- トランプ次期大統領は、アサド政権崩壊後のシリアでトルコが鍵を握るとの見解を示した。
- トルコの軍事力は「戦争で疲弊していない」とし、エルドアン大統領との良好な関係を強調した。
- 米国はシリア東部に約900人の部隊を駐留させているが、その将来については明言を避けた。
トランプ次期大統領 |
トランプ氏はフロリダ州パームビーチの私邸「マール・ア・ラーゴ」で行った記者会見で、トルコの軍事力は「戦争で疲弊していない」とした上で、「現在のシリアには多くの不確定要素がある。トルコがシリアの鍵を握るだろう」と述べた。
米国は現在、過激派に対する抑止力としてシリア東部に推定900人の部隊を駐留させている。トランプ氏はこの部隊の将来について明確な回答を避け、代わりにトルコ軍の強さとトルコのエルドアン大統領との良好な関係を強調。「エルドアン氏と良好な関係を構築した。同氏は強力な軍隊を築き上げた」と語った。
- トランプ第一次政権は2018年12月にシリアからの米軍撤退を決定し、実質的に撤退したが、数百人の米軍は残留した。
- エルドアン首相はISの掃討とアサド政権との対峙を表明し、トランプ大統領はNATOの同盟国トルコに任せる判断を下した。
- 米国内でのシェールオイル・ガスの発掘により、シリアの原油の魅力が薄れ、アメリカは中国との対峙にリソースを振り向ける方が得策と考えた。
- トルコがシリアに新たな親トルコ政権を樹立すれば、エネルギー地政学での地位を強化し、EUへのエネルギー供給の中継地としての役割を果たす可能性がある。
- 今後のシリア情勢はトルコの動向に大きく影響され、トランプ政権の決断が中東及び世界の地政学を変える可能性を秘めている。
エルドアン首相は、トランプ氏に対しISの残存勢力を掃討し、アサド政権と対峙することを表明した。トランプ大統領は、この状況で米国としてはNATOの同盟国であるトルコに任せるべきと判断したと考えられる。これにより、米国はシリアに拘泥されることがなくなり、対中戦略に集中できると見込んだのだ。さらに、トランプ氏はIS壊滅後、早急に米部隊を撤退させる選挙公約を果たすことにもなった。当時、米国内ではシェールオイル・ガスが発掘され、シリアの原油はトランプにとって魅力を失っていた。米国がシリアに拘る理由が薄れ、莫大なリソースを中国との対峙に振り向ける方が得策だと考えたのだろう。
エルドアン トルコ大統領とトランプ米大統領 |
こうなると、トランプ政権が今後クルド人勢力に支援してまでシリアで覇権を行使する理由は見当たらない。あくまでトルコに任せる姿勢を維持するだろう。イスラエルも混乱が続くよりは、こちらの方を望むだろう。当面は混乱が続くかもしれないが、HTSがトルコの支援を受けつつ勢力を拡張し、いずれイラクの大部分を統治する可能性が高い。トルコもその方向で動くことが予想される。以前このブログでも述べたように、シリアに新たな親トルコ政権ができれば、トルコは「エネルギー地政学」での地位をさらに強化できる。現在、シリアとトルコ間には石油・ガスのパイプラインは存在しないが、これが実現すれば、トルコはEUに対するエネルギー源の中継地を押さえることになる。トルコがその機会を逃すはずはない。米国とは異なり、未だに中東の石油に大きく依存する日本は、今後トルコとの関係をさらに強めていくべきだ。秋篠宮皇嗣同妃両殿下は、令和6年12月3日から8日までの6日間、日本とトルコの外交関係樹立100周年を記念してトルコ共和国を公式にご訪問遊ばされた。このご訪問は、まさに時宜を得たものである。
そうして当時このようにトランプが決断した背景には、米国の戦略家ルトワック氏の分析が影響したか、影響していないとしても、似たような考えがあったものとみられる。これについて以前このブログにも掲載した事があるので以下に再掲する。
ルトワックが2013年にシリアに関する記事をニュヨークタイムズに寄稿をしている。その中に戦略が掲載されている。その記事のリンクを以下に掲載する。
In Syria, America Loses if Either Side Wins
どちらが勝ってもアメリカはシリアで敗北する
2013年 8月24日 byエドワード・ルトワック
先週の水曜日にシリアのダマスカス郊外で化学兵器が使用され、多数の民間人が犠牲になったという報道があった。この状況にもかかわらず、アメリカ政府はシリア内戦への介入を避けるべきだとされている。なぜなら、アサド政権が勝利すればイランの影響力が強まり、シーア派とヘズボラの権力が増すことになるからだ。一方で、反政府勢力が勝利すれば、アルカイダなどの原理主義グループが台頭し、アメリカに対して敵対的な政府が誕生する可能性が高い。
このため、アメリカにとって最も望ましい結果は「勝負のつかない引き分け」であり、アサド政権と反政府勢力が互いに消耗し合う状態を維持することが重要だとされている。これにより、アメリカやその同盟国への攻撃を防ぐことができる。しかし、この戦略はシリアの人々にとっては非常に残酷な結果をもたらす可能性がある。反政府勢力が勝利すれば非スンニ派は排除され、アサド政権が勝てば新たな抑圧が待ち受けている。
アメリカは、アサド側が優勢になれば反政府勢力に武器を供給し、逆に反政府勢力が優勢になればその供給を止めるという戦略を取るべきだ。この戦略はオバマ政権が採用してきたものであり、慎重な姿勢を非難する声もあるが、実際にはアメリカが全面的に介入することは現在の国内情勢では支持されにくい。したがって、今のところは「行き詰まり状態」を維持することがアメリカにとって唯一の実行可能な選択肢である。
米国が望む望まないに限らず、トランプ大統領がシリア撤退を決めた当時の米国のイラク政策はこれに近い政策になっていたとみられる。 いわゆる泥沼の状態に陥っていたのだ。
そこに、トルコのエルドアン首相は、トランプ氏に対しISの残存勢力を掃討し、アサド政権と対峙することを表明した。トランプ大統領は、この状況で米国としてはNATOの同盟国であるトルコに任せるべきと判断したと考えられる。これにより、米国はシリアに拘泥されることがなくなり、対中戦略に集中できると見込んだのだ。さらに、トランプ氏はIS壊滅後、早急に米部隊を撤退させる選挙公約を果たすことにもなった。
このようなトランプ氏が、アサド政権が崩壊したシリアの将来について、「トルコが鍵を握る」との見解を示すのは当然だし、実際にそのような方向に進むだろう。米国はよほどのことがない限り、シリアに再介入することはないし、余程極端なことをしない限り、トルコがシリアに介入することを許容するだろう。
シリアの首都ダマスカス北部で、イスラエルの夜間攻撃を受けた国防省傘下のバルゼ科学研究センター(2024年12月10日) |
イスラエルとしても、アサド政権崩壊以来、シリア国内に何百回もの爆撃を行ったが、これはアサド政権が崩壊して、力の空白き出来上がり、アサド政権のリソース、特に化学兵器を含む武器が武装組織にわたり、イスラエル脅威になることを避けるために行ったものとみられる。
米国がトルコの介入を許容し、それで武装勢力の活動が抑えられるというのなら、イスラエルにとっても脅威が取り除かれるし、イラク情勢が混乱を極めこちらがわに軍事力が分散されることは避けたいので、これに反対する理由は見当たらない。
今後のシリアの将来について、「トルコが鍵を握る」との見解は正しい。アメリカの戦略がどうであれ、シリアの状況はトルコの動向に大きく影響されることは間違いない。トランプ政権の決断は、中東のそうして世界の地政学を変える可能性を秘めている。
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