まとめ
- 今回のポイントは、アメリカが日本の軽自動車の“実用思想”そのものを評価し始め、市場が大きく動き出したこと。
- 日本にとっての利益は、軽自動車産業の復活と、日本の省エネ思想がSMR・核融合炉普及前の“世界標準”になり得る展望が開けたこと。
- 次に備えるべきは、この追い風を逃さず、軽技術と供給網をさらに磨き、日米両市場を同時に獲る体制を固めること。
1️⃣アメリカ市場で始まった“軽自動車革命"
アメリカで、これまで想像すらされなかった変化が起きている。日本の軽自動車に近い“超小型車”を米国内で生産・販売する道を開くよう、トランプ大統領が米運輸省に検討を指示したと報じられたのだ。軽規格そのものが即座に認可されるわけではない。しかし、完全に閉ざされていた市場がいま初めて動き始めた。この一歩には、日本自動車産業の未来を左右する力がある。
2025年12月3日、トランプ大統領は会見でアジアの「小さくて可愛い車」を米国で扱えるようにすべきだと語り、米運輸省に検討を命じた。Bloombergも“Kei-style compact cars”導入の検討開始を報じた。もちろん、日本の軽自動車をそのまま輸入しても、米国の厳しいFMVSS(安全基準)には到底通らない。実際には米国仕様に合わせた“アメリカ版の軽”を新たにつくる必要がある。それでも、日本の軽自動車が持つ思想を米国が評価し始めたという事実は重い。
なぜ、このタイミングで軽なのか。答えはアメリカの現状にある。EVは高すぎて一般層が買えず、ガソリン車も価格が高騰し、郊外で働く人々は移動手段を失いつつある。そんな国で、安い、壊れない、燃費抜群、必要十分なサイズの軽自動車が求められるのは必然である。トランプは保護主義者と誤解されがちだが、「アメリカ国民に利益があるなら輸入は容認する」という徹底した現実主義者だ。軽のような合理的な車を歓迎するのは当然である。
日本の軽自動車が強い理由は、その背後にある日本の産業構造にある。軽を成立させているのは、日本全国の町工場だ。エンジン部品、樹脂成形、電装部品――こうした基盤技術こそ日本の製造業の背骨であり、軽が売れれば地方経済が蘇る。あなたが以前のブログで指摘してきたように、“我が国の静かな強み”とは、華やかな大企業ではなく、こうした地に足のついた技術の総体である。
一方、欧州と中国にとっては深刻な脅威になる。両地域はEVシフトを国家政策として強行してきたが、補助金頼みで土台は脆く、ユーザーはすでに疑問を抱き始めている。そこに日本の軽的コンパクトカーがアメリカ市場へ入り込めば、EV覇権は根底から揺らぐ。特に中国メーカーにとっては致命傷になりうる。
2️⃣EV神話の崩壊と、軽自動車という合理的解
決定的なのは、EVそのものが抱える“構造的な欠陥”だ。EVバッテリーの原料となるリチウム、コバルト、ニッケルの採掘現場では環境破壊と児童労働が続き、製造工程ではガソリン車より多くのCO₂が排出される。EVは“走行中は排ガスを出さない”だけで、実際には火力発電所が代わりに莫大な排ガスを吐いている。これが現実である。
さらに、EVは「発電→送電→蓄電→充電→走行」という長いエネルギーチェーンを持ち、その過程で膨大なロスが生じる。特に急速充電は電力の浪費が激しい。それに対し、軽自動車は成熟した技術でガソリンを直接動力に変換し、最小のエネルギーで最大の距離を走る。純粋なエネルギー効率を比べれば、軽がEVを上回るという研究も多い。
私は以前のブログで書いたが、EVが真に普及するのはSMR(小型モジュール炉)や核融合が実用化し、電力が湯水のように使えるようになった未来だ。電力が安価で無限に近く、安定し、CO₂を一切出さない世界になって初めて、EVの理念は成立する。現在の電力事情のままEV化を推し進めれば、環境負荷はむしろ増加する。
3️⃣エネルギー・ドミナンスと、日本の理念が世界標準になる未来
こうした大局観を踏まえると、トランプが軽的コンパクトカーを評価した理由が見えてくる。彼は単に“安い車”を導入したいわけではない。背後には“エネルギー・ドミナンス”という国家戦略がある。アメリカが石油、ガス、原子力を掌握し、世界のエネルギー秩序を主導する。そして、その未来に至るまでの“現実的な橋渡し役”として、軽的コンパクトカーを評価したのである。
この流れは、日本の国家戦略とも一致する。高市政権が掲げる“ものづくり国家”の再興は、軽自動車を支える地方中小企業を国力の中心に据える発想であり、軽のアメリカ進出は日本産業の再生、地域経済の復活、サプライチェーンの強靭化、そして日米経済協力の深化に直結する。
課題がないわけではない。米国の安全基準への適合、企業の採算、政治的な思惑。しかし、トランプが方向を示し、米運輸省が動き始めた今、その壁は時間とともに崩れていく。合理性は完全に日本の側にある。
長年「ガラパゴス」と笑われてきた軽自動車こそ、世界が求めていた合理的解であった。アメリカという巨大市場が静かに開き、日本の自動車理念――軽量で壊れず、燃費が良く、生活に必要な性能だけに徹する“実用の思想”――が米国で評価され始めている。これは、SMRや核融合炉が普及する前の世界で、日本の思想が“標準”となる可能性を秘めている。
歴史は新たな方向へと動き出した。
軽のアメリカ進出は、我が国の自動車技術と理念が、これからの世界の常識を形づくる未来への第一歩である。
【関連記事】
OPEC減産継続が告げた現実 ――日本はアジアの電力と秩序を守り抜けるか 2025年12月1日
OPECプラスの協調減産長期化が、原油価格とアジアの電力秩序をどう揺さぶるのかを分析した記事。日本が「ガスと電力」をテコに、アジアの安定供給を支える側に回るべきだという論点は、トランプ政権下での軽自動車・コンパクトカー戦略を「エネルギードミナンス」の一部として位置づける今回の記事と直結している。
三井物産×米国LNGの20年契約──日本のエネルギー戦略を変える“静かな大転換” 2025年11月15日
三井物産と米Venture GlobalによるLNG長期契約を、日本のエネルギー安全保障とアジア電力秩序を変える「国家戦略級案件」として論じた一編。ガソリン車・軽自動車を含む自動車産業も、最終的には安価で安定した電力・ガス供給の上に成り立つという視点から、トランプのエネルギー路線と日本の軽規格の親和性を補強して読むことができる。
脱炭素の幻想をぶち壊せ! 北海道の再エネ反対と日本のエネルギードミナンス戦略 2025年5月31日
北海道各地のメガソーラー・風力紛争を素材に、「脱炭素イデオロギー」の危うさと、LNG+原子力を軸にした現実的エネルギードミナンスの必要性を訴えた記事。EVが必ずしもエコではなく、低燃費ガソリン車や軽自動車こそ現実的な過渡期の解であるという今回の問題意識と、エネルギー政策面からピタリと噛み合う。
アラスカLNG開発、日本が支援の可能性議論 トランプ米政権が関心―【私の論評】日本とアラスカのLNGプロジェクトでエネルギー安保の新時代を切り拓け 2025年2月1日
トランプ政権が関心を示したアラスカLNG計画に、日本がどう関与し得るかを検討した論考。中東依存からの脱却とFOIP文脈での経済安保を描く内容で、米国の化石燃料増産路線と、日本側の「軽・コンパクトカー+高効率火力」という組み合わせが、日米エネルギードミナンスの共同戦略になりうることを考えるうえで格好の参照記事である。
トランプ氏とEVと化石燃料 民主党の環境政策の逆をいく分かりやすさ 米国のエネルギー供給国化は日本にとってメリットが多い―【私の論評】トランプ再選で激変?日本の再生可能エネルギー政策の5つの課題と展望 2024年7月31日
トランプがEV義務化の撤回と「ドリル、ベイビー、ドリル」を掲げる背景を整理し、日本の再エネ偏重政策の欠点とSMR・核融合への長期シフトの必要性を論じた記事。EVの「見かけのエコ」と、発電段階のCO₂排出というギャップを指摘しており、軽自動車を過渡期の合理的選択と見る今回の議論の、エネルギー政策的な土台になっている。
0 件のコメント:
コメントを投稿