2020年9月12日土曜日

「文革」評価揺り戻しから見える習近平の危うい立場―【私の論評】米国と反習近平派は、今のところ利害が一致しているが、たとえ習が失脚しても米国の制裁は続く(゚д゚)!

「文革」評価揺り戻しから見える習近平の危うい立場

習近平が“擁護”するも、教科書は再び「間違い」と記述

日本戦略研究フォーラム

(澁谷 司:日本戦略研究フォーラム政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長)

北京の天安門広場近くで販売されていた土産用のプレート、2017年10月


 よく知られているように、1981年、中国共産党は11期6中全会で、「文化大革命」(1966年~76年。以下「文革」)を総括した。同会議では「建国以来の党の若干の歴史問題についての決議」が採択され、毛沢東主席が起こした「文革」は「誤り」だった、とはっきり認めた。

 けれども、習近平政権は、「文革」(「文化小革命」「第2文革」)を復活させようとしている。おそらく習主席は自らが毛主席と肩を並べる存在か、それ以上を目指しているのだろう。

 具体的に、次のような事例である。

 第1に、2015年頃から、「文革」時代の「密告」制度が復活した。例えば、生徒・学生が“誤った思想”を持つ教師・教授を当局に「密告」している。

 第2に、昨2019年10月以降、中国教育部(文部省)が全国で焚書を奨励している。そのため、文化的遺産である相当数の書物が焼失した。

 第3に、今年(2020年)7月、『人民日報』が「下放」(上山下郷運動)を推奨した。学生らが“自発的”に農村へ行くというのは建前で、実際には、「強制的」に農村へ送り込まれる。

「文革」時の1968年、毛主席は都市の知識人青年約1600万人を農村へ送り込んだ。だが、その多くの青年は都市へ戻る事ができなかったという。

2018年版の教科書で擁護された文革

 さて、今年(2020年)9月4日付『多維』は「高級なブラック(党の理想、信念、目的、政策などの極端な解釈─引用者)か? 中国共産党の誤りを是正し、『文革』に関する見解を回復させる」という記事を掲載した。同記事に記された教科書改訂の推移を見ると、中国共産党の内部事情を知る手がかりになるので、紹介したい。

*  *  *

「新型コロナ」下、9月初旬に中国全土の中高が開校した。新学期高校1年の歴史教科書では、新しい教科書が採用された。1981年以来、「文革」については、評価が4回変更され、過去3年間では毎年書き換えられている。

 まず、2018年版は、従来の教科書と異なり「文革」という章をなくして、それを「苦難の探求と建設の成就」という項目へ統合した。そして、以前、教科書に書かれていた毛主席の「過ち」等の表現を削除している。

 その他、同年版では、「文革」は「新中国建国以来、党と国と人民に最も深刻な挫折をもたらした」としながらも、「複雑な社会的・歴史的理由で発動された」と説明している。また、「社会主義国の歴史は非常に短く、わが党は社会主義とは何か、社会主義をどのように構築するかについて十分に明確にしていないため、その探求に遠回りをした」と「文革」を擁護した。ただ、「文革」に対する“同情”と“美化”に関して、多数の批判を受けている。

 2018年版を見た大半の人々は、これは国政の「左」旋回(中国語の「左」は日本語の「右」)の兆候であり、中国が「極左」(=「極右」)という「昔の道」に戻るのではないかと心配した。

 しかし、2019年版の教科書は、前年版の「探究」「回り道」「挫折」「複雑な原因」などの表現を「『文革』はいかなる意味でも革命や社会進歩ではないことを証明した」と「文革」に関して再評価を始めた。

 更に、2020年版の教科書では、学習の“焦点”に「『文革』の理論と実践は間違っている」と明記し、「文革」については「いかなる意味でも革命や社会進歩ではなく、指導者の“誤ち”で、『反革命集団』に利用され、党・国家・人民に深刻な災いを招く内紛だったことを事実が証明している」と従来の中国共産党の公式見解を復活させた。

*  *  *

 以上が、記事の概要である。

 このように、近年、中国歴史教科書で大きく変化したのは、2018年版である。おそらく習近平政権は、前年の2017年(ないしは、それ以前)から「文革」への評価を変更しようとしていた事が窺える。そして、実際、2018年の教科書改訂につながった。これは「習近平派」が一時、党内で優勢になった結果ではないだろうか。

 ところが、翌2019年には、「反習近平派」(その中心は李克強首相)が徐々に巻き返し、今年2020年には、以前の「文革」評価に戻っている。これは、2018年~19年にかけて「反習派」が党内で支配的になった事を物語るのではないか。

 だからと言って、軽々に、「反習派」が共産党全体を牛耳っているとは決めつけられないだろう。習近平主席が依然、軍・武装警察・公安等を掌握しているからである。

 ただし、いつ習主席に対するクーデターが起きても不思議ではない状況にある。直近では、今年3月、郭伯雄の息子、郭正鋼がクーデターを起こしたと伝えられている。

 それにしても、中国共産党は、一度、「文革」を明確に否定しておきながら、習主席に再び「文革」発動を許すというのは、どういう訳だろうか。中国では、いまだ普通選挙の実施等、民主主義が作動していないという“悲劇”かもしれない。

[筆者プロフィール] 澁谷 司(しぶや・つかさ)

 1953年、東京生れ。東京外国語大学中国語学科卒。同大学院「地域研究」研究科修了。関東学院大学、亜細亜大学、青山学院大学、東京外国語大学等で非常勤講師を歴任。2004~05年、台湾の明道管理学院(現、明道大学)で教鞭をとる。2011~2014年、拓殖大学海外事情研究所附属華僑研究センター長。2020年3月まで同大学海外事情研究所教授。現在、JFSS政策提言委員、アジア太平洋交流学会会長。
 専門は、現代中国政治、中台関係論、東アジア国際関係論。主な著書に『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』『人が死滅する中国汚染大陸 超複合汚染の恐怖』(経済界)、『2017年から始まる!「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)等多数。


◎本稿は、「日本戦略研究フォーラム(JFSS)」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。

【私の論評】米国と反習近平派は、今のところ利害が一致しているが、たとえ習が失脚しても米国の制裁は続く(゚д゚)!

上の澁谷氏の記事を理解するためには、まずは中国の権力闘争とはどのようなものかを理解する必要がありそうです。

中国の権力闘争とは、政治局常務委員という最高指導部メンバーや最高指導部を経験して引退した長老が、それぞれ派閥をつくり、利権やイデオロギー、政策路線で対立し人事権を握ろうとする中で繰り広げられるものです。

今の中国の派閥状況を見ると、鄧小平が後継者に指名した上海市党委書記出身の江沢民が利権ネットワークを基礎につくり出した上海閥(江沢民派)、共産党の若手エリート育成機関・共産主義青年団(共青団)出身者の胡錦濤を中心とした官僚主義的政治家グループ・団派(胡錦濤派)、新中国建国初期の政治家や官僚の子弟子女、いわゆる二世議員に当たる太子党[そのうち革命戦争を経験した革命家の子弟子女を紅二代と呼ぶ]、そして習近平が自分に忠実な官僚や政治家を集めた陝西閥(あるいは習近平派)の主に四派が絡みあっています。

太子党は派閥というより、血統集団の総称で、太子党の中にも上海閥や団派や陝西閥があります。このほか利権ごとに石油閥、電信閥、水利閥、レアアース閥といった派閥があり、また山西閥、四川閥、江蘇閥、遼寧閥といった地縁の派閥もあります。

一九四二年生まれの周永康は、いわゆる太子党、紅二代ではなく、もとは貧農出身の石油エンジニア。努力型の秀才であり、中国近代化に伴って石油事業が国家重点産業と重視される中で順調に出世し、国有企業の中国石油天然気集団副総裁に上り詰めたあと、一九九八年の江沢民政権・朱鎔基(一九二八~/第五代国務院総理などを歴任。大胆な経済改革を試みた)内閣のときに国土資源部長に転身、四川省党委書記を経て中央指導部への出世街道をまい進しました。

彼の出世は江沢民に抜擢された形であり、上海閥の一員です。また石油企業出身なので石油閥であり四川閥の中心でした。

胡錦濤政権下で胡錦濤は、引退した後も解放軍を手なずけ、政治に影響力を持とうとした江沢民との激しい権力闘争を展開しますが、その権力闘争では江沢民が優勢で、上海閥の周永康は公安部長を経て党中央政法委員会書記で政治局常務委員、つまり司法・公安部門の最高権力者となります。

周永康がそこまで出世したのは、石油利権を独占する石油閥の立場にあり、潤沢な資金を用意できたことも関係します。周永康は警察や治安維持を担当する軍の下部組織・武装警察の指揮権を持ち、石油利権で得た資金も豊富な最強クラスの政治家にのし上がりました。

周永康が政治局常務委員にのし上がったほぼ同時期、習近平は上海市党委書記出身で、江沢民とその腹心の太子党のボスである曾慶紅[一九三九~/第一六期中国共産党中央政治局常務委員。「第四世代」といわれる。太子党]に推される形で、ポスト胡錦濤の地位に就いていました。

一九五三年生まれの習近平は、建国八大元老と呼ばれた政治家・習仲勲の長男で、太子党で紅二代に属する。江沢民に抜擢されたという意味では上海閥でした。少なくとも胡錦濤政権下では。実力でのし上がったというよりは、習仲勲の息子という毛並みのよさと、胡錦濤VS江沢民の権力闘争で本来ポスト胡錦濤と目されていた陳良宇[一九四六~/第一六期中国共産党中央政治局委員、元上海市市長。上海閥]の失脚で棚ぼた式に手に入れた出世でした。

胡錦濤が大事に育てていた団派のホープ李克強を押しのけて次期総書記のポジションに就いたのも、実力というよりは江沢民らの権謀術数のおかげです。この後の権力闘争は、日本国内でも報道されているとおりです。

なお周永康は、後に失脚しています。法定に姿を表した周永康(下写真)の髪の毛がわずかの期間に真っ白になっていたことが話題となっていました。



天津市第一中級人民法院(地裁)は2015年6月11日、収賄、職権乱用、国家機密漏えい罪に問われた前共産党最高指導部メンバーで、治安・司法部門トップだった周永康被告(72)(前党政治局常務委員)に対し、無期懲役、政治権利の終身剥奪、個人財産の没収の判決を言い渡しました。周被告は法廷で上訴せず、刑が確定しました。

このように権力闘争にあけくれる中国は、対外的にも自国の都合を優先して行動する傾向が顕著です。国内の権力闘争に明け暮れているうちに、米国の対中国政策が半世紀ぶりに宥和(ゆうわ)的「関与」政策から「敵対」政策に大転換しました。トランプ米大統領を内心見下していた中国指導部は混乱状態に陥ったようです。

 米国の政策転換は7月23日、ポンペオ国務長官の演説ではっきり示されました。長官は1970年代に米中関係正常化に踏み切ったニクソン大統領、キッシンジャー国家安全保障問題担当大統領補佐官の「対中関与政策」を「失敗だった」と総括し、強大な全体主義国家、中国の膨張に対抗するための民主主義国の連合結成を訴えました。

演説するポンペオ長官 7月23日

 演説の場所はカリフォルニア州の「ニクソン大統領図書館」。時は南シナ海における中国の権益主張を国際法違反とした2016年7月のオランダ・ハーグ仲裁裁判所の判決から4年がたったころでした。

気まぐれにやった演説ではありません。演説直後から、在米中国人のスパイ活動を次々に取り締まり始めました。

演説の基調は、トランプ政権が5月20日、公表した報告書「中国に対する米国の戦略的アプローチ」です。この日は、毛沢東の「5月20日声明」の50周年に当たっています。 

毛沢東の声明は「全世界の人民よ、団結して侵略者米国とその全ての走狗を打ち負かそう」と対米戦争を煽りました。その50周年を選んだということは、毛沢東を信奉する習近平国家主席は米国の敵だという隠れたメッセージです。 

報告書の発表後、中国側から反応が出るまで約1カ月かかりました。最初は6月18日、習主席の側近で米中貿易協議の中国側代表、劉鶴副首相でした。シンポジウムで経済運営について「経済内循環(国内経済)を主とする」と述べ、反響を呼びました。 

中国経済は、新型コロナウイルスの影響に加えて米国の中国敵視政策で外需が激減し、内需を創出するしかないという悲観的なトーンがにじんでいました。しかも、南シナ海では米中両軍が対峙し、緊張が日々高まっていました。 

ところが、6月30日、全国人民代表大会(全人代)常務委員会が米国が反対している「香港国家安全維持法」を成立させると、同日、習主席は施行令に署名、即日発効させました。党内で最高指導者の威信を維持するためでしょうか、習主席は米中衝突コースに踏み出したのです。

対抗して米国のトランプ大統領は7月14日、香港の自治を侵害した中国高官や金融機関に制裁を課す「香港自治法」、香港経由の対米輸出の優遇を取り消す大統領令に署名、発効させ、首脳同士の関係も一気に悪化しました。 

習主席の動静は施行令署名後、約20日間、途絶えました。この間、北方では新型コロナの感染が断続的に発生。南方では長江流域で長雨による洪水被害が拡大していました。 

21日になって習主席の映像が流れました。北京で開催された、国有企業、民間企業、外資企業の経営者との座談会でした。習主席は、コロナ禍で打撃を受けた企業の活動再開に支援を約束しました。

 それにしてもなぜこのときに、コロナ後の経済支援策の座談会を開いたのでしようか。米中衝突を恐れた企業経営者が資本流出、企業撤退を加速させないように締め付けたのだとも言われています。米国の対中政策転換で中国経済の先行きはいよいよ不透明になりました。

米国と中国の半習近平派は、「文革」評価揺り戻しをはかる習近平への対抗ということでは、利害が一致しています。

というより、米国は「文革」評価揺り戻しをはかる習近平に反対する勢力が中国で台頭しつつあるとみて、中共内部を揺るがすために、毛沢東を信奉する習近平国家主席は米国の敵だというメッセージを意図して意識して送ったのでしょう。

文化大革命中の紅衛兵を演じる女優、毛沢東語録を携えている

これで、半習近平派は勢いづき、習近平が失脚する日がくるかもしれません。しかし、米国としては、毛沢東時代に返り咲こうとする習近平を失脚させることなどでは、中国に対する制裁をやめることはないでしょう。

中国国内では、米国との関係が急激に緊張する中で、「金融戦争」の行き着く先としてドルを中心とする国際通貨システムから中国が締め出される恐れがあるとの不安が高まりつつあります。かつてはまさかと思われていた破局的な展開が、現実味を帯びてきたと受け止められています。

経済規模で世界第1位の米国と第2位の中国が完全にたもとを分かつ事態がすぐに、起きる公算は乏しいとはいえ、トランプ政権は貿易やハイテク、金融業務などに絡む重要分野で部分的なデカップリングを推進し続けています。

その一環として、米国の会計基準を満たさない中国企業の上場を禁止する提案や、動画投稿のTikTok(ティックトック)やメッセージを交換する微信(ウィーチャット)といった中国のアプリ使用禁止の方針などを打ち出しました。11月3日の米大統領選に向け、両国の関係はさらに緊迫化する見通しです。

現在、中国共産党内部では、米国の制裁に関して、かつてないほどに危機感が高まっているのは、確かです。

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