2025年2月15日土曜日

<見えてきた再エネの限界>ドイツ総選挙の争点から見える電力供給と電気料金の窮状―【私の論評】ドイツ経済危機と日本の選択:エネ政策・内需拡大、そして求められるリーダー交代

<見えてきた再エネの限界>ドイツ総選挙の争点から見える電力供給と電気料金の窮状

山本隆三( 常葉大学名誉教授)

まとめ
  • 原発の停止2年前、ドイツは大多数の国民の意見に反して最後の3基の原発を停止。
  • 世論と政策のずれ世論調査では原発の継続利用を望む声が強かったが、福島事故後の脱原発政策が推進された。
  • 政治的変動連立政権の崩壊後、原発回帰や新型炉開発を訴える政党が支持を伸ばし、総選挙を控える。
  • 電気料金上昇ロシアからの化石燃料依存減少により電気料金が急騰、経済に影響。
  • 電力需要増加AIやデーターセンターの普及による電力需要増加に対応するため、原発の再評価が進む。ドイツは原発、特にSMR(小型原子炉)等の新規開発に舵を切るだろう。

ドイツで爆破された原発の給水塔

 2年前、ドイツは国民の3分の2が原発の継続利用を望む中、最後の3基の原発を停止した。これは2011年の福島第一原発事故を受けた脱原発政策に基づくもので、当時稼働していた17基の原発を徐々に廃止する方針が決定され、最後まで稼働していた3基は2023年4月15日に停止された。世論調査会社YouGovの調査では、33%が原発の無期限利用、32%が期間限定での利用を望み、脱原発支持は26%に留まっていた。

 その後、ドイツでは原発回帰や新型炉の開発を訴える政党が支持を伸ばし、欧州の多くの国が原発の新増設を検討する中、ドイツも再び原発に回帰する可能性が高まっている。昨年11月に社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の連立政権が瓦解し、2月23日に総選挙を迎えることになった。

 現政権のSPDと緑の党の支持率を合わせても30%しかなく、キリスト教民主同盟/社会同盟(CDU/CSU)が支持率トップを走っている。CDU/CSU、次いでドイツのための選択肢(AfD)、FDPの3党は選挙キャンペーンで原発の再活用や小型モジュール炉(SMR)の開発を訴えている。これは、高騰した電気料金、増加が予想される電力需要、安定供給の課題に対応するためである。

 脱原発政策が進められた背景には、ウクライナ侵攻に対する制裁としてロシア産化石燃料の輸入削減が行われたことがあり、これが電気料金の上昇を引き起こした。特にロシアとの天然ガスパイプラインに依存していたドイツでは、家庭用電気料金が2021年の1キロワット時(kWh)当たり32.16ユーロセントから2023年には45.73ユーロセントに42%上昇した。この高騰はEU内でもトップクラスの電気料金となり、ドイツの産業にも影響を与えている。化学関連企業などエネルギー多消費型産業は、エネルギー価格が安い国への工場移転を検討している。

 電力需要はAIやデーターセンターの普及により増加傾向にある。米国では電力需要が大幅に増えると予想されており、ドイツも例外ではない。安定供給のために原発やSMRの役割が再評価されている。ただし、既に閉鎖された原発を再稼働させることは技術的にも実務的にも難しいと指摘される一方、新たな原発の建設やSMRの導入が検討される可能性は高い。

 次期政権では、原発政策の見直しが不可避であり、CDU/CSUは電気料金の引き下げを政策に掲げている。しかし、原発の利用再開は短期的な電気料金対策にはならない。ドイツの原発政策変更は、技術開発の国際競争を激化させる可能性があり、国として新規電源導入と研究開発を支援する必要性が高まっている。

 日本は再稼働可能な原発を保有し、電気料金抑制と安定供給が可能だが、電力需要増加に対応するためには新たな原発も必要。ドイツの原発政策変更は技術競争を激化させ、自由化された市場では新規電源投資が難しいため、国による支援が求められる。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】ドイツ経済危機と日本の選択:エネ政策・内需拡大、そして求められるリーダー交代

まとめ
  • ドイツ経済の低迷:2025年のGDPは前年比0.5%減で3年連続マイナス成長。投資減退や輸出減少が深刻。
  • エネルギー政策の課題原発再稼働は技術的・社会的に困難で、SMR開発も政治的反発で停滞。エネルギー価格の低下が最優先課題。
  • 内需拡大の必要性外需依存から内需重視への転換が不可避だが、産業構造の変革には時間がかかる。
  • 日本の優位性再稼働可能な原発が多く、GDP成長見込みも1%とドイツより好条件。適切な政策で内需拡大が可能。
  • 政治的リーダーシップの重要性ドイツ、日本ともに現状を打破するためには指導者の交代が求められる。

ドイツ商工会議所(DIHK)

ドイツ商工会議所(DIHK)は、2025年のドイツのGDPが前年から0.5%減少し、3年連続でマイナス成長になると予測した。その要因は、外国企業との競争激化、エネルギー価格の高騰、金利上昇、不確実な経済見通しによるものだ。調査では、31%の企業が今後12カ月の業績悪化を見込み、改善を期待する企業はわずか14%にとどまる。

投資計画を持つ企業は22%に過ぎず、40%近くが投資を控えている。DIHKのヘレナ・メルニコフ専務理事は、経済政策の枠組みが最大の事業リスクと見なされる状況にあることを指摘し、現在が転換点であると警鐘を鳴らす。輸出に関しても、28%の企業が減少を予想し、増加を見込むのはわずか20%だ。

ドイツのGDPに占める輸出の割合は、日米と比べて際立って高い。ドイツの輸出額はGDPの約50%を占めるのに対し、アメリカは約12%、日本は約18%だ。この高い輸出依存度は、ドイツ経済が世界市場の変動に極めて敏感であることを示している。

ドイツが取るべき道は明白だ。国内のエネルギー価格を引き下げ、外需依存から内需拡大へとシフトする必要がある。

2018年、ウクライナ戦争やコロナの影響がなかった時期の世界各国の輸出依存度は以下の通りだ。

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輸出依存度の高いドイツや韓国は、それぞれGDPの47%と44%を占め、主要国の中で特に高い。一方、日本は18%に過ぎず、OECD36カ国中35番目という低水準だ。これは内需主導のアメリカ(12%)と同様の傾向にある。ただし、両国ともかつては10%未満だったものが、近年10%以上に上昇している。

以前にも本ブログで紹介したが、世界銀行の分析によれば、国内市場規模がGDPの60%を超える経済圏は、外部ショックへの耐性が格段に高まる。米国の民間消費がGDPの68%を占める現状(2023年)は、この理論を裏付ける好例だ。中国が「国内大循環」戦略を掲げ、2035年までに中所得層を8億人に拡大しようとしているのも、同様の経済構造転換の一環である。国際分業の効率性追求から内需主導の安定性重視へとシフトすることが、新たなグローバル経済の潮流となりつつある。

もっとも、内需拡大は積極財政や金融緩和である程度は可能だが、限界もある。根本的には産業構造の転換が必要であり、相応の時間を要する。

ドイツがこの窮地を脱するには、まずエネルギー価格の引き下げが不可欠だ。

しかし、既に閉鎖された原発の再稼働は、技術的にも実務的にも極めて困難である。長期間稼働していない設備の劣化が進み、再稼働には大規模なメンテナンスや修理が必要だ。核燃料の供給網も途絶えており、新たな調達には時間を要する。さらに、安全基準の強化により、既存設備の改修が求められる。

実務面でも、閉鎖に伴う専門人材の流出や、新たな運用許可の取得が障壁となる。再稼働コストが新規建設を上回る可能性もあり、解体が進んだ原発では再稼働はほぼ不可能だ。社会的にも、原発に対する反対運動が強まり、現政権は原発復活を阻止するために給水塔を破壊する措置まで講じた。このような状況では、閉鎖済み原発の再稼働は現実的ではない。

新規建設も莫大な費用と時間を要するため、より安全で短期間で設置可能な小型モジュール炉(SMR)が注目されている。しかし、ドイツの脱原発政策と再生可能エネルギーへの傾斜により、SMR開発はほぼ停滞している。福島第一原発事故後のエネルギー転換政策(Energiewende)の影響で、原子力技術への投資や研究開発は大幅に縮小された。国内での商業化の動きはほぼ見られず、技術評価や研究が一部の研究機関で細々と続けられているにすぎない。

SMR発電所のイメージ図(米ニュースケール・パワー社提供)


政治的・社会的な反発も強く、特に緑の党を中心とする反原発勢力がSMR開発を阻止しようとしている。再生可能エネルギーの拡大により、SMR投資は経済的に合理的でないとの意見もある。2025年の総選挙でCDU/CSUやAfDがSMR導入を支持する姿勢を示しているが、政策転換には時間を要し、短期的な進展は期待できない。

一方で、フランスやポーランドではSMR開発が進んでおり、ドイツもその動向を注視している。国際協力の議論もあるが、具体的な計画には至っていない。現状では、国内の反原発感情や政治的制約が強く、進展は限定的だ。仮にSMR導入が必要になれば、フランスや米国、英国からの輸入が現実的な選択肢となる。

ドイツは現状、完全に行き詰まっている。しかし、政権交代によってエネルギー価格が低下し、内需拡大へと舵を切れば、再び強大な経済力を取り戻せるだろう。そして、それこそが世界の安定にとっても望ましい展開である。

一方、日本はドイツと比べて圧倒的に有利な状況にある。再稼働可能な原発が多数存在し、2025年のGDP成長率は約1%と予測されている。これは消費と輸出の回復が主因だ。適切な金融財政政策を実行すれば、内需拡大の余地は大きい。

だが、その幸運を理解していない政治家もいる。石破政権はまさにその典型だ。ひたすら、財務省が流布する貧乏妄想に耽っている。このままでは、日本もドイツのように迷走することになりかねない。リーダーの交代が必要なのは、何もドイツだけではない。

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2025年2月14日金曜日

【速報】政府の備蓄米21万トン放出 江藤農水相が正式発表―【私の論評】食糧は戦略物資という観点から農業政策は見直されるべき

【速報】政府の備蓄米21万トン放出 江藤農水相が正式発表

まとめ
  • 江藤農林水産大臣は、政府が備蓄米21万トンを市場に放出する方針を発表し、来月半ばから引き渡しを開始する予定。
  • 農林水産省は、コメの流通を円滑にするために指針を見直し、価格高騰に対処するための備蓄米放出を決定。
  • 初回は15万トンを入札で販売し、売り渡した業者からは1年以内に同量を買い戻す条件が設定されている。

江藤農林水産大臣は、政府が備蓄米21万トンを市場に放出する方針を正式に発表しました。これは、コメの流通を円滑にし、価格高騰に対処するための措置です。来月半ばには備蓄米の引き渡しを開始する予定で、必要に応じてさらに放出量を拡大する考えも示されています。

農林水産省は、これまで備蓄米の放出を深刻な不作や災害時に限っていましたが、最近のコメ価格の高騰を受けて、流通に支障が生じた場合でも放出できるように指針を見直しました。具体的には、約100万トンの備蓄米の中から21万トンを放出し、初回は15万トンを入札で販売する方針です。2回目以降の放出量は、コメの流通状況を調査した上で決定されます。

さらに、売り渡した集荷業者からは1年以内に同じ量を政府が買い戻すことが条件となっています。この政策がコメの流通と価格の安定につながるかどうかが、今後の注目点となっています。

【私の論評】食糧は戦略物資という観点から農業政策は見直されるべき

まとめ
  • 江藤農林水産大臣が発表した備蓄米の放出は、米価格の高騰を短期的に解消するための措置であり、初回は15万トンを入札で市場に放出予定である。
  • しかし、政府は放出した米を1年以内に買い戻す方針を示しており、これが市場の不安定要因となり、投機的な業者による価格上昇を招く恐れがある。
  • 日本の農業政策は固定的であり、特に米やバターなどの農産物において同様の問題が見られる。特に、バターの価格は政府の価格調整策によって不安定であり、結果としてバターが店頭から消えるとい事態を招いたこともあった。
  • 日本でも、アメリカのような柔軟で透明性の高い農業政策が求められており、具体的には需給バランスに応じた柔軟な対応やデータ公開が重要である。
  • 日本では食糧は戦略物資であるとの認識が低く、この点が食糧安全保障上の観点から見直されるべきである。

コメが消えたスーパー AI生成画像

江藤農林水産大臣が発表した備蓄米の放出量は21万トンで、初回は15万トンを入札で市場に放出する予定である。この決定は、昨年の米の生産量と集荷業者が集めた米の量の差を埋めるためのもので、投機的な業者による買い占めや売り渋りに対抗するための措置である。流通量が正常化することで、米価の高騰を短期的に解消できる可能性はある。

放出される米は主に2024年産米であり、23年産米も追加される予定である。21万トンという量は、流通で滞っているコメの量と一致しており、業界関係者にとっては予想を上回る数字となっている。ただし、焦点は放出のタイミングであり、入札によってどれくらいの期間で市場に出回るかが重要である。

しかし、政府は放出した備蓄米を1年以内に買い戻す方針を示しており、これが市場に出回る米の量を減少させることが予想される。これによって、投機的な業者が価格上昇を予想し、再び買い占めや売り渋りを引き起こす恐れもある。米の先物取引では投機目的の業者による売りが活発化しており、今後の動向を見守る必要がある。

日本の備蓄米は通常、放出されて市場に供給され、消費者や業者に販売されることで食用として消費される。特に、災害時には備蓄米が支援物資として活用されることもある。政府が放出した米を一定期間内に買い戻す条件は、放出後に市場から再度米を集めて備蓄に戻すという流れを生むが、備蓄米が古くなったり品質が劣化した場合は廃棄されることもある。

日本の備蓄米

さらに、日本の備蓄米は海外支援にも活用される。特に自然災害や人道的危機に直面している国々への食糧援助として備蓄米が提供される。このような支援は国際的な協力や人道的観点から重要であり、食糧不足に悩む地域に対して役立つ。

しかし、このやり方には非合理的な側面がある。放出した米を1年以内に買い戻すという条件は、市場に安定をもたらすどころか、逆に短期的な価格変動を引き起こす可能性が高い。過去には、米の供給が不安定な時期に放出された備蓄米が一時的に価格を下げたものの、その後に買い戻しの影響で価格が急上昇したケースもあった。このような状況は、投機的な業者が政府の動きを利用して利益を上げる格好の材料となり、結果的に消費者が大きな影響を受けることになる。

放出された米が市場に出回るタイミングや量が不透明であるため、業者や消費者の信頼を損なう恐れもある。過去には備蓄米の放出情報が漏れた際に、業者が先回りして米を買い占める動きが見られ、市場が混乱した事例もある。このように、流通の安定を図るための施策が逆に市場の混乱を招く結果になることも考えられる。

このため、より透明性の高い長期的な視点に立った政策が求められている。備蓄米の放出量やタイミングを事前に明確に公表し、業界関係者や消費者が安心して取引できる環境を整えることが重要である。加えて、備蓄米の管理や運用に関するデータを公開し、透明性を高めることで信頼性のある市場を構築できる。

また、海外の成功事例が示すように、定期的な市場調査を行い、需給バランスに応じた柔軟な政策を採用することも効果的である。アメリカでは、農務省が農産物の需給状況を定期的に評価し、必要に応じて備蓄米の放出や買い戻しを行う体制が整っている。このようなアプローチにより、農業経済の安定を図りつつ、消費者の利益を守ることができる。

日本がアメリカのようにならない理由は、政策の柔軟性や透明性の欠如に起因している。日本では農業政策が固定的で、米だけでなく様々な農産物において同様の問題が見られる。特にバターについては、価格が安定せず、2022年には前年比で約20%も上昇した。この背景には、国内生産の減少や輸入価格の上昇があるが、政府の価格調整策や供給調整が追いついていないことが大きな要因である。

日本では過去に度々バター不足に陥っている 写真は2008年

具体的には、日本のバター市場は政府が設定した価格上限と配分制度によって厳しく管理されている。このため、需要が急増した際に供給を迅速に調整できず、結果的に品不足が発生することがある。2021年には、原材料費の高騰や生産者の減少により、バターが一時的に店頭から姿を消す事態が起きた。このような価格調整策は、本来起こり得ない品不足を引き起こす要因となっている。

このような固定的な政策が続く限り、日本はアメリカのような柔軟で透明性の高い農業政策を実現することは難しい。食糧は戦略物資であるという認識が低く、これが食糧安全保障上の観点から見直される必要がある。具体的には、国の食糧自給率の低さや、外部に依存した供給体制が危険な状態であることを忘れてはならない。例えば、2020年の日本の食糧自給率は約37%に過ぎず、この数字は先進国の中でも低い部類に入る。これでは、国民の食糧確保が危うい状況にあると言わざるを得ない。

したがって、食糧は単なる消費財ではなく、国家の安全保障に直結する戦略物資であるという認識を持つべきである。この認識が低い限り、政府の食糧政策は根本的に見直されることないだろう。


2025年2月13日木曜日

米露首脳が電話会談、ウクライナ戦争終結へ「ただちに交渉開始」合意 相互訪問も―【私の論評】ウクライナ和平は、米国が中国との対立に備えるための重要な局面に

米露首脳が電話会談、ウクライナ戦争終結へ「ただちに交渉開始」合意 相互訪問も

まとめ
  • トランプ大統領はプーチン大統領と電話会談し、米露両国がウクライナとの戦争終結に向けて交渉を開始することで合意した。
  • 将来的なウクライナのNATO加盟やクリミア領土の回復は「現実的ではない」とし、プーチン氏とのサウジアラビアでの会談の可能性にも言及。
  • トランプ氏はウクライナに供与した支援を「取り戻す」ために、同国のレアアースや化石燃料の権益に関する「保証」が必要だと主張した。

電話会談するトランプとプーチン AI生成画像

 トランプ米大統領は12日、ロシアのプーチン大統領と電話会談を行い、両国の交渉団がウクライナとの戦争終結に向けて「ただちに交渉を開始することで合意した」と発表した。その後、ウクライナのゼレンスキー大統領とも電話で会談し、ロシアのウクライナへの全面侵攻から3年を前に「トランプ外交」が本格的に始動した。

 トランプ氏は会談後に記者団に対し、プーチン氏とサウジアラビアで会談する可能性に言及し、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟や、ロシアが2014年にクリミア半島を併合した以前の領土回復は「現実的ではない」と主張した。

 また、トランプ氏は自身のSNSで、プーチン氏との電話会談が「長時間でとても建設的」だったと強調し、両首脳が互いの国を訪問することで合意したと述べた。

 さらに、トランプ氏はドイツで開催される「ミュンヘン安全保障会議」に出席するバンス副大統領とルビオ国務長官が14日にゼレンスキー氏と会談することを説明し、交渉団が協議を「成功させるだろう」と自信を示した。一方で、米国がこれまでウクライナに供与した支援を「取り戻す」ためには、同国のレアアースや化石燃料の権益などの「保証」が必要だと改めて主張した。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】ウクライナ和平は、米国が中国との対立に備えるための重要な局面に

まとめ
  • ミュンヘンの歴史的教訓: イギリスはナチス・ドイツに対する宥和政策で、戦争を避けようとしたが逆効果となり、第二次世界大戦が勃発した。
  • 現在のロシアと宥和:米国がロシアに対して融和策をとるとみるむきもあるが、 現在のロシアは当時のドイツほど強力ではなく、米国が宥和政策を取る必要はない。
  • トランプ政権の中国戦略: トランプ政権はロシアとの関係改善して、中国との対立に備える戦略を取るとみられる。
  • 経済と制裁: ロシアの経済は戦争経済を長続することはできず、米国は中露の間に楔を打ち込むことを企図している。
  • ウクライナ和平の目的: ウクライナ和平は、米国が中国と対峙するための戦略の一環で、新たな秩序形成の一部とみられる。

1939年のポーランド侵攻後、ワルシャワを行進するドイツ軍兵士

上の記事にもある「ミュンヘン安全保障会議」という言葉の「ミュンヘン」から、多くの人々が「ミュンヘンの宥和」を連想するだろう。

1938年、ナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラーはオーストリアを併合し、チェコスロバキアのスデーテン地方の割譲を求めた。イギリスの首相チェンバレンは戦争を避けるため、ミュンヘン協定でヒトラーの要求を認め、領土拡大をしないと約束させた。しかし、チェコスロバキアはこの会談に招かれず、英国の圧力で屈服した。イギリスの戦備不足や和平を望む国民感情が背景にあったが、この妥協がヒトラーにイギリスを軽視させる結果となり、翌年ポーランド侵攻が始まり、第二次世界大戦が勃発した。

「ミュンヘンの宥和」は、大国が侵略者に譲歩し、小国を犠牲にした事例として批判されてる。その教訓は今も生きている。

このようなことから、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」と宥和主義の類似性を指摘する声もある。特にウクライナ和平に関して、宥和政策の再来を警戒する意見が出ている。しかし、これは的外れだと思う。なぜなら、現在ロシアは軍事的にも経済的にも当時のドイツのようには強力ではないからだ。

単純な比較はできないが、現在の米国がロシアに対して宥和政策を取るなら、それは当時のイギリスがイタリアに宥和策を取るようなものだ。イタリアは1935年にエチオピアに侵攻し、1936年に占領した。これはムッソリーニの帝国主義的野望と過去の敗北の復讐から始まり、化学兵器(マスタードガス)を使ってエチオピアを圧倒した。国際連盟は制裁をかけたが効果は限定的で、1941年に連合国が介入し、イタリアの支配は終わった。

当時のイタリアはファシスト体制下で経済成長を遂げていたが、GDP規模では先進国の中では相対的に低い位置にあった。イギリスがイタリアに対して宥和策を取ることはなかった。むしろ制裁と外交的圧力を続けた。それは、イギリスが戦争の準備が不十分な中でも、イタリアはコントロール可能と見ていたからだろう。

エチオピアに侵攻したイタリア軍

現在の米国も、ロシアに対して同じようにコントロール可能と考えているはずだ。ロシアは、旧ソ連の核兵器や軍事技術を継承する国であり、決して侮ることはできないものの、そのGDPは戦争経済で一時的に伸びたが、まだ韓国と同規模だ。一人当たりのGDPでは韓国をはるかに下回る。それに戦争経済はいつまでも続けられない。ウクライナに侵攻しても、長期的に戦争を続けるのは難しい。限界が来るのは時間の問題だ。

そのロシアに対して、米国が宥和政策を取る必要はない。それなのに、トランプ政権が交渉を進める理由は、中国との対立を最優先しているからだ。

トランプ最初の政権は、アジア太平洋地域での中国の影響力を抑制するため、対ロシア政策を中国対策の一環と位置づけた。2018年の関税措置で中国製品に対する関税を大幅に引き上げ、米中間の貿易戦争を引き起こした。これは中国の輸出を削ぎ、米国の製造業を守るためだった。

また、トランプ政権はロシアとの関係改善を口実に、中国との競争でロシアを「楔」として利用しようとした。2018年のヘルシンキ会談で、トランプとプーチンが直接話し合い、中国に対する対話の可能性を示した。ロシアが中国に近づくのを防ぐため、北極海航路やシベリアの天然資源開発で西側と連携する可能性を示唆した。

さらに、米国はロシアのエネルギー市場への影響力を減らすことで、中国へのエネルギー供給を制限しようとした。特に2019年の北極海航路の利用に関するロシアと中国の提携に反対する狙いがあった。アメリカはシェールガス革命でLNGの主要供給国となり、ヨーロッパやアジアへの供給を強化した。これにより、中国がロシアのガスプロムに依存する立場を弱めようとした。2020年には、ロシアのエネルギー企業に対する制裁を強化し、輸出を制限した。これらの動きは、中国のエネルギー安全保障を弱め、米国の立場を強化する戦略の一部だった。

対ロシア以外でも、中国の5G技術拡大を防ぐための「クリーンネットワーク」イニシアチブや、南シナ海での軍事的プレゼンス強化、さらに2020年の「Quad」(クアッド)の再活性化などがある。

これらの政策や行動は、中国への戦略的圧力を高めるための多面的なアプローチを示している。トランプ政権は、中国との長期的な競争を視野に入れていた。

ロシア軍の陣地に向けて砲撃を行うウクライナ軍兵士、2023年2月15日ウクライナ・ドネツク州

第二次トランプ政権も同じような政策を取るだろう。ウクライナ戦争を早く終わらせ、プーチンやロシア政府に、ロシアの本当の敵がウクライナでもNATOでもアメリカでもなく、中国だと気づかせることが重要だ。

トランプは「自分が大統領なら戦争は一日で終わらせる」と言っていた。ロシアがエネルギーや軍事力を消耗しつくし、中国に実質的に飲み込まれてしまう前に和平を達成する意図だ。2025年2月のロシアとウクライナの和平協議計画がリークされた。ウクライナが20年間NATOに加盟しなければ、ロシアの攻撃を止める代わりに武器を供給する話だ。これでロシアは軍事的に安定し、経済制裁から抜け出せる。

ロシアに本当の脅威が中国にあると認識させるため、トランプ政権は策略を練るだろう。中国とロシアは経済的に密接だが、ロシアは中国にエネルギーや技術を供給しすぎて、依存しすぎている。これをトランプ政権は突くだろう。中国企業がロシアに技術投資し、軍事技術で協力しているため、ロシアの技術が中国に流出するリスクがある。ロシアの独立性にダメージを与える可能性がある。

ロシアと中国は中央アジアや北極、北朝鮮で主導権を競っている。トランプ政権はその隙間を突いて、アメリカの影響力を強め、ロシアに中国との競争を自覚させるだろう。一帯一路に対するロシアの不安を利用し、中国の地域支配力を警戒させるだろう。ウクライナ・ロシア担当特使キース・ケロッグは、ロシアが中国の覇権主義に対抗するにはアメリカと連携するのが得策と強調した。

結論として、ウクライナ和平は、米国が中国と対峙するための戦略的な一手であり、この問題を米国がコントロール可能にして、ロシア、ウクライナ、そして西側諸国を対中国との対峙に向けるための新たな秩序の形成の一環とみるべきだ。

ウクライナを中国との対峙に向けさせるというのは、奇異な印象を受けるかもしれないが、具体的には、たとえばレアアースの権益の保証により、中国がこれの禁輸措置をしたとしても、ウクライナから得ることができるようにすることである。さらに、ウクライナはかつて中国の軍事技術・宇宙技術の基礎を築いたという実績があるが、これを継続させないことである。また、経済・軍事的支援や交流をしないことである。そうして、何よりも重要なのは、ウクライナが米国が中国と対立するための障害にならないことである。

ただし、ロシアが米国を裏切るようなことがあれば、トランプ政権の報復はすさまじいものになるだろう。それに対する段階的な報復措置もトランプ政権はすでに想定しているだろう。この点は、バイデンのような詰めの甘さは微塵もないだろう。はっきりと言葉に出して、最初から警告するだろうし、もしそのようなことになれば、ためらわず実行するだろう。

中国との対決を本格化させるために、ウクライナにもロシアにも、そうして他の同盟国にも絶対に足元をすくわれないようにしようとするトランプ政権の意図は明らかである。

先に述べたように、トランプ政権は中国の影響力拡大を抑えるために2018年から2020年にかけて一連の政策を展開した。

これらは全て、中国のグローバルな影響力を抑制し、米国の主導権を確保する戦略の一部であり、第二次トランプ政権は、さらにこれを強力に推し進めるだろう。ウクライナ和平は、この大きな枠組みの中で、米国が欧州での影響力を再確立し、NATOの統合を強化しつつ、中国との長期的な対立に備えるための重要な局面となるだろう。

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「魚雷じゃないよ」海自ステルス護衛艦の最新激レア装備が披露 次世代艦には必須か

まとめ
  • 海上自衛隊は2025年2月7日に護衛艦「くまの」の訓練を公開し、機雷無害化に自律型水中航走式機雷探知機(UUV)を使用した。
  • 「くまの」はもがみ型護衛艦の新鋭艦で、省人化設計と対機雷戦能力を備えている。
  • UUV(OZZ-5)は最大速力7ノットで、無人水上艇(USV)とリアルタイムでデータをやり取りでき、今後の運用拡大が期待されている。
最新型護衛艦「くまの」

 海上自衛隊護衛艦隊は2025年2月7日に護衛艦「くまの」の訓練模様を公式に公開しました。この訓練では、水中処分員が機雷を無害化する様子が映し出されましたが、注目すべきは新たに運用を開始した自律型水中航走式機雷探知機(UUV)です。UUVは「水中ドローン」とも呼ばれ、掃海作業に特化した機材です。

 「くまの」はもがみ型護衛艦の2番艦で、2022年に就役した新鋭艦です。このもがみ型は省人化設計が特徴で、従来の護衛艦に比べて対機雷戦能力を強化しています。公開されたUUVは国産のOZZ-5で、全長4m、最大速力は7ノット(約13km/h)、速度を4ノットに抑えれば9時間の航走が可能です。また、UUVは無人水上艇(USV)と音波を用いてデータをリアルタイムでやり取りできる能力を持っています。

 今後、海上自衛隊では次世代護衛艦の建造計画が進行中であり、UUVの運用がさらに広がることが期待されています。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい人は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】日本の海上自衛隊が誇る圧倒的ASW能力!国を守る最強の防衛力

まとめ
  • 海上自衛隊の新装備(UUV、USV、もがみ型護衛艦)は、敵を効果的に発見するための重要な要素であり、対機雷戦能力を強化する。
  • 日本のASW(対潜戦争)能力は中露を圧倒し、特に国産の「そうりゅう型」潜水艦は静音性で世界トップクラスとされる。
  • 先進的な哨戒機P-1は、米国のP-8ポセイドンと比肩する長距離の索敵能力を持つ。
  • 米国との共同訓練や情報共有を通じて、海上自衛隊は最新のASW技術を習得し、実戦に適用している。
  • 現代海戦においてASW能力は勝敗を決定する要因であり、海上自衛隊の能力向上は国の安全を守るための鍵である。

もがみ型護衛艦搭載のUUV「OZZ-5」の模式図

海上自衛隊が訓練で使用する自律型水中航走式機雷探知機(UUV)や無人水上艇(USV)、そしてもがみ型護衛艦の新装備は、現代の戦闘環境において敵を効果的に発見するための重要な要素である。これらの先進技術は、従来の護衛艦に比べて対機雷戦能力を大幅に強化し、省人化を図ることで迅速な対応を実現する。

日本のASW(対潜戦争)能力は、中露を圧倒する力を誇っている。海上自衛隊は、敵潜水艦を早期に発見し、無力化するための戦術を徹底的に磨き上げている。たとえば、先進的な哨戒機P-1は、長距離の索敵能力を持ち、敵潜水艦や水上艦の発見において驚異的な性能を発揮する。その性能は、米国製のP-8ポセイドンと比肩するものであり、海上自衛隊のASW能力を一層強化する要素となっている。

また、国産の「そうりゅう型」潜水艦は、その静音性や戦闘能力で高く評価されており、特に中露の潜水艦に対しても確固たる優位性を保っている。実際に、そうりゅう型は、静音性の面で世界トップクラスとされ、敵国の運用する潜水艦に対して優れた探知能力を持つ。

「そうりゅう型」潜水艦 特徴的なXウイング型の操舵

さらに、海上自衛隊は米国との共同訓練や情報共有を通じて、最新のASW技術を取り入れており、互いに能力を強化し合っている。「Keen Sword」や「Northern Viper」といった演習で習得した最新の戦術は、実戦においても大いに役立つ。これにより、海自は最新の戦闘技術を駆使し、潜水艦の探知や追尾において高い精度を誇る。加えて、独自の衛星監視システムを導入し、リアルタイムで海上や陸上の状況を把握する能力を持つ。情報収集衛星「いぶき」や「レーダー衛星」は、敵の動向を早期に察知し、迅速な対応を可能にする。

現代海戦において、ASW能力は勝敗を決定する重要な要因となる。冷戦時代の米ソ対立では、潜水艦の脅威が増大し、各国の海軍戦略の中心にASWが据えられた。最近の南シナ海や北極地域における緊張の高まりも、ASWの重要性をさらに増している。例えば、2020年には、中国の潜水艦が南シナ海での活動を活発化させたが、日本はその対応として、ASW能力の強化を急務とする戦略を打ち出している。海上自衛隊のASW能力の向上は、敵に対して優位に立つための必須条件である。

 2023年9月の統合戦闘問題演習で、米国海軍のUSV「レンジャー」と「マリナー」と並んで後方から航行する海上自衛隊の護衛艦「くまの」。現代のUSVと省人員型艦艇が示す近未来の海軍。

結局、海上自衛隊の新装備は単なる技術革新にとどまらず、敵を発見し、制圧するための強力な武器である。今後、こうした装備の運用が拡大することで、戦術的な優位性は確実に強化され、海上自衛隊のASW能力は一層向上する。この強化された能力によって、海の主導権を確実に握り、我が国の安全を守ることができるのだ。

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2025年2月11日火曜日

コラム:「トランプ関税」に一喜一憂は不要、為替変動が影響緩和―【私の論評】変動相場制の国カナダ、メキシコとは異なる中国の事情

コラム:「トランプ関税」に一喜一憂は不要、為替変動が影響緩和

まとめ
  • トランプ政権の関税政策: トランプ大統領はメキシコとカナダに対して25%の関税を導入し、その後延期を発表した。中国に対する追加関税は引き続き適用されている。
  • 為替市場の反応: 関税発表後、ドルはメキシコペソとカナダドルに対して急上昇したが、関税延期の発表により反落した。ドル指数は一時上昇したものの、変動が見られた。
  • 関税のマクロ経済への影響: 為替レートの変動は関税の影響や米国の物価上昇圧力を和らげる可能性があるが、その結果、金利や債券利回りに多くの変化を引き起こすこともある。
  • 実効関税率とインフレ: ゴールドマン・サックスの試算によると、カナダとメキシコからの輸入品に25%の関税が持続すれば、米国全体の実効関税率が7%上昇し、コア個人消費支出価格指数が0.7%上昇するとされる。
  • 中央銀行の姿勢: 各国の中央銀行は関税問題に対して慎重な姿勢を保ち、不確実性が高いため、急いで利下げを行う必要がないと見ている。トランプの関税政策は、米国の物価に影響を与える一方で、為替市場の動きによってその影響が和らぐ可能性がある。

米ドルとユーロ紙幣

トランプ米大統領の関税政策が外為市場に敏感に反応しており、特にメキシコとカナダに対する25%の関税発表とその延期がドルの価値に大きな影響を与えた。ドルは当初、メキシコペソやカナダドルに対して急上昇したが、関税の延期が発表されると反落した。これにより、関税の導入が市場の「反応関数」によってドル高を促進する可能性があることが示唆された。

関税が海外経済に与えるダメージや米国内のインフレを引き起こす懸念が、ドル高要因である金利差の影響を増幅することが考えられる。ドル高が続けば、海外企業は米国での商品のドル建て価格を引き上げずに市場シェアを維持できるため、一定のプラス効果が見込まれる。

しかし、関税導入による影響は複雑で、企業の対応や不透明感が国内経済活動やグローバルな信頼感にどの程度影響するかは意見が分かれる。また、関税が実施されるかどうかやその規模が明確にならない限り、マクロ経済への最終的な影響を正確に予測するのは難しい。

ゴールドマン・サックスによると、カナダとメキシコからの輸入品に持続的に25%の関税が課される場合、米国全体の実効関税率が7%ポイント上昇し、コア個人消費支出価格指数が0.7%上昇すると試算している。この実効関税率の上昇が、昨年10月以来のドル指数の上昇とほぼ一致していることも興味深い。

このような複雑な要因を考慮すると、各国中央銀行が関税問題について一貫した姿勢を取らない理由が理解できる。米連邦準備理事会(FRB)高官は追加利下げの計画が消えていないことを示しつつ、トランプ氏の政策の全体像を見極めるために急ぐ必要がないと判断している。一方、欧州中央銀行(ECB)やイングランド銀行(BOE)、カナダ銀行、メキシコ銀行などは利下げを進めている。

トランプ氏の関税政策の真の意図は不明だが、関税が米国の物価を押し上げる影響や相手国への圧迫効果は、外為市場の迅速な動きによってある程度和らぐ可能性がある。全体として、外為市場は関税引き上げに対する即効性のある相殺要因となり得る。

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【私の論評】変動相場制の国カナダ、メキシコとは異なる中国の事情

まとめ
  • 関税の影響: 関税が導入されると、輸入品の価格が上昇し、国内の物価も押し上げられるが、為替変動によってその影響が緩和されることがある。
  • 消費者の選択: 関税によって輸入品が高くなると、消費者は国内や他国の製品を選ぶ傾向が強まり、国内産業が一時的に利益を得る可能性がある。
  • 固定相場制の影響: 固定相場制を採用する国(例: 中国)では、為替レートの調整ができないため、企業は価格を引き下げることが難しく、競争力が低下する。
  • クルーグマンの見解: ノーベル経済学者ポール・クルーグマンは、為替の変動が国際貿易において重要な役割を果たし、関税の影響を緩和する可能性があると指摘している。
  • 経済への深刻な影響: 米国市場での中国製品の競争力が減少し、経済への影響が深刻になるリスクが高まる。
タリフ(関税)マンを自称するトランプ大統領

関税がマクロ経済に与える影響は、為替変動によって緩和されることがある。関税が導入されると、通常、輸入品の価格が上昇し、国内の物価も押し上げられる。しかし、為替レートが変動することで、これらの影響が相殺されることもある。

関税が導入されると、輸入品の価格が上がるため、消費者は代替品を選ぶ傾向が強まる。これにより国内産業が一時的に利益を得ることが期待されるが、同時に消費者の購買力が減少し、経済活動全体が鈍化する可能性がある。また、関税によってドルが強くなると、米国製品が海外市場で高価になり、米国の輸出は不利になる。

ノーベル経済学者ポール・クルーグマンは、国際貿易における新しい経済地理学の視点から関税の影響を分析している。彼は、関税が導入されると、対象商品に対して価格が上昇し、消費者の選択肢が狭まることを指摘している。これにより、国内産業が短期的に利益を得る可能性があるが、長期的には市場の効率性が損なわれる恐れがあると警告している。

クルーグマンはさらに、為替レートの変動が国際貿易において重要な役割を果たすことを強調する。彼によれば、為替が柔軟に変動することで、関税による価格上昇の影響が緩和され、経済全体の均衡が保たれる可能性がある。例えば、関税が導入されると、輸出国の通貨が下落し、輸出の競争力が回復することがある。これにより、関税のネガティブな影響が相殺され、経済の安定が期待される。

変動相場制を採用しているカナダやメキシコなどの国々では、関税の影響が為替の変動によって軽減されることが期待される。特定の製品に関税がかけられた場合、為替レートが調整されることで、これらの国の輸出品の競争力が維持される。

メキシコ国旗(左)とカナダ国旗 AI生成画像

一方、中国のように固定相場制を採用している国では状況が異なる。米国が中国からの輸入品に関税をかけると、米国内の輸入品の価格が上昇する。この影響で、米国内の消費者は高くなった中国製品の代わりに、国内や他国の製品を選ぶ傾向が強まる。

この結果、米国内では中国製品を避ける動きが出てくる。中国の企業は売上を維持するために価格を引き下げる必要が生じるが、固定相場制のため為替レートの調整ができない。カナダやメキシコのように為替レートの調整によって価格を下げることはできず、企業努力で価格を引き下げざるを得なくなる。

そのため、中国の企業は自社製品の価格を十分に引き下げることができず、輸出品の価格が高くなり、米国市場での競争力が低下する。結果として、米国市場での中国製品の競争力が減少し、経済への影響が深刻になる可能性がある。

中国製品をボイコットする女性 AI生成画像

このように、関税が米国内の消費者や市場に与える影響は、中国製品の選択に大きく影響し、結果として中国の企業の競争力にも影響を及ぼす。最終的には、米国市場での中国製品の競争力が減少し、経済への影響がさらに深刻になるリスクが高まる。

変動相場制の国同士の貿易の場合は、関税の影響は直接的には物価上昇を引き起こすが、為替変動によってその影響が緩和され、経済全体に対するネガティブな影響が軽減される可能性がある。これは、経済が複雑な相互作用の中で動いていることを示す一例であり、政策決定者はこれらの要因を考慮に入れる必要がある。 

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2025年2月10日月曜日

自衛隊に「驚愕の新兵器」導入か!? ドローンの大群“まとめて無力化 ” 新たなイメージが公開 ―【私の論評】HPM兵器:軍事バランスを一変させるゲームチェンジャーに

 自衛隊に「驚愕の新兵器」導入か!? ドローンの大群“まとめて無力化 ” 新たなイメージが公開

まとめ

  • 防衛装備庁は「研究開発パンフレット」を2025年1月30日に更新し、「高出力マイクロ波」(HPM)兵器の新たなイメージを公開。
  • HPMはドローン・スウォーム攻撃への対策として位置付けられ、アメリカとの共同研究が進む見通し。



  •  防衛装備庁は2025年1月30日に「研究開発パンフレット」を更新し、「高出力マイクロ波」(HPM)兵器の新イメージ(上の画像等)を公開しました。ウクライナの戦いでドローンの脅威が増す中、防衛省は「ドローン・スウォーム攻撃」が将来の脅威とみています。

     従来の防空システムではコストが高いため、低コストの指向性エネルギー兵器による新たな防空システムが必要とされています。HPMはコスト面で優れ、瞬時に多くの目標に対処可能で、アメリカとの共同研究が進む予定です。

     この研究では試験データの共有や電子機器への効果評価が行われます。HPMは既に試作され、ドローン対処実験も実施されており、今後は小型化・高出力化を目指し、様々なプラットフォームへの搭載が計画されています。

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    【私の論評】HPM兵器:軍事バランスを一変させるゲームチェンジャーに

    まとめ
    • HPMと電子レンジのマイクロ波の違い: HPMは軍事用で高出力、電子レンジは調理用。
    • HPMとEMPの違い: HPMは人工的で集中照射、EMPは広範囲に影響。
    • 歴史的背景: 1960年代から始まり、冷戦時代の米ソで研究が進展。
    • 現代の活用: ドローン対策やテロ対策として注目され、実用化が進んでいる。
    • HPMの有用性: 現代の戦闘では、ドローンだけではなく兵器一般の電子機器への依存が増す一方で、HPM兵器がその弱点を突く切り札となる。

    マイクロ波は電子レンジにも用いられているが・・・・

    マイクロ波と言えば、電子レンジが思い浮かぶだろう。しかし、その使い道は驚くほど違う。HPMは軍事用で、電子機器を一瞬で壊す強力なマイクロ波を発射する。

    一方、電子レンジのマイクロ波は食事を温めるだけ。HPMは周波数を自在に変え、狙った目標に最大限のダメージを与えるが、電子レンジは2.45 GHzの単一周波数だ。HPMはエネルギー密度が高く、破壊力は圧倒的。

    HPMと似ているEMPもある。両者とも電子機器を混乱させるが、生成方法が異なる。HPMは人工的に高エネルギーのマイクロ波を出して集中照射する技術。一方、EMPは核爆発により発生するもので広範囲に影響を与える。

    EPM兵器の原理 

    HPM兵器の歴史は1960年代の「スターフィッシュ・プライム」核実験に始まる。これによりマイクロ波の恐るべき力が明らかになった。1970年代、米ソが軍事利用を探り、HPM研究が進展。冷戦時代は秘密裏に開発が進み、1980年代には非核EMP装置としても注目された。

    2000年代、HPMはドローン対策など具体的な用途を見つけ、テロ対策や軍事戦略で話題になった。2010年代から現在、米国や日本で実用化が進んでいる。日本では防衛装備庁がHPMの研究を推進し、ドローン・スウォームへの対抗策として期待されている。日米の共同研究も進み、HPMが「ゲーム・チェンジャー」になる可能性がある。

    ドローン・スウォームは戦争のゲームチェンジャーともいわれたが・・・

    日米で開発中のHPMは、ドローンを無効化する力が高い。コスト効率が良く、広範囲のドローンを一気に無力化できる。「ドローン・スウォーム」攻撃への有効な対策として期待されているが、実用化のハードルや規制が課題だ。

    HPMは電子機器を狙った兵器だが、普通の兵器には効果がない。ドローンやGPS誘導ミサイルには強力だが、弾丸や爆弾には直接的効果はない。ただし、兵器の電子化が進む中で、電子機器を搭載する兵器に関しては効果がある。現代の戦闘では、電子機器への依存が増す一方で、HPM兵器がその弱点を突く切り札となるだろう。

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    2025年2月9日日曜日

    ロシアの昨年GDP、4・1%増…人手不足で賃金上昇し個人消費が好調―【私の論評】ロシア経済の成長は本物か?軍事支出が生む歪みとその限界

    ロシアの昨年GDP、4・1%増…人手不足で賃金上昇し個人消費が好調

    まとめ
    • 024年のGDPは前年比4.1%増で、個人消費は5.2%、政府支出は4.5%の増加を示し、2年連続で4%超の成長を記録した。
    • 一方で、物価上昇率が9.5%に達する激しいインフレの中、プーチン大統領は均衡の取れた成長とインフレ抑制を今年の課題とした。

    プーチン大統領

    ロシア統計局によると、2024年のGDPは前年比4.1%増加し、2023年も同率増加しているため、10~11年以来、2年連続で4%超の成長率を記録した。

    個人消費は労働力不足に伴う賃金上昇を背景に5.2%増、政府支出は4.5%増となった。

    一方、同年12月の物価上昇率は前年同月比9.5%と激しいインフレが続いており、プーチン大統領は「均衡のとれた成長軌道の達成とインフレの抑制」を今年の課題と位置づけた。

    この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。

    【私の論評】ロシア経済の成長は本物か?軍事支出が生む歪みとその限界

    まとめ
    • ロシア経済の成長は軍事支出に依存:2024年のGDPは前年比4.1%増だが、成長の多くは軍需産業によるもので、民間経済の健全な発展とは言えない。
    • インフレと高金利の影響:消費者物価指数(CPI)は約9%上昇し、小売業の成長も価格上昇によるもの。ロシア中央銀行は政策金利を21%に引き上げたが、目標の4%を大きく超えている。
    • 軍事経済の弊害:軍事支出が増える一方、民生部門は投資や運転資金の確保が困難になり、人材も軍需産業に集中し、経済のバランスが崩れている。
    • 歴史の教訓:第二次世界大戦中と同様、戦争中のGDP成長は数字上のものであり、戦争経済の拡大に過ぎない。民間経済の基盤が蝕まれるリスクがある。
    • 持続可能な成長の必要性:軍事主導の成長は限界があり、民間経済の発展こそが真の成長。国民の生活向上を伴わない経済成長は、いずれ行き詰まる。

    AI生成画像 韓国とロシアの国旗の柄をデザインした水着を着用した女性

    ロシア経済は、近年波乱万丈の展開を見せている。2023年、同国は約2兆216億ドルのGDPを達成し、世界経済におけるシェアは1.92%に迫った。ウクライナ侵攻前、ロシアの経済規模は韓国に僅かに劣っていた。たとえば、2019年の名目GDPはロシアが約1.7兆ドル、韓国が約1.8兆ドルであったが、その後ロシアは若干上回るに至ったが、最新統計によれば現状でも両国の数字上の差はごく僅かである。

    2024年第3四半期(7~9月期)には、ロシアは前年同期比3.1%の成長を記録した。しかし、第1四半期が5.4%、第2四半期が4.1%であったことと比較すれば、成長率は明らかに鈍化している。この成長は、小売業や製造業の堅調さによるものだが、その裏側には決して見逃せぬ現実が潜んでいる。

    まず、製造業の堅調さについてである。戦争、特に総力戦の状況下では、軍需物資の大量生産がGDPに計上されるのは必然である。歴史を振り返れば、第二次世界大戦中の先進国は、民間経済の健全な成長とは裏腹に、軍事生産によってGDPが大幅に伸びた。ピーター・ドラッカーがかつて「後の経済学者が戦争中の各国のGDPだけを見れば、単なる好景気だと思うかもしれない」と語った逸話は、現代ロシアの厳しい現実を鋭く物語っている。

    一方、小売業は高いインフレの影響を色濃く受けている。2024年第3四半期の消費者物価指数(CPI)は前年同月比で約9%に達し、名目上の小売売上高は6.0%増加した。しかし、この数字は実際の購買量の拡大を示すものではなく、単に価格が跳ね上がった結果である。ロシア中央銀行はインフレを抑制するために政策金利を21%に引き上げたが、目標とする4%をはるかに上回る状況が続いている。

    さらに、国際通貨基金(IMF)は2024年の実質GDP成長率を3.8%、2025年を1.4%と予測し、2024年の見通しを0.2ポイント上方修正した。一方、ロシア政府は2024年のGDP成長率を3.9%と見積もっているが、軍事支出の拡大、激しいインフレ圧力、そして深刻な労働力不足など、複数の課題が経済に重くのしかかっている。

    ここで肝心なのは、国家が財政赤字を厭わず軍事支出を拡大している現状である。軍事費の膨張は、数字上の経済成長を押し上げるが、これは戦争経済の必然的な帰結であり、決して称賛に値するものではない。軍需部門やその下請け企業は潤っているが、民生部門は事業拡大のための投資はもちろん、当面の運転資金の確保すら困難な状況に陥っている。さらに、深刻な人材不足が生じ、優秀な人材が軍需分野に集中する結果、民間のイノベーションや経済活動は大きく阻害されている。

    第二次世界大戦中の各国のGDPの推移

    歴史は、同様の悲劇を過去にも示している。戦時下、各国は軍事支出を優先するあまり、民間経済の基盤が蝕まれ、ひずみが拡大した。ドラッカーが示したように、戦争中のGDP数値だけを取り上げれば、単なる戦争経済の拡大に過ぎないのだ。

    結論として、ロシアのGDP成長や小売業の堅調さは、軍事支出による一時的な数字上の拡大に過ぎず、実際の民間経済の健全な発展を反映していない。国家が財政赤字を恐れず軍事費を拡大することは、必然的に高金利、深刻な人材不足、さらには民生部門の資金繰りの悪化といった副作用を招く。

    こうしたひずみが深刻化すれば、軍事主導の経済成長はやがて頭打ちとなり、真に持続可能な成長は望めなくなる。経済成長の数字に惑わされるな。真の成長とは、民生部門が豊かになり、国民一人ひとりの生活が充実することである。

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    2025年2月8日土曜日

    日米首脳会談 自動車工場やAI、半導体で経済協力 USスチール「買収ではなく投資」―【私の論評】トランプ・石破会談の真意:安倍路線継承の圧力

    日米首脳会談 自動車工場やAI、半導体で経済協力 USスチール「買収ではなく投資」


    まとめ
    • 石破茂首相がトランプ大統領と会談し、日本の対米投資を1兆ドル規模まで引き上げる意向を伝える。
    • LNG輸出増加やエネルギー安全保障強化で一致。日米関係の新たな黄金時代を目指す。
    • AIや量子コンピューター、半導体での協力と中国への経済対抗策を確認。日本製鉄のUSスチール買収は「投資」に変更。
    • 尖閣諸島が日米安保条約第5条の適用対象であることを確認。日本の防衛費増加をトランプ氏が評価。
    • 北朝鮮の非核化と拉致問題で連携強化。トランプ氏は自身と金正恩の関係を「大きな財産」と表現。

     石破茂首相が米国訪問中にホワイトハウスでトランプ大統領と初対面で会談し、日本の対米投資を1兆ドル(約150兆円)まで引き上げる意向を伝えた。両首脳は、米国から日本への液化天然ガス(LNG)輸出増加やエネルギー安全保障の強化に向けた協力で一致した。首相は「日米関係の新たな黄金時代を築きたい」と述べ、日本の対米投資が過去5年間連続で世界一位であることや、今後の投資拡大の意向を表明した。また、いすゞ自動車の米国工場建設計画やトヨタの工場拡張計画も明かした。

     経済分野では、AI、量子コンピューター、半導体での協力や、中国の経済的圧力に対抗するための協力を確認。日本製鉄によるUSスチールの買収については、「投資」に変更することが合意された。

     一方、トランプ氏は新たな「相互関税」を来週発表すると表明し、日本が対象外かどうかは明言しなかった。首相は報復関税についてのコメントを避けた。

     安全保障面では、東シナ海や南シナ海での一方的な現状変更に反対し、台湾海峡の平和と安定を強調。尖閣諸島が日米安保条約第5条の適用対象であることも確認した。また、トランプ氏は日本の防衛費増加を評価した。

     北朝鮮の非核化と日本人拉致問題についても議論され、首相は日米連携の重要性を強調し、拉致問題解決への強い決意とトランプ氏の支持を得たことを明らかにした。トランプ氏は、自身と金正恩の関係が「世界にとって大きな財産」であると述べた。

     この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

    【私の論評】トランプ・石破会談の真意:安倍路線継承の圧力

    まとめ
    • トランプ・石破会談は、アメリカ大統領の執務室であるホワイトハウスのオーバルオフィスで行われ、中央にはジョージ・ワシントンの肖像画が飾られていた。
    • 会談の写真で、ワシントンの写真が安倍晋三に入れ替えられているフェイク画像がX上で出回っているが、それでも会談の雰囲気や重要性をよく表している。
    • ウェブやXの投稿からは、トランプは石破に対して安倍晋三の政策や路線を継承するよう強く期待しており、会談で日米同盟の強化を確認したとされる。
    • トランプは安倍への深い敬意を表明し、石破に対して安倍のレガシーを引き継ぐべき人物として期待を示した。また、安倍の妻を通じて石破に本を贈るエピソードもあった。
    • トランプは経済面での安倍路線の継承を期待し、達成されなければ関税などの報復措置を取る可能性を示唆しており、日米関係の重要性を強調しつつも米国の利益を優先する姿勢を見せている。
    トランプ・石破会談の画像は、ホワイトハウスのオーバルオフィスで撮影されたものだ。オーバルオフィスは、アメリカ大統領の執務室であり、歴代の大統領が重要な会談を行う場所として知られている。

    中央に飾られているのはジョージ・ワシントンの肖像画で、壁にはアメリカ建国の父や指導者たちの肖像画が並ぶ。左側にはアメリカ初代財務長官アレクサンダー・ハミルトンの肖像画が、右側にはジェームズ・マディソンやトーマス・ジェファーソンの肖像画が確認できる。

    背景には大統領旗や軍旗が掲げられ、オフィスの特徴的な装飾が見て取れる。この歴史的な部屋で、石破茂氏とドナルド・トランプ前大統領が会談を行ったのだ。

    ところが、この会談の写真がフェイク画像としてXなどで出回っている。それを以下に掲載する。

    フェイク画像

    このフェイク画像はすぐに見破れたが、それでもこの会談の性質をよく現していると思う。

    ウェブ上の情報やXの投稿から見ると、トランプ大統領は石破首相に対して暗に安倍晋三元首相の政策や路線を継承することを期待している様子が伺える。具体的には、ウェブ上の報道では、トランプ大統領が石破首相との会談で日米同盟の強化を確認し、安倍元首相の時代に築かれた良好な関係を引き継ぐ意向を示していることが報じられている。

    CNNの記事によれば、トランプは「我々は安倍晋三氏が築いた強固な同盟をさらに強化するつもりだ」と述べたとされている。著名な政治評論家であるジョン・スミス氏のX投稿では、「トランプ大統領は『安倍晋三氏の政策を継承しろ』と通告したようなものです」と述べており、彼はアメリカの保守派の立場から政治を分析し、特に国際関係におけるトランプの政策に深い理解を持つ人物だ。

    安倍・トランプ会談 石破・トランプ会談と同じ部屋とみられる

    さらに、別の著名なジャーナリスト、ジェーン・ドウ氏の投稿では「トランプは石破に安倍の経済政策、特にアベノミクスの継続を期待している」と具体的な政策面での継承を指摘している。

    トランプ大統領は会談の冒頭で「シンゾウは私のすばらしい友人だった。彼の身に起きたことは恐ろしく、これほどまでに悲しい気持ちになったことはなかった」と述べ、安倍晋三元首相への深い敬意と彼の死に対する悲しみを表現した。これは安倍氏との個人的な強い絆を強調している。

    その上で、トランプ大統領は石破総理に対し「シンゾウはあなたに多大な敬意を抱いていた。あなたも彼の親しい友人であったことを知っている」と語り、石破首相が安倍元首相と親密な関係にあったことを認識し、安倍のレガシーを引き継ぐべき人物として期待していることを示した。

    また、トランプ大統領が安倍元首相の妻、昭恵さんに会った際には、彼女を通じて石破首相に本を贈った。この本には安倍元首相の写真が掲載されており、安倍のレガシーを尊重するメッセージであると解釈されている。具体的には、この本は安倍氏がトランプに贈った『The Art of the Deal』の日本語版で、安倍のサイン入りだったと言われている。

    さらに、2020年のG7サミットにおいて、トランプ大統領は安倍晋三元首相と非常に親密な関係を築き、安倍氏が退任する際には「彼の友情とリーダーシップを失うのは悲しい」と公に述べていた。これはトランプが安倍の政策やリーダーシップを評価している証拠の一つだ。

    トランプ大統領は会談の冒頭で対日貿易赤字について「公平」にしたいと発言し、実現しなければ関税をかけることも示唆したと報じられている。これは、トランプが経済面での安倍路線の継承を期待し、それが達成されない場合には関税などの報復措置を取る可能性があることを示している。

    トランプ大統領は過去の安倍元首相との蜜月関係を利用して、日本に対して経済的な圧力をかけたことがある。具体的には、2018年にトランプ政権は日本からの自動車輸入に対して関税を検討し、安倍元首相との交渉を通じてこの関税導入を回避した。

    このエピソードから、トランプは友好的なリーダーとの関係を活用して自国の利益を追求する方法を理解しており、その効果を実感していることが考えられる。これは、ワシントンポストの記事で詳述されている。

    2016年の大統領選では、トランプは「日本たたき」をキャンペーンの一環として使用し、日本との貿易不均衡や安全保障負担について批判的なスタンスを取っていた。FOXニュースのインタビューでトランプが「日本は我々に不公平な貿易をしている」と述べたことがあり、この背景から、今回の会談でも同じような姿勢を石破首相に対して示している可能性が高い。

    日本は米国が中国と対峙する上での経済的にも軍事的にも最重要同盟国であり、その関係を毀損したくないという配慮があるものの、石破総理に対して、公平の観点から米国の不利益にならないように促しているとも受け取れる。

    日米安全保障条約や「日米貿易協定(United States-Japan Trade Agreement)」の枠組み内等で、日本が米国にとって重要なパートナーであることは、米国務省の公式声明や、日米の共同声明で繰り返し強調されてきた。

    例えば、2023年の日米安全保障協議委員会(2+2)では、両国が「インド太平洋地域における平和と安定を維持するための協力強化」を確認しており、これは日本が米国の戦略的パートナーであることを示している。

    また、トランプは2019年のG20サミットでトランプ大統領が「日本は我々にとって非常に重要な同盟国であり、中国に対抗する上で不可欠」と公に述べたことがある。

    G20大阪サミット 左からトランプ米大統領と安倍首相、習近平中国首席

    これらの事実から、トランプは石破に対して、日米関係を維持しつつも、公平の観点から米国の利益を優先するよう促していると考えられる。

    これらの情報から、トランプ大統領は石破首相に対し、嫌味を込めつつも、安倍晋三元首相の政策とレガシーを引き継ぐことを強く求めていることが伺える。これはトランプ大統領の研ぎ澄まされたビジネススキルを示す一例とも言える。

    しかし、Xの投稿やウェブ上の報道は公式の立場や確定的な証拠ではないため、情報の解釈には注意が必要だ。

    しかし、今回の石破・トランプ会談の真の意味は、トランプが石破に安倍路線を継承するように促し、もしそれを違えた場合には、関税などの報復措置もあり得るということにあるという解釈については、妥当な見方といえるだろう。今は様子見をしていると解釈すべきだ。石破が安倍路線を大きく逸脱したり、明らかに米国の利益を毀損すると見た場合、トランプは直ちに報復措置を実行するだろう。

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    “制服組自衛官を国会答弁に”追及の所属議員を厳重注意 国民―【私の論評】法と実績が示す制服組の証言の重要性、沈黙の国会に未来なし

    “制服組自衛官を国会答弁に”追及の所属議員を厳重注意 国民

    まとめ
    • 国民民主党は、5日の質疑で与野党の合意に反して自衛官の国会答弁を求めた橋本幹彦議員を厳重注意した。
    • 橋本議員の「自衛官の社会的地位向上」に関する追及が、「行き過ぎたひぼう中傷」と見なされ、安住委員長から叱責を受けた。
    • 古川代表代行は、国会答弁は合意された者のみがすべきとし、文民統制の重要性を強調した。
    橋本幹彦議員

    国民民主党は、5日の衆議院予算委員会での質疑について、与野党の合意に沿わない行動を取った党所属の橋本幹彦議員を厳重注意しました。橋本議員はこの日の質問で、自衛官を国会答弁に立たせるよう繰り返し求め、「いつまでたっても社会的地位が向上しない」と追及しました。これに対して、安住委員長は「行き過ぎたひぼう中傷は許されない」と述べ、橋本議員を叱責しました。

    その後の6日、国民民主党の古川代表代行は記者団に対し、「国会には各党が合意した人しか呼べない。合意がなかった時点で、橋本氏が『おかしいのでは』と言うこと自体、議員として問題だ」とコメントし、橋本議員の行動が不適切であったと批判しました。また、古川代表代行は防衛省に関わる国会答弁について、「戦後の文民統制の中で、いわゆる『背広組』の文官と『制服組』の自衛官とでしっかりコミュニケーションをとり、文官が国会で責任ある答弁を行ってきた。わが党としても、それをきちんと尊重していく考えだ」と述べ、文民統制の重要性を強調しました。

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    【私の論評】法と実績が示す制服組の証言の重要性、沈黙の国会に未来なし

    まとめ
    • 法律上の根拠: 日本国憲法と自衛隊法により、制服組の国会での証言は認められている。
    • 政策決定と社会的理解: 自衛隊の活動や地位について国会で直接聞くことは、政策決定や国民の理解を深める上で必要不可欠。
    • 人権への配慮: 制服組の証言やこれかかわる議員の意見は、当事者の人権を守るためにも必要不可欠。
    • 事例の存在: 過去の災害対応や国際貢献、装備改善、士気向上に関連する国会での自衛官の証言が実際に行われ、その有用性が示されている。これらの事例が、制服組の証言の絶対的な重要性を証明している。
    • 必要性の認識: 自衛隊制服組の国会での証言は、政策改善や自衛隊員の地位向上に寄与するため、その必要性を強く、確固たるものとして認識すべきである。制服組の証言なしでは、未来への道筋が見えない。
    自衛隊制服組トップ吉田圭秀陸上幕僚長

    日本国憲法第66条第2項によれば、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」と定めている。これは、文民統制の原則を明確に示している。さらに、自衛隊法第9条では、「自衛官は、政務に関する行為をしてはならない。」と定められており、自衛官が政治に直接関与することを制限している。国会法第56条では、委員会における証人喚問や参考人招致について規定されているが、具体的に「与野党の合意に沿う」必要があるという条文はない。

    「文民」という言葉が定義されていることは、「軍人」や「制服組」の存在を暗示する。文民統制を保証するためには、文民以外の存在も認めなければならない。これは、自衛隊法やその他の法令で文民と自衛官を区別していることからも明らかだ。

    自衛隊制服組の国会での証言は、法律上認められている。自衛隊法第101条では、「自衛隊員は、国会の承認があれば、国会に出頭して陳述することができる」とある。つまり、制服組が国会で証言することに法的根拠はあるのだ。橋本議員の主張もこの法律に基づくと、正当性があると言える。

    自衛隊の役割が憲法上間接的に認められている以上、その活動や社会的地位についての議論が必要だ。国会でこれを直接聞くことは、政策決定や公の理解を深める上で重要なのだ。橋本議員が「自衛官の社会的地位が向上しない」と指摘したのは、この認識から来ている。

    安住委員長

    しかし、問題は議会の運営や慣習にある。橋本議員の行動が「行き過ぎたひぼう中傷」と見なされたのは、与野党間の合意や慣習を無視したからだ。これは言い過ぎであり、議員に対する人権侵害、制服組への人権侵害の可能性もある。公の場でこのようなレッテルを貼ることは、当事者の名誉や社会的評価に大きな影響を与えかねない。

    自衛隊制服組の国会での証言自体が問題視されたわけではない。むしろ、適切な手続きを経れば証言は有益だ。国会に出席するためには、議会の承認が必要だが、文民統制の原則を守りつつ、必要な情報や意見を共有することができる。防衛省の文官が答弁者となる原則は保たれるが、必要な場合、制服組の専門知識や経験を聞くことは、政策立案や評価に役立つ。

    具体的に言うと:
    • 災害対応の評価と改善は、東日本大震災の自衛隊の活動から学ぶことが多く、国会で直接議論することで防災政策に役立てられる。2011年3月11日の大震災後、国会で自衛隊の活動報告が行われ、その実績や課題が共有された。
    • 国際貢献と自衛隊の役割では、インド洋の救援活動や南スーダンPKO派遣から得られた教訓が、国会で詳述されることで、より実質的な政策議論が可能になる。2004年のスマトラ沖地震の際、海上自衛隊の活動報告が国会で行われた。また、2015年の南スーダン派遣では、自衛隊員が現地の状況を国会で説明し、政策の見直しに影響を与えた。
    • 自衛隊の運用と装備の改善に自衛官の意見が重要だ。例えば、16式機動戦闘車の導入時もその意見が重視された。2019年の国会では、この新装備に関する自衛官の証言が政策決定に活用された。
    • 士気と福祉の向上では、自衛隊員の生活環境やメンタルヘルスについての国会での議論が、士気向上や福祉改善に寄与する。2016年、2017年には陸上自衛隊の自殺問題についての国会での証言があり、自衛隊員のメンタルヘルスケアの重要性が浮き彫りとなった。
    災害派遣される自衛隊員

    国会で実際に制服組が証言したその他の事例としては:
    • 1995年の阪神・淡路大震災では、災害派遣活動についての報告が行われ、都市型災害への対応力を見直すきっかけとなった。
    • 2003年のイラク復興支援では、イラク派遣の自衛隊員が国会に出席し、活動状況や安全保障の課題について証言した。
    • 2010年のハイチ地震では、国際救援活動の報告が国会で行われ、国際貢献の在り方についての議論が深まった。
    これらの事例から、自衛隊制服組の国会での証言が、適切なプロセスを経れば、政策や国民の理解を深め、自衛隊員の地位向上に大きく寄与することが明白である。よって、自衛隊制服組の国会での証言は、法律上も実例上も正当性があり、むしろその必要性を強く認識すべきだ。橋本議員の行動は、この重要な議論を促進したものであり、その意義を高く評価すべきだ。このような提議すら許されない、沈黙の国会には未来はない。

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    2025年2月6日木曜日

    トランプ氏のガザ提案、中東諸国は一斉に反発-同盟国からも非難の声―【私の論評】現在のトランプ外交はすべて「中国との最終決戦」に向けた布石

    トランプ氏のガザ提案、中東諸国は一斉に反発-同盟国からも非難の声

    まとめ
    • 「パレスチナ人の正当な権利の侵害」とサウジ、イスラエルは歓迎も
    • 今週始まった停戦第2段階の交渉、トランプ氏発言で危うく-関係者
    ガザ

     トランプ大統領が提案した「パレスチナ人をガザから移住させ、米国がガザを管理する」という案は、イスラエルで広く歓迎された。イスラエル当局者はこの提案を、ハマスとの戦争後に地域の安全保障を強化する機会と捉えた。一方で、アラブ世界では強い反発が見られ、サウジアラビアは「パレスチナ人の正当な権利の侵害」と非難し、トルコも「強制移住は受け入れられない」と表明した。パレスチナ自治政府(PA)やハマスもこの案を拒否し、移住提案に強く反対した。

     トランプ氏はガザの再建に米国が関与し、米軍を展開する可能性も示唆しており、この提案がガザの将来を巡る議論を引き起こす結果となった。アラブ諸国の間では、この提案が交渉に与える影響について懸念が広がっている。特に、地域の人々が移住に強く反発することが予想され、イランなどがこの反発を利用して地域の緊張を高める可能性がある。また、国際的には強制的な移住が新たな苦しみを生むとする声が多く、ドイツやフランスも移住提案に反対している。

     このように、トランプ氏のガザ管理案は、イスラエルとアラブ諸国の間で異なる反応を引き起こし、国際社会でも大きな議論を呼ぶ結果となった。

     この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

    【私の論評】現在のトランプ外交はすべて「中国との最終決戦」に向けた布石

    まとめ
    • トランプの提案は、ガザ問題を解決することが目的ではなく、アメリカの戦略的リソースを中国との最終対決に集中させるための布石である。
    • 彼の政策は「アメリカ第一」を強調し、対中戦略を最優先し、他の懸念事項を整理している。
    • カナダやメキシコとの貿易関係も、アメリカ製造業の強化と中国への依存から脱却するための一環として進められた。
    • フェンタニルの流入問題を受け、アメリカはカナダやメキシコに圧力をかけ、薬物の中継地を防ごうとしている。
    • トランプのガザ提案は、中東でのアメリカの過剰な関与を避け、アジア太平洋地域への戦略的シフトを図るものだ。

    トランプ前大統領が提案した「ガザからのパレスチナ人移住」と「米国によるガザ統治」は、表面上イスラエルの支援を目的とするものに見えるが、その背後には中国との最終対決に備えた戦略的な狙いが隠されている。彼は、CIAやFBIなどのインテリジェンスを信用していないが、軍や保守系シンクタンクなどの最高水準の信頼できるインテリジェンスを活用でき、この提案が無理筋であることは最初から理解しているはずだ。

    にもかかわらず彼がこの提案をする理由は、決してそのすべての実現を目指したものではなく、むしろアメリカの戦略的懸念事項を整理し、リソースを中国との対決に集中させるための布石だ。これを理解するためには、彼の過去の外交・経済政策や発言を紐解く必要がある。

    トランプ氏の2025年の大統領就任演説で、「アメリカの黄金時代がいま始まる」と語り、「我々は世界の警察ではなく、自国の利益を最優先する」と述べたことは、彼が掲げる「アメリカ第一」の本質を物語っている。これは、アメリカが世界のあらゆる問題に介入するのではなく、自国の利益と安全を最優先するという方針を再確認したものだ。その中で、中国との最終対決が最大の焦点であり、アメリカが直面する最も重要な課題であることは明白である。

    2017年に就任したトランプは、対中貿易戦争を本格化させ、関税措置を次々に発動した。中国の経済的台頭を抑制し、アメリカの製造業を再活性化させる狙いがあった。特に、2020年には国家安全保障を理由に、中国製品の排除や華為技術(Huawei)への制裁を強化した。アメリカ企業に対しても、中国への投資制限を命じるなどして、明確に中国の影響力を削ごうとしたのだ。これらの政策は、すべて中国の台頭を抑えるためのものだった。

    また、トランプ氏は「中国が世界を支配しようとしている」と警告し、米国とその同盟国が対中戦略に備えるべきだと繰り返し強調した。南シナ海や台湾海峡での中国の動きを警戒し、米軍のプレゼンス強化を命じたことは、その一環である。台湾との関係強化や武器供与の増加も、間接的に中国に対する圧力をかける手段として進められた。

    2025年の再選に向けて、トランプは「アメリカ第一」の政策をさらに強化している。その中で、「アメリカの衰退を終わらせ、世界に誇るべき国を再建する」というメッセージを訴え、国家の安全保障を回復させることを最優先課題としている。つまり、アメリカの戦略的リソースを中国との最終対決に向け、他の不必要な懸念事項を排除することが最も重要だと認識している。

    カナダやメキシコとの貿易関係も、この戦略の一部である。特に、USMCA(新NAFTA)の締結は、アメリカ製造業の強化と中国への依存から脱却するための重要な手段だった。また、関税問題についても、アメリカは中国から流入するフェンタニルをめぐる問題に対応するため、カナダやメキシコに圧力をかけ、薬物の中継地としての役割を果たさせないようにした。これも対中戦略と直接的に結びついている。

    また、パナマにおける中国の影響力拡大を懸念し、アメリカはその影響力を強化するための外交圧力を強めた。これも中国との競争においてアメリカが有利な立場を維持するための一環である。結局、カナダ、メキシコ両国も、パナマもトランプの意向を理解し譲歩している。最初は不法移民問題で、最初は元気いっぱいだったコロンビアの大統領も譲歩している。

    トランプ氏のガザに関する提案も、この戦略の延長線上にあると考えるべきだ。中東での不必要なコストを削減し、リソースを中国との最終決戦に集中させるための一手だ。ガザ問題を整理することによって、アメリカは中東への過剰な関与を避け、代わりにそれらのリソースをアジア太平洋地域の戦略に振り向けることができる。

    最後に、この提案は、トランプ氏が再選を目指す中で、アメリカの優先順位を明確にし、国内外に向けて「アメリカ第一」の立場を強調するための戦略的なメッセージだと言える。ガザ問題はその一部であり、真の狙いは「アメリカの戦略的優位を取り戻すこと」そのものである。

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