- 今回のポイントは、中国が“余裕のなさ”を隠せず、日本・米国・台湾の戦略的結束に反応してレーダー照射に踏み切ったと見られることだ。
- 日本にとっての利益は、AWACSとASWを軸にした世界最高の情報優位が、中国のA2/ADを実質的に無力化し、第一列島線で確かな抑止力を維持できていることが浮かび上がったという点である。
- 次に備えるべきは、この優位を活かす法制度の整備であり、“撃たれてから撃つ”という戦後の枠組みを改め、自衛隊が現実の脅威に対応できる体制を築くことだ。
中国空母「遼寧」から発艦したJ-15が航空自衛隊F-15に射撃管制レーダーを照射した。これはミサイル発射直前の“殺気の照射”であり、誤操作では絶対に起きない。撃墜されてもおかしくない危険な行為だ。防衛省は事案発生から半日ほどで事実確認と抗議を行い、高市総理も「極めて危険で遺憾」と述べた。この迅速さは、2013年の同様事案で公表に一週間かかった時とは明らかに違う。日本政府はすでに“戦後的な悠長さ”から脱しつつある。
今回、中国が見せたのは最新空母「福建」ではなく旧式の「遼寧」だ。「福建」は電磁カタパルトを搭載する新世代空母だが、重武装戦闘機を安定して発艦させるには依然制約が多い。示威行動に確実性を求めれば、運用経験の蓄積がある「遼寧」を使わざるを得なかった。つまり中国は“見せたい能力”と“実際に運用できる能力”のあいだに、大きな隔たりを抱えている。
では、なぜこのタイミングなのか。背景には、日米が台湾をめぐる戦略を一気に強化させた事実がある。
11月7日、高市総理は「台湾有事は日本の存立危機事態に当たり得る」と明言し、翌日にはトランプ大統領と電話協議を行った。12月2日には台湾保障実行法が成立し、台湾支援を“自粛”から“実行”へと進める枠組みが固まった。さらに12月5日、米国は新国家安全保障戦略を発表し、台湾海峡の安定と第一列島線での軍事優位を最優先とすると宣言した。
このわずか数週間の動きが、中国の思惑を狂わせた。戦略発表から二十四時間以内に中国は反発声明を発し、台湾は逆に強く歓迎した。東アジアの力関係が急速に再編されるさなかで、中国が焦りを見せ、示威行動へ踏み切ったと見るのが最も自然だ。
2️⃣日本が握る“海と空の主導権”──AWACSとASWという世界最強の情報優位
| 日本のE-767 早期警戒機 |
今回の事案を読み解くうえで欠かせないのは、日本が「情報の支配」を握っているという現実だ。空ではAWACS、海ではASW。この二つの組み合わせが、中国のA2/AD戦略を根本から崩している。
航空自衛隊は、世界で日本だけが運用するE-767 AWACSを4機すべて保有している。
E-767は、ボーイング767を母体にした日本専用の大型AWACSで、E-3を基に改良を加えた“デラックス版”とも言える機体だ。機内容積は大きく、搭載システムも最新仕様に更新されており、空中戦全体を統制する“空飛ぶ司令部”として極めて高い能力を持つ。
米軍はE-3を主力に独自の指揮体系を構築しているため、E-767のような大型AWACSを独自に運用する体制は日本固有のものだ。
さらに日本は、最新鋭E-2Dを含む早期警戒機(AEW/C)を多数配備しており、
日本周辺空域は世界でも例を見ないほど高密度の警戒網で覆われている。
(航空自衛隊公式サイト:https://www.mod.go.jp/asdf/)しかし、日本の真の強みは海の領域にある。
ASW(対潜戦)は、中国が最も苦手とする分野だ。
P-1哨戒機は世界唯一の純国産最新鋭機で、レーダーとソナー解析能力は世界最高水準だ。P-3Cも依然として戦力の柱であり、海自は太平洋の広大な海域を常時監視する能力を持つ(海上自衛隊公式サイト:https://www.mod.go.jp/msdf/)。
さらに、日本とアメリカは海底ソナー網(いわゆるSOSUS)と曳航式アレイを統合し、第一列島線を突破する潜水艦をほぼ必ず捕捉できる体制を築いている。海自潜水艦部隊は静粛性と練度で世界最高峰とされ、米海軍から“最も見つけにくい潜水艦”と評されるほどだ。
この情報優位は、A2/AD(米軍接近阻止・領域拒否)戦略を根底から崩す。
この差は、戦力差以上の意味を持つ。
中国が今回のような派手な示威行動に頼る理由は、ここにある。見えない部分の弱さを、見せる行動で補う必要があるのだ。
3️⃣法制度という“最後の弱点”と、日本が進むべき道
ただし、日本には一つだけ決定的な弱点が残っている。
それは法制度である。
自衛隊は中国の軍用機相手でも、「対領空侵犯措置」という警察権の延長で対応せざるを得ない。武器使用は正当防衛か緊急避難のみ。
つまり、撃たれるまで撃てない。
これは現代の空海戦では致命的な遅れだ。今回のようなロックオン事案では、一瞬の判断が撃墜と戦争を分ける。もしF-15が落とされていれば、日本は防衛出動の判断を迫られ、米軍は即時展開し、東シナ海は一気に緊迫した空域になっていただろう。
自衛隊を現実の脅威に向き合える組織へと再定義し、ROE(交戦規定)、軍事法廷、行動規範といった根本制度を整備する必要がある。制度が“戦後のまま”であれば、この国の抑止力はいつか破綻する。
だが希望はある。
AWACSとASWという世界最高の“目と耳”。
第一列島線での情報支配。
日米台の急速な連携強化。そして、日本の政治指導者が示し始めた覚悟。
この国はすでに、守るための力を手にしている。
あとは、その力を生かすための制度と覚悟だ。
中国のレーダー照射は、日本が次の段階へ進む時が来たことを告げる“警鐘”である。
日本は、守るべきものを守る国家でなければならない。
そのための力は、すでに手の中にあるのだ。
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