2019年6月22日土曜日

【G20大阪サミット】大阪から世界が動く 米中貿易摩擦で歩み寄り焦点 日本、初の議長国―【私の論評】G20前後の安倍総理の意思決定が、安倍政権と国民の運命を左右することになる(゚д゚)!


G20サミット等開催地

主要国の首脳が一堂に会する20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)が28、29日、大阪市で開かれる。貿易摩擦、海洋プラスチックごみ問題など、さまざまな課題で議論が交わされ、初の議長国を務める日本の手腕が注目される。会場となる大阪では2025年大阪・関西万博の開催やカジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致を控えており、G20を契機に世界への魅力発信を目指す。一方、市内は大規模な交通規制が行われ、全国から警察官が集まるなど厳戒態勢を敷き、会議の成功へ万全の態勢を取る。


 ■米中貿易摩擦、歩み寄り焦点 日本、初の議長国

 G20大阪サミットでは、米中貿易摩擦をめぐる議論が注目を集めそうだ。対中貿易赤字を問題視するトランプ米大統領は5月、制裁関税「第4弾」として、中国からのほぼ全ての輸入品に高関税を課す準備を開始。中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)への輸出禁止措置も決めた。トランプ氏は大阪で中国の習近平国家主席と会談することを表明、摩擦が緩和されるか注目される。

 世界経済の成長持続もテーマ。その一環として日本はデータの自由な流通を促すルール作りを提案する。

 安倍晋三首相は、消費者や産業活動が生むビッグデータなどへの規制を各国でそろえて広く活用できれば、新たな富を生むと説く。根底には、外国企業に対し、顧客データの国外持ち出しに厳しい制約を課す中国に圧力をかける思惑もある。米グーグルなど巨大IT企業に対する「デジタル課税」の統一ルールの方向性も確認する。

 自由貿易の維持に向け、世界貿易機関(WTO)改革も取り上げるが、各国の主張は入り乱れている。WTO上級委員会が韓国による福島県産などの水産物禁輸を容認したことも踏まえ、日本は紛争解決機能の向上を主張。欧州連合(EU)も機能強化を求める一方、中国の不公正貿易に対するWTOの態度が甘いと批判する米国は上級委の人事を拒むなど議論はまとまりを欠く。

 また、世界で年間800万トンに上るとされる海洋プラスチックごみ問題も議論する。政府はプラごみ削減に向けた「プラスチック資源循環戦略」を策定し、安倍首相も「途上国の支援や実態把握に取り組む」と明言。海洋プラスチックごみの流出元の多くは中国やインドネシアなどで、議長国として問題解決に取り組む姿勢をアピールする。


【用語解説】G20

 先進国と新興国の20カ国・地域が入る国際会議の枠組み。源流はアジア通貨危機後の1999年に開かれた財務相・中央銀行総裁会議。リーマン・ショックの起きた2008年に初めて首脳会議が開かれ、定例化した。日米欧の先進7カ国(G7)のほか、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、韓国、メキシコ、ロシア、南アフリカ、サウジアラビア、トルコ、欧州連合(EU)で構成している。参加国のGDP合計は世界の8割以上、人口は約6割を占める。

【私の論評】G20前後の安倍総理の意思決定が、安倍政権と国民の運命を左右することになる(゚д゚)!

トランプ米大統領は、28─29日の20カ国・地域(G20)首脳会議(大阪サミット)で中国の習近平国家主席と会談したいとの考えを表明しています。しかし現時点では、万一会談が実現しても貿易摩擦解消に向けた進展があるとの期待は乏しいです。

ワシントンと北京の外交官や政府高官などによると、貿易協議が物別れに終わった先月以来、米中両国の関係がとげとげしさを増す一方となっているため、会談を行うための準備作業すら十分ではないそうです。

逆に会談が不調に終われば、両国の関税合戦は激しさを増し、トランプ氏が中国の通信機器大手華為技術(ファーウェイ)と取引する企業の免許を取り消したり、中国側がレアアースの対米輸出禁止に動く可能性もあります。

ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表は19日、20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)に先立ち、中国側の対米首席交渉官、劉鶴副首相と会談する見通しを示しました。

ライトハイザー代表は議会で、一両日中に劉鶴副首相と電話で協議した後、G20サミット開催地の大阪でムニューシン財務長官と共に会うと見通しました。


米中通商協議がいつ再開されるかはまだ分からないとしながらも、米国には中国と取り組んでいく明確な意思があると表明。通商合意を得ることは米中両国の国益にかなうとの考えを示しました。

ただし、米中貿易摩擦に関して、G20で何らか解決策が出て、一気に解決するということにはならないのははっきりしています。
米国は昨年夏から秋にかけて、まず対中制裁の第1弾、第2弾として計500億ドル(約5兆5000億円)分の中国産品に25%の追加関税を発動。第3弾として2000億ドル分に10%の追加関税を上乗せし、この2000億ドル分については5月10日、税率を10%から25%に引き上げました。

13日には「第4弾」の対中制裁措置の詳細を発表。対象となるのは3000億ドル分の輸入品で上乗せする税率は最大25%。最短で6月末にも発動可能な状態になる見込みです。

さらに、15日には、中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)への部品の輸出禁止措置を発動し、関税以外の手段でも締め付けを強化。これに対し、中国は6月1日、米国からの輸入品600億ドル分に対する追加関税率を従来の最大10%から最大25%に引き上げました。

米中互いの対抗措置がエスカレートすれば、短期的には日本企業にもダメージが及びます。

華為の日本企業からの調達額は昨年、66億ドルに達し、今年は80億ドルに増える見通しでした。華為排除の動きが広がる中、同社との取引を停止する日本企業が続出しているほか、第4弾の対中制裁を見据えて中国から生産拠点を移す「脱中国」の動きも出てきた。

「10月時点で海外経済が減速を続けている場合、わが国経済を下押しする影響が大きくなる可能性はある」

日本銀行の桜井真審議委員は5月30日、静岡市での講演で増税の影響をこう分析し、警戒感を示しました。

日本銀行の桜井真審議委員

経済協力開発機構(OECD)は5月21日、世界全体の実質GDP成長率が2018年から縮小し、19年は3.2%、20年は3.4%との経済見通しを発表しました。日本については、19年と20年のGDP成長率をそれぞれ0.7%、0.6%とし、3月の前回予測から0.1ポイントずつ下方修正しました。米中貿易摩擦の影響が大きく、OECDは「持続可能な成長を取り戻すべく、各国政府は共に行動しなければならない」と強調しました。

そのような中、日本が初めて議長国を務めるG20サミットが開かれます。日本は議長国として、機動的な財政政策などを各国に呼びかける可能性が高いです。それにもかかわらず、日本のみが増税すれば、日本発の経済不況が世界を覆うことになる可能性を指摘されることにもなりかねません。

平成28年5月下旬、三重県で開かれた主要国首脳会議(伊勢志摩サミット、G7)で、安倍首相は「リーマン・ショック級」の危機を強調しながら、増税延期の地ならしを進め、直後に延期を正式表明しました。

伊勢志摩サミットで「リーマン・ショック級」の危機を強調した安倍総理

果たして、G20はG7の再来となるのでしょうか。もし今回増税すれば、日本経済は再びデフレスパイラルの底に沈み、内閣支持率がかなり落ちるのは目に見えています。

それでも、増税を実施した場合、安倍政権は憲法改正どころではなくなります。それどころか、野党はもとより与党内からも安倍おろしの嵐が吹き荒れレームダックになりかねません。

まさに、G20前後の安倍総理の意思決定が、安倍政権と国民の運命を左右することになります。

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2019年6月21日金曜日

【瀕死の習中国】チャイナ・セブンも死闘? 中国共産党幹部「利益奪取と権力闘争で、死ぬか生きるかの戦いしている」―【私の論評】中国共産党内の熾烈な権力闘争は、日本にとって対岸の火事ではない(゚д゚)!

【瀕死の習中国】チャイナ・セブンも死闘? 中国共産党幹部「利益奪取と権力闘争で、死ぬか生きるかの戦いしている」


「利益奪取と権力闘争で、死ぬか生きるかの戦いをしている」

 中国共産党のある高級幹部が、米ハーバード大学を訪れた際にこう吐露したことを、同大学のシニアフェロー、ウィリアム・オーバーホルト博士が昨年末、英BBCの番組で明かした。

 オーバーホルト氏は著書『中国・次の超大国』(サイマル出版会)で、1995年にアジア太平洋賞特別賞を受賞するなど長年のチャイナ・ウオッチャーとして知られる。

 米中貿易戦争について、同氏は「中国の指導者が決断をしない」と暗に習近平国家主席を非難している。週刊東洋経済PLUS(ウェブ版・2018年9月15日号)によると、同氏は「中国の成功は続かない」とも語っていたという。

 香港紙「アップルデイリー」も17日、評論家の話として、中国共産党の最高幹部、中央政治局常務委員7人(チャイナ・セブン)と、次に続く中央政治局委員を合わせた25人は、習一派の割合が高いが、習氏の新路線を強く信任しているわけではないと報じた。

 同紙によると、序列3位の栗戦書氏は習氏に近いが、序列2位の李克強首相と、序列4位の汪洋副首相、江沢民派で序列7位の韓正氏は、習氏に対して暗に批判的であるという。序列5位の王滬寧氏と、序列6位の趙楽際氏は、国内外の問題に不自然なほどシラけている、などを報じた。

 李氏と汪氏は共産主義青年団派の背景を持ち、習氏との関係はそもそも遠い。

 一方、プロパガンダを担う王氏は、一時、習氏を皇帝のごとく持ち上げてみせたが、実際のところ習一派の敵、江沢民元国家主席派の下で暗躍しているとの説が有力だ。

 上海の復旦大学で、国際政治分野の教授だった王氏は、別名「江派二号人物」と呼ばれた曽慶紅元国家副主席(元序列5位)に見いだされた。30年前の「天安門事件」以降、王氏は党指導理論のブレーンとなり、中央政策局主任の立場で、江沢民・胡錦濤・習近平の総書記3代に仕えた“頭脳”である。

 別の表現では、共産党の一党独裁体制を強化していく目的で、全国に多数いる教授の中から選ばれ、ロケット出世をしてきたのが王氏である。

 ふと、毛沢東時代の中国最高幹部内で起きていた死闘を思い出す。

 毛主席の後継者だった劉少奇氏は失脚し、獄中死した。その後、林彪氏とその一派は「毛沢東天才論」で持ち上げて懐柔しようと試みた。その裏で、暗殺とクーデターを企てたが失敗。ソ連へ亡命する林氏を乗せた飛行機が、モンゴルに墜落して死亡した。1971年9月13日の「林彪事件」である。

 現チャイナ・セブンも死闘の最中にあるとすれば、近い将来、何が起きてもおかしくはない。

 ■河添恵子(かわそえ・けいこ) ノンフィクション作家。1963年、千葉県生まれ。名古屋市立女子短期大学卒業後、86年より北京外国語学院、遼寧師範大学へ留学。著書・共著に『「歴史戦」はオンナの闘い』(PHP研究所)、『トランプが中国の夢を終わらせる』(ワニブックス)、『中国・中国人の品性』(ワック)、『世界はこれほど日本が好き』(祥伝社黄金文庫)など。

【私の論評】中国共産党内の熾烈な権力闘争は、日本にとって対岸の火事ではない(゚д゚)!

昨日の記事に掲載したように、新華社通信のネット版である新華網は7日、アメリカとの妥協を主張する国内一部の声を「降伏論」だと断罪して激しく攻撃。9日には人民日報が貿易問題に関する「一部の米国政治屋」の発言を羅列して厳しい批判を浴びせました。

もはや対米批判の領域を超えて国内批判に転じています。それらの批判は捉えようによっては、習主席その人に対する批判であるとも聞こえます。

このような傾向は昨年からありました。昨年7月9日付『人民日報』(中国共産党機関紙)の第1面が奇妙だと話題になっていました。習近平主席の文字と写真がまったく掲載されていなかったからです。7月19日現在、同日以外、7月第1面はすべて習主席礼賛のオンパレードでした。

その2日後(同11日)の『人民日報』で、今度は、華国鋒批判が始まりました。これは、毛沢東型個人崇拝を復活させた習近平主席への“あてつけ”だったのではないかとの憶測が広まりました。

江沢民元主席、胡錦濤前主席、朱鎔基元首相等は「元老会」を形成しています。元老達は、習近平主席の個人崇拝志向に対し、不満を持っていると伝えられていました。

「元老会」が、海航集団・王健会長のフランスでの不審死をめぐり、その真相究明に動き出したとされていました。王岐山国家副主席には、海航集団を“私物化”している疑惑があったのです。

仮に、昨年の時点で王副主席が失脚すれば、習近平主席への打撃は計り知れないものになっていたはずです。「元老会」はこの事件を契機として、習主席に対し巻き返そうと試みていたのではないでしょうか。それが『人民日報』の紙面に表出したのかもしれません。

一方、昨年7月4日、不動産会社に勤める董瑶琼という若い女性が、上海の海航ビルに貼ってあった習近平主席のポスターに、墨を塗るという事件が起きました。

董瑶琼とされる女性

董瑶琼は、「共産党独裁に反対」を唱え、習主席を批判しました。実に、大胆な行動でした。ネットでは称賛されました。だが、まなもく董は公安に捕まり、その後、行方不明になりました。

その他にも異変は多くありました。その中でも特筆すべきは、アリババのマー会長の電撃辞任劇です。

マー会長は、昨年9月10日にロシア・ウラジオストクで開かれた「東方経済フォーラム」に参加するためにロシア入していたのですが、「1年後の来年9月10日に会長を辞任する」と電撃的に宣言したのです。

これについては、様々な憶測が飛びましたが、私も推測してみました。それについては、このブログにも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
アリババ創業者突然の引退宣言、中国共産党からの「身の危険」…企業家が次々逮捕・亡命―【私の論評】習近平がすぐに失脚すると見誤った馬会長の悲運(゚д゚)!
昨年「東方経済フォーラム」に参加したプーチン大統領とマー会長

詳細はこの記事をご覧いただくものとして、この記事では、マー会長の辞任は、習近平失脚の時期を見誤ったこととしました。上でも述べたように、昨年7月9日付『人民日報』(中国共産党機関紙)の第1面に習近平主席の文字と写真がまったくなかったという出来事がありました。

他にも、習近平にまつわる珍事もありました。これをみてマー会長は、習近平の失脚の時期は近いと判断し、行動したのでしょう。ところが、習近平は意外にしぶとく、少なくともここ1年くらいは失脚することはありえないというのが実体だったのでしょう。実際、習近平は現在でも失脚していません。

そのため、習近平側からの報復を恐れて、はやばやと引退する旨を明らかにしたのでしょう。以前はこの変わり身の速さが、馬雲を救ったのでしょうが、今回はこれが災いしたようです。これが、真相ではないかと私は思います。

さて、当時から習近平政権は「自由化」・「民主化」に背を向けていました。そこで、中国共産党による「支配の正当性」は、経済発展しかない状況でした。

しかし、その経済が近年は全く振るいません。それどころか、最近では米国による対中国貿易戦争は、完璧に冷戦の次元に高まりました。

そうなると経済がこれから上向くとことは当面ないでしょう。そうなると、長老や反習近平派の不満は蓄積される一方です。さらに、香港の200万人を集めたデモは、中国本土への刑事事件容疑者の引き渡しを可能とする「逃亡犯条例」の改正案を事実上の廃案に追い込む勢いです。

こうなると、習近平は八方塞がりです。まさに、中国共産党内部では、チャイナセブンと政治局員らが壮絶な権力闘争を展開し「利益奪取と権力闘争で、死ぬか生きるかの戦いをしている」のでしょう。

そうして、気をつけなければならないのは、普通の国だと、米国から冷戦を挑まれたりすれば、挙国一致でこれにあたったりするのですが、中国はそうではないということを認識しておくべきです。これは、トランプ政権と議会が、超党派で中国に挑もうとしている米国とは対照的です。

さらに、忘れてはならないのは、中国は外交でもなんでも中国内部の都合で動く国であることです。中国では、たとえ対外関係であっても、自国の内部の都合で動くのです。普通のまともな国なら、対外関係と内部とは分けて考え、内部の都合により対外関係が動くなどということはありません。

しかし、中国の場合はそうではありません。反習近平派が、尖閣問題を中国内部の権力闘争に利用すること等は十分にありえることです。元々中国は、巨大国家であるがゆえの「内向き」な思考を持っており、しかも古代からの漢民族の「戦略の知恵」を優れたものであると勘違いしており、それを漢民族の「同一文化内」ではなく、「他文化」に過剰に使用することによって信頼を失っています。

孫子の兵法書

このような中国の特性から、習近平を貶めるために、反習近平派が手持ちの人民解放軍や民兵をつかって、尖閣を占領するなどということも十分ありえることです。それらが、日本の自衛隊によって駆逐されれば、習近平の権威は一気に落ち込み、半習近平派は権力闘争で勝利を収めることができるかもしれません。

もし、その確率が高いと判断した場合は、実行することも十分にありえます。その逆に、習近平派が尖閣を占領すれば、権力闘争に有利と判断すれば、これも実行するかもしれません。

熾烈な中国内部闘争ですが、日本としてもそ行方を注意深く見守るべきです。内部の抗争だけであるとみていると、ある時とんでもない飛び火があるかもしれません。まさに日本にとっては対岸の火事ではないのです。

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2019年6月20日木曜日

【石平のChina Watch】人民日報の「習近平批判」―【私の論評】習近平はミハエル・ゴルバチョフになれるか?


5日、モスクワのクレムリンで会談前に握手するロシアのプーチン大統領(右)と
                 中国の習近平国家主席

 6日掲載の本欄で、米中貿易協議の決裂以後、中国の習近平国家主席が、この件について無責任な沈黙を保っていたことを指摘したところ、翌日の7日、彼は訪問先のロシアでやっと、この問題について発言した。

 プーチン大統領らが同席した討論会の席上、習主席は米中関係について「米中間は今貿易摩擦の中にあるが、私はアメリカとの関係断絶を望んでいない。友人であるトランプ大統領もそれを望んでいないだろう」と述べた。

 私はこの発言を聞いて実に意外に思った。米中貿易協議が決裂してから1カ月、中国政府が「貿易戦争を恐れず」との強硬姿勢を繰り返し強調する一方、人民日報などがアメリカの「横暴」と「背信」を厳しく批判する論評を連日のように掲載してきた。揚げ句、中国外務省の張漢暉次官は米国の制裁関税を「経済テロ」だと強く非難した。

 こうした中で行われた習主席の前述の発言は明らかに、中国政府の強硬姿勢と国内メディアの対米批判の強いトーンとは正反対のものであった。彼の口から「貿易戦争を恐れず」などの強硬発言は一切出ず、対米批判のひとつも聞こえてこない。それどころか、トランプ大統領のことを「友人」と呼んで「関係を断絶したくない」とのラブコールさえ送った。

 国外での発言であるとはいえ、中国最高指導者の発言が、国内宣伝機関の論調や政府の一貫とした姿勢と、かけ離れていることは、まさに異例の中の異例だ。

 さらに意外なことに、習主席のこの「友人発言」が国内では隠蔽(いんぺい)された一方、発言当日から人民日報、新華社通信などの対米批判はむしろより一層激しくなった。新華社通信のネット版である新華網は7日、アメリカとの妥協を主張する国内一部の声を「降伏論」だと断罪して激しく攻撃。9日には人民日報が貿易問題に関する「一部の米国政治屋」の発言を羅列して厳しい批判を浴びせた。

 それらがトランプ大統領の平素の発言であることは一目瞭然である。人民日報批判の矛先は明らかに習主席の「友人」のトランプ大統領に向けられているのだ。そして11日、人民日報はアメリカに対する妥協論を「アメリカ恐怖症・アメリカ崇拝」だと嘲笑する論評を掲載した。

 ここまできたら、新華社通信と人民日報の論調は、もはや対米批判の領域を超えて国内批判に転じている。それらの批判は捉えようによっては、習主席その人に対する批判であるとも聞こえるのだ。貿易戦争の最中、敵陣の総大将であるはずのトランプ大統領のことを「友人」と呼んで「関係断絶を望まない」という習主席の発言はまさしく、人民日報や新華社通信が批判するところの「降伏論」、「アメリカ恐怖症」ではないのか。

 習主席の個人独裁体制が確立されている中で、人民日報などの党中央直轄のメディアが公然と主席批判を展開したこととなれば、それこそ中国政治の中枢部で大異変が起きている兆候であるが、その背後に何があるのかは現時点ではよく分からない。おそらく、米中貿易戦争における習主席の一連の誤算と無定見の右往左往に対し、宣伝機関を握る党内の強硬派が業を煮やしているのではないか。

 いずれにしても、米中貿易戦争の展開は、すでに共産党政権内の分裂と政争の激化を促し、一見強固に見えた習主席の個人独裁体制にも綻(ほころ)びが生じ始めたもようである。

 もちろんそれでは、習主席のトランプ大統領に対する譲歩の余地はより一層小さくなる。米中貿易戦争の長期化はもはや不可避ではないか。


【プロフィル】石平(せき・へい) 1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。

【私の論評】習近平はミハエル・ゴルバチョフになれるか?

冒頭の石平氏の記事には出てはきませんが、習近平の権力基盤を揺るがしているのは、最近の香港デモであるのは間違いないでしょう。

香港の200万人を集めたデモは、中国本土への刑事事件容疑者の引き渡しを可能とする「逃亡犯条例」の改正案を事実上の廃案に追い込む勢いです。

沿道を埋め尽くす香港のデモ隊

香港政府トップの林鄭月娥行政長官の辞任をめぐって事態は混迷を極めていますが、実はこの騒動が昨年来から続く米中貿易戦争の行方をも左右しかねないです。

結論から先に言うと、G20サミットを前に中国・習近平国家主席には最大の誤算となり得る一方、最大級の外交カードを手に入れたのは米・トランプ大統領ということになるでしょう。

今回の香港デモはすでに香港だけの問題にとどまらず、中国本土をも大きく揺るがす最大級の政治的懸案事項となっています。実際、香港デモのニュースは、中国本土ではすでにタブーと化しています。中国国内でたとえばNHKのニュースでその内容少しでも流れようものなら、その画面は当局にブラックアウトされています。

一国二制度の中国にとって、香港の民主主義が強まれば強まるほど、「特別扱い」に対する本土の人民の不満を招きかねないです。それだけに香港の混迷が長引くほど、中国は騒乱の火種を本土に抱え込むことになります。習近平国家主席にとって、国内の不満を緩和するために何らかの措置が必要となってきているのです。

その緩和策として重要になってくるのが、米中貿易交渉の早期妥結です。

現在、米中双方の関税引き上げの応酬で、中国経済は低迷しています。だからこそ交渉を早期妥結をすることで、習近平国家主席が国内の不満を和らげようとするシナリオが浮上してきます。

実際、中南海の長老からも米中貿易摩擦による国内情勢への影響、特に失業増が社会不安を増大させることを懸念する意見は根強くあります。

昨年、長老たちとの北戴河会議でも、習近平国家主席は釘を刺されています。

今回の香港デモをきっかけに、こうした声がより一層強まっている可能性は高いです。言い方を変えれば、習近平国家主席は、トランプ大統領に譲歩せざるを得ない状況に追い込まれてきたともいえます。

ただし、石平氏の記事にもある通り新華社通信と人民日報の論調は、対米批判であり、これらの批判は捉えようによっては、習主席その人に対する批判とも受け取れます。

習近平は、長老らの失業増懸念の声と、反米勢力との板挟みにあっているともいえます。習近平としては、米国と妥協しても、妥協しなかったとしてもいずれかの勢力からの批判を免れないです。

一方トランプ大統領は、今回の騒動で「最大級の外交カード」を手に入れたことになります。

米国でも米中貿易摩擦の早期妥結の声は高まっている中で、中国から譲歩を引き出し、交渉を妥結させる機会を手に入れたわけです。ビジネスマンのトランプ大統領は、このチャンスに当面の決着を図りたいと考えるかもしれません。

現在のマーケットの状況からも、それを期待する声は高まっています。ただし、大阪で間もなく行われるG20において行われる、米中首脳会談においては、習近平が何らかの譲歩をしたとして米中貿易摩擦がある程度の妥結を見たとして、それは一時的なものにとどまることでしょう。

なぜかといえば、すでに米中関係は、このブログでも何度か掲載しているように、すでに冷戦の域にまで達しているからです。

私としては、おそらく米中首脳会談で習近平が何らかの妥協を姿勢を見せたとしても、結局トランプ大統領はそれを撥ねることになると思います。

なぜなら、米中冷戦はもうすでに生易しい次元ではなく、米中の衝突は米国では「文明の衝突」という次元で捉えられるようになってきました。

以前にもこのブログで示したように、現在米国は、苛酷な宗教・人権弾圧、法の支配の欠如、米企業が強いられた技術移転や知財の窃盗、債務のワナによる「一帯一路」沿線諸国の軍事拠点化、南シナ海の軍事拠点化など、さまざまな"戦線″で戦いを強いられているのですが、文明論の次元で中国をとらえなくては、その脅威の全貌を把握できないと考え始めたと言えます。

もう米中の対決は、貿易戦争の次元ではなく、中国の価値観と米国の価値観の戦いになっているのです。これは、もう武力はともなわない戦争です。一昔前なら、大戦になっていたかもしれません。

トランプ大統領

そうした最中で、トランプ大統領とて、米中会談で習近平が貿易戦争で譲歩の姿勢をみせたからといって、適当に妥協するわけにはいきません。おそらく、習近平に対して米国とまともに通商がしたければ、先進国なみに民主化、政治と経済の分離、法治国家化などの社会構造改革をすることを迫るでしょう。

それに対して、習近平は即答はしないでしょう。そうなれば、トランプ氏としては、それに対する答えを期限付きで示すように求めることでしょう。

米国としては、中国がこれを拒否したり、うやむやにすれば、冷戦をさらに強化することでしょう。

そうして、中国が自国の価値観を他国に対してまで強要できなくなるまで、中国の経済を弱体化させるまで、冷戦を続けることでしょう。それは、おそらく少なくと10年、長ければ20年くらいの年月がかかるかもしれません。

もし中国が先進国なみに民主化、政治と経済の分離、法治国家化をすすめたとすれば、中国共産党の統治の正当性は失われることになります。そうなれば、中国共産党一党独裁の体制は崩壊します。

これは、習近平自身がミハエル・ゴルバチョフになるつもりがなければ、到底できないことです。

ミハエル・ゴルバチョフ

そのようなことができない習近平は結局、米国からの冷戦、長老からの社会不安への懸念、対米強行派の間で身動きが取れない状況になり、失脚することになるでしょう。

しかし、習近平が失脚し中国が新体制になったとしても、米国は対中冷戦をやめることはありません。なぜなら、その目的は、中国の社会構造改革もしくは、中国の弱体化にあるからです。いまのところこうなる公算が高いと思います。

ただし、もし香港の社会運動が秩序を大きく乱すこともなく、その目的を達成した前例を作ることができるなら、強烈な閉鎖的監視統制社会を構築しつつある中国で、内心は強い不満と恐怖に耐えて沈黙している中国国内の知識人や少数民族や宗教関係者にも勇気を与えることになるでしょう。

これが、中国本土の抜本的な社会構造改革につながっていくかもしれません。なぜなら中国自体の弱体化と、中国の強化にもつながる社会構造改革のどちらをとれといわれれば、長老や共産党幹部のほとんどは弱体化しても既存秩序を守ろうとするでしょうが、圧倒的多数の中国人民は、中国の強化につながる社会構造改革を選ぶことになるからです。

しかし、香港のデモが継続し、その目的を達成するためには、国際社会の主要国が足並みをそろえ、中国に圧力をかけることが重要です。特に日本がホストとなる大阪G20こそ、そういう世界の潮流の変化の大きな節目になる舞台になる可能性が高いです。

2019年6月19日水曜日

米国が示したインド太平洋の安全保障についてのビジョン―【私の論評】米国のインド太平洋戦略には、日本の橋渡しが不可欠(゚д゚)!

米国が示したインド太平洋の安全保障についてのビジョン

シャングリラ会議でのシャナハン国防長官代行演説
岡崎研究所

英国のシンクタンクIISS(国際戦略研究所)が毎年シンガポールで開催しているアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)は今年で第18回目を迎えた。6月1日の第一部では、米国のシャナハン国防長官代行が、「インド太平洋の安全保障に関する米国のヴィジョン」と題して、約35分間にわたる演説を行なった。その内容を簡単に紹介する。



・米国は、太平洋国家として、自由で開かれ、繁栄と安全が相互に関係したインド太平洋地域にコミットし続ける。

・米国の域内貿易額は2兆3千億ドル、直接投資額は1兆3千億ドルで、中日韓3か国を合計したよりも大きい。

・国家防衛戦略及びインド太平洋戦略レポートは、米国の戦略を示す重要文書である。これを実現する予算等の支援に、米国議会は超党派であたってくれた。

・自分自身(シャナハン長官代行のこと)、ワシントン州という太平洋岸で育ち、前職のボーイング社では、30年にわたり日本、韓国、中国、シンガポール等、地域と関わってきた。

・米国が描くインド太平洋地域は自由で開かれたもので、国際協力のもとに成り立っている。それは、主権が尊重され、各国は大小にかかわらず独立していること。紛争は平和的に解決されること。知的財産権の保護を含む自由で公平かつ相互的貿易と投資がなされること。海と空の自由航行を含み国際ルール及び規範を遵守すること。

・我々は約70年間、相対的平和と益々の繁栄を享受してきた。それはあらゆる分野での米国の関与に支えられてきたものだが、今、これに挑戦するもの達がいる。北朝鮮に関しては、完全で検証された非核化が交渉されている。その他にも国境を越えた様々な課題がある。スリランカの日曜日の惨事に見たようなISISのテロ、自然災害や疫病もある。

・域内の諸国にとって最も重大かつ長期的脅威は、おそらく国際ルールに基づく秩序を破壊しようとするもの達に起因するだろう。経済的、外交的、ときに軍事的威嚇によって徐々に地域を不安定化して行く。インド太平洋で繰り広げられる彼らの行動は、次のようなことを含む。係争地域を軍事化し、軍事的威嚇で相手に妥協を迫ること。他国の内政に干渉し、内部から不安定化させること。取引において強奪的経済や負債を抱えさせるようなやり方をすること。国家主導で技術の移転を強制すること。

・中国とは、国連の制裁決議でそうだったように協力も可能である。中国とは競争しているが、対立ではない。現在の国際ルールに基づいた秩序で最も恩恵を受けたのは中国である。中国はインド太平洋域内の他国と協力的関係を築かなければならない。他国の主権を浸食するようなことは止めるべきである。

・米国はインド太平洋地域に37万人の兵力を展開している。これは他の地域の4倍にあたる。2000の航空機と200の船と潜水艦が配備されている。同盟国の豪州、日本及び韓国とは相互運用可能なミサイル防衛システムを導入する。

・域内協力の素晴らしい具体例が先月インド洋で行われた共同訓練である。米国海軍とフランス、日本、豪州が共同演習を行なった。9000キロを隔て3つの海を隔てた諸国が集まれた。こういう米国と他国との例は、二国間でも、日本、韓国、フィリピン、豪州、タイ、インドネシア、シンガポール、モンゴル、台湾、パラオ共和国やミクロネシア連邦等、多々ある。

・インド太平洋の共通の目標のために、域内の安全保障ネットワークを構築することが重要である。

参考:https://www.iiss.org/events/shangri-la-dialogue/shangri-la-dialogue-2019

 シャナハン国防長官代行は、淡々と準備してきたペーパーを読み上げて演説を終えた。A4版で9頁に及ぶスピーチ全文を読むと、米国はインド太平洋地域における自由で開かれた秩序を維持するために、同盟諸国や友好諸国と共に協力しながら関与して行くことが強調された。中国の行動を示唆して釘をさす箇所もあるが、同時に、中国にも協力を呼びかけている。敵対心は露わにしていない。きわめて紳士的、外交官的態度だった。

 日本に関しては、同盟国の中でも、最初に語られ、しばしば言及された。インド太平洋地域の様々な場面で、日本は信頼のおける同盟国として、米国から認識されているのだろう。

 5月28日に、令和最初の国賓、トランプ大統領が離日する前に、安倍総理とともに横須賀を訪問し、日米両海軍基地を訪問したのも、その象徴的なものだったのだろう。

【私の論評】米国のインド太平洋戦略には、日本の橋渡しが不可欠(゚д゚)!

米国のシャナハン国防長官代行がシャングリア会議で述べた内容の中で「国家防衛戦略及びインド太平洋戦略レポートは、米国の戦略を示す重要文書である」というくだりがあります。

この「インド太平洋戦略レポート」は、このブログの中ですでに紹介しています。

インド太平洋戦略レポート

一つは、この報告書の中に以下のようなことが書かれていることを紹介しました。

「米国政府は、北朝鮮が日本人拉致問題を完全に解決しなければならないとする日本の立場への支援を継続する。実際に日本人拉致問題を北朝鮮当局者に対して提起してきた」

これは、簡潔な記述ではありますが、北朝鮮当局による日本人拉致事件を「完全に解決せよ」とする日本側の主張を米国政府は支援し続ける、という明確な政策表明でした。

2つ目は、台湾を協力すべき対象「国家(country)」と表記しました。これは、米国がこれまで認めてきた「一つの中国(one China)」政策から旋回して台湾を事実上、独立国家と認定することであり、中国が最も敏感に考える外交政策の最優先順位に触れ、中国への圧力を最大限引き上げようという狙いがうかがえます。

この2つをもってしても、この報告書の内容は画期的なものです。シャングリラ会議でのシャナハン国防長官代行演説はインド太平洋に関しては、このレポートにもとづいています。そうして、当然のことながら、インド太平洋地域において今後米国はこのレポートに基づいた行動をすることでしょう。

パトリック・シャナハン国防長官代行

トランプ米大統領は18日、パトリック・シャナハン国防長官代行が国防長官への指名を辞退したとツイッターで明らかにしました。家族との時間を優先するためとしています。イランとの緊張が激化する中、国防長官不在の状態が続くことになりました。

トランプ氏は後任の長官代行としてマーク・エスパー陸軍長官を任命する方針を明らかにしました。

ジェームズ・マティス前国防長官が昨年末に辞任した後、国防副長官だったシャナハン氏が今年1月に代行職に就任。ホワイトハウスは5月上旬、トランプ氏がシャナハン氏を長官に指名すると発表しましたが、就任には上院の承認が必要でした。

ただし、シャナハン氏が国防長官代行をやめたとしても、インド太平洋地域での米国戦略は変わることはないでしょう。

今回の演説でシャナハン国防長官代行は、最近の中国の動きを個別かつ具体的に厳しく批判するとともに、国防総省が「自由で開かれたインド太平洋(以下FOIP)戦略」に国防予算を重点的に投入して、具体的武器システムの近代化計画を開始したことだけでなく、今後は同盟国・パートナー国と安全保障面でより緊密で具体的なネットワーク化を進め、その中で統合作戦や共同作戦を実施することにも言及しています。

これは一体何を意味するのでしょうか。ポイントは3点あります。

第1は、今回の演説と新たに発表されたFOIP戦略に関する報告書を通じ、米国がインド洋と東アジア地域で、新たな安全保障の枠組みの構築に向け、本気で具体的に動き出したらしいということです。

もちろん、そうした枠組みはNATO(北大西洋条約機構)のような多国間相互安全保障条約に基づく「条約機構」ではありません。そのような組織が今の段階で実現可能とは思えません。しかし、米国が従来バラバラに発展してきた米印2国間の安全保障の枠組みを再構築し始めた意味は小さくないです。

第2は、そのような新たな枠組みに参加する国々をいかに確保していくかです。オーストラリアが参加する可能性は高いです。問題は韓国やフィリピンといった米国の同盟国でありながら中国への配慮を余儀なくされる諸国の参加の有無です。

仮にこれらの国が参加したとしても、他のパートナー諸国、特にASEAN(東南アジア諸国連合)諸国の参加がどこまで得られるかも重要です。さらに死活的なことは非同盟2.0の国インドの参加の有無とその程度でしょう。前途は多難です。

最後は、このような新たな安保ネットワークは必然的にいずれ多国間の枠組みに発展していく可能性があるということです。そのとき、日本はいかなる貢献をすべきなのでしょうか、そして実際にそれを行えるのでしょうか。

望ましい貢献を実施するための法的枠組みは現状で十分なのでしょうか。その際は憲法改正問題も再浮上し、日本政府は難しい政策判断を迫られるかもしれないです。FOIP戦略を具体化することは日本にとって決して容易な決断ではありません。

しかし、そもそも「自由で開かれたインド太平洋(以下FOIP)戦略」という概念は、2016年8月にケニアで開かれたアフリカ開発会議(TICAD) で安倍晋三首相が打ち出した外交戦略です。これが米国政府の正式概念となったのは2017年10月、当時のティラーソン国務長官が米ワシントンのシンクタンクで行った政策講演が最初でした。

その後、同年12月 に発表された米国の「国家安全保障戦略」で、従来の「アジア太平洋」に代えて「自由で開かれたインド太平洋」なる概念が盛り込まれました。更に、2018年6月の第17回シャングリラ会合ではシャナハン長官代行の前任者、マティス国防長官がFOIP戦略について初めて対外的に包括的な演説を行っています。

このようなことから、米国のインド太平洋戦略においては、安倍総理は大きな役割を果たすことになるでしょう。特に同盟国・パートナー国と安全保障面でより緊密で具体的なネットワーク化をするには、安倍総理抜きでは進められないでしょう。

かつて安倍首相はフィリピン訪問の折、ドゥテルテ大統領の故郷、ダバオを訪れたのですが、その時の地元民の凄まじい歓迎振りには驚かされました。欧米の首脳はもとより、日本の首相が海外であれほど歓迎されている姿をそれまで見たことがないです。

フィリピンのダバオを訪問して大歓迎を受けた安倍総理

この地域で米国が直接動くことは反発を招くことになるでしょう。この地域には未だに反米勢力が強いのです。やはり、日本が橋渡しをしなければ、うまくはいかないでしょう。

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米国政府、日本人拉致の解決支援を初めて公式明記―【私の論評】今後日米は拉致問題に限らず様々な局面で互いに助け合うことになる(゚д゚)!


2019年6月18日火曜日

米国務省の凄腕女性局長が「中国封じ込め宣言」 新冷戦時代の対中戦略を策定中―【私の論評】日本も文明論の次元で中国をとらえるべき時がやってきた(゚д゚)!


キロン・スキナー氏

米国務省のキロン・スキナー政策企画局長の名前を知っている読者は、ほとんどいないと思う。

 シカゴ出身の黒人女性58歳。生粋の共和党員である。米ハーバード大学で国際政治学博士号取得。昨年8月に現在のポストに就くまでは、私立の名門、カーネギー・メロン大学教授(国際関係論)を務めた。

 スタンフォード大学フーバー研究所主任研究員、ニュート・ギングリッチ元下院議長の外交アドバイザー、ブッシュ政権(子)の国家安全保障教育委員会(NSEB)メンバーなどを歴任。同ブッシュ政権のコンドリーザ・ライス国務長官との共著『レーガン大統領に学ぶキャンペーン戦略』は、共和党選挙関係者の間でバイブルとされている。

 このような大物を単なる局長であるが、長官直轄の政策企画局長に任命したのはマイク・ポンペオ国務長官だ。

マイク・ポンペオ国務長官

 この人事は、同氏の慧眼に負う。その証しといえるのが、4月29日にワシントンで開催されたニュー・アメリカ(新米国研究機構)主催の「安全保障セミナー」でのスキナー氏の基調講演である。

 「中国はわれわれにとって、長期にわたる民主主義に立ちはだかる根本的脅威である。中国は経済的にもイデオロギー的にも、われわれのライバルであるのみか、数十年前まで予想もしなかったグローバル覇権国とみることができる」

 ドナルド・トランプ米政権が、中国を覇権抗争の相手国と見なしていることを明確にしたのだ。

 一方、「今後、米国史上初めて、白人国家ではない相手(中国)との偉大なる対決に備えていく」と発言、「非白人国家」という人種の違いに言及したことで物議を醸した。

 同発言への批判は別にして、筆者が注目したのは「米国務省は現在、中国を念頭に置いた『X書簡』のような、深遠で広範囲にまたがる対中取り組みを検討中」と語ったことである。

 言うまでもなくこれは、米ソ冷戦時代に対ソ連封じ込め戦略を打ち出した初代政策企画局長のジョージ・ケナン氏の『X論文』を念頭に置いたものだ。

ジョージ・ケナン氏

 要は、新冷戦時代のための対中戦略を策定中と宣言したのである。

 想起すべきは、昨年10月4日のマイク・ペンス副大統領による対中“宣戦布告的”講演である。

 再びペンス氏は24日、ウッドロー・ウィルソン国際センターで講演する。米中和解からほど遠い内容になるはずだ。

 ちなみに、スキナー発言を紹介した新聞は、「産経新聞」(5月31日付)と、英紙フィナンシャル・タイムズ(6月5日付)の2紙だけだった。(ジャーナリスト・歳川隆雄)

【私の論評】日本も文明論の次元で中国をとらえるべき時がやってきた(゚д゚)!

冒頭の記事にもあるように、4月29日にワシントンで開催されたニュー・アメリカ(新米国研究機構)主催の「安全保障セミナー」の基調講演において、スキナー氏は米中間の競争を「全く異なる文明同士の、異なるイデオロギーの戦いだ」と発言しました。

スキナー局長によれば、冒頭の記事にもあるように、中国は米国にとって初めての「非白人大国の競争相手(a great power competitor that is not Caucasian)」です。

スキナー局長は、こうした見方が、一定程度は、サミュエル・ハンティントンの「文明の衝突」の見方と重なるところがあるとも述べました。

サミュエル・ハンティントン氏 

この発言は人種差別的だと人権NGOからの批判を浴びました。また、5月中旬に北京で開かれた「アジア文明対話大会」の開会式で、中国の習近平国家主席が、人種の優位性を説いて文明間の衝突を説くことは「ばかげている」と一蹴したのは、スキナー発言を意識したものだとも言われています。

ちなみにスキナー局長は、アフリカ系の女性です。日本人からすれば、アフリカ系米国人の女性が、保守的思想を持って、米国と中国との間の文明的な基盤の違いを語るというのは、違和感を持つところかもしれないです。

ところが、米国が体現しているとされる「西洋文明」は、現在では人種的な純血性にもとづくものではない文明です。(第二次世界大戦前は、西欧文明は白人のものという考えが幅を効かせていた)

スキナー局長は学者出身で、やはり学者出身でジョージ・W・ブッシュ政権時代にタカ派として活躍した黒人女性のコンドリーザ・ライスの教え子だったというのだから、なかなか毛並みが良いです。

1990年代にサミュエル・ハンティントンが『文明の衝突』を著した際、中国はすでに一つの文明圏として数えられていました。

ハンティントンによれば、その文明圏は「華人」の人種的なつながりにもとづく国境を越えたネットワークによって、中国大陸を超えて東南アジアの隅々にまで及んでいるものでした。

「文明の衝突」論は、2001年の9・11テロに起因する「対テロ戦争」の時代においては、もっぱら西洋文明とイスラム文明の対立を語るものとして意識されてきました。

ところがトランプ政権下で急速に対中国強硬論が高まる中、ついに米中の間の対立についても、「文明の衝突」が参照されるようになってきたのです。

現在アメリカは、苛酷な宗教・人権弾圧、法の支配の欠如、米企業が強いられた技術移転や知財の窃盗、債務のワナによる「一帯一路」沿線諸国の軍事拠点化、南シナ海の軍事拠点化など、さまざまな"戦線″で戦いを強いられているのですが、文明論の次元で中国をとらえなくては、その脅威の全貌を把握できないと考え始めたと言えます。

昨年10月にペンス副大統領がハドソン研究所で行った演説は、その強硬な反中国の内容から、「新冷戦」の開始を告げるものと言われるようになりました。その後のトランプ大統領が主導する度重なる関税引き上げ合戦は、「貿易戦争」とも称されています。

中国の習近平国家主席は15日、北京で始まった「アジア文明対話大会」の開幕式で演説し「アジアの人民はともに繁栄する一つのアジアを期待している」、「文明間の交流は対等で平等、多元的であるべきで、強制的で一方的なものであってはならない」とトランプ政権に釘を刺しました。

ところが、表向きの主張とは裏腹に、中国が行っているのは「国内での全体主義的体制の確立とその輸出」です。

中国は、2020年までに14億のすべての国民を対象とする「社会信用システム」構築に向けて準備を進めています。

このシステムは、政府が国民の信用情報・行動を点数化して管理し、点数に応じて個人を処遇するもの。評価の対象となる信用情報は、SNS、インターネット、Eメール、銀行口座、クレジットカード、交友状況、信仰生活など、あらゆるものです。

評価の高低は、不動産の売買、飛行機などの利用に影響が及びます。すでに政府に批判的な人が、飛行機の利用や土地の購入を禁止されたり、子どもを良い学校に通わせることができなかったりするという事態が起こっています。

つまり、当局に好ましい行動をする者は優遇され、好ましくない行動をする者には不利益を課されるのです。とりわけ信仰心を持つ者に対するスコアは低いです。何が正しいかは、党が決めるのであり、習近平氏以外に決定権があってはならないからです。このため神の意志を考えて自律的な判断を行う者は危険視されるのです。

この自律的な判断こそが、西洋文明の基礎にあるものといえます。人間には造物主によって造られているため、神性を持ち、神の御心や正義や真実のありかを探究できるのです。

こうした考えは、東洋文明では「仏性」を説く仏教のなかにも共通して流れています。それ流れを受け継いだのは日本であり、中国ではありません。実際、日本はかつて人種差別撤廃を国際連盟で主張したのですが、受け入れられませんでした。これは、後の大東亜戦争の遠因ともなっています。

世界から人種差別が撤廃されたのは、第二次世界大戦後のことです。

この「神仏の子」の思想に正面から挑み、「対宗教戦争」を仕掛けているのが習近平氏です。その意味では、日本と中国は元々文明が衝突するのはやむを得ないところがあるのです。

古代の中国からは、日本は多くを学びました。だから、中国に親近感を感じる日本児も多いです。しかし、ある時点からはこれは逆転したともいえます。現在の中国の科学・哲学・文学・経済その他ありとあらゆる西欧から輸入した言葉は実は日本から導入したものです。読みは中国語の読みですが、文字は日本が創作した漢字を用いています。

しかし中国は、西欧の言葉を日本から移入しましたが、その他日本の文化的側面を取り入れることはありませんでした。現代中国と日本の価値観は、水と油であり混じり合うことはないのです。

そうして、中国の社会信用システムが広がったとき、「自由」に考え、行動する場所が失われることになります。

来年の「社会信用システム」構築によって、中国は「全体主義国家」として完成を迎えるのです。

西側に逃れた中国や北朝鮮の信仰者や民主活動家は、口々に、「中国は人間の住むところではありません」と述べる一方で、「西側の統治システム」を切望します。その統治システムとは「法の支配」が存在する本当の法治国家です。

しかし、そもそも信教の自由がないところに「法の支配」は存在しません。人智を超えた神の法の制約下にあるのが、立法府がつくる「実体法」だからです。制約がなければ、統治者がやりたい放題にやることが「法」となります。

これが全体主義的な体制である。中国は、AIや監視カメラ、5Gの技術を「一帯一路」沿線国に提供し、監視国家の技術を共有しています。要するに全体主義的な体制の輸出です。

もし中国の全体主義体制が世界を覆えば、ギリシア・ローマ以降、人類が営々と受け継いできた自由な統治体制を失います。この「自由文明」対「全体主義的な文明」の対立構造において、自由を守る戦いに挑んでいるのがトランプ大統領です。

トランプ氏の政策は自国の企業や産業を傷つけるため米国でも批判が多いです。トランプ政権は先月15日、ファーウェイへの製品供給を事実上禁じる制裁措置に踏み切りました。これによって、米クアルコムなど、ファーウェイに製品を提供する米企業に逆風になるとの見方もあります。

ところがファーウェイが世界を覆えば、通信テロで他国の安全保障を脅かすことができるのみならず、諸外国を軍事力で支配せずとも、世界的監視体制を築けます。

貿易戦争では、米国の農家も打撃を受けます。トランプ氏も、ファーウェイ排除や貿易戦争をすれば自国の企業や農業に負担を強いることは重々承知でしょう。それを知りながら、米国が貿易戦争やファーウェイ排除に動くのは、このまま放置すれば中国が米国を抜いたときに、全く異なる文明下に人類を置くことが見えているからです。それは人類が築いてきた自由文明を否定する非人道的で抑圧的な体制です。

一連の中国への制裁は、「人間は『神の子』であり、神の子として扱われるべきである」という経験なプロテスタントでもあるトランプ氏の信仰心からきていると言えます。

米国はいま中国に対して「予防戦争」を仕掛けているのです。中国との国力や技術力の差が縮まっているからで、いま中国の野望を挫かなければ、いずれ自由文明が敗北する時がやってくるからです。

この局面で、日本は日和見的な立場を取ることを避けなければならないです。米国の北朝鮮問題専門家が「安倍首相は政権維持のためなら誰とでも会う」などと批判しています。

ファーウェイは今後5年で、日本企業からの製品の輸入を10倍の規模に増やす予定ですが、これにのるべきではないです。日本は自国企業を犠牲にしてでも、自由文明を守ろうとしているトランプ政権の意図を読み違えてはならないです。

中国は最近むしろ日本に抑制的な態度をとってきていますが、その実尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺海域の情勢が荒れ模様になっています。

中国海警局の公船が連続62日間も尖閣周辺の領海外側の接続水域を航行したり、領海に侵入したりしているためです。平成24年9月に政府が尖閣を国有化して以来、最長となっています。

6月10日、中国公船4隻が日本の領海に侵入

尖閣海域を徘徊(はいかい)する中国公船は4隻で、機関砲を搭載する船もあります。今月10日にも領海に侵入したが、5月の侵入は4回に及びました。月1、2回だった昨年よりも頻度が増しています。海上保安庁の巡視船が、領海に近づかないよう警告しても従わないです。

中国は、隙あらば尖閣諸島を奪い取ろうと狙っています。その姿勢が露骨である以上、日本は侵略への警戒を強め、固有の領土と領海を守り抜かなければならないです。

サミュエル・ハンティントンは、当初西洋文明にも、中華文明にも分類できない日本を、中華文明圏に入れようとしたのですが、それにはかなり無理があるということで、日本は一つの文明圏だとしました。

米国が、文明論の次元で中国をとらえなくては、その脅威の全貌を把握できないと考え始めた今、日本も文明論の次元で中国をとらえるべき時がやってきたといえます。そうしなければ、本当の中国の脅威は見えてきません。

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