2026年11月7日土曜日

13年ぶりに沖縄政策協議会が再開——宝の島沖縄が輝き出す、日本の新たな成長が始まる!


まとめ
  • 13年ぶりの沖縄政策協議会再開! 基地を巡る対立から、沖縄の豊かな可能性を生かす政治へ。国と県が協力し、新しい未来を築く機会が訪れた。
  • 基地跡地に大学病院が誕生! 医療・バイオ産業、世界水準の研究機関、国際物流など、沖縄には新たな成長を生み出す資産がすでにある。
  • 宝の島・沖縄が我が国の成長を牽引する! ドラッカーの「問題より機会へ」という発想で、豊かな自然と先端産業が共存する2050年の沖縄を描く。

石垣島の海を初めて見たときの驚きは、今でも忘れられない。

私は以前、石垣島の「ペンションさっぽろ」に何度か宿泊したことがある。初代オーナーは札幌出身者で、南国の石垣島に「さっぽろ」という名前の宿があることに、北国に暮らす私としては何とも親しみを感じたものだ。しかし、本当に驚いたのは海だった。とにかく透明度が高い。北の海にも独特の美しさがあるが、石垣島の海はまるで別世界である。しかも、魚たちの動きが北の海で見る魚よりも緩慢に感じられ、その姿や行動をじっくり観察できた。魚まで南国の時間に合わせて暮らしているようで、何とも愉快だった。

同じ日本でありながら、これほど違う自然が広がっている。沖縄には、訪れた人を驚かせる魅力が実に豊富にある。美しい海、独自の文化、豊かな食、そして人々の暮らし。そんな沖縄から、実にうれしいニュースが届いた。

2026年11月6日、沖縄政策協議会が13年ぶりに開催された。高市早苗首相と古謝玄太沖縄県知事らが首相官邸で顔を合わせ、沖縄の将来について協議したのである。首相官邸の発表によれば、高市首相は沖縄振興を国家戦略として進め、医療・バイオ産業への投資などを後押しして、「強い沖縄経済」の実現を支援する考えを示した。

このニュースには、単なる会議の再開を超える意味がある。これまで沖縄というと、基地問題、辺野古移設、抗議活動、国と県の対立などが繰り返し報じられてきた。しかし、実際の沖縄は、そうした問題だけで語り尽くせる地域ではない。世界に誇れる観光資源があり、アジアに開かれた地理的条件があり、今では世界水準の研究機関や新しい産業まで育ち始めている。

経営思想家ピーター・ドラッカーは、2004年の論考『What Makes an Effective Executive』(邦題:「プロフェッショナル・マネジャーの行動原理」)で、成果を上げる人は問題よりも機会に焦点を合わせると説いた。問題への対応は損害を防ぐために必要だが、新しい成果を生み出すのは機会の活用である。

この発想で沖縄を見直せば、まったく違う景色が広がる。沖縄には何ができるのか。どんな産業を育てられるのか。どんな企業が世界へ羽ばたき、子どもたちにはどんな未来が開けるのか。

沖縄を問題ばかりの地域として見る時代から、機会に満ちた地域として見る時代へ。

13年ぶりの沖縄政策協議会再開は、その転換を進める絶好の機会なのである。

1️⃣13年ぶりの再開——沖縄は問題より機会に目を向ける時代へ

沖縄政策協議会が設置されたのは1996年である。内閣府が公表する設置趣旨によれば、その目的は基地問題を話し合うことだけではなく、地域経済の自立、雇用の確保、県民生活の向上など、沖縄の基本政策を幅広く協議することにあった。ところが、協議会は2013年12月を最後に開催されなくなり、辺野古移設を巡る国と県の対立が長期化した。その間も個別の沖縄振興策や基地負担軽減に向けた協議は続いていたが、政府の関係閣僚と知事が沖縄の将来を横断的に話し合う重要な場は失われていた。

沖縄の可能性を見つめる若い世代(AI生成イメージ)
私は、この13年間を振り返るとき、沖縄の政治的なエネルギーがどこへ向けられてきたのかを考えたい。基地負担の軽減は重要であり、住民の安全を守る取り組みは欠かせない。しかし、基地を巡る対立ばかりに関心が集まれば、沖縄が持つ数多くの成長機会は見えにくくなる。観光の高度化、研究開発、新産業の育成、基地跡地の活用、若者の所得向上など、沖縄には本来、もっと大いに語るべき未来がある。

しかも、政治的な目的に強く拘泥することには、別の危険もある。2024年6月28日、名護市安和では辺野古移設に抗議していた女性を制止しようとした男性警備員がダンプカーにはねられ、死亡した。2026年6月には、抗議していた女性が重過失致死容疑で、運転手と別の警備員も過失に関する容疑で書類送検された。さらに2026年3月16日、辺野古沖では研修旅行中の高校生らを乗せた2隻の船が転覆し、女子生徒1人と男性船長1人が死亡した。文部科学省は5月22日、学校の計画や安全管理、教育活動に重大な問題があったとの見解を示している。

一方、米軍側にも看過できない事件が起きた。2026年10月3日、那覇市内のホテルで女性が殺害され、普天間飛行場所属の米海兵隊員が10月25日に強盗殺人罪で起訴された。起訴された隊員の刑事責任は裁判で判断されるが、被害者の命が失われた事実は重い。高市首相も11月6日の政策協議会冒頭で哀悼の意を示し、政府として事件への対応と再発防止に取り組む考えを表明した。

抗議活動に関連する事故と米海兵隊員が起訴された事件は、原因も責任主体も異なる。しかし、共通する原則は明確である。政治的な信念であれ、組織の利益であれ、人命と安全を後回しにしてよい理由にはならない。個々の事故の原因は証拠に基づいて判断すべきだが、政治的な目的そのものが優先され、手段の安全性を点検する姿勢が弱まれば、取り返しのつかない事態を招きかねない。問題への対応が目的化し、本来守るべき人々の命や暮らしを見失っては本末転倒である。

ただし、ドラッカーの機会への集中とは、こうした問題を放置することではない。人命に関わる危険には適切かつ迅速に対処する。そのうえで、政治や行政の力を未来の創造にも振り向けるということである。沖縄には、基地問題だけで政治を語り続けるには、あまりにも多くの可能性がある。

その意味で、2026年9月の沖縄県知事選挙による県政転換は注目に値する。新たに就任した古謝玄太知事は、10月6日の就任挨拶で、普天間飛行場の危険性除去に向けた現実的な解決策として辺野古移設を容認するとともに、今後10年間で1人当たり県民所得500万円、4年間で子育て予算1,000億円、8年間で観光収入2兆円を目指すという意欲的な目標を掲げた。

いずれも実現が保証された数字ではない。しかし、既存産業の高付加価値化、新産業の創出、民間投資の拡大によって、県民の暮らしを豊かにしようという方向が示されたことには意味がある。そして11月6日、国と県の政策協議会が13年ぶりに再開された。基地を巡る意見の違いが消えたわけではないが、沖縄の成長機会を国と県がともに考える場が戻ってきたのである。

沖縄の主役は政治的対立ではない。沖縄で暮らし、働き、学び、新しい未来をつくろうとしている人々である。

いよいよ、その人々の可能性を大きく広げる政治に期待できる時代が始まった。

2️⃣沖縄には、すでに巨大な成長機会がある

沖縄の未来を考えるとき、ぜひ注目したい場所がある。宜野湾市の西普天間住宅地区である。

ここは、かつて米軍キャンプ瑞慶覧の一部だった。2015年3月に返還され、2018年3月に土地所有者への引き渡しが行われた。そして2025年1月6日、琉球大学病院が新たな場所で開院した。医学部も移転し、医療・教育・研究の拠点として歩み始めている。防衛省の公表資料によれば、同年2月には琉球大学病院と国道58号を結ぶアクセス道路も開通した。基地返還から新しい医療拠点と道路の整備まで、国、自治体、大学、米側などの協力によって実現した事業である。

これは、沖縄の未来を考えるうえで実に象徴的な出来事だ。かつて米軍施設として使われていた土地に、今では大学病院が建っている。患者が治療を受け、医学生が学び、医師や研究者が新しい医療技術の開発に取り組んでいる。土地の使われ方が変わることで、人々の命を守り、次世代の人材を育てる新しい価値が生まれたのである。

問題だった土地が、未来を生み出す資産に変わった。

私は、これこそドラッカーが重視した機会の活用を示す好例だと考える。基地返還によって土地利用の選択肢が広がり、その機会を大学病院という具体的な成果に結び付けた。では、これから返還される土地では何ができるだろうか。大学や研究所、医療関連企業の集積地、住宅や公園を備えた新しい街など、その可能性は実に豊富である。基地返還を施設の撤去だけで終わらせず、新しい地域経済を育てる機会として活用すればよいのである。

しかも、沖縄にはその機会を大きく育てる研究基盤がある。沖縄科学技術大学院大学、OISTには世界各国から研究者が集まり、琉球大学は医療をはじめ幅広い分野で研究を進めている。沖縄工業高等専門学校も高度な技術人材を育成している。大学や研究機関で生まれた知識を製品開発や事業化につなげれば、沖縄には新しい企業や産業が育つ可能性がある。

さらに2026年10月30日、沖縄県は医療・バイオ産業分野の地域産業クラスター計画を公表した。目指すのは、アジア有数の医療・バイオ関連製品の開発・製造拠点である。研究成果を県内で製品化し、高い付加価値を生む産業へと育てる。これは従来の沖縄振興策をさらに発展させ、民間企業の投資と事業活動を通じて地域の所得を増やす構想である。

考えてみれば、実に面白い。

沖縄の成長を支える医療・バイオ研究。新産業と雇用の創出に期待が高まる。(AI生成イメージ)
沖縄の大学で学んだ若者が新しい医療技術を開発する。その技術を使った企業が沖縄で誕生し、県内で製造された医療機器がアジア各国に輸出される。沖縄の研究成果が世界の人々の健康に役立つのである。企業が成長すれば、研究者や技術者だけでなく、製造、物流、情報通信、設備管理、営業など、多様な職種で雇用が生まれる。県外に出なくても、自分の能力を発揮できる仕事を選べる若者が増えるだろう。

これは雇用だけの話ではない。産業が育ち、所得が増えれば、家族を養い、子どもを育て、地域で暮らし続けるための経済的な基盤が強くなる。大学で学んだ若者が沖縄で起業し、県外で経験を積んだ人材が故郷に戻って新しい企業を育てる。企業が増えれば、地域の商業やサービス業にも仕事が広がる。こうした循環が生まれれば、沖縄の経済は観光だけに頼らない、より厚みのある産業構造へと発展していく。

しかも、沖縄には他の地域が簡単にはまねできない強みがある。

あの美しい海である。

私が石垣島で見た、驚くほど透明な海。北の海とは違って、魚たちがゆったり泳いでいるように見えたあの海である。世界水準の研究に取り組みながら、休日には美しい海を楽しみ、豊かな自然に囲まれて暮らす。研究者も技術者も、仕事と生活の両方に魅力を感じる地域になれるのではないか。

東京や大阪と同じ都市を目指す必要はない。沖縄には沖縄にしかない価値がある。温暖な気候、豊かな自然、独自の文化、アジアとの近さ、国際的な研究環境。これらを組み合わせれば、沖縄は世界から人材と企業を引き付ける独自の産業拠点になり得る。

もちろん、産業クラスター計画が策定されたからといって、直ちに企業や雇用が増えるわけではない。研究成果の事業化、民間投資、製造基盤の整備、人材育成などを着実に進める必要がある。しかし、沖縄にはすでに大学病院という具体的な成功例があり、研究機関も活動している。新しい産業を育てるための計画も示された。

沖縄の未来は、何もないところから夢を描く段階ではない。すでに存在する機会を、次々と大きな成果へ変えていく段階にあるのである。

3️⃣国と県が機会を成果に変える——沖縄から我が国の成長を始めよう

では、沖縄の豊かな機会を、これからどのような未来に結び付けることができるだろうか。

少し先の2050年を想像してみたい。

那覇空港には世界各国から観光客や研究者、企業経営者が集まっている。空港からは便利な交通網が伸び、新しい街や研究開発拠点を結んでいる。返還された基地跡地には緑豊かな公園、住宅地、大学、研究所、商業施設が広がり、若者たちが地元で希望する仕事に就いている。沖縄で生まれた医療技術が世界の病院で使われ、沖縄の企業が海外企業と活発に取引している。

一方、観光産業も一層発展し、世界中から人々が沖縄の自然、文化、音楽、食を楽しみに訪れている。先端技術の企業が活動する街から少し足を延ばせば、美しい海が広がる。地域の祭りや伝統芸能も受け継がれ、沖縄ならではの暮らしが続いている。科学技術と伝統文化、国際的な企業活動と豊かな自然が共存する。そんな地域が実現したら、何と魅力的だろうか。

実は、こうした未来につながる構想がすでに存在する。「GW2050 PROJECTS」である。

沖縄の経済団体や自治体などが参加する推進協議会は、那覇空港、那覇港湾施設、牧港補給地区、普天間飛行場周辺を重要な拠点と位置付けている。そこに新しい産業、人材育成、交通網などを組み合わせ、沖縄を世界に開かれた地域へ発展させようという構想だ。

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重要なのは、沖縄の経済界や自治体が自ら未来を描き、その実現に取り組んでいることである。国の支援を待つだけではない。地域の人々が新しい産業や街の可能性を見いだし、民間投資や企業活動につなげようとしている。この構想はまだすべてが実現した事業ではないが、沖縄が目指す将来像を具体的に示している。

沖縄の地理的条件も、大きな成長機会である。我が国の地図では、沖縄は南西の端に位置している。しかし、東アジア全体を見渡せば、日本本土と台湾、東南アジア方面を結ぶ重要な位置にある。視点を変えれば、端に見えた地域が世界と結び付く玄関口になる。ここを研究開発、物流、製造、国際交流の拠点として育てることができれば、沖縄の発展は我が国全体の成長にもつながる。

医療・バイオ産業が育てば、国内の研究開発力と製造基盤が強化される。国際的な物流や技術交流の拠点が増えれば、我が国の供給力向上や経済安全保障にも資する。道路、港湾、空港、研究施設、エネルギー基盤などの整備は、将来の世代にも引き継がれる国家資産の形成となる。沖縄への投資は、単に地域間の格差を埋めるための支出ではない。我が国の新しい成長力を生み出すための投資にもなり得るのである。

もちろん、沖縄が我が国の安全保障にとって重要な地域であることは変わらない。東シナ海や台湾海峡を巡る情勢を踏まえれば、抑止力の維持は欠かせない。同時に、普天間飛行場の危険性除去や基地負担の軽減、米軍関係者による事件の再発防止も進めなければならない。しかし、安全保障と経済発展を対立するものとして考える必要はない。安全に暮らせる地域をつくり、産業と生活の基盤を強くすることは、我が国の安全保障と国民生活の双方に資する。

ここで重要になるのが、ドラッカーの思想である。

ドラッカーが重視したのは、問題への対応だけに経営資源を使い続けるのではなく、成果を生み出す機会に資源を集中することである。沖縄にも同じ発想が必要だ。基地負担の軽減や県民の安全確保は当然進める。そのうえで、研究開発、新産業、基地跡地利用、国際交流など、成長の可能性が大きい分野に人材と資金を振り向けるのである。

さらに重要なのは、それを実現する統治能力である。

統治とは、何を実現するかを決め、その実現に必要な人々と組織を結集することである。国は外交・安全保障や国家的な投資環境の整備を担う。県や市町村は地域の特色を生かした産業振興や街づくりを進める。企業は投資と雇用を生み出し、大学や研究機関は技術と人材を育てる。それぞれが役割を果たし、同じ方向に力を合わせれば、沖縄の機会は具体的な成果へと育っていく。

高市首相は11月6日の沖縄政策協議会で、2027年度予算で対応できる施策と、中長期的に取り組む施策を分けて検討するよう各大臣に指示した。これは予算や事業の決定そのものではなく、政府内で具体策を検討するための指示である。今後は各省庁の制度設計、政府の予算編成、国会の審議・議決、県や市町村の意思決定、民間企業の投資判断などを通じて、構想を具体化していくことになる。

政策協議会がすべてを直接決めるわけではない。しかし、国と県が共通の目標を持ち、関係者の力を結び付ける場としては大きな意味がある。沖縄にはすでに大学や研究機関があり、医療・バイオ産業の計画があり、2050年に向けた街づくりの構想も存在する。必要なのは、それらを実際の投資、企業活動、雇用、所得の向上へと結び付けることである。

13年ぶりに開かれた沖縄政策協議会は、そのための新しい出発点になり得る。

私は、ここに大きな希望を感じる。

沖縄には、問題を数えるよりも、機会を見つけて育てる方が、はるかに面白い未来が待っている。

沖縄が豊かになれば、我が国も豊かになる。沖縄で新しい産業が生まれれば、我が国の供給力も強くなる。沖縄の若者たちが世界を相手に活躍するようになれば、それは我が国全体の新しい力になる。

2050年の沖縄は、どこまで面白い地域になっているだろうか。考えるだけで胸が躍る。

結語

私は石垣島の海を思い出すたびに、何とも愉快な気分になる。あの驚くほど透明な海。北の海とは違って、私にはゆったりと泳いでいるように見えた魚たち。札幌出身の初代オーナーが営んでいた「ペンションさっぽろ」。同じ日本でありながら、これほど違う世界が広がっている。だからこそ、我が国は面白い。その多様さの中に、大きな可能性がある。

沖縄についても、これからはもっと明るく、もっと自由に、その可能性を語りたい。

基地を巡る対立の中では痛ましい事故が起き、米海兵隊員が強盗殺人罪で起訴される事件も発生した。人命と安全を守り、再発防止を徹底することは欠かせない。しかし、沖縄の未来を悲劇や対立だけで語り続ける必要はない。沖縄には、それらとは別に、未来を切り開く数多くの機会がある。

基地跡地に大学病院が誕生した。医療・バイオ産業の育成計画が動き始めた。世界的な研究機関があり、2050年に向けた街づくりの構想もある。そして今、13年ぶりに国と県が沖縄の将来を幅広く協議する場が戻ってきた。

これほど多くの機会があるのだから、未来を楽しみにしない手はない。

沖縄でどんな企業が誕生するのだろうか。どんな医療技術が生まれるのだろうか。返還された土地には、どんな街ができるのだろうか。沖縄の若者たちは、世界を舞台にどんな活躍を見せてくれるのだろうか。

ドラッカーの教えを踏まえれば、問題への対応は必要であっても、新しい成果を生み出すのは機会の活用である。沖縄には、その機会があふれている。

我が国を強く豊かにし、何を未来へ残すか。

沖縄は、この問いに対して、実に多彩な答えを示せる地域である。美しい自然を守りながら新しい産業を育て、独自の文化を大切にしながら世界と結び付き、若者たちが希望を持って暮らせる地域をつくることができる。

私は、石垣島のあの透明な海をもう一度眺めながら、今度は沖縄で生まれた新しい企業や研究成果、街づくりの話を聞いてみたいものである。

沖縄は「問題の島」などではない。我が国でも指折りの、可能性に満ちた宝の島である。

13年ぶりの政策協議会再開は、その宝をさらに輝かせる好機である。

沖縄の未来は明るい。そして、これからますます面白くなる。

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