- 今回の深海泥回収で重要なのは、資源を「掘った」ことではない。高市政権が行ったのは、資源問題を研究や技術開発の延長から切り離し、国家運営の前提として扱い直したという転換である。掘削そのものではなく、「その結果を国家としてどう使うか」を決めた点に本質がある。
- この転換は、政府が現場に出たという話ではない。資源を学術テーマではなく、経済安全保障と国家選択の問題として引き上げたことである。研究から統治へという位置づけの変更こそが、これまでの日本の資源政策と決定的に異なる点だ。
- 日本はここで、資源を嘆く段階から、資源を判断する段階へと進んだ。成果を誇るためではなく、可能性と制約を把握し、次の決断に備えるための第一章である。深海泥回収は、その象徴的な起点にすぎない。
1️⃣2026年2月2日の発表を、なぜ「統治」のニュースとして読むべきか
| 南鳥島近海のレアアースは2018年に発見された |
2026年2月2日、政府は南鳥島近海の深海底から、レアアースを含有する泥を回収したと発表した。作業は地球深部探査船「ちきゅう」による試験航海として行われ、水深五千メートル超という極限環境での回収が確認された。この発表は、多くのメディアで「国産レアアースへの前進」「技術的成果」として報じられた。
だが、それだけでは肝心な点を見落とす。このような話題になると、決まってマスコミなどは掘削そのものにだ焦点をあてた報道のみをしがちである。しかし政治はもともと現場を直接制御できないし、制御すべきでもない。政治の役割は、作業を評価することではない。国家として何を前提に運営し、どの選択肢を持ち、どこに資源を配分するのかを決めることである。
今回の深海泥回収は、「掘れたかどうか」を競う話ではない。我が国が「資源を持たない国だ」という前提を、この先も国家運営の土台として固定するのか、それとも再検証の対象とするのか。その判断段階に入ったことを示す出来事である。ゆえにこれは、実行のニュースではなく、統治のニュースとしても読むべきなのである。
3️⃣統治・政策・実行――混同してはならない三つの階層
経営学の大家である ピーター・ドラッカー は、政府の役割とは、意味ある決定と方向付けを行い、社会のエネルギーを結集し、問題を浮かび上がらせ、選択肢を提示することだと述べた。そして、統治と実行は本質的に両立しないと喝破した。統治と実行を同時に担おうとすれば、統治の能力は必ず麻痺する。決定のための機関に実行まで担わせても、十分な成果は上がらない。体制も関心も、そもそも実行向きではないからである。
この整理を、もう一段はっきりさせておく必要がある。
統治と実行の間には、政策という段階が存在する。
統治とは、国家として何を前提に運営するのか、何を選び、何を選ばないのかを決める行為である。
政策とは、その統治判断を現実に落とし込むための実行計画である。目的、優先順位、制度設計、予算配分、時間軸を含む。
実行とは、その政策に基づいて、行政機関や研究機関、民間が実際に手を動かす行為である。
したがって、政策は統治そのものではない。しかし、単なる現場作業でもない。
政策とは、統治を実現するための設計図である。
ここを取り違えると、「政府が掘った」「政治が現場に出た」という誤解が生じる。だが、今回の事例で政府が行ったのは掘削そのものではない。掘削という実行を、どの統治判断に結びつけるのかを定め、そのための政策として位置づけたことである。
3️⃣高市政権が行った転換――資源を「研究」から「統治課題」へ引き上げた
| 地球深部探査船「ちきゅう」 |
日本は長く、「資源を持たない国」という前提の下で統治されてきた。資源は買うもの、供給遮断は想定しないもの、国家の選択肢は輸入に固定されがちであった。海底資源も、主として学術研究として扱われ、政府は研究費を配分する立場にとどまってきた。
高市政権が行った転換は、掘削の主体を政府に移したことではない。資源問題そのものを、研究テーマではなく統治課題として再定義した点にある。
第一に、資源の位置づけが変わった。重要鉱物やレアアースは、学術的関心の対象ではなく、経済安全保障と国家の選択肢を左右する要素として整理されるようになった。供給遮断リスク、サプライチェーンの脆弱性、同盟国との役割分担という文脈で語られる時点で、これは研究の話ではなく統治の話である。
第二に、掘る目的が変わった。従来は「掘れるか」「どの程度含有しているか」という知見の蓄積が主眼だった。高市政権下では、「将来の国家判断に必要な材料を得るために掘る」という目的が明確になった。研究成果を増やすためではない。前提を維持するのか、書き換えるのかを判断するために掘るのである。
第三に、掘削は政策として位置づけられた。今回の深海調査は、将来の資源確保方針、輸出管理、同盟国との分業、対中依存の見直しといった複数の統治判断に接続される実行計画の一部である。掘削は孤立した研究ではなく、統治を実現するための政策の一工程となった。
なお、実際の掘削・回収作業を担ったのは政府そのものではない。地球深部探査船「ちきゅう」を用いた試験航海として、海洋研究開発機構が主導した。政府が担ったのは、掘削を統治判断の材料として用いるという決定と、そのための政策設計である。
結語 これは「成功談」ではない。資源統治の第一章である
この取り組みは、ただちに成果を誇示するためのものではない。重要なのは、どこまでが可能で、どこに制約があるのかを国家として把握することである。想定どおりに進まない部分があったとしても、それは次の統治判断に必要な情報を得たという意味を持つ。
統治とは、成功談を積み上げることではない。前提を点検し、選択肢を整理し、次に何を決断すべきかを見極める営みである。
今回の掘削は小さな一歩に見えるかもしれない。しかし意味は大きい。我が国はここで、資源を嘆く国から、資源を判断する国へと段階を上げた。2026年2月2日は、日本の資源政策が研究の延長から統治の射程へと移った、その第一章として記憶されるべき日である。
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