2026年7月27日月曜日

飛鳥・藤原が世界遺産に――日本は大陸の模倣ではなく、ここで「日本」になった


まとめ
  • 飛鳥は1つの固定された都ではない。592年から694年までの約100年間、複数の天皇宮を中心に、難波や近江への移転を挟みながら国家形成が進められた政治空間である。
  • 天武天皇が構想した藤原京を持統天皇が完成させ、694年に遷都した。藤原京は710年まで約16年間、持統、文武、元明の3天皇が宮を置いた、我が国最初の本格的な計画都市である。
  • 飛鳥・藤原で築かれたのは官僚制度だけではない。外来文明を我が国の皇統、祭祀、祖先観、自然観と融合させる、日本独自の霊性の文化も形づくられた。

2026年7月26日、韓国・釜山で開かれた第48回世界遺産委員会は、我が国が推薦した「飛鳥・藤原の宮都」を世界遺産一覧表に記載することを決議した。登録を直接決定したのは、ユネスコ事務局や諮問機関のイコモスではなく、世界遺産条約に基づく政府間委員会である世界遺産委員会である。

「飛鳥・藤原の宮都」は、我が国で27件目の世界遺産となった。宮殿・官衙、仏教寺院、墳墓など19の構成資産から成り、中国大陸や朝鮮半島との交流を通じて、日本列島に中央集権国家が形成された過程を示す文化遺産である。登録基準は、文化的価値の交流を示す基準(ii)と、文明や文化的伝統を伝える物証としての基準(iii)であった。

だが、遺跡の価値だけを並べても、飛鳥・藤原の本質は見えてこない。誰がこの地に宮を置き、何を恐れ、何を目指して国家を築いたのか。当時の世界では何が起きていたのか。そこまで描いて初めて、飛鳥・藤原は我が国が日本になった歴史の舞台として立ち上がる。

1️⃣飛鳥から藤原へ――誰が日本国家を築いたのか

「飛鳥・藤原の宮都」という名称から、1つの都が長く続いたように思う人もいるだろう。しかし、飛鳥と藤原京では性格が異なる。飛鳥とは、現在の奈良県明日香村周辺に複数の天皇宮が置かれ、宮殿、役所、寺院、工房、庭園が次第に集積した政治空間である。後の平城京や平安京のような、初めから計画された恒久的都市ではなかった。

飛鳥が政治の中心となった起点は、592年に推古天皇が豊浦宮で即位した時とされる。ただし、飛鳥が694年まで途切れず都であったわけではない。645年には孝徳天皇が難波長柄豊碕宮へ移り、667年には天智天皇が近江大津宮へ移った。したがって、592年から694年までの約100年間、飛鳥を主な舞台としながら、難波や近江への移転を挟んで国家形成が進められたと見るべきである。

藤原宮跡 AI生成画像

推古天皇の政権を支えたのは、皇太子の厩戸皇子、後の聖徳太子と、大臣の蘇我馬子であった。推古天皇を名目的な君主、厩戸皇子や蘇我馬子を単独の実力者とみなすのは正確ではない。推古天皇の下で、皇族と有力豪族が政権中枢を担ったと考えるのが妥当である。この時代には、冠位12階、憲法17条、遣隋使、仏教寺院の造営が進められた。

中国では589年に隋が統一国家を築き、618年には唐が成立した。推古朝は、東アジアの秩序が再編される中で、倭国が自らの立場を定めようとした時代であった。

その後、舒明天皇は飛鳥岡本宮、皇極天皇は飛鳥板蓋宮、斉明天皇は後飛鳥岡本宮を営み、さらに天武・持統両天皇の飛鳥浄御原宮も同じ一帯に置かれた。現在の飛鳥宮跡では、同じ場所に4時期の宮殿が重なって築かれたことが発掘調査で確認されている。宮を移す伝統を残しながら、政治機能は次第に特定の地域へ集積していった。

皇極天皇の時代には、蘇我蝦夷と蘇我入鹿が大きな権力を持った。しかし645年、中大兄皇子と中臣鎌足らが蘇我入鹿を討った乙巳の変により、蘇我氏本宗家の支配は崩れた。その後の大化改新は、豪族が個別に人民や土地を支配する体制から、天皇を中心とする国家が人民、土地、租税、軍事を把握する体制へ移ろうとする改革であった。ただし、その完成には数十年を要した。

斉明朝では、中大兄皇子が皇太子として大きな政治的影響力を持ち、朝鮮半島政策を主導したとみられている。660年、唐と新羅の連合軍によって百済が滅亡し、倭国は百済復興を支援したが、663年の白村江の戦いで敗れた。668年には高句麗も滅亡し、東アジアの勢力図は一変した。

白村江の敗戦は、我が国の国家形成を加速させた。唐や新羅の侵攻を警戒し、北部九州には防人が置かれ、水城や山城が築かれた。戸籍、租税、地方行政、軍事動員を整えなければ、国を守れない。中央集権化は、大陸文明への憧れではなく、国家生存のための改革でもあった。

天智天皇の死後、672年に壬申の乱が起きる。これに勝利した大海人皇子は飛鳥へ戻り、673年に天武天皇として即位した。天武天皇は、八色の姓を定め、律令と国史の編纂に着手し、皇族を中心とする統治体制を整えた。この時代は、後世の摂政や関白が政治を動かした時代ではない。天武天皇自身が強い主導権を握り、皇后の鸕野讃良皇女や皇族、有力官人がこれを支えたのである。

藤原京の造営を構想したのも天武天皇であった。しかし、天武天皇は遷都を見ることなく686年に崩御する。その構想を引き継いだのが、後の持統天皇である。持統天皇は690年に即位し、694年12月、飛鳥浄御原宮から藤原宮へ移った。

藤原京を構想したのは天武天皇であり、完成させて実際に遷都したのは持統天皇である。藤原京は、天武天皇の構想を持統天皇が実現した都なのである。

藤原京が都であったのは、694年から710年までの約16年間である。宮を置いたのは、持統天皇、文武天皇、元明天皇の3人であった。持統天皇は697年に文武天皇へ譲位した後も、太上天皇として政権を支えた。文武天皇の時代には藤原不比等ら官人が存在感を増し、701年には大宝律令が完成した。ただし、この時点で藤原氏が天皇に代わって統治していたわけではない。藤原不比等は、律令編纂と政務を担った有力官人の1人として位置づけるべきである。

藤原京は短命な都だった。しかし、飛鳥で約100年をかけて築かれた国家の骨格が、初めて都市の姿を取った場所である。中央に藤原宮を置き、その周囲を道路で区画し、内裏、大極殿、朝堂院、官庁街、寺院、市場、官人の宅地を配置した。ここで、天皇を中心とする律令国家は目に見える形となった。

2️⃣激動する世界の中で、外来文明を日本化した

飛鳥・藤原の国家建設は、世界から隔絶した島国の出来事ではない。中国では隋に続いて唐が成立し、巨大な官僚制国家を築いた。朝鮮半島では百済と高句麗が滅亡し、新羅が半島の大部分を支配した。西方ではイスラム勢力が急拡大し、ササン朝ペルシャを滅ぼし、東ローマ帝国から広大な領土を奪っていた。

7世紀は、国家と文明圏が激しく組み替えられた時代である。飛鳥・藤原で国家建設を進めた先人たちは、その変動の中にいた。巨大な唐帝国が存在し、百済と高句麗は滅び、我が国は白村江で敗れた。国内でも蘇我氏の没落、近江遷都、壬申の乱が続いた。

我が国は、国家としてまとまらなければ存続できない状況に置かれていた。その答えが、天皇を中心とする政治秩序、律令、戸籍、租税、官僚制、地方行政、軍事、外交、都城の整備であった。

高松塚・キトラ古墳風壁画 AI生成画像

我が国は中国大陸や朝鮮半島から、仏教、漢字、律令、都城制度、建築、測量、造瓦、金属加工などを学んだ。だが、大陸国家の複製になったわけではない。飛鳥の宮は自然地形に合わせて営まれ、藤原京も大和三山との位置関係を持つ独自の都市構造を備えていた。

外から来たものを拒絶しない。だが、無条件に従属もしない。必要な制度と技術を選び取り、我が国の国土、社会、歴史、皇統、祭祀に合わせて組み替える。それは模倣ではなく、受容と創造である。

飛鳥には、宮殿跡、寺院跡、古墳、山、川、水田、集落が一つの風景の中にある。世界遺産の構成資産にも、飛鳥宮跡や藤原宮跡だけでなく、飛鳥寺跡、山田寺跡、本薬師寺跡、石舞台古墳、天武・持統天皇陵古墳、キトラ古墳、高松塚古墳が含まれている。政治、信仰、葬送、生活の場が一体となって、国家形成の物語を伝えているのである。

ここに、日本独自の霊性の文化の原型を見ることができる。日本人は古来、山、森、岩、水、土地を単なる利用対象とは考えず、自然の中に人間を超えたものを感じてきた。祖先や死者も、現在の暮らしから完全に切り離された存在ではなかった。その土壌の上に仏教を受け入れたのである。

日本人は、在来の祭祀を捨て、すべてを仏教に置き換えたわけではない。古来の祈りを残しながら外来宗教を受け入れ、日本独自の信仰文化へと育てていった。飛鳥時代に後世の神仏習合が完成していたわけではないが、異なる信仰を共存させ、日本化する方向はすでに現れていた。

天武天皇と持統天皇の合葬陵にも、その変化は表れている。天武天皇は土葬、持統天皇は火葬とされる。1つの陵墓の中に、在来の葬送と仏教の影響が重なっている。

飛鳥・藤原で築かれた国家は、法令と官僚組織だけで成立したのではない。天皇を中心とする祭祀、祖先とのつながり、国土への畏敬、仏教による祈りが重なり、政治共同体を精神的な共同体へと形づくった。

飛鳥・藤原は、大陸文明の辺境に造られた模倣都市ではない。激動する世界から学びながら、我が国が国家、皇統、文化を守るために築いた政治的、文化的、精神的な基盤なのである。

3️⃣登録はゴールではない――国家の記憶まで守れ

世界遺産登録は喜ばしい。国内外から訪れる人が増え、宿泊、飲食、交通、地域産品への波及も期待できる。だが、入場者数や観光消費額だけを成功の基準にすれば、飛鳥・藤原の本質を失う。

飛鳥・藤原の価値は、巨大な建築物を見ることではない。多くの宮殿や寺院は地下に眠り、地上には古墳、礎石、土壇、草地、水田が残る。そこから山並みを眺め、かつての都を想像し、国家を築いた人々の祈りや不安に思いを致すところに、この遺産の価値がある。

派手な観光施設、巨大な看板、過剰な照明、景観を圧迫する建築物を並べれば、一時的に集客できるかもしれない。だが、大和三山への眺望や田園の静けさを損なえば、世界遺産として認められた価値そのものを傷つける。

明日香村の田園景観 AI生成画像

保存責任を負うのは、抽象的な「ユネスコ」ではない。条約締約国である日本が責任を負い、国の関係機関、奈良県、橿原市、桜井市、明日香村、地域住民、寺社関係者が連携して守らなければならない。世界遺産委員会やイコモスは保全状況を審査し、勧告する機関であり、日常の保存管理を直接担う主体ではない。

必要なのは、発掘調査、壁画や地下遺構の科学的保存、交通対策、災害への備え、地域住民の暮らしとの両立、次世代への教育である。デジタル技術や拡張現実を使い、地下に眠る宮殿や寺院を景観を損なわずに可視化することも有効だろう。現物を過剰に復元し、古代のテーマパークに変えるべきではない。

ここで必要なのが「常若」の発想である。常若とは、古いものを固定することでも、壊して新しく見せることでもない。守るべき精神と記憶を継承しながら、保存技術と伝え方を時代に合わせて更新し、次の世代へ渡すことである。

飛鳥・藤原で守るべきものは、石や土だけではない。山並み、田園、静けさ、地域の暮らし、そして我が国を築いた人々の記憶まで含まれる。

結論――我が国が日本になった場所

飛鳥・藤原で生まれたのは、古い都や官僚制度だけではない。推古天皇の時代に飛鳥へ政治の中心が置かれ、乙巳の変、白村江の敗戦、百済と高句麗の滅亡、近江遷都、壬申の乱という危機を経て、天皇を中心とする国家の骨格が築かれた。

天武天皇が構想し、持統天皇が完成させた藤原京では、その国家が初めて計画都市として目に見える形を得た。外国から学びながら、外国の模倣で終わらない。我が国の歴史、国土、皇統、祭祀、祖先観に合わせて作り変える。日本文明の基本的な作法が、飛鳥・藤原で明確な形を取り始めたのである。

自然を畏れ、祖先を敬い、仏に祈る。政治と祈り、国家と国土、生者と死者を完全に切り離さない。その霊性の文化は、法律や建築物の背後にあって、日本という共同体を精神的に支えてきた。

世界遺産登録とは、古い遺跡が国際的な観光地になったというだけの話ではない。世界が認めたのは、東アジアとの交流と危機の中で、日本列島に中央集権国家が形成された過程を示す考古学的価値である。

飛鳥・藤原に刻まれているのは、我が国がいかにして日本になったのかという記憶だ。

だからこそ、我々が守るべきものは、遺構だけではない。

飛鳥・藤原に宿る、日本人の祈りと国家の記憶まで守らなければならない。

主に、推古朝の制度説明、世界史の概説、藤原京の都市構造、観光・保存論の重複を圧縮し、各章が「国家形成」「日本化と霊性」「保存責任」の主題から逸れないよう整えた。

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2026年7月26日日曜日

トランプ新関税が日本に突きつけた現実――高市政権は対中利害を透明化し、中国依存を断て


まとめ

  • トランプ新関税は、日本製品への一律上乗せではない。為替制度の違いから、日本より中国へ強い圧力がかかる仕組みを読み解く。
  • 太陽光パネルとドローンが示すのは、我が国の深刻な中国依存である。強制労働リスクと供給網の弱点を具体的に検証する。
  • 高市政権は外圧を好機に変え、対中利害を透明化し、日本企業の技術を守りながら重要分野の主導権を取り戻すべきだ。

米国は2026年7月24日、日本を含む60の国・地域からの輸入品に、強制労働問題を理由とする新たな関税を発動した。

日本製品については、一部の免除品目を除き、既存の最恵国税率と今回の通商法301条関税を合わせた税率が原則12.5%となる。既存税率が12.5%未満なら差額が追加され、すでに12.5%以上なら追加分はゼロである。日本製品に一律12.5%が上乗せされるわけではない。

米通商代表部(USTR)の最終措置によれば、USTRは、日本を含む60の国・地域について、強制労働で生産された物品の輸入を禁止し、実効的に取り締まる制度が不十分だと認定した。トランプ大統領の指示を受け、USTRが通商法301条に基づいて調査、認定、措置を実施したものである。

今回の関税には法的な前史がある。

トランプ政権は2025年、国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に追加関税を発動した。しかし、米連邦最高裁判所は2026年2月20日、IEEPAは大統領に関税を課す権限を与えていないと判断した。

その後、政権は通商法122条による臨時輸入課徴金を導入し、その終了後、別の法的根拠と調査手続を持つ今回の通商法301条関税へ移行した。最高裁が退けた関税を、名前だけ変えて復活させたわけではない。

だが、重要なのは法技術だけではない。

関税を米国税関へ納めるのは、原則として米国の輸入業者である。価格へ転嫁されれば、米国の企業や消費者が負担する。一方、為替、輸出企業の値下げ、利益圧縮、調達先の変更、米国内での代替生産によって、最終的な負担は変わる。

問うべきなのは、関税が米国の供給力と産業基盤を再建するのか、そして我が国が中国依存の供給網を放置し続けられるのかである。

1️⃣関税の打撃は為替制度で変わる――日本と中国は同じではない

関税には2つの面がある。

米国側では、輸入価格を押し上げ、企業や消費者の負担を増やす。一方、外国製品から国内製品への切り替えを促し、国内生産を増やす可能性もある。

米国国際貿易委員会の検証によれば、2018~2021年の対中通商法301条関税は、米国の輸入業者が支払う価格へほぼ全面的に転嫁された。その一方で、対象となった中国製品の輸入は減り、米国内の生産は一部で増えた。

米国内で代替生産が進まなければ、関税は国民負担の増加で終わる。工場、雇用、技術、供給力の再建につながるなら、産業政策として意味を持つ。

ここまでは米国側の話である。

米国での違法輸入品の取り締まり想像図 AI生成画像以下同じ

もう1つ重要なのは、関税を課される国の為替制度だ。同じ10%の関税でも、日本のような自由変動相場制の国と、中国のように通貨を強く管理する国とでは、打撃の伝わり方が異なる。

日本円、カナダドル、メキシコペソは、基本的に市場の需給で動く。米国の関税によって輸出減少が予想されれば、その国の通貨には下落圧力がかかる。

例えば、日本企業が1万5000円の商品を、1ドル=150円で輸出すれば、ドル建て価格は100ドルである。そこへ10%の関税が課されれば、単純計算では110ドルになる。

しかし、円が1ドル=160円まで下落すれば、同じ商品は約94ドルになる。そこへ10%の関税を加えても約103ドルである。輸出企業が利益の一部を削れば、米国での値上がりをさらに抑えられる。

つまり、自由変動相場制では、通貨安が関税の衝撃を一部吸収する。

もちろん、円安は輸入物価を上げ、我が国の国民生活へ別の負担をもたらすが、輸出企業にとっては有利になる。これは高橋洋一氏などが近隣窮乏化として説明しており、相対的には我が国に有利になる。しかし中国は異なる。

人民元は制度上、管理変動相場制であり、厳密な固定相場制ではない。しかし、IMFの2025年対中審査報告は、実際の運用を「クロール型」と分類している。自由変動制より、固定相場制に近い制度である。

中国当局は、毎営業日の基準値、対ドル相場の変動幅、資本取引規制、国有銀行を通じた介入などによって、人民元相場を強く管理している。

人民元を大幅に下落させれば、資本流出、輸入物価の上昇、外貨建て債務の負担増を招く。そのため、中国政府は通貨安を簡単には容認できない。

結果として、中国製品への関税では、日本円などのように、通貨安が自動的に関税の一部を吸収する仕組みが働きにくい。

人民元相場を維持すれば、中国企業はドル建て価格を下げて利益を削るか、米国での値上がりを受け入れるか、受注を失うかを迫られる。関税の圧力は、中国企業の利益、輸出、雇用、過剰生産能力へ、より直接的に及ぶのである。

しかも、中国の問題は為替だけではない。国家補助、国有企業、過剰投資、弱い国内需要、安値輸出が絡み合っている。

したがって、対中関税は、日本やカナダに対する関税とは意味が異なる。中国の国家主導型経済と過剰生産、不透明な補助、強制労働リスクを含む供給網へ圧力をかける地経学的な手段である。

ただし、関税なら何でもよいわけではない。米国内で代替生産できない商品や、同盟国へ無差別に広げれば、産業政策より国民への増税という性格が強くなる。

評価基準は明確だ。

米国内の工場、雇用、技術、供給力、国防産業の再建につながるか。中国の過剰生産と不公正な供給網へ実際に打撃を与えるか。物価と税収だけを増やしていないか。

支持か反対かではない。結果で判断すべきである。

2️⃣太陽光パネルとドローンが暴く日本の中国依存

今回の措置で深刻なのは、米国が中国だけでなく、強制労働製品を十分に排除していない第三国の制度まで問題にしたことである。

USTRは、日本について、強制労働製品の輸入を禁止し、実効的に執行する制度が不十分だと認定した。日本製品そのものが強制労働で作られたと認定されたわけではない。

だが、我が国が原材料や部品の由来をどこまで追跡し、問題製品を水際で止められるのかが問われたことは重い。

象徴的なのが太陽光パネルである。

太陽光発電協会の統計によれば、我が国で出荷される太陽電池モジュールは、生産拠点別で海外製が95%を占める。ただし、これは95%が中国企業製という意味ではない。日本企業が海外工場で生産した製品も含まれ、企業別では日本企業が35%を占める。

それでも、原材料と製造工程まで遡れば、中国への集中は極端である。国際エネルギー機関の調査によれば、ポリシリコン、インゴット、ウエハー、セル、モジュールという主要工程で、中国の世界シェアはいずれも80%を超える。

完成品が東南アジア製でも、原材料や部品、資本関係まで遡れば、中国依存が残る場合がある。輸入企業が供給網を説明できなければ、米国市場で輸入を止められる危険がある。

我が国は再エネ賦課金や各種支援制度によって太陽光発電を拡大してきた。その公的負担が、中国に製造能力の大半を握られた供給網へ流れ続けるなら、エネルギー安全保障と産業政策の整合性が問われる。

ドローンも同じである。

経済産業省の無人機産業基盤強化検討会の中間取りまとめは、中国企業製の完成機が我が国の産業用市場で圧倒的な地位を占める一方、国産機の量産や部品供給網に課題が残ると指摘している。

ただし、中国企業製のドローンだからといって、すべての部品が中国製とは限らない。

ドローンには、モーター、画像センサー、半導体、通信部品、バッテリー、カメラなどが使われる。中国企業製の機体にも、日本企業や米欧企業の部品が採用される場合がある。日本企業は、画像センサー、小型モーター、電子部品などで技術的な強みを持つ。

したがって、「中国企業製の完成機への依存」と「部品をすべて中国へ依存していること」は同じではない。

それでも、完成機市場を中国企業に握られている問題は残る。

ドローンの安全保障上の核心は、部品の原産国だけではない。機体設計、飛行制御、通信方式、ファームウェア、撮影データ、ソフトウェア更新、保守体制を誰が支配しているかである。

日本製部品が使われていても、制御ソフト、通信基盤、クラウド接続、更新権限、保守網を中国企業が握れば、我が国はプラットフォーム全体で中国へ依存する。

一方、国産化も、国内で完成機を組み立てるだけでは不十分である。飛行制御装置、通信モジュール、モーター、センサー、半導体、バッテリーなど、供給途絶が運用停止に直結する部品を、国内または同志国から確保しなければならない。

ただし、日本企業が競争力を持つ部品まで、中国市場から一律に撤退させるべきではない。必要なのは、完成機、制御ソフト、通信・データ管理、重要部品を分けて考えることである。

安全保障上重要な用途では、機体、ソフトウェア、通信、データ保存、保守を国内または同志国で完結させる。一方、日本企業が強みを持つ部品は、最終用途確認と輸出管理を徹底しながら国際競争力を維持する。

高市政権は、今回の関税を単なる対米交渉案件として処理してはならない。

米国のウイグル強制労働防止法を参考に、強制労働製品を輸入段階で排除する制度を整えるべきである。政府が法案を提出し、国会が審議し、主管省庁と財務省・税関が執行する。

太陽光パネル、蓄電池、重要鉱物、通信機器、ドローン、医薬品原料については、原材料と重要部品まで遡るトレーサビリティーを義務づける必要がある。

同時に、国債発行を当然の前提として、国産ペロブスカイト太陽電池、蓄電池、半導体、重要鉱物の精錬、ドローンの機体・制御ソフト・通信基盤、重要部品の量産設備、送電網へ複数年度の国家投資を行い、供給力と国家資産を形成すべきである。

中国製品を排除するだけでは供給力は生まれない。日本企業の部品技術を守り、完成機とプラットフォームの主導権を取り戻し、同志国との供給網を築く必要がある。

原発再稼働も、中国製パネルへの過度な依存を減らす選択肢の1つである。ただし、安全性を審査するのは原子力規制委員会である。政府はその判断を尊重しつつ、地域防災と自治体への説明を支えるべきである。

3️⃣対中利害の透明化なくしてデカップリングはできない

第2次高市内閣は、今回の外圧を、与党内を含む対中人脈と利害関係の整理に活用すべきである。

ただし、「親中派」という政治的なラベルだけで人物を排除してはならない。中国との対話を主張することと、中国政府や中国企業との不透明な利害関係を抱えることは別問題である。

問題にすべきなのは、中国政府、中国共産党、中国国有企業や関連団体から報酬、顧問契約、事業上の利益、旅費、接待、役職などを受けながら、それを明らかにせず、外交、防衛、経済安全保障、エネルギー政策へ影響を及ぼす行為である。

2024年11月に筆者が取り上げた「500ドットコムと前CEOの事件」は、その危険を示した。

米司法省の発表によれば、500ドットコムから社名を変更したBIT Miningは、日本の統合型リゾート事業への参入を目的に、2017~2019年、日本の政府関係者への約190万ドルの賄賂や仲介者への支払いを行う計画へ関与したことを認めた。

同社は訴追延期合意を結び、元CEOは海外腐敗行為防止法違反などで起訴された。起訴は有罪判決ではなく、米司法省も日本側の関係者全員を実名で特定してはいない。

重要なのは、米国市場、米国上場、米ドル決済、米国内の通信や金融経路を接点として、米国の司法権や制裁制度が外国企業の海外での行為にも及び得るという現実である。

日本企業は、取引先、実質的支配者、資金経路、原産地、制裁対象者との接点を自ら調べなければならない。政治も同じである。

高市政権は、米国の外国代理人登録法(FARA)を参考に、日本版の外国代理人登録制度を立案し、国会へ提出すべきである。

FARAは、外国との接触を禁じる法律ではない。外国政府や外国組織の代理人として政治活動、広報、政策提言などを行う者に、依頼主、契約、報酬、活動内容の登録と公開を求める制度である。

閣僚、政務三役、政府の有識者会議委員については、内閣や所管大臣が利益相反を審査する。党役員は政党、国会の委員長や理事は各議院と会派が選ぶ。それぞれの決定主体が、外国との利害関係の開示と回避措置を制度化すべきである。

これが「親中人脈の整理」の中身である。

思想の排除ではない。外国勢力に我が国の政策決定をゆがめさせないための統治改革である。

中国との全面的な貿易断絶は現実的ではない。しかし、エネルギー、通信、医薬品、重要鉱物、蓄電池、ドローンの重要機能を、中国へ依存し続けることも許されない。

高市政権が進めるべきなのは、重要分野を明確にした戦略的デカップリングである。

安全保障に直結する分野は中国から切り離す。その他の分野は依存度を段階的に下げる。民間企業には移行期間を設ける一方、期限、数値目標、代替調達先を明示する。

日本企業が競争力を持つ部品や技術まで、無差別に中国市場から撤退させる必要はない。守るべきは市場からの完全撤退ではなく、重要機能の主導権と、供給途絶に耐えられる体制である。

結論

トランプ関税を、米国民への実質的な増税か否かだけで論じてはならない。

米国側では、関税が物価を押し上げる一方、国内生産を促す可能性がある。輸出国側では、為替制度によって打撃の伝わり方が異なる。

日本などの自由変動相場制の国では、通貨安が関税の衝撃を一部吸収し得る。これに対し、人民元相場を強く管理する中国では、その作用が弱く、関税は中国企業の利益、輸出、雇用、過剰生産能力へ、より直接的な圧力をかける。

そして我が国は、もはや傍観者ではない。

海外製が95%を占める太陽光パネル、中国に集中する製造工程、中国企業製ドローンへの高い依存、制御ソフトとデータ管理の弱さ、強制労働製品を排除する制度の不備、不透明な対中利害関係。米国が突きつけたのは、我が国自身が放置してきた問題である。

ただし、日本企業は画像センサー、小型モーター、電子部品などで強みを持つ。この技術力を自ら捨ててはならない。

高市政権は、完成機の国籍だけを見た粗雑な排除ではなく、機体、ソフトウェア、通信、データ管理、重要部品、最終用途を切り分けた戦略を構築すべきである。

外国勢力との関係を透明化する。強制労働製品を輸入段階で止める。中国系供給網への公的支援を見直す。重要分野の供給網を国内と同志国へ移す。

同時に、国内の発電、製造、精錬、ソフトウェア、通信基盤、量産設備へ国家として投資し、供給力と国家資産を再建する。

全面的な日中貿易の断絶は現実的ではない。だが、国家の生存と国民生活を支える重要分野の主導権まで、中国に握られ続けることは許されない。

外圧に怯えるだけの政権では、我が国は守れない。

外圧を利用して不透明な対中利害を整理し、日本企業の強みを守りながら、戦略分野の中国依存を断つ。我が国の産業と主権を取り戻すことこそ、高市政権に求められる仕事である。

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2026年7月25日土曜日

ニチレイを止めたのはサイバー攻撃だけではない――国家はロジスティクスで生き残る

まとめ

  • ニチレイへのサイバー攻撃で影響を受けたのは、一企業の冷凍食品出荷だけではない。低温物流網を通じ、外食、生協、学校給食など幅広い分野に影響が及んだ。今回の障害は、食品物流が国民生活を支える基幹的な機能であることを改めて示した。
  • 露呈したのは、情報システムの弱点だけではない。在庫、拠点、人員、代替経路を「無駄」とみなし、平時の効率を極限まで高めてきた経営思想の限界である。機能を一か所に集約すれば費用は下がるが、障害が起きた際の危険まで同じ場所に集中する。
  • 日本語では、軍事を支える仕組みを「兵站」、民間の物資輸送を「物流」と呼び分ける。しかし、英語ではどちらも logistics である。必要な物を、必要な時に、必要な場所へ届け続け、組織を動かし続けるという本質が同じだからだ。軍隊はロジスティクスで戦う。そして国家も、ロジスティクスで生き残るのである。

2026年7月13日、ニチレイは、不正アクセスによるシステム障害が発生し、ニチレイロジグループ各社の冷蔵倉庫における入出庫業務と、ニチレイフーズの冷凍食品出荷業務に影響が出ていると公表した。7月15日には、同社のサーバーがサイバー攻撃を受けたことを確認したと発表した。

同社はシステムの遮断措置を講じ、緊急対策本部を設置して復旧作業を進めた。7月17日から業務を順次再開し、7月24日には受発注制限を解除して、全拠点を平常時の通常稼働へ移行した。経過については、ニチレイの「当社グループでのシステム障害発生について(第1報)」「同(第2報)」「同(第3報)」「同(第5報)」で確認できる。

ニチレイは、単なる冷凍食品メーカーではない。低温物流事業を通じて、多数の食品企業や流通事業者を支えている。Wedge ONLINE「ニチレイのサイバー攻撃で止まる食品物流」によれば、同社の低温物流事業はグループ外売上比率が92%に達し、約5000社の荷主を抱える。今回の影響もニチレイ製品だけでなく、外食、生協の宅配、学校給食などへ広がったと報じられている。

したがって、今回止まりかけたのは一企業の出荷機能だけではない。我が国の食卓へつながる、見えない補給線である。

そして、その補給線を脆弱にしたのは攻撃者だけではない。在庫を減らし、物流拠点を集約し、人員を絞り、代替手段を「無駄」として削ってきた効率至上主義もまた、被害を拡大させる土壌をつくってきたのである。

1️⃣ 物流は社会の「継続能力」である

冷蔵倉庫は、食品を保管するだけの施設ではない。商品の入庫、保管場所、温度、賞味期限、配送先、車両、到着時刻といった情報を結び付けて初めて動く。倉庫の中に食品があり、トラックと運転手がそろっていても、商品と配送先を確認するシステムが使えなければ、正確な出荷は困難になる。

写真はAI生成画像 以下同じ

物はある。運ぶ手段もある。それでも届かない。

現代物流は、それほど深く情報システムと一体化している。食料が届かなければ店舗や給食が止まり、医薬品が届かなければ医療に支障が出る。燃料や部品が届かなければ、工場、発電、交通も維持できない。物流は経済の裏方ではない。社会を動かす血流である。

軍事では、部隊が戦闘を続ける能力を「継戦能力」と呼ぶ。兵士や兵器が存在しても、弾薬、燃料、食料、医薬品、交換部品が届かなければ戦えない。民間社会も同じである。工場、病院、店舗、学校が存在していても、必要な物資が届かなければ活動を続けられない。

物流とは、民間社会の継続能力なのである。

企業はこれまで、費用を下げるため、倉庫、情報、人員、輸送業務を大手事業者や巨大拠点へ集約してきた。平時には合理的である。だが、機能が一か所へ集まれば危険も一か所へ集まる。巨大拠点や共通システムが止まれば、多数の企業が同時に影響を受ける。

本来のジャストインタイムは、単なる在庫削減ではない。現場改善、品質管理、異常の早期発見、取引先との緊密な連携を含む高度な生産思想である。ところが、それが「在庫は悪」「予備設備は無駄」「複数の調達先は非効率」という単純なコスト削減へ変質した。

倉庫を減らす。在庫を削る。輸送業者を絞る。システムを一本化する。平時の収益は改善するが、危機への耐久力は落ちる。在庫がなければ、物流が短期間止まっただけでも販売や生産に影響する。代替業者がなければ、主要事業者の障害が自社の障害になる。

問題は、ジャストインタイムそのものではない。安定した電力、通信、燃料、人材、国際情勢という前提が揺らいでいるのに、平時だけを想定した効率モデルを続けていることである。

それは強い仕組みではない。壊れないことを前提にした、精密だが脆い仕組みである。

2️⃣ 兵站も物流も同じ「ロジスティクス」である

物流の重要性を最も厳しい形で示したのが、ウクライナ戦争である。侵攻初期のロシア軍は、兵力と火力で優位に立ちながら、北部戦域で兵站の混乱に苦しんだ。

海上自衛隊幹部学校「ロシア陸軍の兵站の特徴とウクライナ侵攻」は、ロシア陸軍が鉄道輸送への依存度が高く、鉄道を十分に利用できない状況では、車両による末端輸送能力に大きな制約が生じると指摘している。侵攻初期には数十キロにわたる車列の停滞も確認され、補給の不調が部隊の作戦持続性を損なった。

戦車や兵士が存在しても、弾薬、燃料、食料、部品を前線へ運び続けられなければ、軍事力を戦闘力として維持することはできない。

一方、ロシア軍はその後、補給拠点の分散、鉄道と車両の併用、前線に近い場所での修理など、兵站を戦場環境へ適応させてきた。これは兵站上の弱点が消えたという意味ではない。損害を受けながらも、活動を続ける方法を組み直してきたということである。

ここで、ニチレイの事案と軍事兵站は一本につながる。

日本語では、軍隊への補給を「兵站」、企業や社会の物資輸送を「物流」と呼ぶ。しかし、英語ではどちらも logistics である。これは単なる言葉の偶然ではない。兵站も物流も、その本質は、必要な物を、必要な量だけ、必要な場所へ、必要な時に届け、組織を動かし続けることだからだ。

軍事では、弾薬や燃料が届かなければ部隊は戦えない。民間社会では、食料、医薬品、燃料、部品が届かなければ、店舗、病院、工場、学校は動かない。戦車へ燃料を届けることと、学校へ給食を届けることは目的こそ違う。しかし、供給が途切れれば組織全体が機能を失うという原理は同じである。

つまり、ロジスティクスとは単なる物の移動ではない。組織を生かし続ける能力そのものである。

NATOも、ウクライナ戦争を受けて、兵站と防衛生産の強化を進めている。ただし、決定主体と実施主体を混同してはならない。

2024年5月に物流行動計画を承認したのは、NATOの主要な政治的意思決定機関である北大西洋理事会である。計画の実施状況を監督し、北大西洋理事会や軍事委員会へ助言するのは物流委員会である。一方、兵力の装備、備蓄、輸送資源を実際に確保する責任は、原則として各加盟国が負う。詳しくは、NATOの「物流委員会」および「NATOの兵站における役割」に示されている。

防衛生産については、2023年のビリニュス首脳会議で加盟国首脳が最初の防衛生産行動計画に合意し、2025年2月には加盟国の国防相が更新計画を承認した。共同調達、生産能力、長期契約、供給網、重要原材料への対応を強化する内容である。

もっとも、実際に工場を整備し、弾薬を発注し、備蓄を積み上げるのは各国政府と企業である。NATOは要求を調整し、標準化を進め、各国の取り組みを束ねる。決定と執行の関係については、NATOの「更新版・防衛生産行動計画」で確認できる。

軍隊はロジスティクスで戦う。

そして、国家もロジスティクスで生き残るのである。

強欲なグローバリズムは、この原則を忘れさせた。最も安い場所で生産し、最も効率のよい経路で運び、在庫を極限まで減らす。国内工場、地域倉庫、予備設備、複数の調達先は「非効率」とされ、企業は平時の利益を得た。

一方、供給が止まった際の損失は、取引先、従業員、消費者、そして国家へ広がる。利益は企業に集中するが、脆弱性の費用は社会全体が負担するのである。

グローバリズムが削ったのは、工場や倉庫だけではない。危機対応能力、供給網の冗長性、技術、人材、生産能力という、国家の「目に見えない骨格」である。

しかも、サイバー攻撃は、その弱点を遠隔地から突く。かつて工場や倉庫を止めるには、設備を物理的に破壊する必要があった。現在は、情報システムや認証機能を停止させるだけでも、現実の出荷や生産へ影響を与えられる。

サイバー攻撃は、情報を盗む犯罪にとどまらない。食料、医薬品、燃料、交通を止め、国家と社会の継続能力を奪い得る攻撃なのである。

3️⃣ AIと「常若」で国家の骨格を造り直せ

我が国が進めるべき対策の第1は、サイバー防御の強化である。認証の多重化、ネットワークの分離、オフラインを含むバックアップ、復旧訓練、取引先を含めた危機管理体制が必要だ。AIによる異常検知や、各拠点で一定の処理を続けるエッジAIも活用すべきである。人手不足が深刻な物流現場では、フィジカルAI、自動搬送、ロボット、自動運転の導入も避けて通れない。

しかし、AIだけで問題は解決しない。中央システムへ業務を集中させ過ぎれば、障害時の影響はかえって広がる。自動化を理由に人員を削り過ぎれば、システム停止時に現場を動かせる人間がいなくなる。

AIは在庫の代わりにはならない。代替輸送路、予備電源、燃料、熟練した作業員の代わりにもならない。

必要なのは、AIと人間、中央と地方、デジタルと手作業を重ね合わせた物流である。通常時はAIと統合システムで効率を高め、異常時には各拠点が一定の範囲で独立して業務を続ける。主要拠点が止まれば別の地域へ荷物を振り替え、通信が途絶しても限定的な出荷を継続できるようにする。

本当のデジタル化とは、人間を不要にすることではない。壊れても動き続けられるよう、技術と人間の能力を重ねることである。

この発想は、我が国の「常若(とこわか)」の文化にも通じる。伊勢神宮の式年遷宮では、社殿を残すだけでなく、造り替える過程を通じて技術、人材、儀礼、共同体の記憶を次代へ渡す。

完成した物を保存するだけではない。再び造れる社会を保存するのである。


物流も同じだ。倉庫を残すだけでは足りない。運営できる人材が必要である。トラックを残すだけでは足りない。運転し、配車し、整備できる人材が必要である。システムを導入するだけでは足りない。障害時に別の方法へ切り替えられる技術者と現場責任者が必要である。

一見すれば非効率でも、地域ごとに倉庫、物流会社、修理拠点、人材を残す。複数の企業が同じ機能を持ち、一定の在庫を維持する。中央との通信が途絶しても、各拠点が最低限の判断を下せるようにする。

これは無駄ではない。社会を再生できる能力を保存する国家資産である。

そのためには、食品、医薬品、燃料などの重要物流拠点を、経済安全保障と国民生活を支える基盤として捉え直す必要がある。通信回線、非常用電源、燃料、代替輸送網、備蓄、手作業への切り替え訓練を、企業任せにせず整備しなければならない。

もちろん、すべての倉庫を政府が直接運営するという話ではない。企業は自らの事業継続計画を整備し、政府は重要インフラ政策、補助制度、税制、規制、調達、訓練、情報共有を通じて、必要な冗長性を確保する役割を担うべきである。

価格競争だけに任せれば、予備設備、在庫、人員、訓練は再び削られる。国民生活と安全保障に必要な投資については、国債発行を当然の前提として、政府が責任を持って支えるべきである。それは一時的な消費ではない。供給力を再建し、国家の継続能力を高める資産形成である。

国家を守るのは、法律や会議だけではない。倉庫、道路、港湾、鉄道、電力、通信、整備拠点、人材、備蓄という物理的基盤である。

結論 最も安い物流ではなく、最後まで止まらない物流を

ニチレイへのサイバー攻撃は、一企業の不運な事故ではない。我が国の食品物流が、少数の企業、拠点、情報システムへ依存している現実を可視化した事件である。

業務は7月24日に通常稼働へ戻った。しかし、復旧したから問題が消えたわけではない。むしろ、今回は復旧できたからこそ、次に備える余地が残されたと考えるべきである。

必要なのは、システムの更新やAIの導入だけではない。問われているのは、社会全体の設計思想である。

在庫を持たない。余剰人員を置かない。輸送業者を絞る。倉庫を集約する。システムを一本化する。平時には安い。だが危機が起きれば、その効率の高さが、そのまま被害の大きさへ変わる。

ロシア軍は侵攻初期、補給線の混乱によって作戦遂行を妨げられた。その後は兵站を修正し、戦争を継続している。NATO加盟国も、備蓄、生産能力、輸送網、供給網の強化へ動いている。

そこで学ばれているのは、最新兵器さえあれば戦えるということではない。必要な物を造り、蓄え、運び、修理し続けられる国家だけが危機を耐え抜くという原則である。

英語で兵站も物流も同じ logistics と呼ばれるのは、この原則が軍事と民間に共通するからだ。国家の力とは、兵器や工場を所有することだけではない。それらを動かし、支え、修復し続ける能力である。

少し高くても、国内に供給能力を残す。少し余分でも、一定の在庫を持つ。少し非効率でも、複数の輸送経路を確保する。少し重複しても、地域に倉庫、人材、整備能力を残す。システムを高度化しながら、人間が動かせる余地も守る。

これは時代遅れの発想ではない。危機の時代における国家戦略である。

軍隊はロジスティクスで戦う。

そして、国家はロジスティクスで生き残る。

我が国が選ぶべきなのは、最も安い物流ではない。攻撃を受けても、災害が起きても、最後まで国民生活を支え続ける物流である。

ニチレイの事案を、一企業のサイバー被害で終わらせてはならない。これは、効率至上主義が削ってきた国家の骨格を、今こそ造り直せという警告なのである。

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工場や設備だけでなく、それを動かし、修理し、次代へ継承できる人材までが国家資産であることを論じた記事。本稿の「常若によって供給力を守る」という主張につながる。

資源を持つだけでは国家を守れず、製油、備蓄、輸送、修理まで含むロジスティクスが不可欠であることを示す。本稿のロシア軍兵站と国家の継続能力を補強する一本である。

エッジAIとフィジカルAIが工場、電力、医療、防衛などの現場へ入る時代に、人間の責任と現場の秩序をどう残すかを考察する。本稿のAIと人間を重ねた物流再建に直結する。

燃料施設、港湾、鉄道、道路への攻撃がロシア軍の継戦能力をどう削るのかを分析した記事。兵器の数ではなく、補給、修理、輸送を維持する能力こそ抑止力であることが分かる。

在庫、人員、設備、物流を削り続けた我が国の「余裕なき経済」を問い、平時から供給力と備蓄を再建する必要性を論じる。本稿の効率至上主義批判を直接補完する記事である。

2026年7月24日金曜日

「露新兵の生存時間は20分」の衝撃――空・陸・海・水中へ広がる無人兵器と日本の部品力

生存時間20分、空・陸・海・水中の無人兵器と日本の部品力を示す記事画像

まとめ

  • CIA長官は、ウクライナの前線へ到着したロシア新兵が20~30分で死傷するとの推計を紹介した。ただし、母数や算出方法は公開されておらず、「全ロシア兵の平均余命」と断定できる統計ではない。
  • 戦場を変えたのは空のドローンだけではない。地上ロボット、海上ドローン、水中ドローンも、補給、搬送、偵察、攻撃、機雷対処を担い、無人化を空・陸・海・水中へ広げている。
  • ロシア軍の無人機からは日本製のカメラや電子部品も確認されている。日本企業が軍事利用を意図した証拠ではないが、海洋国家である我が国には、輸出管理を強め、部品力を空陸海水中の隊員保護と国内生産へ生かす責任がある。

青山繁晴氏の動画「ぼくらの国会・第1236回」は、強烈な数字を突きつけている。

ウクライナの戦場へ投入されたロシア新兵の生存時間が、わずか20~30分だというのである。

この数字を語ったのは、米中央情報局、CIAのジョン・ラトクリフ長官である。2026年7月15日に米ペンシルベニア州で開かれた防衛・技術革新サミットで、米情報機関の把握はウクライナに関する一部の公開情報と整合していると述べ、新たに前線へ到着したロシア兵の「平均的な生存時間」が20~30分と推定されると説明した。

ただし、この数字はロシア軍の全新兵を追跡した公開統計ではない。対象となる戦線、期間、任務、母数、算出方法は明らかにされていない。報道では「死亡または負傷するまで」と説明されており、日本語の「生存時間」という表現から受ける印象とも差がある。

衝撃的な数字を、そのまま事実の全体像として拡散してはならない。

しかし、数字の精度に留保が必要だからといって、この発言の意味が消えるわけでもない。むしろ見るべきなのは、兵士1人の命を20分単位で消耗させ得るほど、戦場の構造が変わったという警告である。

そして、その構造を作っているのは空を飛ぶドローンだけではない。

泥と地雷に覆われた地上では無人車両が物資や負傷者を運び、黒海では無人艇が大型艦艇を脅かす。水面下では、水中ロボットが機雷を探し、海底の情報を集める。ウクライナ戦争は、無人兵器が空・陸・海・水中で人間の役割を分け合う最初の大規模な実験場となった。

1️⃣ 「20~30分」は確定統計ではない――それでも軽視できない

明るい荒野の陣地に立つ兵士と上空の小型ドローンを描いた論考用イメージ
新兵が置かれる監視と孤立を、被写体を識別しやすい昼間の構図で表したAI生成イメージ。実在する兵士や戦場の報道写真ではない。

ラトクリフ長官は、この数字を少なくとも2度、公の場で取り上げている。

6月30日のAmazon Web Services Summit用にCIAが公開した演説原稿では、「数日前の公開情報を見たかもしれない」と前置きし、ロシア新兵の推定時間を20~35分と紹介した。7月15日の防衛・技術革新サミットでは、Defense Newsによると、米情報機関の把握が公開情報と整合すると述べ、20~30分という幅を示した。

したがって、「CIAが大規模な統計調査を実施し、全ロシア新兵の平均寿命を20分と確定した」と書けば正確ではない。

さらにDefense Newsは、前線へ到着した新兵が20~30分で「死亡または負傷する」と報じている。負傷して戦闘不能になることと死亡することは同じではない。元動画の「20分でドローンに殺害」という見出しは問題の残酷さを伝える一方、公開されている発言より断定が強い。

戦時中の損害数字には、常に情報戦が混ざる。ロシアは損害を小さく見せる動機を持ち、ウクライナと支援国はロシアの損害を大きく見せる動機を持つ。公開情報だけで正確な戦死傷者数を確定することは難しい。

そのうえで、複数の分析が示す大きな傾向は無視できない。

米戦略国際問題研究所、CSISは、2022年2月から2026年6月までのロシア軍の死傷・行方不明を約140万人、死者を最大45万人と推計している。また、戦争の多くの期間でロシアとウクライナの損害比は2対1から3対1だったが、2026年上半期にはロシア側の損害がウクライナ側の約8倍へ拡大した可能性があると分析した。

これも推計であり、確定値ではない。だが、ロシアがわずかな前進のために極めて大きな人的損害を払い続けているという構造は見える。

「20分」という数字は秒読み時計ではない。兵士を補充可能な消耗品として前線へ送り続ける戦争の異常さを示す、警報なのである。

2️⃣ 空・陸・海・水中――無人兵器が人間から安全地帯を奪った

空中・地上・海上・水中の無人システムが連携する戦場と沿岸の論考用イメージ
空・陸・海・水中の無人システムが連携する状況を表したAI生成イメージ。実際の作戦画面や特定の兵器ではない。

ドローンの恐ろしさを、「安い飛行機に爆薬を付けたもの」と理解するだけでは足りない。

本当に変わったのは、敵を発見し、位置を共有し、攻撃し、結果を確認するまでの時間である。

小型ドローンが前線上空を監視し、映像と位置情報を即座に送る。別の攻撃用ドローンや火砲が目標へ向かい、さらに別の無人機が結果を確認する。AIは大量の映像から車両、人影、陣地の変化を見つける作業を補助する。

だが、空のドローンだけでは前線を維持できない。弾薬、水、食料、電池を塹壕へ運び、負傷者を後方へ戻し、地雷原へ道を開く仕事は地上に残る。そこへ投入されているのが、UGVと呼ばれる無人地上車両、すなわち地上ロボットである。

ウクライナ陸軍は、地上ロボットが工兵、兵站、負傷者搬送を担い、武装型は遠隔操作の銃塔や移動式兵器として防御と攻撃の両方に使われていると説明している。認証された地上ロボットは約50機種に達したという。

しかも、これは展示会の未来技術ではない。ウクライナ国防省によると、地上ロボットの任務は2026年1月に7,000回を超え、3月には前線で9,000回を超えた。2026年上半期には2万5,000台の契約が見込まれている。

地上ロボットには、二つの反対方向の意味がある。一つは、負傷者搬送、地雷処理、監視、弾薬輸送から人間を遠ざけることだ。もう一つは、上空のドローンが発見した目標を監視し、遠隔操作の武器で攻撃するなど、殺傷の循環をさらに速めることである。

そして、無人化は陸上で止まらなかった。

黒海で使われている海上ドローン、すなわちUSVは、遠隔操作または自律航行する無人艇である。爆薬を搭載した攻撃型が注目されるが、偵察、通信中継、囮、輸送、機雷対処などへ応用できる。

ウクライナ大統領府は、保安庁が開発したSea Babyと国防省情報総局向けのMagura V5を、ロシア艦艇や黒海の軍事目標を攻撃する多目的水上ドローンとして紹介している。ウクライナ国防省も、空中ドローンで防空を引きつけ、高速の無人艇で艦艇を攻撃する複合運用を公表している。

ウクライナ側の発表には戦時広報の性格があるため、個々の戦果は慎重に扱う必要がある。それでも、安価で失っても人的損害を伴わない無人艇が、大型艦艇を港へ退避させ、防御と警戒へ多くの資源を割かせる構造は重要である。

海上ドローンは、敵艦を沈めた時だけ効果を発揮するのではない。

港を出るたびに無人艇を警戒させ、哨戒、障害物、防御火器、電子戦へ人員と費用を振り向けさせる。高価な艦艇の自由を、比較的安価な無人艇で奪うこと自体が非対称戦の成果なのである。

水中ドローン、すなわちUUVや遠隔操作型のROVは、海上ドローンと区別しなければならない。水中では電波が届きにくく、測位、通信、障害物回避、長時間航行が難しい。そのため、公開情報で確認できる攻撃実績は水上型ほど多くない。

一方、水中ドローンは、機雷の捜索・識別・処理、港湾や航路の調査、沈没物の確認、海底情報の収集に適している。ウクライナ国防省は、同国の無人システム軍が空中、地上、海上、水中の無人機を運用すると説明している。また、ウクライナ海軍要員が、水中ドローンを使って機雷を発見、識別、無力化する訓練を受けていることも公表した。

したがって、「水中ドローンがロシア艦艇を大量に撃沈した」と書くのは行き過ぎである。現段階で確実に論じられるのは、危険な機雷原や海底調査から人間を遠ざけ、将来の水中監視と海底インフラ防護の基盤になるという役割である。

個々の機械が特別に強いのではない。

空中センサー、地上ロボット、無人艇、水中ロボット、通信、ソフトウェア、操縦者、電子戦、火力、量産工場が一つの循環としてつながるから強いのである。道路、補給所、港湾、航路、海底までが監視と攻撃の対象になり、安全な後方は縮小していく。

戦車や有人航空機、歩兵が不要になったわけではない。火力、防護力、航続力、悪天候への対応、占領地の保持では、依然として人間と大型装備が必要である。

ただし、人間だけを前へ出す時代は終わった。

空・陸・海・水中の無人機を失っても、すぐ修理・補充できる側が戦場の時間と空間を支配する。逆に無人化に遅れた側は、人命で機械の不足を埋めることになる。「20分」の背景には、この残酷な非対称性がある。

3️⃣ 戦場の無人化を支える日本の部品――強みには責任が伴う

日本の精密工場で空中・地上・海上・水中ドローンの部品を検査する技術者のイメージ
無人装備を支える精密部品と国内製造力を表したAI生成イメージ。特定の企業、製品、工場ではない。

空中ドローン、地上ロボット、無人艇、水中ロボットのいずれも、完成品だけを見ていては本質を見失う。

その内部には、小型モーター、精密減速機、ベアリング、カメラ、画像センサー、半導体、通信部品、電池、コネクターが詰め込まれている。これらを高い精度で作り、安定供給し、設計変更へすぐ対応できる国が、無人システムを量産できる。

ここで、日本はウクライナ戦争と無関係ではない。

ウクライナ国防省情報総局は2022年、ロシアへ供給されたイラン製無人機から日本製カメラが見つかったと発表した。2023年には、ロシア軍が使うShahed、Lancet、Orlan-10の3機種から取り出した174点の外国製部品を国際作業部会が調べ、日本製を含むプロセッサー、半導体、トランジスターなどが確認された。

さらにウクライナ大統領府は2025年10月、ロシアが一晩に発射した549発のミサイルと無人機に、米国、中国・台湾、英国、ドイツ、スイス、日本、韓国、オランダなどで作られた部品が合計10万点以上含まれていたと公表した。

ただし、この「10万点」は日本製だけの数ではない。公開資料から、日本製部品が全体の何割を占めるかまでは確認できない。また、部品メーカーがロシア軍やイランへ直接販売し、軍事利用を意図したと示すものでもない。

多くは本来、家電、産業機械、自動車、通信機器などに使われる民生・汎用品である。正規の取引後に第三国の仲介業者や転売を経て流入すれば、製造企業が最終用途を把握することは難しい。

だから「日本の部品がロシア兵を殺している」あるいは「日本企業がロシアの攻撃に加担している」と短絡してはならない。

確認できる事実は、ロシアの無人機を含む現代兵器が外国製部品へ深く依存し、その供給網の中に日本製部品も存在することである。日本政府も、イラン製無人機から日本や欧米企業の電子部品が見つかったとのウクライナ側文書を承知していると答弁している。

これは日本の弱点であると同時に、強みでもある。

経済産業省の資料では、2022年の産業用ロボット市場で日本企業のシェアは65.9%とされる。産業用ロボットと軍用無人機は同じ製品ではないが、モーター、減速機、ベアリング、センサー、制御技術、精密加工という土台は重なる。水上・水中では、これにソナー、耐圧構造、防水、耐食、海中通信、電池管理が加わる。

我が国が取るべき道は二つである。

第一に、民生部品が侵略兵器へ転用されないよう、販売先の確認、第三国経由の異常取引の把握、部品の追跡、同盟国との情報共有を強めることだ。経済産業省は、半導体、通信機器、工作機械、ロボットなど、ロシアの軍事能力を強化し得る品目の輸出を規制している。規制は紙の上だけでなく、迂回輸出を見つける執行力と組み合わせなければ意味がない。

第二に、日本の部品力を、我が国の隊員と国民を守る完成システムへ結び直すことだ。

防衛省の令和7年版防衛白書は、無人装備を空中だけでなく、陸上、水上、水中へ広げ、隊員の危険と負担を減らす方針を示している。2024年度には、国産USVの開発促進へ運用知識を得るため、海外で実績のある無人艇を試験用に取得した。

防衛力整備計画も、水中・海上優勢の確保と人的損耗の低減へUSVとUUVを導入する方針を明記している。さらに防衛省と米国防省は2025年、複雑な海洋環境でUUVが障害物を検知・回避する能力を高める共同研究に合意した。

必要なのは完成品の輸入だけではない。空の偵察・輸送・迎撃ドローン、地上の補給・負傷者搬送・地雷処理ロボット、海上の警戒・輸送・機雷対処USV、水中の監視・機雷捜索UUVを、通信、AI、電池、センサーと国内で組み合わせ、部隊で試し、短い周期で改良する仕組みである。

日本の地理では、ウクライナと同じ兵器をそのまま並べても機能しない。離島、海峡、港湾、シーレーン、航空基地、発電所、海底ケーブル、台風、潮流、塩害を前提に、日本の任務へ設計し直す必要がある。

そして、その生産基盤は戦争のためだけの費用ではない。

地上ロボットは災害現場の捜索と物資輸送、海上・水中ドローンは遭難者捜索、海洋観測、港湾点検、機雷・危険物処理、海底ケーブルや洋上設備の確認にも使える。国内の技術、人材、工場へ投資し、平時の国民生活と有事の防衛を同時に支える国家資産にできる。

結論 「20分」の向こうに、日本の部品と国家の責任が見える

ロシア新兵の生存時間が本当に平均20~30分なのか。公開資料だけでは、そこまで断定できない。

だが、CIA長官が米情報機関の把握と整合すると公言するほど、前線の殺傷性が高まっていることは重い。CSISの推計も、ロシアがわずかな前進と引き換えに巨大な人的損害を払っている可能性を示している。

その戦場では、空のドローンが発見し、地上ロボットが補給し、海上ドローンが艦艇を港へ追い込み、水中ドローンが機雷を探す。人間が担っていた危険な仕事は機械へ移る一方、機械に守られない兵士や艦艇の自由は失われていく。

そして、無人兵器を動かす内部には、日本を含む世界各国の民生技術が入り込んでいる。

日本に必要なのは、その事実を誇ることでも、企業を根拠なく責めることでもない。

侵略側への流出を止める。日本の技術を隊員保護、迎撃、補給、救難、災害対応へ向ける。完成品、部品、ソフトウェア、通信、工場、人材を一つの体系として育てる。

我が国の防衛政策が目指すべきなのは、敵より多くの人命を消耗できる国になることではない。人命を機械で守り、機械を国内で補充できる国になることである。

「20分」という数字を、恐怖や憎悪だけで終わらせてはならない。

その20分を、我が国の自衛隊員や国民に決して経験させないため、空・陸・海・水中の無人化、部品の管理、国内生産、訓練、制度を平時の今から積み上げる。それこそが、ウクライナの戦場から学ぶべき最も重い教訓である。

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主な出典

2026年7月23日木曜日

ホルムズ海峡を一方的に「有料道路」にするな――我が国が守るべきは石油だけではない


まとめ

  • 運河や海峡で料金を徴収する例はあるが、法的根拠と具体的サービスを伴う料金制度と、武力や威嚇を背景にした一方的な航路支配は別物である。
  • ホルムズ海峡で悪しき前例を許せば、その論理は南シナ海、台湾海峡、東シナ海にも波及しかねない。守るべきは石油だけでなく、自由で開かれた海洋秩序である。
  • 我が国は外交、備蓄、調達分散に加え、発電力、精製力、輸送力を国家資産として再建し、国民生活と産業を守る供給力を強化すべきである。

ホルムズ海峡をめぐり、イランが船舶から通航料を徴収し、海峡の通過を管理しようとしているとの主張が米国側から出ている。米国のルビオ国務長官は、イラン側が海峡を通る船舶に料金を課す動きを見せているとして、これを認めない考えを示した。AP通信が報じたルビオ氏の発言は、単なる料金問題ではない。武力や威嚇を背景に、国際航路の利用条件を一方的に変えられるのかという、海洋秩序の根幹に関わる問題である。

我が国にとってホルムズ海峡は、遠い中東の地理上の一点ではない。原油や液化天然ガスの輸送、電気料金、ガソリン価格、物流費、製造業の競争力、そして国民生活に直結する生命線である。だからこそ、「通航料を取る海峡や運河はほかにもある」という表面的な比較で済ませてはならない。

1️⃣ 問題は「料金」ではなく、その根拠と対価である

船舶から料金を徴収する海峡や運河は、現に存在する。パナマ運河は船種や容量などに応じて通航料を徴収しており、パナマ運河庁の現行料金表に基づいて運用されている。スエズ運河も、スエズ運河庁の航行通達により料金制度を公表している。ドイツのキール運河にも、ドイツ水路当局の公式料金表がある。

トルコ海峡では、モントルー条約の枠組みの下、灯台、救難、衛生検査などに関する料金が徴収されている。トルコ運輸インフラ省も、料金算定に使う金フランの換算額を更新したと公式に説明している

運河を航行する船舶

これらに共通するのは、明示された法的・制度的根拠があり、運河の維持管理、航行支援、救難、灯台、衛生など、具体的なサービスと結び付いている点である。国際社会に予測可能性を与え、料金の内容を公表し、航行そのものを恣意的に左右しない。

これに対し、ホルムズ海峡で問題となっているのは、沿岸国が威嚇や実力行使を背景に、自国の意思だけで国際航路を支配しようとする構図である。料金という名を付ければ正当化されるわけではない。問われるべきは、その徴収を誰が、どの法的根拠に基づき、どのような対価を伴って決めるのかである。

2️⃣ ホルムズ海峡の前例はインド太平洋へ戻ってくる

日本政府は、イラン側の主張について慎重に事実関係を確認する必要がある。外務大臣は、通航料をめぐる報道を承知している一方、詳細は確認中であると明らかにしている。したがって、徴収の実態や対象、決定主体が確定したかのように断定するのは適切ではない。

しかし、原則は曖昧にできない。国連海洋法条約第38条は、国際航行に用いられる海峡における通過通航を定めている。イランは同条約に署名しているものの批准しておらず、国連条約集の締約状況でも締約国ではない。そのため、条約上の義務関係と慣習国際法上の議論は分けて論じる必要がある。それでも、国際航行に使われる海峡の通行を武力で左右してよいことにはならない。


この問題を中東だけの特殊事情とみれば、国益を誤る。ホルムズ海峡で一方的な航路支配を既成事実化すれば、その論理は南シナ海、台湾海峡、東シナ海へ波及する。沿岸国が軍事力を背景に「管理」や「安全確保」を名目として通航条件を課す前例となりかねないからである。

我が国が守るべきものは、石油タンカーだけではない。自由で開かれた海洋秩序そのものである。日本を含むG7は、ホルムズ海峡の航行の自由と海上交通路の安全確保の重要性を共同声明で表明した。これは理念の唱和ではなく、インド太平洋の秩序を守るための現実的な国益である。

3️⃣ 我が国は外交、備蓄、国内供給力を一体で強くせよ

ホルムズ海峡は世界最大級のエネルギー輸送の要衝である。米国エネルギー情報局の集計によれば、2023年には日量約2090万バレルの石油が同海峡を通過し、世界の石油液体消費量のおよそ2割に相当した。通航の不安定化は、原油価格だけでなく、海上保険料、運賃、電力・ガス料金、化学製品、食料、輸送費へ連鎖する。

政府が取るべき対応は3つである。第1に、G7や海洋国家と連携し、航行の自由と一方的な現状変更を認めない原則を明確にすること。第2に、石油備蓄、LNG調達先、輸送経路を点検し、危機時に国民生活と産業を守る運用体制を鍛えること。第3に、原子力、火力、水力、再生可能エネルギーを現実的に組み合わせ、国内の発電力、精製力、備蓄力、輸送力を国家資産として再建することである。

備蓄は重要だが、使えば減る。調達先の分散も必要だが、世界的な供給危機では買い負ける。最後に国民生活を守るのは、我が国の領域内で安定供給できる設備、人材、技術、燃料在庫である。エネルギー安全保障を市場任せにせず、長期の国家資産形成として扱わなければならない。

結論 正当なサービス料と武力による航路支配を混同するな

運河や海峡で料金が徴収される例はある。だが、制度に基づくサービス料と、武力を背景とした一方的な通航支配は別物である。この区別を曖昧にすれば、国際航路は声の大きい国、軍事力の強い国の都合で切り分けられてしまう。

我が国は、ホルムズ海峡の安定を中東政策の一項目としてではなく、海洋国家としての生存条件として捉えるべきである。外交で原則を守り、備蓄で時間を稼ぎ、供給力再建で国家の足腰を強くする。その先にあるのは、南シナ海を通る日本の商船を守り、国内の工場を動かし、国民生活を支える海洋秩序を守ることなのである。

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2026年7月22日水曜日

中露はなぜ日本近海で「強さ」を演じるのか――沖ノ鳥島沖の実弾射撃を過大評価するな

低いサンゴ礁と遠方の艦艇を背景に中露の示威行動を軍事バランスから読む記事タイトルを配した画像

まとめ

  • 中国海軍の射撃訓練は日本のEEZ内で行われたが、EEZは領海ではない。今回の行動を直ちに日本への敵対行為や侵攻準備とみなす根拠はない。
  • ロシアの狙いは、ウクライナ戦争で手薄になった極東に戦力が残っていると示し、オホーツク海を中心とする軍事バランスを維持することにある。
  • 中国にとっては、景気減速や国内不安が続くなか、「強い中国」と「強い人民解放軍」を国内へ見せる政治的意味が大きい。警戒は必要だが、恐怖は不要である。

2026年7月19日、中国海軍のミサイル駆逐艦が、沖ノ鳥島周辺の我が国の排他的経済水域、EEZ内で機関銃による射撃訓練を実施した。

付近では中国艦艇3隻とロシア艦艇1隻が共同航行していた。日本政府は、中露両軍の軍事面での連携強化に向けた動きとして注視し、周辺船舶へ危険を及ぼす可能性について中国側へ懸念を伝えた。周辺船舶には射撃前に通知があったと報じられている。

「中露艦艇」「日本のEEZ」「実弾射撃」という言葉だけを並べれば、いかにも日本が軍事的に包囲され、危機が目前へ迫ったように見える。

だが、軍事を見出しの強さだけで判断してはならない。

今回の射撃訓練によって、東アジアの軍事バランスが変わったわけではない。中露が日米に対して新たな優位を獲得したわけでもない。むしろ問うべきなのは、なぜ両国が日本周辺まで出てきて「強さ」を演じる必要があるのかである。

1️⃣ EEZ内の射撃を「日本への攻撃」と取り違えるな

遠隔の島を囲む領海とEEZを表す二重の海域と外側を航行する艦艇の概念図
領海とEEZの違いを表したAI生成イメージ。実際の海域図や報道写真ではない。

最初に確認すべきなのは、EEZと領海の違いである。

領海では沿岸国の主権が及ぶ。これに対してEEZは、漁業、海底資源、海洋調査、環境保全などについて、沿岸国に主権的権利や管轄権が認められる海域である。他国の艦船が航行しただけで、領海侵犯になるわけではない。

外務省も、外国は沿岸国の権利と安全へ妥当な考慮を払う限り、他国のEEZ内で軍事訓練を行うことが国際法上許容されるとの立場を示している。国連海洋法条約第58条も、EEZ内における航行の自由と、それに関連する国際的に適法な海洋利用を認める一方、沿岸国の権利と義務へ妥当な考慮を払うよう求めている。

今回も中国艦艇が日本の領海へ侵入したとは報じられていない。日本政府が問題にした中心も、EEZへ入ったこと自体ではなく、射撃が周辺船舶の安全へ危険を及ぼし得る点である。

したがって、今回の出来事を「中国とロシアが日本の海へ侵入し、実弾を撃った」と表現すれば、事実を歪めることになる。

もちろん、政治的な意味がないわけではない。

中国は以前から、沖ノ鳥島はEEZを設定できる「島」ではなく「岩」であると主張してきた。今回の行動には、日本が沖ノ鳥島を基点として設定する海洋権益を軽視する効果がある。ただし、中国政府が今回の射撃目的をそのように説明したわけではないため、これは従来の主張と行動場所を重ねた分析として扱うべきである。

政治的な示威と、差し迫った軍事的脅威は別である。そこを区別しなければ、相手の宣伝を日本側の報道が増幅することになる。

2️⃣ ロシアが守りたいのは日本への侵攻路ではなく極東の軍事バランスである

寒冷な海を航行する少数の艦艇と海中の戦略潜水艦を描いたオホーツク海防衛のイメージ
オホーツク海をめぐるロシアの防御的軍事姿勢を表したAI生成イメージ。

ロシア太平洋艦隊の動きを、日本攻撃の準備として読むのも適切ではない。

ロシアにとってオホーツク海は、戦略原子力潜水艦を活動させる重要海域である。ロシア軍が千島列島、カムチャツカ半島、北方領土周辺へ地対艦・地対空ミサイルを配備する背景には、日米などの海空戦力をオホーツク海へ接近させない「バスチオン戦略」があると防衛省は分析している。

つまり、基本的な目的は日本へ攻め込むことより、ロシアの核抑止力を守ることにある。

しかもロシア軍は、ウクライナ戦争へ人員、装備、弾薬、予算を集中させてきた。太平洋艦隊所属の海軍歩兵部隊も、ウクライナ東部で大きな損害を受けたと分析されている。

2023年4月、米国の戦争研究所、ISWは、ロシア軍は当時「日本を脅かす立場にない」と評価した。太平洋艦隊には、日本へ現実的な脅威を与えたり、中国へ対等な軍事大国だと納得させたりするだけの戦闘力が不足しているという分析だった。

この表現は米政府の公式見解ではなく、米国の研究機関による2023年当時の分析である。また、ロシアが核兵器、潜水艦、長距離ミサイルによって損害を与える能力まで失ったという意味でもない。

それでも、この分析はロシアの示威行動を理解する手掛かりになる。

極東が手薄になったからこそ、ロシアは艦艇を動かし、演習を行い、中国との共同航行を見せなければならない。狙いは軍事バランスを実際に逆転することではなく、「ロシアは極東から消えていない」と周辺国、中国、そしてロシア国内へ示すことである。

強いから演習をするのではない。

弱体化が見透かされないよう、演習によって存在感を補っているのである。

3️⃣ 中国が見せたい相手は日本だけではない

薄暗い沿海都市の建物に艦隊の光景が映り込み沖合にも艦艇が並ぶ政治演出のイメージ
経済減速下の国内向け軍事演出を表したAI生成イメージ。特定の実在都市ではない。

中国についても、今回の射撃訓練を軍事面だけで見れば本質を見誤る。

中国には、日本や米国へ大きな損害を与える能力がある。多数の艦艇、航空機、地上発射型ミサイル、潜水艦を保有しており、軽視してよい相手ではない。

しかし、中国海軍の艦艇数が増えたことと、日米を相手に通常戦争を有利に遂行できることは同じではない。海上戦力だけでなく、潜水艦、航空戦力、衛星、情報収集、基地、補給、指揮統制を含めて考えれば、今回の艦艇4隻の共同航行と機関銃射撃によって軍事バランスが変わるはずもない。

では、中国は何を示そうとしたのか。

その主要な相手の1つが、中国国内である。

中国国家統計局によると、2026年4~6月期のGDP成長率は前年同期比4.3%となり、1~3月期の5.0%から減速した。2026年上半期では4.7%だった。

中国経済が直ちに崩壊するという意味ではない。輸出や製造業には依然として強い部分もある。しかし、不動産不況、内需の弱さ、雇用不安を抱え、かつてのような高成長を当然視できないことも事実である。

経済的な成功だけで国民をまとめにくくなれば、共産党政権が民族主義、軍事力、大国としての威信を強調する動機は強まる。

中国とロシアの艦艇が日本列島を越えて西太平洋へ進み、共同航行し、実弾を撃つ。その映像や発表は、日本を実際に攻撃しなくても、「中国海軍は遠洋へ進出できる」「米国と日本に屈していない」という物語を国内へ提供できる。

これは、中国政府が今回の目的を国内宣伝だったと認めたという意味ではない。経済状況、軍事宣伝、沖ノ鳥島をめぐる従来の主張を重ねた分析である。

見るべきなのは、撃たれた機関銃の音量ではない。その音を必要としている中国共産党の国内事情である。

結論 監視は必要だが、恐怖は不要である

今回の射撃訓練を軽視する必要はない。

日本政府は艦艇と航空機の行動を継続的に監視し、射撃や飛行訓練の通報が航行の安全を確保できる内容か確認すべきである。日中・日露間の連絡手段を維持し、現場の誤認や事故が軍事的な衝突へ発展することも防がなければならない。

一方、艦艇が日本周辺を航行するたびに、「中露の脅威が迫った」と大騒ぎする必要もない。

ロシアの行動は、ウクライナ戦争で手薄になった極東の軍事バランスを、実力以上に強く見せるための意思表示である。中国の行動には、日本や米国への牽制とともに、国内へ「強い中国」を見せる政治的意味がある。

両国とも危険を与える能力は持っている。核戦力、長距離ミサイル、潜水艦、偶発的衝突の可能性がある以上、「何の危険もない」と言い切るべきではない。

しかし、危険を管理することと、相手の演出に怯えることは別である。

我が国に必要なのは、事件のたびに恐怖を膨らませることではない。日米同盟の情報収集、対潜水艦戦、航空・海上戦力、補給力、国内生産基盤を静かに維持し、相手に軍事的な誤算をさせないことである。

必要な防衛力は、見出しの大きさに合わせて慌てて整備するものではない。長期的な軍事バランスと我が国の国益に基づき、計画的に築く国家資産である。

沖ノ鳥島周辺に響いた機関銃の音は、日米の軍事的優位が崩れた音ではない。

中露が、その優位を覆せていない現実を隠すために鳴らした音なのである。

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主な出典

2026年7月21日火曜日

トランプが分断したのではない――安倍晋三の警告とカーク暗殺が示す米国再生への道

まとめ

  • 米国の分断はトランプ氏が突然生み出したものではない。オバマ政権期、政策対立が善悪の対立へ変わり、二大政党をつないできた共通基盤が大きく損なわれた。
  • トランプ氏は、労働者、キリスト教保守派、国境管理を求める人々など、支配層から軽視されてきた国民の声を政治の中心へ戻した。その反発の強さを、分断の原因と取り違えてはならない。
  • 暗殺されたチャーリー・カーク氏のコア・バリューは、米国が築くべき新たな霊性文化の萌芽である。一方、日本は天皇の祈りに裏付けられた既存の霊性文化を顕在化させる必要がある。

「トランプがアメリカを分断した」。日米の主要メディアや民主党系政治家は、長らくこの説明を繰り返してきた。しかし、トランプ氏の言葉が時に激しかったことと、彼が分断を生み出したことは同義ではない。むしろ問うべきは、なぜ既成政治に見捨てられたと感じた数千万の国民が、彼を必要としたのかである。

安倍晋三元首相は、阿比留瑠比氏の証言によれば、2021年1月13日に国会内の事務所で「アメリカの分断はリベラル派が起こした」「オバマ政権時代に分断が激しくなり、だからトランプ政権が誕生した」との趣旨を語ったという。この見解は古森義久氏もJapan In-depthの記事で紹介している。ただし、現時点で確認できる根拠は阿比留氏の直接証言であり、録音や公的記録が公開されているわけではない。したがって安倍氏の確定した公式発言としてではなく、側近記者が伝えた見解として扱うのが適切である。

1️⃣オバマ時代に失われた政治の共通基盤

二大政党制の米国には、政権交代直後から新政権を全面否定しないという一種の不文律があった。現政権の失策に見える出来事が、実は前政権から引き継いだ問題の結果かもしれないからである。外交、安全保障、通貨、行政運営など国家の根幹では、民主・共和両党が広い共通部分を保ち、残りで党派色を競う。その感覚を私は「六、七割は同じで、三、四割で違いを出す」と表現してきたが、これは統計値ではなく、政治の連続性を示す比喩である。

もちろん米国の分断はオバマ政権から始まったのではない。南北戦争、人種問題、ベトナム戦争、文化戦争など、亀裂は歴史の随所に存在した。しかしオバマ政権期には、政策の違いが道徳的な優劣へ翻訳され、反対者を説得すべき国民ではなく、時代に遅れた存在として扱う傾向が強まった。医療保険制度改革法は上院で共和党議員の賛成を一票も得ずに可決された。IRSが保守系団体の免税申請を不適切な基準で選別した問題も、オバマ氏本人の指示を示す証拠はないものの、行政への党派的不信を深めるには十分であった。

米国議会で人々がすれ違う写真 AI生成画像

大学、主要メディア、ハリウッド、大企業の人事や広告では、進歩派の価値観が事実上の標準となり、異論を述べること自体が社会的危険を伴うようになった。ピュー研究所も2014年、党派間の思想的重なりが縮小し、相手党への強い否定感情が増したと報告している。ギャラップによれば、オバマ氏の平均支持率は民主党支持者83%、共和党支持者13%で、70ポイント差は当時の歴代最大であった。分断には長期的要因があるが、オバマ時代に政治の共通基盤が著しく細ったとの見方には、一定の裏付けがある。

ここで深刻なのは民主党の変質である。かつて労働者と中間層の生活を代弁した党が、専門職層、大学、官僚、メディアと結びつき、人種や性別などの属性を中心に政治を組み立てるようになった。異なる意見を誤りとして論破するのではなく、差別や無知の表れとして政治の外へ追い出す。この姿勢が、政権交代後も相手の統治の正当性を認めるという不文律を壊したのである。

2️⃣トランプが取り戻した、無視されてきた国民の声

トランプ氏を分断の原因とする説明には、因果関係を確定するだけの証拠がない。強い言葉を使った、反対派の評価が低かった、抗議や衝突が起きた――これらは分極化した社会の現象ではあっても、誰が分断を生んだかの証明にはならない。トランプ政権期にも党派別支持率の差は大きかったが、それは既に分極化した民主党支持者とメディアが彼を一貫して正統な大統領と認めなかった結果とも解釈できる。

配管工、農民、退役軍人らが語り合う写真 AI生成画像

トランプ氏が政治の中心へ戻したのは、脱工業化で職を失った労働者、信仰や家族観を嘲笑されたキリスト教保守派、国境管理を求める住民、中国による産業・安全保障上の脅威を感じていた人々である。彼らの不満は、トランプ氏が作ったものではない。既成政治が長く聞こうとしなかった声を、彼が可視化したのである。そこで起きた激しい反発を見て「トランプが分断した」と結論するのは、火災報知器の音を火事の原因と呼ぶようなものだ。

無論、政治家の表現は検証されるべきであり、トランプ氏の個々の発言や政策も例外ではない。しかし、それは具体的な事実に基づいて論じるべきであり、「分断を増幅した人物」といった曖昧な定型句で責任を負わせるべきではない。安倍氏の見解が突いたのは、トランプ現象より前に、国民の半分を道徳的に劣る者として扱う政治文化が成立していたという順序の問題である。

3️⃣カーク暗殺と、米国が築くべき新たな霊性

この病理を最も痛ましい形で示したのが、2025年9月10日、ユタ・バレー大学で公開討論中だったチャーリー・カーク氏が銃撃され、31歳で死亡した事件である。FBIの事件情報によれば、銃撃は大学の屋上から行われた。タイラー・ロビンソン被告は加重殺人などで起訴され、検察はカーク氏の政治的表現を理由に標的にしたと主張しているが、2026年7月21日現在、有罪は確定していない。この法的段階は厳密に区別しなければならない。

空の討論台、追悼の花、若者たちの写真 AI生成画像

カーク氏は、反対者を排除するのではなく、大学へ出向いて公開の場で議論した。その人物に反論ではなく銃弾が向けられたことは、言論空間の崩壊を象徴する。犯行をリベラル全体の責任にすることはできない。しかし、異論を持つ者を単なる論敵ではなく「悪」と規定する文化が広がれば、暴力を正当化する者が現れる危険は高まる。この事件を一過性の悲劇で終わらせてはならない。

私は以前、このブログでカーク氏の「ハーバード卒より配管工のほうが賢い」という趣旨の演説を取り上げた。これは学問の否定ではない。肩書や学歴と、人間としての知恵、責任、奉仕、実務能力は同じではないという主張である。その根には、自由、信仰、家族、自己責任、自立、愛国心、奉仕、人格というコア・バリューがあった。私はここに、米国の新たな霊性文化の萌芽を見る。

米国が必要とする霊性は、日本文化の模倣でも、特定宗派による政治支配でもない。建国以来の自由と責任、キリスト教的な隣人愛、開拓者精神の自立、地域共同体への奉仕、労働者や兵士への敬意を、世代と党派を超える倫理へ育てることである。制度だけでは自由を守れない。制度を運用する人間に、相手を同じ国民として扱う内的規律が必要なのである。

結論

安倍氏の見解は、阿比留氏の証言という限界を踏まえても、米国の分断を考える重要な視点を与える。トランプ氏が米国を分断したのではない。オバマ時代に深まった文化的・道徳的な排除によって、声を奪われた国民がトランプ氏を選び、彼はその声を政治へ戻したのである。そしてカーク氏の暗殺は、政治的代表を取り戻すだけでは足りず、自由な討論を支える精神的基盤を再建しなければならないことを示した。

日本には、自然への畏れ、祖先への敬意、祭り、共同体の相互扶助、神仏習合など、数千年をかけて形成された霊性文化がある。その連続性を、権力者としてではなく祈りの存在としての天皇と、万世一系の皇統が文化的に裏付けてきた。これは多くの日本人の潜在意識に深く刻まれているが、戦後は言葉として顕在化されてこなかった。

米国は、自らの歴史から新たな霊性文化を創造しなければならない。日本は、既に持つ霊性文化を自覚し、教育、地域、政治、外交の言葉へ戻さなければならない。米国の分断を対岸の火事として眺めるのではなく、日本自身が同じ道を歩まないための警告として受け取るべきである。横の対立を超える縦の軸――歴史、祈り、責任、奉仕――を取り戻すことこそ、日米両国が分断から立ち直る道なのである。

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2025年8月28日

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「ハーバード卒より配管工のほうが賢い」米国保守派の「若きカリスマ」の演説にインテリが熱狂するワケ―【私の論評】日本から学ぶべき、米国が創造すべき新たな霊性の精神文化 2025年2月16日

カーク氏の演説から、学歴を超える人格と米国の新たな霊性を探る。

2026年7月19日日曜日

世界が再び室蘭を必要とした理由――日本の「霊性」と常若のものづくり

まとめ

  • SMR(小型モジュール炉)は、一般に1基当たり最大300MW級で、主要部分を工場で製造し、現地へ運んで組み立てる構想の原子炉である。その普及を左右するのは設計だけではなく、重要部材を現実に作れる製造基盤である。
  • 日本製鋼所の室蘭製作所は、原子炉圧力容器用部材を含む大型鋳鍛鋼品を供給してきた。我が国が持つ大型・高品質鍛造の能力は、SMRを含む次世代原子力の供給網における大きな強みである。
  • 室蘭の力を支えてきた文化的土壌には、自然や素材を支配の対象としてのみ見ず、人の営みを世代の連続の中に置く日本の「霊性」がある。その具体的な表れが、守るために絶えず作り直す「常若」の精神である。

世界がエネルギー安全保障を見直すなか、SMR、すなわち小型モジュール炉への関心が高まっている。注目を集めるのは新しい炉型、先進的な設計、華やかな新興企業である。しかし、原子炉は設計図だけでは動かない。高温、高圧、放射線に長期間耐える機器を、厳格な品質保証の下で実際に作らなければならない。世界が最後に突き当たるのは、巨大な鋼塊を鍛え、均質で信頼性の高い部材へ仕上げる製造能力である。

北海道・室蘭にある日本製鋼所の室蘭製作所は、その能力を我が国に残す重要拠点である。一般には「室蘭の製鉄所」と呼ばれることもあるが、現在の正式名称は室蘭製作所であり、鉄鋼を大量生産する一般的な製鉄所とは性格が異なる。日本製鋼所の沿革が示す通り、1907年に本社と工場を室蘭に置いて創立された、日本製鋼所発祥の地である。2020年からは日本製鋼所M&Eが運営していたが、2026年4月1日の吸収合併により、その組織と機能は日本製鋼所へ承継された。したがって現在は、日本製鋼所の素形材・エンジニアリング事業を担う中核拠点と位置づけるのが正確である。

日本製鋼所の製造拠点紹介によれば、室蘭製作所は最大670トンの鋼塊を製造でき、14,000トン油圧プレスをはじめとする巨大設備を備える。超大型から中小型までの鋳鍛鋼品、鋼板、エネルギー関連製品を世界へ供給し、原子力圧力容器用シェルフランジも主要製品として掲げている。公式な呼称ではないものの、創業の地であり、同社の素形材技術の源流を担ってきたという意味では、「マザー工場」と呼ぶにふさわしい存在である。

しかも室蘭の強さは、巨大な鋼塊を作れることだけではない。日本製鋼所が公表した室蘭製作所の紹介では、約100万平方メートルの敷地内に、鋼塊製造、鍛錬、熱処理、機械加工、検査、出荷までの一貫した生産体制を整えていると説明している。素材を外部から買い集めて加工するだけの工場ではない。巨大な鉄の素材づくりから最終検査までを連続して管理し、工程全体で品質を作り込める。これこそ、世界の巨大エネルギーインフラが室蘭を必要とする根本的な理由である。

なぜ、この能力が室蘭に残ったのか。設備が大きいから、技術者が優秀だから、という説明だけでは足りない。設備を使い続け、技能を次代へ渡し、時代の要求に応じて作り直す文化がなければ、技術は1世代で途切れるからである。その文化の根にあるものこそ、日本の霊性である。

ここでいう霊性は、現実から離れた神秘主義ではない。自然や素材の中に人間の都合だけでは割り切れない秩序を認め、自分の仕事を先人から受け取り、次代へ渡す営みとして捉える感覚である。鉄を単なる物体として扱うのではなく、その性質に耳を澄まし、無理を押しつけず、正しい工程を積み重ねる。人の技を個人の所有物にせず、世代を越えて生かす。この霊性が、常若という日本独自の更新思想を通じて、室蘭のものづくりに形を与えてきたのである。

1️⃣SMRの時代は、設計図より「作れる国」を選ぶ

SMRとはSmall Modular Reactorの略で、日本語では小型モジュール炉と訳される。国際原子力機関(IAEA)の資料は、一般に1基当たり最大300MW級で、工場で製造したモジュールを現地へ輸送し、設置する原子炉として説明している。大型炉と比べ、1件当たりの初期投資を抑えやすく、同一設計を反復製造できれば、工期や建設リスクを小さくできる可能性がある。電力需要が急増するデータセンター、半導体工場、産業拠点、寒冷地や遠隔地の安定電源として期待される理由はここにある。

今後SMRが電源の主力になる可能性については、様々な議論がある。世界では多くの設計が競争しているが、商用化の時期、発電原価、規制審査、燃料供給、使用済み燃料の管理、人材確保などの条件は、炉型や国によって異なる。SMRは万能の魔法ではない。それでも、工場生産と反復製造を軸とする考え方が、原子力産業の重要な潮流になっていることは確かである。

2025年2月18日に閣議決定された第7次エネルギー基本計画も、安全性の確保を大前提として原子力を活用し、次世代革新炉の開発・設置を具体化する方針を示している。資源エネルギー庁の原子力政策解説にも、原子力規制委員会が新規制基準への適合性を判断し、地域の理解を前提に官民が取り組むという役割関係が示されている。ただし、制度上の主体は分けて考えなければならない。エネルギー基本計画を閣議決定するのは政府である。個別の原子炉について設置許可や規制基準への適合性を審査するのは、独立性を持つ原子力規制委員会である。実際の建設・投資計画を策定するのは事業者である。政府の政策方針、規制機関の安全判断、民間事業者の事業判断を混同してはならない。

AI生成画像 以下同じ

SMRの「モジュール化」が進むほど、製造現場の価値はむしろ高まる。エネルギー白書2025も、我が国には大型鍛造品など海外市場で一定の競争力を持つ原子力サプライヤーが存在すると評価している。原子炉圧力容器などの重要機器には、設計上要求される強度、靱性、均質性、検査可能性を満たす材料と加工が不可欠である。溶接箇所を減らせる大型一体鍛造品は有力な選択肢となるが、採用される部材や製法は炉型によって異なる。したがって、すべてのSMRの炉を室蘭だけが作るわけではない。しかし、巨大で高品質な鍛鋼品を安定供給できる企業は世界でも限られている。SMRの心臓部を形にする鍛造能力という点で、日本は独壇場と呼びたくなるほど強い。その中心に室蘭がある。

私は過去の記事「日本は米国に金を払わされたのか――対米22億ドル融資が示す『エネルギー覇権への入場料』」で、SMRへの投資は米国の発電所を作るだけの話ではなく、日本の原子力部材、制御機器、重電、精密加工、バルブ、計測、保守技術を世界市場へ戻す話であると述べた。エネルギー白書2025も、既設炉や次世代革新炉を支える国内の原子力産業・人材基盤の維持強化が不可欠だとしている。国内で原子力産業を止め、輸出もできず、人材も育たなければ、失われるのは発電量だけではない。原子力を安全に扱う能力そのものが失われる。室蘭の鍛造力は、その能力体系を実物として支える中核である。

大型鍛造品を超音波検査しながら知見を共有する熟練技術者と若手技術者。

2️⃣室蘭に宿る日本の霊性――素材を生かし、仕事を次代へ渡す

日本のものづくりを、勤勉や器用さだけで説明することはできない。もちろん、材料工学、製造技術、品質管理は近代科学の上に成り立っている。霊性を持ち出せば鋼が強くなるわけではない。それでも、科学と技能を長い時間をかけて現場へ定着させ、世代を越えて磨き続ける文化的土壌を考えるとき、日本の霊性を無視することはできない。

日本人は古来、山、海、森、岩、火、水を、単なる資源としてのみ見てこなかった。自然を人間の外にある無機質な対象とせず、人もまた大きな秩序の一部であると感じてきた。だから素材を力ずくで征服するのではなく、その性質を見極め、最も生きる形へ導こうとする。木には木の癖があり、土には土の性質があり、鉄にも鉄の振る舞いがある。それを読み違えれば、いかに巨大な設備を持っていても、要求された品質には届かない。


室蘭の工場で扱われる鋼も同じである。温度、成分、鍛錬、熱処理、加工、非破壊検査の1つでも軽視すれば、製品の信頼性は崩れる。原子力部材では「おそらく大丈夫」は許されない。小さな兆候を拾い、記録し、工程へ戻し、原因を突き止め、次の製品へ反映する。その姿勢は近代的品質保証そのものだが、同時に、自分の都合より素材と事実を重んじる精神でもある。

霊性とは、仕事に曖昧な精神論を持ち込むことではない。人間の慢心を戒め、目に見えない欠陥まで疑い、後にその製品を使う人々への責任を引き受ける感覚である。自分が退職した後も設備は動き、製品は使われ、次の世代が仕事を受け継ぐ。その時間の長さを意識するからこそ、手順を守り、記録を残し、技能を他者へ渡す。ここに、日本の霊性が工業社会の中で現実の力へ変わる接点がある。

私が過去の記事「資源小国という思い込みを捨てよ――我が国の本当の資源は現場のテクノロジストだ」で論じた通り、日本の資源は地下にだけあるのではない。知識を現場に落とし込み、結果に責任を持つ人材と組織もまた資源である。室蘭の価値は、鍛造プレスや溶解炉だけでは測れない。材料を読み、設備の癖を知り、異常の芽を見つけ、知識を次の担い手へ渡す人間の蓄積まで含めて、1つの国家資産なのである。

この資産は、市場任せで自動的に残るものではない。需要の谷が長引けば、設備更新は遅れ、協力企業は撤退し、熟練者から次世代への伝承も切れる。政府は企業へ受注を命令できないが、研究開発支援、予見可能なエネルギー政策、国際協力、人材育成などを通じて、供給基盤が更新される環境を整えることはできる。企業は競争力を磨き、事業者は現実的な調達計画を示し、大学と高専は材料、溶接、原子力を横断する人材を育てる。それぞれの権限と責任を分けた上で、我が国の供給力を残すという目標を共有すべき。

3️⃣常若とは、日本の霊性を国家の供給力へ変える思想である

常若とは、古い物をそのまま凍結保存することではない。伊勢神宮が説明する式年遷宮の思想に象徴されるように、守るべき本質を次代へ渡すため、建物や御装束神宝を新しく調製し、技法を実践の中で継承する精神である。神宮の式年遷宮Q&Aも、社殿の尊厳を保つことや伝統技術を継承することを意義として挙げている。形を変えないことが伝統なのではない。何度でも作り直せる能力を絶やさないことが伝統なのである。

ここには、日本の霊性の核心がある。物質は朽ちる。しかし、正しく作り直す営みを続ければ、精神と技は残る。永遠とは、古い形を固定することではなく、世代ごとの人間が責任を引き受け、同じ本質を新しい形に宿し直すことである。常若は、過去を崇拝する思想ではない。未来に対して責任を負う思想である。

この視点に立てば、室蘭の製造力を過去の産業遺産として眺めることが、いかに危ういかが分かる。設備は使わなければ劣化し、技能は仕事がなければ継承できない。原子力産業も同じである。既設炉を止めたままにし、将来になってSMRだけを導入すればよいという考えは成立しない。核分裂を制御し、熱を取り出し、冷却し、遮蔽し、検査し、保守する知識は連続している。未来炉を作るためには、現在の現場を動かし、設備を更新し、人を育てなければならない。

過去の記事「高市首相施政方針演説が突きつけた選択――テクノクラート国家か、テクノロジスト国家か」で、私は「国家は制度で存続するのではない。能力で存続する」と書いた。制度は不可欠である。しかし、制度だけでは鋼塊を溶かせず、原子炉圧力容器用の部材を鍛えられない。政策を実物へ変えるのは、現場のテクノロジストである。そして常若とは、その能力を使いながら更新し、世代から世代へ渡していく国家運営の思想にほかならない。

SMRが世界の電源構成でどこまで主力化するかは、なお競争と実証の途上にある。しかし、AI、データセンター、半導体工場、製造業の国内回帰、防衛産業などが、安定電源への需要を押し上げる可能性は高い。そこで我が国が世界へ提供すべきものは、完成炉だけではない。素材、鍛造、ポンプ、バルブ、制御、検査、保守を束ねた信頼性である。室蘭を起点に供給網を太くすれば、国内の雇用と投資を生み、原子力を安全に扱う能力を維持し、長期の国家資産形成につなげられる。

これは、精神文化と産業政策を無理に結びつける話ではない。霊性が現実の力になるためには、設備投資、受注、人材育成、研究開発、品質保証という物理的な基盤が必要である。反対に、設備と制度だけを整えても、それを次代へ渡す責任感が失われれば、能力は長続きしない。霊性と技術、伝統と革新、文化と産業は、別々の世界ではない。常若という思想の中で、1つにつながっている。

結論――世界のSMR市場を支える室蘭の「この一手」

世界が再び室蘭を必要とする理由は明快である。要求された品質の巨大鍛鋼品を、厳格な工程と検査の下で実際に作る能力があるからだ。だが、その能力は機械だけから生まれたものではない。素材の性質を尊重し、自分の仕事を先人から受け取り、まだ見ぬ次代へ渡そうとする日本の霊性が、長い時間をかけて現場の規律と技能を育ててきた。その霊性を、更新の仕組みとして具体化したものが常若である。

我が国に手をこまねいている余裕はない。各国は製造能力を増強し、技術と人材の獲得を進めている。室蘭の優位も、放置すれば必ず縮む。必要なのは、根拠のない世界一宣言ではない。設備を使い、受注を確保し、人を育て、研究開発と国際規格への対応を途切れさせず、何度でも能力を新しくすることである。

日本製鋼所の室蘭製作所は、単なる一企業の工場ではない。SMRを含む次世代原子力の供給網に我が国が席を持ち続けるための国家的資産である。もちろん私企業の設備であり、国が自由に扱えるものではない。だからこそ、政府、企業、事業者、教育研究機関がそれぞれの責任を果たし、この能力が競争の中で更新される環境を作らなければならない。

守るとは、動かさないことではない。作り直せる力を守ることである。室蘭の炉火に見るべきものは、過去の栄光ではない。素材を生かし、技を磨き、人から人へ渡しながら、未来を実物に変えていく日本の霊性である。そこにこそ、常若の国・日本が世界を再び動かす「この一手」がある。

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主な出典

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まとめ 飛鳥は1つの固定された都ではない。592年から694年までの約100年間、複数の天皇宮を中心に、難波や近江への移転を挟みながら国家形成が進められた政治空間である。 天武天皇が構想した藤原京を持統天皇が完成させ、694年に遷都した。藤原京は710年まで約16年間、持統、文武...