まとめ
- 十勝AI農業特区は、人口減少時代の新しい地方創生を示している。 AIやロボットによって生産性を高め、少ない労働力でも産業と暮らしを維持する取り組みである。人口減少を嘆くだけでなく、技術革新によって豊かさを生み出す発想が重要だ。
- 北海道の潜在力は、郷土の暮らしを守るために生かすべきである。 農業、半導体、宇宙、エネルギーなどの産業を育て、所得と雇用を生み出すことは重要だ。しかし、産業の成長そのものが地方創生の最終目的ではない。
- 八百万の神に通じる霊性の精神を失えば、真の地方創生にはならない。 北海道の多様な歴史や文化を互いに排除せず、郷土全体の財産として受け継ぐことが重要である。新しい技術で未来を切り開きながら、先人への感謝と郷土への矜持を忘れず、土地の魂を未来へ渡すことこそ、地方創生の本質である。
10月10日、高市早苗首相は自身のXで「日本列島を、強く豊かに。:十勝編」と題する投稿を行った。取り上げたのは、北海道十勝地方の19市町村が9月30日に指定を受けた「十勝AI農業特区」である。
高市首相の投稿には、「十勝で実証。十勝で成功。全国へ展開。」という言葉が掲げられている。ロボットトラクタやドローン、AIを活用した農業技術の開発・実証を進め、十勝から全国へ広げようという構想だ。
私は、この方向性に異論はない。人口減少が進む北海道だからこそ、AIやロボット技術を活用し、生産性を高める必要がある。北海道には農業、半導体、宇宙、エネルギーなど、大きな経済的潜在力がある。
しかし、ここで根本的な問いが生じる。
私たちは、何のために北海道を強く豊かにするのか。
所得が増え、工場が建ち、生活が便利になれば、それだけで地方創生は完成するのだろうか。経済的には豊かになっても、先人への感謝を忘れ、郷土への誇りを失ってしまえば、それを真の地方創生と呼べるのだろうか。
私は以前、「人口減少の北海道を救うもの――上士幌が示すAI・エネルギー・神社という地方創生」という記事で、今回の特区にも含まれる上士幌町を取り上げた。
この町では、自動運転やバイオガス発電など、新しい技術を活用した地域づくりが進んでいる。一方、上士幌神社には、開拓者たちが故郷の歴史と信仰を新天地へ受け継いだ物語が残されている。
一見異なるこの二つは、実は深く結び付いている。
新しい技術で未来を切り開くことと、先人から受け継いだものを守ること。この両方を実現してこそ、真の地方創生になるのではないか。
1️⃣人口が減っても豊かに暮らせる町をつくる
十勝は、日本を代表する大規模農業地域である。帯広市の公式資料によれば、地域の食料生産量を地域人口の必要量と比較した食料自給率は約1,300%と推計されている。しかし、その十勝も農業従事者の減少と高齢化に直面している。
そこで期待されるのが、AIやロボットによる生産性の向上だ。今回の特区では、ロボットトラクタの公道走行やドローンの活用を進めるため、規制・制度改革と実証に取り組む。政府は農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の北海道農業研究センター芽室研究拠点についても、AI農業の研究体制を強化する方針を示している。
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| 十勝AI農業特区が目指す未来。機械化が進む十勝農業にAIや自動化技術を取り入れ、省力化と生産性向上を図る。実現には技術実証と制度整備が必要である。(AI生成画像・クリックすれば拡大します) |
この発想は、上士幌町の取り組みとも重なる。同町では2017年から自動運転の実証を重ね、2022年には自動運転バスの定期運行を開始した。2024年には公道でレベル4自動運転の実証も行っている。
農業と公共交通では分野が異なるが、人手不足を技術によって補い、地域の暮らしを維持しようとする点は同じである。人口が減少しても、AIやロボットによって一人当たりの生産性を高めれば、地域の供給力と生活水準を維持できる可能性が広がる。
地方創生とは、人口減少を嘆くことではない。人口が減少しても、人々が豊かに暮らせる地域をつくることだ。
十勝AI農業特区と上士幌町の挑戦は、その可能性を示している。
2️⃣北海道の潜在力を、郷土を守る力に変える
上士幌町には、もう一つ注目すべき取り組みがある。牛のふん尿を利用したバイオガス発電である。
以前の記事で紹介した資料によれば、町内のバイオガスプラント7基の年間想定発電量は約1,810万キロワット時。町内の主要施設、畜産農家、一般世帯の年間想定電力消費量約1,800万キロワット時に相当する規模である。常時完全な電力自給を意味するものではないが、地域の資源を活用し、供給力を高める取り組みとして注目される。
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| 上士幌町の酪農とバイオガス発電。家畜糞尿をエネルギーに変え、地域の資源を生かす地方創生の取り組み。(AI生成画像) |
農業、半導体、AI、宇宙、エネルギー。これらを結び付ければ、北海道は日本の食料・経済・エネルギー安全保障を支える成長拠点となり得る。
ただし、産業の成長そのものが地方創生の目的ではない。
重要なのは、北海道にどれほど大きな工場が建つかではない。その成長によって、人々が郷土で豊かに暮らし続けられるかどうかである。
仕事と所得が生まれ、若い世代が故郷に将来を見いだせる。地域社会が維持されれば、神社や祭り、先人の記憶を受け継ぐ人々も残りやすくなる。
経済的な豊かさは、郷土を守るための重要な基盤である。しかし、豊かになれば、それだけで歴史や文化が守られるわけではない。
技術は地域の未来を切り開く。だが、何を未来へ残すのかを決めるのは、人間である。
3️⃣八百万の神の精神を忘れた地方創生は「仏作って魂入れず」
AIは生産性を高め、エネルギー技術は供給力を増やし、産業政策は仕事を生み出す。しかし、それらはすべて手段でもある。
「なぜ、この土地を残すのか」「何を次の世代へ渡すのか」という問いには、技術や経済政策だけでは答えられない。
その意味を、上士幌神社の由緒は鮮やかに物語っている。
北海道神社庁の上士幌神社の由緒によれば、上士幌開拓の祖とされる安村治高丸は1907年、富山県早星村から小作農家10余戸とともに移住した。1913年には高木太助を郷里へ遣わし、早星神社の御分霊を迎えて奉斎した。これが上士幌神社の創祀とされている。
神社の由緒によれば、高木太助は御霊代を背中にくくりつけ、山を越え、海を渡り、船中でも眠らずに守り通したという。
開拓者たちは、厳しい自然の中で新しい生活を築こうとしていた。家を建て、農地を拓き、生きるために必要なものはいくらでもあったはずだ。
それでも、遠く離れた故郷から神を迎えた。
なぜだろうか。
新しい土地で生きるために暮らしを変えても、自分たちがどこから来たのか、何を大切にしてきたのかまで忘れる必要はなかったからではないか。
彼らは未来を切り開きながら、過去から受け継いだものを新天地へ運んだのである。
ここに、地方創生に欠かせない「霊性の精神」がある。
日本には古くから、山や川、海や森などの自然に神々の働きを見いだし、多くの神々を敬う「八百万の神」という考え方がある。神社本庁の解説にもあるように、神道は特定の一柱の神だけを信仰するものではなく、さまざまな神々を敬ってきた。
八百万の神の精神とは、違いを一律に排除するのではなく、多様な存在に敬意を払うという日本の精神文化の一つである。
私は、ここに北海道の歴史と文化を未来へ受け継ぐための重要な手掛かりがあると考える。
北海道には、アイヌ文化が成立する以前から縄文、続縄文、擦文、オホーツクなどの文化が存在し、本州や北方の世界との交流があった。その後、アイヌ文化が形成され、近世・近代には移住者たちが新しい地域社会を築いてきた。
2019年のアイヌ施策推進法は、アイヌの人々を先住民族と明記し、独自の文化振興制度を設けている。ここでは、その法律上の位置付けと、北海道全体の歴史や文化をどう継承するかという問題を区別して考える必要がある。
アイヌ文化を尊重することに異論はない。ただし、特定の文化を独立した法律によって保護・振興する制度が、北海道全体の文化継承とどう調和するのかは問われるべきだ。
北海道には、古代からの文化も、近世・近代の移住者が持ち込んだ神社や祭り、郷土芸能もある。それぞれに固有の歴史があり、尊重されるべきものである。
八百万の神の精神に学ぶならば、異なる歴史や文化を民族や時代によって分断するのではなく、それぞれを尊重しながら、北海道という共通の郷土の財産として受け継ぐことができるはずだ。
もちろん、これは個々の文化の違いをなくし、一つに同化させることではない。異なる文化がそれぞれの姿を保ちながら、同じ土地に暮らす人々の誇りとなることである。
霊性の精神とは、自分たちの歴史だけを大切にすることではない。自然を敬い、先人に感謝し、異なる歴史や文化を尊重しながら、土地の記憶を未来へ渡そうとする精神でもある。
ここに、経済効率を絶対視する悪しきグローバリズムや、人々を属性によって分断するアイデンティティー政治とは異なる、地域社会のあり方が見えてくる。
世界の技術や資本を取り入れることは必要だ。しかし、そのために郷土の固有性を失ってはならない。また、それぞれの文化を尊重することが、地域社会を分断する理由になってはならない。
多様なものを尊重しながら、一つの郷土をともに守る。八百万の神の精神に通じるこの姿勢こそ、北海道の地方創生に必要なのではないか。
豊かになっても、土地の魂を失ってはならない
北海道百年記念塔の問題も、同じ問いを投げ掛けている。
北海道命名100年を記念して建設された百年記念塔は、老朽化や安全確保などを理由に北海道が解体を決定した。私は解体に反対してきたが、ここで問いたいのは、記念塔に込められた先人の思いを、私たちは十分に次の世代へ伝えてきたのかということだ。
建造物も、そこに込められた歴史が忘れられれば、単なる構造物になってしまう。地方創生にも同じことがいえる。
工場を建て、AIやロボットを導入することは重要だ。しかし、経済的に豊かになっても、歴史や文化を失い、郷土への誇りが消えてしまえば、本末転倒ではないか。
だからといって、伝統を守るために技術革新を拒む必要はない。むしろ、新しい技術によって地域の暮らしを支えることは、歴史や文化を受け継ぐ共同体を守ることにもつながる。
AIは農地を耕せるかもしれない。しかし、その土地を耕してきた先人への感謝まで、AIに委ねることはできない。
経済成長は地域を維持するために必要だ。しかし、それ自体を最終目的にし、霊性の精神を置き去りにすれば、「仏作って魂入れず」になってしまう。
強く豊かな北海道を実現することには意義がある。しかし、土地の魂を失えば、経済的に豊かな地域にはなれても、誇りある郷土を未来へ渡すことはできない。
結語 強く豊かな北海道に、土地の魂を宿す
高市早苗首相が紹介した十勝AI農業特区は、北海道の新しい可能性を示している。
AIやロボットによって農業の生産性を高め、上士幌町では自動運転やバイオガス発電に取り組む。北海道各地でも半導体、宇宙、エネルギーなどの産業が育ちつつある。
私は、こうした取り組みに異論はない。北海道の潜在力は、積極的な投資と技術革新によって十分に引き出すべきだ。
しかし、何のために北海道を強く豊かにするのか。その問いを忘れてはならない。
経済的な豊かさは、地域を支える力である。霊性の精神は、その力を何のために使い、何を未来へ残すのかを示すものである。
日本には、八百万の神々を敬ってきた精神文化がある。異なるものを一律に排除するのではなく、それぞれの存在を尊重する。この精神に学べば、北海道の多様な歴史や文化を、互いに対立するものではなく、共通の郷土を豊かにするものとして受け継ぐことができるはずだ。
そして、その精神を象徴するのが上士幌の開拓者たちの物語である。
彼らは故郷を離れ、新しい土地で未来を切り開いた。それでも、歴史と信仰を忘れなかった。御霊代を背負い、山を越え、海を渡ってまで、新天地へ受け継ごうとしたものがあった。
彼らが運んだものは、御霊代だけではなかった。故郷の記憶であり、先人への敬意であり、新しい土地で生きていこうとする人々の心のよりどころでもあった。
現代の私たちは、先人たちが想像もしなかった技術を手にしている。しかし、どれほど技術が進歩しても、自分たちが何者であり、何を次の世代へ渡すのかという問いを忘れてよいはずがない。
北海道を強く豊かにすることと、その歴史や文化を未来へ渡すこと。この二つを切り離してはならない。
経済的な豊かさを実現するだけでは足りない。その土地で生きてきた人々の歴史に敬意を払い、多様な文化を受け入れ、郷土への誇りを育むことが必要なのである。
新しい技術で未来を切り開きながら、自分たちは何者であるかを忘れず、郷土への矜持を持って土地の魂を未来へ渡す。
地方創生の本質は、そこにあるのではないか。
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