- 中国は南シナ海を戦略原潜の「聖域」にしようとしている。だが、そのために造る巨大な人工島基地は、ルトワックが「5分で吹き飛ぶ」と酷評したほど脆弱な固定目標でもある。
- 冷戦期のソ連は、オホーツク海の天然の地理と長射程SLBM、既存基地、対潜戦力を組み合わせて原潜を守った。中国は、南シナ海に存在しない「天然の壁」を人工島で造ろうとしている。
- しかも中国の軍事化は、フィリピン、日本、米国、豪州などの連携と監視能力を強めている。原潜を隠す聖域を造ろうとして、逆にその海を聖域ではなくしているのである。
中国が南シナ海で、再び大規模な拠点整備を進めている。
2026年8月25日のロイター報道によれば、中国が実効支配する西沙諸島のアンテロープ礁近くにあるヤゴン島で、新たな施設が衛星画像によって確認された。用途はまだ確定していないものの、周辺の中国軍施設にある設備と形状が似ており、アンテロープ礁を支援する早期警戒レーダー施設となる可能性が指摘されている。アンテロープ礁ではすでに全長約6kmの人工島が造成され、3kmを超える直線部分も形成されている。滑走路建設を念頭に置いた整備との見方があるが、現時点で完成した滑走路が確認されたわけではない。中国側は新たな軍事基地の建設とは認めず、気象観測、漁業支援、科学研究などの民生目的を強調している。
だが、ここで大きな疑問が生じる。米国の戦略家エドワード・ルトワックは2018年末、中国が南シナ海のサンゴ礁に建設した基地について「Beijing opera bases(北京オペラの基地)」と酷評した。ルトワックのインタビューによれば、実務的な軍人なら防御困難なサンゴ礁に価値ある兵器を置かない、戦争になれば「最初の5分で吹き飛ばされる」という趣旨である。もちろん、この「5分」は実証された攻撃所要時間ではなく、逃げることのできない固定基地の脆弱性を強調した表現として読むべきだろう。それでも問題の本質は残る。人工島は動かない。滑走路、港湾、レーダー施設の位置も隠せない。衛星監視と長射程精密誘導兵器が発達した現代戦では、巨大な固定施設は最初から攻撃目標として把握される。
では、なぜ中国は、そのような基地を莫大な資源を投入して造り続けるのか。
その答えを探ると、中国が南シナ海を戦略原潜の「聖域」にしようとしている可能性に行き着く。しかし、ここで「なるほど、中国には深遠な長期戦略があるのだ」と思考を止めてはならない。むしろ冷戦期のソ連がオホーツク海を戦略原潜の聖域として利用した方法と比較すると、中国が南シナ海で進めている軍事化が抱える無理と自己矛盾が、より鮮明に見えてくる。
1️⃣ルトワックが「5分で吹き飛ぶ」と酷評した人工島基地
中国の人工島を「戦争になれば攻撃されるから無意味だ」と片づけるのは正確ではない。だが、その軍事的価値を考える前に、まずルトワックが中国の南シナ海基地をどのように見ていたのかを確認しておく必要がある。
ルトワックは2018年末のインタビューで、中国が南シナ海のサンゴ礁に造成した軍事拠点について、「Beijing opera bases(北京オペラの基地)」と皮肉を込めて評した。当時のインタビューでルトワックは、防御の難しいサンゴ礁の上に価値ある兵器を配置するのは軍事的に不合理であり、米中が本格的な戦争に入れば、そうした基地は「最初の5分で吹き飛ばされる」との趣旨を述べている。
もちろん、この「5分」は厳密な作戦計画に基づく所要時間を示した数字ではない。固定され、位置が完全に知られ、逃げることもできない人工島基地の脆弱性を、ルトワック特有の強い表現で示したものと理解すべきである。滑走路、港湾、レーダー、燃料施設、通信設備は衛星から継続的に監視できる。長射程の精密誘導兵器が発達した現代では、巨大な人工島は「存在そのものを隠せない標的」なのである。
では、ルトワックの指摘どおり破壊されやすいのであれば、中国の人工島に軍事的価値はないのか。そう単純ではない。平時や武力衝突に至らないグレーゾーンでは、人工島基地には明確な効用がある。
| 衛星から見た中国の人工島軍事基地 AI生成画像 |
飛行場、港湾、レーダー、通信施設、補給設備を置けば、人民解放軍だけでなく中国海警などの活動を支えられる。航空機や艦艇の行動半径を広げ、周辺海域を継続的に監視し、有事の際には中国本土から出動するより短時間で対応できる。レーダー、情報・監視・偵察設備、電子戦施設を組み合わせれば、人工島は南シナ海を見る「目と耳」にもなる。米国防総省の2025年版中国軍事力報告書も、中国が南シナ海の拠点を人民解放軍、中国海警、海上民兵などの継続的な活動に利用していると分析している。
戦争になった場合でも、たとえ最終的に破壊されるとしても、米軍側はそれらを放置できず、偵察、攻撃、再攻撃、被害判定などに兵力と弾薬を割かなければならない。したがって、「破壊可能である」と「軍事的価値がない」は同じではない。この点では、中国の行動にも一定の軍事的合理性がある。
しかし、人工島に局地的・戦術的な効用があることと、中国の国家戦略全体が賢明であることは全く別の問題だ。中国は平時の監視や威圧では優位を積み重ねられる一方、海上に巨大な固定目標を増やし、その軍事化そのものによって周辺国の警戒と対抗措置を促している。局地的な利益だけを見て、戦略全体まで成功と評価するのは早計である。
しかも、中国が南シナ海に執着する理由は、海面上だけを見ていても分からない。より重要なのは、その海面下である。
2️⃣なぜ中国は南シナ海を選ぶのか――「深い海」を原潜の聖域にしたい中国
中国の南シナ海戦略を理解するうえで重要なのが、弾道ミサイル原子力潜水艦、SSBNである。SSBNは核弾頭を搭載可能な潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を海中から発射する戦略原潜であり、その最大の価値は敵に発見されず、生き残ることにある。仮に陸上配備の核戦力が先制攻撃によって損害を受けても、海中のSSBNが残っていれば報復核攻撃が可能となる。これが核抑止における第二撃能力である。
そこで登場するのが「バスチオン戦略」である。bastionとは「要塞」「砦」を意味する。安全保障の文脈でいう「ソ連型バスチオン」とは、冷戦期のソ連が自国に近く防護しやすい海域を、いわば「海の要塞」とし、その内側でSSBNを生き残らせようとした考え方を指す。これはソ連政府が公式に掲げた固有の政策名称というより、西側の安全保障分析で広く用いられてきた概念である。
代表的な海域がバレンツ海とオホーツク海だった。CIAがまとめた冷戦期ソ連海軍の分析によれば、1970年代に長射程SLBMを搭載するデルタ級SSBNが登場すると、ソ連の戦略原潜は米国や同盟国が警戒する外洋の対潜チョークポイントを突破して遠方まで進出する必要が薄れた。自国に近いバレンツ海やオホーツク海からでも米国への核攻撃が可能になったため、西側では、ソ連がこれらの海域をSSBNの「バスチオン」として防護する戦略へ移行しているとの分析が強まった。
特にオホーツク海には、中国が南シナ海で欲しがっているものが最初から存在していた。地理である。
オホーツク海はカムチャツカ半島、千島列島、サハリン、ユーラシア大陸側の沿岸によって囲まれ、太平洋からの主要な進入経路も限られている。冷戦期のCIA分析でも、ソ連の対潜能力には外洋で米原潜を継続的に探知する限界がある一方、オホーツク海やペトロパブロフスクへの接近海域のような限定された海域では、地理的条件と対潜戦力を組み合わせることで、その弱点を補えると評価されていた。
ここは中国との比較で極めて重要である。
もちろん、ソ連も何もしなかったわけではない。カムチャツカ半島のペトロパブロフスクなどには重要な潜水艦基地があり、SSBN運用を支える港湾、ミサイル関連施設、対潜戦力なども冷戦期を通じて整備・近代化された。したがって、「ソ連はオホーツク海の基地を全く強化しなかった」と言えば不正確である。
しかし、ソ連がオホーツク海をSSBNの聖域として利用するために、中国が南シナ海で行っているような大規模なサンゴ礁の埋め立てを繰り返し、海の中央に巨大な人工島、長大な滑走路、港湾、レーダー拠点を新たに並べる必要はなかった。
大まかに整理すれば、ソ連型バスチオンは、
天然の閉鎖性が高い海域+長射程SLBM+本土・半島の既存基地+海空の強力な対潜防護
によって成り立っていた。
| オホーツク海の地理とソ連原潜の聖域 AI生成画像 |
人工島によって「壁」を造る必要がなかったのである。自然そのものが壁だったからだ。
これに対し、中国の条件はまるで違う。中国は海南島を拠点として094型「晋」級SSBNを運用している。米国防総省の2024年版中国軍事力報告書も、中国がJL-3を搭載するSSBNの生存性を高めるため、南シナ海や渤海湾でバスチオン運用を検討し得ると評価している。また、2026年8月19日のロイター報道では、安全保障研究者コリン・コーが、アンテロープ礁の整備は中国SSBNを守る南シナ海の「bastion」を支援する可能性があると指摘している。
つまり、中国が南シナ海に「ソ連型バスチオン」のようなものを作りたいという発想自体には軍事的な論理がある。
しかし中国の問題は、「どこで戦略原潜を隠すのか」である。中国本土に近い黄海・東シナ海は浅い。そこで中国は、海南島の南に広がる深い南シナ海をSSBNの生存圏にしたい。
オホーツク海の海岸線の大部分は旧ソ連領であり、外洋との接続も千島列島などによって絞られていた。一方、南シナ海を囲むのは中国だけではない。フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイなどが存在し、領有権や海洋権益をめぐる対立もある。さらにフィリピン海や太平洋へ続く海峡・航路があり、米海軍や同盟・友好国の海空戦力が接近し得る。
そこで中国は、自然が与えてくれなかった「閉鎖性」を人為的に作ろうとしているように見える。南シナ海には深い海はある。しかし天然の要塞ではない。だからこそ中国は、海南島の基地、人工島、滑走路、港湾、レーダー、海空軍力、対潜能力などを組み合わせ、南シナ海を人工的な「海の要塞」にしようとしているのである。
だが、この違いこそ中国の弱点ではないか。
ソ連は天然の壁の内側にSSBNを隠した。中国はSSBNを隠すための壁そのものを、衛星から丸見えの巨大な人工固定施設として造ろうとしている。
「見えない戦略原潜」を守るために、「誰からでも見える要塞」を並べる。
ここには大きな自己矛盾がある。
さらに、2026年7月には中国が原子力潜水艦から長距離弾道ミサイルを太平洋方向へ発射する試験を実施した。CSISは航行警報などから、南シナ海でJL-2またはJL-3が発射された可能性が高いと分析している。ただし、発射海域やミサイル型式の詳細を中国政府が公表しているわけではなく、ここは「南シナ海からJL-3を発射した」と断定すべきではない。
JL-3の実際の射程や運用条件についても公開情報には幅がある。重要なのは、中国がSSBNの生存性を高め、海中核戦力をより確実な第二撃能力へ育てようとしている点である。目的には論理がある。問題は、そのために選んだ手段である。
3️⃣「聖域」を造ろうとして、その周囲に敵の目を増やす愚
中国の南シナ海戦略でさらに深刻なのは、軍事施設そのものの脆弱性以上に、外交・地政学上の副作用である。
中国が本気で南シナ海をSSBNの聖域にしたいのであれば、本来は周辺国をできるだけ中立に保ち、米国やその同盟・友好国の軍事力、とりわけ海洋監視や対潜戦力を近づけないことが合理的である。ソ連がオホーツク海で享受した最大の利点も、海域周辺の地理と軍事環境を自らの側でかなり統制できたことにあった。
ところが、中国が南シナ海で行ってきたことは逆の結果を生んでいる。人工島の軍事拠点化を進め、中国海警などによってフィリピンをはじめとする周辺国への圧力を強めれば、当然それらの国は中国を警戒する。フィリピンは米国との同盟協力を強め、国内治安中心だった軍事態勢から対外防衛重視へ軸足を移している。
2026年8月25日のロイター報道によれば、フィリピンのギルベルト・テオドロ国防相は議会下院の予算審議で、軍用ドローンの開発・取得を含む無人戦力の拡充方針を説明した。これは国防相が単独で予算を決めたということではなく、2027年予算案をめぐる議会審議の中で示された計画である。米国はすでにフィリピン軍へ海洋監視用の太陽光駆動型無人水上艇を供与しており、フィリピン側は機体の数だけでなく、安全な通信やネットワークへの統合能力を重視している。
ここには21世紀の軍事競争を象徴する対照がある。
中国は海上に巨大な固定施設を増やしている。それに対抗する側は、小型、分散、移動、無人、ネットワーク化へ向かっている。もちろん、中国自身も世界有数の無人機戦力を整備し、人民解放軍全体では分散化、長射程化、情報化を進めている。したがって、「中国だけが古い固定基地の発想に取り残されている」と描くのは正しくない。
問題は、中国がそうした最新戦力を整備しながら、同時に南シナ海では巨額の資源を海上の巨大固定施設へ投入していることである。それが平時の監視や威圧には有効でも、全面戦争になれば逃げられない。しかも、その軍事化によって周辺国の警戒を刺激すれば、米国、日本、豪州などとの安全保障協力を強め、海洋監視、無人システム、対潜能力の整備を促すことになる。
これはSSBNの聖域化という目的から見れば、かなり深刻な矛盾である。
戦略原潜を隠す海を作ろうとして、その海の周囲に中国潜水艦を探そうとする国々を集めてしまうからだ。
| 南シナ海を監視する分散型戦力 AI生成画像 |
オホーツク海にはソ連が利用できる天然の壁があった。南シナ海にはそれがない。そこで中国は人工島などによって人工の壁を築こうとしている。しかし、その人工の壁を高くすればするほど、周辺国は警戒し、その壁の外側に新たなセンサー、艦艇、航空機、無人システムが集まってくる。
中国が壁を造れば、相手はその壁を破る方法を考える。中国が監視網を広げれば、相手も監視網を広げる。中国がSSBNを隠そうとすれば、相手はそれを探す能力を高める。安全保障のジレンマそのものである。
我が国にとって、この問題は遠い南シナ海だけの話ではない。南シナ海は我が国のエネルギー、資源、貿易を支える重要なシーレーンにつながり、台湾海峡、バシー海峡、フィリピン海、南西諸島は海空・海中で連続した戦略空間を形成している。
我が国が中国の巨大基地を見て、同じような巨大固定施設を増やせばよいと考えるのは短絡的である。固定施設そのものの抗堪性を高めることは必要だが、それだけでは足りない。移動式ミサイル、無人航空機、無人水上艇、無人潜水機、海底センサー、衛星、分散型レーダー、電子戦、強靱な通信網を組み合わせ、一部が破壊されても全体が機能し続ける防衛体系を築く必要がある。
さらに、それを海外製装備の購入だけに依存してはならない。センサー、無人機、半導体、通信、AI、電池、海中技術などの国内生産・研究開発基盤を強化することは、防衛力整備を単なる政府消費で終わらせず、我が国の供給力、技術力、生産基盤という国家資産の形成につなげることでもある。南西諸島防衛と国内産業基盤の再建は、別々の政策ではない。
結論 中国はソ連をまねても、オホーツク海までは造れない
中国の人工島を「米軍なら簡単に破壊できるから無意味だ」と見るのは正しくない。平時には監視、補給、航空運用、海警活動などに使え、有事には米軍側へ攻撃目標を増やす効果もある。
だが、中国の戦略全体が合理的だとは限らない。
中国本土周辺の黄海や東シナ海は浅く、SSBNを隠す海としては制約が大きい。一方、南シナ海には深い水域がある。だから中国がそこを戦略原潜の「聖域」にしたいと考えるのは理解できる。
しかし、南シナ海にはオホーツク海のような天然の防壁がない。ソ連はカムチャツカ半島、千島列島、サハリン、極東沿岸という地理を利用し、長射程SLBMと既存基地、対潜戦力を組み合わせてSSBNを守った。
中国は、その天然の壁を人工島で補おうとしている。
だが、人工島は動かない。衛星から見える。軍事化を進めるほど、周辺国は警戒し、米国や我が国との安全保障協力、海洋監視、対潜能力を強める。
SSBNにとって最大の防御は、巨大な基地に守られることではない。
見つからないことである。
中国が本当に第二撃能力を高めたいのであれば、人工島の巨大要塞化より、SSBNそのものの静粛性を高め、より長射程のSLBMを備える方が本筋である。
中国に必要だったのは、南シナ海を人工島でオホーツク海に変えることではなく、オホーツク海のような天然の聖域を必要としないSSBNを造ることだったのではないか。
中国は「見えない核戦力」を守るために、誰からでも見える巨大基地を造っている。しかも、その軍事化によって周辺国の監視能力まで高めている。
聖域を造ろうとして、自ら聖域ではなくしている。そこに、中国の南シナ海戦略の最大の自己矛盾がある。
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約10年前の段階ですでに、中国が南シナ海を戦略原潜の「聖域」にしようとしている問題を取り上げた記事。冷戦期ソ連のオホーツク海戦略との比較にも触れており、今回の記事が長年追ってきた問題の続編であることが分かる。