まとめ
- 2025年8月11日、南シナ海スカボロー礁で中国のミサイル駆逐艦と海警船が衝突。現場はルソン島から120カイリでフィリピンEEZ内にあり、2016年の仲裁裁判所判断にも反し中国は威圧的行動を継続している。
- 衝突はフィリピン船を追尾していた中国駆逐艦に海警船が接触したもので、海警船は艦首を損傷。救助の申し出に中国側は応答せず、国際法に反する危険な行為とされる。
- 翌12日、米海軍が駆逐艦「USS Higgins」と沿岸戦闘艦「USS Cincinnati」を派遣し、スカボロー礁近海で航行の自由作戦を実施。2019年以来の展開で米比同盟と国際法秩序の擁護を示した。
- 背景には1991〜1992年の米軍フィリピン撤退があり、これが力の空白を生み中国の南シナ海進出を許した。その後EDCA締結や中距離・対艦ミサイル配備で米比は抑止力回復を進めている。
- 日本も防衛力や同盟基盤を弱めれば中国・ロシア・北朝鮮に利用される恐れがあり、米比の過ちを繰り返さず、理念を支える現実の力による抑止を維持・強化すべきだ。
スカボロー礁近海で、中国人民解放軍のミサイル駆逐艦と中国海警局の巡視船が衝突 |
2025年8月11日、南シナ海のスカボロー礁近海で、中国人民解放軍のミサイル駆逐艦と中国海警局の巡視船が衝突する異常事態が発生した。現場はルソン島からわずか120カイリ、フィリピンの排他的経済水域(EEZ)内に位置する。2016年の常設仲裁裁判所は、中国が主張する「九段線」を退け、同礁におけるフィリピンの伝統的漁業権を認めたにもかかわらず、中国公船はフィリピン船に対する威圧的な追尾や遮断を繰り返してきた。今回もフィリピン船を追尾していた中国駆逐艦に中国海警船が衝突し、海警船は艦首を大きく損傷。フィリピン側の救助申し出に対し、中国側から応答は確認されていない。このような力による現状変更は国際法の枠組みと相容れず、極めて危険で容認できない行為である。衝突の瞬間は、公開映像の37秒付近で確認できる(映像リンク)。
翌12日、米海軍はアーレイ・バーク級駆逐艦「USS Higgins」と沿岸戦闘艦「USS Cincinnati」を派遣。スカボロー礁から約30海里(約55キロ)の海域で「航行の自由作戦(FONOP)」を実施した。スカボロー礁近海での米艦行動は2019年以来とみられ、米比同盟の結束と国際法秩序を守る強い意志を示した。
中国人民解放軍南部戦区は「米艦が中国の許可なく侵入した」と非難し、「追い払った」と発表した。しかし米第7艦隊はこれを真っ向から否定し、「国際法に基づく正当な航行権の行使だ」と主張。USS Higginsは任務を終え、自発的に離脱したと説明した。両国の発表は真っ二つに割れたままである。スカボロー礁は、仲裁裁判所の判断にもかかわらず、中国の実効支配が進んだ象徴的な地点だ。
🔳米比の過去の誤算とその代償
中国が南シナ海を自国の「歴史的権利のある海域」として主張するために地図上に引いた九段線 |
この事態の根には、1991〜1992年の米軍撤退という歴史的な判断がある。当時、フィリピン上院は米軍基地延長条約をわずか1票差(11対12)で否決し、コラソン・アキノ大統領は議会の意思を覆せず、撤退を受け入れた。その結果、クラーク空軍基地は1991年に、スービック海軍基地は1992年に閉鎖・返還され、米軍はフィリピンから完全撤退した。米国側も賃料や核兵器の持ち込みを巡って譲歩を渋り、交渉は決裂。フィリピンにとっては「主権回復」の象徴であったが、戦略的には力の空白を生み、その空白を中国が突いて南シナ海での影響力を急速に拡大した。2012年のスカボロー礁対峙でフィリピンが後退し、中国の支配が既成事実化したのは、その延長線上にある。
その後、米比両国は失われた均衡を回復するため動いた。2014年の防衛協力強化協定(EDCA)によって米軍はフィリピン国内の指定施設にアクセスできるようになり、2023〜2024年にはEDCA対象拠点の拡大とともに、タイフォンやNMESISなどの中距離・対艦ミサイルを段階的に配備した。今回のFONOPも、その戦略の延長線上にある。単なる示威行動ではなく、国際法秩序を現実の力で裏付ける是正措置だ。
🔳日本への警鐘
中国、ロシア、北朝鮮に隣接する日本 |
この歴史は明確な教訓を突きつけている。米比が1990年代初頭に犯した最大の過ちは、抑止力の基盤を軽視し、政治的感情と短期的な交渉不調で長期的な安全保障を損なったことだ。その空白は中国によって埋められ、地域のパワーバランスを根底から変えた。米比が今進める再軍備と同盟強化は、単なる失地回復ではなく、過去の戦略的失敗を正す試みである。
そして、この教訓は日本にとっても他人事ではない。我が国が防衛力や同盟基盤を弱めれば、その隙は必ず中国、ロシア、北朝鮮に利用される。彼らは既成事実化や軍事的圧力で勢力を拡大してきた実績を持つ。外交辞令や国際法の条文だけでは、こうした現実を押し返すことはできない。米比のように抑止力の空白を許す愚を繰り返してはならない。守るべきは、理念だけではなく、それを支える確かな力である。これを怠れば、我が国の安全と主権は一気に脅かされるだろう。
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