2025年1月7日火曜日

カナダのトルドー首相が辞意表明 「私は最良の選択ではない」 新党首決まるまでは続投―【私の論評】トルドー首相辞意表明の衝撃:カナダの政治危機が西側諸国を揺るがし、日本にも迫る潮流

カナダのトルドー首相が辞意表明 「私は最良の選択ではない」 新党首決まるまでは続投

まとめ
  • トルドー首相は辞任を表明し、新党首が決まるまで続投する意向を示したが、支持率の低迷が辞任の背景にある。
  • 住宅価格の高騰や物価上昇が影響し、党内外から辞任圧力が高まっている。トルドー氏は議会のまひ状態を指摘し、内部抗争が続くなら次の選挙での選択肢ではないと述べた。
  • 自由党議員団の会合が8日に予定されており、トルドー氏はその前に辞意表明が必要と判断したと考えられている。

トルドー・カナダ首相(右)と安倍首相 2017年

 カナダのトルドー首相は6日に記者会見を開き、首相および自由党の党首を辞任する意向を表明した。新党首が決まるまで続投する予定であるが、支持率の低迷や住宅価格の高騰が影響し、党内外から辞任を求める声が高まっていた。トルドー氏は会見で「議会はこの数カ月間まひ状態に陥っている」と指摘し、党内での内部抗争を避けるために自らの辞意表明が必要だと判断したと考えられる。

 8日には自由党議員団の会合が予定されており、トルドー氏はそこで退陣を求められる前に辞任を決断したと見られる。彼は2013年から自由党の党首を務め、2015年の総選挙で保守党から政権を奪取した。首相としての在任期間は9年を超え、現職の先進7カ国(G7)首脳の中で最も長いが、最近の物価上昇や住宅価格の高騰により、辞任を求める声が続出している。12月に実施された世論調査では、トルドー氏の支持率は過去最低の22%に低下し、自由党の支持率も16%に急落しており、最大野党の保守党(45%)に大きく差をつけられている。

【私の論評】トルドー辞意表明の衝撃:カナダの政治危機が西側諸国を揺るがし、日本にも迫る潮流

まとめ
  • トルドー首相の支持率は過去最低の22%に落ち込み、辞任圧力が高まっている。自由党の支持率も急落し、保守党に大きく差をつけられている。
  • 物価上昇とインフレが国民生活を圧迫し、特に食料品やエネルギー価格の高騰が家計に深刻な影響を与えている。これにより政府への不満が高まっている。
  • トルドー政権はCOVID-19対策や気候変動政策に対する批判が強まり、期待に応えられない状況が続いている。党内の対立も影響を及ぼしている。
  • 移民が増加し住宅需要が高まる一方で、住宅供給が追いつかず価格が高騰。移民問題は社会的な緊張を引き起こし、保守党の支持基盤を強化する要因となっている。
  • カナダの状況は欧米の保守派の台頭と共通点があり、経済的な不安や移民問題、グローバリズムへの反発が保守派の支持を後押ししている。今後、この潮流は今は逆行しているようにみえる日本にも押し寄せるだろう。

最近のトルドー首相の支持率の推移 赤は不支持、青は支持 2024年12/15〜12/24

トルドー首相の辞任の理由には、住宅価格の高騰だけでなく、いくつかの要因が影響している。まず、トルドー氏の支持率は最近、過去最低の22%にまで落ち込んでおり、これにより党内外からの辞任圧力が高まった。CBCの調査によると、自由党の支持率も急落し、最大野党の保守党に大きく差をつけられている。この支持率の低下は、特に都市部での反発が強く、トロントやバンクーバーなどの大都市では、政府の政策への不満が顕著に表れているのだ。

経済問題も重要な要因である。物価上昇やインフレが国民生活に深刻な影響を与えており、特に食料品やエネルギー価格の高騰が家計を圧迫している。カナダのエネルギー価格は、2022年から2023年にかけて大幅に上昇し、特にガソリン価格は1リットルあたり2ドルを超えることもあった。この価格上昇は、多くの家庭の光熱費や交通費を直撃し、特に低所得層や中間層の生活を困難にしている。エネルギー価格の高騰は、国民の生活費に直接的な影響を与えるため、政府への不満が高まる要因となっているのだ。

加えて、トルドー政権はCOVID-19対策や気候変動政策など、いくつかの重要な課題に直面してきたが、これらの政策が十分に成果を上げられないとの声も多い。特に気候変動に関しては、カナダ国内の環境保護団体からの批判が高まり、政府が約束した温室効果ガス削減目標に対して達成が難しいとの指摘が相次いでいる。これによって、支持者の期待に応えられない状況が続いているのだ。

また、党内の対立も影響を与えている。自由党内にはトルドー氏のリーダーシップに対する不満が高まっており、党内部での権力闘争や意見の対立が政権運営に悪影響を及ぼしている。例えば、2023年の党大会では、党内の一部メンバーが新しいリーダーシップを求める声を上げ、トルドー氏に対する不信感が高まったのだ。

さらに、カナダの比較的鷹揚な移民政策も影響を与えている。移民が増えることで新たな住宅需要が生まれ、特に都市部では住宅市場への圧力が増大し、これが住宅価格の上昇を助長している。移民の受け入れは経済成長に寄与する一方で、住宅供給が追いつかず、価格が高騰する結果を招いている。バンクーバーでは、移民の増加に伴い、住宅価格が過去10年間で約70%上昇したというデータもあり、この現象がカナダ全体の住宅市場にも影響を及ぼしているのだ。
カナダの人口増加と家賃の高騰 暗い赤は人口増加率 オレンジは家賃上昇率

移民問題は、住宅高騰に加えて、社会的な緊張を引き起こす要因ともなっている。具体的な例として、トロントでは移民と地元住民の間での文化的摩擦が報告されており、特に言語や生活様式の違いを巡る対立が顕著である。トロントの一部の地区では、移民の多いコミュニティが形成され、地元住民との間で言語の障壁や文化的な誤解が生じている。2022年には、旧市街のある公園で行われた地域イベントで、地元住民と移民との間で言語の不一致から生じた誤解により、緊張が高まり、一時的に警察が介入する事態となった。

さらに、モントリオールでは、移民の多いエリアにおける治安問題が取り沙汰され、地元住民からの不安の声が上がっている。これにより、移民に対する反発や排除の動きが見られ、保守党はこの点を強調して支持を集めている。移民問題に対する懸念は、特に地方都市や中小規模のコミュニティで顕著であり、これが保守党の支持基盤を強化する一因となっているのだ。

保守党の躍進も重要な背景である。保守党は、トルドー政権の経済政策や移民政策に対する批判を強めており、特に物価上昇やエネルギー価格の高騰を理由に、より厳格な政策を主張している。保守党のリーダーシップは、経済問題に焦点を当て、国民の生活を守る姿勢を強調していることから、支持を集めている。特に、保守党の支持層は、経済的な安定を求める中間層や低所得層を中心に広がっており、これが選挙戦略に寄与しているのだ。

トルドー氏はリベラル派であり、自由党の党首として社会的な平等や環境保護、移民の受け入れを推進する姿勢を示している。しかし、このリベラルな立場が一部の国民には受け入れられず、特に経済的な問題が深刻化する中で、その政策に対する反発が強まっている。リベラル政策は、特に中間層や低所得層に対して、時に期待とは裏腹に負担を強いる結果となり、これがトルドー政権への不満を高める要因となっているのだ。

また、再生可能エネルギー政策に関しても批判が存在する。再エネの導入が環境に与える影響が懸念されており、特に風力発電や太陽光発電が生態系に及ぼす悪影響が指摘されている。風車が鳥類やコウモリに与える影響や、太陽光パネルの製造過程での化学物質の使用、廃棄物処理の問題が挙げられる。これにより、再エネ政策が環境保護に寄与しないとの声も強まっているのだ。

さらに、カナダのエネルギー政策において原発の役割も重要な議論の対象となっている。原発は、大量の温室効果ガスを排出せず、安定した電力供給が可能であるため、再エネと併せて重要視されている。しかし、原発に対しては、安全性や廃棄物処理の問題が懸念され、特に地域住民からの反発が見られる。原発の新設には高額な投資が必要であり、これが経済的な負担として批判されることもある。このように、原発政策は再エネ政策と同様に、環境保護や経済的安定とのバランスを求められる難しい課題となっているのだ。

APEC首脳会議でカナダのトルドー首相(左)と握手をかわす石破首相(昨年11月15日、リマで)。座ったままの握手に日本国内では批判が高まった

最後に、カナダは国際的な問題に直面している。特に対中国や対ロシアの政策において、トルドー政権の対応が批判されている。対中国に関しては、人権問題や貿易における不平等が指摘され、カナダの外交政策が不十分であるとの声が上がっている。また、対ロシアにおいては、ウクライナ侵攻に対する対応が求められる中で、カナダが果たすべき役割に対する期待が高まっている。しかし、トルドー政権の外交政策は一貫性を欠いており、国内外からの批判を受けている。特に、軍事支援や経済制裁の強化に関して、カナダが他の西側諸国に比べて消極的であるとの指摘があり、これが国際的な評価を下げる一因となっているのだ。

また、カナダ国内でも、トルドー政権の外交政策に対する意見が分かれている。特に保守党はより強硬な姿勢を求めている一方で、リベラル派の一部は人権や外交的解決を重視する立場を取っている。このような内部の意見対立は、トルドー政権の一貫した外交戦略の構築を難しくしており、国民からの信頼を損ねる要因となっているのだ。

さらに、カナダにおいてもグローバリズムに対する反発が見られる。経済のグローバル化が進む中で、地元産業の衰退や雇用の流出が懸念され、これに対する不満が高まっている。多くの人々が国際的な貿易協定や移民政策が国内の労働市場に悪影響を及ぼしていると感じており、これが保守党の支持を強化する要因となっている。また、グローバリズムが進むことで、地域ごとの文化的アイデンティティが脅かされるとの声もあり、特に地方コミュニティでは反発が顕著である。

現在のカナダの状況は、欧米における保守派の台頭という広がりを持つ現象と共通点がある。経済的な不安や移民問題、グローバリズムへの反発が保守派の支持を後押ししていることが観察されている。特に、トランプ政権下のアメリカにおいては、経済的保護主義や国民のアイデンティティを重視する政策が支持を集めた。イタリア、フランス、ドイツにおいても保守が台頭しており、一昨日このブログに掲載したようにオーストラリアでも保守が台頭している。このように、カナダにおける保守派の台頭は、他の欧米諸国と同様の社会的・経済的背景に根ざした現象であり、今後の政局において重要な要素となるだろう。

このように、複数の要因が絡み合い、トルドー首相の辞任へとつながったと考えられる。住宅価格の高騰や経済問題、移民政策、外交政策、さらにはグローバリズムに対する反発などが相互に影響し合い、政府への不満が高まる中で、トルドー政権は厳しい状況に直面することになった。これらの要因は、カナダの政治や社会における複雑な状況を浮き彫りにしており、今後の政局における重要な課題となることが予想される。そして、この潮流は今は逆行しているように見える日本にも必ず到達することになるだろう。

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