2026年9月13日、沖縄県知事選の投開票が行われる。8月27日に告示され、史上最多の6人が立候補したが、選挙戦の軸となっているのは、3選を目指す現職の玉城デニー氏と、前那覇市副市長の新人・古謝玄太氏である。沖縄県選挙管理委員会が公表している選挙日程・候補者情報
しかも選挙戦は、決して結果の見えた戦いではない。琉球新報社とJX通信社が8月28~30日に実施した序盤情勢調査では、古謝氏と玉城氏が「横一線」とされ、投票先をまだ決めていない有権者が5割に上った。琉球新報・JX通信社の序盤情勢調査 9月13日の投票日まで、情勢が大きく動く余地は残されている。
両氏の違いが最も鮮明なのは、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設である。玉城氏は反対を貫き、古謝氏は普天間飛行場の危険性除去を進める現実的な手段として移設を容認する。物価高、県民所得、子育て、産業振興なども大きな争点となっている。6候補の政策を比較した沖縄県知事選の政策アンケート
しかし、2026年の沖縄県知事選を、また「辺野古に賛成か反対か」「基地か平和か」という昔ながらの二分法だけで見てよいのだろうか。今年3月、辺野古沖では「平和学習」に参加していた高校生らを乗せた船2隻が転覆し、17歳の女子生徒と船長が死亡した。その後、安全管理だけでなく、そこで行われていた教育のあり方も厳しい検証を受けることになった。
一方、中国軍の活動は沖縄周辺で活発化している。7月には中国とロシアの艦艇が沖縄本島と宮古島の間を通って太平洋へ進出し、その後、我が国を周回する形で共同航行した。防衛省はこれを「我が国に対する示威活動を明確に意図したもの」と評価し、南西地域の防衛体制強化を喫緊の課題としている。防衛省が公表した中露共同航行についての説明
今回問われているのは、単なる基地への賛否ではない。「平和」とは何なのか。沖縄を再び戦場にしないために何が必要なのか。そして沖縄県民の暮らしを本当に豊かにする県政とは何なのか。 この3つを同時に考えるべき選挙なのである。
1️⃣沖縄知事選を「辺野古の基地問題」だけで見るな
沖縄県知事選と聞けば、条件反射のように「辺野古」が語られる。もちろん、宜野湾市の市街地にある普天間飛行場の危険性をどう除去し、その機能の移設をどう扱うかは極めて重要な問題である。しかし、2026年の辺野古を論じるなら、3月16日に起きた船舶転覆事故を避けて通ることはできない。
同志社国際高校の沖縄研修旅行で、「平和学習」の一環として辺野古沖を見学していた生徒らを乗せた小型船「平和丸」と「不屈」が相次いで転覆した。生徒18人と乗組員3人の計21人が海に投げ出され、17歳の女子生徒と71歳の船長が死亡し、生徒12人を含む14人が負傷した。事故直後に確認された被害状況
| 辺野古の船着場 AI生成画像 |
船は辺野古移設反対運動に関わる「ヘリ基地反対協議会」が管理・運用に関わっていた。ただし、生徒たちが抗議活動そのものに参加していたと書くのは正確ではない。生徒は学校が実施した研修旅行の「平和学習」として乗船していたのであり、事故の評価ではこの点を区別する必要がある。
事故について、学校法人同志社が設置した外部専門家による特別調査委員会は7月31日に調査報告書を公表した。学校法人同志社「特別調査委員会からの調査報告書の受領について」 報告書が指摘した問題は重い。事故原因として、安全管理体制の不備、リスク管理体制の機能不全、安全性の検証を妨げた組織風土、安全管理意識の欠如を挙げ、とりわけ安全管理体制の不備を「事故発生の最大の原因」と位置づけた。辺野古での海上プログラムを導入する際、学校側は実際の船への乗船や航路の安全確認を十分行わず、乗船場所である辺野古漁港も事前に確認していなかったとされる。事故当日、学校の担当教員は転覆した2隻のいずれにも乗っていなかった。特別調査委員会報告書の事故原因に関する詳報
ここで線を引いておかなければならない。この事故を玉城知事個人の責任であるかのように扱うのは適切ではない。事故原因や法的責任については、学校、運航関係者などを対象に海上保安庁の捜査が続いている。8月には第11管区海上保安本部が業務上過失致死傷容疑などでヘリ基地反対協議会の共同代表宅などを捜索したが、現在も捜査段階であり、刑事責任は確定していない。
また、事故を調査している沖縄県議会の特別委員会についても、主体を取り違えてはならない。これは玉城知事が設置した委員会ではなく、沖縄県議会が2026年7月13日に設置した「辺野古沖船舶転覆事故に関する調査特別委員会」である。付議事件は、事故の再発防止に関する諸問題の調査と対策の樹立だ。沖縄県議会「辺野古沖船舶転覆事故に関する調査特別委員会」
一方、この事故を契機に、「平和学習」の内容も検証対象となった。文部科学省は5月22日、同志社国際高校の研修旅行について、事前計画、安全管理、教育活動などが「著しく不適切」であったとの見解を示した。辺野古移設に関する学習については、抗議活動に日常的に使われる船に生徒を乗せていたこと、過去の研修旅行資料にヘリ基地反対協議会による座り込みを求める文章が掲載されていたこと、生徒が主体的に考えるための多様な見解が十分提示されていなかったことなどを総合し、現時点で把握した情報から教育基本法14条2項に反すると判断した。文部科学省「同志社国際高等学校の研修旅行等について」
ここでも表現には注意が必要である。これは文科省の行政上の判断であって、裁判所が違法性を確定したという意味ではない。また文科省は、平和学習そのものを否定しているわけでもない。沖縄戦や広島・長崎への原爆投下などを学び、平和について考える教育活動は「極めて重要」であると明言している。文科相が平和学習の重要性について説明した6月9日の会見
問題は、「平和」という目的を掲げれば、手段の安全性や教育内容まで検証しなくてよいのかということである。答えは明らかだ。平和を教えることと、特定の政治的結論へ生徒を誘導することは同じではない。そして、どれほど崇高な理念を掲げていても、人命の安全を軽視してよい理由にはならない。
さらに9月1日、この事故の余波がなお続いていることを示す重い事実が明らかになった。8月30日の保護者説明会で、研修旅行に関わっていた教員1人が8月23日に亡くなっていたことを学校側が説明し、同時に今年度の沖縄研修旅行を中止する方針も示した。テレビ朝日「辺野古転覆 研修関わった教師死亡 高校は今年度の沖縄旅行中止」 この教員の死について、事故との因果関係や責任を外部から憶測で語るべきではない。ただ、事故が遺族、生徒、学校関係者に残した傷が今なお深いことだけは直視する必要がある。
これは沖縄政治にも通じる。沖縄では長年、「基地を造る側」と「平和を守る側」という単純な構図が繰り返されてきた。だが、辺野古移設に反対すれば自動的に平和を守る側になり、日米同盟や自衛隊による抑止を支持すれば自動的に戦争を望む側になるという話ではない。今回の事故を政争の道具にすべきではないが、「平和」という言葉を聖域にして、そこから先の検証を止めるべきでもない。
平和という理念を大切にするからこそ、その理念が現実の人命を守る政策や行動につながっているのかを厳しく問わなければならないのである。
2️⃣「軍備を増やすから戦争になる」は本当か
玉城氏は2026年の政策で、辺野古移設への反対を継続するだけでなく、南西諸島へのこれ以上の自衛隊増強や長距離ミサイルの配備にも反対している。軍事負担や住民不安の増加を問題視し、軍事力のみに頼るのではなく、外交や対話による緊張緩和と信頼醸成を求めている。玉城デニー氏の2026年政策
沖縄戦の記憶を持つ沖縄県で、軍事的緊張への警戒が強いことは理解できる。在日米軍専用施設・区域が沖縄に集中している現状を是正し、基地負担を減らすことも我が国全体の課題である。政府自身も沖縄の基地負担軽減を重要課題としている。
しかし、そこから「軍備を強化するから緊張が高まる」「ミサイルを置かなければ攻撃対象にならない」という結論まで一直線に進むことはできない。日本が防衛力を整備するか否かとは別に、中国は軍事力を増強し、東シナ海から西太平洋へ活動範囲を広げてきたからである。
2026年7月には中露艦艇が沖縄本島と宮古島の間を南進して太平洋へ入り、その後、我が国を周回する形で共同航行した。その過程では、中国海軍艦艇による射撃訓練も確認された。防衛省は南西地域の防衛体制強化を「喫緊の課題」としている。2026年版防衛白書についての防衛省説明
沖縄は、この現実から逃れることができない。台湾、与那国島、石垣島、宮古島、沖縄本島、尖閣諸島は地理的に連続している。沖縄が持つ戦略的重要性は、県政が基地反対を掲げるかどうかによって消滅するものではない。
だからこそ必要なのは、軍事か外交かという二者択一ではない。外交と抑止は対立概念ではない。外交を機能させるためにも抑止が必要であり、抑止を安定させるためにも外交が必要なのである。
宮古島の陸上自衛隊施設 AI生成画像
我が国が目指すべきなのは中国との戦争ではない。戦争を起こさせないことである。そのためには、武力行使によって得られる利益よりも、その代償の方がはるかに大きいと相手に認識させなければならない。これは好戦論ではない。戦争回避のための現実論である。
同時に、制度上の権限も整理しておく必要がある。沖縄県知事が我が国の外交・防衛政策を決定するわけではない。日本国憲法73条は外交関係の処理を内閣の職務と定めている。日本国憲法65条・72条・73条
国の防衛に関する事務も国の権限であり、内閣総理大臣が自衛隊に対する最高の指揮監督権を持ち、防衛大臣が自衛隊を管理・運営する。国会は法律、予算、防衛出動の承認などを通じて統制する。したがって、知事が「自衛隊を配備する」「配備しない」と最終決定するわけではなく、日米安全保障条約を変更する権限もない。
しかし、だから知事の姿勢が無意味なのでもない。基地問題、土地利用、環境行政、防災、国民保護、地域インフラなどでは県が重要な役割を担い、知事の政治的発信は国との協議や県民世論にも影響を与える。直接決定する権限と、政治・行政過程に影響を及ぼす力とは分けて考えなければならない。
今回の知事選で必要なのは、「軍備か平和か」というスローガンではない。現在の安全保障環境の中で、基地負担をどう軽減しながら、沖縄県民と我が国全体の安全をどう守るのかという具体論である。
3️⃣基地問題だけで玉城県政8年を評価してよいのか
今回の知事選には、もう1つ大きな論点がある。県知事は外務大臣でも防衛大臣でもない。むしろ、県民の暮らしに直結する経済、産業、福祉、教育、交通、防災、離島振興こそ県政の中心的な仕事である。その意味で、玉城県政2期8年を辺野古への姿勢だけで評価するのも間違っている。
玉城氏は、自らの県政について、コロナ禍からの経済回復、観光客数や観光収入の回復、県税収、子どもの医療費や学校給食費への支援、貧困家庭の中高生に対する通学費支援などを実績として挙げている。これらは候補者本人による実績評価であり、個々の政策効果や国・市町村施策との寄与分は別途検証する必要があるが、基地政策だけでなく県民生活の成果を問うべきだという方向自体は正しい。沖縄県知事選の政策比較
一方、古謝氏は「県民所得倍増」を看板政策とし、1人当たり県民所得を500万円へ引き上げる目標を掲げている。中小企業へのDX・AI導入、新産業の育成、観光など既存産業の高付加価値化によって経済規模を拡大するとしている。古謝玄太氏の政策
沖縄県が公表した2023年度県民経済計算によれば、1人当たり県民所得は231万5000円で、前年度比5.1%増であった。沖縄県「2023年度県民経済計算」 ただし、この「1人当たり県民所得」を個人の年収と同じものとして扱ってはならない。県民所得には雇用者報酬だけでなく、財産所得や企業所得も含まれる。県全体の所得を人口で割ったマクロ経済指標であり、「県民所得500万円」がそのまま「県民一人一人の給料500万円」を意味するわけではない。
また、500万円という目標には相当大きな経済成長が必要になる。AI・DX、観光の高付加価値化、新産業育成という方向だけでなく、投資額、生産性、労働力、企業誘致、電力・物流コスト、土地・交通インフラ、そして財源まで検証しなければ、公約は単なる大きな数字で終わる。
| 那覇の都市景観 AI生成画像 |
さらに、古謝氏の政策には社会保険料の引き下げなど、県だけでは完結しない項目も含まれる。社会保険制度の多くは国の法律・制度に基づくため、知事が単独で全国制度の保険料率を変更できるわけではない。県が直接できる政策、国に制度改正を求める政策、市町村との連携が必要な政策を分けて評価すべきである。
それでも、県知事選で経済成長を正面から争点にすることには大きな意味がある。沖縄の将来は、「基地があるか、ないか」だけで決まらない。観光の高付加価値化、AI・デジタル産業、物流・海洋産業、人材育成、交通渋滞、離島航路、電力コスト、子どもの貧困、教育、医療――県政が取り組むべき課題は山ほどある。
基地反対運動をどれほど熱心に続けても、それだけで県民所得は増えない。若者の仕事も増えない。離島の生活コストも下がらない。反対に、経済成長だけを唱えて安全保障上の現実を無視すれば、長期的な国家資産形成も国民生活の安定も成り立たない。
沖縄には、我が国の南西防衛を支える地政学的価値がある。だからこそ、その負担だけを沖縄県民に押しつけるのではなく、国として基地負担を軽減しながら、交通、港湾、空港、通信、エネルギー、教育、人材、産業基盤への投資を進めるべきである。
安全保障上重要な地域だから我慢してもらう、では駄目だ。安全保障上重要な地域だからこそ、我が国でも有数の豊かで強靱な地域にする。
それが国家戦略としての沖縄振興でなければならない。
結論 沖縄を再び戦場にしないためにこそ、現実を見よ
沖縄戦で多数の住民が犠牲になった歴史を考えれば、「二度と沖縄を戦場にしてはならない」という思いは当然である。それは沖縄だけの願いではない。我が国全体が共有すべき決意である。だが、その願いからどのような政策を導くかは別問題だ。
今年の辺野古沖転覆事故は、「平和」という善意の言葉を掲げる活動であっても、安全管理、教育内容、組織統治、説明責任から免除されるものではないことを示した。そして事故から半年近くがたった今も、学校関係者を含め、その傷は終わっていない。だからこそ、事故を政治的な攻撃材料へ矮小化するのではなく、何が起き、何を改めるべきなのかを冷静に検証し続けなければならない。
安全保障も同じである。「基地に反対すれば平和になる」「ミサイルを置かなければ攻撃されない」「対話を続ければ緊張は下がる」。そうなれば理想的だが、政策とは相手国が我々の期待通りに行動しなかった場合まで考えるものでなければならない。
中国軍の活動は、日本の国内政治とは無関係に続いている。沖縄の地理的位置も変えることはできない。だからこそ沖縄を再び戦場にしてはならない。そのためには外交を尽くすと同時に、武力を使っても目的を達成できないと相手に理解させるだけの抑止力を維持する必要がある。それと並行して、沖縄に集中してきた基地負担を軽減しなければならない。
さらに、所得を上げ、産業を育て、子どもを育てやすくし、島々を結ぶ交通と物流を強化し、沖縄そのものを豊かで強靱な地域へ変えていく必要がある。安全保障か経済かではない。安全保障も経済もである。
そして今、古謝氏と玉城氏は序盤情勢で横一線に並び、投票先を決めていない有権者もなお多い。今回の沖縄県知事選を、また「基地か平和か」という古い二分法に閉じ込めてはならない。問われているのは、「平和」という言葉を語る政治から、平和を現実に維持できる政治へ進めるかどうかである。同時に、基地問題を語り続けるだけの県政から、安全保障の現実を直視しながら、沖縄県民をより豊かにする県政へ進めるかどうかでもある。
9月13日の選択は、沖縄だけの問題ではない。我が国の南西防衛と国益、そして沖縄を再び戦場にしないための現実的な道を考える選挙なのである。
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