2024年12月12日木曜日

アサド氏失脚、イランに「歴史的規模」の打撃―【私の論評】イランの影響力低下とトルコの台頭:シリアの復興とトルコのエネルギー戦略

アサド氏失脚、イランに「歴史的規模」の打撃

まとめ
  • イランは数十年かけて中東で影響力を築いたが、シリアのアサド大統領の退陣によりその戦略が大きな打撃を受けた。
  • アサド政権の崩壊はイランの「前方防衛」戦略を損なわせ、ハマスやヒズボラとの連携に悪影響を及ぼしている。
  • イランは国内支持が低下し、イスラエルが力を増す中で、核開発を加速する可能性が高まっている。
  • イランはイラクに注目する必要があり、シリアでの影響力を維持しつつ新たな戦略を模索している。
  • イランは依然として地域に多くの民兵組織を抱えており、その潜在力を活かそうとしている。


 イランは数十年にわたり、数十億ドルの資金を投じて中東全域で民兵組織や各国政府とのネットワークを構築し、政治的・軍事的な影響力を強めてきた。この戦略により、イランは自国領土への外国の攻撃を抑止する力を持つようになった。しかし、その同盟の基盤となっていたシリアのバッシャール・アサド大統領の退陣は、イランにとって深刻な打撃となった。

 アサド政権の崩壊は、昨年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃を契機に進行し、イランの安全保障環境に根本的な変化をもたらした。これにより、イランは数十年にわたって築いてきた安全保障政策の見直しを余儀なくされるだろう。特に、アサド氏が排除されたことで、イランの「前方防衛」と呼ばれる戦略的防衛線が崩壊し、これまでの防衛体制が危機に瀕している。

 イスラエルは過去1年にわたる攻撃を通じて、イランの主要な同盟者であるハマスに大打撃を与え、さらにレバノンのヒズボラに対しても多くの指導者を排除した。国際危機グループのアリ・バエズ氏は、アサド氏の打倒によってイランの前線が崩れたと指摘しており、イランは望んでいた方向とは逆の歴史的転換点を迎えている。

 シリアはイランにとって唯一の同盟国であり、陸路でヒズボラへのアクセスを提供していた。ヒズボラはイランが「抵抗の枢軸」と呼ぶネットワークの中心であり、その存在はイランの影響力の重要な要素である。アサド政権の崩壊により、イランはヒズボラへのアクセスを失い、戦略的な立場が大きく揺らいでいる。

 加えて、イランは最高指導者のアリ・ハメネイ師が高齢化している中で、新たな安全保障状況に直面している。国内のイスラム主義政権に対する支持が低下する一方、イスラエルは力を増している。このような状況下で、イランは外国からの攻撃に対する抑止力を取り戻すために、核開発を加速する可能性が高まっている。最近の米情報機関の報告書では、イランが核爆弾の製造を決定するリスクが増大していると指摘されており、国際原子力機関(IAEA)もイランの高濃縮ウランの生産が拡大していることを明らかにしている。

 トランプ氏の大統領復帰が見込まれる中、イランはウラン濃縮に関する協議を準備していると述べているが、地域における軍事活動については交渉する意向を示していない。イスラエルがハマスやヒズボラの脅威を軽減したことで、イランの抑止力は大きく低下し、イスラエルによる空爆がイランの軍事施設に対する攻撃をもたらした。

 今後、イランはイラクに注目する必要がある。イラクは制裁の影響を回避するための重要な経済ルートであり、イランにとっての安全保障上の懸念でもある。イランはシーア派民兵ネットワークを築き、シリアでの反体制派の攻勢に直面した民兵がイラクに逃れてきている。これにより、イランは自国の安全を守るためにイラクへの関心を高めるだろう。

 シリアとの関係は深く根付いており、イランは今後もシリアで一定の影響力を維持できる可能性がある。イランは地域全体で忠誠を誓う勢力を増やしてきたため、シリアの将来の政治状況が不安定でも、イランはその影響力を活かすことができるかもしれない。

 このように、イランは現在、複雑な状況に直面しており、地域内での影響力を再構築するための戦略を模索している。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。 

【私の論評】イランの影響力低下とトルコの台頭:シリアの復興とトルコのエネルギー戦略

まとめ
  • イランはアサド政権崩壊前から困難な状況にあり、代理勢力を通じてイスラエルに対抗する戦略が期待通りに機能していない。
  • ハマスの独自行動がイランの期待を裏切り、イランの影響力が減少し、民兵組織を利用する戦略の脆弱性が露呈した。
  • シリアの新政府は難民帰還と住民サービス再開を目指すが、経済は厳しく、国庫にはほとんど価値のないシリア・ポンドしか残っていない。
  • アサド政権の崩壊によってトルコが地域のリーダーとして浮上する可能性が高まり、シリアとのエネルギー関係がその鍵となる。
  • シリアが安定し、エネルギー資源を活用できるようになれば、中東全体のバランスが変わる可能性があり、トルコの支援が重要視される。

ガザ地区からイスラエルへ向けて発射されたロケット弾 2023年10月7日

イランはアサド政権崩壊前から窮地にあった。このことは、以前のブログでも触れたことである。イランはハマスやヒズボラなどの地域の代理勢力を利用し、イスラエルに対抗する戦略を採用していた。これらの組織は「抵抗の枢軸」として知られ、イランは彼らを通じて影響力を強化しようとしていた。しかし、ハマスが独自に行動した結果、イランの期待通りの連携は実現せず、イランの立場は弱まることとなった。

ハマスのイスラエル攻撃は短期的には成功を収めたが、イスラエルの報復を招き、ハマスは重大な損害を被った。この状況は、イランが期待していた戦略的効果を逆転させ、イランが支援する他の民兵組織にも不安をもたらした。これにより、イランの影響力は減少し、民兵組織を利用する戦略の脆弱性が露呈した。

国際的な反応もイランに影響を及ぼしている。イラン支援の民兵組織に対する監視が強化され、これによりイランの地域での影響力を維持する手段が制約される可能性が高まっている。このような状況は、イランの軍事戦略全体を見直す必要を迫るものであり、ハマスの独自行動がイランの戦略に与えた影響は決して小さくない。

特に、ハマスの行動がイランの期待を裏切ったことで、イランは民兵組織を利用する戦略の脆弱性を意識せざるを得ない状況に直面している。現在、イランは「抵抗の枢軸」を明確に位置づけできず、イスラエルによる長距離防空システムの破壊は、イランの軍事的選択肢を大幅に制限している。

さらに、イランの核開発は長年にわたり、イスラエルや国際社会にとっての懸念材料であった。イランが核兵器を保有することで地域のパワーバランスが崩れ、イスラエルにとって脅威が増大することが予想されていた。しかし、最近のイスラエルの攻撃により、イランの核施設に対する攻撃能力が示され、イランの核兵器に対する抑止力は大きく減少したと考えられる。

要するに、現在のイランは対イスラエル戦略において八方塞がりの状況にある。長距離防空システムの破壊によって自国の防衛能力が低下し、核の使用やそれによる脅しが効果を持たない可能性が高まっている。このような状況下で、トランプ政権が再び誕生することは、イランをさらに窮地に追い込む要因となるだろう。今後、イランはこの経験を踏まえて戦略を再考せざるを得ない状況に直面している。

ハマスの攻撃はイスラエルとの軍事的緊張を高め、シリアやイランを含む地域全体に波及した。この状況はアサド政権への圧力を増大させ、政権維持を困難にする要因となった。

さらに、ロシアはウクライナ戦争によってリソースが制約され、シリアへの支援に十分な余裕を持てなくなっている。これにより、アサド政権への支持が揺らぎ、政権の安定性が脅かされ、最終的に崩壊する結果となった。

アサド政権崩壊によるイランの影響力低下と、トルコの台頭は中東地域で重要な変化をもたらす。ただし、この変化には不確定要素も多く含まれており、新たな過激派勢力の台頭や地域全体の不安定化といったリスクも存在する。しかし、トルコは地理的・戦略的条件や国際関係上の有利な立場を活かし、新たな地域リーダーとして浮上する可能性が高いと言える。


シリアのアサド政権を打倒した反政府勢力によって暫定首相に任命されたムハンマド・バシル氏は、数百万人のシリア難民の帰還と基本的な住民サービスの再開を目指している。しかし、国庫にはほとんど無価値のシリア・ポンドしか残っておらず、経済の厳しい現実を強調している。

ダマスカスでは、パン屋に長い行列ができており、これはシリアが抱える深刻な経済問題の一端を示している。バシル暫定首相は、外貨がなければ難民の帰還や住民サービスの提供が困難になると警告している。彼は、反政府勢力がアサド政権を倒す前に北西部で政権を運営していた経験を持っている。

ダマスカスでは銀行や商店が再開しているものの、内戦によって何十万人もの命が奪われた復興は険しい道のりである。地元の事業者は、通貨問題がビジネスの妨げになっていると語り、イドリブ地域やアレッポから来た人々がトルコリラやドルしか持っていないため、両替の方法がわからず困っている状況を述べている。

アサド政権に対する国際的な制裁も経済崩壊の要因の一つである。アサド政権の崩壊を受けて、米国の上院議員2人がシリア制裁の一部停止を求める書簡を送っている。最も厳しい制裁の一つは今月更新される予定で、暫定政府は制裁緩和について米政府に連絡を取っているとロイターが報じている。

ダマスカス商工会議所のトップは、新政府が経済関係者に対し、従来の統制経済をやめ、今後は自由市場モデルを採用し、国際金融システムとの統合を目指す意向を示したと語っている。シリアの新政府は経済の再建に向けた試行錯誤を続けているが、その道のりは依然として厳しいものとなりそうだ。

この状況は、米国が制裁を解除しただけでは改善されないだろう。シリアは産油国ではあるが、その生産量は中東の主要な産油国と比べると少ない。シリアには石油資源が存在し、特に北東部のデリゾールやハセケなどの地域で油田が見つかっている。内戦前は、シリアは一定の石油生産を行っており、その収入は経済にとって重要な要素であった。

シリアの油田

しかし、内戦が始まって以降、石油生産は大きく減少し、インフラが破壊されたため、現在の生産能力は著しく低下している。国際的な制裁や反政府勢力による油田の掌握も影響を与えている。したがって、シリアは産油国であるものの、現在の状況ではその資源を十分に活用できていないのが実情である。

まずはシリアが原油を生産できるようになり、さらにそれを輸出できるようにすることが復興の条件となるだろう。

シリアとトルコの間に天然ガスや原油のパイプラインが建設されれば、トルコにとっても利点がある。エネルギー供給の多様 化が進み、エネルギー安全保障が強化される。また、輸送手数料や関連ビジネスからの収益を得ることができ、経済的利益も期待できる。さらに、シリアのエネルギー資源を利用することで、地域における影響力を高めることが可能である。トルコは「エネルギー地政学」での地位をさらに強化できることになる。

この機会をトルコが逃すことなく、シリアの復興を支援し、中東に確固たる地位を築いてほしいものである。シリアとトルコの関係が深化すれば、両国にとってウィンウィンの状況が生まれる可能性が高い。トルコはその地理的・戦略的条件を活かし、シリアの安定に貢献することで、地域のリーダーシップを確立する道を歩むことができる。

要するに、シリアの復興とトルコのエネルギー戦略は密接に関連している。シリアが安定し、エネルギー資源を活用できるようになれば、地域全体のバランスが変わるだろう。中東の未来は、シリア新政権とトルコの関係次第で大きく変わる可能性を秘めている。そのため、両国が協力し合うことが求められている。

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