まとめ
- 農水相の辞任で、日本農業の危機まで終わったわけではない。 農業経営体は5年間で22.3%減少。食料安全保障を掲げる政府は、国内の生産基盤を本当に守れているのか。
- ②コメと酪農を苦しめる農政の矛盾は、解消されるのか。 生産費の上昇、需給調整、輸入依存。新たな法律や制度改革は、農家の経営と将来の食料供給力を守れるのか。
- 武部新農水相は、日本農業の立て直しに踏み込めるか。 フードテックへの投資と既存農業の維持を両立させ、制度や予算の成果を問い直す。国益に直結する農政改革の課題を探る。
道路予算問題では、簗氏が自ら予算を削減した趣旨の発言をした一方、国土交通省は実際の予算配分への働きかけや圧力を確認していない。簗氏が自らの政治的影響力を誇張した可能性はあるが、発言の不適切さや無料送迎の適法性は、別途検証されるべき問題である。しかし、ここで問いたいのは簗氏個人の言動ではない。農水相の辞任ばかりが注目され、日本の農政が抱える構造的な問題が十分に議論されないままでよいのかということである。(国交省・道路予算に係る精査結果)
我が国の農業は、担い手の減少、コメの需給不安定、酪農経営の厳しさ、肥料や飼料の輸入依存など、多くの課題を抱えている。政府は食料安全保障の強化を掲げ、関連法の整備や政策の見直しを進めてきた。しかし、制度を整えることと、国内の食料供給能力を実際に強化することは同じではない。
本ブログでは、2025年5月21日の江藤農水相辞任をめぐる論考でも、政治家の失言だけを追及すれば、辞任によって問題が終わり、政策そのものの検証が置き去りになりかねないと指摘した。今回も同様である。農水相が交代しても、農政が抱えてきた問題は残る。
本当に問われるべきなのは、誰が農水相を辞任したかではなく、我が国が将来にわたって国民に必要な食料を生産・供給できる体制を維持しているのかということである。
1️⃣農業経営体22.3%減――食料安全保障の土台は守られているのか
農林水産省が2026年3月31日に公表した2025年農林業センサスの確定値によれば、全国の農業経営体は83万6,000経営体となり、5年前より22.3%減少した。一方、法人経営体は10.1%増加し、経営の大規模化も進んでいる。したがって、経営体数の減少がそのまま農業生産量の減少を意味するわけではない。しかし、離農者の農地を他の経営体が引き受けられない地域では、農地や用水路の維持が難しくなり、生産基盤そのものが失われるおそれがある。Ministry of Agriculture
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| 農業経営体の減少と食料・飼料の輸入依存。日本の食料供給力の現状を示す。(AI生成画像/クリックすると拡大します) |
さらに見逃せないのが、生産資材の輸入依存である。農水省の食料自給率関連資料によれば、2025年度の飼料自給率は24%にとどまる。これは飼料の供給量を栄養価に換算して算出した数字である。国内で牛乳や肉を生産していても、その生産を支える飼料の多くを海外に依存しているのである。肥料原料についても輸入依存度が高く、国際情勢や価格変動の影響を受けやすい。Ministry of Agriculture
問題は、海外から食料や生産資材を輸入すること自体ではない。輸入先の分散や備蓄も、食料安全保障には欠かせない。しかし、海外からの供給が途絶えた場合、国内でどれだけ生産を維持できるのかという視点を失ってはならない。
政府は2025年4月、「食料供給困難事態対策法」を施行した。食料供給が大幅に減少するおそれがある場合、政府が早期に対応し、関係事業者に供給確保を要請するなどの仕組みを設けた法律である。深刻な事態では、生産などに関する計画の作成・届出を求める制度もあるが、農家に増産を強制する仕組みではない。(農水省「不測時における食料供給の確保」)。Ministry of Agriculture
法律の整備には意義がある。しかし、農地が失われ、農業者が離農し、家畜が減少していれば、危機が発生してから増産を求めても直ちには対応できない。コメの増産には作付けの準備が必要であり、乳牛を増やすには長い時間がかかる。農業の生産能力は、工場の稼働率を上げるように短期間で回復できるものではない。
食料安全保障に必要なのは、危機への対応手順だけではない。危機が起きたときにも生産できる農地、人材、家畜、生産資材を平時から維持することである。
食料安全保障の強化を掲げる以上、政府には、法律の施行だけでなく、国内の生産基盤がどれだけ維持されているかを具体的な数字で示す責任がある。農地や農業技術は、長年の投資によって形成された国家的な生産資産である。これを失わず、次の世代に引き継ぐことが、我が国の供給力を守る出発点となる。
2️⃣コメと酪農の矛盾――制度を整えても農家を守れなければ意味がない
日本農政の構造的な問題が表れているのが、コメと酪農である。両者に共通するのは、短期的な需給調整と長期的な生産能力の維持をどう両立させるかという課題だ。
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| コメと酪農に共通する経営課題。食料システム法による価格協議と生産基盤維持の重要性を示す。(AI生成画像/クリックすると拡大します) |
さらに、農家が経営を継続できる販売価格と、消費者が購入しやすい価格をどう両立させるかという問題がある。肥料、燃料、農業機械、人件費などが上昇する中で、販売価格が生産費を十分に賄えなければ、農家は経営を続けられない。一方、主食であるコメの価格が高騰すれば、消費者の負担が増え、国産米の需要にも影響する。
本ブログでは、2025年5月の備蓄米の流通制度をめぐる論考で、コメの生産量だけでなく、備蓄米の販売方法や流通経路が消費者への供給に及ぼす影響を問題にした。生産量を確保しても、必要なときに消費者へ円滑に届けられなければ、安定供給は実現しない。yutakarlson.blogspot.com
政府も、こうした問題を放置しているわけではない。2026年4月には、通称「食料システム法」の食品取引適正化に関する規定が施行され、生産から流通・販売に至る取引で、持続的な供給に必要な合理的費用を考慮した価格形成を促す仕組みが始まった。米穀や飲用牛乳などは、コスト指標の活用を想定した指定品目となっている。ただし、法律が生産費の全額転嫁や農家所得を保証するわけではない。売り手と買い手に適切な協議などを求め、その実施を促す制度である。(農水省「合理的な費用を考慮した価格形成」)。Ministry of Agriculture
さらに2027年度からは、水田活用の直接支払交付金を根本的に見直し、水田を対象とした支援から、作物ごとの生産性向上などを支援する仕組みへ転換する方針が示されている。いわゆる「5年水張り要件」も求めないこととされ、米の需要拡大やスマート農業技術の活用などを進める方針である。これは単純な増産政策ではなく、作物ごとの生産性向上と需要拡大を通じて、農業経営と国内供給を強化しようとする制度転換である。(農水省「水田政策の見直しの方向性」)。Ministry of Agriculture
問題は、こうした制度改革が実際に何を変えるかである。価格交渉が改善しても、農家所得や経営の継続に結び付かなければ十分ではない。水田政策を見直しても、必要な農地の維持や生産性の向上が実現しなければ、食料安全保障の強化にはつながらない。
酪農でも同様の問題が存在する。農水省の2025年畜産統計によれば、乳用牛の飼養戸数は1万1,300戸で、前年より5.0%減少した。飼養頭数も129万3,000頭となり、1.5%減少している。一方、2024年度の全国の生乳生産量は前年度比0.7%増加しており、飼養戸数や頭数の減少が直ちに生乳生産量の減少を意味するわけではない。経営の大規模化や生産性の変化も併せて見る必要がある。Ministry of Agriculture
それでも、酪農経営の継続には難しい課題がある。乳牛は毎日搾乳する必要があり、需要に応じて短期間で生産を増減させることはできない。飼養頭数を減らせば、再び増やすには長い時間がかかる。加えて、輸入飼料への依存が大きいため、国際穀物価格や為替相場、輸送費の変動が経営を圧迫する。
北海道をはじめとする酪農地帯では、酪農家の廃業は地域経済にも影響する。飼料生産、運送、乳業工場、農業機械など、多くの関連産業が酪農を支えているからだ。必要なのは、生乳の需給調整だけでなく、国内飼料の生産拡大、経営コストの急変への対応、生産者の所得安定を組み合わせることである。
コメも酪農も、短期的な需給調整を優先するあまり、将来の供給能力を失ってはならない。
そのためには、市場での適正な価格形成に加え、収入減少への備えや、生産基盤の維持に必要な支援を組み合わせる必要がある。生産者の経営を守る費用を、消費者価格だけに負担させることが適切なのかという問題も、避けて通れない。
制度を改正したこと自体を成果としてはならない。農家が生産を続けられるようになったか、国内の供給能力が維持・強化されたか。政策は、その結果によって評価されるべきである。
3️⃣フードテックへの投資と既存農業の維持――武部新農水相に問われる政策の優先順位
10月15日、高市首相は武部新農水相に対し、食料安全保障の強化とともに、フードテックを含む新技術の活用を指示した。
フードテックとは、食品を意味する「フード」と技術を意味する「テクノロジー」を組み合わせた言葉であり、先端技術を使って食料の生産・加工・供給を革新する取り組みを指す。 植物工場、陸上養殖、新しい食品の開発、食品製造へのAIやロボットの導入などが代表例である。政府は、こうした技術の国内普及に加え、海外展開にも期待を寄せている。(首相官邸・2026年10月15日会見)。kantei.go.jp
技術革新は我が国の農業にとって重要である。人手不足への対応、生産性の向上、気候変動への適応など、多くの可能性を持つ。しかし、新技術への投資を進めることと、現在の農業生産基盤を維持することは、同じではない。
植物工場には天候に左右されにくい利点がある一方、施設の建設費や電力費がかかる。陸上養殖にも生産環境を管理しやすい利点があるが、設備費や飼料費が課題となる。いずれも有望な技術ではあるものの、水田農業や酪農をそのまま代替できるわけではない。新しい食品技術についても、量産化や採算性、消費者の受容などを検証する必要がある。
農水省は2025年12月、フードテックワーキンググループを設置し、植物工場、陸上養殖、食品機械、新規食品の4分野について、官民投資の方向性を検討してきた。ただし、この検討組織が個別事業への予算配分を最終決定するわけではない。政府の予算案は内閣が編成し、国会の議決によって予算が成立する。ワーキンググループの役割は、その政策立案に資する検討や提案を行うことである。(農水省「フードテックワーキンググループ」)。Ministry of Agriculture
今後問われるのは、投資額の大きさだけではない。新技術によって実際にどれだけ生産量が増え、コストが下がり、国内の供給能力が強化されるのかということである。技術開発の成果が事業化につながらなければ、食料安全保障への貢献は限定的となる。
本ブログでは、2025年11月のコメと日本農業をめぐる論考でも、伝統的な農業を単に保存するのではなく、機械化やスマート農業によって生産基盤を維持する必要性を指摘した。技術革新と既存農業の維持は対立するものではない。新技術を活用して農業の生産性を高め、農家が経営を続けられる環境を整えることが重要なのである。
もう1つ問われるのが、財政資金の使い方である。
食料安全保障を強化するには、農地整備、農業者の育成、国内飼料生産、備蓄施設、新技術などへの投資が必要となる。しかし、予算を増やせば必ず供給能力が強化されるわけではない。支援制度の設計が不適切であれば、十分な成果につながらず、特定の事業者への利益集中を招くおそれもある。
本ブログでは2026年10月の基金7兆円をめぐる論考で、政府の支出は削減額だけでなく、政策の成果によって評価すべきだと指摘した。農政にも同じ考え方が当てはまる。必要な財政投資は確保し、その投資が国内の生産能力をどれだけ維持・強化したかを検証しなければならない。
農地や農業施設、人材、技術は、長年にわたる投資によって蓄積される生産資産である。これらの維持・強化に向けた財政支出には、将来の供給力を形成するという役割がある。したがって、単年度の財政負担を抑えることだけを目的として、必要な投資まで削減することには慎重でなければならない。
政府が2025年4月に閣議決定した食料・農業・農村基本計画でも、政策目標と成果指標を設定し、達成状況を検証する方針が示されている。重要なのは、その検証を形式的なものに終わらせないことである。
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| 技術革新と担い手の確保で、次世代へ引き継ぐ日本農業の生産基盤。(AI生成画像) |
コメでは生産量、備蓄、農家所得、消費者価格を、酪農では飼養基盤、生乳生産量、飼料自給率、経営コストを確認する。フードテックについても、研究開発費や設備投資額だけでなく、生産性と供給能力への効果を検証する。これらを食料安全保障という共通の目的に照らして評価しなければならない。
武部氏は北海道12区選出で、農水副大臣や自民党農林部会長を経験してきた。北海道はコメ、畑作、酪農、畜産など、我が国の食料生産を支える重要な地域である。農業の現場を知る立場から、制度の運用と実際の成果を結び付ける政策運営が問われる。
新技術への投資と既存農業への支援を対立させてはならない。必要なのは、両者を通じて国内の食料供給能力をどれだけ強化できるかという視点である。
農政の優先順位は、政策の新しさや予算額の大きさではなく、国民生活と国益にどのような成果をもたらすかによって判断されるべきである。
結論――大臣の辞任で幕を引かず、農政の実態を問うべきである
簗農水相の辞任によって、閣僚人事は1つの区切りを迎えた。しかし、日本農業が抱える問題は解決していない。
農業経営体の減少が続き、飼料や肥料原料の輸入依存は大きい。コメと酪農では、短期的な需給調整と長期的な生産能力の維持を両立させるという難題が残っている。
政府は食料安全保障の強化を掲げ、食料供給困難事態対策法や食料システム法を施行し、2027年度からの水田政策見直しも進めている。フードテックへの投資も推進する方針である。しかし、法律をつくり、制度を改正し、予算を計上したこと自体が成果なのではない。重要なのは、それによって我が国の食料供給能力が実際に維持・強化されることである。
農業の生産能力は、いったん失われれば容易に回復できない。農地、人材、家畜、技術を維持するためには、農業者が平時から経営を続けられる条件を整える必要がある。これは農業従事者だけの問題ではない。食料の安定供給、地域経済の維持、輸入途絶への備えという観点から、国民全体の利益に関わる課題である。
だからこそ、国会や報道機関には、農水相の進退だけでなく、農政の制度と実際の成果を検証することが求められる。政治家の問題発言や選挙運動の適法性を追及することは必要だが、それによって国民の食料を守るという、農政本来の課題が後回しになってはならない。
武部新農水相には、既存の政策を継承するだけでなく、その成果を検証し、必要な改革に取り組んでほしい。食料システム法による価格形成の改善は、農業者の経営安定につながるのか。水田政策の見直しは、国内の生産能力を強化するのか。フードテックへの投資は、既存農業の維持と両立し、実際の供給力向上につながるのか。こうした問いに、具体的な政策と数字で答える必要がある。
農業を単なる成長産業としてだけでなく、国家の存立を支える基盤として捉え、国内の供給力を強化すること。それこそが、農政に求められる役割である。
簗農水相の辞任で幕を引いてはならない。武部新農水相には、制度を整えただけで成果とする従来の発想を超え、農家の経営と国内生産基盤を守る実効性ある改革に取り組んでほしい。
問われるべきなのは、大臣交代という政治的な出来事ではない。日本の農政が、国民の食料を守るという本来の使命を果たせているかどうかなのである。
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