根本匠厚労相(右)を追及する立民の長妻昭元厚 |
各省庁の経済統計の不正が次々と発覚し、こうした統計データに基づき評価されてきた「アベノミクスの成果」自体を疑問視する指摘も出ている。そこで、各種経済統計を見直した場合、「アベノミクスによる経済回復」という評価が覆る可能性はあるのか、もしくは統計不正と「アベノミクスによる経済回復」は無関係なのか、さらには一連の統計不正はなぜ起こったのかについて考えてみたい。
まず、マクロ経済の見方から考えてみよう。マクロ経済政策を評価するには、まずは雇用、次に所得で行うのが基本である。要するに、まず仕事があって、その上で衣食が足りていれば満点である。これを具体的にみるには、以下の評価基準を用いる。
(1)雇用は就業者数、失業率
(2)所得はGDP、雇用者報酬
筆者はアベノミクスに対して、雇用はまずまずであるが、所得の観点からまだ不満があるので、これまで70~80点という評価を下してきた。今回の統計不正により、GDPなどを算出する際の基礎データである毎月勤労統計の数字が変更になった。そのため、雇用者報酬も変更された。2017年の名目雇用者報酬は前年比1.6%増、実質雇用者報酬は同1.2%増。また、18年1~11月の名目雇用者報酬は同3.1%増、実質雇用者報酬は同2.3%増となった。18年1~11月の雇用者報酬は、名目、実質ともに前年より増加している。
その理由は簡単だ。このデータは毎月勤労統計から作成されるが、毎月勤労統計は本来全国200万事業所を対象とするが、実際には3万件程度のサンプル調査となっている。しかし、東京都において1500事業所を調べるところが500事業所しか調べなかったので、実際のサンプル数は全国で2.9万だった。本来の統計処理であれば復元すべきだったのに、それを怠った。例えていえば、2.9万で割り算すべきところ、3万で割り算したため、過小の数字になったというのと同じだ。それが是正されると、数字としては大きくなるだけだ。
とはいうものの、統計不正の前後で数値を比較すると、せいぜい0.3%程度の違いでしかない。これは、グラフにすると線の太さに隠れる程度にもなるので、今回の統計不正によって、これまでの経済分析が一変するというほどのものではない。
西日本新聞に掲載された給与額公表値と再集計地の違い 縦軸が0.5%刻みになっているので、差異が確認できるが、 通常のものであれば確認できないほどに小さなものである |
一部野党の批判は“木を見て森を見ず”
雇用者報酬は、概念として人数×賃金である。雇用の増加により、人数が増加しているのは間違いない。問題は賃金である。名目賃金が増加しているのは間違いないが、実質賃金については顕著な増加でない可能性がある。
一部野党とメディアは、この点だけをついている。まさに、木を見て森を見ずである。
そもそも、マクロ経済政策で一番肝心の雇用では、民主党政権時代は最悪の状況だった。雇用が満たされると、次に雇用者報酬がよくなる。その次に名目賃金、最後に実質賃金が上がる。
一部野党やメディアは、雇用、雇用者報酬、名目賃金の改善を無視して、最後の実質賃金の上昇が顕著でなかったという点だけをあげつらっている。いずれにしても、前に述べたマクロ経済の評価について再び見ても、
(1)雇用の回復は確実
(2)雇用者報酬は名目でも実質でも上昇
と確実にいえる。
ただし、報酬を人数×賃金と分解した際、名目賃金の上昇はいえるが、実質賃金については、上昇かどうかは現時点ではわからないという状況だ。もっとも、この状況は統計不正発覚の前から同じである。
今回の統計不正を、試験で例えてみよう。ちなみに筆者のような大学教員は今、学期末の採点で忙しい時期だ。どこの大学でも似たような採点基準であろうが、学生への通知は、S、A、B、C、Dの5段階で通知し、教員が大学に提出するのは100点満点での点数だ。90点以上をS、80点以上90点未満をA、70点以上80点未満をB、60点以上70点未満をC、60点未満をDとし、60点以上で及第である。ちなみに、筆者のクラスの採点は、S19%、A8%、B17%、C25%、D31%という結果。今年は例年よりSが多いが、それでもSはあまりいない。
筆者の試験ではないが、もし出題の一部が不適切だったとしよう。その場合、すべての学生に該当問題では点を与える。すべての学生の点数は上がるが、不適切な出題がごく一部であれば、大学から学生へ通知する5段階評価は変更されることはない。今回の統計不正は、アベノミクスの評価そのものを根底から覆すものではない。筆者のアベノミクスの評点はBであったが、この評価は統計不正後でも変わりはない。
もっとも、このように結果として経済分析においてこれまでの評価が変わらないというのは、単に偶然なだけだ。統計不正は、統計の信頼を根底から揺るがすので許されるべきものではない。
横断的な専門組織の必要性
今回の統計不正について、以下の点が問題である。
(1)04年から、全数調査すべきところを一部抽出調査で行っていたこと
(2)統計的処理として復元すべきところを復元しなかったこと
(3)調査対象事業所数が公表資料よりも概ね1割程度少なかったこと
手続き面から上記は、統計法違反ともいえるものでアウトだ。実害では、(2)のために04~17年の統計データが誤っていたということになり、統計の信頼を著しく損なうとともに、雇用保険の給付額等の算出根拠が異なることとなり、追加支給はのべ1900万人以上、総計537億円程度になる。統計技術から、(1)はルール変更の手続きをすれば正当化できるし、(3)では誤差率への影響はなく、統計数字の問題自体は大きくないのはすでに述べたとおりだ。
今回の統計不正については根深いものがあるので、経緯を考えてみよう。
驚くべきは、統計職員が最近急減していることだ。04年でみると、農林水産省には4674人の統計職員がいたが、農業統計ニーズの減少のため、これまで4000名以上を削減してきた。他の省庁でも若干の減少である。今回問題になった厚生労働省は351人の職員だったが、今や233人に減少している。
日本政府の統計職員数は1940人であるが、これは人口10万人当たり2人である。12年でみると、アメリカ4人、イギリス7人、ドイツ3人、フランス10人、カナダ16人であり、日本の現状は必ずしも十分とはいえない。
どこの世界でも同じだと思うが、統計の世界でも従事人員の不足は間違いを招くという有名な実例がある。1980年代のイギリスだ。政府全体の統計職員約9000人のうち、2500人(全体の約28%)を削減したところ、80年代後半になって国民所得の生産・分配・消費の各部門の所得額が一致せず、経済分析の基礎となる国民所得統計の信頼が失われてしまった。
日本の統計事務は省庁縦割りであり、世界の標準的な省庁横断的組織になっていない。統計職は対象がなんであっても応用が効くので、各省庁ごとに統計職員を抱える必要性はなく、しかも統計の公正性を確保するなら各省から独立した横断的組織のほうが望ましい。
一刻も早く、国会における独立委員会を含めて第三者委員会や捜査機関による徹底した調査を行い、統計に対する国民の信頼を回復しなければいけない。その際、人員・予算の確保、横断的な専門組織の創設が重要だ。
(文=高橋洋一/政策工房代表取締役会長、嘉悦大学教授)
【私の論評】野党は、中国の統計をなぜ批判しないのか?
上の記事では、統計不正の前後で数値を比較すると、せいぜい0.3%程度の違いというのですから、これは極端なことをいうと誤差のようなものです。他の人為的な間違いをしたとしても、この程度の誤差が出ることはあり得ます。
よって、「アベノミクス」の成果、特に雇用上の成果に関する統計の評価に関しては、間違いはなかったということです。
ただし、これは誤差でもないし、意図して意識して行われた不正の結果出た違いであるということが重大な問題であるということです。
ここで中国の統計について振り返ってみます。
全国GDPと地方GDP合計の差異の推移 |
地方政府のみならず、中央政府も統計をねつ造しているとの疑念が、以前から各方面で出されてきまし。その真偽はともかく、中央が発表する各種統計に必ずしも整合性がなく、また政治的考慮から、ことさら楽観的な面を強調する一方、都合の悪い部分は意図的に無視する傾向があることは事実です。
例えば、国家統計局が1月に発表した17年経済実績や3月全人代政府活動報告(以下、報告)での説明ぶりに関連し、以下のような疑問があります。
昨年3月5日に開幕した全人代で演説した李克強首相(前列)。 汗を拭う姿はCCTV(中央テレビ局)には映らなかった。 |
①17年、都市部住民の1人当たり実質可処分所得が6.5%増に対し、農村部住民は7.3%増、この結果、都市部と農村部の収入格差が縮小したとされています。
ところが、全国ベースの1人当たり実質可処分所得も7.3%増とされており、都市部常住人口比率が17年58.5%、また都市部の収入は農村の約2.7倍と高水準であることを考えると、全国の1人当たり可処分所得伸びは、上記6.5%と7.3%の間の6.5%に近い水準になるはずです。
②産業構造の高度化を見る上で、中国当局は以前からハイテク技術製造業の伸びと装備製造業伸びを重視しています。国家統計局は2017年のハイテク技術製造生産3.3兆元(13.4%増)、装備製造9.1兆元(11.3%増)、また、総工業生産伸び6.6%増に対するハイテク技術製造の貢献率23%、装備製造52%と両分野が大きく伸びているとしています。
17年の総工業生産額およびハイテク技術製造と装備製造生産額の対総工業生産シェアは発表されていないため、これら数値から各々のシェアを推計すると、
②産業構造の高度化を見る上で、中国当局は以前からハイテク技術製造業の伸びと装備製造業伸びを重視しています。国家統計局は2017年のハイテク技術製造生産3.3兆元(13.4%増)、装備製造9.1兆元(11.3%増)、また、総工業生産伸び6.6%増に対するハイテク技術製造の貢献率23%、装備製造52%と両分野が大きく伸びているとしています。
17年の総工業生産額およびハイテク技術製造と装備製造生産額の対総工業生産シェアは発表されていないため、これら数値から各々のシェアを推計すると、
11.3%(6.6%×23%÷13.4%)、30.4%(6.6%×52%÷11.3%)となるのですが、16年実績として国家統計局から発表されているシェアは各々12.4%、32.9%(図表)。17年いずれの産業も総工業生産伸びを大きく上回る伸びとなっているにもかかわらず、シェアは下がる形となっており、各種数値間の整合性がとれていません。
[図表]工業生産伸び・シェア(%) |
③報告は過去5年、消費の成長への貢献率が上がったとし(54.9%→58.8%)、投資・輸出主導から消費、投資、輸出がそろって成長に寄与するパターンが実現したこと、また民間投資が奨励され投資構造が改善したとしています。しかし、17年全国一人当たり消費支出は18322元、実質5.4%増でGDP伸びより1.5%ポイント低い。うち都市部住民は4.1%増でGDP伸びの60%程度、農村も6.8%増でGDP伸びより低いです。
(注)国家統計局分類では、ハイテク技術製造は医薬、航空、電子通信、コンピューター、医療・精密計測機器。装備製造は金属製品、通信等各種専門設備、自動車・鉄道・船舶・航空等輸送設備、コンピューター等電子設備、精密計測機器。両概念は重複していると思われるが詳細不明。2017年シェアはハイテク製造の総工業産伸び率貢献度23%、装備製造52%から推計。
(出所)中国国家統計局の統計公報、記者会見議事要旨より筆者作成
消費、投資、輸出がそろって成長に寄与とされるが・・・
他方、全国固定資産投資は成長率減速に対応して11年以降伸びが鈍化しているが、17年7.2%増と成長率との関係ではなお高水準。投資構造も国有企業(国企)が10.1%増と高い一方、民間投資は6%増とGDP成長率より低いです。また各級政府が行う基礎インフラ投資はGDP伸びの3倍に及ぶ。さらに不動産投資の全投資に占めるシェアは引き続き20%近い高水準で、国企や地方政府中心の製造業・インフラ投資、不動産投資が成長をけん引する構図に大きな変化はないです。
④報告は「政府のミクロ管理、市場や企業への直接関与を減らし、マクロ調整や市場監督に注力した」とし、その根拠として、過去5年、各省庁の許認可事項が44%減少したこと、中央・地方政府が価格を統制している財が各々80%、50%以上減少したこと等を挙げています。
しかし、住宅市場のバブルを抑えるための政府の住宅購入抑制策、政府が企業に強制的削減目標を課す形で進められている鉄鋼、石炭等の過剰生産設備削減、またその過程で大型国企の集中合併が進み、国企が保護される一方、過剰設備整理で相対的に大きな影響を受ける中小民間企業が置き去りにされていることは、習政権が発足以来掲げている「市場機能に十分な役割を発揮させる」との方針やこれまで進められてきた「国退民進」に明らかに逆行しています。
中国の国民経済計算の中で分配国民所得は見当たらないですが、別途、国家統計局は17年企業利潤21%増、中でも国企45.1%増と発表。また財政部統計で全国一般公共財政収入は7.4%増(うち中央7.1%増、地方7.7%増)。報告は「人民中心の発展思想を堅持し、民生の保障・改善に注力し、人々の獲得感(豊かさの実感)が継続的に増強」と主張していますが、統計は発展の果実がむしろ政府と国企に向かったことを示しています。
この他、最近公表されたデータについても、一定規模以上(主要営業収入が2000万元以上)企業の利潤が18年1〜5月2.7兆元、前年同期比16.5%増と発表されたましたが、昨年発表されている17年1〜5月の数値は2.9兆元。国家統計局は発表文の脚注で、①「一定規模以上の企業」に分類されている企業には出入りがあり、また新企業参入、破産もあること、②地域や産業の垣根を越えて活動している企業の統計の重複計上を精査したこと、③「営改増」、つまり営業税の増値税への移行に伴い、一部工業企業で、税負担が軽減されるサービス活動を切り離しサービス業とする動きが出たことを挙げています。
また、18年5月小売販売高前年同期比8.5%増と発表されたが、昨年5月発表された数値を基に計算すると3%増にしかなりません。これについても、脚注で前年数値を精査し改訂したためとしています。いずれも当局から一定の説明はあるものの、必ずしも市場関係者等から十分かつ透明性のある説明とは受け止められておらず、統計の信頼性、比較可能性、連続性に疑問が生じる結果となっています。
ブログ冒頭の記事を書かれた、高橋洋一氏はテレビの番組で中国のGDPの出鱈目ぶりを暴露しています。
以下にその番組の一部を含むツイートがあったので、それを以下に掲載します。
中国の経済統計は真っ赤なウソ— take4 (@sumerokiiyasaka) 2019年2月2日
①数字が不自然過ぎる
②社会主義国特有のメンツを守るためのデタラメな数字。「鉛筆ナメナメ」を霞が関では「ペロペロ」と言うそうです。笑い事ではありませんけど、思わず笑ってしまいますね
③唯一信じられる貿易統計をもとに高橋洋一氏が計算したGDP成長率は1.5% pic.twitter.com/NrghNj01m7
これは、昨年のGDPの伸び率に関するものですが、学者によっては、中国のGDPは未だ日本を超えておらず、ドイツ以下であると結論を出している人もいるくらいです。
いずれにせよ、中国の統計の出鱈目ははっきりしすぎるくらいはっきりしています。これを批判せずに、倒閣のために「アベノミクスによる経済回復」という評価が覆えそうと日本の野党は躍起になっているようですが、これまた政局にするのは無理筋で「もりかけ」騒動よりもさらに小粒なワイドショー民向け劇場パフォーマンスに終わることになるでしょう。
そんなことより、韓国が北朝鮮の手に落ちたり、中国が経済冷戦に負けて経済が弱体化した場合などに、かなり大勢の難民が日本に押し寄せる可能性があります。それにどのように対応すべきか等、今から警戒を強めておくべきです。
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