2025年12月11日木曜日

中国は戦略国家ではない──衰退の必然と、対照的な成熟した戦略国家・日本が切り拓く次の10年


まとめ
  • 今回のポイントは、中国は“百年の戦略国家”ではなく衝動で動く脆弱な体制であり、対照的に日本はエネルギー・海洋・技術の各分野で戦略国家として浮上しつつあるという現実である。
  • 日本にとっての利益は、中国とロシアの同時衰退がアジアに戦略的空白を生み、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)や半導体回帰、LNG調達とインフラ投資で世界最大級のネットワークを持つ国としての基盤が重なって、日本がアジア秩序の中心に立つ歴史的好機が訪れていることである。
  • 次に備えるべきは、日本版CIAの創設、海洋防衛線の再構築、核融合・SMR・AIを柱とする国家戦略を加速させ、受け身ではなくアジア秩序を主導する国家へ本格的に踏み出すことである。
1️⃣中国は戦略国家ではなく“衝動国家”である

長いあいだ、多くの日本人は中国を「恐るべき長期戦略国家」と見てきた。
百年スパンでアメリカを追い落とし、世界覇権を狙う──そんなイメージだ。

しかし、実際に中国を長年追いかけてきた海外の専門家たちは、まったく逆の結論にたどり着いている。

RAND のアンドリュー・スコベル、スタンフォード大学のエリザベス・エコノミー、ミンシン・ペイなどは、いずれも中国の特徴を“戦略国家ではなく衝動国家”と分析している。

中国を動かしているのは、冷静な戦略ではない。党内の権力闘争、体制の硬直、トップのメンツ。この三つだ。

ゼロコロナの大失敗、ハイテク企業への締め付け、いきなり牙をむく「戦狼外交」。
どれをとっても、先を読んだ計算ではなく、その場その場の“感情の爆発”に近い。
かつて話題になった「百年マラソン(マイケル・ピルズベリー)」も、今では学者の世界では少数派の見方に過ぎない。

最近の「レーダー照射“事前通告”」をめぐるゴタゴタも、まさにその典型だ。
中国側は、海自哨戒機に火器管制レーダーを照射する前に「警告音声を出した」と主張し、その音声まで公表した。
一方、日本の防衛省は「訓練空域や時間、航行警報など、通告に必要な情報は含まれていない。事前通告とは認められない」と、きっぱり反論した。

中国が公開した「音声」を伝えるニュース

ここで大事なのは、「通告があったかどうか」という細かな争いではない。
本来なら技術的な検証で静かに処理すべき話を、中国がわざわざ政治宣伝に使ってきた、という点である。
自分たちの正しさを国内にアピールし、日本側に「面目を失わせたい」。
そこにあるのは、練られた戦略ではなく、体制維持のためのプロパガンダだ。

一帯一路(BRI)も同じ構図である。
中国政府は世界地図に巨大な経済圏を描き、「世紀の国家戦略だ」と宣伝してきた。
しかし、冷静に中身を見れば、ばらばらのインフラ投資や企業救済を、後から「一帯一路」という看板でまとめただけに近い。
習近平体制の威信を高めるための政治ブランド──それが実態だと指摘する研究は少なくない。

ここにエマニュエル・トッドの視点を重ねると、中国の弱点がはっきり見えてくる。
トッドは、中国社会の根っこにある「父権的で上下関係の厳しい家族」を重視する。
この家族観は、「上に逆らえない文化」を生み、国家が間違いを認めて修正する力を奪う。
教育レベルの伸びは止まり、高学歴の若者は仕事を失い、政府は締め付けを強める。
まさにソ連崩壊前夜の姿と重なって見える。

中国の出生率は1を大きく割り込んでいる。さらにエマニュエル・トッドは、中国の正体を一つの数字で見抜いた。

乳幼児死亡率である。

経済が伸びているはずなのに、この数値だけが改善しない。
これは社会の機能がすでに限界に達し、近代化が止まった証拠だ。

家族も国家も間違いを正せない構造のまま硬直し、少子化と若者の疲弊が進む。
外へ強硬になるのは、自信ではない。
衰退を隠すための吠え声にすぎない。

中国は、もはや上昇国家ではない──これがトッドの結論である。 人口の形そのものが崩れ始めた国に、「百年の大戦略」など続けようがない。
トッドは、中国の現在の体制は 2020年代から2030年代にかけて限界に近づき、2040年代には維持が難しくなるだろうという趣旨の見方を示している。

要するに、中国の対外強硬姿勢は「余裕ある大国の自信」ではない。
内側で崩れつつある現実を隠すため、外に向かって吠えざるをえない。
中国は、戦略国家ではなく“衝動国家”であるという方が本質的である。
 
2️⃣日本は”成熟した戦略国家”日本

一方、日本はどうか。
自虐的な論調に慣れた日本人は、「日本には戦略がない」と言いたがる。
しかし、現実はまったく逆だと言っていい。

日本は、中国とは対照的な「静かな戦略国家」である。
大きなスローガンは掲げないが、十年、二十年という時間軸で、着実に国の力を積み上げてきた。

典型が、私がブログで「ガス帝国」と呼んできたエネルギー戦略だ。
豪州、中東、米国、東南アジア。
LNG輸入国である日本は世界各地に LNG 調達のネットワークを張り巡らせ、どこの国よりも多様で安定した供給ルートを持っている。
エネルギーを握られれば国家は一瞬で弱るが、日本はそこを先回りしている。
これは立派な国家戦略である。

外交でも、同じ構図が見える。
安倍政権が打ち出した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」は、岸田政権、石破政権と引き継がれ、今や日本外交の背骨になった。
南西シフトも、政権が変わってもぶれずに進んでいる。
これは、単なる政策ではなく、「戦略の血統」と呼ぶべきものだ。


さらに、次世代技術でも日本は反撃を始めている。
TSMC熊本、Rapidus――これらは名前だけの看板ではない。
日本が、自国に半導体生産の中核を呼び戻そうとしている、はっきりした証拠だ。
AIや量子技術も、「他国に頼る」段階から「自分たちで育てる」段階へと踏み出した。

そこへ拍車をかけているのが、ロシアの衰退である。
ロシアは人口が減り、エネルギー輸出も欧州で地位を失い、中央アジアでも影響力を落としている。
かつてユーラシアの大国と恐れられたロシアは、もはや“背中を預けられる存在”ではない。

中国から見れば、頼みにしていた後ろ盾が弱まり、アジア全体に「空白」が生まれた。
この空白を埋める役割を、自然と日本が担い始めている。
エネルギー、技術、海洋安全保障、サプライチェーン。
どの分野をとっても、日本はアジアの中で、静かに、しかし確実に「中心」に立ちつつある。

日本は、自分で思っている以上に、したたかな戦略国家なのだ。
 
3️⃣日本が切り拓くべき「次の10年の国家戦略」

では、その日本はこれから何をすべきか。
「中国に備える」だけでいい時代は、もう終わりつつある。

これからの日本が担うべき役割は、
アジア太平洋の秩序を「受け身で眺める国」ではなく、
「自ら設計し、主導する国」になることだ。

そのためには、まず情報の力を本気で整えなければならない。
公安、警察、外務、防衛。バラバラに散らばっている情報機能を束ね、
いわば「日本版CIA」ともいうべき中枢をつくるべきだ。
サイバー攻撃、偽情報、世論操作。
これからの戦いは、目に見えないところで始まる。
そこに手を打てる体制を整えることは、もはや贅沢ではない。生存の条件である。

次に大事なのが、海だ。
日本のエネルギーは、インド洋と太平洋の航路を通って運ばれてくる。
ここで事故や妨害が起きれば、日本経済は一気に冷える。
インドやUAEなどと本気の海洋協力を築き、「第二の防衛線」をインド洋に引いておく必要がある。

海上自衛隊のイージス艦

エネルギーそのものも、次の段階に進めなければならない。
ガス帝国としての強みを持つ日本だからこそ、核融合や小型原子炉(SMR)といった次世代エネルギーに賭ける価値がある。
ここで世界の先頭を走れれば、百年単位で日本のエネルギー主権は揺るがなくなる。

国防の現場では、AI の導入が鍵になる。
監視、分析、迎撃。
人間だけでは処理しきれない情報量を、AI に担わせる仕組みを急いで作るべきだ。
「人を減らすためのAI」ではなく、「人を守るためのAI」として使う視点が大事になる。

経済面では、日本が昔から得意としてきた素材、部品、工作機械が武器になる。
これらを軸に、「日本を中心にしたサプライチェーン圏」を組み立てることができれば、
中国リスクに振り回されない経済の土台ができる。無論それと並行してマクロ経済的観点から、日本経済を立て直し、成長する経済へと導く必要がある。

そして忘れてはならないのが、海の底だ。
日本の排他的経済水域には、膨大なレアアース泥が眠っていると言われる。
これを本格的に掘り起こし、国家プロジェクトとして育てていけば、
資源の面でも、日本は簡単には揺さぶられない国になる。

中国はこれから、内側から崩れていく可能性が高い。
ロシアも、かつての力を取り戻すことは難しいだろう。
そんな時代に、我が国はどこを目指すのか。

答えははっきりしている。
「アジアの真ん中で、秩序をつくる側に回る」
これである。

日本はすでに、その力を静かに持っている。
あとは、その力をどう使うか、という決断だけだ。

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