2025年9月15日月曜日

長寿大国の崩壊を防げ──金融無策と投資放棄が国を滅ぼす

 

まとめ

  • 孤立死の増加、百寿者の過去最多更新、そして札幌で開かれた国際医療機器規制当局フォーラム──一見無関係な三つの出来事だが、背後には同じ構造問題が横たわっている。
  • 金融政策の誤解:名目金利の引き上げを「正常化」とするのは誤りであり、実質政策金利と自然利子率で判断すべきだ。現状の金融環境は需要を押し上げており、日銀はむしろさらなる緩和を行うべきである。
  • 投資不足が招いた惨状:八潮市の道路陥没、和歌山市の水管橋崩落、鎌倉市の断水など、インフラ老朽化による事故が相次ぐのは投資先送りの結果である。
  • 公共投資は資産形成:社会的割引率で評価すれば多くのインフラ投資は便益が費用を上回る。命を守るだけでなく、物流や生活を安定させ経済的な富を生む。
  • グローバル依存の危うさ:フリント市の鉛汚染や英国の下水問題が示すように、投資を怠れば社会は崩壊する。日本でも「貿易赤字=悪」という誤解が続くが、真の問題は医療やエネルギーの過度な海外依存である。
この数日のニュースは、日本の現状を鋭く映し出している。孤立死の増加、百歳を超える高齢者の過去最多更新、そして札幌での国際医療機器規制当局フォーラム。一見すれば無関係に見える三つの出来事だが、その根は同じである。金融と財政の政策不全、そしてグローバリズムの負の外部性という大問題だ。
 
🔳金融政策の誤解と投資不足が生む惨状

日銀がマイナス金利を解除し、政策金利を0.5%に上げたからといって「正常化」と呼ぶのは誤りである。世界標準の経済学では、実質政策金利と自然利子率の関係こそが重要だ。期待インフレが1%あれば、名目0.5%の金利は実質でマイナス0.5%となり、依然として景気を押し上げる条件にある。

さらに景気の過熱度を測るアウトプットギャップとは、実際の経済活動と潜在的な生産力の差を示す指標である。プラスなら需要超過で過熱気味、マイナスなら需要不足だ。日本では推計上プラスに転じたとされるが、失業率や賃金の伸びを見れば完全雇用には程遠い。信用スプレッドも大きく広がっておらず、資金は依然として流れている。つまり、日本の金融環境はまだ需要を押し上げる側にある。結論として言えるのは、日銀は利上げではなく、むしろさらなる緩和を行うべきだということだ。

一方で、必要な社会的投資は著しく不足している。八潮市では老朽化した下水道管が破裂し、大穴にトラックが転落して運転手が命を落とした。和歌山市の水管橋崩落による6日間の断水、鎌倉市の老朽管破裂による断水も記憶に新しい。国交省の統計では道路陥没は年間1万件規模に達する。これは「投資の先送り」の代償である。
 
🔳公共投資とグローバリズムの負の遺産
 
公共事業は「無駄」と決めつけられるが、社会的割引率(4%程度)を基準に費用便益比を算出すれば、多くのインフラ投資の便益は費用を上回る。道路や橋、上下水道の更新は命を守るだけでなく、経済的にも富をもたらす。物流が止まらなければ企業は稼ぎ続け、家庭に水が届けば生活は安定する。事故や災害を防げば医療費や復旧費も抑えられる。インフラ更新は「支出」ではなく「資産形成」である。

米国フリント市では、水道水が汚染された

海外の例を見れば、この真実は一層鮮明だ。2016年米国フリント市では腐食対策を怠り、水道水が鉛に汚染され数万人が被害を受けた。フリント市の水道事業は市が直接運営する公営事業でした。問題の発端は、財政難のフリント市がデトロイトからの水購入をやめ、自前のフリント川を水源としたことだ。

2023年英国では下水処理投資を怠った結果、未処理下水の放流が年間361万時間に達した。英国の水道・下水事業は1989年に全面ら民営化された。テムズ・ウォーターなど複数の大手水道会社が地域ごとに事業を担っているが、その多くは海外投資ファンドや外国資本に支配されているのが現状だ。利潤追求が優先され、老朽インフラへの再投資が不足した結果、2023年には未処理下水の放流が年間361万時間に達した。

いずれも「投資を怠った代償」である。同じ誤りは日本でも続いている。さらに日本では「貿易赤字は悪」という短絡思考がさらに事態を悪化させる可能性がある。現実には景気が良くなれば輸入は増えるが普通で、赤字は拡大する。ことさら赤字を問題にすれば、とんでもないことになりかねない。問題は赤字か黒字かではなく、中身と持続性である。とりわけインフラ、エネルギーや医療必需品の過度な海外依存こそが危険なのだ。

🔳国際会議が突きつける矛盾と日本の課題
 
IMDRFは、9月15日から19日まで札幌で開催される

札幌で開かれた国際医療機器規制当局フォーラム(IMDRF)は、世界各国の規制当局が集まり、医療機器の安全基準や品質管理を議論する場である。日本が国際社会に責任ある参加をしている証でもある。

しかし、いくら立派な基準を世界と議論しても、国内の医療現場に資材や機器を安定供給できなければ意味はない。老朽化したインフラや脆弱な供給網を放置すれば、せっかくの国際会議も「絵に描いた餅」で終わる。IMDRFは、日本が国際舞台で役割を果たしつつ、国内の基盤整備を怠るという矛盾を突きつけている。

結論は明快だ。金融と財政を正しく噛み合わせ、地域の見守りや在宅医療の整備、人材の処遇改善、老朽化インフラの更新を急ぐべきである。同時に、医療必需品やエネルギー資源の一極依存を脱し、国内補完と分散調達を進めねばならない。

これらを怠ったまま「長寿社会」や「子育て支援」を語るのは虚しい。道路が陥没し、断水が続き、医療現場で防護具すら尽きる状況では、支援は砂上の楼閣だ。基盤が崩れれば、自由も責任も秩序も成立しない。

孤立死の増加も、百寿者の増大も、国際会議の開催も、すべては一つの問いに帰着する。社会の基盤を守る覚悟があるかどうかである。そして日銀は、景気を冷やすのではなく、さらなる緩和を通じて需要を支えなければならない。それをやり遂げて初めて、日本は「長寿大国の品位」と「真の豊かさ」を取り戻すのである。

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