2024年10月4日金曜日

日銀追加利上げのハードルさらに上昇か、世界的な金融緩和強化の流れ―【私の論評】日銀の独立性と過去の失敗:石破政権が目指すべき金融政策の方向性

日銀追加利上げのハードルさらに上昇か、世界的な金融緩和強化の流れ

まとめ
  • 英中銀とECB、一段と積極的な緩和の道筋が予想されている
  • 他国・地域の利下げペース加速時の日銀利上げは一段と困難との見方
日銀は、金融政策決定会合で、政策金利を0.25%程度に引き上げる追加の利上げを決定

 多くの先進国で金融緩和が強化される中、日本銀行が利上げを検討していることで、その政策が際立つ恐れがある。

 イングランド銀行や欧州中央銀行は利下げを示唆し、カナダとスウェーデンでも弱い経済データにより追加緩和の見通しが高まっている。エバコアISIのアナリストは、日本が利上げを行うのは他国の利下げ加速により困難になると指摘する。

 米国では大幅な利下げが進んでおり、特に米雇用統計の低調さが金融政策に影響を与えている。日本政府・日銀は、米経済の軟着陸を確認するまでは一層の緩和縮小はないとの立場を示している。石破茂新首相も追加利上げは必要ないと発言し、日銀への政策指示とも取れる発言を行った。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】日銀の独立性と過去の失敗:石破政権が目指すべき金融政策の方向性

まとめ
  • 林芳正官房長官は、石破茂首相の発言が金融市場に影響を与えたことに関連し、日銀の金融政策の独立性を強調し、具体的な手法は日銀に委ねるべきとの立場を表明した。
  • 日銀は「物価の安定」を主要な目標としており、雇用はその副次的効果とされているが、世界標準では雇用の最大化も重要な目標とされている。
  • 過去の日銀の失敗として、1980年代後半に日銀が資産価格の高騰を理由に金融引き締めに転じた結果、実際の物価上昇を無視して企業の資金調達コストを上昇させ、経済成長を鈍化させてバブル崩壊を招いた事例がある。
  • 政府は日銀に直接命令を出せないが、協調のための対話は可能であり、過去の事例として「アベノミクス」やコロナ対策における政府・日銀の連携が挙げられる。
  • 石破政権は短期的には日銀との協調を図り、長期的には日銀法の改正を目指すべきである。
林官官房長官

林芳正官房長官は3日午後の記者会見で、石破茂首相の発言が金融市場に影響を与えたことに関連し、日銀の金融政策の独立性を強調しました。政府として、金融政策の具体的な手法は日銀に委ねるべきとの立場は変わらないと述べました。

石破首相は、植田和男日銀総裁との会談後に、追加の利上げを行う状況ではないとの見解を示しました。林官房長官は、日銀が金融市場や経済状況を見極める余裕を持ちつつ、政府と連携して適切な政策を運営することを期待すると述べました。

この林官房長官の発言に間違いはありません。しかし、全く問題がないかといえばそうとはいえないです。

世界標準における中央銀行の独立性には、通常、金融政策の目標として「物価の安定」に加え、「雇用の最大化」も含まれます。特に米国の連邦準備制度(FRB)のような例では、「デュアルマンデート(二重の使命)」として、物価安定と雇用最大化の両方を目標に掲げています。

具体的には、政府がこれらの目標を設定し、中央銀行は専門的な立場から、インフレや雇用のバランスを取るために政策手段を自由に選択します。例えば、インフレが高騰しすぎれば利上げを行って物価を抑制し、逆に景気が低迷し失業率が高まれば、金融緩和を行い雇用を促進するという判断が行われます。だからこそ、上の記事にあるように、米雇用統計の低調さが金融政策に影響を与えているのです。

日本銀行(日銀)の総裁が雇用に関して言及したことは、過去に何度かありますが、日銀が直接的に雇用を目標とすることは少なく、その役割は通常、物価の安定や経済成長を通じて間接的に雇用に影響を与えるという形で述べられています。

植田総裁は、日銀の政策目標として雇用を明確に掲げたことはありません。金融政策の結果として、経済成長や雇用の改善が期待されるという見方を示しているに留まります。日本銀行の主要な役割は依然として「物価の安定」であり、雇用はその副次的な効果として扱われています。

日銀総裁が雇用もに関して言及した、近年の例として、2013年から2020年まで日銀総裁を務めた黒田東彦氏の発言が挙げられます。黒田総裁は、日銀の「量的・質的金融緩和」政策を通じて日本経済のデフレ脱却と成長を促進し、その結果として雇用の改善にも貢献することを目指すという趣旨の発言をしています。

金融緩和について説明する黒田氏

ただし、日銀の法律上の使命は「物価の安定」を中心としており、米国のFRBのように「雇用の最大化」を明確に目標にしているわけではありません。日銀が雇用に関する発言をする際も、物価の安定を達成することで、間接的に経済の成長や雇用改善につながるというスタンスが一般的です。

日銀総裁が雇用に言及することはあるものの、日銀の主要な使命は「物価の安定」にあり、雇用はその結果として改善を期待される分野という位置づけが主流です。

世界標準では政府が「物価安定」と「雇用の最大化」の両方を目標として掲げ、それに基づき中央銀行が独立した判断で金融政策を運営することが、世界標準における中央銀行の独立性の定義です。

しかし、現行の日本銀行法では、「物価の安定」だけが日銀の主要な目標として位置づけられています。このため、日銀はこの目標を達成するために独立して金融政策を実施します。政府、特に財務省は、経済全体の政策の枠組みを決定し、日銀との協調のもとで全体的な経済政策を運営しますが、具体的な金融政策の目標を設定するのは日銀自身です。日銀は政府の経済政策を尊重しつつも、実際の金融政策の運営に関しては独立性を持っています。

日銀の独立性は、物価の安定を図るために金融政策を自由に実施できることを意味します。つまり、日銀が設定する具体的な金融目標(例:2%のインフレ目標)は、政府が決定した経済政策の一部として位置づけられますが、実際の目標設定と手段と運営は日銀が独自に行います。このように、政府が全体的な経済政策の枠組みを設定し、日銀がその中で「物価の安定」を主な目標としてそれを定め金融政策を実施するという構造になっています。

日銀は「物価の安定」だけを主目的にしていることで、過去に大きな間違いをしています。1980年代後半、日本は金融緩和と低金利政策を採用し、土地や株式の資産価格が急激に上昇しました。マスコミは「狂乱物価」などと報道しました。この際、日銀は株価や不動産価格の高騰を懸念し、一般物価が高騰していないにもかかわらず金融引き締めに転じました。

この判断は誤りであり、実際の物価上昇ではなく資産価格の変動を理由に金融政策を変更したことが、企業の資金調達コストを上昇させ、経済成長を鈍化させた結果、バブル崩壊を招いたたのです。しかも、日銀はその後も引き締め策を継続し、日本はデフレに見舞われました。この経験からも、金融政策は物価や資産価格だけでなく、経済全体の健全性(特に雇用)を考慮する必要があります。一般物価を基準に考えると、そもそもバブルであったという認識が間違いであり、これは単なる好景気であったと認識すべきでした。

日銀が物価の安定だけに拘泥すれば、これからも同じような間違いを犯す可能性があります。

政府は日銀に直接命令を出すことはできませんが、協調のための話し合いは可能です。実際、政府と日銀の間での対話は、経済政策の整合性を保つために重要です。安倍晋三元首相の在任中には、特に「アベノミクス」において、日銀の金融緩和政策を後押しし、政府と日銀の連携が強調されました。

コロナ対策においても、日銀と政府は連携して(安倍首相の言葉を借りると政府と日銀の連合軍)、政府が大量の国際を発行し、日銀がそれを引き受ける形で、資金調達し、安倍・菅政権であわせて100兆円の対策を打つことができました。これと、雇用調整助成金制度を活用し、他国では一時失業率がかなり上がったにもかかわらず、日本ではそのようなことはありませんでした。

上のグラフをみると、イタリアはコロナによる打撃きが大きく、死者も多く、医療分野の財政支出が多いです。日本の場合は政府関係機関による支援が多いです。これは世界最大です。これによって、日本経済はほとんど毀損されず、雇用も守られました。このような大偉業をマスコミは全く無視しました。

それどころか、安倍・菅政権のコロナ政策は失敗であると喧伝しました。これを評価したのは、主に海外のメディアや識者でした。

日銀と政府の金融政策に関する協議は、政府の財政政策と日銀の金融政策を効果的に結びつけ、持続可能な経済成長を促進するために不可欠です。今後も、物価や雇用に関する目標について意見交換を行うことが重要です。石破政権もこのような意見交換は継続すべきです。

さらに、日銀の独立性に関しても、日銀法を改正して、世界標準にすることと「雇用の最大化」も政府の金融政策の目標、日銀の政策の中に含めるべきです。

岸田政権は、短期では日銀との協調をすべきですし、長期では日銀法の改正を目指すべきです。

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高橋洋一「日本の解き方」

まとめ
  • 第1回投票では高市氏が181票、石破氏が154票、小泉氏が136票を獲得した。
  • 決選投票で石破氏が215票、高市氏が194票を獲得し、石破氏が逆転勝利して新総裁に選出された
  •  1回目と2回目で議員票に大きな違いが出た要因として、高市氏への警戒感と石破氏への安心感があったとみられる
  • 石破氏勝利の背景には、小泉氏支持者の票の流入や岸田派のほぼ一体化などがあったとみられる
  • 石破新総裁の経済政策や外交姿勢に対して一部で懸念の声も上がっており、石破政権は前途多難

 自民党総裁選では、石破茂元幹事長が激戦の末、新総裁に選ばれた。第1回投票では、高市早苗経済安保相が181票(国会議員票72、党員票109)、石破氏が154票(国会議員票46、党員票108)、小泉進次郎元環境相が136票だった。林芳正官房長官が65票、小林鷹之前経済安保相が60票、茂木敏充幹事長が47票、上川陽子外相が40票、河野太郎デジタル相が30票、加藤勝信元官房長官が22票となった。

 筆者の予想は、高市氏が155票(国会議員票45、党員票110)、石破氏が155票(国会議員票35票、党員票120)で、小泉氏115票、林氏70票、小林氏80票、茂木氏50票、上川氏50票、河野氏45票、加藤氏30票だった。

 党員票はほぼ当たりだが、高市氏の国会議員票は外した。麻生太郎副総裁が土壇場で高市氏に投票を呼び掛けたと報じられたが、しかし、第1回からというのは想定していなかった。

 決選投票では、石破氏が215票(国会議員票189、都道府県連票26)、高市氏が194票(国会議員票173、都道府県連票21)だった。

 筆者の予想は石破氏が205票(国会議員票180、都道府県連票25)、高市氏が205票(国会議員票185、都道府県連票20)だった。筆者が互角としたのは、石破氏には小泉氏、林氏らの票、高市氏には小林氏、茂木氏らの票が行くというのが基本的な流れで、河野氏、加藤氏、上川氏は分断という読みからだ。両陣営ともに刃こぼれ(相手陣営に投票)があったが、岸田文雄首相が石破氏側に回ったのが大きかった。

 石破氏の勝利によって、円高株安の「石破ショック」が発生し、マーケットにも影響を与えた。石破氏は記者会見で、円安による日本経済の好転は期待できないと述べたが、石破氏は円安による「近隣窮乏化」を理解できていないし、能登でも補正予算ではなく予備費で対応すると語り、来年の参院選後には消費税15%を狙ってくる可能性もあり、経済政策には期待が持てない。

 また、石破氏がアジア版NATOを主張していることや、財務省や中国が石破氏の勝利を歓迎していることから、筆者は新政権の前途が多難だ。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】岸田政権の国際戦略転換と石破氏のアジア版NATO構想:大義を忘れた政治の危険性

まとめ
  • 岸田文雄首相は、安倍残滓払拭のために石破総裁誕生に奔走したが、その岸田氏は安倍元首相が確立した「自由で開かれたインド太平洋戦略」をあまり用いず、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」という新たな表現を用いたが、この変化は、安倍の影響力を払拭し、新たな国際的立場を築こうとする試みだったといえる。
  • 石破氏が提唱するアジア版NATOについては、時間的制約や憲法上のハードル、アジア諸国の多様性などから懸念が示されており、実現可能性が低いとの指摘が多い。インドのジャイシャンカル外相や米国の専門家も、この構想に懐疑的な立場を取っている。
  • 岸田元首相ならびに石破首相が安倍元首相の遺産を排除しようとする努力は、国内では功を奏したが、国外では限界があり、完全に払拭することは困難。特に、国際舞台での安倍残滓払拭は一筋縄ではいかない。
  •  三島由紀夫の言葉に倣い、政治家は自己中心的ではなく、大義のために行動すべきである。彼の思想は、他者とのつながりや社会への奉仕の重要性を強調し、政治家たちにとっても大義を重視する姿勢が求められる。
  • 岸田首相と石破氏は、安倍残滓の払拭を目指すあまり、本来の大義を見失う危険性がある。彼らは、国民や国際社会の利益を第一に考え、大義のために行動することが求められている。このようにしなければ、結果的に自らの信頼性や自由を失うことになるだろう。
官邸を去った岸田元総理だが・・・・・・

総裁選結果の票読みには、すでに様々な分析が出回っていますが、上の高橋洋一氏の分析は、分析過程など詳細には示されてはいないものの、数量経済学者らしく数字に基づいたもののようで、他の分析に比較すると余分なノイズが少なく客観的であるため、掲載させていただきました。元記事の分析部分に関しては、あまり要約せず、元記事に近い内容にしています。

結論として、やはり第二回目の投票で岸田文雄首相が石破氏側に回ったのが勝敗を決したというのは間違いないです。これによって、岸田氏は、岸波総裁に岸田政権の政策を踏襲させるつもりでしょう。そうして、しばらくは石破氏は、その路線をなるべく踏襲するようにつとめるでしょう。

上の記事では、石破氏がアジア版NATOを主張していることも掲載されていますが、これに対して高橋洋一氏は否定的です。私も、これには否定的です。

ただ、国際関係などは流動的であり、NATOやQUAD、AUKUSなどの同盟は異なった思惑の国々の集合体ですから、必ず離合集散します。現在の国際的な枠組みもいつかは統合し、分裂し、さらにNATOや日米同盟もこれらに吸収されることになるかもしれないです。そうしてアジア板NATOになっていく可能性もあるでしょうし、それを否定するつもりはありません。

ただ、現時点で石破政権がすぐにアジア版NATOに舵を切ることには反対です。その理由は、主に時間的制約、人材や資源の分散、憲法上の問題、アジア諸国の多様性、抑止対象の不明瞭さ、そして歴史的・地政学的背景に基づいています。

アジア版NATOを設立するのにかかる時間が、特に台湾や日本が直面する可能性がある近未来の脅威に対して間に合わない可能性が高いです。また、日本の政府は既に防衛力を増強するために多くのリソースを投入しており、新たな軍事同盟の形成はこれらのリソースを分散させることになる可能性があるからです。

さらに、日本憲法第9条の制約を考慮すると、集団的自衛権の行使に関する憲法改正か解釈変更が必要であり、これはすぐにはできないでしょう。また、アジアの国々は政治的、経済的、文化的に多様であり、中国に対する明確な抑止力を示す意思が統一されていません。この多様性がアジア版NATOの効果的な運用を難しくします。

また、石破氏が「中国を最初から排除することを念頭に置いていない」と述べている点も、抑止の対象が曖昧であるという批判を招いています。抑止の対象が明確でない軍事同盟は実効性に欠けることになります。最後に、過去の国際協調事例から、必ずしも正式な軍事同盟が存在しなくても効果的な対策が取られることがあり、そのような枠組みと比較してアジア版NATOの必要性が高いかが問われています。

以上の理由から、アジア版NATO構想に対して慎重な姿勢を取るべきであり、このような大規模な軍事同盟の形成が現時点では適切でないと思います。現実的な時間的制約、政治的・法律的ハードル、そしてアジアの地域特有の複雑さを考慮に入れれば現時点ではそのような認識になります。

実際に、そのように考えている人もいます。たとえば、インドのジャイシャンカル外相は1日、石破茂首相が提唱する「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」の構想について「我々はそのような戦略的な構造は考えていない」と否定的な見解を示しました。ワシントンで開かれたカーネギー国際平和財団のイベントで語りました。

インドのジャマンカル首相

ジャイシャンカル氏は、石破氏の構想について「日本は米国と条約上の同盟関係にある。そうした歴史や戦略的文化がある場合、考え方がそうした方向性になるのだろう」と指摘。その上で「インドはどの国とも条約上の同盟国になったことはない。我々には(日本とは)異なる歴史があり、世界に対して異なるアプローチの方法がある」と述べました。インドはQUADの構成国でもあります。

昨年(2023年)10月23日、国会での所信表明演説のことだ。それまで政府が唱えてきた「自由で開かれたインド太平洋(free and open Indo-Pacific: FOIP)」に岸田文雄首相が触れることはありませんでした。

その一方で、岸田は「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」を繰り返しました。「インド太平洋」には言及したが、「自由で開かれた」空間ではなく、「成長センター」と表しました。重要な戦略空間であるはずのインド太平洋は後ずさりしました。

これは、なるべく安倍色を払拭したいとの動きの一環かもしれません。なにしろ、安倍首相は、インド太平洋戦略やQUADの生みの親です。

石破総理の、組閣人事、自民党役員人事をみていると、旧安倍派の入閣はなく、これは安倍残滓払拭内閣と言っても良い陣容です。これは、もちろん岸田元首相の意向も反映していることでしょう。


ただ、国内では様々な方策で、安倍残滓を払拭できるかもしれませんが、国外ではそうはいきません。国外で安倍残滓を払拭するためには、インド太平洋戦略やQUADの枠組みに変わるものを提唱したいのかもしれません。石破氏はこアジア板NATOを提唱することにより、安倍残滓払拭の総仕上げをしたかったのかもしれません。

しかし、その目論は、早々に失敗したようです。

岩屋外務大臣は、石破総理大臣が提案する「アジア版NATO」構築について、直ちに設立するのは難しいと述べ、中長期的な課題として検討するべきだとしました。彼は、インド太平洋地域の各国の多様性を考慮した上で、当面は現在の多国間安全保障協力を丁寧に積み上げるべきだと説明しました。

また、日米地位協定の改定については、石破総理の意見を尊重しつつ、日米同盟の強化に向けた取り組みを検討すると述べました。さらに、韓国や中国との関係改善についても、対話を通じて関係を深化させる意向を示しました。

岸田元首相には、バイデン政権が強い影響を与えているようですが、アジア版NATO構想に対する米国の見解は、特に専門家やシンクタンクの意見を反映すると、主に懐疑的または現実性に欠けると評価されています。

例えば、米ランド研究所のジェフリー・ホーナン上級研究員は、アジア版NATOを「非現実的」と表現しています。これは、アジア地域の政治的、地政学的状況が欧州と異なり、NATOのような多国間軍事同盟を形成する共通の脅威認識や政治的意志が十分に存在しないという認識に基づいています。民主党系の政治家やシンクタンクはこれに言及する人いません。

さらに、X上での議論からも、アジア版NATO構想は実現可能性が低い、または地域の現実に即していないという意見が見られます。これらの意見は、中国や北朝鮮といった具体的な脅威に対抗するための共同戦線を形成することの困難さ、そしてアジア各国の多様な国益と戦略的視点が一致しない点を指摘しています。

したがって、米国から見たアジア版NATO構想の評価は、現実的な軍事戦略としてよりも、むしろアジア地域の安全保障環境の複雑さを理解するための議論の一環として捉えられていることが多いです。

このような状況なので、アジア版NATO構想は、単なる石破氏のひとりよがりの構想となりそうです。

さすがに、国際舞台で安倍残滓を払拭するのは無理があるようです。以上、安倍残滓払拭に血道をあげているような岸田氏は、石破氏について論じてきましたが、多くの人はそんな大人気ないことはしないだろうと思っているかもしれません。しかし、現実はそのようです。現在の自民党の体たらくをみている、上にあげた推測は必ずしも的外れとはいえないようです。

安倍残滓を払拭するために、新たな総裁を選んだり、国際舞台に働きかけようとする背景には、結局は国民などは二の次で、「自分が」という思いが強いのでしょう。それは岸田、石破両名とも「総理大臣」になりたい、あるいは権力を得たいという思いは強いものの、では総理大臣になって日本のために何をしたいかという意図がよく見えないことからもうかがえます。

本来なら、政治家は、安倍氏のことなど関係なく、天下国家のことを考えるべきです。しかし、このようなことを繰り返してきた末に待つのは悲惨な末路ということになりそうです。

三島由紀夫

三島由紀夫は、かつて「人は自分のためだけに生きていけるだけ強くはない」と語っていました。これは、人間は完全に自己中心的には生きられず、他者とのつながりや社会への奉仕、自己を超える対象、これを大義といいますが、この大義への行為によって初めて真の強さと自由を得られるという彼の哲学を表しています。

この考えは、彼の作品や人生を通じて、人間の存在が他者や共同体と切り離せないものであり、自己犠牲や献身がその本質的な強さを示すと主張しています。三島の生涯と死は、この思想がどれだけ深く彼自身の行動に反映されていたかを物語っています。

暗殺されてしまった安倍元首相は、自らの政権の支持率が下がることを認識しながらも、インド太平洋戦略やQUADを提唱しただけではなく、その実現の基ともなる、安全保障関連法規の改正や解釈の変更を実現しました。これは、強力な反対勢力があることを承知しながら、国民の財産や生命を守るという使命を実現するために必要な措置でした。安倍元総理は、こうした大義に準ずる人でした。

私は、言いたいです。「岸田さん、石破さん、"安倍残滓払拭"などという姑息な行動原理で動かず、大義のために動け」と。両名とも政治家とは大義のために動くべきということを思い出してほしいです。そうしなければ、いずれ弱体化し自由を失うことになるでしょう。

私には、総裁選に勝利した石破氏、それを確実なものにした岸田氏よりも、今回総裁選に負けた高市氏のほうが、よほど強く生き生きしているようにみえます。

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まとめ
  • 石破茂新総裁が衆参両院の本会議で102代首相に指名され、石破内閣が発足。閣僚は石破氏に近い議員が重用され、旧安倍派からは誰も入閣しなかった。
  • 閣僚人事に対する批判:石破氏の人事は他の派閥に譲る姿勢が欠けており、自民党内での不評や反発が強いことが報じられた。
  • 政治評論家の見解:田崎氏が旧安倍派を干しているとの見解を示し、これが安倍元首相への恨みを象徴しているとの発言があった。

 自民党の石破茂氏が第102代首相に選ばれ、石破内閣が発足した。閣僚には石破氏に近い議員が多く、麻生派、旧茂木派、旧二階派からはそれぞれ2人が入閣したが、旧安倍派からは1人も選ばれなかったことが大きな話題となった。

 総務相に起用された村上誠一郎氏は、安倍晋三元首相の国葬を「国賊」と表現したことで党役職停止処分を受けており、この人事に対して高市早苗氏の陣営からは批判が噴出しているという。田崎史郎氏は、石破氏が旧安倍派を冷遇する人事を行ったことに党内でも不満があり、「恨みがあったのでは」とも分析している。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】安倍首相、石破首相との比較から見る長期政権を支えた唯一の資質とは

まとめ
  • 安倍晋三元首相の経済政策「アベノミクス」は、日本経済の復活を目指して大胆に推進され、デフレ脱却と成長を目標に真摯に取り組んだ。
  • 外交政策においても、東南アジア諸国やアメリカのトランプ大統領との強固な信頼関係を築くなど、国際社会で日本の地位向上に真摯に取り組んだ。
  • 安全保障の改革では、国家安全保障会議(NSC)の設立や安保法制の改正を通じ、日本の安全と抑止力強化に真摯に対応した。
  • 安倍氏の政策立案や実行力、真摯な態度が石破氏の政策の具体性不足と対照的だった。
  • 真摯さは、リーダーの資質として唯一認められるものであり、安倍氏の政策立案や実行力は真摯さに裏打ちされていたことは論を待たない。

安倍晋三元首相は、憲政史上最長となる在職日数2,887日、約8年に及ぶ長期政権を築き上げました。この驚異的な政権運営は、安倍氏の卓越した政治手腕と深い知識、そして豊富な経験に裏打ちされたものでした。

安倍氏は経済政策を最優先課題とし、アベノミクスと呼ばれる大胆な金融緩和政策を実施しました。その結果、デフレ脱却に向けて大きな前進を遂げ、GDP600兆円という野心的な目標を掲げるまでに至りました。また、外交面でも積極的な姿勢を見せ、就任直後から東南アジア諸国を訪問し、各国首脳との個人的信頼関係を深めました。これは、祖父である岸信介元首相の外交手法を踏襲したものであり、安倍氏の政治的洞察力の深さを示しています。

さらに、安全保障面では日本版NSCの設置を実現し、外交・安全保障政策の一元化と迅速な意思決定を可能にしました。これは第一次安倍内閣時からの懸案事項であり、安倍氏の粘り強さと政策実現能力を示す好例です。

一方、石破茂氏の政策立案能力や専門知識は、安倍氏と比較すると不足していると言わざるを得ません。例えば、2015年の安全保障関連法案の審議において、石破氏は「存立危機事態」の定義について明確な説明ができず、国会で混乱を招きました。また、経済政策においても、石破氏のアベノミクス批判は具体性に欠け、代替案の提示も不十分でした。

2018年の自民党総裁選では、石破氏は「地方創生」を掲げましたが、その具体的な施策や財源について明確な説明ができませんでした。これは、安倍氏が掲げた「GDP600兆円」や「希望出生率1.8」、「介護離職ゼロ」といった具体的な数値目標と対照的です。

また、憲法改正に関しても、安倍氏が自衛隊明記を含む改正案を積極的に推進したのに対し、石破氏は慎重な姿勢を示しました。しかし、石破氏の憲法解釈に関する発言は時に矛盾を含み、専門家からの批判を受けることもありました。

安倍氏の長期政権を支えた要因の一つに、人事面での手腕があります。第二次安倍内閣では、麻生副総理と菅官房長官、二階自民党幹事長などを礎石に据え、安定した政権運営を実現しました。これは、第一次政権での経験から学んだ結果であり、安倍氏の政治的成長を示しています。

さらに、安倍氏は国際舞台でも存在感を示し、特にトランプ大統領との個人的な関係構築に成功しました。ゴルフを通じて率直に意見交換できる関係を築いたことは、安倍氏の外交手腕の高さを示しています。

これらの事実は、安倍氏の政治家としての能力と経験が、石破氏を大きく上回っていることを明確に示しています。安倍氏が築いた長期政権は、その政策立案能力、実行力、そして外交手腕の賜物であり、石破氏との能力差は明らかです。この差は、最終的に石破氏の政治的立場を弱め、党内での影響力低下につながったと考えられます。

以上から考えると、旧安倍派の冷遇は、会社の人事であれば報復人事とも受け取られないかねない人事です。たた、この人事の元となったのは、やはり石破氏やその取り巻きが安倍晋三氏を理解できないというところがあるのかもしれません。

そもそも、安倍晋三氏は特異な政治家でした。その特異さ故、これを総理大臣はもとより政治家のスタンダートとすることには無理があると考えられます。無論これは、安倍晋三氏を否定するものではないので、最後まで私のつたない文章を読んで頂きたいです。

高橋洋一氏は、安倍晋三元首相を特異な政治家だったと評価しており、以下のようなエビデンスを挙げています。

金融政策への関心について、高橋氏は、安倍氏が官房副長官時代から金融政策について質問してきた初めての政治家だったと述べています。当時、ほとんどの政治家が金融政策を役所に任せきりにしていた中で、安倍氏は「ゼロ金利解除はいいのか」と高橋氏に質問しました。これは、安倍氏の経済政策への深い関心を示しています。

専門外の分野への理解に関しては、安倍氏は元々厚労族でしたが、金融政策という全く異なる分野に関心を持ち、理解を深めようとしていました。高橋氏は、これを「例外的な政治家」の特徴として挙げています。

経済財政諮問会議への参加については、安倍氏は官房副長官時代に、経済財政諮問会議にオブザーバーとして参加し、金融政策の議論に関心を持っていました。これは、安倍氏が幅広い政策分野に精通しようとしていたことを示しています。

専門家の意見への関心として、高橋氏は、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンからのメール(ゼロ金利解除は失敗だったという内容)を安倍氏に見せたことがあると述べています。これは、安倍氏が専門家の意見を重視し、政策立案に活かそうとしていたことを示唆しています。

これらのエビデンスから、高橋氏は安倍氏を、通常の政治家とは異なる幅広い関心と理解力を持ち、専門家の意見を積極的に取り入れようとする特異な政治家として評価していたことがわかります。

さらに、安倍氏の特異性は、政策立案への関与の仕方にも表れていました。高橋氏によれば、他の総理大臣、例えば小泉純一郎氏などは、政策案を提示されると「よしわかった。任せる」と言って、詳細には立ち入らないことが多かったそうです。しかし、安倍氏は例外的な存在でした。安倍氏は政策案を提示されても、その内容について詳細に質問し、理解しようとする姿勢を見せました。時には、政策の細部にまで踏み込んで議論を行うこともあったといいます。

衆院を解散し記者会見する小泉首相(2005年8月)

このような安倍氏の姿勢は、単に政策を承認するだけでなく、その背景や影響を深く理解しようとする姿勢の表れでした。これは、安倍氏が政策立案プロセスに積極的に関与し、自身の考えを反映させようとしていたことを示しています。

安倍氏のこうした特異性は、彼が長期政権を築き上げ、アベノミクスなどの大規模な経済政策を実行に移すことができた要因の一つだと考えられます。政策への深い理解と積極的な関与が、安倍氏の政治手腕を支える重要な要素となっていたのです。

これらの特徴は、安倍氏が単なる政策の承認者ではなく、積極的な政策立案者としての役割を果たしていたことを示しています。このような姿勢は、日本の政治において新しい形のリーダーシップを示すものであり、安倍氏の政治家としての特異性を際立たせる要因となっていたと言えるでしょう。

しかし、すべての日本の総理に安倍氏のような資質を求めるのには、無理があります。私は、菅氏、岸田氏などは安倍氏と直接比較されたため、低く評価された部分があったといえると思います。石破氏もこれから安倍氏に比較され低く評価される可能性があると思います。

ただ、私は安倍氏について特異な政治家であったあったことの他に、優秀な政治家であったことを際立たせるものが他にもあると考えています。それは、真摯さ(integrity)です。

これは、このブログにも過去に何度が述べてきましたが、ドラッカーがリーダーに求める唯一の資質ともいえます。実際ドラッカーは優秀なリーダーの資質は多様であって、特定の資質はないと断言しています。ただ、一つだけ譲れないのが、真摯さ(integrity)であると主張しています。これについて再度以下に掲載します。
日頃言っていることを昇格人事に反映させなければ、優れた組織をつくることはできない。本気なことを示す決定打は、人事において、断固、人格的な真摯さを評価することである。なぜなら、リーダーシップが発揮されるのは、人格においてだからである。(ドラッカー名著集(2)『現代の経営』[上])
ドラッカーによれば、人間のすばらしさは、強みと弱みを含め、多様性(これは現代のリベラル派が主張する多様性とは根本的な異なるもので、人の強み、弱みにもとづく もの)にある。同時に、組織のすばらしさは、その多様な人間一人ひとりの強みをフルに発揮させ、弱みを意味のないものにするところにある。

だからドラッカーは、弱みは気にしません。山あれば谷あり。むしろ、まん丸の人間には魅力を感じないようです。ところが、一つだけ気にせざるをえない弱みというものがあります。それが、真摯さの欠如です。真摯さが欠如した者だけは高い地位につけてはならないという。ドラッカーは、この点に関しては恐ろしく具体的です。

人の強みではなく、弱みに焦点を合わせる者をマネジメントの地位につけてはならないのです。人のできることはなにも見ず、できないことはすべて知っているという者は組織の文化を損なうことなります。何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者も昇格させてはならないのです。仕事よりも人を問題にすることは堕落であるとしています。

真摯さよりも、頭脳を重視する者を昇進させてはならない。そのような者は未熟なのです。有能な部下を恐れる者を昇進させてもならない。そのような者は弱いのです。

仕事に高い基準を設けない者も昇進させてはなりません。仕事や能力に対する侮りの風潮を招くことになるからです。

判断力が不足していても、害をもたらさないことはあります。しかし、真摯さに欠けていたのでは、いかに知識があり、才能があり、仕事ができようとも、組織を腐敗させ、業績を低下させるのです。
真摯さは習得できない。仕事についたときにもっていなければ、あとで身につけることはできない。真摯さはごまかしがきかない。一緒に働けば、その者が真摯であるかどうかは数週間でわかる。部下たちは、無能、無知、頼りなさ、無作法など、ほとんどのことは許す。しかし、真摯さの欠如だけは許さない。そして、そのような者を選ぶマネジメントを許さない。(『現代の経営』[上])
ドラッカーは真摯さを非常に重要な資質と位置づけており、特にマネジメントやリーダーにとって欠かせない要素としています。彼は真摯さには「仕事上の真摯さ」と「人間としての真摯さ」の二つの側面があり、後天的に習得できるものではないと指摘しています。

真摯さは、自分の役割について考える能力として表れ、他者との信頼関係を築く基盤となります。ドラッカーは、真摯さを持つ人間かどうかを判断するための質問として、「自分の子供をその人の下で働かせたいと思うか」を挙げており、責任感と信頼に裏打ちされたものであることを強調しています。

ドラッカー氏

安倍晋三首相が安全保障法制の改正に取り組んだ姿勢は、彼の政治家としての真摯さを如実に示しています。2015年9月に成立した安保法制は、戦後70年にわたる日本の防衛安全保障政策の大きな転換点となりました。この法制は、集団的自衛権の限定的な行使を可能にし、日本の抑止力を向上させることを目的としていました。

安倍首相は、この法制改正の必要性を、中国の海洋進出や軍事費の増大、北朝鮮の核・ミサイル開発など、東アジアを中心とする安全保障環境の変化に求めていました。しかし、この法制改正は国内で大きな議論を巻き起こし、多くの反対の声が上がりました。国会周辺では連日のようにデモが行われ、「戦争法案」だとする批判も強まりました。

にもかかわらず、安倍首相は自身の信念に基づき、この法制改正を推し進めました。世論調査では「政府の説明は分かりにくい」との声が過半数を超え続け、政権支持率の低下も避けられない状況でした。ただ、これは今から振り返ると、政府の説明が分かりにくいというよりは、政府の説明をメディアがまともに報道しなかったためとみられます。しかし、安倍首相は国民の理解を得るべく、国会での説明を重ね、法案の必要性を訴え続けました。

この姿勢こそが、安倍首相の真摯さの真骨頂と言えるでしょう。政権支持率の低下という政治的リスクを承知の上で、国家の安全保障という重要課題に取り組んだことは、彼の政治家としての責任感と真摯な態度を示しています。安倍首相は、目先の人気や支持率にとらわれることなく、自身が国家にとって国民にとって必要だと信じる政策を推し進める強い意志を持っていたのです。

さらに、安倍首相は法制改正の過程で、与党内の調整や野党との議論にも真摯に取り組みました。特に、連立与党である公明党との調整には多くの時間を費やし、慎重に合意形成を図りました。これは、単に自身の考えを押し通すのではなく、民主主義のプロセスを尊重する姿勢の表れと言えます。

また、安倍首相は国際社会における日本の役割についても深く考慮していました。「積極的平和主義」を掲げ、世界の平和と安定に貢献する日本の姿勢を示そうとしたのです。これは、単に国内の安全保障だけでなく、国際社会における日本の責任を果たそうとする真摯な態度の表れと言えるでしょう。

このように、安倍首相が政権支持率の低下という困難な状況下でも安保法制の改正に取り組んだことは、彼の政治家としての真摯さと信念の強さを示す重要なエビデンスとなっています。それは、短期的な政治的利益よりも国家の長期的な安全と繁栄を優先する姿勢であり、まさに安倍首相の真摯さの真骨頂と言えるものです。

さて、私は石破氏の能力の低さ高さ、見かけ、語り口などは問題にしません。ただ、真摯さについてはこれからじっくり注視していきます。そうして、はやければ今月中になるとみこまれる、総選挙の判断材料にします。

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2024年10月1日火曜日

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【中国への対応はアジア版NATOではない】政権移行期を狙った中国の軍事行動、毅然かつ冷静に対峙する覚悟を

勝股秀通( 日本大学危機管理学部特任教授)

まとめ
  • 海自艦の台湾海峡通過:日本の海上自衛隊護衛艦「さざなみ」が台湾海峡を初めて通過し、中国はこれに対して抗議した。これは法の支配に基づく日本の毅然とした対応を示すものである。
  • 中国の軍事的威圧行動:中国は日本の政権移行期を狙い、領空侵犯や領海侵入などの挑発行為を活発化させている。特に、中露による共同軍事演習が日本周辺で行われており、警戒が必要とされている。
  • アジア版NATOの創設構想:石破茂氏が自民党総裁選で「アジア版NATO」の創設を提唱しているが、現時点では日米豪印(QUAD)など既存の枠組みを強化することが優先されるべきである。
  • 周辺国との連携強化:日本は日米韓や英仏独、カナダなどとの連携を強化し、インド太平洋地域での安全保障を確保する必要がある。
  • 中国国内の安全保障問題:日本人に対する暴力事件やスパイ容疑での拘束が増加しており、これに対して多国間で中国に説明を求める取り組みが重要である。
石破茂氏(左)と岸田文雄氏=平成27年12月

 中国の軍事的威圧が強まる中、日本の海上自衛隊護衛艦「さざなみ」が台湾海峡を初めて通過した。この行動は法の支配に基づくものであり、中国は日本政府に厳重に抗議した。岸田文雄首相の退任以降、中国は日本の政権移行を狙い、軍事行動を活発化させている。

 具体的には、中国軍機が日本領空を侵犯し、中国海軍の艦艇が日本の領海に侵入するなどの挑発が続いている。

 日本は長年、「専守防衛」の方針を採用し、周辺国を刺激しない戦略を取ってきたが、中国はその間に軍事力を増強し、領海侵犯や挑発行為を繰り返している。特に、台湾海峡は国際法上の公海であり、他国の軍艦が航行することに問題はない。しかし、中国はここでも主権を主張し、国際法を無視している。

 こうした中国に等に対して、日本は嫌がることをしてこなかったが、これは改めるべきである。戦略とは本来、相手の嫌がることを考え、実行することだからだ。

 このような状況下で、日本は日米韓や日米豪印などとの連携を強化し、インド太平洋地域での軍事活動を常態化させる必要がある。また、中露による共同軍事演習や報復行動にも備えなければならない。防衛省は領空侵犯したロシア軍機の航跡と中露海軍艦艇の行動を公開しており、これらは日本周辺での緊張を高めている。

 さらに、中国では日本人への暴力事件や拘束事例も増加しており、企業活動に対する不安が広がっている。特に、日本人学校での刺殺事件やスパイ容疑で拘束された社員の問題は深刻だ。これらの問題に対処するためには、多国間で中国に説明を求める必要がある。

 新首相には、「台湾有事は日本有事」というメッセージを発信し続け、中国との冷戦状態に備える覚悟と戦略的思考が求められる。中国の挑発には毅然とした態度で臨むことが重要だ。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】海自護衛艦台湾海峡初通過と石破台湾訪問は日本版対中国"国家統御術"の先駆けになり得るか

日本の海上自衛隊護衛艦「さざなみ」が初めて台湾海峡を通過したことを、私は高く評価しています。この出来事は、総裁選に埋もれてほとんど報道されませんでしたが、日本にとって画期的な出来事です。この点については、以前このブログでも指摘したばかりです。

その記事へのリンクを以下に掲載します。
日米豪共同訓練を実施中の「さざなみ」

この記事の詳細はリンク先をご参照いただくとして、以下に結論部分を掲載します。
今回の日本の護衛艦による台湾海峡通過は、岸田政権の「置き土産」として評価されるべき重要な出来事です。この行動は、岸田政権が推進してきた「自由で開かれたインド太平洋」構想を具体的に実践したもので、次期政権においても政策の継続性が確保されることを示しています。

さらに、オーストラリアやニュージーランドの艦艇と共に通過したことで、同盟国との連携を強化し、中国に対する明確なメッセージを発信しました。また、台湾海峡の安定が日本の安全保障にとって重要であることを具体的に示し、「航行の自由」という国際法の原則を支持する姿勢を貫いた意味もあります。これらの要素は、岸田政権が残した重要な政策的遺産となり、次期政権にとっても大きな基盤となるでしょう。
日中関係は、海上自衛隊護衛艦「さざなみ」の台湾海峡通過によって、「point of no return」(後戻りできない状況)に近づいたといえます。この表現は、外交や軍事の文脈で、ある行動を取った後に元の状態に戻れない状況を指します。中国はこの行動に強く抗議し、軍事的威圧を強化しています。

一方で、石破氏は「親中派」ともされており、石破内閣の閣僚にも親中派が多いとされています。こうした背景を認識した岸田首相は、次の政権に「楔」を打ち込んだといえるでしょう。

新政権には、「台湾有事は日本有事」というメッセージを発信し続け、中国との冷戦状態に備える覚悟と戦略的思考が求められています。現在の状況は、軍事行動の開始や外交関係の断絶といった国際関係の重大な転換点を示す "point of no return" の概念に近づいているといえます。

さらに、石破茂氏が8月に台湾を訪問したことも、日中関係における重要な転換点となり、"point of no return"に近づく一因となりました。この訪問は、日本の政治家が台湾との関係を重視する姿勢を明確に示したものであり、中国はこれに対して強く反発しました。

日本が従来の「周辺国を刺激しない」方針から、より積極的な対台湾政策へと転換する可能性を示唆しています。この訪問は、中国との外交的緊張を高める要因となり、日本が「法の支配」に基づく国際秩序を強化する姿勢を示したものでもあります。

また、石破氏の訪問と海上自衛隊護衛艦の台湾海峡通過は、日中関係が新たな段階に入ったことを示しています。これは、仮に保守派の高市氏がこのようなことをしてもさほど驚くべきことではないのですが、リベラル派と目される石破(当時総裁候補)、岸田首相で行われたということが注目に値します。

"Point of no return"(後戻りできない状況)は、軍事や外交の文脈で重要な概念です。特に軍事分野では、一度行動を起こすと元の状態に戻ることが不可能になる瞬間を指します。例えば、軍事作戦を開始すると、その決定を撤回するのが極めて難しくなることが挙げられます。

日中関係では、石破茂氏の台湾訪問や海上自衛隊護衛艦の台湾海峡通過が、この"point of no return"に近づく出来事といえます。これらの行動は、日本が従来の「周辺国を刺激しない」方針から、より積極的な対台湾政策へと転換する可能性を示唆しています。


中国はこれに対し強く反発し、軍事的威圧を強化しています。また、ロシアとの軍事連携も進展しており、日本はこれに備える必要があります。新政権には、中国との冷戦をどう戦い抜くかという覚悟と戦略的な知恵が求められています。

"Point of no return"を超えたからといって、直ちに戦争が起こるわけではありません。米中関係を見てもわかるように、両国は協調的な関係に戻れない段階にありながらも、直接的な軍事衝突を避けています。これは、相互抑止力、経済的相互依存、外交チャンネルの維持、国際社会からの圧力、そして軍事以外の競争手段の活用によるものです。

ただし、米国の対中政策は"Point of no return"を超えた現状において、国家運営術である「statecraft(ステートクラフト):(国家統御術)」の次元に高められていると言えます。これは、党派性を超えた米国の意思と言って良いです。

Statecraftとは、国家利益を追求するために外交、経済、軍事などの手段を戦略的に活用する技術や実践を指します。米国の対中政策は、包括的アプローチ、同盟国との連携強化、経済・技術戦略、軍事的抑止、情報戦略など、多岐にわたる施策を通じて、このstatecraftを実践しています。

これらは単なる対立や対抗ではなく、国家の総合力を活用して国益を追求するためのstatecraftの実践と言えます。米国は軍事衝突を避けつつ、中国との競争を管理し、自国の優位性を維持しようとしています。しかし、このような高度なstatecraftの実践は、両国間の緊張を高める可能性があり、誤解や誤算のリスクも高まります。そのため、対話チャンネルの維持と危機管理メカニズムの強化が必要です。

中国もまた、日米に対峙する際にstatecraftを実践しています。中国の戦略は、軍事、経済、外交、技術などの多面的アプローチを通じて、日米に対抗することに特徴があります。具体的には、南シナ海や台湾周辺での軍事的圧力を強化し、「一帯一路」構想を通じて国際的な影響力を拡大しています。

また、ロシアとの連携を深め、共同軍事演習や情報戦略を展開することで、国際社会における自国の立場を強化しています。これらの行動もまた、国家の総合力を活用して国益を追求するstatecraftの一環といえます。中国は軍事衝突を避けつつ、日米との競争を管理しながら自国の影響力を拡大しています。

statecraftを駆使する中国

日本も、米国のように中国との対立をstatecraftの次元に引き上げるべきです。これは単なる対立ではなく、国家の総合力を戦略的に活用して国益を追求するための実践です。日本のstatecraftでは、外交、経済、技術、安全保障など、多面的な分野で中国に対抗する戦略が必要です。特に、日米同盟を基軸にQUADや欧州諸国との関係を強化し、中国に対する国際的な圧力を高めることが重要です。また、重要技術の保護や対中投資の管理など、経済面での対抗策を講じる必要があります。

さらに、自衛隊の能力向上とインド太平洋地域での軍事プレゼンスを強化し、中国の威圧行動に備えることも求められます。情報戦略としては、中国の人権問題や国際ルール違反を国際社会に訴え、日本の立場への理解を促進することが重要です。このようなstatecraftの実践により、日本は軍事衝突を避けつつ、中国との競争を管理し、自国の利益を守ることができます。しかし、緊張を高めるリスクもあるため、対話のチャンネルを維持し、危機管理メカニズムを強化することも不可欠です。

結論として、岸田政権による海上自衛隊護衛艦の台湾海峡通過は、日本版statecraftの先駆けとなる可能性を秘めています。この行動は、法の支配に基づく国際秩序を守りつつ、日本の国益を追求する点で高く評価されるべきです。日本が単なる受動的な立場を脱し、積極的かつ戦略的に国際情勢に関与していく姿勢を示したこの行動は、今後の日本外交における重要な転換点となるでしょう。

故安倍首相がご存命なら、こうした個々の行動をするだけにとどまらず、意図して意識して、日本版statecraftの次元にひきあげようとしたでしょう。多くの日本の政治家は、こうした安倍氏の大きな枠組みでものを考えるという姿勢を見習ってほしいです。

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