- 中国で売っていない商品まで政治的批判の対象に。 サンリオの『VIVANT(ビバン)』コラボ中止が示した、中国共産党系メディアによる越境的な圧力の異常さとは何か。
- 日本人の88%が中国に否定的。 中国市場を守ろうとする判断が、日本国内で築いてきた企業の信用を損なう危険を検証する。
- 次に標的となるのは、どの日本企業か。 中国からの圧力が広がるなか、企業の自由と独立性を守るガバナンスの真価が問われる。
しかも、問題となった商品は中国では販売されていなかった。日本国内向けの商品である。それにもかかわらず、中国共産党系メディアが協業の是非を問題にし、最終的にコラボレーションは中止された。中国市場で商売をする企業は、日本国内の事業活動まで中国側の政治的判断に合わせなければならないのか。今回の事件が突きつけた問題は、そこにある。
さらに見逃せないのは、日本国内での反応である。Pew Research Center(ピュー・リサーチ・センター:米国の大手調査会社)の2026年の世論調査では、日本人の88%が中国に否定的な印象を持っていた。中国側の批判を避けるための経営判断が、日本国内では企業に対する不信を招く可能性もある。中国市場での利益を守るために、日本国内での信用まで危険にさらすのか。経営者の統治能力が問われている。
1️⃣中国で販売していない商品にまで政治的圧力を加える異様さ
今回の事件で中国側が問題視したのは、『VIVANT』第2シーズンに登場する架空の中国諜報組織の描写である。中国側は、登場人物に対する残虐な行為などが中国を中傷し、反中感情を広めるものだと批判した。しかし、『VIVANT』はフィクションであり、架空の情報機関が悪役として登場することと、特定の国民全体への敵意を表明することは同じではない。
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さらに10月28日夜、中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は、サンリオを名指しで批判する社説を掲載した。その見出しは、ハローキティが日本の右翼と踊るべきではない、というものだった。社説はサンリオの企業理念「みんななかよく」にまで言及し、中国を批判する作品と協業することは、その理念に反すると主張した。
特に重要なのは、環球時報がサンリオの中国市場での売上を持ち出したことである。同紙は、2026年上半期の中国市場での収入が7億8100万元に達し、前年同期比で40%以上増加したと指摘した。そのうえで、中国市場を重視するのであれば、中国への敬意を具体的な行動で示すべきだと要求した。
これは通常の作品批評ではない。中国市場から多額の収入を得ている企業に対し、その経済的利益を理由として政治的な対応を迫る論法である。しかも、問題となったコラボ商品は日本国内向けだった。中国で販売していない商品についてまで、中国市場での売上を持ち出して協業を批判する。その異様さこそ、今回の事件の核心である。
環球時報の社説が掲載された同じ28日夜、サンリオの中国法人はコラボレーションの中止を発表した。翌29日には日本本社も公式声明を公表し、関連コンテンツに企業理念にそぐわない表現が含まれていると判断したため、すべての取り組みと今後の展開、プロモーション活動を中止すると説明した。
さらに29日、中国外交部の郭嘉昆報道官は、公式記者会見で、日本国内には文化作品を利用して中国を中傷し、中国への憎悪を広めようとする勢力が存在するという趣旨の発言を行った。中国共産党系メディアによる批判に加え、政府の外交部門まで日本のドラマを政治的に非難したのである。
もっとも、中国政府がサンリオに直接中止を命令した事実は確認されていない。最終的に中止を決めたのはサンリオ自身である。また、外交部の発言は中国法人の中止表明後であり、その直接原因とすることはできない。しかし、中国共産党系メディアが経済的利益を持ち出して政治的な対応を求め、政府報道官も作品を非難したという事実は、極めて重い。
ここには中国側の二重基準もある。中国では長年、旧日本軍将兵を残虐な悪役として描く抗日ドラマが制作されてきた。なかには史実を逸脱した作品もあり、中国の『新民晩報』は2012年の記事で、実際には存在しなかったような日本軍の女性指揮官を登場させ、視聴率を狙う制作手法を批判している。中国自身にも、史実とは異なる日本軍の描写を含むフィクションが存在してきたのである。
自国ではそのような創作を行いながら、日本のフィクションには政治的な基準を突きつけ、関連企業の商業活動にまで批判を広げる。これでは、創作の自由に対する一貫した態度とはいえない。中国の視聴者が作品を批判する自由と、国家権力に近い組織が外国企業の経済的利益を利用して対応を迫る行為は、明確に区別すべきである。
中国市場で商売することは、中国共産党に日本国内の創作活動や企業活動を審査する権限を与えることではない。
この原則が曖昧になれば、次に標的となるのは別のドラマや映画、アニメ、出版物、広告、スポンサー契約かもしれない。中国で売上を持つ企業であれば、日本国内での合法的な活動さえ政治的な批判の対象になり得る。その危険を今回の事件は示したのである。
2️⃣中国市場を守って日本市場の信用を失う危険
今回のサンリオの判断には、もう1つの重大な問題がある。中国側の批判を避けるための対応が、日本国内では逆に企業への不信を招く可能性である。
Pew Research Center(米大手調査会社,以下Pewと略す)が2026年7月15日に発表した国際世論調査によると、日本では88%が中国に否定的な印象を持っていた。中国に好意的な人は11%にとどまる。さらに、習近平国家主席が国際問題について適切に行動すると信頼していない人は92%に達していた。
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それでも、日本市場を重視する企業にとって、88%という数字は無視できない。中国共産党系メディアの批判を受けて日本国内のコラボレーションを中止すれば、中国側への配慮を優先したと受け止める消費者もいるだろう。企業の独立した判断を疑問視する声が広がれば、長年築いてきたブランドへの信頼に影響する可能性がある。
もちろん、Pewの調査は中国に対する一般的な印象を尋ねたものであり、サンリオ商品の購入意向を調べたものではない。この数字からサンリオの売上減少を予測することはできない。しかし、企業は中国市場での損失だけでなく、日本国内での信用毀損という別のリスクも評価しなければならない。
ここで比較しておきたいのがニトリである。
ニトリホールディングスの2026年3月期決算資料によると、中国大陸の店舗数は2025年3月末の100店舗から2026年3月末には78店舗に減少した。この1年間に25店舗を閉鎖し、3店舗を新規出店した結果である。2026年10月度の公式月次情報でも、中国大陸の店舗数は78店舗となっている。
ニトリは自らの判断で中国市場に進出し、店舗を拡大した。似鳥昭雄会長は日中経済協会の副会長も務め、同協会の2025年11月号の機関誌では、中国の住生活市場の可能性について積極的な見方を示している。中国市場への期待を経営戦略の重要な要素としてきたことは確かである。
しかし、中国の不動産不況や消費低迷、大型店舗の採算悪化によって、大幅な店舗整理を迫られた。中国事業からの全面撤退ではないものの、これまでの出店戦略には修正が必要になったのである。
これは自ら選んだ海外投資の問題である。巨大市場への期待が大きすぎ、事業環境の変化や採算上の危険を十分に織り込めなかったのであれば、経営者がその責任を負うべきである。海外進出そのものを成功と考え、国ごとの政治的・経済的条件を軽視する経営は、悪しきグローバリズムの典型となり得る。
しかし、サンリオの事件は根本的に異なる。
サンリオも中国市場に進出している以上、その事業に伴うリスクを評価する責任はある。また、コラボレーション中止について経営上の説明責任も負う。しかし、今回の問題の発端は、中国共産党系メディアが日本国内の合法的な文化活動と企業活動を政治問題にし、中国市場での売上を持ち出して対応を迫ったことである。
ニトリは自ら選んだ投資戦略の結果に責任を負う。サンリオについては、中国側から国境を越えて政治的な批判が及んだことを、まず問題にしなければならない。
そのうえでサンリオ自身にも問われる。中国市場での利益を守ることと、日本国内で築いてきた信用を守ることを、どのように比較したのか。中国側の批判がなければ継続していた可能性のある事業を、なぜ中止する必要があったのか。公表された企業理念だけで、その判断を十分に説明できているのか。
中国市場での売上を守るために、日本国内の顧客からの信頼を損なうのであれば、それは本当に合理的な経営判断なのか。
経営者は、この問いに答えなければならない。
2️⃣中国共産党の圧力にどう対応するか、日本企業の統治能力が問われる
今回の事件を、サンリオだけの特殊な問題と考えてはならない。
中国共産党系メディアは、サンリオの中国市場での売上を持ち出して、ドラマとの協業を批判した。そしてサンリオはコラボレーションの中止を決定した。この経緯を見れば、同様の批判が今後、別の企業に向けられる可能性を考慮する必要がある。
実際、『VIVANT』をめぐる中国側の批判では、サンリオ以外にもサントリー、花王、スバルなど、ドラマに関連する企業の名前が取り上げられている。中国国内で販売する商品とは直接関係のないスポンサー契約や広告活動まで、中国市場での利益と結びつけて批判され得ることが分かる。
ここで警戒すべきなのは、企業による自主規制の拡大である。
日本企業が中国市場への悪影響を恐れ、中国側から批判されそうな作品や企画を事前に避けるようになれば、正式な中止要求がなくても企業活動は制約される。出版社は中国側が不快に感じる可能性のある内容を敬遠し、映像制作会社はスポンサー企業を失わないよう脚本に配慮し、広告会社は中国事業を持つ取引先の意向を優先するようになるかもしれない。
中国共産党政府が日本国内に検閲機関を設置しなくても、企業が経済的損失を恐れて自ら表現を制限するのであれば、事実上、それに近い効果が生じ得るのである。経済的利益への依存を通じて、外国の企業や文化活動に影響を及ぼす。今回の事件は、その危険を具体的に浮かび上がらせた。
この問題は、高市政権下の日中関係とも関わっている。
高市首相は2026年10月5日の所信表明演説で、中国との戦略的互恵関係を推進する一方、軍事活動や威圧的措置などについては、我が国の立場を主張し、責任ある行動を求める姿勢を示した。対話を維持することと、相手国の要求を無条件に受け入れることは別問題である。
中国側がこうした政策姿勢を警戒していることは、浙江宣伝が『VIVANT』への批判に際して高市首相にまで言及した事実からもうかがえる。ただし、中国指導部が焦っていると断定ではできないものの、その可能性が高いことは以前このブログでも指摘した。今回のサンリオ批判が高市政権への対抗策として計画されたとする証拠も確認できないが、その可能性は否定できない。
ここで重要なのは、政府の対中政策だけではない。政府が国益を重視する方針を掲げても、個別企業が中国市場への依存を理由に国内での活動を次々と変更するなら、その影響は経済と文化の領域に広がっていく。だからこそ、企業自身の統治能力が問われるのである。
企業の統治(ガバナンス)とは、単に問題を起こさないための管理ではない。何を実現し、何を守るかを決め、そのために人と資源を結集し、決断を実行することである。
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経営者は中国市場での売上減少だけでなく、国内市場での信用低下、ブランド価値への影響、将来の事業活動が制約される危険まで評価すべきである。取締役会は企業全体のリスク管理を監督し、経営陣はその方針に基づいて具体的な事業判断を行う。現地法人の目先の損失回避が、日本本社の経営判断全体を左右するような状態を放置してはならない。
また、中国市場への依存度を把握し、必要な場合には事業を縮小できる体制を整えておくことも重要である。供給網や販売先を分散し、国内の事業基盤や技術、ブランド価値を維持する。市場を失うことを過度に恐れない経営基盤があってこそ、企業は不当な要求に対して独立した判断を下せる。
我が国の政府にも役割がある。外国政府やその影響下にある組織による経済的威圧の実態を把握し、企業が相談できる体制を整え、必要に応じて外交上の問題として提起することである。ただし、個別のコラボレーションを継続するか否かを決定するのは企業自身であり、政府がその経営判断を代行するわけではない。政府は企業の自由な判断を支える環境を整備する責任を負うのである。
中国共産党政府の政治的な判断を、日本企業が自由に変えることはできない。しかし、その判断によって自社の存続や国内での活動が左右されない構造をつくることはできる。
中国市場を失うことを恐れるあまり、企業自身の判断の自由を失ってはならない。
これが、今回の事件から日本企業が学ぶべき最大の教訓である。
結論
サンリオの『VIVANT』コラボ中止が示したのは、中国共産党系メディアによる政治的批判が、日本国内の企業活動にまで及び得るという現実である。中国で販売していない商品について、中国市場での売上を持ち出して協業の是非を問題にする。そのような手法を当然のものとして受け入れてはならない。
ニトリの中国25店舗閉鎖は、自ら選んだ海外投資と店舗戦略の問題であり、その結果は経営者が引き受けるべきものである。しかし、サンリオの事件は異なる。中国側の政治的な価値判断が、日本国内の事業活動にまで影響し得ることが問題なのである。
しかも、日本人の88%が中国に否定的な印象を持っている現状では、中国側の批判を避けるための判断が、日本国内での信用を損なう可能性もある。中国市場の利益だけを見て判断すれば、長年築いてきた企業の価値を傷つけかねない。
今後、中国共産党系メディアが同様の批判を別の企業にも向ける可能性はある。だからこそ、企業は中国市場への依存を見直し、守るべきものを明確にし、必要な決断を実行できる統治能力を備えなければならない。
中国との商取引そのものを否定する必要はない。しかし、商取引によって得られる利益と引き換えに、日本国内での自由な企業活動まで制約されるのであれば、その取引のあり方を再検討すべきである。
中国で利益を得ることは経営判断である。しかし、その利益のために日本国内の企業活動まで中国共産党の政治的判断に従わせることは、決して当然視してはならない。
日本企業の統治能力とは、巨大市場に進出する能力だけではない。必要なときに、その市場からの圧力を拒否し、自らの企業理念と経営の独立性を守る能力でもある。
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