2017年9月25日月曜日

「北朝鮮問題」覚悟を決めた安倍首相と、決められない野党の「大差」―【私の論評】政党が守るべき六つの規律と駄目にす六つの方法(゚д゚)!

「北朝鮮問題」覚悟を決めた安倍首相と、決められない野党の「大差」

選挙の争点は、やっぱりここだろう

髙橋 洋一経済学者
嘉悦大学教授

本日解散の意思を表明した安倍首相 写真はブログ管理人挿入 以下同じ

 「圧力か、対話か」

いよいよ衆院解散である。夕刊フジが9月13日発行号で「9・25解散強まる」と報じたのを皮切りに各マスコミがこれを後追い。しばらくは安倍首相も真意を明かさなかったが、今日25日についに衆院解散を表明する。

安倍首相の気持ちは、北朝鮮の一点にあるのだろう。国民と国家を守るために、どのような政府が必要なのかを国民へ問いかけるはずだ。先の国連での演説を読んでも、この決意がわかる。15分程度のものであるので、全文を読んだらいい(http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2017/0920enzetsu.html)。

北朝鮮の脅威が目の前に迫っていることを強く世界に訴えて、今は対話ではなく圧力の時だと、これまでの歴史を鑑みながら納得のいく説明をしている。振り返れば1994年の米朝間核合意、2005年の六ヶ国協議での北朝鮮の核放棄合意と、二度も対話による合意があった。にもかかわらず北朝鮮はいずれの合意も無視して、核・ミサイル開発を進めてきた。対話による安定を期待していたが、いまはその期待とはまったく正反対の状況にある。

安倍首相は、「三度も騙されるために対話をするのか」と選挙で訴えるだろう。国連で国際社会に訴えたように、国民にも問いかけるはずだ。

簡単な対立図式でいえば、「圧力か対話か」が選挙の重要な争点となるだろう。左派政党は「対話を」となるだろうが、はたして対話路線で、リアルな国際政治の議論についていけるだろうか。

実際の国際社会でも、当初中国とロシアは対話を主張していたが、最近では対話と圧力のなかで、圧力のウエイトが増している。特に、先日北朝鮮が実施した水爆実験では、さすがの中国もロシアも「これはマズい」と思いだしており、石油禁輸は盛り込まれなかったものの、それに準ずる強い制裁措置が採用されたことからも、それは明らかだ。

日米が強い対応を打ち出したところ、北朝鮮側は「超強硬対応を検討する」とした。まさに米朝のチキンレース。トランプ大統領は金委員長を「ロケットマン」と呼び、「アメリカや同盟国を攻撃する事態になれば、他の選択の余地はなく北朝鮮を完全に破壊する」ともいった。

これに対し金委員長が声明をだした。かの国で委員長が声明を出すこと自体が異例であるが、「史上最高の超強硬対応措置の断行を慎重に考慮する」とした。「慎重に考慮」と表現しているところに、まだ最終段階には至らない余地を感じるが、これでチキンレースはまた一歩進んだ。

特に、金氏は声明の最後で「行動で見せる」といっているので、さらに核・ミサイル開発を進めるのは確実だ。北朝鮮は独裁国家なので、誰も金正恩委員長に意見を言える人はいない。委員長のいうことを実行するだけである。

一方、アメリカでトランプ大統領に意見を言える人は、北朝鮮に比べれば長女のイバンカ氏をはじめ少なからず存在しているが、もはやトランプ大統領も引き下がれない段階まできている。

 安倍首相は知っているのではないか

そんな中で行われる10月選挙。焦点となるのは、やはり北朝鮮情勢なのである。そんなときに総選挙している場合かという批判もあるが、素直に考えれば、あと1カ月ぐらいのスパンでは、アメリカと北朝鮮が武力衝突にまで進む可能性は少ないとみている。

11月上旬にはトランプ米大統領の初来日が検討されており、国連の経済制裁も当初のアメリカ案より後退したので、逆にいえばまだ手が残っている段階だ。今後さらなる制裁案が出てくる可能性があるので、軍事行動という選択肢はまだ先だ。

ただし、今後1年くらいというタイムスパンでみれば、北朝鮮が確実にアメリカ本土の核ミサイル攻撃できる能力を持つ可能性が高いので、どのような口実を作ってでもアメリカは北朝鮮を攻撃するのではないか。

となると、来年12月の衆院任期までに解散総選挙を行うのは難しい情勢になる。安倍首相は、北朝鮮によって首相の解散権が制約を受けることを何より嫌うはずだ。

実際にアメリカが軍事行動を起さないという楽観論はない。去る18日には、マティス国防長官が、「ソウルを重大な危機にさらさずに、北朝鮮に対して軍事的な対応を採ることが可能だ」と語っている。

アメリカは北朝鮮の主要な攻撃拠点を把握しており、数百発以上の巡航ミサイルなどによる同時攻撃が可能だし、その前に北朝鮮の指揮命令系統を混乱させる技術も持っているといわれている。こうした情報は、日本政府首脳にも伝えられているようだ。

しかも、アメリカにはこれまで多くの戦争に関わってきた歴史がある。最近の国際紛争では、アメリカが関与していないものを探すのが難しいほどだ。アメリカは強大な軍事力があるので、事件を「でっち上げ」てでも戦争の口実にする国だ。

ベトナム戦争でのトンキン湾事件はその典型例だ。イラク戦争での大量破壊兵器も事実でなかった。アメリカの話ではないが、湾岸戦争でも米国政府が引用したナイラ証言はクウェートの広報戦略だったことが明らかになっている。

ナイラ証言を報道するテレビ
筆者は、こうした謀略まがいを肯定するものでないが、戦争の口実はいくらでも作れるのが歴史の教訓であると思っている。アメリカはそうした戦略に基づき行動してきた国であることは、良くも悪くも事実なのだ。

実は筆者は、先日の北朝鮮の水爆実験が既にアメリカのデットラインを超えてしまったと思っている。こうしたトランプ大統領の感覚について、安倍首相は世界で一番早く掴める人物だろう。国連演説後の昼食会があったが、トランプ大統領は事前に「シンゾウの隣の席にして欲しい。そうでなければ昼食会には出席しない」と国連事務局に伝えたという。

初の日米首脳会談で、トランプ大統領は安倍首相と20秒近くも握手したり、1.5ラウンドもゴルフをした仲だ。最近でも、電話連絡を1日に何回もしているようだ。

そうした間柄なので、トランプ大統領の今後の行動について、安倍首相はこれまでの日本の歴代首相とは比較にならないどころか、現時点で世界で一番読めている、と考えるべきだろう。やはり今回このタイミングで解散総選挙が行われることは、いずれアメリカが行動にでることを示唆しているのではないか。

まさに、日本の命運を握っている「トランプ・カード」を手にしているのが安倍首相であるが、これに立ち向かう野党の人々は頼りない。

 不利な政党、チャンスの政党

今回の総選挙の争点は、これまで述べてきた①北朝鮮への対応(対話か圧力か)のほかに、②消費増税の是非、③憲法改正となるだろう。

民進党は北朝鮮対処で「まだ対話が必要」というのだろうか。もしそうであれば、それはここ20年間の対話で北朝鮮がウソをいい続けて核・ミサイルを開発してきたという事実にはどう答えるのか。それでもまだ、というのは「お花畑議論」に思えて仕方ない。

といっても、民進党はもう北朝鮮問題でリアルな議論はできそうにもない。民進党内の保守系といわれる細野氏や長島氏は、こうした民進党の非現実的な議論に飽きて離党している。

前原氏は外交安保では比較的リアリストであるが、それでも党内の多くの意見は相変わらす「お花畑」なので、北朝鮮問題では「対話せよ」となって、共産党と比較的に意見が合いそうである。となると、前原氏が忌み嫌っていた共産党との共闘が、各地の選挙区でみられるかもしれない。その際、「モリかけ」の疑惑隠しのための国会解散だ、というだろう。

本コラムの読者であれば、「モリかけ」における総理の疑惑について裏付けされたものはひとつもなく、単なる言いがかりであったことが明らかだ。「モリかけ」は腹一杯である(笑)。北朝鮮問題の重要度に比べると「モリかけ」は次元が低い話で比較にならないが、国民にはどう映るのだろうか。

民進党は、②と③についても自民党とは明確な差が出せそうになく、苦しい選挙となるだろう。

日本維新の会は、外交安保では常識的な保守政党なので、まともな意見をいうチャンスである。自民党も民進党もいえない、①での非核三原則の見直し、②で消費増税凍結や規制改革を主張し両党との差別化を図りながら、存在感を増す好機だろう。③の憲法改正では、日本維新の会が先導してきた「教育無償化実現」を訴えるチャンスだ。

小池新党はどうだろうか。保守系の人たちが一気に集まれば面白いことになる。風を吹かすにはいい機会なのだが、なにしろ手勢が少なく準備不足である。小池氏が都知事から国政復帰すると宣言すれば別の展開になるかもしれないが、今の状況では難しいだろう。北朝鮮問題への対処が争点となるなかで、存在感を見せられるか。

小池百合子東京都知事は、本日都内で会見し、新党「希望の党」の立ち上げを発表した
いずれにしても、①北朝鮮への対応(対話か圧力か)が総選挙の中心争点になると、これまで集団的自衛権や安保法制に反対してきた政党や政治家は苦しい展開を強いられることになる。

リアルな危機を目の前にすると、「お花畑議論」がまったく通用しないからだ。この点、自衛隊を違憲と主張する共産党が今回の選挙でどのような結果となるか、も注目の一つである。

総選挙は、しばしば「政策の展覧会」ともいわれる。この際、各政党が外交安保、経済などで是非論戦を戦わせて、国民に政策の選択肢を示してほしい。安倍首相は、もっとも得意とする外交安保で解散総選挙を仕掛けたわけだが、はたしてどの政党がその論戦について行けるだろうか。

各政党もここで勝てば、安倍政権打倒の道が開けている。おおいに自説を掲げて戦ってもらいたい。

【私の論評】政党が守るべき六つの規律、駄目にする六つの方法(゚д゚)!

さて、本日も最近の解散にともなう、各党の状況をマネジメント的観点から分析しようと思います。全政党について分析するということになれば、あまりに長くなるので、自民党と民進党の対比ということにします。

特に、自民党などの有利な状況と、民進党などの不利な状況について分析してみます。特にドラッカーの考え方を適用して分析してみようと思います。

ドラッカーは政治学者ではないので、政治そのものや、政党について分析した書籍はありません。ただし書籍の中の一部で政治や政党などについて分析していることはあります。

政党は、非営利組織であり公的機関とみなしても良いと思います。そうしてドラッカー自身も、マネジメントの基本はあらゆる組織にあてはまるとしているので、ドラッカー公的機関に関する分析は、日本の政党の分析にも役立つものと思います。

ドラッカーは、"公的機関が必要とするのは卓越した人材ではない六つの“規律”である"としています。政党も優秀な人がいれば良いというものではなく、やはり守るべき規律をまもらなければ、衰退していくものと思います。
あらゆる公的機関が、六つの規律を自らに課す必要がある。事業の定義、目標の設定、活動の優先順位、成果の尺度、成果の評価、活動の廃棄である。(ドラッカー名著集(13)『マネジメント──課題、責任、実践』[上])
今ようやく日本でも、公的機関の見直しが急ピッチで進められています。しかしドラッカーは、すでに3分の1世紀前に、公的機関に成果を上げさせるための規律を明らかにしています。

第一に、自らの事業を定義することです。「事業は何か」「何であるべきか」を定義することです。ありうる定義をすべて公にし、それらを徹底的に検討することです。これは、政党でいえば、どのような政策を考えるかということにあたると思います。

第二に、その定義に従い、明確な目標を設定することです。成果を上げるには、活動に直結する目標が必要です。目標がなければ活動のしようがないです。

第三に、活動に優先順位をつけることです。同時に、期限を明らかにし、担当する部署を決めることです。

第四に、成果の尺度を明らかにすることです。尺度がなくては、せっかくの事業の定義や目標も、絵空事に終わります。

第五に、その尺度を使って成果のフィードバックを行なうことです。全組織が成果による自己目標管理を行なわなければならないのです。

第六に、事業の定義に合わなくなった目標、無効になった優先順位、意味の失われた尺度を廃棄することです。不十分な成果に資金とエネルギーを投入し続けることのないよう、非生産的なものすべてを廃棄するシステムを持つのです。

これらのステップのうち最も重要なものは、事業の定義だと誰もが思うかもしれません。ところがドラッカーは、最も重要なものは、第六のステップだといいます。企業には、非生産的な活動を廃棄しなければ倒産するというメカニズムが組み込まれています。ところが、公的機関にはそのようなメカニズムがないです。

公的機関が必要としているのは、人の入れ替えの類いではない。わずか六つの規律を守ることなのです。
公的機関に必要なことは、企業のまねではない。成果をあげることである。病院は病院として、大学は大学として、行政機関は行政機関として成果をあげることである。つまり、自らに特有の目的、ミッション、機能を徹底的に検討して、求められる成果をあげることである。(『マネジメント』)
これは、無論政党にもあてはまることです。政党も成果をあげなければ存在意義がありません。

そうして、この点から自民党と、民進党を比較すると、どちらか特に優れているということもないようです。私は、このブログにも過去に何度か、民主党(現在の民進党)は、自民党のコピーのような政党であり、コピーした分だけ、劣化しているということを指摘しました。

そのためでしょうか、六つの“規律”という観点からみると、自民党と民進党のいずれが、この規律を守れているかといえば、どちらの党も似たり寄ったりであると思います。

ただし、自民党のほうが、第六の規律については、民進党よりははるかにましであると考えます。経済政策においては、増税では失敗したものの、金融緩和策では成功して、雇用状況がかなり改善されています。また、北朝鮮情勢に対する対応も、素早いものがあります。

ドラッカー氏
政党などの組織も、成果あげることは容易ではありません。公的機関の成果について、ドラッカーは以下のように語っています。
公的機関が成果をあげるようにすることは容易でない。しかし、公的機関が成果をあげないようにすることは簡単である。6つの罪のうちどの2つを犯しても、成果は立ちどころにあがらなくなる。今日、公的機関の多くが6つの罪のすべてを犯しているが、その必要はない。2つで十分である。(『日本 成功の代償』)
これは、1980年、ドラッカーが「パブリック・アドミニストレーション・レヴュー」誌に寄稿した論文を引用したものです。これは、『日本 成功の代償』に収載されているが、日本の公的機関についてだけ書いたものではありません。世界中の公的機関が抱える問題を論じています。

公的機関が成果を上げないようにするための第1の方法は、ドラッカーは、目的として、「保健」や「身体障害者福祉」などのあいまいなスローガンを掲げることであるとしています。

この種のスローガンは、設立趣意書に書かれるだけの値打のものであり、いかなる趣旨のもとに設立したかは明らかにしても、いかなる成果をあげるべきかは明らかにしないからです。

第2の方法は、複数の事業に同時に取り組むことです。優先順位を決め、それに従うことを拒否することであす。優先順位がなければ、努力は分散するだけとなります。
第3の方法は、「肥満が美しい」とすることです。ドラッカーは痛烈です。「金で問題の解決を図ることは間違いだと言われる。だが頻繁に目にするのは、人手で解決を図ることである。人員過剰は資金過剰よりも始末に負えない」。

第4の方法
は、実験抜きに信念に基づいて活動することです。ドラッカーは、これは、「初めから大規模にやれ、改善はそれからだ」という、今日の公的機関に一般的に見られる態度だと指摘します。

第5の方法は、経験から学ぼうとしないことです。つまり、何を期待するかを事前に検討することなく、したがって、「結果」を「期待」にフィードバックさせないことです。

第6の方法は、何ものも廃棄しないことです。もちろん、この方法によれば、ほとんどただちに成果を上げられなくなります。
政府機関であれ民間機関であれ、公的機関はすべて不滅の存在と前提している。馬鹿げた前提である。そのような前提が、公的機関をして成果をあげなくさせている。(『日本 成功の代償』)
政党として、成果があげられないようにする方法に関して、両党を比較してみました。

まずは、第一のあいまいなスローガンをあげるといいうことでは、 自民党は党の綱領などみてみましたが、作成されたのが、昭和30年代であり、そこから改定されていません。これでは、民進党の綱領は昨年作成されているのですが、結論からいうとまさに、「あいまいなスローガン」になっています。

民進党には、「結党宣言」もありますが、その最後の言葉「野党勢力を結集し、政権を担うことのできる新たな政党をつくる」という文言があります。野党を結集したら政権を担える、その発想がそもそも旧態依然とした55年体制的なのです。

自民党は、古いスローガンがそのまま、民進党は曖昧なスローガンということで両者に差はありません。第2〜第4もさほど差があるとは思えません。

しかし、第5と第6では大きな差異があると思います。民進党は、ブーメランという言葉で象徴されるように、過去においても、何度もスキャンダルで自民党を批判し、その都度かえつて不利な状況を招いてきました。スキャンダル追求では、過去においては何の成果をあげることもできませんでした。

しかし、「森友・加計問題」に関しては、いっときかなり成果をあげたかのように見えました。そうして、現在でも野党はこの問題を追求し続けたいようです。実際以下のような新聞記事があります。
野党、冒頭解散を批判 民進代表「疑惑隠し」  :日本経済新聞

野党は19日、28日召集の臨時国会冒頭で衆院を解散する意向を固めた安倍晋三首相を批判した。 
民進党の前原誠司代表は19日の党常任幹事会で、学校法人「森友学園」「加計学園」の問題に触れ「敵前逃亡、自己保身、疑惑隠しの解散と言わざるを得ない」と強調。 
以下、全文を読む
ところが、わずか二ヶ月前には、同じ日経新聞に以下のような報道がされていました。
蓮舫氏「解散に追い込む」=社民幹事長も同調:時事ドットコム

民進党の蓮舫代表は6日の記者会見で、自民党が東京都議選で惨敗したことを受け、「解散・総選挙はいつでも受けて立つ。(衆院解散に)追い込みたい」と述べた。
 社民党の又市征治幹事長も同日の会見で、「内閣改造でごまかそうとしているが、解散・総選挙を打たざるを得ないところに追い込むことが大事だ」と強調した。
以下、全文を読む
これでは、完全に矛盾しています。安倍総理の解散の決断は、二ヶ月前の野党の要望に沿ったものともいえるものです。

「森友・加計問題」のようなスキャンダル追求は、結局過去においてはめぼしい効果をあげていません。過去においては、いくら野党がスキャンダル追求をしても、与党の支持率は微動だにしませんでした。

「森友・加計問題」では、一時支持率は落ちたものの、現在では回復しています。本当に、民進党をはじめとする野党は、経験に学ぶということができないようです。

安倍総理は、経験に学ぶということができます。第一次安倍内閣のときの失敗を謙虚に反省して、現在の政権運営に生かしています。特に経済面ではそうです。とはいいながら、これはあくまで、安倍総理とその側近に関していえるということであり、残念ながら、自民党という組織としては、あまり経験に学ぶということは得意ではないようです。

とはいいながら、総裁がそのような姿勢なので、民主党の大失敗の経験から学ぼうとしない民進党前原代表や幹部の存在する民進党とは大きな差があります。

第6の方法は、何ものも廃棄しないということでは、やはり民進党のほうに軍配があがります。ほんとうに、古い考えをそのまま、温存して何も破棄しようとしません。

まずは、上記であげたように、スキャンダル追求主体という方法をいつまでも堅持しています。無論、いっさいやるなとはいいませんが、これが主体で、政策論争がおろそかというのでは、本末転倒です。

それに、憲法でも、安全保障に関する事柄でも、とにかく古いものにしがみつくということでは、自民党に比較しても、かなり劣っています。

それにしても、上の6つの規律、公的機関が成果を上げないようにするため6つの方法など見ていると、自民党も決して優れた政党ではないことが理解できます。

やはり、今回の選挙では、各政党が外交安保、経済などで是非論戦を戦わせて、国民に政策の選択肢を示してほしいものです。

各政党もここで勝ち、上で上げた諸規律を守り抜けば、目覚ましい成果をあげて、安倍政権打倒の道が開けることになるかもしれません。また、そのような政党が出てくれば、自民党にも多いに刺激になって、良い政策を打ち出し、政権の座を守り抜くことになるかもしれません。各党おおいに自説を掲げて戦っていただきたいものです。

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2017年9月24日日曜日

憲法の縛りのせいで拉致・ミサイルに対抗する手段がない。だったら「憲法のほうがおかしい。変える」ってなるのが普通でしょ?―【私の論評】変化に焦点をあわせるなら憲法改正は当然(゚д゚)!

憲法の縛りのせいで拉致・ミサイルに対抗する手段がない。だったら「憲法のほうがおかしい。変える」ってなるのが普通でしょ?

ジャーナリストの有本香が北朝鮮問題と憲法改正について複雑に入り組んだ話をシンプルに解説してみせた。

まさに正論。これこそが本質だ。

有本香「普通に考えてみてください。例えば憲法というものがあります。これは国にとって非常に大事なものですね、最高法規ですから。しかし、自分の国の国民が領内から拉致されようが、ミサイルを向けられようが何の打つ手もありません。なぜならば憲法の制約があるからですと言ったとしたら、憲法のほうがおかしいっていうふうに思うのが普通でしょ。だったらそれを変えましょうとなるのがごくごく普通の考えじゃないですか?」

北朝鮮の暴走が激化し、憲法というルールが現状に合わなくなってきた今、憲法改正に向けて議論を進めるのは至極当たり前のことだ。金正恩は日本が何も反撃できないことを知ったうえでどんどんミサイルを撃って威嚇してくる。韓国、中国、ロシア、アメリカあたりを狙うと即座に攻撃されるので日本をターゲットにしているのだ。

そこで憲法を改正し、より防衛力を高められる内容に変えてもいいのではないか。安倍総理が考えていることはおおよそこのようなことなのだろう。一貫して反対し続ける野党とマスコミの代替案は「話し合い」。「酒を酌み交わして話し合う」と言ったSEALDsと同程度ではないか。
アメリカのトランプ大統領は金正恩にあだ名を付けて挑発しまくっている。



以前つけた「ロケットマン」に「リトル」を追加。オバマ大統領だったら絶対に言わないであろう言葉に会場は大盛り上がり。金正恩相手に喧嘩するならオバマよりトランプのほうが心強い気がする。
▼動画。0:13から「リトルロケットマン!我々がやる。なぜなら他に選択肢がないからだ」と言っている。

ちなみにトランプ大統領の身長は190cm。体の大きさも国の大きさも金正恩より圧倒的に大きい。安倍総理の働きかけでトランプ大統領は日本の味方になっており金正恩は劣勢に立たされている。

【私の論評】変化に焦点をあわせるなら憲法改正は当然(゚д゚)!

有森香さん
有本香さんの主張は、もっともなことです。憲法のほうが時代にあわなくなってくれば、憲法を変えるというのが当然の流れです。

このことは、個人の問題や会社の問題などに置き換えれば簡単に理解できます。ただし、私は国レベルの問題を個人レベルにおきかえて話をするのは、あまり好きではありません。特に国の経済の話を、個人レベルの話に置き換えるのは好きではないです。

それは、個人レベルの節約は善とされるのですが、国レベルまでそれを善とすることは正しくはないからです。それが理解できないため、国債は悪と単純に考える愚かな人もいます。このあたりの話は、述べ始めるとかなり長くなってしまうので、また機会を改めて述べます。

だから、国の話を大企業の話にたとえるくらいのほうが、より現実的なたとえができると思います。

ここです、憲法の話を大企業の話に例えてみたいと思います。マネジメントの大家である、ドラッカー氏はマネジメントの話をするときに、大企業を例として出すことが多いです。

そのドラッカー氏が企業家精神について、次のようなことを言っています。
企業家精神の原理とは、変化を当然のこと、健全なこととすることである。(ドラッカー名著集『イノベーションと企業家精神』)
人の世のものはすべて変化します。企業家とは、その変化を利用して価値あるものを生み出し、さらに変化を増幅して文明をつくっていく者のことです。

したがって変化を当然とし、変化を歓迎する心意気でなければ企業家たることはできないのです。“管理者”ならば、管理しやすいようにと変化が起こらないことを祈り、変化が起こってもわれ関せず然とすることも許されるかもしれません。しかし企業家はそうはいかないのです。

しかもこれだけ世の中の変化が急になると、管理だけではすみません。企業家なき企業は、企業として生き残れません。

企業だけではありません。公的機関や非営利組織まで企業家を必要とし、企業家精神を必要とするに至っているのです。さらには、社長だけでなく、部長、課長、平社員、さらにはパートにまで、企業家精神が求められるようになったのです。

今成功しているリーダー的な企業は、すべて企業家精神の発揮によって今日の地位にあるのです。

明治時代に描かれた錦絵
ドラッカーは最後まで、大化の改新、明治維新、戦後の復興の経験を持つ日本人の企業家精神に期待していました。
企業家は変化を当然かつ健全なものとする。彼ら自身は、それらの変化を引き起こさないかも知れない。しかし、変化を探し、変化に対応し、変化を機会として利用する。(『イノベーションと企業家精神』)
この企業家精神は、国レベルでも当然のことなが重要です。政治家はもとより、一般国民に至るまで、変化を当然のこと、健全なこととすることが求められるのです。

世の中が変化すれば、それに対応して、憲法も変えるのが当然のことです。

いや、それどころか、変化を探し、変化に対応し、変化を機会として利用する姿勢が求められるのです。

いつまでも、米国によって作られた、占領地法のような日本国憲法にしがみついているべきではないです。憲法を、日本国民が変化を探し、変化に対応し、変化を機会として利用しやすいように変えていかなければならないのです。

憲法ではなく変化に焦点をあわせるなら、憲法を変えるのは当然のことです。

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2017年9月23日土曜日

【WEB編集委員のつぶやき】朝日も民進も「大義がない」とは能天気だ「北朝鮮危機」に決まっているではないか!―【私の論評】真の意味を知らない野党、新聞に大義を語る資格なし(゚д゚)!

【WEB編集委員のつぶやき】朝日も民進も「大義がない」とは能天気だ「北朝鮮危機」に決まっているではないか!


大義について語る三島由紀夫の動画 動画、写真はブログ管理人挿入

「衆院解散に大義がない」。野党や一部マスコミが口をそろえるが、能天気すぎやしないか。

 北朝鮮のミサイルが日本の頭上を2度も飛んでいる。この「北朝鮮危機」にどう対応するかが「大義」に他ならないではないか。

 日本国憲法に「自衛隊」を明記すること、即ち「憲法改正」こそが争点だ。与党に注文したい。その他の些末な公約など要らない。政権の命運をかけ、「一点突破」で勝負すべきだ。

 それにしても「常在戦場」といわれる政治のダイナミズムを久々に見た。15日の金曜日まで「無風」に見えた永田町が、土曜日に激変。北朝鮮に翻弄され、離党、不倫騒動などに気を取られていた党や議員は慌てふためいている。

 衆院の解散・総選挙が10月10日公示、22日投開票の日程で行われる方針が固まった。28日召集の臨時国会冒頭に解散する。

 自民の公約は(1)アベノミクス推進(2)人づくり革命(3)働き方改革(4)北朝鮮対応(5)憲法改正の5項目を重点政策に位置づける(21日付産経新聞)。「憲法改正」では自衛隊の存在明記、教育無償化、緊急事態条項、参院選合区解消の4項目を盛り込むという。

 民進党の前原誠司代表は17日、解散方針について、「北朝鮮が核実験や弾道ミサイルを撃つ中、本気で政治空白をつくるつもりか。学校法人『森友学園』や『加計学園』問題の追及から逃れるための『自己保身解散』だ」と述べ、首相を批判した。朝日新聞の20日付社説の見出しも「大義なき『身勝手解散』」と足並みをそろえた。

 しかし「自己保身」はどちらか国民は知っている。「民共連携」「離党ドミノ」など選挙どころではないのはほかならぬ民進党だからだ。共闘を維持すればさらなる離党者が出かねないし、共闘をやめれば非自民票が分散する。

 民進党の山井和則国対委員長代行は19日、「要はただ単に自分が勝てそうなときにやっておこうと(いうことだ)」と述べたそうだが、「勝てそうなとき」に勝負するのは当たり前だ。

 枝野幸男氏がツイッターで「選挙がないと議席が増えないから、野党にとって解散は歓迎です。厳しい状況ですが、予想を覆し大善戦した英国労働党の例もあります…」と綴ったが、批判一辺倒の前原代表よりも真っ当な意見だ。

 衆院選で主役の一人となる東京都の小池百合子知事は18日、「何を目的とするのか、大義が分からない。国民に何を問い掛けていくのか分かりにくい」と述べたが、「政界渡り鳥」もカンが鈍ったのか「大義が分からない」とはがっかりである。

 その小池氏の人気に頼る国政新党を結成する若狭勝衆院議員は、臨時国会召集前日の27日の結成を目指す。参加する国会議員は6人~9人となりそうだという。

 そしてまたもや古巣・自民に弓を引くのは河野洋平元衆院議長だ。20日、東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見し、「権力者側が自分の都合の良いときに、自分の都合で解散するのは果たして良いものか」と苦言を呈した。

 そう言えば、蓮舫前代表は自民党が東京都議選で惨敗した際に「解散・総選挙はいつでも受けて立つ」と強気に話していたが民進党はこうもコロコロ変わるのか。

 産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が9月16、17両日に行った合同世論調査では、安倍晋三内閣の支持率は50・3%となり、5月以来4カ月ぶりに5割を回復した。政党支持率でも自民党は38・0%で前回から5・0ポイント上昇しており、“追い風”となりそうだ。民進党が6・4%で0・5%下落した。

 核実験や弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮を脅威に感じていると回答した人は84・7%に上った。北朝鮮が日本をミサイル攻撃した場合に発射基地を攻撃する「敵基地攻撃能力」についても保有すべきだと思うとした人が53・8%と過半数に達した。

 また、憲法9条の戦争放棄や戦力の不保持といった現行条文を維持した上で自衛隊の存在を明記する憲法改正案については、「賛成」が59・2%と「反対」の32・0%を2倍近く上回った。国民の冷静な認識を知っておくべきだ。

 公明党の山口那津男代表は21日の記者会見で、野党が冒頭解散に反発していることには「政権を奪おうという立場からすれば、むしろ野党から早く解散しろとの要求があってもいい」と批判したが、野党の皆さんはどう聞くか。

 これから戦う相手にこうたしなめられたのでは「戦わずして負け」に思えてならない。

 安倍首相は25日に記者会見を開く。国民に向けて丁寧に、そして「自己保身」でも「身勝手」でもない解散であることを示して欲しい。この記者会見の内容が分かり易いかどうかで衆院選の行方が決まる。

(WEB編集チーム 黒沢通)

【私の論評】真の意味を知らない野党、新聞に大義を語る資格なし(゚д゚)!

三島由紀夫氏 自宅にて
野党も、新聞も「大義」という言葉をあまりにも軽々しく使っています。冒頭に掲載した動画の中から、三島由紀夫の語る大義を以下にまとめます。
武士は、普段から武道の鍛錬はいたしますが、なかなか生半可なことでは、戦場の華々しい死、なんてものはなくなってしまった。そのなかで、汚職もあれば社用族もあり、今で言えば、このアイビー族みたいなものも、侍の間で出てきた時代でした。 
そんななかで『葉隠』の著者は、「いつでも武士というものは、一か八かの選択のときには、死ぬほうを先に選ばなければいけない」と口をすっぱくして説きましたけれども、著者自体は、長生きして畳の上で死んだ、とあります。 
そういうふうに、武士であっても、結局死ぬチャンスがつかめないで、「死」ということを心のなかに描きながら生きていった。そういうことで仕事をやっていますときに、なんか、生の倦怠(けんたい)と言いますか、ただ人間が「自分のために生きよう」ということだけには、いやしいものを感じてくるのは当然だと思うのであります。 
それで、人間の生命というものは不思議なもので、自分のためだけに生きて自分のためだけに死ぬ、というほど、人間は強くないんです。というのは、人間はなんか理想なり、何かのためということを考えているので、生きるのも、自分のためだけに生きることには、すぐ飽きてしまう。 
すると、死ぬのも何かのため、ということが必ず出てくる。それが昔言われていた「大義」というものです。そして「大義のために死ぬ」ということが、人間のもっとも華々しい、あるいは英雄的な、あるいは立派な死に方だというふうに考えられていた。 
しかし、今は大義がない。これは民主主義の政治形態ってものが、大義なんてものはいらない政治形態ですから当然なのですが、それでも、心のなかに自分を超える価値が認められなければ、生きてることすら無意味になる、というような心理状態がないわけではない。
三島由紀夫氏は、現代は大義がないとしています。この意味するところは何なのでしょうか。これを考えるのに役立つ考え方があります。それは、経営学の大家ドラッカーの目的あるいは目標に対する考え方です。

ドラッカー氏は以下のように述べています。
公的機関は実現可能な目標をもたなければならない。(『イノベーションと起業家精神』)
たとえば、国連や国の機関の目標は空腹の根絶ではなく、飢餓の減少でなければならないとドラッカーは言います。

公的機関は実現可能な目標を必要とするといいます。やがて達成したといえる実現可能な目標を必要とするといいます。

実現が不可能であってはならない。正義の実現は永遠の課題とすべきものである。いかに控えめにいっても、正義が完全に実現することはありえないといいます。

目標は大義ではなく、費用効果にかかわるものとしてとらえなければならないとしています。いかに努力しても達成できない目標は、目標として間違っていると考えるべきであり、目標を達成できないからといって、さらに努力すべき理由としてはならないとしています。

空腹の根絶という大義と、目標とは異なり、大義自体は費用効果には無関係ですが、目標は費用効果に関わるものという違いがあるということです。

目標を達成できないということは、公的機関の多くが考えるところとは逆に、目標そのものの有効性を疑うべき理由とすべきでなのです。

公的機関は個々のプロジェクトではなく、目的そのものに的を絞らなければならないのです。個々のプロジェクトは目的のための手段です。一時のものであり、短命のものと考えなければならないのです。

また、正義と公正を求めるあまり、ばらまきに陥ることのないよう心しなければならないとしています。
いつになっても目標を達成することができなければ、目標そのものが間違っていたか、あるいは少なくとも目標の定義の仕方が間違っていた可能性のあることを認めなければならない。(『イノベーションと起業家精神』)
ドラッカー氏は以上のことを公的機関を例にあげて述べていますが、 これは政党などのいわゆる非営利組織には十分あてはまるものと思います。

選挙などは、公的機関でいえば、個々のプロジェクトに過ぎないものです。政党も、個々の選挙などではなく、目的そのものに的を絞らなければならないのです。選挙は目的のための手段です。一時のものに過ぎないのです。

そうして、政党もその時々で具体的な目標を持たなければならないのです。いつになっても目標を達成することができなければ、目標そのものが間違っていたか、目標の定義の仕方が間違っていた可能性があることを認めなければならないのです。

この文脈からすると、選挙に大義を求めるのは間違いです。そんなことよりも具体的な目標、票読みが必要なのです。大義が必要なのは、政党の使命を考えるときです。政党の使命を考え、目的、その時々での目標を具体的に定めることにより、具体的な行動が決まります。

2016年の参院選
与党としては、このように具体的な行動計画が決まった後に、選挙の日程も決めて、個々の選挙にも具体的な目標を定めて、具体的な行動計画に落としていくべきなのです。そうして、自民党はこのようなことを実施しつつあるのだと思います。

野党の立場とすれば、与党と違い自ら選挙の日程を変えることはできませんが、具体的な行動計画が定まっていれば、その行動計画を修正しつつ、選挙という短期ブロジェクトを乗り切るということになります。

この大義に関しては、文筆家の古谷経衡氏も興味深いツイートをしています。
日本では、中国や北朝鮮などととは異なり、選挙が行われます。これにより、政権与党や総理大臣は、強力な統治の正当性を主張することができます。しかし、中国や北朝鮮なのでは、選挙がないため、もともと習近平政権や北朝鮮の金正恩政権は、統治の正当性が脆弱です。

だからこそ、日々血みどろの権力闘争を行い、統治の正当性を高める努力をしなければならないのです。金正恩はそのために、自分の兄を殺害しています。

殺害された金正男氏
日本では権力闘争のかわりに、民主的な手続きである選挙があるわけです。

無論日本でも、選挙という民主的手続きを経て、政権与党や総理大臣になったとしても、国民から信頼を得られなければ、統治の正当性を失い、次の選挙で負けることになります。

統治の正当性を得るための唯一の手段である、選挙に対して、大義を問題とする野党、新聞は異常です。そもそも、大義の意味を取り違えています。選挙のたびに決まり文句のように「大義、大義」と唱える、新聞、野党に大義を語る資格はありません。

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2017年9月22日金曜日

「福島原発事故で胎児への影響なし」学術会議報告 なぜか大手紙報道せず、坂村健が批判―【私の論評】福島の人々とコミュニケーションを(゚д゚)!


3号機の事故の模様(2011年3月21日、東京電力)
   日本国内の各分野の科学者による意見をまとめて提言する日本学術会議が、東京電力福島第1原発事故による放射線被ばくの子どもへの影響に関する報告書を公表した。

   放射線の専門家が名を連ねた報告書では、被ばく量は1986年のチェルノブイリ原発事故より「はるかに低い」、また心配される胎児への影響はないとされた。一方で、大手マスコミのほとんどが報じていない事実に東洋大学の坂村健教授が2017年9月21日、苦言を呈した。

 次世代への影響「科学的には決着がついた」

   「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題-現在の科学的知見を福島で生かすために-」と題した報告書は、日本学術会議が9月1日にウェブサイト上で公開した。子どもを対象とした放射線の健康影響や線量評価に関する科学的知見や、事故後数年で明らかになった健康影響に関するデータと社会の受け止め方を整理、分析したとしている。注目すべき内容の主な点を紹介する。

   まず被ばくによる次世代、つまり胎児への影響について、「原発事故による健康影響の有無がデータにより実証されている唯一の例」としたうえで、事故に起因すると考えられる胚や胎児の吸収線量は、胎児影響の発生のしきい値よりはるかに低く、「事故当初から日本産科婦人科学会等が『胎児への影響は心配ない』と言うメッセージを発信した」。事故から1年後、福島県の県民健康調査で「福島県の妊婦の流産や中絶は福島第1原発事故の前後で増減していないことが確認された」。さらに専門家の間では「胎児影響」と「遺伝性影響」は区別して考えられており、「胎児影響」は「科学的には決着がついたと認識されている」と書かれている。

3号機原子炉建屋燃料取り出し用カバー等設置工事(2017年9月7日、東京電力)
 放射性物質の総放出量はチェルノブイリの約7分の1

   甲状腺がんについて、福島県では事故時に18歳以下だった全県民を対象に甲状腺超音波検査を実施。「世界に例のない無徴候の健常児を対象とした大規模で精度管理された詳細調査」で、2015年6月までに約30万人が受診したと報告書では説明している。「治療の必要のない極めて軽微な異常(嚢胞や微小結節所見)が多く発見されたが、同じ福島方式で甲状腺検査が実施された他の地方自治体(弘前市、甲府市、長崎市)と有所見率の差は認められなかった。ただし、検査対象数が1000人規模と少なく、同じ精度の結果ではないとの批判がある」という。

   一方、「2016年12月末日までに185人が甲状腺がんの『悪性ないし悪性疑い』と判定され、このうち146人が手術を受けたという数値が発表されている」点について、福島県県民健康調査検討委員会の見解を明らかにした。それは、「これまでに発見された甲状腺がんについては、被ばく線量がチェルノブイリ事故と比べて総じて小さいこと、被ばくからがん発見までの期間が概ね1年から4年と短いこと、事故当時5歳以下からの発見はないこと、地域別の発見率に大きな差がないことから、放射線の影響とは考えにくいと評価した」というもの。ただし、「明らかに放射線の影響」という主張や論文があることについても、報告書では言及している。

   また東電福島第1原発事故で放出された放射性物質の総放出量は、チェルノブイリ原発事故の約7分の1だったとする。また福島県の県民健康調査を引用し、比較的被ばく線量が高いと予測された川俣町山木屋地区、浪江町、飯舘村住民の調査から、チェルノブイリ原発事故によるベラルーシやウクライナの避難者集団の平均被ばく線量に比べると「はるかに低い」としている。

 早野龍五氏「要熟読」とリツイート

   今回の報告書は、国連科学委員会(UNSCEAR)をはじめとする国際機関の報告や、科学者たちによる学術論文に基づいている。2011年3月11日の事故以降、専門家が6年以上に渡って積み上げてきた知見だ。

   東洋大学情報連携学部教授の坂村健氏は9月21日の毎日新聞朝刊に寄せたコラムで、報告書について「事故後6年たっての科学界からの『結論』」とし、

日本のOSであるTRON(ガラケーにもちいられていた)の開発ブロジェクトリーダーとして有名な坂村健氏
「一部の専門家といわれる人に、いまだに『フクシマ』などという差別的な表記とともに、単に感覚にすぎない『理論』で不安をあおる人がいるが、そういう説はもはや単なる『デマ』として切って捨てるべき段階に来ている」
と断じた。

   厳しい指摘は、マスコミにも向けられた。「不安をあおる言説を、両論併記の片方に置くような論評がいまだにある」「健康問題を語るときに『呪術』と『医術』を両論併記するようなもの」という。さらに、

「毎日新聞を含めて報道の少なさは何だろう」

と指摘。実は報告書の公表から半月以上がたち、主要紙で取り扱ったのは読売新聞と朝日新聞だが、いずれも福島版だ。一方でインターネットメディアでは、「BuzzFeed Japan」が2017年9月14日付で、東京大学名誉教授で放射線の専門家、早野龍五氏のコメントを入れて詳報した。評論家の荻上チキ氏が編集長を務める「シノドス」も、9月19日付記事(筆者:服部美咲氏)で報じた。

   坂村教授のコラムは9月21日、ツイッターで大きな話題となった。早野氏は記事を「要熟読」としてリツイートし、記事の見出しに使われた「被ばく影響」「科学界の結論」という言葉はツイッターの「トレンド」入りした。

【私の論評】福島の人々とコミュニケーションを(゚д゚)!

福島の放射能に関しては以前もこのブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを掲載します。
被ばく量「国内外で差はない」 福島高生、英学術誌に論文―【私の論評】発言するならこの高校生たちのように感情ではなく、エビデンス(証拠・根拠、証言、形跡)に基づき行え(゚д゚)!
 

この記事は、2015年11月28日のものです。詳細は、この記事をご覧いただくものとして、以下に一部を引用します。

本県(ブログ管理人注:福島県)など国内とフランス、ポーランド、ベラルーシ各国の高校生の外部被ばく線量を比較研究してきた福島高スーパーサイエンス部は、被ばく線量について「ほとんど差はない」と結論づけ、論文にまとめた。論文は27日、英国の学術専門誌「ジャーナル・オブ・レディオロジカル・プロテクション」(写真下:表紙)に掲載される。


この福島高校の生徒らによる放射能の測定関するニュースは、2015年の4月にNHKで報道されていました。その内容はNHKのサイトに掲載されていましたが、現在では削除されています。この記事にはその内容を掲載しました。その内容を以下に引用させていただきます。
福島の高校生たちが、原発事故があった福島県内と県外の各地、それに海外で暮らす人の被ばく線量を測定し、比較する調査を行いました。
それぞれの場所で日常生活での被ばく線量に大きな差はみられなかったということで、高校生たちは「科学的なデータを多くの人に知ってもらいたい」としています。
調査を行ったのは、県立福島高校スーパーサイエンス部の生徒5人で、海外の学生から「福島で暮らして大丈夫なのか」と尋ねられたことをきっかけに始めました。 
生徒たちは去年6月から11月にかけて、原発事故の避難区域を除く、いわき市や郡山市など県内の6つの地点と、神奈川県や兵庫県、岐阜県など県外の6つの地点、それにフランスやポーランド、ベラルーシの海外の3つの国で、そこに暮らす高校生などにそれぞれ線量計を2週間、携帯してもらって、被ばく線量を測定しました。 
得られたデータをもとに年間の被ばく線量を推計したところ、その値が、真ん中となる「中央値」の人は、福島県内が、0.63から0.97ミリシーベルト、県外は0.55から0.87ミリシーベルト、それに海外では0.51から1.1ミリシーベルトでした。
放射線は、原発事故で拡散された放射性物質によるものだけでなく宇宙や地表から放出されているものもあり、こうした自然由来の放射線は地質の差など地域によって異なっています。 
生徒たちは「いまの福島で暮らしていて、国内のほかの地域や海外に比べて、とりわけ被ばく線量が高いわけではないことが確認できた」としています。 
生徒たちは、先月下旬、フランスで開かれた高校生の国際会議で調査の結果を公表したほか、今後海外の生徒を福島に招いて、現状をみてもらうツアーも計画しているということです。 
調査を行った3年生の小野寺悠さん(17)は、「科学的なデータを多くの人に知ってもらうとともに、自分でも福島の放射線量をどう受け止めたらいいか考え続けていきたい」と話していました。 
そうして、この記事での私の結論は以下のようなものです。
いずれにせよ、何か発言したり行動するならこの高校生たちのように感情ではなく、エビデンス(証拠・根拠、証言、形跡)に基づき行えと、声を大にして言いたいです。 
そうして、こうした若者にさらに大きな機会を与える社会にしていきたいものです。 
私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?
この私の信念は、今でも変わりません。これからも一生変わり続けることはないでしょう。

この高校生たちの観察結果からも、 ブログ冒頭の記事の日本学術会議の報告書においても、福島の放射線被爆量は国内の他地域や海外に比較してとりわけ高いということはないのです。

ブログ冒頭の記事にも掲載されている早野龍五氏も、この報告書に関して、Buzzfeed
の記事で以下のように語っています。

「僕はデータを語って『大丈夫』だと言っているのであって、思想を語っているわけじゃないんです」。

星野龍五氏
以下のようなことも語っています。

「子供を産めるかどうか、生徒から聞かれたらですか? 答えは躊躇なくイエスです」

「不安が知識だけで解決するわけではないこと。これは、よくわかっています。だからといって教育を何もしないっていうのは間違っていると思うんです」

「福島産を食べることはまったく問題ないと断言できるようになりました」

ブログ冒頭の記事にもでてくる、シノドスの記事のリンクを以下に掲載します。
「福島で次世代に放射線被曝の影響は考えられない」ということ――日本学術会議の「合意」を読みとく
服部美咲 / フリーライター


詳細は、この記事をご覧いただくものとして、服部美咲さんは、この記事を以下のようにしめくくっています。

『9.1報告』を、まず9月5日に読売新聞が福島県版で大きく報じた(2017年9月5日読売新聞福島県版『被ばく線量「はるかに低い」』)。地元紙である福島民友が翌日これに続き、社説でも取り上げた。また、その翌日には同じく地元紙である福島民報が報じ、さらに9月12日には朝日新聞が福島県版に同様の記事を掲載した。しかし、テレビメディアをはじめ、全国紙では毎日新聞が、また読売、朝日についても全国版では報じておらず、これについてTwitterで問題視する声も多く上がった。

今回検討したように、同じ日本学術会議の報告と提言であっても、その信頼性は大きく異なる。マスメディアは「両論併記」をすることで公平な立場を保とうとする動きに出ることが少なくないとよく指摘されるが、このように信頼性や科学的な合意の度合いがまったく釣り合っていない論を同じスペースを使って両論併記することは、かえって公平性を損なう。

たとえば、これまで検討してきたとおり、信頼性について疑問を生じざるを得ない『9.12提言』の中で言及された「福島の子どもや住民の放射線被曝による健康影響」について、マスメディアが両論併記をはかったとすれば、それは公平であるとはとてもいえない。

原発事故後、6年半をかけて国内外の科学的知見が積み上げられてきた。たとえ事故当時は、データが出揃わずに両論併記できたテーマであっても、国内外の科学者の間で検討や議論が十分にされた上で合意が行われ、科学的にはすでに決着がついているケースが少なくない。

福島の住民が心身ともに健やかに日常を送り、また県外で不当な偏見にさらされるようなことがないようにするためにも、こういったすでに決着がついている科学的事実について、公平な視点で、県内外に対して広く、正確に伝えることが、今マスメディアにもっとも求められている役割のひとつと言えるのではないだろうか。
今でも、多くの福島・放射線に関する「デマ・差別」事件が起こっています。新聞やテレビで取り上げられた事例時系列で列挙してみましょう。
・2015年10月 双葉郡のNPO法人が取り組む清掃イベントに、反原発運動団体などから「人殺し」などの誹謗中傷・脅迫が1000件以上寄せられた。

・2016年2月 韓国での東北の物産展示会に、地元環境団体が抗議して中止に追い込まれた。主催者は「福島のものを並べたことへの謝罪」を要求された。

・2016年3月 福島大学の教員や立命館大学の学生らによる米国での講演に、地元反原発団体が「安全PRをしに来た」などと誹謗中傷した。

・2016年6月 九州の生協「グリーンコープ」がイベント告知にて東北6県から福島県を除外し、「東北5県」と表示。組織内では「福島はレントゲン室」などと書かれた会報誌も出回っていた。

・2016年7月 マレーシア人写真家が避難地域の住宅等に無断・不法侵入、撮影をしてCNNやガーディアンなどに掲載された。
・2017年8月「ビキニ事件63年目の真実~フクシマの未来予想図」について「あたかも水爆実験と同じ健康被害が福島県でも起こるかのような表現だ」などの批判が寄せられ、テレビ朝日が8月1日夜、サブタイトルの「フクシマの未来予想図」を削除しました。
番組の内容を告知した朝日テレビのサイト

以上は氷山の一角にすぎません。メディアに載りきらないほど日常的に、この6年間、農家や漁師、福島に住む母親たちなどに対する嫌がらせが続いているのです。

いまだに「福島の農家は農業をやめろ」という差別発言、「福島の海産物が産地偽装されて出回っている」などというデマを、大手メディアで発言する識者すらいます。

昨年末、福島から横浜に避難した子どもが、小学生時代にいじめを受けていたことが明らかになりました。殴る蹴るなどの暴行を受け金品を取られ続けた上に、「菌」などと、福島から来たことで「汚れている」かのような侮蔑的な言葉を投げつけられていました。

神奈川県教育委員会は子どもたちに、福島の人の体験についての理解を促すよう取り組むことを対策として示しました。しかし、これは根本的な解決策なのでしょうか。私たち大人が見て見ぬふりをしてきたものがあるのではないでしょうか。

「福島の人とは結婚しない方がいい」 ――こんな言葉を、社会的影響力が強い公人が口にしました。

「私は、子どもが産めますか?」―― こんな問いを、福島の子どもが震える声で発しなくてはなりませんでした。

被曝の影響は次世代の子どもたちに決して遺伝しない。このことは、広島と長崎のデータから明らかになっています。 また、そもそも福島では、世界平均を上回るような被曝をした住民がほとんどいなかったことも、実測データからすでに判っています。

ところが、現在にいたるまで放射線被曝そのものによる健康影響が1例も出ていないのにもかかわらず、次世代までをも巻き込んだ深刻な差別につながる悪質なデマが、野放しにされています。

「デマ・差別」による被害は、福島に留まるものではありません。

たとえば、韓国では科学的根拠のない日本からの輸入規制により、宮城県産のホヤは販路をなくし、昨年は年間総出荷量の倍以上のホヤを処分しました。最近でも、中国では日本の食品が販売店から撤去される騒ぎが起こり、こうした動きに歯止めはかかっていません。

食品だけに留まらず、韓国の済州航空がチャーター便による福島空港利用を突如ボイコットするなど、国外では科学的根拠を無視した日本全体への差別や経済的損失が拡がっています。 

このような状況は一刻も改善しなければなりません。まずは、日本国内でこのような差別が日常的に行われていることを多くの人が認識しなければなりません。

結局のところ、このような問題は、コミュニケーション不足によるものではないかと思います。コミュニケーションとは、このブログにも掲載したように、「私からあなたへ」「あなたから私へ」と一方的に伝わるものではありません。

「私達の中の1人から、私達の中のもう1人」へと伝わるものです。そうして、コミュニケーションのベースには「経験の共有」が必要不可欠です。

マスコミももっと福島について正しい報道すべきです。テレビにしょっちゅう出てくるような地域が、「危険」などとは誰も思わなくなるはずです。そのような地域を「危険だ」と誰かが言ったとしても、誰もそれを信用しなくなります。マスコミには、意図して意識して、正しい福島報道を多くしていただきたいです。

そうして、これは個人でもやる気になれば、できます。福島に旅行に行く、福島産の食べ物を食べる、周りの人々にそのことを話すというようなことから十分可能です。私は、先日福島産の「もも」をいただきました。本当に美味しかったです。そういわれてみれば、福島にはもう20年近くも行っていないです。次の旅の目的地が決まりました!

このようなことを繰り返して、「福島」と「それ以外の地域」の人々の間に「私達」という関係が構築できれば、「福島の安全性についてのエビデンス」も多くの人々に受け入れられことになると思います。

それなしには、不可能です。そのためには、マスコミだけではなく、政府や自治体も関与すべきです。ただし、多くの一般人がかかわらなければうまくはいきません。そうして、このようなことはあらゆる組織についてもあてはまることを、私たちは銘記すべきです。経営者が何かを組織全体に浸透させるためには、ただ言葉で語ったり、詳しいマニュアルを発送するだけではうまくいきません。それ以前に、経営者と従業員が普段から「私達」といえる関係を構築しておかなければならないのです。

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2017年9月21日木曜日

安倍首相『解散』の真相 北“異次元の危機”前に…関係者「山尾氏の不倫疑惑など眼中にない」―【私の論評】誰が正しいかばかり考え、正しい妥協ができない野党に明日はない(゚д゚)!

安倍首相『解散』の真相 北“異次元の危機”前に…関係者「山尾氏の不倫疑惑など眼中にない」


安倍晋三首相が28日召集の臨時国会冒頭で、衆院を解散する方針を固めた。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長率いる北朝鮮の「核・ミサイル開発」が、日本や世界の深刻な脅威になるなか、「異次元の危機」もあり得る年末前に、自国の外交・安全保障政策や憲法改正、経済・社会保障政策などについて、国民の信を問う。実は、安倍首相は内閣支持率が下落していた「8月中旬」には覚悟を決めていたという。安倍首相の「解散の大義」と「覚悟の背景」とは。

 安倍首相は18日午後(日本時間19日未明)、国連総会に出席するため、米ニューヨークのケネディ国際空港に到着した。一般討論演説や首脳会談を通じて、北朝鮮の「核・ミサイル開発」を放棄させるため、国際社会の連携を訴える。帰国後の25日、解散について事前表明するという。

 「北朝鮮情勢が緊迫するなか、憲法を含めて『日本はこのままでいいのか』『国民や国家をどう守るのか』『自衛隊をどうするのか』と国民に呼びかけ、信を問う選挙だ。いわゆる政局優先ではない。王道の解散だ」

 官邸に近い関係者はこう語った。

 夕刊フジはいち早く、13日発行号で「9・25解散強まる」、14日発行号で「9月解散 議席予測 自公300超」と連日報道し、永田町で注目された。召集日は当初予定の25日から28日に変更されたが、解散風はもう止まらない。


 先週末の解散報道を受け、左派政党やメディアは「『森友・加計問題』の追及から逃げる自己保身解散だ」(民進党の前原誠司代表)、「年内解散検討 透ける疑惑隠しの思惑」(朝日新聞18日社説)と批判。他のメディアも「内閣支持率が回復したから」「民進党の体たらくを見て」などと背景を解説している。

 だが、安倍首相が解散の検討をひそかに始めたのは内閣改造(8月3日)前後で、民進党代表選(9月1日)前の「8月中旬」には覚悟を固めたという。官邸関係者は次のように語った。

 「日本人を多数拉致し、日本上空に無断で弾道ミサイルを通過させる無法国家が『核・ミサイル』完成の一歩手前まできている。国際社会は圧力を強めているが、正恩氏は無視して暴走している。日本の安全保障の根幹が揺らぎつつある」

 「安倍首相としては、国民に安全保障の現状を伝えて、『国民や国家を守る態勢を整える』『自衛隊を憲法に書き込む』と問うべきだと考えた。朝鮮半島の緊張状態は数年続く。その間、解散できないとなれば、事実上、正恩氏に解散権を握られる。これはダメだ」

 ニューヨーク訪問中の河野太郎外相も18日夕(日本時間19日未明)、「北朝鮮が何かやっているから、日本が手足を縛られることは一切ない。そういうことがあってはならない」と述べた。

 最高度の情報を分析するなかで、官邸は突発的な武力衝突は別にして、10月下旬の中国共産党大会や、11月上旬のドナルド・トランプ米大統領の来日までは、大規模な軍事衝突の可能性は低い-と判断したという。

 つまり、年末以降は「異次元の危機」が、あり得るということだ。

 官邸関係者は「内閣支持率が下落していた8月時点で、安倍首相は『日本のため、このタイミングしかない』と覚悟を決めたようだ。民進党新代表が、前原氏でも、枝野幸男氏でも関係ない。山尾志桜里・元政調会長のW不倫疑惑など眼中にない。安倍首相や麻生太郎副総理兼財務相、菅義偉官房長官らは、もっと先を見ていた。消費税などの政策では衝突する麻生氏と菅氏も、今回はほぼ一致していた」という。

 左派政党やメディアの「疑惑隠し」といった攻撃にも、真正面から反論する構えだ。

 官邸関係者は続けた。

 「官邸は、突発的な事態にも対処できる万全の態勢をとる。今回の解散総選挙には『日本の命運』がかかっている。安倍首相の解散の記者会見は、極めて引き締まったものになるはずだ」

【私の論評】誰が正しいかばかり考え、正しい妥協ができない野党に明日はない(゚д゚)!

マネジメントの観点からみても、安倍総理はすでに選挙で大勝するのは目に見えています。本日はなぜ、そうなってしまうのかを解説します。

そもそも意思決定には原則があり、安倍総理は意思決定の原則にのっとって行動していますが、野党はそうではありません、これでは最初から勝負が決まってしまいます。

禅画を好み、また自らを「明治人」と呼んだドラッカー氏
経営学の大家ドラッカー氏は、意思決定について以下のように述べています。
決定においては何が正しいかを考えなければならない。やがては妥協が必要になるからこそ、最初から誰が正しいか、何が受け入れられやすいかという観点からスタートしてはならない。(『経営者の条件』)
決定においては何が正しいかを考えなければならないというのは、別な方面からると、誰が正しいか、誰が間違いであるかを考えてはならないということです。

これは、一見誰にとっても当たり前のことのようにみえます。しかし、本当に当たり前でしょうか。多くの皆さんは、当たり前でない人たちを日々ご覧になっているはずです。

そうです。国会での野党の有様です。彼らの多くは、「何が正しいか」=「国会での政策論争」ではなく、「誰が正しいか」=「安倍総理が間違い、与党が間違い」という基本理念にのっとって行動しています。

典型的なのは、過去数ヶ月にわたる、森友問題、加計問題での安倍総理の追求です。

ここしばくらく、国会での野党の行動といえば、とにかく「安倍が悪い」「与党が悪い」一辺倒で、彼らは、国会で何を実施しようと考えて意思決定する際にも、とくかく「安倍憎し」で、国民に「安倍は待がつている」という観点から決定しています。

これでは、まともな意思決定などできるはずはありません。

ドラッカーは次のようにも述べています。
頭のよい人、しかも責任感のある人は、せっかくの意思決定も実行されなければ意味がないと思う。そのため、最初から落としどころとしての妥協を考える。(『経営者の条件』)
GMのCEOアルフレッド・スローンは、当時無名の政治学者だったドラッカーに対し、GM研究の報告書には何を書いてもよい、ただし妥協は書いてほしくないと釘を刺しました。(『経営者の条件』はドラッカーがアルフレッド・スローンに提出した報告書がもとになっている)

安倍総理は、意思決定においては、最初から落とし所の妥協を考えているわけではありません。無論全く考えないということもないでしょうが、少なくとも、野党と比較すると、その度合いはかなり少ないです。

だからこそ、内閣支持率が下落していた8月時点で、安倍首相は『日本のため、解散はこのタイミングしかない』と意思決定をすることができたのです。

最初から、妥協して落としどころを考えるなら、憲法改正や、敵基地攻撃能力の保有などの課題を持ち出さないはです。しかし、野党のほうはといえば、最初から落とし所を考えた妥協を考えたような政策論争ばかりのようです。特に、財務省の意向には逆らわないような、妥協の産物のような、経済対策しか出しません。

ドラッカーは、妥協について以下のように述べています。
妥協には2つの種類がある。1つは古い諺の「半切れのパンでも、ないよりはまし」、1つはソロモンの裁きの「半分の赤ん坊は、いないより悪い」との認識に基づく。前者では半分は必要条件を満足させる。パンの目的は食用であり、半切れのパンは食用となる。半分の赤ん坊では妥協にもならない。(『経営者の条件』)
ギュスターブ・ドレ〈知者ソロモン王の裁き〉
実際、民進党をはじめ、野党の多くは、財務省の意向に逆らわないような経済対策を考えるため、全く何も役にたたないどころか、かえって日本経済をさらに悪くするような経済対策しか打ち出すことができません。

一方安倍総理のほうは、「財務省が正しい、間違い」などという考えではなく、「何が正しいか=日本の経済にとって何が正しいのか」を考えて意思決定をしたため、まともな意思決定ができました。

そうして、金融政策では成功して、大きな成果を収めています。ただし、8%増税の日本経済への影響は軽微という財務省の見解にもとづき増税の意思決定をしたのですが、これは大失敗でした。

しかし野党の提案する経済対策では、財務省に妥協するにしても、半分の赤ん坊を目指すような妥協しかできません。そのため、彼らは、まさに半分の赤ん坊である、何の役にもたたない死に体の経済対策しか提案することができません。

ドラッカーは、何が受け入れられやすいか、何が反対を招くから触れるべきでないかを心配することは無益であって、時間の無駄だと言います。心配したことは起こらず、予想しなかった困難や反対が突然ほとんど対処しがたい障害となって現れると語っています。

まさに、現在野党はこのような状況に陥っているのです。しかし、野党の多くは、このように自分で招いた結果を、また「安倍のせい」にしようとしています。

このように、ものの見方がいつも、「誰が正しいか」という観点=「安倍のいうとはすべからく間違いで、財務省の経済の見方は完全無列でいつも正しい」という見方であるため、現状のように身動きできないような状況に至っているのです。

ドラッカーは、次のようにも語っています。
何が受け入れられやすいかからスタートしても得るところはない。それどころか、妥協の過程において大切なことを犠牲にし、正しい答えはもちろん、成果に結びつく可能性のある答を得る望みさえ失う。(『経営者の条件』)
これが、まさに現在の野党の状況なのです。そのことにはやく気づき、何が正しいかを考え、正しい妥協ができるようにならなければ、野党の再生はあり得ないのです。 そもそも、政治的意思決定のほとんどが、妥協の産物であることがほとんどです。

ドラッカー氏はマネジメントはあらゆる組織に共通であるとしています。企業組織であろと、政党であろうと、病院であろうと、組織のマネジメントの原則は同じなのです。以上に述べたようなマネジメントの原則に反する行動ばかりする野党はますます衰退するばかりです。もう安倍憎しという考えはやめて、まともな政策論争をして少しでも多くの「半分のパン」を得る行動をすべきです。

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2017年9月20日水曜日

トランプ氏、国連演説で北朝鮮糾弾「ロケットマンが自殺行為」拉致にも言及「日本人の13歳少女を拉致した」―【私の論評】トランプ氏の演説は、北朝鮮の非道ぶりを再認識させた(゚д゚)!

トランプ氏、国連演説で北朝鮮糾弾 「ロケットマンが自殺行為」 拉致にも言及「日本人の13歳少女を拉致した」

国連で演説するトランプ大統領 動画はブログ管理人挿入 以下写真等同じ

 トランプ米大統領は19日、国連総会で初の一般討論演説を行い、外交分野に関する政権の理念と戦略について表明した。トランプ氏は持論である「米国第一」を掲げる一方、北朝鮮の核・ミサイル開発問題を「世界全体の脅威だ」と指摘し、国連が一体となって北朝鮮に核放棄を迫っていくべきだと訴えた。

 トランプ氏は北朝鮮やイランを「ならずもの体制だ」と指摘。北朝鮮の金正恩体制について「ロケットマンが自殺行為の任務を進めている」と述べ、北朝鮮の核・弾道ミサイルは金体制の崩壊につながると警告。「米国はあらゆる手段を講じて自国と同盟国を防衛する」と言明するとともに、もし軍事攻撃に踏み切る事態となれば「北朝鮮は完全に破壊される」と強調した。

 また、加盟各国に対し国連安全保障理事会の北朝鮮制裁決議の確実な履行などを通じた締め付け強化を要請するとともに、先の安保理決議で賛成に回った中国とロシアに対して謝意を表明した。
北朝鮮に拉致された横田めぐみさん
一方、日本の横田めぐみさん(52)=拉致当時(13)=を念頭に、「日本人の13歳の少女が拉致された。彼女はスパイの養成に利用された」と述べるとともに、「北朝鮮はすさまじい人権侵害を行っている」と非難した。

 また、中国による軍事進出が続く南シナ海問題で、「法を尊重すべきだ」と述べ、中国による現状変更の試みを強く牽制した。

 中東で影響力拡大を図るイランについては、地域情勢を不安定化させる「残忍な政権だ」と非難。2015年のイラン核合意について「恥ずべきものだった」と述べ、合意見直しの可能性について示唆した。

 トランプ氏はまた、国連は「独立国家間の協力」という理念の下に設立されたと指摘し、加盟国が他国の「主権尊重」を前提に相互連携を進めてこそ、世界の「平和と繁栄」につながると主張。同氏が「米国第一」を掲げるように、「他の国々も自国を第一に置くべきだ」と語った。

【私の論評】トランプ氏の演説は、北朝鮮の非道ぶりを再認識させた(゚д゚)!

トランプ大統領の国連での演説
トランプ米大統領による初の国連総会での一般討論演説は、「米国第一」を含む、国連加盟各国の主権を尊重する自国優先主義こそが世界の「平和と繁栄」の実現に向けた国連の活性化につながると表明した。背景には、米国が外交・安全保障分野での重要課題と位置づける北朝鮮の核・ミサイル開発問題やシリア情勢、テロとの戦い、ベネズエラ情勢などについて、いずれも国連を通じた国際連携なしには事態の打開が難しいとの判断があります。

トランプ氏が北朝鮮による横田めぐみさんらの拉致問題に言及し、北朝鮮の核・ミサイル開発を国際社会全体の問題と位置づけたのも、各国がそれぞれの安全保障上の利害を共有してこそ事態解決の道が開かれるとみている表れです。

日本としても、トランプ氏が国連総会の場で日本の拉致問題に言及したことは、北朝鮮の核問題に隠れて拉致問題が国際社会の中で存在感が低下していく懸念を薄めた点でも大きな意義がありました。

トランプ大統領によるこの発言は、当然のことながら、普段から安倍首相がトランプ大統領とコミュニケーションをとっていたことが影響していると思います。

「安倍首相はトランプ大統領の忠誠心ある相棒(sidekick)だ」――この8月、こんな見出しの記事が米国の大手紙、ウォール・ストリート・ジャーナルに大きく掲載されました。

 また9月には、ニューヨーク・タイムズが「トランプ大統領は日本の安倍首相こそを友人だとみなしている」という見出しの長文の記事を掲載しました。

都内で、北朝鮮の弾道ミサイル発射を受けて行われたトランプ米大統領と
安倍首相の電話会談のニュースを伝える街頭ディスプレー(2017年8月29日)
安倍首相とトランプ大統領の親しい関係は国際的に知られていますが、米国では、その親密な仲にさらに関心が高まり、国際関係や日米関係の専門家たちまでもが正面から論評するようになりました。

日米首脳の 多様な意見を総合すると、米国でのこの「日米相棒関係」への評価は、いまのところ前向きです。そうして、その評価は正しいと思います。それは、今日トランプ大統領の国連のスピーチにおいて「横田めぐみさん」について言及したことにも現れていると思います。

トランプ氏が北朝鮮の「完全破壊」に言及した際、議場からはどよめきが起きました。北朝鮮の国連大使も演説途中で抗議の退席。こうした場面もトランプ氏の強い姿勢を際立たせました。

トランプ氏は大統領に就任する前の昨年12月、国連は「集まって話して楽しむクラブに過ぎない」などと批判していました。トランプ氏による今回の演説は、国連を軽視するかのような従来の立場と孤立主義を連想させる「米国第一」の主張を、国連の理念である「主権」「安全」「繁栄」と絶妙に融合させ、「トランプ時代の国連」という新たな概念を打ち出したといえます。

トランプ氏は、日本人拉致問題をはじめ、米国青年の悲惨な死、北朝鮮国内での餓死、投獄、拷問や、正恩氏の異母兄である金正男氏殺害事件にも触れ、あらゆる点から北朝鮮を非難しました。

トランプ大統領の演説は、北朝鮮の非道ぶりを再認識させたと思います。北朝鮮は長い間非道ぶりを繰り返してきましたが、それが常態化しているため、多くの人々の感覚が麻痺していたと思います。


これは、日本の多数の国民が、北朝鮮の非道には屈しないという意図の現れだと思います。これは、多くの日本人が本能的に国家の危機を嗅ぎ分けたからです。さらに、事実を知れば賛成の数値も上昇することになります。

今回の、トランプ氏の演説は、この点でも非常に有意義なものであったといえます。そうして、これは北朝鮮には宥和政策は絶対に用いないという、トランプ氏の決意の表れでもあります。

宥和政策では、人類は過去に大失敗をしています。

ヒトラー(左)とチェンパレン(右)
宥和政策(Appeasement Policy)は、外交上の譲歩によって戦争を極力避けて平和を維持しようという面では評価されてもよいことですが、イギリスの宥和政策はナチス=ドイツの領土拡張要求を、小国の犠牲において認め、それと妥協することによって自国の安全を図ったもの、という否定的な評価が一般的です。

特に1938年のミュンヘン会談で、当事者であるチェコスロヴァキアの不参加の下でズデーテン割譲を認めたことは、ヒトラーの野心を見抜けなかったこととあわせて当時のイギリス首相チェンバレンの失策と言わざるを得ないです。

しかし、そう言えるのは「後知恵」であり、当時はチェンバレンは戦争の危機からヨーロッパを救ったヒーローとみられており、ミュンヘン会談から帰国したチェンバレンは平和を実現したとしてロンドンで大歓迎を受けたことを忘れてはならないです。それでは、彼はなぜ、「宥和」を前面に押し出したのでしょうか。

1935年に成立したボールドウィン(保守党党首)内閣から、イギリスはヨーロッパにおけるナチス=ドイツの反ヴェルサイユ体制の動きや、アジアにおける日本の中国侵略などに対して、積極的に非難せず、むしろそれを黙認するという姿勢をとりました。当時イギリスにとって脅威はソ連=コミンテルンと考えられていたので、ドイツや日本はソ連を抑えるためには利用できると判断していました。

このような外交政策としての宥和政策が、明確になるのは、ヒトラーのナチスドイツがヴェルサイユ条約に違約して再軍備に踏み切ったことに対し、ストレーザ戦線で抗議しながら、一方で単独でドイツと交渉して英独海軍協定を締結し、ドイツの一定の軍備拡張を認めることによって、それ以上の要求は抑えられると判断したことに始まります。

第一次世界大戦後のイギリスで、ヴェルサイユ条約がドイツに対して過酷すぎると考え、ドイツの戦後復興を助けて軍備も対等なものなら認めてもよいと考える知識人がかなりいました。

この事例からも、宥和策は、ヒトラーのような邪悪な存在には、無効であることが良くわかります。

トランプ氏の主張のように、もし軍事攻撃に踏み切る事態となれば「北朝鮮の体制は完全に破壊する」くらいの信念を持たなければならないということです。

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2017年9月19日火曜日

敵基地攻撃、賛成派が上回る 産経・FNN合同世論調査―【私の論評】世界屈指の戦略家の戦略を選ぶ日本国民は賢い(゚д゚)!

敵基地攻撃、賛成派が上回る 産経・FNN合同世論調査


 産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の合同世論調査では、北朝鮮の弾道ミサイルの発射元をたたく敵基地攻撃能力について「保有すべきだ」が53・8%と「保有すべきでない」の38・2%を上回った。安倍晋三首相は「現時点で具体的な検討を行う予定はない」と慎重だが、本格的な検討へ世論の素地は整いつつある。

 調査では、北朝鮮の動向に「脅威を感じる」との回答が84・7%に上り、米朝の軍事衝突にも77・0%が懸念を示した。弾道ミサイル防衛態勢の強化にも68・0%が賛成した。

 敵基地攻撃能力を保有すべきだとの回答は、支持政党を問わず一定割合を占めている。公明党は山口那津男代表らが慎重姿勢を示しているが、調査では公明党支持層の47・2%が保有に賛成し、反対の36・1%を上回った。民進、共産両党の支持層は反対派が賛成派を上回ったが、それでも賛成派が民進党42・2%、共産党40・0%だった。

 非核三原則の見直しに関しては、「見直しを議論すべきではない」が53・7%と「議論すべきだ」の43・2%を上回った。年代別にみると、高齢層ほど見直し議論に積極的という傾向が出た。「議論すべきだ」との回答は、男性では60代以上が最多の51・4%で、最少は30代の37・0%。女性は60代以上が最多の46・4%で、10、20代の31・3%が最少だった。一方、日本の核兵器に関する設問では、79・1%が「保有すべきではない」と否定的だった。

【私の論評】世界屈指の戦略家の戦略を選ぶ日本国民は賢い(゚д゚)!

このブログでは、以前日本の北朝鮮への対処として、戦略家のルトワック氏の考えを掲載したことがあります。ルトワック氏の考えは、先制攻撃か降伏かのいずれかであり、中途半端は絶対にするべきではないというものでした。

その記事のリンクを以下に掲載します。
ルトワック博士の緊急警告! 先制攻撃か降伏か 日本が北朝鮮にとるべき選択肢―【私の論評】日本が戦争できる国に変貌することが、アジアに平和をもたらす(゚д゚)!
エドワード・ルトワック博士
詳細は、この記事をご覧いただくものとして、要点のみを以下に掲載します。
北朝鮮への降伏 
 北朝鮮政府が真に何を望んでいるのかを聞き出し、経済制裁をすべて解除する。祖国への朝鮮総連の送金に対する制限も解除し、金一族を讃える博物館を表参道に建て、北朝鮮に最も美しい大使館を建てさせる。 
 代わりに、日本政府は、北朝鮮に五〇〇キロ以上の射程を持つミサイルの開発を止めてもらう。五〇〇キロ以上の射程のミサイルは、国際的な「ミサイル技術管理レジーム」(MTCR)での制限の対象となっている。またそれだけでなく、これは、幸いなことに偶然にも、朝鮮半島の非武装地帯から下関までの距離と同じなのだ。 
 これは、北朝鮮に対する制裁をすべて解除し、彼らに名誉を与え、国家としての彼らの存在を認めることで、五〇〇キロ以上の射程のミサイルの脅威を取り除く、という道だ。 
北朝鮮への先制攻撃 
 次の方策は、「北朝鮮を攻撃する」というものだ。しかもこれは、先制攻撃(プリエンプティブ・ストライク)でなければならない。核関連施設を特定しつつ、それらすべてを破壊するのである。 
 たとえば、イランの核開発の脅威に晒されているイスラエルは、先制攻撃能力を持っている。イスラエルが先制攻撃する場合は、儀式的なことは一切抜きに、ただ実行するのみだ。しかも彼らは、アメリカと違って空爆だけを用いるわけではない。空と陸から同時に攻撃を行うのである。 
「まあ大丈夫だろう」が戦争を招く 
 日本国民も、一九四五年以来、他国や他民族が戦争の悲劇に見舞われてきたことを目撃してきたはずだ。街が燃やされ、多くの人間が殺され、子供も殺されたのだ。それらすべてのケースがなぜ発生したかと言えば、当事者たちが、「まあ大丈夫だろう」(it will be all right)と思ってしまったからだ。 
 人間というのは、平時にあると、その状態がいつまでも続くと勘違いをする。これは無理もないことだが、だからこそ、戦争が発生する。なぜなら、彼らは、降伏もせず、敵を買収もせず、友好国への援助もせず、先制攻撃で敵の攻撃力を奪うこともしなかったからである。つまり、何もしなかったから戦争が起きたのだ。
  いま北朝鮮に関して生じているのは、まさにこのような状況だ。
まさしく、 ブログ冒頭記事にある、敵基地攻撃能力とはルトワック氏の語る、先制攻撃です。

敵基地攻撃能力を持ち、実際にそれを実行するということになれば、最も効果的なのは無論「先制攻撃」です。相手悟られた後で攻撃などすれば、当然効果は半減します。

敵基地攻撃といった場合、当然のことながら、この「先制攻撃」も視野に入っているとみなすべきでしょう。

この記事を掲載したのは、今年の4月28日でした。掲載したときには、自分では、日本としては当然のことながら、北朝鮮に「降伏」することなど絶対にできないと思いました。

なぜなら、そんなことをすれば、拉致問題は永久に解決しなくなるでしょうし、金一族を讃える博物館を表参道に建て、北朝鮮に最も美しい大使館を建てさせるようなこともするべきではないですし、何をするにも北朝鮮の顔色を伺いながら生きていくなどまっぴらごめんだからです。それは、私だけではなく、多くの国民も同じ思いでしょう。

そうなると、ルトワック氏の提言によれば、日本の北朝鮮対応は「先制攻撃」による敵基地攻撃しかなくなります。

私は、無論「先制攻撃」すべきと思いましたが、これが実現可能かどうかという観点からみると、これはかなり難しいし、日本ではとうてい不可能だと思いました。

しかし、今日ブログ冒頭の世論調査では、敵基地攻撃能力を保有すべきという意見が半分以上占めています。これは、とてつもないことです。

世界屈指の戦略家が提唱する戦略を、我が国の国民の半数以上が世論調査で賛成しているという図式です。

米軍のB!爆撃機と共同訓練する自衛隊機(手前の白い機体)
安倍政権としては、日本の核武装も視野にいれつつ、もっと実現可能で現実味のある、「敵基地攻撃能力」について、慎重に考えて、いずれ実現していくべきと思います。

本日は、マティス米国防長官は18日、核・ミサイル開発で挑発を強める北朝鮮への軍事的選択肢に関し、韓国の首都ソウルを北朝鮮の報復で「重大な危険」に陥らせることのない軍事的手段があると記者団に明かした。作戦の詳細について言及することは控えたといてうことが、産経新聞に掲載されていました。

マティス米国防長官のいう軍事的手段とは、北朝鮮に対する核施設やミサイル発射施設などへの先制攻撃であり、その再に首都ソウルを北朝鮮の報復で「重大な脅威」に陥らせることのない手段であると思われます。

私自身は、軍事の専門家ではないので、これが何を意味するかまではわかりませんが、おそらく、ソウル付近に様々な兵力を配置し、先制攻撃と同時か、それに先立って北のソウルに対する攻撃を無効化するものであると思います。

米軍は、北朝鮮の隅から隅まで、ドローンやその他の手段を用いて偵察しつくして今や、北朝鮮軍の配置など、かなり詳細に把握しているともいわれています。それを前提にすれば、こうした作戦も十分可能であると思われます。

ソウルを火の海にしない軍事的手段とは・・・・・
そうなると、米国としては、実際に先制攻撃するということになれば、核施設、ミサイル発射施設に対する攻撃だけではなく、ソウル防衛のための軍事力も割かなくてはならなくなります。そこには、当然のことながら韓国軍も参加するでしょうが、それだけでは、足りないでしょう。それこそ、猫の手も借りたいような状況になることでしょう。

そのときに我が国が、敵基地攻撃能力を有していれば、米国や韓国とともに様々な方面で活躍できることになります。

日本の自衛隊が、これらの作戦に参加して、敵基地攻撃能力を遺憾なく発揮した場合、米国による「先制攻撃」はより成功する確率が高まるはずです。

日本国民は、やはり賢いです。

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2017年9月18日月曜日

豊田真由子議員が会見「生きているのが恥ずかしい、死んだ方がましではないかと思ったこともありました」―【私の論評】私達の中の1人から私達の中のもう1人に伝わるものとは?

豊田真由子議員が会見「生きているのが恥ずかしい、死んだ方がましではないかと思ったこともありました」



18日、男性秘書に対する暴言・暴行疑惑を週刊誌に報じられ、自民党を離党していた豊田真由子衆議院議員が記者会見を開き、秘書本人やその家族、そして国民・有権者に対し陳謝、何度も頭を下げた。

 「体調が万全ではなく、ろれつが回らなかったり、ふらついたりすることもある」と話した豊田議員。「生きているのが恥ずかしい、死んだ方がましではないかと思ったこともありました。体重も少し戻りましたが、薬を飲んでインタビューもやらせていただいてきました」と明かした。

 繰り返し報じられてきた、秘書への暴言・暴行については「私の言動は、たとえどんな事情があったにせよ、許されるものではない、音声を聞く度に呆然としてしまいますし、どうしてこんなことを言っちゃんたんだろう、本当にどうかしてたんだな、どうしちゃってたんだろうと思います」と話し、「食事をしながらお詫びしたつもりでございまして、その後も弁護士を通じて誠心誠意のご対応を続けさせて頂いているところです」と説明。「刑事事件の関係については現在捜査中の案件」として、詳細な言及は避けたものの、一部報道には事実と異なる点もあるとした。

 この日は会見に先立ち、地元選挙区(埼玉4区)の新座市で支援者向けの会合に出席した。支援者たちからは「もう一度頑張れ」との声援を受けたとし、「議員を辞めてしまった方がよほど楽なんじゃないかと思いましたし、そうおっしゃる方もいました。けれど、孤独の中で、入院している間考え抜いて、楽な道に逃げるのではなくて、この恥を晒しながら、お叱りを受けながら、猛省し、生まれ変わって地域と国のために身を粉にして働かせていただく、そのことで責任を果たして行くのも大事なことではないか」とし、今後も政治家として活動する意向を示した。

 また、報道各社に対しては「私が表に出てこなかったことが原因」とした上で、「昼夜、平日・休日問わず、地元の方々に取材が殺到し、辛い思いをさせてしまいました。今後、取材は私や事務所の方で対応させていただくので、地元の方へのご取材は控えていただきたく、伏してお願い申し上げます」と涙ながらに呼びかけた。(AbemaNewsより)

【私の論評】私達の中の1人から私達の中のもう1人に伝わるものとは?

さて、この豊田真由子氏の記者会見ですが、特に何ら新しい事実はなかったと思います。本人も、訴訟にかかわる部分に関しては、申し上げらない部分もあると、述べていたので、そのようなことになったものと思います。

それにしても、この事件に関しては、マネジメント的な観点からみて非常に参考になることもあるのに、メディアはマネジメントには疎いのか、この観点からはほとんど取り上げられないので、本日はこれについて取り上げます。


結論から言ってしまうと、コミュニケーションが成り立っていない間柄においては、豊田氏のように、厳しい叱責をしたとしても、ほとんどの場合、良い結果を招くことはなく、逆に豊田氏とその元秘書のように非常に険悪な状態になってしまうということです。

そもそも、豊田氏と元秘書との間に、かなり密なコミュニケーションが成り立っていれば、豊田氏が「このハゲー」というような、人格を否定するような叱責をしたとしても、秘書がそれを警察に訴えるなどということはなかったと思います。

その場合、おそらく事件そのものが、発生しなかったことが十分に考えられます。

ただし、ここでコミュニケーションといった場合日本で良くいわれるように、「ホウレンソウ」を密とるとか、そのような安っぽい、マネジメントの原理原則からいえば、とても正しい定義とはいえないものの意味で使っているわけではありません。

コミュニケーションに関しては、最近このブログにとりあげたことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
民進党・山尾志桜里議員に私生活をめぐる問題発覚! 週刊文春が“K弁護士”との不倫疑惑を掲載する模様―【私の論評】根本的なコミュニケーション不足が民進党を駄目にした(゚д゚)!
山尾氏断念の背景を伝えるテレビ東京
詳細は、この記事をご覧いただくものとして、以下にコミュニケーションに関わる部分を引用します。
私は、会社で現場にいたときには、日々朝礼などで従業員の変化に気を使っていたものです。数年現場でマネジャーをやってからは、朝礼で従業員の様子を見ていると、今日は誰が調子が悪いとか、注意散漫状態にあるとか、女子の場合は誰が生理であるかもわかった程です。これを把握していないと、後で酷い目にあうこともありました。
その後も、組織に関わる情報、それも正規の会社の組織図上の組織だけではなく、人間の集合体としての、生身の人間の組織に関する情報も極力集めるようにしました。これなしに、組織を効率的にそうして、効果的に動かすことは不可能です。
朝礼をコミュニケーションの場として成り立たせることが管理者の重要な役割でもある
そのため、普段から従業員と食事に行ったり、時々外回りからお菓子を買ってきて、従業員と一緒に話をしながら食べるというようなこともやっていました。それ以外にも、公的なものでも私的なものでも、色々と面倒をみたり、面倒を引き受けたりということも意図して意識して行いました。 
そのようにして、従業員と様々な関係を構築しておき、コミュニケーションを円滑にしておきました。そうして、このコミュニケーションというのが曲者で、いわゆる「ホウレンソウ」などと巷で言われてるものは、真のコミュニケーションではありません。いくら「報告・連絡・相談」をこまめに行ったとしても、成り立っていないことは、往々にしてみられることです。 
そもそも、コミュニケーションとは、「私からあなたへ」「あなたから私へ」と単一方向に伝わるものではありません。コミュニケーションとは、「私達の中の一人から、私達の中のもう一人に伝わる」ものです。饒舌で、しょっちゅう人と話をする人が、コミュニケーションの達人であるとは限らないのです。 
だからこそ、普段から組織の中の人々と「私達」といえる関係を意図して意識して構築しておかなければならないのです。これが、構築できなければ、まともな仕事などできません。
そうして、コミュニケーションにはまだ原則があります。それを上のものも含めて以下に簡単にまとめておきます。これは、経営学のドラッカー氏が語った原則を私なりにまとめたものです。もっと詳しく知りたい方は、是非ドラッカー氏の書籍にあたってみて下さい。

1. コミュニケーションは知覚である
これは単純に言ってしまうと、相手の立場に立つということです
知覚という言葉を広辞苑で引くと「感覚器官への刺激を通じてもたされた情報をもとに、外界の対象の性質・形態・関係および身体内部の状態を把握する働き」と出てきます。つまり、自分とその周囲のものとの差を感じるということです。 
相手との違いをきちんと把握し、相手に合わせた手段でもって人と接する必要があるということです。ソクラテスは、「大工と話すときは、大工の言葉を使え」と言っています。例えば、自分が日本語と英語を話せて相手が英語しか話せなかったら、当然のように英語を使います。相手の立場に立って意思疎通をとる必要があります。受け手がいなければコミュニケーションが成り立たないのです。 
言葉だけでなく、自分の持っている情報と相手の頭にある知識は異なります。どのような言葉を使えば相手にストレートに伝わるのかを考えながらコミュニケーションをとる必要があるのです。
2. コミュニケーションは期待である
人は自分が期待していないものを知覚できない生き物です。期待していないものには意識がいかず、誤解が生じたりすることにつながるのです。相手の期待に反するようなことを伝えると相手に上手に伝わらないのはそのためです。 
今のやり方を維持したい部下に対して違うやり方を一方的に伝えても、それは相手の期待に反することであり、本当の意味で伝わることは難しくなります。そのような場合には、最初のやり方を変えるところから一緒に話し合い、納得してもらう必要があります。
受けての受け入れ範囲

3. コミュニケーションは要求である
つまり、相手の期待の範囲を知ること。コミュニケーションをとるということはつまり、相手に何らかの要求があるということです。自分の話を聞いて何かを変えたいと思うから、人は誰かとコミュニケーションをとろうとするのです。それが受け手の価値観に合致したとき、その要求は相手に伝わります。しかし、合わない時にはそれは反発され受け入れられません。コミュニケーションが難しいとされるのは、相手に何かしらの変化を与えることの難しさからくるのでしょう。 
相手に何か変化を与えたいと思ったとき、それは相手の期待の範囲をこえる場合もあります。その場合には、これからおこることは相手の期待の範囲を超えていることを伝え泣けばなりません、そのためには覚醒のためのショックを与える必要があります。
覚醒のためのショックというと、仰々しいですが、平たくいうと、企業活動の日常でよくあるのは叱ることです。
この覚醒のショックを与えるには、相手の期待を良く知っていないければ無理です。 
4. コミュニケーションは情報ではない
コミュニケーションは情報ではありません。しかし、両者は相互依存関係にあります。情報は人間的要素を必要とせず、むしろ感情や感想、気持ちなどを排除したものの方が信頼される傾向にあります。そして、情報が存在するためにはコミュニケーションが不可欠です。 
しかし、コミュニケーションには必ずしも情報は必要ありません。必要なのは知覚です。相手と自分との間に共通するものがあれば、それでコミュニケーションは成り立つのです。
この原則からすると、豊田真由子氏と元秘書との間にはコミュニケーションが成り立っていなかったということで、豊田真由子氏は元秘書の期待の範囲を良く理解していなかったのだと思います。

豊田氏と元秘書の間には、「私達という関係」が成り立っていなかったのです。コミュニケーションが「私達の中の1人から、私達の中のもう1人」に伝わるものであるということを考えると、コミュニケーションの成り立っていない間柄の人間同士では、表面的な付き合いしかできないということです。

しかし、豊田氏はこのことを理解せず、相手のことを理解せず、「このハゲー」という覚醒のためのショックを与え、自分の要求を通そうとしたのです。

しかし、結果は惨憺たるものであり、元秘書は、豊田氏の覚醒のためのショックを暴言、暴力と受け取ってしまったのです。

どうしても、自分の意図を理解させたければ、豊田氏はこの秘書と「私達」といえる関係を普段から構築しておくべきだったのです。

このようなことは、会社などの組織でも良くおこりがちなものです。コミュニケーションがなりたっておらず、相手の期待の範囲も了解していない部下を激しく叱責したりすると、自分では当たり前だと思っていても、これが相手にはパワハラと受け取られることもありえるのです。

しかし、コミュニケーションが十分成り立っている同士であれば、たとえば、相手を殴ったにしても、それが覚醒のためのショックとなり、相手に意図が伝わり、パワハラとみられるどころか、感謝されることもあり得るのです。

無論、私は体罰を肯定するものではありません。しかし、最近は世の中が変わって、殴るなどの行為はどのような場合も許されないという風潮が一般的です。しかし、コミュニケーションが成り立っている同士であれば、それも良い結果を招く場合もあるということは、多くの方々に理解していただきたいものです。

体罰やモラハラ、セクハラ、パワハラ、アカハラがなくなった結果、緊密なコミュニケーションまでがこの世から消えたら、それこそ大きな損失です。ただし、コミュニケーションの前提は、コミュニケーションをかわさなければならない人々普段から意図して、努力して、「私達」という関係を構築しておかなければならないということは忘れるべきではありません。それを忘れるから豊田氏のようなことになるのです。


実際、豊田氏の「このハゲー」という言葉も、コミュニケーションが十分成り立っている同士であれば、何年かたって振り返って、笑い話になるということもあり得るのです。なぜなら、互いにコミュニケーションが成り立っていれば、豊田氏がなぜあのような言葉を使わければならなかったかが、相手に理解されるからです。

それにしても、現代社会ではコミュニケーションが希薄になっているので、以上のようなこともなかなか理解されなくありつつあるのも事実です。豊田真由子氏の今回の件について、他人事のようにみなすべきではありません。コミュニケーションの原則を知らない人には、明日起こり得ることもかもしれません。

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2017年9月17日日曜日

予算編成「100兆円超え」は財政危機のシグナルではない―【私の論評】財務省には日本国を統治する正当性はない(゚д゚)!


裏には財務省の思惑が

われら富士山、他は並びの山」――。東大法学部卒のエリートが集う霞が関で、
財務省は大蔵省時代から他省庁を見下ろしながら「最強官庁」を自任してきた。
 予算復活」で恩を売る
2018年度の概算要求は、4年連続で「100兆円超え」になることが確実視されている。高齢化による社会保障費の増額は不可避で、北朝鮮問題を背景に防衛費の増額案も出ているからだ。'18年度の予算編成について、どう見るのが正解なのだろうか。

本題に入る前に、予算が決定するまでのプロセスを確認しよう。一般会計でいえば、まず夏頃に各省庁から財務省に向けて概算要求が行われる。財務省はそれを12月末までに精査して、予算の政府案を作る。

その政府案は、翌年1月からの国会で審議され、3月末までに成立して当初予算となり、4月から予算が執行されるのだ。

実は'01年度から'17年度まで、当初予算は、概算要求をおおむね4%程度カットした水準で調整するよう決められていた。ちなみにリーマンショックに対応しなければならなかった'09年度は例外である。

しかし、ほとんどの年度において当初予算では足りない。だから年度途中に補正予算が作成され、当初予算への上乗せによる修正が行われている。その場合の歳出総額は、'09年度と東日本大震災があった'11年度を除き、もとの概算要求と同じ水準になっているのだ。わざわざ当初予算で概算要求を4%カットしているのにもかかわらず、である。

なぜこうなるのかといえば、やはり予算を絞り込みたい財務省の「職業病」によるものだ。だが「財政の健全化のために予算削減をしている」というのは財務省の建て前で、実際のところは当初予算で絞り、補正予算で復活させることで要求官庁が「恩義」を感じるように仕組んでいるだけなのだ。

もちろん「恩義」のお返しには、要求官庁傘下の機関への天下りがあることを忘れてはいけない。

    さも「財政再建」が進んだかのように
もっとも、直近の'15年度と'16年度では、当初予算で約5%カットに対して、補正予算では約3%の修正にとどまった。最終的に2%カットと、徐々に財務省は「渋ちん」度を増してきている。

今年度も秋の臨時国会で補正予算が審議されるが、'17年度は概算要求と当初予算を比べると、これまでの経験則通りに4%カットだった。最終的な予算総額が'15年度と'16年度並みの2%カット水準であればどうなるか。

'17年度の概算要求は101・5兆円だったので、概算要求の2%カットだと99・5兆円。当初予算は97・5兆円だったので、補正予算は2兆円程度に留まる。

もしこの通りになれば、'17年度予算は補正込みで100兆円を切ったという報道が各メディアで出ることになるだろう。

ここからひとつ言えることは、今回の'18年度概算要求について、「100兆円」をキーワードとしているのは、実は、秋の臨時国会で審議される予定の'17年度補正を意識しているということだ。もし100兆円を切れば、さも財務省による財政再建のシナリオが前進したかのような格好になる。

'18年度の概算要求に関する報道の見出しは、まさに「100兆円」のオンパレードだった。だが4年連続で起きていることなので別段珍しいことではないし、「100兆円」が財政危機のボーダーというわけでもないことはわきまえておきたい。

【私の論評】財務省には日本国を統治する正当性はない(゚д゚)!

ブログ冒頭の記事では、財務省は日本経済の状況とは全く関係なく、財政政策を決めていることが書かれています。このようなことで良いのでしょうか。

高校の「経済社会」の教科書でも、国の財政政策はどうなっているのでしょうか。まずは、以下に「GDPギャップ(需要と供給のギャップ)」の推移のグラフを掲載します。



このグラフは、内閣府が公表しているGDPギャップの、バブル崩壊時の1990年以後の推移を示しています(青線)。

ご覧のように、1997年の消費増税以前においては、「プラス」のこともあったのですが、増税以後、基本的にずっと「マイナス」基調となっています。これは、97年の増税前までは、「需要が供給よりも多い」状況もあった一方、97年の増税後は「需要の方が供給よりも少ない」という「需要不足」状況になっていることを意味します。

その後、2000年代中盤に一時期、(需要の方が多い)「プラス」となったこともあるのですが、08年のリーマンショックのときに大幅に「マイナス」の需要不足となり、その後、回復してきているのですが、やはり基本的には「マイナス」の需要不足状態が継続しているのが実態です。

さて、先ほど述べた論理を踏まえると、GDPギャップが「マイナス」(=需要不足)の時にはデフレになって「物価が下がり」、逆に「プラス」(=需要過剰)の時にはインフレ、つまり「物価が上がる」こととなります。

したがって、GDPギャップの推移と、物価の変化率の推移は、基本的に「連動」することが予想されます。

このグラフには、その点を確認する意味で、物価(=CPI)の変化率の推移も掲載しています(黄色の線)。なお、この黄色の線は、その時点での数値ではなく、「半年後」(二四半期後)の数値です。

ご覧のように、青い線(GDPギャップ)が上がれば黄色い線(物価変化率)もあがり、逆に前者が下がれば後者も下がる、という形で、連動している様子が見て取れます。

つまり、今、政府が公表しているGDPギャップは、理論的に予測される通り、「半年後」の物価の変化率を「予測」する、あるいは「決定づける」力を持っているわけです。


なお、一点補足すべきは、「消費税率の増加」は、GDPギャップとは別に、物価そのものを上げる効果を持つ、というもの。

そもそも、消費増税は、モノの値段を一律2%や3%上げるのですから、当然、景気がよかろうが悪かろうが、強制的にCPI(物価)を上げる効果を持っているのです。

したがって、97年や2014年にCPI(物価)の変化率が大きくプラスになっていますが、これは、消費増税による見かけ上の効果だ、ということになります。ですので、その点を加味すると、GDPギャップと物価(CPI)変化率との間の連動性は、より一層強いものであることがわかります(特に、2014年の増税時、物価の変化率が急激に一時的に大きくなっていますが、この「山」がないと考えれば、黄色線と青線はよりはっきりと連動していることがわかります)。

なお、両者の相関係数(完全連動の場合1、完全不連動の場合0の尺度)は、0.72という、非常に高い水準にありますから、両者の関係はやはり統計的に言って明白だと言えます(なお、消費増税の効果を除去すれば、さらに高い水準となります)。

ところで、「理論的」に言うなら、GDPギャップ(デフレギャップ)をゼロにすれば、デフレは終わるはず、ということになります。

しかし、このグラフを見れば一目瞭然なとおり、GDPギャップが「プラス」の時(例えば、2006年、2007年ごろや2014年)でも物価の変化率は「ゼロ」ないしは「マイナス」であったりします。

それは、内閣府によるGDPギャップの測定の仕方に、問題があるからです。これは青木泰樹先生が繰り返し主張しておられる通りです。

『2つの潜在GDP』https://38news.jp/archives/03897
『「潜在GDP」を「平均GDP」へ改称すべし』https://38news.jp/economy/10751

詳細は上記記事に委ねますが、今、政府が公表しているGDPギャップは、「本当に日本経済が持っている供給能力」を基準に測定されているのでなく、「実際の能力よりも低い能力」を基準にして測定されていることが原因です。

しかし、こうした、理論的には特殊、あるいはオカシしな「GDPギャップ」指標ではあるのですが、それでもなお、上記グラフのように物価の変動を予測する、あるいは決定づける力を持っているのは、事実です。

では、物価(CPI)の変化率と、GDPギャップとの間にどんな関係があるのかを、統計的に(重回帰)分析 してみると、次のような関係式が示されました(1990年第一四半期から2997年第一四半期までのデータを使用)。
半年後のCPI変化率
= 0.28×GDPギャップ + 0.117 - 0.02×seq(※)
__(6.33)__________(9.43)__(-2.21) 
※ seq: 1990第一四半期が1の連続自然数。( )内はt値、R値は0.71、n=105. 
※ データはいずれも四半期のものなので、年率換算の比率は上記数値と一致。
これはつまり、CPIを年率1%上げるためには、GDPギャップを年率で3~4%程度大きくすることが必要だ、という事を意味しています。

そしてGDPギャップを3~4%大きくする、ということはつまり、需要を15~20兆円(年)程度を拡大するということです。

ということは、単純に考えれば、政府支出を15~20兆円程度拡大すれば、CPIは1%上昇する、ということになります。

実際には、乗数効果(政府支出を1兆円増やせば、GDPは1.5~2兆円程度増える、という効果)があることを考えれば、10~15兆円の政府支出を拡大すればCPI、物価は1%程度上昇するだろう、ということが予期できます。

そして言うまでもありませんが、物価が上がらなければ、賃金も増えず、ビジネスチャンスも拡大せず、投資は冷え込んだままとなり、デフレ不況は終わりません。

だからこそ政府は今、10~15兆円規模の大型の補正予算を組むことが、デフレ脱却のために是が非でも求められているのであり、それは、内閣府自身が公表しているデータから統計的に示唆されているのです。

そして、日銀のターゲットが「2%物価上昇」であることを踏まえるなら、そのクラスの大型景気対策を、少なくとも2、3年間は継続することが必要なのです。だから、同感が考えても、今秋以降の補正予算は、最低20兆円(単年度の場合は)、少なくとも10兆円(この場合は来年度も実行する)が必要なわけです。

しかし、ブログ冒頭の記事にもあるように、このようなことには全くおかまいなしに、'17年度の概算要求は101・5兆円だったので、概算要求の2%カットだと99・5兆円。当初予算は97・5兆円だったので、補正予算は2兆円程度に留まるようにするのが、財務省の意向です。

ちなみに、高橋洋一氏も「20兆円財政出動」で物価目標2%達成可能としています。その記事のリンクを以下に掲載します。
安倍改造内閣が問われる「20兆円財政出動」で物価目標2%達成

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、需給ギャップからみて、今年の補正予算は20兆円は必要だということです。今年10兆円として、来年さらに10兆円ということでも良いとは思いますが、財務省の2兆円というのは、桁違いと言ってもよいほどのものに過ぎません。

財務省の言いなりでは、物価目標2%も達成できず、デフレからの完全脱却も望めません。このようなことで良いわけがありません。

しかし、なぜこのようになるかといえば、当初予算で絞り、補正予算で復活させることで要求官庁が「恩義」を感じるように仕組んでいるだけなのです。

もちろん「恩義」のお返しには、要求官庁傘下の機関への天下りがあることを忘れてはいけないのです。


デフレ脱却は多くの国民の要望だと思います。そのように要望していない人でも、デフレが自分の生活にどのような悪影響を及ぼしているかを知れば、デフレ脱却を望む人がほとんどだと思います。

さて、このような財務省が社会においてリーダー的階層にある正当性はあるのでしょうか。

これについては、マネジメント的側面から考えてみましょう。
社会においてリーダー的な階層にあるということは、本来の機能を果たすだけではすまないということである。成果をあげるだけでは不十分である。正統性が要求される。社会から、正統なものとしてその存在を是認されなければならない。(『マネジメント──基本と原則[エッセンシャル版]』)
企業、政府機関、非営利組織など、あらゆる組織(当然財務省も含む)にとって、本来の機能とは、社会のニーズを事業上の機会に転換することである。つまり、市場と個人のニーズ、消費者と従業員のニーズを予期し、識別し、満足させることです。財務省の本来の機能は、国民のニーズを予期し、識別し、満足させることです。

さらに具体的にいうならば、それぞれの本業において最高の財・サービスを生み出し、そこに働く人たちに対し、生計の資にとどまらず、社会的な絆、位置、役割を与えることです。

しかしドラッカーは、これらのものは、それぞれの組織にとって存在の理由ではあっても、活動を遂行するうえで必要とされる権限の根拠とはなりえないとしています。神の子とはいえなくとも、少なくともどなたかのお子さんである貴重な存在たる人間に対し、ああせい、こうせいと言いえるだけの権限は与えないというのです。

ここにおいて、存在の理由に加えて必要とされるものが、正統性です。「正統性とは曖昧なコンセプトである。厳密に定義することはできない。しかし、それは決定的に重要である」とドラッカーは述べています。

かつて権限は、腕力と血統を根拠として行使された。近くは、投票と試験と所有権を根拠として行使されています。

そうして、財務省は官僚組織であり、官僚は試験によって選抜されます。政府を構成するのは、国会議員であって、国会議員は選挙によって選ばれます。

選挙によって、選抜されるということは、国民の信託を受けているということです。国民の信託を受けた人で構成される政府は、本来官僚よりも政治において、より正当性が高いはすです。

それにも元々、財務省は政府の一下部機関に過ぎません。会社でいえば、政府は取締役会のようなものであり、財務省は財務部のような存在です。そのような財務省が政府をさておいて、補正予算の規模を定めるようなことをするのは明らかに権限の逸脱です。

そうして、ドラッカーは、マネジメントがその権限を行使するには、権限の根拠としてこれらのものでは不足だといいます。

社会と個人のニーズの充足において成果を上げることさえ、権限に正統性は与えないのです。一応、説明はしてくれます。だが、それだけでは不足なのです。腹の底から納得はされないです。

マネジメントの権限が認知されるには、所有権を超えた正統性、すなわち組織なるものの特質、すなわち人間の特質に基づく正統性が必要とされる。
そのような正統性の根拠は一つしかない。すなわち、人の強みを生かすことである。これが組織なるものの特質である。したがって、マネジメントの権限の基盤となるものである。(『マネジメント[エッセンシャル版]』)
では、財務省はこのような正当性を持っているのでしょうか。人の強みを生かすことができているのでしょうか。

おそらく、省内では人の強みを生かすことができているのだと思います。しかし、大きな間違いがあります。財務省は自らの省益にしたがい、人の強みを生かしているだけであって、上部機関である政府や、さらその上の存在である国民のために、組織内の人を強みを生かしてはいません。

このような財務省が日本社会においてリーダー的階層にある正当性は、ないと言わざるを得ません。ましてや、財務省には日本国を統治する正当性などありません。

もともと、財務省は政府の一下部機関に過ぎません。財務官僚が政治に関与したければ、官僚を辞任して、政治家になるべきなのです。そうでなければ、政府の一下部機関として、財務に関しても、政府の目標にしたがい、それを実行するために専門的な見地から、方法を選択することに徹するべきなのです。それで、国が良くなる悪くなるのは、官僚の責任ではありません、あくまで責任は政府にあるのです。

本来、政治に責任のないものが、政治に関与すべきではないのです。

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