局のために敵と手を結ぶ「統一戦線」に長けているのですが、今度はバイデン大統領が中国の株を奪い、反中「統一戦線」を重層的に築こうとしているのです。

その文脈で言えば、インド太平洋戦略の核となる枠組みであるクアッドは、米国にとって引き続き重要な意味を持ちます。9月24日には首都ワシントンで初の対面首脳会議が開催されました。

ただし、友好国インドは伝統的に非同盟政策をとっており、経済安全保障や新型コロナ対策では協力できても、反中色の強い軍事的協力を進めるのはきわめて難しいです。 だからこそ、軍事協力が可能な安全保障枠組みとして、AKUSの創設が大きな意味を持ってくるのです。

2030年代初頭に仏製のディーゼル潜水艦12隻を配備できたとしても、通商関係を武器に攻めてくる中国の脅威を抑制できないという不安をオーストラリアは払拭できませんでした。「われわれの戦略的利益を満たすものではない」とモリソン首相は言い切りました。

今回のコロナ危機で、ウイルスの起源を明らかにしようとしない中国への不信はピークに達していました。インド太平洋の安全保障を考えると、米英豪の海洋民主主義3カ国の政治判断は絶対的に正しいです。

来年4月に仏大統領選を控えるマクロン大統領は右翼政党「国民連合」のマリーヌ・ルペン党首と世論調査で一進一退の攻防を繰り広げています。コロナ対策を巡る反ロックダウン(都市封鎖)、反ワクチン・ポピュリズムの台頭で足元が揺らいでいます。そこに雇用を生む潜水艦建造契約が一方的に白紙撤回されるかたちとなり、政治的に大きな打撃を受けました。

インド太平洋に重要な軍事拠点を持つフランスはこの地域に7千人の部隊を常駐させ、南シナ海にも原潜と支援艦を展開、フリゲート艦をベトナムに接岸させるなど、米国の「航行の自由」作戦を支援してきました。EUのインド太平洋戦略を牽引してきたという自負もある。米国に対す無念さがフランスにはあるでしょう。

欧州は地理的に中国から離れています。対中外交で「経済」と「人権」を天秤にかけることはあっても、米国やオーストラリアのように「経済」より「安全保障」を優先させる地政学上の必然性はありません。中国との経済関係が強いドイツがインド太平洋で対中強硬に転換するとは考えにくいです。だからこそイギリスなき後のEUでフランスは重要なのです。

台湾有事になれば日米安保に基づき必然的に巻き込まれる日本にとってAUKUSは対中抑止力を増強することになり、大きなプラスになります。日本はインド太平洋の要として日米豪印4カ国(クアッド)とAUKUSを結ぶとともに、米豪とフランスの関係修復に積極的に動くべきです。

エマニュエル・マクロン・フランス共和国大統領は、安倍晋三日本国内閣総理大臣の招待 により、2019年6月26日から27日にかけて日本を公式訪問しました。 この機会に、両国は、自由、民主主義、法の支配、人権の尊重、ルールに基づく国際秩序 といった共通の価値を強固に共有していることを改めて確認し、「特別なパートナーシップ」 に新たなダイナミズムを与える決意を表明し合意文書が作成されました。

それは「『特別なパートナーシップ』の下で両国間に新たな地平を開く日仏協力のロードマップ(2019~2023年)」と呼ばれるものです。これは、今後5年間の日仏関係の指針をまとめたもので、全7頁、35項目あります。

詳細は、ここで述べると長くなってしまうので、これを知りたい方は以下にリンクを掲載しますので、是非ご覧になってください。
「特別なパートナーシップ」の下で両国間に新たな地平を開く日仏協力のロードマップ(2019-2023年)
このような5年後まで見据えた2国間のロード・マップを作成できる国家関係は、なかなかないでしょう。美食や匠の文化を有し、長い交流の歴史があり、地方の多様性豊かな国同士で、日仏両国は数々の価値を共有しています。今後の日仏関係の強化は期待できますし。日本こそが、米豪とフランスの関係修復に積極的に動くことができるはずです。 

これは、私の独り言ですが、これを積極的に進めることができるのは、安倍晋三氏ではないかと思います。岸田氏にも、茂木外務大臣にも荷が重すぎるのではないかと思います。

平成31年4月22日(現地時間)、安倍総理は、フランス共和国のパリを訪問マクロン氏と会談

米国バイデン政権では、ジョン・ケリー氏が、気候変動問題担当特使を担っています。日本でも、安倍晋三氏を日仏関係担当特使に任命して、日仏関係の強化ならびに、米豪とフランスの関係修復を推進していただくようにしてはいかがでしょうか。

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2021年10月11日月曜日

「拉致被害者は生きていない」と立民・生方氏 家族会など抗議―【私の論評】吐き気を催す最低・最悪の発言、生方は議員辞職せよ(゚д゚)!

「拉致被害者は生きていない」と立民・生方氏 家族会など抗議

生方幸夫

立憲民主党の生方幸夫衆院議員(比例代表南関東ブロック)が、9月に千葉県松戸市で行った会合で、北朝鮮による日本人拉致問題について「日本から連れ去られた被害者というのはもう生きている人はいない」などと発言したとして、拉致被害者家族会と支援組織「救う会」は11日、発言の取り消しと謝罪を求める抗議声明を出した。声明では「すべての拉致被害者の救出のため心血を注いできた被害者家族、支援者、被害者自身の生命に対する重大な侮辱であり冒涜(ぼうとく)だ」と非難した。


救う会などによると、生方氏は9月23日、松戸市での会合で拉致問題について見解を問われ、横田めぐみさん(57)=拉致当時(13)=について「横田さんが生きているとは誰も思っていない。自民党の議員も」とした上で、「拉致問題、拉致被害者は今、現在はいないと捉えられる、政治家は皆そう思っているということ」などと発言した。

 また平成16年に北朝鮮が提出し、日本側が別人と鑑定しためぐみさんの偽の遺骨について「遺骨からDNAを鑑定して、それが横田さんであるのかないのかというような技術力はなかった」とした。

 死亡の根拠について問われると、「客観的情勢から考えて生きていたら(北朝鮮は横田さんを)帰す。帰さない理由はない」と説明。「生きているのだったら何かに使いたい。1回も使ったことがないですから、残念ながら亡くなってしまっているから使いようがない」などと主張した。

 一方、14年の日朝首脳会談で北朝鮮が拉致を認めて謝罪し、帰国した5人の被害者について、北朝鮮に一度返すとした約束を日本側が守らなかったとし、「首脳同士で話をして決めたことも守らないなら、それはだめなのではないか」と述べた。

 「拉致した当人は北朝鮮政府なのだから、責任を取らなきゃいけない」とする一方、「自分の意志で入ったが、もう自分の意志では出られなくなったという人を含めて行方不明者、拉致被害者というように言っている」と指摘。「日本国内から連れ去られた被害者は、生存者はいないのだと思う」と重ねて主張した。

 これに対し、家族会などによる抗議声明では「生方議員は人の命に関わる重大な人権問題について、日本政府の基本的立場を否定して、北朝鮮の主張に賛同している」と批判。生方氏が所属する立憲民主党に対し、「生方議員発言を党としてどう考えるのか、ぜひお聞かせ願いたい」としている。

 北朝鮮は14年9月の日朝首脳会談で拉致を認めて謝罪し、5人を帰国させた。だが、ほかの被害者については8人が「死亡」、4人が「未入境」と主張した。

 16年の日朝実務者協議ではめぐみさん本人のものだとする「遺骨」を提出したが、持ち帰った日本側は約1カ月かけてDNA型鑑定を進め、別人の骨であることを確認した。北朝鮮側は遺骨について「火葬した」と説明したが、通常の火葬よりも高温の1200度で焼かれていたことが判明。DNA型の検出を困難にしようとした可能性が指摘されている。

 政府は拉致被害者の「死亡」を裏付けるものが存在しないとして、北朝鮮に誠実な対応を求めてきた。岸田文雄政権も拉致被害者全員の早期帰国を最重要課題に掲げている。

【私の論評】吐き気を催す最低・最悪の発言、生方は議員辞職せよ(゚д゚)!

生方幸夫氏は東京都豊島区出身で、学歴は東京都立志村高等学校から、早稲田大学第一文学部に進学して、卒業しています。

大学卒業後は読売新聞社編集局入社(~75年)

75年に読売新聞を退社し、フリージャーナリストとして世界各国を取材します。

経済評論家として約50冊の著作を出版。

年間約30回の講演活動・テレビ・ラジオのキャスター・コメンテーターを勤めるなどしました。

1996年に千葉県第6区選挙区より衆議院選挙に初出馬。

当選回数:衆議院6回となっています。

「怒る気力もない」。立憲民主党の生方幸夫(うぶかた・ゆきお)衆院議員(比例代表南関東ブロック)が、北朝鮮による日本人拉致被害者について「生きている人はいない」などと発言していたことが明らかになった11日、横田めぐみさん(57)=拉致当時(13)=の母、早紀江さん(85)は、落胆をあらわにしました。

横田早紀江さん(手前)と拓也さん =2日午後4時41分、川崎市

早紀江さんは「長い年月、皆が拉致被害者を心配して活動してきているのに、こんな日本人がいることに驚いた」と嘆息。「私たちは拉致被害者が生きていると信じている」と改めて再会への決意を語りました。

田口八重子さん(66)=同(22)=の兄で、家族会代表の飯塚繁雄さん(83)は「謝って済む問題ではない」と声を荒らげました。「まるで拉致被害者が亡くなっていたほうがいいというような発言だった。日本の各党の議員も、一緒に戦っていこうという意識でやっているのに、ぶち壊した」。田口さんの長男、飯塚耕一郎さん(44)も「怒りを禁じ得ない。拉致被害者の命を侮辱、冒涜(ぼうとく)しているとしか思えない」と語気を強めました。

広島県呉市への旅行先で弟たちと一緒におさまる写真。このころめぐみさんはよくつま先立ちでバレエの練習をしていた=1974年、横田滋さん撮影

日本維新の会の馬場伸幸幹事長は11日の党会合で、立憲民主党の生方幸夫(うぶかた・ゆきお)の「生きている人はいない」などと発言したことについて「言語道断だ。国会議員という立場の人間が、確証もないことを堂々と一般の方がいる中で発言することに怒りを覚えている」と批判しました。

 その上で「改めて立憲民主党という政党は、日本には要らないと申し上げておきたい」と訴えました。 また、馬場氏は衆院拉致問題特別委員会の開催実績が乏しいことを念頭に「国会には拉致特という特別委員会もあるが、全く機能していない。本当に子を思う親の心、きょうだいを思う人間的な心が国会議員の中にもあれば、真剣に次の国会からは拉致の問題に取り組んでいく(べきだ)」との考えを示しました。

生方氏は以下のようツイートをしています。



立憲民主党の枝野幸男代表は11日、党所属の生方幸夫衆院議員の発言問題を受け、「大変間違った発言。私も大変驚愕(きょうがく)し、激怒している」と述べ、拉致被害者や被害者家族、関係者に「党を代表し深くおわび申し上げる」と謝罪しましたた。

国会内で記者団に語りました。

生方氏には関係者に謝罪して回るよう指示するとともに、枝野氏が拉致被害者救出の支援組織「救う会」の西岡力会長に、同党の渡辺周衆院議員が横田めぐみさん(57)=拉致当時(13)=の家族に、それぞれ電話で謝罪したと明らかにしました。

「拉致被害者が生存していると信じ、一日も早いすべての拉致被害者の帰国に向けて全力で取り組んでまいる方針に何ら変わりはない」とも述べました。

立民は同日、生方氏を厳重注意しました。厳しい処分や次期衆院選の公認見送りの可能性については、枝野氏は「まず、関係者に党としても本人としてもおわびをすることが一番大事だ」と述べるにとどめました。

立憲民主党も「党の考え方と全く相容れず、拉致被害者とご家族などを深く傷つけるもの」として生方氏を厳重注意処分としましたとしていますが、どのような処分をしたかにまでは触れていません。

生方の発言は、吐き気を催すほどの最低・最悪のものといえます。現在まで出ている発言の根拠は、「客観的情勢から考えて生きていたら帰す。帰さない理由はない」だけです。こんな薄弱な根拠で、このような発言をする神経が信じられません。それに、この方自分も子供や孫がいると思うのですが、自分の孫等が拉致被害にあったらどう思うのか、そのような共感力も欠如しているようです。

警察庁の最新データによると、平成26年から30年の間に、日本全体の年間行方不明者数は81,111人から87,962人に増えています。毎年8万人以上の人が行方不明になっているのです。


この中には、無論死亡されたかたもいるかもしれません。しかし、そうではない人も大勢いるのも事実でしょう。これを長期間にわたって帰ってこない人は、全員死亡と片付けることはできません。しかし、生方氏の発言はこれと同じようなものです。

これが立憲民主党の公式見解ではないのでしょうが、生方は、比例選出議員なのですから党ももっと詳細な説明を早急に行うべきです。https://yutakarlson.blogspot.com/2021/09/blog-post_29.html

多くの政治家は、拉致被害者の救出に向けて真剣に取り組んでいます。これから総選挙というときに、このような発言はないと思います。立憲民主党は、総選挙でまともに戦いたいなら、生方氏の党籍を剥奪するくらいのことはすべきです。そうして、生方氏には、議員辞職をおすすめします。このような議員は日本にいりません。

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2021年10月10日日曜日

金融所得課税、当面見直さず 「すぐやる」は誤解―岸田首相―【私の論評】今重要なのは、パイ(お金)を増やし、なるべく多くの人にパイを速く行き渡らせるようにすること(゚д゚)!

金融所得課税、当面見直さず 「すぐやる」は誤解―岸田首相

岸田首相

 岸田文雄首相は10日のフジテレビ番組で、金融所得課税の強化について「当面は触ることは考えていない」と明らかにした。賃金を引き上げる企業への優遇税制の拡充などに触れ、「成長なくして分配はない。金融所得課税を考える前にやることはいっぱいある」と指摘した。

 首相は自民党総裁選で、金融所得課税の強化を掲げた。投資家心理を冷え込ませ、株価下落の一因になったとの指摘もある。首相は番組で「すぐやるのではないかという誤解が広がっている。しっかり解消しないと関係者に余計な不安を与えてしまう」と釈明した。

 この後、党本部で記者団の取材に応じ、分配政策に関し「順番を考えた場合、まずは賃上げ税制、さらには下請け対策、そして看護、介護、保育といった公的価格の見直しから始めるべきだ」と説明。金融所得課税見直しは「選択肢を並べたうちの一つだった」と語った。

 一方、首相は番組で、個人への給付金に関しては「去年、時間がかかり混乱した。あの反省の下に、プッシュ型で迅速に支給するにはどういった形がいいのか、与党と詰めた上で、具体的な形を判断したい」と述べた。首相が子育て世帯などを対象とした給付金を打ち出したのに対し、公明党は18歳以下を対象とした一律10万円相当の給付を訴えており、調整が課題となる。

 雇用の流動性を高める規制緩和については「まずはどんな働き方をしても安心できるセーフティーネットを整備するところから始める。その先に労働市場の規制緩和、柔軟化を考えていく」と述べた。「ある程度、同時並行的に進めていく」とも語った。


【私の論評】今重要なのは、パイ(お金)を増やし、なるべく多くの人にパイを速く行き渡らせるようにすること(゚д゚)!


金融所得課税の見直しに関しては、岸田首相のみならず、総裁選のさなかに高市氏も言及していました。

これについては、以前このブログにも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
野党の地味な「大問題」…自民党総裁選「三候補」誰になっても、あまり変わらないワケ―【私の論評】経済対策では、高市氏も欠点があるが、岸田氏は駄目、河野氏は破滅的!来年・再来年も考えるなら高市氏か(゚д゚)!
高市早苗氏

一方、9日の記者会見では言及しなかったのですが、大企業の現金保有に対する1〜2%課税(1~2兆円の増収)、炭素税の導入、金融所得税30%への増税、を行う考えが一部メディアで報じられています。これらの新たな増税政策と、プライマリーバランス健全化凍結の整合性は曖昧といわざるをえません。

拡張的な財政政策を徹底するならば、米国のトランプ前政権が行った減税政策が手段の一つですが、それは全く高市氏の念頭にはないとみられます。増税と歳出拡大を同時並行で行えば、マクロ安定化政策としての財政政策の効果は大きく低下します。
企業の現金保有への課税が、設備投資や賃金に企業が支出を促すと考えているのかもしれないですが、課税強化で企業行動を締め付ける対応が妥当であるようには思えないです。脱デフレを実現することによって企業経営者が抱いているデフレ期待を完全に払拭することが、企業の支出性向を高める確実な方法です。

新たな増税を行いながら、2%インフレと経済正常化を後押しする財政政策が実現できるのかは、甚だ疑問です。仮に、産業政策によって権益者に対して政府歳出を行うために増税することが政治目的になっているのであれば、「拡張的な財政政策」というのは看板倒れの政策になるリスクがあります。
総裁選のときには高市さんの経済政策と岸田氏の政策にも金融所得課税の増額が、入っていました。これは、財務省主導で行われたものでしょう。

政府は2022年度の税制改正で、株式の配当や譲渡にかかる金融所得課税の見直しを議論する見通しです。これは、当然のことながら、財務省主導と考えられます。 

金融所得が多い富裕層は、年間所得が1億円を超えると所得税の負担率が下がります。格差是正を掲げる岸田文雄首相は、この「1億円の壁」を打破する考えのようですが、税率を引き上げれば株価に悪影響を及ぼす懸念があります。 

給与所得課税の税率は、所得税と個人住民税を合わせて最大55%で、所得が多いほど高い累進制となっています。一方、金融所得への課税は一律20%。この結果、年間所得1億円を境に、所得に占める金融所得の割合が高くなるほど所得税の負担率が下がる構造となっています。

財務省によると、19年の所得税負担率は、所得額が5000万円超~1億円の層でピークの27.9%。この先は比率が徐々に低下し、50億円超~100億円では16.1%まで下がります。 

税制の見直しでは、金融所得に対する一律の税率引き上げや、金融所得に応じた引き上げなどが想定されます。財務省は、少額投資非課税制度(NISA)があるため、見直しによる個人投資家への影響は小さいと見ているようです。 

ただ、一律の引き上げになった場合、所得が少ない若年層などには打撃となり、株式投資を控える可能性があります。政府が進める「貯蓄から投資」の動きにも逆行します。また、そもそも「日本は米国ほど富裕層が多くない」(財務省幹部)ため、課税強化による税収の増加は限定的だとの声もあります。

最近の株価下落に関しては、岸田首相が金融所得課税の見直しに言及したことが影響している側面もありそうです。鈴木俊一財務相は5日の記者会見で、課税の見直しについて「高額所得者が守られ過ぎているという意見と、投資が抑制されるという両面の意見がある」と述べ、与党の議論を注視する考えを示しました。

いずれにしても、いますぐというのは、あまり拙速です。拙速に増税すれば、あるいは増税の素振りをみせれば、次の選挙で自民党が不利になる可能性も大きいです。そう考えた、岸田首相が火消しに走ったのも当然といえば、当然です。

矢野康治事務次官(58)

財務省といえば、財務省事務方トップの矢野康治事務次官(58)が、以下のような与太記事を書いています。
「このままでは国家財政は破綻する」矢野康治財務事務次官が“バラマキ政策”を徹底批判

あまりにバカバカしい記事なので、内容は解説しませんが、興味のある方は読んでみてください。 このような意見を言う前にまずは会計、金融工学の知識がないとどうしようもありません。この記事は、結局日本政府のBSを読めない、破綻確率を計算できないという財務官僚の無能を晒しただけです。

この方、なぜ日本が長い間デフレだったのか、全然理解していないです。結局、長い間政府財務省主導で、緊縮財政に走り、日銀は金融引締に走ったために、日本は長期間デフレに至ったのです。

政府は積極財政をすれば、短期的にはデフレを克服できる可能性もありますが、それでも日銀が金融緩和をしなければ、限界があります。

なぜなら、お金の全体量は変わらないので、いくら政府が積極財政をしても限界があります。これは、パイ(お金)を思い浮かべればわかると思います。多くの人がパイを必要としているときに、バイを増やさなければ、多くの人にバイが行き渡らないのは当然のことです。


日本では、このパイを増やすこともせず、残り少ないパイを多くの人に行き渡らせる努力もしないで、ひたすらパイを温存し続けた結果、多くの人にバイが行き渡らなくなったのです。これが、日本のデフレの原因です。

特に、現状では、コロナで随分と経済が痛めつけられたのは事実で、いかにお金を多くの人に行き渡らせるかが重要です。現状では、「お金のバラマキ」が最も重要な政策です。「お金のバラマキ」をしないなどという政策は、下の下の下の政策です。

ただし、同じ「お金のバラマキ」でも、効率の良い方法、効率の悪い方法があるのは事実です。だから、なるべく効率の良い「お金のバラマキ」をせよというのなら理解できますが、「お金のバラマキ」そのものをするなというのは全く理解できないです。愚かなだけではなく危険な発言です。

財政論からみれば単なる馬鹿な発言ですが、政治的にみれば大きな悪影響がある可能性もあります、自民は総選挙前にこんな放言を許していて良いのでしょうか。総裁選は、内輪の選挙ですから、誰が総理になってもさほど影響はないかもしれませんが、総選挙で負けたらどうするでしょうか。

そうして、先のバイの話のところでも出てきたように、パイそのものが増えなければ、多くの人にパイがいきわたらなくなります。政府が積極財政をするだけでも、パイに限界があるのです。

ですから、政府が経済成長を促すとともに、日銀はお金を増やす、すなわち量的金融緩和をすべきなのです。結局現状では、コロナによる悪影響などで、有効需要が足りていないのです。この有効需要を作るために、政府は財政出動をすべきで、そのためには国債発行し、同時にお金の量自体を増やすために中央銀行が国債購入するのです。

これが、このブログでも何度か紹介した政府日銀の連合軍です。今回のようなコロナ禍で経済が落ち込んだときや、大きな自然災害で経済が落ち込んだときには、世界標準の対策です。そうして、この政策は雇用を促進したり、維持したりするにも最も効果的です。

歴代政権では安倍・菅のみがこれを理解していたようで。これへの批判が金融緩和するとハイパーインフレになるという批判ですが、当然のことながら、現在までに緩和しても、一度もハイパーインフレになったことはありません。

国民もこれを理解しつつあり、さすがに増税に安直に賛成するひとはあまりいなくなりました。そのため、何でも増税が正しいという考えの財務省は、消費税増税はしばらくできないかもしれないと考え始めたのでしょう。

だから、事務次官が週刊誌に与太記事を書いてみたり、金融所得課税の強化を検討したりしているのでしょう。

国民としては、政府日銀の連合軍の本質を理解している、あるいは理解できそうな候補者を選挙で選ぶしかありません。理解した人となると、あまりにも数が少ないので、理解できそうな候補者も含めて考えざるをえないです。

そうなると当然ほんのごく一部の例外を除いて野党の候補者は選べません。後は、今回の総裁選で、実質的にキャスティングボードを担うことになったとみられる安倍氏が、岸田総理大臣などが不良財務官僚や不良日銀官僚などに踊らされて、間違った政策を選択しないように、是正していただくことを祈るばかりです。

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2021年10月9日土曜日

損傷の米海軍潜水艦、世界有数の難易度の水中環境で活動 専門家が指摘―【私の論評】米軍は、世界最大級のシーウルフ級が南シナ海に潜んでいることを中国に公表し本気度をみせつけた(゚д゚)!

損傷の米海軍潜水艦、世界有数の難易度の水中環境で活動 専門家が指摘

南シナ海で水中の物体に衝突した米原潜。難易度の高い水中環境で活動中だったという

香港(CNN) 米海軍の原子力潜水艦「コネティカット」が先週末、南シナ海で物体に衝突した事故をめぐり、専門家からは、同艦は世界でも特に難易度の高い水中環境で活動していたとの指摘が出ている。艦の上方は大量の雑音で埋め尽くされ、海底地形も絶えず変化している海域だという。

米国防当局者は7日、コネティカットの事故について詳しい情報は示さず、南シナ海で潜航中に物体に衝突し、多数の乗組員が負傷したと述べるにとどめた。

海軍によると、負傷の程度はいずれも軽かった。コネティカットは8日、自力で米領グアムの海軍基地にたどり着いたという。

海軍報道官はCNNに対し、潜水艦の前部が損傷したと述べ、「完全な調査と分析」を行う方針を明らかにした。

コネティカットは米海軍が保有する3隻のシーウルフ級潜水艦のひとつ。1998年に就役した同艦は排水量9300トン、全長約107メートルを誇り、原子炉1基を動力とする。乗組員は海軍要員140人。

コネティカットの船体は最新のバージニア級攻撃型潜水艦よりも巨大で、米国の他の攻撃型潜水艦に比べ多くの兵器を搭載できる。米海軍の説明文書によると、この中には魚雷最大50発とトマホーク巡航ミサイルも含まれる。

艦齢は20年を超えるが、就役中にシステムの更新が施されており、技術的にも高度な艦とされる。

海軍はコネティカットについて「極めて静粛かつ高速であり、高度なセンサーを搭載している」と述べている。

それでは、どのようにして南シナ海でコネティカットに問題が発生したのか。

海軍はコネティカットが何に衝突したのか明らかにしていないが、専門家からは、南シナ海の環境は同艦の高度なセンサーにとっても難易度が高いとの声が上がっている。

英ロンドン大キングスカレッジのアレッシオ・パタラーノ教授は、「雑音の多い環境ではソナーで捉えきれないほど小さな物体だった可能性もある」との見方を示す。

米海洋大気庁(NOAA)によると、海軍の艦船は水中で周囲の物体を探知するのに「パッシブソナー」を使う。「アクティブソナー」が発信音を送り、反響音が戻ってくるまでの時間を記録するのに対し、「パッシブソナー」は自らに向かってくる音だけを探知する。

これにより潜水艦は静粛性を保って敵から身を隠すことできるが、その反面、他の装置や複数のパッシブソナーを頼りに、進路上にある物体の場所を三角測量で割り出す必要が出てくる。

南シナ海は世界で最も混雑した海上交通路や漁場の一つとなっているため、水上の船が発するあらゆる種類の雑音の影響で、その下の潜水艦に危険をもたらしかねない物体が覆い隠される場合もあるという。

「事故が起きた場所によっては、一種のノイズ干渉(通常は上方の船舶から来る)がセンサーやセンサーの操作に影響を与えた可能性もある」(パタラーノ氏)

しかも、南シナ海の潜水艦にとって問題になりうるのは船舶だけではない。そう語るのは米海軍の元大佐で、米太平洋軍統合情報センターの作戦責任者を務めたこともあるカール・シュスター氏だ。

シュスター氏は「この海域は音響環境が非常に悪い」と述べ、水の性質そのものが問題を引き起こす可能性にも言及した。

また、潜水艦の下にある何かが問題を引き起こした可能性もある。

「あの海域の環境や海底は、ゆっくりとだが確実に変化している」とシュスター氏は指摘。「絶えず海底地形の地図を作っておく必要がある海域だ。地図に記載されていない海底の山に衝突することもありうる」と語っている。

この地域で潜水艦がらみの事故が起きるのは今年2度目。4月にはインドネシアの潜水艦がバリ海峡で沈没し、乗組員53人全員が亡くなった。

インドネシア当局は「自然や環境面の要因」によって事故が起きたとしつつも、これ以外の詳細は明らかにしていない。

【私の論評】米軍は、世界最大級のシーウルフ級が南シナ海に潜んでいることを中国に公表し本気度をみせつけた(゚д゚)!

今回事故のあった潜水艦は、上にもある通り、シーウルフ級原子力潜水艦であり、米海軍の攻撃型原子力潜水艦です。潜水艦一隻というと、大した軍事力ではないと思われるかもしれませんが、シーウルフ級は世界最大級の巨大潜水艦であり、その攻撃力は空母に匹敵すると言っても過言ではありません。

メンテナンス中のシーウルフ級攻撃型原潜 巨大さがよくわかる

あらゆる分野で仮想敵であるソ連海軍の原子力潜水艦を凌駕する超高性能艦として設計されましたが、冷戦終結による必要性の低下や高額な建造費などによって当初29隻だった建造数は大幅に縮小され、結局同型艦2隻・準同型艦1隻の計3隻で建造は終了しました。

米海軍最後の冷戦型攻撃原潜となった本級は、静粛性、氷海行動力、弾量を重視し、「聖域」内への積極的攻勢すら可能な、あらゆる面でソ連原潜を凌駕する超高性能艦とするべく設計されました。

ロサンゼルス級と比較してみると、減少した運用深度を取り戻すべく高張力鋼HY-110を採用し、氷海行動力も当初から盛り込まれた点で対照を成しますが、一方で水上艦用原子炉から発展したS6W型を搭載する点は引き継がれています。

また、イギリス海軍での運用実績に学んで、ポンプジェット・プロパルサーを制式としては初めて装備し、キャヴィテーションを起こさずに20ktで航走可能になりました。魚雷発射管室内の弾庫の容量も根本的に見直され、冷戦後期から米原潜が悩まされてきた搭載兵器量の問題はついに解決されました。

米国には、オハイオ級の攻撃型原潜もありますが、この潜水艦はとにかく巨大です。この潜水艦は特殊部隊シールズを乗せることができるだけでなく、巡航ミサイルのトマホークを1隻で最大154発、水中から連射することができます。軍事機密なのか、詳細は発表されていなのですが、シーウルフ級はこれを上回るのは確かです。

2017年のシリアの攻撃の時に駆逐艦2隻で発射したトマホークの数が59発ですからその規模がとんでもないことがわかります。

1997年から就役するアメリカ海軍有する世界最強の攻撃型原子力潜水艦シーウルフ級

南シナ海において、シーウルフ型攻撃原潜が、緒戦で攻撃に出れば、中国軍は手も足も出ないです。同時に中国側としては、いくらミサイル戦力や海軍力、宇宙サイバー戦能力を充実させても、米海軍の虎の子のシーウルフ型原子力潜水艦を発見し攻撃するASW(対潜水艦戦闘能力)が欠如している現状ではいかんともし難いです。

上の記事では、"海軍はコネティカットについて「極めて静粛かつ高速であり、高度なセンサーを搭載している」と述べている"としていますが、このブログで掲載してきたように、原潜は構造上どうしても騒音が出るため、静寂性には難点があるのですが、それでもシーウルフ型は原潜としては、静寂性か高く、対潜哨戒能力の低い中国がこれを発見するのはかなり難しいです。

一方中国の原潜や通常型潜水艦は、現状でも静寂性は劣ります。さらに、攻撃力も米攻撃型原潜に比較すれば、かなり低いです。特にシーウルフ型とは比較の対象にもなりません。

深海に留まり続け、中国の動きを偵察し、人工島と本土を結ぶ補給線を脅かす米巨大攻撃型潜水艦の存在は中国にとっては、脅威そのものです。もし南シナ海で、米海軍と軍事衝突という事態になれば、米巨大攻撃型潜水艦が、緒戦で中国軍の艦艇、ミサイル基地、空軍基地、監視衛星の地上施設などを破壊し尽くした後に、空母打撃群の波状攻撃にあえば、勝ち目は全くありません。そこに、強襲揚陸艦で米海兵隊員が多数乗り込んできた場合どうなるでしょうか。

そこまでしなくても、複数の米潜水艦が南シナ海を包囲して、中国艦艇や航空機を近づけないようにすれば、南シナ海の中国軍基地には水・食糧・燃料その他を補充できなくなってお手上げになります。


中国軍側からみると、何の前触れもなくある日突然、多くの艦艇、潜水艦、環礁上の基地が、どこから攻撃されたかもわからないうちに、撃沈、撃破され、無力の状態になったところに、さらに空母打撃群によるミサイル、航空機の波状攻撃を受けることになります。

これは、中国にとって悪夢です。中国としては、オハイオ級の攻撃型原潜等が南シナ海に潜んでいることは予期していたかもしれません。しかし、米海軍の世界一の巨大潜水艦が潜んでいることまでは、予期していなかったかもしれません。

以上のことから、私は今回の潜水艦事故は事実だったのでしょうが、それを理由に米海軍は南シナ海にシーウルフ級を潜航させている事実を中国に知らしめて、米軍の本気度を示したものとと推察しています。中国海軍は、対潜哨戒能力が低いので、シーウルフ級が南シナ海に潜航している事実を今回始めて知ったのではないかと思います。

もともと潜水艦の行動は、公表しないのが普通であり、潜水艦が沈没して多数が死亡した場合などの例外を除いて、公表しないか、公表しても場所や潜水艦の種別や負傷者や被害の程度などまでは、公表しないのが普通です。

それを今回の事故では、潜水艦の種別、具体的な潜水艦名、負傷者数のほか、さらにご丁寧に、7日の事故の後に、コネティカットが8日、自力で米領グアムの海軍基地にたどり着いたことまで公表しています。

これでは、いかに対潜哨戒能力が低く、シーウルフ級の行動を探知できない中国海軍であっても、海図とコンパスがあれば、大体どの海域で事故にあったのか、類推できます。

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