2020年9月21日月曜日

ロシアの毒殺未遂に対し求められる西側諸国の団結―【私の論評】かつてないほど脆弱化したプーチン!日本も制裁に参加を!その先に日本が主導権を持った北方領土交渉がみえてくる(゚д゚)!

ロシアの毒殺未遂に対し求められる西側諸国の団結
岡崎研究所

 ロシアの野党指導者アレクセイ・ナヴァルヌイは8月20日、シベリア西部の都市トムスクからモスクワに向かう航空機の機中で突然苦しみだし、航空機はオムスクに緊急着陸した。ナヴァルヌイはオムスク緊急病院No1に意識不明のまま運び込まれた。その後、8月22日、ドイツに移送された。オムスクの病院は容態が不安定であるとして、移送を8月22日まで遅らせたが、これは体内から毒物が検出されなくなるまで、移送を引き延ばしたと疑われている。オムスクの病院は移送の前にナヴァルヌイの体内には毒物の痕跡はないと発表している。


 ところが8月30日、ドイツはナヴァルヌイにはノヴィチョクが使われたことが「疑いの余地なく明らかになった」と発表した。

 ノヴィチョックは軍用に開発された神経剤であり、KGB、今のFSBのような治安機関や軍にしかないはずである。国家機関がナヴァルヌイを毒殺しようとしたことはほぼ確実とみてよい。プーチンの特別命令で行われたのか、あるいはプーチンの意図を忖度した下僚の行為かはわからないが、ロシア政府は調査を拒否し、証拠を疑問視し、ロシアに対する「情報キャンペーン」を非難している。

 9月4日付のフィナンシャル・タイムズ紙社説‘Putin’s poison’は、こういうことが繰り返されないように西側はきちんとした対応をすべしと論じている。具体的には、(1)ロシアと欧州を結ぶノルドストリーム2パイプライン計画の見直し、(2)ロシアの国際的な「クラブ」のメンバーシップの制限、特にG7にロシアを復帰させないこと、(3)「汚い」ロシアのお金の流れと影響力拡大工作を抑えることを挙げ、こうしたことについて西側は協調して取り組むよう主張している。

 当然、同社説の言うようにすべきである。そうでないと、プーチンはこういう事件を繰り返し起こす恐れがある。

 ロシアをG7に復帰させるなど論外であるし、ロシアのエネルギーへのEU依存も見直されるべきであろう。人権侵害に対しビザ発給禁止や資産凍結などを科すマグニツキー法に基づく制裁も考えたらよい。プーチンはどうしようもない「ならず者」であるという認識で対応すべきであろう。トランプが対ロ制裁には消極的で、「証拠を見たい」などと言っているが、奇怪である。

 プーチンとその政権がなぜこれほどまでにナヴァルヌイを敵視し、警戒するするのか。ナヴァルヌイは9月中旬に行われるロシアの地方選挙で野党勢力を応援するために東部に行っていた。プーチンとその政権は改憲後、盤石な政権基盤を持つように見えるが、プーチンの認識ではそうでもないということだろう。恐怖政治を行う独裁者は自らも恐怖の中で生きていると言われるが、プーチンの常軌を逸した行動は、彼の恐怖心の反映かも知れない。ナヴァルヌイはある刑事裁判で有罪判決を受けており、プーチンに対抗して大統領選には出られないが、それでもプーチンは心配しているのであろう。

【私の論評】かつてないほど脆弱化したプーチン!日本も制裁に参加を!その先に日本が主導権を持った北方領土交渉がみえてくる(゚д゚)!

原油安と新型コロナのパンデミック(世界的大流行)悪化でロシア経済は崩壊に向かいつつあります。

プーチン氏に対抗する者はいないですが、かつてなかったほど脆弱(ぜいじゃく)になったと見受けられます。

かつてないほど脆弱化したプーチン
パンデミックの対処に苦しんでいるのは世界のどの政府も同じですが、ロシア政府は三つの戦いに直面しています。

一つは他国同様、急速に広がるウイルスによる直接的な医療や経済面の影響への対処。

二つ目は記録的な原油安。

最後にプーチン氏が2024年以降も大統領にとどまるための憲法改正を諮る全国投票を成功させなければならないです。

この3つを首尾よくこなすことは、実行力のある指導者として自らを描いてきたプーチン氏にとっても荷が重そうに見えます。

ロシア経済はソ連崩壊以来の深刻なリセッション(景気後退)に陥りつつあります。セルゲイ・グリエフ氏らエコノミストの試算によると、ロシアの今年の国内総生産(GDP)は最大9%ないし10%縮小する見通しで、落ち込みは09年の金融危機をはるかに上回ります。

セルゲイ・グリコフ氏
ロシア高等経済学院の調査によると、3月に収入は変わっていないと回答したロシア国民は約60%でしたのですが、4月にはそれが20%程度に低下しました。失業者は急増する見込みです。

パンデミックの管理が計画されることはなく、ロシアの感染者数はいまや111万人で、世界第四位です。不正確な検査からベッドの不足まで、新型コロナはロシアの医療制度の惨状を浮き彫りにしています。

ただ、死者数が比較的少ないようですが、それはロシアではコロナ死者数に含めるのは、コロナのみで死亡した人以外は、コロナ死者数に含めない(コロナ罹患者ががん患者だった場合には、がんで死亡すする)ことや、ソ連が崩壊してロシアに変わったときに、平均寿命がかなり下がり、他国に比較すると老人が少ないことなども影響しているようです。

そのため、死者が少ないとはいっても現実にはかなり被害は大きいものとみるべきです。

20年にわたり最高権力者として君臨するプーチン氏にとっては、最大の政治危機が訪れています。新型コロナと原油安の対策ではトップダウンの強みを示すチャンスでもあったのですが、代わりに明らかにされたのは行政機構の空洞化でした。

プーチン氏はこれまでも統治の核心部分には入り込みたがらなかったのですが、自らが掌握できそうにない今回の危機から、いつも以上に距離を置いています。大統領報道官はプーチン氏が地下壕(ごう)に隠れているとのうわさを否定しなければならなかったほどです。

独立系調査機関のレバダによると、新型コロナ感染拡大以前からプーチン氏の支持率は14年のクリミア併合前以来の水準に低下していました。ところが、さらに下がったように思われます。

国営の全ロシア世論調査センター(VTsIOM)が先週発表した調査結果では、信頼できる政治家としてプーチン氏を挙げたのはわずか28%にとどまりました。

プーチンがナヴァルヌイ氏を敵視し、警戒するにはプーチンがかつてなかったほど脆弱になったことも絡んでいるでしょう。もしそうでなければ、ナヴァルヌイ氏を警戒したり、ましさや毒殺を試みるなどのことは必要ないはずです。

現在の脆弱なプーチンには、さらに西側諸国が結束して、制裁を強化すれば、かなりこたえるのは間違いないです。

毎年9月に露極東ウラジオストクで開催され、安倍晋三首相も2016年以降参加を続けてきた「東方経済フォーラム」が、今年は新型コロナウイルスの影響で中止されました。外資の導入による極東振興を狙うプーチン露大統領の肝いりで15年から毎年行われてきた同イベントだが、そもそも、巨額の投資に似合う成果が得られていなかったとの批判が露国内で出ていました。

2017年「東方フォーラム」 安倍総理とプーチン大統領

ロシアでビジネスを手掛ける日本企業の間でも「会社の幹部を連れてくるだけのメリットがない」などとして、関与を縮小させる動きが出ているといいます。

「フォーラムで発表されている経済合意の一部は実行されていない上、新型コロナの影響、欧米による経済制裁、また割に合わないとして、投資家が“危険な計画”を避けた事例もあったとされている」

露地方政治・経済成長センターのグラシェンコフ代表は記者の書面インタビューで、フォーラムの現状をそう指摘しました。

東方経済フォーラムは、人口減少と経済の衰退が続くロシア極東の振興策として、プーチン氏が15年5月に大統領令で実施を決めた同国最大級の経済イベントです。プーチン氏は第1回会合で、「ビジネスのために最高の環境を整える」と豪語。

以後、日本や中国、韓国、その他アジアの首脳らが毎年出席し、それに随行して企業関係者による大規模な投資ミッションが現地を訪れるのが通例となっていました。

ただ、域内人口がわずか600万人(そもそもロシアの人口は、1億4千万人であり、日本とあまり変わらない、ちなみに北海道の人口は500万人台)規模とされる極東地域でビジネスを展開することは、エネルギーや水産業など1次産業を除けば、至難の業です。主催者は「270件、3.4兆ルーブル規模の合意がなされた」「国内外から1200人超のメディア関係者が参加した」などと成果を強調しますが、グラシェンコフ氏は「主要な経済合意は全て東方経済フォーラムより前になされているもので、フォーラムはそれを追認する場にすぎない」と断じています。

さらにフォーラム開催に、巨額の予算が費やされている実態などにも批判の声が上がっています。 とはいいながら、これは日本でいうと、都道府県に対する予算同程度のものであり、日本レベルでは元々、たいしたものではないのですが、そもそもロシアのGDPは東京都と同程度であり、ロシアにとってはかなり大きなもののようです。

露極東の通信社、デイタ・ルーは6月、フォーラムが膨大な支出で成り立っている一方で、開催手法は時代遅れで、参加する外国人のレベルも年々低下しているなどと指摘した。報道によれば、昨年のフォーラムでは、使い捨ての展示物に数千万ルーブルが費やされていた実態が明るみに出て、「極東地方の住民に衝撃を与えた」といいます。

露政府の巨額投資(日本では通常レベル)にもかかわらず、極東の経済成長は順調とは言い難いです。フォーラムの開催地であるウラジオストクは堅調とされますが、周辺地域では停滞が目立つといいます。

ハバロフスクでは知事の拘束を発端に、7月11日から長期の反政権デモが発生したのですが、露極東連邦大学のアルチョム・ルキン准教授は「ハバロフスク地方の住民が、経済の停滞にも強い不満を抱いていることは疑いようがない」と指摘します。

極東の現状は、安倍首相と同行する形でフォーラムに参加してきた日本企業にも影響を及ぼしています。

ある関係者は「ホテルや交通手段が脆弱(ぜいじゃく)なウラジオストクでのフォーラムの参加には相当額の費用がかかる。現地の政権幹部との会合アレンジなどに失敗すれば、担当者の評価も下がるため、年々参加規模が縮小する傾向にある」と明かしています。

ロシアとの関係強化に注力した安倍政権が終わるのを受け、日本が今後、どのような形でフォーラムに関与するかも注目されます。

焦点の北方領土問題をめぐっては、日本政府が8項目の対露経済協力などを打ち出すなど二国間関係の改善に尽力したものの、進展しなかったのが実情です。そのため日本政府が今後、フォーラム参加を含めて従来通りに露極東の経済プロジェクトに関与し続けるかには疑問が残ります。

ルキン氏は「日本企業の極東への関心が薄まっている事実は明らかだ」とし、「来年、日本の首相がフォーラムに参加することはないだろう」と予測しています。

菅総理は、これからフォーラムに参加しないほうが良いでしょう。それよりも、日本もEUや米国と歩調をあわせ制裁を強化していくべきでしょう。そうすれば、ロシア経済はますます脆弱化していき、プーチンもますます脆弱化していきます。
その先に、日本が主導権を持った北方領土交渉がみえてきます。

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2020年9月20日日曜日

【新聞に喝!】安倍政権支えた「若者の勝利」 作家・ジャーナリスト・門田隆将―【私の論評】ドラッカー流の"体系的廃棄"をしなければ、新聞はいきづまる(゚д゚)!

 【新聞に喝!】安倍政権支えた「若者の勝利」 作家・ジャーナリスト・門田隆将

  安倍政権の7年8カ月は、新聞や地上波という“オールドメディア”による印象操作報道との闘いでもあった。その意味でマスコミに対して全面戦争を厭(いと)わなかった政権という見方もできるだろう。

 それをあと押ししたのは、ネットの発達だ。マスコミの印象操作の手法は次々とネットで明らかにされ、安倍政権には大きな助けとなった。だが“敵”も最後までその攻撃を止めることはなかった。

 代表格である朝日新聞が12日付で〈若者が見た安倍さんの7年8カ月〉という興味深い記事を掲載した。ネットといえば若者。安倍政権の政権支持率は平均で44%。だが、18~29歳男性の支持率に限ると実に57%だった。まさに安倍政権を支えたのは、若者層だったのだ。その最大支持層の話を集めた記事である。記者はモリカケ・桜への批判を若者から聞き出そうとするが、ほとんど出てこない。

 それはそうだろう。ネットでは多くの証拠が提示され、事実無視の単なる印象操作記事は糾弾対象になってきたからだ。若者は世論誘導に騙(だま)され易(やす)い“情報弱者”たちと一線を画していたのだ。

 だが朝日は〈モリカケや桜を見る会の問題は「国家予算からしたら大きな話ではない」としか思えない〉と、本当は悪いが若者は金銭的な比較で「問題にしていない」と、ここでも印象操作を忘れない。それでも「小中学生のころは、首相がコロコロと交代していた印象がある。在任7年8カ月は長いと思うけど、安倍さんは外交などで行動力もあって信頼していた」と記者の誘導に負けない若者たちの話は頼もしい。いくら“操作”しようとしても、それが通じない層によって安倍政権は支えられたことが分かる。

 記事は「ここ5、6年は特に、学生が妙に大人びていてまじめ」との大学教授のコメントを紹介し、東日本大震災の影響などで、若者は将来の生活や経済に不安を感じており、〈変化を求めず、与党である自民党を支持する学生が多い〉とし、〈若さゆえに政治についての自分の意見が未熟なのは、いまも昔も変わらない〉と締めくくった。とてもこのネット時代には通じない“定番”の終わり方だ。

 朝日は翌13日付で、編集委員による〈またも言葉を光らせられぬ首相を選ぶ。ピンチの温床まるごと継承。すがすがしいほどおめでたい〉との悔しさ満杯のコラムを掲載した。

政権発足前から実に250万部以上も部数を激減(ABC公査)させた朝日。軍配(ぐんぱい)は明確に安倍首相と若者の側に上がったのである。

                 ◇

【プロフィル】門田隆将(かどた・りゅうしょう) 作家・ジャーナリスト。昭和33年、高知県出身。中央大法卒。新刊は『疫病2020』。

【私の論評】ドラッカー流の"体系的廃棄"をしなければ、新聞は必ずいきづまる(゚д゚)!

門田氏の主張することは、数字上でも如実に示されています。

日本ABC協会のまとめによりますと、朝日新聞の8月の販売部数は499万1642部で、前月比2万1千部、前年同月比43万部の減少となりました。朝日新聞の販売部数は1980年代末から2009年にかけて800万部台を誇っていましたが、14年12月に700万部を割り、18年2月には600万部を下回りました。10年ほどで300万部も失った上、減少の速度は増しています。

新聞業界全体で見てもこの20年ほど減少傾向が続いていますが、朝日新聞の場合、14年8月の慰安婦誤報問題や同9月の東京電力福島第1原発事故に関する「吉田調書」問題などで長年のコアの読者が離れたという事情が重なったとみられます。

朝日新聞関係者らによると、販売店の現場では500万部割れには関心が薄いといいます。コロナウイルスの影響で販売店の経営が困難さを増しているため「それどころではない」という気持ちが強い上、販売部数から販売店が注文する以上の分を押し付けられる押し紙の数を引いた実売部数ではとうの昔に500万部を割っているからです。

全国紙などの販売局・販売店関係者の話を総合すると、全国紙の押し紙の割合は販売部数の3~4割を占めるといいます。朝日新聞の場合、押し紙が3割だとすると8月時点での実売部数は約350万部となります。

同新聞の「販売局有志」が16年に出した内部告発文書では同年の押し紙の割合は「32%」と記されており、これを当てはめると、実売部数は約339万部と推測できます。販売関係者の間では300万部は維持しているものの350万部よりは少ないとの見方が強いです。

有力紙の販売局関係者は「(朝日新聞だけでなく)新聞全体の部数減は今後ますます加速していく」と語ります。上述の内部告発文書は、22年には朝日新聞の販売部数は378万部(実売部数は264万部)と400万部を下回り、24年には292万部(同204万部)と300万部を割ると予測しています。

以下に昨年の新聞に関するグラフを二つ掲載します。


昨年もこの状況ですから、今年の販売部数が経つているのは、コロナ禍による一時的なものではないのは明らかです。

この状況を書く新聞社はどのように捉えているのでしょうか。

ドラッカー氏は、昨日を切り捨て廃棄することで新しいことを始めるべきことを主張しています。

長い航海を続けてきた船は、船底に付着した貝を洗い落とす。さもなければ、スピードは落ち、機動力は失われる。(『乱気流時代の経営』)

船底にこびりついた貝と海藻 定期的に除去しないとこうなる

あらゆる製品、あらゆるサービス、あらゆるプロセスが、常時、見直されなければならないのです。多少の改善ではなく、根本からの見直しが必要です。

なぜなら、あらゆるものが、出来上がった途端に陳腐化を始めているからです。そうして、明日を切り開くべき有能な人材がそこに縛り付けられるからです。ドラッカー氏は、こうした陳腐化を防ぐためには、まず廃棄せよと言うのです。廃棄せずして、新しいことは始められないのです。

ところが、あまりにわずかの企業しか、昨日を切り捨てていません。そのため、あまりにわずかの企業しか、明日のために必要な人材を手にしていません。

自らが陳腐化させられることを防ぐには、自らのものはすべて自らが陳腐化するしかないのです。そのためには人材がいります。その人材はどこで手に入れるのでしょうか。外から探してくるのでは遅いのです。

成長の基盤は変化します。企業にとっては、自らの強みを発揮できる成長分野を探し出し、もはや成果を期待できない分野から人材を引き揚げ、機会のあるところに移すことが必要となります。

 乱気流の時代においては、陳腐化が急速に進行する。したがって昨日を組織的に切り捨てるとともに、資源を体系的に集中することが、成長のための戦略の基本となる。(『乱気流時代の経営』)
『乱気流時代の経営』初版本 表紙

『乱気流時代の経営』の日本での初版は1980年です。40年も前からドラッカー氏はこのような主張をしていたのです。

日本のまともな大企業は、ドラッカーの主張をとりあげたのかどうかは知りませんが、昔から少しずつでも、体系的な廃棄を実践してきました。だからこそ、今日の姿があるのでしょう。

しかし、新聞業界はそうではありませんでした。こうしたことからも今日の新聞社は危機的な状況にあるのです。

大手新聞はいますぐに、まずは印象操作をやめること、それに財務省など官庁の発表をそのまま報道するのではなく、きちんと吟味してから、報道するなどのことをすへきです。

デジタル化なども推進すべきですが、その前にまず体質を改めなければ、せっかくのデジタル化投資も無駄になるでしょう。

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2020年9月19日土曜日

中国、ウクライナの軍用エンジン技術に触手 訴訟警告で米中対立―【私の論評】日本の製造業は、モトール・シーチを対岸の火事ではなく、他山の石と捕らえよ(゚д゚)!

中国、ウクライナの軍用エンジン技術に触手 訴訟警告で米中対立


 中国の投資会社が今月、ウクライナの航空エンジン製造大手「モトール・シーチ」の株式の過半数を取得しながら同国政府の妨害で経営に関与できず巨額の損害を被ったとして、同国政府に賠償を求める訴訟を起こすと警告した。中国は同社の軍用エンジン技術の取得を目指しているとされ、米国はウクライナに技術流出への懸念を伝達。事態は中国の軍事技術獲得へのこだわりと、激化する米中対立を浮き彫りにした。

  ウクライナ最大の民間通信社ウニアンが18日までに報じた。同国政府に訴訟を警告したのは中国企業「北京天驕航空産業投資有限公司」(スカイリゾン)。同社の王靖代表は中国共産党や人民解放軍に近いとされる。警告で同社は、ウクライナ政府の妨害で議決権が行使できず経営に障害が生じ、35億ドル(約3700億円)超の損害を被ったと主張。事態解決のための交渉を同国政府に要求し、応じない場合は賠償請求訴訟を起こすと警告した。提訴先の裁判所や請求額などは明らかになっていない。

  モトール・シーチはウクライナを代表する大企業で、旧ソ連時代からソ連と後継国ロシアに軍用機やヘリコプターのエンジンを供給。しかし2014年のロシアによるウクライナ南部クリミア半島併合でロシアとの取引が困難となり、経営が悪化した同社は17年、中国企業と合弁工場の設立計画に合意するなど中国との取引を拡大させていた。

  ウクライナ治安当局は同時期、モトール・シーチと中国の関係について捜査に着手。その結果、同社株式の計56%がスカイリゾンなど複数の中国企業に取得されていたことが判明した。治安当局は国家の安全保障リスクを理由に、取得された株式に基づく議決権の一時凍結などを同国の裁判所に請求し、認められた。 

 一連のウクライナの動きの背後には、ウクライナが対ロシアの後ろ盾とする米国の意向がある。昨年8月に同国を訪問したボルトン米大統領補佐官(当時)は「中国との取引には技術流出のリスクがある」と懸念を表明。ポンペオ国務長官も8月末、ウクライナのゼレンスキー大統領との電話会談で「モトール・シーチ獲得への努力を含む、中国によるウクライナ投資に懸念を提起した」と発表した。

  中国は活発な軍用機開発を進めているが、エンジン技術に課題を抱えるとされ、過去にも輸入したロシアの戦闘機エンジンの盗用などが指摘された。モトール・シーチの技術を獲得した場合、中国のエンジン技術の向上は確実とされる。

  モトール・シーチをめぐっては現在、ウクライナ政府が買収を阻止する方策を検討している。ただ、株取引自体は成立済みで、取引の無効化は法的に困難とみられている。仮に取引を無効化した場合でも、中国側からさらなる賠償を請求される可能性が高い。

  事態を報じた露経済紙ベドモスチは「ウクライナは米国の不興を買うか、中国に巨額賠償を支払うか二択にさらされた」と伝えた。

【私の論評】日本の製造業は、モトール・シーチを対岸の火事ではなく、他山の石と捕らえよ(゚д゚)!

中国は、以前から独力ではまともなジエット・エンジンを製造できないと言われていましたが、改めてそれ事実が暴露されたともいえます。

中国は2016年10月、ロシアから戦闘機用エンジン「AL-31」と、爆撃機や輸送機用エンジン「D-30」を輸入しました。総額10億ドル(約1150億円)に上る契約を締結しました。この契約で、中国は3年以内に、ロシアから合計約100台のエンジンを入手することになりました。

中国は10年から、D-30エンジンを調達していて、人民解放軍の「轟-6」爆撃機や、「運-20」輸送機に搭載しています。

また、1990年代から、AL-31エンジンを搭載した「Su-27(スホーイ27)戦闘機」「Su-30(スホーイ30)戦闘機」を輸入してきました。2000年代からは「殲-10(J-10)」(=イスラエルの支援を得て開発した国産戦闘機)や、「殲-11(J-11)」(=Su-27をライセンス生産した戦闘機)にも、AL-31が搭載されるようになりました。

中国は、国産エンジン「WS-10」の開発を進めてきたのですが、期待通りの性能を達成できず、ロシア製のAL-31を使わざるを得ない現状がありました。一方で、WS-10の後継であるWS-15の開発を進めていて、国産エンジン開発に執着していました。

中国は「WS-10」国産エンジンを「J-15」戦闘機に搭載したが、まともに使えなかった

2018年には、元米上院外交顧問が、ウクライナによる中国への軍用ジェットエンジンの供与について、「背信行為」だとして抗議しています。

8月14日に中国国営メディアが、中国の新型ジェット練習機「洪都 JL―10」の公開を報じました。JL―10練習機は、中国海軍の空母パイロットの訓練に使用されると公式に中国軍が発言しています。

ワシントンタイムズ紙(2018年8月15日付)によると、中国政府が発行する英字メディア・チャイナデイリー(中国日報)には、最初の12機のJL―10練習機がウクライナのジェットエンジンを使用していることがご都合主義で書かれていないとしました。

中国の軍用ジェットエンジン技術は、ここ約十年にわたって中国軍の大きな弱点のひとつと言われてきた分野です。

現在はそこまで酷くはないでしょうが、2016年あたりまでは、中国の戦闘機の稼働率は20%ともいわれていました。国産のエンジンは故障しがちで、ロシア制エンジンは、部品の供給が不足がちでこのようなことになっていたと思われます。それについては、このブログにも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
【緊迫・南シナ海】ベトナムが中国・人工島射程にスプラトリー諸島でロケット弾を配備 インドからミサイル購入も―【私の論評】日本の備えはベトナムよりはるかに強固、戦えば中国海軍は崩壊(゚д゚)!

中国j11戦闘機

この記事は、2016年8月11日木曜日のものです。詳細はこの記事をご覧いただくものとして、稼働率が20%とは何を意味したのか、その部分のみを以下に掲載します。
保有していても稼動しないのは飛べないので、存在しないのと同じです。航空自衛隊の稼働率90%、従って実数は315機です。中国空軍の稼働率推定20%、従って実数は50機です。

日本と中国が尖閣諸島で戦う時には、日本の315機が中国の50機の戦闘機と戦う事になるのです。これも、中国が本格的に尖閣に攻めて来ない理由なのです。

しかしながら、日本は中国機のスクランブルできりきり舞いさせられているということも報道されています。あれは、いつどこに来るか前もってわからないことと、中国は戦力外といいながらも多数の戦闘機を持っているからです。 

当時、中国は1450機の戦闘機・攻撃機を有しているといわれてましたが、旧式の戦力外の戦闘機を除外すると、当時は実際に稼働できる機体は50機程度と考えられました。これに対して、日本の航空自衛隊の戦闘機の実数は少ないですが、稼働率が90%なので315機が実働していたのです。

この状況は現在では、改善されてはいるでしょうが、稼働率はあいかわらず低いでしょう。なぜなら、国産のエンジンは故障しがちで、ロシア制エンジンは、部品の供給が不足がちと言う現実はそう簡単に改善はできないからです。

この状況をなくすためにも、中国はモトール・シーチを何としても手に入れたいのでしょう。

しかし、米国もこれについては以前から反対していました。ワシントンタイムズ紙によると、2016年に中国の12機のJL―10練習機のために、ウクライナは20基のエンジンを販売しました。同紙によると、トランプ政権がウクライナに圧力をかけて、他の軍用製品の譲渡と同様に、中国へのエンジンの販売をやめさせるべきだと批評家たちが主張していたといいます。

中国のジェットエンジン生産問題を解決するためウクライナが支援している、と米国の中国専門家で元アメリカ合衆国上院外交顧問のウィリアム・トリプレットは抗議しています。

「中国海軍のパイロットが空母への着艦を学ぶペースを加速度的に早くする手助けをすることを、米国は望まない」とトリプレットは不満を述べています。ウクライナのエンジンで飛行する空母パイロット用中国ジェット練習機が公開されたのは、米国国防総省がウクライナ軍を援助するために2億ドルを提供すると発表してから、わずか1カ月後のことでした。

一方、環球網(2018年8月20日付)によると、ウクライナ急進党党首オレグ・リャシコ議員が、批判に対して反論しています。リャシコ議員はフェイスブックで次のように発言しました。

「ウクライナのモトール・シーチ社の航空機エンジンが中国に売られるのを、米国人が批判している。けれども、ウクライナが中国に航空機エンジンを売るのを米国人が嫌がるのなら、米国がウクライナの航空機エンジンを買うべきだ。ウクライナが中国に売ることを禁止しながら、米国が買わないのなら、モトール・シーチ社は破産するしかなく、高度な技術を持つ数千人のウクライナ人が失業することになる」。

かつて、ウクライナはソビエト連邦の一部として、多くの軍需にかかわる製品を製造していまし。しかし、ソ連が崩壊し、ウクライナの軍需産業はソ連という最も重要な顧客を失いました。

ソ連崩壊後に至っても、多くの軍需品をウクライナはロシアに供給していたのですが、2014年のロシアによるクリミア併合ではじまったウクライナ危機で、ウクライナとロシアとの軍事産業分野での断絶は決定的なものとなりました。内需の少ないウクライナの軍需産業は、製品の販売先の大部分を海外の顧客に頼っていました。

ロシア軍事アナリスト小泉悠氏は、日本語ウェブメディアJBpress(2014年4月24日付)『ウクライナで軍事技術流出の危機』で、次のように書いています。「ロシアがウクライナに依存していたのと同様、ウクライナもまた、ロシアに大きく依存していたわけだが、両国の断交が今後も続けば、ウクライナ軍需産業がたちまち苦境に陥るであろうことは容易に想像がつく。(中略)そこで懸念されるのが、技術流出である」。

ウクライナの中国への軍需品の提供は多岐にわたっています。ウクライナから製品そのもの、もしくはライセンス生産などで中国に提供された軍需品としては、航空機や軍用ヘリコプター用のエンジン、戦車用ディーゼルエンジン、軍艦用のガスタービンエンジンをはじめ、その他多くのものが存在します。

 世界最大のウクライナ製貨物輸送機「アントノフ An-225 ムリーヤ」。モトール・シーチのエンジンを
 6発搭載し、サイズはジャンボジエットの倍。元々はソ連製スペース・シャトル運搬用に作られたという

中国の空母である「遼寧」は、元はソ連の未完成空母「ヴァリャーグ」だったのは、よく知られているところです。ヴァリヤーグはウクライナの造船所で建造されていました。ソ連が崩壊すると、ヴァリヤーグは完成に至らず放置されていたのですが、それをスクラップとして中国が購入し、完成させたのが現在の中国空母遼寧です。

多維新聞(2017年9月4日付)によると、ウクライナの技師バレリー・バビッチ氏が、中国の空母遼寧の再生・建造においてコンサルタントをしたといいます。バレリー・バビッチ氏は、ウクライナの造船事業で働いていた設計技師です。

しかも、遼寧の前身である空母ヴァリヤーグの建造においては、バビッチ氏は同空母の設計技師長を勤めていたといいます。バレリー・バビッチ氏はソ連時代の数多くの空母や巡洋艦の設計・建造のブレインとして高く評価されていた人物です。

日本としては、この出来事を対岸の火事とみるべきでしょうか。私はそうは思いません。他山の石と見るべきと思います。

現在、日本の技術は中国をはじめとして、世界中で使われています。たとえば、工作機械などは、日本とドイツの機械が世界のシェアのほとんどを占めています。ただし、日本の工作機械のほうが、故障も少なく小回りが効き使いやすく、この点に関しては日本の工作機械は独壇場と言っても良いです。

これがなければ、中国もロシアも他の世界中の国々も、半導体は無論のこと、高度な航空機や船舶、乗用車、戦車などや、その部品を等を作成することが困難になります。

これがなければ、おそらくロシアも中国もまともに戦闘機を含めた、軍需品などを工作できなくなるでしょう。そうなると、米国は軍事的にかなり有利になります。

ただ、現状では、米国が中国に対して冷戦を挑んでいるとはいえ、米中のデカップリングがまだ進んでいない部分も多く、また日本も日本の高度な技術の詰まった機器などを中国だけではなく、世界中に供給しているので、米国等も日本がこれらを中国に輸出していることを批判したり、やめさせようとはしていません。

しかし、米中デカップリングが進んだときに、日独が中国への製品輸出をやめなければ、中国を利するとして、現在ウクライナが米国の不興を買いつつあるような事態に追い込まれることも十分に考えられます。そのような事態になる時期は、意外と近いかもしれません。

ただし、ウクライナの輸出先は、元々ロシア向けがほとんどだったことと、最近は中国にシフトしていたということで、元々世界中に輸出していた日独が、ウクライナのような危機に至ることはないでしょうが、それにしても日本はウクライナを他山の石として、いまから米中デカップリングに備えるべきです。

2020年9月18日金曜日

米中軍事衝突の危機迫る中での中国の歪な世界観―【私の論評】米国はASEAN諸国に、地政学的状況の変化の恐ろしさと、米海軍の圧倒的な優位性を伝えるべき(゚д゚)!

米中軍事衝突の危機迫る中での中国の歪な世界観

岡崎研究所

 Zhou Bo(清華大学国際安全保障・戦略センター上級フェロー)が、8月25日付の英フィナンシャル・タイムズ紙に「中米軍事紛争のリスクは憂慮すべきほど高い。米国と中国は南シナ海でその面子を保つ軍事行動のパターンに落ちいっている」との論説を寄せ、中米軍事衝突のリスクを警告している。


 筆者のZhou Boは、中国国防部の国際安全保障協力部長、中国軍事科学院の米中防衛関係室の名誉フェロー等もしている人民解放軍の高官である。英語圏での滞在歴もあり、英語に堪能で、国際会議等にもよく出席する。彼の論説は中国の考え方を説明したものであり、参考になる。ただ、中国が国際法を無視して、南シナ海を自己の領域のように考え、好き勝手に行動しようとしていることを明らかにしたものであり、読んでの感想は、米中の軍事衝突の可能性は論説の筆者が言うようにかなり高いと思われるということである。

 南シナ海の人工島について、ボウは次のように主張する。「これら(人工島)は中国が拡大することを選択した自然な中国の領土であり、埋め立て前に名前があったことはそれが人工的ではない証拠である。中国の法律の下で、外国の軍事船の領海への進入には政府の許可が必要である。」これについて、国際法の観点からいくつかコメントする。まず、名前を付けたから人工島が領土になるわけではない。満潮時に海上に陸上部分が出ていること、それが人間が居住しうる大きさを持つことが島になる要件である。名前をつけるか否かではない。

 次に、領海については、国際法上無害通航権がある。それを、中国の国内法で一方的に中国政府の許可に掛からしめるのは国際法違反である。海洋法条約第58条の解釈も間違っている。中国が米軍の自由航行作戦を挑発であると言っているが、正当な国際法上の権利の行使を挑発などと言う国とは話し合う意味もないかもしれない。

 国際政治上の情勢判断については、これも間違っているように思う。中国の近くの米国の同盟諸国は、米中対決の中で、中国の核や中国との貿易に鑑みて米国の味方はしないだろうとボウは主張する。が、多分そうはならないだろう。それに、核兵器で非核兵器国を脅すなど、とんでもない発想をしている。日本に関しては、米国の側に立つことは明らかであるし、豪州についてもそうであろう。ASEAN諸国は割れるだろうが、ベトナムやインドネシアが米国側につく可能性は高い。

 中国がこういう国際法違反行為をしていることには、多くの関係国を糾合し、中国の9段線による囲い込み主張は国際法上違法であると言うことを明確に言い、中国を孤立化させることが重要であると考える。日本は率先してそういう働きかけをすべきであり、それが南シナ海での平和を守ることになるだろう。グアムでの河野=エスパー日米防衛相会談はそういう方向に向けての一歩になったのではないかと思われる。

 8月26日、中国はグアムを射程に収める「DF26」ミサイル、空母キラーと言われる「DF21D」を南シナ海に発射したが、自己の力を過信しているきらいがある。危険な状況をさらに危険にしている。自ら米中軍事衝突のリスクを高めているように見える。

【私の論評】米国はASEAN諸国に、地政学的状況の変化の恐ろしさと、米海軍の圧倒的な優位性を伝えるべき(゚д゚)!

多くの国・地域に囲まれた南シナ海に、中国は「九段線」と呼ぶ独自の境界線を設定し、広大な海域の大半が自らの主権の範囲内にあると主張してきました。こうした動きに対しベトナムやフィリピン、マレーシア、ブルネイ、台湾がそれぞれ自らの領有権を訴え論争になっています。

 中国が九段線を言い始めたのは1950年ごろからです。軍事力を使い、徐々に実効支配の範囲を南へと広げてきました。ベトナムとは1974年と88年の2度、軍事衝突を起こしています。近年は埋め立てや軍事施設の建設、示威活動を続けています。 

南シナ海は、世界の貨物の3分の1が行き交うという海上輸送の大動脈です。漁獲量は1割超を占め、石油・天然ガスを含めた天然資源も豊富です。中国は力ずくで自国の支配下に置こうとしています。

中国は「南シナ海の島々は歴史的に中国固有の領土である」と主張してきました。ところがフィリピンからの提訴を受けたオランダ・ハーグの仲裁裁判所は2016年7月、九段線には国際法上の根拠がないと断定しました。

 仲裁裁が論拠としたのは、1994年に発効した国連海洋法条約です。中国も締結国のひとつで、判決に従う義務があります。ところが中国は判決を「紙くず」と呼んで無視を決め込み、むしろ実効支配を加速しました力によって国際法の秩序に挑戦する行動が、周辺諸国の強い警戒を引き起こしてきたのです。

この南シナ海でなぜいま、さらに緊張が高まったかといえば、7月半ば、米国が中国の言い分を「完全に違法」と断じたからです。中国の強引な進出をけん制しつつも、中立的な立場から当事者に平和的な解決を促してきた姿勢を、完璧に転換したのです。

背景には中国が4月以降、南シナ海での示威行為をエスカレートさせたことがあります。巡視船がベトナム漁船に体当たりして沈没させたり、マレーシアの国営石油会社が資源開発する海域に調査船を派遣し、探査の動きをみせたりしました。 

世界が新型コロナウイルスへの対応に追われるなか、支配を既成事実化しようとする中国の手法に、米国は危機感を強めました。貿易戦争から始まった米中対立が南シナ海にも波及したといえます。 

東南アジア各国は米国の肩入れを無条件には歓迎していません。中国に経済面で依存している国が多く「米中どちらか」の選択は避けたいのが本音です。米国の同盟国であり、仲裁裁への提訴の原告だったフィリピンが、米中両国と一定の距離をとる構えをみせているのが象徴的です。

米国は中国の主張を完全否定した後、原子力空母2隻を南シナ海へ派遣して軍事演習を重ね、中国をけん制しています。負けじと中国も、同じ海域で実弾演習を実施しました。互いが対抗措置を競うなかで、偶発的な衝突が起きる可能性は否定できません。

 一方で中国は東南アジア各国と、南シナ海での各国の活動を法的に規制する「行動規範(COC)」の策定作業を急いでいます。外交筋によれば、中国はCOCについて

(1)海洋法条約の適用外とする
(2)域外国との合同軍事演習に関係国の事前同意を義務付ける
(3)資源開発を域外国とは行わない。

といった条項を盛り込むよう迫っています。 日本にとっても南シナ海は中東からの原油輸入の通り道であり、中国が沖縄県・尖閣諸島の領有権を主張するなか、人ごとではありません。各国と連携し、中国に強く自制を求めていく必要性がますます高まっています。

南シナ海を巡る米中のけん制合戦は一段とエスカレートしています。8月26日、中国が同海域へ弾道ミサイルを発射したのに対し、米国は軍事施設の建設に関わった中国企業に禁輸措置を発動しました。

片や軍事的な示威、片や経済制裁の応酬の先に、軍事衝突の懸念は高まりつつあるようにみえます。 フィリピンなどが最も恐れるのは、自国の「庭先」で米中が戦争を始める事態です。それを防ごうと、中国とのCOC交渉で妥協し、締結を優先する展開もあり得ます。米国は対中圧力を強めるだけでなく、東南アジア各国をどう味方につけるかが肝要です。

そのためには、米国はASEAN諸国に以下の二つのことを納得させるべきです。

まず第一に、タイの運河ができれば、この地域の地政学的状況が一変し、タイがこれに苦しむことになるのは、目に見えています。中国による東シナ海の領有を認めるようなことをした場合、この地域の地政学的な状況が一変し、そのことがASEAN諸国を長年にわたって苦しめることになることを認識してもらうべきです。

タイ運河については、最近もこのブログで述べたことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
中国の海洋進出を容易にするタイ運河建設計画―【私の論評】運河ができれば、地政学的な状況が変わりタイは中国によって苦しめられることになる(゚д゚)!

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、以下に一部を引用します。
タイ運河の位置については複数の候補があります。現在有力なのは9Aルートと呼ばれ、東はタイ南部ソンクラー県から、西はアンダマン海のクラビまで約120キロにわたり、深さ30メートル、幅180メートルの水路を掘るというものです。

ところが、タイにとってこのルートは、自国を二分する危険があります。9Aルートはタイ最南部の3つの県を、北側の「本土」と切り離すことになります。それはマレー系イスラム教徒が住民の大多数を占めるこの地域の住民がまさに望んできたことです。

近年、この地域では分離独立を求める反体制運動が活発化しており、しばしば国軍(タイ政治で極めて大きな力を持つ)と激しい衝突が起きています。そこに運河が建設されれば、二度と埋めることのできない溝となり、タイは今後何世紀にもわたり分断されることになるでしょう。

パナマ運河が良い例です。かつてコロンビア領だったパナマ地峡では、1903年に分離独立を求める運動が起こり、運河建設を望んだ米国の介入を招きました。結果的にパナマは独立を果たし、1914年にはパナマ運河が開通したのですが、以来パナマは事実上アメリカの保護領となっています。
今のところ、タイの領土的一体性は保たれています。ところが、タイ運河が実現すれば、東南アジアの地政学は大きく変わるでしょう。必然的にこの地域の安全保障パートナーとして、中国の介入を招くことになります。一度そうなれば、容易に追い出すことはできなくなります。パナマの事例からもこれは明らかです。

タイ運河はアメリカとその同盟国、あるいは戦略的要衝を軍備増強して中国の拡張主義に対抗し得るインドには大きな脅威にはならないかもしれないです。しかし一方で、ミャンマーやカンボジアなど、近隣の貧困国の独立を一段と脅かす恐れがあります。これらの国は市民社会が比較的弱く、中国に介入されやすいからです。それこそがタイにとっての絶対的な危険です。
ASEANが中国による南シナ海の支配を認めてしまえば、タイの運河どころの話ではなく、南シナ海の地政学的な状況は一変します。

中国は、自国に対して親和的な国々に対しては、この地域、特にマラッカ海峡などの通行を認めるものの、そうではない国に対しては認めなくなる可能性もあります。そうなれば、日本も多いに影響を受けます。

さらに、中国は本格的にASEAN諸国に介入をするでしょう。貧困国からはじまり、比較的裕福なシンガポールにまで介入して、南シナ海全体とその近隣諸国を自国の覇権が及ぶ地域としてしまうことでしょう。

こうなると、ASEAN諸国は完璧に中国の傘下に入り、現在のように中国との交渉の余地などなくなり、中国は我が者顔で、この地域の富を簒奪したり、中国が儲かる形で様様な開発をするでしょう。ASEAN諸国は苦しむことになります。

端的にいえば、それこそ現在の香港や、ウイグル、内蒙古のようにされ、これらの地域に中国の工場をたてて、地元民を安い賃金でこき使い、南シナ海の近隣諸国に輸出を始めるかもしれません。抵抗すれば、徹底的に弾圧され、この地域の政権はすべて中国の傀儡政権になり、注語に都合の良い政策ばかりを打ち出すようになるかもしれません。

第二に、このブログでも何度か強調してきたように海軍力においては米中を比較すると、海洋国国家の米軍のほうが圧倒的に優れていて陸上国家の中国には全く歯がたたないことを、米国はASEAN諸国に理解させるべきです。

これについても、以前このブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
中国軍機が台湾侵入!防空識別圏内に 米中対立激化のなか、露骨な挑発続ける中国 日米の“政治空白”も懸念―【私の論評】すでに米軍は、台湾海峡と南シナ海、東シナ海での中国軍との対峙には準備万端(゚д゚)!

1997年から就役するアメリカ海軍有する世界最強の攻撃型原子力潜水艦シーウルフ級

海中の領域、つまり潜水艦による水中の戦いは今でも米軍が絶対優位を維持している分野です。私は米軍は、まだ公にしていないものの、根本的に戦略を変えていると思います。緒戦において米軍は、潜水艦を多様するものと思います。

軍事評論家の中には、このことを無視して、米軍は南シナ海で負けるとする人もいますが、そのようなことはないと思います。かつて米軍は、日本が空母を建造して、優位性を発揮し、真珠湾で大敗を喫した後にすぐに海軍の戦術を変えて、空母を用いるようにしました。

日本軍が、多数の南太平洋の島々に迅速に上陸した有様を研究して、海兵隊の戦法をすぐにかえました。現在では米中は戦争に突入してはいないものの、中国海軍の様子をみて、戦略を変える時間はいままでも十分にありました。おそらく戦術上も戦略上も有利なほうに迅速にシフトするのは今でも変わりないでしょう。

かつて、朝鮮有事が懸念された2017年に、トランプ大統はFOXビジネスネットワークの番組、「モーニングス・ウィズ・マリア」で朝鮮半島付近への、自ら空母派遣について言及しました。

トランプ大統領は、この番組の中で対北朝鮮問題にふれ「我々は無敵艦隊(カール・ヴィンソン打撃群)を送りつつある。とても強力だ。我々は潜水艦も保有している。大変強力で空母よりももっと強力なものだ。それが私の言えることだ」と発言しています。これこそが、私は米国の戦略の転換を示していたと考えています。

しかし、米軍は未だに潜水艦を多様する戦術・戦略を発表していません。それは、もちろん極秘中の極秘だからでしょう。

トランプ大統領が具体的に何を言っていたのか断定はできませんが、たとえばアメリカ海軍は4隻、太平洋側と大西洋側に2隻ずつ改良型オハイオ級巡航ミサイル潜水艦を持っています。他の潜水かもあわせると70隻の潜水艦を所有しています。

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、何をいいたかったかというと、 米中の原潜と他対潜哨戒能力を比較すると、米君は潜水艦の静寂性や攻撃力にはるかに優れ、対潜哨戒能力では米軍は世界一であるのに比較して、中国の能力現在でもかなり低く、米軍のほうが圧倒的に勝っているといるということです。

具体的にどうなるかといえば、この海域で中国海軍は、米国の原潜を探そうとオタオタしているうちに、ほとんどが米国の原潜の魚雷などによって撃沈されてしまうということです。

上の記事にもある通り、8月26日、中国はグアムを射程に収める「DF26」ミサイル、空母キラーと言われる「DF21D」を南シナ海に発射しましたが、自己の力を過信しているきらいがあります。危険な状況をさらに危険にしています。自ら米中軍事衝突のリスクを高めているように見えます。

確かに、空母キラーと言われる「DF21D」は米国の空母を撃沈できるかもしれません。しかし、海中に潜む米軍の原潜に対しては、そもそも中国はそれを発見する能力がかなり低いので、手を下すことはできません。

米原潜は中国に発見される可能性が低いので、中国の港の近くどころか、港の中を航行している可能性すらあります。第二次世界大戦中の米軍の潜水艦は、日本の潜水艦と比較すると小さく、技術的にも劣る面がありましたが、米軍は活用方法には秀でていて東京湾の中にまで侵入して偵察行動をしていたといわれてます。米軍が中国と南シナ海で戦争をしようと決意した場合、最初は中国のミサイル発射基地を原潜で破壊するということも十分に考えられます。

そうでなくても、米軍は緒戦で、空母や強襲揚陸艦を南シナ海に派遣し、最初にこれらを中国側に叩かせるなどという馬鹿真似はしないでしょう。最初に原潜で脅威となる中国のミサイル基地をたたくか、ミサイル発射の兆候があればすぐに破壊できるようにしておき、その上で南シナ海の中国軍基地に補給をしようと艦艇や航空機が近づけば、それを排除するなどのことをするでしょう。

これは、兵糧攻めであり、南シナ海の中国軍基地の要因は、戦うことなく手をあげるしかしかたなくなるような状況に追い込まれます。この戦法なら犠牲者もあまり出ず、米軍もかなり実行しやすいです。

この圧倒的な優位性があるうちには、中国がいくら優れた対艦ミサイルを開発しようが、宇宙の軍事利用をすすめようが、サイバー攻撃をしようが、米国の原潜を発見できないので海の戦いで勝つことはできません。

この圧倒的優位性を背景としてでしょうか、米国の有名な戦略化ルトワック氏は「南シナ海の中国軍基地は象徴的なものに過ぎず、米軍なら5分で吹き飛ばせる」と語っています。

潜水艦の行動に関しては、隠密を旨とするため、いずれの国も第二次世界大戦から公表することはほとんどありませんでした。そのため、ASEAN諸国は無論のこと、世界中の国々に、米軍の空母の恐ろしさは伝わっていないところがあります。

日本の河野前防衛大臣は、今年の6月中国の潜水艦が奄美大島接続水域を航行した事実を公表しました。これは、通常はありえないことですが、河野前大臣としては、日本も中国よりもはるかに対潜哨戒能力が段違いですぐれていることから、中国側に警告を発したものと思われます。

おそらく、中国側は、中国としては静寂性に優れた潜水艦が日本に発見されるかどうか試してみたのでしょうが、すぐに発見されてしまったわけです。この状況では、未だ尖閣を奪取するのは、かなり困難であると中国側も再認識したことでしょう。

何しろ、現在の最新鋭の日本の潜水艦は、リチュウム電池で駆動し、ほとんど無音で航行できます。このような日本の潜水艦は、対潜哨戒能力の低い中国には探知できませんし、対潜哨戒能力に優れた米軍でもほとんど不可能です。

そうなると、当然のことながら、東シナ海に潜んでいる日本の潜水艦を中国は発見できず、仮に中国が尖閣を奪取したとしても、日本の潜水艦に包囲されてしまえば、中国は艦艇や航空機で、補給しようとしても、それを絶たれる可能性が大です。それでは、全く無意味どころか、大恥をかくだけです。

米国も、このような中国に対する優位性を公表するまでのことをする必要はないとは思いますが、少なくともASEAN諸国のリーダーたちには理解してもらうことなどが、かなり有効な手段となると考えられます。

軍事機密というもの特に優位性に関するものは、完璧に隠していれば、抑止力にはなりません。さしつかえない範囲で、ある程度公開してはじめて抑止力になります。

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2020年9月17日木曜日

「岸信夫防衛相」に中国が慌てふためく理由―【私の論評】岸氏は軍事面では素人かもしれないが、安保に関しては素人ではないし、確たる信念を持っている(゚д゚)!

 「岸信夫防衛相」に中国が慌てふためく理由

                           

岸信夫氏

 アンシンフ――この日本人の名前に、早くも「中南海」(北京の中国最高幹部の職住地)がザワついている。昨日発足した菅義偉新政権で、新たに防衛大臣を拝命した岸信夫氏(61歳)、安倍晋三前首相の実弟である。

 中国最大の国際紙『環球時報』(9月17日付)は、岸防衛大臣に関する長文の記事を発表した。そこでは、生まれて間もなく岸家に養子に出された岸信夫氏の数奇な半生を詳述した上で、次のように記している。

 <岸信夫は、二つの点において注目に値する。第一に、岸信夫は日本の政界において著名な「親台派」である。現在まで、岸信夫は日本の国会議員の親台団体である「日華議員懇談会」の幹事長を務めている。第二に、岸信夫は何度も靖国神社を参拝している。2013年10月19日、岸信夫は靖国神社を参拝したが、これは兄(安倍首相)の代理で参拝したと見られている。安倍晋三本人も、2013年12月26日に参拝している>

 このように、中国は警戒感を隠せない様子なのだ。

当初、「菅政権」を楽観視していた中国だったが・・・

 今月の自民党総裁選の最中、ある中国の外交関係者は、私にこう述べていた。

 「菅義偉新首相が誕生しそうだということよりも、その際に二階俊博幹事長が留任するだろうことが大きい。極論すれば、日本の次の首相が誰になろうと、二階幹事長さえ留任してくれればよいのだ。

 二階幹事長は、日本政界の親中派筆頭で、わが王毅国務委員兼外交部長(外相)も、二階幹事長と会った時だけは、まるで旧友と再会した時のように両手を差し出し、相好を崩すほどだ。習近平国家主席にも面会してもらっている。

 安倍首相は、二階幹事長の進言を聞かず、対中強硬外交に走った。だが菅新首相は、『後見人』の二階幹事長の声を無視するわけにはいかないだろう」

 このように中国政府は当初、菅新政権を「楽観視」していた。だが「岸信夫新防衛大臣」の発表は、冷や水を浴びせられたような恰好なのだ。

 実際、岸防衛大臣は、中国政府が「民族の三逆賊」と呼ぶ台湾の政治家(李登輝元総統、陳水扁元総統、蔡英文現総統)のうち、少なくとも二人と親友だ。李登輝氏とは長年にわたって親交があり、8月9日には、森喜朗元首相とともに、李元総統の弔問のため、台北を訪れた。

  その際、蔡英文総統にも面会している。蔡総統に関しては、総統就任直前の2015年10月に日本に招待し、自分と安倍首相の故郷である山口県下関市まで、わざわざ案内している。

 安倍政権下では「中国担当は兄、台湾担当は弟」で役割分担 

 この時、ある首相官邸関係者はこう述べていた。

  「蔡英文氏の宿泊先を、首相官邸から一番近いザ・キャピトルホテル東急に決めたのも岸信夫氏だった。10月8日昼、ホテル特別室のランチの場に、岸氏は安倍首相を連れてきた。日台合わせて10数人のランチだったが、安倍首相が自分がいかに台湾ファンかを熱く語ったりして、大変盛り上がった。

  だがこのランチは、安倍首相の首相動静からは削除され、日本側も台湾側も、一切極秘とした。それは、中国政府に配慮したからだった」 

 このように、安倍政権の7年8カ月、安倍首相が中国を担当し、弟の信夫氏が台湾を担当するという役割分担をしてきた。だが菅新政権になって、「台湾担当者」が表舞台に登壇したのである。しかもその役職は、中国政府が最も敏感な防衛大臣とあっては、中国側が穏やかでないのもむべなるかなだ。

  一方、台湾(中華民国)総統府は、日本の国会で菅氏が首相に選出されるや、直ちに祝賀コメントを発表した。

  <日本では今日、臨時国会が開かれ、自民党党首に選出された菅義偉官房長官を、第99代首相に選出した。これに対し、総統府の張惇涵報道官は、蔡総統はわが国の政府と国民を代表して、菅義偉首相に祝賀を表し、合わせて日本政府が菅首相のリーダーシップのもとで、順調に各種の国政を進め、国家が発展繁栄していくことを祝う。

  張惇涵報道官はこう述べた。「菅首相は過去に複数回、わが国公開の場で支持している。そして双方が、自由、民主、人権、法治などの基本的価値を共有していると認めている。また、わが国が国際組織に加盟することへの支持を唱えており、台湾にとって重要な海外の友人と言える。

  かつ日本と台湾との往来は密接で、日本はわが国の重要なパートナーだ。わが国はこれからも継続して、日本と多様な協力を進めていき、台日友好のパートナーシップ関係を深化させていく。それによって両国の国民の福祉を共同で推進し、地域の繁栄と発展、平和と安定を維持、保護していく> 

 このように、「岸信夫新防衛大臣」には触れていないが、菅新政権を手放しで歓迎するムードである。

岸氏の防衛相起用は「安倍政権の継承」の証 

 菅新首相が、岸氏を防衛大臣に抜擢した理由は何だったのか?  安倍政権時代の官邸関係者に聞くと、こう答えた。

 「それは、安倍前首相に気を遣うと同時に、同盟国アメリカのトランプ政権に、『安倍政権の継承』を示すためだ。このところのトランプ政権は、『台湾シフト』を鮮明にしており、今後は日本にも役割を求めてくる。そうした日米台の連携に、最もふさわしいのが岸氏の起用だったというわけだ」  当の岸防衛大臣は、16日の就任会見で、官僚が用意したペーパーを読み上げて、こう述べた。

 「今月11日に発表された(安倍)総理大臣の談話や菅総理大臣の指示を踏まえ、憲法の範囲内で国際法を順守し、専守防衛の考えのもとで厳しい判然保障環境において、平和と安全を守り抜く方策を検討していきたいと思います」

 「11日の総理談話」とは、次のようなものだ。

 <迎撃能力を向上させるだけで本当に国民の命と平和な暮らしを守り抜くことができるのか。そういった問題意識の下、抑止力を強化するため、ミサイル阻止に関する安全保障政策の新たな方針を検討してまいりました。今年末までに、あるべき方策を示し、わが国を取り巻く厳しい安全保障環境に対応していくことといたします>

 いわば安倍前首相の「遺訓」とも言うべき「敵基地攻撃能力の保有」である。「敵」とは表向きは北朝鮮だが、実際には中国だろう。

 「米台vs中国」――岸防衛大臣の就任で、この米中新冷戦の「断面」に、日本も組み込まれつつある。「まずはコロナウイルスの防止に全力を尽くす」と述べた菅新首相だが、その先には、大きな地政学的リスクが横たわっている。

近藤 大介

【私の論評】岸氏は軍事面では素人かもしれないが、安保に関しては素人ではないし、確たる信念を持っている(゚д゚)!

中国の習近平国家主席は16日、菅義偉新首相に祝電を送り、「中日は友好的な隣国で、長期的な(関係の)安定発展は両国人民の根本的な利益にかなう」と述べ、関係強化を呼び掛けました。これは、異例なことです。李克強首相も祝電を発出。日本の新首相への国家主席と首相による祝電は「珍しい対応」(外交筋)で、習指導部は日本重視の姿勢を鮮明にしました。

汪文斌外務省副報道局長は記者会見で「菅氏が中国と安定した外交関係を構築すると表明していることを高く評価する」と強調しました。

菅首相が7年8カ月にわたり安倍晋三前首相の下で官房長官を務めたことから、中国では「中国に一定の配慮を見せた安倍氏の路線を受け継ぐ」(日本専門家)という見方が強いです。15日付の共産党機関紙・人民日報系の環球時報は社説で「(新政権は)日米同盟を基軸として中国との関係も発展させ、利益の最大化を図る」と予想しました。

一方で、沖縄県・尖閣諸島をめぐる問題などで、日中の立場の隔たりは大きいです。中国は、安倍前首相の実弟で、台湾との関係が深い岸信夫防衛相を警戒しています。汪氏は会見で、岸氏について「防衛部門の交流を強化し、『一つの中国』原則を守り、いかなる形でも台湾との公式往来を避けるように希望する」と語りました。

産経新聞社が発行する雑誌「正論」1月号増刊には岸氏は「日米台の安全保障対話を」と題した文章を寄せました。蔡氏が日本との安保対話を呼び掛けたことに言及し、「日台の安保対話はぜひ進めていくべき」と言明。それには米国の関与が重要だとし、日米台で安保対話ができるようにしていくべきだとの考えを示しました。

台湾への訪問を重ねてきた岸氏。今年1月の総統選で蔡氏が再選を果たした翌日の12日には、台北市の公邸を訪れ蔡氏と面会しました。日本は台湾や米国と同様、自由で民主的なインド太平洋戦略に着目しているとの考えを示し、台湾が「日本との関係をより緊密にし、共に地域の平和と安定を維持していけることを期待する」と述べていました。

岸信夫氏(左)と蔡英文台湾総統(右)

一方米有力シンクタンク、ヘリテージ財団が16日に開催した日本の安全保障を巡るオンライン会合で、米識者から菅政権の閣僚起用法に疑念を示す意見が出ました。岸信夫防衛相は「初心者だ」として、敵基地攻撃能力保有の是非や軍事力を強める中国への対応など課題が山積する中、厳しく評価されました。

米軍が創設に関わり安全保障分野の研究に定評があるシンクタンク、ランド研究所のジェフリー・ホーナン研究員は岸氏は新参者や未熟者などを意味する「ノービス」だと指摘。その上で「菅政権が敵基地攻撃能力など微妙な問題のある安保分野で大胆な措置を取るとは思えない」との見方を示しました。

安倍氏の下で、7年8カ月間、官房長官を務めた菅氏は、就任前から「安倍政権継承」を旗印に掲げていました。日本では、今回の岸入閣はこのような意志を示すものという見方があります。

安倍氏は辞任を控えて防衛政策関連の談話を発表するなど意欲を見せていました。岸氏を防衛相に起用することによって『敵地攻撃能力』など、安倍氏が完遂できなかった政策を最後まで成しとげるというメッセージを伝えようとしたとの見方です。

 米国は短期間に終わる可能性がある菅義偉体制にまだ信頼を持てずにいると思います。そうした中岸氏を防衛相に据えたことは、安倍氏の下の日本の安全保障路線、強力な日米同盟を継承していくというメッセージとみることができます。

 岸氏は上でも述べたように、「日本・台湾 経済文化交流を促進する若手議員の会」を率い、台湾関係法を推進するなど議会内の「親台湾派」としても知られています。

安全保障と軍事は、イコールではありません。それは、石破氏をみていればわかります。石破氏は軍事オタクではありますが、安全保障に関しては現実的には素人以下だったかもしれません。

朝日新聞などのオールドメディアで「国民世論第1位」と紹介されていた石破茂氏は得票数がなんと最下位で終わりました。結局オールドメディアは事前に調査等せずに、印象や願望で報道するということが暴露されたと思います。

この石破氏の転機は、集団的自衛権の限定行使を容認した、いわゆる安全保障法制を巡る氏の対応だったと思います。

集団的自衛権の限定行使で戦争になると安保法制改正に反対する人々

石破氏は安倍首相から安全保障法制担当大臣の就任を要請されながらも、これを辞退しました。

氏は安全保障政策に精通し国会答弁能力も高く、過去に防衛庁長官として有事法制の成立に尽力しました。日本の安全保障政策は国会審議で停滞、混乱するのが常でしたから石破氏の国会答弁能力の高さは貴重でした。

だから安倍首相による安全保障法制担当大臣への就任要請も政局的要素が皆無とは言えないですがやはり石破氏の能力を評価しての話ではなかったと思います。

ご存知のとおり安全保障法制の国会審議は大変、混乱しました。混乱の直接的原因は自民党による参考人の人選ミスでしたが、これを差し引いても「石破安全保障法制担当大臣」ならば国会審議も大分落ちついただろうし、変わらず混乱したとしても石破氏の政治的威信は著しく高まったでしょう。

そしてこの政治的威信を背景に自民党が大敗した2017年の都議選直後に安倍首相に辞任を迫ることもできたかもしれませんし、同年9月に起きた民進党の分裂騒動にも多大な影響を与えることもできたかもしれません。

この「石破安全保障法制担当大臣」という「歴史のif」は色々な想像を掻き立ててくれます。

石破氏の表す言葉として「軍事オタク」があります。否定的なニュアンスも含む言葉だと思いますが氏自身は、まんざらでもなかったように思えます。

総裁選で地方遊説をした石破氏

軍事オタクという言葉に動揺しない石破氏の姿は正真正銘の政治家でした。「自分は知識をひけらかすだけで終わっていない」という自信がみえました。実際、氏は防衛庁長官として活躍しました。

しかし、安全保障法制を巡る氏の対応はリスクを避け知識をひけらかすだけの軍事オタクでした。そして今なお軍事オタクの状態にあります。

だから自民党総裁選に出馬した石破茂とは政治家ではなくただの軍事オタクだったのです。ただの軍事オタクが政党代表、内閣総理大臣になれないのは当然です。

端的に言えば石破茂氏は勝負所を間違えました、彼にとって勝負所は最大の総裁選ではなく安全保障法制だったのです。

石破は政治家にとって「決断」がいかに重要なのか身をもって証明したと言えます。もちろん、歴史に彼の名は残らないでしょう。

一方、安倍総理とともに歩んだ岸信夫氏は、少なくとも軍事オタクではありません。福田改造内閣~麻生内閣では防衛大臣政務官、第2次安倍内閣では、衆院外務委員長、外務副大臣、衆院安全保障委員長などを歴任しました。

岸氏は、沖縄県・尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突し、那覇地検が船長を「わが国国民への影響や、今後の日中関係を考慮して」釈放した問題で、当時の民主党政権の対応の不十分さをたびたび非難しています。例えば10年10月8日の参院本会議では、

 「中国が反応してくることが容易に想像できたにもかかわらず、すべてを地検に押し付けた形にして、自ら前向きに対処しようという気構えが全く見られない。むしろ早く厄介払いしたかったようにしか思えない」 

「この度の尖閣諸島での漁船衝突は、その間隙(編注;岸氏は演説の中で、基地問題の迷走が日米同盟を危うくさせたと主張)をついて中国が仕掛けてきた海洋進出の結果じゃないですか」

 「後々、中国の圧力に屈し我が国の領土、領海について日本が譲歩したことが日本外交最大の敗北の日として歴史に残るかもしれない」 などと述べています。

岸氏は、国会で中台関係に言及したこともあります。日米安全保障協議委員会が05年2月に発表した共同声明で「地域における共通の戦略目標」のひとつとして「台湾海峡を巡る問題の対話を通じた平和的解決を促す」ことを挙げ、中国が反発した問題です。

岸氏は05年3月16日の参院予算委員会で、 「我が国と米国が台湾問題に関して平和的解決を促して、また中国の軍事分野における透明性を高めることを通して中国がアジアの、アジア太平洋地域で責任ある役割を果たしていくよう求めることは、これは我が国としても当然のことだと思う」 などと述べています。

岸氏は、現在のところは、確かに純粋な軍事面では素人に近いかもしれません。しかし安全保障については素人ではないし、確たる信念を持っているようです。軍事面に関しては、これから学んでいけば良いことだと思います。

信念がなく、オタクになる政治家には明日はありません。

そうして、政治家は何と言っても結果を出せなければ、無意味です。岸信夫氏が防衛大臣として立派な成果を残されることに期待したいです。

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2020年9月16日水曜日

中国の海洋進出を容易にするタイ運河建設計画―【私の論評】運河ができれば、地政学的な状況が変わりタイは中国によって苦しめられることになる(゚д゚)!

中国の海洋進出を容易にするタイ運河建設計画

岡崎研究所


 中国はインドとの対立やアフリカ、中東、地中海などに対する戦略的野心を抱えながらインド洋への進出を強めている。その際の最大の弱みはマラッカ海峡である。海峡は中国の海上貿易の生命線であり、中国海軍の東南アジアそしてさらに西への進出の通路であるが、「マラッカのジレンマ」という言葉がある通り、中国としては、一つの狭い難所への依存を減らすことが重要である。こうした文脈において、一帯一路の野心的なプロジェクトとして出ているのが、マレー半島で最も狭いタイ南部のクラ地峡に運河を建設し、中国からインド洋への第二の海路を開く計画である。この運河ができれば、インド洋、アフリカ、中東などねへの中国の軍事的進出を容易にし、中国にとって戦略的に重要な資産になる。

 タイではアンダマン海とシャム湾を結ぶ運河の計画は昔からしばしば議論されており、1677年に初めて運河建設が言及されて以降、1793年にはラーマ1世の弟が一時アンダマン海側のタイの防衛強化の観点から計画し、1882年にはスエズ運河の建設者レセップスが地域を訪問している。1973年には米国、フランス、日本、タイの4か国が合同で平和的核爆発を用いた運河建設を提案したが実現しなかった。

 最近のタイ国内の動きを見ると、タイの政治指導者の間で運河計画への支持が広まっているようである。プラユット首相は、建設の是非は次期政権にゆだねると述べていたが、国家安全保障会議などに内々に事業可能性に関する調査を指示したと報じられている。政治的関心の有無にかかわらず実際に建設計画を推し進めてきたのは「タイ運河協会」で、協会は主に退役軍人を中心に組織され、南部の住民に対して啓発活動をするとともに、政府にロビー活動をしているとのことである。

 タイで運河計画が現実味を帯びてきたのは、マラッカ海峡が扱える船舶量が限界に近づきつつあるからである。それに、タイ運河ができれば、航行距離が1000キロ以上短くなり、航行運賃がそれだけ安くなる。これはマラッカ海峡に頼らざるを得ない日本などにとっても朗報である。タイとしては、運河が建設されれば、通行料が入るほかに経済的効果が期待できると考えている。具体的には運河の両端に工業団地や物流の拠点を建設する計画がある。タイ経済の新しい起爆剤にしようとの思惑があるようである。

 中国にとっては航路が短くなる経済上のメリットの他に、上述の通り、戦略上のメリットが大きい。タイ運河が完成すれば、中国海軍がインド洋、アフリカ、中東などへ進出しやすくなり、インドとの対決で有利になると同時に、中国の軍事的存在感を高めることになる。

 タイが中国によるタイ運河建設に前向きなのは建設費を負担してもらえることが期待できるからである。運河の建設費は一応300億ドル前後と見積もられているようであるが、実際はもっとかかるだろう。それを中国が出してくれればタイは財政的に大いに助かる。しかし、中国が建設費を負担すれば、当然のことながら中国のタイに対する発言権は強まる。最近、タイの中国傾斜は高まっている。やはり、中国のすぐ近くに位置するタイとしては、中国傾斜はやむを得ない面があるのだろう。

 タイの運河が建設され、中国のインド洋などへの進出が強まってもインドはアンダマン・ニコバル諸島の基地を強化することで対抗できるのではないかとの指摘もある。しかし、運河が完成すれば、中国の「真珠の首飾り」によるインド包囲網は強化されるわけであり、中国によるタイ運河の建設はインドにとって戦略的に受け身に立たされるのは間違いない。

【私の論評】運河ができれば、地政学的な状況が変わりタイは中国によって苦しめられることになる(゚д゚)!

マラッカ海峡は、昔からグローバルな通商の重要な回廊でした。イタリアの冒険家マルコ・ポーロは、1292年に中国(元朝)から海路帰郷するときここを通りました。1400年代には、中国(明朝)の武将・鄭和がここを通って南海遠征を進めました。


現在の中国にとっての海上交通路とチョークポイントに関係してくる問題を考えると、彼らにとっての最大の懸念として挙げられるのは「マラッカ・ジレンマ」です。

このジレンマとは、中国が経済的に発展して国力が高まると、米国(とシンガポール)に対する脆弱性が高まってしまうというものです。経済発展するとエネルギーの需要が高まり、中東からの石油の輸入に頼らざるを得なくなります。

その際の海上交通路のチョークポイントは、マラッカ海峡(中国が輸入する原油の80%がここを通過)です。したがって同海峡を管理する米国(とシンガポール)との関係が重要になります。

当然ながら中国には、このジレンマを解消しようという動機が働きます。その解決策として北京は現在、3つの計画を進めていると言われています。

第1がパキスタンのグワダル港と新疆ウイグル自治区のウルムチまで、パイプラインを結ぶ計画です。グワダル港はイランとの国境のすぐ東にある。インド洋に向かって開けている砂漠の南端にある良港です。


最近の「一帯一路」につながる「中パ経済回廊」というスローガンの下で、中国政府がすでに大規模な投資を行っています。今後さらに深海港化――大型の船を着岸できるようにするため浚渫(しゅんせつ)工事を行ったり港湾施設の拡充を行う方針をパキスタン政府と決定しています。

ただし、プロジェクト全体の実現性が疑問視されている面もあります。グワダル港周辺に住む民族(バルチ人)は、パキスタンの首都イスラマバード周辺に住む民族(パンジャブ人)と対立関係にあって、分離独立の機運もあります。

もし中国のパイプラインがグワダルまで延長されれば、イスラマバードに対抗するために「パイプラインを破壊し、中国人労働者を殺害する」と明言する独立運動側のリーダーもいます。また、北から吹く風が砂漠から運んでくる大量の砂によって港が埋まってしまう問題も抱えています。

第2がミャンマーへのパイプラインです。これは中国南部の昆明からチャウッピュー港まですでに伸びていて、2018の2月の時点で完成したと言われています。

これはまさに戦前の「援蒋ルート」の再現です。連合軍側が戦時中に、中国内の日本軍に対抗すべく整えた物資補給路が、現代において、マラッカ海峡をバイパスするための中国自身のための原油ルートとして復活したことになります。ところが、北京政府が同時に敷設する予定だった鉄道のほうは、地元住民の反対などもあって中止している模様です。

第3が冒頭の記事にもある「クラ運河」です。マラッカ海峡をバイパスする形で、マレー半島を横断して太平洋 (タイ湾)とインド洋(アンダマン海)の間の44キロを結ぶ運河の建設です。2018年、中国とタイの企業が計画を発表したのですが、こちらも、その実現性に疑問符がついています。報道が錯綜しており、タイ政府側はこの計画の存在自体を否定したという情報もあります。

いずれにせよ、中国側はマラッカ海峡という自らが権限をもたないチョークポイントを回避するため、新たな陸上ルートを開発する計画を次々に打ち出そうとしています。

マハンの頃から、まるで「太平洋を握るものは世界を制する」とでも言うべき現象が国際政治の場に現れています。第二次世界大戦では、この海域の覇権を巡って日米が激突しました。日本の敗戦後は、米国がここの覇権を握った状態が続いています。言い換えれば、1945年以降、米国は太平洋を「内海化」しているのです。

ところが2000年代に入ってから、中国がこの覇権に異を唱え始めました。2006年にキーティング米太平洋艦隊司令官(当時)に対して中国海軍の司令官が「太平洋を2分割しよう」と提案したという逸話があります。

習近平国家主席が2013年夏の米中首脳会談以来、「新型の大国関係」を唱え始めました。「G2論」の派生版です。この頃から「広い太平洋には米中両大国を受け入れる十分な空間がある」というフレーズを使い始めました。2018年にも北京で米国の当時のケリー国務長官に対して同様の言葉を発しています。

つまり中国は、太平洋において米国が覇権を握っている状態をよしとしていないのです。そこに国力に見合った自分たちの影響圏を確保し、覇権とは言わないまでも、米国と太平洋を分割し、できれば共存したいという意図を持っていると解釈できます。

かつては、「米中は太平洋において共存できる」という楽観論も持ち上がりました。米ボストン・カレッジ大学のロバート・ロス教授は、1999年に書いた論文の中で、このように主張しました(ロス教授は後に考えを修正)。

しかし、南シナ海の状況と現在の米中冷戦が激化するにおよんで、米中が共存関係に向かっていると楽観的に判断する人々はすっかり姿を消しました。現状変更を積極的に進めようという中国の意図があまりにも明々白々だからです。

米国は本気で中国が体制を変えるか、中国共産党が崩壊するまで制裁を強化します。米国は、基軸通貨ドルを背景に、世界中のドルの取引を把握しています。この情報に加え、世界金融市場を支配しています。強大な軍事力の他にこのような強力なパワーを持っているわけですから、中国には全く勝ち目はありません。

このような中で、日本が考えるべきは、米国の同盟国として、中国への冷戦に参戦し、いかに相対的に存在感を向上させるかです。選択の余地はないでしょう。もし、そうしなければ、日本も中国と同じように制裁の対象となり、とんでもないことになります。

中国共産党はいずれ崩壊するか、崩壊しなければ、中国経済は確実に崩壊し、日本は第二の経済大国に返り咲くことになります。香港で一国二制度が消え、ロンドンはブレグジットで金融都市としての地位を低下させています。シンガポールも世界的な貿易摩擦の打撃を受けて地位を低下させています。昨年の第2・四半期の成長率は、前年同期比わずかプラス0.5%だった香港をも下回りました。

日本はコロナ禍もうまくかわし、1億人以上の人口を抱える国の中では、一番感染の蔓延を封じ込めることに成功しています。

日本が米国の同盟国として、中国との対峙を強化すれば、いずれ日本は世界で第二パワーとして、存在感を増します。そうして、中国共産党が崩壊もしくは、中国が経済的に意味を持たない国になった後には、大東亜戦争後の敗戦国の地位から開放され、名実ともに完璧な独立国になる機会が訪れます。

金融でも経済でも、過去のようにこれから政策を間違えさえしなければ、過去数十年も間違い続けてきただけに、どの国よりもこれから伸びる伸びしろが大きいです。今世界の中で、コロナ後に伸びる伸びしろの大きい国は日本をおいて他にありません。

それをものにするか否かは、無論多くの日本国民の考え一つです。いつまでも、まともな財政政策、金融政策ができない状況を継続するのか、それとも第二次補正予算のときのように、政府と日銀の連合軍で、財務省の圧力をはねかえすのか?

いつまでも、米国などに依存して生き続けるのか、米国等との同盟関係を続けながらも、少なくとも自国の防衛は自国で行うようにして、真の独立国の地位を勝ち得るか、まさに日本の分水嶺が訪れることになります。

マラッカ海峡 狭いところは海峡というより巨大な川のよう

現在のマラッカ海峡は、中東の石油を東アジアにもたらし、アジアの工業製品をヨーロッパや中東にもたらす船が年間8万隻以上通過します。現在のシンガポールの繁栄は、この海峡の南端に位置することによって得られたものです。

タイ運河があれば、タイもその繁栄の一部にあずかることができます。タイ運河協会はそう主張しています。運河の東西の玄関には工業団地やロジスティクスのハブを建設して、アジア最大の海運の大動脈をつくるのです。

その主張には一定の合理性があります。現在の海運業界の運賃や燃費を考えると、タイ運河の建設は経済的に割に合わないと指摘する声もありますが、安全面から考えて、マラッカ海峡の通航量が限界に達しつつあるのは事実です。

タイ運河の位置については複数の候補があります。現在有力なのは9Aルートと呼ばれ、東はタイ南部ソンクラー県から、西はアンダマン海のクラビまで約120キロにわたり、深さ30メートル、幅180メートルの水路を掘るというものです。

ところが、タイにとってこのルートは、自国を二分する危険があります。9Aルートはタイ最南部の3つの県を、北側の「本土」と切り離すことになります。それはマレー系イスラム教徒が住民の大多数を占めるこの地域の住民がまさに望んできたことです。

近年、この地域では分離独立を求める反体制運動が活発化しており、しばしば国軍(タイ政治で極めて大きな力を持つ)と激しい衝突が起きています。そこに運河が建設されれば、二度と埋めることのできない溝となり、タイは今後何世紀にもわたり分断されることになるでしょう。

パナマ運河が良い例です。かつてコロンビア領だったパナマ地峡では、1903年に分離独立を求める運動が起こり、運河建設を望んだ米国の介入を招きました。結果的にパナマは独立を果たし、1914年にはパナマ運河が開通したのですが、以来パナマは事実上アメリカの保護領となっています。

1869年に開通したスエズ運河も、1956年にエジプトが国有化を断行するまで、イギリスとフランスの利権をめぐる軍事介入が絶えませんでした。そうしてエジプト政府は今、運河の向こう側に広がるシナイ半島で、イスラム反体制派の活動に苦慮しています。

今のところ、タイの領土的一体性は保たれています。ところが、タイ運河が実現すれば、東南アジアの地政学は大きく変わるでしょう。必然的にこの地域の安全保障パートナーとして、中国の介入を招くことになります。一度そうなれば、容易に追い出すことはできなくなります。パナマの事例からもこれは明らかです。

中国は、カンボジア南西部のシアヌークビルと、ミャンマーのチャウピューの港湾整備計画と合わせて、タイ運河を「真珠の首飾り」の一部をなす戦略的水路と見なすでしょう。もしタイに反中政権が誕生して、首飾りを壊すようなことがあれば、中国が最南部の分離独立運動を支援して、軍事介入に踏み切り、運河の支配権を握る可能性も排除できないです。ここでもパナマが参考になります。

こうしたリスクに気付いたのか、タイのサクサヤム・チドチョブ運輸相は最近、運河ではなく鉄道や高速道路を建設するほうが望ましいと語りました、地峡の両端に港を建設する計画と、陸橋を建設する計画の調査予算を確保したことも明らかにしました。

タイ運河はアメリカとその同盟国、あるいは戦略的要衝を軍備増強して中国の拡張主義に対抗し得るインドには大きな脅威にはならないかもしれないです。しかし一方で、ミャンマーやカンボジアなど、近隣の貧困国の独立を一段と脅かす恐れがあります。これらの国は市民社会が比較的弱く、中国に介入されやすいからです。それこそがタイにとっての絶対的な危険です。

マラッカ海峡がシンガポールを豊かにしたのは、シンガポールが外国の影響を比較的受けないオープンな経済を持っているからです。タイは、中国に危険な賭けを始める前に、その教訓を慎重に検討する必要があります。

マラッカ海峡は、日本にとっても重要な拠点です。ここの平和が脅かされれば、日本も直接悪影響を受けます。この地域の安全保障について、日本も真剣に考えるべき時がきたようです。

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