2026年10月25日日曜日

『財源がない』では日本は守れない――年末の安保3文書改定、国債恐怖症と防衛増税を許すな

まとめ

  • 今回のポイントは、安保3文書改定を「財源論」で論じること自体が誤りだという点である。物差しは需給ギャップと高圧経済であり、防衛費は国内の供給力と継戦能力を育てる投資として評価すべきだ。
  • 日本にとっての利益は、「財源がない」を理由に防衛を先送りせず、高圧経済を維持することで賃上げと投資を定着させ、危機の際にも国を守れる実体的な国力を手にできることである。
  • 次に備えるべきは、越えてはならない一線を守る覚悟である。防衛費の穴埋めを名目とする増税や拙速な引き締めに流れ、国債恐怖症に屈して国家の生存戦略を止めるような判断を許してはならない。

10月24日、東京都内で開かれた「富士山会合」で、ランドー米国務副長官がビデオメッセージを寄せた。日本政府が年内に改定を目指す安全保障関連3文書について、米国の戦略と一致させる必要があるとし、日本の南西諸島から台湾、フィリピンを結ぶ「第1列島線」に沿って抑止力を強化する米側の取り組みに、歩調を合わせるよう求めたのである。ランドー氏は、中国の軍事活動の活発化を挙げ、中国が日本への強硬姿勢を強めていると指摘した。高市早苗首相も同じ会合にメッセージを寄せ、日米同盟の抑止力と対処力を一層強化し、同盟をさらなる高みへ引き上げると訴えた。

この発言を受けて、防衛費の議論は必ず「財源」に向かう。だが、確認しておかなければならない。「財源がない」は、国家の生存を先送りする言い訳にはならない。そして、防衛費の穴埋めを名目とする増税は、守るべき国力そのものを削ぐ。私は昨年末、補正予算をめぐる議論で、需給ギャップと高圧経済、そして国債恐怖症の誤りを書いた。あの物差しは、防衛費にこそ当てはめなければならない。

1️⃣第1列島線は地図の上の線ではない――南西諸島は日本の盾である

第1列島線とは、南西諸島から台湾、フィリピンへと連なる列島線を指す。中国の海軍や海警が太平洋へ進出しようとすれば、必ずこの列島線を越えなければならない。裏を返せば、この線が破られれば、台湾周辺や東シナ海の有事は、我が国の離島、領海、そして海上輸送路への圧力に直結する。日本最西端の与那国島から台湾までは、約110キロしか離れていない。台湾有事は、対岸の火事ではないのである。

南西諸島に展開する地対艦ミサイル部隊(イメージ、AI生成画像)
我が国は、エネルギーと食料の多くを海上輸送に依存する島国である。シーレーンが脅かされる事態は、軍人だけの問題ではない。燃料が届かなければ工場は止まり、食料が届かなければ国民生活そのものが立ち行かなくなる。南西諸島の防衛は、遠い島々の話ではなく、本土に暮らす国民の生活を守る最前線の話なのである。

まず、現在地を確認しておく。現行の3文書は2022年12月に決定され、2027年度において、防衛力の抜本的強化とそれを補完する取組を合わせて、2022年度のGDP比2%(11兆円程度)に達する予算水準を目標に掲げた。高市政権は、この水準を当初予算と補正予算を合わせて2025年度に前倒しで達成した。つまり年末の改定は、達成した2%の先をどこまで積み増すのかの議論である。現行の防衛力整備計画は2023年度から2027年度までの5年で43兆円程度を示し、2027年度から2031年度を対象とする次期計画では、無人機の大量調達や、長期戦に備えた弾薬、ミサイルの確保が柱となると報じられている。

米国の要求も、正面から受け止めておく必要がある。トランプ政権は同盟国に防衛費のGDP比3.5%を求め、日本に対しても「世界基準」だとして水面下で繰り返し求めてきたと報じられている。政府は、改定文書に3.5%の目標の明示を見送る方向で検討しているが、関連経費も含めた防衛費の大幅な増額には踏み出す方針だという。仮に3.5%となれば、防衛費は年20兆円を超える。ここで警戒すべきは、数字合わせのために安全保障関連経費の範囲を広げ、装備や人員という中核の予算を痩せさせる粉飾である。比率は結果であって、目的ではない。決めるべき順序は、守る正面と中身が先であり、比率は後からついてくる。

では、この線を守るとは、具体的にどういうことか。相手の射程の外から対処する長射程ミサイル、広い海域を見張り続ける無人機、そして有事が長引いても戦い続けられるだけの弾薬と燃料の備蓄が要る。装備を配備して終わりではない。装備品の部品を切らさず、壊れた艦艇や航空機を前線近くで修理し、補給を絶やさない基盤がなければ、備えは最初の局面で細っていく。問われているのは、まさにこの継戦能力である。

守る対象は、海域や線だけではない。南西諸島には人々の暮らしそのものがあり、有事の際に住民をどう避難させ、空港や港湾をどう使うかまで含めて、初めて「守る」という言葉に中身が入る。防衛力の整備は、国民生活の防衛なのである。

同盟は、米国が一方的に我が国を守る仕組みではない。我が国自身が担うべき正面を受け持ち、抑止の一翼を担わなければ、同盟の信頼そのものが揺らぐ。米国に名指しされるまでもなく、第1列島線を守るのは日本の仕事である。問題は、そのための支出を、我が国がどの物差しで判断するかだ。

2️⃣需給ギャップと高圧経済――防衛費は「負担」ではなく、供給力を作る投資だ

経済政策の議論は、決まって「国の借金が増える」「財源を示せ」という言葉で思考停止に陥る。だが、見るべきは空気ではない。需給ギャップであり、その先にある高圧経済である。

高圧経済とは何か。政策によって需要を強く保ち、労働市場を引き締めた状態をいう。人手が足りなければ、企業は賃金を上げ、省力化の投資をしなければ、人を確保できない。賃上げと投資が、経営者の善意ではなく経営の必然になる。デフレ脱却とは、この状態を定着させることであり、単に物価が上がることではない。

日銀の推計では、2026年4〜6月期の需給ギャップはプラス0.55%で、8四半期連続のプラスとなった。内閣府の推計でもプラス0.7%と、需要超過が続いている。この数字だけを見て「需要はもう十分だ、引き締めよ」と読むのは、昨年末に指摘した通りの誤りである。潜在GDPは推計であり、しかも長年のデフレで痩せた供給力を前提に推計される。景気が良くなるほど「埋まったように見える」のは、そのためだ。

需給ギャップはプラスでも、判断は結果で見る(図解、AI生成画像)※クリックすると拡大します

重要なのは結果である。賃金は持続的に上がっているか。投資は回っているか。中小企業まで賃上げが浸透しているか。政府自身、城内実経済財政担当相が10月23日の記者会見で、デフレ脱却宣言について「
慎重に判断する必要がある」と語った。デフレに後戻りしないという宣言の条件が整ったとは、政府自身がまだ言っていない。高圧経済は、まだ完成していないのである。

その局面での防衛費を、一般の支出と同じに論じてはならない。防衛費の中核は、国内産業への発注である。1️⃣で挙げた弾薬の生産ライン、装備品の部品、艦艇や航空機を維持・修理する基盤、燃料の備蓄、無人機やAIを支える半導体と人材は、需要を作ると同時に供給力を作る支出だ。有事に国を守る継戦能力であると同時に、平時の国内産業の厚みそのものである。

防衛産業の裾野は広い。素材、部品、造船、電子機器と、発注は中小企業を含む国内の取引網に広がっていく。高圧経済が中小企業まで浸透するかどうかが問われると書いたが、防衛発注はまさに、その浸透の経路になり得る。だから、防衛費の増額と高圧経済は矛盾しない。むしろ防衛費は、供給力再建の柱になり得る。

批判すべき無駄があるとすれば、それは金額の大きさではない。円安のなかで予算が輸入装備への支払いに消え、国内に生産基盤も技術も雇用も残らない使い方である。問うべきは「いくらか」より先に、「何に使い、国内に何が残るか」だ。

3️⃣国債恐怖症で国を失うな――歴史と、越えてはならない一線

「国債は将来世代へのツケだからやめろ」という言葉はの中身は空虚だ。国は家計ではない。国債は借り換えを前提とした金融の道具であり、実質的な負担は利払いと金利水準で決まる。我が国の日露戦争の戦費も公債で賄われた。もし当時、「国債はツケだ」という声が勝っていれば、日本は戦えなかった。戦えなければ負けていた。経済政策は、国の生存戦略である。

英国のコンソル(統合債)の内実を、具体的に見ておきたい。コンソルは1751年、英国政府が各種の公債を統合して生まれた、償還期限を定めない永久債である。利払いを続ける限り元本を返す必要はなく、償還は政府の任意だった。この仕組みで、英国はナポレオン戦争の天文学的戦費を賄い続けた。戦争が終わった後の1821年には、政府債務はGDPの260%に達していた。それでも英国は破綻しなかった。

額面を急いで消すのではなく、利払いを続け、産業革命による成長のなかで債務の相対的な重さを減らしていったのである。第1次世界大戦の債務を借り換えた3.5%の戦争債が償還されたのは2015年3月であり、期限のない国債の最後の残りがすべて償還されたのは2015年7月5日である。1751年から数えて264年後だ。国家の債務管理、特に国家の存亡の危機に関わる債務管理とは、この時間軸で考える仕事なのである。

日露戦争の数字を見れば、その意味はさらに明らかになる。直接戦費だけで17億円を超え、当時のGNPの22%、一般会計歳入の7倍弱に相当する規模だった。その戦費の8割を、内債と外債の発行で賄ったのである。そして外債は借換えを繰り返しながら返済が続き、借換え外債の最終償還を迎えたのは1970年度だった。戦争が終わってから65年後である。明治の戦争の借金を、高度成長期の日本が払い終えたことになる。なお、同じ出典によれば、日清戦争の借換え外債の最終償還は1985年度である。世間に流れる「日露戦争の借金は1986年に完済した」という話は、この日清戦争分との混同だろう。

国家は時間を味方にできる――戦争の借金が終わるまで(図解、AI生成画像)※クリックすると拡大します

なぜ、このような超長期の返済が可能なのか。そこには、個人と国家の決定的な違いがある。個人の信用は、その人が生きて働ける期間に縛られる。人はいずれ年を取り、死ぬ。だから個人への信用は、人生の長さを超えることができない。だが国家は違う。国家は世代を超えて存続し、課税権を持ち続ける。国家の消滅や革命による債務の否認といった余程の事態がない限り、国家の信用に「寿命」はない。

貸し手が超長期の資金を託せるのは、この存続を前提にしているからだ。国家は時間を味方にできる。65年あれば経済は成長し、税収は増え、債務の相対的な重さは変わる。もちろん、この信用は国家の存続と経済の成長が前提だ。だからこそ防衛と成長は一体なのであり、守る力を削って帳尻を合わせる緊縮は、信用の土台そのものを掘り崩す。

現実の動きを見れば、国債恐怖症がすでに安全保障を歪め始めている。有識者会議は3文書を決める機関ではなく、判断材料となる報告書を首相に提出する機関である。その有識者会議が、報告書の取りまとめを当初の11月中から12月上旬へ先送りする方向となった。理由は、飲食料品の消費税減税法案の国会審議で財源を巡る与野党攻防が見込まれるため、その影響を考慮したというのである。財源を議論するはずの会議の結論が、財源論争を恐れて後ろへずれる。これが国債恐怖症の支配でなくて何なのか。

さらに、越えてはならない一線は増税である。新たな3文書に基づく防衛費は年10兆円超に膨らむ公算が大きいとして、その「安定財源」に法人税の追加増税案が政権内で浮上していると、共同通信が報じた。まだ決まった話ではないが、賃上げや国際競争力への影響を懸念する経済界の反発も予想されるという。賃上げと投資を担う企業に増税し、その企業が作るはずの装備と供給力を細らせて、何の防衛力強化なのか。

帳尻合わせのために国力を削ぐのは本末転倒であり、経済を冷やせば税収そのものが細って、防衛費を支える基盤が痩せる。拙速な引き締めは、財政でも金融でも同じ過ちだ。日銀が利上げを急ぎ、あるいはリークの形で市場に先行実装するようなことがあれば、高圧経済は完成する前に潰れる。その一線も、越えさせてはならない。国家の財政は動的に運営するものであって、「財源の札」が揃うまで防衛を止める仕組みではない。

結論

第1列島線を守り切れなければ、日本は守れない。そのための防衛費を、「財源がない」の一言で先送りする国に未来はない。年末の安保3文書改定に求められるのは、財源論の恐怖に屈しない覚悟であり、防衛費を国内の供給力と継戦能力に変える設計であり、そして増税と引き締めで高圧経済を壊さないという一線の堅持である。

将来世代に残すべきものは、緊縮の根拠なき説教ではない。

生き残る力を持った国である。

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2026年10月24日土曜日

在留外国人428万人時代に、外国人受け入れを既定路線にするな——年末の政府人口総合戦略の行方


まとめ
  • 2070年に8700万人という将来推計は、年16万4000人の外国人の入国超過を前提に描かれた姿である。その前提を、受け入れ拡大の根拠に使ってよいのか。
  • 在留外国人は428万1026人に達した。原則が示されない間に、現実と育成就労制度だけが先に進んでいる。
  • 先に立てるべきは外国人ではなく、賃金と投資とAIによる我が国の供給力である。年末の人口総合戦略は、その順序を示せるか。
高市早苗首相は10月5日の所信表明演説で、人口減少を「静かに進む国難」と位置付け、年末をめどに人口総合戦略を策定し、外国人の受け入れに関する基本的な在り方についても検討を進める考えを示した。

ここで制度上の前提を確認する。人口総合戦略は政府の政策文書であり、それだけで在留資格は生まれない。在留資格の創設や改廃は、国会が入管法などを改正して行う。個別の在留許可は、法律に基づく法務大臣の権限に属し、実務を出入国在留管理庁と地方出入国在留管理局が担う。政府の基本方針や分野別運用方針は、法律の枠の中で受け入れ分野や見込数に影響するが、法律そのものではない。戦略の文言が重いのは、後の立法、予算編成、政省令や告示の改正を方向付けるからである。影響する過程と、直接決定する権限を混同してはならない。

1️⃣推計は前提であり、国民への約束ではない

国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口(令和5年推計)によれば、出生中位・死亡中位の推計で、総人口は2020年の1億2615万人から2070年には8700万人へ減り、2020年時点の69.0%となる。65歳以上人口の割合は28.6%から38.7%へ上がり、総人口が1億人を下回る時期は2056年と見込まれる。数字の厳しさは否定できない。

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ただし、研究所自身が明記している点を見落としてはならない。前回推計と比べた減少速度の緩和は、出生率の改善によるものではない。合計特殊出生率の長期的な投影水準は前回の1.44から1.36へ下がり、他方で外国人の入国超過数は、長期的な投影水準が年約6万9000人から年約16万4000人へ引き上げられた。研究所も、減少速度が緩んだ理由として国際人口移動の影響が大きいと説明している。

つまり、8700万人という将来像は、年16万人規模の外国人の入国超過を前提に描かれた姿である。前提に置かれた規模を、受け入れ拡大の結論の根拠に使うことはできない。推計は検証の対象であり、政治の決定を免除する命令ではない。人口総合戦略が果たすべき役割は、前提を追認することではなく、前提そのものを国民の前に示し、どこまで受け入れ、どこからは国内の立て直しで応えるのかを決めることである。

2️⃣原則が示されない間に、現実と制度は進んだ

現実は年末の戦略を待っていない。出入国在留管理庁の在留外国人統計によれば、在留外国人は2021年末に276万635人、2024年末に376万8977人、2025年末には412万5395人となった。さらに、出入国在留管理庁が10月16日に発表した2026年6月末の在留外国人数は428万1026人であり、2025年末から半年で15万5631人、率にして3.8%増え、過去最多を更新した。2021年末からの増加は152万391人に達する。

内訳も重要である。同じ発表によれば、在留資格別では永住者が96万1342人と最も多く、技術・人文知識・国際業務が51万6184人で、前年末から8.5%増えた。短期の労働力として来て帰るという姿だけではない。定住と長期滞在へつながる層が、着実に厚くなっている。

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他方で、厳格化が進む部分もある。不法残留者は2026年7月1日時点で6万5229人となり、半年で4.8%減った。不法滞在への対処と、合法的な受け入れの拡大は、別の動きとして分けて見る必要がある。不法への厳格さを示すことと、合法の規模に原則を示すことは、どちらも欠かせない。

働く外国人も拡大が続く。厚生労働省の労働経済分析によれば、外国人労働者数は2024年10月末時点で約230万人となり、届出が義務化されて以降12年連続で過去最多を更新し、2014年との比較では2.9倍となった。人手不足への対応が、すでに外国人労働力への依存を深める形で進んでいることは、統計の上で明らかである。

制度の転換も決まっている。育成就労制度は、有識者会議や産業界の要望が直接つくる制度ではない。国会で成立した2024年の改正法に基づく制度であり、出入国在留管理庁の育成就労制度の概要が示すとおり、施行日は2027年4月1日である。技能実習の在留資格は廃止され、就労を通じた人材育成と人材確保を目的とする育成就労が創設される。育成就労計画の認定は外国人育成就労機構が行い、監理支援機関は主務省庁の許可を受ける。分野の設定や運用方針は、法律の枠の中で政府が定める。

制度が法律に基づいて前に進む以上、問いは「拡大するか否か」という抽象論では済まない。すでに進む拡大に対して、総量の考え方、分野ごとの必要性、自治体や国民生活への負担、検証と見直しの方法を、戦略がどこまで具体的に示せるかである。原則なき拡大を、後から言葉で整えるだけでは足りない。

3️⃣先に立てるべきは、外国人ではなく、我が国の供給力である

昨日当ブログに掲載した、ポーランドの教訓は短く言える。学ぶべきは壁の形ではなく、国境と受け入れの主導権を国家が握る姿勢である。ポーランド政府が公表したベラルーシ国境の障壁計画は、高さ5.5m、180kmを超える障壁と、電子的な国境管理を組み合わせる方針を示した。同国は不法越境を許さない姿勢を実力で示す他方、ウクライナ避難民には資格と期限を定めた一時保護で対応し、国境管理と人道保護を区別してきた。この区別の詳細は、前回のポーランド論考で述べたとおりである。

我が国は島国であり、陸続きの国境をそのまま模倣する必要はない。管理の中心は、空港と港湾における入国審査、在留管理、警察と自治体の連携に置かれる。地理の違いは、管理を緩めてよい理由にはならない。制度が曖昧で、資格外活動や不法残留への対処が遅れれば、島国であっても秩序は崩れる。

自動運転農機が働く北海道の農地 AI生成画像
国内で先に立てるべき柱は、賃金、技能訓練、設備投資、AIとロボットによる省力化である。これは労働者を機械に置き換える話ではない。担い手が減る中で、医療、介護、物流、建設、農業、地方交通を維持するための供給力再建であり、国民生活を支える国家資産形成である。賃金を上げ、働く人の技能を高め、必要な人数そのものを技術で減らす。その努力を分野ごとに数字で示し、それでも不足する部分がどこかを立証してからでなければ、受け入れの必要性は説明されたことにならない。「人手不足」という言葉で、介護も製造業も農業もまとめて扱う議論は粗すぎる。

その上で、戦略には少なくとも3点を書き込むべきである。1点目は、受け入れ分野ごとに必要性を立証する手続である。2点目は、住宅、教育、医療、言語支援、治安に関わる自治体負担の明示と、その財政措置である。財政措置は政府が予算案に計上し、国会の議決を経て初めて執行できるものであり、戦略の一文だけで負担が消えるわけではない。3点目は、効果と負担を定期的に検証し、想定を超えた場合に見直す仕組みである。広げる仕組みだけを持ち、戻す仕組みを持たない制度は、国家の統治とは言えない。

結論

人口総合戦略に最初に書くべきは、受け入れ人数ではない。我が国は誰を守るのか。人口減少に何で応えるのか。受け入れが必要だというなら、その必要性を誰が立証し、負担を誰が負い、結果に誰が責任を持つのかである。

年末の戦略がこの問いに、法律、予算、運用方針のどこで何を決めるのかまで含めて答えるなら、それは人口対策を超えて、国家の統治能力を示す文書になる。逆に、推計と人手不足を理由に拡大を追認するだけなら、賃金の低迷、投資不足、地域の負担は温存され、国民生活への影響だけが積み重なる。

必要のない移民受け入れを既定路線にしてはならない。国内の賃金、投資、教育、技術を立て直し、少子高齢化の下でも供給力を維持できる国をつくる。その順序を守ることが、国益を守ることであり、真に保護すべき人への支援を持続させる道でもある。

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2026年10月23日金曜日

欧州の移民政策が揺らぐ今、我が国はポーランドの自国第一主義から何を学ぶか

 

まとめ

  • ポーランドの公式人口は2025年末で約3733万人である。約110万6000人の外国人就労者と約93万9000人のウクライナ避難民の一時的保護は、同国にとって決して小さな規模ではない。
  • 新規の経済移住・長期在留の拡大は原則ではない。国益と社会の持続性に照らし、必要性を立証できる場合だけ例外的に認めるべきである。
  • 我が国は、安価な外国人労働力への依存を先行させず、賃金、技能、AI・ロボット、地域産業への投資で供給力を再建すべきである。

欧州の移民政策は、いま大きく揺れている。問われているのは、外国人を受け入れるか否かという感情論ではない。誰を、どの条件で、どの規模まで受け入れ、その結果として国民生活、治安、社会的信頼、国家の供給力を守れるのかという、国家運営の問題である。

この問いに、ポーランドは早くから独自の答えを示してきた。国境を守り、不法越境は許さず、受け入れの条件と規模は国家が決める。ただしポーランドを「外国人を一律に拒む国」と見るのも誤りである。必要な保護と不法越境への対処を、別の問題として扱っているからだ。

我が国が学ぶべきなのは、ポーランドの制度をそのまま輸入することではない。国境、在留制度、労働市場、住宅、教育、治安を、自国の責任で設計するという国家の姿勢である。

1️⃣壁は排外の象徴ではない――歴史がつくったポーランドの国境観

ポーランドを理解するには、歴史を避けて通れない。18世紀末には周辺列強による分割で国家そのものを失い、20世紀にはナチス・ドイツとソ連による侵攻、占領、支配を経験した。

ドイツ占領下では、単に領土が奪われただけではない。ポーランドの指導層、聖職者、教師、知識人が殺害・投獄され、住民は強制労働へ送られ、民族と文化の基盤そのものを壊す政策が進められた。米国ホロコースト記念博物館は、ドイツの占領政策がポーランド国家と文化の破壊を目指したことを記録している。ワルシャワ蜂起の鎮圧後、都市中心部が破壊された経験も、国家の存続を当然視しない国民意識につながっている。

戦禍からの復興と国家の記憶を表した、ポーランドの歴史的市街のAI生成イメージ
この歴史を知れば、ポーランドが国境を単なる通関地点とは見ない理由が分かる。国境は、国家の連続性、共同体の安全、次世代の生活を守る最後の線なのである。

その姿勢が最も明確に現れたのが、ベラルーシ国境である。ポーランド政府は、同国境の越境圧力を単なる移民問題ではなく、国家が関与した「移民の道具化」を含む安全保障問題と位置付けた。2022年に完成した物理的障壁は約186km、高さ5.5mであり、電子監視は206kmをカバーする。ポーランド内務行政省によれば、物理的障壁と監視システムは一体で運用されている。

2026年1月から5月に記録された不法越境の試みは215件で、前年同期の1万600件超から大幅に減ったと政府は公表している。同省発表は、壁、監視、緩衝地帯、警備態勢を組み合わせた効果を強調する。ここで重要なのは、壁そのものを万能視することではない。国家が「不法越境を既成事実にしない」という意志を示し、制度と実力を結び付けたことである。

2️⃣人口約3,735万人の中堅国が築いた国力――産業、教育、防衛

ポーランドは人口大国ではない。外務省の基礎データによれば、人口は約3,735万人である。外務省によれば、2025年11月時点でも人口減少と高齢化の圧力を受けている。少子高齢化は、ポーランドだけの問題ではない。

ポーランドの製造業、理工教育、防衛力を概念化したAI生成インフォグラフィック クリックすると拡大します

にもかかわらず、ポーランド経済は欧州で存在感を増してきた。欧州委員会は2025年の実質GDP成長率を3.6%と整理し、2026年も3.5%の成長を見込んでいる。欧州委員会の経済見通しである。成長の原因を移民の少なさだけに求めるのは乱暴だ。EU加盟後の投資、製造業の集積、インフラ整備、近隣市場との結び付き、教育水準の改善が重なった結果である。

製造業の雇用比率は2022~24年平均で19.1%と、EU平均の15.6%を上回る。欧州委員会の国別イノベーション指標は、ポーランド経済に産業的な厚みが残っていることを示す。加えて、25~34歳のうち修士相当以上の学位を持つ人の比率は31%で、OECD平均の16%を大きく上回る。OECDの数字である。

防衛も同じである。NATOの2025年推計では、ポーランドの防衛支出はGDP比4.48%であり、同盟国の中でも突出する水準にある。NATOが示すこの数字は、ポーランドが安全保障を抽象論ではなく、予算、装備、訓練、産業基盤の問題として扱っていることを物語る。

ここで見落としてはならない事実がある。ポーランドは「外国人を受け入れない国」ではない。2026年5月末、ウクライナから逃れた人々のうち、ポーランドで一時保護を受けていた人は約96万8,000人であった。Eurostatによれば、人口1000人当たりでは26.5人に達する。

つまりポーランドは、不法越境を許容しない一方、戦争から逃れる隣国民には、時限的な保護制度で対応してきた。これは矛盾ではない。国境管理と人道保護を、無制限の定住受け入れへ短絡させないということである。受け入れは国家の制度に基づくものであり、目的、期間、資格、負担の所在を明確にする必要がある。

我が国とポーランドの関係も深まっている。2026年には両国関係が包括的・戦略的パートナーシップへ格上げされ、経済安全保障、技術、欧州とインド太平洋の安全保障をめぐる連携が確認された。日・ポーランド首脳会談は、ポーランドを遠い欧州の一国として眺めるだけでは不十分であることを示している。

3️⃣ 我が国の選択――不必要な移民を既定路線にせず、供給力を再建する

我が国はポーランドとは異なる。ポーランドは陸続きの国境を持ち、侵略、占領、避難民、人口移動に何度も直面してきた。大規模な移住への対処が、良くも悪くも歴史の中で形成されてきた。

我が国は島国である。海と空港を通じた入国管理が中心であり、陸上国境の壁をそのまま模倣する必要はない。むしろ港湾、空港、在留管理、警察、自治体、教育、社会保障を連動させ、入国から在留、更新、退去までを一貫して管理する仕組みを磨くべきである。

海の国境管理を象徴する巡視船のAI生成イメージ
島国であることへの過信は禁物である。海があるから自動的に国境が守られるわけではない。制度が曖昧で、違法滞在や資格外活動を放置し、受け入れの規模を産業界の短期的要請だけで決めれば、島国であっても秩序は崩れる。

出発点は明確である。不必要な移民を、少子高齢化への安易な処方箋として受け入れないことだ。人手不足があれば、まず賃金、技能訓練、労働環境、設備投資、地方交通、住宅、子育て支援を見直すべきである。人が足りないから外国人を増やすという発想は、企業の投資不足と低賃金構造を温存しかねない。

AIとロボット化の役割も大きい。ただし、AIやロボットは少子高齢化そのものを消す魔法ではない。必要なのは、高齢化の下でも生産性と供給力を落とさない経済への転換である。工場、物流、農業、建設、医療事務、介護補助、行政手続に技術を実装し、人間は判断、責任、対人ケア、技能継承に集中する。これは人間を機械に置き換える政策ではない。国民生活を支える仕事を、少ない担い手でも維持できるようにする国家資産形成である。

在留資格についても、曖昧な「永住の既得権」意識を改める必要がある。在留は、受け入れ国の法令と国益判断に基づく地位であり、虚偽申請、重大な法令違反、許可条件の不履行には取消しや退去強制の制度が必要である。我が国の入管制度にも在留資格取消しの仕組みがあり、近年は永住者についても一定の義務違反や故意の公租公課不払いを取消事由に加える改正が行われた。出入国在留管理庁は、個別事情を踏まえて判断する方針を示している。

ただし、法治国家は、許可期間の途中で国家が恣意的に「今日から違法」と遡及指定することまで許すものではない。予見可能な条件を法律で示し、違反があれば手続を経て取消す。この厳格さこそが、国家の裁量を持続可能にする。難民条約のノン・ルフールマン原則も、迫害などの危険がある場所への送還を禁じている。UNHCRの原則を守りながら、入国・在留の条件を厳格に運用することは両立する。

EUの制度についても、事実を取り違えてはならない。2015年の再配置制度を決めたのは「欧州評議会」ではなく、EUの閣僚で構成される「欧州連合理事会」である。欧州評議会はEUの機関ではない。EU理事会の説明が明確に区別している。また、この再配置制度はスロバキアとハンガリーが争ったが、EU司法裁判所は2017年に取消訴訟を退けた。EU司法裁判所によれば、これを「国際法違反」と断定するのは正確ではない。

だからこそ批判の焦点も明確にすべきである。問題は、受け入れ数をめぐる政治判断、治安・統合・財政への影響、地方共同体の負担、そして国民の同意をどのように扱ったかである。制度の決定主体と責任の所在を曖昧にしたまま、「国際協調」の名で国民国家の統治能力を弱めてはならない。

結語

ポーランドの教訓は、壁を造れば全て解決するという話ではない。国家は誰を守るのか、国境を誰が管理するのか、人口減少を何で補うのかを、自国の歴史、地理、産業、国民生活に即して決めなければならない、という教訓である。

我が国は、必要のない移民受け入れを既定路線にしてはならない。国境と在留制度を厳格に管理し、真に保護すべき人には期間と条件を明確にした制度で対応する。その上で、賃金、投資、教育、AI、ロボット、エネルギー、地方交通を立て直し、少子高齢化の下でも供給力を維持できる国をつくる。

国境を守ることと、国際社会で責任を果たすことは対立しない。自国の秩序と国民生活を守る力を持つ国家だけが、必要な時に、必要な相手へ、持続可能な支援を行えるのである。

主要出典

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2026年10月22日木曜日

ChatGPTが犯罪を発見、AIが重大な欠陥を暴く——私たちもAIで身を守れるか

 まとめ

  • ChatGPTが犯罪捜査を支援! 警視庁がAIで種苗法違反の疑いがある投稿を発見。犯罪捜査のあり方が変わり始めた。
  • AIが世界のネットを脅かす重大欠陥を発見! PHPの深刻な脆弱性をAIが発見。攻撃だけでなく、防御にもAIが威力を発揮する時代が到来した。
  • 犯罪者だけにAIを使わせてよいのか? 詐欺メール、偽サイト、不審な取引。一般国民もAIを使い、自分と家族を守る具体的な方法がある。

2026年10月21日、AIの可能性を示す2つのニュースが報じられた。警視庁がChatGPTを捜査に活用し、シャインマスカットなどの苗を無許可で出品・譲渡した疑いのある事件を発見したこと。そして、世界中のウェブサイトを支えるプログラミング言語「PHP」の重大な欠陥が、米OpenAIのAIなどを活用した研究によって発見されたことである。

前者は農業分野の知的財産を守る種苗法違反事件であり、後者は世界のインターネットに影響するサイバーセキュリティ問題である。一見無関係だが、両者には重要な共通点がある。人間が膨大な情報の中から見つけることが難しかった問題をAIが発見し、捜査や防御につなげたことである。

これまでAIについては、詐欺メールの作成、偽画像・偽音声の生成、サイバー攻撃への悪用など、その危険性が強調されてきた。もちろん警戒は必要だ。しかし、AIを犯罪者に有利な技術としてばかり捉えるのは一面的である。犯罪者がAIで攻撃能力を高めるのであれば、防御する側もAIを使いこなすべきではないか。

私は10月19日の記事「札幌市の情報公開条例が改正――住民は地方政治をどう監視すべきか」で、OSINT(公開情報の収集・分析)とAIを組み合わせれば、一般住民でも地方行政の実態を検証できることを論じた。今回の2つのニュースは、その考え方が犯罪の兆候の発見やサイバー犯罪の予防にも応用できることを示唆している。

AIは専門家だけの武器ではない。一般の国民も、自分と家族を守るために活用できる時代になりつつある。

1️⃣ChatGPTによる捜査とPHPの重大欠陥——AIは何を発見したのか

AIが犯罪の兆候や重大な欠陥を発見し、人間が検証・対応する仕組み(AI生成画像)クリックすると拡大します。

10月21日、警視庁久松署は、種苗法違反の疑いで男性2人を書類送検した。事件の発見に役立ったのが、ChatGPTを利用したサイバーパトロールである。

時事通信の10月21日付報道によれば、石川県能美市の自営業の男性(61歳)は2025年5月、インターネット掲示板にシャインマスカットの苗を1本1500円で譲渡すると投稿し、育成者権を侵害した疑いが持たれている。福島市の会社員の男性(45歳)は、イチゴの登録品種「桃薫(とうくん)」の苗を無許可で2人に計21株譲渡するなどした疑いがある。報道によれば、2人は容疑を認めている。

捜査員はChatGPTを使い、インターネット上の膨大な投稿から種苗法違反が疑われる情報を抽出していた。その過程で2人の投稿を発見したという。

農林水産省の説明によれば、育成者権が存続する登録品種を権利者の許諾なく増殖し、販売・譲渡する行為などは、原則として育成者権の侵害に当たる。優良品種は長年の研究と投資によって生まれる農業上の知的財産であり、その保護は我が国の農業技術と国際競争力を守ることにもつながる。

注目すべきなのは、AIが捜査官の調査能力を高めたことである。インターネット上の売買情報は膨大であり、人間だけですべてを調べることは容易ではない。AIが疑わしい投稿を抽出すれば、捜査員は確認すべき対象を絞り込める。

もちろん、AIが犯罪を認定したわけではない。投稿を発見した後、事実関係を調査し、証拠を確認して書類送検したのは警察である。AIの役割は、人間の判断を代替することではなく、その能力を拡張することにある。

もう1つのニュースも、同じ可能性を示した。

10月21日、PHPの開発チームは、重大な脆弱性2件を修正した更新版を公開した。PHPはWordPressなどにも利用されるプログラミング言語であり、企業のウェブサイトや通販サイトをはじめ、多数のオンラインサービスを支えている。

PHP公式の緊急発表によれば、今回の2件は深刻度を示すCVSSバージョン4.0で9.2と評価された。条件が整えば、攻撃者がログインせずにサーバー上で不正なプログラムを実行できる危険がある。欧州では政府機関のウェブサイトが予防的に停止されるなど、影響が広がった。ただし、予防的な停止は、実際に不正侵入や情報流出が発生したことを意味しない。

そして、この重大な欠陥の発見にもAIが関わっていた。

OpenAIが10月21日に公表した公式報告によれば、セキュリティ企業Califは、OpenAIのAIモデル「GPT-5.6 Sol」を利用して重大な欠陥を発見した。一方、Google傘下のセキュリティ企業Wizも独立した調査で2件の脆弱性を発見・報告していた。Wizの研究にもAIが活用されている。

今回の発見はOpenAIだけの成果ではない。複数の研究者とAIシステムが問題の解明に貢献し、PHP開発チームが修正作業と更新版の公開を主導したのである。10月21日には、PHP 8.5.12、8.4.27、8.3.36、8.2.35が公開された。

重要なのは、AIが問題を発見しても、それだけでは社会の安全性は向上しないという点である。脆弱性を検証し、修正し、実際のサーバーに更新を適用するまで、人間の組織が責任を持って行動しなければならない。

今回の2つの事件は、その対象も規模も異なる。しかし、AIが問題を見つけ、人間が検証し、権限と責任を持つ組織が対応するという構造は共通している。 ここに、犯罪の発見と予防にAIを活用する重要な可能性がある。

2️⃣AIとOSINTを組み合わせれば、一般国民の調査能力も変わる

AIによる調査は、警察やセキュリティ企業だけのものではない。一般の国民も、公開情報の収集と分析にAIを活用できる。

私は10月19日の記事で、OSINTを使った地方政治の監視について論じた。OSINTとは、公開された情報を収集・照合し、事実関係を明らかにする手法である。安全保障や情報機関の分野で広く知られているが、特別な調査権限を持たない住民にも利用できる。

例えば、自治体の議会会議録、予算書、決算書、契約結果などを比較すれば、政策決定の経緯や予算執行の実態を検証できる。AIを活用すれば、膨大な資料から必要な情報を抽出し、年度ごとの変化や説明の食い違いを調べる負担を軽減できる。

ただし、AIが疑問点を指摘したことと、不正が立証されたことは異なる。元の資料を確認し、誰が決定権限を持ち、どの手続きによって決定されたのかを明らかにしなければならない。国会議員が予算配分に影響を及ぼした可能性と、行政機関が正式に配分を決定した事実も区別する必要がある。

この原則は、今回の種苗法違反事件にも通じる。一般の利用者も、インターネット上で疑わしい取引を見つけた場合、AIで関連制度を調べ、行政機関の公表情報と照合できる。違法の疑いがあれば、根拠を整理して警察や権利者、販売サイトの運営者などに情報を提供することも可能である。

もっとも、一般の利用者に捜査権限が与えられるわけではない。AIの判断だけで相手を犯罪者と決めつけたり、個人情報を拡散したりしてはならない。AIは疑惑を広める道具ではなく、事実を確かめる道具として使うべきである。

そして、この考え方はサイバー犯罪の予防にも応用できる。

近年の詐欺メールや偽サイトは巧妙化している。生成AIを使えば自然な日本語の文章を容易に作れるため、文章が丁寧であることだけでは本物と判断できない。実在する企業や行政機関を装い、緊急の対応を迫る手口もある。

サイバー攻撃でも同様だ。今回のPHP問題が示したように、AIはソフトウェアの弱点を発見する能力を高めつつある。その能力が攻撃者にも利用されれば、防御側に残された対応時間はさらに短くなるおそれがある。

OpenAIも今回の公式報告で、AIによる脆弱性発見の能力が攻撃にも転用され得ることを指摘している。

ならば、防御する側がAIの利用をためらっていてよいはずがない。

警察は犯罪の兆候を探す。企業は自社システムの弱点を調べる。行政は大量の情報から異常を把握する。そして一般の国民は、不審な連絡や取引をAIで確認し、被害を避けるための判断材料を得る。

用途や権限は異なるが、AIによって情報分析能力を高めるという点では共通している。

犯罪者がAIを使う時代に、防御する側だけが従来の方法にとどまる必要はない。国家も企業も国民も、それぞれの立場でAIを防御に活用すべきである。

3️⃣一般の利用者は今日から何ができるのか——AIを日常の防御に使う

AIを犯罪予防に活用するために、高度なプログラミング技術を身につける必要はない。日常生活で不審な情報に接したとき、AIを確認の補助手段として使うことから始めればよい。

詐欺メールや偽サイトなどから自分と家族を守る、AIを活用した5つの防御策(AI生成画像)。クリックすると拡大します。

第1に、不審なメールやSMSの分析である。

例えば、宅配業者を装った「荷物を配達できませんでした」というSMSや、金融機関を名乗る「口座が停止されます」というメールが届いたとする。そのままリンクを開くのではなく、個人情報や認証情報を削除した文面をChatGPTなどに提示し、詐欺の兆候がないか分析させるのである。

質問は簡単でよい。

「このメールに詐欺の兆候がないか分析してください。不審な点と、公式情報で確認すべき項目を教えてください。判断できない部分は断定しないでください。」

AIは、緊急性を強調する表現や不自然な要求など、見落としていた問題点を指摘する助けになる。ただし、AIが安全だと回答しても、それだけで信用してはならない。警察庁のフィッシング対策でも、メールやSMSのリンクを安易に開かず、公式サイトや公式アプリから確認するよう呼びかけている。

第2に、怪しい通販サイトや取引の確認である。

著しく安い商品、実在する企業を装った広告、販売者の実態が分からないサイトなどに遭遇した場合、AIを使って確認項目を整理できる。販売会社の所在地、連絡先、返品条件などを調べ、公式情報と照合するのである。

ただし、AIが販売者の信用を保証できるわけではない。検索結果には誤情報も含まれるため、複数の情報源を確かめ、疑わしい場合は取引を控えることが賢明である。

第3に、利用しているサービスの安全性の確認である。

今回のPHP問題は、その重要性を示している。個人や中小企業がウェブサイトを運営している場合、サーバー会社から届いたセキュリティ情報をAIに説明させ、必要な対応を整理できる。

例えば、「今回のPHPの脆弱性について、サイト運営者が確認すべき項目を分かりやすく説明してください」と質問すればよい。PHPのバージョン、更新の必要性、サーバー会社の対応状況などを理解する手掛かりになる。

ただし、AIに質問しただけで脆弱性が修正されるわけではない。実際の更新は、管理権限を持つ運営者やサーバー事業者が行う必要がある。

第4に、OSINTとAIを組み合わせた公開情報の検証である。

利用している金融機関のセキュリティ情報、自治体のシステム障害、企業の個人情報漏洩に関する発表などをAIで整理し、過去の説明と比較することができる。何が変わり、何が確認されていないのかを明らかにすれば、行政や企業に具体的な質問をすることも可能になる。

これは単なる犯罪予防にとどまらない。国民が行政や企業の説明を自ら検証し、説明責任を求める能力を高めることにもつながる。

もっとも、通常のAIとの会話が自動的な継続監視になるわけではない。定期的な確認には、利用するサービスの通知機能や定期実行機能などの設定が必要である。

第5に、基本的な安全対策を怠らないことである。

AIが優れていても、ソフトウェアの更新、パスワードの適切な管理、パスキーや多要素認証、重要データのバックアップに代わるものではない。こうした基本対策を確実に行ったうえで、AIによる情報分析を加えるべきである。

また、AIに相談する際には、パスワード、本人確認書類、秘密情報、他人の個人情報などを不用意に入力してはならない。安全確認のために新たな情報漏洩を招いては本末転倒である。

ここまでの対策は、特別な専門知識がなくても始められる。AIを万能視せず、その回答を公式情報と照合し、必要な行動につなげればよい。

政府や自治体も、こうしたAIの安全な利用方法を国民に周知し、相談・通報の仕組みを分かりやすく整えるべきである。企業には、自社のシステムを安全に維持し、重大な脆弱性が発見された場合には迅速に対応する責任がある。

国家、企業、国民がそれぞれの責任に応じてAIを防御に活用することが、我が国全体のサイバー安全保障を強化することにつながるのである。

結論——AIを犯罪者だけの武器にしてはならない

今回の2つのニュースは、AIが犯罪の発見と防御に役立つことを具体的に示した。

警視庁はChatGPTを使って種苗法違反が疑われる投稿を発見し、捜査を経て2人を書類送検した。PHPの問題では、AIを活用した研究によって重大な欠陥が明らかになり、開発チームによる修正につながった。

いずれも、AIが単独で問題を解決したわけではない。AIが発見を支援し、人間が検証し、権限と責任を持つ組織が対応したのである。

この仕組みは、専門家だけのものではない。一般の利用者も、AIによって不審なメールを分析し、疑わしい取引を調べ、利用しているサービスの安全情報を確認できる。OSINTと組み合わせれば、行政や企業の説明を自ら検証する能力も高められる。

もちろん、AIには誤りがあり、専門的な防御装置や警察の捜査を代替するものではない。しかし、完全ではないからといって利用しないのは合理的ではない。

サイバー攻撃が高度化し、犯罪者もAIを利用する時代である。防御する側だけが過去の方法にとどまれば、危険を発見する能力や対応速度に差が生じかねない。

これは個人の安全だけの問題でもない。農業の育成者権を守ることは、我が国の知的財産と将来の農業生産力を守ることにつながる。サイバー攻撃を防ぐことは、企業活動や行政サービスを維持し、国民生活と経済活動の基盤を守ることにつながる。国民自身が情報を検証する能力を高めることは、行政や企業の説明責任を支える力にもなる。

AIを犯罪者だけの武器にしてはならない。防御する側も、AIを積極的に使いこなすべきである。

警察は捜査に、企業は安全対策に、行政は国民生活を守るために、そして国民は自分と家族の安全を確保するためにAIを利用する。

AIに無条件で依存するのでも、恐れて遠ざけるのでもない。その能力と限界を理解し、事実を確かめ、具体的な防御行動につなげるのである。

犯罪への対処を専門家だけに委ねるのではなく、国民一人ひとりがAIを使って自らを守る。その力を社会全体の防御につなげることこそ、AI時代の安全保障に求められる発想である。

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2026年10月21日水曜日

高市政権発足1年——「バラマキ」批判と緊縮が見落としてきた日本経済の損失

まとめ

  • 「バラマキ」より深刻なのは、必要な支出をしないことで失われる富だ。 ケチャップを買うだけでも需要は生まれ得る。では、財政支出を抑えることで、我が国はどれほどの成長機会を失ってきたのか。
  • 消費税減税の意味は、家計支援だけではない。 消費税導入以来、税率引上げが続いてきた財政運営に「減税」という現実の選択肢を加えることだ。高市政権の成長投資と組み合わせれば、需要と供給力の双方を強化する政策となり得る。
  • なぜ必要な財政支出まで「バラマキ」と批判されるのか。 石破政権期からの財政転換を踏まえ、支出の負担だけでなく、支出しないことの損失を報道は十分に伝えてきたのか。その責任を問う。

極端な例を挙げよう。政府がトマトケチャップを大量に購入したとしても、それが追加需要となれば、生産や物流に仕事が生まれ、所得が増える可能性がある。一見無駄に見える支出でさえ、需要不足の経済では生産と雇用を支える効果を持ち得るのである。もちろん、ケチャップを買い込むより、港湾、電力設備、研究開発などに投資する方が、将来の供給力も高められる。重要なのは、支出額の大小だけで政策を判断せず、支出することの効果と、支出しないことの損失を比較することである。

高市政権が進める消費税減税と成長投資は、家計の購買力と国内の供給力の双方に働きかける政策である。しかし、高市政権はこれを白紙から実行できる状態で発足したわけではなかった。石破政権期に決定された財政方針と予算編成上の制約を引き継いでいたのである。この1年間で何が変わったのか。そして、その変化を報道機関は正確に伝えてきたのか。

2️⃣ケチャップでも需要は生まれる——政府支出の基本原則

かつて米国の経済学者ベン・バーナンキが、日本銀行に対し、金融緩和のためならトマトケチャップでも買えばよいと提案したという逸話が広まった。ただし、2013年の米紙ワシントン・ポストの検証では、実際には経済学者ジョン・テイラーが用いた比喩だった可能性が高いとされた。しかも、元の話は中央銀行による金融政策の説明であり、政府の財政支出とは区別する必要がある。

ワシントン・ポスト・ケチャップ発言の検証

ただし、政府が大量のトマトケチャップの購入によってでも需要は生み出せるというのは事実である。

政府支出が生み出す需要の連鎖。需要不足時には、支出を控えることも経済を停滞させる AI生成画像

政府支出による需要創出については、ケインズの説明が直接的である。ケインズは1936年の『雇用・利子および貨幣の一般理論』第10章で、瓶に紙幣を詰めて廃坑に埋め、民間企業に掘り出させるという極端な例を挙げた。失業が存在する状況では、一見無意味な仕事でも雇用と所得を生み得るという説明である。同時に、住宅建設など社会的に有益な事業の方が望ましいとも明記している。

ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』原文

ここに有効需要の重要な原則がある。経済は、生産能力が存在するだけで十分な生産が実現するわけではない。商品を買う人がいなければ、企業は生産を減らし、設備投資を控え、雇用も抑制する。所得が減れば消費も減り、需要不足がさらに深刻になる。

こうした状況で政府が追加支出を行えば、企業の売上げと雇用を支え、そこで生まれた所得が次の消費につながる。反対に政府まで支出を控えれば、働く意欲のある人や利用可能な生産設備を遊ばせたまま、経済の停滞を長引かせる恐れがある。需要が不足しているとき、支出しないことにも大きな損失がある。この機会費用を無視して、政府支出を一律に「バラマキ」と批判するのは、経済政策の評価として不十分である。

もちろん、どのような支出でも正当化されるわけではない。反社会的組織への利益供与や公共性を欠く事業は、取引が増えるからといってもいずれは社会を毀損することなるので認められない。また、労働力や原材料が不足している状況では、追加需要が生産増加より物価上昇につながる場合もある。必要なのは、経済の状態に応じた支出である。需要が不足していれば需要を補い、供給力が不足していれば生産能力を高める。両方の問題があれば、双方に働きかける政策を組み合わせるのである。

無駄な支出を避けることと、必要な支出を怠らないことは矛盾しない。それこそが財政政策に求められる判断である。

2️⃣石破政権の「負の遺産」から何を変えたのか——減税と成長投資への転換

2025年10月21日に高市政権が発足した時点で、政府の財政運営は石破政権期の骨太方針2025を基礎としていた。同方針は、2025年度から2026年度を通じて、可能な限り早期のプライマリーバランス(PB)黒字化を目指していた。

内閣府・骨太方針2025

PB(プライマリー・バランス:基礎的財政収支)とは、国債の元利払いを除いた政策的な支出を、税収などでどこまで賄えているかを示す指標である。財政管理には必要だが、PBの黒字化だけでは経済成長も国民生活の改善も保証されない。石破内閣は2025年8月8日、2026年度予算の概算要求基準を閣議了解し、9月には各省庁が予算要求を提出していた。高市政権は、前政権の方針に基づく予算編成がすでに進んだ段階で発足したのである。

本稿では、この財政政策上の制約を石破政権から引き継いだ「負の遺産」と位置付ける。ただし、PB黒字化目標自体は石破政権以前から続いており、石破政権も成長投資を否定していたわけではない。問題は、新政権が独自の財政運営へ転換するまで、従来の予算編成方針が残っていたことである。

 増税中心の財政運営から、減税も選択肢とする政策へ。需要と供給力の強化を目指す AI生成画像
本ブログは2026年1月20日、「高市解散は『政局』ではない──予算と政策、そして世界秩序の転換点を読み違えるな」で、解散総選挙の意味を、国家の予算と政策の方向を国民に問う問題として論じた。解散は財政方針を変更するための法律上の必要条件ではない。しかし、新しい政策への信任を求め、国会での議席基盤を確保する政治的な意味があった。2026年2月8日の総選挙で、自民党と日本維新の会は衆議院における議席基盤を大きく拡大した。

もっとも、2026年度当初予算は選挙後に全面的に編成し直されたわけではない。2025年12月26日に高市内閣が閣議決定した政府案が、2026年4月7日に成立した。石破政権期の予算要求を出発点としながら、高市政権自身の政策判断も反映した予算である。

首相官邸・2026年4月7日 2026年度予算成立についての会見

財政運営の基本方針が明確に転換したのは、その後である。2026年1月22日、高市首相は単年度PB黒字化目標の扱いを見直し、数年単位で確認する方向を示した。6月25日には、国・地方の総債務残高対GDP比を安定的に引き下げることを財政運営の中核目標とし、PBを複数年で改善・管理する方針を示した。そして7月21日、この考え方が「責任ある積極財政」を掲げる骨太方針2026として閣議決定された。

首相官邸・2026年6月25日 経済財政諮問会議

内閣府・骨太方針2026

これは財政規律を放棄したという意味ではない。単年度のPBだけでなく、経済成長と債務残高の関係、金利、利払い費などを総合的に確認する財政運営への転換である。さらに7月30日、内閣は2027年度予算の概算要求基準を閣議了解した。通常歳出とは別に「強く豊かな日本」投資枠を設け、危機管理投資や成長投資について一律の要求上限を設定せず、必要な額を要求できる仕組みとした。

財務省・2027年度概算要求と新たな投資枠

要求上限がないことは、支出が無条件に認められることを意味しない。各省庁の要求は政府内で査定・調整され、内閣が政府予算案を作成し、最終的に国会が議決する。この権限関係は従来と変わらない。ここで重要なのは、政府支出を単年度の費用としてだけでなく、将来の供給能力や国家資産の形成につなげるという考え方である。

半導体、AI、エネルギー、造船、食料、宇宙などの分野では、長期的な設備投資や技術開発が欠かせない。これらへの投資は、現在の需要と雇用を生むだけでなく、国内の生産能力を高め、経済安全保障の強化にもつながる可能性がある。ただし、政府支出のすべてが国家の保有資産になるわけではない。公共インフラ、民間設備、技術、人材など、実際に形成されるものを区別して成果を評価する必要がある。

ここに消費税減税と成長投資を組み合わせる意義がある。消費税減税は、価格への反映を通じて家計の購買力を支え、消費需要を下支えする。一方、成長投資は現在の仕事を生むと同時に、将来の供給能力を高める。両者は対立する政策ではなく、需要と供給の双方に働きかける政策である。

しかも、消費税減税には、需要喚起を超える重要な意味がある。1989年の消費税導入以来、我が国では税率の引上げが繰り返され、税率を引き下げるという選択肢は実現してこなかった。今回の減税法案は、その長年の流れを転換し、景気や国民生活の状況に応じて消費税を引き下げるという選択肢を、現実の政策として示したのである。財政政策とは、増税か歳出削減だけではない。必要に応じて減税し、需要を支え、経済成長を促すこともできる。この当たり前の選択肢を取り戻すことに、今回の減税構想の重要な意義がある。

高市政権はガソリン・軽油の暫定税率廃止を実施し、2026年10月9日には、飲食料品の消費税率を2027年4月から2年間、8%から1%へ引き下げる法案を閣議決定し、国会に提出した。後者は10月20日時点で成立しておらず、実施済みの減税とは区別しなければならない。また、減税によって生まれる家計の余裕が、すべて国内消費に回るわけではない。消費需要への効果は、価格への転嫁、貯蓄、輸入品への支出などによって異なる。財源や物価への影響も検証する必要がある。

それでも、家計の購買力を支え、国内投資を促し、将来の供給力を高めるという政策の組み合わせには、明確な経済的合理性がある。2027年度予算は、高市政権が自ら定めた財政方針に基づき、こうした政策を具体化する重要な機会となる。過去の制度による支出は残るものの、予算編成の基本方針は新政権自身のものに切り替わった。問われるのは、支出を増やしたという事実ではない。その支出が民間投資を引き出し、雇用と所得を増やし、我が国の供給力をどこまで強化できるかである。

3️⃣「バラマキ」批判は何を見落としてきたのか——倒閣を意識した報道とその責任

政府が支出を増やそうとすると、「バラマキ」「財政規律の喪失」という批判が現れる。しかし、支出の効果を検証せず、金額が増えたという理由だけで否定するのは、経済政策の評価として不十分である。

需要不足のときには、支出しないことによって失われる生産と雇用がある。必要なインフラ整備を先送りすれば、現在の仕事だけでなく、将来の物流効率や防災能力を高める機会も失われる。研究開発を削れば、技術と人材が育つ機会を逃す可能性がある。無駄な補助金や公共性の乏しい事業は見直すべきであるが、必要な支出まで一律に抑えることが健全な財政運営とは限らない。無駄な支出を避けることと、必要な支出を怠らないこと。その両立こそが財政政策の要諦である。

財政拡大に反対する論評も、当然認められる。ただし、需要創出や供給力への効果、支出しないことの損失を検証せず、否定的な言葉だけで政策を片付けるなら、読者に十分な判断材料を提供したことにはならない。

「バラマキ」批判の陰で見落とされてきた、支出しないことの損失と生産・雇用の現実 AI生成画像
高市政権をめぐっては、報道関係者の政治的意図が表れた事案もある。2025年10月7日、時事通信社の男性カメラマンが高市氏について「支持率下げてやる」「支持率が下がるような写真しか出さねえぞ」と発言した。同社は10月9日、発言の事実を認め、本人を厳重注意し、報道の中立性と公正性に疑念を抱かせたとして謝罪した。

時事通信社・2025年10月9日公式発表

これは支持率を下げようとする意思が、報道関係者の発言として確認された事案である。発言が実際の写真配信や編集判断に反映されたかどうかは別途検証が必要であり、この事実だけで組織的な倒閣活動が立証されたわけではない。しかし、特定の政治的結果を意識する言動が報道現場に存在したことは軽視できない。

さらに2026年10月15日、日本経済新聞はG20財務相・中央銀行総裁会議をめぐり、中国側が主要7カ国の金利上昇を批判し、日米欧が守勢に回ったとする記事を掲載した。これに対して片山さつき財務相は、事前協議は行われておらず、中国に批判された事実もないとして記事を否定し、記者に取材根拠を問いただした。一方、日経側は取材に基づく報道との立場を維持している。

日本経済新聞・2026年10月15日 G20報道

J-CASTニュース・2026年10月16日 片山財務相と日経の対立

記事の内容を当事者が明確に否定した以上、その根拠がどのような事実に基づいているのかは検証されるべきである。取材源の保護は重要だが、記事の正確性について説明する責任とは別の問題である。

なお、上二つは典型的な事例であり、このような事例はあまた存在する。

ここで問われるのは、特定の政権を批判する自由ではない。批判の根拠となる事実と因果関係を、読者に正確に示しているかという問題である。高市政権の財政政策を評価するなら、石破政権期から引き継いだ予算編成上の制約、PB目標の見直し、2027年度予算への転換という経緯を無視できない。財政規律への懸念を論じるなら、債務残高対GDP比、金利、利払い費、物価などの指標を検証すべきである。

反対に、積極財政の成果を主張する側も、実際の投資、雇用、実質所得の改善を示さなければならない。政治的な結論を先に定め、それに合わせて事実を選ぶのであれば、報道は国民の判断を支える役割を果たせない。

日本新聞協会の新聞倫理綱領も、正確で公正な記事と責任ある論評を重視している。政府を監視することは報道機関の重要な役割だが、その報道自体も正確性と公正性について検証を受ける必要がある。政権を監視する報道機関もまた、国民による検証の対象となるのである。

結論 支出しない損失を直視し、需要と供給力をともに育てる国へ

高市政権発足から1年。この政策転換の意味は、政府支出を増やすか減らすかという議論だけでは理解できない。需要が不足しているとき、政府には適切な支出によって生産と雇用を支える役割がある。また、将来の供給力を高める投資を怠れば、成長の機会を失い、国益を損なう可能性もある。

石破政権期の財政方針と予算編成上の制約を引き継いで発足した高市政権は、この1年間で財政運営の目標と予算編成方式を変更した。2027年度予算は、新たな方針が概算要求の段階から反映される予算となる。

消費税減税によって家計の購買力を支え、成長投資によって国内の供給力を高める。この組み合わせは、需要と供給の双方に働きかける政策であり、経済状況に応じて適切に実施することには合理性がある。当然、支出の規模や時期、投資対象は検証しなければならない。現在の我が国には物価上昇や人手不足などの供給制約があり、無条件の財政拡大が適切とは限らない。しかし、必要な支出まで「バラマキ」として退けることもまた、経済の実態に即した判断ではない。

ケインズが極端な例を通じて示したのは、需要が不足しているとき、支出には生産と雇用を生み出す力があるという原則だった。我が国が目指すべきなのは、支出を抑えること自体を目的とする国でも、効果を問わず支出を拡大する国でもない。必要なときに必要な支出を行い、それを雇用、所得、技術、産業基盤という確かな成果につなげる国である。

その際、目先の需要を生み出すだけでなく、将来の供給力を育てることが重要になる。投資によって国内の生産能力が高まれば、経済成長に加え、重要物資の安定供給や国家の安全保障にも寄与する。高市政権の次の1年に問われるのは、新しい財政運営がそうした成果を実際に生み出せるかどうかだ。

政府支出の額だけではなく、国民生活をどれだけ改善し、将来の国家資産と供給力をどこまで形成できるか。支出を減らしたことではなく、必要な支出によって何を生み出したか。そこに、これからの財政政策を評価する基準がある。

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高市政権が見直す基金7兆円、本当に全部必要なのか 2026年10月13日

政府基金の見直しを通じて、無駄な支出の削減と必要な成長投資の両立を考える。財政政策の成果は削減額ではなく、国民のために何を生み出したかで判断すべきだと論じた記事。

食料品消費税1%へ――37年間の増税路線に歴史的転換点が訪れるか 2026年10月10日

消費税減税を税収減だけでなく、家計の購買力、消費、雇用、所得への影響から検証。減税の経済効果をどう評価すべきかを考える。

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経済政策を「積極財政派」「緊縮財政派」などのレッテルで判断する危うさを指摘。需要、雇用、物価など、実体経済の状態に応じて政策を選ぶ重要性を論じる。

高市内閣支持率63%――栃木3区と党首討論が映す「報道」と「民意」のずれ 2026年10月6日

支持率、選挙結果、個別政策への評価を照合し、報道が描く政治像と有権者の判断の違いを検証。政治報道の公正性と国民による判断の重要性を考える。

高市解散は「政局」ではない──予算と政策、そして世界秩序の転換点を読み違えるな 2026年1月20日

解散総選挙を、財政政策と予算編成の転換という観点から論じた記事。今回の1周年論考の出発点となる問題提起であり、その後の政策変更と比較して読める。

2026年10月20日火曜日

パリとミラノで暴動——欧州の移民政策から日本は何を学ぶべきか


 まとめ
  • パリとミラノの暴動が浮き彫りにした、欧州の移民政策の課題。 外国籍の若者や移民第二・第三世代の関与を検証すると、受け入れ後も世代を超えて続く社会統合の難しさが見えてくる。
  • ドラッカーの「改革の原理としての保守主義」が問い直す、移民ありきの発想。 国家がまず守るべきものは何か。移民を受け入れる前に、自国の社会を安定させ、必要な改革を進めるという視点が重要である。
  • 欧州の問題を知りながら、日本はなぜ同じ道を進もうとするのか。 人手不足には国内人材の育成、設備投資、AIによる省力化という選択肢もある。移民受け入れを当然視する前に、我が国の国益と供給力再建を考えるべきではないか。

2026年10月17日、フランス各地で大規模な抗議行動が行われ、パリなどで警察との衝突、店舗の略奪、建物への放火が相次いだ。AP通信の10月19日の報道によれば、週末の騒乱では約2400人が逮捕され、商業施設や公共施設に広範な被害が生じた。同じ週末、イタリアのミラノでも若者らによる騒乱が発生した。ANSA通信が10月19日に報じた警察当局の集計によると、18日には271人が警察署へ連行され、32人が逮捕された。連行者のうち220人は未成年者だった。

抗議行動の背景には、生活費、教育、公共サービスへの不満がある。しかし、平和的な抗議と暴力行為は区別しなければならない。いかなる政治的要求も、他人の財産を奪い、公共施設を破壊する理由にはならない。同時に、欧州で長年進められてきた移民政策と社会統合の問題を、検証の対象から外すべきでもない。ミラノでは外国籍の逮捕者が相当数に上り、フランスでは過去の都市暴動に関する政府調査に、移民第二・第三世代の関与について重要な記録が残されている。ただし、今回の暴動が移民政策によって引き起こされたという因果関係まで立証されたわけではない。個々の事件の原因と、移民政策が長期的に社会へ及ぼす影響は分けて考える必要がある。

ここで、本稿が問うべき問題は明確である。そもそも、我が国はなぜ新たな経済移民を受け入れる必要があるのか。 移民を受け入れた後の社会統合を論じる前に、受け入れそのものの必要性を検証すべきではないか。この問いを、ピーター・ドラッカーの「改革の原理としての保守主義」を手掛かりに考えたい。

1️⃣パリとミラノの騒乱は何を示したのか

ミラノの騒乱では、警察当局が国籍別の数字を公表している。10月18日に連行された271人のうち外国籍は60人、逮捕者32人のうち13人、書類送検者28人のうち15人だった。外国籍の割合は、それぞれ22.1%、40.6%、53.6%である。この数字を曖昧にする必要はない。ただし、連行者には予防的な拘束を受けた人も含まれ、逮捕者の構成をそのまま外国籍住民全体の犯罪傾向とみなすこともできない。対象となった人々の年齢、居住地、容疑、司法手続き上の違いを考慮しなければ、数字の意味を正確に判断することはできないのである。

さらに、ANSA通信の続報では、捜査対象となった若者の一部に、外国にルーツを持つ移民第二世代が含まれていたと報じられている。国籍を取得した後も、教育、就労、地域社会への参加という課題が残り得ることを考える材料である。では、パリはどうか。ル・パリジャン紙の10月19日の分析は、治安情報の専門家による分析として、過激左派の集団と、政治的な組織に属さない大衆地区の若者が合流した可能性を指摘した。ただし、今回の暴動に参加した人々の移民背景別の割合は、現時点で確認できていない。

しかし、過去の暴動に関する政府の一次資料には、見逃せない記述がある。フランス内務省・司法省の合同調査報告書(2023年)によると、2023年の都市暴動で検挙された人々の79%はフランス国籍、75%はフランス生まれだった。一方、同報告書の23ページには、パリ警視庁が、その管轄地域で拘束された暴動参加者の大多数はフランス国籍を持つ移民第二・第三世代の若者だったとの見解を示したことが記録されている。主な出自として挙げられたのは、北アフリカのマグレブ諸国とサハラ以南のアフリカである。この記述は、外国籍人口だけでは移民政策の長期的な影響を把握できないことを示唆している。ただし、これは2023年のパリ警視庁管轄地域についての評価であり、2026年の暴動やフランス全国の参加者構成を示すものではない。

パリ郊外の街並み。移民第二・第三世代の社会統合を考える。AI生成画像。

社会統合の問題は、移民を受け入れた時点で終わらない。次の世代、さらにその次の世代にまで及ぶ可能性がある。だからこそ、移民政策は目先の労働力確保だけで判断できない。その難しさを示すのがスウェーデンの事例である。スウェーデン政府が2026年9月に公表した調査結果は、「並行社会」と呼ばれる非公式な権力関係や集団内部の規範が、個人の自由や社会統合を妨げる問題を指摘した。政府は、その背景として居住分離、社会的排除、差別なども挙げている。ここで問われているのは、文化の違いそのものではない。国家の法秩序と個人の権利が、社会の隅々まで保障されているかという問題である。

私は以前、「西欧の移民政策はすべて失敗した──日本が今すぐ学ぶべき“移民5%と10%の壁”」で、受け入れ人数と社会統合の関係を論じた。もっとも、5%や10%という人口比率は、暴動が必ず起こる科学的な臨界点として確認されたものではない。移民、外国籍住民、外国生まれ人口では統計上の定義も異なる。それでも、受け入れの規模や速度、特定地域への集中、教育や住宅などの供給力を検証する必要性は変わらない。欧州から学ぶべきなのは、社会統合に問題が生じた後の対策だけではない。そうした長期的な責任を負う必要性を、受け入れる前に検証することである。

2️⃣ドラッカーの「改革の原理としての保守主義」で考える

ピーター・ドラッカーは1942年の著書『産業人の未来』で、自由で機能する社会を維持するための原理として保守主義を論じた。訳者の上田惇生氏による解説でも明らかなように、ドラッカーの保守主義は、昔に戻ることでも、変化を拒むことでもない。すでに存在する制度や経験を基盤として、将来のために具体的な問題を解決する。その目的は、自由で機能する社会を維持することにある。この考え方を移民政策に当てはめると、議論の順序が変わる。人口が減少するから移民を受け入れる。人手不足だから外国人労働者を増やす。しかし、人口減少や人手不足が存在することと、移民受け入れが必要であることは同義ではない。

ドラッカーの「改革の原理としての保守主義」。守るために改革する。AI生成画像。クリックすれば拡大します。

問うべきなのは、我が国の産業と国民生活を将来へ残すために、何を改革しなければならないかということである。国内人材の育成、賃金や労働条件の改善、設備投資、AIやロボットによる省力化など、まず検証すべき選択肢がある。ドラッカーは、機能する社会における人々の位置と役割、権力の正統性も重視した。移民政策についても、政府が何を目的として決定し、その政策が国民生活にどのような影響を及ぼすのかを問わなければならない。守るべき社会があるから改革するのであり、改革すること自体が目的なのではない。

ここで国際法上の原則も重要となる。先進国だからという理由で、経済移民を一定人数受け入れなければならないという一般的な国際法上の義務は存在しない。国連の「安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト」は、法的拘束力を持たない協力枠組みであり、国家主権を確認している。さらに、EU機能条約第79条第5項は、加盟国が第三国から就労目的で入国する人々の受け入れ人数を決定する権利を保持すると定めている。ただし、難民保護、EU域内の自由移動、国際人権法、家族生活の保護などによる義務は別である。これらを、新たな経済移民の受け入れ人数を決める権限と混同してはならない。

つまり、法的義務を守る範囲で、経済移民の受け入れ規模は国家が政策として判断できるのである。ならば、移民を受け入れることを当然の前提としてはならない。まず自国の雇用、教育、住宅、医療、治安などの基本的な制度が安定しているかを確認し、深刻な問題が残るなら、その改善を優先するという政策原則が考えられる。私は、この厳格な事前条件を重視する。社会問題を完全になくすことはできないが、少なくとも公共サービスの深刻な不足や制度的な機能不全が常態化している段階で、新たな受け入れを拡大する必要性は慎重に検証すべきである。

もちろん、外国人材が既存の人手不足を緩和する場合もある。したがって、受け入れない場合の経済的影響も調べなければならない。しかし、それは受け入れ拡大を最初から決定する理由にはならない。なお、ドラッカー自身が経済移民の受け入れを一律に否定したわけではない。ここで示した厳格な受け入れ条件は、彼の保守主義を現代日本の政策に応用した本稿の立場である。

移民を受け入れることが改革なのではない。守るべき社会を明確にし、その社会を維持するために必要な制度を改革することが重要なのである。

3️⃣日本は欧州を後追いする前に、何を改革すべきか

我が国でも外国人住民は増加している。しかし、その事実から直ちに経済移民の受け入れをさらに拡大すべきだという結論は導かれない。まず、日本経済の現状を正確に確認する必要がある。総務省統計局の2026年8月の消費者物価指数によると、前年同月比は総合1.9%、生鮮食品を除く総合1.7%、生鮮食品とエネルギーを除く総合1.9%だった。日本で一般にコア、コアコアと呼ばれる指数は、欧州の基調的な物価指標と定義が異なる。日本の生鮮食品・エネルギー除外指数には加工食品が含まれる一方、欧州で用いられる食料・エネルギー等を除く指数では除外される。比較には、対象品目、ウエイト、住宅費の扱いなどにも注意が必要である。

したがって、欧州の物価問題をそのまま日本に当てはめるのは適切ではない。物価上昇率の鈍化は価格水準の下落を意味しないものの、現在の日本を深刻な物価高騰の国として描くことも正確ではない。雇用についても、総務省の2026年8月の労働力調査では完全失業率が2.5%、就業者数は前年同月比14万人増だった。全国的な大量失業よりも、産業や地域によって生じる人手不足への対応が重要な課題となっている。では、その人手不足を移民で補うことが、我が国の経済政策として必要なのだろうか。

移民受け入れの前に、日本の人材育成と供給力強化を。AI生成画像。クリックすれば拡大します。
人手不足は、賃金、設備投資、生産性を見直す契機にもなる。省力化技術への投資を進め、労働者1人当たりの付加価値を高め、その成果を賃金上昇へと結び付ける。そうした改革は、人口減少が進む日本の供給力を維持・強化し、設備や技術という国家資産を形成することにもつながる。北海道の農業におけるAIや自動化技術の活用は、その可能性を考える具体例となる。私は以前、「高市首相の十勝AI農業特区——北海道を強く豊かにし、何を未来へ残すのか」で、技術革新を通じて地域産業と暮らしを将来へ引き継ぐ意義を論じた。

もちろん、設備投資だけでは短期間に補えない技能や人員もある。しかし、その不足をどう補うかは、分野ごとの判断である。人手不足という言葉だけで、恒常的な受け入れ拡大まで正当化することはできない。ここで、国と地方自治体の権限関係も確認しておきたい。外国人の入国・在留に関する基本制度は国が定め、個別の許可や審査は法令に基づいて国の行政機関が行う。国会は法律と予算の審議を通じ、政府の政策を統制する。一方、学校、福祉、防災、生活相談などでは地方自治体が重要な役割を担う。

札幌市の「誰もがつながり合う共生のまちづくり条例」は、外国人の受け入れ人数を決める制度ではない。年齢や障害の有無なども含め、幅広い住民を対象とした条例である。したがって、国の受け入れ制度と自治体の共生施策を混同してはならない。国が受け入れに関する基本制度を決め、その結果として自治体の行政需要が変化するのであれば、国は政策の必要性と地方への影響を説明すべきである。自治体も、実際の行政需要、費用、施策の成果を住民が検証できるようにしなければならない。

ここで最も重要なのは、国民生活と国益という判断基準である。新たな経済移民の受け入れによって、国内の賃金、雇用、供給力、財政、公共サービスはどう変わるのか。国内人材の活用や設備投資では対応できないのか。受け入れない場合には、どのような影響が生じるのか。

政策を決める前に、これらを検証することが必要である。 

我が国の将来を決めるのは、欧州の政策をどこまで模倣するかではない。日本社会を維持し、発展させるために何が必要なのかという、我が国自身の判断である。

結論 守るべきものを明確にしてこそ、改革は始まる

パリとミラノの暴動は、欧州の治安と社会統合をめぐる問題を改めて浮き彫りにした。ミラノでは外国籍の逮捕者や移民第二世代の関与が報じられた。パリでも今回の騒乱への郊外地区の若者の参加が報じられ、2023年の政府調査には、移民第二・第三世代の関与について警察当局の重要な見解が残されている。ただし、こうした事実だけで今回の暴動を移民政策の直接的な結果と断定することはできない。検証すべきなのは、暴動参加者の実態と、その背景にある長期的な制度の問題である。

スウェーデン政府が認める並行社会の問題も、社会統合が理念だけでは実現しないことを示している。欧州には移民受け入れによる経済的な成果もあるが、制度的な問題が存在することも否定できない。ここでドラッカーの「改革の原理としての保守主義」を思い起こしたい。社会を守るとは、変化を拒むことではない。守るべき社会を明確にし、その社会を維持するために必要な改革を進めることである。

我が国が優先すべきなのは、移民受け入れそのものではない。国民が働き、所得を得て、安全に暮らせる社会を維持し、生産性の向上によって国家の供給力を強化することである。そのために国内人材を育成し、設備投資を進め、技術と産業の基盤を強くする。こうした改革の可能性を十分に検討したうえで、なお新たな経済移民を受け入れる必要があるのかを判断すべきである。

先進国に経済移民を一定人数受け入れる一般的な国際法上の義務はない。難民保護などの法的義務を守りながら、受け入れないという選択肢も含めて政策を検討できる。

移民政策の出発点は、何人受け入れられるかではない。なぜ受け入れる必要があるのかという問いである。 欧州の経験を踏まえるなら、この問いを避けてはならない。

そして、国家の責任とは、受け入れた後に生じる問題へ対応することだけではない。国民生活、国家の供給力、地域社会への影響を事前に検証し、その政策が本当に必要なのかを判断することである。

移民を受け入れること自体が改革なのではない。新たな試みをすることや、美しい理念を啓蒙すること自体が真の改革というわけではない。我が国の社会を将来へ引き継ぐために、何を守り、何を変えるべきかを決めて実行すること、制度・法律・手順を社会に実装することこそ、真の改革なのである。

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簗前農水相の辞任で終わりか――栃木3区と福岡で見えた地方政治の構造 2026年10月16日

国と地方の権限、財源、責任の所在を検証した記事。移民受け入れを国が決定し、その影響に自治体が対応する構造を考えるうえでも参考となる。

高市首相の十勝AI農業特区――北海道を強く豊かにし、何を未来へ残すのか 2026年10月11日

AIやロボットによる省力化、生産性向上を通じ、人口減少時代の産業と地域社会を守る可能性を論じた。外国人労働者の受け入れ以外の人手不足対策を考える材料となる。

札幌デモが示した世界的潮流──鈴木知事批判は反グローバリズムの最前線 2025年9月23日

北海道の地域政策を、反グローバリズムや国益の観点から考察した記事。短期的な経済合理性と地域社会の長期的な安定をどう両立させるかを問う。

西欧の移民政策はすべて失敗した──日本が今すぐ学ぶべき“移民5%と10%の壁” 2025年7月31日

欧州の移民政策、人口構成の変化、社会統合の問題を取り上げた過去記事。今回の論考では、その問題提起を引き継ぎ、受け入れ自体の必要性をドラッカーの保守主義から考えた。

多様性尊重へ 札幌市「共生条例案」 賛否の声 市長が条例化の意義述べる 来月施行目指し採決へ―【私の論評】札幌市共生条例は時代遅れ!多様性の幻想を捨て去り真の誇りを取り戻せ 2025年3月13日

札幌市の共生条例を、地域社会の実情と行政の優先順位から批判的に検討した記事。国の外国人受け入れ制度と、自治体による共生政策の違いを考える際に関連が深い。

2026年10月19日月曜日

札幌市の情報公開条例が改正――住民は地方政治をどう監視すべきか

 全三回連載「地方政治は誰が監視するのか」第3回(最終回)


まとめ

  •  OSINTによって、住民は地方政治の実態を検証できる。 議会会議録、予算書、契約結果、行政文書などを照合すれば、政策決定の経緯や権限の所在を確認できる。ただし、政治家と企業、行政の接点を発見したことと、不正を立証したことは異なる。AIを利用する場合にも一次資料による確認が必要であり、事実と推測を区別する姿勢が欠かせない。
  • 情報公開制度は住民自治の基盤であり、その運用自体も監視の対象となる。 札幌市では2026年10月1日に改正情報公開条例が施行され、一定の不適正な公開請求を拒否できる規定が整備された。行政職員の保護と住民の知る権利を両立させるには、条例に基づく適正な判断と説明責任が必要である。重要なのは、制度の存在だけでなく、その運用を第三者が検証できることである。
  • 住民監査請求は行政を検証する制度だが、政策への不満を解決する万能の手段ではない。 札幌芸術の森の事例では、駐車場管理について具体的な調査が行われた一方、管理費用の違法・不当な支出は認められなかった。住民は制度の対象と限界を理解し、情報公開請求、住民監査請求、請願、陳情、選挙などを使い分ける必要がある。住民自治は、行政の判断と政策の成果を継続的に検証することによって支えられる。

政治家が辞任した。議会に百条委員会が設置された。選挙によって県政が交代した。こうした出来事は大きく報道される。しかし、政治家が去り、報道が終わった後も、行政組織は残り、予算は執行され、政策は住民生活に影響を与え続ける。政治的な責任が問われたことと、行政の問題が解決したことは同じではない。

本連載の第1回では、栃木3区と福岡県議会を取り上げ、地方政治における権力、財源、責任の関係を検証した。第2回では北海道の土地・水資源、札幌市の政策決定、沖縄県政交代を通じて、地方自治が国家安全保障や国民生活の基盤に深く関わっていることを論じた。

では、その地方政治を誰が監視するのか。首長を監視する議会にも政治的な利害関係がある。監査制度には対象と権限の限界がある。新聞やテレビも、全国の自治体で行われる意思決定を継続的に検証できるわけではない。だからこそ、住民自身による監視が必要となる。

現在の日本では、議会会議録、予算書、決算書、契約結果、監査報告など、多くの行政資料が公開されている。公開されていない行政文書についても、情報公開請求によって公開を求めることができる。さらにAIの進歩によって、膨大な資料を比較し、政策決定の経緯を調べる負担も軽減されつつある。

ただし、資料を集めることと、不正を立証することは別である。住民に求められるのは、疑惑を膨らませることではない。事実を確認し、決定権限の所在を明らかにし、必要に応じて法律に基づく制度を利用することである。

2026年10月1日、札幌市では情報公開条例の改正が施行された。一定の不適正な公開請求を拒否できる規定が設けられたのである。この改正は、行政職員を不当な威圧から守ることと、住民の知る権利を保障することをどう両立させるかという問題を提起している。また、札幌市が公開している住民監査請求の実例からは、行政運営上の問題を指摘することと、違法・不当な公金支出を認定することの違いも見えてくる。

地方自治の健全性は、制度が存在するだけでは保障されない。住民がその制度を使い、行政の判断と成果を継続的に検証できて初めて、住民自治は実質を持つのである。

1️⃣ OSINTで地方政治を調べる――公開情報をつなげば何が見えるのか

特別な調査権限がなくても行政の実態に迫ることはできる

OSINTとは、Open Source Intelligenceの略であり、一般に公開された情報を収集・分析して、有用な判断材料に変える手法である。安全保障や情報機関の活動と結び付けて語られることが多いが、地方政治の監視にも応用できる。

本連載第1回で取り上げた栃木3区の調査は、その具体例である。那須烏山市の太陽光発電事業について、市の企業誘致政策、過去の市議会会議録、国会での質疑、県公報、企業情報などを照合した。個々の資料は異なる目的で作成されているが、時系列に整理すれば、行政の判断と事業の進展を関連付けて検証できる。

ただし、政治家、企業、行政の間に接点が見つかったとしても、それだけで不正が立証されたことにはならない。政治家の活動、企業の事業展開、行政による許認可は、それぞれ適法に行われ得る。重要なのは、確認された事実と、そこから導かれる推測を区別することである。

外国資本による土地取得やインフラ事業でも同じだ。外国資本の関与そのものと、法律違反や安全保障上の具体的な危険が存在することは別である。事業者、土地の所在地、許認可、行政の審査、適用法令、実際の運営状況を確認しなければ、正確な評価はできない。国家安全保障を重視するからこそ、印象ではなく事実に基づく検証が必要なのである。

札幌市情報公開条例の改正を事例に、OSINTによる7段階の調査手順と行政機関の役割を図解した。クリックすれば拡大します。

誰が決め、誰が予算を執行したのか

地方政治を調べる際には、5つの問いが基本となる。誰が決定したのか。どの法律や条例に基づくのか。財源はどこから来たのか。どのような手続きを経たのか。そして、どのような成果が生まれたのか。

例えば道路整備事業では、国会議員の発言と実際の予算配分を区別しなければならない。国会議員が予算の増減を要望したことと、担当省庁が交付金などの配分を決定したことは同じではない。また、国が財源を措置しても、実際の事業主体が都道府県なのか市町村なのかによって、事業の決定・執行責任は異なる。

栃木3区の道路予算問題でも、政治家の発言だけで予算配分の実態を判断することはできなかった。国の予算、県が実施する事業、市町村が実施する事業を区別し、実際の配分額と決定主体を確認する必要があったのである。

札幌市でも同様だ。市議会会議録、予算・決算資料、公文書目録公開システムなどを利用すれば、行政の説明や予算の推移を調べられる。公文書目録公開システムは、行政が保有する文書の簿冊などを探す手掛かりにもなる。札幌市

ここで注意したいのは、予算に計上されたこと、契約が結ばれたこと、実際に支出されたことは、それぞれ異なるという点である。公共施設の建設費が増加した場合、当初予算と決算を比較するだけでは、その理由を十分に把握できない。物価や労務費の上昇、追加工事、契約変更などを確認して初めて、支出の妥当性を検討できる。

国の補助金についても、国が自治体に財源を配分したことと、自治体がその資金を使って成果を生み出したことは別である。行政監視の目的は、支出を減らすことだけではない。必要な公共投資が適切に実施され、道路、港湾、上下水道、産業基盤などの国家資産形成につながっているかを確かめることにもある。

AIは住民の調査能力を高められるか

これまで、膨大な行政資料を読み、複数年度の予算や契約結果を比較することは、一般住民にとって大きな負担だった。しかし現在は、AIを利用して資料から関連箇所を抽出し、時系列を整理し、数字の相違や行政の説明の変化を調べることができる。

例えば、ある公共事業について過去5年間の予算書、議会会議録、契約結果を集め、AIに事業費の推移や説明内容の変化を整理させることは可能である。従来は多くの時間を要した調査を、比較的短時間で進められる場合がある。

ただし、AIが示した結論をそのまま証拠として扱ってはならない。AIは存在しない文書や発言を生成することがある。資料の要約についても、原文の条件や留保を落としてしまう場合がある。必ず文書名、発行機関、日付、該当箇所を確認し、原資料へ戻って検証する必要がある。

AIによって住民の調査能力は高まる。しかし、最終的な事実認定と判断の責任は人間に残る。OSINTの価値は、疑惑を増幅することではない。行政に対し、根拠のある具体的な質問を可能にすることである。

2️⃣ 情報公開請求で行政の判断を確かめる――札幌市の条例改正が問うもの

行政文書がなければ政策決定の経緯は検証できない

OSINTによって、住民は行政の活動を相当程度把握できる。しかし、公開資料だけで政策決定の過程をすべて解明できるわけではない。市長が事業の実施を表明し、議会が予算を可決したとしても、行政内部でどのような選択肢が検討され、何を根拠に事業が選ばれたのかは、公表資料だけでは分からない場合がある。

そこで重要になるのが情報公開制度である。

国の行政機関については、行政機関情報公開法に基づく開示請求ができる。一方、地方自治体が保有する公文書については、原則として各自治体の情報公開条例に基づいて請求する。札幌市の場合は札幌市情報公開条例が根拠となる。

札幌市では、市外在住者を含め、原則として誰でも公文書の公開を請求できる。請求を受けた実施機関は、原則として請求日の翌日から14日以内に公開・非公開などを決定する。ただし、これは決定期限であって、必ず14日以内に文書が交付されるという意味ではない。条例に定められた事情がある場合には、決定期限が延長されることもある。city.sapporo.jp

情報公開請求では、どの機関が文書を保有しているかを見極めることが重要だ。国土交通省による交付金の配分に関する文書と、札幌市が作成した事業計画や契約変更の記録では、請求先が異なる。国会議員が行政に働きかけたとしても、実際の配分や契約を決定する機関と混同してはならない。

また、情報公開制度は行政機関に新たな説明文書を作成させる制度ではない。対象となるのは、原則として実施機関が保有する公文書である。文書不存在という決定が出たとしても、それだけで隠蔽が立証されたことにはならない。一方、重要な政策決定について検証可能な記録が残されていなければ、文書管理の適切さという別の問題が生じる。

情報公開請求は、行政の判断を検証する重要な手段である。写真はイメージ。

札幌市の情報公開条例は2026年10月1日に改正された

ここで注目したいのが、札幌市の情報公開条例改正である。

札幌市議会は2026年6月5日、情報公開条例の改正案を可決し、同年10月1日に改正条例が施行された。市によれば、改正の背景には、公文書を見る意思のない請求や報復目的の請求、公開時に立ち会う職員への威圧や長時間の拘束などによって、通常業務や他の公開請求への対応に支障が生じていたという事情がある。

改正条例では、条例の目的に反する公開請求や、いわゆるカスタマーハラスメントに該当する公開請求について、一定の場合に請求を拒否できることが明確化された。こうした請求に該当すると判断されれば、公文書の特定や非公開情報に当たるかどうかの検討を行わずに拒否できる仕組みである。これは行政に新たな判断権限を認める重要な変更だ。札幌市

行政職員を不当な威圧から守り、通常業務を維持することには合理的な理由がある。情報公開制度も行政職員への嫌がらせを認める制度ではない。しかし、行政にとって都合の悪い情報を求めることと、制度を濫用することは明確に区別しなければならない。

この点について、札幌市が公表した改正条例の審査基準は重要である。審査基準では、公文書を見る意思のない請求、報復目的の請求、不当な要求を実現するための請求などを問題としている。一方、営利目的であることや、請求対象の文書が大量であることだけを理由に、直ちに条例の目的に反する請求とは判断できないという考え方も示している。

大量の文書を求められた場合でも、それだけで請求を拒否するのではなく、決定期限の延長や請求内容の調整など、制度に沿った対応を検討する必要がある。また、不適正な請求として拒否する場合には、具体的な事実関係や判断理由を明らかにすることが求められる。

さらに、改正に伴う施行規則では、公開請求の拒否などを行った場合の通知書の様式や、札幌市情報公開・個人情報保護審議会への報告事項も整備された。審議会は制度運用について意見を述べる機関であり、個々の公開請求を直接処理する行政機関ではない。請求の拒否を判断する実施機関と、その運用を審議する機関の役割は区別する必要がある。 札幌市

知る権利は制度の運用によって守られる

今回の改正で重要なのは、条例に新たな規定が設けられたことだけではない。実際にどのような請求が拒否され、どのような理由が示されるかという運用である。

例えば、公共事業の経緯を検証するため、多数の行政文書を求めた住民がいたとする。その請求に明確な調査目的があり、通常の権利行使として行われているのであれば、文書の量が多いことだけを理由に拒否することは適切ではない。一方、行政職員への報復や業務妨害を目的とする請求については、制度の適正な運用を守るための対応が必要になる。

問題は、その境界を誰が、何を根拠に判断するかである。

公開請求を受けた行政機関には、条例と審査基準に沿った事実認定が求められる。拒否などの決定に不服がある場合には、行政不服審査法に基づく審査請求などの救済手段も用意されている。札幌市には、こうした審査請求に関する調査審議を担う情報公開・個人情報保護審査会が設置されている。制度運用を扱う審議会と、不服申立てを審査する審査会は、名称が似ていても役割が異なる。札幌市

改正条例は施行されたばかりであり、現時点で正当な公開請求が不当に拒否されたと断定する根拠は確認できない。しかし、住民の知る権利に関わる権限が新たに整備された以上、その運用は継続的に検証されなければならない。

行政の説明責任とは、情報を公開すると宣言することではない。判断の根拠を文書で示し、その判断が適切だったかどうかを第三者が確かめられる状態を維持することである。

情報公開制度は、行政を監視するために存在する。そして、情報公開制度の運用そのものも、住民による監視の対象なのである。

3️⃣ 住民監査請求で行政を検証する――札幌芸術の森の事例が示す制度の実際

住民監査請求で何を問えるのか

公開資料や行政文書を調べた結果、公金の支出や財産管理に違法・不当な疑いが生じた場合、住民にはさらに利用できる制度がある。地方自治法第242条に基づく住民監査請求である。

この制度は、地方公共団体の長や職員などによる違法・不当な財務会計上の行為、または一定の財務会計上の怠る事実について、住民が監査委員に監査を求めるものである。違法・不当な公金支出、公有財産の管理、不適切な契約などが対象となり得る。

ただし、住民監査請求は行政のあらゆる政策判断を争う制度ではない。首長の政策に反対である、公共事業の優先順位がおかしいと感じる、それだけで直ちに監査請求の対象になるわけではない。対象となる財務会計上の行為などを特定し、違法・不当と考える理由を示す必要がある。

また、財務会計上の行為については、原則としてその行為があった日または終わった日から1年以内に請求しなければならない。ただし、正当な理由がある場合には例外が認められる。怠る事実については期限の考え方が異なるため、個別に確認する必要がある。札幌市は住民監査請求の手引きを公開しており、請求の要件や手続き、証拠書類の提出方法を確認できる。

OSINTによって資料を集め、情報公開請求で行政文書を取得することは、監査請求の根拠を準備する作業にもなる。ここで初めて、公開情報の調査と法律に基づく行政監視が具体的につながるのである。

札幌芸術の森では何が問題となったのか

住民監査請求の実際を知るため、札幌市が公表した事例を見てみよう。

2024年8月9日、札幌芸術の森の管理運営に関して住民監査請求が提出された。対象となったのは、公益財団法人札幌市芸術文化財団が指定管理者として管理する施設の駐車場などである。

請求人は、料金所を通らずに施設へ進入できる経路が存在し、駐車料金の徴収や管理が十分ではないと主張した。また、札幌市が指定管理者に支払った2023年度の管理費用、合計7億692万9000円についても問題を提起した。

請求人が返還を求めたのは、このうち2024年4月24日に支払われた1867万8000円である。この支払いは、燃料価格高騰に伴う光熱費の増加に対応するため、市と指定管理者の協定に基づく協議を経て行われたものだった。

札幌芸術の森の住民監査請求について、住民の主張、監査委員が確認した事実、監査結果を比較した。管理上の改善点と違法・不当な公金支出は区別する必要がある。クリックすれば拡大します。
住民が問題にしたのは、単なる駐車場の使い勝手ではない。指定管理者の業務に不備があるならば、市が支払った管理費用の一部を返還させるべきではないかという、財務会計上の問題である。ここでの公金支出の主体は札幌市であり、施設の日常的な管理運営を担うのは指定管理者である。この役割の違いが、監査結果を理解する鍵となる。

監査委員は、市側の説明や関係文書を確認するとともに、現地調査を実施した。その結果、料金所を通らずに一部施設へ向かうことができる経路は存在したものの、案内看板や障害物の設置などの対策も講じられていたことが確認された。

また、駐車料金を支払っていなかった利用者2人については、市が指定管理者に事実確認を指示し、その後、それぞれ500円が納付されていた。木工房では、駐車場領収書の提示がないまま臨時駐車許可証が発行された事実も認められたが、指定管理者は職員への注意喚起などの再発防止策を講じていた。

これらを踏まえ、監査委員は、指定管理者の業務が協定や仕様書に照らして適切に行われていたか、札幌市による管理費用の支出に違法・不当があったかを検討した。

その結果、管理費用の支出について、請求人の主張する違法・不当は認められないと判断した。一方、指定管理者への直接の措置要求など、住民監査請求の対象とならない部分については却下した。

2024年10月8日に通知された監査結果は、一部棄却・一部却下であった。

詳しくは、札幌市監査委員が公表した「令和6年度第1号住民監査請求監査結果」で確認できる。札幌市

駐車料金は誰の収入だったのか

この事例で特に重要なのは、駐車料金の法的な位置付けである。

監査委員は、駐車料金が指定管理者の収入となる利用料金であり、札幌市の歳入ではないことを指摘した。したがって、駐車料金が徴収されなかったとしても、その金額が直ちに札幌市の財産的損害になるわけではない。

これは指定管理者制度を理解する上で欠かせない点である。地方自治法第244条の2に基づく利用料金制度では、条例に基づき、指定管理者が施設の利用料金を自らの収入として受け取ることができる。自治体が指定管理者へ支払う管理費用とは、財務上の性質が異なる。

今回の監査では、市と指定管理者との協定に基づく管理費用の支払いについて、必要な手続きが行われていたことも確認された。監査委員は、駐車場管理に改善の余地が全くないと判断したわけではない。しかし、具体的な管理状況や是正措置を検討した結果、市が管理費用を支払った判断について合理性を欠くとは認められないとしたのである。

行政運営上の問題が存在することと、違法・不当な公金支出が成立することは同じではない。

この区別をせず、駐車場管理に不備があったという事実だけから、管理費用全体の支出が違法だったと結論付けることはできない。逆に、監査請求が棄却されたからといって、施設管理のあらゆる点が完全だったと評価するのも適切ではない。

住民監査請求の意義は、請求人の主張が認められたかどうかだけでは測れない。今回の事例でも、住民の指摘を契機として、駐車場の構造、料金徴収、職員への指導、市の監督状況などが公的な監査の対象となった。

その一方で、監査結果を読まずに「行政の不正が明らかになった」と主張することも許されない。住民が行政を厳しく監視するのであれば、監査委員の判断についても、事実認定と法律上の結論を正確に読む責任がある。

監査だけでは政策は変えられない

住民監査請求が法定の要件を満たして受理された場合、監査委員は原則として60日以内に監査を行い、結果を示す。個別外部監査契約に基づく監査には別の期限が設けられている。また、監査結果などに不服がある場合、地方自治法第242条の2に基づく住民訴訟が認められる場合がある。

ただし、住民監査請求と住民訴訟を混同してはならない。監査請求は違法・不当な財務会計上の行為などを対象とするが、住民訴訟では違法性が必要となる。出訴期間にも厳格な制限がある。制度を利用するには、対象と要件を正確に理解しなければならない。

では、財務会計上の違法・不当を問うのではなく、政策そのものを変更したい場合はどうすればよいのか。

その場合には、議会への請願や陳情、議員への働きかけ、議会審議の監視、選挙などの手段がある。札幌市議会では、紹介議員を必要とする請願と、紹介議員を必要としない陳情の制度が設けられている。具体的な手続きは札幌市議会の案内で確認できる。

本連載第1回で取り上げた福岡県議会の百条委員会も、地方自治法第100条に基づく議会の調査制度である。住民が直接百条委員会を設置できるわけではない。設置を決定し、調査権限を行使するのは議会である。しかし、住民は議会の審議を確認し、議員に説明を求め、必要な調査を行うよう働きかけることができる。

選挙も重要な監視手段である。2026年9月の沖縄県知事選挙では、古謝玄太氏が当選し、12年ぶりの県政交代が実現した。県民が従来の県政の継続ではなく、新たな県政運営を選択したという政治的事実は、曖昧に扱われるべきではない。

一方、選挙で示された民意を実際の政策に結び付ける責任は、新たな県政を担う知事と行政組織にある。普天間飛行場の危険性除去、基地負担の軽減、産業振興、所得向上などについて、県が何を決定し、国とどのような協議を行い、どのような成果を生み出したのかを確認する必要がある。

国家安全保障や外交の基本方針を決定するのは国である。しかし、土地利用、防災、住民避難、道路や港湾などの地域インフラには、地方自治体が担う重要な役割がある。国が政策を決めても、自治体の協力や現場の実行能力が不足すれば、その政策の効果が十分に発揮されない場合がある。

北海道でも同様である。土地・水資源の管理、産業基盤の整備、防災体制の強化などについて、自治体が国の制度をどう活用し、どのような成果を上げたのかを住民が確かめなければならない。

住民自治とは、選挙で代表者を選んで終わる制度ではない。選ばれた代表者が何を決め、行政が何を実行し、どのような成果を残したのかを、住民が継続的に確認する仕組みなのである。

結論――地方自治の最後の責任者は誰なのか

本連載では、地方政治を3つの角度から考えてきた。第1回では栃木3区と福岡県議会を通じて、地方政治の権力構造と監視の問題を検証した。第2回では北海道、札幌、沖縄を取り上げ、地方自治が国家安全保障や国民生活に深く関わることを論じた。そして最終回では、住民が地方政治を監視する具体的な方法を考えた。

OSINTによって公開情報を集め、行政の判断を調べる。必要な文書が公表されていなければ、情報公開請求を利用する。財務会計上の違法・不当な行為などについては、住民監査請求を検討する。政策そのものに異議がある場合には、請願、陳情、議会活動、選挙などを通じて意思を示す。

これらは目的も権限も異なる制度である。しかし、共通しているのは、政治や行政の判断を住民が事実に基づいて検証できるという点だ。

今回取り上げた札幌市の情報公開条例改正は、行政を監視する制度そのものも監視の対象になることを示している。行政職員を不当な威圧から守ることは必要である。しかし、請求を拒否できる権限が設けられた以上、その判断が適正に行われているかを確認する必要もある。

札幌芸術の森の住民監査請求は、住民が行政の問題点を指摘することと、違法・不当な公金支出を立証することの違いを示した。監査請求を行ったからといって、その主張が正しいと認定されるわけではない。制度を利用する側にも、証拠を示し、判断結果を正確に受け止める責任がある。

ここで重要なのは、住民と行政を無用に対立させることではない。行政には専門知識を持つ職員がいる。法律や予算、公共事業を管理する組織がある。住民がそのすべてを代行することはできないし、その必要もない。

しかし、専門家がいるからといって、行政の判断を無条件に信頼すべき理由にはならない。行政は法律に基づいて権限を行使し、議会は住民から託された権限によって議決する。首長と議員は選挙を通じて政治的責任を負う。住民は、その仕組みが実際に機能しているかを確認しなければならない。

私は、ここで経営学者ピーター・ドラッカーの考え方を思い起こす。組織に求められるのは、資源を保有することではなく、成果を生み出すことである。この考え方は、政府や地方自治体を評価する際にも重要だ。

予算を確保したこと自体が成果なのではない。補助金を獲得したこと自体が成果なのでもない。その資金によって何を実現したのかが問われる。

道路、港湾、上下水道、防災施設、産業基盤などへの投資は、将来にわたって国民生活と経済活動を支える国家資産の形成につながる。農業や製造業の生産基盤を維持・強化する政策も、我が国の供給力を支える重要な投資である。

だからこそ、財政支出を単に削減すればよいというものではない。必要な投資を確保しながら、その事業が本当に成果を生んでいるかを検証する必要がある。住民による監視は、無駄な支出を見つけるためだけではなく、必要な政策を確実に実行させるためにも重要なのである。

情報公開制度があっても、誰も利用しなければ意味は乏しい。議会会議録が公開されていても、誰も読まなければ政治家の説明を検証できない。監査制度が整備されていても、その存在が知られていなければ十分に活用されない。

AIによって大量の情報を処理できる時代になった今、住民が行政を調べるための技術的な障壁は下がりつつある。しかし、AIだけで適法性を判断することはできない。最終的には、一次資料と法律に基づく人間の検証が必要である。

政治家の辞任で問題を終わらせない。選挙の勝敗だけで政策の成否を決めない。行政の説明を鵜呑みにせず、根拠のない疑惑を広めることもしない。事実を調べ、権限を確認し、判断の経緯を確かめ、成果を検証する。それが住民による地方政治の監視である。

地方自治は、地方政治家に権限を与えるためだけに存在するのではない。住民が自分たちの地域の将来を決め、その決定について責任を持てるようにするために存在する。

国から地方へ権限を移すだけでは、真の地方自治は実現しない。その権限を住民が監視し、政策の成果を検証できて初めて、地方自治は実質を持つのである。

そして、その積み重ねこそが、我が国全体の統治能力を支える。国家安全保障を国政だけに委ねてはならない。地方自治の健全性を地方政治家だけに委ねてもならない。

地方自治の最後の責任者は、住民自身なのである。

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