2024年9月10日火曜日

【右派も左派も脱「脱石炭」】ドイツの計画は白昼夢に?産業界からは疑問の声―【私の論評】日本のエネルギー政策の現状と玉虫色のアプローチ:石炭火力、クリーンコール技術、原子力再評価、EV普及の課題

【右派も左派も脱「脱石炭」】ドイツの計画は白昼夢に?産業界からは疑問の声

山本隆三( 常葉大学名誉教授)

まとめ

  • G7が2030年代前半までの脱石炭火力を合意し、日本を含む一部のG7諸国が課題に直面している。
  • 世界の石炭火力発電の大半はアジア(特に中国とインド)が占めており、G7諸国の多くは既に石炭依存度を低下させている。
  • ドイツでは、特に旧東独地域で石炭産業が重要な雇用源となっており、脱石炭政策に対する政治的・経済的な反発が強まっている。
  •  米国では、AIによる電力需要増加により石炭火力の閉鎖ペースが減速し、一部の電力会社が利用延長を検討している。
  • エネルギー政策は変化しやすく、先進国の脱石炭への取り組みも今後変化する可能性がある。
石炭火力発電所 AI生成イメージ

 G7エネルギー・環境相会合で2030年代前半までの脱石炭火力が合意され、日本は厳しい状況に追い込まれた。世界の石炭火力発電の大半はアジアが占め、G7諸国では国内炭生産がほぼ終了している。日本は輸入炭を利用する火力発電所を建設し、電気料金の低廉化と安定供給に努めてきた。一方、他のG7国は天然ガスへの依存度を高めている。

 ドイツと米国は依然として石炭火力を利用しているが、早期廃止は困難な状況にある。ドイツでは右派・左派ポピュリスト政党が脱石炭に反対し、支持を伸ばしている。特に旧東独地域では、石炭産業が重要な雇用源となっており、脱石炭政策への反対が強い。

 ドイツでは2038年までに石炭火力設備を廃止する法律が成立しているが、現政権は2030年への前倒しを目指していた。しかし、政権内部からも不協和音が聞こえ始め、前倒しの実現は困難になりつつある。経済・気候保護相は、再生可能エネルギーや代替電源の整備により事業者が自主的に石炭火力を早期に廃止する動きが進んでいるとしているが、産業界からは疑問の声も上がっている。

 米国では、AIによる電力需要増により、石炭火力の閉鎖が減速している。一部の電力会社は石炭火力の利用延長を打ち出している。

 G7の中で、日本とドイツ、米国の石炭火力発電量は依然として多い。他のG7諸国は石炭火力の比率を数パーセント以下まで低下させている。中国とインドは世界の石炭火力発電量の3分の2を占めている。

 ドイツでは、旧東西の経済格差が依然として存在し、これが気候変動対策への姿勢にも影響を与えている。旧東独地域では気候変動対策のための資金負担に同意する比率が低く、脱石炭政策への賛成も少ない。平均月収や人口動態にも大きな差がある。

 最近の旧東独地域の州議会選挙では、右派政党AfDが大きく躍進し、左派ポピュリスト政党BSWも支持を集めた。両党とも脱・脱石炭を掲げており、地域経済への配慮を示している。

 連邦政府の脱石炭政策は勢いを失いつつあり、2030年への前倒しは困難になっている。エネルギー政策は変化しやすく、先進国の脱石炭の動きも今後変わる可能性がある。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。


【私の論評】日本のエネルギー政策の現状と玉虫色のアプローチ:石炭火力、クリーンコール技術、原子力再評価、EV普及の課題

まとめ

  • 日本は石炭火力発電の縮小を目指しているが、エネルギー自給率の低さや再生可能エネルギーへの完全移行の難しさから、慎重かつ段階的な対応をしている。
  • 日本の高度なクリーンコール技術は、CO2排出量削減において世界トップクラスであり、エネルギー安全保障と経済性を維持しつつ脱炭素化に貢献している。
  • 福島第一原発事故後、脱原発の動きが進んだが、近年はエネルギー安全保障と脱炭素化の観点から、玉虫色の柔軟な対応として原子力発電を再評価する動きが国内外で広がっている。
  • 電気自動車(EV)の普及は世界的に進められているものの、インフラ整備不足や高価格、補助金削減などの課題により、販売が伸び悩んでいる。
  • エネルギー政策は技術革新や国際情勢の変化に応じて柔軟に対応する必要があり、特定の技術に固執せず「玉虫色」のアプローチで多様な選択肢を持つことが重要である。

磯子火力発電所

日本の石炭火力発電は縮小の方向にありますが、段階的かつ慎重に進められています。2019年時点で電力供給の75.8%が火力発電によるもので、石炭火力発電は依然として重要な役割を果たしています。政府は非効率な小規模設備の段階的廃止を方針としていますが、エネルギー自給率の低さや再生可能エネルギーへの完全移行の困難さから、即時の全廃は想定されていません。

2018年の「第5次エネルギー基本計画」では、非効率石炭火力発電のフェードアウトとクリーンコール技術の開発が示されています。超々臨界圧発電(USC)や石炭ガス化複合発電(IGCC)などの技術により、CO2排出量の大幅な削減が可能です。日本のクリーンコール技術は世界トップクラスで、CO2排出量を約20%削減できます。

エネルギー供給構成では、石油依存度が減少し、石炭、LNG、再生可能エネルギーの割合が増加しています。長期的には石炭火力発電の縮小が見込まれていますが、エネルギー安全保障や経済性を考慮し、慎重かつ段階的なアプローチが求められています。日本の高度なクリーンコール技術は、国際的なCO2排出削減への貢献も期待されています。

エネルギー政策の変化は、原子力発電を巡る状況にも顕著に現れています。2011年の福島第一原子力発電所事故後、多くの国が脱原発政策へと転換しました。日本でもすべての原子力発電所が一時停止され、安全基準が厳格化されました。


しかし近年、エネルギー安全保障や脱炭素化の観点から、再び原子力発電を見直す動きが世界的に広がっています。日本でも、2022年に岸田首相が原発の新増設を含む原子力政策の転換を表明し、脱「脱原発」の流れが鮮明になっています。山本隆三氏も指摘するように、原子力発電所の再稼働や新設には地域の理解や長期的な計画が必要であり、容易には進められません。

一方、再生可能エネルギーの導入も進んでいますが、安定供給には課題があります。火力発電は依然として日本の電力供給の約7割を占めており、直ちに廃止することは困難です。クリーンコール技術の開発など、環境負荷を低減する取り組みも進められています。

このようなエネルギー政策の変化は、自動車産業にも顕著に見られます。EUでは2035年からのガソリン車およびディーゼル車の新車販売禁止を決定しました。この政策の主な目的は、電気自動車(EV)への全面的な移行を促進することでした。EUは、この政策により運輸部門の脱炭素化を加速させ、気候変動対策を強化することを意図しています。

しかし、この政策にも変更の可能性が示されています。2023年3月、ドイツの要請により、環境に配慮した合成燃料(e-fuel)を使用する車両については2035年以降も販売を継続可能とする例外が設けられました。この変更は、ドイツの自動車産業の強い意向が反映された結果であり、エネルギー政策が経済的利害関係にも大きく影響されることを示しています。

EVへの移行は世界的に進められていますが、その売れ行きは全体的に低調であることが指摘されています。特に2023年後半から2024年初頭にかけて、主要市場でEVの販売成長が鈍化しています。例えば、中国では2024年1月のEV販売台数が前年同月比で約6.3%減少しました。欧州でも、ドイツやフランスで補助金削減の影響があり、EV販売の伸びが鈍化しています。

日本でも同様の傾向が見られ、2024年1・2月における普通乗用車のEVのシェアは約1.16%(約4,600台)、軽自動車では約3.32%(約6,300台)となり、合計でのシェアは1.85%(約10,800台)に留まっています。これは2023年よりも減少しており、EV普及が思うように進んでいないことを示しています。

この低調な売れ行きの背景には、充電インフラの整備不足、車両価格の高さ、航続距離への不安などが要因として挙げられます。また、各国での補助金削減や終了も影響していると考えられます。

一方、多くの国が2030年や2035年までにEVの販売比率を大幅に引き上げる目標を掲げており、自動車メーカーも次々とEVモデルを発表し、技術開発に力を入れています。日本政府も2035年までに新車販売で電動車100%を目指すと表明していますが、現状の普及率を考えると、この目標達成には大きな課題が残されています。

エネルギー政策は技術革新、経済状況、国際情勢、環境問題など様々な要因によって大きく変化します。脱炭素化を目指しながらも、エネルギーの安定供給と経済性を考慮する必要があり、現在「非常に難しい議論をしている段階」にあるといえます。

エネルギー政策の変化を考慮すると、特定の技術や資源に過度に集中することは賢明ではありません。日本の官僚システムが得意とする「玉虫色」のアプローチ、つまり柔軟性を持たせた政策立案が重要です。

カラフルな玉虫 AI生成画像

長期的にはエネルギー効率を主要な指標として設定することが有効です。エネルギー効率の向上は、技術の進歩や資源の種類に関わらず、常に追求すべき目標です。例えば、IEAのネット・ゼロシナリオでは、2030年までに世界の一次エネルギー原単位を年4%改善する必要があると予測されています。このような具体的な数値目標を設定することで、政策の方向性を明確にしつつ、柔軟性を保つことができます。

一方で、具体的な技術選択や資源配分についても「玉虫色」に保つことが賢明です。これにより、以下のような利点が得られます。急速に進歩する技術、エネルギー資源の地政学的状況の変化、市場の変動に応じて、最も効率的な選択肢を採用し、特定の技術や資源に依存するリスクを軽減できます。さらに、多様な意見や利害関係を調整しやすくなります。

例えば、原子力発電や再生可能エネルギー、EVの普及などについては、明確な数値目標を設定するのではなく、「促進する」「推進する」といった柔軟な表現を用いることで、状況の変化に応じた政策調整が可能になります。

このアプローチは、日本のエネルギー政策において既に見られます。例えば、2022年の岸田首相による原子力政策の転換表明は、以前の「脱原発」から「原発活用」へと柔軟に方針を変更した例と言えます。

結論として、エネルギー効率という明確な指標を長期的な目標として設定しつつ、具体的な技術選択や資源配分については柔軟性を持たせる「玉虫色」のアプローチが、変化の激しいエネルギー分野において最も適切な政策立案方法です。このアプローチにより、日本は急速に変化するグローバルなエネルギー情勢に適応し、持続可能な未来に向けて着実に前進することができるでしょう。

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