まとめ
- ウクライナ軍は8月6日にロシア領クルスク州への越境攻撃を開始し、約1250平方キロメートルの地域を制圧したと主張している。
- この作戦の目的は、ロシア軍の一部をドンバス地域から引き離し、ロシアの国境の脆弱性を利用することと考えられている。
- 攻撃はウクライナ軍の能力を示し、国民の士気を高めると同時に、西側諸国に対して軍事支援の有効性を証明する機会となる。
- しかし、リスクも伴い、東部前線の防衛力低下やロシアの反撃に対する持久力の懸念がある。
- 今後の成功には、バイデン政権の支援姿勢が重要であり、ATACMミサイルやF-16戦闘機の供与が鍵となる可能性がある。
緑の✕がウクライナ軍が今回侵攻した地域、青の✕はロシア軍が侵攻した地域 |
ウクライナ軍は進撃を続け、総司令官シルスキーによれば1000平方キロメートルを支配するに至っている。これは東京都の約半分に相当する広さだ。この大胆な作戦は、ウクライナの戦略が防御から攻勢へと転換したことを示す重要な出来事として注目されている。
作戦の目的については、ゼレンスキー大統領はロシア軍がウクライナのスーミ州を越境攻撃するために使っている国境地帯を制圧して安全を確保することに言及しているが、それだけではないだろう。考えられる戦略目的としては、ドンバス地域からロシア軍の一部を引き剥がすこと、ロシアの長大な国境の脆弱性を暴き利用すること、ウクライナ軍には依然として積極的なショックを与える能力があることを証明すること、などが挙げられている。
また、この作戦は西側が供与した装甲車両と防空兵器を利用して高度に機動的な攻撃を遂行することで、西側にそのような支援は無駄でないとのメッセージを送る効果もある。さらに、ロシア領土を幾分なりとも手中にしていることは、将来のモスクワとの交渉に当たって、ウクライナの立場を強化し得る。
しかし、この作戦にはリスクも伴う。東部の前線からウクライナの精鋭部隊の一部を割いて振り向けることは、ドンバス地域の防衛を危うくする可能性がある。また、ロシアの反撃に持ち堪えられるか、補給線の長期化に対応できるかなどの課題も指摘されている。
この作戦の成否は、バイデン政権の態度にかかっているとの見方もある。ATACMミサイル・システムでロシア領内奥深くの軍事目標を攻撃することを認め、さらに新たに供与されたF-16戦闘機でこれを支援できれば、ロシアの反撃を妨害出来る可能性がある。
ゼレンスキー大統領はこの作戦の報酬はリスクに値すると信じてサイコロを振ったようだが、その結果がどうなるかは予想できない。この越境攻撃が転換点となるか、戦略的失態に終わるか、あるいはそのどちらでもない結果になるかは、今後の展開を注視する必要がある。
【私の論評】ゼレンスキー大統領のクルスク侵攻の真の意図
まとめ
- ウクライナ軍のクルスク州への越境攻撃は、地理的・歴史的に重要な兵站拠点を狙ったものであり、ロシアの補給路を遮断する狙いがある。
- 独ソ戦におけるクルスクの戦いは1943年に行われ、ソ連軍の勝利がその後の戦況に決定的な影響を与えた。バグラチオン作戦はその後の反攻作戦として重要な役割を果たした。
- 現代においてもクルスク州はロシアにとって重要な補給拠点であり、ウクライナの攻撃はロシアの軍事行動に大きな影響を与える可能性がある。
- ゼレンスキー大統領は、ロシアの核の脅しが実際には空虚であることを示すため、越境攻撃を行い、米国に対してより多くの兵器供与を求める狙いがあるようだ。
- 新型長距離兵器「パリャヌィツィア」の導入により、ウクライナは独自の攻撃能力を強化し、ロシア本土への攻撃を行う意図を示している。今後の支援国の動向が注目される。
クルスクの戦い |
この戦いはソ連軍の勝利に終わり、その結果はその後の戦況に決定的な影響を与えました。クルスクの戦いは、独ソ戦でドイツ軍が攻勢に出た最後の大規模な戦闘であり、また赤軍が夏期においても勝利した最初の大規模な戦闘でした。
クルスクの戦いの翌年、1944年6月22日から8月19日にかけて、ソ連軍は「バグラチオン作戦」と呼ばれる大規模な反攻作戦を実施しました。この作戦は、ベラルーシを舞台に展開され、ドイツ軍中央軍集団に対する壊滅的な打撃を与えました。この戦いは、それまで夏季の戦いでは勝ったことがなかったソ連軍の初の夏季における勝利となりました。
バグラチオン作戦の結果、ドイツ軍は28個師団を喪失し、戦線は大きく西に押し戻されました。ソ連軍は5週間で700キロ近くも前進し、ドイツ側の発表でも25万人の戦死者と11万を超す捕虜を出すという大打撃を与えました。
この作戦は、独ソ戦に事実上の決着をつけた戦いとされ、ドイツの敗戦を決定的なものとしました。また、政治的にもナチスドイツのソ連との講和の可能性が絶望的になり、ヒトラー暗殺計画が具体化する状況となりました。
現代においても、クルスク州はロシアにとって重要な兵站拠点であり続けています。モスクワとクリミア半島を結ぶ幹線道路上に位置し、鉄鋼などの工業地帯でもあるため、ロシア軍の補給物資の調達と輸送に大きな役割を果たしています。特に、クルスク州はロシアの軍事作戦における後方支援の要となっており、ウクライナ東部での作戦を支える重要な補給路の一部を形成しています。
このような背景を踏まえると、ウクライナ軍の現在のクルスク侵攻は単なる領土の奪取以上の意味を持ちます。クルスクを制圧することで、ロシアの補給路を遮断し、軍事作戦の遂行能力を大きく低下させる可能性があります。特に、セイム川の橋の破壊や、クルスク原発の占領などは、ロシアの軍事行動に大きな影響を与える可能性があります。
しかし、この作戦には大きなリスクも伴います。ロシアにとってクルスクの重要性を考えれば、この地域を簡単に手放すとは考えにくく、激しい反撃が予想されます。これは、軍事作戦の常ですが、侵攻する側には必ず包囲されるという危険が伴います。現在クルスクに侵攻しているウクライナ軍が、ロシア軍に包囲殲滅される危険もあります。
また、ウクライナ軍がクルスクに注力することで、東部戦線が手薄になる可能性もあります。実際に、ドネツク州西部のポクロウシクでは、ロシア軍の前進が止まらず、避難を余儀なくされた住民もいます。
古来、軍事の専門家は二正面作戦の愚を指摘してきました。「二兎を追う者は一兎をも得ず」のことわざ通り、二正面作戦は自軍の戦略が分散し、両方の作戦が失敗する可能性があります。ウクライナ軍が越境攻撃に力を入れるほど、クルスク州とドネツク州の二正面作戦となってしまい、極めて不利な状況になりかねません。
結論として、クルスクへの攻撃は、その現代における兵站上の重要性と歴史的背景ゆえに大きな戦略的意義を持つ一方で、軍事的・政治的に高いリスクを伴う作戦であると言えます。この攻撃の結果が、今後のウクライナ戦争の展開と国際関係に大きな影響を与えることは間違いありません。
一方ウクライナ軍のクルスク制圧は、ロシアだけでなく欧米諸国にも衝撃を与えました。これまで欧米諸国は、ロシアへの直接攻撃を避けるため、ウクライナへの軍事支援に制限を設けていましたが、ウクライナはクルスク制圧の際にアメリカ製の多連装ロケット砲HIMARSを使用したと認め、支援国の"レッドライン"を越えました。
ゼレンスキー大統領は、より踏み込んだ協力を求める強気の姿勢を示しており、この行動のタイミングは米大統領選挙を意識したものと考えられています。ウクライナは、トランプ候補の当選によって支援が削減されることを懸念していますが、ハリス候補が当選した場合でも、レッドラインの緩和を望んでいます。
この作戦は、独ソ戦に事実上の決着をつけた戦いとされ、ドイツの敗戦を決定的なものとしました。また、政治的にもナチスドイツのソ連との講和の可能性が絶望的になり、ヒトラー暗殺計画が具体化する状況となりました。
現代においても、クルスク州はロシアにとって重要な兵站拠点であり続けています。モスクワとクリミア半島を結ぶ幹線道路上に位置し、鉄鋼などの工業地帯でもあるため、ロシア軍の補給物資の調達と輸送に大きな役割を果たしています。特に、クルスク州はロシアの軍事作戦における後方支援の要となっており、ウクライナ東部での作戦を支える重要な補給路の一部を形成しています。
このような背景を踏まえると、ウクライナ軍の現在のクルスク侵攻は単なる領土の奪取以上の意味を持ちます。クルスクを制圧することで、ロシアの補給路を遮断し、軍事作戦の遂行能力を大きく低下させる可能性があります。特に、セイム川の橋の破壊や、クルスク原発の占領などは、ロシアの軍事行動に大きな影響を与える可能性があります。
しかし、この作戦には大きなリスクも伴います。ロシアにとってクルスクの重要性を考えれば、この地域を簡単に手放すとは考えにくく、激しい反撃が予想されます。これは、軍事作戦の常ですが、侵攻する側には必ず包囲されるという危険が伴います。現在クルスクに侵攻しているウクライナ軍が、ロシア軍に包囲殲滅される危険もあります。
また、ウクライナ軍がクルスクに注力することで、東部戦線が手薄になる可能性もあります。実際に、ドネツク州西部のポクロウシクでは、ロシア軍の前進が止まらず、避難を余儀なくされた住民もいます。
古来、軍事の専門家は二正面作戦の愚を指摘してきました。「二兎を追う者は一兎をも得ず」のことわざ通り、二正面作戦は自軍の戦略が分散し、両方の作戦が失敗する可能性があります。ウクライナ軍が越境攻撃に力を入れるほど、クルスク州とドネツク州の二正面作戦となってしまい、極めて不利な状況になりかねません。
結論として、クルスクへの攻撃は、その現代における兵站上の重要性と歴史的背景ゆえに大きな戦略的意義を持つ一方で、軍事的・政治的に高いリスクを伴う作戦であると言えます。この攻撃の結果が、今後のウクライナ戦争の展開と国際関係に大きな影響を与えることは間違いありません。
一方ウクライナ軍のクルスク制圧は、ロシアだけでなく欧米諸国にも衝撃を与えました。これまで欧米諸国は、ロシアへの直接攻撃を避けるため、ウクライナへの軍事支援に制限を設けていましたが、ウクライナはクルスク制圧の際にアメリカ製の多連装ロケット砲HIMARSを使用したと認め、支援国の"レッドライン"を越えました。
ゼレンスキー大統領は、より踏み込んだ協力を求める強気の姿勢を示しており、この行動のタイミングは米大統領選挙を意識したものと考えられています。ウクライナは、トランプ候補の当選によって支援が削減されることを懸念していますが、ハリス候補が当選した場合でも、レッドラインの緩和を望んでいます。
カマラ・ハリスとドナルド・トランプ |
この攻撃は、ウクライナだけでなく支援国にとっても大きな影響を持つ可能性があり、ウクライナが支援国に対してより積極的な協力を求めるための戦略的な動きであると同時に、国際関係に大きな影響を与えるリスクの高い賭けでもあります。
今回のクルスク州への越境攻撃は、ウクライナ側が独自の判断で実施したようです。この攻撃に対して、プーチン大統領は核兵器による報復を行っていません。この事実は、ゼレンスキー大統領にとって重要な意味を持ちます。
ゼレンスキー大統領の意図は、この攻撃とその結果を通じて、「ロシアの核の脅しは単なる恫喝であり、実際には使用されない」ということを示すことにあったと考えられます。この論理に基づいて、ゼレンスキー大統領は「もっとウクライナに兵器を供与し、ロシアへの攻撃を許可せよ」と米国に強く迫る狙いがあったと推測されます。
またゼレンスキーは、8月25日に巡航ミサイルの一種とみられる新型長距離兵器「パリャヌィツィア」の初の実戦使用について報告しています。ゼレンスキーは、ロシアによる大規模なミサイル攻撃に対抗するため、ロシア軍の飛行場を標的にする必要性を強調しました。
欧米諸国から供与された兵器にはロシア本土攻撃の制限があるため、ウクライナは独自の長距離兵器開発を進めたようです。「パリャヌィツィア」は巡航ミサイルに似た外観を持ち、詳細な性能は明らかにされていませんが、今後生産を加速する方針が示されています。この新兵器は、現在ドローンで行っているロシア本土の飛行場攻撃において、重要な役割を果たすことが期待されています。
ウクライナ製巡航ミサイル「パリャヌィツィア」 |
この兵器がどの程度実効性があるものか、現時点では未知数ですが、ゼレンスキーとしては、長距離兵器を制限なく使用したいという考えがあるのは間違いないようです。
そのように考えると、ゼレンスキーの戦略には一定の合理性があります。まず、ロシアの核の脅しが実際には空虚であることを示すことで、NATO諸国の懸念を和らげることができます。次に、より強力な兵器の供与と攻撃の許可を得ることで、ウクライナの軍事的立場を強化し、ロシアに対してより効果的な反撃を行うことができます。
しかし、この戦略にはリスクも伴います。ロシアが実際に核兵器を使用する可能性は低いかもしれませんが、ゼロではありません。また、NATO諸国、特にアメリカは、ロシアとの直接対決を避けたいと考えており、ウクライナの行動がエスカレーションにつながることを懸念しています。
結論として、ゼレンスキー大統領の越境攻撃は、米国に対して強い圧力をかけ、支援拡大を迫るための戦略的な動きだったと解釈できます。この行動は、ウクライナの軍事的立場を強化し、より多くの支援を引き出すことを目的としていますが、同時に国際関係の緊張を高めるリスクも伴っています。今後、この行動がどのような結果をもたらすか、国際社会の注目が集まっています。
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