2017年12月1日金曜日

【正論】北朝鮮「無政府状態」へのシナリオ 日本が拉致被害者救出すら行わないなら〝放置国家〟というほかない 福井県立大学教授・島田洋一―【私の論評】積極的平和主義の立場からも拉致被害者を救出せよ(゚д゚)!

【正論】北朝鮮「無政府状態」へのシナリオ 日本が拉致被害者救出すら行わないなら〝放置国家〟というほかない 福井県立大学教授・島田洋一


 ニューヨーク、ワシントンをも射程に収める大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験に北朝鮮が成功したことで、半島情勢は発火点にさらに近づいた。現行レベルの制裁では北の核ミサイル開発を止められないことが明確になったといえる。
≪強まる軍事オプションの発動≫
 今後、中国やロシアが石油全面禁輸を含む北の経済封鎖に協力するなら、さらに様子を見るという選択肢もあるが、期待できないだろう。北でクーデターや民衆蜂起が起き、国際常識に従う新政権に代わるのがベストだが、願望は政策ではない。

 事態を動かすカギはアメリカの軍事力である。脅威は相手の意思と能力の関数だが、北の意思(独裁者)と能力(核ミサイル)いずれの無力化についても、アメリカの軍事攻撃以外の選択肢はますます見当たらなくなってきている。

 米トランプ政権は中国に対し、アメとムチの両様で臨んでいる。中国が北朝鮮の経済封鎖に協力しないなら、軍事オプション発動しかなく、在北中国資産も相当破壊されるだろうが覚悟しておけというのがムチである。北と取引を続ける中国事業体への制裁もムチの一環だが、それが主役であり得た時期は過ぎつつある。
他方、中国が石油禁輸や秘密作戦を通じて北の現政権打倒に協力するなら、中国による傀儡(かいらい)政権樹立を容認してもよいというのがアメのメッセージである。開戦後においても、アメリカは地上軍の投入は基本的に忌避するとみられることから、北の核ミサイル廃棄が確約される限り、中国が軍を南下させ、実質統治に当たることに異議は唱えないだろう。

≪中国に「傀儡」認める米の戦略≫
 ところで、このアメには別の狙いもある。中国が北朝鮮における平定戦、治安維持、戦略インフラ整備などに相当の兵力を割かれるならば、その分、台湾に対する圧力が弱まることが期待できる。実際、毛沢東は1951年7月を台湾侵攻の開始月と定め、南部への戦力集中を進めていたが、50年6月に朝鮮戦争が勃発、米軍が鴨緑江に迫ったため介入を決め、戦力を北へ大転回させた。その結果、台湾侵攻は無期延期となった。

 アメリカにとっては、日本海の奥にある朝鮮半島北半部より、太平洋と南シナ海の結節点に位置する台湾の方が戦略的にはるかに重要である。北に傀儡政権を作ってもよいというのは、中国に対するアメではあるが、あわよくばそこで精力を費消させようという「ハニートラップ」の要素も持つ。

そのことは中国も十分意識していよう。従って、北朝鮮内部の一部戦略拠点(核施設、港湾、難民流入を防ぐ意味で国境地帯など)の保障占領にとどめ、広範囲にわたる軍の展開は避けてくるかもしれない。アメリカが地上軍を送らず、文在寅政権の韓国が北進を拒み、中国も拠点確保のみで様子を見るという展開になると、少なくとも一定期間、北のかなりの地域が無政府状態に陥りかねない。武器を持った盗賊が入り乱れる危険な状態ともいえる。

 その時、日本にとっての最大課題は、拉致被害者の安全確保と無事帰還である。「米軍にお願いする」というのが政府の立場だが、上記の状況では米軍はおろかどこの国の軍隊も存在しない。

 もっとも米軍は、独裁者の確実な無力化(拘束ないし殺害)のため特殊部隊を投入することは考えよう。作戦の過程で拉致被害者を確認すれば救出に努めてもくれよう。しかしそこで死傷者が出る事態になれば「日本人を救出する現場になぜ自衛隊がいないのか」との声がアメリカで湧き上がりかねない。政治家はどう答えるのか。

≪自衛隊は拉致被害者救出に赴け≫

 2年前に成立した安保法の形成過程で、政府「懇談会」の報告書(2014年5月)は、憲法が拉致被害者など「在外自国民の…保護を制限していると解することは適切でなく」、国際法上許される範囲で自衛隊が保護・救出に当たれる、という新解釈を打ち出すべきだと提言していた。首相自身は前向きだったと聞くが、結局、政権として国際法上問題はなくとも憲法上許されないという従来の立場を踏襲することになった。他の諸点で、憲法解釈を変更したにもかかわらずである。

 国会で解明すべき「闇」があるとすれば、空虚かつ区々たる森友・加計「疑惑」ではなく、「拉致問題解決を最重要課題とする安倍晋三政権が、なぜ自ら作った懇談会の、まさに被害者の命に関わる重要提言をいれなかったのか」ではないか。そして、有志議員が与野党の枠を超え、「自衛隊が救出に赴けるよう憲法解釈を変更せよ」と主張すべきだろう。

福井県立大学教授・島田洋一
 強制収容所にも日本人がいる可能性がある。人権を重んじる国なら、収容所の解放作戦にも率先して参加せねばならないはずだ。憲法解釈の変更には無責任な野党が政争化してくるかもしれない。しかし、国際法上許される形の拉致被害者救出すら行わないとなれば、文字通り“放置国家”というほかないだろう。(福井県立大学教授・島田洋一 しまだよういち)

【私の論評】積極的平和主義の立場からも拉致被害者を救出せよ(゚д゚)!

日本が、主権国家であり、国家としての対面を保ち続けるつもりがあるのなら、そうして人権を重んじる国でならば、どんな形にしても拉致被害者を解放するのは当然のことです。もし、これをしなければ、ましてや米国などに頼り切るということになれば、それこそ日本の威信は地に落ちることになるでしょうし、米国は日本を信頼しなくなり、中国により傾くようになるでしょう。

そのようなことをしない政府に対して多くの国民は統治の正当性を疑うことになるでしょう。あるいは、それをしようとする政府に野党やマスコミが大反対をした場合、多数の国民は彼らに対して不信感を抱くことになります。拉致被害者救出はまともな主権国家ならば、挙党一致でのぞむのが当たり前のことです。それをいつものように、ただ反対というのでは大多数の国民は絶対に納得しません。

日本の拉致被害者と面会したトランプ米大統領(左端一番手前)
さて「積極的平和主義」ということが、歴代の政府でもいわれてきたことですが、第2次安倍内閣で用いられる「積極的平和主義」とは何かは、『国家安全保障戦略』の第3頁に明示されています。以下にそれを掲載します。
他方、現在、我が国を取り巻く安全保障環境が一層厳しさを増していることや、我が国が複雑かつ重大な国家安全保障上の課題に直面していることに鑑みれば、国際協調主義の観点からも、より積極的な対応が不可欠となっている。我が国の平和と安全は我が国一国では確保できず、国際社会もまた、我が国がその国力にふさわしい形で、国際社会の平和と安定のため一層積極的な役割を果たすことを期待している。

これらを踏まえ、我が国は、今後の安全保障環境の下で、平和国家としての歩みを引き続き堅持し、また、国際政治経済の主要プレーヤーとして、国際協調主義に基づく積極的平和主義の立場から、我が国の安全 及びアジア太平洋地域の平和と安定を実現しつつ、国際社会の平和と安定及び繁栄の確保にこれまで以上に積極的に寄与していく。このことこそが、我が国が掲げるべき国家安全保障の基本理念である。— 国家安全保障戦略 、第II章1節
一言で表すなら、「国際社会の平和と安定及び繁栄の実現に我が国が一層積極的な役割を果たし、我が国にとって望ましい国際秩序や安全保障環境を実現していく」方針の事で、具体的には国連平和維持活動等への積極的参加、米国やその同盟国との関係強化、外交努力や人的貢献による国際秩序の維持・紛争解決を行います。

自国の国民を助けようともしない国が、「積極的平和主義」を掲げても、それは単なる空念仏に過ぎなくなります。そんなことにならないためにも、やはり日本は、北の体制が崩れるという事態が発生すれば、必ず拉致被害者救出を実行すべきです。そうして、それを実行できる組織は日本では、自衛隊以外にありません。

世界の平和に日本が積極的に貢献していく事に対して、反対する向きは少ないでしょう。しかし、積極的平和主義を行う「覚悟」が、日本政府、そして日本国民にあるのでしょうか。

日本と同じく、第二次世界大戦の敗戦国として戦後をスタートしたドイツは、東西対立の最前線に位置していた事もあり、北大西洋条約機構(NATO)や欧州安全保障協力機構(OSCE)といった、多国間の安全保障枠組みの中での防衛を基調としていました。

この点が日米安保条約という二国間の安全保障を中核に据えていた日本と異なる点ですが、海外への派兵はNATOの域内に留めるという基本法(憲法に相当)解釈が冷戦期は維持されており、国外派兵を認めていなかった日本と事情が似ています。この多国間安全保障に加え、「不戦の原則」、「大量殺戮の阻止」が、第二次大戦でのドイツからの反省点として、戦後ドイツの安全保障の中核概念になりました。

このように域外派兵に抑制的だったドイツにも転機が訪れます。1990年の湾岸戦争の際、多国籍軍への資金提供に留めていたドイツは、国内外で「小切手外交」と批判を受けます。この批判を受け、コール首相はそれまでNATO域外の派兵を禁じていた基本法解釈の変更を行い、ユーゴ紛争やソマリアへの派兵を行う事になります。

この経緯は湾岸戦争への対応で同様の批判を受けた日本とよく似ており、自衛隊のペルシャ湾派遣やPKO協力法制定、更には現在問題になっている集団安全保障についての憲法解釈変更へと繋がっています。

基本法の解釈変更により域外派兵の道を開いたドイツは、その後も1999年のセルビア空爆への参加、2001年のアフガニスタン派兵等、積極的に軍事力の行使を含む、国際平和活動に参加する事になります。当時は社会民主党(SPD)・緑の党の左派連立政権で、ドイツは海外派兵に慎重になるとみられていました。

ところが、ボスニア紛争の最中の1995年に起きたスレブレニツァの虐殺を受け、ドイツの安全保障の中核概念であった「大量殺戮の阻止」がクローズアップされる事になります。シュレーダー政権は「大量殺戮の阻止」が「不戦の原則」に優越する概念であり、大量殺戮を阻止する為には武力行使も辞さないという考えから、アルバニア系住民への迫害が行われていたセルビアに対する空爆に踏み切りました。

握手するシュレーダー独首相(当時、左)とブッシュ米大統領(当時、右)
2001年の同時多発テロ後は、インド洋での米英軍の作戦を海上から支援するとともに、アフガニスタンで治安維持活動を行う国際治安支援部隊 (ISAF) へもNATOの一員として、兵力を派遣する事になります。このアフガニスタン派遣は、開始から10年以上経つ今現在も続いており、ドイツ軍は300名以上の死傷者を出しています。この海外派兵の死傷者を巡り、右派政党が派兵を決定した政権を批判する等、日本とは全く逆の現象も起きています。

アフガニスタンで殉職した有志連合軍兵士、ドイツ軍兵士らの慰霊碑
ドイツ軍のアフガニスタン派遣を巡っては、2009年9月には「クンドゥス爆撃」と呼ばれる事件も発生しています。アフガニスタン北東部のクンドゥス付近で、武装勢力タリバンがタンクローリーを強奪する事件が起き、派遣ドイツ軍のゲオルグ・クライン大佐はタンクローリーが自爆テロに使われると判断し、米軍に対してタンクローリーの爆撃を要請しました。

ところが、タンクローリーの周囲に現地住民が集まっていたため、爆撃により民間人に多数の死者が出る惨事となり、ドイツ国内外で政治問題化しました。また、現地のドイツ軍憲兵の調査で民間人の死者があったと報告されていたにも関わらず、フランツ・ヨーゼフ・ユング国防相は「爆撃に民間人の死者は含まれなかった」と虚偽の発表をしたために、更迭される事態にまで発展しました。

これらドイツの事例と同じようなことが、自衛隊派遣で起こらないとは限りません。むしろ、必ず起きると考えた方が間違いないと思われます。先日の朝日新聞の単独インタビューに応じた陸上自衛隊の井川賢一・南スーダン派遣隊長は、今年1月上旬に自衛隊宿営地近くで銃撃戦が発生した際、隊員に小銃、銃弾を携帯させ、「正当防衛や緊急避難に該当する場合は命を守るために撃て」と指示していた事を明らかにしています。既に戦闘すれすれの所まで、自衛隊は活動しているのです。

不安定な地域に赴くことは、撃たれる可能性、撃つ可能性が存在し、なにより自衛官が死傷する事もあるという認識を、どれほどの日本国民が覚悟を持って受け入れているのでしょうか。仮に今後、自衛隊が派遣先で戦闘に巻き込まれ死傷者を出した、あるいは民間人を誤って殺傷してしまったという事が起きた場合、その責任は誰が取る事になるでしょうか。

このような事態が起きた場合、政治問題化することは容易に想像できますが、国際社会に積極的平和主義を行うと宣言してしまった手前、死傷者が出た、出してしまったと積極的平和主義を取り下げる事は簡単にできません。ましてや、自国民の拉致被害者を救出しもしないようでは、問題外です。

アフガニスタン派兵の初期のドイツ空挺兵の写真
多くの死傷者や民間人の誤爆を引き起こし、国内で大きな論争を巻き起こしてもなお、ドイツは海外派兵を続け、大国の責任として国際平和への貢献を履行しています。このドイツの自国民の流血、そして他国民をドイツ人が誤って殺してしまうリスクを厭わず、大量殺戮の阻止と国際平和の実現を目指す覚悟は大変立派なものです。

対して日本は、自衛官・民間人の死にどこまで耐える覚悟が出来ているのでしょうか。自国民・他国民の犠牲をどこまで許容できるか、積極的平和主義はそういう命の計量すらも私達に問いかけているのかもしれません。

そうして、積極的平和主義を提唱する我が国は、まずは、北の体制が崩壊した直後には、自衛隊を北朝鮮に派遣して拉致被害者を救出しなければなりません。その際には、当然のことながら自衛官・民間人の死は予想されますし、北の人民や武装集団を自衛隊が誤って殺してしまったり、拉致被害者救出という使命遂行のため意図的に殺傷しなければならない場合も当然のことながらでてきます。それでも、主権国家としては自国民を救出しなければならないのです。

今まさに、私達はその覚悟を迫られているのです。

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