まとめ
- 「船体」が経済安全保障推進法に基づく特定重要物資である「船舶の部品」の対象に加わり、国内で船を造る力の重要性が政策にも明確に表れている。
- 仕事の都合で函館に暮らし、函館どつくを不況や非効率の象徴のように見ていた私自身も、地域に蓄積された仕事と技術の価値を問い直している。
- 函館どつくと名村造船所の供給確保計画も認定された。造船業への再評価を、次の世代の雇用、人材育成、設備投資につなげてほしい。
造船業の重要性が、改めて見直されている。政府は2025年12月に「造船業再生ロードマップ」を策定し、2035年の年間建造量を1,800万総トンへ引き上げる目標を掲げた。策定時に示された約900万総トンから、倍増を目指す計画である。国土交通省の公表資料
この動きを見ながら、私には思い出す街と企業がある。かつて仕事の都合で暮らした函館と、函館どつくである。
今から20年ほど前、私には造船業が、構造不況から抜け出せない産業のように見えていた。函館どつくにも、街の不況や非効率を象徴するような印象を抱いていた。その私が、いまは造船の技術を守り、つないできた人々にエールを送りたいと思っている。
「船体」の安定供給を経済安全保障の課題として支える政策も動き出している。かつての自分の見方と現在の政策を重ねると、産業や地域の価値をどのような物差しで測るべきか、改めて考えさせられる。
1️⃣住めば都となった函館で、私が見落としていたもの
函館は私の郷里ではない。仕事の都合で移り住んだ街である。それでも、ある程度の期間を暮らせば、住めば都という言葉のとおり、愛着が湧いてくる。私にとって函館は、単なる赴任先ではなくなっていた。
ただ、私が暮らしていた当時、函館は不況のさなかにあった。私の記憶にも、街の経済に対する閉塞感が残っている。そのなかで、函館どつくは、街が抱える不況を象徴する存在のように私には見えていた。
造船業は構造不況から抜け出せず、将来の展望も描きにくい。函館どつくも非効率を抱えた企業なのだろう。当時の私は、街全体に感じていた停滞感を、この企業に重ねて見ていたのだと思う。
![]() |
| 港を望む秋の坂道とハイカラ號。住めば都となった函館への思い AI生成画像 |
私自身も街の経済に厳しい見方をしていた。それでも、暮らすうちに愛着を持った街を、そのように一括りに評することには抵抗があった。経済が停滞しているからといって、そこに暮らす人々の営みや、積み重ねられてきた仕事の価値まで低く見てよいとは思えなかった。
函館を何によって評価するのか。それを考える身近な例が、飲食店である。
函館は、道央圏に比べて大手飲食チェーンの進出が遅いとされてきた。2025年には、松屋やサイゼリヤ、ゆで太郎などの出店が相次いでいることが、地元紙で取り上げられている。北海道新聞
全国で見慣れた看板が少なければ、不便に感じる人もいるだろう。しかし、それだけで街の豊かさを測れるだろうか。
函館には、ラッキーピエロやハセガワストアといった、地域ならではの店がある。ラッキーピエロは地元の食材を生かす「地産地食」に取り組み、ハセガワストアの「やきとり弁当」は、豚肉をやきとりと呼ぶ道南の食文化を伝えている。そこには、全国共通の看板の数では捉えられない、土地に根差した商売と暮らしがある。ラッキーピエロ公式サイト、ハセガワストア公式サイト
全国チェーンの進出によって選択肢が増えることは歓迎したい。同時に、それ以前から地域で育ってきた店や食文化にも、目を向ける必要がある。東京と同じものがそろっているかどうかだけで、その街の価値は決まらない。
知人の言葉に同調できなかった理由も、いま振り返ればそこにあったのだと思う。暮らすうちに愛着を持った街には、外からの比較だけでは見えにくい価値があった。
もっとも、私自身も、その価値を十分に見抜いていたわけではない。函館という街を一括りに低く評価することには反発しながら、函館どつくには、実情を詳しく知らないまま「非効率」という印象を重ねていたのである。
函館どつくが街の不況の原因だったという意味ではない。私は経営や生産現場を検証したうえで、その効率を判断していたわけでもなかった。地域経済への閉塞感と企業への評価を重ね、産業の価値を狭い物差しで見ていたのではないかと思う。
飲食業と造船業では、事業の条件も社会的な役割も異なる。それでも、地域で何が育ち、どのような仕事が積み重ねられてきたのかを見る必要があるという点は共通している。
船を造り、直す仕事には、設備とともに人の技能が必要である。図面を理解し、材料を加工し、溶接し、多くの工程を調整して一隻の船に仕上げる。その力は、設備や材料を購入するだけでは手に入らない。現場で経験を積み、先輩から後輩へ仕事を伝える時間が欠かせない。
函館どつくは1896年創立の函館船渠を前身とし、現在も造船や船舶修繕などを担っている。同社は技能の研鑽と承継を掲げ、社内教育の仕組みも設けている。函館どつく公式サイト、会社概要、社内教育
私が外から「非効率」という印象を抱いていた間にも、そこには船を造り、修繕し、仕事を覚え、次の人へ伝える営みがあった。その価値を、当時の私は十分に見ていなかった。
産業に対する社会の評価は変わる。しかし、評価が変わるまで技術を休ませておくことはできない。仕事を続け、人を育てることでしか残せない力がある。
2️⃣「船体」の重要物資指定が示す、造船業の新たな位置付け
造船業の再評価を考えるうえで、注目すべき政策の変化がある。経済安全保障推進法に基づく特定重要物資である「船舶の部品」の対象に、「船体」が追加されたことである。
私は先のブログ記事、「なぜ『船体』が重要物資になったのか――日本の造船再生は産業政策を超えた経済安全保障」でも、この問題を取り上げた。今回、函館で暮らしていた頃の記憶と重ねると、その意味が一層身近に感じられる。
我が国の貿易量の99.6%は海上輸送が担っている。食料もエネルギーも、工場で使う原材料も、船による輸送に大きく依存している。船舶を安定して確保する力は、日々の暮らしと経済活動を支える基盤なのである。国土交通省の公表資料
国土交通省は、国内の建造量の減少が続けば、造船のサプライチェーンを維持できなくなり、国民生活や経済活動に甚大な影響を及ぼす恐れがあると説明している。そのため、船体の安定供給に向けた取組方針を改定し、造船業再生基金を通じて設備・施設への投資や新技術の研究開発を支援する方針を示した。国土交通省・2026年2月25日発表
![]() |
| クリックすると拡大します AI生成画像 |
ここから読み取れるのは、国内で船を造る能力を、我が国が維持すべき経済安全保障の基盤として捉える視点である。
船を海外から調達することには合理性がある。しかし、国内の建造能力が失われれば、調達先を選ぶ余地も狭まる。必要なときに船を確保するためには、平時から設備を維持し、人を育て、技術を更新し続けなければならない。供給が不安定になってから造船所や熟練者を急いでそろえることは難しい。
そして、この政策は函館どつくにも具体的につながっている。
国土交通省の公表資料によれば、2026年9月4日、名村造船所と函館どつくによる船体の供給確保計画が認定された。取組内容は、船体の供給能力を高める先進的な施設等の導入である。最大助成額は両社の計画に対して約499億円とされている。これは函館どつく単独への助成額でも、すでに支払われた金額でもない。国土交通省・供給確保計画の認定実績
かつて私が不況や非効率の象徴のように見ていた企業が、いま、我が国の船舶供給能力を強化する計画の担い手となっている。この事実は重い。
現場に人と技術が受け継がれてきたからこそ、設備投資を通じて将来の供給能力を高める道を描ける。函館どつくの歩みと経済安全保障は、ここで具体的につながっているのである。
3️⃣函館どつくへのエールを、次の世代につなげたい
いま私が函館どつくに伝えたいのは、長く技術をつないできたことへの敬意である。
私のように、造船業に厳しい見方をしていた人間もいた。それでも現場では仕事を続け、船を造り、修繕し、人を育ててきた。その積み重ねがあるからこそ、いま将来に向けた可能性を考えられる。
もちろん、企業にとって採算や生産性は重要だ。政策上の重要性が認められ、支援の対象になったことをもって、再生が実現したと考えるのは早い。年間建造量の倍増は、これから達成すべき目標である。公的支援が生産性の向上や安定した供給能力につながるかは、実際の成果によって確かめる必要がある。
技術革新の取組も始まっている。国土交通省は、曲げ加工や溶接などに活用するAI造船ロボットや、その活用を支える基盤の研究開発について、14件の事業を採択した。少ない人手でも安定して船を供給できる体制づくりと、技能の継承を目指す取組である。国土交通省の採択発表
![]() |
| 熟練者から若手へ。船を造る技術を、次の世代につなぐ AI生成画像 |
働く人が技能に見合った処遇を得られること。若い世代が、ここで働き続けたいと思えること。安全な職場と、新しい技術を学ぶ機会があること。そして、企業が人材育成や設備投資を続けられるだけの仕事の見通しを持てること。こうした条件が整って初めて、技術の継承は将来につながる。
函館で暮らした経験を持つ私にとって、これは街の将来にも関わる話である。地域に専門的な仕事があり、そこで技能を磨き、暮らしを築ける。その選択肢を残し、広げていくことに、造船業を支える大きな意味がある。
地域に根差した店が食文化を育ててきたように、造船の現場には、長年の仕事を通じて蓄積された技術がある。それぞれの価値を見極め、将来につながる力を伸ばしていくことが、街の可能性を広げる。
函館どつくへのエールには、長年の努力への感謝とともに、そこで働く人々の将来への期待を込めたい。技術を守ってきた人々が報われ、次の世代がその仕事に誇りを持てるようになってほしい。
おわりに
造船業の再評価は、私自身に、産業を見る目を問い直す機会を与えている。
目先の採算や効率を確かめながらも、その産業を失ったときに何が失われるのかを考える。人材や設備に蓄積された力を、長い時間軸で評価する。「船体」の重要物資指定は、そうした視点を政策として具体化する動きと受け止められる。
函館は私の郷里ではない。それでも、仕事で移り住み、日々を重ねるうちに、住めば都となった街である。知人の語る「後進性」に同調できなかったのも、そこで暮らすことを通じて、比較だけでは測れない価値を感じていたからだろう。
その一方で、函館どつくに蓄積された人と技術の価値を、私は十分に理解していなかった。かつて街の不況を象徴するように見えていた企業を、いまは、我が国の将来を支える技術をつないできた存在として見直している。
当時の自分の見方を省みながら、函館どつくに、心からエールを送りたい。
そして、そのエールが届く先に、次の世代の仕事と誇りが育ってほしい。造船業への再評価を、継続的な投資と人材育成につなげることが、いま求められている。
【関連記事】
なぜ「船体」が重要物資になったのか――日本の造船再生は産業政策を超えた経済安全保障 2026年9月29日
「船を造れる国」であり続ける意味とは。船体の重要物資指定と、国内に残る技術・供給網の価値を掘り下げる、本稿と併せて読みたい記事。
石油危機から半世紀、日本は石油依存を減らした――それでも残るエネルギー安全保障の穴 2026年9月27日
エネルギーを確保するには、調達先だけでなく運ぶ力も欠かせない。造船再生を、暮らしを守る供給体制という広い視点から考える。
最低賃金1500円は命令で実現しない――370兆円投資こそ日本再生の本丸 2026年7月2日
技術を守る現場が報われるには何が必要か。国内投資、生産性、企業収益と賃金のつながりから、産業再生の条件を考える。
外資規制強化法が成立――日本企業を中国資本から守る「国家の防波堤」が動き出した 2026年5月31日
企業と技術を守り、重要産業を育てる政策をどう組み合わせるか。造船業にも通じる、国内の産業基盤を維持するための論点を読む。
なぜ日本は危機のたびに物が足りなくなるのか――ナフサ問題が示す「余裕なき経済」の限界 2026年5月23日
ナフサの国内での目詰まりから見えた、問題提起です。効率を追求するなかで、人員や設備、供給力を削りすぎてこなかったか。「非効率」と見えたものの価値を問い直す、本稿に通じる問題提起。































