まとめ
米国で日本の原潜保有に期待が高まる。しかし、我が国が守る海は国土の約12倍に及ぶ。原潜だけで中国海軍を抑止できるのか。
米国が失った通常型潜水艦の建造基盤を、日本は守り続けてきた。原潜の高速・長距離潜航能力と日本の静粛化技術を組み合わせれば、新たな強みが生まれる。
古い技術を捨てず、新しい技術を加える。通常型と原潜の両立には、日本の霊性文化「常若」の精神が息づく。次の世代に何を残すのか。
米国では、日本が原子力潜水艦を保有すれば、海上自衛隊が西太平洋を含むアジアの広大な海域で活動しやすくなり、中国を抑止する役割を一層果たせるとの見方が出ている。日本経済新聞が報じた。中国海軍が第一列島線を越えて太平洋への進出を強める中、我が国の原潜保有は日米同盟の将来にも関わる問題となっている。
小泉進次郎防衛相も10月23日の衆議院安全保障委員会で、次世代潜水艦の動力について、原子力を含む幅広い選択肢を比較する必要性を強調した。政府は安全保障関連3文書の改定に向け、原潜保有の是非を調査・研究する方針を盛り込むことも検討している。ただし、原潜の保有自体が決定したわけではない。10月9日の防衛大臣記者会見でも、原潜の潜航能力や水中速力を評価する一方、費用、静粛性、維持整備などの課題が示された。
ここで注目すべき事実がある。世界最大の海軍力を持つ米国は、通常動力型の戦闘潜水艦の建造を数十年前にやめ、現在は原潜だけを運用している。一方、我が国は通常動力型潜水艦を造り続け、その静粛性や電池技術、探知能力を絶えず改良してきた。
では、我が国も米国と同じように原潜だけに移行すべきなのか。そうではない。日本には、通常動力型で培った技術を守りながら、原潜という新しい能力を獲得する道がある。しかも、日本の静粛化技術を原潜にも生かせれば、米国の模倣ではない独自の水中戦力を構築できる可能性がある。
その根底には、日本の霊性文化に息づく「常若(とこわか)」の精神がある。守るべきものを守るために、絶えず新しくする。原潜導入をめぐる議論には、我が国が長い歴史の中で育んできた、この思想に通じる重要な意味がある。
1️⃣我が国が守る海は国土の12倍——原潜と通常型にはそれぞれ役割がある
我が国の海上防衛を考える際、まず認識すべきは海の広さである。海上保安庁の公式資料によれば、我が国の領海と排他的経済水域(EEZ)を合わせた面積は約447万平方キロメートルに達する。国土面積約38万平方キロメートルの約12倍である。北海道周辺の日本海やオホーツク海から、南西諸島の東シナ海、小笠原諸島や南鳥島周辺の太平洋まで、我が国に関わる海域は驚くほど広い。
しかも、我が国の安全保障は、この海域の内側だけで完結するわけではない。エネルギーや原材料、食料を運ぶ船舶は、東南アジアやインド洋などの遠方海域を通る。シーレーンの安全が損なわれれば、国民生活と経済活動に深刻な影響が及ぶ。2026年版防衛白書も、海上交通の安全確保を国家存立のために死活的に重要な課題と位置づけている。
もちろん、EEZは領海とは異なり、我が国が外国艦船の航行を一律に規制できる海域ではない。平時の領海警備や海上法執行は主として海上保安庁が担い、海上自衛隊は軍事的脅威への警戒監視や防衛を担う。その区別を踏まえても、我が国の防衛上考慮すべき海域が日本列島沿岸にとどまらないことは明らかである。
では、この広大な海を潜水艦でどう守るのか。
日本の通常動力型潜水艦が持つ大きな強みは、静粛性である。「そうりゅう」型や「たいげい」型は、船体構造、機器の防振、推進装置、探知装置を改良し、敵に発見されにくい能力を高めてきた。特に「たいげい」型は、大容量リチウムイオン電池を採用し、水中での行動能力を向上させている。
通常動力型潜水艦は、ディーゼルエンジンで発電し、蓄電池に電力を蓄える。充電には空気が必要なので、浮上中か、海面近くまで伸ばしたシュノーケルから外気を取り込める状態で発電する。深く潜航している間は、基本的に蓄電池の電力でモーターを回す。エンジンを停止できるため騒音が少なく、隠密行動に適している。
以前の「そうりゅう」型には、AIP(非大気依存推進)も搭載されていた。これは外部から空気を取り込まず、水中で動力を得る仕組みである。日本が採用したスターリング機関方式は、艦内に蓄えた酸素と燃料によって低速での長時間潜航を可能にしたが、出力には限界があった。そこで後期の「そうりゅう」型からは、大容量リチウムイオン電池を活用する方式へ転換した。「たいげい」型もこの方式を引き継いでいる。
防衛省の解説によれば、「たいげい」型は探知性能や被探知防止性能を高めるとともに、シュノーケルによる充電時間の短縮も図っている。ただし、電池の性能が向上しても、蓄えられるエネルギーには限界がある。高速航行では電力を急速に消費するため、高い速力を長時間維持することは難しい。
一方、原潜は原子炉から大量のエネルギーを継続的に得られる。通常動力型のように蓄電池の残量に行動を制約されず、高速で長期間潜航できる。原潜にも速力の上限があり、高速航行では騒音が増えるものの、持続的な高速航行と広域での機動力に大きな利点がある。
この違いは対潜戦で重要になる。通常動力型は、海峡や島嶼周辺で敵艦艇を静かに待ち受ける任務に適している。しかし、広大な太平洋で高速移動する敵原潜を追跡し続けるには、エネルギーと速力の両面で限界がある。反対に原潜は遠方への迅速な展開や長期哨戒に適するが、原子力機関の維持には高度な専門技術と多額の費用が必要となる。
2026年版防衛白書は、中国海軍が第一列島線を越え、第二列島線に及ぶ海域で活動を活発化させていると指摘している。我が国が考慮しなければならないのは、日本列島周辺の海峡だけでなく、その外側に広がる西太平洋でもある。
通常動力型と原潜は、どちらかを選べばよいというものではない。第一列島線周辺では通常動力型の静粛性を生かし、広大な西太平洋では原潜の高速・長距離潜航能力を生かす。それぞれの特性を組み合わせることによって、我が国の防衛構想に新たな選択肢が生まれるのである。
2️⃣米国が失い、日本が守り続けた潜水艦技術
米国はかつて、通常動力型潜水艦の建造でも高度な技術を持っていた。しかし1950年代末には通常動力型戦闘潜水艦の新規建造を終え、原潜中心の戦力へ転換した。最後の通常動力型攻撃潜水艦「ブルーバック」は1990年に退役している。米海軍の公式艦艇史にも、その経緯が記録されている。
米国が原潜を選んだのは、太平洋と大西洋を中心に世界規模で活動する海軍にとって、高速・長距離潜航能力が重要だったからである。しかし、その結果、現代的な通常動力型潜水艦を継続的に設計・建造する産業基盤を失った。
潜水艦は図面と工作機械だけで造れるものではない。船体の加工、溶接、防振、音響設計などの専門技術に加え、熟練工と設計者の経験が必要となる。米国が通常動力型の建造を再開する場合、既存の造船技術や海外企業との協力を活用することは可能だが、独自の設計から安定した量産までを担う体制の再構築には長期間を要する。人材と供給網の確立まで含めれば、世代をまたぐ事業となる可能性もある。
実際、米国は現在、原潜の建造基盤そのものの強化を迫られている。米海軍は2024年9月、潜水艦の製造基盤が30年前の約3分の1の規模に縮小したと説明し、生産能力の拡大に取り組んでいる。原潜を造り続けている米国でさえ、供給力と熟練人材の確保が大きな課題なのである。
これに対して我が国は、三菱重工業と川崎重工業を中心に、通常動力型潜水艦の建造を継続してきた。「おやしお」型から「そうりゅう」型、そして「たいげい」型へ。世代交代のたびに電池、探知装置、船体構造、静粛化技術を改良し、人材と生産設備を維持してきた。
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| 我が国の潜水艦建造技術を次世代へ。通常動力型の建造で培われた技術と人材は、将来の原潜開発にも生かせる可能性がある。(生成AIによるイメージ画像) |
潜水艦の騒音は、推進器だけでなく、艦内機器の振動や船体を流れる水からも発生する。防衛装備庁の艦艇装備研究所は、潜水艦の静粛性を重要な能力と位置づけ、船体や推進器の形状、素材、内部機器の振動伝達を抑える技術を研究している。
原潜には原子炉の冷却設備やタービンなど、通常動力型にはない騒音源がある。そのため既存の技術をそのまま移植することはできないが、防振設計、船体構造、流体騒音の低減、音響解析などには共通する技術がある。日本が蓄積してきた静粛化技術を原子力推進と組み合わせれば、独自の原潜開発に生かせる可能性がある。
そして、こうした技術が重要になるのが対潜戦(ASW)である。
私は以前から、現代の海戦では空母の保有数だけでなく、潜水艦と対潜戦能力が勝敗を大きく左右すると指摘してきた。空母は強力な航空戦力を運用できる。しかし、敵潜水艦を発見し、その脅威を抑えられなければ、空母も護衛艦も自由に行動できない。海を制するには、海面上だけでなく、海中で何が起きているかを把握する必要がある。
ASWは潜水艦同士の戦いだけではない。哨戒機、護衛艦、対潜ヘリコプター、ソナー、水中センサーを組み合わせ、敵潜水艦を発見・追跡する総合的な能力である。その実力は装備だけでなく、長年蓄積された音響情報、分析技術、乗組員の練度にも左右される。
中国海軍も対潜哨戒機や水上艦艇、水中センサーなどの能力を高めている。しかし、日米が長年培ってきた対潜戦の技術と経験に、全ての分野で追いついたわけではない。2026年版防衛白書も、中国の対潜能力が著しく向上している一方、深海でのASW能力は十分でないとの指摘を紹介している。実際の探知能力には機密が多く、あらゆる条件での優劣は断定できないが、中国がこの分野の能力向上を急いでいることは重視すべきである。
だからこそ、我が国は現在の対潜戦能力を維持しながら、新しい能力を獲得しなければならない。通常動力型と原潜をそれぞれの特性に応じて運用し、哨戒機、護衛艦、各種センサーと結びつける。その技術と運用経験を日米同盟の中で生かせば、世界最高水準の水中戦力と対潜能力を築く可能性がある。
米国が原潜だけを運用しているからといって、我が国まで同じ道を歩む必要はない。日本には、米国が失った通常動力型の継続的な建造基盤がある。その強みを守りながら、新しい原子力推進技術を獲得する。そこに日本独自の道がある。
3️⃣原潜と通常動力型の両立こそ、常若の精神である
原潜導入には、技術面でも制度面でも課題がある。艦船用原子炉は陸上の大型商用原子炉より小型であり、限られた空間から大きな出力を得るよう設計されている。この点では小型モジュール炉(SMR)と共通する部分もあるが、艦船用原子炉には高い出力密度や衝撃への耐性など、独自の条件が求められる。
小型炉は設計によって冷却機能を高められる場合もあるが、小さいだけで安全になるわけではない。過去には米原潜「スレッシャー」の沈没や、旧ソ連の「K-19」の原子炉冷却系統事故など、多数の乗組員が死亡・被ばくした事故が起きている。
ただし、乗組員の被害と周辺海域・沿岸部への広範な放射能汚染は区別する必要がある。米海軍は長年の原子力艦船運用について、環境への悪影響を確認していないと説明している。一方、旧ソ連では1985年の原潜「K-431」の事故で基地周辺への放射性物質の拡散が発生した。原潜事故が常に広域の放射能災害を引き起こすわけではないが、環境汚染の危険が存在しないわけでもない。
我が国が原潜を導入するなら、原子炉の安全管理、専門人材、整備施設、燃料管理、退役後の処理まで含めた長期的な体制が必要となる。原子力基本法の平和利用原則との整合性や核不拡散上の課題も整理しなければならない。政府が安全保障3文書に検討方針を盛り込んでも、それだけで原潜の取得が決まるわけではない。実際の導入には政府による装備体系の検討や予算措置、必要に応じた法整備が求められ、予算や法律については国会の審議と議決が必要となる。
しかも、原潜と通常動力型を併用すれば、教育、整備、補給の体系は複雑になり、費用も増える。原潜を導入することで通常動力型の建造や哨戒機の整備が遅れれば、かえって全体の防衛力を弱めかねない。重要なのは、既存の戦力と産業基盤を維持しながら、新しい能力を加えられるかどうかである。
ここで考えたいのが、日本の霊性文化に根差す「常若(とこわか)」の精神である。
常若とは、常に若々しくあり続けることである。その象徴が伊勢神宮の式年遷宮だ。20年ごとに社殿を造り替え、祭祀、建築技術、そこに込められた精神を次世代へ受け渡してきた。伊勢神宮の公式説明にもあるように、1300年にわたり受け継がれてきたのは、古い社殿そのものではなく、絶えず新しくすることで伝統を守る営みである。
普通に考えれば、古い建物を守るには、できるだけ手を加えずに保存するのがよいと思うだろう。しかし、伊勢神宮は違う。20年ごとに造り替えることで、技術を人から人へ、世代から世代へ伝えてきた。建物は新しくなっても、その背後にある精神と技術は途切れない。
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| AI生成画像 |
これが常若である。古いものをそのまま固定して守るのではない。守るべきものを未来へ残すために、絶えず新しくするのである。
我が国の潜水艦建造にも、これと通じるものがある。戦後、日本は通常動力型潜水艦を造り続けてきた。新しい艦を建造するたびに技術を改良し、熟練技術者の経験を次世代へ渡してきた。AIPの採用から大容量リチウムイオン電池への転換も、従来の技術に固執せず、より優れた能力を追求してきた結果である。
もちろん、潜水艦建造が伊勢神宮の常若思想を直接受け継いで成立したわけではない。しかし、形を新しくしながら技術と経験を絶やさないという点で、両者には共通するものがある。
米国は原潜への転換によって、通常動力型の継続的な建造基盤を失った。我が国は同じ道を歩む必要はない。通常動力型を造り続け、その静粛化技術と人材を守りながら、原子力推進という新しい能力を加える道がある。
さらに、通常動力型で培った静粛化技術を原潜へ応用し、原潜開発で得られた設計や材料、製造技術を通常動力型にも還元する。そうした相互発展が実現すれば、我が国の潜水艦技術は一層強くなる。これは、単に新しい兵器を導入することではない。将来にわたって必要な防衛装備を国内で造り、改良し続ける能力を育てることであり、国家資産の形成でもある。
常若とは、過去の姿に戻ることではない。受け継いだものを未来のために新しくすることである。古い技術を捨てて新しい技術に飛びつくのでも、古い技術に固執して進歩を拒むのでもない。
我が国が通常動力型潜水艦を守りながら原潜を加えるという構想は、この常若の精神に通じるものなのである。
結語
日本の海は広い。国土の12倍に及ぶ領海とEEZがあり、その先には国民生活を支えるシーレーンが続く。この広大な海を守るには、静かに待ち受ける通常動力型の能力も、遠くへ速やかに展開する原潜の能力も重要となる。
我が国には、米国が失った通常動力型の建造基盤がある。それを守りながら原潜という新しい力を加え、日本が磨いてきた技術を未来へ受け継ぐ。その道は、古いものを守るために絶えず新しくする、常若の精神に通じる。
潜水艦の鋼の艦体は、いつか古びる。しかし、それを造る技術と、海から我が国を守る意志まで古びさせてはならない。
常若とは、古い艦を守ることではない。次の艦を造れる日本を守ることである。
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