- 今、原油が高くなってはいない。そうではなく、港・航路・保険・インフラが同時に詰まり、原油そのものが以前より明らかに動きにくくなっている。世界はすでに、「エネルギーが届きにくい時代」に入りつつある。
- エネルギーは市場商品ではない。金を積んでも、港が閉じ、船が出ず、保険が付かなければ届かない。脱炭素や理念では一滴も運べない。この現実を直視できない国から、調達リスクが表面化していく。
- 日本が踏みとどまれてきたのは政治の手柄ではない。総合商社と電力会社の長期契約判断、経産省官僚の地味な運用調整という実務の積み重ねがあったからだ。だから今、その底力を善意に頼らず、国家安全保障として制度化できるかが問われている。
世界の原油輸出量が、14カ月ぶりの低水準に落ち込んだ。
これは価格の問題ではない。需給調整の話でもない。原油そのものが市場に届かなくなり始めているという事実である。
黒海・カスピ海周辺を含む複数の主要ルートで積み出しが滞り、日量で数十万バレル規模の供給が市場から消えた。重要なのは、これが一過性の混乱ではなく、複数週にわたって続いている点だ。原油は高くなったのではない。出せなくなったのである。
| 黒海・カスピ海周辺の地図 |
強風や高波による港湾閉鎖、老朽化した港湾・パイプラインの補修遅延、戦争長期化に伴う海上保険料の高騰と航路変更。これら自体は過去にも起きてきた。しかし今回は、それらが同時に、長期間、しかも複数地域で重なっている。
かつては、どこかで港が閉じても別の地域で補えた。戦争が起きても代替航路や余剰インフラがあった。世界のエネルギー供給には余白があった。しかし今、その余白はほぼ消えた。
冷戦終結後、エネルギー輸送インフラへの投資は抑制され、「壊れなければ使う」が常態化した。補修は先送りされ、異常が起きた瞬間に供給が詰まる構造が固定化された。
戦争も変質した。短期で終わる例外ではない。長期化し、常態化した戦争が、物流、金融、保険に持続的な負荷を与えている。保険料は高止まりし、航路変更はもはや例外ではなく前提となった。
さらに世界は、効率を追い求めすぎた。在庫も余力も削り、平時の合理性を極限まで高めた。その代償として、有事に耐える力を失った。現在の供給網は、一か所詰まれば全体が止まる構造になっている。
今回の原油輸出低下は、個別要因の寄せ集めではない。
世界のエネルギー供給システムそのものが、余力を失った状態で同時多発的な衝撃に晒されていることの表れである。
なお、本章で述べた「原油輸出量が14カ月ぶりの低水準に落ち込んだ」という事実は、一次報道によって確認されている。ロイター通信は、カザフスタン産原油の輸出を例に、悪天候や設備修復の遅れといった非市場要因によって原油の移動が制約されている現状を伝えている。
具体的には、以下の報道がそれを裏づけている。
・[Kazakhstan’s December crude exports sink to 14-month low after Ukraine drone strikes(Reuters)]
・[カザフスタン産原油、12月輸出が14カ月ぶり低水準(ロイター日本語版)]
・[原油市況:輸出低水準報道が供給不安として意識(ロイター日本語版)]
これらの報道はいずれも、価格や需要の問題ではなく、港湾・設備・航路という物理的制約が、原油の流れそのものを鈍らせている点で共通している。
エネルギーは、価格で動く前に、物理で止まる。
欧州はこれを軽視した。ロシア産エネルギーへの依存を合理性の名で正当化し、価格だけを見て政策を組み立てた。その結果、供給が政治によって遮断された瞬間、市場は機能を失った。価格は跳ね上がり、国家は介入せざるを得なくなった。
これは偶然ではない。
エネルギーを市場商品だと信じた国家が、必ず辿る道である。
脱炭素を唱えても港は開かない。
再生可能エネルギーを掲げても航路は安全にならない。
理念は、エネルギーを一滴も運ばない。
エネルギーとは思想でもスローガンでもない。
国家を縛る「物理条件」であり、現実そのものだ。
3️⃣日本はなぜ崩れなかったのか──具体的主体が支えた現実解
我が国は長年にわたり、原油・LNG・石炭を海上輸送・長期契約・国家備蓄という三点セットで運用してきた。これは政治の号令で築かれたものではない。現場を知る民間と、制度を守る官僚の実務の総和である。
総合商社では、三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、住友商事が、中東や豪州における資源権益と長期引取契約を、脱炭素圧力の強い時代にも維持してきた。
電力・燃料分野では、東京電力、関西電力、中部電力、そしてJERAが、LNGの長期契約を切らなかった。
佐々木則夫(三菱商事 元社長・会長)は、資源投資が「時代遅れ」と批判された局面でも、権益と長期契約を戦略資産として保持した。
廣瀬直己(東京電力ホールディングス 元社長)は、原子力事故後の極端な世論環境の中でも、燃料調達と電力安定供給の現実を語り続けた。
小林喜光(元経団連会長)は、脱炭素の掛け声が先行する中で、エネルギー供給と産業基盤を切り離して論じる危うさを一貫して指摘してきた。
彼らは未来を予言したわけではない。
供給が止まった現場を知っていた。それだけである。
民間の判断を制度として支えたのが経済産業省であり、資源エネルギー行政である。日本は国際的な義務水準を上回る国家石油備蓄を長年維持してきた。備蓄量の算定、民間在庫との役割分担、放出時の精製・輸送能力との整合、国際協調放出時の調整。これらは法律を作っただけでは機能しない。良心的な官僚による地味で継続的な運用調整があって初めて成り立つ。
ここで一人だけ、代表的な官僚の具体名も挙げておくべきだろう。
元・資源エネルギー庁長官であり、のちに国際エネルギー機関(IEA)事務局長を務めた田中伸男である。
田中は、脱炭素の理念が世界を覆う以前から、エネルギーを「思想」ではなく「供給の現実」として捉えてきた官僚だった。原油やLNGは、価格や理屈では動かない。港があり、船があり、契約と備蓄があって初めて届く。その当たり前の事実を、日本の政策と国際社会の双方で、愚直なまでに言い続けた人物である。
日本が原油・LNG・石炭を、海上輸送・長期契約・国家備蓄という三点セットで運用してきた背景には、こうした実務感覚を持つ官僚たちの積み重ねがあった。政治のスローガンではない。現場を知る官僚の判断も、結果として国を支えてきたのである。
皮肉なことに、その混乱を吸収したのは、原子力技術と人材を完全には手放さなかった現場と、燃料調達に奔走した民間企業だった。政治が足を引っ張った分を、実務が補ったのである。
日本の底力は、善意と責任感に依存してきた。それは同時に脆さでもある。
世代交代が進み、短期効率が最優先されれば、この実務は理由も説明されぬまま削られかねない。
だからこそ、今やるべきことは明確だ。
この底力を精神論から切り離し、制度として固定することである。
エネルギーを環境政策の付属物ではなく、国家安全保障の中核として再定義する。
調達、長期契約、国家備蓄、海上輸送、保険、港湾・インフラ維持を、国家の責務として明確に位置づける。
これまで我が国を支えてきたのは、カリスマ的政治でも、劇的な改革でもない。
最悪を想定し、それを実務に落とし込んできた善意の人々の積み重ねである。
国家がそれを明確に背負う局面に、我が国はすでに立っている。
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