2024年9月1日日曜日

中国海軍の測量艦、鹿児島沖で領海侵入 防衛省発表―【私の論評】日本南西海域の地形と潮流、中国の侵犯と不適切発言が意味するもの

中国海軍の測量艦、鹿児島沖で領海侵入 防衛省発表

まとめ
  • 中国海軍の測量艦が鹿児島県口永良部島南西の日本領海に侵入し、約2時間滞在した。
  • この領海侵入は2023年9月以来10回目で、直近では中国軍機が長崎県男女群島沖の領空も侵犯している。
  • 外務省が中国側に強く抗議し、防衛省は測量艦の動きを分析中。
  • 中国による領海侵入や領空侵犯が尖閣諸島以外の地域でも増加している。
  • 中国はロシアとの軍事協力も深めており、日本周辺での共同活動が観察されている。
中国海軍のシュパン級測量艦

 防衛省は2024年8月31日、中国海軍のシュパン級測量艦1隻が同日朝、鹿児島県口永良部島の南西の日本領海に侵入したと発表した。これは2023年9月以来10回目の中国海軍測量艦による領海侵入であり、中国軍は8月26日にも長崎県男女群島沖の領空を侵犯したばかりだった。

 測量艦は午前6時に日本の領海に入り、1時間53分ほど滞在した。海上自衛隊の掃海艇と哨戒機が警戒監視・情報収集にあたり、航行目的などを問いかけた。自衛隊法に基づく「海上警備行動」の発令はなかった。外務省の鯰博行アジア大洋州局長は、直近の領空侵犯も踏まえ中国側に強い懸念を伝え、抗議した。

 測量艦は一般的に海水の温度や海底の地形、水深などを計測し、艦艇や潜水艦の航行に必要な情報を収集する。領海内では「無害通航権」が認められているが、防衛省は今回の航行がこれに該当するか分析する。

 中国による領海侵入や領空侵犯は主に尖閣諸島周辺で起きていたが、最近では他の地域でも増加している。8月26日の領空侵犯は、初めて中国軍に所属する機体で尖閣諸島以外で起きたと公表された。尖閣諸島以外での領海侵入も2021年11月以降増加傾向にある。

 さらに、中国はロシアとの軍事協力も深めている。2023年12月には中露の爆撃機4機が日本周辺を長距離にわたり共同飛行し、2024年7月には両国の艦艇が大隅海峡を通過、南シナ海では共同訓練を実施した。

 これらの度重なる中国の動きを踏まえ、日本政府はその意図や目的の分析を進めている。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】日本南西海域の地形と潮流、中国の侵犯と不適切発言が意味するもの

まとめ
  • 日本南西海域(口永良部島・五島海底谷)は海洋安全保障上、地政学的に重要な戦略的拠点である。急激な水深変化と激しい潮流があり、潜水艦の隠密行動や対潜水艦戦に適した環境を提供している。
  • 中国の測量船や情報収集機が日本の領海・領空を相次いで侵犯し、情報収集やASW能力の検証などを行っている。これは日本の安全保障上の脅威となっている。
  • 潜水艦技術の進歩に対応するため、日本はASW能力の向上(センサー技術や対潜水艦兵器の開発)と自衛隊の警戒監視活動の強化が必要である。
  • EEZ境界付近での緊張を避けるため、国際法の遵守や近隣国との協力、中国の行動に対する警戒と国際社会との連携が重要である。
  • 最近の一連の事件(メキシコ人男性の漂流、NHKの不適切発言、中国軍機の領空侵犯、中国海軍測量艦の領海侵入)は、中国の戦略的な動きを示唆しており、五島海底谷を含む日本南西海域の重要性が高まっている。
今回中国の測量船が侵入した、口永良部島の南西の日本領海付近の水域は、海洋安全保障の観点から極めて重要な意味を持っています。この海域は日本の南西端に位置し、東シナ海と太平洋の接点に近いため、地政学的に重要な場所となっています。中国や台湾、韓国などの近隣国との海上交通路に近接しているこの海域は、国際海上交通路の監視や不審船、違法活動の監視が重要となります。

海底地形の特徴として、大陸棚から深海域への急激な水深変化があり、これは海軍作戦、特に潜水艦活動に適した環境を提供しています。深い海域は潜水艦の隠密行動を容易にし、浅海域との境界は音響的に複雑な環境を作り出すため、対潜水艦戦(ASW:Anti Submarine Warfare)の観点からも重要な海域となっています。

口永良部島(太線内)付近の水深

ASWは潜水艦を探知、追跡、抑止、損傷、または破壊するために、水上艦艇、航空機、潜水艦、その他のプラットフォームを使用する水中戦の一分野です。この海域の複雑な海底地形は、ソナー技術を用いた潜水艦の探知や追跡を困難にする一方で、潜水艦にとっては隠れやすい環境を提供しています。

日本の領海を守るため、この海域での自衛隊の活動が重要になります。海上自衛隊の艦艇や航空機による定期的なパトロールが行われており、潜水艦「なるしお」などの艦艇が警戒監視任務や訓練を実施しています。ASWの観点からは、これらの活動には高度なソナー技術や対潜水艦兵器の運用が含まれ、潜在的な脅威に対する即応能力の維持が図られています。

この海域の管理や利用に関しては、近隣国との協力や緊張関係が生じる可能性があり、特に排他的経済水域(EEZ)の境界線付近では慎重な外交対応が求められます。国連海洋法条約に基づく航行の自由や資源開発の権利など、国際法の遵守と適用も重要な課題となっています。

最近では、女性自衛官も潜水艦に乗艦するようになり、多様な人材が海洋安全保障に貢献しています。この海域の安全保障上の重要性は、日本の防衛政策や外交戦略に大きな影響を与えており、ASW能力の強化を含む継続的な注目と対応が必要とされています。特に、潜水艦技術の進歩に伴い、より静粛で探知困難な潜水艦に対するASW能力の向上が求められており、センサー技術や対潜水艦兵器の開発、運用戦略の改善が進められています。

一方、中国の観測機によって領空侵犯された長崎県男女群島沖には五島海底谷が存在し、これも戦略的に非常に重要な海域です。東シナ海の一部を成すこの海底谷は、五島列島福江島南方から北北東に延びており、周囲の浅い大陸棚と対照的な地形を形成しています。この独特な地形は、海洋生態系の多様性を支える一方で、軍事戦略的にも重要な意味を持っています。

男女群島付近の五島海底谷はマッコウクジラの存在が確認された場所でもある

五島海底谷は、五島列島西側から対馬にかけて北北東に走る細長い海底谷で、五島列島福江島南方の海底をきざむ五島海谷の北延長とみなされています。この海底谷は構造谷である可能性が高く、その形成には地質構造が大きく関与していると考えられています。この地理的特性により、国際海上交通の監視や不審船の監視が重要となっています。海底谷の存在は潜水艦の隠密行動を容易にし、ASWの観点から非常に重要な海域となっています。

この海域では、黒潮の支流である対馬海流が表層流速0.5~1.3ノットで日本海に向かって恒流しており、これに潮流が加わって北東流(下げ潮)の最強時の表層流速は1.4~3.0ノットに達しています。さらに、五島列島・西彼杵半島間では2.5~3.0ノット、五島列島の諸島間あるいは平戸瀬戸では潮流速度が最高6ノット以上(表層流速)にも達しています。このような激しい水流の存在は、浅海底における堆積物の挙動分布に大きな影響を与えているものと思われます。

この激しい潮流は、潜水艦にとっても戦略的に重要な意味を持ちます。潜水艦は、これらの潮流を巧みに利用することで、自身の駆動装置を最小限に抑えながら移動することが可能となります。特に、潮流に乗って移動する際には、潜水艦のプロペラ音や機関音を大幅に抑制できるため、音響探知装置による発見のリスクを低減させることができます。

これらの海域の管理や利用に関しては、近隣国との協力や緊張関係が生じる可能性があり、特にEEZの境界線付近では慎重な外交対応が求められます。国際関係の観点からも、この海域の重要性は高く評価されています。

技術革新の面では、潜水艦技術の進歩に伴い、より静粛で探知困難な潜水艦に対するASW能力の向上が求められています。そのため、センサー技術や対潜水艦兵器の開発、運用戦略の改善が継続的に進められています。

特筆すべきは、日本の掃海能力が世界一であるという事実です。海上自衛隊は27隻の掃海艦艇を保有しており、これは米国や英国など主要国の20隻以下という数を大きく上回っています。この世界有数の陣容に加え、高度な技術と豊富な経験を持つ人材が、日本の掃海能力を支えています。湾岸戦争後のペルシャ湾での掃海活動では、最も危険で難しい海域を担当し、高い評価を受けました。この実績は、日本の掃海能力が世界トップレベルであることを証明しています。

このように、これらの海域は日本の海洋安全保障において極めて重要であり、その地政学的位置、特徴的な海底地形、ASWの重要性、国際関係への影響、技術革新の必要性など、多面的な観点から継続的な注目と対応が必要とされています。これらの海域での活動は、日本の防衛政策や外交戦略に大きな影響を与えており、今後も重要性を増していくことが予想されます。

中国がこれらのASWに関する重要な拠点である海域を相次いで侵犯した意図については、複数の可能性が考えられます。情報収集活動、抑止力の誇示、グレーゾーン戦略の一環、ASW能力の検証、国際法の解釈の押し付け、戦略的要衝の把握、日本の対応能力の試験などが挙げられます。

しかしながら、中国のASW能力は現状では日米に比べてかなり遅れているという現実があります。中国は、日米はおろか日本単独との海戦でも勝利する見込みが低いことを認識しており、この能力格差を埋めるために、実際の海域での情報収集や能力検証を行っている可能性があります。

特に、対機雷戦能力に関しては、中国は量的には日米を上回っているものの、質的能力やソフト面での能力(経験、練度)では依然として日本に劣っています。そのため、中国はこれらの海域侵入を通じて、実践的な経験を積み、ASW能力全般の向上を図ろうとしているかもしれません。

日本としては、こうした中国の動きに対して、警戒監視を強化するとともに、国際社会と連携しながら、法の支配に基づく海洋秩序の維持に努める必要があります。同時に、日本は世界一の掃海能力を含む自国のASW能力の優位性を維持・強化し、中国の能力向上に対応していく必要があります。

なお、南西の日本領海付近の水域においては、最近短期間に様々な出来事が起こっています。これを時系列でまとめます。
2024年8月16日、沖縄県の尖閣諸島・魚釣島の東岸で、メキシコ国籍の40代男性がカヌーで漂流しているのを哨戒中の巡視船が発見し、救助しました。

2024年8月19日午後1時過ぎ、NHKのラジオ国際放送などの中国語ニュースで、中国籍の外部スタッフ男性(49歳)が、原稿にはない不適切な発言を約20秒間にわたって行いました。

2024年8月21日、NHKは当該スタッフとの契約を解除しました。

2024年8月22日、NHKの稲葉延雄会長が自民党の情報戦略調査会の会合で謝罪し、詳細を説明しました。

2024年8月26日午前11時29分から約2分間、中国軍のY-9情報収集機1機が長崎県五島市の男女群島沖の日本の領空を侵犯しました。これは中国軍機による日本の領空侵犯が確認された初めてのケースです。具体的な経緯は以下の通りです:

1. 午前11時29分頃:Y-9情報収集機が男女群島の領空に侵入
2. 午前11時31分頃:男女群島の南東側から領空の外に出る
3. その後も周辺で旋回を続ける
4. 午後1時15分頃:中国大陸に向けて飛行

航空自衛隊西部航空方面隊の戦闘機が緊急発進(スクランブル)し、通告及び警告を実施するなどの対応を行いました。

同日、防衛省は17時45分に「中国機による領空侵犯について」と題するリリースを公表し、外務省も「中国情報収集機による領空侵犯に対する抗議」と題するリリースを公表しました。外務省は同日午後5時20分頃から、岡野正敬外務事務次官が施泳在京中国大使館臨時代理大使を外務省へ召致し、極めて厳重に抗議するとともに、再発防止を強く求めました。

2024年8月26日、問題を起こした中国籍スタッフがSNSで日本を出国したことを示唆する投稿をしました。

2024年8月29日、当該スタッフは再びSNSで投稿を行い、自身の行動を正当化する内容を発信しました。

2024年8月31日、中国海軍のシュパン級測量艦「銭偉長」が鹿児島県口永良部島南西の日本領海に侵入し、約1時間53分滞在しました。
これらの一連の出来事は、中国の意図的な行動の可能性や事件の重大性をより明確に示しています。特に、メキシコ人男性の漂流事件後に、NHKの不適切発言事件、中国軍機による領空侵犯、中国海軍測量艦による領海侵入が続いたことは、中国の戦略的な動きを示唆しているかもしれません。

この状況下で、五島海底谷を含む日本の南西海域の戦略的重要性がさらに高まっています。これらの海域の特徴的な地形や潮流は、潜水艦活動にとって重要な意味を持ち、日本の安全保障と外交政策において継続的な注目と適切な対応が必要不可欠であることは明らかです。特に、中国がこの海域で侵犯を繰り返すのはなぜなのか、その意図を注意深く解明し、対処すべきです。

NHK国際放送で不適切発言をした中国人スタッフ胡越

これと同時に、中国籍スタッフの行為の法的側面と、NHKの国際放送の特殊性を考慮すると、この事件の重大性がさらに浮き彫りになります。偽計業務妨害罪に該当する可能性があることや、NHKの国際放送が国からの交付金を受けて特定の放送内容を要請されていることを踏まえると、単なる個人の不適切行為を超えた問題として捉える必要があります。

これらの事実を踏まえると、NHK の事件と中国軍の行動との間に何らかの関連性がある可能性を排除できません。したがって、以下の対応が必要だと考えられます。
徹底的な調査:警察や国会、さらには国家安全保障会議(NSC)などの場で、これらの事象の関連性について徹底的な調査を行うべきです。
情報共有と分析:関係機関間で情報を共有し、総合的な分析を行う必要があります。
法的措置の検討:NHK の中国籍スタッフの行為が偽計業務妨害罪に該当する可能性があるため、中国籍スタッフも含めた、関係者の法的措置を検討すべきです。
再発防止策の策定:NHK の国際放送における外国籍スタッフの起用に関するガイドラインの見直しや、チェック体制の強化が必要です。
外交的対応:中国政府に対して、これらの事象に関する説明を求め、再発防止を強く要請すべきです

 これらの対応を通じて、先に述べたようにASWの強化を含め、日本の安全保障と国益を守るとともに、類似の事態の再発を防ぐことが重要です。特に、領海・領空侵犯に対しては、国際法の手続き踏んだ上で、厳しい対応するなど、毅然とした態度で臨むべきです。

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