2020年2月21日金曜日

フィリピンの「訪問米軍に関する地位協定」破棄は中国に有利?―【私の論評】米国、中国との距離を再調整しつつあるフィリピン(゚д゚)!

フィリピンの「訪問米軍に関する地位協定」破棄は中国に有利?


フィリピンが先日「訪問米軍に関する地位協定」の破棄を決めたことが、大きな議論を呼んでいます。

協定が破棄されればフィリピンで行われていた米軍による演習やサポートがなくなり、フィリピンにとって大きな影響があるのでは?と言われていますが、実は最も喜んでいるのは中国・・かもしれません。

アメリカのトランプ大統領は「節約になるし、特に問題ない」と発言していますが、アメリカ国防総省の高官は、「協定を破棄すればアメリカの影響力が落ち、中国にとって有利になる」と指摘しています。

また、アメリカ国防総省の中国担当スブラジア次官補代理も、「アメリカとフィリピンの軍事的な関係がすぐに壊れるわけではないが、中国はアメリカを追い出そうとしている。これはアメリカと中国の競争だ。」と述べました。

つまり、アメリカがいなくなれば、中国はフィリピンを侵略しやすくなる、というような意味でもありますね。

南シナ海問題ではアメリカのサポートもあって何とか中国の動きを抑えてきているフィリピンですが、協定がなくなれば中国はもっと自由に動けるようになるかもしれません。

さらにスブラジア氏は、「中国は各国からアメリカを引き離そうとしている」とコメントし、警鐘を鳴らしました。

今のところドゥテルテ大統領は破棄決定を撤回するつもりはなさそうですが、アメリカはどうにか説得しようと必死になっているようにも見えます。

フィリピン国民としても、中国の勢力が拡大し、それが自国に及んでくることは誰も望んでいないでしょう。

協定破棄が有効になるまでにはまだ半年近くありますが、この間にドゥテルテ大統領がどう動くかは、世界中が注視しています。

【私の論評】米国、中国との距離を再調整しつつあるフィリピン(゚д゚)!

ドゥテルテ比大統領

2016年6月にドゥテルテ(Rodrigo Duterte)現大統領が就任した後、フィリピンの対外政策は大きく変わりました。ドゥテルテ大統領は、米国との同盟関係を強化し中国と対決姿勢をとった前アキノ政権の対外政策を180度転換し、米国と距離を置き、中国に接近しました。

その理由は、経済開発の重視、麻薬など治安対策に対する欧米からの非難への反発、中国とコネクションを持つ華人の政権への影響力、個人的な対米不信など様々に取り沙汰されていました。ただ、就任から4年が経とうとする現在、米中対立の激化をはじめとする戦略環境の変化に合わせ、フィリピンは米国や中国との距離を再調整しています。

再調整のプロセスにおいて鮮明になったドゥテルテ政権の傾向は、中国との経済協力を強化する基本路線を保ちつつ、対米関係で「南シナ海カード」を使い、より多くの関与を引き出そうとする姿勢です。

しかし、深化する経済協力によって、南シナ海におけるフィリピンと中国の領有権争いが鎮火したわけではないです。南シナ海では依然として、フィリピンと中国の間でトラブルが頻発しています。

それらは主として、係争海域における、中国によるフィリピンに対するハラスメントです。例えば2019年初から4月にかけて、フィリピンが実質的に管理するスプラトリー諸島のパグアサ島近海に、200隻以上の海上民兵の一部とみられる中国漁船が大挙して押しかけました。

この中国の示威的な行動に対し、フィリピン政府は外交ルートで中国に抗議しました。また同年6月には、リード礁付近で停泊中のフィリピン漁船に中国漁船が衝突し、フィリピン漁船が沈没する事案が発生しました。フィリピン世論は、中国漁船による「当て逃げ」として対中批判を強め、マニラでは反中デモも行われまし。

こうした中国のハラスメントやトラブルに対してドゥテルテ大統領は、時折強硬な発言によって世論の弱腰批判を避けつつも、トラブルの火消しを念頭に穏当な発言に終始しました。

そうした大統領の発言は、例えばパグアサに中国漁船が押し掛けた際には「(同島に展開する)兵士は自爆攻撃の用意がある」など挑発的な発言を行ったかと思えば、フィリピン漁船の沈没事案を「ちょっとした海難事故」と形容するなど、一貫性を欠いていました。

また2019年6月にバンコクで行われたASEAN首脳会議の席上、ドゥテルテ大統領はASEANと中国の間で進行中の行動規範(Code of Conduct:COC)協議の遅れに対し、失望と不満を表明しましたが、これも本人の真意か、世論向けのリップサービスであったのか、判然としないものでした。

南シナ海問題への対応の文脈で、ドゥテルテ政権は対米関係の再調整をも図ろうとしています。ただそれは、距離を置いていた米国へ再接近を図るといった単純なものではなく、対中関係に関する自らの立ち位置を変えないまま「南シナ海カード」を使って米国から安全保障上の関与をより多く引き出そうとする戦略的な動きです。

昨年末以来、フィリピン政府は米国に対し、同盟条約の見直しを要求しています。米比同盟の礎となる条約は、1951年に締結された米比相互防衛条約ですが、有事の際の規定は次のようになっています。
第4条 各締約国は、太平洋地域(the Pacific area)におけるいずれかの締約国に対する武力攻撃(armed attack)が、自身の平和と安全にとって危険であることを認識し、憲法上の手続きに従って共通の危険に対処するために行動することを宣言する。
フィリピン政府内で見直し論争の中心にいるのは、ロレンザーナ(Delfin Lorenzana)国防相です。国防相は昨年末、米比相互防衛条約を見直すべきであり、見直しが不調に終わった場合は条約の破棄もありうる、とまで発言しました。

ドゥテルテ大統領は対中接近の理由の1つとして「同盟国米国は、南シナ海有事に際してフィリピンのために中国と戦う意思はない。フィリピンも中国と戦争する力はない。そのためフィリピンは中国とは対決せず、対話姿勢をとる」という論理に言及しています。

この理屈は故なきことではなく、スカボロー事案でのフィリピンの失望がありました。2012年、スカボロー礁が中国との対峙の果てに中国の実質的な管理下となった際にも、米国は軍事介入することはありませんでした。フィリピン政府は、米国が南シナ海の領有権問題で中立を保ち、有事の際に同盟条約に基づきフィリピンを支援することを確約しないことに、不満を強めていました。

そのためロレンザーナ国防相は、南シナ海有事に際して米国がフィリピンの防衛に確実にコミットするよう、条約の見直しを要求しました。要求のポイントは2点あり、条文にある「太平洋地域」と「武力攻撃」の定義です。

ロザンナーレ比国防相

国防相は、南シナ海有事の対応に沿う形で、定義を明確化するよう求めました。フィリピン側の不満を受け、ポンペオ国務長官は2019年3月にフィリピンを訪問した際、「南シナ海は太平洋地域の一部であるため、南シナ海におけるフィリピン軍、航空機、公船に対する武力攻撃は、米比相互防衛条約第4条における相互防衛義務に該当する」と述べ、南シナ海有事におけるフィリピンの防衛に関し、以前より踏み込んだ発言を行いました。

またアメリカのソン・キム(Sung Kim)駐フィリピン大使は、海上法執行機関や武装漁民を念頭に「外国政府の意を受けた民兵よる攻撃も、『武力攻撃』に含まれうる」と述べ、フィリピン側の要求に応える形をとりました。

政権内では同盟見直しに関する関係者の発言にはバラつきがあり、例えばロクシン(Teodoro López Locsin Jr.)外相は見直し不要論者であり、ドゥテルテ大統領自身はこの問題に関し意見表明を行っていません。

こうしたやり取りを見ていると、ドゥテルテ政権は米国との間で同盟に基づく協力関係を強化するというよりは、フィリピン側の不満を表明し、米比同盟の不備を明らかにし、政権の現在の対中アプローチを正当化しようしている観さえあります。

実際、2019年5月の総選挙ではドゥテルテ陣営が大きく勝利して政権基盤を盤石にすると共に、大統領自身の支持率も高い水準を保っているため、ドゥテルテ大統領は、自らの政策の優先順位に一層確信と自信を深めているように見えます。

次世代移動通信システムの5Gをめぐる米中の対立に関しても、ロペス(Ramon Lopez)貿易相は、ファーウェイをフィリピン政府として必ずしも排除しない意向を示しました。これに対してキム大使は、アメリカとフィリピンの間で同盟関係に基づく軍事情報の共有が困難になる可能性があるとの懸念を示しました。

ドゥテルテ政権関係者から同盟の解消にまで言及がある中で、ファーウェイを導入しないよう米国がフィリピンに対して圧力をかけても、効果は未知数です。総じてフィリピンは、現在の中国との関係のあり方を変えるつもりはなく、今後も中国寄りの対中・対米関係の維持と、状況に応じて適宜再調整を行う、という対応をとると考えられます。

その方向性の中で、エスパー米国防長官は13日までに、フィリピン政府から「訪問米軍に関する地位協定」を破棄するとの通知を受けたとし、遺憾の意を表明しました。

エスパー国防長官

協定は1988年の締結で、米軍用機や艦船の比国内への自由な寄港を承認。米軍人には入国査証や旅券の対応などの規制が緩くなっています。

最近訪比したばかりだった長官はベルギー・ブリュッセルへ向かう機中で、廃棄の通知は届いたばかりだとし、米国の対応を決める前に米軍司令官の意見を聞く必要があると記者団に述べました。

トランプ大統領はホワイトハウスで記者団に、「彼らがそうしたいならそれでいい。多額の金を節約できる」と述べ、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領とは「とても良好な関係」にあるとアピールしました。

フィリピンでは、地位協定をめぐり議論が割れています。左派や国家主義者らは、罪に問われた米兵の特別扱いを保証するものだと非難しています。一方、地位協定を破棄すればフィリピンの防衛力が低下し、南シナ海における中国の野望を阻止するという米国の目標にも支障が出ると擁護する声もあります。

ドゥテルテ政権の麻薬犯罪撲滅作戦では、容疑者多数が当局により殺害され、欧米諸国を中心に人権侵害との批判が強いです。

問題なのは、ドゥテルテ大統領が批判に耳を貸さず、欧米への反発から、人権状況に口出ししない中国にすり寄りつつあることです。

強権や人権弾圧で欧米の批判を受ける国に経済援助を手に近づき、影響下に置くのは中国の常套手段です。ASEANでは親中派のカンボジアがその典型ですが、フィリピンの立場は特別です。

ハーグの仲裁裁判所は南シナ海での中国の主張を退けました。勝訴した当事国がフィリピンであることを忘れるべきではありません。

裁定は中国の海洋拡大をやめさせる大きな拠り所であり、フィリピンは本来、先頭に立って中国の非を鳴らすべきなのです。裁定が中国から経済援助を引き出すカードであってよいはずはありません。

目先の利益に飛びつき、南シナ海の不当な支配を許してよいのでしょうか。対中連携を再確認する形で、破棄撤回を決断すべきです。

トランプ大統領も「多額の金を節約できる」などとして、「訪問米軍に関する地位協定」の破棄を許容すべきではありません。ただし、トランプ大統領としては、様子見というところなのだと思います。南シナ海の安全保証に後退があるようなことだけは、避けてもらいたいです。

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