- ドイツ地方選でAfD候補者7人が死亡したが、制度や高齢化による偶然とされている。
- AfDは不法移民や治安強化を訴え支持を拡大、2025年には支持率16〜22%、第一党の州も出現。
- 既存政党はAfDを民主主義の敵とみなし批判、一方で市民運動が盛り上がるなど反応が分かれる。
- AfDは全レベルの議会に議席を持ち、制度内部からの影響力強化を進めている。
- AfDの台頭を「制度に挑戦する異端」と見なすのではなく、制度の再構築を促す歴史的な試金石と捉えるべき
2025年9月、ノルトライン=ヴェストファーレン州の地方選挙を目前にして、AfD(ドイツのための選択肢)の候補者や予備候補が13日間で7名も死亡する事件が発生し、驚きと衝撃をもたらした。最初は6名と報じられたが、自然死とされた1名が追加され、合計7名となった。そのうち本選候補者は4名、補欠候補者2名、そして長期療養中の80歳の候補者が1名枝に加わるという構成である。公式発表によれば、死因はすべて自然死、既往症、自殺とされ、警察や選挙管理当局も他殺の痕跡は認めなかった。しかしその連続性の強烈さは、SNSやメディアに陰謀論的な反応を引き起こし、政治的な不安を煽ったことも事実だ。
だが、この事態の裏側には、ドイツの地方議会制度の都議選などとは単純比較できない特徴がある。多くの地方議員は報酬の低い非常勤の名誉職であり、その大半は高齢の定年世代や自営業者で構成されている。立候補者総数は約2万人にのぼり、その中で死亡したのは16名。そのうちAfD所属は7名という事実は、選管も「統計的には異常とはいえない」と評価しているにもかかわらず、死者名が投票用紙や郵送票に含まれていたため、印刷の差し替え、投票の無効再処理や補欠選挙の検討といった実務上の混乱を引き起こしてしまった。冷静さを訴えた州副代表ケイ・ゴットシャルク氏と、「統計的にあり得ない」と発言した全国代表アリス・ワイデル氏とのやりとりは、この事件の政治的緊張を物語っている。
🔳支持構造の厚みと既成政党の対応
AfD共同代表アリス・エリーザベト・ワイデル |
AfDが掲げる政策には、不法移民の制限、EU官僚主義への批判、原発再稼働/エネルギー価格安定、伝統的家族観の強調、治安強化など、現実に根ざした争点が含まれている。かつて「過激」と嘲笑されたそれらが、市井の実感と結びつき、旧東ドイツ地域や地方都市、更には学歴が高くない層や18歳から44歳の若年層からの支持を急速に得ている。2021年の連邦選挙支持率が10.3%だったのに対し、2025年には16%から22%に達し、東部では第一党にまで上昇した(2025年2月23日の連邦選では20.8%を得票)(ニューヨーク・ポスト, ウィキペディア, AP News, ガーディアン)。
この躍進に対し、SPD(連立与党第一党)や緑の党(中道左派、2025年2月の選挙以降、野党に転じた)はAfDの政策を「民主主義への脅威」として批判を強めている。一方CDUは選挙戦略として右寄りの姿勢を取り、AfD支持層の一部を取り込もうとしている。だが、この対抗姿勢がかえってAfDの主張に正統性を与えてしまう面もある。市民側からは「#BleibOffen(開かれた社会であれ)」というムーブメントが広がり、多様性と民主主義の価値を守ろうとする流れも拡大している。
AfDは2024年の欧州議会選において15.9%という結果を得て連邦第二党となり、党員数も2023年から60%増加し約4万7千人となった(Reuters)。さらに2025年にはアリス・ワイデル氏が党首候補を務めるというかたちで、AfDが制度の内部で存在感を高めてきたことが明確になった。
🔳欧州右派再編の震源としてのAfD
ヨーロッパ3大国(黄色) |
ヨーロッパ三大国において、AfDほど制度内で影響力を保持する右派政党はほかにない。フランスのRNは欧州市場で結果を出したが議会ではやや勢いを欠き、英国のReform UKは支持率10%でも議席に結びついていない。これに対しAfDは比例代表を活かし、連邦議会・欧州議会・州議会に議席を持ち、制度の中で確実に存在し続けている。Reutersによれば、ドイツ国内情報機関はAfDを「過激主義的」と分類し、監視の対象としたことで物議を醸した(Reuters)。さらにその後、裁判所の判断によりその分類は一時保留されるなど、議論の渦中にある(Reuters)。
国際メディアはAfDの台頭を民主主義の分断として捉えている。Guardianは若年層や地域分断に注目し(ガーディアン)、WSJは欧州右派再編の中心としてAfDを描いた(ウォール・ストリート・ジャーナル)。FT(フィナンシャルタイムズ)は若者への入り口としてのSNS活用を評価し、Reutersは移民政策と地域の現実の乖離こそAfD支持の根深さと位置づけた(ガーディアン, Reuters)。
この事件は、単なる候補者の不幸や悲劇として片づけられるべきではない。AfD(ドイツのための選択肢)は、グローバリズムと移民政策に疲弊したドイツ国民の「声なき声」をすくい上げ、腐敗し硬直化したエリート主導の政治体制に真正面から異議を唱えてきた。いまやAfDは、現実政治に働きかける政党へと変貌し、既成政党が目を逸らしてきた「不都合な真実」を代弁する存在となった。
こうした動きを単に「過激」「極右」とレッテルを貼り、制度の外に排除することは、民主主義の破壊行為そのものである。むしろ、AfDの台頭こそが体制の病理を照らし出し、いまドイツ社会に求められている本質的な変化の兆しと見るべきだ。既得権層がこの現実から目を背け、言論封殺や社会的抹殺で対抗すれば、それは民主主義の名を借りた「リベラル独裁」に他ならない。
この構図は、実はわが国・日本においても他人事ではない。国民の多数が望む保守的価値観(家族、国柄、安全保障、伝統)に反し、少数のイデオロギー集団がメディアと官僚制を通じて政策を捻じ曲げている構図は、奇しくも現在のドイツと酷似している。政治家や評論家が「国民が間違っている」と言わんばかりの姿勢を見せる限り、同じように“正統な保守勢力”の排除が進み、やがて同様の悲劇的な摩擦が生じることを我々は覚悟すべきだ。
民主主義とは、国民を“啓蒙する”ことではない。国民の意志を制度に反映させる“誠実な媒介装置”でなければならない。AfDの台頭を「制度に挑戦する異端」と見なすのではなく、制度の再構築を促す歴史的な試金石と捉えること。それこそが今、ドイツ、そして我が国・日本においても問われている姿勢である。
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