2025年8月26日火曜日

日本よ目を覚ませ──潜水艦こそインド太平洋の覇権を左右する“静かなる刃”だ

まとめ

  • 米CSISのデンマーク上級研究員は、AUKUSを潜水艦開発協力にとどめず、中国有事を想定した共同作戦計画に格上げすべきだと提言し、抑止力の維持と米豪英同盟の信頼性確保を強調した。
  • 中国は80隻体制を目指し無人潜航艇も開発、ロシアはボレイ級・アルクトゥルス級で核抑止力を強化。台湾は「海鯤」級を国産建造中で2027年までに2隻配備予定、インドも「プロジェクト75」で6隻の国産潜水艦建造を開始した。
  • 日本の「たいげい型」潜水艦はリチウムイオン電池や新型魚雷で性能が向上し、全8隻体制を整備中で静粛性や水中持続力は世界最高水準にある。
  • SSBN(弾道ミサイル搭載原子力潜水艦)を含め、潜水艦は“報復の最後の砦”として核抑止を支え、情報戦・シーレーン防衛・抑止力の中核的存在となっている。
  • 日本は潜水艦技術をさらに強化し、米英豪・台湾・インドとの情報共有や共同演習を深化させ、AUKUSへの技術協力を通じてインド太平洋の秩序を主導する立場を確立する必要がある。

🔳AUKUSへの提言と国際安全保障の転換点
   
米シンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)のアブラハム・デンマーク上級研究員

米シンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)のアブラハム・デンマーク上級研究員は、2025年8月25日前後に発表した報告書で、米・英・豪の安全保障枠組みAUKUSを「潜水艦の共同開発」にとどめるのではなく、「中国との有事を見据えた共同作戦計画」に格上げすべきだと強く訴えた。デンマーク氏はバイデン政権下で国防総省のAUKUS担当上級顧問を務めた経験がある。同報告書は、オーストラリアのマルズ国防相が訪米していた時期に公表されたもので、米豪英三カ国の戦略議論に直接的な影響を与える意図があったと考えられる。

彼が強調するのは、台湾や南シナ海で衝突が起きた場合に備え、米英豪が統合作戦計画を事前に策定することの必要性である。計画の存在が即応力と抑止力を両立させ、さらには中国への政治的メッセージとなりうる。また、米国内政治の混乱が同盟の信頼性を揺るがす危険を軽減する効果も期待できる。背景にはオーストラリアの中国依存による軍事関与への慎重姿勢、米国の二正面作戦への対応負担、中国の軍拡が日米安保やクアッドの枠を超える脅威となっている現状がある。

日本にとってもこれは対岸の火事ではない。日本はAUKUSの正式メンバーではないが、量子・AI・サイバーなど先端分野で協力する余地がある。台湾有事の最前線にある以上、米英豪と綿密に調整しなければ自衛隊の作戦は成立しない。石破政権のNATO欠席の経緯を考えれば、日本が西側戦略にどう位置づけられるかは喫緊の課題である。
 
🔳世界各国の潜水艦強化とインド太平洋の変動
 
インドの潜水艦の進水式

ここ3日間にも、潜水艦に関する重要な動きが報じられた。CSIS報告書は、AUKUS潜水艦計画の中止が米国の信頼性と抑止力を大きく損なうと警告し、課題は多いが継続は不可欠であると結論づけた。インドでは、マザゴン・ドック・シップビルダーズ社(インドの造船会社)を中心に、総額約7兆ルピー(約2.4兆円)の「プロジェクト75」が始動。6隻の潜水艦を国産で建造する計画は、インドの造船技術の飛躍を象徴している。インドは原潜・通常動力型ともに国内造船所での建造能力を確立しつつあり、すでに自前の潜水艦を就役させており、戦略的自立を目指している。

現代戦において潜水艦の価値はますます高まっている。静粛性を備え敵の目をかいくぐる潜水艦は、情報収集・長距離ミサイル攻撃・特殊部隊輸送など多様な任務に対応可能だ。原子力潜水艦は長期間の潜航が可能で、補給線・シーレーンへの“見えざる刃”として機能する。弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN:Submarine-launched Ballistic Missile Nuclear-powered)は、核兵器を搭載した弾道ミサイルを発射できる潜水艦であり、“報復の最後の砦”として核抑止における心理的抑止力の中核をなす。水上艦や航空戦力が衛星やレーダーで追跡されやすい現代において、潜水艦こそが戦略的優位の象徴となりつつある。

中国は2025年までにディーゼル型と原子力型合わせて約65隻、2035年には80隻体制を目指し、「商級(Shang級、Type093B)」や次世代「095型」の建造を加速している。加えて大型無人潜航艇(XLUUV)の開発にも注力し、海底作戦能力の強化に動いている。ロシアも「ボレイ級」SSBNを複数就役させ、「ボレイA型」、次世代「ボレイB型」の建造を進めており、2037年以降には最新の高ステルス型「アルクトゥルス級」の就役も計画されており、核抑止力の増強が着実に進行している。

台湾では「海鯤(ハイクン)」による自国建造プログラムが進行中だ。CSBCが建造した「海鯤」は2023年に進水し、2025年6月に主要システムの海上試験を完了した。2027年までに2隻配備を目標に、米英の最新技術を取り入れた設計は中国への有力な抑止となる。

日本の動きも着実である。「そうりゅう型」の後継、「たいげい型」は全8隻の配備を計画中で、「たいげい」「はくげい」「じんげい」「らいげい」がすでに就役。「ちょうげい」は2024年進水、2026年配備予定だ。リチウムイオン電池の採用で静粛性と水中持続力が飛躍的に向上し、新型魚雷「18式魚雷」、垂直発射装置(VLS)、スタンドオフ巡航ミサイルの搭載も進んでいる。
 
🔳日本が果たすべき役割と戦略的選択
 
AUKUSの戦略議論、インドの自国建造計画、台湾の独自計画、中国・ロシアの軍拡、そして日本の技術革新──インド太平洋は潜水艦を軸に勢力図が激しく変動している。潜水艦は単なる兵器ではなく、国家の抑止力と戦略的信頼を象徴する存在である。

日本の潜水艦隊

では、日本はこの潮流の中で何をすべきか。第一に、世界でもトップクラスにある潜水艦技術をさらに磨き、海上自衛隊の抑止力を質・量ともに向上させることが不可欠だ。海中監視網と情報戦の強化も急務であり、米英豪あるいは台湾、インドとの情報共有および共同演習を深化させるべきだ。また、造船技術やリチウムイオン電池といった日本の技術をAUKUSの技術協力に積極的に反映させ、地域全体の安全保障基盤を強固にすべきである。

シーレーン防衛は日本経済の生命線であり、潜水艦戦力は軍事的意味だけでなく外交上のメッセージとしても圧倒的な力を持つ。今こそ、日本は「静かだが決定的な抑止力」としての潜水艦戦力を中心に、インド太平洋の秩序を主導する国家としての地位を確立すべき時である。

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