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2019年8月31日土曜日

通貨戦争へも波及する米中対立―【私の論評】中国「為替操作国」の認定の裏には、米国の凄まじい戦略が隠されている(゚д゚)!

通貨戦争へも波及する米中対立

岡崎研究所

 米中間の貿易戦争は、今や通貨戦争にも拡大しつつある。これは、世界的な経済成長に新たなリスクをもたらし、世界経済にも米国自身の経済にも悪影響を及ぼし得る。


 8月5日、トランプは3000億ドルの中国からの輸入品に10%の追加関税をかけると発表した。これを受けて、中国は同日、人民元の対ドルレートを2008年以来最低となる1ドル7元以上にすると決定した。これに対し米国は中国を「為替操作国」と認定、さらなる関税措置を取り得ることを明らかにした。

 中国人民銀行は5日の声明で今の人民元のレートは「合理的で均衡のとれた水準」であり、為替操作ではないと述べた。元安は、米国による関税で対米輸出が減り、中国経済が減速し、元に対する需要が減るために起こる面があるので、人民銀行の声明は、あながちこじつけとは言えない。トランプは関税によって、彼が望まないと主張する弱い人民元を作り出しているとも言える。もっとも中国が元安を容認することには、米国による関税をカバーし、輸出企業を支援して対米輸出の減少を減らそうとする側面のあることも否定できない。

 ただ、元安は中国からの資本逃避を招きかねない。中国には資本逃避を防ぐため、これ以上の切り下げを防ぐインセンティブがある。中国は多額のドル負債を抱えており、元安はこれらの負債の人民元ベースでの増額を意味する。国際金融研究所によると、非金融企業は8000億ドル(GDPの6%)のドル負債を抱えており、中国の銀行のドル債務は6700億ドル(GDPの5%)に上るという。中国としては、大幅な元安は対外債務不履行を招く恐れがあるので、何としてでも避けなければならない。2015-16年に起きた資本逃避の際、中国政府は人民元を守るために4兆ドルの外貨準備のうち、1兆ドルを費消した。あまりに元安になると、中国の借り手が切り下げられた人民元で外貨債務を返済するのに苦労し、債務危機を引き起こす可能性もある。従って、いざとなれば2016年に実施したような海外送金の規制を含め必要な措置を取るだろう。

 しかし、通貨安は元にとどまらない。米中の貿易戦争を契機とする世界経済の減速の中、南アフリカの通貨ランドは7月末から5%、韓国のウォンも直近で1.8%下落した。7月31日に米連邦準備理事会(FRB)が10年半ぶりの利下げを行ったにもかかわらず、世界的な金融緩和で世界中に行き渡ったドルが逆流している。国際金融協会(IIF)の調べでは、8月1日から6日までに新興国から流出した資金は64億ドルに上ったと言う。逆に、日本円については、人民元の下落が、投資家が安全を求め、円高につながっている。これは、日本経済にマイナスの影響を与え得る。

 トランプの関税攻勢と元安の波及により世界経済は減速の傾向を示しているが、実は米国にも景気減速の兆候が見られる。米国経済はトランプ政権の減税と規制緩和で絶好調といわれてきたが、ここにきてGDPの成長率が3%から2%に落ち、投資も減少している。世界経済のみならず米国経済自身にも悪影響を及ぼしつつあるとなると、トランプにとっても問題である。特に来年の大統領選挙を控え、トランプは何としてでも米国経済の好況は維持したいところであろう。一時的であれ、トランプが対中強硬姿勢の軌道修正を余儀なくされる可能性はある。9月1日に新たに追加関税の対象となる商品のうち、パソコンや携帯電話など一部の品目への追加関税を12月15日まで延期、「クリスマス商戦で米国の消費者に影響が及ばないように」という説明をしている。

 ただ、米国の中国に対する貿易戦争は、単に貿易赤字の問題にとどまらず、ハイテク分野における覇権争いが絡んでいるため、米中対立の構図自体に変化があるとは考え難い。トランプがすんなり矛を収めそうにはない。通貨戦争にまで拡大した米中経済対立が、今後とも世界経済に様々な波紋を広げていくことを覚悟する必要がある。

【私の論評】中国「為替操作国」の認定の裏には、米国の凄まじい戦略が隠されている(゚д゚)!

トランプ政権は中国を「為替操作国」に認定し、米中貿易戦争の段階がモノからカネに移ったようにみえます。しかし、米国の意図はそれだけなのでしょうか。

米国は、為替自由化や資本取引の自由化をてこに、中国の共産党体制を揺さぶろうという戦略が隠されているのではないでしょうか。



「為替操作国」とは、米国財務省が議会に提出する「為替政策報告書」に基づき、為替相場を不当に操作していると認定された国を指します。

1980年代から90年代には台湾や韓国も為替操作国に認定されましたが、1994年7月に中国が為替操作国として認定されて以降、為替操作国に指定された国は1つもありませんでした。

「為替操作国」の認定の基準は次の通りです。
(1)米貿易黒字が年200億ドル以上あること
(2)経常黒字がGDP(国内総生産)の2%以上あること
(3)為替介入による外貨購入額がGDP比2%以上になること
この3つに該当すれば、原則的に為替操作国として認定され、米国政府との2国間協議で為替引き上げを要求されたり、必要に応じて関税を引き上げたりされることになります。

 今年5月に提出された米財務省の報告書では、中国、韓国、日本、ドイツ、アイルランド、イタリア、ベトナム、シンガポール、マレーシアの9ヵ国が3条件のうち2つを満たすとして、「為替監視国」としてリストアップされていた。
 ただし、「為替操作国」の要件は形式的に決められていても、実際にはアメリカ大統領のさじ加減だ。
 世界の国の為替制度はどうなっているのかを見てみよう。
 IMF(国際通貨基金)では、各国の為替制度を分類しており、2018年時点で、「厳格な国定相場制」が12.5%、「緩やかな固定相場制」が46.4%、「変動相場制」が34.4%、「その他」が6.8%となっている。
 この分類によれば、米国の為替監視国リストに入っている国のうち、中国、ベトナム、シンガポール以外の国は変動相場制とされているので、よほど大規模な為替介入をしない限り、為替操作国として認定されることはないだろう。
 一方で中国の場合は「緩やかな固定相場制」だ。IMFも中国政府が為替介入していると判断しているので、中国が米国に「為替操作国」とされても文句は言えない面がある。
今年5月に提出された米財務省の報告書では、中国、韓国、日本、ドイツ、アイルランド、イタリア、ベトナム、シンガポール、マレーシアの9ヵ国が3条件のうち2つを満たすとして、「為替監視国」としてリストアップされていました。

ただし、「為替操作国」の要件は形式的に決められていても、実際には米国大統領のさじ加減です。

世界の国の為替制度はどうなっているのかを見てみます。

IMF(国際通貨基金)では、各国の為替制度を分類しており、2018年時点で、「厳格な国定相場制」が12.5%、「緩やかな固定相場制」が46.4%、「変動相場制」が34.4%、「その他」が6.8%となっています。

この分類によれば、米国の為替監視国リストに入っている国のうち、中国、ベトナム、シンガポール以外の国は変動相場制とされているので、よほど大規模な為替介入をしない限り、為替操作国として認定されることはないでしょう。

一方で中国の場合は「緩やかな固定相場制」です。IMFも中国政府が為替介入していると判断しているので、中国が米国に「為替操作国」とされても文句は言えない面があります。

中国の言い分は、為替介入はしているますが、市場で決まる水準より人民元の水準を高めに設定しているということでしょう。

最近5年間で、中国が公式に発表している外貨準備は1兆ドル程度減少しています。人民元の価値を高めるためには、ドルを売って人民元を買う必要があるので、外貨準備が減っていることは、中国政府が人民元高に誘導しているという根拠にはなり得ます。

ところが、中国の場合、そもそも外貨準備の統計数字が怪しいので、中国政府の言い分をうのみにするわけにはいかないです。

国際収支は複式簿記なので、毎年の経常収支の黒字の累計は、対外資産(資本収支と外資準備)に等しくなります。また、資本取引の主体は民間であり、他方、外貨準備は政府の勘定です。

日本をはじめとする先進国では公的セクターと民間セクターが区別できるので外資準備の統計数字に疑義はないです。しかし、中国の場合は、国営企業が多く、公的セクターと民間セクターの判別が困難で、外資準備の減少だけで人民元高への誘導を信じるのは難しいです。

そもそも、外資準備などを算出するベースの国際収支統計での誤差脱漏が中国は大きすぎます。経常収支に対する誤差脱漏の比率を見ると、中国は日本の4倍程度もあります。

ただ 仮にきちんとした統計が整備されていたとしても、そもそも、為替の自由化は、資本取引が自由化されていないと、実現は難しいです。中国のアキレス腱はまさにこの点にあります。

私は、米国が中国を為替操作国に認定したのは、資本自由化をてこに中国に本格的な構造改革を迫ろうという思惑からだと思います。

その鍵は、「国際金融のトリレンマ」です。

これは、(1)自由な資本移動、(2)固定相場制、(3)一国で独立した金融政策の3つを同時に実行することはできず、せいぜい2つしか選べないということです。


先進国の場合、2つのタイプになります。1つは日本や米国のように、(1)と(3)を優先し、為替は変動相場制を採用する国です。もう1つはEUのようにユーロ圏内は固定相場制だが、域外に対しては変動相場制をとるやり方です。

いずれにしても、自由主義経済体制では、(1)自由な資本移動は必須なので、(2)固定相場制をとるか、(3)独立した金融政策をとるかの選択になり、旧西側諸国をはじめとする先進国は、固定相場制を放棄し、変動相場制を採用しています。

これに対して、中国は共産党による社会主義経済体制なので、(1)自由な資本移動は基本的に採用できません。

もちろん実際には市場経済を導入している部分はあるのですが、基本理念は、生産手段の国有化であり、土地の公有化です。

外資系企業が中国国内に完全な企業を持つこと(直接投資)は許されません。必ず中国の企業と合弁会社を設立し、さらに企業内に共産党組織の設置を求められます。

中国で自由な資本移動を許すことは、国内の土地を外国資本が買うことを容認することになり、土地の私有化を許すことにもつながります。

中国共産党にとっては許容できないことであり、そうした背景があるので、中国は必然的に、(1)自由な資本移動を否定し、(2)固定相場制と、(3)独立した金融政策になる。

米国はこうした中国を「為替操作国」というレッテルを貼り、事実上、固定相場制を放棄せよと求めるつもりなのでしょう。これは中国に、自由主義経済体制の旧西側諸国と同じ先進国タイプになれと言うのに等しいです。

中国が「為替操作国」の認定から逃れたければ、為替の自由化、資本取引の自由化を進めよというわけですが、為替の自由化と資本移動の自由化は、中国共産党による一党独裁体制の崩壊を迫ることと同義です。

今回の措置は、ファーウェイ制裁のように、米国市場から中国企業を締め出すための措置だと見る向きもありますが、それだけにとどまらない深謀遠慮が米国にはあるのでしょう。


資本の自由化が実現すれば、今でも逃げ出しつつあるのですが、中国からさらにかなりの富裕層が国外に逃げ出し、資産を移す可能性があります。中国にとっては、共産党独裁体制の崩壊につながりかねないです。

かつて日本は米国に迫られ、資本や金融の自由化を受け入れました。日本が安全保障を米国に委ねていたので、米国と決定的に対立することはできなかったし、自由化を受け入れれば国内の体制は守られました。

しかし、米国との覇権争いを繰り広げる中国にとってはこの話を絶対にのむことはできないもでしょう。

もっとも「取引(ディール)」が大好きなトランプ大統領は、中国の国家体制をつぶすつもりはないでしょう。来年の大統領選に有利になるように、中国問題を使えればいいということだと考えられます。

「為替操作国認定」という高すぎるハードルを突き付け、徐々に条件を緩めながら、貿易や安全保障などの交渉で譲歩を迫っていこうとしているのでしょう。

北朝鮮との非核化交渉で、金正恩体制の維持をカードとして使ってきたように、中国に対しても「国家体制の保証」をカードに使うことも考えているのかもしれないです。

中国の「為替操作国」の認定の裏には、こうした凄まじい戦略が隠れているとみるべきと思います。

そうして、議会はそれ以上のことを考えているでしょう。すでに、米国議会は超党派で、中国と対峙しています。彼らにとっては、中国の「為替操作国認定」は、願ってもないほどの強力な武器になります。

私は、今回のこの措置は、トランプ大統領の選挙などと言う次元を超えて、米国の中国に対するかなりの圧力になることは間違いないと思います。トランプ氏の意図などをはるかに超えて、中国を揺り動かすことになると思います。

どのように中国が対抗してくるのか見物です。

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2019年8月21日水曜日

台湾総統選に波及した習近平の二つの誤算―【私の論評】米国のF16V台湾売却でより確かものになった蔡英文総統の再選(゚д゚)!

台湾総統選に波及した習近平の二つの誤算

収束しない香港デモ

福田 円 (法政大学法学部教授)

台湾総統選への動向が注目される柯文哲・台北市長 

台湾では、2020年1月の総統選挙に向けて、二大政党である与党・民主進歩党と中国国民党がそれぞれ候補者を選出した。

 今年初めの時点では、現職の蔡英文の再選は絶望的だと見られた。逆に、18年11月の統一地方選挙で勢いを取り戻した国民党は、複数の有力者が候補に名乗りを上げ、政権交代をと息巻いた。ところが、この半年間で蔡英文はじわじわと支持を取り戻して、民進党候補者の座を勝ち取り、最近の世論調査では国民党候補者となった韓国瑜よりも優勢だという結果も出ている。

 このような状況は、蔡英文が自力で勝ち取ったものではない。中国の習近平政権は、独立志向の強い民進党から親中色の強い国民党への政権交代を望んでいたが、その戦略に二つの誤算が生じたことが大きいと言えよう。

 19年1月2日、習近平国家主席は対台湾政策に関する重要講話を行い、自身の政策方針となる5項目(以下、「習五点」)を打ち出した。第一の誤算は、これへの台湾民意の反発が、思いの外激しかったことである。

 習近平の重要講話は、胡錦濤前政権期の「独立阻止」から自身の「統一促進」へと、方針の転換を明確に示すものであった。具体的には、従来は「92年コンセンサス」について、国民党との間で「一つの中国」に関する解釈の相違があることをあえて曖昧にしたまま、互いがその「一つの中国」の前提に立つことをうたってきた。その「92年コンセンサス」に、「国家の統一を求めて共に努力する」との条件を付した。また、「一国二制度」や「武力の使用」など、胡錦濤前政権が台湾民意の反発を恐れて極力使用を避けてきた文言も盛り込んだ。

 習近平にとっての、第二の誤算は、香港で起きた逃亡犯条例改正に反対する運動に、台湾の市民社会が共鳴したことである。香港政府がこのタイミングで逃亡犯条例の修正案を提出した背景にも、不確かな点が多い。直接的には、台湾にて香港人が犯した殺人事件がきっかけであるとされているが、それだけではないだろう。

 習近平が逃亡犯条例改正案の提出をどの程度主導したのかは明らかでないが、「習五点」同様に対香港政策でも攻勢に出ようとした可能性のほか、香港に逃れる中国人資本家を取り締まり、米中貿易戦争の影響を受けた資金流出を防ぐのが真の目的だったという説もある。そして、その根底にはやはり、14年の「雨傘革命」以降に行った数々の取り締まりにより、香港における抵抗の勢いは相当程度が削(そ)がれたという現状認識があったように思える。

 ところが、香港では条例改正に反対する大規模なデモが起こり、その規模は03年の国家安全条例反対デモの規模を大きく上回った。その後も断続的に多様な形態のデモが継続しており、本稿執筆時点においても収束する見通しは立っていない。

 香港の情勢は、蔡英文政権にさらなる勢いを与えることとなった。香港で最初の大規模デモが勃発(ぼっぱつ)すると、蔡英文は直ちに、既に民主化を果たしている台湾は絶対に「一国二制度」を受け入れないと主張する声明を発表した。この「民主主義の守護」を前面に打ち出した姿勢が、「香港を支えよう」とする台湾市民社会の論調とも合致し、蔡英文の支持率をさらに引き上げた。

 こうした状況下で、今でも習近平政権が韓国瑜・国民党政権の誕生を望んでいるのかどうかは定かではない。習近平は、胡錦濤前政権の対台湾政策に批判的であるのと同様、そのカウンターパートであったにもかかわらず、台湾の民意をうまく誘導できず、ひまわり学生運動のような事態を招いてしまった国民党に対する評価も厳しい。

 また、習近平は、韓国瑜や国民党が今後どのような対中政策を採るのかも、さらに見極めようとするだろう。実際、韓国瑜・国民党は選挙戦を考慮すれば、「習五点」が示した「92年コンセンサス」の条件を受け入れるわけにはいかず、「一国二制度」にも否定的な発言を繰り返さざるを得ない。

米中関係が緊張するほど
台湾に圧力を強める習政権

 そこで、今後、総統選の鍵を握るのは、柯文哲・台北市長の動向と、それに対する習近平政権のアプローチである。柯文哲は8月に入り新党「台湾民衆党」の結成を表明した。9月に入るまで総統選に出馬するか否かを表明しないとしているが、柯の出馬や、国民党予備選挙で破れた郭台銘(テリー・ゴウ)との協力によって、選挙戦の構図は変わる可能性がある。

 目下、柯文哲は「両岸一家親(中国と台湾は一つの家族)」という習近平の発言に同調することで、台北市長として中国との交流を保持している。現時点で習近平政権が柯文哲にそれ以上の立場を問わないのは、その利用価値を見極めるためであろう。

 世論調査結果によれば、柯文哲はこれまで対中政策上の立場を国民党寄りにシフトさせてきているのにもかかわらず、参戦すれば蔡英文への支持票をより多く奪うとみられている。つまり、習近平政権は韓国瑜と柯文哲の陣営を天秤にかけつつ、双方と交渉の余地を残し、蔡英文以外の政権下で台湾民衆が享受できる経済的利益を示すことで、蔡英文の再選を阻むことができる。

 そして、習近平政権にとって、そのような駆け引きが持つ重要性は、米中関係の行方に大きく左右されよう。そもそも、米中関係が安定していれば、中国の指導者は台湾問題については米政府と駆け引きをすれば良いので、台湾の選挙にそこまで気を揉む必要はない。しかし、米中関係が緊張や不確実性を抱えれば抱えるほど、台湾の選挙戦は習近平政権にとって大きな意味を持ち、その展開によっては武力行使などに踏み切る可能性も排除できない。

 米中貿易協議が進展を見せぬ中、中国政府は8月1日付で中国から台湾への個人の観光旅行を全面的に停止すると発表した。蔡英文政権への圧力を強める狙いがあるとみられる。今後の台湾総統選挙の行方と、習近平政権の動向に注目が集まる。

 これに対して、蔡英文は「一国二制度」は受け入れられないと主張する演説を直ちに発表し、その断固たる姿勢は蔡英文の支持率を引き上げる出発点となった。他方で、国民党の主要政治家は、「一国二制度」などに対する立場を問われ、説明に窮した。

 習近平がこのタイミングで蔡英文政権・民進党に塩を送り、国民党に冷や水を浴びせるような演説を行ったのはなぜか。二つの説明が可能であろう。

 一つは、17年に開催された第十九回党大会以降自信を深めた習近平は、もはや台湾の政局に配慮する必要はないと考えており、自身が促進すべき「統一」へと向けた対台湾政策を表明したのだという見方である。もう一つは、国民党が政権を奪還した後を見越して、「一つの中国」に関してより高いハードルを設定したという見方である。いずれにしても、習近平は蔡英文がこれほど勢いを取り戻すとは考えていなかったのではないかと思われる。

【私の論評】米国のF16V台湾売却でより確かものになった蔡英文総統の再選(゚д゚)!

上の記事にもあるように、1月2日、中国の習近平国家主席は、台湾政策について包括的な演説を行い、その中で、台湾統一は「一国二制度」によるという方式を打ち出しましたた。「一国二制度」は、香港が中国に返還された際に中国が50年間の香港統治のための方式として約束したものです。

蔡英文総統は、同発言に対し、直ちに「台湾の大多数の民意が『一国二制度』を受け入れることは絶対にない」と断言しました。

さらに、野党国民党支持者などで受け入れる人の多い「92年コンセンサス」(「一つの中国」の内容は中台それぞれが解釈する。台湾にとっては「一つの中国」は「中華民国」を意味する)に関しては、北京当局によって「一国二制度」と実質的に同じものと定義されたため、これまで期待されていた同床異夢の曖昧さがなくなったとして、もうこれを口にするはやめるべきだと訴えました。

蔡英文総統

「一国二制度」は、かつて鄧小平によって台湾統治の方式として検討されたことはありましたが、実際には香港統治に利用されました。今日の民主化した台湾の人たちが受け入れる余地のほとんどない方式であり、今日の状況下でこのような方式を打ち出したこと自体、中国がいかに台湾の現状を知らないかの証左と見られても不思議ではないです。

この習近平発言の結果、昨年11月の統一地方選挙において大敗を喫した蔡英文への支持率が逆に増えました。蔡英文の支持率は、蔡の慎重な対中態度やいくつかの国内問題への対応ぶりから低迷していました(19%といった数字も見られる)が、習近平発言後の世論調査によると、支持率急上昇、61%に上昇したとの調査もありました。これは、主として蔡が「一国二制度」を拒絶し、民主主義下の「台湾の主権」に言及したことによるものです。

「一国二制度」の台湾への適用については、民進党、国民党の支持者の区別なく台湾人の大多数がこれに反対していますが、他方、「92年コンセンサス」については、国民党のなかに依然としてこの方式によって中台関係を規定したいとの考え方が見られます。

特に馬英九政権下では中国と交流する際には、「一つの中国」の内容は中台それぞれが解釈し、台湾にとっては「一つの中国」は「中華民国」を意味する「一中各表」が前提となっていました。ところが、今回の習近平発言の結果、中国の台湾政策の核心が「一国二制度」であることが極めて明白となったことにより、「一中各表」を掲げる国民党としても新たに複雑な課題に直面することになりました。

呉敦義・国民党主席、朱立倫・元国民党主席、そして、蒋経国元総統の孫で蒋介石の曾孫である蒋萬安・立法委員らも習近平の「一国二制度」による台湾統一の提案には反対を唱えているといいます。

1月15日付けの台北タイムズ社説‘Tsai must back words with actions’は、蔡英文に対して、こういう稀有な挙国一致的反対を好機として捉え、中国に対する強硬な主張を如何に実行に移すかが次の重要な課題である、と述べました。

蔡英文は、最近日本側関係者に対し、台湾としてはTPPに参加したいので日本の支持を得たい、と述べました。また、習近平が「中国としては台湾に対する武力行使の可能性を排除しない」旨の発言をしたことに関連して、台湾の防衛のために、米国のほか日本を含む各国との協力に期待すると述べ、安全保障の面において中国への警戒感を一段と強めています。

こうした動きは、台北タイムズ社説がいうところの「強硬な主張を如何に実行に移す」行動の一環と見てよいでしょう。蔡英文政権の中国への対応が、今後、より強硬かつ対立的になることが十分に予想されます。

そうして、この蔡英文の主張は、米国を動かし、今日台湾にとって長年の悲願であった米国のF16売却が、実現に結びつきそうです。米トランプ政権は、米議会に対して、F16の売却を認めるとの方針を通知したと米主要メディアが伝えたのです。

この通知は非公式の段階ですが、すでに各方面で広く報じられており、議会にも反対の声はないとみられ、66機計80億ドルという近年にない台湾への巨額武器売却が、この台湾総選挙まで残り5カ月を切った敏感な時期で実現に向かうことの意味は大きいです。

この売却を報じた米メディアは、加熱する米中貿易戦争と緊迫する香港情勢において、中国の牽制を目的としたものだという見方を伝えています。それは必ずしも間違いではないかもしれないですが、これは米トランプ政権が来たる台湾総統選において、現職の民進党・蔡英文総統を支持するというサインをこのF16売却承認を通して明確に伝えたとみるべきと思います。
中国による香港への軍介入については、まだその時期には至っていないですが、暴力が続けば状況は変わるかもしれません。しかし、軍の直接介入は中国にとってコストが高過ぎます。あらゆる手段が尽きた場合に初めて発動されるでしょう。

「コスト」の内容としては、米中冷戦が長期化する中、香港の金融センターとしての地位は中国にとり重みを増しており、米国が香港に与えている優遇措置が止められた場合中国経済への打撃が大きいということがいえます。そのため、習近平は香港への軍事介入は慎重にならざるを得ないのです。

F16の売却については、台湾の蔡英文政権はトランプ政権にかねてから打診をしており、前向きな感触を得ていました。蔡英文総統は、この7月に外遊するなかでニューヨークでのトランジット滞在を米側に認められるなど「破格の好待遇を米国から受けた」だと評価されました。

F16の売却が実現すれば、7月に同様に米議会に通知された米戦車の売却以上の「快挙」となります。一方、中国外務省の耿爽副報道局長は19日の記者会見で、早速、売却取り消しを米国求める考えを明らかにしました。

台湾の戦闘機は、米国のレーガン政権時代に承認され、1990年代に売却されたF16の初期型A/Bの144機のほか、フランスから購入したミラージュ、自主開発した経国号(IDF)が配備されていますが、いずれも老朽化しており、あと10年以内に大型改修をしなければ退役という年代物ばかりです。

いずれ遠くない時期には、世代交代を急スピードで進めている中国の戦闘機に追い抜かれ、台湾海峡軍事バランスの最後の砦である制空権でも完全に太刀打ちできない状況に追い込まれることが目に見えていました。

台湾も決して手をこまねいていたわけではなく、前々政権の陳水扁時代の2006-2007年にかけて、当時の新鋭型であるF16 C/D型を新たに購入したいという要望を米国に提案しようとしていましたが、門前払いを食っていました。

当時は米中関係も安定しており、中国との対立を煽るような独立色の強い発言を繰り返していた陳水扁総統に米国が不信感を抱いていたことが響いていました。

その後、国民党の馬英九政権になると、中台関係も安定していたため、台湾は再び、F16の売却実現を期待したのですが、米国は中国への配慮から、A/Bのアップグレードに応じるという中途半端な決定を下しました。

それでも総額58・5億ドルという巨額なものとなったのですが、当時の米オバマ政権がやはり中国を過度に刺激しないことを優先させた決定だと見られていました。

台湾中部の彰化県で行われた軍事演習「漢光35号」に参加した米国製のF16V戦闘機(2019年5月28日)

今回売却されるのはF16 Vと呼ばれるF16シリーズのなかでも第四世代の最も先進的な機種で、航続距離や耐久性、レーダーなどに優れており、米軍とのデータリンクもより柔軟に対応できます。

現在保有するF16A/BもV型に改修中で、この売却により、台湾の航空戦力の対中均衡は当分、維持され得ると見られます。

肝心のトランプ大統領が台湾問題をどう見ているのかについては相変わらず決め手となるような情報はないですが、今回のF16売却決定には、ボルトン大統領補佐官や、シュライバー米国防次官補など、政権内の対中強硬派であり、親台派でもあるグループが大きな役割を演じたと言われています。

シュライバー米国防次官補

彼らは基本的に対中接近を掲げる国民党に対して近年、厳しい見方をしており、国民党の総統選候補に決まった高雄市長の韓国瑜氏とも距離を置いているようです。

現在、蔡英文総統は、昨年までの支持率低迷から回復を続けており、これまで先行していた国民党の韓国瑜氏と接戦、あるいは追い抜くところまで持ち直しています。最新の世論調査では、蔡英文氏と韓国瑜氏の一対一の対決となった場合、台湾のテレビ局TVBSの調査では、蔡英文氏が5ポイントリードし、美麗島電子報の調査では、蔡英文氏が14ポイントという大きなリードを見せています。

中国という大きな脅威を抱える台湾の社会は、防衛上の後ろ盾である米国の姿勢に敏感で、民進党・国民党支持者を問わず、米国のお墨付きを得ているかどうかを気にします。

もし、この売却が実際に実現すれば、民進党は台湾の世論に対して、「米国支持」を強く印象付ける宣伝戦を展開することができ、蔡英文総統は、香港問題に続いて有力な「武器」を手にすることになります。

総統選まで半年を控えたこのタイミングで武器売却を決めれば、台湾への武器売却に神経質になっている中国の反発が必至であることは誰でも想像がつきます。今後、米中の軍事交流などが中断するなどの影響は避けられないでしょう。もちろん米国も中国の反発は織り込み済みで今回の行動に出ています。

もちろん米国はこうした事情をすべて織り込んでF16を売却するべきだと判断しており、中国が当選を望んでいない蔡英文総統の再選を、米国は支持するという強いサインと見るべきです。

緊迫する香港情勢において中国は、米国がデモ隊を背後で操っていると疑っており、米中対立の煽りもうけて、香港問題が米中関係の焦点になりつつあります。

台湾への武器売却が実現すれば、米中関係のさらに新しい火種となることは間違いないです。そのうえ解放軍や武装警察による香港への介入をにおわせる中国を牽制する効果もあり、このF16の売却決定が、今後の香港、台湾などを含んだ東アジア情勢に与えるインパクトを小さく見積もるべきではないです。

そうして、日本も台湾に対してTPP加入の促進などで協力すべきです。

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