2024年12月31日火曜日

ウクライナに史上初めてアメリカの液化天然ガスが届いた。ガスの逆流で、ロシアのガスが欧州から消える時―【私の論評】ウクライナのエネルギー政策転換と国際的なエネルギー供給の大転換がロシア経済に与える大打撃

ウクライナに史上初めてアメリカの液化天然ガスが届いた。ガスの逆流で、ロシアのガスが欧州から消える時

まとめ
  • ウクライナは史上初めて米国から液化天然ガス(LNG)を輸入し、ギリシャの再ガス化ターミナルを経由してパイプラインで輸送される。これにより、ロシア産ガス依存からの脱却が進められている。
  • LNG輸送にはギリシャを起点とする「垂直回廊」が使用され、南から北への逆流輸送が可能なパイプライン網が地域のエネルギー供給を支える。年間輸送能力は改良工事により100億立方メートルに拡大予定。
  • ウクライナ経由のロシア産ガス供給停止を見据え、モルドバは非常事態宣言を発令。垂直回廊はモルドバのエネルギー供給安定化に向けて重要な役割を果たす。
  • EUはロシアからの天然ガス輸入を2023年に15%まで削減。アメリカやアゼルバイジャンからの供給多様化を進め、エネルギー安全保障を強化している。
  • プーチン大統領のエネルギー政策は欧州の経済合理性と競争力の前に効果を失い、ロシアの国際的な孤立と影響力低下が進んでいる。
ギリシャのレヴィソーサLNGターミナルまでLNGを運んだとされる船

2023年12月27日、ウクライナは史上初めてアメリカから液化天然ガス(LNG)の供給を受けた。このLNGは、アメリカのルイジアナ州を出発し、地中海を経由してギリシャのレヴィソーサLNGターミナルに到着した。そこで液化されたガスは再ガス化され、ギリシャから始まる複数の国を経由したパイプラインネットワークを通じてウクライナへと輸送される。この供給は、長年ロシア産ガスに依存してきたウクライナが、西側諸国とのエネルギー協力を強化し、ロシアからの脱却を進める象徴的な出来事である。

今回の輸送で活用されたのは、ギリシャを起点とする「垂直回廊」である。この回廊はギリシャ、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、スロバキア、モルドバを経由し、ウクライナへ至るパイプライン網である。この回廊は元々、ロシア産ガスを北から南、東から西へと輸送するために構築されたが、現在は南から北、または東へ逆流輸送が可能な仕組みが取り入れられている。現在の年間輸送能力は20億立方メートルだが、改良工事が進行しており、最終的には100億立方メートルに拡大する予定である。さらに、この回廊の延長計画により、北欧やバルト三国への輸送も可能になる見通しである。



この垂直回廊の意義は、ウクライナに限らず、モルドバを含む地域全体のエネルギー安全保障においても大きな役割を果たす点である。モルドバでは、2025年1月1日に予定されているウクライナ経由のロシア産ガス供給停止を見据え、非常事態宣言が発令されている。ロシアが実質的に無償で供給してきたガスが止まることで、モルドバはエネルギー供給の大きな不安に直面している。この垂直回廊が完成すれば、モルドバへの安定供給が可能となり、地域全体のエネルギー依存構造が大きく変化することが期待されている。

一方で、ロシアの影響力は着実に低下している。かつてEU全体の天然ガス輸入量の約45%を占めていたロシアの供給量は、2023年には全体の15%にまで減少した。EUはロシア産ガスへの依存を完全に断ち切るべく、アメリカやアゼルバイジャン、カタールなど他国からの供給を多角化している。この変化は、エネルギー分野におけるロシアの戦略に大きな影響を与えており、ロシアのエネルギー収益に深刻な打撃を与えている。

ロシアは過去に「サウスストリーム」や「トルコストリーム」など新たなパイプラインを構築し、EU加盟国への影響力を維持しようと試みてきた。しかし、これらのプロジェクトは結果として限定的な成功にとどまった。特に「サウスストリーム」は技術的、規制的、経済的な課題に直面し、進展が停滞した。「トルコストリーム」は一部成功したものの、欧州のエネルギー多角化政策の前ではその影響力は限定的である。

プーチン大統領はエネルギー政策を通じた国際的な支配力を強化しようとしたが、その試みは欧州の経済合理性と競争力の前に敗北を喫している。プーチン氏のエネルギー戦略は、ロシアの国際的な孤立を深める結果を招き、かつての影響力を失わせるものとなっている。加えて、EUは再生可能エネルギーの導入を推進しつつ、LNGなど他のエネルギー供給源を確保することで、ロシア産ガスへの依存度を大幅に減少させている。この動きは、単にエネルギー供給の多角化を目指すだけでなく、ロシアの経済的基盤を揺るがす効果を生んでいる。

今回のアメリカ産LNGの供給は、EUのエネルギー安全保障における新たな基盤を形成する一歩である。ギリシャのLNGターミナルはその中心的役割を果たしており、ブルガリア、ルーマニアを経由してハンガリーやスロバキア、さらにはモルドバやウクライナへと広がるネットワークが構築されている。このネットワークは、EUのエネルギー安全保障を強化するだけでなく、地政学的に重要な地域の安定にも寄与するものである。

また、ロシアが過去に構築した「バルカン横断パイプライン」の逆流計画も注目に値する。このパイプラインはソ連時代に構築され、当時はソ連からのガス供給を目的としていたが、現在は南から北、または東へ逆流させる形で活用されている。この逆流計画はEUの資金援助を受けながら進行しており、将来的にはモルドバやウクライナへの安定供給を実現する重要な役割を果たすと期待されている。

このように、アメリカ産LNGを中心とした新たなエネルギー供給体制の構築は、ロシアの影響力を削ぎ、欧州諸国のエネルギー安全保障を強化するだけでなく、ウクライナやモルドバといった国々に安定したエネルギー供給を提供するものである。これらの動きは、ウクライナがロシアからのエネルギー依存を断ち切り、西側との協力関係を深化させる中で、地域全体に新たな秩序をもたらすものである。

この文章は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】ウクライナのエネルギー政策転換と国際的なエネルギー供給の大転換がロシア経済に与える大打撃

まとめ
  • ウクライナがロシアからの天然ガスの供給を止め、アメリカからの液化天然ガス(LNG)を受け入れることで、ロシアの影響力を削減。
  • ロシアの国家予算の約40%が天然ガスと石油の輸出からの収入に依存しており、ウクライナ経由での供給停止により、年間で約65億ドルの直接的な損失が見込まれる。
  • EUはロシアからのエネルギー供給を減少させる計画を進めており、2030年までに完全に排除する目標を掲げている。
  • トルコは中東の天然ガスをEUに供給する中継地として重要な役割を果たし、ロシアへの依存度を低下させる。
  • 日本もLNGの輸入先を多様化しており、これによりロシアからの供給リスクを軽減し、国際的なエネルギー市場におけるロシアの影響力を削ぐ要因となっている。

ウクライナのエネルギー政策が大きく転換しようとしている。この動きは、ロシアにとって致命的な打撃となる可能性が高い。特に、EU向けの天然ガス市場を失うことは、ロシアの経済に深刻な影響を及ぼすだろう。

国際的なエネルギー供給の大転換に悩むプーチン AI生成画像

ウクライナは、ロシアからのエネルギー供給に依存することをやめ、アメリカから液化天然ガス(LNG)を受け入れた。この決断は、ロシアの影響力を大きく削減することにつながる。ロシアはEUに対して年間約1550億m³の天然ガスを供給しており、これはEU全体の約45%を占める。もしウクライナが新たな供給ルートを確保すれば、ロシアのエネルギー市場における地位は揺らぐことは明らかである。

ロシアの経済は、天然ガスと石油の輸出に大きく依存しており、これらの収入が国家予算の約40%を占めている。具体的には、2021年のデータによれば、ロシアの国家予算の収入のうち、石油とガスからの収入は約800億ドルに達している。このように、ロシアの経済はエネルギー輸出に強く依存しているため、ウクライナの新しい供給ルートの確保は、ロシアにとって直接的な収入損失を意味することになる。

2023年のロシアのGDPは約1.7兆ドルと見積もわれており、これを韓国のGDPと同程度と考えると、仮にロシアがEUへの天然ガス供給を失った場合、年間での損失は数百億ドルに達する可能性がある。特に、ウクライナ経由でのガス供給の停止は、年間約65億ドルの収入損失を直接もたらすことになる。これに加え、EU全体でのロシアのエネルギー供給が減少すれば、さらなる損失が予想される。

さらに、ウクライナが新しい供給ルートを確保することで、他のEU諸国もロシアからの依存を減少させる可能性が高まる。この流れは、ロシアの競争力を低下させる要因となり、特にエネルギー市場においてロシアの影響力を減少させる。最近の研究によれば、EUは2030年までにロシアからのエネルギー供給を完全に排除する計画を立てており、これが実現すればロシア経済に大きな影響を及ぼすことが予想される。

地政学的にも、ウクライナのエネルギー政策の転換は重要な意味を持つ。ロシアは過去にエネルギーを政治的な武器として利用してきたが、ウクライナが新しい供給ルートを確保することで、この武器は無効化される。ロシアの影響力が地域的に減少し、EU諸国がより独立したエネルギー政策を展開できるようになるだろう。スロバキアのフィツォ首相がロシアからのガス供給を維持することの重要性を強調しつつも、ウクライナへの電力供給の停止をちらつかせるような脅迫を行ったことは、ロシアのエネルギー政策が依然として地域の政治に影響を及ぼしていることを示しているが、この状況は急速に変化しつつある。

ロシアの天然ガスにEUとウクライナからノーを突きつけられたプーチン AI生成画

ここでトルコの役割にも注目すべきだ。トルコは中東の天然ガスをEUに供給する中継地としての重要な位置を占めている。さらに南ガス回廊プロジェクトを通じて、アゼルバイジャンのシャフ・デニズ油田からの天然ガスをEU市場に供給する役割を果たしており、これによりトルコはEUへのエネルギー供給の多様化を促進し、ロシアからの依存度をさらに低下させる重要なプレーヤーとなることが期待されている。

さらに、日本もすでに天然ガスの輸入先の多様化を進めており、ロシアへの依存度を低めている。原発事故以降、日本はアメリカ、オーストラリア、カタールなどからのLNGの輸入を増加させ、2023年にはアメリカからのLNG輸入が大幅に増えた。これにより、日本はロシアからの供給リスクを軽減し、エネルギーの安定供給を図ることに成功している。この日本の動きも、国際的なエネルギー市場におけるロシアの影響力をさらに削ぐ要因となるはずだ。

以上のように、ウクライナのエネルギー政策の大転換は、ロシアにとって重大な敗北をもたらす要因となる。EU向けの天然ガス市場を失うことは、ロシア経済に具体的かつ深刻な打撃を与えるだろう。特に、年間での損失は数百億ドルに達する可能性があり、これはロシアのGDPに対する影響も大きい。また、トルコの中継地としての役割が強化されることで、EUのエネルギー供給の多様化が進むことが期待される。さらに、日本が輸入先の多様化を進める中で、ロシアのエネルギー市場に対する依存度が低下することも、ロシアにとっての打撃となる。

ウクライナのエネルギー政策の変化は、単なる国内の問題に留まらず、地域全体のエネルギー安全保障や地政学的な状況に大きな影響を与えることが期待されている。これからのエネルギーの流れは、ウクライナ、EU、トルコ、そしてロシアの未来において重要な意味を持つだろう。新たな時代の幕が上がろうとしている。


皆さま、本年も拙ブログを御覧いただきありがとうございます。良いお年をお迎えくださいませ。 

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