まとめ
- 日銀はいま、景気や家計の実態よりも、自分たちの「正常化」の理屈を優先している。高市首相の人事承認は、その暴走に政治が待ったをかけた瞬間である。
- 総合CPIは落ち着きつつあるのに、コアコアCPIだけを根拠に利上げを急ぐのは危うい。そこには、コメやサービス価格の遅れて残る痛みと、日銀の都合の良い数字の使い方がある。
- 世界の中央銀行は、金融の弱点には守りの政策で対処する。我が国だけが景気全体を締め上げる道を進めば、その代償を払うのは日銀ではなく、国民と企業である。
3月23日、国会は高市首相が指名した浅田統一郎氏と佐藤綾野氏の日銀審議委員人事を承認した。衆院は3月19日に先に同意しており、これで就任は確定した。ロイターが報じた通り、市場はこの二人を緩和寄りと受け止めている。ここで問うべきは、人事そのものではない。なぜ政府がこの局面で日銀に明確な牽制球を投げたのか、である。答えは単純だ。日銀の見立てが、現実の景気と暮らしから浮き始めているからである。 (Reuters)
しかも、この構図は突然始まったものではない。本ブログはこれまでも、景気を殺して国が守れるか──日銀の愚策を許すな、国債29.6兆円は問題ではない──政府は進み、日銀は止める、理念では国家は動かない ──テクノロジスト国家・日本再設計論、0.75%利上げという稚拙で危険な判断──日銀利上げの不都合な真実で、我が国の停滞を自然現象ではなく政策判断の結果として捉え直してきた。いわば「日銀ショック」の系譜である。今回の局面も、その延長線上にある。看板の言葉が「バブル退治」から「正常化」や「基調インフレ」に変わっただけで、景気の実態より理屈を先に立てる癖は、何も変わっていない。
1️⃣中央銀行の「守りの政策」とは、金利で景気を叩くことではない
| スイス バーゼルのBIS本部 |
ここで話をはっきりさせておきたい。中央銀行や金融当局がいうマクロプルーデンス政策とは、難しい横文字で煙に巻くための概念ではない。ひとことで言えば、金融システムの弱い場所を見極め、そこに的を絞って手当てし、危機のときにも信用の流れを止めないための「金融の守りの政策」である。FSB・IMF・BISの共同文書も、マクロプルーデンスを「主としてプルーデンス上の手段を用いて、システム全体の金融リスクを抑える政策」と整理している。目的は景気を冷やすことではない。信用の流れを守ることだ。 (Financial Stability Board)
そのための道具も、本来はかなり具体的である。代表例がカウンターシクリカル資本バッファー、いわゆるCCyBだ。信用が膨らみすぎている局面では銀行に余力を積ませ、逆にストレス局面ではそれを解放して貸し渋りを防ぐ。ECBの公表資料を見ても、2025年以降だけでスペイン、ギリシャ、ベルギー、クロアチアなどがCCyBの引き上げを進めている。つまり世界の当局は、金融安定上の脆弱性には、まず金融安定の道具で対処しているのである。これが世界標準だ。 (European Central Bank)
ところが、いまの日銀から前に出てくる話はどうか。部門別の脆弱性にどう手を打つかではなく、「次にいつ利上げできるか」である。これは役割分担の取り違えだ。しかも日銀自身の2025年4月金融システムレポートは、日本の金融システムは全体として安定を維持しており、「大きな金融的不均衡は見られない」と書いている。ならばなおさら、政策金利という鈍い道具で景気全体を叩く筋合いは薄い。BISの日本向けフォローアップ評価でも、日本のCCyBは0%で、開示や実装面の課題が残ると指摘されている。守りの道具は弱いまま、前面に出してくるのは利上げの物語ばかり。これでは順番が逆である。 (日本ボート協会)
2️⃣CPIは落ち着き気味なのに、なぜコアコアだけが強いのか
| 都心のタワーマンション群 |
ここで、CPI(消費者物価指数)について見ておく。全国CPIの最新、2026年2月分は、総合が前年比1.3%、生鮮食品を除くコアCPIが1.6%、生鮮食品及びエネルギーを除くコアコアCPIが2.5%である。1月はそれぞれ1.5%、2.0%、2.6%だった。つまり、総合もコアも鈍化しているのに、コアコアだけはなお2%台半ばに張り付いている。東京都区部の2月速報でも、総合1.6%、コア1.8%、コアコア2.5%で、同じねじれが見える。ここを読み違えると、日銀の「基調インフレは強い」という理屈にそのまま引きずられる。 (総務省統計局)
では、なぜこのねじれが起きるのか。答えはかなりはっきりしている。まず、総合やコアを押し下げているのは、需要の弱さだけではない。政府の物価抑制策が大きく効いている。全国2月CPIでは、電気代は前年比マイナス8.0%、ガソリンはマイナス14.9%、授業料等はマイナス9.6%である。Reutersも、2月のコアCPIが日銀目標の2%を下回った主因として、政府の燃料補助や授業料支援を挙げている。つまり、表のCPIが落ち着いて見えるのは、かなりの部分が政策的な押し下げによるものだ。 (総務省統計局)
その一方で、コアコアはそれらの押し下げ要因を外す。すると、遅れて残る痛みがむき出しになる。Reutersによれば、2月は生鮮を除く食料価格が5.7%上昇し、サービス価格も1.4%上昇した。さらに公式統計では、全国の「米類」は1月の27.9%上昇から2月もなお17.1%上昇、東京都区部でも2月に18.2%上昇である。要するに、コアコアが高いのは、景気が熱すぎるからではない。燃料補助や授業料支援のような押し下げ要因を外したとき、食品、とりわけコメ、そして人件費転嫁が残るサービス価格がまだ高いからである。これは「需要が強いインフレ」というより、「生活必需とサービスの粘着的な高止まり」である。 (Reuters)
しかも、コメも永遠に上がり続けているわけではない。上昇率は、全国ベースで1月の27.9%から2月は17.1%へ鈍っている。農水省の3月資料では、政府備蓄米ルートを通じたスーパー店頭価格の目安として、税抜き3,000円台前半、税込み3,500円程度が示されている。他方で、同じ農水省資料が引用する総務省の小売物価統計では、東京都区部の2月の精米5kg価格はコシヒカリで5,197円、コシヒカリ以外でも4,989円である。つまり、現場には下押しの兆しが出始めたが、統計上の一般小売価格にはまだ高値が残っている、ということだ。この「時間差」こそが、コアコアをしぶとく見せる大きな理由である。 (総務省統計局)
3️⃣雇用も消費も弱い。ここで利上げを急げば、景気を自ら壊すだけだ
CPIとコアコアのねじれだけでも、日銀の議論はかなり怪しい。だが、雇用と消費まで並べると、無理はさらに鮮明になる。2026年1月の完全失業率は2.7%で、前月の2.6%から上がった。就業者数は6776万人で前年同月比3万人減、完全失業者数は179万人で16万人増である。1月の有効求人倍率は1.18倍、新規求人倍率は2.11倍で、ともに前月から低下した。新規求人は前年同月比4.6%減である。雇用が崩壊しているわけではない。だが、「ますます逼迫しているから利上げに耐えられる」という絵でも断じてない。むしろ、じわりと弱っている。 (総務省統計局)
家計も同じだ。総務省の家計調査では、2026年1月の二人以上世帯の消費支出は実質で前年同月比マイナス1.0%、季節調整済み前月比ではマイナス2.5%であった。需要が強すぎてインフレが止まらないのなら、消費はもっと熱を帯びていなければならない。ところが現実には、家計はまだ物価高の後遺症から立ち直れていない。ここで金利を上げれば、過熱を冷ますのではなく、弱っている需要にさらに重石を載せるだけである。 (総務省統計局)
それでも日銀は利上げの地ならしを続ける。Reutersによれば、日銀は夏までに、政府補助金の影響を除いた新たな物価指標を整え、ヘッドラインが弱く見えても「基調は強い」と説明しやすくする構えである。植田総裁も、景気に下押し圧力があっても、それが一時的で基調インフレを損なわないなら利上げは可能だという方向へ踏み込んでいる。これは私の判断だが、現実に政策を合わせるというより、自分たちの正常化路線を守るために説明装置を増やしているように見える。物差しを増やす前に、いま出ている数字を正面から見るべきである。 (Reuters)
加えて、IMFの2026年対日ミッション声明も、我が国のインフレは2026年に緩和し、2027年にかけて日銀目標へ収れんするとみている。その背景として、国際的な油価・食料価格の沈静化、国内の米価安定化、そして物価抑制の財政措置を挙げている。世界標準の見方で見ても、いまの日本は「景気過熱を叩くために利上げを急ぐ局面」ではない。インフレの鈍化と需要の弱さを見ながら、政策の役割分担を丁寧に行うべき局面である。 (IMF)
結論
以上を並べれば、論点はもう明確である。第一に、世界標準のマクロプルーデンス政策とは、金融システムの弱い場所を狙って守る政策であって、政策金利で景気全体を叩くことではない。第二に、日銀自身の金融システムレポートは「大きな金融的不均衡は見られない」と言っている。第三に、最新のCPIは総合1.3%、コア1.6%へ鈍化しているのに、コアコアだけが2.5%と高いのは、景気過熱ではなく、燃料補助や授業料支援の押し下げの裏側で、コメやサービスの痛みが遅れて残っているからだ。第四に、雇用も消費も強いとは言えない。これで利上げを急ぐのは、金融安定でも正常化でもない。理屈先行の引き締めである。
だからこそ、高市首相が3月23日の人事承認を通じて日銀に待ったをかけたことには意味がある。これは政治介入ではない。少なくとも現時点では、統計と世界標準に照らした当然の牽制である。我が国に必要なのは、中央銀行の面子を守ることではない。景気と信用の流れを守ることである。問題は、金利を何ポイント上げるかではない。国家の舵を、現実に向けるのか、それとも理屈に向けるのか、その一点である。
主な参照資料としては、総務省統計局の全国CPI 2026年2月分、東京都区部CPI 2026年2月分、労働力調査 2026年1月、家計調査 2026年1月、厚労省の一般職業紹介状況 2026年1月、農水省の米に関するマンスリーレポート、日銀の2025年4月金融システムレポート、FSB・IMF・BISのマクロプルーデンス政策文書、ECBのマクロプルーデンス措置一覧、IMFの2026年対日ミッション声明、Reutersの3月23日報道①、Reutersの3月23日報道②、Reutersの3月23日CPI報道である。 (総務省統計局)
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