2026年11月7日土曜日

13年ぶりに沖縄政策協議会が再開——宝の島沖縄が輝き出す、日本の新たな成長が始まる!


まとめ
  • 13年ぶりの沖縄政策協議会再開! 基地を巡る対立から、沖縄の豊かな可能性を生かす政治へ。国と県が協力し、新しい未来を築く機会が訪れた。
  • 基地跡地に大学病院が誕生! 医療・バイオ産業、世界水準の研究機関、国際物流など、沖縄には新たな成長を生み出す資産がすでにある。
  • 宝の島・沖縄が我が国の成長を牽引する! ドラッカーの「問題より機会へ」という発想で、豊かな自然と先端産業が共存する2050年の沖縄を描く。

石垣島の海を初めて見たときの驚きは、今でも忘れられない。

私は以前、石垣島の「ペンションさっぽろ」に何度か宿泊したことがある。初代オーナーは札幌出身者で、南国の石垣島に「さっぽろ」という名前の宿があることに、北国に暮らす私としては何とも親しみを感じたものだ。しかし、本当に驚いたのは海だった。とにかく透明度が高い。北の海にも独特の美しさがあるが、石垣島の海はまるで別世界である。しかも、魚たちの動きが北の海で見る魚よりも緩慢に感じられ、その姿や行動をじっくり観察できた。魚まで南国の時間に合わせて暮らしているようで、何とも愉快だった。

同じ日本でありながら、これほど違う自然が広がっている。沖縄には、訪れた人を驚かせる魅力が実に豊富にある。美しい海、独自の文化、豊かな食、そして人々の暮らし。そんな沖縄から、実にうれしいニュースが届いた。

2026年11月6日、沖縄政策協議会が13年ぶりに開催された。高市早苗首相と古謝玄太沖縄県知事らが首相官邸で顔を合わせ、沖縄の将来について協議したのである。首相官邸の発表によれば、高市首相は沖縄振興を国家戦略として進め、医療・バイオ産業への投資などを後押しして、「強い沖縄経済」の実現を支援する考えを示した。

このニュースには、単なる会議の再開を超える意味がある。これまで沖縄というと、基地問題、辺野古移設、抗議活動、国と県の対立などが繰り返し報じられてきた。しかし、実際の沖縄は、そうした問題だけで語り尽くせる地域ではない。世界に誇れる観光資源があり、アジアに開かれた地理的条件があり、今では世界水準の研究機関や新しい産業まで育ち始めている。

経営思想家ピーター・ドラッカーは、2004年の論考『What Makes an Effective Executive』(邦題:「プロフェッショナル・マネジャーの行動原理」)で、成果を上げる人は問題よりも機会に焦点を合わせると説いた。問題への対応は損害を防ぐために必要だが、新しい成果を生み出すのは機会の活用である。

この発想で沖縄を見直せば、まったく違う景色が広がる。沖縄には何ができるのか。どんな産業を育てられるのか。どんな企業が世界へ羽ばたき、子どもたちにはどんな未来が開けるのか。

沖縄を問題ばかりの地域として見る時代から、機会に満ちた地域として見る時代へ。

13年ぶりの沖縄政策協議会再開は、その転換を進める絶好の機会なのである。

1️⃣13年ぶりの再開——沖縄は問題より機会に目を向ける時代へ

沖縄政策協議会が設置されたのは1996年である。内閣府が公表する設置趣旨によれば、その目的は基地問題を話し合うことだけではなく、地域経済の自立、雇用の確保、県民生活の向上など、沖縄の基本政策を幅広く協議することにあった。ところが、協議会は2013年12月を最後に開催されなくなり、辺野古移設を巡る国と県の対立が長期化した。その間も個別の沖縄振興策や基地負担軽減に向けた協議は続いていたが、政府の関係閣僚と知事が沖縄の将来を横断的に話し合う重要な場は失われていた。

沖縄の可能性を見つめる若い世代(AI生成イメージ)
私は、この13年間を振り返るとき、沖縄の政治的なエネルギーがどこへ向けられてきたのかを考えたい。基地負担の軽減は重要であり、住民の安全を守る取り組みは欠かせない。しかし、基地を巡る対立ばかりに関心が集まれば、沖縄が持つ数多くの成長機会は見えにくくなる。観光の高度化、研究開発、新産業の育成、基地跡地の活用、若者の所得向上など、沖縄には本来、もっと大いに語るべき未来がある。

しかも、政治的な目的に強く拘泥することには、別の危険もある。2024年6月28日、名護市安和では辺野古移設に抗議していた女性を制止しようとした男性警備員がダンプカーにはねられ、死亡した。2026年6月には、抗議していた女性が重過失致死容疑で、運転手と別の警備員も過失に関する容疑で書類送検された。さらに2026年3月16日、辺野古沖では研修旅行中の高校生らを乗せた2隻の船が転覆し、女子生徒1人と男性船長1人が死亡した。文部科学省は5月22日、学校の計画や安全管理、教育活動に重大な問題があったとの見解を示している。

一方、米軍側にも看過できない事件が起きた。2026年10月3日、那覇市内のホテルで女性が殺害され、普天間飛行場所属の米海兵隊員が10月25日に強盗殺人罪で起訴された。起訴された隊員の刑事責任は裁判で判断されるが、被害者の命が失われた事実は重い。高市首相も11月6日の政策協議会冒頭で哀悼の意を示し、政府として事件への対応と再発防止に取り組む考えを表明した。

抗議活動に関連する事故と米海兵隊員が起訴された事件は、原因も責任主体も異なる。しかし、共通する原則は明確である。政治的な信念であれ、組織の利益であれ、人命と安全を後回しにしてよい理由にはならない。個々の事故の原因は証拠に基づいて判断すべきだが、政治的な目的そのものが優先され、手段の安全性を点検する姿勢が弱まれば、取り返しのつかない事態を招きかねない。問題への対応が目的化し、本来守るべき人々の命や暮らしを見失っては本末転倒である。

ただし、ドラッカーの機会への集中とは、こうした問題を放置することではない。人命に関わる危険には適切かつ迅速に対処する。そのうえで、政治や行政の力を未来の創造にも振り向けるということである。沖縄には、基地問題だけで政治を語り続けるには、あまりにも多くの可能性がある。

その意味で、2026年9月の沖縄県知事選挙による県政転換は注目に値する。新たに就任した古謝玄太知事は、10月6日の就任挨拶で、普天間飛行場の危険性除去に向けた現実的な解決策として辺野古移設を容認するとともに、今後10年間で1人当たり県民所得500万円、4年間で子育て予算1,000億円、8年間で観光収入2兆円を目指すという意欲的な目標を掲げた。

いずれも実現が保証された数字ではない。しかし、既存産業の高付加価値化、新産業の創出、民間投資の拡大によって、県民の暮らしを豊かにしようという方向が示されたことには意味がある。そして11月6日、国と県の政策協議会が13年ぶりに再開された。基地を巡る意見の違いが消えたわけではないが、沖縄の成長機会を国と県がともに考える場が戻ってきたのである。

沖縄の主役は政治的対立ではない。沖縄で暮らし、働き、学び、新しい未来をつくろうとしている人々である。

いよいよ、その人々の可能性を大きく広げる政治に期待できる時代が始まった。

2️⃣沖縄には、すでに巨大な成長機会がある

沖縄の未来を考えるとき、ぜひ注目したい場所がある。宜野湾市の西普天間住宅地区である。

ここは、かつて米軍キャンプ瑞慶覧の一部だった。2015年3月に返還され、2018年3月に土地所有者への引き渡しが行われた。そして2025年1月6日、琉球大学病院が新たな場所で開院した。医学部も移転し、医療・教育・研究の拠点として歩み始めている。防衛省の公表資料によれば、同年2月には琉球大学病院と国道58号を結ぶアクセス道路も開通した。基地返還から新しい医療拠点と道路の整備まで、国、自治体、大学、米側などの協力によって実現した事業である。

これは、沖縄の未来を考えるうえで実に象徴的な出来事だ。かつて米軍施設として使われていた土地に、今では大学病院が建っている。患者が治療を受け、医学生が学び、医師や研究者が新しい医療技術の開発に取り組んでいる。土地の使われ方が変わることで、人々の命を守り、次世代の人材を育てる新しい価値が生まれたのである。

問題だった土地が、未来を生み出す資産に変わった。

私は、これこそドラッカーが重視した機会の活用を示す好例だと考える。基地返還によって土地利用の選択肢が広がり、その機会を大学病院という具体的な成果に結び付けた。では、これから返還される土地では何ができるだろうか。大学や研究所、医療関連企業の集積地、住宅や公園を備えた新しい街など、その可能性は実に豊富である。基地返還を施設の撤去だけで終わらせず、新しい地域経済を育てる機会として活用すればよいのである。

しかも、沖縄にはその機会を大きく育てる研究基盤がある。沖縄科学技術大学院大学、OISTには世界各国から研究者が集まり、琉球大学は医療をはじめ幅広い分野で研究を進めている。沖縄工業高等専門学校も高度な技術人材を育成している。大学や研究機関で生まれた知識を製品開発や事業化につなげれば、沖縄には新しい企業や産業が育つ可能性がある。

さらに2026年10月30日、沖縄県は医療・バイオ産業分野の地域産業クラスター計画を公表した。目指すのは、アジア有数の医療・バイオ関連製品の開発・製造拠点である。研究成果を県内で製品化し、高い付加価値を生む産業へと育てる。これは従来の沖縄振興策をさらに発展させ、民間企業の投資と事業活動を通じて地域の所得を増やす構想である。

考えてみれば、実に面白い。

沖縄の成長を支える医療・バイオ研究。新産業と雇用の創出に期待が高まる。(AI生成イメージ)
沖縄の大学で学んだ若者が新しい医療技術を開発する。その技術を使った企業が沖縄で誕生し、県内で製造された医療機器がアジア各国に輸出される。沖縄の研究成果が世界の人々の健康に役立つのである。企業が成長すれば、研究者や技術者だけでなく、製造、物流、情報通信、設備管理、営業など、多様な職種で雇用が生まれる。県外に出なくても、自分の能力を発揮できる仕事を選べる若者が増えるだろう。

これは雇用だけの話ではない。産業が育ち、所得が増えれば、家族を養い、子どもを育て、地域で暮らし続けるための経済的な基盤が強くなる。大学で学んだ若者が沖縄で起業し、県外で経験を積んだ人材が故郷に戻って新しい企業を育てる。企業が増えれば、地域の商業やサービス業にも仕事が広がる。こうした循環が生まれれば、沖縄の経済は観光だけに頼らない、より厚みのある産業構造へと発展していく。

しかも、沖縄には他の地域が簡単にはまねできない強みがある。

あの美しい海である。

私が石垣島で見た、驚くほど透明な海。北の海とは違って、魚たちがゆったり泳いでいるように見えたあの海である。世界水準の研究に取り組みながら、休日には美しい海を楽しみ、豊かな自然に囲まれて暮らす。研究者も技術者も、仕事と生活の両方に魅力を感じる地域になれるのではないか。

東京や大阪と同じ都市を目指す必要はない。沖縄には沖縄にしかない価値がある。温暖な気候、豊かな自然、独自の文化、アジアとの近さ、国際的な研究環境。これらを組み合わせれば、沖縄は世界から人材と企業を引き付ける独自の産業拠点になり得る。

もちろん、産業クラスター計画が策定されたからといって、直ちに企業や雇用が増えるわけではない。研究成果の事業化、民間投資、製造基盤の整備、人材育成などを着実に進める必要がある。しかし、沖縄にはすでに大学病院という具体的な成功例があり、研究機関も活動している。新しい産業を育てるための計画も示された。

沖縄の未来は、何もないところから夢を描く段階ではない。すでに存在する機会を、次々と大きな成果へ変えていく段階にあるのである。

3️⃣国と県が機会を成果に変える——沖縄から我が国の成長を始めよう

では、沖縄の豊かな機会を、これからどのような未来に結び付けることができるだろうか。

少し先の2050年を想像してみたい。

那覇空港には世界各国から観光客や研究者、企業経営者が集まっている。空港からは便利な交通網が伸び、新しい街や研究開発拠点を結んでいる。返還された基地跡地には緑豊かな公園、住宅地、大学、研究所、商業施設が広がり、若者たちが地元で希望する仕事に就いている。沖縄で生まれた医療技術が世界の病院で使われ、沖縄の企業が海外企業と活発に取引している。

一方、観光産業も一層発展し、世界中から人々が沖縄の自然、文化、音楽、食を楽しみに訪れている。先端技術の企業が活動する街から少し足を延ばせば、美しい海が広がる。地域の祭りや伝統芸能も受け継がれ、沖縄ならではの暮らしが続いている。科学技術と伝統文化、国際的な企業活動と豊かな自然が共存する。そんな地域が実現したら、何と魅力的だろうか。

実は、こうした未来につながる構想がすでに存在する。「GW2050 PROJECTS」である。

沖縄の経済団体や自治体などが参加する推進協議会は、那覇空港、那覇港湾施設、牧港補給地区、普天間飛行場周辺を重要な拠点と位置付けている。そこに新しい産業、人材育成、交通網などを組み合わせ、沖縄を世界に開かれた地域へ発展させようという構想だ。

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重要なのは、沖縄の経済界や自治体が自ら未来を描き、その実現に取り組んでいることである。国の支援を待つだけではない。地域の人々が新しい産業や街の可能性を見いだし、民間投資や企業活動につなげようとしている。この構想はまだすべてが実現した事業ではないが、沖縄が目指す将来像を具体的に示している。

沖縄の地理的条件も、大きな成長機会である。我が国の地図では、沖縄は南西の端に位置している。しかし、東アジア全体を見渡せば、日本本土と台湾、東南アジア方面を結ぶ重要な位置にある。視点を変えれば、端に見えた地域が世界と結び付く玄関口になる。ここを研究開発、物流、製造、国際交流の拠点として育てることができれば、沖縄の発展は我が国全体の成長にもつながる。

医療・バイオ産業が育てば、国内の研究開発力と製造基盤が強化される。国際的な物流や技術交流の拠点が増えれば、我が国の供給力向上や経済安全保障にも資する。道路、港湾、空港、研究施設、エネルギー基盤などの整備は、将来の世代にも引き継がれる国家資産の形成となる。沖縄への投資は、単に地域間の格差を埋めるための支出ではない。我が国の新しい成長力を生み出すための投資にもなり得るのである。

もちろん、沖縄が我が国の安全保障にとって重要な地域であることは変わらない。東シナ海や台湾海峡を巡る情勢を踏まえれば、抑止力の維持は欠かせない。同時に、普天間飛行場の危険性除去や基地負担の軽減、米軍関係者による事件の再発防止も進めなければならない。しかし、安全保障と経済発展を対立するものとして考える必要はない。安全に暮らせる地域をつくり、産業と生活の基盤を強くすることは、我が国の安全保障と国民生活の双方に資する。

ここで重要になるのが、ドラッカーの思想である。

ドラッカーが重視したのは、問題への対応だけに経営資源を使い続けるのではなく、成果を生み出す機会に資源を集中することである。沖縄にも同じ発想が必要だ。基地負担の軽減や県民の安全確保は当然進める。そのうえで、研究開発、新産業、基地跡地利用、国際交流など、成長の可能性が大きい分野に人材と資金を振り向けるのである。

さらに重要なのは、それを実現する統治能力である。

統治とは、何を実現するかを決め、その実現に必要な人々と組織を結集することである。国は外交・安全保障や国家的な投資環境の整備を担う。県や市町村は地域の特色を生かした産業振興や街づくりを進める。企業は投資と雇用を生み出し、大学や研究機関は技術と人材を育てる。それぞれが役割を果たし、同じ方向に力を合わせれば、沖縄の機会は具体的な成果へと育っていく。

高市首相は11月6日の沖縄政策協議会で、2027年度予算で対応できる施策と、中長期的に取り組む施策を分けて検討するよう各大臣に指示した。これは予算や事業の決定そのものではなく、政府内で具体策を検討するための指示である。今後は各省庁の制度設計、政府の予算編成、国会の審議・議決、県や市町村の意思決定、民間企業の投資判断などを通じて、構想を具体化していくことになる。

政策協議会がすべてを直接決めるわけではない。しかし、国と県が共通の目標を持ち、関係者の力を結び付ける場としては大きな意味がある。沖縄にはすでに大学や研究機関があり、医療・バイオ産業の計画があり、2050年に向けた街づくりの構想も存在する。必要なのは、それらを実際の投資、企業活動、雇用、所得の向上へと結び付けることである。

13年ぶりに開かれた沖縄政策協議会は、そのための新しい出発点になり得る。

私は、ここに大きな希望を感じる。

沖縄には、問題を数えるよりも、機会を見つけて育てる方が、はるかに面白い未来が待っている。

沖縄が豊かになれば、我が国も豊かになる。沖縄で新しい産業が生まれれば、我が国の供給力も強くなる。沖縄の若者たちが世界を相手に活躍するようになれば、それは我が国全体の新しい力になる。

2050年の沖縄は、どこまで面白い地域になっているだろうか。考えるだけで胸が躍る。

結語

私は石垣島の海を思い出すたびに、何とも愉快な気分になる。あの驚くほど透明な海。北の海とは違って、私にはゆったりと泳いでいるように見えた魚たち。札幌出身の初代オーナーが営んでいた「ペンションさっぽろ」。同じ日本でありながら、これほど違う世界が広がっている。だからこそ、我が国は面白い。その多様さの中に、大きな可能性がある。

沖縄についても、これからはもっと明るく、もっと自由に、その可能性を語りたい。

基地を巡る対立の中では痛ましい事故が起き、米海兵隊員が強盗殺人罪で起訴される事件も発生した。人命と安全を守り、再発防止を徹底することは欠かせない。しかし、沖縄の未来を悲劇や対立だけで語り続ける必要はない。沖縄には、それらとは別に、未来を切り開く数多くの機会がある。

基地跡地に大学病院が誕生した。医療・バイオ産業の育成計画が動き始めた。世界的な研究機関があり、2050年に向けた街づくりの構想もある。そして今、13年ぶりに国と県が沖縄の将来を幅広く協議する場が戻ってきた。

これほど多くの機会があるのだから、未来を楽しみにしない手はない。

沖縄でどんな企業が誕生するのだろうか。どんな医療技術が生まれるのだろうか。返還された土地には、どんな街ができるのだろうか。沖縄の若者たちは、世界を舞台にどんな活躍を見せてくれるのだろうか。

ドラッカーの教えを踏まえれば、問題への対応は必要であっても、新しい成果を生み出すのは機会の活用である。沖縄には、その機会があふれている。

我が国を強く豊かにし、何を未来へ残すか。

沖縄は、この問いに対して、実に多彩な答えを示せる地域である。美しい自然を守りながら新しい産業を育て、独自の文化を大切にしながら世界と結び付き、若者たちが希望を持って暮らせる地域をつくることができる。

私は、石垣島のあの透明な海をもう一度眺めながら、今度は沖縄で生まれた新しい企業や研究成果、街づくりの話を聞いてみたいものである。

沖縄は「問題の島」などではない。我が国でも指折りの、可能性に満ちた宝の島である。

13年ぶりの政策協議会再開は、その宝をさらに輝かせる好機である。

沖縄の未来は明るい。そして、これからますます面白くなる。

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2026年11月6日金曜日

サンリオが『VIVANT』コラボ中止——中国共産党の圧力は日本国内企業にまで及んだ異常事態


まとめ

  • 中国で売っていない商品まで政治的批判の対象に。 サンリオの『VIVANT(ビバン)』コラボ中止が示した、中国共産党系メディアによる越境的な圧力の異常さとは何か。
  • 日本人の88%が中国に否定的。 中国市場を守ろうとする判断が、日本国内で築いてきた企業の信用を損なう危険を検証する。
  • 次に標的となるのは、どの日本企業か。 中国からの圧力が広がるなか、企業の自由と独立性を守るガバナンスの真価が問われる。

日本を代表するキャラクター企業サンリオが、人気テレビドラマ『VIVANT』とのコラボレーションを中止した。発端は中国側による政治的批判である。しかし、この事件を単なる企業の炎上騒動として片づけてはならない。中国共産党系メディアが、日本国内で制作されたフィクション作品を政治問題にし、中国市場での売上を持ち出して日本企業の判断に影響を与えようとしたのである。

しかも、問題となった商品は中国では販売されていなかった。日本国内向けの商品である。それにもかかわらず、中国共産党系メディアが協業の是非を問題にし、最終的にコラボレーションは中止された。中国市場で商売をする企業は、日本国内の事業活動まで中国側の政治的判断に合わせなければならないのか。今回の事件が突きつけた問題は、そこにある。

さらに見逃せないのは、日本国内での反応である。Pew Research Center(ピュー・リサーチ・センター:米国の大手調査会社)の2026年の世論調査では、日本人の88%が中国に否定的な印象を持っていた。中国側の批判を避けるための経営判断が、日本国内では企業に対する不信を招く可能性もある。中国市場での利益を守るために、日本国内での信用まで危険にさらすのか。経営者の統治能力が問われている。

1️⃣中国で販売していない商品にまで政治的圧力を加える異様さ

今回の事件で中国側が問題視したのは、『VIVANT』第2シーズンに登場する架空の中国諜報組織の描写である。中国側は、登場人物に対する残虐な行為などが中国を中傷し、反中感情を広めるものだと批判した。しかし、『VIVANT』はフィクションであり、架空の情報機関が悪役として登場することと、特定の国民全体への敵意を表明することは同じではない。

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中国側の批判は10月下旬から強まった。10月27日には、中国共産党浙江省委員会宣伝部が主導する発信媒体「浙江宣伝」が、『VIVANT』を批判する論評を掲載した。そこでは、高市早苗首相がドラマを見る意向を示したことまで取り上げ、作品を高市政権の政治姿勢と結びつけて非難している。娯楽作品を政治的な対立の材料として扱う姿勢が、明確に表れている。

さらに10月28日夜、中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は、サンリオを名指しで批判する社説を掲載した。その見出しは、ハローキティが日本の右翼と踊るべきではない、というものだった。社説はサンリオの企業理念「みんななかよく」にまで言及し、中国を批判する作品と協業することは、その理念に反すると主張した。

特に重要なのは、環球時報がサンリオの中国市場での売上を持ち出したことである。同紙は、2026年上半期の中国市場での収入が7億8100万元に達し、前年同期比で40%以上増加したと指摘した。そのうえで、中国市場を重視するのであれば、中国への敬意を具体的な行動で示すべきだと要求した。

これは通常の作品批評ではない。中国市場から多額の収入を得ている企業に対し、その経済的利益を理由として政治的な対応を迫る論法である。しかも、問題となったコラボ商品は日本国内向けだった。中国で販売していない商品についてまで、中国市場での売上を持ち出して協業を批判する。その異様さこそ、今回の事件の核心である。

環球時報の社説が掲載された同じ28日夜、サンリオの中国法人はコラボレーションの中止を発表した。翌29日には日本本社も公式声明を公表し、関連コンテンツに企業理念にそぐわない表現が含まれていると判断したため、すべての取り組みと今後の展開、プロモーション活動を中止すると説明した。

さらに29日、中国外交部の郭嘉昆報道官は、公式記者会見で、日本国内には文化作品を利用して中国を中傷し、中国への憎悪を広めようとする勢力が存在するという趣旨の発言を行った。中国共産党系メディアによる批判に加え、政府の外交部門まで日本のドラマを政治的に非難したのである。

もっとも、中国政府がサンリオに直接中止を命令した事実は確認されていない。最終的に中止を決めたのはサンリオ自身である。また、外交部の発言は中国法人の中止表明後であり、その直接原因とすることはできない。しかし、中国共産党系メディアが経済的利益を持ち出して政治的な対応を求め、政府報道官も作品を非難したという事実は、極めて重い。

ここには中国側の二重基準もある。中国では長年、旧日本軍将兵を残虐な悪役として描く抗日ドラマが制作されてきた。なかには史実を逸脱した作品もあり、中国の『新民晩報』は2012年の記事で、実際には存在しなかったような日本軍の女性指揮官を登場させ、視聴率を狙う制作手法を批判している。中国自身にも、史実とは異なる日本軍の描写を含むフィクションが存在してきたのである。

自国ではそのような創作を行いながら、日本のフィクションには政治的な基準を突きつけ、関連企業の商業活動にまで批判を広げる。これでは、創作の自由に対する一貫した態度とはいえない。中国の視聴者が作品を批判する自由と、国家権力に近い組織が外国企業の経済的利益を利用して対応を迫る行為は、明確に区別すべきである。

中国市場で商売することは、中国共産党に日本国内の創作活動や企業活動を審査する権限を与えることではない。

この原則が曖昧になれば、次に標的となるのは別のドラマや映画、アニメ、出版物、広告、スポンサー契約かもしれない。中国で売上を持つ企業であれば、日本国内での合法的な活動さえ政治的な批判の対象になり得る。その危険を今回の事件は示したのである。

2️⃣中国市場を守って日本市場の信用を失う危険

今回のサンリオの判断には、もう1つの重大な問題がある。中国側の批判を避けるための対応が、日本国内では逆に企業への不信を招く可能性である。

Pew Research Center(米大手調査会社,以下Pewと略す)が2026年7月15日に発表した国際世論調査によると、日本では88%が中国に否定的な印象を持っていた。中国に好意的な人は11%にとどまる。さらに、習近平国家主席が国際問題について適切に行動すると信頼していない人は92%に達していた。

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中国に対する否定的な見方は、日本だけの特徴ではない。米国、韓国、オーストラリア、スウェーデンなど、多くの高所得国でも否定的な評価が多数を占めている。ただし、調査対象37カ国の中央値では、中国への好意的評価が51%、否定的評価が39%であり、国や地域による違いは大きい。世界全体で一様に中国への評価が悪化しているわけではない。

それでも、日本市場を重視する企業にとって、88%という数字は無視できない。中国共産党系メディアの批判を受けて日本国内のコラボレーションを中止すれば、中国側への配慮を優先したと受け止める消費者もいるだろう。企業の独立した判断を疑問視する声が広がれば、長年築いてきたブランドへの信頼に影響する可能性がある。

もちろん、Pewの調査は中国に対する一般的な印象を尋ねたものであり、サンリオ商品の購入意向を調べたものではない。この数字からサンリオの売上減少を予測することはできない。しかし、企業は中国市場での損失だけでなく、日本国内での信用毀損という別のリスクも評価しなければならない。

ここで比較しておきたいのがニトリである。

ニトリホールディングスの2026年3月期決算資料によると、中国大陸の店舗数は2025年3月末の100店舗から2026年3月末には78店舗に減少した。この1年間に25店舗を閉鎖し、3店舗を新規出店した結果である。2026年10月度の公式月次情報でも、中国大陸の店舗数は78店舗となっている。

ニトリは自らの判断で中国市場に進出し、店舗を拡大した。似鳥昭雄会長は日中経済協会の副会長も務め、同協会の2025年11月号の機関誌では、中国の住生活市場の可能性について積極的な見方を示している。中国市場への期待を経営戦略の重要な要素としてきたことは確かである。

しかし、中国の不動産不況や消費低迷、大型店舗の採算悪化によって、大幅な店舗整理を迫られた。中国事業からの全面撤退ではないものの、これまでの出店戦略には修正が必要になったのである。

これは自ら選んだ海外投資の問題である。巨大市場への期待が大きすぎ、事業環境の変化や採算上の危険を十分に織り込めなかったのであれば、経営者がその責任を負うべきである。海外進出そのものを成功と考え、国ごとの政治的・経済的条件を軽視する経営は、悪しきグローバリズムの典型となり得る。

しかし、サンリオの事件は根本的に異なる。

サンリオも中国市場に進出している以上、その事業に伴うリスクを評価する責任はある。また、コラボレーション中止について経営上の説明責任も負う。しかし、今回の問題の発端は、中国共産党系メディアが日本国内の合法的な文化活動と企業活動を政治問題にし、中国市場での売上を持ち出して対応を迫ったことである。

ニトリは自ら選んだ投資戦略の結果に責任を負う。サンリオについては、中国側から国境を越えて政治的な批判が及んだことを、まず問題にしなければならない。

そのうえでサンリオ自身にも問われる。中国市場での利益を守ることと、日本国内で築いてきた信用を守ることを、どのように比較したのか。中国側の批判がなければ継続していた可能性のある事業を、なぜ中止する必要があったのか。公表された企業理念だけで、その判断を十分に説明できているのか。

中国市場での売上を守るために、日本国内の顧客からの信頼を損なうのであれば、それは本当に合理的な経営判断なのか。

経営者は、この問いに答えなければならない。

2️⃣中国共産党の圧力にどう対応するか、日本企業の統治能力が問われる

今回の事件を、サンリオだけの特殊な問題と考えてはならない。

中国共産党系メディアは、サンリオの中国市場での売上を持ち出して、ドラマとの協業を批判した。そしてサンリオはコラボレーションの中止を決定した。この経緯を見れば、同様の批判が今後、別の企業に向けられる可能性を考慮する必要がある。

実際、『VIVANT』をめぐる中国側の批判では、サンリオ以外にもサントリー、花王、スバルなど、ドラマに関連する企業の名前が取り上げられている。中国国内で販売する商品とは直接関係のないスポンサー契約や広告活動まで、中国市場での利益と結びつけて批判され得ることが分かる。

ここで警戒すべきなのは、企業による自主規制の拡大である。

日本企業が中国市場への悪影響を恐れ、中国側から批判されそうな作品や企画を事前に避けるようになれば、正式な中止要求がなくても企業活動は制約される。出版社は中国側が不快に感じる可能性のある内容を敬遠し、映像制作会社はスポンサー企業を失わないよう脚本に配慮し、広告会社は中国事業を持つ取引先の意向を優先するようになるかもしれない。

中国共産党政府が日本国内に検閲機関を設置しなくても、企業が経済的損失を恐れて自ら表現を制限するのであれば、事実上、それに近い効果が生じ得るのである。経済的利益への依存を通じて、外国の企業や文化活動に影響を及ぼす。今回の事件は、その危険を具体的に浮かび上がらせた。

この問題は、高市政権下の日中関係とも関わっている。

高市首相は2026年10月5日の所信表明演説で、中国との戦略的互恵関係を推進する一方、軍事活動や威圧的措置などについては、我が国の立場を主張し、責任ある行動を求める姿勢を示した。対話を維持することと、相手国の要求を無条件に受け入れることは別問題である。

中国側がこうした政策姿勢を警戒していることは、浙江宣伝が『VIVANT』への批判に際して高市首相にまで言及した事実からもうかがえる。ただし、中国指導部が焦っていると断定ではできないものの、その可能性が高いことは以前このブログでも指摘した。今回のサンリオ批判が高市政権への対抗策として計画されたとする証拠も確認できないが、その可能性は否定できない。

ここで重要なのは、政府の対中政策だけではない。政府が国益を重視する方針を掲げても、個別企業が中国市場への依存を理由に国内での活動を次々と変更するなら、その影響は経済と文化の領域に広がっていく。だからこそ、企業自身の統治能力が問われるのである。

企業の統治(ガバナンス)とは、単に問題を起こさないための管理ではない。何を実現し、何を守るかを決め、そのために人と資源を結集し、決断を実行することである。

企業の取締役会のイメージ AI生成画像 クリックすると拡大します
中国市場での利益をどこまで守り、何を守るためなら損失を受け入れるのか。中国共産党系メディアが政治的な批判を始めた場合、どのような基準で対応するのか。現地法人と日本本社の判断が異なった場合、最終的に誰が責任を持って決定するのか。これらを危機が起きる前に明確にしておかなければならない。

経営者は中国市場での売上減少だけでなく、国内市場での信用低下、ブランド価値への影響、将来の事業活動が制約される危険まで評価すべきである。取締役会は企業全体のリスク管理を監督し、経営陣はその方針に基づいて具体的な事業判断を行う。現地法人の目先の損失回避が、日本本社の経営判断全体を左右するような状態を放置してはならない。

また、中国市場への依存度を把握し、必要な場合には事業を縮小できる体制を整えておくことも重要である。供給網や販売先を分散し、国内の事業基盤や技術、ブランド価値を維持する。市場を失うことを過度に恐れない経営基盤があってこそ、企業は不当な要求に対して独立した判断を下せる。

我が国の政府にも役割がある。外国政府やその影響下にある組織による経済的威圧の実態を把握し、企業が相談できる体制を整え、必要に応じて外交上の問題として提起することである。ただし、個別のコラボレーションを継続するか否かを決定するのは企業自身であり、政府がその経営判断を代行するわけではない。政府は企業の自由な判断を支える環境を整備する責任を負うのである。

中国共産党政府の政治的な判断を、日本企業が自由に変えることはできない。しかし、その判断によって自社の存続や国内での活動が左右されない構造をつくることはできる。

中国市場を失うことを恐れるあまり、企業自身の判断の自由を失ってはならない。

これが、今回の事件から日本企業が学ぶべき最大の教訓である。

結論

サンリオの『VIVANT』コラボ中止が示したのは、中国共産党系メディアによる政治的批判が、日本国内の企業活動にまで及び得るという現実である。中国で販売していない商品について、中国市場での売上を持ち出して協業の是非を問題にする。そのような手法を当然のものとして受け入れてはならない。

ニトリの中国25店舗閉鎖は、自ら選んだ海外投資と店舗戦略の問題であり、その結果は経営者が引き受けるべきものである。しかし、サンリオの事件は異なる。中国側の政治的な価値判断が、日本国内の事業活動にまで影響し得ることが問題なのである。

しかも、日本人の88%が中国に否定的な印象を持っている現状では、中国側の批判を避けるための判断が、日本国内での信用を損なう可能性もある。中国市場の利益だけを見て判断すれば、長年築いてきた企業の価値を傷つけかねない。

今後、中国共産党系メディアが同様の批判を別の企業にも向ける可能性はある。だからこそ、企業は中国市場への依存を見直し、守るべきものを明確にし、必要な決断を実行できる統治能力を備えなければならない。

中国との商取引そのものを否定する必要はない。しかし、商取引によって得られる利益と引き換えに、日本国内での自由な企業活動まで制約されるのであれば、その取引のあり方を再検討すべきである。

中国で利益を得ることは経営判断である。しかし、その利益のために日本国内の企業活動まで中国共産党の政治的判断に従わせることは、決して当然視してはならない。

日本企業の統治能力とは、巨大市場に進出する能力だけではない。必要なときに、その市場からの圧力を拒否し、自らの企業理念と経営の独立性を守る能力でもある。

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2026年11月5日木曜日

米国中間選挙でトランプ共和党惨敗——高市政権は逆風を追い風に変え、米国に頼られる日本を築け


 まとめ

  • 共和党惨敗が高市外交の追い風になるのはなぜか。 トランプ大統領と民主党議会の新たな力関係から、我が国の外交機会を読み解く。
  • 米国に頼る日本から、米国に頼られる日本へ。 ミサイル、造船、半導体、重要鉱物、エネルギー。日本が持つ強みをどう国益に変えるのか。
  • 外交の成果は首脳会談ではなく、国内に何を残すかで決まる。 技術、生産設備、人材、供給網を強化し、米国の政局に左右されない日本を築けるか。

2026年11月3日の米国中間選挙で、トランプ大統領の共和党が上下両院の多数派を失った。民主党は、従来共和党が強かったテキサス州やサウスカロライナ州などでも上院議席を獲得した。物価高やイラン戦争への不満が共和党への逆風となり、トランプ政権は2027年1月から、民主党多数の連邦議会と向き合うことになる。

AP通信が報じた選挙結果は、トランプ政権にとって大きな打撃である。しかし、この結果を共和党の敗北という視点だけで捉えてはならない。我が国にとって重要なのは、米国の政治的変化を高市外交がどのように利用し、何を国益として獲得できるかである。

結論から言えば、目指すべきは、米国の政権や議会の勢力が変化しても、米国が日本との協力を必要とする関係を築くことである。そのためには、防衛力だけでなく、造船、半導体、重要鉱物、エネルギー、そしてインド太平洋における外交力を強化しなければならない。

これらは一見すると別々の課題に見える。しかし、根底ではつながっている。いずれも我が国が持つ能力を高め、米国にとって日本との協力の価値を増すものである。そして、その能力は我が国の安全保障を強化し、国内の生産設備、技術、人材を蓄積し、国民生活を支えることにもつながる。

共和党の敗北は、高市外交にとって必ずしも逆風ではない。むしろ、米国の政治的変化によって新たな交渉余地が生まれる可能性がある。問題は、その機会を利用して、我が国が何を築き、何を未来に残すかである。

1️⃣米国が日本を必要とする理由は、ミサイルだけではない

米国がインド太平洋で中国の軍事力増強に対応するには、日本との協力が欠かせない。日本列島は西太平洋における重要な地理的位置を占め、自衛隊と在日米軍の協力は地域の抑止力を支えている。しかし、地理的な重要性だけに頼っていてはならない。日本自身が何を提供できるかによって、同盟の実質的な価値が決まる。


その最も分かりやすい事例が、防衛装備品の生産と整備である。

2026年10月28日の日米防衛相会談では、SM-3ブロックIIAミサイルの増産に必要な技術情報の共有と、AMRAAMの国内最終組立・検査施設の設置で合意した。これは単に米国から兵器を購入する関係から、装備品の供給能力を日米で分担する関係へと進む取り組みである。

ただし、今回の合意によってミサイルの国内一貫生産が決まったわけではない。今後は、重要部品の安定供給、整備・修理能力の確保、国内で担当できる製造工程の拡大が課題となる。米国側の許認可や企業間契約なども必要であり、首脳間の合意だけで実現するものではない。

さらに、防衛協力にはミサイル以外にも重要な分野がある。その代表が造船である。

米国は艦船の建造や修理に必要な造船所、人材、供給網の制約を抱えている。一方、日本には商船や艦艇の建造、船舶用機器の製造などで蓄積してきた技術がある。2025年10月の日米造船協力覚書では、両国の建造能力拡大、人材育成、AIやロボットを活用した造船技術の開発などで協力することが確認された。2026年2月には第1回日米造船作業部会も開催されている。

日本の造船技術を活用して日米双方の建造能力を高めることができれば、米国の産業上の課題に応えると同時に、日本国内の造船所や関連企業にも新たな事業機会が生まれる。さらに、防衛分野で艦船の修理・整備協力を拡大できれば、地域における米軍と自衛隊の継続的な活動を支える能力も高まる。ただし、商船の建造協力と米軍艦船の整備には異なる制度や契約が関わるため、個別に実現可能性を検討する必要がある。

そして、防衛力を支えるのは兵器や艦船だけではない。半導体、AI、重要鉱物、エネルギーも欠かせない。

半導体は兵器、通信機器、自動車、産業機械などに使用される。重要鉱物は電池、モーター、電子部品などの製造に必要となる。これらの供給が特定国に過度に集中すれば、外交的な対立や輸出規制によって産業活動が制約される危険がある。特に重要鉱物の精錬・加工では、中国への集中が大きな問題となっている。

日本には半導体材料、精密製造、素材技術などの蓄積がある。これらを強化し、米国と供給網を構築できれば、米国は重要技術や部品を信頼できるパートナーから確保しやすくなる。同時に、日本も中国への過度な依存を低減し、国内の産業競争力を高められる。

実際、2026年3月19日の日米首脳会談では、重要鉱物に関する具体的な協力文書が取りまとめられた。南鳥島周辺海域のレアアース泥を含む海洋鉱物資源開発についても協力が確認されている。ただし、資源開発には採算性、環境への影響、採掘・精錬技術などの課題があり、協力の合意が直ちに商業生産を意味するわけではない。

エネルギーも同様である。原油やLNGの安定供給がなければ、工場は稼働できず、国民生活にも深刻な影響が及ぶ。日米間では米国産エネルギーの供給拡大に加え、小型モジュール炉(SMR)などの分野でも協力が進められている。日本の原子力関連企業が米国の事業に参加することは、日本企業の技術や受注機会を広げる可能性がある。

しかし、我が国が目指すべきものは米国産エネルギーへの依存を増やすこと自体ではない。調達先の分散、長期契約、国内の原子力利用、エネルギー供給設備への投資などを組み合わせ、価格高騰や供給途絶に強い体制を築くことである。

ここまで見れば、米国が日本を必要とする理由は明確になる。

日本は単なる兵器の購入国ではない。防衛装備、造船、先端技術、重要鉱物、エネルギーなどの分野で、米国が必要とする能力を提供できるパートナーなのである。

その能力を国内に蓄積することは、我が国の供給力再建と国家資産形成にもつながる。米国への協力が、そのまま我が国の産業と国民生活の利益にもなる関係を築くことが重要なのである。

2️⃣共和党の敗北は、なぜ日本の外交上の交渉余地を広げるのか

では、今回の中間選挙は、こうした日米協力にどのような影響を与えるのだろうか。

米国は我が国と異なり、大統領と連邦議会が別々の選挙によって選ばれる。民主党が議会の多数派を獲得しても、トランプ大統領の任期は原則として2029年1月まで続く。大統領は外交交渉や行政権限、軍の最高指揮官としての権限を保持する。一方、議会は立法、予算、行政監視などを通じて政権に影響を及ぼす。

共和党の敗北によって、トランプ大統領は新たな国内政策を法律として実現することが難しくなる。そうした状況では、引き続き大きな裁量を持つ外交分野で成果を求める誘因が強まる可能性がある。


日米間の防衛産業協力や経済安全保障協力は、その成果となり得る。日本がミサイルや艦船の供給・整備能力を高めれば、米国の安全保障上の負担を分担できる。半導体や重要鉱物の供給網を強化すれば、米国の経済安全保障にも利益をもたらす。エネルギー分野での協力は、米国の生産・投資機会と日本の安定供給という双方の利益につながり得る。

しかし、トランプ大統領と合意すれば、すべて実現できるわけではない。実際の政策には法律、予算、許認可、企業間の契約などが必要となる場合がある。そこで民主党多数の議会との関係が重要になる。

米国では、中国への先端技術流出防止や重要物資の供給網強化について、共和党と民主党の双方に共通する関心がある。例えば、2026年9月には民主党のウォーレン上院議員やシューマー上院院内総務らが、先端AI半導体の中国への流出を防ぐ超党派法案の成立を求めている。

もちろん、米国の両党があらゆる対中政策で一致しているわけではない。関税、企業支援、財政支出、同盟国への負担要求などでは意見が異なる。しかし、日本が提案する協力が米国の安全保障や産業基盤の強化につながるならば、党派を超えて支持を得られる余地がある。

ここに今回の中間選挙がもたらす外交上の機会がある。

トランプ政権に対しては、日本との協力によって外交上の成果を実現できることを示す。民主党を含む連邦議会に対しては、同じ協力が米国の安全保障、産業、雇用にも利益をもたらすことを説明する。大統領と議会の双方にとって意味のある政策を日本が提案するのである。

ただし、この構造が自動的に日本を有利にするわけではない。トランプ大統領が中国との大型合意を優先したり、日本に新たな経済的負担を求めたりする可能性もある。民主党多数の議会が日本側の提案を支持する保証もない。

重要なのは、特定の政党や大統領との関係だけに外交を依存させないことである。米国の政局が変化しても、日米双方の国益にかなう協力を継続できる仕組みをつくることが、高市外交に求められるのである。

2️⃣高市政権は追い風をどう生かし、何を我が国に残すべきか

それでは、高市政権は具体的に何を実行すべきなのか。

必要なのは、日米首脳会談で合意事項を増やすことではない。すでに合意した協力を、実際の工場、研究開発、資源供給、エネルギー設備、外交協力という成果に変えることである。

まず、防衛産業と造船の協力を前進させる必要がある。AMRAAMの国内最終組立・検査施設については、実際に稼働できるよう、必要な部品、技術情報、契約、製造工程を整えなければならない。SM-3ブロックIIAについても、増産に必要な技術情報の共有を具体的な生産能力へと結びつけることが重要になる。

造船分野では、日米で協力する事業を具体化し、両国の造船能力と人材育成につなげる必要がある。日本の造船所や関連企業の競争力を高めると同時に、米国の艦船建造・整備に関する課題にも応えられる協力を検討すべきである。

次に、半導体と重要鉱物の分野で、日本が持つ技術を国内の供給能力強化につなげることが必要となる。

半導体については、米国との共同研究や投資協力を進めるだけでなく、日本国内での研究開発、製造、材料供給の能力を維持・強化することが重要である。重要鉱物についても、海外鉱山への投資だけでなく、精錬、加工、回収・再利用の工程を含めて供給網を構築しなければならない。

経済産業省が公表した重要鉱物サプライチェーン強靱化のための日米アクションプランでは、採掘・加工・製造に関わる事業の特定と、資金・政策上の支援などが協議対象となっている。これを具体的な投資や企業活動に結びつけられるかが問われる。

エネルギー分野でも同様である。米国との長期的な調達協力や原子力技術協力を進めながら、我が国自身の電力供給基盤を強化する必要がある。原子力発電所の安全性を確認した上での再稼働、次世代炉の技術開発、LNGなどの安定調達を組み合わせ、国内の産業活動を支える安定したエネルギー供給を確保することが重要となる。

このような協力を進める際には、米国への投資額の大きさだけを外交成果と考えてはならない。日本企業の技術力が高まったか。国内で新しい生産設備が稼働したか。雇用や人材育成につながったか。重要物資の調達先が分散し、供給途絶の危険が低下したか。国民生活を支えるエネルギー供給が安定したか。こうした具体的な成果で評価する必要がある。

日本の精密加工技術を支える製造現場(AI生成画像)
そして、産業や技術だけでなく、インド太平洋における外交力も強化しなければならない。

日本には、米国との同盟を基軸に、豪州、インド、フィリピン、韓国、東南アジア諸国などとの協力を積み重ねてきた実績がある。米国にとって、日本は単なる同盟国ではなく、インド太平洋で複数の国を結ぶ重要な協力相手となり得る。

この役割は、中国による軍事的・経済的な圧力が強まる状況で、いっそう重要になる。日米だけで対応するのではなく、関係国が海洋安全保障、情報共有、共同訓練、経済安全保障などで協力すれば、力による一方的な現状変更を抑止する基盤を厚くできる。

実際、2026年10月28日の日米豪比防衛相会談では、4か国が政策協議や共同訓練などの防衛協力をさらに推進することで一致している。日本は米国との二国間関係を維持しながら、こうした協力を具体的な活動へと発展させることができる。

ただし、インド太平洋の各国には、それぞれ独自の国益と外交方針がある。日本が米国の意向を代弁するだけでは、持続的な協力関係は築けない。各国の利益を尊重し、海上交通の安全、経済発展、災害対応など、共通の目的を明確にする必要がある。

高市外交にとって、この外交力は重要な資産である。

米国がインド太平洋の安全保障を考える際、日本の防衛力や産業能力を必要とするだけでなく、日本が築いてきた地域各国との協力関係にも価値を認めるようになれば、日本の外交上の発言力は強まる。

ここで初めて、防衛、産業、エネルギー、地域外交の4つの能力が1つにつながる。

防衛力が高まれば、日米同盟の抑止力が強まる。産業と技術の供給力が高まれば、米国との経済安全保障協力における日本の重要性が増す。エネルギーの安定供給が確保されれば、我が国の経済活動と防衛産業を持続的に支えられる。そして地域外交の協力網が強化されれば、インド太平洋の安定に対する日本の貢献が増す。

これらの成果が積み重なれば、我が国は米国の判断を待つだけの同盟国ではなく、米国が重要な政策を実現する際に協力を求める相手となる。

米国に必要とされる能力を築くことが、我が国の安全と繁栄を守る力を高める。その相互利益の関係を確立することこそ、高市外交が目指すべき成果である。

結語

2026年の米国中間選挙は、トランプ共和党の大敗という大きな政治的変化をもたらした。しかし、それが高市外交の追い風になるかどうかは、まだ決まっていない。我が国がこの変化を利用して何を実現できるかによって決まるのである。

ドラッカーは『傍観者の時代』でキッシンジャーの外交を論じ、卓越した外交家の個人的な才覚に過度に依存することの危うさを指摘した。この視点から考えれば、外交に必要なのは首脳同士の親密さだけではない。国家が持つ実際の能力と、継続できる協力関係を築くことである。

高市総理とトランプ大統領の信頼関係は重要である。しかし、その関係を一時的な政治的成果に終わらせてはならない。防衛装備の供給能力を高め、造船や先端技術の産業基盤を強化し、重要資源とエネルギーを確保する。そして、インド太平洋の同志国との協力を発展させる。これらを通じて、米国にとって欠かすことのできない日本を築く必要がある。

米国の政権は今後も交代する。しかし、我が国に築かれた工場、技術、人材、安定した供給網、そして各国との信頼関係は、政治的な変化を超えて残すことができる。

外交の追い風を生かすとは、米国から譲歩を引き出すことだけではない。我が国自身の能力を高め、米国が日本との協力を必要とする関係を築くことである。

米国に必要とされる日本になることと、我が国の安全と繁栄を自ら守ることは、決して矛盾しない。むしろ、互いを強化する関係にある。

その関係を現実のものにし、将来に残せるか。今回の米国中間選挙は、高市外交にその能力を問う新たな機会をもたらしたのである。

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2026年11月4日水曜日

原潜だけで中国海軍を抑止できるか——通常型との両立こそ我が国を強くする

 

まとめ

  • 米国で日本の原潜保有に期待が高まる。しかし、我が国が守る海は国土の約12倍に及ぶ。原潜だけで中国海軍を抑止できるのか。

  • 米国が失った通常型潜水艦の建造基盤を、日本は守り続けてきた。原潜の高速・長距離潜航能力と日本の静粛化技術を組み合わせれば、新たな強みが生まれる。

  • 古い技術を捨てず、新しい技術を加える。通常型と原潜の両立には、日本の霊性文化「常若」の精神が息づく。次の世代に何を残すのか。

米国では、日本が原子力潜水艦を保有すれば、海上自衛隊が西太平洋を含むアジアの広大な海域で活動しやすくなり、中国を抑止する役割を一層果たせるとの見方が出ている。日本経済新聞が報じた。中国海軍が第一列島線を越えて太平洋への進出を強める中、我が国の原潜保有は日米同盟の将来にも関わる問題となっている。

小泉進次郎防衛相も10月23日の衆議院安全保障委員会で、次世代潜水艦の動力について、原子力を含む幅広い選択肢を比較する必要性を強調した。政府は安全保障関連3文書の改定に向け、原潜保有の是非を調査・研究する方針を盛り込むことも検討している。ただし、原潜の保有自体が決定したわけではない。10月9日の防衛大臣記者会見でも、原潜の潜航能力や水中速力を評価する一方、費用、静粛性、維持整備などの課題が示された。

ここで注目すべき事実がある。世界最大の海軍力を持つ米国は、通常動力型の戦闘潜水艦の建造を数十年前にやめ、現在は原潜だけを運用している。一方、我が国は通常動力型潜水艦を造り続け、その静粛性や電池技術、探知能力を絶えず改良してきた。

では、我が国も米国と同じように原潜だけに移行すべきなのか。そうではない。日本には、通常動力型で培った技術を守りながら、原潜という新しい能力を獲得する道がある。しかも、日本の静粛化技術を原潜にも生かせれば、米国の模倣ではない独自の水中戦力を構築できる可能性がある。

その根底には、日本の霊性文化に息づく「常若(とこわか)」の精神がある。守るべきものを守るために、絶えず新しくする。原潜導入をめぐる議論には、我が国が長い歴史の中で育んできた、この思想に通じる重要な意味がある。

1️⃣我が国が守る海は国土の12倍——原潜と通常型にはそれぞれ役割がある

我が国の海上防衛を考える際、まず認識すべきは海の広さである。海上保安庁の公式資料によれば、我が国の領海と排他的経済水域(EEZ)を合わせた面積は約447万平方キロメートルに達する。国土面積約38万平方キロメートルの約12倍である。北海道周辺の日本海やオホーツク海から、南西諸島の東シナ海、小笠原諸島や南鳥島周辺の太平洋まで、我が国に関わる海域は驚くほど広い。

しかも、我が国の安全保障は、この海域の内側だけで完結するわけではない。エネルギーや原材料、食料を運ぶ船舶は、東南アジアやインド洋などの遠方海域を通る。シーレーンの安全が損なわれれば、国民生活と経済活動に深刻な影響が及ぶ。2026年版防衛白書も、海上交通の安全確保を国家存立のために死活的に重要な課題と位置づけている。

もちろん、EEZは領海とは異なり、我が国が外国艦船の航行を一律に規制できる海域ではない。平時の領海警備や海上法執行は主として海上保安庁が担い、海上自衛隊は軍事的脅威への警戒監視や防衛を担う。その区別を踏まえても、我が国の防衛上考慮すべき海域が日本列島沿岸にとどまらないことは明らかである。


では、この広大な海を潜水艦でどう守るのか。

日本の通常動力型潜水艦が持つ大きな強みは、静粛性である。「そうりゅう」型や「たいげい」型は、船体構造、機器の防振、推進装置、探知装置を改良し、敵に発見されにくい能力を高めてきた。特に「たいげい」型は、大容量リチウムイオン電池を採用し、水中での行動能力を向上させている。

通常動力型潜水艦は、ディーゼルエンジンで発電し、蓄電池に電力を蓄える。充電には空気が必要なので、浮上中か、海面近くまで伸ばしたシュノーケルから外気を取り込める状態で発電する。深く潜航している間は、基本的に蓄電池の電力でモーターを回す。エンジンを停止できるため騒音が少なく、隠密行動に適している。

以前の「そうりゅう」型には、AIP(非大気依存推進)も搭載されていた。これは外部から空気を取り込まず、水中で動力を得る仕組みである。日本が採用したスターリング機関方式は、艦内に蓄えた酸素と燃料によって低速での長時間潜航を可能にしたが、出力には限界があった。そこで後期の「そうりゅう」型からは、大容量リチウムイオン電池を活用する方式へ転換した。「たいげい」型もこの方式を引き継いでいる。

防衛省の解説によれば、「たいげい」型は探知性能や被探知防止性能を高めるとともに、シュノーケルによる充電時間の短縮も図っている。ただし、電池の性能が向上しても、蓄えられるエネルギーには限界がある。高速航行では電力を急速に消費するため、高い速力を長時間維持することは難しい。

一方、原潜は原子炉から大量のエネルギーを継続的に得られる。通常動力型のように蓄電池の残量に行動を制約されず、高速で長期間潜航できる。原潜にも速力の上限があり、高速航行では騒音が増えるものの、持続的な高速航行と広域での機動力に大きな利点がある。

この違いは対潜戦で重要になる。通常動力型は、海峡や島嶼周辺で敵艦艇を静かに待ち受ける任務に適している。しかし、広大な太平洋で高速移動する敵原潜を追跡し続けるには、エネルギーと速力の両面で限界がある。反対に原潜は遠方への迅速な展開や長期哨戒に適するが、原子力機関の維持には高度な専門技術と多額の費用が必要となる。

2026年版防衛白書は、中国海軍が第一列島線を越え、第二列島線に及ぶ海域で活動を活発化させていると指摘している。我が国が考慮しなければならないのは、日本列島周辺の海峡だけでなく、その外側に広がる西太平洋でもある。

通常動力型と原潜は、どちらかを選べばよいというものではない。第一列島線周辺では通常動力型の静粛性を生かし、広大な西太平洋では原潜の高速・長距離潜航能力を生かす。それぞれの特性を組み合わせることによって、我が国の防衛構想に新たな選択肢が生まれるのである。

2️⃣米国が失い、日本が守り続けた潜水艦技術

米国はかつて、通常動力型潜水艦の建造でも高度な技術を持っていた。しかし1950年代末には通常動力型戦闘潜水艦の新規建造を終え、原潜中心の戦力へ転換した。最後の通常動力型攻撃潜水艦「ブルーバック」は1990年に退役している。米海軍の公式艦艇史にも、その経緯が記録されている。

米国が原潜を選んだのは、太平洋と大西洋を中心に世界規模で活動する海軍にとって、高速・長距離潜航能力が重要だったからである。しかし、その結果、現代的な通常動力型潜水艦を継続的に設計・建造する産業基盤を失った。

潜水艦は図面と工作機械だけで造れるものではない。船体の加工、溶接、防振、音響設計などの専門技術に加え、熟練工と設計者の経験が必要となる。米国が通常動力型の建造を再開する場合、既存の造船技術や海外企業との協力を活用することは可能だが、独自の設計から安定した量産までを担う体制の再構築には長期間を要する。人材と供給網の確立まで含めれば、世代をまたぐ事業となる可能性もある。

実際、米国は現在、原潜の建造基盤そのものの強化を迫られている。米海軍は2024年9月、潜水艦の製造基盤が30年前の約3分の1の規模に縮小したと説明し、生産能力の拡大に取り組んでいる。原潜を造り続けている米国でさえ、供給力と熟練人材の確保が大きな課題なのである。

これに対して我が国は、三菱重工業と川崎重工業を中心に、通常動力型潜水艦の建造を継続してきた。「おやしお」型から「そうりゅう」型、そして「たいげい」型へ。世代交代のたびに電池、探知装置、船体構造、静粛化技術を改良し、人材と生産設備を維持してきた。

我が国の潜水艦建造技術を次世代へ。通常動力型の建造で培われた技術と人材は、将来の原潜開発にも生かせる可能性がある。(生成AIによるイメージ画像)
ここで見落としてはならないのが、日本の静粛化技術を将来の原潜にも応用できる可能性である。

潜水艦の騒音は、推進器だけでなく、艦内機器の振動や船体を流れる水からも発生する。防衛装備庁の艦艇装備研究所は、潜水艦の静粛性を重要な能力と位置づけ、船体や推進器の形状、素材、内部機器の振動伝達を抑える技術を研究している。

原潜には原子炉の冷却設備やタービンなど、通常動力型にはない騒音源がある。そのため既存の技術をそのまま移植することはできないが、防振設計、船体構造、流体騒音の低減、音響解析などには共通する技術がある。日本が蓄積してきた静粛化技術を原子力推進と組み合わせれば、独自の原潜開発に生かせる可能性がある。

そして、こうした技術が重要になるのが対潜戦(ASW)である。

私は以前から、現代の海戦では空母の保有数だけでなく、潜水艦と対潜戦能力が勝敗を大きく左右すると指摘してきた。空母は強力な航空戦力を運用できる。しかし、敵潜水艦を発見し、その脅威を抑えられなければ、空母も護衛艦も自由に行動できない。海を制するには、海面上だけでなく、海中で何が起きているかを把握する必要がある。

ASWは潜水艦同士の戦いだけではない。哨戒機、護衛艦、対潜ヘリコプター、ソナー、水中センサーを組み合わせ、敵潜水艦を発見・追跡する総合的な能力である。その実力は装備だけでなく、長年蓄積された音響情報、分析技術、乗組員の練度にも左右される。

中国海軍も対潜哨戒機や水上艦艇、水中センサーなどの能力を高めている。しかし、日米が長年培ってきた対潜戦の技術と経験に、全ての分野で追いついたわけではない。2026年版防衛白書も、中国の対潜能力が著しく向上している一方、深海でのASW能力は十分でないとの指摘を紹介している。実際の探知能力には機密が多く、あらゆる条件での優劣は断定できないが、中国がこの分野の能力向上を急いでいることは重視すべきである。

だからこそ、我が国は現在の対潜戦能力を維持しながら、新しい能力を獲得しなければならない。通常動力型と原潜をそれぞれの特性に応じて運用し、哨戒機、護衛艦、各種センサーと結びつける。その技術と運用経験を日米同盟の中で生かせば、世界最高水準の水中戦力と対潜能力を築く可能性がある。

米国が原潜だけを運用しているからといって、我が国まで同じ道を歩む必要はない。日本には、米国が失った通常動力型の継続的な建造基盤がある。その強みを守りながら、新しい原子力推進技術を獲得する。そこに日本独自の道がある。

3️⃣原潜と通常動力型の両立こそ、常若の精神である

原潜導入には、技術面でも制度面でも課題がある。艦船用原子炉は陸上の大型商用原子炉より小型であり、限られた空間から大きな出力を得るよう設計されている。この点では小型モジュール炉(SMR)と共通する部分もあるが、艦船用原子炉には高い出力密度や衝撃への耐性など、独自の条件が求められる。

小型炉は設計によって冷却機能を高められる場合もあるが、小さいだけで安全になるわけではない。過去には米原潜「スレッシャー」の沈没や、旧ソ連の「K-19」の原子炉冷却系統事故など、多数の乗組員が死亡・被ばくした事故が起きている。

ただし、乗組員の被害と周辺海域・沿岸部への広範な放射能汚染は区別する必要がある。米海軍は長年の原子力艦船運用について、環境への悪影響を確認していないと説明している。一方、旧ソ連では1985年の原潜「K-431」の事故で基地周辺への放射性物質の拡散が発生した。原潜事故が常に広域の放射能災害を引き起こすわけではないが、環境汚染の危険が存在しないわけでもない。

我が国が原潜を導入するなら、原子炉の安全管理、専門人材、整備施設、燃料管理、退役後の処理まで含めた長期的な体制が必要となる。原子力基本法の平和利用原則との整合性や核不拡散上の課題も整理しなければならない。政府が安全保障3文書に検討方針を盛り込んでも、それだけで原潜の取得が決まるわけではない。実際の導入には政府による装備体系の検討や予算措置、必要に応じた法整備が求められ、予算や法律については国会の審議と議決が必要となる。

しかも、原潜と通常動力型を併用すれば、教育、整備、補給の体系は複雑になり、費用も増える。原潜を導入することで通常動力型の建造や哨戒機の整備が遅れれば、かえって全体の防衛力を弱めかねない。重要なのは、既存の戦力と産業基盤を維持しながら、新しい能力を加えられるかどうかである。

ここで考えたいのが、日本の霊性文化に根差す「常若(とこわか)」の精神である。

常若とは、常に若々しくあり続けることである。その象徴が伊勢神宮の式年遷宮だ。20年ごとに社殿を造り替え、祭祀、建築技術、そこに込められた精神を次世代へ受け渡してきた。伊勢神宮の公式説明にもあるように、1300年にわたり受け継がれてきたのは、古い社殿そのものではなく、絶えず新しくすることで伝統を守る営みである。

普通に考えれば、古い建物を守るには、できるだけ手を加えずに保存するのがよいと思うだろう。しかし、伊勢神宮は違う。20年ごとに造り替えることで、技術を人から人へ、世代から世代へ伝えてきた。建物は新しくなっても、その背後にある精神と技術は途切れない。

AI生成画像

これが常若である。古いものをそのまま固定して守るのではない。守るべきものを未来へ残すために、絶えず新しくするのである。

我が国の潜水艦建造にも、これと通じるものがある。戦後、日本は通常動力型潜水艦を造り続けてきた。新しい艦を建造するたびに技術を改良し、熟練技術者の経験を次世代へ渡してきた。AIPの採用から大容量リチウムイオン電池への転換も、従来の技術に固執せず、より優れた能力を追求してきた結果である。

もちろん、潜水艦建造が伊勢神宮の常若思想を直接受け継いで成立したわけではない。しかし、形を新しくしながら技術と経験を絶やさないという点で、両者には共通するものがある。

米国は原潜への転換によって、通常動力型の継続的な建造基盤を失った。我が国は同じ道を歩む必要はない。通常動力型を造り続け、その静粛化技術と人材を守りながら、原子力推進という新しい能力を加える道がある。

さらに、通常動力型で培った静粛化技術を原潜へ応用し、原潜開発で得られた設計や材料、製造技術を通常動力型にも還元する。そうした相互発展が実現すれば、我が国の潜水艦技術は一層強くなる。これは、単に新しい兵器を導入することではない。将来にわたって必要な防衛装備を国内で造り、改良し続ける能力を育てることであり、国家資産の形成でもある。

常若とは、過去の姿に戻ることではない。受け継いだものを未来のために新しくすることである。古い技術を捨てて新しい技術に飛びつくのでも、古い技術に固執して進歩を拒むのでもない。

我が国が通常動力型潜水艦を守りながら原潜を加えるという構想は、この常若の精神に通じるものなのである。

結語

日本の海は広い。国土の12倍に及ぶ領海とEEZがあり、その先には国民生活を支えるシーレーンが続く。この広大な海を守るには、静かに待ち受ける通常動力型の能力も、遠くへ速やかに展開する原潜の能力も重要となる。

我が国には、米国が失った通常動力型の建造基盤がある。それを守りながら原潜という新しい力を加え、日本が磨いてきた技術を未来へ受け継ぐ。その道は、古いものを守るために絶えず新しくする、常若の精神に通じる。

潜水艦の鋼の艦体は、いつか古びる。しかし、それを造る技術と、海から我が国を守る意志まで古びさせてはならない。

常若とは、古い艦を守ることではない。次の艦を造れる日本を守ることである。

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2026年11月3日火曜日

サイバー攻撃を防げなかったガバナンスの欠陥――GMO、取締役会もリスク管理の弱点を認識していた


 まとめ
  • 警告は2年前にあった。 取締役会もリスク管理の改善を課題と認識していた。それでもGMOは、なぜサイバー攻撃を防げなかったのか。
  • ガバナンスは管理監督だけではない。 ドラッカーの統治論から、危険を経営判断と実行に変えられなかった組織の問題を解き明かす。
  • 問われるのは企業だけではない。 法律や制度を整えても、人と財産を守る成果につながらなければ意味がない。国家にも共通する統治の本質とは何か。

危険を発見する専門家はいた。警告は2年以上前に出されていた。対策も実施された。それでも攻撃者の侵入を許し、約2か月半にわたって発見できなかった。11月2日、GMOインターネットグループの熊谷正寿代表らが記者会見で明らかにした事実は、単なるサイバー防御の失敗ではない。企業統治そのものに重大な疑問を投げかけるものである。

しかも、GMO自身が公表するコーポレートガバナンスポリシーを調べると、さらに重要な事実が見つかる。2026年1月に実施した取締役会の実効性評価で、すでにグループ会社を含むリスク管理体制の実効性向上が課題として認識されていたのである。技術的な警告だけでなく、経営組織としてもリスク管理上の弱点を認識していた。それでも8月の侵入を防げなかった。

私は10月28日の記事「GMOは警告を潰せず、国は法律を使えない――サイバー攻撃で問われるのは、危機の前の備えである」で、危機が起きる前の判断を検証すべきだと主張した。今回の会見と企業統治に関する公開資料によって、その問題をさらに深く追究できるようになった。

我が国では「ガバナンス」という言葉が盛んに使われる。しかし、その意味はしばしば管理監督や法令順守、会議体の整備といった話にとどまる。それでは統治の本質を捉えられない。統治とは何か。なぜ立派な制度を持つ組織が、危険を前にして必要な決断を下せなくなるのか。

危険を発見しても、それを決断と実行に変える統治能力がなければ、人も財産も守れない。GMOの事件は、我が国の企業と政府に、その現実を突きつけている。

1️⃣2年前の警告はなぜ生かされなかったのか

11月2日の記者会見で、GMO側は2024年4月にグループ会社「GMOサイバーセキュリティ byイエラエ」の専門家から、対象システムの安全性について指摘を受けていたことを認めた。その後、4月から5月にかけて4回の緊急メンテナンスを実施したものの、対応の深さと速さが不足していたと説明した。

注目すべきは、警告を無視して何もしなかったわけではないことである。担当部門は動き、対策も実施していた。にもかかわらず、危険を十分に減らせなかった。なぜ、このようなことが起きるのか。

GMO側は、安定稼働や機能開発など、複数の案件の優先順位を判断する中で、リスク分析が甘くなったと説明している。4回の緊急メンテナンスで対応できたと誤認したことも認めた。

2024年の警告から2026年の侵入発覚までの経緯。クリックすると拡大します

ここに重要な問題がある。サービスを提供する企業にとって、システムの安定稼働は重要である。特に今回の「お名前.com デスクトップクラウド」は、FXの自動売買にも使われるサービスであり、運用停止は顧客の取引に影響する。しかし、サービスの継続と安全の確保が衝突したとき、何を優先するのか。その判断を現場の技術的な調整だけに委ねてよいはずはない。

事業を止めれば目の前の損失が生じる。一方、危険を抱えたまま運用を続ければ、いつ被害が発生するか分からない。前者は金額や影響を比較的把握しやすいが、後者は発生するまで過小評価されやすい。だからこそ、経営者は危険の重大性を把握し、事業の継続と顧客の安全について責任を持って判断しなければならない。

今回の事件では、その仕組みが十分ではなかった可能性が高い。技術者は警告し、担当部門は対策を行った。しかし、その対策が本当に十分だったのか、残された危険を許容してよいのかについて、組織としての判断と検証が不十分だったのである。

実際、攻撃者は2026年8月5日に顧客の仮想サーバー環境へ侵入し、管理者アカウントを窃取した。その後、GMOインターネットの管理サーバーにも侵入し、顧客の仮想サーバーへ不正なプログラムを配布した。同社が問題を確認したのは10月20日であり、顧客からの問い合わせが調査のきっかけだった。

GMOインターネットは10月23日の公式発表で、最大26,739件の仮想サーバーが影響を受けた可能性を示した。ただし、これは被害が確認された件数ではない。また、2024年に指摘された個々の問題と、今回の攻撃で実際に悪用された弱点との関係には、なお検証を要する部分がある。

それでも、事前の警告が十分な対策につながらず、侵入後も長期間にわたって異常を発見できなかった事実は動かない。

ここには2つの判断の失敗がある。危険を指摘されたとき、対策が十分かどうかを判断する仕組み。そして侵入されたとき、異常を発見し、被害の拡大を止める仕組みである。いずれも技術だけでは成立しない。誰が責任を負い、どのような基準で判断し、結果をどう検証するかという統治の問題なのである。

2️⃣ガバナンスは管理監督ではない――ドラッカーが示した統治の本質

日本企業では「ガバナンスの強化」という言葉が頻繁に用いられる。社外取締役を増やす。監査体制を整える。会議や報告の機会を増やす。それらは必要な場合もあるが、それだけで統治が機能するわけではない。

管理監督とは、決められた規則や方針が守られているかを確認することである。一方、統治には、それ以前に何を実現するのかを決め、必要な人材と資源を結集し、組織として行動させる役割がある。管理監督は統治の一部であって、その全体ではない。

経営学者ピーター・ドラッカーは、マネジメントを単なる企業の管理技術ではなく、現代社会のあらゆる組織を統治する機能として捉えた。ドラッカー研究所の公式解説によれば、彼が重視したのは人間、権力、価値、組織構造、そして何より責任であった。組織の目的を明確にし、人々の力を成果に変えることが、マネジメントの本来の役割なのである。

この思想から考えるなら、統治の本質は単なる監督ではない。何を守るかを決め、そのために組織の権限と資源を動かし、必要なら従来の方針を変更し、結果に責任を負うことである。

管理監督は統治の一部にすぎない。クリックすると拡大します
GMOの事例に当てはめれば、顧客の資産と情報を守ることが目的となる。その目的を実現するために、技術者の警告をどう評価し、サービスの停止や抜本改修をいつ決断するのか。対策に必要な予算や人員を誰が確保し、改善が完了したことを誰が確認するのか。これらを組織として決定し、実行することが統治なのである。

ここで思い出すのが、私が2020年3月31日の記事で論じた「コミュニケーション」という言葉の問題である。当時私は、採用で「コミュニケーション能力重視」を掲げる企業の担当者に、その意味を尋ねた経験を紹介した。多くの場合、求めていたのは報告・連絡・相談ができ、周囲との調整が上手な人材だった。だが、調整能力はコミュニケーションの一側面にすぎない。このころまでは、景気は良くなかったので、企業は際立った長所もあるが同時に短所もあるいわゆる尖った人より、調整型の人を求めていたのだろう、しかし「調整型人材募集」ではあまりにも体裁が悪いので、「コミュニケーション重視」という言葉を使ったのだと思う。

ドラッカーは、コミュニケーションを単なる情報の伝達とは考えなかった。情報が送られることと、相手に意味が伝わり、理解され、行動につながることは違う。私は以前の記事でも、この違いを強調した。

今回のGMO事件にも、同じような問題がある。専門家が危険を指摘したことと、その危険が経営上の重大問題として認識され、組織の判断を変えたことは同じではない。報告会が開かれ、メンテナンスが行われても、危険が解消されたとは限らない。

日本企業では、対立を避け、関係者の意見を調整し、従来の業務を円滑に続けることが重視されやすい。しかし、統治には時として、その調整を打ち切って決断することが求められる。重大な危険が残るなら、サービスを止める。既存の事業計画を変更する。必要な人員と予算を優先的に投入する。こうした判断には責任が伴い、反発も起こり得る。

もちろん、調整そのものが悪いわけではない。調整は決断を実行するために必要である。問題は、調整を重ねること自体が目的となり、何を守るために調整しているのかが見失われることである。

ガバナンスについても同じことがいえる。制度を整備し、会議を開催し、監査を実施しても、その結果として危険を解消する決断が下されなければ、統治の目的は達成されない。

統治とは、組織を円滑に動かすことだけではない。守るべきものが危険にさらされたとき、組織の進む方向を変えられることである。

今回のGMO事件で問われるのは、まさにその能力なのである。

3️⃣GMOの統治機構はどこで機能しなかったのか

では、GMOには統治のための制度が存在しなかったのか。決してそうではない。むしろ、GMOは制度の整備に積極的な企業である。

GMOインターネットグループのコーポレートガバナンスポリシーによれば、同社は監査等委員会設置会社であり、取締役会と経営会議の役割を区分している。取締役会は重要な業務執行の決定と経営全般の監督を担い、経営会議は委譲された権限の範囲内でグループ各社に関する重要事項を審議・決定する。経営会議は原則として毎週開催され、取締役会には月次報告や四半期ごとの内部監査報告などが行われる。

さらに、グループ経営の基本方針として、各社の自律性を尊重する「権限の分散」と、グループ全体の協力による価値の創出を掲げている。個々の会社が迅速に事業を運営しながら、グループとして共通の目的を実現するという考え方である。

この方針には合理性がある。しかし、権限を分散させる組織では、各社が判断する範囲と、グループ全体で判断すべき事項の境界を明確にしなければならない。特に情報セキュリティーのように、ある会社の問題がグループ全体の信用に波及する分野では、重大な危険をどの段階で上位の経営組織に報告するかが重要になる。

今回の会見で熊谷代表は、2024年の専門家による警告は自身に報告されていなかったと説明した。また、当時は重大な脆弱性を取締役会へ報告するための明確な基準がなかったことも明らかになった。

GMOの専門家による警告と経営判断の問題。公表事実に基づく概念図であり、実際の社内報告経路を再現したものではありません。クリックすると拡大します
これは、統治機構における重要な接続部分の問題である。現場に専門知識があっても、その知識を経営判断へ引き上げる基準がなければ、危険は担当部門の中にとどまりかねない。事業会社が通常の運用判断として処理した問題が、実はグループ全体の判断を必要とする重大な危険だったという事態も起こり得る。

ただし、今回のサービスを直接運営するのは上場子会社のGMOインターネットであり、親会社の取締役会が日々の修正作業を直接決定するわけではない。まず事業会社の経営陣が負う責任と、親会社がグループ全体のリスクを監督する責任を区別する必要がある。

そのうえで重要になるのが、2026年1月の取締役会の実効性評価である。

GMOインターネットグループが公表した評価結果では、経営理念の共有や自由な意見交換について肯定的な評価が示された。一方で、取締役会自身が課題として認識した事項には、審議時間の確保、監督機能の強化、そして**「グループ会社を含むリスク管理体制の実効性向上」**が含まれていた。

これは極めて重要な事実である。グループのリスク管理体制には改善すべき点があると、経営組織自身が認識していたのである。それにもかかわらず、2026年8月の侵入を防ぐことはできなかった。

もっとも、この自己評価はグループ全体の一般的な課題を示すものであり、2024年に指摘された個別の脆弱性を取締役会が知っていた証拠ではない。また、1月から8月までの間にどのような改善が実施されたのかも、今回確認した公開資料だけでは十分には分からない。

だからこそ問うべきことがある。取締役会はリスク管理の実効性を高めるために、具体的に何を決めたのか。その決定は経営会議や各事業会社にどう伝えられたのか。改善の期限と責任者は設定されたのか。そして、改善が実際に完了したことを誰が確認したのか。

ここで明らかになるのは、単なる報告不足より深い問題である。

第1に、危険を経営判断に変える仕組みである。重大な脆弱性が見つかったとき、誰がその危険を評価し、どの条件で事業会社の経営陣や親会社の経営組織へ報告するのか。今回、親会社の取締役会への報告基準が明確でなかったことは確認されている。

第2に、決定を実行させる仕組みである。事業の継続と安全確保が衝突したとき、最終的な判断権限を誰が持つのか。決定された対策に十分な人員と予算を投入できるのか。通常の事業計画よりも危険の解消を優先する仕組みが存在したのか。

第3に、結果を検証する仕組みである。4回のメンテナンスで対応できたという判断は、何を根拠に下されたのか。独立した専門家による再検証は行われたのか。残された危険があった場合、誰がその存在を把握し、対応を続ける責任を負っていたのか。

そして第4に、侵入を許した後の監視である。8月5日の侵入から10月20日の発覚まで、なぜ長期間にわたって異常を把握できなかったのか。監視の担当、検知基準、異常時の報告経路が実際にどう機能していたのかも検証しなければならない。

これらは、経営者が技術者に代わって作業するべきだという話ではない。経営者は技術上の専門知識を組織として活用し、重要な決定を下し、その実行を確認しなければならないということである。

さらに、GMOグループでは、11月2日にGMOペイメントゲートウェイが69件のアカウントについて情報窃取の可能性を公表した。また、10月30日にはGMOトラスト・ログインが2,492社、45,030人の個人情報の取得を確認した調査結果を公表している。

いずれも「お名前.com デスクトップクラウド」への侵入とは別の事案であり、原因が共通するとは確認されていない。しかし、複数の会社で問題が明らかになった以上、個別の原因究明だけでなく、グループ全体で危険情報を共有し、共通の安全基準を機能させる仕組みを検証する必要がある。

ここで、ドラッカーの統治論に立ち返りたい。

統治とは、権限を持つ者がすべてを直接処理することではない。組織の目的を明確にし、それぞれの責任と権限を適切に配置し、組織全体が目的に向かって動けるようにすることである。権限を分散するなら、重大な危険を把握し、必要な場合に判断を引き上げる仕組みも同時に整えなければならない。

今回のGMOでは、専門家による警告、現場での対策、経営トップへの報告、改善結果の確認という一連の過程が、十分な成果につながらなかった。どの部署のどの判断に具体的な問題があったのかは、さらに調査する必要がある。しかし、統治上の接続部分に重大な検証課題があることは明白である。

この問題は国家にも通じる。我が国では2026年10月1日に、能動的サイバー防御に関する官民連携とアクセス・無害化措置の規定が施行された。しかし、法律や組織が整っても、危険情報を判断へ、判断を行動へと変えられなければ、国民を守る実力にはならない。

もちろん、政府の権限行使は法律上の要件と適正手続きに従わなければならず、企業の経営判断と同一ではない。しかし、組織を実際に動かして目的を達成するという統治の原則は共通している。

GMOが示したのは、制度が存在するのに、それを危険の解消という成果につなげられない問題である。問われているのは、ガバナンスという言葉ではない。統治の実力なのである。

結論――統治とは、危険を知ることではなく、組織を動かして守ることである

GMOは事件後、身代金の支払いを拒み、顧客への補償やシステム基盤の抜本的な刷新を進めている。これらは評価すべき対応である。しかし、事件後に何を決断したかだけでは、事件前の統治が適切だったことにはならない。

2024年には専門家が危険を指摘した。2026年1月には取締役会の実効性評価でもグループのリスク管理体制が課題とされた。それでも8月の侵入を防げず、10月まで発見できなかった。この経緯が示すのは、危険を認識することと、危険を解消するために組織を動かすことの間に、大きな隔たりがあるという現実である。

日本企業は「ガバナンスを強化する」という言葉を安易に使うべきではない。管理監督を強め、報告を増やし、会議を重ねるだけでは不十分である。何を守るための制度なのか。誰が決断し、誰が実行し、誰が結果に責任を負うのか。それが明確でなければ、制度は整っていても統治は機能しない。

ドラッカーが重視したのは、組織を管理する技術ではなく、人々の力を結集し、社会に必要な成果を実現するマネジメントであった。統治はその中核にある。組織の存在目的を定め、必要な決断を下し、実行に移すことによって初めて、統治は現実の力となる。

GMOには、2024年の警告がどのように扱われ、対策の完了がどう判断されたのかを明らかにする責任がある。さらに、2026年1月に認識したリスク管理上の課題について、何を実行し、何を改善できなかったのかを検証する必要がある。

国家にも同じ問いが向けられる。我が国の重要インフラ、企業活動、国民の財産を守るためには、優秀な専門家も、法律も、監督機関も必要である。しかし、それらを実際の防御能力へ結び付ける統治がなければ、危機に対応することはできない。

統治とは、管理監督の別名ではない。何を守るかを決め、そのために組織の権限と資源を動かし、必要な行動を実現することである。

警告はあった。対策も行われた。経営組織もリスク管理の課題を認識していた。それでも人々の財産は危険にさらされた。GMO事件の最大の教訓はここにある。危険を発見するだけでは守れない。危険を知ったとき、組織を動かして対処する力こそ統治能力である。

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2026年11月2日月曜日

朝日新聞のアマゾン水銀汚染報道に重大な欠落——独自調査で中国からの密輸経路を確認

まとめ

  • 朝日新聞のアマゾン水銀汚染報道に重大な欠落。 胎児への深刻な危険を伝えながら、違法金採掘を支える水銀の供給元には踏み込んでいない。
  • 独自調査で中国からの水銀密輸を確認。 ブラジル政府の一次資料を追跡し、中国の供給業者が関与した密輸と、パラ州にも及ぶ違法流通網を明らかにした。
  • 朝日新聞はなぜ中国に触れなかったのか。 汚染源の個別特定は未解明だが、公開済みの重要な事実を報じなかった理由と、報道機関の説明責任を問う。

2026年10月24日、朝日新聞with Planetは、ブラジルのアマゾンで深刻化する水銀汚染を報じた。11月1日には「水銀汚染で胎児にリスク『あなたが買う金が私たちを殺す』」という見出しでYahoo!ニュースにも転載された。違法な金採掘に使われる水銀が河川を汚染し、魚を食べる先住民の健康を脅かしているという内容である。

被害は深刻だ。妊婦の体内に蓄積した水銀は胎児の脳の発達に悪影響を及ぼす危険があり、幼い子どもにも運動機能や認知機能への影響が懸念されている。日本の水俣病を思い起こさせる事態であり、朝日新聞が現地を訪れ、被害者の声を伝えたことには意義がある。しかし、この記事には看過できない欠落がある。違法採掘に使われる水銀を誰が、どこから供給しているのかという問題に踏み込んでいないのだ。

実は、ブラジル政府は既に、中国の供給業者が関与した水銀密輸ネットワークを摘発している。中国由来とみられる水銀がアマゾンの違法採掘現場で確認されたことも、政府の公式報告書に記されている。これらは朝日新聞の記事が公開される以前から公表されていた事実である。それにもかかわらず、今回の記事には中国という国名が一度も登場しない。

なぜなのか。

朝日新聞は金を購入する消費者に責任を問いかけながら、違法採掘を支える水銀の供給網について説明していない。被害者の苦しみを伝えることは重要だ。しかし、汚染を生み出す経済構造や国際的な犯罪組織の活動を明らかにしなければ、被害を止めるために何が必要なのかも見えてこない。今回は、朝日新聞が伝えた被害の実態を確認したうえで、ブラジル政府の一次資料から中国の関与を検証し、報道機関が果たすべき役割を考える。

1️⃣アマゾンの水銀汚染は胎児にまで危険を及ぼしている

朝日新聞が取材したのは、ブラジル北部パラ州のタパジョス川流域にある先住民族ムンドゥルクの集落、サウレアボイである。この地域では金採掘に伴う水銀汚染が深刻化し、魚を主な食料とする住民の健康が脅かされている。

アマゾン地域の住民を対象とした毛髪水銀検査のイメージ AI生成画像
金の採掘では、砂や泥に含まれる微細な金を回収するため、水銀が使われることがある。水銀には金と結び付いて合金(アマルガム)を作る性質があり、これを利用して金を集める。その後、アマルガムを加熱して水銀を蒸発させ、金を取り出す。しかし、この過程で水銀蒸気が大気中に放出され、作業中に流出した水銀は河川や土壌を汚染する。環境中の水銀の一部は微生物の働きによって毒性の強いメチル水銀に変わり、魚に蓄積する。それを食べる住民の健康が脅かされるのである。

とりわけ危険なのが妊婦と胎児である。メチル水銀は胎盤を通過し、発達途中の胎児の神経系に影響することがある。母親に目立った症状がなくても、生まれてくる子どもの運動機能や認知機能の発達が損なわれる可能性がある。朝日新聞によると、ブラジルの研究機関オズワルド・クルス財団が2026年5月に発表した調査の速報値では、妊婦195人の毛髪水銀濃度は平均9.1ppm、最高39.9ppmに達した。財団が健康被害を避ける目安としている2ppmを大幅に上回る数値である。調査対象となった10集落のうち7集落では、財団が極めて高いリスクと判断する10ppm以上の値が確認された。

ただし、この数値だけで個々の胎児に障害が生じたと断定できるわけではない。朝日新聞の記事でも、医師たちは水銀曝露以外の要因にも注意を払いながら、妊婦と幼児の健康状態を追跡している。しかも、深刻な水銀汚染は最近になって判明したものではない。パウロ・バスタ医師らが2019年に実施したムンドゥルクの住民を対象とする研究では、サウレアボイ集落の調査対象者40人のうち87.5%で、毛髪水銀濃度が6ppm以上に達していた。この研究は2021年に公表されており、同集落で高濃度の水銀曝露が続いていることは以前から科学的に確認されていたのである。

朝日新聞の記事では、妊婦が肉食魚を避けようとする姿や、医師たちが住民に水銀の危険を教える取り組みが紹介されている。これらの努力は重要だ。しかし、住民が食生活を変えても、違法採掘が続けば汚染そのものは止まらない。しかも、金採掘による水銀汚染には、採掘業者が外部から持ち込む水銀だけでなく、森林伐採や掘削によって土壌中の水銀が河川に流出する経路もある。したがって、被害を防ぐには、水銀の違法流通を取り締まるとともに、汚染を引き起こす採掘活動そのものを抑えなければならない。

では、違法採掘に使われる水銀はどこから来るのか。その供給構造を調べると、中国の供給業者が関与する密輸ネットワークが浮かび上がってくる。

2️⃣ブラジル政府は中国からの水銀密輸を既に把握していた

2025年10月、ブラジル情報庁(ABIN)、環境省、ブラジル公共安全フォーラムは、『Mercúrio na Amazônia(アマゾンの水銀)』と題する合同報告書を公表した。この報告書の16ページには、重要な事実が記されている。中国は世界最大の水銀生産国であり、2018年から2024年までの公式輸出統計では、南米諸国に約41トンの水銀を輸出していた。さらに、ブラジルのアマゾンにある違法金採掘現場で、中国由来とみられる水銀が確認されたという。

報告書は、中国からブラジルへの正式な水銀輸入記録が存在しないことも指摘している。つまり、中国由来とみられる水銀が違法採掘現場で見つかっている一方、正規の輸入経路は確認できていないのである。ただし、約41トンという数字は中国から南米諸国全体への公式輸出量であり、ブラジルへの密輸量ではない。また、中国が世界の水銀輸出を独占しているわけでもない。ブラジル政府の報告書は、ボリビアやガイアナなどを経由する供給経路についても詳しく分析している。

それでも、中国の供給業者が違法流通に関与したことは、具体的な捜査によって裏付けられている。2026年8月14日、ブラジル連邦検察庁は大規模な水銀密輸事件について発表した。連邦検察庁によると、2019年から2022年にかけて、犯罪組織が約5.4トンの水銀を違法に売買していた。組織は中国とメキシコの供給業者から水銀を調達し、航空貨物でブラジルのヴィラコッポス空港へ送らせていた。ボリビアから陸路で持ち込む経路や、ブラジル国内の業者から調達する経路も使われていたという。

中国の供給業者が関与した水銀密輸ネットワークの概念図。ブラジル連邦検察庁の2026年8月14日の発表などを基に作成。中国由来の水銀がサウレアボイ集落に供給されたことは確認されていない。クリックす.s
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組織は水銀を鉄製の球や廃材、機械部品などと偽って輸送し、架空会社や虚偽の書類を利用して流通させていた。筋力トレーニング用の重りやハンマーの内部に水銀を隠す手口も確認されている。こうして調達された水銀は、マットグロッソ州やパラ州の違法金採掘現場に販売されていた。パラ州は、朝日新聞が取材したサウレアボイ集落のある州である。

ただし、約5.4トンは中国産だけの数量ではなく、複数の調達元を含む組織全体の取扱量である。また、中国から送られた特定の水銀が、パラ州のどの鉱山へ届けられたかまで確認されたわけではない。公表された捜査結果をもって、サウレアボイ集落の汚染源を中国と断定することはできない。ここで区別すべきなのは、検察当局が捜査で把握した事実と、裁判で確定した事実である。連邦検察庁は事件の関係者を訴追し、連邦裁判所が刑事手続きを進めている。起訴されたこと自体が有罪確定を意味するわけではない。

しかし、中国の供給業者から水銀を調達し、ブラジルの違法採掘市場に流通させる密輸ネットワークが捜査対象となり、その具体的な仕組みが公表されていることは動かし難い事実である。

さらに2026年9月3日、ブラジル連邦検察庁はSNS上の違法な水銀販売広告についても発表した。検察庁はTikTok上で108件の関連投稿を確認し、その再生回数は合計580万回を超えていた。販売の連絡先には中国に関連付けられた電話番号も含まれていたという。実際の取引成立までは確認されていないが、違法な水銀販売がインターネットを通じても行われようとしている実態を示している。

こうした資料を総合すれば、中国からの水銀密輸を単なる憶測として扱うことはできない。もちろん、今回のサウレアボイ集落で使われた水銀の原産国まで中国と特定されたわけではない。しかし、それを理由に、ブラジル政府が確認している中国の供給業者との密輸取引まで無視してよいことにはならない。個別の集落における水銀の原産地が未解明であることと、中国の業者がアマゾン向けの水銀密輸に関与していたことは、明確に区別すべき問題なのである。

3️⃣朝日新聞はなぜ中国の水銀密輸を報じなかったのか

朝日新聞の原記事が公開されたのは2026年10月24日である。ブラジル政府の合同報告書が公表されたのは2025年10月、中国の供給業者が関与した水銀密輸事件の捜査結果が発表されたのは2026年8月14日である。つまり、朝日新聞が記事を公開した時点で、これらの資料は既に公表されていた。しかも、ブラジル政府の合同報告書は、朝日新聞が取材したムンドゥルクの居住地域における水銀汚染を論じる一方、中国由来とみられる水銀の存在や、中国の供給業者が関与した密輸事件にも言及している。政府の公開資料を調べれば、両方の情報に行き着くことができたのである。

それにもかかわらず、朝日新聞の記事には中国への言及が一切ない。なぜ、既に公表されていた重要な事実を読者に伝えなかったのか。

朝日新聞の報道とブラジル政府の公開資料を比較検証するイメージ。画像内の紙面・資料は実物ではない(AI生成画像)。
朝日新聞は記事の最後で、先住民族ムンドゥルクの女性リーダー、アレサンドラ・コラップさんによる金の購入者への告発を紹介している。消費者が金の由来に目を向けることは重要だ。しかし、違法採掘を支える水銀の供給者や、採掘された金を買い取る業者にも目を向けなければ、問題の全体像は見えてこない。実際、金の販売先についても具体的な捜査結果が存在する。

2025年5月27日、ブラジル連邦検察庁はパラ州での大規模な違法金輸出事件について発表した。この事件では、イタイトゥバ周辺などで違法に採掘された金について、虚偽の請求書を使って合法的な金であるかのように偽装し、海外へ輸出していた疑いで36人に対する刑事裁判が始まった。検察庁が挙げた輸出先には、アラブ首長国連邦、インド、香港、イタリア、スイスが含まれている。

香港への輸出が確認されたからといって、中国本土の企業が最終購入者だったと断定できるわけではない。また、水銀密輸事件と金輸出事件が同じ犯罪組織によるものだったと立証されたわけでもない。しかし、パラ州の違法金採掘を巡って、海外から水銀を調達する経路と、違法に採掘した金を海外へ流出させる経路が、それぞれ確認されていることは重要である。

違法金採掘は、山奥で金を掘る者だけの問題ではない。水銀の調達、採掘機械の投入、金の買い取り、原産地の偽装、海外への輸出という一連の取引によって支えられている。金の国際価格が上昇すれば、違法採掘の利益も増え、取り締まりを逃れて新たな採掘設備を投入する動機が生まれる。こうした構造を解明せず、消費者に金の購入を考え直すよう求めるだけでは、犯罪組織の活動を止める具体策は見えてこない。

朝日新聞の今回の記事が、妊婦や子どもの健康被害を中心とする現地ルポであることは理解できる。記事には取材目的があり、すべての問題を網羅することはできない。中国に言及しなかったという事実だけで、意図的に中国の関与を隠したと断定することも適切ではない。だが、意図的な隠蔽を証明できないことと、報道の不足を批判できないことは別である。

問題は、朝日新聞が中国をかばおうとしたかどうかという、証明されていない意図ではない。中国の供給業者が関与した密輸事件が公表されていたにもかかわらず、記事では水銀の国際的な供給構造を説明しなかったという、具体的な編集上の問題である。朝日新聞は水俣病の歴史を取り上げ、企業や行政の対応の遅れが被害を拡大させた教訓を紹介している。原因を知りながら必要な対策を講じなかったことが、いかに重大な結果を招くかを伝えたのである。その教訓を現在のアマゾンに当てはめるなら、汚染の被害だけでなく、汚染を生み出す経済活動と、それを支える国際的な供給網にも目を向ける必要があるはずだ。

ここで朝日新聞に問いたい。中国の供給業者が関与した水銀密輸事件を把握していたのか。把握していたなら、なぜ記事で取り上げなかったのか。把握していなかったなら、ブラジル政府の合同報告書や連邦検察庁の捜査結果について、追加の検証を行う考えはないのか。

朝日新聞がどの資料を調べ、どのような編集判断をしたのかは明らかになっていない。しかし、少なくとも公表済みの重要な情報が記事に反映されていないことは指摘できる。しかも、中国からの水銀密輸は今回の問題と無関係な周辺情報ではない。水銀を利用した違法採掘を止めるために、どのような取引を監視し、どのような犯罪組織を取り締まるべきかという問題に直結する。

朝日新聞は被害者の苦しみを伝えた。しかし、被害を生み出す仕組みの重要な部分を伝えなかった。この報道上の不足は、明確に指摘されるべきである。

報道機関は、被害者の声を届けるだけでなく、被害を生み出す原因と責任の所在を追及する役割も担う。特に、既に公表された政府資料に具体的な手掛かりがあるなら、それを調べ、読者に示すことには大きな意味がある。被害者の訴えを伝えるだけで終わるのか。それとも、被害を繰り返させないため、国境を越える犯罪構造まで追跡するのか。朝日新聞の今回の記事は、その違いを考えさせる報道でもある。

結語

1956年に公式確認された水俣病は、企業による汚染と行政の対応の遅れが、取り返しのつかない被害を生んだ事件である。胎児性水俣病の存在は、母親が摂取したメチル水銀によって、生まれる前の子どもまで被害を受けることを明らかにした。この歴史的な教訓を背景に、我が国が議長国を務めた2013年の外交会議で採択されたのが、「水銀に関する水俣条約」である。条約は2017年8月16日に発効した。

しかし、条約を締結するだけでは、水銀の密輸も違法金採掘も止まらない。水銀の国際取引を監視し、違法採掘の資金源を断ち、取り締まりを実行する国家の統治能力が求められる。ブラジルでは、連邦警察が犯罪を捜査し、連邦検察庁が刑事訴追を担い、裁判所が有罪・無罪を判断する。環境・再生可能天然資源院(IBAMA)は、水銀の流通管理や環境法令の執行に関わる。これらの機関が適切に連携し、違法採掘を取り締まらなければ、汚染を止めることはできない。

我が国も、水俣病を経験した国として、水銀の国際的な流通監視、違法採掘に由来する金の取引情報の透明化、関係国の捜査・環境監視能力の強化に協力すべきである。金を取り扱う企業についても、調達先の確認と取引記録の透明性を高めることが重要になる。中国の供給業者が関与した水銀密輸については、ブラジル当局が公表した具体的な事実に基づき、関係する事業者の責任を追及する必要がある。同時に、ボリビア、ガイアナ、メキシコなどを経由する供給網や、違法に採掘された金を買い取る国際市場についても監視を強めなければならない。

そして、朝日新聞にも改めて問いたい。ブラジル政府が中国からの水銀密輸を具体的に公表していたにもかかわらず、なぜ今回の記事にはその事実が登場しなかったのか。サウレアボイ集落の汚染源を中国と特定する証拠は、現時点では確認されていない。だからこそ、さらに取材を進め、水銀がどこから運ばれ、誰によって使用されたのかを突き止める必要がある。

朝日新聞が伝えた被害は深刻である。しかし、伝えなかった国際的な水銀供給構造もまた重要である。

水俣病の教訓とは、悲劇が起きてから被害者の苦しみを語ることだけではない。危険を生み出す仕組みを明らかにし、同じ被害を繰り返させないことである。中国の供給業者が関与した水銀密輸は、ブラジルの捜査当局によって既に公表されている。その事実を伝えず、違法採掘の背景にある供給構造を説明しなかった朝日新聞の報道には、明確な不足がある。

被害を伝えるだけでは、被害は止まらない。誰が水銀を供給し、誰が金を採掘し、誰が利益を得ているのか。そこまで追及してこそ、水俣病の教訓を生かした報道になるのである。

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2026年11月1日日曜日

米国の左傾化は日本の安全に直結する――米中間選挙まで2日、対岸の火事と思うな

まとめ

  • 1か月前、本稿は「下院は民主党有利、上院は接戦」と判断し、断定を避けた。情勢は民主党へ傾いたが、米メディアの反トランプという前提を差し引いて、読み直す必要がある。
  • 割り引いても残る材料はある。特別選挙の投票実績、共和党自身の防衛的な資金移動、そして選挙直前の区割り変更だ。下院の奪還は有力だが確実ではなく、上院は五分に近い
  • 選挙後に問われるのは、米国の左傾化が世界の秩序をどう変えるかである。抑止の空白は中国を利し、東シナ海と我が国の安全に直結する。我が国は米国の政変に左右されない国力を、自前で作れるか

11月3日の米国中間選挙まで2日となった。1か月前、本稿は「米国中間選挙まで1か月――選挙情勢とDSAの台頭を、日本の国益から考える」で情勢を分析し、下院は民主党有利を支持する材料がある一方、上院は接戦であり、両院を一括して民主党の勝利と予測する段階ではないと書いた。投票日を前に、その判断がどこまで持ちこたえ、どこが動いたのかを検証する。情勢解説の価値は、予想が当たったかどうかではなく、判断の材料と留保が正しかったかにあるからである。

検証には、もう一つ作業を加える。米国の主要メディアのトランプ嫌いは明らかであり、日本の報道はその翻訳に偏りがちだ。伝えられる「民主党優勢」を、そのまま受け取るわけにはいかない。割り引くべきものを割り引き、それでも残る材料だけで情勢を読み直す。

本稿の本筋は変わらない。問うべきはトランプ大統領の勝敗そのものではない。この変化が我が国の国益に何を意味するかである。

1️⃣情勢は動いた――上院まで民主党が視野に入れた

まず選挙区単位の評定である。クック・ポリティカル・リポートは10月23日、接戦としていた下院の6選挙区を民主党寄りに変更した。これで少なくとも民主党寄りとされる選挙区は220となり、過半数の218を接戦区の結果を待たずに上回った。共和党の優勢は198にとどまる。予測市場でも、民主党が下院の過半数を奪う確率は9割に達している。産経新聞の獲得予想でも、下院は民主党が227から237議席、共和党が198から208議席と開いている。日本国際問題研究所の分析も、専門機関の間で民主党が少なくとも下院を奪還するとの見方が強まっていると整理する。

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より大きく動いたのは上院である。1か月前、クックの下院担当分析者は、上院の支配権は互角の争いだと述べていた。今やリアル・クリア・ポリティクスの予測議席は民主党系52、共和党48となり、上院の奪還まで視野に入った。ただし、非改選を含めた勢力の色分けでは共和党46、民主党47と伯仲し、勝敗は接戦7州に委ねられている。「奪還が視野に入った」と「奪還が決まった」は違う。この区別は最後まで必要である。

政権側の数字も悪化した。トランプ大統領の支持率は調査平均で38%前後にあり、最も厳しいロイター通信の調査では、10月19日公表分で過去最低の31%まで落ち込んだ。背景として各社がそろって挙げるのは、対イラン軍事作戦に伴うエネルギー価格の高騰である。ガソリン価格の上昇が家計を直撃し、最大の争点である生活費への不満が、政権への逆風になった。共和党候補の中には、政権の関税政策を批判して大統領と距離を置く動きまで出ている。政策の失敗は価格に表れ、価格が選挙を決める。米国の有権者が突きつけているのは、イデオロギーへの審判である前に、生活への審判である。

ただし、この情勢図には大きな前提がある。今回の下院選は、選挙直前に選挙区の区割りそのものが書き換えられた、異例の選挙である。引き金を引いたのはトランプ大統領であり、通常は10年ごとの国勢調査を待つ区割り変更を、2025年に南部テキサス州へ求めた。共和党はフロリダ、テネシーなど計7州で変更を実現し、民主党の対抗はカリフォルニアとユタの2州にとどまった。今年4月、区割りに少数派への配慮を求める法律の適用を制限する最高裁判決が出たことも、共和党の動きを加速させた。差し引きでは共和党に5議席前後の上積みが見込まれるが、当初狙った15議席規模には届いていない。

しかも、その当て込みにも狂いが生じている。新たな区割りは、2024年の大統領選でトランプ氏がヒスパニック有権者から予想外の支持を集めた実績を前提に引かれた。ところが物価高と強硬な移民政策への反発でその支持は離れつつあり、テキサスでは再編した選挙区自体が接戦になっている。つまり、民主党が優勢とする220という数字は、共和党に有利な土俵の上での数字である。それでもなお政権党が劣勢だという事実は、逆風の強さを数字以上に物語る。逆に、共和党が下院を守る結果になれば、その勝因の一部は有権者の審判ではなく区割りに帰すべきものとなる。この前提を抜きに、勝敗の意味を語ることはできない。

2️⃣変わらなかったこと――接戦州の顔ぶれと、見るべきものの順序

一方で、変わっていないものもある。1か月前に本稿が個別調査の例として挙げた上院の接戦州、ミシガン、テキサス、カンザスは、今も接戦7州の中核であり、数ポイント差の争いが続いている。当時のエマーソン調査では、ミシガンで民主党候補が48%対46%、テキサスで47%対46%、カンザスで45%対43%と、いずれも誤差の範囲内だった。情勢の「傾き」は全国の空気の話であり、実際の勝敗は今も、これらの州の投票率と無党派層の動きで決まる。

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全国調査の読み方への留保も維持する。1か月前、全国の投票意向は調査によって民主党の優位が2ポイントから12ポイントまで開いていた。このばらつき自体が解消したわけではない。変わったのは、選挙区単位の評定と予測市場という別の種類の材料が、同じ方向を向き始めたことである。材料の種類がそろったときに初めて、情勢判断は前に進められる。

ここで、前文で述べた割り引きの作業を行う。まず、割り引くべき材料から挙げる。予測市場の「9割」は、実弾の金が入っているとはいえ、勢いに流されやすい。モデルによる予測機関の数字は8割程度にとどまっており、市場の方が強気に振れている。支持率31%も、最も厳しい調査の数字であり、平均は38%前後である。世論調査がトランプ氏への支持を拾い損ねる癖は、過去3回の選挙で繰り返し確認された。上院の州別調査は誤差がさらに大きく、「民主党52対共和党48」という試算も、接戦州の結果次第で容易に覆る。「青い波」という物語の増幅のされ方は、2022年に「赤い波」の物語が大きく外れたときと同型である。

それでも、割り引いて残る材料がある。第一に、世論調査ではなく、実際に投じられた票である。2025年1月以降に行われた連邦・州の特別選挙107件を集計すると、民主党は2024年大統領選の同じ地区の得票差と比べて約13ポイント改善している。これは2026年6月時点の集計であり、連邦議会の選挙に限れば改善は約17ポイントに及ぶ。今年1月には、共和党の地盤であるテキサス州の州議会上院補欠選挙で、トランプ大統領が支持を呼びかけた共和党候補が、14ポイント以上の差で敗れた。もっとも、補欠選挙は関心の高い層の投票に偏るため、改善幅がそのまま本選挙に再現されるわけではない。この留保を付けたうえでも、票の実績は報道の空気とは別物である。

第二に、共和党自身の行動である。共和党系の資金団体は、見込みの薄れたノースカロライナ州の上院選から資金を引き揚げ、カンザス州の現職の防衛に回したと報じられている。公開調査とは別に私的な調査を持つ側の人間が、劣勢を前提に動いている。そして何より、政権の情勢判断に自信があるのなら、選挙直前に区割り変更を求める必要はなかったはずである。第三に、数字の出所である。全国の投票意向の平均で民主党が8.3ポイントリードするという数字は、保守派も引用するリアル・クリア・ポリティクスの集計であり、反トランプメディアだけの作文ではない。

割り引いたうえでの本稿の判断は、こうなる。下院の民主党奪還は有力だが、確実ではない。調査の外しと区割りの上積みが重なれば、共和党が下院を守る展開は十分にある。上院は、民主党がわずかに先行する程度であり、実質は五分に近い。1か月前の「上院は接戦」という留保は、弱めるべきものではなく、維持されるべきものだったことになる。

DSA(アメリカ民主社会主義者)への評価軸も変わらない。民主党が議席を増やすことと、DSAの政策が支持されることは同じではない。全国的な家賃規制、主要産業の公的所有、上院の廃止、海外米軍基地の閉鎖といった綱領の一部には、米国の経済と統治、そして我が国の安全保障に重大なリスクがある。この評価は、DSAが支持する候補の当選数ではなく、その政策が民主党の公約、国防予算、議会の採決にどこまで入るかで検証すべきものである。答えは11月3日に出始め、選挙後の議会運営で確定していく。

3️⃣我が国の国益から見れば、勝敗は条件の一つにすぎない

我が国にとっての問題は、民主党の勝利が「良い知らせ」かどうかではない。選挙後の姿は、すでにある程度具体的に見えている。ロイター通信は、民主党が下院の過半数を奪還すれば、政権を対象とした調査を本格化させ、ホワイトハウスに妥協を迫ることが可能になると報じている。民主党指導部はトランプ氏の行為を「腐敗」と位置づけ、調査に乗り出す意向を示している。弾劾については、調査で弾劾に値する証拠が見つかれば踏み切る可能性はあるものの、最初の行動とする考えはないというのが関係者の説明であり、党内急進派の圧力と指導部の慎重さがせめぎ合う。仮に下院で訴追が可決されても、罷免には上院の3分の2の賛成が要り、現実には届かない。残るのは、調査と大統領令が正面からぶつかる2年間である。

さらに、トランプ氏は10月27日、選挙が「公正」に行われれば結果を受け入れると述べた。敗れた側が結果を認めない可能性まで含めて、米国の統治の安定そのものが問われる選挙になった。下院を失った政権は残り2年の求心力を欠く。関税政策に議会の歯止めがかかる可能性が出る一方、共和党が議会を守れば、関税と防衛負担の圧力は今の形のまま強まる。結果がどちらでも、我が国が向き合うのは「米国の内政に左右される同盟」という構造そのものである。

そして、勝敗と同じだけ重要なのが、勝者の内訳である。民主党が議席を伸ばすとして、その党をどの勢力が引っ張るのか。物価対策を掲げる穏健派なのか、急進的な公約を掲げる左派なのかで、選挙後の米国の政策はまったく別のものになる。第2章で述べた通り、民主党の議席増とDSA的な政策の前進は同じではない。だが、急進派の圧力と指導部の慎重さのせめぎ合いは、調査と弾劾をめぐる攻防の中にすでに出ている。選挙の結果は、議席の数ではなく、この内訳で読まなければならない。

東シナ海を望む海岸と水平線上の艦艇 イメージ、AI生成画像
問題は議席の数だけではない。米国の内政でリベラル・左派の力が強まれば、その影響は国境を越える。海外基地の閉鎖や国防力の抑制が現実の政策に近づけば、東アジアの抑止に空白が生まれ、中国を利する。在日米軍は日米安全保障条約第6条に基づく同盟の基盤であり、その後退は東シナ海と台湾、そして我が国の安全に直接跳ね返る。移民に寛容な政策も、国際的な「規範」の顔をして、我が国の外国人政策への圧力となる。在留外国人428万人の時代に、受け入れを既定路線にするなと本稿が繰り返してきた問題と、ここでつながるのである。米国のメディアと教育機関で進んだ左傾化は、形を変えて我が国にも及んできた。米国の選挙は、我が国の行く末を先取りして見せる鏡でもある。読者の多くは、すでにそのことに気づいているはずである。

分断の深まりもまた、国境を越える。本稿は先日、中国の認知戦が「米国不信」を保守層に植え付ける段階に入ったと指摘した。選挙結果をめぐる対立や混乱の映像は、その工作にとって格好の材料である。左傾化による抑止の後退と、分断による同盟の動揺。中国から見れば、今回の選挙は、勝敗のどちらに転んでも利用できる材料を抱えている。

結局のところ、我が国の答えは選挙の外にある。米国の政変に左右されない国力、すなわち国内の供給力と継戦能力を自前で作れるかどうかである。年末の安保3文書改定が問うているのは、まさにこの点にほかならない。ワシントンの議会構成がどうなろうと、この課題の重さは変わらない。米国の鏡に映る姿を、我が国の明日への警告として受け取るべきである。

結論

11月3日に出るのは、米国の議会構成についての答えである。1か月前の本稿の判断は、上院を接戦として断定を避けた点で正しかった。下院についても方向の読みは誤っていなかったが、確度は割り引いて受け取るべきだった。情勢はそこからさらに民主党へ動いた一方で、区割りという土俵自体が直前に動かされた選挙でもある。材料を割り引き、留保を保ったまま判断を更新する。それが情勢を扱う者の責任である。

そのうえで、勝敗の先を読む姿勢は変えない。民主党の勝利は我が国への追い風ではなく、共和党の勝利は無条件の安心ではない。問うべきは勝敗ではなく、勝った側の中でどの勢力が伸びたのかであり、その政策が世界と我が国に何をもたらすのかである。米国の政策を、党派への好悪ではなく、具体的な政策と我が国への効果で測る。この基準を守り、選挙後には結果を同じ物差しで検証し直す。11月3日の答えは、終わりではなく、次の検証の始まりである。

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