古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
- 中国では、継続的に抗日宣伝が行われている。
- これは日本軍への抗戦を主導したことが、中国共産党の統治の正当性であるため。
- 日本側がいくら友好の言動をとり、中国側に同様の対応を願っても無理だという悲しい真実を認識すべき。
中国の反日デモは放置しておくといつの間にか反日デモになるため2013年頃には姿を消した |
私が産経新聞中国総局長として北京に赴任し、生活を始めた頃中国で日本に対する否定的な見方が深く定着していることに驚きを隠せなかった。中国のメディアや教育システムを通じて、日中戦争時の日本軍の残虐行為が継続的に強調され、「反日」キャンペーンが絶え間なく展開されていることを目の当たりにした。特に、テレビや映画、新聞などのメディアでは、「南京大虐殺」や「731部隊」などの話題が頻繁に取り上げられ、まるで現在進行形の事件のように報道されていた。
さらに、教育面でも同様の傾向が見られた。中学・高校の歴史教科書や小学校の副読本にも、日本軍の残虐行為に関する生々しい描写や写真が多数掲載されていた。これらの教材を通じて、若い世代にも反日感情が植え付けられていく様子が窺える。
著者は当初、このような反日的な言論は日本側の特定の発言に対する反応だと考えていたが、実際には日本側の動きに関係なく、継続的に展開されているキャンペーンであることを認識した。
この状況の背景には、中国共産党の統治正当性を支える戦略があるようだ。共産党は抗日戦争での勝利を自らの統治の根拠としており、日本を永遠の「悪役」として位置づけることで、党の存在意義を強調し続けている。つまり、反日感情を煽ることが、共産党の一党支配を正当化する手段となっている。
さらに、この反日政策は経済的にも成功している。日本からの投資や観光、援助は続いており、中国にとって不利益がないため、この戦略を変更する動機がないのだ。中国は日本を「決して贖罪を果たしえない罪人」として扱い続けることで、経済的利益を得続けている。
また、中国国民の多くが日本の戦後の謝罪や平和主義的な姿勢について正確な情報を得ていないことも問題だ。中国側のメディアや教育システムが、意図的に日本の戦後の変化や謝罪の事実を無視し、過去の負の側面のみを強調し続けている。
結論として、日本側がいくら友好的な姿勢を示しても、中国側の対応は変わらない可能性が高いという厳しい現実を認識すべきだ。この「反日」政策が中国共産党の統治戦略の一部である以上、簡単には変更されないであろう。
【私の論評】中国共産党の統治の正当性の脆弱性と日本の戦略上の強み
まとめ
- 経営学の大家ドラッカーの統治の正当性に関する思想は、企業と政府の両方に適用可能な普遍的原則を提示しており、多元主義の尊重や権力の制限、社会への貢献を重視している。
- 中国共産党の統治の正当性は脆弱であり、その要因として経済成長の鈍化、社会問題の顕在化、政治参加の制限、多元主義の欠如、特に歴史の歪曲と反日教育による外部の敵の創出が挙げられる。
- 中国共産党による反日教育を通じた正当性の補強は、逆に統治基盤の脆弱性を示しており、これは日本にとって戦略的な強みとなり得る。
- 日本は中国の反日政策に対して毅然とした態度を取り、国際社会に問題点を周知させることで、中国の統治の正当性の脆弱性を露呈させることができる。
- 日本は台湾や東南アジア諸国との関係強化、日米同盟を基軸とした安全保障協力を通じて中国に対する抑止力を高めつつ、技術力や文化的影響力を活かして国際社会における地位向上と影響力の拡大を図るべきである。
「中国共産党の統治の正当性」という言葉は、過去においてはこのブログで何度か掲載してきました。最近は、これに言及することがしばらくなかったので、本日は久しぶりに取り上げさせていただきます。
晩年のドラッカー |
統治の正当性というと、私が真っ先に思い浮かぶのは、経営学の泰斗ピーター・ドラッカーのことです。彼の統治の正当性に関する見解は、企業や組織のみならず、政府にも適用可能な広範な思想を展開しています。ドラッカーは、いかなる権力も正当性なくしては永続しないという基本原則を掲げ、この考えを企業経営から政府の統治まで幅広く適用しました。
企業の文脈では、ドラッカーは単なる経済的管理者としての経営者だけでは正当な統治者とはなりえないと主張しました。この考えは、1940年代にドラッカーがゼネラル・モーターズ(GM)の内部調査を行った際に具体化されました。GMの分権化された組織構造が効果的な統治をもたらしていると評価し、各事業部門に自治権を与えることで企業全体の正当性が高まることを示しました。
ドラッカーは「正当的統治者」の必要性を強調し、これが企業の社会的構造における自治の確立と、その自治機関と経営者の連合によって成立すると考えました。この思想は、日本企業の経営手法にも見出されます。例えば、松下幸之助の「水道哲学」、つまり製品を水道水のように安価で豊富に提供するという考え方は、社会貢献を通じて企業の正当性を確立する好例でした。
政府の統治に関しては、ドラッカーは社会全体の包摂の重要性を強調しています。彼は、いかなる社会も全ての成員を組み入れなければ機能しないと述べ、これは政府の正当性が社会の全成員を包摂する能力に依存することを示唆しています。この観点から、ドラッカーはアメリカの非営利組織の役割を高く評価しました。ガールスカウトやボーイスカウトのような組織が、市民社会の形成に大きく貢献し、政府の正当性を補完する役割を果たしていると考えました。
ドラッカーの思想の根底には、「人間として何が正しいか」という正当性の概念があります。彼は、リーダー(企業の経営者や政府の指導者を含む)は正しいことを行うべきだと考え、人の強みを活かし、高い目標に向かって人々を導くことが重要だと主張しました。この考えは、1960年代のIBMの事例に見ることができます。
トーマス・ワトソン・ジュニアが従業員の多様性を重視する方針を打ち出したことは、単なる道徳的判断ではなく、多様な人材を活用することで企業の競争力を高めるという戦略的判断でした。ドラッカーはこの取り組みを、企業の社会的責任と経済的成功を両立させる模範的な例として評価しました。
さらに、ドラッカーはリーダーシップにおける人格の重要性を強調し、「真摯さ(integrity)」という根本的な資質が必要だと考えました。この真摯さは、人間として誠実で信頼できるという意味を持ち、リーダーの正当性の基盤となります。ドラッカー自身の教育者としての活動も、この思想を実践した例といえます。クレアモント大学院大学で教鞭を取る中で、ドラッカーは学生たちに「自己管理」の重要性を説きました。これは個人レベルでの「正当な統治」の実践であり、組織や社会の正当性の基礎となるものでした。
ドラッカーの思想を政府の文脈に適用すると、政府の統治の正当性は社会全体の包摂、正しい行動と倫理的な統治、社会への貢献と有益な結果の創出、長期的・未来志向的な政策、そして効果的な統治能力と市民の権利・福祉の保護に基づくと考えられます。これらの要素を満たすことで、政府は持続可能な正当性を獲得し維持できるのです。
結論として、ドラッカーの統治の正当性に関する思想は、企業と政府の両方に適用可能な普遍的な原則を提示しています。それは、社会全体の利益を考慮し、倫理的で効果的な統治を行い、長期的な視点を持って社会に貢献することの重要性を強調するものです。GM、松下電器、IBM、そして非営利組織の事例は、これらの原則が実際の企業経営や社会の中で実践され、検証されてきたことを示しています。ドラッカーの思想は、現代の複雑な社会における統治の課題に対して、重要な洞察を提供し続けているのです。
中国共産党は2016年「社会主義核心価値観」なるスローガンを打ち出したが・・・ |
一方、現代中国の政治体制に目を向けると、中国共産党は「科学発展観」や「和諧社会」といった概念を打ち出し、経済発展と社会の安定を両立させることで、その統治の正当性を強化しようとしています。これは、ドラッカーが主張した「社会への貢献と有益な結果の創出」という正当性の要素に部分的に合致します。
しかし、中国共産党の正当性維持戦略には、日本の過去の戦争行為、特に日中戦争時の残虐行為を継続的に強調するという要素も含まれています。この戦略は、ドラッカーの理論にはないものですが、中国の文脈では非常に重要な役割を果たしています。
この戦略は、実はその統治の正当性が脆弱であることの証左であると考えられます。歴史の利用、経済成長の鈍化、社会問題の顕在化、政治参加の制限、制度化の後退といった要因が、中国共産党の統治基盤の脆弱性を示唆しています。これらの要因は、ドラッカーが提唱した正当性の要素、特に「多元主義の尊重」や「権力の制限」といった点と相反するものです。
中国共産党が主張する「旧日本軍から中国を解放し新中国を建国した」という歴史認識は、実際の歴史とは異なります。日中戦争期(1937-1945)に日本軍が主に戦ったのは、当時の中国の正統政府であった中国国民党軍でした。
この歴史的事実を踏まえると、中国共産党が現在主張している「抗日戦争の主力」としての自己イメージは、実際の歴史とは乖離があることが分かります。これは、ドラッカーが重視した統治の正当性における「真実性」や「誠実さ」の要素と相反するものであり、中国共産党の統治の正当性の脆弱性を示す一つの例と考えられます。
さらに、中国の組織的・体系的な反日教育は、1990年代に江沢民によって開始されたものであり、それが今なお継続していることは、中国共産党の統治の正当性が依然として脆弱であることを示しています。
1989年の天安門事件後、マルクス主義や社会主義イデオロギーの求心力が低下したことを受け、江沢民は国内の政治的不満を逸らし、新たな統合イデオロギーとして反日教育を利用し始めました。1994年に「愛国主義教育実施綱要」が制定され、教科書における日本の侵略に関する記述が大幅に増加しました。
この教育方針は、単なる歴史教育の枠を超え、テレビ、新聞、映画などあらゆるメディアを通じて展開されるようになりました。この反日教育の継続は、中国共産党が自らの統治の正当性を、外部の敵(この場合は日本)を作り出すことで補強しようとしている証左と言えます。
1998年日本記者クラブでの江沢民 |
ドラッカーの理論に照らせば、真に強固な統治の正当性は、多元主義の尊重や権力の制限、社会への貢献と有益な結果の創出などに基づくべきです。外部の敵を利用して国内の団結を図る手法は、これらの要素とは相反するものであり、これらはむしろ統治基盤の脆弱性を示唆しています。
中国共産党の反日教育の継続は、その統治の正当性が現状でも脆弱であることを示しています。これを示す事実もあります。かつて中国は「愛国無罪」というキャッチフレーズのもと、反日サイトの存在を放置してきました。しかし、放置しておくと、いつの間にか「反政府サイト」になってしまうため、これを閉鎖するようになりました。また、SNSでも反日発言を許容しているといつの間にか反政府発言にすり替わっているということも頻発しているので、これも厳しく取り締まるようになりました。
また、「反日デモ」も「愛国無罪」と言う理屈で放置され、放置するどころか「官制デモ」といわれるように、政府が主導したと思われる反日デモも増えていたのですが、これも放置を続けるといつの間にか「反政府デモ」になってしまうので、これも取り締まるようになり、2013年頃には姿を消し現在でも反日デモはありません。
中国では、建国以来毎年2万件の暴動が起こったとされていますが、その後も増え続け、2010年あたりには、政府は暴動の数を公表しなくなりました。
この状況は日本にとって戦略的に重要な要素であり、この脆弱性を適切に認識し活用すべきです。この脆弱性は裏返せば、中国共産党は、日本にかなり影響を受けやすいということです。
現在日本が初めて中国軍機に領空を侵犯されたというタイミングで、二階氏をはじめとする日中友好議連が中国を訪問しています。このような行動は、日本の国益を損なう可能性があるため、避けるべきです。
日本は、中国の反日政策に対して毅然とした態度で臨み、国際社会に中国の行動の問題点を周知させるべきです。同時に、日本の歴史認識や立場を明確に示し、領土・主権に関わる事案では一切の妥協を許さない姿勢を貫くことが重要です。
また、台湾や東南アジア諸国との関係強化、日米同盟を基軸とした安全保障協力の深化を通じて、中国に対する外交的・経済的レバレッジと抑止力を高めるべきです。日本は技術力、ソフトパワー、国際的信頼性などの面で強みを持っており、これらを活かして中国に対する優位性を発揮すべきです。
先端技術分野での優位性維持、自由で開かれたインド太平洋構想の推進、文化的影響力の活用、国際機関での積極的な発言などを通じて、日本の地位向上と影響力の拡大を図ることが重要です。
結論として、中国共産党の反日政策に対しては、対話と協力を模索するのではなく、日本の国益を守るための明確な戦略を持ち、毅然とした態度で臨むべきです。同時に、日本の強みを最大限に活かし、国際社会における日本の地位向上と影響力の拡大を図ることが重要です。このアプローチにより、日本は中国に対して実質的な優位性を確立し、より安定した国際環境の構築に貢献することができるでしょう。
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