2024年9月16日月曜日

「トランプが負けたら米国は血の海になる」!?…大統領選「テレビ討論会」はデタラメだらけ!ハリスとABCが深めた「米国の分断」―【私の論評】行き過ぎたアイデンティティ政治が招きかねないファシズムの脅威

「トランプが負けたら米国は血の海になる」!?…大統領選「テレビ討論会」はデタラメだらけ!ハリスとABCが深めた「米国の分断」

まとめ
  • テレビ討論会での司会者の偏った対応が、トランプとハリスの発言に対するファクトチェックに影響を与えた。特に中絶に関する議論では、ミネソタ州の法律が誤解され、トランプの指摘が否定された。
  • ハリスはトランプ政権下での体外受精治療(IVF)の禁止を主張したが、トランプはその方針を打ち出しておらず、ハリスの発言は事実誤認であった。
  • FBIの犯罪データについて、トランプの主張が正しい可能性があるにもかかわらず、司会者はそのデータを根拠にトランプを批判した。
  • シャーロッツビル事件に関するトランプの発言が誤解され、ハリスはその文脈を無視して批判を行ったが、司会者はその誤りを指摘しなかった。
  • 政府とメディアが一体となって真実を歪め、政敵を攻撃する傾向が見られ、これはファシズム的な現象として警戒すべき状況である

アメリカ大統領選挙のテレビ討論会

アメリカ大統領選挙のテレビ討論会において、司会者の偏った対応や事実誤認が見られた。トランプの発言に対して不適切なファクトチェックが行われ、ハリスの誤った発言は修正されなかった。中絶に関する議論では、ミネソタ州の法律や実態が正確に伝えられず、体外受精治療に関するトランプの方針も無視された。犯罪統計についても、FBIのデータの不備が考慮されなかった。シャーロッツビル事件や移民問題に関するトランプの発言も、文脈を無視して批判された。

中絶に関して、ミネソタ州知事ワルツの発言をトランプが指摘した際、司会者は不適切なファクトチェックを行った。実際には、ミネソタ州の中絶指針では妊娠期間による制限がなく、生存乳児保護規定も削除されている。これは生後の赤ちゃんを殺すのを認めたと表現しても、間違いとはいえない。

ハリスの体外受精治療に関する発言も事実誤認であり、トランプ政権がIVFを禁止したのが仮に事実として正しいとしても、自分たちの政権でIVFを復活させればよいだけである。そしてそもそもトランプ政権がIVFを禁止したという事実はない。トランプが最近発表したIVF支援方針は無視された。

犯罪統計に関しては、FBIのデータ収集システムの問題(システム交換によるものとされる)により、多くの都市のデータが反映されていない状況が指摘された。そのため、FBIの統計と司法統計局の調査結果に大きな矛盾が生じている。トランプの犯罪増加の主張に対する司会者の反論は、この状況を考慮していなかった。

シャーロッツビル事件に関するトランプの発言は、文脈を無視して批判された。トランプがネオナチや白人至上主義者を「とてもよい人」と呼んだという解釈は、左派系のファクトチェック機関も否定している。しかし、ハリスはこの誤った解釈を繰り返し、司会者も修正しなかった。

移民問題に関して、トランプのスプリングフィールドでの発言が取り上げられた。ハイチからの移民が増加したことによる地域の変化や住民の不満が背景にあるが、これらの複雑な状況は無視され、トランプの「ハイチからの移民がペットを食べている」という一部の発言のみが切り取られ批判された。

これらの事例は、政府とメディアが一体となって真実を歪め、政敵を攻撃するファシズム的な傾向を示している。この状況下で、かつての民主党支持者やイーロン・マスク、ザッカーバーグなどの著名人がトランプ支持に回る現象が起きている。これは現在の民主党のあり方にファシズムの兆候を感じ取り、民主主義の危機を懸念しているためだと考えられる。

朝香 豊(経済評論家)

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】行き過ぎたアイデンティティ政治が招きかねないファシズムの脅威

まとめ
  • 著名人(ケネディ、イーロン・マスク、ザッカーバーグ)は、民主党の権威主義や検閲が民主主義に対する脅威であると認識しているようだ。
  • 民主党がポリティカル・コレクトネス、アイデンティティ政治、キャンセル・カルチャーを受け入れていることが、言論の自由を脅かす。
  • アメリカ社会では、アイデンティティ政治やキャンセル・カルチャーの進行が表現の自由や学問の自由に対する懸念を呼んでいる。
  • 調査結果によると、多くのアメリカ人がポリティカル・コレクトネスやキャンセル・カルチャーを自由や社会の分断に対する脅威と見なしている。
  • トランプ氏の今後の討論会欠席の意向を表明したが、これはハリス・メディアに付け入る隙を与えないようにすることと、米国社会のさらなる分断をさけるためと、さらにトランプの選挙戦略の一環とみられる。

ロバート・ケネディ・ジュニア、イーロン・マスク、ザッカーバーグのような著名人は、警告のサインに気づいているようです。彼らは、民主党の権威主義と検閲へのシフトが民主主義への脅威であることを理解しています。


イーロン・マスク(左)とザッカーバーグ
これらの人物は、自由と米国建国時の理念を守ろうとしているようです。彼らは、現状の民主党が米国の憲法上の権利に重大な危険をもたらしていることを認識しています。 また、民主党がポリティカル・コレクトネス、アイデンティティ政治、キャンセル・カルチャーを受け入れていることも、ファシズム的傾向を示していると言えるでしょう。彼らは、米国人をグループに分け、対立を煽り、検閲や反対意見の封殺を推進していると批判されています。これは、民主主義社会の根幹である言論と表現の自由を侵食する危険な動きです。


これらのうち日本ではあまり知られていないアイデンティティ政治(Identity Politics)とは、個人の人種、性別、宗教、性的指向、階級などの社会的な属性に基づいて、そのグループの利益や権利を重視し、政治的主張や活動を行うことです。この考え方では、歴史的に抑圧されてきたグループが自身のアイデンティティを強調し、平等な権利や社会的な公正を求めることが重視されます。しかし、これは一方で米国人としての統一性や共通の理念を破壊する動きでもあります。

ポリティカル・コレクトネスやキャンセルカルチャーは、アイデンティティ政治の一環とみなすことができます。これらは、アイデンティティ政治が重視する社会的な公正や権利の拡張を目指すものの一部であり、特定の社会的グループの利益を守るために展開されています。要するに、ポリティカル・コレクトネスやキャンセルカルチャーはアイデンティティー政治を展開するための道具といえます。

アイデンティティ政治は米国人としての統一性や共通の理念を破壊する動きでもある

例えば、黒人の権利運動、LGBTQ+の権利拡大、フェミニズムなどがアイデンティティ政治の一部です。支持者はこれが社会正義の推進に不可欠だと考える一方で、批判者は、米国人という統一性や共通の理念等を破壊し、社会を分断させたり、特定のグループを優遇しすぎる可能性があると懸念しています。

アメリカ社会では、ポリティカル・コレクトネス、キャンセル・カルチャー、アイデンティティ政治が行き過ぎた事例が増加しています。これらの現象は、表現の自由や学問の自由を脅かす可能性があるとして、特に保守派からの批判が高まっています。 

一例として、2020年6月にサンフランシスコのゴールデンゲートパークで発生した事件があります。抗議者が、アメリカ国歌「星条旗」の作詞者であるフランシス・スコット・キーの銅像を引き倒しました。理由はキーが奴隷所有者であったからですが、この行為は歴史的人物の功績を全否定することにつながるとして批判されました。

 また、大学キャンパスでの言論の自由の制限も問題視されています。保守派の講演者が、学生団体からの抗議により講演を中止せざるを得なくなるケースが増加しており、これが多様な意見を聞く機会を奪い、大学本来の自由な議論の場を損なっていると指摘されています。

 さらに、ソーシャルメディア企業がトランプ氏などの保守派のアカウントを停止したり、投稿を削除したりすることも、表現の自由を脅かす行為として批判されています。特定の政治的見解を持つユーザーが選択的に規制されることは、公平性に欠けるとの指摘があります。 

2021年3月に実施されたハーバードアメリカ政治研究センターとザ・ハリス・ポールによる世論調査では、キャンセル・カルチャーに対する懸念が浮き彫りになりました。調査結果によると、回答者の64%がキャンセル・カルチャーの成長を自由への脅威と見なしており、36%はそう考えていませんでした。

また、36%がこの問題を大きな懸念事項と捉え、54%がインターネット上で意見を表明する際にキャンセルされることを懸念していると答えました。この調査は、アメリカ社会におけるキャンセル・カルチャーに対する不安が広がっていることを示しています。 ポリティカル・コレクトネスやアイデンティティ政治に関する他の調査結果も存在します。

2021年のピュー研究所の調査では、アメリカ人の59%が「人々は自分の言動に過度に気をつけている」と答えており、ポリティカル・コレクトネスに対する懸念が示されています。

また、2018年のギャラップ社の調査によると、アメリカ人の57%が「アメリカは政治的に正しくなりすぎている」と考えています。

2020年のユーガブ社の調査では、55%が「キャンセル・カルチャーは民主主義社会にとって脅威である」と回答しています。

さらに、2022年のアメリカン・パースペクティブス調査では、回答者の66%が「アイデンティティ政治は人々を分断している」と感じています。

2021年のモーニング・コンサルト社の調査では、アメリカ人の64%が「ポリティカル・コレクトネスは表現の自由を制限している」と回答しています。

キャンセル・カルチャーは異論を唱える人を社会的・文化的に抹殺する

これらの調査結果は、多くのアメリカ人がポリティカル・コレクトネスやアイデンティティ政治に対して懸念を抱いていることを示しており、特に表現の自由や社会の分断に関する不安が顕著です。


 これらの事例からも、アイデンティティ政治とキャンセル・カルチャーが行き過ぎると、社会の分断を深め、民主主義の基盤である言論の自由を脅かす可能性があることがわかります。今後、多様性を尊重しつつ、米国民としての統合を図りながら、いかに建設的な対話を促進するかが、アメリカ社会の重要な課題となっています。


米国社会の分断は、直接的ではないにしろ、先日のトランプ氏暗殺未遂事件などにつながっている可能性は否定しきれません。
本日も暗殺未遂がありました。米国の社会の分断は、深刻なレベルに達しているようです。 


なお、この記事の筆者である朝香氏は、「今回の討論会を通じて、トランプ陣営はハリス陣営の戦術を十分に理解できた。これを踏まえて、次回の大統領選挙討論会ではトランプが攻勢に出ることを期待したい」と述べています。


しかし、トランプ氏は今後討論会に出ない意向を表明しています。私はこれに賛成です。なぜなら、討論会が繰り返されるたびに、ハリス陣営やメディアはあらゆる手段を用いてトランプ氏を攻撃し、彼らに付け入る隙を与えるだけになるでしょう。


その結果、米国社会の分断が一層深まる可能性があります。これを考えると、今後の討論会に参加しないというトランプ氏の考えは、正しいし合理的であり、これはトランプ氏の巧妙な戦略の一環である可能性が高いです。この点については、以前のブログでも言及していますので、ぜひそちらもご覧ください。


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2024年9月15日日曜日

中国から台湾へ密航者相次ぐ いずれも軍事要衝に漂着、ゴムボートをレーダー検知できず―【私の論評】日本の安全保障と中国人の日本移住:米台との比較と今後の課題

中国から台湾へ密航者相次ぐ いずれも軍事要衝に漂着、ゴムボートをレーダー検知できず

まとめ
  • 台湾の海巡署は、9月14日に北部・新北市の海岸付近でゴムボートに乗った中国籍の男を発見・拘束し、男は脱水症状を訴えて治療を受けている。
  • 男は中国浙江省寧波から出発し、台湾で新たな生活を始めたかったと供述している。
  • 現場は中国軍の上陸が想定される淡水河の河口から数キロの地点であり、台湾への密航者の漂着が相次いでいることから、台湾側の対応能力を試す「グレーゾーン作戦」の可能性が指摘されている。


台湾の海巡署は、9月14日に北部・新北市の海岸付近でゴムボートに乗った中国籍の男を発見し、拘束した。この男は重度の脱水症状を訴え、病院で治療を受けている。彼は30歳前後で、中国浙江省寧波から出発したと供述し、「中国で借金があり、台湾で新たな生活を始めたいと思った」と説明している。

拘束された地点は、中国軍が台湾に侵攻する際の上陸地点として想定される淡水河の河口から数キロの距離にあり、台湾当局はこの地域における中国からの侵入に対して警戒を強めている。実際、6月には小型ボートを使って侵入した中国海軍の退役軍人が逮捕され、「自由を求めて台湾に投降した」と供述していた。

今回の事件は、台湾における中国からの「密航者」の漂着が相次いでいることを示しており、台湾の対応能力を試す「グレーゾーン作戦」の一環ではないかとの懸念も広がっている。台湾の陸軍は、有事に備えて防衛部隊を配置しており、淡水河の河口は台北の官庁街から約22キロの距離に位置している。

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【私の論評】日本の安全保障と中国人の日本移住:米台との比較と今後の課題

まとめ
  • 台湾では、中国人男性が亡命を希望し、海巡署が逮捕した事件が発生。これにより台湾の防衛上の弱点が指摘されている。
  • 日本でも密航の問題があり、中国からの不法入国が増加している。特に「蛇頭」と呼ばれる密航組織が関与しているケースが多い。
  • 日本と台湾は密輸密航対策協力覚書を締結し、海上保安機関間の協力を強化している。
  • 中国経済の悪化により特に若年層の不安が高まっている。これが日本への移住の増加につながっている。
  • 日本に移住する中国人の増加には不動産市場や教育機関への影響、安全保障上の懸念があり、高度人材の受け入れについても慎重な対応をすべきであり、日本も米台と同じく中国人の移住を制限すべきである。

台湾メディアの「フォーカス台湾」によれば、台湾の海巡署は9月9日、新北市の河口に小型船で侵入した60歳前後の中国人男性を逮捕しました。この男性は、中国政府を批判したことを理由に亡命を希望していると供述しています。この事件に関連して、台湾の国防相は、中国の「グレーゾーン作戦」の可能性を指摘しました。

海巡署は、レーダーで小型船を台湾の漁船と誤認し、対応が遅れたことが問題視されています。台湾政府は、警備体制の強化を検討しており、過去11年間で121人の中国人が台湾に不法進入していることも報告されています。専門家は、この事件が台湾の防衛上の弱点を探る中国の試みである可能性を指摘しており、台湾の沿岸警備の課題が浮き彫りになっています。

日本でも、密航の問題があります。日本への中国からの密航に関する具体的な統計データは限られていますが、いくつかの重要な点があります。近年、日本の国境を越えた不法入国が増加しており、特に「蛇頭」と呼ばれる国際的な密航組織(主に中国の福建省を拠点とする)が関与しているケースが多いです。また、国内に根付いた不法滞在者が犯罪グループを形成し、身代金目的の誘拐や広域窃盗事件が報告されています。


2018年には日本と台湾が「密輸密航対策協力覚書」を締結し、海上保安機関間の協力が強化されました。密航者は小型船やゴムボートを使用することが多く、レーダーでの検知が難しい場合もあります。経済的理由から新たな生活を求める人々が密航を試みるケースも見られ、これらは日本の法執行機関にとって継続的な課題となっています。

日本の海上保安庁と台湾の海巡署(日本の海保に相当)が2024年7月18日、千葉県房総半島沖で初めての合同訓練を実施しました。これは1972年の日台断交後、初めての海上訓練となります。この訓練の主な目的は、中国の強引な海洋進出に対応し、東シナ海や南シナ海での不測の事態に備えることです。また、台湾有事への危機感が高まる中、訓練の定例化も目指しています。

この訓練に関しては、具体的な訓練内容は公開されていないため、詳細は不明ですが、両国の海上保安機関の連携強化と、地域の海上安全と法執行能力の向上を目的としたものだと推測されます。「密輸及び密航への対策に係る協力に関する覚書」に基づいた訓練も行われた可能性が高いと考えられます。

日台合同訓練のため東京港に入港する台湾の「巡護9号」7月11日

私は、今回の出来事は確かに「グレーゾーン作戦」などの軍事的な意味合いを否定はしませんが、そのようなことよりも、もっと差し迫った脅威が、それも台湾よりは日本にあると考えています。

それは、中国経済の悪化が移住や密航等の増加につながる可能性です。まず、経済の減速に伴い、失業率の上昇や所得の低下が予想され、これによりより良い経済機会を求めて海外へ移動しようとする人々が増える可能性があります。また、経済悪化は社会的な不満や不安を高める傾向があり、政治的な抑圧と相まって、一部の人々が国外への脱出を考えるきっかけとなることも考えられます。

さらに、経済の不確実性が高まると、富裕層が資産を海外に移転しようとする動きが強まります。これが合法的な移住だけでなく、非合法な手段での出国にもつながる可能性があります。中小企業の倒産が増加することで、経営者や従業員が新たな機会を求めて海外へ移動しようとすることも考えられます。また、特に若年層において、中国国内での将来に対する不安が高まっており、これが海外への移住や場合によっては密航につながる可能性もあります。

米台と日本における中国人の移住状況には顕著な違いがあります。米国では、2023年に不法入国した中国人が3万7000人以上に達し、前年の約10倍に増加しました。この急増の背景には、ビザ発給制限や中国国内の経済・政治的な不満、さらにSNSを通じた密入国情報の拡散が影響しています。

多くの人々がより良い経済機会や自由を求めて、冒険的な試みとして不法入国を選択しています。

台湾は中国人の移住に対して厳格な規制を設けています。原則として、中国人の台湾への渡航は禁止されており、移住には特別な手続きが必要です。主に、台湾人との結婚や台湾での就労、投資、就学が認められています。

特に中国人配偶者の場合、居住権を得るまでに長期間かかります。また、中国人は台湾国籍と中国国籍を同時に持つことができず、台湾国籍を取得するには中国国籍を放棄する必要があります。これらの規制は、人口構成の変化や安全保障上の懸念から設けられており、台湾政府は慎重に管理しています。

一方、日本では、中国人の合法的な移住が増加傾向にあります。これは、日本の労働力不足を背景に外国人労働者の受け入れが拡大していることが大きな要因です。

また、日本の大学や専門学校への留学生の増加、さらに日本企業による中国人高度人材の採用も進んでいます。これらの動きは、教育やキャリア向上を目的とした安定した移動パターンを示しています。

このように、米台への不法入国は主に経済的な冒険を求める動機による一方、日本への合法的移住は、より安定した生活を求める傾向が強いです。今のままだと、今後日本への合法移住が増えていくのは間違いありません。

米台が中国人の移住を制限しているにもかかわらず、日本はそうではありません。これは、大きな問題になりつつあります。

日本に移住する中国人の増加には、いくつかの懸念すべき点があります。特に、多くの中国人移住者が日本に帰化せず中国籍を保持し続けることは、潜在的な危機をもたらす可能性があります。

まず、不動産市場への影響や教育機関への圧力、文化的摩擦、雇用市場への影響などが懸念されます。さらに、安全保障上の問題も重要です。中国籍を保持し続ける移住者の中に、中国政府のスパイ活動に関与する可能性がある人物が含まれる可能性があり、日本の国家安全保障に影響を与える恐れがあります。

在日中国人組織で日本最大規模の「華人時代」写真は2018年の東京マラソンの応援で集まったときの写真

この懸念は、中国の法律によってさらに深刻化する可能性があります。中国には、海外に居住する中国人にも中国政府への協力を求める法律が存在します。具体的には以下の法律が挙げられます。
  1. 国家情報法(2017年制定):第7条で「いかなる組織及び公民も、法に基づき国の情報活動を支持、協力、協助する義務を負う」と規定しています。
  2. 反スパイ法(2014年制定、2023年改正):海外の中国人を含むすべての中国国民に対し、スパイ活動に関する情報を当局に報告する義務を課しています。
  3. 国家安全法(2015年制定):第11条で「中華人民共和国の公民、法人その他の組織は、国家の安全を維持する義務を負う」と規定しています。
これらの法律は、中国国籍を持つ者に対して、居住地に関わらず中国政府への協力を求める内容を含んでおり、日本在住の中国人にも適用される可能性があります。この法律により、個々の中国人の人柄や信条などは関係なく、日本への安全保障上の脅威が高まったといえます。

長期的には、移住者の増加が日本の社会保障制度に追加の負担をかける可能性や、特定の地域で中国文化の影響が強まり、日本の伝統的な文化や生活様式が変化する可能性も懸念されます。

高度人材を含む中国人の日本への移住には、極めて慎重な対応が必要です。中国の国家情報法により、これらの人材が日本の重要な技術や情報を中国政府に提供する可能性があり、安全保障上の重大な懸念があります。

また、産業スパイのリスクや、企業や研究機関の中枢での意思決定への影響も無視できません。さらに、習得した技術や知識の中国への移転、日本の長期的な国家戦略への悪影響、そして社会的影響力を通じた中国に有利な世論形成の可能性も考慮すべきです。

特に政府機関や防衛関連企業での機密情報へのアクセスは、国家安全保障上の極めて深刻なリスクとなります。

これらの理由から、特に高度人材とされる中国人の移住については、日本の国家安全保障、技術的優位性、そして長期的な国益を守るため、厳格な審査基準を設け、受け入れを厳しく制限すべきです。同時に、既に日本国内にいる中国人高度人材に対しても、適切な監視と管理体制の構築や場合によっては国外退去を求めるなどの対応が不可欠です。無論、高度人材以外の中国人に対しても、厳しくすべきです。

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2024年9月14日土曜日

中国、来年から15年かけ定年引き上げへ 年金財政逼迫を緩和―【私の論評】日・米・中の定年制度比較と小泉進次郎氏のビジョン欠如が招く日本の雇用環境破壊

中国、来年から15年かけ定年引き上げへ 年金財政逼迫を緩和

まとめ
  • 中国全国人民代表大会は法定退職年齢を段階的に引き上げる草案を承認し、男性は63歳、女性は58歳または55歳に設定される。
  • 平均寿命が延びる中、労働人口の減少が懸念されており、定年引き上げは年金財政の改善に寄与する可能性がある。
  • 専門家は、長期的には労働力不足を回避し、生産性の安定に役立つと指摘している。
中国全国人民代表大会常務委員会

 中国全国人民代表大会常務委員会は、退職年齢引き上げの草案を承認した。現在の退職年齢は男性が60歳、女性はホワイトカラーで55歳、工場労働者で50歳と低く、年金財政の逼迫を緩和するために段階的に引き上げる。

 2024年から実施され、最終的に男性は63歳、女性はホワイトカラーで58歳、工場労働者で55歳となる。退職年齢の引き上げは15年かけて行い、労働者は早期退職や延長を選べるようにする。

 年金財政の問題は深刻で、さらなる改革がなければ、2035年までに制度が資金不足に陥る可能性があると指摘されている。労働力人口の減少や平均寿命の延びが背景にある。

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【私の論評】日・米・中の定年制度比較と小泉進次郎氏のビジョン欠如が招く日本の雇用環境破壊

まとめ
  • 中国の定年年齢はかなり低く、定年引き上げは平均寿命の延長に伴う当然の措置といえる。
  • 米国には定年制度がなく、年齢に関わらず個人の意思で退職時期を決定できるが、能力低下での解雇は可能。
  • 米国の定年制度のメリットはキャリアの柔軟性が高いことだが、若年層の雇用機会が制限される可能性もある。
  • 小泉進次郎氏が「解雇規制の見直し」を提案しているが、米国と雇用慣行と異なる日本でこれを実施すれば、雇用の不安定化や企業競争力の低下などの懸念がある。
  • 小泉氏や中国共産党の政策は、将来の雇用環境に対する明確なビジョンが欠けている。
上のニュースを見て、中国にも定年制があることは知っていましたが、その定年年齢が非常に低いことには驚きました。中国人の平均寿命は過去数十年で大幅に伸び、現在は78歳前後となっています。さらに今後も寿命が延びると予測されており、今回の退職年齢の引き上げは当然のことといえるでしょう。

中国の定年退職者

一方、米国には「定年」という制度が存在しません。定年がないと聞くと、死ぬまで働かされるのかと思う人もいるかもしれませんが、そうではありません。退職年齢はあくまで個人の判断に委ねられているのです。

米国では、1967年に制定された「雇用における年齢差別禁止法(ADEA)」により、40歳以上の労働者に対する年齢差別が禁止されており、定年制度は事実上廃止されています。そのため、企業が特定の年齢に達した従業員を強制的に退職させることはできません。この法律は採用においても適用され、求人広告や面接で年齢に関する質問をしたり、特定の年齢層を対象にした募集を行うことも禁止されています。

また、履歴書に生年月日の記載を求めることも避けられています。一部の職種(パイロットや公共交通機関の運転手など)では、安全性の観点から年齢制限が設けられることがありますが、一般的には個人の意思に基づいて退職時期を決めることが可能です。

ただし、年齢に関係なく、体力や能力の低下で業務が遂行できなくなった場合には解雇の対象となります。米国では、従業員の業務遂行能力が低下し、職務を適切にこなせない場合、解雇される可能性があります。ADEAは40歳以上の労働者を保護していますが、業務遂行能力に基づく雇用判断は許可されています。

雇用主は、解雇が年齢ではなく、業務遂行能力の低下に基づくものであることを証明する必要があります。また、解雇前に従業員に改善の機会を与えることが推奨されています。このように、年齢そのものを理由にした解雇は禁じられていますが、能力低下が証明されれば解雇が可能です。

米国では年齢を理由とした賃金カットや差別的待遇も厳しく規制されており、労働者の権利が法的に保護されています。ただし、能力や実績に基づく待遇差は認められています。

2021年の調査によれば、米国の平均的な退職予定年齢は64歳です。社会保障給付は62歳から受け取ることができ、65〜67歳で満額受給が可能です。これらが実質的な退職年齢の目安とされています。このように、米国では年齢を理由にした強制退職は認められておらず、個人の選択によって働き続けることが可能です。

日本や中国のように定年制がある国と、米国のように定年がない国とでは、労働者にとってどちらが望ましいのでしょうか。

定年制は雇用の安定性を提供し、定年までの雇用が保証される一方で、米国では年齢に関係なく能力に基づいて評価されるため、高齢者でも働き続ける可能性があります。

このため、日本や中国では新卒定期採用が一般的ですが、米国にはそのような制度がありません。キャリアのない新卒者は労働市場で不利になることが多く、人員整理の際にも新卒者が最初に対象になりやすいです。

一方、米国の制度はキャリアの柔軟性を高め、新しい挑戦をしやすくする利点がありますが、定年制がある国では年金受給開始年齢と連動して退職後の生活設計がしやすいというメリットもあります。また、米国の制度は年齢差別を防ぐ一方で、高齢者が長く働くことで若年層の雇用機会が制限される可能性も指摘されています。

定年がある日本ではバイデンの年齢が問題にされたが、定年がない米国では認知能力が問題とされた

どちらの制度が良いかは、一概には言えません。個人の価値観、キャリア目標、健康状態、経済状況によって、適した制度は異なります。理想的には、個人が選択肢を持ち、年齢に関係なく能力を発揮できる環境を提供しつつ、社会保障制度とのバランスを取ることが望ましいでしょう。

ところで、雇用というと、小泉進次郎氏は9月6日の総裁選出馬会見で、首相として1年以内に解雇規制の見直しを断行する意向を表明していました。現行の解雇規制について「大企業は解雇が困難で、配置転換が促進されている」と指摘し、特に「解雇回避の努力」を見直す方針を示しました。

小泉氏が言及している「4要件」とは、日本の労働法に基づく「整理解雇の4要件」のことです。これは企業が経済的理由で従業員を解雇する際に満たすべき条件として確立されたものです。

整理解雇の4要件は以下の通りです。

1. 人員整理の必要性:企業に経済的な人員削減の必要があること。
2. 解雇回避の努力義務:配置転換や希望退職の募集など、解雇を回避するための努力が行われたこと。
3. 被解雇者選定の合理性:解雇対象者の選定が合理的かつ公平な基準に基づいていること。
4. 手続きの妥当性:労働組合や従業員との協議が適切に行われたこと。小泉氏は、特に2番目の「解雇回避の努力義務」の見直しに意欲を示し、現行規制が大企業の解雇を難しくし、配置転換を促していると述べています。彼の提案は、これらの要件を緩和し、企業が人員整理をより柔軟に行えるようにすることを目指しています。

もし日本が米国のような雇用慣行を採用しているなら、小泉氏の主張にも一定の理解ができるかもしれませんが、現状では「解雇回避の努力義務」を軽減することは日本の雇用環境にいくつかのデメリットをもたらす恐れがあります。

まず、雇用の不安定化が進み、労働者の生活基盤が脅かされる可能性があります。また、企業が容易に従業員を解雇できるようになると、長期的な人材育成や技能の継承が困難になり、企業の競争力が低下するかもしれません。

さらに、解雇が容易になることで労使関係が悪化し、労働争議が増えることも考えられます。これにより企業の生産性が低下し、イメージも損なわれる恐れがあります。加えて、雇用不安が消費意欲を減退させ、内需が低迷するリスクもあります。

失業者が増えることで、社会保障制度への負担が増し、企業の社会的責任が軽視される可能性もあります。結果として、正規雇用の減少や非正規雇用の増加が進み、所得格差が拡大する懸念があります。これらの点を考慮すると、日本の雇用環境に適した改革を慎重に進めるべきです。

小泉氏の発言は、これらの影響を十分に考慮しておらず、しかも1年間で断行するというのですから、拙速であるといわざるを得ません。

小泉進次郎氏

中国共産党ですら、定年引き上げという雇用環境に大きな影響を与える改革を15年かけて段階的に進めようとしています。それにもかかわらず、小泉氏は1年以内に雇用環境に大きな変化をもたらす可能性のある改革を実行すると語っており、これは暴挙と言えるでしょう。

さらに、小泉氏と中国共産党には共通点があります。それは、両者ともビジョンのない政策を提案していることです。雇用環境を大きく変える可能性のある政策を掲げているものの、将来的にどのような雇用環境を目指すのかというビジョンが欠けています。

ビジョンのない政策は短期的な対応に終始し、長期的な発展には繋がりにくいものです。一貫性が欠如し、政策の効果が相殺される恐れがあります。また、限られた資源が非効率に使われ、無駄な投資が増える可能性もあります。さらに、短期的な利益に基づく政策が優先されることで、社会の分断が深まり、国際競争力が低下する恐れもあります。

このような背景を踏まえれば、小泉氏の主張は政治的センスを欠いており、総裁選への出馬は再考すべきではないかと感じます。

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2024年9月13日金曜日

トランプ氏 “次のテレビ討論会応じない” ハリス氏は反論―【私の論評】トランプの大統領選戦略:直接対決を避ける巧妙な計算されつくした手法

トランプ氏 “次のテレビ討論会応じない” ハリス氏は反論

まとめ
  • トランプ前大統領は、ハリス副大統領との3回目のテレビ討論会には応じない意向を示した。
  • 初のテレビ討論会は今月10日に行われ、トランプ氏はその後のSNS投稿で討論会の必要性を否定した。
  • ハリス副大統領は、選挙の重要性を強調し、再度の討論会開催を求めた。
  • 10日の討論会は全米で約6700万人が視聴し、関心が高まっている。
  • FOXニュースは次の討論会を主催したいと表明している。

アメリカ大統領選挙に向けた民主党のハリス副大統領と共和党のトランプ前大統領の初めてのテレビ討論会(写真上)が今月10日に行われました。討論会後、トランプ氏は自身のSNSで「3回目の討論会はない!」と投稿し、次のテレビ討論会に応じない考えを示しました[2]。

トランプ氏は、バイデン大統領とハリス副大統領との討論会で政権の問題について詳細に討論したと主張しています[2]。一方、ハリス氏は南部ノースカロライナ州の選挙集会で、有権者に対してもう一度討論会を行う責任があると述べ、改めて開催を求めました[2]。

10日のテレビ討論会は全米で推計6700万人が視聴し、FOXニュースも次の討論会を主催したいと表明するなど、関心が高まっていました。

この記事は、元記事の要約です。詳細は、元記事をご覧になって下さい。この記事の「まとめ」は元記事の要点をまとめて箇条書きにしたものです。

【私の論評】トランプの大統領選戦略:直接対決を避ける巧妙な計算されつくした手法

日本の政見放送は法律で規定さているものだが、放送中に服を脱ぐ候補者が現る・・・・・・?

日本の政見放送は公職選挙法に基づいて実施されており、NHKと民間放送局にその実施が義務付けられています。一方、米国の大統領選挙におけるテレビ討論会には法的な裏付けがありません。

ただし、日本の政見放送は法律に基づいていますが、候補者が強制的に参加させられるわけではなく、参加はあくまでも候補者の任意によるものです。

米国の大統領選候補者の討論会も同様に、候補者の自由意思に基づいて行われ、候補者陣営と放送局の間の合意によって実施されます。そのため、候補者が参加を拒否することも可能です。

実際に、上の記事にもあるように、トランプ前大統領が次のテレビ討論会に応じない意向を示したことが報じられています。一方、ハリス副大統領は「有権者に対してもう一度討論会を行う責任がある」と述べていますが、これは法的義務ではなく道義的な主張です。

米国の討論会は政治的な慣習として定着していますが、法的な強制力はないため、候補者の参加は任意です。このように、日本の政見放送と米国のテレビ討論会は、法律の裏付けの有無において大きく異なります。

米大統領選挙の共和党候補者指名に向けた共和党の候補者テレビ討論会において、トランプ前大統領は一度も参加しませんでした。彼は早い段階から、共和党候補の中で圧倒的な支持を得ているため、討論会に参加する必要がないと主張し、参加しない意向を表明していました。

代わりに、トランプ氏は個別のイベントや集会を開催し、自身の支持者に直接訴えかける戦略を取りました。この決定は他の共和党候補者から批判を受けることもありましたが、トランプ氏の支持率には大きな影響を与えませんでした。

トランプ氏が参加したテレビ討論会は、今年6月にバイデン大統領とのCNNでの討論会と、今年9月10日にハリス副大統領とのABCテレビでの討論会です。このように、トランプ氏は共和党の候補者討論会には参加せず、民主党候補との直接対決を選択しました。

トランプ氏が共和党内の候補者討論会に参加しなかったことについては、以前このブログにも掲載しています。その記事のリンクを以下に掲載します。

2024年の大統領選はかなり興味深いものになりそうです。トランプ氏が最初の討論会を欠席したことについて、私はこれは彼の意図的な戦略的行動だと考えています。

討論会を欠席することで、彼は謎めいた飄々(ひょうひょう)とした雰囲気を保ち、他の候補者たちはいがみ合い、攻撃し合うことになるでしょう。

有権者はトランプ氏の立ち位置を知っているため、討論会でわざわざくたびれた論点を蒸し返す必要はありません。トランプ氏がいないことで、最終的な選挙集会やメディアへの出演がより期待され、よりインパクトのあるものになるでしょう。

それに比べれば、他の候補者たちは注目を集めようと争う稚拙な子供のように見えることになるでしょう。これを例えるなら、トランプ氏は4Dチェス(四次元チェス)をしているが、他の候補者はチェッカー(二次元のゲーム)をしているようなものです。
三次元チェスをする人
結局のところ、トランプ不在の影響は、他の候補者が討論会でどのようなパフォーマンスを見せるかにかかっています。もし彼らが力強いアピールをすれば、トランプ氏の指名獲得の可能性が損なわれるかもしれません。

しかし、もし彼らがミスを犯したり、弱々しく見えたりすれば、トランプ氏の方が経験豊富で資格のある候補者に見えて、トランプ氏を助けることになるかもしれません。

私は後者になる確率が高いと思います。
そしてこの予想は的中し、トランプ氏は共和党の大統領候補の指名を勝ち取りました。

トランプ氏の戦略は非常に巧妙であり、今後の討論会に参加しない意向を示していることは、彼の計画の延長線上にあると考えられます。今回のテレビ討論会後、トランプ氏は自身の勝利を主張し、3回目の討論会には応じないと明言しました。

これにより、彼は自らの立場を強調し、対立候補に対して優位性を示しています。また、10日の討論会は5750万人以上が視聴し、トランプ氏はこの高い注目度を利用して自身のメッセージを効果的に伝えました。

有権者はトランプ氏の立ち位置を十分知っているため、討論会でわざわざくたびれた論点を蒸し返す必要はありません。今後討論会がないことから、最終的な選挙集会やメディアへの出演がより期待され、よりインパクトのあるものになるでしょう。

それに比べれば、再度討論会を要求するカマラ・ハリスは、注目を集めようと争う稚拙な子供のように見えるでしょう。

ハリス氏が追加の討論会を求める中、トランプ氏が応じないことで、彼の存在感が高まる結果となります。このように、トランプ氏は討論会参加を制限することで、自身の立場を維持し、対立候補との直接対決を避ける戦略を取っていると考えられます。

トランプ氏の戦略は、直接対決を避けることでハリス氏に反撃の機会を与えず、彼女の政治経験の少なさや民主党内での批判を浮き彫りにすることを狙っているようです。これにより、ハリス氏の弱点が自然と露呈することを期待しているようです。

ハリス氏は民主党内での評価が低く、バイデン政権下での政策の失敗も批判されています。トランプ氏は、こうした点を利用して自身の支持基盤を固める戦略を取っており、ハリス氏の自滅を待つ形になっています。このように、トランプ氏は直接対決を避けることで、より有利な立場を維持しようとしていると考えられます。

私はこのトランプの戦略が功を奏し、結局大統領選に勝利するのではないかと考えています。

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ハリス候補への安保面での疑問―【私の論評】日米保守層の連携強化:ハリス氏の曖昧な外交・安保政策と日本のリーダーシップの変化に備えよ 2024年8月23日

2024年9月12日木曜日

<正論>日本は本当にダメな国なのか―【私の論評】日本の防衛強化とシギント能力の向上:対米依存からの脱却と自立的安全保障への道

<正論>日本は本当にダメな国なのか

麗澤大学客員教授・江崎道朗

まとめ
  • 日本の安全保障政策は長年「対米依存」を基調としており、これが対米譲歩と国力の衰退を招いたとされる。
  • 第2次安倍政権以降、日本は自前の国家安全保障戦略を策定し、「自分の国は自分で守る」方針に転換した。
  • 岸田政権はこの路線を強化し、防衛予算の増額や反撃能力の保有を決定した。
  • 日本はインテリジェンス能力の強化、特にシギント(通信情報)能力の向上が求められている。
  • 「日本は米国の言いなりだ」という認識は時代遅れであり、自国の歩みを正確に理解することが重要である。

江崎道朗氏

 日本の安全保障政策は長年「対米依存」を基調としてきたが、これが対米譲歩と日本の衰退を招いたとの見解がある。元外交官の宮川眞喜雄氏は、米国への依存が貿易交渉での譲歩につながり、特に先端技術分野で日本の国力が低下したと証言している。

 第2次安倍政権以降、日本は自前の国家安全保障戦略を策定し、「自分の国は自分で守る」方針へと転換しました。2013年に戦後初めて国家安全保障戦略を策定し、2015年には平和安全法制を制定して集団的自衛権に関する憲法解釈を変更した。

 岸田政権はこの路線をさらに強化し、2022年に改定した国家安全保障戦略では「我が国を守る一義的な責任は我が国にある」と明記した。また、5年間で43兆円の防衛予算を投じ、反撃能力の保有にも踏み切った。2024年度中には長射程ミサイルの配備も予定されている。

 現在、日本は対米依存から脱却し、自己改革を進めているが、効果的な反撃を行うためにはインテリジェンス能力の強化、特にシギント(通信情報)能力の向上が求められている。

 結論として、日本は対米依存から自国防衛のための自己改革を懸命に進めている。「日本は米国の言いなりだ」という認識はもはや時代遅れであり、日本の安全保障政策の変遷と自立への歩みを正確に理解することが重要だ。

 この記事は、元記事の要約です。詳細は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】日本の防衛強化とシギント能力の向上:対米依存からの脱却と自立的安全保障への道

まとめ
  • 防衛予算の増額や防衛装備品の国産化により、日本が自国防衛に積極的に取り組み、対米依存から脱却しつつある。
  • 自衛隊の国際平和協力活動の拡大と安全保障政策の多様化自衛隊の国際平和協力活動への参加が増加し、日本の安全保障政策が多角化している。
  • 日米同盟の深化と日本の主体的な関与日米ガイドラインの改定や日米防衛協力の強化により、日本が主体的に同盟関係に関与している。
  • 日本はシギント(信号情報)能力を強化しており、最近の中国機による領空侵犯は「ガメラレーダー」が防衛と情報収集活動で重要な役割を果たしていることを再認識させた。
  • 今後宇宙やサイバー空間での情報収集能力の強化が重要であり、対米依存から自立的なインテリジェンス能力構築への取り組みが求められている。
江崎氏が述べるように「日本は米国の言いなりだ」という認識はもはや時代遅れであり、それは以下の点からもそのことが裏付けられると思います。

まず、防衛予算の増額が挙げられます。2023年度の防衛予算は過去最大の6.8兆円に達し、GDP比2%に向けて増額が続いています。これは日本が自国防衛により積極的に取り組んでいることを示しています。また、防衛産業や技術戦略の確立も重要なポイントです。防衛装備品の国産化や技術基盤の維持・強化に向けた取り組みが進められており、日本の防衛産業の自立性を高める動きが見られます。

さらに、自衛隊の国際平和協力活動への参加が増加し、日本のプレゼンスを世界に示す機会が増えています。安全保障関連法制の整備も進んでおり、2015年に成立した平和安全法制により、集団的自衛権の限定的行使が可能になりました。これにより、日本の安全保障政策の幅が広がっています。

日米同盟の深化と対等化も重要な要素です。日米ガイドラインの改定や日米防衛協力の強化により、日本はより主体的に同盟関係に関与するようになっています。

また、日本はオーストラリア、インド、東南アジア諸国などとの安全保障協力を強化しており、米国一辺倒ではない多角的なアプローチを採用しています。これらの具体的な動きは、日本が対米依存から脱却し、より自立的な安全保障政策を追求していることを示す事実です。

江崎氏は「特にシギント(通信による情報収集活動)能力の向上が求められている」と強調していますが、日本はこの分野でも対応を進めており、江崎氏が求めるさらなる強化が期待されています。

その象徴的な出来事として、以前このブログでも紹介した男女群島付近での中国機による領空侵犯が挙げられます。この件に関しては、以下の記事に詳しく解説しています。
領空侵犯をした中国の情報集収機と同じ型のY-9JB

詳細は記事をご覧いただきたいのですが、この記事では以下のような説明をしています。「自衛隊としては、この地域に注目されたくないという意図があるのかもしれません。ただし、地図などがすでに新聞で公表され、多くのメディアでも引用されています。この海域で重要な何かが行われていた可能性もあります」。

中国機の動きから考えると、狙いは空自・西部航空方面隊第9警戒隊が駐屯する鹿児島県・下甑島分屯基地にある「ガメラレーダー」だった可能性があります。

私は、中国が意図的に領空侵犯をして「ガメラレーダー」など日本の即応力を試した可能性もあると見ています。

以下の地図は、男女群島と甑島群島の位置関係を示すものです。「甑島周辺の海域」の赤い星の下にある群島の中に下甑島があります。特に注目すべきは、最深部が800メートルである五島海底谷です。ここに潜む潜水艦を発見するのは難しく、潜水艦運用にあたっての、重要な場所であることは間違いありません。

九州西部の海域は「ガメラレーダー」の存在や深い水域の存在など、中国側にとっても重要な探索拠点であることは間違いありません。

この地図自体は、マッコウクジラが確認された地域を示すものですが、同時にこの海域の安保上の重要性を示すものとなっているので、掲載させていただきました。


「J/FPS-5」フェーズド・アレイ・レーダー、通称「ガメラレーダー」は、日本の防空システムにおいて極めて重要な役割を果たす高性能レーダーであり、日本のシギント活動における重要な拠点でもあります。

このレーダーは高い探知能力と広範囲な監視能力を持ち、日本の防衛と情報収集活動の両面で重要な役割を担っています。周辺国の軍事活動に関する重要な情報を収集する手段として、軍用機や艦船の動向、ミサイル発射の兆候などを監視し、通信や電子信号を捕捉・分析する能力を持っています。

特に下甑島の位置は、グアムの米軍基地や西太平洋に展開する米空母を狙う中国の弾道ミサイル発射を早期に探知できる絶好の場所であり、日本の防衛だけでなく同盟国である米国の安全保障にも貢献しています。

日本側は、このレーダーを通じて収集した情報を分析し、国家安全保障上の重要な判断材料としています。また、外国のシギント活動から自国のシステムを守るため、レーダーの運用パターンを不規則に変更したり、電子防護措置を強化したりするなどの対策を講じています。「ガメラレーダー」はその高い性能と戦略的重要性から、日本のシギント活動の要となる重要な資産であり、防衛と情報収集能力の中核を成しています。

ガメラレーダー

最近の日本のシギントに関する活動は以下のとおりです。

日本のシギント(SIGINT: 信号情報関連情報活動)に関しては、2020年以降、国家安全保障局(NSS)のインテリジェンス機能が強化され、経済安全保障や先端技術分野でのシギント能力向上が進んでいます。防衛省では、自衛隊のサイバー防衛隊が2022年に約540人から約800人に増強され、サイバー空間におけるシギント能力が向上しています。宇宙領域での情報収集能力も強化されており、2020年に宇宙領域専門部隊が創設され、宇宙からのシギント能力も強化されています。

情報収集衛星の打ち上げも継続され、AIを活用したシギント分析システムの開発も進行中です。国際協力の面では、日本は「ファイブアイズ」諸国との情報共有を強化し、経済安全保障分野での協力が進んでいます。

政府は民間企業や大学との連携を強化し、最新の通信技術や暗号技術をシギント能力の向上に活用しています。法制度の整備も進み、2022年には経済安全保障推進法が成立し、重要技術情報の保護やサプライチェーンの安全確保に関する法的基盤が強化されました。

今後の課題としては、宇宙空間での測位信号の活用や、より高度な情報収集能力の獲得が挙げられます。多様な宇宙システムの構築・維持・向上のため、基幹ロケットの継続運用・強化、打ち上げ能力の強化や費用低減を進める必要があります。さらに、民間ロケットの活用を含め、即時に小型衛星を打ち上げる能力の確保も重要です。安全保障と危機管理に関する情報力の強化も引き続き進める必要があります。

これらの取り組みを通じて、日本は従来の対米依存から脱却し、自立的なインテリジェンス能力を構築することで、現代の複雑な安全保障環境に対応していくことが求められています。

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手術ができない…抗菌薬の原料・原薬100%中国依存の恐怖 製薬各社が国産急ぐ深刻理由―【私の論評】日本が直面する戦争の危機と医療供給のリスク - 抗菌薬不足が示す現実 2024年9月11日


2024年9月11日水曜日

手術ができない…抗菌薬の原料・原薬100%中国依存の恐怖 製薬各社が国産急ぐ深刻理由―【私の論評】日本が直面する戦争の危機と医療供給のリスク - 抗菌薬不足が示す現実

手術ができない…抗菌薬の原料・原薬100%中国依存の恐怖 製薬各社が国産急ぐ深刻理由

まとめ
  • 抗菌薬の原料・原薬のほぼ100%を中国に依存している現状から脱却し、国産化を進める取り組みが加速している。
  • 明治Seikaファルマが岐阜工場で約30年ぶりにペニシリン原薬の生産を再開し、2025年から本格製造、2030年までに量産を目指している。
  • 過去の供給トラブルにより、抗菌薬の供給不足が医療現場に混乱を招いた経験があり、供給リスクが高まっている。
  • 技術者の協力を得ながら、抗菌薬製造のノウハウを次世代に継承することが国産化において重要視されている。
  • 国は経済安全保障の一環として抗菌薬の国産化を支援しているが、事業継続には薬価の見直しやさらなる支援が必要とされている。

手術室 AI生成画像 設備の整った手術室でも抗菌薬がないと手術はできない

 抗菌薬の原料・原薬の「脱中国」に向けた取り組みが進んでいる。抗菌薬は感染症治療や手術に不可欠で、供給が途絶えると日本の医療に深刻な影響を与えるため、政府は経済安全保障の観点から抗菌薬を「特定重要物資」に指定した。中国依存のリスク軽減が求められ、製薬会社が国産化を急いでいる。

 明治ホールディングス傘下のMeiji Seikaファルマは、岐阜工場で約30年ぶりにペニシリン原薬の生産を再開した。同社は年間200トンの原料生産を目指し、2025年に本格製造を開始、2030年までに量産体制を整備予定だ。岐阜工場は昭和46年にペニシリンの生産を開始し、平成6年に一度撤退したが、国の支援を受けて生産再開に向けた準備を進めている。設備の自動化や最新技術の導入により、若い世代や女性も参入しやすい環境が整えられている。

 ペニシリンなどのベータラクタム系抗菌薬は、原料のほとんどを中国に依存しており、過去には中国での製造トラブルが原因で供給が途絶え、国内の医療現場に混乱をもたらした。抗菌薬の薬価が安く、採算性の問題から国内生産が困難な状況が続いている。シオノギファーマは岩手県の金ケ崎工場で原薬の試験製造を開始し、国産化を進めているが、技術継承も課題だ。

 政府は抗菌薬の安定供給に向け、約550億円の予算を確保し、国産化支援を行っている。長期的な事業継続には、薬価の見直しや国による買い上げなどの支援が求められている。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。「まとめ」は、元記事の要点をまとめ箇条書きにしたものです。

【私の論評】日本が直面する戦争の危機と医療供給のリスク - 抗菌薬不足が示す現実

まとめ
  • 日本の日常生活が平和であるのは現在の国際情勢によるものであり、ウクライナの例のように、他国からの侵攻や攻撃によって一変する可能性がある。
  • 中国が日本を弱いと判断すれば攻撃の可能性があり、特に抗菌薬などの医療供給への依存は日本の脆弱性を示している。
  • グローバル経済から「戦争経済」への移行が進む中、経済活動は安全保障を考慮する必要がある。特に、日本企業の中国依存はリスクを孕んでいる。
  • 軍備の増強や戦略物資の自給自足化が求められており、これは日本が地獄のような状況に陥るのを防ぐために急務である。
  • これからの経済活動は、効率や利益だけでなく、安全保障を最優先に考えるべき時代が来ている。
日本の多くの人々は、戦争の危機が迫っていることに気づいていないかのようです。私たちの普通と思っている日常生活が続けられるのは、日本が平和だからです。しかし、ウクライナでは突然のロシアの侵攻により、日常が一瞬で崩壊しました。これはロシアがウクライナを弱いと見なした結果です。

私達が日常生活を送れるのは日本が平和だから AI生成画像

同様に、日本が弱いと中国の習近平が判断すれば、日本もウクライナのように攻められる可能性があります。このブログで主張してきたように、中国による台湾侵攻や尖閣侵攻などは、日米の対潜水艦戦争(ASW)能力が相対的にかなり高いので、メディアが喧伝しているのとは異なり実際には難しいです。

軍事的にも経済的にも、他国の領土を占拠すること、しかも日本や台湾のような島国を占拠することは非常に難しいです。現実にロシアは未だに陸続きのウクライナを屈服させることができていません。にもかかわらず、メディアなどはこのような危機ばかり煽っています。

しかしながら、中国はロシアがウクライナで実行しているように日本や台湾の国土を破壊することは簡単にできます。そんなことはありえないと多くの人は思うかもしれませんが、日本が弱り、国際情勢が変われば、これは現実に十分に起こり得るシナリオです。

AI生成画像 中国が日本に侵攻するのは容易なことではないが・・・・・・

さらに、そこまでいかなくても、中国は日本や台湾を弱らせるためのいくつもの方策を実行できます。その格好の事例が抗菌薬です。抗菌薬の原料・原薬のほとんどを中国に依存している現状は、日本の医療をも脅かすリスクとなります。これは、すぐにも起こり得る現実的な脅威です。

このままでは医薬品供給が途絶え、平和な日常が崩れる可能性があるのです。そのため、日本が地獄のような状況に陥らないためにも、軍備の増強や戦略物資の自給自足化は急務です。世界は今、「グローバル経済」から「戦争経済」(国家が安全保障を最優先に軍事支出を増やし、経済活動を軍事目的にシフトさせる状態。具体的には、兵器や軍需品の生産が増え、労働力や資源が軍事に動員され、経済全体が安保強化に向けられる)に移行していますが、中国とのビジネスに依存し続ける日本企業は、そのリスクを十分に認識していません。早急にこの危機感を共有するべきです。

私自身も最近、喉が痛くなり、少し熱もあったので、医師に診察してもらいました。コロナではないことがわかって安心したのですが、それでも熱があり、喉が痛いという症状がありました。そこで、近くの調剤薬局で薬を受け取ったのですが、初回は特に何も言われませんでした。

調剤薬局 AI生成画像

しかし、2回目に行ったときには、抗菌剤が不足しているため、5日分しかもらえませんでした。正直、このようなことが起こるとは驚きでした。その後、熱が下がり、喉の痛みもなくなったので、事なきを得ましたが、同じことが再び起きたらどうなるかと不安を感じました。

グローバル経済は国境を越えた自由な取引や投資に基づき、効率を追求していました。しかし、抗菌薬の事例が示すように、投資先が自国の安全を脅かす存在であれば、命が最優先されるべきです。供給が滞ることで医療現場が混乱し、命に直結する事態が発生するリスクが現実のものとなりつつあります。これからの経済活動は、効率や利益だけでなく、安全保障を最優先に考えるべき時代が来ています。

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2024年9月10日火曜日

【右派も左派も脱「脱石炭」】ドイツの計画は白昼夢に?産業界からは疑問の声―【私の論評】日本のエネルギー政策の現状と玉虫色のアプローチ:石炭火力、クリーンコール技術、原子力再評価、EV普及の課題

【右派も左派も脱「脱石炭」】ドイツの計画は白昼夢に?産業界からは疑問の声

山本隆三( 常葉大学名誉教授)

まとめ

  • G7が2030年代前半までの脱石炭火力を合意し、日本を含む一部のG7諸国が課題に直面している。
  • 世界の石炭火力発電の大半はアジア(特に中国とインド)が占めており、G7諸国の多くは既に石炭依存度を低下させている。
  • ドイツでは、特に旧東独地域で石炭産業が重要な雇用源となっており、脱石炭政策に対する政治的・経済的な反発が強まっている。
  •  米国では、AIによる電力需要増加により石炭火力の閉鎖ペースが減速し、一部の電力会社が利用延長を検討している。
  • エネルギー政策は変化しやすく、先進国の脱石炭への取り組みも今後変化する可能性がある。
石炭火力発電所 AI生成イメージ

 G7エネルギー・環境相会合で2030年代前半までの脱石炭火力が合意され、日本は厳しい状況に追い込まれた。世界の石炭火力発電の大半はアジアが占め、G7諸国では国内炭生産がほぼ終了している。日本は輸入炭を利用する火力発電所を建設し、電気料金の低廉化と安定供給に努めてきた。一方、他のG7国は天然ガスへの依存度を高めている。

 ドイツと米国は依然として石炭火力を利用しているが、早期廃止は困難な状況にある。ドイツでは右派・左派ポピュリスト政党が脱石炭に反対し、支持を伸ばしている。特に旧東独地域では、石炭産業が重要な雇用源となっており、脱石炭政策への反対が強い。

 ドイツでは2038年までに石炭火力設備を廃止する法律が成立しているが、現政権は2030年への前倒しを目指していた。しかし、政権内部からも不協和音が聞こえ始め、前倒しの実現は困難になりつつある。経済・気候保護相は、再生可能エネルギーや代替電源の整備により事業者が自主的に石炭火力を早期に廃止する動きが進んでいるとしているが、産業界からは疑問の声も上がっている。

 米国では、AIによる電力需要増により、石炭火力の閉鎖が減速している。一部の電力会社は石炭火力の利用延長を打ち出している。

 G7の中で、日本とドイツ、米国の石炭火力発電量は依然として多い。他のG7諸国は石炭火力の比率を数パーセント以下まで低下させている。中国とインドは世界の石炭火力発電量の3分の2を占めている。

 ドイツでは、旧東西の経済格差が依然として存在し、これが気候変動対策への姿勢にも影響を与えている。旧東独地域では気候変動対策のための資金負担に同意する比率が低く、脱石炭政策への賛成も少ない。平均月収や人口動態にも大きな差がある。

 最近の旧東独地域の州議会選挙では、右派政党AfDが大きく躍進し、左派ポピュリスト政党BSWも支持を集めた。両党とも脱・脱石炭を掲げており、地域経済への配慮を示している。

 連邦政府の脱石炭政策は勢いを失いつつあり、2030年への前倒しは困難になっている。エネルギー政策は変化しやすく、先進国の脱石炭の動きも今後変わる可能性がある。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。


【私の論評】日本のエネルギー政策の現状と玉虫色のアプローチ:石炭火力、クリーンコール技術、原子力再評価、EV普及の課題

まとめ

  • 日本は石炭火力発電の縮小を目指しているが、エネルギー自給率の低さや再生可能エネルギーへの完全移行の難しさから、慎重かつ段階的な対応をしている。
  • 日本の高度なクリーンコール技術は、CO2排出量削減において世界トップクラスであり、エネルギー安全保障と経済性を維持しつつ脱炭素化に貢献している。
  • 福島第一原発事故後、脱原発の動きが進んだが、近年はエネルギー安全保障と脱炭素化の観点から、玉虫色の柔軟な対応として原子力発電を再評価する動きが国内外で広がっている。
  • 電気自動車(EV)の普及は世界的に進められているものの、インフラ整備不足や高価格、補助金削減などの課題により、販売が伸び悩んでいる。
  • エネルギー政策は技術革新や国際情勢の変化に応じて柔軟に対応する必要があり、特定の技術に固執せず「玉虫色」のアプローチで多様な選択肢を持つことが重要である。

磯子火力発電所

日本の石炭火力発電は縮小の方向にありますが、段階的かつ慎重に進められています。2019年時点で電力供給の75.8%が火力発電によるもので、石炭火力発電は依然として重要な役割を果たしています。政府は非効率な小規模設備の段階的廃止を方針としていますが、エネルギー自給率の低さや再生可能エネルギーへの完全移行の困難さから、即時の全廃は想定されていません。

2018年の「第5次エネルギー基本計画」では、非効率石炭火力発電のフェードアウトとクリーンコール技術の開発が示されています。超々臨界圧発電(USC)や石炭ガス化複合発電(IGCC)などの技術により、CO2排出量の大幅な削減が可能です。日本のクリーンコール技術は世界トップクラスで、CO2排出量を約20%削減できます。

エネルギー供給構成では、石油依存度が減少し、石炭、LNG、再生可能エネルギーの割合が増加しています。長期的には石炭火力発電の縮小が見込まれていますが、エネルギー安全保障や経済性を考慮し、慎重かつ段階的なアプローチが求められています。日本の高度なクリーンコール技術は、国際的なCO2排出削減への貢献も期待されています。

エネルギー政策の変化は、原子力発電を巡る状況にも顕著に現れています。2011年の福島第一原子力発電所事故後、多くの国が脱原発政策へと転換しました。日本でもすべての原子力発電所が一時停止され、安全基準が厳格化されました。


しかし近年、エネルギー安全保障や脱炭素化の観点から、再び原子力発電を見直す動きが世界的に広がっています。日本でも、2022年に岸田首相が原発の新増設を含む原子力政策の転換を表明し、脱「脱原発」の流れが鮮明になっています。山本隆三氏も指摘するように、原子力発電所の再稼働や新設には地域の理解や長期的な計画が必要であり、容易には進められません。

一方、再生可能エネルギーの導入も進んでいますが、安定供給には課題があります。火力発電は依然として日本の電力供給の約7割を占めており、直ちに廃止することは困難です。クリーンコール技術の開発など、環境負荷を低減する取り組みも進められています。

このようなエネルギー政策の変化は、自動車産業にも顕著に見られます。EUでは2035年からのガソリン車およびディーゼル車の新車販売禁止を決定しました。この政策の主な目的は、電気自動車(EV)への全面的な移行を促進することでした。EUは、この政策により運輸部門の脱炭素化を加速させ、気候変動対策を強化することを意図しています。

しかし、この政策にも変更の可能性が示されています。2023年3月、ドイツの要請により、環境に配慮した合成燃料(e-fuel)を使用する車両については2035年以降も販売を継続可能とする例外が設けられました。この変更は、ドイツの自動車産業の強い意向が反映された結果であり、エネルギー政策が経済的利害関係にも大きく影響されることを示しています。

EVへの移行は世界的に進められていますが、その売れ行きは全体的に低調であることが指摘されています。特に2023年後半から2024年初頭にかけて、主要市場でEVの販売成長が鈍化しています。例えば、中国では2024年1月のEV販売台数が前年同月比で約6.3%減少しました。欧州でも、ドイツやフランスで補助金削減の影響があり、EV販売の伸びが鈍化しています。

日本でも同様の傾向が見られ、2024年1・2月における普通乗用車のEVのシェアは約1.16%(約4,600台)、軽自動車では約3.32%(約6,300台)となり、合計でのシェアは1.85%(約10,800台)に留まっています。これは2023年よりも減少しており、EV普及が思うように進んでいないことを示しています。

この低調な売れ行きの背景には、充電インフラの整備不足、車両価格の高さ、航続距離への不安などが要因として挙げられます。また、各国での補助金削減や終了も影響していると考えられます。

一方、多くの国が2030年や2035年までにEVの販売比率を大幅に引き上げる目標を掲げており、自動車メーカーも次々とEVモデルを発表し、技術開発に力を入れています。日本政府も2035年までに新車販売で電動車100%を目指すと表明していますが、現状の普及率を考えると、この目標達成には大きな課題が残されています。

エネルギー政策は技術革新、経済状況、国際情勢、環境問題など様々な要因によって大きく変化します。脱炭素化を目指しながらも、エネルギーの安定供給と経済性を考慮する必要があり、現在「非常に難しい議論をしている段階」にあるといえます。

エネルギー政策の変化を考慮すると、特定の技術や資源に過度に集中することは賢明ではありません。日本の官僚システムが得意とする「玉虫色」のアプローチ、つまり柔軟性を持たせた政策立案が重要です。

カラフルな玉虫 AI生成画像

長期的にはエネルギー効率を主要な指標として設定することが有効です。エネルギー効率の向上は、技術の進歩や資源の種類に関わらず、常に追求すべき目標です。例えば、IEAのネット・ゼロシナリオでは、2030年までに世界の一次エネルギー原単位を年4%改善する必要があると予測されています。このような具体的な数値目標を設定することで、政策の方向性を明確にしつつ、柔軟性を保つことができます。

一方で、具体的な技術選択や資源配分についても「玉虫色」に保つことが賢明です。これにより、以下のような利点が得られます。急速に進歩する技術、エネルギー資源の地政学的状況の変化、市場の変動に応じて、最も効率的な選択肢を採用し、特定の技術や資源に依存するリスクを軽減できます。さらに、多様な意見や利害関係を調整しやすくなります。

例えば、原子力発電や再生可能エネルギー、EVの普及などについては、明確な数値目標を設定するのではなく、「促進する」「推進する」といった柔軟な表現を用いることで、状況の変化に応じた政策調整が可能になります。

このアプローチは、日本のエネルギー政策において既に見られます。例えば、2022年の岸田首相による原子力政策の転換表明は、以前の「脱原発」から「原発活用」へと柔軟に方針を変更した例と言えます。

結論として、エネルギー効率という明確な指標を長期的な目標として設定しつつ、具体的な技術選択や資源配分については柔軟性を持たせる「玉虫色」のアプローチが、変化の激しいエネルギー分野において最も適切な政策立案方法です。このアプローチにより、日本は急速に変化するグローバルなエネルギー情勢に適応し、持続可能な未来に向けて着実に前進することができるでしょう。

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ドイツは大変なことに…フォルクスワーゲンが国内工場を閉鎖する「真の原因」―【私の論評】ドイツの脱原発政策が招く危機と日本の教訓:エネルギー政策の失敗を回避するために

ドイツは大変なことに…フォルクスワーゲンが国内工場を閉鎖するかもしれない「真の原因」

欧州「脱・原発」ブームの罪と罰
まとめ
  • スイスは脱原発政策を見直し、原発新設禁止の方針を転換する動きを見せている。年末までに「脱・脱原発」方針の法案改正提案を議会に提出予定。
  • スウェーデンも原発政策を転換し、原発の新設禁止や閉鎖済み原発の再稼働禁止を撤廃。2026年までに新規原発建設環境を整える計画を発表。
  • イタリアはエネルギーコストの急上昇を受け、原発再開に向けた動きを開始。小型原子炉への投資を可能にする法律を国会に提出し、フランスとの協力覚書も交わした。
  • ベルギーは脱原発計画を見直し、原子炉の寿命を延長。国際的な原子力エネルギーサミットを開催し、原子力の重要性を強調。
  • ドイツは依然として反原発政策を維持しており、高い電力料金が製造業に影響を及ぼしている。製造業の空洞化が進行する懸念がある。
2023年4月15日ドイツの全原発が操業を停止したことを伝えるテレビの画面

スイスをはじめとする国々で、原子力政策が大きな転換を迎えている。スイスは2017年に原発新設禁止を可決し、脱原発の方針を国是としていた。しかし、2023年8月にアルベルト・レシュティ・エネルギー大臣が、地政学的緊張の高まりを背景にエネルギー供給の強化が必要であると述べ、原発政策の見直しを示唆した。これにより、スイス政府は年末までに「脱・脱原発」方針の法案改正提案を議会に提出する予定であり、脱原発の流れに終止符を打つことが確実視されている。

スウェーデンでも同様の動きが見られる。1980年に脱原発を宣言したスウェーデンは、2022年9月の総選挙で中道右派連合が政権を握ったことを契機に、原子力政策を大きく転換した。新政権は、原発の新設禁止や閉鎖済み原発の再稼働禁止といった制限を撤廃し、2026年までに最大4000億クローナの投資を行い、新規原発建設の環境を整える方針を打ち出している。

イタリアも原発政策に変化が見られる。1987年に脱原発を決定し、その後も原発再開に関する国民投票で否決されてきたが、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギーコストの急上昇を受けて、国民の意識が変化した。2023年5月、メローニ政権が原発の活用を検討する動議を下院に提出し、7月には小型原子炉への投資を可能にする法律が国会に提出された。また、フランスとの間で原子力利用の推進に関する覚書も交わされ、国内の原子力を再構築する方針が示されている。

ベルギーも脱原発計画を見直し、原子炉の寿命を延長する決定を下した。国際原子力機関(IAEA)との共同開催による「原子力エネルギー・サミット」では、エネルギー安全保障の強化や持続可能な開発における原子力の重要性が強調された。韓国やイギリスもそれぞれ原子力発電の割合を増加させる方針を示している。

一方、ドイツは依然として反原発の姿勢を崩さず、世界の潮流から遅れをとっている。高い電力料金が製造業に深刻な影響を及ぼし、フォルクスワーゲンが国内工場の閉鎖を検討していることが報じられている。野党のキリスト教民主同盟(CDU)は原子力の維持を主張しているが、再稼働には高いハードルが存在する。このような状況の中で、ドイツの製造業の空洞化は避けられないと見込まれている。これらの動きは、エネルギー安全保障や電力料金の競争力を維持するための重要な戦略として位置づけられている。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。元記事のタイトルは『ドイツはもうおしまいだ…フォルクスワーゲンが国内工場を閉鎖した「真の原因」』は明らかな間違いと思われたので、改変しました。

【私の論評】ドイツの脱原発政策が招く危機と日本の教訓:エネルギー政策の失敗を回避するために


まとめ
  • ドイツは原発の全面廃炉を決定したが、これにより電力料金が高騰し、経済が低迷するリスクがあり、その結果、産業や人々がエネルギー価格の低い近隣諸国に移転する可能性があることは十分予想できた。
  • ドイツ人やドイツ産業が移転しやすい環境として、ドイツ語が通じるスイス、北イタリア、ベルギーなどがあり、生活習慣も似ているため移住の障壁が低い。
  • フォルクスワーゲンがドイツ国内の生産工場の閉鎖を検討しており、これはドイツのエネルギー政策の影響を強く受けた決断といえる。
  • 日本はドイツと比較すれば、再生可能エネルギー、原子力発電、天然ガスをバランスよく組み合わせた政策を進めており、エネルギーの安定供給と経済性を考慮しているといえる。
  • 日本が再生可能エネルギーに重きを置いたり、火力発電を減らす政策を続ければ、より現実的なエネルギー政策に転換しつつある他国に遅れを取る可能性があり、政府はエネルギー政策に真摯に取り組むべき時が来たといえる
ドイツが現在の状況に至ることは、ドイツが原発の全面廃炉を決めた時点で十分に予想されたことです。このことについては、過去の記事でも取り上げました。その記事のリンクを以下に掲載します。
この記事では、ドイツ国内で電力料金が大幅に上昇すれば、ドイツ経済が低迷し、その結果、ドイツ産業はエネルギー価格の低い近隣諸国に移転し、ドイツ人も近隣諸国へ移住するようになるだろうと予測しました。そのため、ドイツは脱原発政策を継続できなくなるだろうと考えました。ただし、脱原発からの転換がいつになるかが大きな課題であると指摘しました。

ドイツ人やドイツ産業が近隣諸国へ移転する理由として、以下の点を挙げました。
世界には、スイスやイタリアなど、ドイツ語圏の地域を有する国々が存在しています。これらの国々では、ドイツ人は言語や生活習慣をほとんど変えずに移住できます。また、ドイツ語圏でなくても、生活習慣が似ている国も多くあり、さらに近隣諸国は陸続きです。
ドイツ語圏(黒の部分)とドイツ語が通じる地域
このような状況から、ドイツはこの馬鹿げた政策を長く続けることはできないでしょう。問題は、いつこの政策を止めるかです。ドイツ産業が流出する国々は大喜びですが、一度流出した産業を再び戻すのは困難です。
ドイツ語を母語とし、ドイツ文化を維持するコミュニティとしては、フランスのアルザス・ロレーヌ地方やスイス(スイスのドイツ語圏は全体の62.1%)、北イタリアなどがあります。北イタリアのドイツ語圏は、主にトレンティーノ=アルト・アディジェ州(南チロル地方)に位置しており、この地域は歴史的にオーストリア・ハプスブルク帝国の一部で、第一次世界大戦後にイタリアに併合されました。

これ以外にも、ベルギーの東部地域、特にオイペン周辺にはドイツ語を公用語とするドイツ語共同体があります。デンマーク南部の国境付近にはドイツ系少数民族が住んでおり、彼らも独自の文化を持っています。さらに、ポーランドのシレジア地方やチェコ共和国のスデーテン地方にもドイツ語話者のコミュニティがあります。ルーマニアのトランシルバニア地方にはザクセン人の子孫であるドイツ系住民が暮らしており、彼らも独自の文化を維持しています。

このような背景から、島国日本の日本人や日本の産業が近隣諸国へ移転する場合と比べて、ドイツ人やドイツ産業が陸続きの近隣諸国に移る障壁ははるかに低いといえます。

ドイツの近隣諸国にはドイツ語圏や文化を継承する地域が多く存在する

上の記事にもある通り、最近ではフォルクスワーゲンがドイツの生産工場の閉鎖を検討し、1994年以来維持してきた6つの主力工場での2029年までの雇用保証も破棄すると発表しました。もし実行されれば、欧州最大の自動車メーカーであるフォルクスワーゲンの87年の歴史において初めてのドイツ国内工場の閉鎖となり、このニュースは瞬く間に欧州中に広まりました。

ドイツが現在のエネルギー政策を継続する限り、このような事態は確実に進行するでしょう。その後、さらに他の産業もドイツを離れ、ドイツ人の移住も加速するでしょう。

一方で、日本のエネルギー政策はドイツとは異なり、再生可能エネルギーを推進しつつも、福島原発事故を経験した後も原子力発電を完全に否定することはなく、天然ガスにも力を入れてきました。日本のエネルギー政策は、エネルギーの安定供給、経済効率性、環境適合性、安全性(3E+S)の同時達成を目指した「エネルギー基本計画」に基づいており、バランスの取れたエネルギーミックスを目指してきました。

しかし再生可能エネルギーの普及には、天候に左右される供給の不安定さ、高額な初期投資、電力系統の安定性維持のためのコストなど、様々な課題があります。日本では、太陽光パネルの無秩序な設置が問題となることもあります。各国政府は、再エネ導入を推進しつつも、エネルギーの安定供給や経済性を考慮した政策調整を行い、より現実的なアプローチへと移行しています。

太陽光パネルの無秩序な設置が問題に・・・・

現在、日本はエネルギー政策の見直しの重要な時期を迎えています。政府は「エネルギー基本計画」の見直しを進めており、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標や、地政学的リスクを考慮したエネルギーの安定供給が焦点となっています。

特に、2035年度以降の電源構成の見直しが重要であり、原子力発電の位置づけや再生可能エネルギーの導入拡大と火力発電の低減策等が検討されています。また、天然ガスの利用拡大も重要視され、エネルギーインフラの整備が急務です。

世界がより現実的なエネルギー政策に移行しつつある中、日本だけが原発の再稼働をしないとか、再生可能エネルギーに重きを置き続けたり、火力発電を減らす政策を続けることで、他国に比べて遅れを取るリスクがあります。ドイツの現状を教訓に、政府はエネルギー政策に真摯に取り組むべき時が来たといえるでしょう。

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