- 岩屋毅外相は、バイデン大統領が日本製鉄によるUSスチールの買収を阻止したことに対し、国家安全保障上の懸念からの判断を「極めて残念」とし、日本から米国への投資の重要性を強調した。
- 日米外相会談では、北朝鮮の弾道ミサイル発射を非難し、日米、日米韓での緊密な連携の重要性を再確認した。
会談後の記者会見では、日米間の投資に対する強い懸念が日本の産業界から上がっていることを重視し、米国側に懸念の払拭に向けた対応を求めたと説明した。さらに、日米外相会談では、北朝鮮の弾道ミサイル発射を非難し、日米、日米韓での緊密な連携の重要性を再確認した。ブリンケン氏は会談後、石破茂首相を訪問した。
まとめ
- バイデン大統領は、日本製鉄によるUSスチールの買収を阻止し、労働者の支持を重視する姿勢を示している。
- バイデン政権は、製造業の再生を目指す施策を通じて、労働者層へのアピールを強化しようとしている。
- トランプ新大統領は、日本製鉄によるUSスチールの買収に強く反対し、「大統領としてこの取引を阻止する」と明言している。
- 彼は、西側諸国からの米国への投資を歓迎する一方で、中国との関係がある企業に対して投資を認めない意図を持っている。
- トランプ氏は、新日鉄が中国との関係を見直すことを条件にUSスチールの買収を容認する可能性があり、これにより親中的な立場を取る石破政権に圧力をかけて影響力を強化しようとしている。
民主党は元々、労働者の味方の政党としての歴史を有しているが、近年は左翼・リベラルの高学歴エリート層の政党へと変貌を遂げた。この変化は、都市部の知識層や教育を受けた人々に支持される政策の増加に起因している。バイデン政権の決定は、党の伝統を重視し、過去の支持基盤を再確認する意図がある。彼は「アメリカの製造業の復活」を掲げ、国内産業の強化を目指しているが、これが労働者層へのアピールとして機能し、党内のエリート層とのバランスを取る必要もあるのだ。
2021年に成立した「インフラ投資と雇用法」は、製造業の再生を目的とした資金提供を行い、広範なインフラプロジェクトへの投資を含む。また、2022年の「CHIPS and Science Act」では、アメリカ国内での半導体製造を促進するために数百億ドルが投入され、製造業の基盤を強化する重要なステップとされている。バイデン大統領は製造業の重要性を強調し、アメリカ製品の強化を訴え、クリーンエネルギー技術の開発と製造への投資も進めている。これらは製造業の新たな成長分野として位置づけられている。
これらの施策は、労働者層へのアピールを意図したものであり、製造業や鉄鋼業は多くの雇用を生むため、労働者の支持を集める手段となる。特に、労働組合からの反応は重要であり、彼らが支持する政策を実行することで、バイデン氏は労働者層との信頼関係を強化しようとしている。
政府が一企業の買収を阻止することは、自由主義の米国では通常、余程の理由がなければあり得ない。過去の事例を挙げると、トランプ政権下では中国企業によるアメリカ企業の買収が国家安全保障上の理由で阻止されたが、一般的には市場の自由を重視するアメリカの経済政策において、企業の買収を政府が介入して阻止することは稀である。このような背景を考慮すると、バイデン大統領の決定は、労働者層へのアピールを意図した戦略的なデモンストレーションであり、労働者の雇用を守るための象徴的な行動として位置づけられる。
しかし、民主党が左翼・リベラルのエリート層の政党となった現状は、労働者層との乖離を引き起こす可能性がある。バイデン政権は、こうした実態を踏まえつつ、労働者の味方であることを示すことで、党の基盤を再確認しようとしている。このような動きは、民主党が多様な支持層を抱える中で、労働者層との連携を強化し、党のアイデンティティを維持するための試みと見ることができる。
日本製鉄が米鉄鋼大手USスチールの買収阻止を巡り同社と共同で起こした訴訟は、勝利の見込みは薄いものの、買収実現に向けてトランプ次期大統領との交渉時間を稼げる可能性がある。
しかし、トランプ氏は先月、自身の交流サイトに「かつて偉大で強力だったUSスチールが外国企業、この場合は日本製鉄に買収されることには完全に反対だ」と投稿し、「大統領として私はこの取引を阻止する」とくぎを刺した。
だが、これを額面通りに受け取るのは間違いである。ドナルド・トランプ前大統領は、一般的に西側諸国からの米国への投資を歓迎する姿勢を示してきた。彼の政策の一環として、経済成長や雇用創出を促進するために、外国からの投資が重要であると考えていたのである。これは、二次政権でも変わらないだろう。
しかし、トランプ大統領は安全保障の面から、必ずしもすべての国々の米国に対する投資を歓迎するわけではない。
実際、2017年、トランプ政権は中国企業によるアメリカ企業の買収を阻止した事例がある。ハイテク企業の「アメリカの半導体メーカー、クアルコム」に対する中国のファーウェイの買収提案が挙げられる。この買収は、国家安全保障上の懸念から拒否された。
トランプ一次政権は中国が5Gでリードすることを阻止(写真は北京での国際モバイル見本市GMIC) |
具体的には、アメリカの外国投資委員会(CFIUS)が、ファーウェイがクアルコムを買収することによって、アメリカの通信技術やインフラに対する影響を懸念し、買収を阻止する判断を下した。特に、ファーウェイは中国政府との関係が深いとされ、アメリカ政府はその影響力が国家安全保障を脅かす可能性があると考えたためである。
このような動きは、トランプ政権が中国企業のアメリカへの進出に対して厳しい態度を取る一環であり、特にハイテク産業における競争力の維持と国家安全保障を重視する姿勢が表れている。
今回の買収劇の買収側の新日鉄(日本製鉄)は、中国との関係において複雑な立場を取っていることがる。中国は世界最大の鉄鋼生産国であり、新日鉄にとっても重要な市場である。以下に、新日鉄と中国との関係のいくつかの側面を述べる。
新日鉄(現日本製鉄)は中国企業との合弁事業を通じて中国市場に進出してきたが、近年その関係に大きな変化が見られる。主な合弁企業としては、宝山鋼鉄との「宝鋼日鉄自動車鋼板有限公司(BNA)」、武漢鋼鉄との「武鋼新日鉄(武漢)ブリキ有限公司(WINSteel)」がある。
BNAは2004年に設立され、自動車用鋼板の製造・販売を行ってきた。当初は日本の技術を活かした「師弟関係」的な協力関係だったが、20年の歳月を経て状況は変化した。2024年7月23日、日本製鉄はBNAの合弁契約を解消し、保有株式を宝山鋼鉄に譲渡すると発表した。この決定の背景には、中国でのEV普及に伴う日系自動車メーカーの苦戦や、米中対立による逆風がある。これにより、日本製鉄の中国での鋼材生産能力は約7割減少することになる。
一方、WINSteelは2011年に設立され、2013年12月から商業生産を開始した。この合弁会社は、中国の成長するブリキ需要に対応するために設立された。
中国における外資系企業、特に合弁企業は、共産党の管理下にあると考えられている。中国の会社法第19条では、「会社においては、中国共産党規約の規定に基づき、中国共産党の組織を設置し、党の活動を展開する」と規定されている。さらに、中国共産党規約第29条では、3人以上の正式な党員がいる企業では党組織を設置しなければならないとされている。
2017年の時点で、中国にある外資企業の70%が党組織を設置していたとの報告がある。これは必ずしもすべての合弁企業に当てはまるわけではないが、中国政府の影響力が及ぶ可能性を示している。また、中国の国家情報法により、企業は政府の情報収集活動に協力する義務があり、外資系企業にも適用される可能性がある。これが日米両政府の経済安全保障に関する懸念の要因となっている。
このような状況下で、日本製鉄の中国事業戦略は大きく変化しつつある。BNAの合弁解消は、日本製鉄の「脱中国」の動きを示唆しており、今後はアメリカやインド、東南アジアなど他の市場に注力する方針が示されている。特に、USスチールの買収計画は、重要な戦略的な動きとして注目されている。
トランプ氏は、USスチールの買収に関しても独自の条件を提示する可能性が高い。彼は自らの政策において、アメリカの製造業を守ることを強調しており、新日鉄が中国との関係を見直すことを条件に、USスチールの買収を認めるシナリオが考えられる。
このような背景を考慮すると、新日鉄が中国との関係を縮小または解消することで、トランプ氏がその買収を容認する可能性が生まれるかもしれない。過去の事例からも、先に述べたようにトランプ氏が中国企業のアメリカ企業買収を阻止したことがあり、その姿勢は明確だ。新日鉄が今後、トランプ氏との交渉において中国との関係について具体的な行動を示すことができれば、USスチールの買収に向けた道が開かれるだろう。
トランプ氏は今回の買収劇を通じて、西側諸国からの米国への投資を歓迎する姿勢を示しつつ、中国との関係がある企業にはそれを断ち切ることを求める意図がある。具体的には、中国との関係を持つ企業に対して投資を認めないという姿勢を鮮明にし、アメリカの経済安全保障を強化しようとしている。
さらに、親中的な立場を取る岩屋外相や石破総理に対しても、圧力をかけて牽制する狙いがあると考えられる。トランプ氏はアメリカの安全保障に対する懸念を背景に、これらの政治家に対しても強いメッセージを送ることで、アメリカの立場を強化し、日米関係においても影響力を保とうとしている。
このように、新日鉄が中国との関係を見直すことで、トランプ氏との交渉が有利に進む可能性がある。トランプ氏の意図と行動は、単なる経済的な要素だけでなく、地政学的な視点や国家安全保障に深く結びついていると言える。日本では、この観点を伝えるメディアは皆無だし、石破政権もそのような見方はしていないようだ。相手の腹を探れないような人物は、政治家には向いていない。企業経営にも向かない。あまりにお粗末だ。いずれにせよ、今後の動向に注目が集まるのは確かだ。
【関連記事】
トランプ氏の「お客様至上主義」マーケティングから学べること―【私の論評】真の意味でのポピュリズムで成功した保守主義者の典型トランプ氏に学べ 2024年11月17日
<北極圏を侵食する中国とロシア>着実に進める軍事的拡大、新たな国の関与も―【私の論評】中露の北極圏戦略が日本の安全保障に与える影響とその対策 2024年10月29日
〝石破増税大連立〟あるのか 国民民主・玉木氏や高橋洋一氏が指摘 首相が立民・野田代表と維新・前原共同代表に秋波―【私の論評】与野党と全有権者は、財務省の悪巧みに乗ってはいけない 2025年1月4日
トランプ前大統領の圧勝とその教訓―【私の論評】トランプ再選がもたらす日本への良い影響:経済、安保、外交、社会的価値観と一貫性 2024年11月10日
0 件のコメント:
コメントを投稿