まとめ
- 高市政権を批判する前に問うべきは、選挙で掲げた減税と積極財政の公約を守るかどうかである。
- 財務省は誰が落選しても責任を取らない。反高市議員だけが、公認外しや「刺客」擁立で政治生命を失いかねない。
- 野党も高市政権の公約を潰す側に回れば、政権の受け皿にはなれず、次の選挙でさらに拒絶される。
2026年2月8日の衆議院選挙で、自民党は316議席、日本維新の会は36議席を獲得し、与党は合計352議席に達した。自民党単独でも、衆議院定数465の3分の2に当たる310議席を上回る歴史的な勝利である。高市政権は、単に政権を維持したのではない。政策の大転換を実行するための、極めて強い政治的基盤を与えられたのである。詳しい選挙結果は、自民党「衆院総選挙 自民316議席」で確認できる。
高市早苗総理は選挙後、国民から「政策転換を何としてもやり抜いていけ」と背中を押されたと述べ、政権公約の実現に党一丸で取り組む考えを明言した。その発言は、自民党「衆院選の結果を受けて 高市早苗総裁会見」に掲載されている。
有権者が支持したのは、従来の増税と緊縮財政への回帰ではない。「責任ある積極財政」の下で危機管理投資と成長投資を進め、我が国を強く豊かにするという方向性である。
ところが、選挙から半年もたたないうちに、野党やマスコミだけでなく、自民党内部からも高市政権にブレーキをかけようとする声が目立ち始めた。実質賃金、ナフサ価格、円安、減税、国債、金利。その都度、もっともらしい言葉が持ち出されるが、本当に国民生活を案じているのかといえば、甚だ疑わしい。
結論は最初から決まっている。高市政権が気に入らない。その結論に合わせ、攻撃に使えそうな数字や出来事を後から拾い集めているだけではないのか。
1️⃣問われるべきは、高市政権が公約を守るかどうかである
高市政権だから無条件で支持するという話ではない。高市政権であろうが、別の政権であろうが、選挙で掲げた公約を実現しない政党が、次の選挙で有権者から拒絶されるのは当たり前である。
選挙とは、政党が有権者に政策を示し、その実行を条件として政治権力を預かる制度だ。選挙が終わった途端に「財源がない」「制度が難しい」「市場が反応する」と言い始めるのであれば、最初から公約として掲げるべきではない。
財源や制度設計を議論するなと言っているのではない。実現できない理由を探す議論と、実現する方法を探す議論は、まったく違う。
自民党は2026年の政策集で、飲食料品を2年間に限って消費税の対象としないことについて、財源や実施時期を含め、実現に向けた検討を加速すると掲げた。高市総裁も選挙前、仕入れ税額控除を可能とするゼロ税率を採用する考えを明示している。根拠は、自民党「食料品の消費税」および自民党「高市総裁 飲食料品の消費税減税に意欲」に示されている。
したがって、政権与党に課された責任は、この公約をどのように実現するかを詰めることであって、選挙後に理由を並べて骨抜きにすることではない。
税率の変更には法律が必要であり、政府案であれ議員立法であれ、国会の審議と議決を経なければならない。予算案を作成して国会へ提出するのは内閣である。財務省、党税制調査会、各種会議は制度設計や政治過程に大きな影響を与えるが、単独で税率や予算を決定する機関ではない。この制度上の原則は、衆議院「財政に関する基礎的資料」に整理されている。
だからこそ、最終的な責任は政治家にある。
財務省に反対されたからできなかった。党内調整が難しかったから先送りした。市場が不安視するから縮小した。そうした説明をいくら並べても、有権者との約束を破った責任は消えない。
高市政権が批判されるべきなのは、公約を実行しようとした時ではない。公約を曲げ、選挙で示された民意を裏切った時である。
反高市派が好んで持ち出す円安についても同じことがいえる。円安になれば輸入物価が上がり、輸入原材料を使う企業や家計に負担が生じる。しかし、為替には必ず両面がある。
| 国内工場の製造ラインと輸出用コンテナを同時に写した写真 AI生成画像 |
円安は輸出価格の競争力を高め、海外で得た利益の円換算額を押し上げる。経済産業省も、円安を輸出拡大の好機と位置づける一方、企業がその効果を十分に収益へ結びつけられていないことを課題として示している。詳細は、経済産業省「通商白書2023」に記されている。
だからこそ、円安上等である。
我が国が目指すべきなのは、円を高くすること自体ではない。円安を利用して国内投資を増やし、生産能力を高め、輸出を拡大し、得られた利益を設備、雇用、賃金へ還流させることである。
輸入価格上昇への対策は必要だが、その答えは景気を冷やす利上げや円高への回帰ではない。国債発行を当然の前提として家計負担を軽減し、原発再稼働、食料自給力の強化、国内投資の促進によって、我が国の供給力を再建するべきである。
円安による負担は政策で緩和し、円安による利益は国内投資、国家資産形成、雇用、賃金へ回す。それが政治の仕事である。
ところが反高市派は、実質賃金で攻撃しにくくなれば円安を持ち出し、円安だけでは足りなければナフサを持ち出す。さらに国債や金利へと批判材料を入れ替える。
材料は変わる。しかし、「高市政権を叩く」という結論だけは変わらない。
2️⃣財務省は誰が勝っても困らない――反高市派には刺客もあり得る
自民党内の反高市派について考える時、無視できないのが財務省の組織的な影響力である。
財務省、特にその中枢にいる高級官僚にとって、自民党の誰が総裁になるかは、本質的な問題ではない。高市総理が勝とうが、反高市派が勝とうが、財務省という行政組織は存続する。野党が躍進しようが衰退しようが、選挙で議員バッジを失うのは政治家であり、財務官僚ではない。
財務省は、主計局で国の予算や決算、主税局で税制、理財局で国債、財政投融資、国有財産などを所管している。つまり、国家の金を集め、借り、配る仕組みの中枢に位置する。所管業務は、財務省「財務省の仕事」に明記されている。
ただし、財務省が予算や税制を単独で決定するわけではない。財務省は原案作成、査定、制度設計、各省庁との調整を担い、政府や与党の意思決定に極めて大きな影響を与える組織である。
問題は、その影響力が国民生活より組織の権限を守る方向へ働いていないかということである。
国民の手元に金を残す減税では、官僚が使途を決めることはできない。しかし、税金として徴収し、補助金、基金、交付金、委託事業として配れば、行政が配分先と条件を設計できる。
この構造がある以上、減税より徴税と再配分を好む組織的な誘因は生まれやすい。減税には「財源がない」と厳しく迫りながら、補助金や基金には予算を付ける。そのように見える事例が繰り返されれば、「国民生活より予算配分権限の維持を優先しているのではないか」と疑われるのは当然である。
その先には、退職後の再就職という問題もある。2024年度に公表された一般職国家公務員の再就職は、全府省合計で1733件だった。うち585件が営利法人、344件が一般社団法人または一般財団法人への再就職である。これは財務省だけの数字ではなく、再就職のすべてが不正な天下りという意味でもない。数字の詳細は、内閣人事局「国家公務員の再就職状況」で確認できる。
一方、政府は、府省による再就職のあっせんや、在職中の利害関係企業への求職活動などを規制している。こうした規制が存在するのは、行政権限と再就職先との間に癒着が生じ得るからである。規制の内容は、内閣人事局「退職管理・再就職等規制」にまとめられている。
国民から集めた金を配る権限を広げ、その権限によって各省庁や業界への影響力を強め、最後はその知識と人脈を再就職に生かす。そのような循環が常態化すれば、「国民のための財政ではなく、官僚組織のための財政ではないか」という批判が生じる。
国民生活より組織の権限を優先する精神があるとすれば、それは端的にいって卑しい。国家への信念でもなければ、公僕としての矜持でもない。権力への執着である。
財務省へ入る若者のすべてが、最初からそのような考えを持っているわけではない。我が国のために働きたいという志を持つ、善良で優秀な若者も多いはずである。
しかし、人は組織の評価制度に適応する。減税より増税、景気拡大より歳出削減、国民所得の増加より財政収支の改善が高く評価される組織であれば、立派な志を持って入省した若者も、次第にその論理へ染まっていく危険がある。
例外はいるだろう。しかし、増税と負担増が長く繰り返されてきた以上、財務省全体の評価軸と政策思想は問い直されなければならない。
自民党内の反高市派は、この構造を理解すべきである。彼らが財務省の論理に従い、食料品の消費税ゼロを潰し、積極財政を後退させれば、失望した有権者から責任を問われるのは自民党議員である。
財務省は責任を取らない。
財務官僚は選挙に出ない。減税を潰した議員が落選しても、官僚が代わりに議員バッジを失うことはない。落選し、政治生命を断たれるのは政治家である。
| 霞が関の財務省庁舎を正面から捉えた写真 AI生成画像 |
反高市派が党内抗争に負けた場合も、代償が単なる「冷飯」で済むとは限らない。党役職や大臣人事から外されるだけでなく、次の衆議院選挙で公認を得られない可能性もある。
自民党の公認候補は、現職だから自動的に決まるものではない。党則では総裁が選挙対策本部長を務めると定められており、実際に衆議院選挙の公認候補は党選挙対策本部会議で決定されている。この仕組みは、自民党「党則」と自民党「衆院選の公認候補295人を発表」で確認できる。
党の基本方針に反した議員を非公認とし、その選挙区に新たな公認候補を立てた前例もある。2005年の郵政解散では、小泉純一郎総理が郵政民営化法案に反対した議員を公認せず、多くの選挙区へ対立候補を擁立した。いわゆる「刺客」である。この選挙の性格は、第163回国会・郵政民営化特別委員会の会議録でも言及されている。
2005年の総選挙で、自民党は296議席を獲得し、公明党との連立与党は当時の衆議院定数480の3分の2を超えた。選挙後の議席状況は、衆議院「平成17年の国会の動き」に記録されている。
これに対し、現在の高市政権は、自民党単独で316議席、与党全体で352議席を持つ。自民党単独で現在の衆議院定数465の3分の2に当たる310議席を上回っており、小泉郵政選挙後よりも強い自民党単独の衆議院基盤を持っている。
もちろん、高市総理や党執行部が現時点で反高市議員を非公認にし、「刺客」を立てると決定した事実はない。議席が多いからといって、大量の非公認や対立候補擁立が自動的に成功するわけでもない。地方組織、後援会、候補者の知名度、選挙区事情も絡む。
しかし、小泉政権より高市政権の方が、党内反対派を切り離し、選挙で決着をつけやすい議席環境にあることは間違いない。
一部の反対派を非公認にしても、直ちに衆議院の過半数を失う状況ではない。仮に一定数が離反しても、政権を維持しながら候補者を入れ替える余力がある。
法律案が参議院で否決された場合、衆議院は出席議員の3分の2以上の賛成で再可決できる。自民党内を結束させることができれば、316議席は立法上も強力な基盤となる。この仕組みは、衆議院「国会の権限」に説明されている。
高市政権が次の総選挙で、「減税と積極財政を進めるのか、財務省主導の緊縮政治へ戻るのか」を主要争点に据えた場合、反高市議員は単なる党内批判者ではなく、政権公約に反対する候補者として扱われる可能性がある。
公認を外される。比例代表への重複立候補を認められない。党の支援を受けられない。そして、自分の選挙区に高市政権の政策を支持する新人候補を立てられる。
小泉郵政解散では、それを「刺客」と呼んだ。
反高市派が党内抗争に勝てば、高市政権の公約を潰した責任を問われ、自民党全体とともに次の選挙で議席を失う。反対に党内抗争に負ければ、役職から外されるだけでなく、公認を失い、比例復活への道を閉ざされ、選挙区へ対立候補を立てられる可能性すらある。
反高市派が支払う代償は、冷飯などという生易しいものではない。
政治生命そのものを失う可能性がある。
一方、財務省は、誰が勝っても誰が負けても困らない。反高市議員が落選しても責任を取らず、次の政権に同じ財源論を説けばよい。
自民党議員が見るべき相手は、霞が関の高級官僚ではない。高市政権を支持する党員であり、自分に1票を投じた有権者である。
3️⃣野党も公約を守らせる側へ回らなければ、大敗する
野党にも重大な問題がある。本来、野党の役割は、与党が選挙公約を実行しているかを監視し、実行が遅れたり、内容が後退したりすれば、国会で追及することである。
自民党が食料品の消費税ゼロを掲げたのであれば、野党は「選挙で約束した通り、早く実行せよ」と迫るべきだ。しかも、消費税減税を主張してきた野党は少なくない。
それにもかかわらず、高市政権が減税を進めようとした途端、財源や事務負担を理由に反対するのであれば、自分たちが掲げてきた減税まで疑われることになる。
自分たちが主張する減税は善だが、高市政権が行う減税は悪。自分たちの積極財政は生活支援だが、高市政権の積極財政はバラマキ。これでは政策ではない。単なる好き嫌いである。
野党が取るべき道は明確だ。高市政権が公約を実行するなら協力し、公約を後退させるなら「選挙で約束した通り実行せよ」と追及する。その上で、自分たちなら、より早く、より効果的に実現できると訴えればよい。
それが責任ある野党である。
| 国会の委員会室で向かい合う与野党議員の写真 AI生成画像 |
反対のための反対を続け、自民党内の反高市派と一緒になって公約を潰せば、野党も民意を裏切った側に立つ。高市政権が公約を実現して成果を上げれば、反対し続けた野党の存在意義は薄れる。
反対に、高市政権が公約を破って失敗しても、野党がその公約潰しに加担していれば、政権の受け皿にはなれない。
どちらに転んでも、大敗である。
野党が生き残る道は、高市政権を無条件に攻撃することではない。自民党に公約を守らせ、国民生活を良くする側へ回ることである。
著名人を名乗る者、古びたイデオロギーに怒りを燃やす者、ワイドショーの空気に流される者も同じだ。悪意で煽っているのか、暇を持て余しているのか、それとも政治を好き嫌いだけで判断するほど幼稚なのか。顔ぶれも手口も、毎回ほとんど同じである。
実質賃金、ナフサ、円安、国債、金利。批判の道具は入れ替わるが、結論は変わらない。高市政権が気に入らない。その結論から出発し、都合のよい材料だけを並べている。
それでは、国民生活を良くするための議論にはならない。
反高市の野党やマスコミは、高市政権が成功すれば存在感を失う。高市政権が失敗しても、自分たちが公約潰しに加担していれば、新たな選択肢とは見なされない。
反対のための反対しかできない勢力が凋落していくのは、自明の理である。
結論 公約を守らない者には、有権者が答えを出す
有権者が要求すべきことは1つである。
選挙で約束した公約を守れ。
高市政権には、責任ある積極財政、減税、危機管理投資、成長投資を実行させる。高市派の議員には、党内融和という曖昧な言葉に逃げず、選挙で示された民意を守らせる。野党には、反対のための反対ではなく、与党に公約を実行させる役割を果たさせる。
高市政権だから、公約を守らなくてもよいわけではない。高市政権だから、公約を潰してよいわけでもない。誰が政権を担おうが、公約を守った政党は評価され、公約を破った政党は拒絶される。
反高市派が公約を潰せば、次の選挙で落とされる。党内抗争に負ければ、冷飯を食わされるだけではない。非公認となり、比例復活への道を断たれ、選挙区へ刺客を立てられる可能性すらある。
しかも、高市政権は小泉郵政選挙後より多い自民党議席を持ち、反対派を切り離しても政権基盤を維持しやすい環境にある。
野党が公約潰しに加担すれば、次の選挙で大敗する。そして財務省だけが、誰が勝っても誰が負けても選挙上の責任を負わず、次の政権に同じ増税と緊縮財政の論理を説き続ける。
この構造を終わらせなければならない。
政治家が見るべき相手は、財務省ではない。マスコミでもない。党内の派閥でもない。主権者である国民である。
この当たり前を忘れた者には、次の選挙で有権者が答えを出す。
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