- 中国の海上民兵は偶発的な集結ではなく、2010年代半ば以降に制度化された「撃たずに止める封鎖戦」の実装であり、東シナ海に形成されつつある長大な海上ラインは戦争なき支配の入口である。
- 台湾のエネルギー脆弱性と半導体供給の中枢性は、封鎖が地域紛争を超えて世界経済を揺るがすことを意味するが、日本の近接するLNG供給能力は孤立前提の封鎖戦略に現実的な制約を与える。
- 日本はミサイル配備、法執行、監視統合によって海上ラインを「不可視の圧力」から「維持コストを伴う行動」へ転換し、時間を武器とする封鎖戦の成立条件そのものを揺るがしつつある。
1️⃣鋼の壁は戦争ではなく封鎖の予行演習である
| 東シナ海で中国が展開している海上民兵の帯状配置 |
東シナ海で中国が展開している海上民兵の帯状配置は、突発的に現れた現象ではない。2010年代半ば、南シナ海の人工島をめぐる緊張が高まった時期を境に、海上民兵の運用は制度化され、局地的な示威から持続的な存在の維持へと変わってきた。近年はその運用が東シナ海にも広がり、複数の船舶が長時間にわたり海域にとどまり続ける形が見られるようになっている。
その結果として、数多くの船舶による長大な海上ラインが形成されつつある。
このラインは軍艦ではなく、民間漁船、海上民兵、海警船という曖昧な主体の組み合わせによって成立している。排除すれば民間問題となり、排除しなければ存在が常態化する。存在し続けることで、それはやがて秩序として受け入れられていく。
ここに戦争はない。しかし支配は存在する。
中国は不足する揚陸能力を補うため、民間のRORO船の軍事転用を想定している。RORO船とは、車両を自走で船内に乗り入れられる構造を持つ民間輸送船である。商用物流には適しているが、軍艦のような装甲や損傷制御能力を持たない。
戦場に投入された瞬間、それは輸送力を持つと同時に脆弱な存在となる。
侵攻には勝利が必要だが、封鎖には停止だけでよい。
台湾はエネルギーの大半を輸入に依存している。港湾アクセスが妨げられれば電力供給は揺らぎ、社会機能は停止する。そして台湾の停止は、半導体供給の停滞を通じて世界経済に波及する。
台湾には世界最先端の半導体生産能力が集中している。自動車、通信、AI、金融、医療に至るまで、現代社会の機能は半導体に依存している。電力供給が途絶え、生産が停止すれば、影響は地域を超えて広がる。
封鎖が成立するためには孤立が必要である。しかし、日本は大規模なLNG受入能力を持ち、地理的にも台湾に近接している。供給の代替経路が存在する限り、封鎖の前提は揺らぐ。
2️⃣日本の対応は封鎖を成立させない地図の書き換えである
中国の海上ラインに対し、日本が進めているのは単なる軍備増強ではない。封鎖という戦略を成立させないための、空間と認識の書き換えである。
与那国島への地対艦・地対空ミサイルの配備は、東シナ海の帯状展開を監視と抑止の範囲に収めた。台湾海峡東口に位置するこの島に重層的な沿岸防衛を構築することで、海上ラインは不可視の圧力から、常時観測される活動へと変わる。見られている存在は、存在し続けるほど維持コストを伴う。
さらに、日本が整備を進める新世代の打撃能力は、海上ラインそのものではなく、その背後にある輸送の持続性に影響を与える。民間RORO船のような防護力を欠く輸送手段は、状況が可視化されるほど脆弱性を抱える。大量輸送は可能であっても、損傷への耐性を欠く以上、継続的な運用には限界がある。
防衛予算の拡充と反撃能力の整備は、台湾の安定が我が国の安全保障と無関係ではないという認識の反映である。同時に、法執行による現場対応の積み重ねは、海上ラインの常態化を防ぐ上で重要な役割を持つ。海上ラインは「止められない」ことを前提に成立する。初動を止める能力は、それ自体が抑止となる。
また、日本が持つLNG受入能力と再ガス化インフラは、地域のエネルギー供給網において重要な位置を占める。地理的近接性を踏まえれば、台湾の孤立を完全に成立させることは容易ではない。封鎖が狙うのは停止であるが、供給の代替経路が存在する限り、その効果は減殺される。
日本の対応は、海域の支配を競うものではない。封鎖という戦略の成立条件そのものを揺るがす試みである。
3️⃣鍵は空間ではなく時間である
大林組による台湾桃園LNGタンク第三基地 |
中国の海上民兵戦略の本質は、空間の占有ではなく時間の支配にある。船を沈める必要はない。航路を遅らせ、補給を滞らせ、エネルギー輸送を遅延させるだけで社会機能は揺らぐ。
封鎖は瞬間的な破壊ではなく、持続的な遅延によって効果を発揮する。
ここで重要になるのが、監視と情報共有の統合である。海上活動の動き、補給の周期、輸送の結節点が把握されれば、帯状展開は持続的なコストを伴う存在へと変わる。可視化された活動は、時間とともに負担を増幅させる。
台湾側では非対称戦力の整備が進んでいる。これは戦闘機や大型艦艇のような対称的戦力ではなく、小型無人機、機雷、機動型対艦ミサイルなど、低コストで侵攻の継続を困難にする手段を指す。
この種の戦力は敵を撃破することよりも、侵攻の速度と補給を阻害することに重点を置く。つまり、空間を奪うのではなく、時間を奪う戦力である。
上陸の初動だけでなく、その後に続く輸送と補給を継続的に妨害するため、中国側は大量輸送を維持し続けなければならない。しかし民間RORO船のような防護力を欠く輸送手段への依存は、時間の経過とともに損耗リスクを増大させる。
さらに、輸送の持続には人員と信頼性の高い装備が必要となる。だが、人口構造の変化や装備維持の課題といった構造的要素は、短期戦では見えにくいが、持続戦では重い負担となる。
封鎖とは空間支配ではなく時間支配である。航路を閉じる必要はない。輸送を遅らせ続けるだけで、経済と社会は自ら停止する。
しかし同時に、時間戦略は相手にも同じ圧力を課す。帯状展開を維持し続けること自体が負担となり、補給、指揮、輸送の持続性が問われる。
封鎖の成否を決めるのは最初の衝突ではない。持続可能性である。
時間を味方につけられるかどうか。そこに戦略の成否がかかっている。
結語 抑止とは成立を許さないことである
海上ラインは、相手を停止させるための圧力装置である。その成立条件は曖昧さと持続性にある。
日本の対応は、その条件を崩すことにある。曖昧さを減らし、存在のコストを高め、初動を止める。
抑止とは撃つ力ではない。
戦略を成立させない力である。
封鎖は孤立を前提とする。
孤立が成立しないなら、封鎖も成立しない。
止まらない仕組みを持つ側が、最終的に主導権を握るのである。
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