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2019年2月7日木曜日

統計不正でも「アベノミクスによる経済回復」という評価は覆らず…雇用者報酬は増加―【私の論評】野党は、中国の統計をなぜ批判しないのか?

統計不正でも「アベノミクスによる経済回復」という評価は覆らず…雇用者報酬は増加

根本匠厚労相(右)を追及する立民の長妻昭元厚

各省庁の経済統計の不正が次々と発覚し、こうした統計データに基づき評価されてきた「アベノミクスの成果」自体を疑問視する指摘も出ている。そこで、各種経済統計を見直した場合、「アベノミクスによる経済回復」という評価が覆る可能性はあるのか、もしくは統計不正と「アベノミクスによる経済回復」は無関係なのか、さらには一連の統計不正はなぜ起こったのかについて考えてみたい。

まず、マクロ経済の見方から考えてみよう。マクロ経済政策を評価するには、まずは雇用、次に所得で行うのが基本である。要するに、まず仕事があって、その上で衣食が足りていれば満点である。これを具体的にみるには、以下の評価基準を用いる。

(1)雇用は就業者数、失業率
(2)所得はGDP、雇用者報酬

筆者はアベノミクスに対して、雇用はまずまずであるが、所得の観点からまだ不満があるので、これまで70~80点という評価を下してきた。今回の統計不正により、GDPなどを算出する際の基礎データである毎月勤労統計の数字が変更になった。そのため、雇用者報酬も変更された。2017年の名目雇用者報酬は前年比1.6%増、実質雇用者報酬は同1.2%増。また、18年1~11月の名目雇用者報酬は同3.1%増、実質雇用者報酬は同2.3%増となった。18年1~11月の雇用者報酬は、名目、実質ともに前年より増加している。

その理由は簡単だ。このデータは毎月勤労統計から作成されるが、毎月勤労統計は本来全国200万事業所を対象とするが、実際には3万件程度のサンプル調査となっている。しかし、東京都において1500事業所を調べるところが500事業所しか調べなかったので、実際のサンプル数は全国で2.9万だった。本来の統計処理であれば復元すべきだったのに、それを怠った。例えていえば、2.9万で割り算すべきところ、3万で割り算したため、過小の数字になったというのと同じだ。それが是正されると、数字としては大きくなるだけだ。

とはいうものの、統計不正の前後で数値を比較すると、せいぜい0.3%程度の違いでしかない。これは、グラフにすると線の太さに隠れる程度にもなるので、今回の統計不正によって、これまでの経済分析が一変するというほどのものではない。

西日本新聞に掲載された給与額公表値と再集計地の違い
縦軸が0.5%刻みになっているので、差異が確認できるが、
通常のものであれば確認できないほどに小さなものである

一部野党の批判は“木を見て森を見ず”

雇用者報酬は、概念として人数×賃金である。雇用の増加により、人数が増加しているのは間違いない。問題は賃金である。名目賃金が増加しているのは間違いないが、実質賃金については顕著な増加でない可能性がある。

一部野党とメディアは、この点だけをついている。まさに、木を見て森を見ずである。

そもそも、マクロ経済政策で一番肝心の雇用では、民主党政権時代は最悪の状況だった。雇用が満たされると、次に雇用者報酬がよくなる。その次に名目賃金、最後に実質賃金が上がる。

一部野党やメディアは、雇用、雇用者報酬、名目賃金の改善を無視して、最後の実質賃金の上昇が顕著でなかったという点だけをあげつらっている。いずれにしても、前に述べたマクロ経済の評価について再び見ても、

(1)雇用の回復は確実
(2)雇用者報酬は名目でも実質でも上昇

と確実にいえる。

ただし、報酬を人数×賃金と分解した際、名目賃金の上昇はいえるが、実質賃金については、上昇かどうかは現時点ではわからないという状況だ。もっとも、この状況は統計不正発覚の前から同じである。

今回の統計不正を、試験で例えてみよう。ちなみに筆者のような大学教員は今、学期末の採点で忙しい時期だ。どこの大学でも似たような採点基準であろうが、学生への通知は、S、A、B、C、Dの5段階で通知し、教員が大学に提出するのは100点満点での点数だ。90点以上をS、80点以上90点未満をA、70点以上80点未満をB、60点以上70点未満をC、60点未満をDとし、60点以上で及第である。ちなみに、筆者のクラスの採点は、S19%、A8%、B17%、C25%、D31%という結果。今年は例年よりSが多いが、それでもSはあまりいない。

筆者の試験ではないが、もし出題の一部が不適切だったとしよう。その場合、すべての学生に該当問題では点を与える。すべての学生の点数は上がるが、不適切な出題がごく一部であれば、大学から学生へ通知する5段階評価は変更されることはない。今回の統計不正は、アベノミクスの評価そのものを根底から覆すものではない。筆者のアベノミクスの評点はBであったが、この評価は統計不正後でも変わりはない。

もっとも、このように結果として経済分析においてこれまでの評価が変わらないというのは、単に偶然なだけだ。統計不正は、統計の信頼を根底から揺るがすので許されるべきものではない。

横断的な専門組織の必要性

今回の統計不正について、以下の点が問題である。

(1)04年から、全数調査すべきところを一部抽出調査で行っていたこと
(2)統計的処理として復元すべきところを復元しなかったこと
(3)調査対象事業所数が公表資料よりも概ね1割程度少なかったこと

手続き面から上記は、統計法違反ともいえるものでアウトだ。実害では、(2)のために04~17年の統計データが誤っていたということになり、統計の信頼を著しく損なうとともに、雇用保険の給付額等の算出根拠が異なることとなり、追加支給はのべ1900万人以上、総計537億円程度になる。統計技術から、(1)はルール変更の手続きをすれば正当化できるし、(3)では誤差率への影響はなく、統計数字の問題自体は大きくないのはすでに述べたとおりだ。

今回の統計不正については根深いものがあるので、経緯を考えてみよう。

驚くべきは、統計職員が最近急減していることだ。04年でみると、農林水産省には4674人の統計職員がいたが、農業統計ニーズの減少のため、これまで4000名以上を削減してきた。他の省庁でも若干の減少である。今回問題になった厚生労働省は351人の職員だったが、今や233人に減少している。

日本政府の統計職員数は1940人であるが、これは人口10万人当たり2人である。12年でみると、アメリカ4人、イギリス7人、ドイツ3人、フランス10人、カナダ16人であり、日本の現状は必ずしも十分とはいえない。

どこの世界でも同じだと思うが、統計の世界でも従事人員の不足は間違いを招くという有名な実例がある。1980年代のイギリスだ。政府全体の統計職員約9000人のうち、2500人(全体の約28%)を削減したところ、80年代後半になって国民所得の生産・分配・消費の各部門の所得額が一致せず、経済分析の基礎となる国民所得統計の信頼が失われてしまった。

日本の統計事務は省庁縦割りであり、世界の標準的な省庁横断的組織になっていない。統計職は対象がなんであっても応用が効くので、各省庁ごとに統計職員を抱える必要性はなく、しかも統計の公正性を確保するなら各省から独立した横断的組織のほうが望ましい。

一刻も早く、国会における独立委員会を含めて第三者委員会や捜査機関による徹底した調査を行い、統計に対する国民の信頼を回復しなければいけない。その際、人員・予算の確保、横断的な専門組織の創設が重要だ。
(文=高橋洋一/政策工房代表取締役会長、嘉悦大学教授)

【私の論評】野党は、中国の統計をなぜ批判しないのか?

上の記事では、統計不正の前後で数値を比較すると、せいぜい0.3%程度の違いというのですから、これは極端なことをいうと誤差のようなものです。他の人為的な間違いをしたとしても、この程度の誤差が出ることはあり得ます。

よって、「アベノミクス」の成果、特に雇用上の成果に関する統計の評価に関しては、間違いはなかったということです。

ただし、これは誤差でもないし、意図して意識して行われた不正の結果出た違いであるということが重大な問題であるということです。

だから、国会における独立委員会を含めて第三者委員会や捜査機関による徹底した調査を行い、統計に対する国民の信頼を回復しなければいけない。その際、人員・予算の確保、横断的な専門組織の創設が重要だということです。

ここで中国の統計について振り返ってみます。

中国の「経済統計」については、以前から、中央政府が発表する「全国GDP」と各地方政府が発表する「地方GDP合計」に大きなかい離があるとこのブログでも指摘してきました。2018年1月には、内蒙古、天津が相次いで、経済統計に水増しがあったことを明らかになっています。

全国GDPと地方GDP合計の差異の推移

地方政府のみならず、中央政府も統計をねつ造しているとの疑念が、以前から各方面で出されてきまし。その真偽はともかく、中央が発表する各種統計に必ずしも整合性がなく、また政治的考慮から、ことさら楽観的な面を強調する一方、都合の悪い部分は意図的に無視する傾向があることは事実です。

例えば、国家統計局が1月に発表した17年経済実績や3月全人代政府活動報告(以下、報告)での説明ぶりに関連し、以下のような疑問があります。

昨年3月5日に開幕した全人代で演説した李克強首相(前列)。
汗を拭う姿はCCTV(中央テレビ局)には映らなかった。 

①17年、都市部住民の1人当たり実質可処分所得が6.5%増に対し、農村部住民は7.3%増、この結果、都市部と農村部の収入格差が縮小したとされています。

ところが、全国ベースの1人当たり実質可処分所得も7.3%増とされており、都市部常住人口比率が17年58.5%、また都市部の収入は農村の約2.7倍と高水準であることを考えると、全国の1人当たり可処分所得伸びは、上記6.5%と7.3%の間の6.5%に近い水準になるはずです。

②産業構造の高度化を見る上で、中国当局は以前からハイテク技術製造業の伸びと装備製造業伸びを重視しています。国家統計局は2017年のハイテク技術製造生産3.3兆元(13.4%増)、装備製造9.1兆元(11.3%増)、また、総工業生産伸び6.6%増に対するハイテク技術製造の貢献率23%、装備製造52%と両分野が大きく伸びているとしています。

17年の総工業生産額およびハイテク技術製造と装備製造生産額の対総工業生産シェアは発表されていないため、これら数値から各々のシェアを推計すると、

11.3%(6.6%×23%÷13.4%)、30.4%(6.6%×52%÷11.3%)となるのですが、16年実績として国家統計局から発表されているシェアは各々12.4%、32.9%(図表)。17年いずれの産業も総工業生産伸びを大きく上回る伸びとなっているにもかかわらず、シェアは下がる形となっており、各種数値間の整合性がとれていません。

[図表]工業生産伸び・シェア(%)

(注)国家統計局分類では、ハイテク技術製造は医薬、航空、電子通信、コンピューター、医療・精密計測機器。装備製造は金属製品、通信等各種専門設備、自動車・鉄道・船舶・航空等輸送設備、コンピューター等電子設備、精密計測機器。両概念は重複していると思われるが詳細不明。2017年シェアはハイテク製造の総工業産伸び率貢献度23%、装備製造52%から推計。
(出所)中国国家統計局の統計公報、記者会見議事要旨より筆者作成
消費、投資、輸出がそろって成長に寄与とされるが・・・
③報告は過去5年、消費の成長への貢献率が上がったとし(54.9%→58.8%)、投資・輸出主導から消費、投資、輸出がそろって成長に寄与するパターンが実現したこと、また民間投資が奨励され投資構造が改善したとしています。しかし、17年全国一人当たり消費支出は18322元、実質5.4%増でGDP伸びより1.5%ポイント低い。うち都市部住民は4.1%増でGDP伸びの60%程度、農村も6.8%増でGDP伸びより低いです。

他方、全国固定資産投資は成長率減速に対応して11年以降伸びが鈍化しているが、17年7.2%増と成長率との関係ではなお高水準。投資構造も国有企業(国企)が10.1%増と高い一方、民間投資は6%増とGDP成長率より低いです。また各級政府が行う基礎インフラ投資はGDP伸びの3倍に及ぶ。さらに不動産投資の全投資に占めるシェアは引き続き20%近い高水準で、国企や地方政府中心の製造業・インフラ投資、不動産投資が成長をけん引する構図に大きな変化はないです。

④報告は「政府のミクロ管理、市場や企業への直接関与を減らし、マクロ調整や市場監督に注力した」とし、その根拠として、過去5年、各省庁の許認可事項が44%減少したこと、中央・地方政府が価格を統制している財が各々80%、50%以上減少したこと等を挙げています。

しかし、住宅市場のバブルを抑えるための政府の住宅購入抑制策、政府が企業に強制的削減目標を課す形で進められている鉄鋼、石炭等の過剰生産設備削減、またその過程で大型国企の集中合併が進み、国企が保護される一方、過剰設備整理で相対的に大きな影響を受ける中小民間企業が置き去りにされていることは、習政権が発足以来掲げている「市場機能に十分な役割を発揮させる」との方針やこれまで進められてきた「国退民進」に明らかに逆行しています。

中国の国民経済計算の中で分配国民所得は見当たらないですが、別途、国家統計局は17年企業利潤21%増、中でも国企45.1%増と発表。また財政部統計で全国一般公共財政収入は7.4%増(うち中央7.1%増、地方7.7%増)。報告は「人民中心の発展思想を堅持し、民生の保障・改善に注力し、人々の獲得感(豊かさの実感)が継続的に増強」と主張していますが、統計は発展の果実がむしろ政府と国企に向かったことを示しています。

この他、最近公表されたデータについても、一定規模以上(主要営業収入が2000万元以上)企業の利潤が18年1〜5月2.7兆元、前年同期比16.5%増と発表されたましたが、昨年発表されている17年1〜5月の数値は2.9兆元。国家統計局は発表文の脚注で、①「一定規模以上の企業」に分類されている企業には出入りがあり、また新企業参入、破産もあること、②地域や産業の垣根を越えて活動している企業の統計の重複計上を精査したこと、③「営改増」、つまり営業税の増値税への移行に伴い、一部工業企業で、税負担が軽減されるサービス活動を切り離しサービス業とする動きが出たことを挙げています。

また、18年5月小売販売高前年同期比8.5%増と発表されたが、昨年5月発表された数値を基に計算すると3%増にしかなりません。これについても、脚注で前年数値を精査し改訂したためとしています。いずれも当局から一定の説明はあるものの、必ずしも市場関係者等から十分かつ透明性のある説明とは受け止められておらず、統計の信頼性、比較可能性、連続性に疑問が生じる結果となっています。

ブログ冒頭の記事を書かれた、高橋洋一氏はテレビの番組で中国のGDPの出鱈目ぶりを暴露しています。

以下にその番組の一部を含むツイートがあったので、それを以下に掲載します。


これは、昨年のGDPの伸び率に関するものですが、学者によっては、中国のGDPは未だ日本を超えておらず、ドイツ以下であると結論を出している人もいるくらいです。

いずれにせよ、中国の統計の出鱈目ははっきりしすぎるくらいはっきりしています。これを批判せずに、倒閣のために「アベノミクスによる経済回復」という評価が覆えそうと日本の野党は躍起になっているようですが、これまた政局にするのは無理筋で「もりかけ」騒動よりもさらに小粒なワイドショー民向け劇場パフォーマンスに終わることになるでしょう。

そんなことより、韓国が北朝鮮の手に落ちたり、中国が経済冷戦に負けて経済が弱体化した場合などに、かなり大勢の難民が日本に押し寄せる可能性があります。それにどのように対応すべきか等、今から警戒を強めておくべきです。

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2019年2月5日火曜日

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統計不正も実質賃金も「アベガー」蓮舫さんの妄執に為す術なし?


田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 厚生労働省の毎月勤労統計を巡る不正問題に関して、ワイドショーなどでは相変わらず「低レベル」と言っていい報道が続いている。

 毎月勤労統計の不正問題自体は、国の基幹統計と言われる賃金水準の実態を正確に捉えることを怠った問題であり、厚労省の官僚たちを法的に厳しく処罰すべき問題であろう。

 また、厚労省が設置した「特別監察委員会」に関するずさんな対応については、これはデータ不正そのものを生み出した厚労省の「自己都合」で、国民の関心をないがしろにする行為として批判すべき問題である。ただし、どの程度のデータ不正かと言えば、報道や野党、そして一部の識者からは、安倍晋三政権批判の思惑が「ダダ漏れ」で、そのため過度に誇張されたものになっている。

 筆者の周囲でも、ワイドショーから情報を仕入れた人が「統計不正は大変な問題ですね。安倍政権の責任は大きいですね」と尋ねてきた。そこで筆者は、統計の全数調査を怠ったことは重大な「犯罪」だが、抽出調査自体は統計的には適切に実施し、法規に従えば特に大きな問題ではないことを説明した。

 その上で、安倍政権のはるか前から続いていた話が、安倍政権で発覚したに過ぎないことを指摘した。ついでに「ワイドショーなどを見て、その報道につられて、安倍政権が悪いように誤解する見識のない人が増えて、テレビに振り回されていて、かわいそうだ」と返したら、やはりご本人に思い当たることがあるのか、顔色を変えてにらまれてしまった。

 この例でも分かるように、安倍政権の長期化に伴い、これまたテレビの影響で「長く続くからダメ」というような、事実に立脚しないイメージ批判が蔓延(まんえん)している。そのせいで、ワイドショーなどの報道を鵜呑みにする人たちや、何でもかんでも安倍政権のせいにする人たちを、私の周りから遠ざけてしまうことになった。ただでさえ「友達」が少ないから、安倍政権の長期化は困ったものである。



厚生労働省が入る東京・霞が関の中央合同庁舎

 統計調査不正を利用して、安倍政権の経済政策の成果を不当に貶(おとし)める発言も実に多い。別に安倍政権を特に持ち上げる必要はない。だが、安倍政権の経済政策が、雇用面で大きな成果を挙げたことは否定できない事実である。

 マスコミや野党、反安倍的な識者には、この成果を否定したい思惑が広がっていて、それは事実の否定さえも伴っている。確かに、統計不正はいわば事実をないがしろにする行為だ。だが、批判している野党やワイドショーなどのマスコミがまさに雇用改善の事実をないがしろにしているとしたら、悲劇を超えて「喜劇」ですらある。

 例えば、立憲民主党の蓮舫副代表はツイッター上で次のように述べている。

 「アベノミクスの成果の根拠として、去年6月に前年比3・3%としていた賃金上昇率の伸び率が、実は1・4%だった。実質賃金の伸び率で比較すると、2%が実は0・6%と推計されました。昨年1月から11月の平均は、マイナス0・5ではないかと推計もされます。野党ヒアリングで厚労省はおおむね認める発言をしました」

 まず、安倍首相自ら国会で説明している通り、アベノミクスはその成果の根拠としても、政策目的としても、実質賃金の伸び率を重視したことはない。蓮舫氏はこの点で事実誤認している。

 さらに、前年比での実質賃金の伸び率がマイナスなのは、単に17年が18年よりも実質賃金の「水準」が高かったからである。しかも、アベノミクス期間中の賃金指数を、不正データと修正データとを比べると、むしろ上昇している。都合の悪いデータを隠すことは十分考えられるが、都合のいいデータを隠す意図は、さすがに政権側にはないと考えるのが常識的だ。

 もちろん、強固な反安倍主義者の中には、それでも政権への「忖度(そんたく)」があった、と考える人がいるが、もはや事実を提示して納得できるようなレベルの人たちではないだろう。悪意か妄執か、あるいは頑なな政治イデオロギーの持ち主か、いずれにせよ経済学による説得では無理である。

 またアベノミクスの開始当初から、なぜか蓮舫氏のように実質賃金とその伸び率を重視する人たちが多い。その多くが反安倍、反アベノミクス論者である。

立憲民主党の蓮舫副代表兼参院幹事長

    だが、そもそもアベノミクス、その中核であるリフレ政策(デフレを脱却して低インフレ状態で経済を安定化させる政策)は、実質賃金の水準や伸び率の動きをただ上げればいいだけの政策のように、単純な見方はしていない。むしろ、長期停滞からの脱出局面(現時点)では、実質賃金の伸び率が低下することも不可避であると主張してきた。

 リフレ政策が効果を与える停滞脱出期においては、実質賃金の切り下げが生じる。なぜなら、雇用が増加することで、新卒や中途採用、退職者の再雇用といった新たに採用された人たちの賃金は、既に長年働いている人たちの賃金よりも低いことが一般的だ。

 すなわち、雇用される人数が増え、失業率が低下することは、同時に平均的な賃金を低下させることになる。これを「ニューカマー効果」という。

 しかしニューカマー効果では、同時に失業率が改善し、雇用状況の改善(有効求人倍率改善、いわゆる「ブラック企業」の淘汰など)も実現していく。さらに、支払い名目賃金の総額も上昇していくだろう。そうして、経済全体の状況は大きく改善されていくのである。

 実際、安倍政権ではこのニューカマー効果による実質賃金低下と、同時に失業率低下、有効求人倍率の上昇、賃金指数の増加、名目国内総生産(GDP)の増加などが見られる。さらに、雇用安定化の成果で、失職などに伴う経済的要因での自殺者数が激減し、不本意な形で就業しなくてはいけない非正規労働者の数も大きく減少した。これらは、単にアベノミクスによって雇用の量的な改善だけでなく、質的な改善も見られたことを証明している。

 そして失業率が低下していくと、いわゆる「構造的失業」という状態に到達する。その過程で名目賃金の増加だけではなく、労働市場の逼迫(ひっぱく)の度合いに応じて、実質賃金も上昇していく。日本経済は、2014年4月の消費税率8%引き上げの悪影響がなければ、このプロセスが実現していた可能性が大きい。

 このように蓮舫議員に代表されるような「実質賃金低下ガー(問題)」論者は、あまりにも問題を単純に捉えていると言わざるを得ない。実は、実質賃金の低下だけを問題視する人たちは、経済が常に完全雇用の水準にあると思い込んでいる新自由主義者的な人に多い。

 新自由主義的な人からすれば、実質賃金の低下など、単に労働の生産性の低下を示すものでしかないからだ。蓮舫議員を含む立憲民主党や国民民主党などの多くの野党は、確か経済問題を適切な政府介入で是正していく「リベラル」のスタンスであるはずなのに、主張が新自由主義者風なのはなぜだろうか。

 おそらく、野党議員の多くは経済政策のアドバイスを受ける相手を間違えているのであろう。例えば、立命館大の松尾匡(ただす)教授が最近、安倍政権の経済政策に対抗するリフレ政策的な政治キャンペーン「薔薇マークキャンペーン」を始めている。なんでも今度の参院選に立候補する議員に、反緊縮に賛同する候補者と対して「薔薇マーク」の認定を与えるというものだそうだ。

2019年1月、毎月勤労統計の不正調査問題で、厚労省の職員らに質問する野党議員(奥)

 認定候補が野党勢力だけかどうか定かではないが、筆者はこのキャンペーンが与野党の対立構図に乗った政治色の強いものだと考えている。リフレ政策はそういう政治的イデオロギーを超えるべきだと考えているので、この運動自体には賛成できない。

 ただ、蓮舫氏のような反安倍主義者たちが、よりまともな経済政策を構築するには、松尾氏のアドバイスに対して、真剣に耳を傾けることを勧めたい。それが日本の政策議論の底上げにもつながるに違いないからだ。

【私の論評】虚妄に凝り固まる立憲民主党が主張する経済政策を実行すれば、今の韓国のように雇用が激減するだけ(゚д゚)!

野党の批判は、結局「実質賃金が下がり、実際に使えるおカネが減って貧しくなった。そのために、個人消費が伸びていない。いまの経済政策は間違っている」ということです。そうして、冒頭の記事で田中秀臣氏が主張するようにこれは明らかに間違いです。

実質賃金とは、皆さんが受け取る賃金(名目賃金)から物価の上昇分を差し引いたものです。

名目賃金が1%しか上がっていない時に物価が2%上がると、実質賃金は1%下がります。あくまで程度の問題ではありますが、「モノやサービスの値段が上がって、以前なら買えていたはずのものが買えなくなった」ことになります。インフレの悪いところです。

一方、名目賃金が2%下がっても、物価が3%下がってくれれば、実質賃金は1%上がります。「給料は減ったけど、以前よりたくさんのモノやサービスが買えるようになった」わけですから、喜ぶ人もいるかもしれません。

この部分だけを切り取って考えると、たしかに「実質賃金を、いますぐ上げろ!下がったのはケシカラン!」という主張は正しいように聞こえます。

しかし、経済は、常に動きつづけている生き物です。短いあいだだけを輪切りにして判断してしまったのでは、一見正しそうな政策が「長期的にはとんでもないこと」を引き起こしかねません。

これから起きるさまざまな変化を、「時間を追って順々に考えていく」というのが経済学的なものの考え方です。俗にいう「風が吹けば桶屋が儲かる」という世界です。

逆にいえば、この思考ができないと経済政策を誤ってしまうことになります。

失業者を減らすことが最優先

少しこみ入った話になるので、経済学でよく使われる需要曲線(赤)と供給曲線(緑)を使ってご説明します。縦軸が実質賃金、横軸が雇用者数です。

<現在>という矢印の指しているところに、いまの日本の雇用市場はあります。

左側の縦軸の「今の実質賃金」というところから水平に線を引く(………)と、「雇いますよ」という需要曲線(赤)とぶつかります。ここから下におろした線の指しているところが、「今、雇用されている人数」です。

先ほどの水平な線をさらに右にいく(………)と、「働きたいです」という供給曲線(緑)とぶつかります。ここから下におろした線が指しているところの人数だけ「今、働きたい人」がいます。

ただ、実際に雇ってもらえるのは、需要曲線(赤)から降りてきたところまでの人数だけです。この差が「失業者」となります。

失業とは、「働きたいのに働けない」ということです。しかも、失業することによって収入がとだえて経済的に困窮するだけでなく、「社会から疎外されている」と感じてしまいがちです。

その結果、非常に残念なことですが、精神的・肉体的に追いつめられて、自殺という手段を選ぶ人が増えてしまいました。日本の失業率と自殺率の相関関係は、OECD諸国の中でも際立って高くなっています。

従って、「失業者をどうやったら減らせるか」「この図の赤い矢印の方向にどうやって進むのか」ということを最も優先して考えなければなりません。

我慢して回り道を

現在の実質賃金の水準で、そのまま点線の上をわたって供給曲線(緑)に到達できれば一番良いのですがそうはいきません。点線の上は、あくまで空間です。右のほうにいきたければ、黄色い矢印が指し示すように「斜め右下方向」に需要曲線(赤)の上を動くことになります。

あくまで「下」ですから、「実質賃金が下がらないと、雇用者数が増える方向には行けない」というのが現実です。これを変えることは、誰にもできません。

では、どうしたら実質賃金は下がるのでしょうか?

先ほどご説明したように、実質賃金は(名目賃金)-(物価の変動)で決まります。

「実質賃金を下げろ」といわれて、まず思いつくのは「名目賃金を下げる」、つまり「賃金カット」でしょう。強欲な経営者が「給料を20%下げることにした!」と叫べば、たちどころに下がって、、、というほど話は簡単ではありません。

名目賃金は、経営者と労働者の交渉で決まります。「交渉」といっても、全員が実際に膝をつきあわせて丁々発止とやる訳ではありません。

「この賃金なら雇いたい」「この賃金なら働こう」という「労働市場での需要と供給から決まる」と考えたほうが自然です。アダム・スミスの「神の見えざる手」は、ちゃんと働いています。

この名目賃金というものは、あまり簡単に上がったり下がったりしません。特に日本では、毎週(週給)や毎日(日給)といった単位で給料が変動する労働者は極めて少数です。大多数の労働者は月給制ですし、しかも年間の支給額が大きく変動することはありません。

「20%下げるぞ」などと宣言したら、翌日の職場はカラになっていることでしょう。

つまり、「名目賃金は、そう簡単には下がらないし下げられない」というのが、本当の話です。

では、「物価を上げる」というのはどうでしょう?

これは何か非常に難しいこと、特に長い間デフレに苦しんだわが国にいると、とんでもなく大変なことのように思えます。

しかし、何らかの政策で「強引に名目賃金を変える」よりも、「金融政策によって物価水準を変えることで、実質賃金を動かす」というほうが世界の経済学や経済政策の世界では一般的です。

たとえば2013年1月に、政府と日銀は「+2%と言う目標を定めて物価を上げる」という共同宣言を発表しました。これは「実質賃金は一時的に下がるものの、まず失業者を減らす政策をとる」ことを示したものであると言い換えることができます。

その後の政策は、よく「異次元の」という形容詞をつけて紹介されますが、「デフレという名の異常事態からの脱却」という局面だったために「異次元の手段」が必要だっただけです。政策そのものは、ごく常識的な経済理論にのっとったものです。

「異次元」ではあっても、「異常」ではありません。

いま「物価が上昇したことで実質賃金が下がっている」のは、この右下がりの黄色い矢印の方向に日本経済が走りだしたということです。実質賃金は下がりましたが、冒頭にご紹介したとおり雇用者数は増加しています。

赤い矢印の方向に動いていることは、間違いありません。

デフレへの逆回転は絶対に阻止

現在の状態を、「実質賃金が下がって貧しくなった」と批判するのは簡単です。しかし、黄色い矢印の方向に行かなければ雇用者数は増加せず、130万もの人が失業したままだった可能性は否定できません。

いまはひとりでも多くの人が働けるようになるために、少し我慢をする時です。

きちんと現在の金融緩和政策をつづけていれば、「完全雇用」と書いた部分を通過し、右側の黄色い矢印が示す「右斜め上」に向かって供給曲線(緑)の上を動いていけるようになります。いよいよステージの転換です。

人手不足により名目賃金が上昇し、実質賃金が上がります。しかも、もらえる給料の額面が増えています。

「もらえる給料は減ったけど、物価はもっと下がっている。だから、実質的に豊かになって幸せだ」などという冷静沈着な計算のできる人が、世の中の多数派だとは思えません。やはり「金額が増えてハッピー」という人のほうが多いですから、消費が増えて経済の好循環が起きます。

しかも右方向に動いていますから、働くことができる人は増えつづけます。もう「社会から疎外された」などと、悲観する必要はありません。

1998年に3万人を超え「世界的にも高水準」と懸念されていた自殺者数は、過去5年連続して減少してきています。大規模な金融緩和に踏み切った2012年以降、減少幅が大きくなっていますが、これがさらに加速していくと期待できます。

実際の経済はこんな簡単な図よりも複雑ですから、まだ「完全雇用」と書いたところに到達しているかどうかはよく分かりません。

しかし、比較的名目賃金が変わりやすい「パートやアルバイトの時給」が、大幅に上がっているのはご存知のとおりです。首都圏のパートやアルバイトの平均時給は1000円を超えました。厚生労働省が先週発表した賃金構造基本統計調査では、女性の賃金が過去40年で最も高くなっています。

さらに総雇用者所得も増えていますから、働いている人全体が受けとる賃金の合計は増えつづけています。

総務省の調査によると、正社員を増やした会社は「人材流出を防ぐため」「採用を優位に進めるため」という理由をあげていました。つまり、「良い待遇を与えないと、働いてもらえなくなった」ということです。これは「完全雇用」状態に近づき、働く人たちの立場のほうが強くなったことに他なりません。

結論は明らかです。「物価が上がったことで実質賃金が下がり、生活が苦しくなった。金融緩和政策をやめて物価を下げろ」と言う主張は、経済政策論的に完全に間違っています。物価が下がったおかげで「実質賃金が上がった」と喜ぶことができるのは、失業する心配のない人達だけです。

もし、そんな経済政策をとってしまうと、この図の青い矢印のように「左斜め上」に動いていくことになります。たしかに実質賃金は上がりますが、多くの人が職を失い苦しむことになります。これこそが、デフレの害悪です。

今の流れを逆回転させるべきではないのです。

なお、上ではニューカマー効果を解説するため、マクロ経済でよく用いられるグラフを使って説明しました。

しかし、このようなグラフを使わなくても常識的に理解できます。

たとえば、ある企業で景気が良くなったので、事業規模を拡大しようとしたとします。事業を拡大するときには、最初は営業店舗や工場などの人員を増やすのが普通です。間違っても、本部の要員や役員などを最初に増やすということはありません。さらに、拡大するとすれば、営業店舗や工場そのものも増やすはずです。

そうなると、営業店舗や工場などには、多くの新人を雇用しなければなりません。新人を多数雇用すればどうなりますか。会社全体としては、事業規模を拡大する前よりも平均賃金は低くなります。さらに、生産性は当初は下がるのが当然です。なにしろ、新人を多く雇い入れれば、最初は新人は普通に仕事ができず、これに対して訓練や教育を施さなければなりません。

これが理解できれば、国単位で実質賃金が下がるということも容易に理解できると思います。さらに時がたつと、事業の規模が拡大し軌道にのれば、本部の人員を増やしたり、給料をあげないとなかなか人を募集できなかったりで、賃金は上昇します。

こんな簡単な理屈も理解できないのか、蓮舫さんをはじめとする野党の議員なのです。

お隣韓国では金融緩和せずに賃金だけあげて大失敗

さらに、野党議員らの考えが間違いであるということはすでに実例があります。お隣韓国では、文大統領が金融緩和をせずに、賃金だげあげる政策をとり、雇用が激減して大失敗しています。

これについては、このブログでも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
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立憲民主党枝野代表

詳細はこの記事をご覧いただくものとして、枝野氏も、雇用等に関しては蓮舫氏と同じような考えであり、実質賃金ばかりを問題にする傾向があります。以下にそのあたりがわかるような内容の部分のみを引用します。
枝野氏には金融緩和という考えは全くありません。金融緩和をせずに、分配を増やすというのはどういうことかといえば、結局のところ韓国の実施した「金融緩和をせずに最低賃金」をあげるというのと何も変わりません。 
枝野氏をはじめとするリベラルの雇用政策は韓国で実行され、大失敗したということです。 
ブログ冒頭の韓国の若者の悲惨な状況を改善し、日本のように大卒の就職率を良くするには、分配や最低賃金を最初にあげるのではなく、まずは量的金融緩和を実施すべきです。
いずれにせよ、枝野氏も蓮舫氏も虚妄に凝り固まっており、金融緩和などは実施せずに、分配を増やす、最低賃金を増やすなどの破滅的な政策を主張しています。立憲民主党が主張する経済政策を実行すれば、またぞろ大学生の就活が地獄になるのは明らかです。

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2019年1月30日水曜日

厚労省の無理解が招く「統計不正」お手盛り調査の愚―【私の論評】統計不正は、財務省の緊縮が誘発した(゚д゚)!

厚労省の無理解が招く「統計不正」お手盛り調査の愚
「統計法違反」の調査を”身内”に委ねる信じがたい感覚

第198回通常国会にて施政方針演説を行う安倍首相。「統計不正」は今国会の焦点になりそうだ

 毎月勤労統計の不正調査が問題になっていて、今国会でも与野党で厳しい論戦になりそうだ。

 根本厚労大臣は、国会開催前に素早く調査したが、その調査方法が野党から批判されている。「第三者」による調査が相当あやしいものであることが明らかになってきたのだ。

 そこで、実態が明らかになれば批判を招くのが確実な調査方法を、なぜ厚労省、あるいは厚労省特別監察委員会はとってしまったのだろうか。
国会提出前に予算案が修正される異常事態

 まず、今回の統計不正事件を振り返っておこう。

 今年1月11日の厚労省のホームページ( https://www.mhlw.go.jp/content/10700000/000467631.pdf)によれば、毎月勤労統計において、①全数調査するとしていたところを一部抽出調査で行っていたこと、②統計的処理として復元すべきところを復元しなかったこと、③調査対象事業所数が公表資料よりも概ね1割程度少なかったことを明らかにしている。

 ①では、毎月勤労統計は従業員500人以上の事業所は全数調査がルールだが、2004年からは、東京都内1400事業所のうち3分の1だけを抽出していたという。

 ②では、2004~2017年の調査で、一部抽出調査であるのに、全数調査としていたために、統計数字が過小になっていた。

 ③では、1996年から全国3万3000事業所を調査すべきを3万事業者しか調査しなかった。ただし、誤差率は実際の回収数を元に算出されていたので、誤差率への影響はないという。

 手続き面からみれば、①~③は、統計法違反ともいえるもので、完全にアウトである。

 実害という観点でいえば、②のために、2004~2017年の統計データが誤っていたということになり、統計の信頼を著しく損なうとともに、雇用給付金等の算出根拠が異なることとなり、この間の追加支給はのべ1900万人以上、総計560億円程度になる。

 これらの措置のために、来年度予算案は修正されている。予算案が国会提出前に修正され閣議決定をやり直すことはちょっと記憶にないほどの異例な事態だ。
あまりに早すぎだった調査報告書の公表

 予算面の金額もさることながら、今回の統計不正により、国家の根幹となる統計数字への国民の信頼が大きく揺らいでいる。筆者のように、データに基づく分析を行う者にとっては、とてもショッキングな出来事だ。

 もっとも、今回の統計不正について、厚労省の対応は驚くほど素早かった。事件発覚後10日ほどのうちに、「第三者委員会」として「毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会」を立ち上げ、責任の所在の解明を行った。

 1月22日、「毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会」の報告書を公表(https://www.mhlw.go.jp/content/10108000/000472506.pdf)、関係者の処分を行った( https://www.mhlw.go.jp/content/10108000/000472513.pdf)。

厚労省らしからぬ素早さに驚いていると、「毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会」そのものやその調査方法に疑惑がでてきた。

 まず、指摘したいのは、本件は統計法違反の案件という点だ。こういう事案であれば、第三者とは告発した先の捜査当局である。まずこれが筋であって、もし告発しないなら、可能な限り捜査当局のような姿に近づけないと第三者とはいえなくなる。

「毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会」の委員長は樋口美雄氏。この方は慶大出身の学者だが、今は厚労省所管の労働政策研究・研修機構理事長。これでは、外形的に中立性を疑われてしまう。

 労働政策研究・研修機構は独立した行政法人であるが、そのトップは厚労大臣が任命する(独立行政法人通則法第20条)からだ。

 労働政策研究・研修機構は、厚労省からみれば、いわば子会社であり、身内感覚だろう。

 元役人の筆者の感覚では、少なくとも外形的にはもう少し中立的な「第三者」にしないとまずい。思わず笑ってしまうところだ。

 さらに、本件発覚後の「毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会」によるスピード調査は、あまりに素早すぎて、事実上厚労省がやったのがバレバレだ。

 こうした「委員会」は、実際には事務局である役所がほとんど仕切り、「委員会」の委員はお飾りである。

 それでも外形的にお飾りがバレないように時間をかけて検討し、委員がやった痕跡は残すようにする。

 今回の場合、あまりに早すぎで、10日で調査後、立派な報告書が出てくると、流石に委員ではなく役人がみんなやったのでしょうとなるだろう。

 それが、委員の職員への聴取において、厚労省官房長が職員に質問していたことが発覚し、報道されてしまう。実態は、厚労省が職員への聴取を行う場に、委員が同席させてもらったのだろう。

激減する政府の統計職員数

 なぜこのような無様なことになったのか。筆者の推測では、後で述べるような、今回の統計不正の本質について厚労省幹部がわかっていなかったからだ。

 もし本質がわかっていれば、意図的に時間をかけて対応できる。わかっていないと、国会開催が迫る中、追及されたくないあまり、早く決着を焦り、稚拙な第三者委員会を作り、拙速な調査で関係者処分を行う。つまり、厚労省幹部が国会答弁を上手くできないので、答弁しないで済むように早期決着を目論んだのだ。

 今回の場合、外形的に第三者に疑惑の念なしの委員会を立ち上げ、時間をかけて調査し、国会では、今調査中を連発し、頃合いを見て、調査結果を公表、関係者を処分、今後の予防策を打ち出すのが手筋だ。

 今回の件で、①全数調査ではなく一部抽出は、手続きとしては完全なアウトであるが、正式な手続きを踏めば統計的には正当化ができる。そもそも統計は全数調査ではなく抽出調査でも一定の精度を確保するための学問だ。

 なぜ抽出調査に切り替えざるを得なかったのが今回の問題の本質だ。

 それは、統計業務の人員・予算カットがある。

 まず、日本政府の統計職員数について、国際比較の観点から見てみよう。総務省の資料によれば、国の統計職員数は1940人(2018年4月1日)。省庁別では、農水省613人、総務省584人、経産省245人、厚労省233人、内閣府92人、財務省74人、国交省51人などである。

 なお、2004年でみると、農水省には4674人の統計職員がいたが、農業統計のニーズの減少のため、これまで4000名以上を削減してきた。他の省庁でも、若干の減少である。今回問題になった厚労省は351人の職員だったが、今や233人に減少している。

 日本政府の統計職員数は1940人であるが、これは人口10万人あたり、2人である。2012年でみると、アメリカ4人、イギリス7人、ドイツ3人、フランス10人、カナダ16人であり、日本の現状は必ずしも十分とは言えない。

 どこの世界でも同じだと思うが、統計の世界でも、従事人員の不足は間違いを招くという有名な実例がある。1980年代のイギリスだ。政府全体の統計職員約9000人のうち、2500人(全体の約28%)を削減したところ、1980年代後半になって、国民所得の生産・分配・消費の各部門の所得額が一致せず、経済分析の基礎となる国民所得統計の信頼が失われてしまった。

 日本の統計業務では、人数だけではなく質の問題もある。海外では、統計職員は博士号持ちの専門家が多いが、日本ではまずいない。

 しかも、日本では各省ごとに統計が分散し省庁縦割りだ。そのため、省庁ごとの壁があり、農水省の統計職員の減員分を各省に配分することができなかった。もし横断的な専門組織があれば、統計人員・予算の大幅減少は避けられただろう。

 こうした問題の本質をつかみ、今後の対策として横断的な統計専門部署の創設まで準備しておれば、安心して、第三者委員会での調査に時間がかけられたはずだ。

 このように対応できなかったのは、統計不正問題の本質の把握ができなかった証であり、それこそが重大である。

【私の論評】統計不正は、財務省の緊縮が誘発した(゚д゚)!

今回問題となっている「毎月勤労統計」とは、賃金、労働時間及び雇用の変動を明らかにすることを目的に厚生労働省が実施する調査です(調査の概要と用語の定義はこちらをご覧下さい)。

その前身も含めると大正12年から始まっており、統計法(平成19年法律第53号)に基づき、国の重要な統計調査である基幹統計調査として実施しています。

毎月勤労統計調査は、常用労働者5人以上の事業所を対象として毎月実施する全国調査及び都道府県別に実施する地方調査のほか、常用労働者1~4人の事業所を対象として年1回7月分について特別調査を実施しています。

調査方法は、下の図のようなかたちで行われています。


「毎月勤労統計」に関して、さらに詳細を知りたいかたは以下をクリックしてください。
本来、従業員500人以上の全企業を調査対象にする(全数調査)ところを、東京都では抽出調査にしていたのですが、そこで厚労省は該当の1464事業所のうち491の事業所だけを不適切に抜き出し、調査を済ませていたといいます。これにより実情との誤差が生じ、失業給付などが本来より少なく給付されていたというのです。

この問題が発覚したのは去年12月ですが、不適切な調査は2004年から10年以上に渡って行われており、担当部署にはそれを正当化するような記述を含むマニュアルまで存在しました。

しかしこれも2015年以降に削除され、組織的な隠蔽が図られていた疑いもあります。さらに2016年10月には厚労大臣の名で「全数調査を継続する」旨の書類を総務省に提出。去年1月には"データ補正"も始まり、抽出調査に3を掛けて全数調査に近づけていたとみられています。

しかし先月、総務省統計委員会が「調査結果が不自然」と指摘し、厚労省はついに今月になって不正を公表した。安倍総理は再度調査を行い、過去に遡り給付する方針を示していますが、対象者はのべ2015万人、給付額は合わせて564億円になる見通しで、システム改修などの費用も加えると、総額約795億円がかかる可能性があるといいます。

問題発覚を受け、小泉進次郎厚生労働部会長は「法律を守る意識がないからこういう事案が生まれるのか、それとも法律を守らなければいけないが無理がきて、守らないといけないからといって捻じ曲げて嘘をつき通す形になっているのか。役所自身の責任感を発揮していただきたい」と指摘しています。

今回の件は、厚生労働省統計情報部の中の課の話ですから、そこの部長にも上がっていなかったかもしれないです。だから当然のことながら事務次官も知らず、厚労省で統計に関わっている職員は200人くらいしかいないので、数人の職員しか知らず、課長さえも知らなかった可能性もあります。

ただし、まともな統計の手法でやれば、3分の1の抽出でもほとんど正確に把握できるはずです。元々統計というのは抽出調査をするものです。200万事業所のうち3万件調査するところ、東京だけ1000少なかったにもかかわらず、2万9000で割り算をせず、3万で割っていました。

そこで生じた誤差0.3%〜0.4%分だけ水準が低くなり、それに基づく雇用保険などに過不足が出たのです。2015年の段階で方法を変えるか、もうちょっとお金をかけていれば良かったかもしれません。

今回の件が発生した背景には、まず第一に日本政府の中に数字でやるという風土があまりないことが挙げられます。ほとんどが文系の人ばかりで、"みんな訳わからない"という感じになっているようです。
冒頭の高橋氏の記事にもあるように、海外では統計の部署が横断的な組織になっています。統計はスペシャリストのものですし、博士号を持っている人がやるような仕事になっています。
それに対し日本は各省それぞれが持っているし、この30年農水省だけで統計関連の職員が数千人減っているのですが、縦割りなので減った分を他の省に回すこともできません。日本の統計職員は世界的に見ても少ないし、不安に見えます。だから他にも怪しい統計もある可能性高いです。
実際24日には、厚生労働省が不適切な手法で統計調査を行っていた問題を受けて、政府がほかの統計調査を点検した結果、財務省の「法人企業統計調査」で、本来発表すべきデータの一部を掲載していないミスがあったことが分かりました。

この結果、財務省が、全国の企業およそ3万社を対象に、3か月ごとに業績や設備投資の金額を聞き取る「法人企業統計調査」で、本来発表すべきデータを掲載していないミスがあったことが分かりました。

掲載漏れが見つかったのは、68ある業種区分のうちの「損害保険業」で、平成20年度から29年度までの10年間にわたって、「配当率」、「配当性向」、それに、「内部留保率」の3つが掲載されていませんでした。

財務省では、これら3つのデータは、すでに公表している別のデータから算出可能だとしていて、速やかにホームページに追加して掲載することにしています。

過去に公表した調査結果を修正する必要はないということで、財務省は「二度とこのようなことがないよう再発防止に努める」としています。

今後、厚労省は弁護士など第三者からなる特別監察委員会を開き、事実関係を調べる方針ですが、弁護士で良いのでしょうか。彼らも、統計のプロではありません。やはり、統計の専門家を特別監査委員会に加えるべきです。
それにしても、十数年続いた統計不正問題を見つけた政権や大臣が責任とらさられるなら、もう誰も問題を暴こうとしなくなるでしょう。朝日新聞や野党の安倍叩きのもたらす弊害は深刻です。

しかも批判するなら上記のように、予算を削って、統計に関わる人々を少なくしてしまった財務省の緊縮主義が筆頭にあげられるべきなのに、そこはなぜか無視です。彼らも、問題の本質がわかっていないのでしょう。

勤労統計不正の背景には、現状では担当部署が予算が少なく、しかも初歩的な統計知識ない人材しか育成できておらず、そうなってしまったのはこの20数年の財務省の緊縮主義があると理解すべきです。その緊縮主義に加担してきた経済学者たちやメディアが今更騒いでいるのは滑稽ですらあります。

これは何やら、金融緩和が雇用と密接に結びついているということを理解しない人が日本には多いということ、デフレや、景気が悪いときには、緊縮財政ではなく積極財政をすべきことなどという経済の常識とも共通点があると思います。

文系だろうが、理系だろうが、長期の数字の動きと、短期の数字の動きをみる習慣があれば、このようなこともすぐ理解できるはずです。

政治家や官僚などは、高等数学は知らなくても良いですが、少なくとも様々な統計数字、最低5個くらいは、その数字の動きとその意味するところを知る努力は欠かすべきではないです。

それすらできない人は、政治家や、官僚、報道人、学者などになるべきではないです。これらの人が数字ではなく、情緒でものを語っても無意味ですし、馬鹿をさらけ出すことになるだけです。

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