2019年6月23日日曜日

200万人デモ「一国二制度」で共鳴する香港と台湾―【私の論評】中共は香港デモを「超AI監視技術」を駆使して鎮圧するが、その後徐々に衰え崩壊する(゚д゚)!

香港デモのもう1人の勝者は台湾の蔡英文総統

道路を埋め尽くしたデモ隊。2014年の「雨傘運動」の象徴である黄色い傘も目立つ

(文:野嶋剛)

 香港と台湾は繋がっている、ということを実感させられる1週間だった。

 香港で起きた逃亡犯条例改正案(刑事事件の容疑者などを中国などに移送できるようにする)への抗議は、103万人(主催者発表)という返還後最大規模のデモなどに発展し、香港社会からの幅広い反発に抗しきれなくなった香港政府は、法案の審議を一時見送ることを決定した。それでも6月16日には、改正案の廃止を求めて200万人近く(主催者発表)が再びデモに繰り出した。

 前例のない今回の大規模抗議行動のもとをたどれば、台湾で起きた殺人事件の容疑者身柄移送をめぐる香港と台湾の問題に行きつくが、同時に香港のデモは、台湾で現在進行中の総統選挙の展開に対しても、非常に大きな影響を及ぼすことになった。

香港と台湾の法的関係

 15日に改正案の審議見送りを表明した林鄭月娥(キャリー・ラム)香港行政長官の会見では、「台湾」という言葉が何度も繰り返された。逃亡犯条例を香港対中国の文脈で理解していた日本人にとっては、いささか不思議な光景に映ったかもしれない。

 この逃亡犯条例の改正は、台湾旅行中の香港人カップルの間で起きた殺人事件がきっかけだった。殺された女性はトランクに詰められて空き地に放置され、男性は台湾から香港に戻っていた。香港警察は別件でこの男性の身柄を逮捕しているが、殺人事件自体は「属地主義」のため、香港で裁くことはできない。台湾に移送し、殺人事件として裁かれることは、香港社会の官民問わずの希望だっただろう。

しかし、事態を複雑にしたのは、香港と台湾の法的関係だった。香港は法的にも実体的にも中華人民共和国の一部であるが、台湾は中華人民共和国が中国の一部だと主張していても、実体は独立した政治体制である。

 現行の逃亡犯条例には「香港以外の中国には適用しない」との条項があるため、これを削除して台湾も含む「中国」へ容疑者の身柄を引き渡せるようにするのが今回の改正案なのだが、そこには「中央政府の同意のもと、容疑者を移送する」とある。台湾の「中央政府」は果たして台北なのか北京なのか、香港政府の判断はなかなか難しい。

 さらに5月9日の時点で台湾の大陸委員会の報道官が「国民の身柄が大陸に移送されない保証がない限り、改正案が通っても香港との協力には応じない」と明らかにしている。香港政府が当初の改正理由に掲げた「身柄引き渡しにおける法の不備」を解消するという必要性はあるとしても、殺人事件を理由に法改正を急ぐ必然性は失われており、市民の反対の論拠の1つになっていた。

 林鄭行政長官の記者会見でも、審議延期の理由として台湾の協力が得られない点を強調しており、「台湾に責任を押し付けることで事態を切り抜けようとしている」(台湾メディア)と見えなくはない。

もう1人の勝者は蔡英文総統

 香港デモの最大の勝者は、法案の延期を勝ち取った香港市民であるが、もう1人の勝者は紛れもなく台湾の蔡英文総統であった。

 予備選が始まった3月末時点では逆に頼氏に大きく差を開けられていた蔡総統だが、候補者決定の時期を当初予定の4月から6月にずらしていくことで支持率回復の時間稼ぎを試み、頼氏と並ぶか追い抜いたところで、香港デモのタイミングにぶつかった。

 与党・民進党では、総統選の予備選がデモの発生と同時に進んでいた。民進党は世論調査方式を採用しており、香港で103万人デモが行われた翌日の6月10日から12日まで世論調査が実施された。13日発表の結果は、蔡総統が対立候補の頼清徳・前行政院長に7~9ポイントの差をつけての「圧勝」だった。

政治家には運がどうしても必要だ。その意味では、蔡総統は運を味方につけた形になったが、香港デモの追い風はそれだけではない。対中関係の改善を掲げ、「韓流ブーム」を巻き起こした野党・国民党の韓国瑜・高雄市長は、すでに国民党の予備選出馬を事実上表明して運動を始めているが、その勢いは香港デモによって損なわれている。

 韓市長は、3月に香港と中国を訪れ、特に香港では、中国政府の香港代表機関である「中央政府駐香港聯絡弁公室(中聯弁)」を訪問するという異例の行動をとっていた。香港の抗議デモがなければ、この行動は賛否両論の形で終わっていたが、香港政府や中国との密接ぶりを演じたパフォーマンスは、今になって裏目に出た形となっている。

 対中関係については民進党と国民党の中間的なスタンスを取っている第3の有力候補、柯文哲・台北市長も打撃を受けており、この3人を並べて支持を聞いた今回の世論調査では、これまで同様の調査で最下位であった蔡総統が一気にトップに躍り出ていたのだ。

「今日の香港は明日の台湾」

 この背後には、香港情勢をまるで自分のことのように感じている台湾社会の感情がある。香港に適用された「一国二制度」は、もともと台湾のために鄧小平時代に設計されたものだ。香港で「成功」するかどうかが台湾統一の試金石になる。どのような形でも統一にはノーというのが現時点での台湾社会のコンセンサスだが、それでも、香港が中国の約束通り、「高度な自治」「港人治港(香港人による香港統治)」を実現できているかどうか、台湾人はじっと注意深く見守っている。

 香港のデモは連日台湾でも大きく報道され、台湾での一国二制度の「商品価値」はさらに大きく磨り減った。一国二制度に対して厳しい態度を示している民進党は、総統選において有利になる。「今日の香港は明日の台湾」という言葉が語られれば語られるほど、香港は台湾にとって想像したくない未来に映り、その未来を回避してくれる候補者に有権者は一票を託したくなるのだ。

 かつて香港人は、欧米流の制度があり、改革開放を進める中国大陸ともつながる香港の方が台湾より上だという優越感を持っていた。しかし、香港の人権や言論の状況が悪化し始め、特に「雨傘運動」以降、政治難民に近いような形も含めて、台湾に移住する香港人が増え始めている。香港に失望した人々にとって民主と自由があり中国と一線を画している台湾は、親近感を覚える対象になった。

 また、香港では言論や政治で縛りが厳しくなっているため、今年の天安門事件30周年の記念行事でも、かつての学生リーダーを欧米などから招いた大型シンポジウムは、香港ではなく、あえて台湾で開催されていた。

反響しあって大きなうねりを起こす

 香港では皮肉なことに返還後の教育で育った若い世代ほど、英語よりも普通語(台湾では北京語)の能力が高く、台湾と香港との交流の壁は低くなっている。

 一方、台湾からの影響力の拡大を懸念した香港政府は、台湾の民進党関係者や中国に批判的な有識者や活動家に対して、入国許可を出さないケースが相次いでおり、民間レベルでは近づきなから、政治レベルでは距離が広がる形になっている。

 香港の雨傘運動は、台湾の「ひまわり運動」から5カ月後に発生した。タイミングは偶然だったかもしれないが、「中国」という巨大な他者の圧力に飲み込まれまいとする両地にとっては、それぞれの環境が反響しあって大きなうねりを起こすことを、2014年に続いて改めて目撃することになった。

 台湾のアイデンティティが「中国人」から「台湾人」へ大きくシフトし、香港人のアイデンティティも若い世代ほど「中国意識」が薄れてきている。香港・台湾の人々の脱中国という心理の動きは、中国政府の今後の対応如何でさらに進行していくだろう。

 今回の200万人という再度の大規模デモでは、あくまで市民は逃亡犯条例改正案の審議延期では満足せずに撤回を求めており、香港人の怒りはしばらく収まりそうにない。

 台湾の総統選は半年あまり先に迫っている。「一国二制度と中国」を巡って起きている香港・台湾両地の共鳴現象は、今後注目を要する視点になるだろう。


野嶋剛


1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、「台湾とは何か」(ちくま新書)。訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。最新刊は「タイワニーズ 故郷喪失者の物語」(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

【私の論評】中共は香港デモを「超AI監視技術」を駆使して鎮圧するが、その後徐々に衰え崩壊する(゚д゚)!

世界が固唾を飲んで見守っている香港の大規模デモは、一定の成果を挙げて一段落しました。

それにしても、6月9日に103万人と発表されたデモの参加者が、1週間後の16日には200万人を超えたというのですから驚きです。主催者発表の動員数ですから鵜呑みにはできないにしても、写真や映像を見る限り、大変な盛り上がりでした。

現在の香港の人口は750万人です。そのうち中国からの移住者150万人、それに高齢者や子どもたちを除いて考えると、未曽有の参加者数といえます。

香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は、9日の「103万人デモ」に遭遇しても強硬姿勢を崩しませんでした。そして、そのデモを評して、「法律を顧みない暴動行為」と決めつけました。

1989年、中国・北京を舞台に起きた「天安門事件」を、中国共産党が「動乱」と決めつけたことが事態を急激に悪化させましたが、今回も30年前同様、そうなりました。

ところが、その林鄭長官が「200万人デモ」に至って、態度を大きく変えた。「香港社会に大きな矛盾と紛争を生み、市民に失望と悲しみを与えた」と陳謝したのです。

民衆に対決姿勢で臨んだところ、一週間後にはなんと抵抗勢力が倍増しました。200万人と対峙(たいじ)すれば、デモはいっそう強力になって、手に負えなくなります。そうなれば、警察の力を借りるどころか、戒厳令の発動や人民解放軍の出動にもつながりかねないという判断が透けてみえます。

ただ、こうした高度な政治判断が、林鄭長官に任されているはずはないです。背後にある、中国政府、中国共産党、習近平・中国国家主席が「方針転換」の指示を出したと見るのが妥当でしょう。今月末には、大阪で主要20カ国・地域(G20)サミットで開かれる。そこで、習主席が孤立したり集中砲火を浴びたるすることを恐れたのかもしれないです。

林鄭長官は記者会見で「改正審議は再開できないと認識している」と発言。さらに香港政府は21日、「逃亡犯条例案の改正作業は完全に停止した」との声明を出し、廃案にする構えを示しました。

林鄭月娥行政長官

中国政府、香港政府はなぜ、今回の大規模デモや市民の動向を読み間違えたのでしょうか。おそらく、5年前の「雨傘運動」が意外に容易に沈静化したからでしょう。

ご存知のように、香港政府のトップである行政長官は、民主的な普通選挙によって選ばれているわけではありません。複雑な手続きによって、中国政府に批判的な人は排除される仕組みになっています。これに対して、民主的な選挙制度を求め、学生や市民が立ち上がったのが2014年秋の雨傘運動でした。

「それと比べると、逃亡犯条例改正問題に対する市民の関心は薄い」と当局が判断したとしたら、それは大きな誤算でした。選挙制度は確かに重大な問題ですが、今回の問題は香港人ひとり一人にとって、それ以上にきわめて身近で深刻な問題であるからです。

いつ身に覚えのない疑いを受けて、中国司法の闇の中に放り込まれるかわからなくなるのいです。自分が拘束されなくても、家族の誰かがそうなるかもしれないです。欧米流の民主主義に馴れている香港人は、「自由」という価値の大きさを熟知しています。

今回のデモの中核は、主婦であり、家族連れであるといわれています。天安門事件や雨傘運動のように、スター的な指導者もいないです。このことも、中国政府や香港政府に方針の転換を促したのでしょう。

今回の香港の大規模デモが、天安門事件から30周年、そしてブログ冒頭の記事にもあるように、台湾の総統改選期とも重なったことも、相乗効果として中国政府に方向転換を促したのです。とすれば、この際、中国政府、中国共産党は、1997年の香港返還に際しての国際公約、「一国二制度」と「高度の自治」を前向きに、積極的に果たしていく方向に踏み出すべきなのではないでしょうか。

具体的には、まずは香港の司法制度の独立、行政長官の直接普通選挙を実現すべきです。

デモが撤退する気配は今のところないです。運動はおそらく次の目標に向かって再編され、継続するでしょう。「逃亡条例案改正案」の廃案に続き、今後は行政長官の退陣、そして普通選挙による後任長官の選出へと要求が発展していくに違いないです。

ただし、香港デモに同調して、中国共産党が、「逃亡条例案改正案」の廃案に続き、行政官の退陣、さら普通選挙制を導入するということにでもなれば、習近平の権威はかなり毀損されます。

そうなると、習近平は中国共産党内の権力闘争に負けて、失脚しかつての華国鋒のような運命をたどることになります。

華国鋒の運命を知っている習近平は、現状ではG20も迫っているので、厳しい弾圧は控えていますが、G20が終わり、デモが沈静化した頃を見計らって、厳しい弾圧を行い、デモを粉砕しようとするでしょう。

開幕した中国全人代で、政府活動報告のため席を立つ李克強首相。
       左は習近平国家主席=3月5日、北京の人民大会堂

「天安門事件」や「雨傘運動」と今回のデモが違うのは、香港市民が中国本土の「超AI監視技術」を恐れていることです。今回のデモでは、マスク、ヘルメット、ゴーグルなどで顔を隠している参加者が圧倒的に多いです。顔認証システムで、個人を特定されたくないからです。

いずれ中国は香港でも「超AI監視技術」を導入して、デモで実質的に中核になった人々や、その協力者を一網打尽にすることでしょう。

その時は「超AI監視技術」を用いるので、「天安門事件」のときのような虐殺を伴わずに、洗練されたスマートなやり方で、首謀者・協力者などを発見しデモを鎮圧することでしょう。

現在習近平は、このようなことを実施するため、虎視眈々と機会を狙っていることでしょう。おそらく、実行するには半年から一年はかかることでしょう。

なぜそのようなことがいえるかといえば、それは中国共産党の統治の正当性があまりにも脆弱だからです。脆弱であるからこそ、内部での権力闘争があったり、日本を悪魔化して、人民の憤怒のマグマを日本に向けさせ、自らの統治の正当性を強める必要があるのです。

そもそも、中国共産党の中国統治の正当性が高いものであれば、「天安門事件」はなかったでしょう。

こうなると、香港にとって不幸なのはもちろんですが、なにより中国にとって明るい展望は一切見通せなくなります。香港のデモを無理やり鎮圧すれば、たとえそれか従来とはかなりスマートなやり方であったとしても、さらに香港市民を怒りをかい、国際的にも非難されることになります。

米国は最近米国国務省のキロン・スキナー政策企画局長が、ドナルド・トランプ米政権が、中国を覇権抗争の相手国と見なしていることを明確にしています。その背景として、トランプ政権下で急速に対中国強硬論が高まる中、ついに米中の間の対立についても、「文明の衝突」が参照されるようになってきたのです。

米国は、現在の米中の対立は、すでに貿易戦争などの次元ではなく、米国文明と中国文明の衝突であるとみなしているのです。これは、価値観と価値観のぶつかり合いなのです。

そのような中で、中国が最新のテクノロジーを用いたスマートなやり方であっても、香港のデモを鎮圧すれば、米国の「文明の衝突」という観点からの中国の見方を正当化することになります。

そうなると、米国は抑止力としては武力を使うものの、直接武力は用いることはないでしょうが、中国が先進国なみに社会構造改革をして民主化、政治と経済の分離、法治国家化を求めるようになることでしょう。しかし、中国共産党はこれを実行できません。なぜなら、これを実行してしまえば、完璧に統治の正当性を失い、中国共産党は崩壊するしかないからです。

おそらく、中国共産党は米国の要求など聞く耳をもたず、香港デモを無理やり鎮圧して、滅びの道を選ぶでしょう。そうして、米国は中国共産党が崩壊するまで、冷戦をやめないことでしょう。

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2019年6月22日土曜日

【G20大阪サミット】大阪から世界が動く 米中貿易摩擦で歩み寄り焦点 日本、初の議長国―【私の論評】G20前後の安倍総理の意思決定が、安倍政権と国民の運命を左右することになる(゚д゚)!


G20サミット等開催地

主要国の首脳が一堂に会する20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)が28、29日、大阪市で開かれる。貿易摩擦、海洋プラスチックごみ問題など、さまざまな課題で議論が交わされ、初の議長国を務める日本の手腕が注目される。会場となる大阪では2025年大阪・関西万博の開催やカジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致を控えており、G20を契機に世界への魅力発信を目指す。一方、市内は大規模な交通規制が行われ、全国から警察官が集まるなど厳戒態勢を敷き、会議の成功へ万全の態勢を取る。


 ■米中貿易摩擦、歩み寄り焦点 日本、初の議長国

 G20大阪サミットでは、米中貿易摩擦をめぐる議論が注目を集めそうだ。対中貿易赤字を問題視するトランプ米大統領は5月、制裁関税「第4弾」として、中国からのほぼ全ての輸入品に高関税を課す準備を開始。中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)への輸出禁止措置も決めた。トランプ氏は大阪で中国の習近平国家主席と会談することを表明、摩擦が緩和されるか注目される。

 世界経済の成長持続もテーマ。その一環として日本はデータの自由な流通を促すルール作りを提案する。

 安倍晋三首相は、消費者や産業活動が生むビッグデータなどへの規制を各国でそろえて広く活用できれば、新たな富を生むと説く。根底には、外国企業に対し、顧客データの国外持ち出しに厳しい制約を課す中国に圧力をかける思惑もある。米グーグルなど巨大IT企業に対する「デジタル課税」の統一ルールの方向性も確認する。

 自由貿易の維持に向け、世界貿易機関(WTO)改革も取り上げるが、各国の主張は入り乱れている。WTO上級委員会が韓国による福島県産などの水産物禁輸を容認したことも踏まえ、日本は紛争解決機能の向上を主張。欧州連合(EU)も機能強化を求める一方、中国の不公正貿易に対するWTOの態度が甘いと批判する米国は上級委の人事を拒むなど議論はまとまりを欠く。

 また、世界で年間800万トンに上るとされる海洋プラスチックごみ問題も議論する。政府はプラごみ削減に向けた「プラスチック資源循環戦略」を策定し、安倍首相も「途上国の支援や実態把握に取り組む」と明言。海洋プラスチックごみの流出元の多くは中国やインドネシアなどで、議長国として問題解決に取り組む姿勢をアピールする。


【用語解説】G20

 先進国と新興国の20カ国・地域が入る国際会議の枠組み。源流はアジア通貨危機後の1999年に開かれた財務相・中央銀行総裁会議。リーマン・ショックの起きた2008年に初めて首脳会議が開かれ、定例化した。日米欧の先進7カ国(G7)のほか、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、韓国、メキシコ、ロシア、南アフリカ、サウジアラビア、トルコ、欧州連合(EU)で構成している。参加国のGDP合計は世界の8割以上、人口は約6割を占める。

【私の論評】G20前後の安倍総理の意思決定が、安倍政権と国民の運命を左右することになる(゚д゚)!

トランプ米大統領は、28─29日の20カ国・地域(G20)首脳会議(大阪サミット)で中国の習近平国家主席と会談したいとの考えを表明しています。しかし現時点では、万一会談が実現しても貿易摩擦解消に向けた進展があるとの期待は乏しいです。

ワシントンと北京の外交官や政府高官などによると、貿易協議が物別れに終わった先月以来、米中両国の関係がとげとげしさを増す一方となっているため、会談を行うための準備作業すら十分ではないそうです。

逆に会談が不調に終われば、両国の関税合戦は激しさを増し、トランプ氏が中国の通信機器大手華為技術(ファーウェイ)と取引する企業の免許を取り消したり、中国側がレアアースの対米輸出禁止に動く可能性もあります。

ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表は19日、20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)に先立ち、中国側の対米首席交渉官、劉鶴副首相と会談する見通しを示しました。

ライトハイザー代表は議会で、一両日中に劉鶴副首相と電話で協議した後、G20サミット開催地の大阪でムニューシン財務長官と共に会うと見通しました。


米中通商協議がいつ再開されるかはまだ分からないとしながらも、米国には中国と取り組んでいく明確な意思があると表明。通商合意を得ることは米中両国の国益にかなうとの考えを示しました。

ただし、米中貿易摩擦に関して、G20で何らか解決策が出て、一気に解決するということにはならないのははっきりしています。
米国は昨年夏から秋にかけて、まず対中制裁の第1弾、第2弾として計500億ドル(約5兆5000億円)分の中国産品に25%の追加関税を発動。第3弾として2000億ドル分に10%の追加関税を上乗せし、この2000億ドル分については5月10日、税率を10%から25%に引き上げました。

13日には「第4弾」の対中制裁措置の詳細を発表。対象となるのは3000億ドル分の輸入品で上乗せする税率は最大25%。最短で6月末にも発動可能な状態になる見込みです。

さらに、15日には、中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)への部品の輸出禁止措置を発動し、関税以外の手段でも締め付けを強化。これに対し、中国は6月1日、米国からの輸入品600億ドル分に対する追加関税率を従来の最大10%から最大25%に引き上げました。

米中互いの対抗措置がエスカレートすれば、短期的には日本企業にもダメージが及びます。

華為の日本企業からの調達額は昨年、66億ドルに達し、今年は80億ドルに増える見通しでした。華為排除の動きが広がる中、同社との取引を停止する日本企業が続出しているほか、第4弾の対中制裁を見据えて中国から生産拠点を移す「脱中国」の動きも出てきた。

「10月時点で海外経済が減速を続けている場合、わが国経済を下押しする影響が大きくなる可能性はある」

日本銀行の桜井真審議委員は5月30日、静岡市での講演で増税の影響をこう分析し、警戒感を示しました。

日本銀行の桜井真審議委員

経済協力開発機構(OECD)は5月21日、世界全体の実質GDP成長率が2018年から縮小し、19年は3.2%、20年は3.4%との経済見通しを発表しました。日本については、19年と20年のGDP成長率をそれぞれ0.7%、0.6%とし、3月の前回予測から0.1ポイントずつ下方修正しました。米中貿易摩擦の影響が大きく、OECDは「持続可能な成長を取り戻すべく、各国政府は共に行動しなければならない」と強調しました。

そのような中、日本が初めて議長国を務めるG20サミットが開かれます。日本は議長国として、機動的な財政政策などを各国に呼びかける可能性が高いです。それにもかかわらず、日本のみが増税すれば、日本発の経済不況が世界を覆うことになる可能性を指摘されることにもなりかねません。

平成28年5月下旬、三重県で開かれた主要国首脳会議(伊勢志摩サミット、G7)で、安倍首相は「リーマン・ショック級」の危機を強調しながら、増税延期の地ならしを進め、直後に延期を正式表明しました。

伊勢志摩サミットで「リーマン・ショック級」の危機を強調した安倍総理

果たして、G20はG7の再来となるのでしょうか。もし今回増税すれば、日本経済は再びデフレスパイラルの底に沈み、内閣支持率がかなり落ちるのは目に見えています。

それでも、増税を実施した場合、安倍政権は憲法改正どころではなくなります。それどころか、野党はもとより与党内からも安倍おろしの嵐が吹き荒れレームダックになりかねません。

まさに、G20前後の安倍総理の意思決定が、安倍政権と国民の運命を左右することになります。

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2019年6月21日金曜日

【瀕死の習中国】チャイナ・セブンも死闘? 中国共産党幹部「利益奪取と権力闘争で、死ぬか生きるかの戦いしている」―【私の論評】中国共産党内の熾烈な権力闘争は、日本にとって対岸の火事ではない(゚д゚)!

【瀕死の習中国】チャイナ・セブンも死闘? 中国共産党幹部「利益奪取と権力闘争で、死ぬか生きるかの戦いしている」


「利益奪取と権力闘争で、死ぬか生きるかの戦いをしている」

 中国共産党のある高級幹部が、米ハーバード大学を訪れた際にこう吐露したことを、同大学のシニアフェロー、ウィリアム・オーバーホルト博士が昨年末、英BBCの番組で明かした。

 オーバーホルト氏は著書『中国・次の超大国』(サイマル出版会)で、1995年にアジア太平洋賞特別賞を受賞するなど長年のチャイナ・ウオッチャーとして知られる。

 米中貿易戦争について、同氏は「中国の指導者が決断をしない」と暗に習近平国家主席を非難している。週刊東洋経済PLUS(ウェブ版・2018年9月15日号)によると、同氏は「中国の成功は続かない」とも語っていたという。

 香港紙「アップルデイリー」も17日、評論家の話として、中国共産党の最高幹部、中央政治局常務委員7人(チャイナ・セブン)と、次に続く中央政治局委員を合わせた25人は、習一派の割合が高いが、習氏の新路線を強く信任しているわけではないと報じた。

 同紙によると、序列3位の栗戦書氏は習氏に近いが、序列2位の李克強首相と、序列4位の汪洋副首相、江沢民派で序列7位の韓正氏は、習氏に対して暗に批判的であるという。序列5位の王滬寧氏と、序列6位の趙楽際氏は、国内外の問題に不自然なほどシラけている、などを報じた。

 李氏と汪氏は共産主義青年団派の背景を持ち、習氏との関係はそもそも遠い。

 一方、プロパガンダを担う王氏は、一時、習氏を皇帝のごとく持ち上げてみせたが、実際のところ習一派の敵、江沢民元国家主席派の下で暗躍しているとの説が有力だ。

 上海の復旦大学で、国際政治分野の教授だった王氏は、別名「江派二号人物」と呼ばれた曽慶紅元国家副主席(元序列5位)に見いだされた。30年前の「天安門事件」以降、王氏は党指導理論のブレーンとなり、中央政策局主任の立場で、江沢民・胡錦濤・習近平の総書記3代に仕えた“頭脳”である。

 別の表現では、共産党の一党独裁体制を強化していく目的で、全国に多数いる教授の中から選ばれ、ロケット出世をしてきたのが王氏である。

 ふと、毛沢東時代の中国最高幹部内で起きていた死闘を思い出す。

 毛主席の後継者だった劉少奇氏は失脚し、獄中死した。その後、林彪氏とその一派は「毛沢東天才論」で持ち上げて懐柔しようと試みた。その裏で、暗殺とクーデターを企てたが失敗。ソ連へ亡命する林氏を乗せた飛行機が、モンゴルに墜落して死亡した。1971年9月13日の「林彪事件」である。

 現チャイナ・セブンも死闘の最中にあるとすれば、近い将来、何が起きてもおかしくはない。

 ■河添恵子(かわそえ・けいこ) ノンフィクション作家。1963年、千葉県生まれ。名古屋市立女子短期大学卒業後、86年より北京外国語学院、遼寧師範大学へ留学。著書・共著に『「歴史戦」はオンナの闘い』(PHP研究所)、『トランプが中国の夢を終わらせる』(ワニブックス)、『中国・中国人の品性』(ワック)、『世界はこれほど日本が好き』(祥伝社黄金文庫)など。

【私の論評】中国共産党内の熾烈な権力闘争は、日本にとって対岸の火事ではない(゚д゚)!

昨日の記事に掲載したように、新華社通信のネット版である新華網は7日、アメリカとの妥協を主張する国内一部の声を「降伏論」だと断罪して激しく攻撃。9日には人民日報が貿易問題に関する「一部の米国政治屋」の発言を羅列して厳しい批判を浴びせました。

もはや対米批判の領域を超えて国内批判に転じています。それらの批判は捉えようによっては、習主席その人に対する批判であるとも聞こえます。

このような傾向は昨年からありました。昨年7月9日付『人民日報』(中国共産党機関紙)の第1面が奇妙だと話題になっていました。習近平主席の文字と写真がまったく掲載されていなかったからです。7月19日現在、同日以外、7月第1面はすべて習主席礼賛のオンパレードでした。

その2日後(同11日)の『人民日報』で、今度は、華国鋒批判が始まりました。これは、毛沢東型個人崇拝を復活させた習近平主席への“あてつけ”だったのではないかとの憶測が広まりました。

江沢民元主席、胡錦濤前主席、朱鎔基元首相等は「元老会」を形成しています。元老達は、習近平主席の個人崇拝志向に対し、不満を持っていると伝えられていました。

「元老会」が、海航集団・王健会長のフランスでの不審死をめぐり、その真相究明に動き出したとされていました。王岐山国家副主席には、海航集団を“私物化”している疑惑があったのです。

仮に、昨年の時点で王副主席が失脚すれば、習近平主席への打撃は計り知れないものになっていたはずです。「元老会」はこの事件を契機として、習主席に対し巻き返そうと試みていたのではないでしょうか。それが『人民日報』の紙面に表出したのかもしれません。

一方、昨年7月4日、不動産会社に勤める董瑶琼という若い女性が、上海の海航ビルに貼ってあった習近平主席のポスターに、墨を塗るという事件が起きました。

董瑶琼とされる女性

董瑶琼は、「共産党独裁に反対」を唱え、習主席を批判しました。実に、大胆な行動でした。ネットでは称賛されました。だが、まなもく董は公安に捕まり、その後、行方不明になりました。

その他にも異変は多くありました。その中でも特筆すべきは、アリババのマー会長の電撃辞任劇です。

マー会長は、昨年9月10日にロシア・ウラジオストクで開かれた「東方経済フォーラム」に参加するためにロシア入していたのですが、「1年後の来年9月10日に会長を辞任する」と電撃的に宣言したのです。

これについては、様々な憶測が飛びましたが、私も推測してみました。それについては、このブログにも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
アリババ創業者突然の引退宣言、中国共産党からの「身の危険」…企業家が次々逮捕・亡命―【私の論評】習近平がすぐに失脚すると見誤った馬会長の悲運(゚д゚)!
昨年「東方経済フォーラム」に参加したプーチン大統領とマー会長

詳細はこの記事をご覧いただくものとして、この記事では、マー会長の辞任は、習近平失脚の時期を見誤ったこととしました。上でも述べたように、昨年7月9日付『人民日報』(中国共産党機関紙)の第1面に習近平主席の文字と写真がまったくなかったという出来事がありました。

他にも、習近平にまつわる珍事もありました。これをみてマー会長は、習近平の失脚の時期は近いと判断し、行動したのでしょう。ところが、習近平は意外にしぶとく、少なくともここ1年くらいは失脚することはありえないというのが実体だったのでしょう。実際、習近平は現在でも失脚していません。

そのため、習近平側からの報復を恐れて、はやばやと引退する旨を明らかにしたのでしょう。以前はこの変わり身の速さが、馬雲を救ったのでしょうが、今回はこれが災いしたようです。これが、真相ではないかと私は思います。

さて、当時から習近平政権は「自由化」・「民主化」に背を向けていました。そこで、中国共産党による「支配の正当性」は、経済発展しかない状況でした。

しかし、その経済が近年は全く振るいません。それどころか、最近では米国による対中国貿易戦争は、完璧に冷戦の次元に高まりました。

そうなると経済がこれから上向くとことは当面ないでしょう。そうなると、長老や反習近平派の不満は蓄積される一方です。さらに、香港の200万人を集めたデモは、中国本土への刑事事件容疑者の引き渡しを可能とする「逃亡犯条例」の改正案を事実上の廃案に追い込む勢いです。

こうなると、習近平は八方塞がりです。まさに、中国共産党内部では、チャイナセブンと政治局員らが壮絶な権力闘争を展開し「利益奪取と権力闘争で、死ぬか生きるかの戦いをしている」のでしょう。

そうして、気をつけなければならないのは、普通の国だと、米国から冷戦を挑まれたりすれば、挙国一致でこれにあたったりするのですが、中国はそうではないということを認識しておくべきです。これは、トランプ政権と議会が、超党派で中国に挑もうとしている米国とは対照的です。

さらに、忘れてはならないのは、中国は外交でもなんでも中国内部の都合で動く国であることです。中国では、たとえ対外関係であっても、自国の内部の都合で動くのです。普通のまともな国なら、対外関係と内部とは分けて考え、内部の都合により対外関係が動くなどということはありません。

しかし、中国の場合はそうではありません。反習近平派が、尖閣問題を中国内部の権力闘争に利用すること等は十分にありえることです。元々中国は、巨大国家であるがゆえの「内向き」な思考を持っており、しかも古代からの漢民族の「戦略の知恵」を優れたものであると勘違いしており、それを漢民族の「同一文化内」ではなく、「他文化」に過剰に使用することによって信頼を失っています。

孫子の兵法書

このような中国の特性から、習近平を貶めるために、反習近平派が手持ちの人民解放軍や民兵をつかって、尖閣を占領するなどということも十分ありえることです。それらが、日本の自衛隊によって駆逐されれば、習近平の権威は一気に落ち込み、半習近平派は権力闘争で勝利を収めることができるかもしれません。

もし、その確率が高いと判断した場合は、実行することも十分にありえます。その逆に、習近平派が尖閣を占領すれば、権力闘争に有利と判断すれば、これも実行するかもしれません。

熾烈な中国内部闘争ですが、日本としてもそ行方を注意深く見守るべきです。内部の抗争だけであるとみていると、ある時とんでもない飛び火があるかもしれません。まさに日本にとっては対岸の火事ではないのです。

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2019年6月20日木曜日

【石平のChina Watch】人民日報の「習近平批判」―【私の論評】習近平はミハエル・ゴルバチョフになれるか?


5日、モスクワのクレムリンで会談前に握手するロシアのプーチン大統領(右)と
                 中国の習近平国家主席

 6日掲載の本欄で、米中貿易協議の決裂以後、中国の習近平国家主席が、この件について無責任な沈黙を保っていたことを指摘したところ、翌日の7日、彼は訪問先のロシアでやっと、この問題について発言した。

 プーチン大統領らが同席した討論会の席上、習主席は米中関係について「米中間は今貿易摩擦の中にあるが、私はアメリカとの関係断絶を望んでいない。友人であるトランプ大統領もそれを望んでいないだろう」と述べた。

 私はこの発言を聞いて実に意外に思った。米中貿易協議が決裂してから1カ月、中国政府が「貿易戦争を恐れず」との強硬姿勢を繰り返し強調する一方、人民日報などがアメリカの「横暴」と「背信」を厳しく批判する論評を連日のように掲載してきた。揚げ句、中国外務省の張漢暉次官は米国の制裁関税を「経済テロ」だと強く非難した。

 こうした中で行われた習主席の前述の発言は明らかに、中国政府の強硬姿勢と国内メディアの対米批判の強いトーンとは正反対のものであった。彼の口から「貿易戦争を恐れず」などの強硬発言は一切出ず、対米批判のひとつも聞こえてこない。それどころか、トランプ大統領のことを「友人」と呼んで「関係を断絶したくない」とのラブコールさえ送った。

 国外での発言であるとはいえ、中国最高指導者の発言が、国内宣伝機関の論調や政府の一貫とした姿勢と、かけ離れていることは、まさに異例の中の異例だ。

 さらに意外なことに、習主席のこの「友人発言」が国内では隠蔽(いんぺい)された一方、発言当日から人民日報、新華社通信などの対米批判はむしろより一層激しくなった。新華社通信のネット版である新華網は7日、アメリカとの妥協を主張する国内一部の声を「降伏論」だと断罪して激しく攻撃。9日には人民日報が貿易問題に関する「一部の米国政治屋」の発言を羅列して厳しい批判を浴びせた。

 それらがトランプ大統領の平素の発言であることは一目瞭然である。人民日報批判の矛先は明らかに習主席の「友人」のトランプ大統領に向けられているのだ。そして11日、人民日報はアメリカに対する妥協論を「アメリカ恐怖症・アメリカ崇拝」だと嘲笑する論評を掲載した。

 ここまできたら、新華社通信と人民日報の論調は、もはや対米批判の領域を超えて国内批判に転じている。それらの批判は捉えようによっては、習主席その人に対する批判であるとも聞こえるのだ。貿易戦争の最中、敵陣の総大将であるはずのトランプ大統領のことを「友人」と呼んで「関係断絶を望まない」という習主席の発言はまさしく、人民日報や新華社通信が批判するところの「降伏論」、「アメリカ恐怖症」ではないのか。

 習主席の個人独裁体制が確立されている中で、人民日報などの党中央直轄のメディアが公然と主席批判を展開したこととなれば、それこそ中国政治の中枢部で大異変が起きている兆候であるが、その背後に何があるのかは現時点ではよく分からない。おそらく、米中貿易戦争における習主席の一連の誤算と無定見の右往左往に対し、宣伝機関を握る党内の強硬派が業を煮やしているのではないか。

 いずれにしても、米中貿易戦争の展開は、すでに共産党政権内の分裂と政争の激化を促し、一見強固に見えた習主席の個人独裁体制にも綻(ほころ)びが生じ始めたもようである。

 もちろんそれでは、習主席のトランプ大統領に対する譲歩の余地はより一層小さくなる。米中貿易戦争の長期化はもはや不可避ではないか。


【プロフィル】石平(せき・へい) 1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。

【私の論評】習近平はミハエル・ゴルバチョフになれるか?

冒頭の石平氏の記事には出てはきませんが、習近平の権力基盤を揺るがしているのは、最近の香港デモであるのは間違いないでしょう。

香港の200万人を集めたデモは、中国本土への刑事事件容疑者の引き渡しを可能とする「逃亡犯条例」の改正案を事実上の廃案に追い込む勢いです。

沿道を埋め尽くす香港のデモ隊

香港政府トップの林鄭月娥行政長官の辞任をめぐって事態は混迷を極めていますが、実はこの騒動が昨年来から続く米中貿易戦争の行方をも左右しかねないです。

結論から先に言うと、G20サミットを前に中国・習近平国家主席には最大の誤算となり得る一方、最大級の外交カードを手に入れたのは米・トランプ大統領ということになるでしょう。

今回の香港デモはすでに香港だけの問題にとどまらず、中国本土をも大きく揺るがす最大級の政治的懸案事項となっています。実際、香港デモのニュースは、中国本土ではすでにタブーと化しています。中国国内でたとえばNHKのニュースでその内容少しでも流れようものなら、その画面は当局にブラックアウトされています。

一国二制度の中国にとって、香港の民主主義が強まれば強まるほど、「特別扱い」に対する本土の人民の不満を招きかねないです。それだけに香港の混迷が長引くほど、中国は騒乱の火種を本土に抱え込むことになります。習近平国家主席にとって、国内の不満を緩和するために何らかの措置が必要となってきているのです。

その緩和策として重要になってくるのが、米中貿易交渉の早期妥結です。

現在、米中双方の関税引き上げの応酬で、中国経済は低迷しています。だからこそ交渉を早期妥結をすることで、習近平国家主席が国内の不満を和らげようとするシナリオが浮上してきます。

実際、中南海の長老からも米中貿易摩擦による国内情勢への影響、特に失業増が社会不安を増大させることを懸念する意見は根強くあります。

昨年、長老たちとの北戴河会議でも、習近平国家主席は釘を刺されています。

今回の香港デモをきっかけに、こうした声がより一層強まっている可能性は高いです。言い方を変えれば、習近平国家主席は、トランプ大統領に譲歩せざるを得ない状況に追い込まれてきたともいえます。

ただし、石平氏の記事にもある通り新華社通信と人民日報の論調は、対米批判であり、これらの批判は捉えようによっては、習主席その人に対する批判とも受け取れます。

習近平は、長老らの失業増懸念の声と、反米勢力との板挟みにあっているともいえます。習近平としては、米国と妥協しても、妥協しなかったとしてもいずれかの勢力からの批判を免れないです。

一方トランプ大統領は、今回の騒動で「最大級の外交カード」を手に入れたことになります。

米国でも米中貿易摩擦の早期妥結の声は高まっている中で、中国から譲歩を引き出し、交渉を妥結させる機会を手に入れたわけです。ビジネスマンのトランプ大統領は、このチャンスに当面の決着を図りたいと考えるかもしれません。

現在のマーケットの状況からも、それを期待する声は高まっています。ただし、大阪で間もなく行われるG20において行われる、米中首脳会談においては、習近平が何らかの譲歩をしたとして米中貿易摩擦がある程度の妥結を見たとして、それは一時的なものにとどまることでしょう。

なぜかといえば、すでに米中関係は、このブログでも何度か掲載しているように、すでに冷戦の域にまで達しているからです。

私としては、おそらく米中首脳会談で習近平が何らかの妥協を姿勢を見せたとしても、結局トランプ大統領はそれを撥ねることになると思います。

なぜなら、米中冷戦はもうすでに生易しい次元ではなく、米中の衝突は米国では「文明の衝突」という次元で捉えられるようになってきました。

以前にもこのブログで示したように、現在米国は、苛酷な宗教・人権弾圧、法の支配の欠如、米企業が強いられた技術移転や知財の窃盗、債務のワナによる「一帯一路」沿線諸国の軍事拠点化、南シナ海の軍事拠点化など、さまざまな"戦線″で戦いを強いられているのですが、文明論の次元で中国をとらえなくては、その脅威の全貌を把握できないと考え始めたと言えます。

もう米中の対決は、貿易戦争の次元ではなく、中国の価値観と米国の価値観の戦いになっているのです。これは、もう武力はともなわない戦争です。一昔前なら、大戦になっていたかもしれません。

トランプ大統領

そうした最中で、トランプ大統領とて、米中会談で習近平が貿易戦争で譲歩の姿勢をみせたからといって、適当に妥協するわけにはいきません。おそらく、習近平に対して米国とまともに通商がしたければ、先進国なみに民主化、政治と経済の分離、法治国家化などの社会構造改革をすることを迫るでしょう。

それに対して、習近平は即答はしないでしょう。そうなれば、トランプ氏としては、それに対する答えを期限付きで示すように求めることでしょう。

米国としては、中国がこれを拒否したり、うやむやにすれば、冷戦をさらに強化することでしょう。

そうして、中国が自国の価値観を他国に対してまで強要できなくなるまで、中国の経済を弱体化させるまで、冷戦を続けることでしょう。それは、おそらく少なくと10年、長ければ20年くらいの年月がかかるかもしれません。

もし中国が先進国なみに民主化、政治と経済の分離、法治国家化をすすめたとすれば、中国共産党の統治の正当性は失われることになります。そうなれば、中国共産党一党独裁の体制は崩壊します。

これは、習近平自身がミハエル・ゴルバチョフになるつもりがなければ、到底できないことです。

ミハエル・ゴルバチョフ

そのようなことができない習近平は結局、米国からの冷戦、長老からの社会不安への懸念、対米強行派の間で身動きが取れない状況になり、失脚することになるでしょう。

しかし、習近平が失脚し中国が新体制になったとしても、米国は対中冷戦をやめることはありません。なぜなら、その目的は、中国の社会構造改革もしくは、中国の弱体化にあるからです。いまのところこうなる公算が高いと思います。

ただし、もし香港の社会運動が秩序を大きく乱すこともなく、その目的を達成した前例を作ることができるなら、強烈な閉鎖的監視統制社会を構築しつつある中国で、内心は強い不満と恐怖に耐えて沈黙している中国国内の知識人や少数民族や宗教関係者にも勇気を与えることになるでしょう。

これが、中国本土の抜本的な社会構造改革につながっていくかもしれません。なぜなら中国自体の弱体化と、中国の強化にもつながる社会構造改革のどちらをとれといわれれば、長老や共産党幹部のほとんどは弱体化しても既存秩序を守ろうとするでしょうが、圧倒的多数の中国人民は、中国の強化につながる社会構造改革を選ぶことになるからです。

しかし、香港のデモが継続し、その目的を達成するためには、国際社会の主要国が足並みをそろえ、中国に圧力をかけることが重要です。特に日本がホストとなる大阪G20こそ、そういう世界の潮流の変化の大きな節目になる舞台になる可能性が高いです。

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