菅政権の政策シナリオを完全予想!改革を実現するために最も必要なこととは?
安倍政権のレガシーを活かせるか菅総理 |
安倍政権の継続を強く打ち出しているため、菅政権は経済政策の多くの部分を継承するでしょう。メディアのインタビュー記事において、菅氏は、日本銀行の黒田総裁について「手腕を大変評価している」と述べました。当面、黒田総裁に金融政策を任せるとともに、金融緩和の徹底が次期政権でも重視されるでしょう。
安倍政権で日本経済が回復した理由
2013年から、安倍首相によって任命された黒田総裁らが率いる日本銀行が、米連邦準備理事会(FRB)など海外中銀と同様に、明確な2%インフレ目標にコミットして緩和強化を徹底しました。これが2013年以降の日本経済の復調や失業率の低下などの、経済正常化の最大の原動力になりました。
そして経済改善が実現したからこそ、安倍政権は6度の国政選挙で勝利し憲政史上最長となる政権運営が可能になりました。金融政策の転換によって大きな政治的資源を安倍政権が得たわけですが、官房長官として安倍首相を支えてきた菅氏は、他の政治家などよりもこの経緯を深く理解していると見られます。
なぜ安倍政権において、日本銀行の金融緩和強化が実現したのか。安倍政権以前の日本銀行の金融政策運営においては、偏った経済思想にとらわれた官僚の理屈が重視されていたと筆者は考えています。これが長年問題とされていたデフレと経済の停滞を招いたと、首相官邸がはっきり理解したことが安倍政権において政策転換が実現した大きな理由だったでしょう。
菅政権でも金融政策への同じスタンスが引き継がれるとすれば、コロナ後の日本経済は正常化に向かう可能性が高まるでしょう。このため、日本の株式市場も、米国とそん色ない程度には期待できる投資先になりうると筆者は予想しています。ただ、このシナリオが実現するためにも、安倍政権が残した遺産(レガシー)を活かしながら、菅政権が長期政権となるかどうかが重要になります。
財政政策を拡張に転換するのはいつか
一方、マクロ安定化政策のもう一つのツールであり、金融政策をサポートする財政政策を菅政権はどう運営するのでしょうか。菅氏は、9月3日の記者会見で、消費減税に関して「消費税は社会保障のために必要なものだ」と言及、メディアでは「消費減税に否定的な見解」と伝えました。
実際には、この菅氏の発言は、高校無償化などの社会保障充実と同時に、消費税を引き上げた安倍政権の政策を、正当化する意味合いが大きいと考えられます。2014年に消費税を引き上げてから2019年までの約5年にわたり、安倍政権は緊縮的な財政政策をほぼ一貫して続けてきました。そして、コロナへの対応で大規模な所得補償などで2020年には財政政策は拡張財政政策に転じました。
当面は、コロナ感染状況、経済動向、そして総選挙を控えた政治情勢、などを勘案して柔軟に財政政策が運営されると筆者は予想しています。コロナの感染抑制が必要な現在の状況では、これまでのような所得補償政策による財政政策発動が主たる対応になるでしょう。
そして、コロナ感染リスクが和らぐと期待される2021年以降は、再度のデフレ脱却を確かにするため、財政政策の役割が総需要を刺激するツールに代わる局面にシフトするでしょう。そうした局面になれば、菅政権は、減税などの財政政策を総需要を高める手段として使うかどうかの判断を下すと筆者は予想します。
2%インフレと経済安定を実現する最大のツールは金融政策ですが、2016年以降は、政府が決める国債発行残高で、日本銀行による資産買い入れ金額が事実上規定された状態にあります。2020年になってから、政府の国債発行によって日銀による国債購入金額が増加に転じましたが、コロナ対応の非常時の後も、拡張的な財政政策を継続すれば金融財政政策が一体となり、2%インフレを目指す政策枠組みがより強固になります。そうなれば、安倍政権が完全には実現できなかった、脱デフレと経済正常化が達成される可能性が格段に高まると筆者は考えます。
安倍政権下で総じて緊縮的だった財政政策が拡張方向に転じるかタイミングは、コロナ後の財政政策スタンスが決まる2021年でしょう。そしてこれが実現するか否かは、来週明らかになる財務大臣などの主要な経済閣僚人事によって、ある程度判明すると筆者は注目しています。
菅政権が抱えるリスクとは
マクロ安定化政策を十分行使して経済の安定成長をもたらすことは、日本の政治基盤を強める最低条件と言えます。安倍政権同様に政治基盤が強まれば、菅氏が意気込みを見せる、規制改革そしてデジタル庁創設を含めた公的部門の組織改革の実現可能性は高まるでしょう。
例えば、総じて高い支持率を保った安倍政権において、加計学園問題が大きな政治問題になりました。岩盤規制を崩す一貫として行われた獣医学部新設に絡んで既得権益者が政争に関わり、そして安倍政権に批判的なメディアを巻き込んだことが加計学園問題の本質だったと筆者は理解しています。権益の政治的な抵抗の強さを示す一端でしょうが、菅氏が言及する規制緩和等を実現するには、大きな政治資源が必要でしょう。
また、菅氏が言及している携帯電話の通信料金引き下げについては、料金が通信会社の寡占によって高止まっているとすれば、これを是正して一律の通信料金低下が起きれば、家計全体にとって減税と同じ効果が及びます。また、軽減税率を適用されている大手新聞などを含めた既存メディア等への競争促進なども、大多数の国民に恩恵が及ぶでしょう。
ただ、これらの規制見直しを実現するには、経済全体の安定成長そして雇用の機会を増やして世論の支持を得なければ、大きな抵抗に直面して実現が難しくなります。菅政権が、規制緩和をスムーズに実現するために、当面は、コロナ禍の後の経済状況をしっかり立て直して、2%インフレを実現させて経済活動正常化を最優先にすることが必要と筆者は考えます。
このため、菅政権が長期政権になるかどうかは、今後繰り出す政策の優先順位、そして繰り出すタイミングや順番が重要でしょう。仮に経済安定化政策が不十分にしか行われず失業率が高止まる経済状況が長期化すれば、世論の支持を失い政権基盤が弱まるので、政治的な抵抗によって目指す改革の実現が困難になります。
筆者は、菅政権に対しては安倍政権以上に期待している部分があります。ただ、優先する政策の順番を間違えたり、財政政策を柔軟に行使せず経済安定化政策が不十分に留まれば、大手メディアや多くの政治家の背後にいる権益者の抵抗がより強まり、そうした中で改革を断行すると政権基盤が大きく揺らぐでしょう。これが、改革を志す菅政権が抱えるリスクシナリオだと筆者は考えています。
<文:シニアエコノミスト 村上尚己>
また、政権の決めた政策の方向性に反対する官僚幹部は、「異動してもらう」と明言しました。
7年半にわたって菅氏は霞が関の官僚を震え上がらせてきました。ただし、これは正しいことであって、先日も述べたとおり民間企業では、本部執行部が各部署の幹部の人事を決定し、取締役会がそれを承認します。官僚の人事だけが、時代遅れの異常な状態だったのです。
本の「はじめに」にはこう書かれてあります。
「真の政治主導とは、官僚を使いこなしながら、国民の声を国会に反映させつつ、国益を最大限、増大させることです」
続けて菅氏は、民主党政権を「官僚との距離を完全に見誤りました」と批判し、「政治家は、官僚のやる気を引き出し、潜在能力を発揮させなくてはならない」と記しました。
また官僚について菅氏は、「前例や局益や省益に縛られる習性をただし、克服させていくのは当然のこと」だと強調しています。
この本は4章からなっていますが、第1章の「大臣の絶大なる権限と政治主導」が7割を占めています。章の冒頭にあるのは、そのものずばり「官僚組織を動かすために」です。
まず菅氏は、政治家と官僚の関係は「政治家が政策の方向性を示し、官僚はそれに基づいて情報や具体的な処理案を提供」であるべきだとしています。
また官僚の習性を、前例主義で変革を嫌う、所属する組織体制への忠誠心が強い、法を盾に行動し、恐ろしく保守的で融通のきかない、などと列挙しています。
こうした官僚と対峙する時、政治家に求められる能力は何でしょうか。菅氏は師と仰いだ故・梶山静六氏の言葉を引用しています。
「官僚は説明の天才であるから、政治家はすぐに丸め込まれる。お前には、おれが学者、経済人、マスコミを紹介してやる。その人たちの意見を聞いた上で、官僚の説明を聞き、自分で判断できるようにしろ」
菅氏はこの言葉を胸に、判断力を身につけるよう心掛けてきたと語っています。
さらに菅氏は、官僚が本能的に政治家を観察し、信頼できるかどうか観ているので、責任は政治家がすべて負うという姿勢を強く示すことが重要だと語っています。
こうした官僚とのやり取りについて、菅氏は選挙戦で自らの実績としてアピールした「ふるさと納税」導入についてこんなエピソードを語っています。
そして菅氏はこう続けます。
「私は『ぜったいにやるぞ』と決意を示し、協力を求めました。官僚というのは前例のない事柄を、初めは何とかして思い留まらせようとしますが、面白いもので、それでもやらざるを得ないとなると、今度は一転して推進のための強力な味方になります。そこまでが勝負でした」
ここで菅氏は、政策に反対する官僚を味方につけるタイミングを披露しています。
菅氏は13日、政権の決めた政策に反対する官僚幹部は「異動してもらう」と明言しました。一部メディアではこの発言が大きく取り上げられています、これは菅氏のかねてからの持論であることが本を読めば明らかです。
「『伝家の宝刀』人事権」と題された1節には、「人事権は大臣に与えられた大きな権限です」として、総務相時代に自身の政策に異を唱えた官僚を更迭した理由をこう述べています。
「人事によって、大臣の考えや目指す方針が組織の内外にメッセージとして伝わります。効果的に使えば、組織を引き締めて一体感を高めることができます。とりわけ官僚は『人事』に敏感で、そこから大臣の意思を強く察知します」
この中の「大臣」を「政府」に置き換えると、菅氏がいま官邸から霞が関をコントロールしている姿と重なります。
人事には鞭もあれば飴もあります。菅氏は人事についてノンキャリアを抜擢したケースを挙げて、こうも語っています。
「私は人事を重視する官僚の習性に着目し、慣例をあえて破り、周囲から認められる人物を抜擢しました。人事は、官僚のやる気を引き出すための効果的なメッセージを、省内に発する重要な手段となるのです」
貢献させたいのならば、貢献する人たちに報いなければならない。つまるところ、企業の精神は、どのような人たちを昇進させるかによって決まる。(『創造する経営者』)ドラッカーは、組織において真に力のあるコントロール手段は、人事の意思決定、特に昇進の決定だといいます。それは当然です。いかに数値などによる精緻なコントロールシステムを構築したとしても、人事によるコントロールにまさるものはありません。
それは組織が信じているもの、望んでいるもの、大事にしているものを明らかにします。
人事は、いかなる言葉よりも雄弁に語り、いかなる数字よりも明確に真意を明らかにします。
組織内の全員が、息を潜めて人事を見ています。小さな人事の意味まで理解しています。意味のないものにまで意味を付けます。この組織では、上司に気に入られることが大事なのか、それとも真に組織に貢献することを求められているのか。
“業績への貢献”を企業の精神とするためには、誤ると致命的になりかねない“重要な昇進”(平たくいえば各部の昇進)の決定において、真摯さとともに、経済的な業績(民間企業の場合)、を上げる能力を重視しなければならないのです。
政府の役割は、社会のために意味ある決定と方向付けを行うことである。社会のエネルギーを結集することである。問題を浮かびあがらせることである。選択を提示することである。(ドラッカー名著集(7)『断絶の時代』)この政府の役割をドラッカーは統治と名づけ、実行とは両立しないと喝破しました。「統治と実行を両立させようとすれば、統治の能力が麻痺する。しかも、決定のための機関に実行させても、貧弱な実行しかできない。それらの機関は、実行に焦点を合わせていない。体制がそうなっていない。そもそも関心が薄い」というのです。
しかし、ここで企業の経験が役に立ちます。企業は、これまでほぼ半世紀にわたって、統治と実行の両立に取り組んできました。その結果、両者は分離しなければならないということを知りました。現在の上場企業等は、両者が分離されているのが普通です。たとえば、財務部と経理部は分離されているのが普通です。
企業において、統治と実行の分離は、トップマネジメントの弱体化を意味するものではありませんでした。その意図は、トップマネジメントを強化することにありました。
実行は現場ごとの目的の下にそれぞれの現場に任せ、トップが決定と方向付けに専念できるようにします。この企業で得られた原則を国に適用するなら、実行の任に当たる者は、政府以外の組織でなければならないことになります。
政府の仕事について、これほど簡単な原則はありません。しかし、これは、これまでの政治理論の下に政府が行ってきた仕事とは大いに異なります。
これまでの理論では、政府は唯一無二の絶対の存在でした。しかも、社会の外の存在でした。ところが、この原則の下においては、政府は社会の中の存在とならなければならないのです。ただし、中心的な存在とならなければならないのです。
おまけに今日では、不得手な実行を政府に任せられるほどの財政的な余裕はありません。時間の余裕も人手の余裕もありません。それは、日本も同じことです。
この300年間、政治理論と社会理論は分離されてきた。しかしここで、この半世紀に組織について学んだことを、政府と社会に適用することになれば、この二つの理論が再び合体する。一方において、企業、大学、病院など非政府の組織が、成果を上げるための機関となる。他方において、政府が、社会の諸目的を決定するための機関となる。そして多様な組織の指揮者となる。(『断絶の時代』)
政府の役割は、社会のために意味ある決定と方向付けを行うことなのですから、日本でいえば、最終的には各省庁の仕事は政府の外に置かなければならないのです。
ただし、このような改革はすぐにはできません。それにしても、日本の政治組織をドラッカー氏が主張する通りにするとすれば、まずは内閣は、統治の中心とならなけばならないです。それは内閣に所属する大臣などだけでは不可能ですから、やはり内閣府が補佐をするという形になるのは当然です。これを実現するためにも、各省庁の幹部の人事は内閣人事局において行い、閣議で承認を得るという形式になるのは当然のことです。
そうして、現状で、各省庁によって統治と実行が行われているのですが、統治に関わる事務等は内閣府に移すべきです。そうして、最終的な意思決定は閣議でするようにすべきです。無論官邸官僚が意思決定をすることがあってはならないです。意思決定するのは閣議です。
そうして、いずれ各省庁の統治を除いた部分は、民間企業や社会事業に委ねるというのが、ドラッカーの理想とするあるべき姿です。政府に属する諸官庁が、日本では統治と実行の両立をあいまいなまま実行しているという現状は、早急に改めなければなりません。
話を再度、組織の人事について戻します。致命的になりかねない“重要な昇進”とは、明日のトップマネジメントが選び出される母集団への昇進のことです。それは、組織のピラミッドが急激に狭くなる段階への昇進の決定です。
重要な地位を補充するにあたっては、目標と成果に対する貢献の実績、証明済みの能力、全体のために働く意欲を重視し、報いなければならない。(『創造する経営者』)
選挙戦で菅氏は、安倍政権の「継続」をアピールしてきました。
しかし菅氏支持を表明した小泉進次郎環境相は、菅氏のことをこう語りました。
「私が期待しているのは世の中でいわれている安定、継続というよりも、思い切った改革を断行していただく。そして菅官房長官は改革の人だと私は思っている」
果たして菅氏は、世間一般でいわれる「継続の人」なのでしょうか。それとも「改革の人」なのでしょうか。
本の中には、菅氏が朝鮮総連から地方公務員まで、聖域なくメスを入れてきたエピソードが紹介されています。また当時から菅氏が問題視しているのが大手携帯電話会社です。
菅氏は13日、持論である携帯電話料金の値下げについて、あらためて必要性を強調しましたが、実は本の中で菅氏は、総務副大臣の頃からICT産業に着目してきたと述べています。
「携帯電話などのICT分野において日本の技術は世界最高水準にあります。ところが、これを産業としてとらえた場合、国際競争力は極めて低いのです。国際競争で水をあけられた原因には、『ガラパゴス化』を生み出すほどの企業の国内市場偏重などが指摘されていました」
菅氏は総務相時代、携帯電話を含むICT産業の国際展開を政府として後押ししました。しかしいまだ寡占体質が変わらない携帯電話に、菅氏はいよいよ宣戦布告したといえます。
この本の「おわりに」には、菅氏が初当選の際、故・梶山静六氏から贈られた叱咤激励の言葉が記されています。
「お前は大変な時代に政治家になった。これからは人口が減少して、それだけでデフレになる。国民に負担を強いる政策が必要になってくる。国民からは政治に対する厳しい批判も出てくるだろう。だからといって問題解決を先送りしていたら、この国はつぶれてしまう。これからの政治家には覚悟が必要だ。頑張れ」
ここにある「政治家」を「総理」に置き換えると、いまあらためて梶山氏から菅氏に贈られる言葉になるのでしょう。
梶山静六元官房長官(左)と菅義偉氏。菅氏は硬軟併せ持った 梶山氏の政治手腕に強い影響を受けた =平成10年 |
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