2024年7月26日金曜日

中国軍の侵攻描く台湾ドラマ、大きな反応と議論呼ぶ-市民に危機感―【私の論評】台湾ドラマ『零日攻擊ZERO DAY』:高橋一生出演と台湾の現実的な防衛力分析

中国軍の侵攻描く台湾ドラマ、大きな反応と議論呼ぶ-市民に危機感

まとめ
  • 「零日攻擊 ZERO DAY」、台湾政府が一部出資して制作
  • 中国人民解放軍が捜索救助活動を装って台湾を海上封鎖-予告編

 台湾で制作されたテレビドラマ「零日攻擊 ZERO DAY」の予告編(上の動画)が公開され、強い反応と大きな議論を呼んでいる。このドラマは、中国人民解放軍による台湾侵攻を題材にしており、視聴者に危機感を与え、軍事的な備えを強化するよう求める声を引き起こすことになるだろう。

 予告編は約18分間で、人民解放軍が捜索救助活動を装って台湾を海上封鎖する架空のプロットや、サイバー攻撃によるインフラ破壊、中国政府の協力者による妨害工作などが描かれている。このシリーズのプロデューサー、鄭心媚氏は「脅威は今に始まったことではないが、センシティブな問題であるため、これまで話題にするのを避けてきた」と述べている。

このドラマは台湾政府が一部出資して制作されており、台湾文化部(文化省)と聯華電子(UMC)の創業者である曹興誠氏が資金を提供している。曹氏は国防強化を主張しており、民間人300万人の軍事訓練を支援するために10億台湾ドル(約47億円)を拠出すると表明している。

 予告編の公開は、中国人民解放軍による侵攻の可能性に備えて台湾住民2300万人が防空避難訓練を毎年行う時期と重なり、特に注目を集めた。中国は「祖国統一」のためには、民主主義の台湾に対して武力行使も辞さないとしている。

 このドラマは来年放送予定であり、鄭氏は台湾が直面する中国からの脅威に世界がより関心を高めることを期待し、国際的なストリーミングプラットフォームと交渉していると述べている。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】台湾ドラマ『零日攻擊ZERO DAY』:高橋一生出演と台湾の現実的な防衛力分析

このドラマには、日本の俳優の高橋一生も出演しており、7月23日、台北市内で行われた台湾ドラマ「零日攻擊ZERO DAY」の記者会見に出席しました。高橋にとって台湾ドラマ出演は初めてであり、同作では中国語、英語、日本語のせりふを操ります。

高橋は台日ハーフの役を演じ、台湾の女優リェン・ユーハン演じるアナウンサーの元恋人という設定です。2人は戦争の敏感な時期に再会し、互いの真の目的を探り合います。

台湾ドラマ「零日攻擊ZERO DAY」の記者会見に出席した高橋一生(左)、リェン・ユーハン

高橋は、オファーを受けてすぐに出演を決めたことを明かし、脚本をじっくりと読み込んだ上で「ぜひやらせていただきたい」と即決したと語りました。また、台湾での撮影に備えて、日本で中国語を1カ月間学んだと述べています。

滞在中には台湾グルメを堪能し、火鍋やルーロー飯、小籠包、北京ダックなどを楽しんだと話しました。台湾の印象については、「街並みがすごくいいなと思いました。皆さん温かくて」と述べています。

このドラマが公開されるのが楽しみです。ただ、中国が台湾に武力侵攻して、台湾があっという間に占拠されるというような安直な物語にはしてほしくないです。軍事知識があまりない人はこのようなストーリーを描きがちですが、現実的には台湾への武力侵攻はかなり難しいです。

 人民解放軍による演習

なぜなら、このブログでも何度か述べてきたように、台湾は天然の要塞であり、東海岸は海岸からすぐに山が立ちはだかり、大軍が上陸できるような場所はありません。一方、西側の海岸は比較的平地が多いものの小さな湾や河川が入り組んでおり、これも大軍が上陸する地点は限られています。

また、台湾の領土の大部分は山岳地帯であり、玉山は標高3,952m、日本統治時代には富士山よりも標高が高いことから新高山(にいたかやま)と名付けられたことは有名です。このような急峻な山岳地帯を占拠するのは至難の業です。

台湾はこのような天然の要塞のような地形をしており、ここに武力侵攻する部隊は大打撃を受けることになります。実際、米軍も第二次世界大戦中には台湾が重要な戦略拠点であるにもかかわらず、ここに侵攻せずに沖縄に侵攻しました。

ただ、それでも中国は台湾に対しミサイル攻撃などを仕掛けて国土を破壊することはできます。現実の中国による台湾奪取は、サイバー攻撃によるインフラ破壊、中国政府の協力者による妨害工作などに加え、ミサイル攻撃による台湾本土の破壊など、いくつかの手段を組み合わせて行われるでしょう。

このブログでも述べてきたように、人民解放軍が捜索救助活動を装って台湾を海上封鎖するという架空のプロットは成功する可能性が低いです。そもそも中国海軍による台湾の海上封鎖は不可能です。海上封鎖に使用された中国軍の艦艇は、台湾軍のミサイルの標的になり撃沈されてしまうからです。

台湾軍は、ウクライナ軍と比較してもかなり精強で現代的な軍隊です。台湾空軍は約150機のF-16A/Bを保有し、さらに66機の最新鋭F-16V Block 70を導入予定です。これに対し、ウクライナ空軍は主に旧ソ連製の戦闘機を使用しており、近代化が遅れています。また、台湾は60機のミラージュ2000-5も運用していますが、これらの機体はF-16に置き換えられる予定です。

さらに、台湾は自前のミサイル群を保有しており、対艦ミサイルから長距離ミサイルまで多様なミサイルを備えています。これにより、海上からの侵攻に対しても強力な防衛力を発揮できます。

さらに、台湾は中国領内のかなり奥地まで自主開発の長距離ミサイルを発射して標的を破壊できます。外国の長距離ミサイルをあてにするウクライナとは違います。

また、台湾は潜水艦を自前で開発しているだけでなく、強力な艦艇も独自に開発しています。例えば、台湾海軍は国産の沱江級コルベット艦を配備しており、これらの艦艇は高性能な対艦ミサイルを搭載し、沿岸防衛能力を大幅に向上させています。

昨年浸水した台湾の潜水艦

これらの装備と戦力により、台湾は中国軍に対して侮れない相手となっています。台湾は長年、中国からの脅威に備えて高度な訓練を受けており、米国との緊密な関係もその訓練の質を高めています。地理的にも、台湾は島国であるため防衛の焦点を集中させやすく、海上からの攻撃に特化した防衛戦略を持っています。

これらの要因から、台湾軍はウクライナ軍と比較して、装備、訓練、戦略、そして技術面で優位にあると言えます。自前の強力な防衛産業を持つ台湾は、着実に防衛力を強化し続けています。

以上のことを勘案すると、中国が台湾に武力侵攻をしてすぐに奪取するというストーリーは現実的ではありません。現実には、外交、軍事、認知戦などを交えて台湾を疲弊させ、隙ができればそこに付け入る形で奪取するでしょう。このドラマがリアリティーにどれだけ迫れるのかが見どころです。

ドラマ「零日攻擊ZERO DAY」のタイトルから予想される中国による攻撃は、高度なサイバー攻撃を中心とした多面的な作戦が想定されます。これには、重要インフラやコンピューターシステムへの攻撃、電子戦による通信妨害、偽情報の拡散などが含まれるでしょう。

また、「ゼロデイ」という言葉は予期せぬ突然の攻撃を示唆しており、事前警告なしの奇襲攻撃や、サイバー攻撃と物理的な軍事行動を組み合わせた複合的な作戦も考えられます。このようなシナリオは、現代の高度技術社会における脆弱性を突いた、複雑で多面的な脅威を表現しており、台湾の防衛態勢の重要性と新たな形の戦争に対する警鐘を鳴らすものとなりそうです。

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2024年7月25日木曜日

「日本史を侮辱」戦国時代舞台の仏ゲーム、発売中止署名に9万超 主人公「弥助」巡り論争―【私の論評】日本の奴隷制度の真実:黒人奴隷と武士に関するフェイク情報の検証と歴史的事実

「日本史を侮辱」戦国時代舞台の仏ゲーム、発売中止署名に9万超 主人公「弥助」巡り論争

まとめ
  • フランスのゲーム会社UBIソフトが発売予定の『アサシン クリード シャドウズ』で、黒人の弥助を主人公の一人にしたことが炎上している。
  • 発売中止を求めるオンライン署名の賛同者が約10万人に達し、「日本の文化と歴史に対する侮辱」であるとの声が高まっている
  • 弥助が実際に侍だったかどうかについて、SNSで無意味な論争が起きている。
  • 日本史に関する誤った認識が海外で拡散されることへの懸念が高まっている。
  • UBIは創作表現の自由を主張しつつも、日本の懸念を認識していると声明を出した。

アサシン クリード シャドウズ

 フランスのゲーム会社Ubisoft(ユービーアイソフト)が発売予定の「アサシン クリード シャドウズ」をめぐる騒動が大きな話題となっている。このゲームは戦国時代の日本を舞台にしており、主人公の一人として黒人侍の「弥助」を設定したことが多くの論争を引き起こしている。弥助は実在の人物で、16世紀に東アフリカ沿岸でポルトガルの奴隷商人に捕らえられ、日本に連れてこられたとされている。

 この騒動の主な論点は、弥助の描写、歴史的正確性、黒人奴隷に関する記述、文化的配慮、著作権問題など多岐にわたります。ゲーム内で弥助は「伝説の侍」として描かれていますが、史実では織田信長の従者や荷物持ちだったとする見方が強く、侍であったかどうかは議論の的となっています。また、ゲームの舞台設定や描写に多くの歴史的な誤りがあると指摘されており、例えば桜が咲いている時期に田植えをしているなど、季節感がばらばらであるという批判があります。

 さらに、トーマス・ロックリー氏の著書『信長と弥助』に「地元の名士のあいだでは、権威の象徴としてアフリカ人奴隷を使うという流行が始まったようだ」という記述があり、これが歴史的事実と異なるとして批判を受けています。日本の文化や歴史に対する理解不足や敬意の欠如が指摘されており、これがアジア人差別につながる可能性があるとの懸念も示されています。また、ゲーム内で使用されているデザインが実在する関ケ原鉄砲隊の旗印を無断で盗用しているとの指摘もあります。

 これらの問題に対し、発売中止を求めるオンライン署名が10万人近くの賛同を集めるまでに至りました。Ubisoftは23日に声明を発表し、「創作表現の自由」を強調しつつ、日本の皆様に懸念を生じさせたことについて謝罪しました。しかし、この問題は単なるゲームの内容を超えて、歴史認識や文化的表現の在り方に関する広範な議論を引き起こしています。特に、弥助を通じて日本における黒人奴隷の存在が誤って認識される可能性や、これが「第二の慰安婦問題」のように歴史的事実の歪曲につながる懸念が示されています。

 この騒動は、グローバル化が進む現代において、歴史的・文化的な題材をエンターテインメントに取り入れる際の難しさと、それが引き起こす可能性のある問題を浮き彫りにしています。

 この記事は、元記事の要約です。詳細は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】日本の奴隷制度の真実:黒人奴隷と武士に関するフェイク情報の検証と歴史的事実

まとめ
  • 日本の隷属制度(奴婢制度)は西洋の奴隷制度とは本質的に異なり、人種に基づくものではなく、1871年に完全に廃止された。
  • 日本で黒人奴隷や黒人武士が広く存在したという主張を裏付ける歴史的証拠は、公式な歴史書や学術研究において見当たらない。
  • 日本は歴史的に人種差別に反対する立場を取っており、1919年のパリ講和会議では国際連盟規約に人種差別撤廃条項を提案した。
  • 「日本における黒人奴隷や黒人武士」というフェイク情報の広まりは、現代のインターネット環境や国際的な情報流通が一因となっている。
  • この誤情報を放置すれば日本の国際的評価や外交関係に悪影響を及ぼす可能性があるため、正確な情報発信と国際社会との対話を通じた事実に基づいた歴史認識の共有が重要である。
「日本における黒人奴隷や黒人武士」というフェイク情報が広まる背景には、複数の要因が絡み合っています。この問題を正確に理解するためには、日本の歴史的背景と隷属制度の実態を把握するとともに、これらの主張を裏付ける歴史的証拠の欠如についても認識する必要があります。

日本の社会構造と隷属制度は、西洋の奴隷制度とは本質的に異なるものでした。日本には「奴婢(ぬひ)」と呼ばれる隷属民が存在しましたが、これは主に債務や犯罪によって自由を失った人々であり、人種に基づくものではありませんでした。


西欧の奴隷制度では、奴隷は家畜同様に扱われ、人権を完全に否定され、売買の対象となっていました。一方、日本の奴婢は、法的に完全な無権利状態ではなく、ある程度の権利を有していました。

重要な歴史的事実として、1587年に豊臣秀吉が伴天連追放令を出した背景があります。秀吉は、ポルトガルやスペインの商人が日本人を奴隷として海外に売り飛ばしていたことを知り、激怒しました。これは日本人の尊厳を守るための措置であり、同時にキリスト教の布教を制限する目的もありました。

さらに、日本の人種差別に対する姿勢を示す重要な事例として、1919年のパリ講和会議における日本の提案があります。日本は国際連盟規約に人種差別撤廃条項を盛り込むよう提案しました。この提案は当時の世界情勢において画期的なものでしたが、残念ながら採択されませんでした。しかし、この事実は日本が早い段階から人種差別に反対する立場を国際社会で表明していたことを示しています。

パリ講和会議日本全権及び随員記念写真 ホテル・ブリストルにて 大正9年6月 クリックすると拡大します

また、日本の奴婢制度は明治時代に入ると正式に廃止されました。1871年の解放令(賤民解放令)により、奴婢を含む全ての隷属身分が法的に廃止されました。これにより、日本は法的に隷属制度を完全に撤廃し、全ての人々に法的な自由と平等を保障する社会へと移行しました。

日本が組織的な奴隷制度を採用していなかった理由の一つは、日本の社会が比較的閉鎖的で、大規模な外国人労働力を必要としなかったことにあります。また、日本の農業システムは小規模な家族経営が中心であり、大規模なプランテーション経済が発達しなかったことも要因の一つです。

重要なのは、日本で黒人奴隷や黒人武士が広く存在したという主張を裏付ける歴史的証拠が、日本の公式な歴史書や学術研究において見当たらないという事実です。日本の歴史書、古文書、公文書などには、黒人奴隷制度や黒人武士の存在を示す記録がほとんどありません。

このような歴史的証拠の欠如にもかかわらず、「日本における黒人奴隷や黒人武士」というフェイク情報が広まる背景には、現代のインターネット環境や国際的な情報の流通が関係しています。例えば、2016年に出版された『African Samurai: The True Story of Yasuke, a Legendary Black Warrior in Feudal Japan』(写真下)は、弥助の物語を紹介していますが、その内容が誤解を招きやすいものであったため、誤情報が広まりました。


さらに、Wikipediaなどのオンライン情報源が誤情報を拡散する一因となり、主要メディアに引用されることで誤った情報が広く認識されるようになりました。日本の歴史や文化に詳しくない外国人にとっては、これらの情報の真偽を判断することが難しい場合があります。

このような誤情報が広まることの影響として、日本の国際的なイメージや外交関係に悪影響を及ぼす可能性があります。特に、人種差別や歴史的な不正義に対する感受性が高い国々では、誤情報が日本に対する批判や誤解を招くことがあります。

したがって、日本の歴史や社会構造について正確な情報を発信し、誤解を解消するための努力が重要です。日本が組織的な奴隷制度を採用していなかった事実を、歴史的背景や社会構造の違いとともに説明し、さらに歴史的証拠の欠如を指摘することで、より深い理解を促すことができるでしょう。

国際社会との対話を通じて、事実に基づいた歴史認識を共有することが必要です。この点を怠れば、「日本における黒人奴隷や黒人武士」の問題が、第二の慰安婦問題や徴用工問題になりかねません。これらの問題では、歴史認識の相違が長年にわたる外交問題や国際的な批判につながりました。同様に、黒人奴隷や黒人武士に関する誤った情報が広まり、それが定着してしまえば、日本の国際的な評価を損ない、外交関係に深刻な影響を与える可能性があります。

特に、人種問題に敏感な国々との関係において、このような誤解は重大な問題となる可能性があります。誤った歴史認識が広まれば、それを訂正するのは非常に困難になり、長期にわたって日本の外交や国際関係に悪影響を及ぼす可能性があります。

したがって、早い段階で正確な情報を積極的に発信し、誤解を解消するための努力を行うことが極めて重要です。同時に、国際社会との建設的な対話を通じて、相互理解を深め、事実に基づいた歴史認識を共有することが不可欠です。このような取り組みによって、将来的な外交問題や国際的な批判を未然に防ぐことができるでしょう。

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2024年7月24日水曜日

トランプ狙撃事件をどう読むか 2つの教示―【私の論評】米国政治の分断と二大政党制の未来:トランプ暗殺未遂事件がもたらす影響

トランプ狙撃事件をどう読むか 2つの教示

まとめ
  • トランプ氏の暗殺未遂事件は、アメリカ全体を団結させた。
  • 今回の事件は、民主、共和党の対立をこれ以上険悪化させないという合意を浮上させた。
  • トランプ氏の、非常事態において発揮した強靭さ・果敢さは賞賛に値する。
狙撃された直後のトランプ元大統領

 トランプ前大統領への狙撃事件は、アメリカの政治と社会に重要な意味を持つ出来事として解釈できる。

 まず、この事件はアメリカ全体に団結をもたらした。大統領経験者への暗殺未遂という行為は、政治的な立場を超えて非難の対象となり、民主主義の根幹を脅かす暴力に対する超党派の一致が見られた。これは、アメリカの民主主義の自衛作用が機能していることを示している。

 歴史的に見ても、大統領や元大統領を標的とした事件は稀で、過去100年余りで今回が3例目に過ぎない。過去の事例では、このような事件後にアメリカ全体の団結が強まり、標的となった大統領への支持が高まる傾向があった。

 今回の事件でも、トランプ氏とバイデン氏の両陣営が暴力排除という基本線で一時的な融和を示した。これは、アメリカの政治的分断がこれ以上深まらないようにする合意の兆しとも解釈できる。

 さらに、この事件はトランプ氏個人の政治的資質を示す機会ともなった。銃撃を受けた直後にも関わらず、トランプ氏が示した強靭さと果敢さは、支持者だけでなく一般国民の間でも評価を高める可能性がある。

しかし、この事件が長期的にアメリカの政治や社会にどのような影響を与えるかは、まだ不明確だ。過去の事例のように支持率の大幅な上昇につながるかどうかは、今後の展開を注視する必要がある。

結論として、この狙撃事件は、アメリカの民主主義の強靭さを示すと同時に、政治的分断を緩和する可能性を秘めた出来事として解釈できる。また、トランプ氏個人の政治的資質を再評価する契機ともなっており、今後の大統領選挙に向けた政治情勢に大きな影響を与える可能性がある。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。【まとめ】は元記事の要点を箇条書きにまとめたものです。

【私の論評】米国政治の分断と二大政党制の未来:トランプ暗殺未遂事件がもたらす影響

まとめ
  • 米国の二大政党制では、民主党と共和党の政策には多くの共通点があり、中道寄りの政策を採用することで政治の安定性を保ってきました。
  • 近年、オバマ政権以降、政党の分極化が進み、政策的立場の違いが拡大し、中道的な政策の共有が減少しました。
  • ソーシャルメディアの普及やメディアの影響力により、異なる政治的立場の間での対話が減少し、政治的対立が激化しました。
  • トランプ前大統領への暗殺未遂事件は、政治的分断を和らげ、二大政党が本来の姿に戻るきっかけとなり得る可能性があります。
  • この事件を契機に、暴力に対する超党派の一致と共通の価値観に基づいた政策形成が進むことで、政治の安定性と継続性が再び強化される可能性があります。
米国の二大政党制において、民主党と共和党の政策には多くの共通点が存在してきました。これは両党が幅広い有権者層の支持を得るために、中道寄りの政策を採用する傾向があったためです。例えば、外交政策における反共産主義や同盟国との関係維持、経済政策における自由市場経済の基本原則の維持、社会保障制度の基本的な枠組みの継続などが挙げられます。

一方で、両党の違いが顕著に表れる分野もありました。税制では共和党が減税を、民主党が累進課税を重視する傾向があり、規制に関しては共和党が緩和を、民主党が環境保護などの強化を主張してきました。また、社会政策においては民主党が多様性や平等を重視し、共和党が伝統的価値観を強調するなどの違いが見られました。

ブッシュ元大統領

このような体制から、政策に関して政党が変わっても「7割同じ、3割異なる」という構図が維持されてきました。これは、政権交代時の急激な政策変更を防ぎ、政治の安定性を保つ役割を果たしてきました。例えば、クリントン政権からブッシュ政権への移行時も、外交政策や経済政策の基本的な枠組みは大きく変わりませんでした。

さらに、米国の政治には興味深い伝統がありました。新政権発足後、約1年間は前政権の政策の影響が続く可能性があるという認識から、この期間は新政権への批判を控える傾向がありました。これは政権交代の円滑な移行を促し、新政権が自らの政策を展開する時間的余裕を与える役割を果たしていました。

しかし、近年では両党の政策的な違いが拡大する傾向にあります。これは政党の分極化が進んでいるためで、オバマケアの導入と共和党によるその撤廃の試みなど、政権交代に伴う政策の大幅な変更が見られるようになっています。この変化は、米国政治の安定性に新たな課題をもたらしていますが、依然として制度的な抑制と均衡のシステムが機能しており、極端な政策変更を防ぐ役割を果たしています。

このように、米国の二大政党制は政策の継続性と変化のバランスを保ちながら、政治の安定性を維持してきました。しかし、近年の政治的分極化の進行により、このバランスが変化しつつあることも事実です。今後、米国政治がどのように進化していくかは、注目に値する課題となっています。

米国メディアは、こうした二大政党の伝統をトランプが壊して、米国を分断したと報道することが多いのですが、実際にはオバマ政権の頃から、米国の二大政党制が崩れ、米国の分断が始まっていました。オバマ政権以降、政党の分極化が進み、民主党と共和党の政策的立場の違いが拡大し、中道的な政策の共有が減少しました。同時に、保守系・リベラル系のメディアの影響力が強まり、異なる政治的立場の間での対話が減少しました。

さらに、ソーシャルメディアの普及により、エコーチェンバー効果が強まり、人々が自分の意見と同じ情報にのみ接する傾向が強くなりました。また、オバマケアの導入や移民政策など、党派間の対立が激しい政策課題が増加し、政治的対立が激化しました。相手側の意見を尊重し、妥協点を探るという政治的寛容さも低下しています。

これらの要因により、オバマ政権以降、政権交代直後でも新政権への厳しい批判が行われるようになり、政策の継続性よりも党派的な対立が前面に出るようになりました。トランプ政権時代にはこの傾向がさらに顕著になり、バイデン政権下でも政治的分断は依然として大きな課題となっています。この分断は、政策形成の有効性を低下させ、長期的な国家戦略の実行を困難にする可能性があります。また、国民の間でも政治的立場による分断が深まり、社会の一体性にも影響を与えています。

オバマ元大統領(左)とバイデン大統領

結論として、オバマ政権頃から、米国の政治的伝統が大きく変化し、政治的分断が進んだと言えます。この傾向は現在も続いており、米国政治の大きな課題となっています。この分断を克服し、より建設的な政治対話を再構築することが、今後の米国民主主義の健全な発展にとって重要な課題となっています。

トランプ前大統領への暗殺未遂事件は、米国の政治的分断が進んだ現状において、二大政党の本来の姿に戻すきっかけとなり得る可能性があります。この事件は、米国全体に強烈な衝撃を与え、政治的立場を超えた団結を促す契機となりました。過去のレーガン大統領への狙撃事件と同様に、今回の事件も国全体が一致して暴力を非難し、民主主義の根幹を守る姿勢を示しました。

さらに、トランプ氏とバイデン氏の両陣営が暴力排除という基本線で一時的な融和を示したことは、党派を超えた協力の可能性を示唆しています。このような事件を契機に、政治的対立を和らげ、共通の価値観に基づいた政策形成が進む可能性があります。従来のように、二大政党が中道寄りの政策を共有し、急激な政策変更を避けることで、政治の安定性を保つという伝統が再評価されるかもしれません。


トランプ氏への支持が共和党層だけでなく一般国民の間でも高まる予兆があることも、この動きを後押しする要因となり得ます。過去のレーガン大統領の例では、狙撃事件後に支持率が大幅に上昇し、超党派の人気を得ることができました。トランプ氏も同様に、今回の事件を契機に強靭さを示し、支持を広げる可能性があります。

結論として、トランプ前大統領への暗殺未遂事件は、米国の政治的分断を和らげ、二大政党が本来の姿に戻るきっかけとなる可能性があります。これは、暴力に対する超党派の一致と、共通の価値観に基づいた政策形成を促進することで、政治の安定性と継続性を再び強化することにつながるでしょう。

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2024年7月23日火曜日

バイデン大統領はなぜ選挙から撤退したのか 高齢と認知の違い―【私の論評】日米の雇用慣行の違いが明らかに:バイデン大統領評価から見る高齢者雇用の未来

バイデン大統領はなぜ選挙から撤退したのか 高齢と認知の違い

【まとめ】
  • 7月21日、バイデン大統領が大統領選からの撤退を表明した。
  • アメリカでは年齢差別が法で禁じられ、高齢な政治家も現存するため、年齢が要因ではない
  • バイデン大統領の認知の衰えが原因だろう。

 ジョー・バイデン米大統領が2024年の大統領選挙から撤退を表明しました。この決定は、バイデン氏の認知機能の低下に対する懸念が高まったことが主な要因です。

 特に、6月27日のドナルド・トランプ前大統領との討論会でのバイデン氏のパフォーマンスが、この懸念を増大させました。民主党支持のCNNの記者までもが、バイデン氏の討論ぶりに「パニック」を感じたと述べたことが象徴的でした。

 アメリカと日本のメディアの反応には違いがあります。日本のメディアは主に「高齢不安」に焦点を当てていますが、アメリカのメディアは「認知不安」を強調しています。これは、アメリカでは年齢差別が厳しく禁止されているためです。

 バイデン氏の認知機能に関する懸念は新しいものではなく、2020年の大統領選の時点でも存在していました。事実と異なる発言や記憶の混乱が度々見られたことが指摘されています。

 この撤退表明は、アメリカの政治史上でも珍しい出来事であり、民主党は後任候補の選出を急ぐことになります。バイデン氏自身は、カマラ・ハリス副大統領を後任候補として支持しています。

 以上は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】日米の雇用慣行の違いが明らかに:バイデン大統領評価から見る高齢者雇用の未来

まとめ
  • 米国では年齢差別禁止法により定年制が禁止され、能力で評価される一方、日本では定年制が一般的。
  • 米国メディアはバイデン大統領の認知能力を問題視し、日本メディアは年齢そのものを問題視。
  • 日本人は米国の年齢差別禁止の考え方を意識し、能力で評価することの重要性を理解する必要がある。
  • 両国には互いに学べる点があり、それぞれの強みを活かした雇用システムの構築が重要。
  • 高齢者の雇用促進は経済成長にプラスの影響を与え、持続可能な経済発展につながる。
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日米の雇用慣行には顕著な違いがあり、これらの違いが両国のメディアの反応の違いを生み出しています。日本のメディアが主に「高齢不安」に焦点を当てる一方、米国のメディアが「認知不安」を強調する背景には、それぞれの国の雇用制度や法律が大きく影響しています。

米国では、1967年に制定された「雇用における年齢差別禁止法(ADEA)」により、ほとんどの州で定年制が禁止されています。この法律は、年齢に関係なく個人の能力や業績に基づいて雇用を継続し、年齢を理由とした差別を厳しく禁止しています。

また、米国には日本のような新人の定期採用制度がなく、企業は必要に応じて随時採用を行います。これにより、90歳のチャック・グラスリー上院議員や82歳のバーニー・サンダース上院議員のように、高齢であっても能力があれば現役で活躍できる環境が整っています。

チャック・グラスリー上院議員

一方、日本では多くの企業で60歳や65歳での定年制が一般的です。「高年齢者雇用安定法」により65歳までの雇用確保措置が義務付けられていますが、これは定年制を廃止するものではありません。また、日本の雇用慣行には年功序列の考え方が根強く残っており、新卒一括採用システムの影響で、年齢が高くなると中途採用が難しくなる「年齢の壁」が存在します。

これらの違いが、バイデン大統領の事例への反応にも表れています。米国では彼の具体的な言動や能力が問題視されましたが、日本では81歳という年齢そのものが注目されました。米国の「定年なし」の環境と随時採用システムでは、年齢よりも個人の能力が重視されるため、このような反応の違いが生じるのです。

日本人は、米国では年齢による差別が違法であることを意識する必要があります。これが理解できていないと、バイデン氏の認知能力の低下ではなく、年齢ばかりが問題にされ、正しい評価ができなくなります。

結論として、日米の雇用慣行の違いは、高齢者の社会参加や能力活用に大きな影響を与えています。両国の制度にはそれぞれ長所と短所があり、互いに学び合える点が多くあります。

米国の年齢差別禁止の考え方は、日本においても参考にすべき重要な視点です。実際、米国労働統計局のデータによると、2020年時点で65歳以上の労働力参加率は18.6%であり、これは1985年の10.8%から大幅に上昇しています。この数字は、年齢に関係なく働ける環境が整備されていることを示しています。

一方、日本の長期的な人材育成や雇用の安定性は、米国でも注目されています。日本の失業率は長年にわたり米国よりも低く、2021年の平均失業率は日本が2.8%、米国が5.4%でした(OECD統計)。これは日本の雇用安定策の効果を示唆しています。

しかし、これらの慣行を相互に導入する際には、それぞれの国の文化や法的環境に適合するよう慎重に検討する必要があります。例えば、日本の年功序列制度を米国に導入しようとすれば、年齢差別禁止法に抵触する可能性があります。


最終的に、両国がお互いの良い点を学び合い、より良い雇用環境を作り出していくことが重要です。高齢化が進む両国において、年齢に関係なく個人の能力を活かせる社会を構築することは、今後ますます重要になってくるでしょう。

実際、世界経済フォーラムの2020年の報告書によると、高齢者の雇用促進は経済成長にプラスの影響を与えるとされています。日米両国が、それぞれの強みを活かしつつ、高齢者の能力を最大限に活用できる雇用システムを構築することは、両国の持続可能な経済発展にとって不可欠な課題となっています。

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2024年7月22日月曜日

米国民の皆さんへ 大統領選撤退、バイデン氏のX全文―【私の論評】バイデン大統領の撤退が引き起こす民主党内の変化と米社会への影響

米国民の皆さんへ 大統領選撤退、バイデン氏のX全文

バイデン大統領のXのプロフイールより引用


 バイデン米大統領が21日に「X」(旧ツイッター)に投稿した声明は以下の通り。

 米国民の皆さんへ

 この3年半の間に、私たちは国家として大きな進歩を遂げました。

 今日、米国は世界最強の経済大国です。私たちは、国家再建のために歴史的な投資を行ってきました。高齢者のための(処方箋が必要な)処方薬の価格の引き下げや、過去最多の人々に手ごろな医療を拡大することです。また有害物質にさらされた100万人の退役軍人に、極めて必要なケアも提供しました。30年ぶりの銃の安全に関する法律も成立させました。最高裁判事に初めて黒人の女性を任命しました。そして、世界の歴史において最も重要な気候変動に関する法律を成立させました。米国は今日ほど指導的な立場にいたことはありません。

 このどれもが、米国民の皆さんなしでは成し遂げられませんでした。ともに100年に一度の(新型コロナウイルスの)流行と、大恐慌以来最悪の経済危機も乗り越えました。民主主義を守り、維持してきました。そして、世界各国との同盟を再度活性化させ、強固にしました。

 大統領を務められたことは、私の人生において最大の名誉です。そして、私は再選を目指す意向ではありましたが、私が(大統領選から)撤退し、残りの任期を大統領としての職務に専念することが、党と国にとって最善の利益であると信じています。

 私の決断の詳細については、今週後半に国民にお話しします。

 今は、私の再選のために尽力してくださった全ての方々に深く感謝を申し上げます。カマラ・ハリス副大統領が、この仕事すべてにおいて素晴らしいパートナーでいてくれたことにも感謝します。そして、米国民の皆様が私に寄せてくださった信頼に心から感謝します。

 私たちが力を合わせれば、米国にできないことはないのです。私たちは、我々が「アメリカ合衆国」であることを忘れてはならないのです。

【私の論評】バイデン大統領の撤退が引き起こす民主党内の変化と米社会への影響

まとめ
  • ジョー・バイデン大統領の次期大統領選からの撤退表明により、民主党は新たな候補者選びを急務とし、党内の力学が大きく変化する可能性がある。
  • バイデン大統領はカマラ・ハリス副大統領を後継候補として支持しているが、党内では広範な議論が求められており、左派や進歩主義者が影響力を強める可能性が高まっている。
  • バーニー・サンダースやアレクサンドリア・オカシオ=コルテスが率いる民主社会主義者たちは、メディケア・フォー・オールやグリーン・ニューディールなどの急進的な政策を前面に押し出す可能性がある。
  • エリザベス・ウォーレンなどの進歩主義者も影響力を増し、大企業への規制強化や富裕層への増税などの政策が民主党の主流となる可能性がある。
  • 左派勢力の台頭は、ポリティカル・コレクトネスやアイデンティティ政治の進化を促し、社会全体に大きな影響を与える可能性があり、これに対する反発も強まることでアメリカ社会の分断が深まる恐れがある。
ジョー・バイデン大統領の次期大統領選からの撤退表明は、民主党内に大きな波紋を広げています。この決定により、民主党は急遽新たな候補者を選ぶ必要に迫られており、党内の力学が大きく変化する可能性があります。

バイデン大統領はカマラ・ハリス副大統領を後継候補として支持していますが、党内では広範な議論を求める声も上がっています。この状況下で、民主党左派や進歩主義者たちが影響力を強める可能性が高まっています。

バーニー・サンダース上院議員

具体的には、バーニー・サンダース上院議員やアレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員らが率いる民主社会主義者たちが、この機会を捉えて自らの政策アジェンダを前面に押し出す可能性があります。彼らは「メディケア・フォー・オール」と呼ばれる国民皆保険制度や、「グリーン・ニューディール」と呼ばれる環境政策などの急進的な政策を主張しています。

また、エリザベス・ウォーレン上院議員のような進歩主義者も、この混乱の中で影響力を増す可能性があります。ウォーレン氏は大企業への規制強化や富裕層への増税などを主張しており、こうした政策が民主党の主流となる可能性も否定できません。

エリザベス・ウォーレン上院議員

さらに、民主党内の左派グループである「正義のための民主党員(Justice Democrats)」や「サンライズ・ムーブメント」などの組織も、この機会を利用して党の方向性に影響を与えようとするでしょう。これらの組織は、気候変動対策や経済的不平等の解消などを重視しており、より急進的な政策を求めて活動しています。

一方で、共産党USA(CPUSA)のような極左組織も、この状況を利用して影響力を拡大しようとする可能性があります。彼らは直接的に大統領候補を擁立する可能性は低いものの、民主党左派との連携を通じて間接的に影響力を行使しようとするかもしれません。

共産党USA(CPUSA)のシンボルマーク

このような左派勢力の台頭は、民主党の政策立案や候補者選びに大きな影響を与える可能性があります。例えば、より急進的な経済政策や社会政策が党の公式な立場となる可能性があり、これは保守派や中道派の有権者にとっては懸念材料となるでしょう。

また、民主党内での左派の影響力増大は、共和党との対立をさらに深める可能性があります。これにより、アメリカ政治の二極化がさらに進み、国内の政治的分断が深まる恐れもあります。

結果として、バイデン大統領の撤退は単なる候補者の交代以上の意味を持つ可能性があります。民主党の方向性や、ひいてはアメリカ政治全体の在り方を大きく変える転換点となる可能性があるのです。この状況下で、民主党がどのように新たな候補者を選び、党の統一を図るかが、今後の大統領選挙の行方を左右する重要な要素となるでしょう。

バイデン大統領の撤退表明により、民主党内の左派勢力が影響力を強める可能性が高まり、それに伴いポリティカル・コレクトネスやアイデンティティ政治がさらに進化する可能性があります。この動きは、単なる言葉遣いの変更にとどまらず、社会全体に大きな影響を与える可能性があります。

例えば、歴史的評価の見直しが加速する可能性があります。南北戦争時の南部指導者だけでなく、ジョージ・ワシントンやトマス・ジェファーソンといった建国の父たちまでもが、奴隷所有者であったという理由で批判的な評価を受ける動きが強まるかもしれません。プリンストン大学のウッドロー・ウィルソン大学院の改名要求運動のような動きが、他の機関にも波及する可能性があります。

言語や表現の規制も強化される可能性があります。公共の場やメディアでの発言に対する監視が厳しくなり、差別的と見なされる表現がさらに制限されるかもしれません。これは、言論の自由に対する懸念を引き起こす可能性があります。

教育カリキュラムの変更も予想されます。学校や大学での歴史教育や社会問題に関する授業内容が、より多様性を重視したものに変更される可能性があります。これにより、従来の歴史観や社会観が大きく変わる可能性があります。

LGBTQの権利に関しても、さらなる進展が見られる可能性があります。性的指向や性自認に基づく差別を禁止する法律の強化や、トランスジェンダーの権利に関する新たな政策が導入される可能性があります。例えば、公共施設でのトランスジェンダーのトイレ使用権や、スポーツ競技におけるトランスジェンダー選手の参加基準などが、さらに議論の的となるかもしれません。

また、人種や民族に関する問題にも焦点が当てられる可能性があります。警察改革や刑事司法制度の見直し、アファーマティブ・アクションの強化など、構造的人種差別に対処するための政策が推進される可能性があります。

これらの変化は、社会の一部から歓迎される一方で、他の部分からは強い反発を招く可能性があります。特に保守派や中道派の間では、これらの動きが行き過ぎているという懸念が高まる可能性があります。実際、多くの共和党支持者や一部の民主党支持者も、アメリカがポリティカル・コレクトネスに捕らわれすぎていると感じています。

結果として、これらの変化はアメリカ社会の分断をさらに深める可能性があります。左派と右派、都市部と地方部、高学歴層と非高学歴層の間の溝が広がり、政治的対立がさらに激化する可能性があります。

このような状況下で、民主党がどのようにバランスを取り、幅広い支持を維持できるかが、次期大統領選挙の行方を左右する重要な要素となるでしょう。同時に、これらの変化がアメリカ社会全体にどのような影響を与えるかは、今後数年間にわたって注目されるテーマとなるでしょう。

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2024年7月21日日曜日

“ウクライナはロシア軍の損害に注力すべき” 英シンクタンク―【私の論評】活かすべき大東亜戦争の教訓:山本五十六の戦略と現代の軍事戦略への影響

“ウクライナはロシア軍の損害に注力すべき” 英シンクタンク

まとめ
  • イギリスのシンクタンクRUSIは、ウクライナ軍が占領地解放よりもロシア軍への最大限の損害に注力すべきだと提言。
  • RUSIは欧米側に対し、射程の長いミサイルシステムなどの供与が最も重要だと強調。
  • ロシア軍は東部ドネツク州など広範囲にわたる戦線で攻勢を強化。
  • ウクライナでは18〜60歳の男性に軍への個人情報登録が義務付けられ、約469万人が登録を完了。
  • 登録対象者の約半数が未登録との報道があり、一部の男性からは戦地に赴くことへの不安の声も。
ウクライナ軍

 イギリスのシンクタンク、イギリス王立防衛安全保障研究所(RUSI)は、ウクライナ軍の戦略について報告書を公表した。同報告書では、ウクライナ軍が現在力を入れるべきは、占領された領土の解放ではなく、ロシア軍に最大限の損害を与えることだと指摘している。この戦略により、ウクライナ軍は戦力を確保するための時間を稼ぐことができるとしている。

 また、RUSIは欧米側に対して、砲弾や射程の長いミサイルシステムの供与が最も重要であると強調した。これにより、ウクライナ軍が効果的にロシア軍に対抗できるとしている。

 一方、ウクライナでは兵力不足が問題となっており、18歳から60歳の男性に対して住所や家族などの個人情報を軍に登録することが義務づけられた。この登録の期限は今月16日で、ウクライナ国防省によると、専用のアプリや窓口で登録を済ませた人は約469万人に上る。しかし、一部のメディアは、登録対象となる男性は約1100万人であり、少なくとも600万人が未登録であると報じている。

 NHKがキーウ市内で対象年齢の男性にインタビューしたところ、登録は済ませたものの、戦地に赴くことへの不安の声が聞かれた。52歳の男性は「行きたくない人の気持ちはとてもよくわかる。強制的な方法で人を集めるのではなく、特典などを与えて関心を持ってもらうほうがいい」と話していた。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】活かすべき大東亜戦争の教訓:山本五十六の戦略と現代の軍事戦略への影響

まとめ
  • 敵軍に損害を与えることに注力する戦略は、古くから軍事常識として知られており、孫子の『孫子兵法』にも記されている。
  • この戦略は敵の戦力削減、戦略的優位性の確保、戦争の早期終結を可能にし、資源の効率的使用にもつながる。
  • 太平洋戦争で米軍は重要拠点のみを占領する戦略を採用し、効果的に戦局を進めた。
  • 日本海軍は過度な戦線拡張を行い、資源を消耗させる戦略的誤りを犯した。
  • 山本五十六の短期決戦追求戦略は日本の敗因となり、彼を「愚将」と評価する意見がある。この評価は後世への重要な教訓となる。
占領地の解放よりも敵軍に損害を与えることに注力すべきという考え方は、軍事戦略において古くから知られた常識です。

これは、敵の戦闘能力を削減し、戦争全体の進行を有利に進めるための基本的な戦略です。敵軍に最大限の損害を与えることで、敵の兵力や物資を消耗させ、長期的な戦争の持続能力を低下させる効果があります。

ウクライナ軍によるロシア占領地の奪還

また、戦場での戦略的優位性を確保し、重要な補給線や通信網を破壊することで、敵の指揮系統を混乱させ、効果的な反撃を困難にします。さらに、敵軍に大きな損害を与えることで、敵の戦意を喪失させ、早期に戦争を終結させることが可能になります。これは、戦争の長期化による自国の損害を最小限に抑えるためにも重要です。

占領地の維持には多大な資源と人員が必要である一方で、敵軍に損害を与えることに集中する戦略は、限られた資源を効率的に使用することができます。これにより、戦争の持続可能性が高まります。

歴史的にも、この戦略は多くの戦争で採用されてきました。例えば、第二次世界大戦における連合軍の戦略爆撃や、湾岸戦争におけるアメリカ軍の空爆作戦などが挙げられます。これらの戦略は、敵の戦力を削減し、戦争の進行を有利に進めるために行われました。

この戦争上の常識を最初に語ったのは、古代中国の軍事思想家孫子です。彼の著作『孫子兵法』の中で、「敵の軍隊を撃破することが最も重要である」と述べています。孫子は、戦争において敵の戦力を削減することが最も効果的な方法であると主張し、この考え方は現代の軍事戦略にも影響を与え続けています。

日米による大東亜戦争において、日米海軍の戦略は大きく異なりました。日本は戦域のすべての島を占領し、その後に占領軍を設置する方式を採用しました。この戦略は、占領地を確保し、そこに兵力を配置することで防衛線を強化しようとするものでした。

一方、米軍は重要拠点だけを占領する戦略を採用しました。この戦略の格好の例として、第二次世界大戦末期に米軍は台湾を占領せず、沖縄侵攻を優先した事実があります。米軍は戦略的に重要な拠点を選び、そこを確保することで効率的に戦力を集中させ、補給線を短く保ちました。これにより、不要な消耗を避けつつ、効果的に戦局を進めることができました。


日本海軍は絶対国防圏を超えて戦線を拡張しましたが、これは大きな戦略的誤りでした。戦線の拡大は補給線の延長を招き、兵站の維持が困難になるだけでなく、各拠点の防衛力も薄くなります。結果として、日本は広範囲にわたる戦線を維持するために多大な資源を消耗し、戦局を不利に進める結果となりました。

このように、米軍の戦略は重要拠点に集中し、効率的に戦力を運用するものであり、日本の戦略は広範囲の占領地を維持するために過度に資源を消耗するものでした。

山本五十六の戦略については、その結果として日本が大きな損害を被ったことから、彼を「愚将」と呼ぶべきだとする意見が一部の保守派の中にあります。これは、彼の戦略が日本の資源を過度に消耗させ、多くの命を失わせたという観点からの批判です。特に、ハワイ攻略のような無意味な戦線拡張や、絶対国防圏を守ることに注力しなかったことが大きな問題とされています。

山本五十六

山本五十六は真珠湾攻撃をはじめとする数々の作戦を指揮し、日本海軍の象徴的な存在でした。しかし、彼の戦略は短期決戦を追求するものであり、これは日本の限られた資源と兵力を過度に消耗させる結果となりました。山本の戦略は、日本が持続可能な戦争を遂行するための現実的な防衛戦略ではなく、過度に攻撃的で拡張的でした。

一部の米国の学者は、もし日本が絶対国防圏の防衛に注力し、不必要な戦線拡大を避けていれば、戦況は大きく異なっていた可能性があると指摘しています。具体的には、台湾を占領せずに沖縄侵攻を優先した米国の戦略が示すように、重要な拠点に集中することで効率的に戦力を運用することが可能だったのです。

日本も同様に、重要拠点の防衛に集中し、無駄な戦線拡張を避けていれば、日本軍が米軍に完勝とまではいえなくても、より有利な条件で講和に持ち込むことはできたかもしれません。

山本の戦略は、結果的に日本の大敗北を招き、多くの命を失わせました。彼の決定が日本の戦争遂行能力を著しく低下させたことを考えれば、彼を「愚将」と呼ぶことは、抵抗のある人もいるかもしれませんが、後世に同じ過ちを繰り返させないための教訓として重要です。

特に、RUSIも指摘するように、現在のウクライナ戦争においても、無意味な戦線拡張や資源の無駄遣いは避けるべきであり、重要拠点に集中する戦略が求められます。

山本五十六の戦略は、日本の国力と地理的条件を考慮せず、過度に攻撃的であったという点で批判されるべきです。彼の過ちは、現代の軍事戦略においても重要な教訓となり得ます。

後世の世代が同じ過ちを繰り返さないためにも、山本を「愚将」として位置づけることには大きな意義があると言えます。

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2024年7月20日土曜日

欧州は10年続くウクライナ戦争を覚悟すべきとNATO事務総長―【私の論評】戦争長期化と平和構築の課題:ストルテンベルグ事務総長の発言と未来の展望

欧州は10年続くウクライナ戦争を覚悟すべきとNATO事務総長

まとめ
  • ストルテンベルグ事務総長は、ウクライナでの戦争が10年間続く可能性があると述べた。
  • 同時に、長期的かつ強力な支援が戦争の早期終結につながるという逆説を強調した。
  • NATOは、ドイツにウクライナ支援の指揮部隊を設置し、支援の予測可能性と責任を明確にする計画を発表した。
  • ドイツがウクライナへの軍事支援を半減させる計画がある一方、アメリカの支援が減少する可能性も懸念されている。
  •  NATO加盟国の防衛費増額と、アメリカの選挙結果に関わらずNATOへの支持が継続することの重要性を強調。
ストルテンベルグ事務総長

 10月に退任する、ストルテンベルグ事務総長は、ウクライナでの戦争が10年間続く可能性があると警告しましたが、同時に西側諸国による強力で持続的な支援が、むしろ戦争の早期終結につながるという「逆説」を強調しました。彼は、ロシアのプーチン大統領がNATOの撤退を待っているため、逆に長期的な支援の意思を示すことが重要だと指摘しました。

 この文脈で、NATOはドイツにウクライナ支援の指揮部隊を設置する計画を発表しました。ストルテンベルグ氏は、これにより支援の予測可能性が高まり、NATOの長期的なコミットメントを示すことになると説明している。

 一方で、ドイツが2025年のウクライナへの軍事支援を約8億ユーロから4億ユーロに半減させる計画が明らかになりました。これは、アメリカの支援が減少する可能性への懸念がある中での決定だ。特に、ドナルド・トランプ前大統領が再選された場合、アメリカの支援が大幅に削減または停止される可能性が指摘されている。トランプ氏の副大統領候補J.D.ヴァンス上院議員が、過去にウクライナ支援に批判的な立場を示していることも、この懸念を強めている。

 しかし、ストルテンベルグ事務総長は、アメリカの選挙結果に関わらず、NATOへの支持は継続すると自信を示している。彼は、アメリカ国内でNATOへの超党派的な支持があることを指摘し、強力なNATOがアメリカの国益にも合致すると主張している。

 また、ストルテンベルグ氏は、NATO加盟国の防衛費増額の重要性を強調しました。2024年までにGDP比2%の防衛費支出目標を達成する国が増えていることを評価しつつ、欧州諸国とカナダの防衛力強化の必要性も指摘している。

 最後に、ストルテンベルグ氏はNATOを「歴史上最も成功した同盟」と評し、加盟国間の立場の違いを乗り越えて団結する能力がその成功の鍵だと強調した。彼は、この団結がアメリカの選挙後も継続することへの期待を示している。

 これらの発言は、ウクライナ戦争の長期化への懸念と、同時に西側諸国の結束と持続的支援の重要性を浮き彫りにしている。NATO加盟国の防衛費増額や支援の継続が、今後の国際情勢に大きな影響を与える可能性がある。

 この記事は元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。

【私の論評】戦争長期化と平和構築の課題:ストルテンベルグ事務総長の発言と未来の展望

まとめ
  • ストルテンベルグ事務総長の「10年戦争」の可能性に関する発言は、軍事専門家として妥当な見解である。
  • ウクライナの反攻作戦の成否はまだ結論づけられず、今後1〜2年で占領地を奪還できる可能性もある。
  • 戦争自体は最長10年程度かかる可能性があり、その後の平和構築と社会変革には50年程度の長期的な関与が必要かもしれない。
  • エドワード・ルトワック氏の理論に基づく長期的な軍事駐留と社会再構築の必要性は、持続可能な平和構築のために重要な視点である。
  • 戦争終結後、NATOがウクライナに軍を派遣し、ロシアの干渉排除や汚職対策など、法の遵守のために活動すべきである。これは長期的な平和構築の観点から重要である。
  • 昔から、実行可能な戦略は兵站能力に規定されており、このことを認識しなければ、戦争の現実的な側面を理解できない。
ストルテンベルク事務総長の、「ウクライナでの戦争が10年間続く可能性がある」と述べていますが、それは軍事専門家として当然の発言だと思います。最悪は、10年続く可能性もあります。

これについては、ウクライナ軍の反攻が始まってすぐのブログ記事にも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
ウクライナ、反攻で「破滅的」損失 プーチン氏―【私の論評】今回の反転攻勢が成功すると、2~3年以内に占領された土地を奪還できるかも!戦争はまだ続く(゚д゚)!

ドローンを飛ばすウクライナ兵

今後の見通しとしては 、 今回の反転攻勢によりロシアの占領地の分断に成功すれば かなり有利になります 。

ただ 、分断すると 、今度は突破した部分が挟み撃ちに遭うので 、逆にウクライナ側は挟み撃ちから守りきる陣地をつくらなければなりません 。

これを秋冬の地面がぬかるむ時期にまでに できれば 、 分断されたロシア軍の弱い方を来年 ( 2024年 ) 攻めることになるでしょう 。 つまり 、 ドンバス地方かクリミアのどちらか弱い方を攻めて 、 再来年にもう片方残った方を攻める形になるでしょう 。

今回の反転攻勢が成功すると 、 2 ~ 3年以内には占領された土地を奪還できるかも知れないです 。 無論奪還しても戦争が終わるとは限りませんが 、 少なくとも見通しは立ちます 。

一方で反転攻勢に失敗し 、 投入された12旅団が磨り潰されるようなことになると、組織的な反転攻勢は今後 、 難しくなります 。 そうなると5年以上 、 下手をすると10年ぐらい膠着状態が続くかもしれません。いずれにせよ、現在の反転攻勢が成功したとしても、すぐに戦争が終わるとはみるべきではないです。

この記事でも述べたように、2〜3年以内には占領された土地を奪還できるかもしれないとしています。これは、現在でもあてはまる事実です。現時点で言い直せば1〜2年以内には占領された土地を奪還できるかもしれません。

この水準からすると、ウクライナ軍の反攻作戦は未だ成功とも失敗とも結論づけることはできません。現実の戦争は予期しないことが起こるのが常で、何かが起これば、さらにこれか5年〜10年はかかるかもしれないことは容易に類推することができます。

NATOのような組織が戦争に介入するならば、このくらいのことは覚悟しておくのが当然といえます。

そうして、戦争自体は最長10年くらいはかかるものとして、その後さらに軍隊を50年くらい駐留させて、ウクライナを完璧に作り変え、NATOの一員や、EUの一員とするくらいの覚悟を持たなければなりません。

エドワード・ルトワック氏は、国連などによる短期的な紛争仲裁や介入が表面的な解決にとどまり、根本的な問題解決に至らないと批判しています。彼の主張によれば、真の紛争解決には少なくとも50年にわたる軍隊の駐留が必要としています。これは社会の根本的な変革には世代を超えた時間が必要だという認識に基づいています。

ルトワック氏は、単なる停戦や表面的な和平合意ではなく、紛争地域の社会、政治、経済システムを根本から再構築する必要があると考えています。この長期的な関与を通じて、紛争の根本原因に取り組み、持続可能な平和を構築することが可能になると主張しています。

この考え方は、国際社会により大きな責任と長期的なコミットメントを求めるものです。しかし、主権の問題や介入の正当性、実行可能性など、多くの課題も存在します。

ルトワック氏の理論は、複雑で長期化した紛争地域における平和構築の難しさを浮き彫りにし、国際社会の紛争解決アプローチに再考を促す重要な視点を提供しています。従来の短期的なアプローチの限界を指摘し、より根本的で持続可能な解決策の必要性を強調する点で、国際関係や平和構築の分野に大きな影響を与えています。

この位の覚悟がなければ、ロシアの干渉を完璧に排除し、ウクライナの汚職体質を払拭することできないでしょう。

どのような形であれ、戦争が終結した暁には、NATOはウクライナに軍を恒常的に派遣すべきです。そうして、ロシア軍がウクライナに対して反撃すれば、それに対してすみやかに対応して排除すべきです。そうして、ロシアの軍事的・経済的干渉を完璧に排除します。さらにウクライナの汚職への対応など、法の遵守のために活動すべきです。

このくらいの覚悟がなければ、ウクライナの独立を守り、本格的な民主化をすすめることなどできません。1年くらいで、ウクライナ軍の反攻は失敗と簡単に結論づけるような人には、とてもできないことです。

米軍の軍用食料「MRE

こういう人には、昔から戦争には、現場に一人の兵士当たり3000キロカロリーの食料や水、多くの弾薬などの軍需物資を届けなければならず、それが戦争の形を規定してきた事実など思いも浮かばないのかもしれません。頭で戦略を考えたにしても、それを実行するには、兵站を考えなければなりません。兵站は戦略以上に重要であり、兵站能力が実行できうる戦略を規定してしまいます。兵站能力を超える戦略は絵に描いた餅にすぎません。

戦争には、最長10年、その後の体制つくりかえには、最低50年の年月が必要です。まともな軍人や、政治家などは、このくらいの時間がかかることを覚悟していることと思います。それくらいの覚悟を持たず、2〜3週間も戦えば、ウクライナを屈服させることができるとプーチンが考えていたとしたら、軍事のど素人と謗られても仕方ないでしょう。

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2024年7月19日金曜日

日本と台湾の海保が合同訓練、72年の断交後初…連携強化し不測の事態に備え―【私の論評】日台関係の変遷と政治家の二重国籍問題:蓮舫氏の事例から見る国家安全保障の課題

日本と台湾の海保が合同訓練、72年の断交後初…連携強化し不測の事態に備え

まとめ
  • 日本の海上保安庁と台湾の海巡署が2024年7月18日に初の合同訓練を実施し、1972年の日台断交後初めての海上訓練となった。
  • 訓練の目的は中国の海洋進出に対応し、東・南シナ海での不測の事態に備えることで、台湾有事への危機感から訓練の定例化も目指している。
  • 両機関は近年、交流を深めており、2017年には海難救助に関する覚書を交わすなど、協力関係を強化している。
  • 中国は尖閣諸島周辺や台湾周辺、西太平洋での海洋活動を強化しており、軍事演習や海洋調査を増加させている。
  • 日本は米国、フィリピン、韓国とも海上合同訓練を実施するなど、対中国を念頭に置いた海上保安機関の国際連携を強化している。
 日本の海上保安庁と台湾の海巡署(日本の海保に相当)が2024年7月18日、千葉県房総半島沖で初めての合同訓練を実施した。これは1972年の日台断交後、初めての海上訓練となる。この訓練の主な目的は、中国の強引な海洋進出に対応し、東シナ海や南シナ海での不測の事態に備えることだ。また、台湾有事への危機感が高まる中、訓練の定例化も目指している。

東京港に入港する「巡護9号」7月11日

 訓練には台湾海巡署の巡視船「巡護9号」と日本の海上保安庁のヘリコプター搭載型巡視船「さがみ」が参加した。両船は房総半島南端や伊豆大島近海で、海難救助を想定した訓練を行い、情報共有や捜索海域の割り当て・調整などを通じて相互運用性の向上を図った。

 この訓練に先立ち、「巡護9号」は太平洋中西部の公海上で違法漁業に対する国際的な共同パトロールに参加し、その後東京・お台場に寄港していた。また、海上保安庁は先月、幹部を台湾に派遣し、海巡署長と懇談するなど交流を深めている。

 一方、中国は尖閣諸島周辺での領海侵入を含む航行を常態化させており、今年5月には台湾周辺で実施された合同軍事演習に海警局も初めて参加した。さらに、中国は日本最南端の沖ノ鳥島周辺を含む西太平洋でも海洋調査や軍事演習を繰り返している。

 このような状況を踏まえ、日本は米国やフィリピン、韓国とも海上合同訓練を実施するなど、対中国を念頭に置いた海上保安機関の国際連携を強化しています。2023年6月には日米比がフィリピン北部近海で、2024年6月には日米韓が日本海・舞鶴沖で、それぞれ初めての海上合同訓練を実施した。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。【まとめ】は元記事の要点をまとめ箇条書きにしたものです。

【私の論評】日台関係の変遷と政治家の二重国籍問題:蓮舫氏の事例から見る国家安全保障の課題

まとめ
  • 1972年の日台断交と尖閣諸島問題は、日本と台湾の複雑な関係を示している。
  • 日本と台湾は安全保障面で利害が一致する部分があるが、独立した国家として国益が完全に一致することはない。
  • 蓮舫氏の二重国籍問題は、政治家の国籍に関する透明性と説明責任の重要性を浮き彫りにした。
  • 蓮舫氏の都知事選出馬時に二重国籍問題が争点にならなかったことは、この問題の重要性が軽視されている証左である。
  • 政治家、特に都知事のような重要な公職には、明確な国籍状況と日本への揺るぎない忠誠が不可欠であり、厳格な国籍条項を課すべきである。
日本と台湾が1972年に断交した主な理由は、日本が中華人民共和国(中国)と国交を正常化したことにあります。1972年9月29日、日本は中華人民共和国との間で日中共同声明を発表し、正式な外交関係を樹立しました。この声明において、日本は中華人民共和国を中国の唯一の合法政府として承認し、台湾との外交関係を断絶することを決定しました。

日中国交正常化時の周恩来中国首相(左)と田中角栄首相(右)

この決定は、国際情勢の変化に対応したものでした。1971年に国際連合(国連)が中華人民共和国を中国の正当な代表として認め、台湾(中華民国)に代わって安全保障理事会の常任理事国の座を与えたことが大きな転換点となりました。日本はこの国際的な流れに沿って、「一つの中国」政策を採用し、中華人民共和国との関係正常化を選択しました。その結果、台湾との公式な外交関係は断絶されることとなりました。

尖閣諸島に関しては、日本の固有の領土であり、領有権をめぐる問題は存在しません。1895年1月に日本政府が閣議決定により尖閣諸島を正式に日本の領土に編入しました。これは国際法上の「無主地先占」の原則に基づくものでした。当時、日本政府は尖閣諸島が無人島であり、他のいかなる国の支配下にもないことを確認した上で領有を決定しました。

第二次世界大戦後、1951年のサンフランシスコ平和条約で尖閣諸島は米国の施政下に置かれ、1972年の沖縄返還とともに日本に返還されました。この間、日本は一貫して尖閣諸島を実効支配してきました。

2013年4月10日には日台漁業協定が締結されました。この協定は、尖閣諸島周辺海域における日本と台湾の漁業秩序を定めたものですが、尖閣諸島の領有権には一切影響を与えるものではありません。この協定により、長年にわたって続いていた日台間の漁業権をめぐる問題が大幅に緩和されました。

協定締結後、日本と台湾の間で漁業権を巡る大規模な問題は報告されていません。むしろ、最近では両国の海上保安機関が協力関係を深めている様子が見られます。2024年7月18日には、日本の海上保安庁と台湾の海巡署が初めての合同訓練を実施しました。これは両機関の協力関係を深めるものですが、尖閣諸島の領有権とは無関係です。

南京事件に関する台湾の立場については、中国との関係で複雑な様相を呈しています。台湾の教科書でも南京事件について言及されており、1974年版の中学教科書では「南京大虐殺」という見出しで約200字を使って虐殺の状況を記述しています。また、台湾の教科書では早い段階から「12月、南京は陥落してしまい、日本軍は意のままに虐殺してしまい、死者が30万人になった」という記述が見られました。

最近の例では、台湾の馬英九前総統が2023年3月29日に中国の南京大虐殺記念館を訪問し、「われわれ中国人は大虐殺から教訓をくみ取り、外国からの侮辱に対して勇敢に抵抗しなければならない」と述べています。また、馬氏は「人類史上まれな、けだものの行為に大きな衝撃を受けた」とも発言しています。

しかし、これらの事例は台湾の一部の見解を示しているに過ぎず、台湾社会全体の見解を代表するものではありません。特に馬英九氏の発言については、台湾世論とのずれも指摘されています。

2023年3月29日に中国の南京大虐殺記念館を訪問し馬英九ぜん台湾総統

台湾の南京事件に関する見解は、中国と完全に一致しているわけではありません。台湾は南京事件の発生を認識し、その重大性を認めていますが、その解釈や強調の度合いは中国とは異なり、台湾社会内でも見解が分かれる可能性があります。台湾の教科書では南京事件について言及されていますが、その記述の詳細さや強調の度合いは中国のものとは異なります。

日本政府は、尖閣諸島が日本の固有の領土であるという立場を堅持し、国際社会に対して正確な情報発信を続けています。同時に、この問題が日本の主権に関わる問題であることから、冷静かつ平和的に、そして毅然とした態度で対応しています。

日本と台湾は、中国の拡張主義的行動に対する懸念を共有し、安全保障面で利害が一致する部分があります。「台湾有事は日本有事」という表現は、この認識を端的に示しています。しかし、台湾は日本の一部ではなく、独立した政治体制を持つ外国です。

両国の国益が完全に一致することはありません。それぞれが独自の国家利益を持ち、それに基づいて外交政策を展開しています。この文脈において、二重国籍問題は極めて重大な問題です。

日本の国籍法は原則として重国籍を認めていません。これは、一人の人間が複数の国に対して忠誠を誓うことは困難であり、国家の利益に反する可能性があるという考えに基づいています。

特に政治家や高級官僚の二重国籍は、国家の機密や利益に直接関わる深刻な問題を引き起こす可能性があります。蓮舫氏の事例は、政治家の国籍に関する透明性と説明責任の重要性を浮き彫りにしました。

国民の代表者として国政に携わる者には、明確な国籍状況と、一つの国家への揺るぎない忠誠が求められます。二重国籍は、この原則に反するものであり、国家の安全保障と民主主義の根幹に関わる重大な問題として、厳格に対処されるべきです。

そのことが、ほとんど問題にされることもなく、蓮舫氏は都知事選に出馬し、都知事選においては二重国籍問題はまるで蓋でもされたように、誰も問題にせず、争点ともなりませんでした。

しかし、都知事が二重国籍である場合、特に重大な問題が生じる可能性があります。まず、東京都の重要な機密情報管理に関するリスクが高まります。都知事は都の機密情報にアクセスできる立場にあり、意図せずとも他国の利益のために情報が漏洩する危険性があります。


また、都政の公平性に疑念が生じる可能性があります。東京都は多くの外国企業や在日外国人が存在する日本の政治・経済の中心地であり、二重国籍の都知事が特定の国や民族に有利な政策を推進するのではないかという懸念が生まれかねません。

さらに、国際的な交渉力の低下や、緊急時の対応への不安も考えられます。これらの問題は都民の信頼低下につながり、都政全体の安定性に影響を与える可能性があります。そのため、都知事という重要な公職には、明確な国籍状況と日本への揺るぎない忠誠が不可欠です。

政治家に厳しい国籍条項を課すことは、国家の安全保障と民主主義の健全性を維持する上で極めて重要です。政治家は国家の機密情報にアクセスする立場にあり、二重国籍者の場合、意図せずとも他国に情報が漏洩するリスクが高まります。

2017年のオーストラリアでの中国系議員のスパイ疑惑事件は、この危険性を如実に示しています。また、政治家は国益を最優先に考えて行動する必要がありますが、二重国籍は潜在的な利益相反を生む可能性があります。

これは日本の国籍法が原則として重国籍を認めていない理由の一つです。さらに、政治家の国籍が不明確であると、有権者の信頼を損なう可能性があります。

2016年の蓮舫氏の二重国籍問題は、この点に関する国民の関心の高さを示しました。外交交渉においても、相手国が交渉相手の二重国籍を知った場合、不信感を抱く可能性があり、国益を損なう結果につながりかねません。これらの理由から、政治家に厳しい国籍条項を課すことは、国家の安全と民主主義の健全性を守るために必要不可欠であると言えます。

国民の代表者として重要な決定を下す立場にある政治家には、明確な国籍状況と揺るぎない忠誠心が求められるのです。

今からでも遅くはありません。現役政治家、そうしてこれからの議員に対して、政府は厳しあ国籍条項を課する体制を整えるべきです。二重国籍疑惑のある国会議員が、都知事選に出馬し、都知事選における他の対立候補も選挙運動中にこの問題に関して誰もこれを争点にしようとせず、口をつぐんでいた様は異常であり、異様です。マスコミもこれについて何も報道しませんでした。この状況は、狂っていると良い状況です。

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2024年7月18日木曜日

5千億円のウクライナ支援へ 日本が年内実施で最終調整―【私の論評】G7ウクライナ支援最新情報:日本の33億ドル拠出と凍結ロシア資産活用の画期的プログラム

5千億円のウクライナ支援へ 日本が年内実施で最終調整

まとめ
  • 日本は、G7が合意したロシアの凍結資産を活用するウクライナ支援の一環として、33億ドル(約5200億円)を拠出する方向で最終調整に入った。
  • 総額500億ドル規模の支援のうち、日本の拠出額は約6.6%に相当し、米国とEUがそれぞれ200億ドルを拠出し、残りの100億ドルを日本、英国、カナダの3カ国で分担する。
  • G7は、ウクライナへの支援金を融資の形とし、ロシアの凍結資産から生じる運用益を返済に充てることを決めた。

 先進7カ国(G7)で合意したロシアの凍結資産を活用するウクライナ支援で、日本が33億ドル(約5200億円)を拠出する方向で最終調整に入ったことが16日、分かった。総額500億ドル規模の支援の6%強に当たる。年内の支援実施に向けて詰めの制度設計を急ぐ。外交筋が明らかにした。

 今月下旬にブラジル・リオデジャネイロで開く20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議に合わせてG7で協議し、大筋合意する見通しだ。ロシアの凍結資産を使った異例の枠組みが実現に向けて前進する。

 ロシアの凍結資産活用に向けて主導的な役割を担ってきた米国と欧州連合(EU)が500億ドルのうち200億ドルずつ拠出する。残る100億ドルを日本と英国、カナダの3カ国で分担する。

 G7はロシアの侵攻を受けるウクライナへの支援金を融資の形とし、ロシアの凍結資産から生じる運用益を返済に充てることを決めた。

【私の論評】G7ウクライナ支援最新情報:日本の33億ドル拠出と凍結ロシア資産活用の画期的プログラム

まとめ
  • G7諸国が総額500億ドルのウクライナ支援融資プログラムを計画し、日本は33億ドル(約5200億円)を拠出予定。
  • 支援プログラムはロシアの凍結資産の運用益を返済に充て、ウクライナの軍事、財政支援、復興に使用。
  • 日本の支援は、ウクライナの防衛力強化、財政安定化、復興支援が目的で、国際秩序維持と平和促進を目指す。
  • 日本の支援金額は、G7主要国としての役割に見合った貢献であり、国際的責任と財政状況のバランスがとれている。
  • 最終合意は今月下旬のG20会議で行われる見込みで、国際社会の新たな経済的対応として注目されている。

ウクライナ支援のために、G7諸国が総額500億ドルの融資プログラムを計画しています。この中で、日本は33億ドル(約5200億円)を拠出する方向で最終調整に入っています。これは全体の約6.6%に相当します。残りの金額は、米国とEUがそれぞれ200億ドルずつ、そして英国とカナダが日本と共に残りの100億ドルを分担します。

この支援プログラムの特徴は、ロシアの凍結資産を間接的に活用する点です。融資の返済には、EUが凍結したロシア中央銀行の資産から生じる運用益が使われる予定で、ウクライナ自体には返済義務がありません。支援金は、ウクライナの軍事、財政支援、そして復興に充てられます。

現在、この計画は最終調整の段階にあり、今月下旬に開催されるG20会議で最終合意される見込みです。このような仕組みは、ロシアの侵攻に対する国際社会の新たな経済的対応として注目されています。

日本政府がウクライナに支援金を提供する主な理由は、ウクライナの軍事、財政、そして復興を支援するためです。具体的には、ロシアの侵攻に対するウクライナの防衛力強化、ウクライナ政府の財政安定化による国家機能の維持、そして戦争で被害を受けた地域の復興プロジェクトを支援することが目的です。

この支援は、G7諸国が合意したロシアの凍結資産を活用するウクライナ支援の枠組みの一環として行われています。日本は国際社会の一員として、ウクライナの主権と領土保全を支持し、ロシアの侵略に対する国際的な対応に参加しています。この支援は日本の外交政策の一部であり、国際秩序の維持と平和の促進を目指すものです。

このように、日本の支援は単なる資金提供にとどまらず、国際社会における日本の役割と責任を果たすための重要な取り組みとなっています。

日本の33億ドル(約5200億円)という支援金額は、総額500億ドルの支援プログラムの中で妥当なものと考えられます。全体の約6.6%を占めるこの額は、G7の主要国としての日本の役割に見合った貢献です。

米国とEUがそれぞれ200億ドルを拠出する中、日本は英国、カナダと共に残りの100億ドルを分担しており、日本の経済規模や国際的立場を考慮すると適切です。

5月の岸田首相の発言は、ウクライナ支援の米国の肩代わりを印象付けたが・・・

この支援金額は、G7の一員としての国際的責任を果たしつつ、日本の財政状況とも整合性がとれています。したがって、日本は国際社会の中で適切な役割を果たしていると評価できます。

ウクライナへの支援に関して、日本が米国に肩代わりを迫られるという当初の憶測は現実とはならなかったようです。日本の33億ドルという拠出額は、G7の主要国としての役割に見合った適切な貢献といえます。

米国やEUがウクライナの将来的な経済成長に関心を持っているのは事実かもしれません、実際かなり成長すると見込んでいるのかもしれませんし、このような大復興、しかもウクライナのように教育水準が高く、産業基盤もある程度整った国の大復興は今世紀中には他にはみられない規模になるかもしれません。発展途上国等の支援とは水準や性質を全く異にしているといえるでしょう。

しかし、今回日本の支援が妥当なものとなったのは、ウクライナ復興の果実から日本を排除するため等が主目的ではなく、国際協調の一環として捉えるべきでしょう。日本は資金提供だけでなく、復興支援や技術協力など独自の強みを活かした支援を行っており、これは他国に取って代わられるものではありません。

むしろ、各国が自国の能力と役割に応じて協調的に支援を行っていると考えるべきで、ウクライナの復興と安定は国際社会全体の利益であり、日本もその一翼を担っているのです。

岸田首相とゼレンスキー大統領

今回の支援方式は、いくつかの重要な影響を世界に与えると考えられます。

まず、ロシアの凍結資産を活用するという異例の枠組みが、国際社会における新たな経済的対応のモデルとなる可能性があります。この方式は、侵略国に対する経済的制裁の一環として、凍結資産を被害国支援に転用するという前例を作ります。これにより、国際法や国際関係における新たなルールや慣行が形成されるかもしれません。

次に、G7諸国の結束と協力が強化される点も重要です。米国やEUが主導する形で、日本、英国、カナダが共同で資金を拠出することで、G7全体の連帯感が高まり、国際的な問題に対する協調行動の重要性が再確認されます。これにより、他の国際的な課題に対する協力も促進される可能性があります。

さらに、ウクライナに対する支援が強化されることで、同国の復興と安定が促進され、地域の平和と安全保障に寄与します。ウクライナの防衛力強化、財政安定化、そして復興支援が進むことで、ロシアの侵略に対する抵抗力が高まり、他の国々に対する抑止力ともなります。

最後に、今回の支援方式は、国際社会における日本の役割と責任を強調するものです。日本はG7の一員として、国際秩序の維持と平和の促進に貢献する姿勢を示しており、これが他の国々に対する模範となることが期待されます。

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2024年7月17日水曜日

トランプ前米大統領の暗殺未遂、警備はなぜ防げなかったのか―【私の論評】トランプ暗殺未遂と安倍元首相暗殺:民主主義を揺るがす警備の失態と外国勢力関与の疑惑

トランプ前米大統領の暗殺未遂、警備はなぜ防げなかったのか

まとめ
  • トランプ前大統領が支援者集会で銃撃され、警備体制の不備が問題視されている。
  • シークレットサービスと地元警察の役割分担が明確だったにもかかわらず、銃撃犯の接近を防げなかった。
  • 情報伝達の遅れや屋上警備の脆弱性など、警備計画の破綻が指摘されている。
  • FBIが捜査を指揮し、議会でも調査が行われている。
  • シークレットサービス長官は再発防止に向けて関係機関と連携し、議会の調査に協力する姿勢を示している。
銃撃犯がいた建物の近くを歩く米連邦捜査局(FBI)捜査官

 2024年7月13日、ペンシルヴェニア州で発生したドナルド・トランプ前大統領に対する暗殺未遂事件は、米国の政治界と法執行機関に大きな衝撃を与えました。トランプ前大統領が支援者集会で演説中、20歳の容疑者が近隣の建物屋上から約130メートル離れた場所にいたトランプ氏に向けて発砲し、トランプ氏は右耳を負傷しました。この事件では1人が死亡し、2人が重傷を負うという深刻な被害が出ました。

 事件の背景には、警備体制の不備が指摘されています。シークレットサービスは集会会場内の警備を担当し、地元警察が周辺エリアの警備を担当するという分担体制が取られていましたが、結果的に容疑者が妨害を受けずにトランプ氏に接近できてしまいました。専門家は、この事態の原因として、情報伝達の遅れや屋上警備の脆弱性を挙げています。

 事件を受けて、FBIが捜査を指揮し、議会でも調査が開始されました。シークレットサービス長官は再発防止に向けて関係機関と連携し、議会の調査にも全面的に協力する姿勢を示しています。また、国土安全保障長官も「このような事案は二度と起こってはならない」と述べ、警備体制の見直しの必要性を強調しています。

 この事件は、要人警護における課題と改善点を浮き彫りにしました。特に、複数の機関が関わる大規模イベントでの連携や情報共有の重要性、潜在的な脅威の事前把握と対策の必要性が再認識されています。今後、この事件を教訓として、警備体制の抜本的な見直しが行われる可能性が高く、米国の政治家や要人の安全確保に向けた新たな取り組みが期待されています。

 同時に、この事件は米国の政治的分断や暴力の問題にも光を当てることとなり、社会的な議論を呼び起こしています。政治的対立が激化する中で、どのように民主主義的なプロセスを守り、安全な政治活動を保障するかという課題に、米国社会は直面しています。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】トランプ暗殺未遂と安倍元首相暗殺:民主主義を揺るがす警備の失態と外国勢力関与の疑惑

まとめ
  • トランプ前大統領銃撃未遂事件と安倍元首相暗殺事件は、両国の警備体制の重大な欠陥を露呈させ、民主主義社会における要人警護の課題を浮き彫りにした。
  • トランプ氏の事件では、イランの関与の可能性が指摘され、事前に警戒情報があったにもかかわらず適切な対応がなされなかった疑いがある。
  • 安倍氏の事件では、奈良県警の驚くべき無能ぶりが明らかとなり、日本の要人警護システム全体の見直しが必要とされている。
  • 両事件とも、外国勢力の関与の可能性が完全には否定できず、より深い調査と分析が求められている。
  • これらの事件を受けて、両国とも警備体制の強化と民主主義の擁護のバランスを取る必要性に直面しており、徹底的な事件の検証と再発防止策の策定が急務となっている。


トランプ前大統領銃撃未遂事件と安倍元首相暗殺事件は、両国の政治と社会に深刻な影響を与えた重大事件として、多くの共通点と課題を浮き彫りにしました。両事件とも屋外の演説会場で発生し、警備体制の脆弱性が露呈しました。

トランプ氏の事件では、特に警備の不備が顕著でした。フル装備のライフル銃を持った男が、トランプ氏から至近の屋根に容易に侵入できたこと、さらに男の存在を目視できたはずのスタッフがステージ付近のスタッフに知らせなかったことなどが、米国内で強い批判を招いています。

この事態を受けて、イーロン・マスク氏は、「極度の無能か、あるいは意図的か。いずれにせよ、シークレットサービスの責任者は辞任すべきだ」と厳しく批判しました。

さらに、この事件にはより深刻な背景があった可能性が浮上しています。CNNの報道によると、米当局はイランがトランプ前大統領の暗殺を企てているとの情報を事前に入手していたとされます。これを受けて、シークレットサービスは数週間前からトランプ氏の警護を強化していたとのことです。しかし、今回の銃撃犯とイランの計画との直接的な関連性を示す証拠は現時点では見つかっていません。


一方、安倍元首相暗殺事件は、奈良県警の警備体制の深刻な欠陥を露呈させました。手製の銃を持った容疑者が至近距離まで接近できたことは、奈良県警の警備計画と実行における重大な失態を如実に表しています。警察幹部の「屋外の演説会場の警護は難しく、危険度が増す」という発言は言い訳にすぎず、元首相という要人の警護において、このような基本的な警備の不備は到底許容できるものではありません。

さらに、安倍氏暗殺事件の背後にも外国勢力の関与の可能性は完全には否定できません。公式な捜査では単独犯による犯行とされていますが、国際情勢の複雑化や地政学的な緊張の高まりを考慮すると、外国勢力の間接的な影響や関与の可能性について、より慎重な調査と分析が必要かもしれません。


これらの事件を通じて、両国とも社会の結束と民主主義の強化が急務であることが再認識されています。日米の偉大なリーダーを狙い、民主主義を脅かす卑劣な犯罪の全容が、両国で完全に暴かれることが強く望まれています。特に「安倍氏暗殺の闇」については、徹底的な解明が必要とされています。

今後、両国とも警備体制の強化が進められると予想されますが、同時に民主主義社会における政治家の安全確保と言論の自由のバランスをどう取るかという根本的な課題に直面しています。これらの事件の徹底的な検証と再発防止策の策定が求められており、今後の政治活動や公共の場での安全確保のあり方に大きな影響を与えることが予想されます。特に日本では、警察組織、特に要人警護に関わる部門の能力と準備態勢の根本的な見直しが不可欠です。

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