まとめ
- 9.11後、米国はアルカイダを追い詰め、国内の対テロ体制を強化した。だが、その「勝利」は国家戦略全体で見れば大きな代償を伴った。
- 米国が中東と対テロ戦争に国力を注いだ20年と、中国が経済力・軍事力を急伸させた20年は重なる。米国自身も後に戦略の軸を大国間競争へ戻した。
- 25年後の教訓は、前回と同じ攻撃に備えることではない。ドローン、サイバー、重要インフラ、情報工作に対し、我が国も「次の9.11」に備えなければならない。
2001年9月11日。ニューヨークの世界貿易センターに2機の旅客機が突入し、ワシントン近郊の国防総省にも1機が突入した。もう1機、ユナイテッド航空93便は、乗客らが
ハイジャック犯に抵抗した末、ペンシルベニア州に墜落した。
米国同時多発テロで犠牲となったのは、ハイジャック犯を除いて2,977人。あの日から、きょうで25年である。事件の概要と犠牲者については、9/11 Memorial & Museumの公式資料に詳しい。
25年という歳月は長い。9/11 Memorial & Museumによれば、現在の米国には、事件後に生まれたか、当時幼すぎたため9.11の実体験の記憶を持たない人が1億人以上いる。9.11は既に、「記憶している世代」から「歴史として学ぶ世代」へ受け継ぐ段階に入った。
しかし、9.11を記憶するとは、崩れ落ちるツインタワーの映像を繰り返し見ることではない。あの日を境に米国は何を変え、何に成功し、どこで判断を誤ったのか。そして、その25年間から我が国は何を学ぶべきなのか。そこまで考えて初めて、「Never Forget」は未来に意味を持つ。
9.11後、米国は「テロとの戦争」に突入した。アフガニスタンのタリバン政権を倒し、アルカイダを追い詰め、ウサマ・ビンラディンを殺害した。国土安全保障省を創設し、航空保安、情報共有、テロ資金対策も強化した。
その一方で、戦争はイラクへも拡大し、アフガニスタンへの関与は20年間に及んだ。
そこで25年後のいま、改めて問わなければならない。
アメリカは「テロとの戦争」に勝ったのか。
答えは、単純な「勝利」でも「敗北」でもない。
1️⃣9.11が変えた世界――米国は確かにテロを追い詰めた
9.11以前にも米国は国際テロの脅威を認識していた。しかし、テロ対策が国家安全保障政策の中心だったわけではない。9.11はそれを一日にして変えた。外交、軍事、情報、警察、金融、航空保安を横断する巨大な対テロ体制が構築された。
その成果まで否定するのは公平ではない。アルカイダはアフガニスタンに築いていた拠点を失い、指導部は継続的な追跡と攻撃を受けた。2011年にはビンラディンも米軍特殊部隊によって殺害された。その後、米本土では9.11と同規模の組織的国際テロ攻撃は再現されていない。
| 2001年当時の空港保安・手荷物検査の強化を象徴する写真 AI生成画像 |
もちろん、個々の政策がどこまで攻撃阻止に寄与したかを厳密に測ることは難しい。それでも、軍事作戦、情報共有、航空保安、法執行、テロ資金追跡などの強化が一定の効果を上げたと見るのは妥当である。
問題は、その後だった。
テロ組織を壊滅させるという比較的限定された目的は、次第に膨らんだ。テロリストを排除するだけでなく、テロを生み出す地域の政治体制まで変える。独裁政権を倒し、民主制度を築けば中東を安定させられる。そこまで目的を広げた時、米国は軍事力だけでは解決できない問題を抱え込んだ。
アフガニスタンでタリバン政権を倒すことはできた。しかし、2021年に米軍が撤退すると、タリバンは再び政権を掌握した。
さらにイラクである。ここは9.11との関係を厳密に分けなければならない。サダム・フセイン政権が9.11を実行したのではない。米国の9.11独立調査委員会も、イラクとアルカイダの接触は認めつつ、米国への攻撃を共同で実行する協力関係に発展した証拠は確認していない。詳しくは、9/11 Commissionの調査記録に示されている。
それでもブッシュ政権は9.11後の安全保障環境の中で、2003年にイラクへ侵攻した。こうして「テロとの戦争」は、9.11を実行したアルカイダとの戦いを大きく越えて広がった。
敵を倒す力と、敵を倒した後の政治秩序を作る力は違う。
この区別を見失ったところに、米国の大きな誤算があった。
2️⃣米国が中東を見ていた20年、中国は力を蓄えていた
対テロ戦争の大きな戦略的代償の1つは、時間と国家資源の機会費用だった。
ただし、「9.11が中国を台頭させた」と考えるのは短絡的である。中国の台頭は9.11以前から始まっており、改革開放、外国投資、世界市場への統合、巨大な労働力、技術移転など複数の要因によるものだ。
それでも、時間の重なりは無視できない。
9.11から3か月後の**2001年12月11日、中国はWTOの143番目の加盟国となった。**これはWTOの中国加盟記録にも明記されている。その頃、米国はすでにアフガニスタンで戦争を始めていた。
その後20年間で、中国の名目GDPは約1.36兆ドルから約18兆ドルへ膨張した。名目ドルベースなので国力が単純に13倍になったという意味ではないが、中国が世界経済に占める規模が劇的に拡大したことは明らかである。
経済力は軍事力にも転化された。中国は海軍、ミサイル、宇宙、サイバー、核戦力を急速に増強し、現在では米国にとって最大級の長期的軍事競争相手となっている。
重要なのは、米国自身が途中でこの問題を認識したことである。
| 2000年代以降の中国の高層都市と港湾 AI生成画像 |
2013年、オバマ政権の国家安全保障担当大統領補佐官トーマス・ドニロンは、アジア太平洋への「リバランス」を説明する中で、米国の力と関心が中東での軍事行動などに偏る一方、アジア太平洋では不足していたとの認識を示した。これはホワイトハウスに残る2013年のドニロン演説で確認できる。
そして2018年、米国の国家防衛戦略は大きく転換した。マティス国防長官は、対テロ作戦を続けながらも、**「大国間競争が、テロではなく、いまや米国国家安全保障の主要な焦点である」**との認識を示した。米国防総省による2018年国家防衛戦略の説明にも明記されている。
ここまで見れば、少なくとも1つのことは言える。
米国が対テロ戦争に莫大な資源と政治的関心を投入した20年と、中国が経済・軍事両面で急速に力を増した20年は、ほぼ重なっている。そして米国自身が、その後、中東への比重過多を修正し、大国間競争へ戦略の軸を移した。
対テロ戦争の費用も巨額だった。ブラウン大学の「Costs of War」は、9.11後の戦争について、2021年までに米政府が支出した、または将来の支出義務を負った額を8兆ドル超と推計している。ブラウン大学「Costs of War」の概要でも、この推計が確認できる。
もちろん、この全額を中国抑止に振り向けられたわけではない。それでも、国家の財政、人材、兵器、政治的注意力には限界がある以上、20年に及ぶ戦争に大きな機会費用があったことは否定できない。
米軍はタリバン政権を倒せた。フセイン政権も倒せた。しかし、その間に世界の力関係は変わった。
だから、9.11から25年後の教訓は、「テロとの戦争は間違いだった」という単純な話ではない。
敵を倒すことと、国家戦略で勝つことは同じではない。
そして国家戦略とは、「何が危険か」を並べることではない。
限られた国力を、何が最も重大な脅威なのかを見極めた上で配分することである。
これは我が国にとっても同じである。3️⃣次の9.11は同じ姿では来ない――我が国はどこまで備えたか
もう1つ、25年後だからこそ見える教訓がある。
次の重大な攻撃は、2001年9月11日と同じ姿ではやってこない。
現在のテロ脅威は、アルカイダのような大きな組織だけを追えば済む世界ではない。正式なテロ組織、緩いネットワーク、単独実行者が混在し、ドローン、SNS、AI、サイバー技術が攻撃側の能力を大きく押し上げている。
特にドローンは象徴的である。小型で安価な無人機でも、偵察、爆発物の運搬、重要施設への侵入に利用できる。そこへサイバー攻撃や偽情報を組み合わせれば、少人数でも社会に大きな混乱を起こし得る。
我が国も制度整備を進めている。
2025年5月にはサイバー対処能力強化法と同整備法が成立した。これによって、一定の要件と手続の下で、重大なサイバー攻撃に使われるサーバーなどへのアクセス・無害化措置を行う法的枠組みが整備された。制度の概要は内閣官房「サイバー安全保障に関する取組」にまとめられている。
重要インフラについても、経済安全保障推進法に基づき、電力、通信、鉄道、金融、港湾、医療など、国民生活や経済活動を支える基幹的サービスで重要設備の導入や維持管理委託を事前審査する制度が整えられている。現行制度については、内閣府「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度」で確認できる。
ドローン対策も強化された。2026年7月14日に改正小型無人機等飛行禁止法が施行され、重要施設周辺の飛行禁止区域はおおむね1,000メートルへ拡大された。警察庁「小型無人機等飛行禁止法関係」に最新の規制内容が掲載されている。
インテリジェンス面では、2026年7月31日に国家情報会議設置法が施行され、従来の内閣情報調査室を発展的に解消する形で国家情報局が発足した。政府全体のインテリジェンス活動を統合・調整する司令塔機能の強化である。制度については内閣官房「国家情報会議・国家情報局」に詳しい。
| 重要インフラを警戒する小型ドローン対策の現場 AI生成画像 |
これらは前進である。
ただし、我が国に包括的な「スパイ防止法」が既に成立したわけではない。現在も特定秘密保護法や、経済安全保障分野のセキュリティ・クリアランスを制度化した重要経済安保情報保護活用法など、秘密保全や技術流出に対応する複数の制度が存在する。
一方、高市総理は2026年1月の記者会見で、国家情報局の設置などと並べて**「インテリジェンス・スパイ防止関連法」の制定**を今後の課題として明示している。したがって、「既に包括的なスパイ防止法が成立している」とするのも、「我が国にはスパイ対策法制が何もない」とするのも正確ではない。高市総理の2026年1月19日記者会見で、その方針を確認できる。
ここで必要なのは、「日本は無防備だ」と騒ぐことでも、「もう十分備えた」と安心することでもない。
制度はかなり整ってきた。しかし、脅威の変化の方が速い。
我が国が守るべきなのは、秘密情報だけではない。発電所、通信網、港湾、鉄道、病院、データセンター、企業の技術、物流網である。それらが止まれば、国民生活だけでなく、供給力と国家の経済基盤そのものが損なわれる。
安全保障への投資は、単なる防衛費ではない。
国民生活を守り、供給力を維持し、国家資産を守るための投資である。
9.11後の米国が示したのは、危機が起きてから法律と組織を作ることの重さだった。我が国は、事件が起きる前に備えなければならない。
結論――「Never Forget」とは、前回と同じ攻撃に備えることではない
25年前の朝、世界貿易センターで働いていた人々も、旅客機に乗った人々も、その日が世界史を変える日になるとは知らなかった。
そこに9.11の本当の恐ろしさがある。
後から振り返れば、アルカイダは既に米国を攻撃しており、情報機関には断片的な情報も存在した。しかし、それらを1つの切迫した脅威として結び付け、攻撃を未然に阻止することはできなかった。
国家を揺るがす危機は、しばしば昨日までの常識の外側からやってくる。
だから9.11の最大の教訓は、単に「想定外の攻撃が起きた」ということではない。
昨日まで国家安全保障の最優先ではなかった脅威が、翌朝には最重要課題になることがある。
そして、もう1つ忘れてはならない。
9.11後の米国はアルカイダを追い詰め、対テロ体制を大幅に強化した。これは明確な成果である。一方で、戦争の目的を膨張させ、アフガニスタンとイラクに膨大な国力を投入した。その20年間に中国は経済力と軍事力を急速に増し、米国は最終的に大国間競争へ国家戦略の軸を移した。
ここに、我が国にとって重い教訓がある。
脅威は1つではない。テロ、中国、ロシア、北朝鮮、サイバー、経済安全保障、重要インフラ、情報工作。すべてを重要だと言うだけでは国家戦略にはならない。
国家には無限の予算も、人材も、時間もない。
だから政治の責任とは、脅威に優先順位をつけ、必要な国力を形成し、危機が起きる前に備えることである。
9.11から25年。
犠牲者を悼むことは当然である。しかし、本当の意味で「Never Forget」を貫くとは、過去の悲劇を次の危機を防ぐ知恵に変えることではないか。
前回と同じ攻撃に備えるのではない。前回とは違う攻撃が来ると考えて備える。
そして、
敵を倒すことと、国家戦略で勝つことを混同しない。
犠牲者を忘れない。成功を忘れない。そして失敗も忘れない。
その全てを次の世代に残すことこそ、25年後の9月11日に我々が果たすべき責任である。
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