まとめ
- ベリングキャットは2025年8月7日、武漢の化学企業Hubei Amarvel Biotechと名古屋法人「Firsky」が同一密輸ネットワークとして機能していたと公表した。
- Firskyは単なる経由地ではなく密輸網の中枢拠点であり、法人記録やWHOIS情報、画像の使い回しなどOSINTで両者の結びつきが裏付けられた。
- 米国ではAmarvelBio幹部2名がフェンタニル前駆体の密輸で有罪となり、日本拠点の責任者も米訴訟で「日本のボス」とされている。
- 日本の法人設立制度や化学物質規制の不備が密輸網に悪用され、国際捜査共助や前駆体規制の遅れが深刻な弱点となっている。
- この事例は、OSINTによる市民参加型調査が国際犯罪の解明に有効であることを示し、制度改革と国際連携の必要性を浮き彫りにした。
欧州の調査報道サイト「ベリングキャット(Bellingcat)」は2025年8月7日、中国湖北省武漢の化学企業 Hubei Amarvel Biotech(AmarvelBio)が関与するフェンタニル前駆体の国際密輸で、日本・名古屋に設立された法人「Firsky」が実質的に同一ネットワークとして機能していたことを明らかにした。
米ニューヨーク南地区連邦地裁の裁判記録によれば、2025年2月、AmarvelBioの王慶州(Qingzhou “Bruce” Wang)と陳依依(Yiyi “Chiron” Chen)が有罪評決を受けた。米司法省の発表では、両者が中国から米国へ200キロ超のフェンタニル前駆体を輸送しており、その量は致死量換算で約2,500万回分に相当するとされる。この事件は、米国司法当局が中国企業幹部をフェンタニル原料密売で起訴した初の事例であり、国際法執行における歴史的節目と位置づけられる。
FIRSKY株式会社が入っていた住居兼ビル |
名古屋の Firsky は2024年7月に清算されているが、法人記録では夏峰志(Xia Fengzhi)が責任者として記載され、米訴訟記録で「日本のボス」とされた人物と一致する。ベリングキャットの国際的なオープンソース情報調査(OSINT)により、陳依依がAmarvelBioのみならずFirsky(中国版・日本版)や関連会社 Wingroup のドメインも登録していたことが判明。さらに、ダークネット市場「Breaking Bad」の広告やECサイト上の出品に、両社で同一の透かし入り画像・工場写真・連絡先が使い回されている事実が確認された。
輸出荷は「ドッグフード」「ナッツ」「モーターオイル」などと偽装され、ステルス梱包で米国に送られていた。証明書や写真の再利用、社名の表記ゆれ(例:“Amarbel”)なども複数確認され、同一ネットワークである証拠は数多い。日本が選ばれた背景には、会社設立の容易さ、規制の緩さ、フェンタニル前駆体の輸送ルートとして目立たない地理的条件があったと記事は指摘している。Firskyは清算されたが、ネットワークは中国側で活動を継続中とされる。
🔳浮き彫りになった日本の制度的弱点
この事件は、日本の法人設立制度の脆弱性を突きつける。日本では、実質的支配者情報リスト制度(令和4年1月31日運用開始)が創設されたが、これはFATF(金融活動作業部会)の勧告に基づき、マネーロンダリングやテロ資金供与防止を含む国際的な金融犯罪対策を目的としている。しかし現行制度では、実質的支配者情報は登記簿に記載されず一般には非公開で、登録内容の正確性確認も限定的であるため、反社会勢力以外の実質的支配者や事業目的の実態について十分な審査が行われていないのが実情だ。また、日本では資本金1円でも短期間で会社設立登記が可能であり、この容易さが不正利用の温床となる懸念がある。
🔳OSINTが切り開く社会全体の監視力
必要な制度改革は明白だ。法人設立時の実質的支配者情報の義務登録と公開、前駆体化学物質の包括規制、税務・通関データのリアルタイム共有、DEAやユーロポールとの常設合同タスクフォース設置、輸出入業者や化学品取扱業者のライセンス厳格化、疑わしい取引の報告義務強化が不可欠である。
そして、この公表は「社会全体が参加できる調査と情報発信の可能性」を示した点でも意義が大きい。国際犯罪の解明は当局だけの仕事ではない。公開情報を分析すれば、個人や独立組織でも世界規模の不正を暴けることを証明した。この能力は今後AIを駆使することにより、さらに向上するだろう。これは政府やメディアに依存しない情報監視の必要性を示し、監視と検証の文化を社会に根付かせることが、安全保障と透明性を守る確かな道であることを教えている。
この事件は、日本の制度改革と国際連携の必要性を突きつけると同時に、調査と発信を社会全体で担える現実的可能性を証明した。法人設立制度の抜本見直し、前駆体化学物質の輸出入規制強化、国際共助体制の拡充、そして透明な情報環境の整備こそが、この国際的脅威に立ち向かうために不可欠である。
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