2025年11月5日水曜日

ASEAN分断を立て直す──高市外交が挑む「安定の戦略」


まとめ
  • 2025年版グローバル・ピース・インデックス(GPI)は、世界の平和度が前年より0.36%下がったと報告し、南アジアを中心に治安と統治が悪化。西欧主導秩序が崩れ、「大断片化」の時代が到来している。
  • 新興国や途上国では制度の脆弱さから、経済危機や汚職、権威主義化の影響を受けやすく、暴力による経済損失は世界GDPの11.6%に及ぶ。
  • ASEANではラオスが47位(前年44位)、タイが86位(前年81位)へと後退し、シンガポールのみが6位を維持。地域の治安と統治の格差が拡大している。
  • 高市首相はASEAN歴訪で「東南アジアを再び一つに」と訴え、安倍晋三元首相の「自由で開かれたインド太平洋」構想を継承。エネルギー連携を軸に脱炭素と安定成長を両立させる戦略を示した。
  • 高市外交はエネルギーと安全保障を両輪とし、AZECとOSAを通じた非戦闘領域の支援でASEANの安定化を図る。これはサプライチェーンと海上輸送路を守るための、現実的かつ戦略的な外交である。
1️⃣世界の平和度が示す「断片化」の時代

Global Peace Index 2025

2025年版「グローバル・ピース・インデックス(GPI)」は、オーストラリアの独立系シンクタンク「経済平和研究所(Institute for Economics & Peace)」が発表した国際的な平和指標だ。国連やOECD、世界銀行も参照する権威あるデータで、163の国と地域を対象に、「社会の安全」「紛争の継続」「軍事化」の三分野から計23の項目を評価している。その2025年版は6月に公表され、高市首相のASEAN歴訪(10月)に先立って、世界がかつてない不安定期に入ったことを明確に示した。

報告によれば、世界全体の平和度は前年より0.36%低下し、87カ国で悪化、74カ国で改善にとどまった。特に南アジアでは緊張が高まり、地域全体が「最も平和度の下がった地域」とされた。政府機能の弱体化、法の支配の後退、汚職の拡大、そして権威主義の台頭――こうした要因が治安の崩壊を招いている。

紛争の拡大も深刻だ。報告書の「進行中の国内・国際紛争」項目では、戦闘の件数も死者数も戦後最多級となった。アフリカ、中東、南アジアでは武装勢力の跳梁が止まらず、国家機能が崩壊する例も出ている。これらの国々は例外なく順位を下げた。

GPIはこうした流れを「大断片化(The Great Fragmentation)」と名づけた。西欧主導や米中二極といった従来の秩序が崩れ、地域ごとの対立が新たな不安定要因になっているという指摘だ。多極化の進行は、国際社会を静かに分裂へと導いている。

新興国や途上国では、この分裂の衝撃が最も激しい。制度や治安の脆弱さが、外的要因をもろに受け止めるからだ。経済危機や汚職、暴力が一度発火すれば、その国はたちまち混乱に沈む。GPIは「暴力による世界経済への損失は19.97兆ドル、世界GDPの11.6%に相当する」と試算している。これはもはや遠い国の話ではない。
 
2️⃣ASEANに広がる「不均質な危機」

ASEANの旗

こうした世界情勢のなかで、日本にとって最も重大なのがASEANの動向である。GPI 2025によれば、東南アジアは一枚岩ではなく、国ごとの格差が拡大している。

ラオスは2024年の44位から47位へ後退。軍備支出の増加と偽情報の蔓延が治安を悪化させた。タイも81位から86位へと順位を下げ、政情不安が続く。一方でシンガポールは前年と同じ6位を維持し、アジアで最も平和な国の地位を守っている。

この差こそが「断片化」の象徴である。ASEANは経済統合を進めてきたが、平和の均衡はもろい。軍事化の進行や民主制度の成熟度の違いが、地域の基盤を揺るがしている。

本ブログでも以前取り上げたが(「東南アジアを再び一つに──高市首相がASEANで示した『安倍の地政学』の復活」、高市首相はASEAN歴訪で安倍晋三元首相の理念「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を再定義した。彼女が打ち出したのは、「ASEANを再び一つにする」という明確な意思である。対中・対米のはざまで揺れる各国を、再び安定の輪に戻す構想だ。
 
3️⃣エネルギーと安全保障──高市外交の現実的戦略

高市首相は、安定の礎としてまずエネルギー連携を掲げた。実際、アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)首脳会合で、各国がそれぞれの現実に即した脱炭素と成長、そしてエネルギー安全保障を両立させると宣言している。日本の原子力技術や高効率の発電・送電技術を活用し、ASEANの電力安定を支える構想だ。これは単なる経済協力ではない。国家の安定を直接支える安全保障政策である。

だが、エネルギーだけでは地域は守れない。ASEANを真に安定させるには、抑止力を含めた安全保障支援が欠かせない。日本が取るべき道は、武器輸出ではなく、監視・救難・情報共有など非戦闘領域での能力支援だ。すでに政府は「政府安全保障能力強化支援(OSA)」を通じ、フィリピンに沿岸監視レーダーを供与した。さらに海上保安庁による巡視船支援、災害救助、サイバー防衛協力なども進めている。これらは憲法の枠内で可能な「現実的な軍事支援」であり、エネルギーと並ぶもう一つの柱だ。

ASEANの不安定化は、直接日本の国益を脅かす。第一に、東南アジアは日本企業の生産拠点であり、政情不安が起きればサプライチェーンが断たれる。第二に、マラッカ海峡や南シナ海は我が国の生命線である。治安悪化はエネルギー輸送を停滞させ、保険料や燃料費を押し上げる。第三に、ASEANの分裂は中国の影響力拡大を招き、結果として日本の防衛負担が増す。つまり、ASEANの混乱は日本の「防波堤の崩壊」を意味する。

先月25日夜、ASEAN関連の首脳会議に出席するため、政府専用機でマレーシアに到着した高市首相


高市首相のASEAN訪問は、この危機を見据えた“予防外交”だった。彼女の掲げた「東南アジアを再び一つに」という言葉は、友好の飾りではない。断片化の時代に、日本が主導して地域を再構築するという決意の表明である。エネルギーと安全保障の二本柱を掲げたこの外交は、安倍晋三元首相の地政学的構想を実践に移したものであり、現実政治に根ざした戦略的行動である。

GPI 2025が示したように、ASEANの平和度は静かに下がっている。だが、高市外交はその流れを見越し、早くも“反転攻勢”を始めた。日本が平和の仲介者であり、制度支援の提供者として動くなら、東南アジアの未来はまだ変えられる。

GPIの数値は単なる統計ではない。それは日本がどう生きるかを問う警鐘である。ASEANの揺らぎは、我が国の地政学的責任を映す鏡だ。日本が再び世界の秩序をつなぎ直す力を取り戻せるかどうか――その答えは、今まさに示されようとしている。

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