髙橋 洋一 経済学者 嘉悦大学教授 プロフィール |
「問題発言」の内容
スイス東部のダボスで、1月23日から26日まで、世界経済フォーラムの年次総会、いわゆる「ダボス会議」が開かれていた。今年は、トランプ大統領が初めて出席する関係もあり、例にない警備体制だったという。
周知のとおり、トランプ大統領は、再交渉を前提にTPP(環太平洋パートナーシップ協定)への復帰の可能性を示唆した。アメリカが抜けた後、TPP11というアメリカ除きの自由貿易協定が日本のリーダーシップで既に合意しているので、アメリカも焦ってきたのだろう。
筆者は、トランプ自身は自由貿易論者であり、オバマ前大統領主導のTPPという枠組みが嫌いなだけで、かわりに日米FTAなどの自由貿易を提案してくるとみていたが、結局その通りになった。日本としては、日米FTAとTPP12の両方のカードがあるため、アメリカの出方を待って作戦が取るとれるので、トランプ大統領のこのスタンス変更は歓迎だろう。
さて、ダボス会議は世界のリーダーが集まる会議であり、各リーダーの品評会のようなところだ。小泉政権以降、日本の政治家も積極的にダボス会議に参加していたが、今年はちょっと寂しい状況だ。
ダボス会議に出席した日銀黒田総裁 |
そのダボス会議において、日銀・黒田総裁が出ていた会合で、金融政策についての興味深いやりとりがあった(https://www.weforum.org/events/world-economic-forum-annual-meeting-2018/sessions/a0Wb000000AlJAXEA3 の55分あたりから)。筆者の知り合いがダボス会議事務局をやっているので、ダボス会議には注目していたが、ネットの一部でもこの会合に出席した黒田総裁の発言を疑問に思う声が出ていた。
なお、マスコミはこのことについてまったく言及していない。黒田総裁の発言は至極重要なはずで、ネットで見られるものであるが、日本のマスコミはおそらく見ていないのだろう(役所の解説がないと記事を書けないマスコミが多いためだろ思われる)。
一部で問題視されているのが、26日に行われた「Global Economic Outlook」での発言である。参加者は、黒田日銀総裁の他に、カーニー・イングランド銀行総裁、ラガルド・IMF専務理事、ラム香港特別区行政長官、フィナンシャルタイムズのウルフ記者らであった。
ウルフ氏が進行役で登壇者に質問していたが、その後の質疑応答の際に、フロアーから「インフレ目標は2%がいいのか」という質問があった。ウルフ氏は、その他の質問も含めて、まずラガルド氏に聞いた。ラガルド氏は、「インフレ目標2%がいいのかどうかは、国によって異なることもある」などと無難に答えた。
ウルフ氏は、「日本はデフレが長かったので、2%では低く、4%目標でもよいのでは」と黒田氏に質問した。それに対する黒田氏の答えは、要約すると次の通りだった。
<インフレ目標の物価統計には上方バイアスがあるので、若干のプラスが必要なこと、ある程度プラスでないと政策の対応余地が少なくなること、先進国間の為替の変動を防ぐことなどの理由で、先進国で2%インフレ目標が確立されてきた。>
ハッキリ言って、役人答弁そのもので、何を言っているのかさっぱり分からなかった。
なお、マスコミはこのことについてまったく言及していない。黒田総裁の発言は至極重要なはずで、ネットで見られるものであるが、日本のマスコミはおそらく見ていないのだろう(役所の解説がないと記事を書けないマスコミが多いためだろ思われる)。
一部で問題視されているのが、26日に行われた「Global Economic Outlook」での発言である。参加者は、黒田日銀総裁の他に、カーニー・イングランド銀行総裁、ラガルド・IMF専務理事、ラム香港特別区行政長官、フィナンシャルタイムズのウルフ記者らであった。
ウルフ氏が進行役で登壇者に質問していたが、その後の質疑応答の際に、フロアーから「インフレ目標は2%がいいのか」という質問があった。ウルフ氏は、その他の質問も含めて、まずラガルド氏に聞いた。ラガルド氏は、「インフレ目標2%がいいのかどうかは、国によって異なることもある」などと無難に答えた。
ウルフ氏は、「日本はデフレが長かったので、2%では低く、4%目標でもよいのでは」と黒田氏に質問した。それに対する黒田氏の答えは、要約すると次の通りだった。
<インフレ目標の物価統計には上方バイアスがあるので、若干のプラスが必要なこと、ある程度プラスでないと政策の対応余地が少なくなること、先進国間の為替の変動を防ぐことなどの理由で、先進国で2%インフレ目標が確立されてきた。>
ハッキリ言って、役人答弁そのもので、何を言っているのかさっぱり分からなかった。
クルーグマンに問われたこと
実は、筆者は日本では2%ではなく、4%インフレ目標にすべきということを、かつてプリンストン大学でクルーグマン教授に同じことを問われたことがある。その時は筆者は、
「インフレ目標は、フィリップス曲線上でNAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment、インフレを加速しない失業率)を達成するための、最低のインフレ率である。
日本では、NAIRUは2.5%程度なので、インフレ目標は2%(が適当だ)。もし2%より高い、例えば4%のインフレ目標にしたら、失業率は2.5%程度でそれ以下には下がらないが、インフレ率だけが高くなるので、無駄で社会的コストが発生するインフレになってしまう」
と答えた。黒田総裁は、世界が注目するダボス会議で日本のリーダーとして男を上げる機会を逸してしまった。ラガルドがちょっと逃げて答えたので、ここでびしっと決めれば格好良かったのに。
おそらくなぜインフレ目標を2%にしているのか、筆者の解答部分の前半について、黒田総裁は明確に理解していないのだろう。それは、日銀事務局も同じである。それは、日銀が毎四半期ごとに出している「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」(https://www.boj.or.jp/mopo/outlook/index.htm/)をみればわかる。
その中で、各回レポートに失業率の件があるのだが、直近のものでは「失業率も、足もとでは構造失業率をやや下回る2%台後半となっている」と書かれている。
その注には、「構造失業率には様々な考え方があるが、前掲図表3では、所謂『ベバリッジ曲線』の考え方に基づき、失業率と欠員率が一致する(=ミスマッチを勘案したマクロ的な労働需給が均衡する)場合の失業率として定義している。したがって、ここでの構造失業率は、NAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment)の概念と異なり、物価や賃金との直接的な関係を表す訳ではない。」とされている(https://www.boj.or.jp/mopo/outlook/gor1801b.pdf)。
この「構造失業率であって、NAIRU」でないというのは、典型的な役人の言い訳だ。この言い訳が使われたのは、2016年7月のレポートからだ。その直前に、筆者が「日銀の構造失業率は3%台半ばとしており、計算違いである」と指摘した。その理由は簡単だ。構造失業率が、長きにわたって現実の失業率を下回るはずはないからだ。
たしかに「構造失業率」と「NAIRU」とは、その概念は違うが、計算すればほぼ同じ数値になるものだ。どうしても違うというのなら、日銀はNAIRUをいくらと推計しているのか、誰か国会質問で聞いたらいい。これが答えられなくては、中央銀行失格である。NAIRUの代替物として構造失業率を計算しているのではないか。
中央銀行として、NAIRUが重要なのは、それがインフレ目標に直結しているからだ。それは以下の図をみてもわかる。
これが、筆者の解答に書かれている、
「インフレ目標は、フィリップス曲線上でNAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment=インフレを加速しない失業率)を達成するために最低のインフレ率である」
というところだ。
では、その次にある
「NAIRUは2.5%程度」
はどうだろうか。日銀のレポートでは間違い続けているが「NAIRUは2.5%程度」というのは、かなり専門的な知識が必要である。
「インフレ目標は、フィリップス曲線上でNAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment=インフレを加速しない失業率)を達成するために最低のインフレ率である」
というところだ。
では、その次にある
「NAIRUは2.5%程度」
はどうだろうか。日銀のレポートでは間違い続けているが「NAIRUは2.5%程度」というのは、かなり専門的な知識が必要である。
構造失業率でも日銀は間違っている
NAIRUの推計には、UV分析による方法と、潜在GDPによる分析がある。
まず、厚生労働省「職業安定業務統計」による欠員統計の利用が可能であるので、UV分析を若干アレンジしたい。UV分析とは、縦軸に失業率(U、通常は雇用失業率)、横軸に欠員率(V)をとり、失業率を需要不足失業率と構造的・摩擦的失業率に分解し、その動向からNAIRUを算出するものだ。
まず、1963年からのUV図を描いてみよう。欠員率=(有効求人数-就職件数)/(有効求人数-就職件数+雇用者数)、雇用失業率に対応する完全失業率としている。
これを見ると、1980年代は安定しており、左下方にシフトしてNAIRUが低下し、90年代には逆に右上方にシフトしNAIRUが高くなっていることがわかる。動きとしては右回りになっていることもわかる。
そこで、最近の2002年1月から2009年7月までの経路をみると、やはり右回りになっている(もっとも、リーマンショックがあったので、右下までこないままに右回りで一周している)。
最近の2009年8月から現時点までの経路を見ると、筆者の予想線の通りに右下に向かって下がっている。ここで、右回りになるとすると、さらに左下に下がり、完全雇用は下図のようになると、筆者はみている。その点に対応する失業率は2.5%程度であり、これが筆者の考えるNAIRUである。
最近の2009年8月から現時点までの経路を見ると、筆者の予想線の通りに右下に向かって下がっている。ここで、右回りになるとすると、さらに左下に下がり、完全雇用は下図のようになると、筆者はみている。その点に対応する失業率は2.5%程度であり、これが筆者の考えるNAIRUである。
ちなみに、この分析は、日銀レポートで構造失業率と言っているものと同じである。つまり構造失業率でも日銀は間違っていることを指摘しておこう。
ここでも野党は間抜けな批判を……
次に、潜在GDPからの分析である。この分析のために、内閣府が四半期ごとに公表しているGDPギャップを利用しよう。このGDPギャップとインフレ率と失業率の関係をみるのだ。
GDPギャップとインフレ率の関係は、GDPギャップがプラス方向に大きくなるとインフレ率が上昇する、正の相関関係がある。具体的には、GDPギャップがプラス2%程度になると、インフレ率が2%程度になる。
GDPギャップと失業率は、逆に負の相関関係である。GDPギャップがプラス方向に大きくなると失業率は低下する。具体的には、GDPギャップがプラス2%程度になると、失業率は2.5%程度になる。
これで、失業率2.5%に対応するのはインフレ率2%程度であり、これがインフレ目標になっているわけだ。
なお、GDPギャップとインフレ率は正の相関、GDPギャップと失業率は負の相関なので、インフレ率と失業率は負の相関になり、これが先の掲げたインフレ率と失業率の関係を表すフィリップス曲線になる。
現状の経済を見ると、失業率は2.7%であり、NAIRUにあと一歩の状況である。この傾向が続き、現実の失業率がNAIRUに近づくと、賃金はかなり上がり出す。現にその傾向は出ているが、今一歩の状況である。
そのためには、あと10兆円弱の有効需要を、金融緩和の継続または財政出動で作ればいい。そうなると、人手不足によって賃金を上げないと企業活動に支障が出てくるようになる。
安倍首相が賃上げを経済界に要請しているのは、こうした現状を踏まえた上のことであって、極めて政治的に巧妙である。経済界も現状をみると、首相に言われなくても賃金を上げないと企業活動に支障が出てくるのはわかっているから、要請に応じた形になるだけだ。決して、マスコミが報道するような「官製賃上げ」ではなく、マクロ経済をわかっていれば、賃上げは自然の動きなのだ。
こうした状況下で、いま、働き方改革が行われている。立憲民主などの旧民主党系の野党は「働き方改革は残業代をゼロにするためのもので、労働者に不利になる」とか言っているが、残業代ゼロでも、人手不足によって手取り給与総額は増えるだろう。何より、雇用を作れなかった旧民主党系の政治家たちがこんなことを言っているのだから、まったくお笑いの世界である。
雇用も作って、その上で給料も上がりそうな状況が出現している。野党は全く安倍政権にお株を奪われた状態なのである。
【私の論評】野党、マスコミ、官僚はマクロ政策に目覚めよ(゚д゚)!
私は、高橋洋一氏のように数学はさほど得意ではないので、上記のような計算はなかなかできないですが、それでも過去の統計資料と、現状の雇用情勢を比較すれば、いわゆる構造的失業率ないしはNAIRUは2%台半ばであることは過去から現在の失業率の統計資料などをみればわかります。
私自身は、以前このブログに掲載したように、大体2.7%ではないか目見当をつけたことがあります。
以下に、その検討をつけたときの資料などを掲載したブログ記事のリンクを掲載します。
「リフレ派敗北」という人の無知と無理解と統計オンチ デフレに逆戻りさせるのか―【私の論評】俗説、珍説を語る輩はエビデンス(証拠・根拠、証言、形跡)を出せ(゚д゚)!詳細は、この記事をご覧いただくものとして、この記事より以下にグラフを掲載します。
上のグラフをみるだけでも、完全失業率は2%台半ばくらいであることは大体察しがつきます。90年代の半ばあたりからは、日本はデフレ気味であり、97年あたりから完璧にデフレに突入したことを知っていればこのあたりの失業率の値はあまり参考にならないことがわかります。
このときよりも前のデーターを参照すれば、大体2%の半ばくらいと見るのが妥当です。完全失業率はその時々で変わるのではといわれていますが、まともなマクロ経済学のテキストによれば、このくらいの期間ではさほど変わることはなく変わったとしても0.5%くらいといわれています。
これは、1990年代の半ばより以前は、日本では失業率が3%を上回ると、危険信号といわれていたこととも符号します。米国ではずっと前から、米国の構造的失業率は4%くらいであるといわれてきました。それは今でも変わりません。
しかし日本では、2000年代にはいってから、完全失業率が3%台などは当たり前で、4%台や5%台になったこともありました。これは、日銀の金融政策が失敗していたことを物語っています。過去の日銀は、金融緩和すべきときに、金融引締めをするなどの愚策を行ってきたので、このようなことになったのです。
ブログ冒頭の記事で、高橋洋一氏は日本の構造的失業率ないしNAIRUを2.5%程度と考えていることが示されています。
高橋洋一氏は統計的手法を用いて、この試算を実施したのでしょう。おそらく、かなり正確なものと考えられます。
政治家などは、このような試算をすることは難しいかもしれません。しかし、私のように過去の統計などをみれば、どう考えても4%や5%の失業率がまともであるとは思えないはずです。さらに、自分で計算できなくなても、高橋洋一のような人、それも複数の人に計算してもらうことはできるはずです。そうすれば、まともではないということが認識できるはずです。
そのような見方をすれば、何かがおかしいということに気づき、金融政策に問題ありということになるはずです。しかし、多数の政治家はそのような見方がまだできません。特にブログ冒頭で高橋洋一氏が指摘するように野党はそうです。そうして、残念ながら、官僚もマスコミもそのような見方ができない人が多いです。
彼らの頭の中では、雇用とはマクロ経済政策である、金融政策などとは全く関係なく、ミクロ的な見方しかできません。そうして、雇用というと政府にミクロ政策のみを実行せよと迫ります。
これが根本的な誤りです。政府が行うべきはまずは、マクロ政策なのです。その他のミクロ政策は、政府としては法律や規制、インフラの整備はすべきですが、政府自身がミクロ政策を実行してしまえば、ことごとく失敗してしまいます。これがうまくいくというのなら、共産主義は大成功したはずです。でも現実はそうではありません。
だから、ミクロ政策は民間が実行すべきなのです。そうして、日本では民間というと営利企業のみがクローズアップされるのですが、これだけでは不十分で本来ならば民間非営利企業(NPO)が十二分に活躍しなければならないのです。
しかし、日本では未だに民間非営利企業(NPO)が欧米のように発達していないことが問題です。このあたりは、述べると長くなりそうなので、また機会を改めて、掲載します。
そうして、それ以前に日本では、政府は主にマクロ政策を実行すべきものということが、未だ前提となっていないところがあります。特に、雇用はそうです。マクロ政策である金融政策や、財政政策がまともでないときに、ミクロ政策(労務問題の解決など)だけを実行したとしても、雇用は改善できません。
まずは、これを根付ける必要があります。野党の政治家、マスコミ、官僚も政府はマクロ政策を実行する主体であることをはやく認識すべきです。はやく目覚めて欲しいものです。
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