2024年10月1日火曜日

【中国への対応はアジア版NATOではない】政権移行期を狙った中国の軍事行動、毅然かつ冷静に対峙する覚悟を―【私の論評】海自護衛艦台湾海峡初通過と石破台湾訪問は日本版対中国"国家統御術"の先駆けになり得るか

【中国への対応はアジア版NATOではない】政権移行期を狙った中国の軍事行動、毅然かつ冷静に対峙する覚悟を

勝股秀通( 日本大学危機管理学部特任教授)

まとめ
  • 海自艦の台湾海峡通過:日本の海上自衛隊護衛艦「さざなみ」が台湾海峡を初めて通過し、中国はこれに対して抗議した。これは法の支配に基づく日本の毅然とした対応を示すものである。
  • 中国の軍事的威圧行動:中国は日本の政権移行期を狙い、領空侵犯や領海侵入などの挑発行為を活発化させている。特に、中露による共同軍事演習が日本周辺で行われており、警戒が必要とされている。
  • アジア版NATOの創設構想:石破茂氏が自民党総裁選で「アジア版NATO」の創設を提唱しているが、現時点では日米豪印(QUAD)など既存の枠組みを強化することが優先されるべきである。
  • 周辺国との連携強化:日本は日米韓や英仏独、カナダなどとの連携を強化し、インド太平洋地域での安全保障を確保する必要がある。
  • 中国国内の安全保障問題:日本人に対する暴力事件やスパイ容疑での拘束が増加しており、これに対して多国間で中国に説明を求める取り組みが重要である。
石破茂氏(左)と岸田文雄氏=平成27年12月

 中国の軍事的威圧が強まる中、日本の海上自衛隊護衛艦「さざなみ」が台湾海峡を初めて通過した。この行動は法の支配に基づくものであり、中国は日本政府に厳重に抗議した。岸田文雄首相の退任以降、中国は日本の政権移行を狙い、軍事行動を活発化させている。

 具体的には、中国軍機が日本領空を侵犯し、中国海軍の艦艇が日本の領海に侵入するなどの挑発が続いている。

 日本は長年、「専守防衛」の方針を採用し、周辺国を刺激しない戦略を取ってきたが、中国はその間に軍事力を増強し、領海侵犯や挑発行為を繰り返している。特に、台湾海峡は国際法上の公海であり、他国の軍艦が航行することに問題はない。しかし、中国はここでも主権を主張し、国際法を無視している。

 こうした中国に等に対して、日本は嫌がることをしてこなかったが、これは改めるべきである。戦略とは本来、相手の嫌がることを考え、実行することだからだ。

 このような状況下で、日本は日米韓や日米豪印などとの連携を強化し、インド太平洋地域での軍事活動を常態化させる必要がある。また、中露による共同軍事演習や報復行動にも備えなければならない。防衛省は領空侵犯したロシア軍機の航跡と中露海軍艦艇の行動を公開しており、これらは日本周辺での緊張を高めている。

 さらに、中国では日本人への暴力事件や拘束事例も増加しており、企業活動に対する不安が広がっている。特に、日本人学校での刺殺事件やスパイ容疑で拘束された社員の問題は深刻だ。これらの問題に対処するためには、多国間で中国に説明を求める必要がある。

 新首相には、「台湾有事は日本有事」というメッセージを発信し続け、中国との冷戦状態に備える覚悟と戦略的思考が求められる。中国の挑発には毅然とした態度で臨むことが重要だ。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】海自護衛艦台湾海峡初通過と石破台湾訪問は日本版対中国"国家統御術"の先駆けになり得るか

日本の海上自衛隊護衛艦「さざなみ」が初めて台湾海峡を通過したことを、私は高く評価しています。この出来事は、総裁選に埋もれてほとんど報道されませんでしたが、日本にとって画期的な出来事です。この点については、以前このブログでも指摘したばかりです。

その記事へのリンクを以下に掲載します。
日米豪共同訓練を実施中の「さざなみ」

この記事の詳細はリンク先をご参照いただくとして、以下に結論部分を掲載します。
今回の日本の護衛艦による台湾海峡通過は、岸田政権の「置き土産」として評価されるべき重要な出来事です。この行動は、岸田政権が推進してきた「自由で開かれたインド太平洋」構想を具体的に実践したもので、次期政権においても政策の継続性が確保されることを示しています。

さらに、オーストラリアやニュージーランドの艦艇と共に通過したことで、同盟国との連携を強化し、中国に対する明確なメッセージを発信しました。また、台湾海峡の安定が日本の安全保障にとって重要であることを具体的に示し、「航行の自由」という国際法の原則を支持する姿勢を貫いた意味もあります。これらの要素は、岸田政権が残した重要な政策的遺産となり、次期政権にとっても大きな基盤となるでしょう。
日中関係は、海上自衛隊護衛艦「さざなみ」の台湾海峡通過によって、「point of no return」(後戻りできない状況)に近づいたといえます。この表現は、外交や軍事の文脈で、ある行動を取った後に元の状態に戻れない状況を指します。中国はこの行動に強く抗議し、軍事的威圧を強化しています。

一方で、石破氏は「親中派」ともされており、石破内閣の閣僚にも親中派が多いとされています。こうした背景を認識した岸田首相は、次の政権に「楔」を打ち込んだといえるでしょう。

新政権には、「台湾有事は日本有事」というメッセージを発信し続け、中国との冷戦状態に備える覚悟と戦略的思考が求められています。現在の状況は、軍事行動の開始や外交関係の断絶といった国際関係の重大な転換点を示す "point of no return" の概念に近づいているといえます。

さらに、石破茂氏が8月に台湾を訪問したことも、日中関係における重要な転換点となり、"point of no return"に近づく一因となりました。この訪問は、日本の政治家が台湾との関係を重視する姿勢を明確に示したものであり、中国はこれに対して強く反発しました。

日本が従来の「周辺国を刺激しない」方針から、より積極的な対台湾政策へと転換する可能性を示唆しています。この訪問は、中国との外交的緊張を高める要因となり、日本が「法の支配」に基づく国際秩序を強化する姿勢を示したものでもあります。

また、石破氏の訪問と海上自衛隊護衛艦の台湾海峡通過は、日中関係が新たな段階に入ったことを示しています。これは、仮に保守派の高市氏がこのようなことをしてもさほど驚くべきことではないのですが、リベラル派と目される石破(当時総裁候補)、岸田首相で行われたということが注目に値します。

"Point of no return"(後戻りできない状況)は、軍事や外交の文脈で重要な概念です。特に軍事分野では、一度行動を起こすと元の状態に戻ることが不可能になる瞬間を指します。例えば、軍事作戦を開始すると、その決定を撤回するのが極めて難しくなることが挙げられます。

日中関係では、石破茂氏の台湾訪問や海上自衛隊護衛艦の台湾海峡通過が、この"point of no return"に近づく出来事といえます。これらの行動は、日本が従来の「周辺国を刺激しない」方針から、より積極的な対台湾政策へと転換する可能性を示唆しています。


中国はこれに対し強く反発し、軍事的威圧を強化しています。また、ロシアとの軍事連携も進展しており、日本はこれに備える必要があります。新政権には、中国との冷戦をどう戦い抜くかという覚悟と戦略的な知恵が求められています。

"Point of no return"を超えたからといって、直ちに戦争が起こるわけではありません。米中関係を見てもわかるように、両国は協調的な関係に戻れない段階にありながらも、直接的な軍事衝突を避けています。これは、相互抑止力、経済的相互依存、外交チャンネルの維持、国際社会からの圧力、そして軍事以外の競争手段の活用によるものです。

ただし、米国の対中政策は"Point of no return"を超えた現状において、国家運営術である「statecraft(ステートクラフト):(国家統御術)」の次元に高められていると言えます。これは、党派性を超えた米国の意思と言って良いです。

Statecraftとは、国家利益を追求するために外交、経済、軍事などの手段を戦略的に活用する技術や実践を指します。米国の対中政策は、包括的アプローチ、同盟国との連携強化、経済・技術戦略、軍事的抑止、情報戦略など、多岐にわたる施策を通じて、このstatecraftを実践しています。

これらは単なる対立や対抗ではなく、国家の総合力を活用して国益を追求するためのstatecraftの実践と言えます。米国は軍事衝突を避けつつ、中国との競争を管理し、自国の優位性を維持しようとしています。しかし、このような高度なstatecraftの実践は、両国間の緊張を高める可能性があり、誤解や誤算のリスクも高まります。そのため、対話チャンネルの維持と危機管理メカニズムの強化が必要です。

中国もまた、日米に対峙する際にstatecraftを実践しています。中国の戦略は、軍事、経済、外交、技術などの多面的アプローチを通じて、日米に対抗することに特徴があります。具体的には、南シナ海や台湾周辺での軍事的圧力を強化し、「一帯一路」構想を通じて国際的な影響力を拡大しています。

また、ロシアとの連携を深め、共同軍事演習や情報戦略を展開することで、国際社会における自国の立場を強化しています。これらの行動もまた、国家の総合力を活用して国益を追求するstatecraftの一環といえます。中国は軍事衝突を避けつつ、日米との競争を管理しながら自国の影響力を拡大しています。

statecraftを駆使する中国

日本も、米国のように中国との対立をstatecraftの次元に引き上げるべきです。これは単なる対立ではなく、国家の総合力を戦略的に活用して国益を追求するための実践です。日本のstatecraftでは、外交、経済、技術、安全保障など、多面的な分野で中国に対抗する戦略が必要です。特に、日米同盟を基軸にQUADや欧州諸国との関係を強化し、中国に対する国際的な圧力を高めることが重要です。また、重要技術の保護や対中投資の管理など、経済面での対抗策を講じる必要があります。

さらに、自衛隊の能力向上とインド太平洋地域での軍事プレゼンスを強化し、中国の威圧行動に備えることも求められます。情報戦略としては、中国の人権問題や国際ルール違反を国際社会に訴え、日本の立場への理解を促進することが重要です。このようなstatecraftの実践により、日本は軍事衝突を避けつつ、中国との競争を管理し、自国の利益を守ることができます。しかし、緊張を高めるリスクもあるため、対話のチャンネルを維持し、危機管理メカニズムを強化することも不可欠です。

結論として、岸田政権による海上自衛隊護衛艦の台湾海峡通過は、日本版statecraftの先駆けとなる可能性を秘めています。この行動は、法の支配に基づく国際秩序を守りつつ、日本の国益を追求する点で高く評価されるべきです。日本が単なる受動的な立場を脱し、積極的かつ戦略的に国際情勢に関与していく姿勢を示したこの行動は、今後の日本外交における重要な転換点となるでしょう。

故安倍首相がご存命なら、こうした個々の行動をするだけにとどまらず、意図して意識して、日本版statecraftの次元にひきあげようとしたでしょう。多くの日本の政治家は、こうした安倍氏の大きな枠組みでものを考えるという姿勢を見習ってほしいです。

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