2022年7月3日日曜日

戦争は「誇張」されている?「夏を満喫」するウクライナ市民の写真が意味するもの―【私の論評】戦争の一側面しか見ない人に戦争を語る資格なし(゚д゚)!

戦争は「誇張」されている?「夏を満喫」するウクライナ市民の写真が意味するもの

<ウクライナで「夏を楽しむ」人々の写真が投稿され、一部からは「戦争のひどさが誇張されているのでは?」との声も上がるが>

オデーサのビーチには地雷を警告する看板が

ウクライナでは今も激しい消耗戦が続いている。特に東部での戦闘が激化し、ウクライナ軍はセベロドネツクの南北などでロシアの進軍に抵抗している。

一方、戦場がおおむね東部に移ったことで、広大な国土を持つウクライナのほかの地域では、戦いの激しさを以前ほど身近には感じなくなってきているのかもしれない。そうした地域の人々が、夏の到来を「楽しんでいる」様子を収めた写真がネットにはいくつも投稿されている。

しかし、これらの写真を見て、ウクライナは「報道されているほどひどい爆撃を受けていないのではないか?」と、主張する人が現れている。ウクライナの「惨状」は誇張されており、ここまで資金をつぎ込んで支援しなくても大丈夫ではないのか、というのだ。果たして彼らの主張は正しいのか?

6月16日に投稿されたあるツイートには、ウクライナの首都キーウの小さなビーチと思われる場所を数十人が利用する写真が掲載されている。

このツイートは、ユーチューバーのアレックス・ベルフィールドが投稿したもので、1万人以上が反応している。ベルフィールドはツイートの中で、メディアが戦闘の激しさを誇張し、誤解を招くような報道を行っていることを示唆している。


キーウの写真を掲載し、戦闘の激しさを疑問視するようなツイートはほかにもある。これらのツイートで紹介されている写真は、キーウを東西に横切るドニエプル川で撮影されたものだ。

ドニエプル川沿いは以前から、キーウ市民が水泳や日光浴を楽しむ人気のレジャースポットだが、それは2022年も例外ではないようだ。

■広大な国土すべてが戦場ではない

ウクライナはロシアに次いで、ヨーロッパで2番目に大きい国であり、直接的な軍事行動が比較的少ない地域もあるのは当たり前のことだ。

首都キーウはここ数週間にも砲撃を受けるなど無傷なわけではないが、それでも現在の主な戦場は北東部やドンバス地域であり、キーウからはかなり離れている。例えば、ロシアがまだ奪取を宣言していないハルキウまでは、キーウから車で約6時間かかる距離がある。

戦争が始まって2カ月間、ロシアの砲撃が続いたものの、その後ウクライナ軍は、首都と隣接地域から侵略軍を追い出すことに成功した。ただし、ロシア軍が再び攻撃を仕掛け、キーウの奪取を試みる懸念も残っている。

■絶望的な状況でも「日常」を求める心理

キーウは現在の戦闘休止状態によって、やや落ち着きを取り戻したとも言われている。しかし、政府当局は市民に対し、水辺で爆発物の調査が続いているため、ビーチに近づかないよう警告している。

また、ドニエプル川などで撮影された写真は絵のように美しいかもしれないが、キーウでは今も時おり空爆があり、ボランティアによる瓦礫の撤去が続いている。空襲警報はほぼ毎日、全国各地で発令されている。しかし、戦争の脅威がより明白な地域でも、ビーチや公共空間を利用する人々の姿が写真に収められている。

本誌がソーシャルメディアアプリのテレグラムで見つけた未検証の投稿では、(キーウよりはるかに戦場に近い)オデッサで、ミサイル防衛システムが背後で発射されるなか、市民が公共空間で詩を朗読したり、海からの侵入を防ぐバリアが設置されたビーチで、日光浴を楽しんだりしている。

オデーサの海岸を利用していた複数の市民が、地雷で命を落としたという投稿もある。

言うまでもないことだが、国の一部の人々の行動を捉えた写真が、必ずしもほかのすべての人々の行動や考え方を反映しているとは限らない。2020年には、新型コロナウイルス感染症によってソーシャルディスタンスの確保が求められ、効果的なワクチンもなく、感染者数が増加していたにもかかわらず、欧米のビーチや公園には大勢の人が訪れていた。

ユーチューバーのベルフィールドは、ほかの投稿でも誤解を招くような主張を行っている。彼らのツイートには、戦争に関する十分な裏付けがある証拠が欠けているように見える。なにより、人は絶望的な状況であっても、必死に「日常」を求めようとすることに対する繊細な理解も欠けているように見える。

ツイッターで共有されたこれらの写真は、ウクライナにおける戦争の存在や、その激しさの反証にはならない。キーウのビーチを満喫する人々の写真が存在するのは確かだが、これは決してメディアが戦争を誇張している証拠ではない。さらに、戦争の脅威がより明白である地域の映像は、リスクが高まっていても同じ生活を続け、残酷な戦争のなかで平常心を保とうとしている人々の姿を示しているように見える。
(翻訳:ガリレオ)

【私の論評】戦争の一側面しか見ない人に戦争を語る資格なし(゚д゚)!

このようなツイートをする人は、現実認識能力に著しく欠けているのでしょう。戦争していても、人々は日常生活を送るわけですし、食事をしたり、学校に言ったり、仕事をして生活の糧を得たり、恋愛したり、結婚したり、子供を産んだり、時には息抜きもするのです。日常生活の一面だけみて、それを全部であるというのは明らかに間違いです。

1995年に封切られた『きけ、わだつみの声 Last Friends』という映画で主人公の織田裕二さんが「誰がこの戦争を始めたんだ!」などと、主人公が悲痛な叫び声をあげるシーンが予告編としてテレビCMで何度も映されたことがあり、その予告を見た、曽野綾子さんが「戦争中にはこんなことは全くなく、淡々と日々が過ぎていった」と語っておられました。


確かに、戦中末期には、食料不足などが顕著になっており、その面では大変だったでしょうが、戦前・戦中が軍部が専横した暗黒時代であるような見方は全くの間違いです。

そのような話は、私は伝聞として聴いたことがあります。私の曽祖父は太平洋戦争直前の頃も札幌に住んでおり、太平洋開戦時には、家に訪ねてきた近くの駐在さんと、開戦の話になり駐在さんも曽祖父も「いやー大変だ、日本と米国が戦争になった、日本は負けてしまうだろう、とてつもないことになった」と互いに大声で話ていたと祖父が私が中学生くらいのときに語って聞かせてくれました。

 確か、私が映画か何かで「官憲が一般市民を監視して、弾圧」をしていた映画のシーンなどをみて「あれは本当なのか」という質問を祖父にしたときの答えだったと思います。

当時の日本軍部が、ナチスのように振る舞い、国民を弾圧したなどというのは全くの間違いです。無論、官憲による弾圧が全くなかったとはいえず、そのようなこともあったとは思いますが、しかし、それがナチスのように、国家レベルで組織的に体系だてて行われていたかといえばそれはなかったと思います。

ある期間戦争をしていても、たとえば年単位で数字だけをみれば、戦争などしたなどということが認識できないこともあります。また、日本は戦後すべてが焦土と化して、そこから戦後日本がスタートしたという見方も、一見正しいようですが、これも正しくはありません。

これについては以前このブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを掲載します。
【田村秀男のお金は知っている】「新型ウイルス、経済への衝撃」にだまされるな! 災厄自体は一過性、騒ぎが収まると個人消費は上昇に転じる―【私の論評】今のままだと、新型肺炎が日本で終息しても、個人消費は落ち込み続ける(゚д゚)!
この記事は、2020年2月のものであり、コロナが流行り始めたばかりの頃です。この頃は、マスコミは日本の経済停滞はコロナのせいであるとして、それ以前に増税がなされて経済が停滞していたことを無視するような報道をしていました。この記事は、それに対する批判の記事です。

その後皆さんご存知のように、コロナはパンデミックとなり、世界中で経済の停滞をもたらしましたが、安倍政権でコロナが流行り始めてから、政権交代した菅政権の両政権の期間において、当時いわれていた需給ギャップ100兆円に匹敵するほ合計100兆円の補正予算を組み、この期間には失業率が2%台という低さに抑え、大成功しました。

ただ、マスコミがこれを報道しないため、これを偉業であると認識しない人も多いです。

さて、本筋に入るため、この記事から一部を引用します。
あの第二次世界大戦であってさえ、統計上は年度ペースでみていれば、多くの国々で後の歴史学者は第二次世界大戦があったことさえ気づかないだろうと、あの経営学の大家ドラッカー氏が述べていました。

簡単にいうと戦争中は、各国が戦争のために、兵器などを大量に製造し、戦後は復興、復旧のためものすごい勢いで、生活物資などを増産するため、年度ベースでみると戦争の形跡など見当たらなくなってしまうのです。

日本も例外ではありませんでした。日本は確かに、原爆を2発も落とされ、主要都市はことごとく爆撃され、とんでもない状態になりましたが、それでも統計上は終戦直後には、国富の70%が残り、そこからスタートしたのであり、良くいわれているように戦後のやけのヶ原でのゼロからのスタートではなかったのです。

大都市や中核都市は焼け野原になっていても、地方での農産物や、製造の基盤は残っており、そこからのスタートであり、決してゼロではなかったのです。そのような物資や基盤を求めて、終戦後しばらくの間は北海道への他地区からの移入が続きました。

しかし、日本の場合は他の先進国では見られなかった特殊な現象がありました。それは、軍部による様々な物資の莫大な隠匿でした。それは、金塊から、米、小麦粉、砂糖、塩、医療品、衣服など様々な膨大な隠匿物資があったそうです。

NHKスペシャル「東京ブラックホール」で紹介された、旧日本軍による隠匿物資
これらは、戦争中は戦争継続という意味合いで、まだ理解できますが、戦争が終わっても隠匿していたのは理解できないところです。これは、はっきり言うと犯罪です。

このように、様々な物資が隠匿されたため、終戦直後の多くの国民の生活はかなり貧しいものでしたが、それら隠匿物資も、米軍に摘発されたり、闇市で売られるようになったり、その闇市が日本の警察によって摘発されるなどして、市場に出回るようになりました。そうして、ご存知のように日本は驚異の高度成長を遂げることになるのです。

日本の軍人というか、陸軍省等実体は役人ですから、何やら日本の役人には、物資を隠匿するような習性が元々あったようです。そのような習性は、現在の財務省の官僚や、日銀の官僚などに今でも色濃く受け継がれているようです。 

なお、戦後の物資隠匿については、以下の記事が詳しいです。是非ご覧になってください。

敗戦直後の「地獄」は、物資の隠匿に狂奔したエリートの不正によってもたらされた〔前編〕 貴志謙介『戦後ゼロ年 東京ブラックホール』より
敗戦直後の「地獄」は、物資の隠匿に狂奔したエリートの不正によってもたらされた〔後編〕 貴志謙介『戦後ゼロ年 東京ブラックホール』より

多くの日本人は未だに、官僚に欺かれているようです。財務省による増税の論理や、消費税の社会保障目的税化の理屈を聴いていると、本当にそうだと思います。

そうして、いえるのは戦争にも様々な局面があり、ある一面だけをみてそれが全部であるかのように思うことは明らかに間違いであるということです。

感情だけで戦争を見るのも良くないですし、経済合理性だけでみて、年次ベースで経済指標だけみていれぱ、戦争があったことにすら気づかないかもしれません。マクロ的視点だけでも、ミクロ的視点だけでも戦争の実像は捉えられません。

確かに、日本は戦後国富が七割が温存され、そこからスタートという、他のアジア諸国などから比較すれば、恵まれたスタートを切りましたが、一方で第二次世界大戦では大勢がなくなっていますし、日本の都市部の多くが焼け野が原になったのは事実です。


そうして、沖縄戦においては、軍人の戦死者が一番多かったのは北海道出身者であり、1万800名と記録されています。

私は旭川の高校を卒業しましたが、在学中に同じクラスの人に、祖父が沖縄で戦死したという話を聞いた後で、また同じ学年の他のクラスの人の祖父もやはり沖縄で、戦士したという話を聴いたので、郷土史を調べたところ、その事実を発見しました。沖縄戦で軍人で一番戦死者が多かったのは北海道ということには本当に驚きました。

当時、日本史の先生にそのことを話すと、先生も驚いていました。

郷土史によれば、北海道の上川地方では、沖縄戦の戦死者も含めて、農家の戦死者が多く、戦後しばらく農村社会に影を落としていた時期があったそうです。

以下に沖縄戦での北海道の戦没者数を市町村別に掲載します。

「本籍地市区町村ごとの刻銘者数〈市区町村名は合併前のもの〉」【北海道】

ー北海道計1万800ー

石狩支庁〉ー1092ー

札幌市761、江別市82、千歳市32、恵庭市34、広島町17、石狩町25、当別町52、新篠津村10、厚田村35、浜益村39、不祥5

渡島支庁〉ー1354ー

函館市684、松前町78、福島町46、知内町26、木古内町47、上磯町60、大野町37、七飯町46、戸井町44、恵山町25、椴法華村7、南茅部町27、鹿部村15、砂原町15、森町67、八雲町85、長万部町39、不祥6

檜山支庁〉ー326ー

江差町41、上ノ国町41、厚沢部町31、乙部町44、熊石町37、大成町32、奥尻町10、瀬棚町29、北桧山町25、今金町36

後志支庁〉ー1299ー

小樽市557、島牧村17、寿都町72、黒松内町26、蘭越町45、ニセコ町24、真狩町22、留寿都村34、喜茂別村34、京極町31、倶知安町42、共和町51、岩内町89、泊村40、神恵内村19、積丹町41、古平町33、余市町116、仁木町13、赤井川村11、不祥3

空知支庁〉ー1612ー

夕張市168、岩見沢市115、美唄市155、芦別市43、赤平市55、三笠市119、滝川市86、砂川市59、歌志内市66、深川市119、北村20、栗沢町66、南幌町17、奈井江町27、上砂川町32、由仁町49、長沼町58、栗山町71、月形町17、浦臼町17、新十津川町55、妹背牛町26、秩父別町30、雨竜町27、北竜村21、沼田町51、幌加内町40、不祥3

上川支庁〉ー951ー

旭川市304、士別市82、名寄市92、富良野市65、鷹栖町30、東神楽町10、当麻町31、比布町21、愛別町18、上川町16、東川町31、美瑛町48、上富良野町29、中富良野町26、南富良野町22、占冠村2、和寒町24、剣淵町19、朝日町12、下川町17、美深町25、音威子府村6、中川町19、不祥2

留萌支庁〉ー238ー

留萌市50、増毛町37、小平町29、苫前町23、羽幌町41、初山別村17、遠別町9、天塩町19、幌延町13

宗谷支庁〉ー198ー

稚内市41、猿払村20、浜頓別町4、中頓別町23、枝幸町11、歌登町15、豊富町13、礼文町18、利尻富士町41、利尻町11、不祥1

網走支庁〉ー1147ー

北見市163、網走市109、紋別市82、東藻琴村17、女満別町33、美幌町63、津別町39、斜里町50、清里町17、小清水町26、端野町28、訓子府町36、置戸町35、留辺蘂町41、佐呂間町60、常呂町20、生田原町25、遠軽町54、丸瀬布町14、白滝村17、上湧別町30、湧別町54、滝上町43、興部町37、西興部村25、雄武町29

胆振支庁〉ー583ー

室蘭市205、苫小牧市64、登別市28、伊達市65、豊浦町34、虻田町24、洞爺村15、大滝村7、壮瞥町26、白老町31、追分町26、厚真町21、鵡川町16、穂別町21

日高支庁〉ー223ー

日高町11、平取町26、門別町34、新冠町8、静内町35、三石町26、浦河町37、様似町27、えりも町19

十勝支庁〉ー929ー

帯広市194、音更町86、士幌町22、上士幌町25、鹿追町29、新得町30、清水町58、芽室町67、中札内村17、大正村4、更別村18、忠類村10、大樹町27、広尾町31、幕別町62、池田町40、豊頃町43、本別町54、足寄町43、陸別町19、浦幌町49、不祥1

釧路支庁〉ー489ー

釧路市214、釧路町26、厚岸町51、浜中村33、標茶町28、弟子屈町42、阿寒町30、鶴居村12、白糠町29、音別町23、不祥1

根室支庁〉ー207ー

根室市100、別海町36、中標津町31、標津町20、羅臼町8、歯舞町10、千島択捉郡留別村1、千島択捉郡泊村1

樺太庁〉ー152ー

以上は、沖縄戦だけの戦没者数です。

戦争の一側面しか見ない人は、以上で述べたようなことを見逃してしまうのでしょう。左翼運動家などが「戦時中沖縄は捨て石にされた」などと暴言をはいたりすると、ほんとうにやるせない気持ちになったことがあります。

私は、戦争の一側面しか見ない人に、戦争を語る資格はないと思います。

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2022年7月2日土曜日

与党の「消費減税で年金カット」発言は国民に対する恫喝そのものだ 消費減退という指摘も的外れ―【私の論評】財務省による消費税の社会保障目的税化は、世界の非常識(゚д゚)!

日本の解き方

自民党の茂木敏充幹事長

 消費税の減税をめぐる与党からの発言が注目された。岸田文雄首相は「引き下げに伴う買い控え、あるいは消費が減退するなどの副作用がある」とし、自民党の茂木敏充幹事長は「野党の言うように下げるとなると、年金財源を3割カットしなければならない」と述べた。

 それにしても、「消費税は社会保障目的税である」という財務省の罠にはまっているのは情けない。

 世間で常識化している「消費税の社会保障目的税化」は、結論から言えば間違いだ。実は、1990年代までは大蔵省(現財務省)も、消費税は一般財源であり、社会保障目的税としてはいけないという正論を主張していた。

 しかし、99年の自民、自由、公明党の連立時に、大蔵省が当時の小沢一郎自由党党首に話を持ちかけて、消費税を社会保障に使うと予算総則に書いた。2000年度の税制改正に関する答申(政府税制調査会)では、それに対する抗議の意味も含めて、「諸外国においても消費税等を目的税としている例は見当たらない」と記述されている。

 付け加えるなら、消費税は地方税とすべきだ。消費税は安定財源なので、先進国では地方の税源であることが多い。これは、国と地方の税金について、国は応能税(各人の能力に応じて払う税)、地方は応益税(各人の便益に応じて払う税)という税理論にも合致する。

 いずれにしても、社会保障論や租税論からみれば、消費税を社会保障目的税とするのは間違いだ。

 社会保障は、助け合いの精神による所得の再分配なので国民の理解と納得が重要だ。というわけで、日本を含めて給付と負担(保険料)の関係が明確な社会保険方式で運営されている国が多い。ただし、日本のように税金が半分近く投入されている国はまずない。このように税の投入が多いと、給付と負担が不明確になるからだ。

 つまり、消費税を社会保障目的税にするのではなく、保険料で賄うほうが望ましい。保険料は、究極の社会保障目的税とも言える。世界では「社会保険税」とされ、税と同じ扱いである。

 もし日本でも、世界の他の国と同様に、消費税が社会保障目的税でなければ、茂木幹事長の恫喝(どうかつ)ともいえるような暴論もなかっただろう。

 ちなみにコロナ危機を受けてドイツや英国では飲食、宿泊、娯楽業界の付加価値税の時限的引き下げが行われた。これで、岸田首相のいう「消費減退論」も的外れであることがわかるだろう。

 岸田首相や茂木幹事長の意見は、消費税を社会保障目的税とした間違いによるものだろう。一方、国民が「恫喝」と感じたのはまさに正しい。

 財務省が国際常識に反しているのは、今後増大する社会保障を〝人質〟として消費税の増税に持っていこうとしたところにある。まさに、これは「恫喝」そのものだ。

 岸田首相や茂木幹事長の発言から、財務省のいいなりとなっていることや、日本の消費税に隠された闇が浮かび上がってしまった。 (元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】財務省による消費税の社会保障目的税化は、世界の非常識(゚д゚)!

茂木氏が実際にどこで、どのような発言をしたかといえば、以下のようなものです。

茂木氏は28日、沖縄県嘉手納町での演説で「野党は選挙が近づくと年中行事のように『消費税を下げる』と話す。野党の言うようにすると、社会保障の財源を3割カットしないといけない。そんなことはできない」と語りました。

同時に「消費税は年金、医療、介護、子育て支援の大切な財源だ」と強調。実際に消費税率を下げるには「おそらく1年近くかかる」と述べ、物価高対策として即効性に欠けると主張しました。

消費税を社会保障目的税とする国はなく、それは社会保障論や租税法論から筋違いであることを財務省は1990年代には理解していました。しかし、社会保障人質・恫喝のために筋を曲げたのです。それから考えれば、茂木幹事長の恫喝は、財務省から見ればよく言ったということになります。

上の髙橋洋一が語っているように、年金・医療・介護は基本的に、税方式ではなく「保険方式」によって運営されるべきものです。事実、日本の基本的な制度設計もそうなっています。

医療が保険方式であるのは馴染み深い事実ですが、誤解されているのは年金です。「年金は国からもらえるお金である」と思っている人が、本当に多いです。

「年金」とは政府からもらえるお金ではない

簡単に説明すると、「健康保険」が発想としては「病気にならなかった人のお金で、病気になった人を保障する」ものであるのに対して、年金保険は「早く死んでしまった人の保険料を、長生きした人に渡して保障する」ものです。

年金が保険であることは、法律を見ればよくわかります。

たとえばサラリーマンが加入している厚生年金は、「厚生年金保険法」という法律に基づいています。法律名のなかに「保険」と書かれていることでわかるように、あくまでも「保険」です。

他方で、国民年金の場合は「国民年金法」という名前の法律で、法律名に「保険」という言葉は付いていませんが、法律の文面を読むと「被保険者」「保険料」という言葉があり、やはり保険であることがわかります。


保険というのは保険料で成り立つシステムです。したがって、税金とはまったく関係がありません。この重要な点を押さえておかないと、財務省の「年金などの社会保障費が逼迫しているから消費増税が必要」というまやかしの論理に騙されてしまいます。

日本の場合、国民皆保険制度になっており、国民には社会保険料を支払う義務があります。ですから、保険料は実質的には税金と同じです。しかも、社会保障限定で使われるものですから、究極の目的税です。

消費税と社会保険料には大きな違いがあります。消費税は誰がいくら支払ったのかという明細が残っていないのに対して、社会保険料は誰がいくら支払ったかという個人別の明細記録が残っています。じつは、この記録の有無の違いが大きいのです。

保険料は記録が残るので、給付と負担の関係が明確になります。保険料を多く支払った人は給付が多くなり、保険料をあまり支払っていない人は、給付が少ない。じつにシンプルな仕組みです。

このように給付と負担の関係が明確なほうが、国民もストレスがありません。

「こんなに年金が少ない」という文句に対し、過去の保険料支払いの記録をもとに「年金の給付額は支払った保険料に対応しています。あなたの保険料の支払いはこの額なので、給付はこの額です」とはっきり伝えることができます。

不満がゼロになることはないにせよ、少なくとも「俺の年金が少ないのは政府のせいだ」という類の声はいまより減ることでしょう。

ところが消費税を年金財源に使う場合は、消費税の支払い記録が残っていません。

消費税を払っていない人が「俺の年金が少ない」と文句をいってきたとき、「消費税をあまり払っていないので年金が少ないんです」と答えられません。

誰がいくら消費税を払ったかという記録がないと、「ルールでこの額しか出ません」程度のことしかいえません。

その点、社会保険料には①使用目的が明確、②記録が残る、③給付と負担の関係が明確という3つの利点があるのです。やはりこの3つの利点をいかして、社会保険は保険料だけで賄い、消費税は地方税とするのが、ベストです。

消費税を社会保障目的税化してしまったため、消費税税率の引き上げに賛成する人の多くの人が、年金、医療、介護や子育て支援必要としています。まさに、財務省の恫喝に乗った形です。


保険料は、究極の社会保障目的税ともいえます。保険料といっても、その法的性格は税と同じで強制徴収であり、滞納すれば財産没収などの滞納処分を受けるのは世界共通です。このため、保険料とはいえ、世界では社会保険「税」として、税と同じ扱いです。

ただ、今の日本は、世界の常識になっている「歳入庁」がないという先進国の中で珍しい存在です。税・保険料の徴収インフラができていないので、徴収漏れも多く想定されており、これが社会保障の財源不足や不公平感にもつながっています。

財務省は、社会保障財源の確保について、歳入庁創設による保険料という正道ではなく、消費税の社会保障目的税化という邪道を進めました。

実は、経済団体が消費増税に賛成している理由についても、鍵はここにあります。保険料は労使が折半するので企業負担もあるが、消費税は企業負担がないと経済界は考えて、消費増税に前向きなのでしょう。

その上に、財務省が消費増税と法人税減税のバーターを持ち出すので、さらに経済界は消費増税に前のめりになるのです。

やはり、消費税は高橋洋一氏の主張するように、地方税とすべきです。そうすれば、消費税増税と法人税減税のバーターも成り立たなくなります。

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2022年7月1日金曜日

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日本の解き方

高橋洋一


 参院選(7月10日投開票)で、物価高など経済対策に並んで有権者の関心が高い争点が外交・安全保障問題だ。中国の日本周辺での威嚇やロシアのウクライナ侵攻で国民の危機意識が高まるなか、岸田文雄首相は北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に日本の首相として初参加し、「防衛力の5年以内の抜本的強化」を表明した。しかし、これに水を差しかねないのが防衛事務次官人事だと元内閣参事官で嘉悦大教授の高橋洋一氏は指摘する。岸田首相と安倍晋三元首相の〝暗闘〟も指摘されたが、背後にはあの省庁の存在があるというのだ。


 政府は6月17日、各府省幹部職員の人事を閣議決定した。防衛省では7月1日付で島田和久事務次官が退任し、後任に鈴木敦夫防衛装備庁長官を充てる。

 防衛省は現在、2022年末に向け国家安全保障戦略など3文書の改定作業中であるとともに、防衛費について国内総生産(GDP)比2%超えを目指すという重要な局面だ。そのため、大方の予想は、島田次官の留任というものだった。

 戦後長らく防衛費がGDP比1%程度の低位だったのには理由がある。予算には「要求なくして査定なし」という金言がある。予算額が要求額以上になることはないという意味だ。

 各省の予算要求の要となるのは会計課長だ。予算がなくては政策もできないので、会計課長は出世コースだ。ところが防衛省では、会計課長は財務省からの出向者だ。出向者は親元の省庁を見て仕事をするのが普通だから、まともな予算要求が行われていなかったといわれても仕方がない面もある。

 そこで、安倍政権では、事務次官に安倍氏の秘書官だった島田氏を充てた。続く菅義偉政権では、防衛大臣に安倍氏の実弟、岸信夫氏を充てた。何とか防衛費の確保をしようとした布陣だった。

防衛次官人事をめぐる攻防も指摘された岸田首相と安倍元首相

 ところが、岸田政権は、前述のような次官人事を行った。参院選後、9月にも内閣改造が行われるだろうが、岸防衛相の交代も噂されている。となると、防衛費のGDP比2%超えは、実現に向けてかなり難航することも予想される。

 岸田首相が対外的に防衛費の「相当な増額」と言っているので多少は増やすだろうが、増額幅を抑制したり、増額期間を引き伸ばし、そのうち雲散霧消させたりするのが財務省の戦略だと筆者は考える。岸田政権は財務省の意向が通りやすく、やりたい放題ではないか。

 防衛省は「岸田人事」の典型だといえるが、筆者の見るところ、官邸を含め他の省庁でも同様の状況で、安倍・菅政権で仕事をしていた官僚をラインから外したりしている。その後釜に就くのは財務省の息がかかった人が多い。まるで、財務省の別働部隊がそこかしこにいるようだ。となると、各省から出てくる素案の段階で積極財政とはほど遠い状況になるだろう。

 公共事業の費用と便益を評価する際の重要な前提条件である「社会的割引率」は、2004年以降、4%のままで、見直しの気配もない。安倍政権時に見直し作業がなされたが、岸田政権では頓挫しているようだ。社会的割引率が高いままでは、そもそも投資案件が出てこない。

 岸田首相は、首相として何がやりたいのかと問われて、「人事」と答えたことがある。本来、人事は何かやりたい時の手段である。ところが、今回の岸田人事を見ていると、財務省のいいなりで財務省サイドの官僚が多く選ばれているようだ。これではインフラ投資の増額など全く期待できず、絶好の投資チャンスを生かせない。

 こうした人事は岸田政権を評価する材料だともいえる。有権者は選挙などの機会で、岸田人事への意見を反映させる必要があるだろう。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】政府の本来の仕事は統治、それに専念するためまずは財務省の力を削ぐべきだがそれには妙案が(゚д゚)!

このブログの読者の方々は、このブログでは折に触れて、経営学の大家ドラッカーのマネジメント上の原理原則を掲載しているのをご存知でしょう。なぜそのようなことをするかといえば、マネジメントには原理原則があって、マネジメント上の問題はこの原理原則に従えば、完璧とはいかなくても、少なくとも方向性は間違わずにすむからです。

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自分の考えだけを掲載というのでは、考え方の幅も奥行きも狭いものになり、このブログを読んでいただいている方々の参考にならないと思うからです。

上の記事で髙橋洋一が指摘するように、「岸田人事」にはかなり問題があります。

そのドラッカー氏は人事に関して、人事こそ組織における最大のコントロール手段であるとしています。コントロールには様々なものがあります。目標や各種数字、叱責や褒めることなど、コントロール手段は、様々ですがその中で最大のものは人事だというのです。

ドラッカー氏は人事について以下のよう語っています。    
日頃言っていることを昇格人事に反映させなければ、 優れた組織をつくることはできない。 本気なことを示す決定打は、人事において、 断固、人格的な真摯さを評価することである。 なぜなら、リーダシップが発揮されるのは、 人格においてだからである」。(ドラッカー名著集②『現代の経営』[上])
田文雄首相は北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に日本の首相として初参加し、「防衛力の5年以内の抜本的強化」を表明しました。しかし、上の記事にある通り、岸田総理は防衛省人事では7月1日付で島田和久事務次官が退任し、後任に鈴木敦夫防衛装備庁長官を充てるという決定をしています。

これでは、NATOで語ったことが本気であるということを示すことにはなりません。多くの人は「防衛費を上げるつもりはないのではないか」と受け取られても仕方ありません。参院選後に、岸防衛相の交代人事が行われるとすれば、もう、これは決定的であり、誰も防衛費が上がるとは思わなくなるでしょう。

ドラッカーによれば、人間のすばらしさは、 強みと弱みを含め、多様性にある。 同時に、組織のすばらしさは、その多様な人間一人ひとりの強みを フルに発揮させ、弱みを意味のないものにすることにあります。

だから、ドラッカーは、弱みは気にしません。 山あれば谷あり。むしろ、何でもできる人間とは、専門性がなくて、何もできない人間なのです。 ところが、ひとつだけ気にせざるをえない弱みというものがあります。 それが真摯さ(integrity)の欠如です。 真摯さが欠如した者だけは高い地位につけてはならないという。 ドラッカーは、この点に関しては恐ろしく具体的です。
人の強みでなく、弱みに焦点を合わせる者をマネジメントの地位につけてはならない。 人のできることはなにも見ず、できないことはすべて知っているという物は 組織の文化を損なう。 何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者も昇格させてはならない。 仕事よりも人を問題にすることは堕落である。 
真摯さよりも、頭脳を重視する者を昇進させてはならない。 そのような者は未熟である。 有能な部下を恐れる者を昇進させてもならない。 そのような者は弱い。 
仕事に高い基準を設けない者も昇進させてはならない。 仕事や能力に対する侮りの風潮を招く。 
判断力が不足していても、害をもたらさないことはある。 しかし、真摯さに欠けていたのでは、いかに知識があり、 才気があり、仕事ができようとも、組織を腐敗させ、業績を低下させる。

真摯さは習得できない。仕事についたときにもっていなければ、 あとで身につけることはできない。 真摯さはごまかしがきかない。 一緒に働けば、その者が真摯であるかどうかは数週間でわかる。 部下たちは、無能、無知、頼りなさ、無作法など、 ほとんどのことは許す。しかし、真摯さの欠如だけは許さない。 そして、そのような者を選ぶマネジメントを許さない。(『現代の経営』[上])  

 防衛費について国内総生産(GDP)比2%超えを目指すのは、たしかに高い目標です。しかし、このような高い目標を基準を設けない者を昇進させてはならないとしています。

何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者も昇格させてはならないとしています。 仕事よりも人を問題にすることは堕落であるとしています。

デフレに対しては何をすべきかということよりも、財務省や日銀官僚の考えこそ、正しいとするよう者は、堕落しているといえます。

国民や政府のことなど度外視し、省益追求のためにもう30年もデフレを放置してきた財務官僚は、もうとっくの前に堕落しているのです。 

このような財務省は潰したほうか良いと思います。それに関しては、以前このブログも掲載したことがあります。それを以下に再掲します。

政府の役割は、社会のために意味ある決定と方向付けを行うことである。社会のエネルギーを結集することである。問題を浮かびあがらせることである。選択を提示することである。(ドラッカー名著集(7)『断絶の時代』)

この政府の役割をドラッカーは統治と名づけ、実行とは両立しないと喝破しました。「統治と実行を両立させようとすれば、統治の能力が麻痺する。しかも、決定のための機関に実行させても、貧弱な実行しかできない。それらの機関は、実行に焦点を合わせていない。体制がそうなっていない。そもそも関心が薄い」といいます。

しかし、ここで企業の経験が役に立つ。企業は、これまでほぼ半世紀にわたって、統治と実行の両立に取り組んできました。その結果、両者は分離しなければならないということを知ったのです。

企業において、統治と実行の分離は、トップマネジメントの弱体化を意味するものではなかった。その意図は、トップマネジメントを強化することにありました。

実行は現場ごとの目的の下にそれぞれの現場に任せ、トップが決定と方向付けに専念できるようにするのです。この企業で得られた原則を国に適用するならば、実行の任に当たる者は、政府以外の組織でなければならないことになります。

下は、ヤマト運輸の組織図ですが、コーポレート本部は統治に専念しているのでしょう。事業本部は、事業に専念し、輸送機能本部などは事業を実施しているのではないものの、事業部組織に組織横断的な実行に関わる部門だと考えられます。

ヤマト運輸株式会社の組織図

政府の仕事について、これほど簡単な原則はありません。しかし、これは、これまでの政治理論の下に政府が行ってきた仕事とは大いに異なります。

これまでの理論では、政府は唯一無二の絶対の存在でしたた。しかも、社会の外の存在でした。ところが、この原則の下においては、政府は社会の中の存在とならなければならないのです。そうして、中心的な存在とならなければならないのです。

おまけに今日では、不得手な実行を政府に任せられるほどの財政的な余裕はありません。時間の余裕も人手の余裕もありません。

この300年間、政治理論と社会理論は分離されてきた。しかしここで、この半世紀に組織について学んだことを、政府と社会に適用することになれば、この二つの理論が再び合体する。一方において、企業、大学、病院など非政府の組織が、成果を上げるための機関となる。他方において、政府が、社会の諸目的を決定するための機関となる。そして多様な組織の指揮者となる。(『断絶の時代』)

以上を簡単に言うと、政府の仕事を統治のみにして、それ以外の実行部分は全部政府の外に出し、非営利企業などの民間企業に委託するという形にするということです。ただ、政府が統治に集中するとはいっても、ある程度事務作業などはどうしても必要になるでしょうから、内閣府くらいは残すのが良いかもしれません。

これは、民間の大企業ではすでに行われています。持株会社などを本部として、本部がグループ企業の統治を行い、それ以外は事業会社として実行に専念するというものです。これは、世界的な大企業が様々な試行錯誤した上でたどりついた方式です。

大企業がしばしば機能不全に見舞われ、その打開策として考え出され、現在定着したものです。無論、企業でも規模が小さいところでは、そのような必要はありません。しかし、世界的な大企業であれば、このような形にしないと不正や腐敗がはびこり機能不全に至ることから、今日はこのような形が世界中で普通になっています。

政府は大企業よりもさらに規模が大きいのが普通ですから、いずれこのような形にするのが理想と考えられます。

このようにすれば、政府の機能不全も徐々に改善されていくことでしょう。財務省のような省庁が実体経済どんなときにでも、緊縮財政を実行し挙げ句の果に30年も「失われた時代」という経済も成長せず、賃金もあがらないなどというよう馬鹿げたことを防ぐこともできるでしょう。ただ、私も一足とびにこのようなことはできないと思いました。

そう思いつつ、何か途中の形で良いものはないかと思っていたところ、高橋洋一氏が素晴らしい提案をしていました。その動画を以下に掲載します。


詳細は、この動画をご覧いただくものとして、簡単にいうと、各省庁の仕事の分掌を、設置法方法式で行うをやめ、束ね政令方式にするというものです。これは、その時々で政府の政令によって、どの省庁に何をさせるかを定める方式ということです。

海外には政府の各省庁の分掌を設置法で決めているところはなく、概ね束ね政令方式が普通です。財務省(官僚全般)の大弱点は、いまやってる仕事をほかの役所に割り振られることです。そうなると、省益の追求はかなりしにくくなります。

たとえば税部門の仕事を歳入庁をつくって、歳入庁は内閣府の下にするとか。主計局の仕事でも、それを内閣府の下にするという方式です。

ただ、それで固定するというのではなく、その時々で、政令でそれを実行する方式です。

これは、非常に良い考え方だと思います。ただ、財務省はこれに当然反対し、恐ろしい勢いで、政治家を殺す(もちろん本当に殺すわけではなく実質的に政治生命を絶つなどのこと)勢いで挑んでくるのは間違いないので、すぐにできることではないですが、髙橋洋一氏は、今ではないもののいずれ政治家が挑んでも良いのではないかと語っています。

これは、いずれ実行すべきでしょう。そうして、それが終われば、いずれ政府が本来の統治だけを行う方式に移行すべきものと思います。

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2022年6月30日木曜日

原潜体制に移行する周辺国 日本は原潜・通常潜の二刀流で―【私の論評】日本が米国なみの大型攻撃型原潜を複数持てば、海軍力では世界トップクラスになる(゚д゚)!

原潜体制に移行する周辺国 日本は原潜・通常潜の二刀流で


 先日、参院選を控えて、各党党首による政治討論が放映された(フジテレビ)。その中で、原子力潜水艦の保有の是非について、議論があり、筆者がかねて主張しているところから、興味深く視聴した。短い時間制限の中、深い掘り下げた議論には至らなかったが、結論は、維新・国民・NHKの3党が導入・装備に賛成し、自民・公明・立民・共産・社民・れいわの6党が反対した。若干の所見を披露したい。

誤解招く「1隻1兆円」

 岸田文雄首相(自民党総裁)の発言の要旨は、「防衛力強化は行わねばならぬが、いきなり原潜はどうかと思う」「我が国は原子力基本法による平和利用の方針がある」「運用コストが高い」「(中国を念頭に)対応はしっかり整備されている」といったところであるが、現状肯定を金科玉条とする体制側の悪い側面が出た主張で、将来を見越した英明さに欠ける。原子力基本法は、何と70年前の法律である。

 中国は原潜体制を着実に拡大し、その拠点を南太平洋、インド洋に設けようとしている。隣国韓国・北朝鮮も原潜装備を計画中である。QUAD(クアッド)態勢を重視する我が国であるが、インドは原潜(アクラ級2隻)を保有し、今年、豪州も米国からの原潜導入に踏み切った(バージニア級8隻)。このような情勢をどう判断しているのだろうか。新しい技術、国際政治情勢にも拘(かか)わらず、憲法と同様、過去の柵(しがらみ)から脱皮できないようでは、あまりにも情けないと言わざるを得ない。

 経費について、野党党首から「1隻1兆円」の発言があり、調べたところ、調達費・30年間のライフサイクルコストを合計すると1兆円という数値がインターネットで、読み取れる。30年間であるので年割330億円であり、如何(いか)に論戦とはいえ一般国民に誤解を与える数値を政治家たるもの、大いに慎んでほしいものである。因(ちな)みに豪州がフランスと進めていた先進通常潜水艦を米原潜に変更した陰には、性能・価格の高騰問題があるとされており、浅薄な懐勘定はすべきではない。

 ここで、原潜と通常型潜水艦の差異について述べたい。通常型潜水艦は、動力源はディーゼルエンジンであり、これにより搭載電池を充電する。潜航中は電池により、運航・機動・作戦行動に必要な動力すべてを賄う。従って潜航中は、必然的に電池容量を睨(にら)みながらの行動となり、高速での運航は、極端に制限される。ある程度の潜水行動後は、シュノーケル潜度まで浮上し、エンジンによる電池充電が必要である。電池性能は大きく進歩し、最近の潜水艦はリチウム電池の採用(海自たいげい型)に見られる如(ごと)く、かなりの期間、潜水運航が可能である。

海上自衛隊の「はくりゅう」(Wikipediaより)

 他方、原潜は、搭載する原子炉で全ての動力を時間に制限なく自給できることから、大型化(多機能化)、高速、深深度、長期間無寄港運航が可能であり、通常型とは性能のレベルが異なる存在である。先述のテレビ放送で、通常型が比肩できる性能を有し、瞬発力で原潜が勝る程度の解説字幕表示があったが、真に恥ずかしい真偽を問われる内容であると考えている。

 岸田首相の「対応力は整備されている」発言も問題である。現状での潜水艦警戒監視システム、日米共同の情報共有網、探知に有利な我が地勢等の総合力を踏まえての発言であろうが、軽率な発言である。静粛化技術の進歩、欺瞞(ぎまん)装置、無音状態で曳航(えいこう)、大洋適地で自力運航を開始する方法等、平時は「奥の手は見せない」のが、この世界での常識である。甘く見てはならない。

 全般に見て、与党の主張は、現在進めている通常型潜水艦体制の充実・発展に向けた態度が顕著であり、原潜はその次といった方針が見え見えである。新型電池搭載の「たいげい」以下の整備を進めることは大いに結構で反対するものではない。特異な列島地形、緊要な水峡を多数抱える我が国は、他国に無い通常潜の所要があることは十分理解する。

政治家に高い見識期待

 しかし周辺国の情勢は、間違いなく早晩、原潜体制に移行する。こと原潜整備に限れば、我が国の取り組みが最も遅れている現状にあることを承知し、原潜・通常潜の二刀流に取り組むべき時期に来ているのである。原潜保有をテレビ局が取り上げること自体、時代の変化を感じ、結構なことと感じているが、将来を見越した長期的観点と政治家の一層の高い見識を期待する。

(すぎやま・しげる)

【私の論評】日本が米国なみの大型攻撃型原潜を複数持てば、海軍力では世界トップクラスになる(゚д゚)!

上の記事で補足させていただくとすれば、まずは日本の通常型潜水艦は、ステル性(静寂性)に優れていることだと思います。特に最新鋭艦の場合は、無音に近いです。潜水艦の性能の細部などについては各国ともあまり表に出さないので、実際はどうなのかはわかりませんが、おそらく日本の最新鋭の通常型潜水艦のステルス性は世界一だろうとされています。

そうなると、日米海軍と比較すると、格段に劣る中露の対潜哨戒能力ではこれを発見するのはかなり難しいです。

一方、原潜については、補足することはほとんどありませんが、大型化(多機能化)ということでは、米軍の攻撃型原潜の例をださせていただくと理解しやすいと思います。

日本の通常型潜水艦も最近は大型化しています。最新艦の「はくげい」の基準排水量は、3,000トンであり、乗組員数は70名です。

一方米国の攻撃型原潜(核を搭載してない戦略型原潜ではない原潜)のオハイオ級の基準排水量は16,764 トンです。排水量だけて5倍です。乗員は155名です。日本の最新鋭イージス艦「はぐろ」の基準排水量が 8,200 トンですから、オハイオ級は2倍近いです。

オハイオ潜水艦は今はもう核ミサイルを搭載していないですが、米海軍のすべての潜水艦と同様、原子力を動力とする。現在の呼称は「巡航ミサイル搭載原子力潜水艦(SSGN)」で、原子炉によってタービン2基に蒸気を送り、その力でプロペラを回すことで推進します。 

海軍によると、その航続距離は「無制限」。連続潜航能力の唯一の制約となるのは、乗組員の食料を補給する必要性のみです。

 オハイオは比較的大型の艦体や動力ゆえに、トマホーク巡航ミサイルを154基も搭載できる。これは米誘導ミサイル駆逐艦の1.5倍以上、米海軍の最新鋭攻撃型潜水艦の4倍近いです。

この他にも、魚雷、対空ミサイル、対艦ミサイルを備えているわけですから、これは艦艇というよりは、水中の武器庫、水中のミサイル基地と言っても良いくらいです。

かつてトランプ氏が大統領だったときに、米国の攻撃型原潜のことを「水中の空母と評しましたが」このことを言いたかったのでしょう。

フランスの空母シャルル・ド・ゴールと並走する英国のコリンズ級原潜

こうした攻撃型原潜ですが、欠点もあります。それは、原子力潜水艦の構造上どうしてもある一体程度の騒音が出て、日本の通常型潜水艦のように無音にすることはできないのです。ただ、日本の技術をもってすれば、かなり静寂性に優れた潜水艦を建造できるだろうとはいわれいるようですが、それでも無音に近くすることは不可能とされています。

ただ、米国の巨大な攻撃型原潜にはこれを補ってあまりあるほどの利点があります。それは、やはり群を抜いた攻撃力と無限ともいえる航続距離を有していることでしょう。

それに、騒音という欠点は、日米であれば、対潜哨戒能力が高いので、十分補うことができます。そのせいもあって、日米は対潜水艦戦争(ASW:Anti Submarine Warefare)では両国とも世界のトップクラスといわれ、中露をはるかに凌駕しています。

こうしてみていくと、日本のステルス性の高い潜水艦は、あくまで艦艇であり、米国の大型攻撃型原潜のように水中のミサイル基地というわけではありませんが、ステルス性を生かして、敵に脅威を与えたり、情報収集活動には向いていることがわかります。

両者は同じ潜水艦というよりは、別ものと捉えたほうが良いです。日本が、専守防衛だけすると割り切るのであれば、現在の通常型潜水艦でも十分だと思います。ただ、専守防衛とはウクライナの事例でもわかるとおり、ロシア領内からミサイルを打ち込まれれば、国土が破壊され放題になります。

これに対抗するため敵基地攻撃能力も持とうとすれば、米国の大型攻撃型潜水艦のようなもののほうが、有効です。

それに、日本が専守防衛だけではなく、日本のシーレーンの防衛や、インド太平洋地域の安全保障にも関わるつもりであれば、攻撃型原潜は必須です。

両方を持ってれば、これらを有効に使うこともできます。まずは、ステルス性の高い通常型潜水艦で、情報収集活動をしたり、攻撃型原潜を脅かす艦艇・航空機・潜水艦などを攻撃して、これを守り、攻撃型原潜は、通常型潜水艦の情報に基づき、効果的な攻撃をすることができます。

敵基地攻撃は無論のこと、敵レーダー基地や、監視衛星の地上施設などを破壊することができます。

ちなみに、米軍は数十年前から通常型潜水艦の建造をやめ原潜の建造に集中したため、現在その建造能力は失われています。

一方日本は、原潜を建造したことはないものの、原子力産業が存在し、潜水艦建造能力もあることから、原潜の建造はやる気になれぱできます。

日本が、米国並の攻撃型原潜と、ステルス性に優れた潜水艦の両方をある程度以上持って運用することができるようになれば、海戦能力としては世界一になるかもしれません。

なぜなら、日本の最新鋭の通常型潜水艦は、米海軍てもこれを発見するのは難しいからです。そのステルス性に優れた、潜水艦と、攻撃型原潜が協同できるようにし、さらに世界トップクラスの対潜哨戒能力が加われば、これは海軍としてはも向かうところ敵なしということになります。

そうなれば、米国と並び世界トップクラスの海軍になるでしょう。

それは、中露が最も恐れているところだと思います。


横須賀に停泊中の米海軍の攻撃型原潜「イリノイ」を視察する元IEA(国際エネルギー機関)事務局長田中氏

元IEAの事務局長だった田中伸男氏は、以下のように主張しています。
日本の持つディーゼルとリチウムイオン電池の潜水艦は静音性などに大変優れるが、毎日浮上する必要があり、秘匿性能と航続距離に課題がある。最近、北朝鮮のミサイルを撃ち落とす新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」計画が放棄された。

敵国領内での基地攻撃の可否が議論されているが、そもそも攻撃を受けた場合、通常型巡航ミサイルでの反撃は攻撃ではなく防御だ。非核巡航ミサイルを装備した原潜による敵の核攻撃抑止も、米国の核の拡大抑止の補完として検討されるべきであろう。

まずは1隻、米国から購入し技術移転、乗員の訓練などのための日米原子力安全保障協力が必要だ。日本に核装備は不要で核兵器禁止条約にも加盟すべきだが、緊張の高まる北東アジアの状況を考えれば、むつ以来のタブーを破り原子力推進の潜水艦建造を検討する必要があると考える。

私もこの意見には賛成です。米国からまず1隻を購入するなり、リースするなりすれば、良いと思います。潜水艦建造能力や原子力産業がある日本が、まず一隻を購入するなりリースするなりした上で原潜建造に取り組めば、オーストラリアより先に原潜を建造できるようになる可能性もあります。

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2022年6月29日水曜日

野党やマスコミがいう「物価高」「インフレ」は本当か 食品とエネルギー高が実態だ 真の問題は消費喚起策の不在―【私の論評】イフンレとはどういう状態なのか、日本ではそれを意識して実体験した人も正しく記憶している人もほとんどいなくなった(゚д゚)!

日本の解き方


 参院選では「物価高」が争点となり、「岸田インフレ」と呼ぶ野党やマスコミもあるが、物価の状況などを踏まえると、日本の現状は「物価高」「インフレ」といえるのだろうか。

 5月の消費者物価指数をみると、総合指数(前年同月比、以下同じ)は2・5%上昇、生鮮食品を除く総合指数は2・1%上昇した。生鮮食品およびエネルギーを除く総合指数は0・8%上昇だった。4月とほぼ同じ水準だといえる。

 5月の生鮮食品は12・3%上昇、エネルギーは17・1%上昇だった。これらが大きく上がっているので、「総合指数」と「生鮮食品を除く総合指数」がそれぞれ2%超の上昇となった半面、「生鮮食品およびエネルギーを除く総合指数」は0・8%上昇にとどまったわけだ。

 海外をみると、「食品およびエネルギーを除く総合指数」が4~6%以上の上昇になると「インフレ」と騒ぎ出す。

 この意味で、日本のマスコミが「生鮮食品を除く総合指数」の2・1%上昇をとらえて、「インフレ目標を2カ月続けて超えた」と大騒ぎするのには、かなり違和感がある。

 そもそもインフレ目標は、2%ピタリを目指すものではない。国際的には、目標値のプラスマイナス1%は許容範囲内なので、インフレ目標を超えたという言い方はしないだろう。

 しかも、インフレ率の基調を示す「生鮮食品およびエネルギーを除く総合指数」が0・8%の上昇なら、目標をクリアしているかどうかも怪しい。少なくとも長期にわたりクリアしているとはいえない。

 いずれにしても、今の状況で「インフレ」とは言いがたい。

 もっとも、岸田文雄首相が言うように「日本のインフレ率は欧米より低く、物価対策が功を奏している」というのも難しい。インフレ率が低いのは、日本でまだGDPギャップ(総需要と総供給の差)があるからだ。GDPギャップの存在は、まだ完全雇用を達成できていないことを意味する。つまり、補正予算を渋り、失業を容認しているわけで、岸田首相が胸を張って誇れることではない。

 電気・ガス料金や食品価格上昇に対する正統派の政策は、ガソリン税や個別消費税の減税だ。その上で、コロナ禍の行動制限で消費に回らなかった「強制貯蓄」を動かすのがいい。

 4、5月の消費者物価指数を見る限り、「強制貯蓄」はまだ動いていないとみるべきだろう。これは補正予算で、強制貯蓄を動かすための「呼び水」措置を取らなかったからだ。


 補正予算で「Go To トラベル」の再開でもしておけば、夏休みの前倒しにも、旅行需要の喚起策にもなっただろうが、岸田政権は参院選後に先送りした。その不作為が、4、5月で物価統計に変化がなかった大きな要因ではないか。

 ガソリン税や個別消費税の減税、呼び水措置を実施すれば、「生鮮食品およびエネルギーを除く総合指数」が2~3%上昇というマイルドなインフレになるだろう。これは、同時に完全雇用に近い状況も達成できるので、マクロ経済政策としては合格点だ。

(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】イフンレとはどういう状態なのか、日本ではそれを意識して実体験した人も正しく記憶している人もほとんどいなくなった(゚д゚)!

4月にも掲載しましたが、総務省統計局の消費者物価指数の表を以下に掲載します。

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野党や、マスコミの人は、こういう一次資料にあたる習慣がないようです。インターネットで「物価 5月」などと検索すると、このページすぐでてきます。

これを見れば、「物価(全般)上昇」ではなく「エネルギー価格と一部の品目の価格上昇」が正しい見方といえます。これだけみても、現在日本で実施すべきは、政党を超えて国民生活を考えて「消費減税など財政政策」をするべきであることがわかります。

日本がインフレといういう人は、米国などのインフレの実態を知らないのではないでしょうか。

たとえば、年収を円換算で2000万と言うと日本で暮らす感覚で考えるとすごい豊かな生活と思うかもしれませんが、1〜2年前でもサンフランシスコあたりでは独身で年収800万あってもギリギリ生活です。

ごく普通の2LDKで月家賃が50万近いともいわれています。今の米国の狂乱インフレ下では特に都市部ではもう年収2000万でも生活が苦しいかもしれません。それは下のグラフをみても容易に想像がつきます。


ニュヨークではカリフラワーが1個6ドルです。NYの家賃は今年1月までの1年間で33%もアップし、今年3月までの1年間でアメリカの消費者物価は8.5%上昇、平均時給は5.6%上昇しました。

以下に今年5月の動画を掲載します。


米国は景気が良すぎてインフレで苦しんだからこそ「金利を上げて景気にブレーキ」が必要だったのです。米国では景気後退リスクは予定通りなのですです。 日本の野党が言うように今、日本で「金利を上げて景気にブレーキ」を掛けたら日本はまたデフレスパイラルのどん底に沈むだけです。

日本が米国ほど厳しいインフレになっていないのは、政府の対策が効いているからではなく、経済の実態がデフレだからにすぎないからです。

なぜマスコミや野党の人たちがこんな簡単な理屈も理解出来ないのでしょうか。

それは結局日本では、失われた30年といわれたように、あまりにも長い間デフレが続いてしまい、それが当たり前になってしまったからではないでしょうか。

これは、古今東西で日本だけが経験した異常事態です。デフレを通常の状態と認識するのは異常なことです。デフレと聴いて、景気が悪いくらいに認識している人が多いようですが、デフレとは本来正常な経済循環(景気の良い状態、悪い状態を繰り返すこと)から逸脱した異常な状態です。

若い人はもとより、現在の企業で働く中核になっているような30歳代から50歳代の人までが、インフレを知らないのです。多くの人が恒常的なデフレ状況に慣れ親しみ、それが異常であるという意識は薄れ、当たり前になっているのでしょう。

年配の人なら知っているのかもしれませんが、それにしても60 歳代の人ですら、30年以上前というと、随分昔のことです。若い頃と現在とでは、考え方も価値観も随分変わっていると思います。インフレだった頃のことをはっきり認識している人は少ないと思います。

インフレ、デフレなど経済の状況を逐一数字を見て確認する人もさほど多くないと思います。そういう人が、物価が短期間に2%上昇したなどという報道などをみれば、物価がかなり上がったと認識するのかもしれません。

それ以上の70歳代、80歳代の人の多くは、現役を退いているでしょう。現役だった頃と、引退した後では生活様式が異なるのが当たり前です。そうなると、自分の生活の変化がデフレによるものなのか、インフレによるものなのか、あるいはそのようなことには関係がないのかも区別がつきにくいでしょう。

こうして若い人は、インフレを経験したことがなく、それ以降の世代の人もインフレだったころことは遠い昔の出来事にすぎません。

良いたとえは見つかりませんが、たとえば戦後世代がだんだん少なくなり、あと50年もすれば語り継ぐ人も少くなくなり、戦争の記憶が風化してしまうかもしれません。実体経済に関しては、30年という年月はこれに近い年月なのかもしれません。

戦争の実体験や、超インフレの体験など、誰もがはっきりと認識できるのですが、緩やかなインフレやデフレなどははっきりと認識できないのでしょう。        

デフレに戻らないように、この状況はなんとしてでも是正しなければなりません。そのためにも、インフレがどういものなのか、おりに触れてこのブログでもこれからも、触れていこうと思います。    

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